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特開2024-134940タンパク質の機能に影響を与える機能性物質の探索方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134940
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】タンパク質の機能に影響を与える機能性物質の探索方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20240927BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/68 20180101ALI20240927BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z ZNA
C12Q1/68 100Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045404
(22)【出願日】2023-03-22
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(74)【代理人】
【識別番号】100131587
【弁理士】
【氏名又は名称】飯沼 和人
(72)【発明者】
【氏名】喜井 勲
(72)【発明者】
【氏名】山川 真慧
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045DA20
2G045FB03
4B063QA05
4B063QA18
4B063QQ21
4B063QQ27
4B063QQ36
4B063QQ79
4B063QR36
4B063QR48
4B063QR57
4B063QR90
4B063QS05
4B063QS28
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】細胞内のタンパク質の揺らぎ構造を十分に反映している三次元構造を用いて、当該タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する方法を提供すること。
【解決手段】タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する、機能性物質の探索方法であって:リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、機能性物質候補と、を接触させるステップAと;前記機能性物質候補による、前記タンパク質の機能への影響を判定するステップBと;を具備する探索方法を提供する。ここで、前記翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質は、前記リボソーム表面と相互作用している。
【選択図】図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する、機能性物質の探索方法であって:
リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、機能性物質候補と、を接触させるステップAと;
前記機能性物質候補による、前記タンパク質の機能への影響を判定するステップBと;
を具備し、
前記翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質は、前記リボソーム表面と相互作用している、探索方法。
【請求項2】
前記ステップAにおいて、前記翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質は、無細胞タンパク質合成系で合成される、請求項1に記載の探索方法。
【請求項3】
前記ステップAは、前記タンパク質をコードする塩基配列Xと前記塩基配列Xに直接またはリンカーとなるペプチド鎖をコードする塩基配列Zを介して連結したアレスト塩基配列Yとを含むRNAを、リボソームに翻訳させることを含む、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項4】
前記タンパク質をコードする塩基配列Xと、前記アレスト塩基配列Yとは、リンカーとなるペプチド鎖をコードする塩基配列Zを介して連結している、請求項3に記載の探索方法。
【請求項5】
前記リンカーとなるペプチド鎖は柔軟性を有する、請求項4に記載の探索方法。
【請求項6】
前記アレスト塩基配列Yは、SecMペプチド配列又はその誘導体をコードするか、uORF2 ペプチド配列をコードするか、またはステムループを形成するRNA配列である、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項7】
前記タンパク質は、前記機能性物質のための結合部位を有する、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項8】
前記タンパク質は酵素であり、
前記ステップAにおいて、前記リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、前記機能性物質候補と、前記酵素の基質と、を接触させる、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項9】
前記タンパク質は、リン酸化酵素、タンパク質分解酵素、発光タンパク質、その他の機能性タンパク質である、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項10】
前記機能性物質候補は、低分子、中分子、高分子、ペプチド、抗体、又は核酸アプタマーである、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項11】
前記機能性物質候補は、前記タンパク質の阻害剤又は拮抗剤、促進剤又は作動剤、凝固剤、あるいは安定化剤である、請求項1又は2に記載の探索方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品などの有用化合物は、疾患発症に関連するタンパク質に結合して、その機能を阻害又は促進することがある。そのため、有用化合物の探索では、特定のタンパク質との選択的結合性や、その機能への影響を評価することが行われる。
【0003】
タンパク質は、RNA (mRNA)からリボソームによって翻訳されたポリペプチド鎖が立体的にフォールディングされ、安定な天然状態をとる。安定な天然状態にあるタンパク質に結合する化合物も、タンパク質の機能に影響を与えうる。さらに、安定な天然状態にあるタンパク質に結合しない化合物であっても、タンパク質の機能に影響を与えることがある。これは、細胞内のタンパク質は、必ずしも安定な天然状態にある構造のみをとるわけではなく、立体構造に揺らぎがみられ、様々な構造との平衡状態にあるからである。従って、天然状態にあるタンパク質に結合しない化合物であっても、揺らぎ構造の(もしくは、非天然状態にある)タンパク質に結合することで、タンパク質の機能に影響を与えることがある。
【0004】
例えば、キナーゼ(リン酸化酵素)の一つである“DYRK1A (Dual-specificity tyrosine-phosphorylation-regulated kinase 1A)”は、神経疾患に関与するタンパク質(例えば微小管結合タンパク質TAU)をリン酸化する酵素として知られている。細胞内でフォールディングプロセス中の非天然状態にある“DYRK1A”に選択的に結合することで、“DYRK1A”によるTAUのリン酸化を阻害する化合物を評価するスクリーニング方法が報告されている。そのスクリーニングによって、“FINDY (下式参照)”と称される化合物が、非天然状態にある“DYRK1A”に結合して阻害活性を示す一方、安定な天然状態にある“DYRK1A”には結合しないことが報告された(非特許文献1)。さらに、“FINDY”の構造的誘導体である“dp-FINDY (下式参照)”も、安定な天然状態にある“DYRK1A”には結合しないが、非天然状態にある“DYRK1A”に選択的に結合して、“FINDY”よりも強力な阻害作用を有することが報告された(非特許文献2)。
【化1】
【0005】
非天然状態にあるタンパク質に選択的に結合することで、そのタンパク質の機能に影響を与える機能性物質を簡便に探索する方法が提案されている(特許文献1)。特許文献1には、タンパク質に、温度変化、圧力変化、pH変化などの環境変化を与えることで不安定化させ、タンパク質に非天然状態をとらせ、非天然状態にあるタンパク質を機能性物質候補の存在下におき、当該タンパク質の機能的影響効果を評価することで、機能性物質を探索する手法が提案されている。この方法は、タンパク質に非天然状態を簡便にとらせることができ、有効で利便性のよい探索方法である。
