(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134949
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】摺動部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 13/00 20060101AFI20240927BHJP
C23C 24/10 20060101ALI20240927BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20240927BHJP
C22C 1/04 20230101ALI20240927BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240927BHJP
B22D 13/02 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
C22C13/00
C23C24/10 B
B22F3/105
C22C1/04 E
C22F1/00 614
C22F1/00 621
C22F1/00 681
C22F1/00 691B
C22F1/00 692
C22F1/00 630C
C22F1/00 631A
C22F1/00 630G
B22D13/02 501A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045417
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】弁理士法人サトー
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 慎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 耕輔
(72)【発明者】
【氏名】浅羽 凌
【テーマコード(参考)】
4K018
4K044
【Fターム(参考)】
4K018AA40
4K018BA20
4K018BD09
4K018CA41
4K018KA02
4K044AA02
4K044BA01
4K044BA10
4K044BB01
4K044BC01
4K044BC05
4K044CA24
4K044CA25
4K044CA27
4K044CA29
4K044CA41
4K044CA42
(57)【要約】
【課題】環境負荷の大きな物質を排除しつつ、Sn合金層と裏金層との接着力、および耐疲労性が高い摺動部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本実施形態の摺動部材10は、Sn合金層11、Fe基の裏金層12と、を備える。Sn合金層11と裏金層12との界面21における任意の観察断面20において、界面21の全長に対するSn合金層11に含まれるSn合金母相13と裏金層12とが接触する全長は、30%以上である。観察断面20において、Sn合金層11の総面積に対する金属間化合物14の面積の総和は、40%以上、70%以下である。Sn合金層11の断面から任意に同一の面積となる複数の視野を抽出したとき、複数の視野のうち、金属間化合物14の面積割合が最大となる第一視野の面積割合A%と、金属間化合物14の面積割合が最小となる第二視野の面積割合B%との差D=A-Bは、20%以内である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sn合金母相、および前記Sn合金母相に分散するSn基の金属間化合物を含むSn合金層と、
少なくとも一方の端面側に前記Sn合金層が設けられているFe基の裏金層と、
を備える摺動部材であって、
前記Sn合金層と前記裏金層との界面における任意の観察断面において、前記界面の全長に対する前記Sn合金層に含まれるSn合金母相と前記裏金層とが接触する全長は、30%以上であり、
前記観察断面において、前記Sn合金層の総面積に対する前記金属間化合物の面積の総和は、40%以上、70%以下であり、
前記Sn合金層の断面から任意に同一の面積となる複数の視野を抽出したとき、複数の前記視野のうち、前記金属間化合物の面積割合が最大となる第一視野の面積割合A%と、前記金属間化合物の面積割合が最小となる第二視野の面積割合B%との差D=A-Bは、20%以内である、
摺動部材。
【請求項2】
前記Sn合金層において厚さ方向へ前記界面から前記裏金層と反対側へ3%以内の領域を観察領域と設定したとき、
前記観察領域における前記Sn合金層の総面積に対する前記金属間化合物の面積の総和は、5%以上、60%以下である、
請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記Sn合金層に含まれるSnおよび前記裏金層に含まれるFeを由来として前記金属間化合物を構成しないFe-Sn化合物をさらに含み、
前記Fe-Sn化合物は、
前記界面から前記Sn基合金方向へ立ち上がるとともに、短軸および40μm以下の長軸を有する針状に生成し、
隣り合う別のFe-Sn化合物との間において、前記界面と反対側の頂点間の距離が0.5μm以上である、
請求項1記載の摺動部材。
【請求項4】
前記金属間化合物は、断面が方形状の方形粒子を含み、
前記方形粒子は、隣り合う他の方形粒子との間の中心間の距離が10μm以上である、
請求項1記載の摺動部材。
【請求項5】
前記Sn合金層は、ビッカース硬度が38HV以上である、
請求項1記載の摺動部材。
【請求項6】
前記Sn合金層は、
Sbを3.0~12mass%、
Cuを4.0~18mass%、
残部が不可避的不純物を含むSnである、
請求項1記載の摺動部材。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項記載の摺動部材の製造方法であって、
前記裏金層の一方の端面に、レーザ光を照射する照射工程と、
前記照射工程で照射された前記レーザ光の焦点に、前記Sn合金層を形成する合金材料を投入する投入工程と、
前記投入工程で投入された前記合金材料を、照射された前記レーザ光によって前記裏金層の表面で溶融して、溶融によって形成される前記合金材料を前記裏金層と接合して、前記裏金層に前記Sn合金層を肉盛りする合金層形成工程と、
を含む、
摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、摺動部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材は、例えばFe基の裏金層の表面にSn基のSn合金層を備えている。相手部材と摺動するSn合金は、耐疲労性を向上するために、例えばCuやSbなどのようにSn合金層の母相となるSnとの間に金属間化合物を生成する元素が添加される。一方、CuやSbの過剰な添加は、裏金層との界面付近に脆弱なCu5Snなどの偏析を招く。そのため、CuやSbの過剰な添加は、裏金層とSn合金層との間の接着力の低下を招く。そこで、特許文献1の場合、Cuの添加量は1~3mass%未満に設定している。これにより、特許文献1では、金属間化合物であるCu5Sn6およびSbSnの微細化が図られ、Cu5Sn6の偏析の低減が図られている。その結果、特許文献1では、摺動部材の耐疲労性の向上、および裏金層とSn合金層との間の接着性の向上が図られている。
【0003】
しかしながら、特許文献1は、Sn合金層における金属間化合物の微細化を図りつつ偏析を低減するために、CdやBeの添加が必要である。これらCdやBeは、環境に与える影響を考慮すると、使用を控えることが望ましいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、環境負荷の大きな物質を排除しつつ、Sn合金層と裏金層との接着力、および耐疲労性が高い摺動部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本実施形態の摺動部材は、Sn合金母相、および前記Sn合金母相に分散するSn基の金属間化合物を含むSn合金層と、少なくとも一方の端面に前記Sn合金層が設けられているFe基の裏金層と、を備える。