【0006】
また、タンパク質は、タンパク質をコードするRNA (mRNA) をリボソームが翻訳することで合成される。リボソームがmRNAの翻訳を開始するとポリペプチド鎖がN末端からC末端に向かって合成され、合成されたポリペプチド鎖はリボソームのペプチド鎖排出トンネルを通ってリボソーム内部から外環境に向かって放出される。リボソームによるRNAの翻訳がポリペプチド鎖のC末端まで到達すると、ポリペプチド鎖はRNAから切り離されて、リボソームから放出されたポリペプチド鎖がフォールディングされることで、天然状態にあるタンパク質となる。ここで、翻訳がポリペプチド鎖のC末端まで到達する前の合成途中のポリペプチド鎖(つまり、リボソームとRNAを介して連結しているポリペプチド鎖)をRNC(Ribosome Nascent Chain)と称することがあるが、RNCもフォールディングされて三次元構造を有しているといわれている(非特許文献3)。翻訳途中のポリペプチド鎖がフォールディングされることを、翻訳と並進したフォールディング(Co-translational Folding)などということがある。
【0007】
実際、リボソームによる翻訳において、リボソームに結合した状態の翻訳途中のポリペプチド鎖 (RNC) がフォールディングされてできた三次元構造を構造分析したことが報告されている(非特許文献4)。非特許文献4では、無細胞タンパク質合成系においてリボソームに「組み換えフィラミン」をコードするRNA (mRNA) を翻訳させることより合成する。ここで組み換えフィラミンは、フィラミンを構成するポリペプチド鎖のC末端側に翻訳アレストペプチド配列と称されるアミノ酸配列(regulatory arrest peptide)を挿入した組み換えタンパク質である。このような組み換えフィラミンをリボソームの翻訳によって合成すると、翻訳が途中で「停止する(arrest)」ことが知られている。つまり、リボソームの翻訳により翻訳アレストペプチド配列と称されるアミノ酸配列が合成されると、その配列を構成するアミノ酸残基が、リボソーム内部のペプチド鎖排出トンネルの表面と相互作用をすることで、翻訳が停止する。非特許文献4では、そのような組み換えフィラミンをリボソームに合成させることで、翻訳途中のフィラミンを生じさせて翻訳を停止することで、翻訳途中のフィラミンの三次元構造を19F-NMRによって分析したとしている。
【0008】
また、翻訳アレスト配列と称される、リボソームの翻訳を停止させる配列も、いくつか提案されている(非特許文献4~10)。翻訳を停止させる手法として、A)非特許文献4などに記載のように、リボソーム内部のペプチド鎖排出トンネルの表面と相互作用する翻訳アレストペプチド鎖を翻訳により合成する方法や、B)非特許文献9などに記載のように、RNA (mRNA)のポリペプチド鎖をコードする部分の3'末端につながる形式で、RNA (mRNA)にstem loopなどのRNA高次構造が形成される配列を加えることによって、リボソームがポリペプチド鎖を翻訳し合成しながらRNA (mRNA)上を進行する際に、上記RNA高次構造より3'末端にリボソームが進行することを抑制する方法、などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO2022/118941号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】NATURE COMMUNICAIONS, Vol. 7, 11391
【非特許文献2】European Journal of Medicinal Chemistry 227 (2022) 113948
【非特許文献3】Biomolecules 2020, 10, 97
【非特許文献4】Nature Chemistry, VOL 14, October 2022, 1165-1173
【非特許文献5】Scientific Reports, 7, 46753
【非特許文献6】JOURNAL OF VIROLOGY, Vol. 73, No. 10, Oct. 1999, p. 8330-8337
【非特許文献7】eLife, 2019; 8: e46267.
【非特許文献8】NucleicAcidsResearch, 2015, Vol. 43, No.18, 8615-8626
【非特許文献9】eLife, 2020; 9 : e55799.
【非特許文献10】生化学, 第90巻, 第2号, 147-157, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、前述の特許文献1の探索方法は、細胞内で起こりうるタンパク質のゆらぎ構造を広く反映しているが、細胞内でのタンパク質のゆらぎ構造により近しい非天然構造をとらせて、それに結合してタンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する方法が求められている。本発明者は、リボソームによる遺伝情報 (mRNA) の翻訳において、リボソームに連結した状態の合成途中のポリペプチド鎖 (RNC) がフォールディング(翻訳と並進したフォールディング)されて生成した三次元構造が、細胞内でのタンパク質の揺らぎ構造をより正確に反映している可能性に着目した。
【0012】
そこで本発明者は、まず、天然状態にあるタンパク質の機能には影響を与えないが、細胞内の非天然状態である揺らぎ構造の当該タンパク質に結合し、当該タンパク質の機能を阻害することが知られている公知化合物(リガンド)を用いて検討をはじめた。つまり、当該リガンドが、リボソームに連結した状態の合成途中のポリペプチド鎖 (RNC) がフォールディング(翻訳と並進したフォールディング)されて生成した三次元構造に結合して、その機能を阻害するかどうかを確認した。その結果、当該リガンドは、翻訳と並進してフォールディングされて生成した三次元構造に結合し、かつその機能を阻害することが分かった。
【0013】
この結果を受けて、本発明者は、翻訳と並進してフォールディングされて生成した三次元構造が、細胞内の非天然状態にあるタンパク質の揺らぎ構造に、より近しいことを見出した。そこで、本発明は、翻訳と並進してフォールディングされて生成したタンパク質三次元構造と、機能性物質候補とを接触させ、当該タンパク質の機能の変化を確認することで、当該タンパク質にとっての機能性物質を簡便且つ広範に探索可能な方法(アッセイ方法)を提案することを目的とする。また、好ましくは、本発明の探索方法を無細胞タンパク質合成系で行うことにより、細胞内系のアッセイ方法では、細胞毒性が生じることなどで有効に評価できなかった機能性物質候補も評価できる方法が提供される。
【課題を解決するための手段】
【0014】
すなわち本発明は、以下に示すように、タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する方法に関する。
[1]タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する、機能性物質の探索方法であって:リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、機能性物質候補と、を接触させるステップAと;前記機能性物質候補による、前記タンパク質の機能への影響を判定するステップBと;を具備し、前記翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質は、前記リボソーム表面と相互作用している、探索方法。
【0015】
また本発明は、好ましい形態として、以下に示す探索方法に関する。
[2]前記ステップAにおいて、前記翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質は、無細胞タンパク質合成系で合成される、前記[1]に記載の探索方法。
[3]前記ステップAは、前記タンパク質をコードする塩基配列Xと前記塩基配列Xに直接またはリンカーとなるペプチド鎖をコードする塩基配列Zを介して連結したアレスト塩基配列Yとを含むRNAを、リボソームに翻訳させることを含む、前記[1]又は[2]に記載の探索方法。
[4]前記タンパク質をコードする塩基配列Xと、前記アレスト塩基配列Yとは、リンカーとなるペプチド鎖をコードする塩基配列Zを介して連結している、前記[3]に記載の探索方法。