前記Sn合金層と前記裏金層との界面における任意の観察断面において、前記界面の全長に対する前記Sn合金層に含まれるSn合金母相と前記裏金層とが接触する全長は、30%以上であり、前記観察断面において、前記Sn合金層の総面積に対する前記金属間化合物の面積の総和は、40%以上、70%以下であり、前記Sn合金層の断面から任意に同一の面積となる複数の視野を抽出したとき、複数の前記視野のうち、前記金属間化合物の面積割合が最大となる第一視野の面積割合A%と、前記金属間化合物の面積割合が最小となる第二視野の面積割合B%との差D=A-Bは、20%以内である。
【0007】
発明者らは、Sn合金層と裏金層との界面におけるSn合金層のSn合金母相と裏金層との接触状態、およびSn合金層に含まれる金属間化合物の分散状態がSn合金層と裏金層との接着力に影響を及ぼすことを見出した。本実施形態では、上記のようにSn合金母相と裏金層との接触状態、および金属間化合物の分散状態を特定することにより、Sn合金層の耐疲労性を損なうことなく、Sn合金層と裏金層との間の接着力が確保される。また、本実施形態では、CdやBeなどの環境へ影響を与える物質の添加は不要である。したがって、環境負荷の大きな物質を排除しつつ、Sn合金層と裏金層との接着力、および耐疲労性を高めることができる。
【0008】
また、本実施形態の摺動部材の製造方法は、照射工程、投入工程および合金層形成工程を含む。照射工程は、裏金層の一方の端面に、レーザ光を照射する。投入工程は、前記照射工程で照射された前記レーザ光の焦点に、Sn合金層を形成する合金材料を投入する。合金層形成工程は、前記投入工程で投入された前記合金材料を、照射された前記レーザ光によって前記裏金層の表面で溶融して、溶融によって形成される前記合金材料を前記裏金層と接合して、前記裏金層に前記Sn合金層を肉盛りする。
【0009】
このように本実施形態は、いわゆるレーザクラッドによって裏金層の表面にSn合金層が肉盛される。これにより、Sn合金層と裏金層との界面においてSn合金母相に分散する金属間化合物の生成が制御される。したがって、環境負荷の大きな物質を排除しつつ、Sn合金層と裏金層との接着力、および耐疲労性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態による摺動部材を示す模式的な断面図
【
図2】一実施形態による摺動部材のSn合金層の組織を示す模式図
【
図3】一実施形態による摺動部材の観察断面を示す模式的な断面図
【
図4】一実施形態による摺動部材の観察断面を示す模式的な断面図
【
図5】一実施形態による摺動部材の観察断面を示す模式的な断面図
【
図6】一実施形態による摺動部材のSn合金層を示す模式的な断面図
【
図7】レーザクラッドを用いる一実施形態による摺動部材の製造を説明するための模式図
【
図8】遠心鋳造を用いる一実施形態による摺動部材の製造を説明するための模式図
【
図9】一実施形態による摺動部材に用いる材料の組成を示す概略図
【
図10】一実施形態による摺動部材の製造に用いるレーザクラッドの条件を示す概略図
【
図11】一実施形態による摺動部材の実施例の試験結果を示す概略図
【
図13】一実施形態による摺動部材の実施例の試験結果を示す概略図
【
図14】一実施形態による摺動部材の実施例の試験結果を示す概略図
【
図15】一実施形態による摺動部材の実施例の試験結果を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、摺動部材の一実施形態を図面に基づいて説明する。
図1に示すように摺動部材10は、Sn合金層11および裏金層12を備えている。Sn合金層11は、Sn基の合金で形成され、
図2に示すようにSn合金母相13および金属間化合物14を含んでいる。Sn合金母相13は、Sn合金層11を構成するSn合金で形成されている母相である。金属間化合物14は、Sn合金層11を構成する各種元素の化合物として粒子状に形成されており、Sn合金母相13に分散している。裏金層12は、例えば鋼や炭素鋼などのように、Feを主とするFe基の合金で形成されている。Sn合金層11は、裏金層12と反対側に、図示しない相手部材と摺動する摺動面15を形成する。なお、摺動部材10は、Sn合金層11の裏金層12と反対側の端面つまり表面に、例えばオーバレイ層などの他の層を有していてもよい。例えば、摺動部材10は、Sn合金層11の摺動面15側に図示しない中間層およびオーバレイ層を有していてもよい。Sn合金層11は、ビッカース硬度が38HV以上である。このように、Sn合金層11の硬度を高めることにより、摺動部材10は耐疲労性を高めることができる。