[5]前記リンカーとなるペプチド鎖は柔軟性を有する、前記[4]に記載の探索方法。
[6]前記アレスト塩基配列Yは、SecMペプチド配列又はその誘導体をコードするか、uORF2 ペプチド配列をコードするか、またはステムループを形成するRNA配列である、前記[1]~[5]のいずれかに記載の探索方法。
[7]前記タンパク質は、前記機能性物質のための結合部位を有する、前記[1]~[6]のいずれかに記載の探索方法。
[8]前記タンパク質は酵素であり;前記ステップAにおいて、前記リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、前記機能性物質候補と、前記酵素の基質と、を接触させる、前記[1]~[7]のいずれかに記載の探索方法。
[9]前記タンパク質は、リン酸化酵素、タンパク質分解酵素などの酵素、発光タンパク質、その他の機能性タンパク質である、前記[1]~[8]のいずれかに記載の探索方法。
[10]前記機能性物質候補は、低分子、中分子、高分子、ペプチド、抗体、又は核酸アプタマーである、前記[1]~[9]のいずれかに記載の探索方法。
[11]前記機能性物質候補は、前記タンパク質の阻害剤又は拮抗剤、促進剤又は作動剤、凝固剤、あるいは安定化剤である、前記[1]~[10]のいずれかに記載の探索方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の探索方法は、タンパク質の機能に影響を与える機能性物質の探索に有用であり、とりわけ、安定な天然状態にあるタンパク質には結合しないものの、非天然状態にある揺らぎ構造のタンパク質には結合して、その機能に影響を与える機能性物質を探索することができる。また本発明の探索方法は、好ましくは無細胞系で行うことができるため、細胞毒性が生じることで従来は有効に評価できなかった機能性物質候補も評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例において、アミノ酸配列1~6のタンパク質が、リン酸化酵素活性を有するかどうかを確認した結果を示す。
図2】実施例において、アミノ酸配列1~5のタンパク質のリン酸化酵素活性が、“FINDY”によって阻害されるかどうかを確認した結果を示す。
図3】実施例において、アミノ酸配列1~7のタンパク質のリン酸化酵素活性が、“dp-FINDY”によって阻害されるかどうかを確認した結果を示す。
図4】実施例において、アミノ酸配列1及び6~9のタンパク質のリン酸化酵素活性が、“dp-FINDY”によって阻害されるかどうかを確認した結果を示す。
図5A】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列1である。アミノ酸配列1は、翻訳アレストペプチド配列を有さず、ヒスチジンタグとDYRK1Aの活性ドメインとを含む。
図5B】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列2である。アミノ酸配列2は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列と、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とを連結するグリシンとセリンからなるアミノ酸残基数2のペプチド鎖を含む。
図6A】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列3である。アミノ酸配列3は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、かつDYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリシンとセリンから構成されるペプチド鎖(アミノ酸残基数6)を介して接続している。
図6B】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列4である。アミノ酸配列4は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、かつDYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリシンとセリンから構成されるペプチド鎖(アミノ酸残基数14)を介して接続している。
図6C】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列5である。アミノ酸配列5は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、かつDYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリシンとセリンから構成されるペプチド鎖(アミノ酸残基数22)を介して接続している。
図6D】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列6である。アミノ酸配列6は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、かつDYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリシンとセリンから構成されるペプチド鎖(アミノ酸残基数30)を介して接続している。
図6E】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列7である。アミノ酸配列7は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、かつDYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリシンとセリンから構成されるペプチド鎖(アミノ酸残基数62)を介して接続している。
図7A】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列8である。アミノ酸配列8は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリセリン、セリン及び連続したプロリン残基からなるペプチド鎖(アミノ酸残基数32)を介して接続している。
図7B】実施例で調製したDYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質のアミノ酸配列9である。アミノ酸配列9は、ヒスチジンタグと、DYRK1Aの活性ドメインと、翻訳アレストペプチド配列とを含み、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、グリセリン、セリン及び連続したプロリン残基からなるペプチド鎖(アミノ酸残基数47)を介して接続している。
図8】実施例で調製したEGFP-TAUタンパク質のアミノ酸配列10である。
図9】本発明の探索方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の探索方法は、タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する方法である。ここで、機能性物質は、タンパク質の機能に影響を与える物質であり、好ましくは、当該タンパク質の機能に「選択的に影響を与える(つまり、他の機能性生体物質などの機能に影響を与えない)」物質である。また好ましくは、本発明の探索方法は、タンパク質の天然構造には結合しないが、非天然構造に結合して、タンパク質の機能に影響を与える機能性物質を探索する方法である。
【0019】
タンパク質の機能とは、特に限定されるものではないが、酵素作用、ホルモン作用、免疫作用、輸送機能などの生理機能のほか、発光作用やその他の作用であってもよい。本発明の探索方法は、とりわけ、タンパク質の酵素作用に影響を与える機能性物質を探索する方法として有効である可能性がある。
【0020】
酵素作用を有するタンパク質は、EC1 (酸化還元酵素, オキシドレダクターゼ), EC2 (転移酵素, トランスフェラーゼ), EC3 (加水分解酵素,ヒドロラーゼ), EC4 (脱離酵素, リアーゼ), EC5 (異性化酵素, イソメラーゼ), EC6 (合成酵素, リガーゼ), EC7 (輸送酵素, トランスロカーゼ) に分類されうるが、本発明の探索方法におけるタンパク質は、EC1~EC7のいずれに分類される酵素であってもよい。EC1の例には、デヒドロゲナーゼ、モノオキシゲナーゼ、ペルオキシダーゼ、カタラーゼなどが含まれる。EC2の例には、キナーゼ(リン酸化酵素)、アミノ基転移酵素などが含まれる。EC3の例には、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素(ペプチダーゼなど))、グルコシダーゼ、ヌクレアーゼ、リソソーム酵素などが含まれる。