【0012】
Sn合金層11は、Sbを3.0~12mass%、およびCuを4.0~18mass%を含み、残部が不可避的不純物を含むSnで形成されている。また、Sn合金層11は、これらとともに、Bi、Ag、Zn、Cr、Baから選択される1種以上の金属を含んでいてもよい。Sn合金層11は、Biを最大で5.0mass%、Agを最大で10mass%、Znを最大で10mass%、Crを最大で0.5mass%、Baを最大で0.5mass%含むことができる。これらにより、Sn合金層11は、Sn合金母相13に、例えばSn-Sb、Sn-Ag、Sn-Cuなどの各種化合物を、金属間化合物14として含んでいる。金属間化合物14は、例示したような2元素による化合物に限らず、3元素以上の化合物であってもよい。なお、Sn合金層11に含まれるSn、および裏金層12に含まれるFeを由来とする例えばFe-Sn化合物は、本実施形態における金属間化合物に含まれない。
【0013】
この摺動部材10は、
図1および
図3に示すように任意の観察断面20が設定される。観察断面20は、摺動部材10の厚さ方向へ切断した断面において、例えば数μm×数μm程度から数mm×数mm程度の任意の範囲で設定する。この観察断面20において、厚さ方向はY方向、厚さに垂直な方向はX方向とする。観察断面20においてSn合金層11と裏金層12との界面21は、X方向へ伸びている。この観察断面20のX方向の全長、つまりX1とX2との間の距離は、Sn合金層11と裏金層12との界面21の全長Lに一致する。一方、Sn合金層11は、金属間化合物14を含んでいる。そのため、Sn合金層11と裏金層12との間は、Sn合金層11のSn合金母相13と裏金層12とが接する部分と、金属間化合物14と裏金層12とが接する部分とが存在する。X方向において、Sn合金母相13と裏金層12とが接する部分の長さは、Lxnとする。nは、自然数である。このとき、Sn合金母相13と裏金層12とが接する部分の長さの総和Lxは、Lx=Lx1+Lx2+Lx3+・・・+Lxnである。Sn合金母相13と裏金層12とが接する部分の長さLxnは、観察断面20を撮影した画像の画像解析によって測定している。以下、説明の簡単のため、
図3に示すn=4を例に説明する。
【0014】
図3に示す例の場合、Sn合金母相13と裏金層12とが接する部分の長さの総和Lxは、Lx=Lx1+Lx2+Lx3+Lx4である。本実施形態では、界面21の全長Lに対するSn合金母相13と裏金層12とが接触する全長である総和Lxは、30%以上である。つまり、接触割合Lx/Lは、Lx/L×100≧30(%)である。このように、本実施形態の場合、摺動部材10は、Sn合金層11と裏金層12との界面21において、Sn合金母相13と裏金層12とが接している部分は、界面21の全長Lの30%以上となっている。Sn合金層11と裏金層12との間の接着力は、Sn合金母相13と裏金層12とが接している部分において確保される。本実施形態の摺動部材の場合、Sn合金母相13と裏金層12とは、界面21において全長Lの30%以上の領域で接している。これにより、Sn合金層11と裏金層12との間には、接着力を確保するための十分な全長が確保されている。
【0015】
また、本実施形態の摺動部材10では、任意の観察断面20において、Sn合金層11の総面積に対する金属間化合物14の面積の総和は、40%以上、70%以下である。すなわち、観察断面20におけるSn合金層11の総面積Sに対し、この観察断面20に含まれる金属間化合物14の面積の総和Smである比Sm/Sは、40%≦Sm/S×100≦70%である。金属間化合物14の面積の総和Smは、長さLxnと同様に観察断面20を撮影した画像の画像解析によって測定している。金属間化合物14は、Sn合金層11における面積の割合である比Sm/S数が増加するほど、摺動部材10の耐疲労性の向上に寄与する。一方、Sn合金層11における金属間化合物14の比Sm/Sが過大になると、Sn合金母相13と裏金層12とが接する長さの総和Lxが減少し、Sn合金層11と裏金層12との接着力が低下する。摺動部材10は、比Sm/Sを、40%≦Sm/S×100≦70%の範囲にすることにより、耐疲労性の向上と、Sn合金層11と裏金層12との接着力の向上とを両立することができる。