【0021】
キナーゼ(リン酸化酵素)の具体例には:神経疾患関連DYRK1A(dual-specificity tyrosine-(Y)-phosphorylation-regulate kinase 1A)やGSK3 (glycogen synthase kinase 3) が分類されるCMGCファミリー;がん関連ABL(Abelson tyrosine-protein kinase)やEGFR(epidermal growth factor receptor)や免疫疾患関連JAK (Janus kinase)が分類されるTKファミリー;がん関連BRAF (Serine-Threonine Protein Kinase B Raf) やAKTが分類されるTKLファミリー;がん関連MAPK(mitogen-activated protein kinase)が分類されるSTEファミリー;体内調節関連CK (creatine kinase) が分類されるCK1ファミリー;がん関連S6K (S6 kinase)やPKC (protein kinase C) が分類されるAGCファミリー;がん関連CHK (checkpoint kinase) や神経疾患関連CaMK (calmodulin-dependent protein kinase) が分類されるCAMKファミリーなどが挙げられる。より具体的には、リン酸化酵素は、DYRK1A、SRC(tyrosine kinase)、ABLであってもよい。
【0022】
プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)の例には、がん関連マトリックスメタロプロテアーゼMMP (Matrix metalloproteinases)、がん関連プロテアーゼBMP-1 (Bone Morphogenetic Protein 1)、アンジオテンシン変換酵素、ウイルス関連プロテアーゼHIV-PR、カスパーゼ、カテプシン、タンパク質分解酵素 Calpain-I、神経疾患関連セクレターゼ、細菌保有プロテアーゼ、感染性虫保有プロテアーゼなどが挙げられる。
【0023】
発光タンパク質としては、ホタル由来ルシフェラーゼ、エビ由来ルシフェラーゼ、キノコ由来ルシフェラーゼなどが挙げられる。その他の機能性タンパク質としては、ウイルス由来ポリメラーゼ、Gタンパク質共役型受容体、モノアミン酸化酵素MAO-A、イオンチャネル、チューブリン・アクチンなど構造タンパク質、RNA・DNAポリメラーゼ、脱リン酸化酵素、ユビキチン転移酵素、脱ユビキチン酵素、プロテアソーム、核膜孔複合体構成タンパク質、細胞膜受容体タンパク質、サイトカイン、分子シャペロン、トランスポーター、インテグリン、核内受容体、エステラーゼ、代謝酵素、ウイルス外殻タンパク質などが挙げられる。
【0024】
本発明の探索方法は、少なくとも、リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、機能性物質候補と、を接触させるステップAと;前記機能性物質候補による、前記タンパク質の機能への影響を判定するステップBと;を具備する。
【0025】
[1.ステップAについて]
本発明の探索方法は、リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質と、機能性物質候補と、を接触させるステップAを含む。「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」とは、リボソームが遺伝子情報 (mRNA) を翻訳することでポリペプチド鎖を合成している途中の段階にあり、リボソームにRNAを介して連結しているポリペプチド鎖が、リボソーム上でフォールディング(ポリペプチド鎖が折りたたまれて、機能をもつ一定の高次構造を形成すること)したタンパク質をいう。
【0026】
「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」におけるタンパク質は、生体内のタンパク質と同じアミノ酸配列のポリペプチド鎖を有していてもよいが、少なくとも、タンパク質の「活性ドメイン」または「活性中心」のアミノ酸配列のポリペプチド鎖を含んでいればよい。例えば、酵素活性を有するタンパク質において、基質が特異的に結合して触媒作用を受ける部位のポリペプチド鎖が、リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされていてもよい。
【0027】
「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、タンパク質をコードする遺伝子情報をリボソームに翻訳させたときに、その翻訳途中のポリペプチド鎖がフォールティングした三次元構造であり得る。リボソームは遺伝子情報(mRNA)を翻訳することで、タンパク質を構成するポリペプチド鎖をN末端側からC末端に向かって合成して、合成したポリペプチド鎖をリボソーム外に放出し、C末端側まで翻訳が到達すると、リボソームからポリペプチド鎖が切り離される。このリボソームによる翻訳過程において、リボソームからタンパク質が切り離される前の段階のポリペプチド鎖がフォールディングして、「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」となる。
【0028】
以上のように、「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、リボソームによる翻訳途中のポリペプチド鎖で構成されればよいが、本発明の探索方法において、「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、機能性物質候補と確実に接触するために、ある程度の時間安定に維持できることが好ましい。ある程度の時間安定に維持するため、「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、リボソームによる翻訳が「停止した状態」にあることが好ましい。
【0029】
リボソームによる翻訳が停止した状態で「翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」を得るには、リボソームに翻訳させる遺伝子情報(mRNA)に、タンパク質又はその活性部位をコードする塩基配列Xと、それに直接またはリンカーとなるペプチド鎖をコードする塩基配列Zを介して連結するアレスト塩基配列Yとを含ませればよい。ここでアレスト塩基配列Yとは、リボソームによる翻訳を停止させることができる塩基配列を意味する。リボソームの翻訳停止メカニズムは、A)アレスト塩基配列Yを翻訳して合成されたペプチド鎖がリボソームから放出されるときに通る、リボソームの排出トンネル内部と相互作用をすることで、リボソームによる翻訳を停止させるか(非特許文献4など参照)、B)アレスト塩基配列Yが、RNA高次構造を形成することで、リボソームによる翻訳を停止させる(非特許文献9参照)、ことなどが考えられる。
【0030】
前記A)の翻訳停止メカニズムについて述べると、リボソームは、タンパク質を構成するポリペプチド鎖をN末端側から翻訳して合成するので、N末端側にタンパク質またはその活性ドメインを、C末端側に翻訳アレストペプチド配列とを含むポリペプチド鎖を、リボソームに合成させることで、タンパク質の活性ドメインのポリペプチド鎖はリボソームの外部に放出されつつ、翻訳アレストペプチド配列はリボソーム内にとどまっている状態となる。つまり、タンパク質の活性ドメインが、リボソームに結合されている状態となる。このような翻訳アレストペプチド配列の例には、SecMペプチド配列などが含まれる。SecMとは、大腸菌で見出されたアレストペプチド配列であり、“FSTPVWISQAQGIRAGP”で表される。さらに、SecMの誘導体であるアレストペプチド配列も知られており、例えばSecMStr(“FSTPVWIWWWPRIRGPP”で表される)などが知られている。
【0031】
前記A)の翻訳停止メカニズムに関する翻訳アレストペプチド配列の他の例には、uORF2と称されるヒトサイトメガロ ウイルス (HCMV) gpUL4 mRNA に含まれる 22 コドンの上流オープン リーディング フレーム(“MQPLVLSAKKLSSLLTCKYIPP”で表される) (非特許文献6)や、ヒトXBP1uに含まれるアミノ酸配列(“DPVPYQPPFLCQWGRHQPAWKPLMN”で表される)(非特許文献7)などが知れている。