【0016】
さらに、本実施形態の摺動部材10では、観察断面20は、
図4に示すように同一の面積となる複数の視野が任意に抽出される。
図4に示す例の場合、観察断面20は、3つの視野31、視野32、視野33が抽出される。このとき、複数の視野31、視野32、視野33のうち、含まれる金属間化合物14の面積割合が最大となる視野は、第一視野とする。そして、この第一視野における金属間化合物14の比Sm/Sは、面積割合A%とする。同様に、複数の視野31、視野32、視野33のうち、含まれる金属間化合物14の面積割合が最小となる視野は、第二視野とする。そして、この第二視野における金属間化合物14の比Sm/Sは、面積割合B%とする。本実施形態の摺動部材10は、この面積割合Aと面積割合Bとの差DであるD=A-Bは、20%以内である。すなわち、差Dは、D≦20%である。
【0017】
これは、観察断面20から抽出される複数の視野31、視野32、視野33のうち、金属間化合物14の割合が最大となる第一視野と最小となる第二視野との間において、Sn合金層11に含まれる金属間化合物14の面積割合、つまり比Sm/Sは大差無いことを示している。つまり、金属間化合物14は、Sn合金層11の全体にほぼ均一に分散しており、偏析していないことを示している。このように、Sn合金層11に金属間化合物14が偏析することなく分散することにより、Sn合金層11は全体として硬度の差が小さくなる。その結果、摺動部材10の耐疲労性を向上することができる。なお、観察断面20から抽出される視野の数は、例示した3つに限らず、2つまたは4つ以上であってもよい。
【0018】
上記に加え、本実施形態の摺動部材10では、
図4に示すようにSn合金層11において厚さ方向へ裏金層12との界面21から裏金層12と反対側へ3%以内の領域に観察領域41を設定している。すなわち、観察領域41は、Sn合金層11の厚さ方向において、界面21から摺動面15側へSn合金層11の厚さの3%の範囲に設定されている。上述した視野31、視野32、視野33のうちの視野33は、
図4における観察領域41に設定されている。この観察領域41において、Sn合金層11の総面積Sに対する金属間化合物14の面積の総和Smである比Sm/Sは、5%以上、60%以下である。すなわち、観察領域41におけるSn合金層11の総面積Sに対し、この観察領域41における金属間化合物14の面積の総和Smの比Sm/Sは、5%≦Sm/S×100≦60%である。金属間化合物14の面積の総和Smは、上述と同様に観察領域41を撮影した画像の画像解析によって測定している。この観察領域41は、Sn合金層11のうち裏金層12に近い界面21付近の領域である。Sn合金層11と裏金層12との間の接着力を考慮すると、Sn合金層11のうち界面21に近い領域は、金属間化合物14の偏析が好ましくない。観察領域41における金属間化合物14の面積の比Sm/Sを、5%≦Sm/S×100≦60%に設定することにより、界面21の全長Lに対するSn合金母相13と裏金層12とが接する長さの総和Lxの割合、つまり接触割合Lx/Lは増加する。したがって、Sn合金層11と裏金層12との接着力を確保することができる。この場合、観察領域41における金属間化合物14の比Sm/Sが、5%≦Sm/S×100≦50%であると、Sn合金層11と裏金層12との間の接着力はより向上する。
【0019】
本実施形態の摺動部材10は、
図5に示すようにFe-Sn化合物51をさらに含んでいる。Fe-Sn化合物51は、Sn合金層11に含まれるSn、および裏金層12に含まれるFeを由来とする化合物である。このFe-Sn化合物51は、上述のように本実施形態の金属間化合物14を構成しない。Fe-Sn化合物51は、裏金層12にSn合金層11を積層するとき、界面21の付近からSn合金層11側に生成する。Fe-Sn化合物51は、長軸52を有する針状、柱状または棒状に、界面21からSn合金層11側へ立ち上がって生成する。そのため、Fe-Sn化合物51の長軸52は、界面21と概ね垂直な方向へ伸びている。Fe-Sn化合物51の長軸52は、40μm以下である。