【0032】
前記B)の翻訳停止メカニズムについて述べると、リボソームによる翻訳において、リボソームはRNA (mRNA)を5'末端側から3'末端側へと向かって翻訳し、ポリペプチド鎖を合成しながら進行する。この進行方向にあるRNA (mRNA)配列に、ステムループなどのRNA高次構造が形成されていると、その高次元構造が安定であり、リボソームの進行などによって解かれない場合がある。リボソームがそのようなRNA高次構造へ到達すると、RNA (mRNA)がそれ以上リボソーム内部へと供給されなくなるため、3'末端側への翻訳の進行が抑制され、ポリペプチド鎖の合成も停止する(非特許文献9)。
【0033】
本発明の探索方法において、「翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」を得るために、どのようにしてリボソーム翻訳を停止させるかは、主に、リボソームの由来に応じて決定されうる。例えば、大腸菌由来のリボソームを用いる場合には、SecMペプチド配列を用いて翻訳を停止することが考えられる。また、ヒト由来のリボソームを用いる場合には、uORF2ペプチド配列を用いて翻訳を停止することが考えられる。
【0034】
「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、細胞内で合成してもよく、無細胞系で合成してもよい。細胞内で合成された「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、タンパク質の細胞内での揺らぎ構造により近しい可能性がある。一方で、細胞内で合成された「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」と機能性物質候補との接触は困難であったり、機能性物質候補による影響が判定しにくくなったりする。さらに、細胞内で合成された「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」と機能性物質候補とを接触させると、当該機能性物質候補が細胞毒性を有している場合に、その細胞毒性の影響により、当該機能性物質候補によるタンパク質への影響を評価ができなくなる。
【0035】
そのため、簡便さと、細胞毒性による影響を排除するという視点から、無細胞系で合成した「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」を機能性物質候補と接触させることが好ましい場合がある。
【0036】
遺伝子情報(mRNA)をリボソームに翻訳させるには、所望の塩基配列をPCRで増幅し、それを作動可能にベクターに組み込み、溶液中でリボソームとともにインキュベートすることで行うことができる。一連の手順は、市場から入手可能なキットによって行うことができる。なお、インキュベートにおいて、溶液中にRNase阻害剤を共存させることで、RNaseによるRNAの分解を抑制することが好ましい。
【0037】
本発明の探索方法では、リボソームに遺伝子情報を翻訳させるが、ここでリボソームの由来は特に限定されず、原核生物(大腸菌など)リボソームであっても、真核生物(ヒトなど)リボソームであってもよい。
【0038】
「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」は、それが結合しているリボソーム表面と相互作用(例えば、静電相互作用、疎水性相互作用)することが好ましく、当該相互作用により、フォールディングされたタンパク質が構造変化を起こしていることが好ましい。つまり、当該相互作用により、フォールディングされたタンパク質がより安定な構造をとりうる。リボソーム表面と相互作用するには、フォールディングされたタンパク質がリボソーム表面付近に存在する形態が好ましい。フォールディングされたタンパク質をリボソーム表面付近に存在させるには、1)フォールディングされたタンパク質を構成するポリペプチド鎖と、アレストペプチド配列とを直接またはリンカーとなる短いペプチド鎖で連結させたり、2)フォールディングされたタンパク質を構成するポリペプチド鎖と、アレストペプチド配列とをリンカーとなるペプチド鎖を介して連結し、当該ペプチド鎖の柔軟性を高めればよい。
【0039】
リンカーとなる短いペプチド鎖とは、例えばアミノ酸残基数で10以下、好ましくは5以下である。また、柔軟性の高いペプチド鎖としては、グリシン残基Gとセリン残基Sとからなるペプチド鎖が挙げられる。当該ペプチド鎖は、典型的には「GS」、「GGS」、「GGGS」又は「GGGGS」を繰り返し単位とするペプチド鎖である。繰り返し単位の繰り返し数は1~50、好ましくは1~30、より好ましくは1~20程度の範囲であり得る。なお、柔軟性の高いペプチド鎖は、グリシン残基Gとセリン残基Sに富むペプチド鎖であることが好ましく、一般的には、グリシン残基Gとセリン残基Sとからなるが、アルギニン残基を導入するなどして水溶性を高めたペプチド鎖も報告されている。柔軟性の高いペプチド鎖の長さは、特に限定されないが、アミノ酸残基数で2以上であることが好ましく、4以上であることがより好ましい。また、柔軟性の高いペプチド鎖の長さの上限も特に限定されないが、アミノ酸残基数で100以下であることが好ましい。
【0040】
一方で、リンカーとなるペプチド鎖が柔軟性を有さず、剛直性の高いペプチド鎖であると、フォールディングされたタンパク質がリボソーム表面に近づくことが困難になり、リボソーム表面と相互作用しなくなる。剛直性の高いペプチド鎖の例には、連続したプロリン残基からなるペプチド鎖(ポリプロリン鎖)が挙げられる。
【0041】
「リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質」が、リボソーム表面と相互作用することで構造変化を起こしているかどうかは、当該タンパク質中にある19F標識を導入した人工アミノ残基周辺の化学的環境の変化を19F-NMRスペクトルの定量分析により測定することで確認することができる。つまり、合成するタンパク質に19F標識を導入した人工アミノ酸残基を置換し、合成するタンパク質の19F-NMRスペクトルを測定することによって、19F原子の周辺の化学的環境の変化を検出する。19F-NMRスペクトルが変化するならば、19F標識導入人工アミノ酸残基周辺の化学的環境、すなわち周辺の他のアミノ酸残基との位置関係が変化していることを意味しており、タンパク質が構造変化していることが確認できる。
【0042】
例えば、前述の非特許文献4では、無細胞タンパク質合成系においてリボソームに「組み換えフィラミン」をコードするRNA (mRNA) を翻訳させることより、タンパク質を合成する。当該組み替えフィラミンでは、655番目に位置するチロシンを19F標識を導入した人工アミノ酸(4-trifluoromethyl-L-phenyl alanine)に置換している。19F標識は、組み換えフィラミンの655番目にのみ導入され、他の位置のアミノ酸残基や、系に含まれるリボソームなどの因子からのシグナルと分離して検出できるため、高い精度での測定を可能としている。その結果、非特許文献4では、組み換えフィラミンにおけるアレストペプチド配列とフィラミン活性ドメインとのペプチド鎖の長さ(アミノ酸残基数)によって、組み換えフィラミンの三次元構造が変化していることが確認されている。このように、任意の組み換えタンパク質について、リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質の三次元構造が変化しているかどうかを確認することができる。
【0043】
本発明の探索方法における機能性物質候補とは、タンパク質の機能に影響を与える可能性がある物質を意味する。機能性物質候補は、低分子、中分子、高分子、ペプチド、抗体、核酸アプタマーなどの任意の物質であり、特に限定されない。
【0044】
フォールディングされたタンパク質と、機能性物質候補とは、溶液中で接触させることが好ましく、溶液中で、フォールディングされたタンパク質1モルあたり、1モル以上の機能性物質候補を共存させることができる。また、溶液中における機能性物質候補の濃度は、特に限定されず、1ピコモル/L~1モル/Lの範囲とすることができる。
【0045】
また、フォールディングされたタンパク質と機能性物質候補とを接触させる溶液には、任意の成分を添加していてもよい。例えば、タンパク質の酵素活性への影響を判定したい場合には、当該酵素の基質を添加することが好ましい。例えば、キナーゼ(リン酸化酵素)の酵素活性への影響を判定したい場合には、キナーゼと、機能性物質候補と、基質である被リン酸化物質とを溶液中で共存させて、機能性物質候補が、キナーゼの基質(被リン酸化物質)をリン酸化させる酵素機能にどのような影響を与えるかを判定することができる。
【0046】
また、フォールディングされたタンパク質と機能性物質候補とを接触させる溶液には、界面活性剤やハイドロトロープなどを添加してもよい。界面活性剤やハイドロトロープは、いずれも親水性基と疎水性基(親油性基)とを併せ持つ物質であり、タンパク質と機能性物質候補とを溶液中に高濃度で溶解させることができ、互いの接触確率を高めることができる。
【0047】
[2.ステップBについて]
本発明の探索方法は、機能性物質候補による、タンパク質の機能への影響を判定するステップBを含む。タンパク質の機能への影響とは、阻害作用又は拮抗作用、促進作用又は作動作用、凝固作用、あるいは安定化などの変化を意味する。例えば、タンパク質が酵素である場合の判定するステップとは、当該酵素反応により生成する物質の有無を検出又は定量することを含む。つまり、機能性物質がタンパク質の酵素活性を阻害すると、当該酵素反応により生成する物質が検出されなかったり、その生成量が減少するため、機能性物質の阻害活性を判定することができる。また、機能性物質がタンパク質である酵素の酵素活性を促進すると、当該酵素反応により生成する物質が検出されたり、その生成量が増大するため、機能性物質の促進活性を判定することができる。
【0048】
例えば、タンパク質である酵素の酵素反応により生成する物質がタンパク質である場合には、当該タンパク質をWestern-Blotting法で検出又は定量することで、酵素活性を阻害又は促進する作用を判定することができる。Western-Blotting法は常法に準じて行えばよい。また、各種吸光光度法やNMR分析などによって、酵素反応により生成する物質を検出又は定量することもできる。
【0049】
より具体的な例として、キナーゼの一種である“DYRK1A”の酵素活性を阻害する機能性物質を探索する方法について、図9を参照して述べる。“DYRK1A”は、タウ(TAU)タンパク質をリン酸化する酵素であり、酵素反応によりTAUがリン酸化されてp-TAUとなる。本発明の探索方法では、まず、“DYRK1A”をコードする塩基配列と、アレスト塩基配列とが連結した塩基配列(遺伝情報)を準備する(工程1)。そして、その塩基配列をベクターに作動可能に組み込み(工程2)、それをリボソームとともに溶液中でインキュベートして、ポリペプチド鎖を合成する。それにより、リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質(DYRK1A)が生成する(工程3)。
【0050】
別途、タウ(TAU)タンパク質をコードする塩基配列と、蛍光タンパク質をコードする塩基配列とが連結した塩基配列(遺伝情報)を準備する。ベクターに作動可能に組み込み、それをリボソームと溶液中でインキュベートして、ポリペプチド鎖を合成することで、タウ(TAU)タンパク質と蛍光タンパク質との融合タンパク質が得られる。これを“DYRK1A”の基質として用いる。
【0051】
リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質(DYRK1A)と、任意の機能性物質候補と、融合タンパク質と、を溶液中で共存させて、互いに接触させる(工程4(ステップAに相当))。また、コントロールとして、機能性物質候補を共存させずに、リボソーム上で翻訳と並進してフォールディングされたタンパク質(DYRK1A)と、融合タンパク質と、を溶液中で共存させる(工程4’)。その後、例えば、常法のWestern-Blotting 法によって、リン酸化されたp-TAUタンパク質と、必要に応じてリン酸化されなかったタウ(TAU)タンパク質とをそれぞれ検出又は定量することができる(工程5及び工程5’)。さらに、機能性物質候補を共存させた場合(工程5)と共存させなかった場合(工程5’)とで結果を比較することで、機能性物質候補が酵素活性に影響を与えたかを判定することができる(工程6(ステップBに相当))。
【0052】
本発明の探索方法が、以下の実施例によって更に詳細に説明されるが、これら実施例によって本発明が限定して解釈されてはならない。
【実施例0053】
[A. DYRK1Aタンパク質の合成]
[A-1. DYRK1Aタンパク質をコードする遺伝子(塩基配列)の準備]
まず、以下の通り、ヒスチジン(His)タグとDYRK1Aの活性ドメイン (DYRK1A KD)とを含むタンパク質をコードする遺伝子を準備する。アミノ酸配列1は、翻訳アレストペプチド配列を含まないポリペプチド鎖の配列であり、アミノ酸配列2~9は、翻訳アレストペプチド配列 (SecMstr) を含むポリペプチド鎖の配列である。アミノ酸配列2は、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とがグリシンとL-セリンの2アミノ酸残基 (GS) を介して連結しているが、アミノ酸配列3~9は、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とがリンカーとなるペプチド鎖を介して連結している。また、アミノ酸配列3~7のリンカーとなるペプチド鎖は、-(グリシン-グリシン-グリシン-L-セリン)n-からなるペプチド鎖(n=1,3,5,7,14)を含み、アミノ酸配列8及び9のリンカーとなるペプチド鎖は、連続したプロリン残基からなるペプチド鎖を含む。
【0054】
アミノ酸配列1:YK185(His-DYRK1A KD) 390a.a. MW=45006.62
アミノ酸配列2:MY024(His-DYRK1A KD-GS-SecMstr) 413a.a. MW=47831.96
アミノ酸配列3:MY025(His-DYRK1A KD- GS-(G3S1)1-SecMstr) 417a.a. MW=48090.19
アミノ酸配列4:MY027(His-DYRK1A KD- GS-(G3S1)3-SecMstr) 425a.a. MW=48606.65
アミノ酸配列5:MY029(His-DYRK1A KD- GS-(G3S1)5-SecMstr) 433a.a. MW=49123.11
アミノ酸配列6:MY031(His-DYRK1A KD- GS-(G3S1)7-SecMstr) 441a.a. MW=49639.57
アミノ酸配列7:MY038(His-DYRK1A KD-GS-(G3S1)14-SecMstr) 473a.a. MW=51834.58
アミノ酸配列8:MY042(His-DYRK1A KD- GS-P30-SecMstr) 442a.a. MW=50702.50
アミノ酸配列9:MY043(His-DYRK1A KD- GS-P45-SecMstr) 457a.a. MW=52159.30
【0055】
図5A及びB、図6A~E、並びに図7A及びBに、アミノ酸配列1~9の配列を示す。各図において、細い実線の下線を引いた箇所がヒスチジンタグ、点線の下線を引いた箇所がDYRK1Aの活性ドメイン、太い実線の下線を引いた箇所がリンカーとなるペプチド鎖、波線の下線を引いた箇所が翻訳アレストペプチド配列 (SecMstr)である。図1図4でのリンカー長とは、リンカーとなるペプチド鎖のアミノ酸残基数と、DYRK1Aの活性ドメインとリンカーとの間にある「GS」の2アミノ酸残基数との合計を意味する。
【0056】
[A-2. DYRK1Aタンパク質をコードする遺伝子(塩基配列)のベクターへの組み込み]
前記[A-1.]で調製した各遺伝子を、ベクター:pET-28a(+)に作動可能に組み込んだ。具体的には、アミノ酸配列1~7のポリペプチド鎖をコードするDNA遺伝子断片をPCRにより増幅し、pET-28a(+)にIn-Fusion HD Cloning Kit (Takara Bio社) を用いて組み込んだ。また、アミノ酸配列8と9は、連続したプロリン残基からなるペプチド鎖と翻訳アレストペプチド配列 (SecMstr) が連結したDNA遺伝子断片を人工遺伝子合成により作製し、pET-28a(+)に組み込んだ。なお、この人工遺伝子合成は、ジェンスクリプトジャパン株式会社に委託した。さらに、このベクターの連続したプロリン残基をコードする塩基配列の5’側の位置に、DYRK1Aの活性ドメインをコードするDNA遺伝子断片をライゲーション法により組み込んだ。
【0057】
[A-3. DYRK1Aタンパク質の合成]