【0020】
Fe-Sn化合物51は、上述のように界面21からSn合金層11方向へ立ち上がって生成している。そして、Fe-Sn化合物51は、隣り合う別のFe-Sn化合物51との間において、界面21と反対側の端部の頂点53と頂点53との間の距離Zが0.5μm以上である。このように、Fe-Sn化合物51は、隣り合う別のFe-Sn化合物51との間に十分な距離が確保されている。Fe-Sn化合物51は、界面21付近に生成し、Sn合金層11と裏金層12との間の接着力に影響する。つまり、Fe-Sn化合物51が界面21において疎らに生成することにより、Sn合金層11と裏金層12との接着力は向上する。隣り合うFe-Sn化合物51の頂点53の間の距離を0.5μm以上に設定することにより、Sn合金層11と裏金層12との間の接着力は十分に確保される。また、生成するFe-Sn化合物は、裏金層12に加える熱を低減することにより、長軸52が40μm以下となる。そのため、生成するFe-Sn化合物の全長が短くなり、Sn合金層11と裏金層12との間の接着力を向上することができる。
【0021】
摺動部材10のSn合金層11に含まれる金属間化合物14は、観察断面20における断面が方形状の方形粒子61を含んでいる。方形粒子61とは、例えば立方体、直方体などのように3次元の各軸方向へ十分な全長を有する方体形状の粒子である。本実施形態では、Sn合金層11に含まれる金属間化合物14のうち方形粒子61は、隣り合う方形粒子61との中心間の距離が10μm以上である。金属間化合物14は、上述のようにSn合金層11に均一に分散し、偏析していないことが耐疲労性の向上に好ましい。方形粒子61の中心間の距離が10μm以上であれば、金属間化合物14はSn合金層11に適度に分散し偏析していないことを示している。このように方形粒子61の中心間に十分な距離が確保されると、Sn合金層11は全体として硬度の差が小さくなる。その結果、摺動合金の耐疲労性を向上することができる。また、方形粒子61は、外径を30μm以下とすることが好ましい。このように方形粒子61の外径を30μm以下とすることにより、Sn合金層11は硬度を確実に確保することができる。
【0022】
Sn合金層11に含まれるSbの添加量は、12mass%以下とすることが好ましい。これにより、急加熱および急冷を行なう製造方法を用いるとき、Sn合金層11における金属間化合物14の偏析を低減することができる。また、Sn合金層11に含まれるCuの添加量は、18mass%以下とすることが好ましい。これにより、急加熱および急冷を行なう製造方法を用いるとき、Sn合金層11における金属間化合物14の偏析を低減することができる。Sn合金層11に含まれるBiは、Sn合金層11の強度の向上に寄与する。一方、Biは、添加量が過大になると、裏金層12との接着性の低下を招く。そこで、Sn合金層11に含まれるBiの添加量は、5mass%以下に設定することにより、強度の向上を図りつつ、接着性の向上も図ることができる。Sn合金層11に含まれるAgおよびZnは、10mass%以下の添加量とすることにより、金属間化合物14の偏析を低減しつつ、裏金層12との接着性の向上を図ることができる。Sn合金層11に含まれるCrおよびBaは、生成する金属間化合物14の微細化に寄与することから、0.5mass%以下の添加が好ましい。
【0023】
次に、摺動部材10の製造方法について説明する。
摺動部材10は、レーザクラッドまたは遠心鋳造によって製造される。
レーザクラッドを用いる場合、レーザクラッド装置は、
図7に示すように裏金層12となる基材71にレーザ光を72照射する。基材71にレーザ光72を照射することにより、基材71は溶融して溶融池73を形成する。レーザクラッド装置は、この基材71の溶融によって生成した溶融池73にSn合金層11となる材料74を提供する。Sn合金層11となる材料74は、Sn合金母相13となるSnを中心に、金属間化合物14を生成する各種の元素が添加された粉末である。このように、レーザ光72が照射された基材71の溶融池73に材料74を提供することにより、Sn合金層11は基材71の表面に肉盛状に溶接される。溶接されたSn合金層11を冷却することにより、裏金層12にSn合金層11が積層された摺動部材10が製造される。