PUREfrex 1.0 cell-free protein synthesis kit (GeneFrontier Corporation, Chiba, Japan)を用意した。このキットは、大腸菌由来のリボソームと、翻訳に必要なt-RNAやタンパク質などを含む溶液からなるキットである。このキットの反応溶液5μLに、前記[A-2.]で準備した遺伝子を組み込んだベクター(7.5 ng)と10 UのRNase阻害剤(Promega Corporation, Wisconsin, USA)とを添加し、37℃で30分間インキュベートして、タンパク質を発現合成した。RNase阻害剤の添加は一般的な手法であり、RNase による RNA の分解を抑制する。
【0058】
なお、ペプチド配列8及び9(連続したプロリン残基からなるペプチド鎖を有する)のタンパク質の発現合成においては、反応溶液にEF-P (GeneFrontier Corporation, Chiba, Japan)を1 μMでさらに添加した。
【0059】
[B. EGFP-TAUタンパク質の合成]
[B-1. EGFP-TAUタンパク質をコードする遺伝子の準備]
以下に示すアミノ酸配列10を有するタンパク質(EGFP-TAU: 蛍光タンパク質を融合したタウタンパク質)をコードする遺伝子を準備した。
アミノ酸配列10:YM007(EGFP-TAU)627 a.a. MW=67432.39
【0060】
図8に、アミノ酸配列10を示す。図8において、点線の下線を引いた箇所がEGFP(蛍光タンパク質)であり、実線の下線を引いた箇所がTAUタンパク質である。
【0061】
[B-2. EGFP-TAUタンパク質をコードする遺伝子(塩基配列)のベクターへの組み込み]
前記[B-1.]で調製した遺伝子を、ベクター:pET-28a(+)に作動可能に組み込んだ。具体的には、アミノ酸配列10のポリペプチド鎖をコードするDNA遺伝子断片をPCRにより増幅し、pET-28a(+)にIn-Fusion HD Cloning Kit (Takara Bio社) を用いて組み込んだ。
【0062】
[B-3. EGFP-TAUタンパク質の合成]
PUREfrex 1.0 cell-free protein synthesis kit (GeneFrontier Corporation, Chiba, Japan)を用意した。このキットの反応溶液5μLに、前記[B-2.]で準備した遺伝子を組み込んだベクター(15 ng)と10 UのRNase阻害剤(Promega Corporation, Wisconsin, USA)とを添加し、37℃で120分間インキュベートして、タンパク質を発現合成した。
【0063】
[C. リン酸化反応]
前記[A-3.]で調製した各DYRK1Aタンパク質の溶液 2μLと、前記[B-3.]で調製したEGFP-TAUタンパク質の溶液を純水で6倍に希釈した溶液1.75μLと、FINDY又はdp-FINDYを溶解した水溶液あるいはブランク水溶液1.25 μLと、を混合して、5 μLの混合液とした。得られた混合液におけるFINDY又はdp-FINDYの濃度は、32μMであった。この混合液を37℃で30分間インキュベートした。
【0064】
[D. リン酸化の検出:Western-Blotting法による分析]
インキュベート後の反応溶液に対し、等量のSDS-urea buffer (50 mM Tris-HCl, 1% SDS, 4 M urea, 10% glycerol, 20 mM dithiothreitol, pH 7.0) を加え、98℃で5分間加熱した。続いて、8%および10%のグリセロールを含む13%/19.5%ステップグラジエントポリアクリルアミドゲルとSDS Running buffer(25 mM Tris, 192 mM glycine, 0.1% sodium lauryl sulfate)を用い、SDS-PAGE (電気泳動) を行った。
【0065】
その後、Mini Trans-Blot cell (Bio-Rad Laboratories, Inc., California, USA)とBjerrum Schafer-Nielsen buffer (48 mM Tris, 39 mM glycine, 20% methanol, pH9.2)を用いて、 PVDF メンブレン (Pall Corporation, Sao Paulo, Brazil)に、100 Vで60 分間かけて転写した。続いて、メンブレンをBlocking One(nacalai tesque, Kyoto, Japan)を用いて室温で30分間かけてブロッキングした。
【0066】
TAU及びリン酸化TAU (p-TAU)のそれぞれを検出するために一次抗体として、Phospho-TAU (Thr212)(Thermo Fisher Scientific, Inc., Massachusetts, USA, #44-740G)及びTAU (TAU5)(Merck, Darmstadt, Germany, #577801)を用いた。これらの抗体を、Can Get Signal Immunoreaction Enhancer Solution 1 (TOYOBO Co., Ltd., Osaka, Japan)で2,000倍に希釈した溶液に、ブロッキングしたメンブレンを浸漬して4℃で16時間振盪し、その後、洗浄した。
【0067】
TAU及びp-TAUのいずれについても、二次抗体にはHRP標識抗ウサギIgG抗体(GE Healthcare Life Science, Pennsylvania, USA, NA9340V)および抗マウスIgG抗体(Abcam, Cambridge, UK, ab5887)を用いた。TBST buffer(49.5 mM Tris-HCl, 137 mM NaCl, 2.7 mM KCl, 0.05% Tween 20, pH7.4)27.5 mLとBlocking One(nacalai tesque, Kyoto, Japan)3 mLの混合液を用いて、二次抗体を6000倍希釈した溶液に、1次抗体を結合したメンブレンを浸漬して室温で2時間振盪し、その後、洗浄した。
【0068】
メンブレン上のペルオキシダーゼ活性は、ImmunoStar LD (FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation, Osaka, Japan) とFUSION SOLO . 7S. EDGE (Vilber-Lourmat, France)を用いて発色させて、検出した。
【0069】
[E. 結果]
[E-1. ブランク水溶液でリン酸化を行った場合の結果]
前述の[C. リン酸化反応]においてブランク水溶液でリン酸化反応を行ったときのTAU及びp-TAUのWestern-Blotting法による分析結果を図1に示す。図1に示すように、翻訳アレストペプチド配列を有さず、DYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質(アミノ酸配列1)はリン酸化酵素活性を有しており、p-TAUの生成が明確に確認された。また、翻訳アレストペプチド配列を有する、DYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質(アミノ酸配列2~6)は、アミノ酸配列1と比較すると、p-TAUの生成量が低下しているものの、リン酸化反応が生じていることがわかる。つまり、いずれもリン酸化酵素活性を有していた。
【0070】
[E-2. FINDYの存在下でリン酸化を行った場合の結果]
前述の[C. リン酸化反応]において、アミノ酸配列1~5のタンパク質について、FINDY水溶液でリン酸化反応を行ったときと、ブランク水溶液でリン酸化反応を行ったときとで、TAU及びp-TAUのWestern-Blotting法による分析結果を対比した結果を図2に示す。図2に示すように、翻訳アレストペプチド配列を有さず、DYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質(アミノ酸配列1)は、FINDYの有無によってp-TAUの生成量が変化しておらず、つまり、FINDYによってリン酸化酵素活性が阻害されていないことがわかる。一方、翻訳アレストペプチド配列とDYRK1Aの活性ドメインとがグリシン残基とセリン残基とからなるペプチド鎖(アミノ酸残基数2)で連結したタンパク質(アミノ酸配列2)は、FINDYによってp-TAUの生成量が有意に低下したことがわかる(p-TAUバンドが薄くなっている)。つまり、FINDYは、アミノ酸配列2のDYRK1Aのリン酸化酵素活性を阻害した。ただし、翻訳アレストペプチド配列とDYRK1Aの活性ドメインとがリンカーとなるグリシン残基Gとセリン残基Sからなるペプチド鎖(アミノ酸残基数6,14,22,30)を介して連結したタンパク質(アミノ酸配列3~5)は、FINDYの有無によってp-TAUの生成量が有意には変化しておらず、FINDYによってリン酸化酵素活性が阻害されているとはいえない。