【0024】
また、遠心鋳造を用いる場合、
図8に示すように裏金層12となる基材81は円筒形に形成される。この場合、基材81は、円筒形に限らず、円周方向へ2分割した半割状、または3つ以上に分割した円弧環状などの形状であってもよい。遠心鋳造を行なうとき、Sn合金層11となる材料は、例えば600℃以上に加熱され、溶融される。溶融された材料は、回転する基材81の内周側へ流し込まれる。このとき、基材81は、材料が供給される側と反対の外周側から冷却される。これにより、流し込まれた材料は、基材81の内周側に積層された状態で硬化する。その結果、裏金層12にSn合金層11が積層された摺動部材が製造される。
【0025】
レーザクラッドを用いる場合、Sn合金層11に含まれるSn合金母相13および金属間化合物14の生成は、例えばレーザ光72の出力および材料74の供給速度などの条件を変更することにより制御される。また、遠心鋳造を用いる場合、Sn合金層11に含まれるSn合金母相13および金属間化合物14の生成は、材料の温度、材料の供給速度、基材81の回転速度、または基材81の冷却速度などの条件を変更することにより制御される。
【0026】
以下、本実施形態の摺動部材10の実施例を説明する。
(材料組成)
摺動部材10の実施例および比較例は、
図9に示すような組成の材料を用いた。具体的には、実施例および比較例は、
図9に示す組成1~組成4のいずれかの材料を用いた。組成1~組成4は、いずれもSn基の合金を形成し、添加元素として、Sb、Cuを必須で含んでいる。また、そして、組成1~組成4は、添加元素として、Ag、Zn、Bi、Crのうちいずれか1種以上を含んでいる。
【0027】
(レーザクラッド)
レーザクラッドを用いた実施例の製造について説明する。摺動部材10の実施例は、
図10に示すような条件のレーザクラッド装置を用いてSn合金層11を形成した。裏金層12となる基材71は、板状の「S235JR+C EN10277」を用いた。レーザクラッドによって形成されるSn合金層11は、肉盛の厚さを3mmに設定した。Sn合金層11が溶接された基材71は、室温で冷却した。レーザクラッド装置で用いるレーザ光72の出力などの条件、およびSn合金層11となる材料74の供給速度は、
図11~
図15に示している。
【0028】
(遠心鋳造)
遠心鋳造を用いた実施例の製造について説明する。裏金層12となる基材81は、レーザクラッドと同様の材料を筒状に形成した。鋳込み厚さは5mmに設定し、基材81の肉厚は6mmに設定した。基材81は、酸化防止のために純Snによって表面を覆うとともに、Snの溶融液中で300℃~400℃に予熱した。
【0029】
Sn合金層11となる材料は、Sn、Cu、Sbおよびその他の添加元素を予め設定された組成で配合し、大気中で溶融した。溶融したSn基の合金の溶湯は、大気中で500℃~600℃に保持し、予熱された基材81に供給した。基材81は、溶湯を供給した後、裏面から水で冷却した。急速冷却を行なう場合、冷却条件は、水の流量を2400リットル/min~2800リットル/minで13秒間とした。一方、通常冷却を行なう場合、冷却条件は、水の流量を1200リットル/min~1600リットル/minで20秒間とした。
【0030】
(実施例の評価)
形成された摺動部材10の実施例および比較例は、
図11~
図15に示すようにSn合金層11の硬度で耐疲労性を評価するとともに、チャルマー試験でSn合金層11と裏金層12との間の接着力を評価した。耐疲労性の評価は、形成したSn合金層11のビッカース硬度が38HV以上を合格「○」とし、38HV未満を不合格「×」とした。また、接着力の評価は、チャルマー試験の結果が75MPa以上を合格「○」とし、75MPa未満を不合格「×」とした。
図11~
図15に示す製造方法において、「レーザ」はレーザクラッドによるSn合金層の形成を示し、「鋳造(急冷)」は急速冷却をともなう鋳造を示し、「鋳造」は急速冷却をともなわない通常の鋳造を示している。
【0031】
また、
図11~
図15における「Sm/S」の欄は、