【0071】
[E-3. dp-FINDYの存在下でリン酸化を行った場合の結果 (1)]
前述の[C. リン酸化反応]において、アミノ酸配列1~7のタンパク質について、dp-FINDY水溶液でリン酸化反応を行ったときと、ブランク水溶液でリン酸化反応を行ったときとで、TAU及びp-TAUのWestern-Blotting法による分析結果を対比した結果を図3に示す。図3に示すように、翻訳アレストペプチド配列を有さず、DYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質(アミノ酸配列1)は、dp-FINDYの有無によってp-TAUの生成量が変化しておらず、つまり、dp-FINDYによってリン酸化酵素活性が阻害されていないことがわかる。一方、翻訳アレストペプチド配列とDYRK1Aの活性ドメインとがグリシン残基とセリン残基とからなるペプチド鎖(アミノ酸残基数2)で連結したタンパク質(アミノ酸配列2)及び翻訳アレストペプチド配列とDYRK1Aの活性ドメインとがリンカーとなるグリシン残基Gとセリン残基Sからなるペプチド鎖(アミノ酸残基数6,14,22,30,62)を介して連結したタンパク質(アミノ酸配列3~7)はいずれも、dp-FINDYによってp-TAUの生成量が有意に低下したことがわかる(p-TAUバンドが薄くなっている)。つまり、dp-FINDYは、アミノ酸配列2~7のDYRK1Aのリン酸化酵素活性を阻害した。
【0072】
[E-4. dp-FINDYの存在下でリン酸化を行った場合の結果 (2)]
次に、前述の[C. リン酸化反応]において、アミノ酸配列1及び6~9のタンパク質について、dp-FINDY水溶液でリン酸化反応を行ったときと、ブランク水溶液でリン酸化反応を行ったときとで、TAU及びp-TAUのWestern-Blotting法による分析結果を対比した結果を図4に示す。(なお、アミノ酸配列8及び9のタンパク質については、2回の試験の分析結果を示す)。図3と同様であるが、図4に示すように、翻訳アレストペプチド配列を有さず、DYRK1Aの活性ドメインを含むタンパク質(アミノ酸配列1)は、dp-FINDYの有無によってp-TAUの生成量が有意に変化しておらず、dp-FINDYによってリン酸化酵素活性が阻害されていないことがわかる。一方、翻訳アレストペプチド配列とDYRK1Aの活性ドメインとがリンカーとなるグリシン残基Gとセリン残基Sからなるペプチド鎖を介して連結したタンパク質(アミノ酸配列6~7)は、dp-FINDYによってp-TAUの生成量が有意に低下したことがわかり(p-TAUバンドが薄くなっている)、dp-FINDYは、アミノ酸配列6~7のDYRK1Aのリン酸化酵素活性を阻害した。一方、リンカーを連続したプロリン残基からなるペプチド鎖としたアミノ酸配列8~9のタンパク質は、dp-FINDYの有無によってp-TAUの生成量が有意に変化していない。つまり、dp-FINDYは、アミノ酸配列8~9のタンパク質のリン酸化酵素活性を阻害していない。
【0073】
[F. 考察]
まず、図1に示された結果の通り、アミノ酸配列1のタンパク質であるDYRK1Aの活性ドメイン(アレストペプチド配列がないため、リボソームとは分離している)は、リン酸化酵素活性を有していた。また、アミノ酸配列2~6のタンパク質は、DYRK1Aの活性ドメインを有するが、アレストペプチド配列があるため翻訳が停止しており、リボソームに連結した状態で、翻訳と並進してフォールディングされている。そのような状態のタンパク質も、リン酸化酵素活性を有していることが確認された。
【0074】
次に、図2に示された結果の通り、アミノ酸配列1のタンパク質であるDYRK1Aの活性ドメインは、リガンドであるFINDYの存在下であっても、リン酸化酵素活性が阻害されることはなかった。これは、FINDYは、DYRK1Aの揺らぎ構造に結合してDYRK1Aのリン酸化酵素活性を阻害するものの、天然状態にあるタンパク質には結合しないという、前述の非特許文献1の知見と一致する。これに対して、アミノ酸配列2のタンパク質は、FINDYの存在下でリン酸化酵素活性が阻害されることがわかった。このように、翻訳と並進してフォールディングされているタンパク質を用いることで、天然状態にあるタンパク質には結合しなくても、細胞内の非天然状態である揺らぎ構造には結合して機能に影響を与えうる物質を探索することができることが分かった。
【0075】
なお、図2に示された結果の通り、アミノ酸配列3~5のタンパク質は、FINDYの存在下であっても、リン酸化酵素活性が阻害されることはなかった。そこで、本実施例では、リガンドをFINDYから、DYRK1Aの揺らぎ構造に結合してDYRK1Aのリン酸化酵素活性をより強力に阻害する“dp-FINDY”(非特許文献2を参照)に代えて実験を行った。その結果、図3に示された通り、アミノ酸配列2のタンパク質のみならず、アミノ酸配列3~7のタンパク質も、dp-FINDYの存在下でリン酸化酵素活性が阻害されることがわかった。
【0076】
このように、アミノ酸配列2のタンパク質(グリシン残基とセリン残基とからなるペプチド鎖(アミノ酸残基数2)で連結)が、アミノ酸配列3~5のタンパク質(グリシン残基Gとセリン残基Sからなるペプチド鎖(アミノ酸残基数6,14,22,30,62)で連結)よりも、リン酸化酵素活性が阻害されやすいことが分かった。このことは、翻訳と並進してフォールディングされているタンパク質のDYRK1Aの活性ドメインが、リボソーム表面と接近していることで、リボソーム表面と相互作用をすると、細胞内でのタンパク質の揺らぎ構造とより類似する構造になることが示唆される。そのため、細胞内でのタンパク質の揺らぎ構造に結合してタンパク質の機能に影響を与えうる物質を探索するには、リボソーム表面と相互作用をしており、翻訳と並進してフォールディングされているタンパク質を生成させることが重要であることが示唆された。
【0077】
この示唆は、図4に示される結果からも支持された。つまりdp-FINDYは、アミノ酸配列6及び7のタンパク質のリン酸化酵素活性を阻害する一方、アミノ酸配列8及び9のタンパク質のリン酸化酵素活性は阻害しなかった。アミノ酸配列6及び7は、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが柔軟性のあるペプチド鎖で連結されているため、DYRK1Aの活性ドメインがリボソーム表面に接近することで、リボソーム表面と相互作用をすることが可能である。一方,アミノ酸配列8及び9は、DYRK1Aの活性ドメインと翻訳アレストペプチド配列とが、剛直性のある連続したプロリン残基で構成されたペプチド鎖で連結されているため、DYRK1Aの活性ドメインがリボソーム表面に接近することができず、リボソーム表面と相互作用をすることができない。そのため、アミノ酸配列8及び9は、細胞内のDYRK1Aの揺らぎ構造を反映しておらず、その結果、dp-FINDYが、アミノ酸配列8及び9のタンパク質に結合することができないか、そのリン酸化酵素活性を阻害することができないと理解される。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、タンパク質の機能に影響を与える機能性物質の探索に有用であり、とりわけ、天然状態にあるタンパク質には結合しないものの、非天然状態にあるタンパク質の揺らぎ構造には結合して機能に影響を与える機能性物質を探索することに有用である。そのため、例えば、疾患に関連するタンパク質の機能を変化させる医薬品候補物質の探索において、天然状態にあるタンパク質には結合しないために従来のアッセイ系では見出されなかった機能性物質候補を見出すことができる可能性があり、医薬品などのスクリーニングやアッセイに重要な進歩をもたらす。
【0079】
ST.26:WIPO Sequenceで作成した配列表ファイル「ファイル名(file name): Patent Application of SHINSHU UNIVERSITY_cotranslational folding」の内容は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図6D
図6E
図7A
図7B
図8
図9
【配列表】
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