図4に示すような観察断面20において、裏金層12から最も遠い位置から順に「視野1」、「視野2」および「視野3」としている。そして、このうち「視野3」は、裏金層12に最も近い観察領域41に含まれている。また、これら「視野1」、「視野2」および「視野3」のうち、金属間化合物14の比Sm/Sが最大となる視野は第一視野に相当し、金属間化合物14の比Sm/Sが最小となる視野は第二視野に相当する。そして、差Dは、第一視野の面積割合Aと第二視野の面積割合Bとから算出している。さらに、これら「視野1」、「視野2」および「視野3」で算出した面積割合の平均値は、観察断面20におけるSn合金層11の総面積Sに対する金属間化合物14の面積の総和Smの比Sm/Sとしている。
【0032】
これら
図11、
図13~
図15に示す実施例によると、Sn合金層11における差Dおよび接触割合Lx/Lを満たす実施例1~実施例17は、硬度およびチャルマー試験の結果がいずれも合格「○」である。これに対し、
図12に示す比較例1、比較例3、比較例4および比較例6は、いずれも差Dを満たすものの、接触割合Lx/Lを満たしていない。接触割合Lx/Lは、Sn合金層11と裏金層12との接着力に影響する。接触割合Lx/Lが30%未満となる比較例1~比較例4および比較例6は、各実施例と比較して接着力が低下することがわかる。また、比較例2は、差Dを満たしておらず、チャルマー試験が不合格「×」である。これは、差Dを満たしていない比較例2の場合、金属間化合物14の偏析が生じているためである。比較例5は、差DおよびLx/Lを満たしているものの、硬度が不合格「×」である。これは、鋳造によって製造される比較例5の場合、Sn合金層11における金属間化合物14の微細化が不十分となり、Sn合金層11の強度が低下するためである。
【0033】
図13に示す実施例7~実施例10によると、Sn合金層11に設定した観察領域41に含まれる視野3における比Sm/Sは、5%以上、60%以下が好ましく、Sn合金層11と裏金層12との接着力の向上に寄与することがわかる。すなわち、比Sm/Sが「50%」の実施例8、比Sm/Sが「19%」の実施例9、および比Sm/Sが「60%」の実施例10は、実施例7と比較して、チャルマー試験の結果が向上している。
【0034】
図14に示す実施例11~実施例13によると、Sn合金層11に含まれるFe-Sn化合物51の長軸52の長さおよび頂点53間の距離は、それぞれ40μm以下、0.5μm以上が好ましく、Sn合金層11と裏金層12との接着力の向上に寄与することがわかる。すなわち、Fe-Sn化合物51の長軸52の長さおよび頂点53間の距離を満たす実施例11および実施例12は、これらを満たさない実施例13と比較して、チャルマー試験の結果が向上している。
【0035】
図15に示す実施例14~実施例17によると、Sn合金層11に含まれる方形粒子61の中心間距離は、10μm以上が好ましく、Sn合金層11の硬度の向上に寄与することがわかる。すなわち、方形粒子61の中心間距離は、10μm以上となる実施例14、実施例16および実施例17は、Sn合金層11の硬度の結果が向上している。
【0036】
以上説明したように、本実施形態の摺動部材10は、Sn合金母相13と裏金層12との接触状態、およびSn合金層11に含まれる金属間化合物14の分散状態を特定することにより、Sn合金層11の耐疲労性を損なうことなく、Sn合金層11と裏金層12との間の接着力が確保される。また、本実施形態では、CdやBeなどの環境へ影響を与える物質の添加は不要である。したがって、環境負荷の大きな物質を排除しつつ、Sn合金層11と裏金層12との接着力、および耐疲労性を高めることができる。
【0037】
以上説明した本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の実施形態に適用可能である。
例えば、摺動部材10は、Sn合金層11と裏金層12との間に中間層を有していてもよい。この場合、中間層は、SnまたはSn合金めっき層などであることが好ましい。Sn合金層11と裏金層12との間に、このような中間層を設けることにより、Sn合金層11と裏金層12との間の接着力のさらなる向上を図ることができる。
【符号の説明】
【0038】
図面中、10は摺動部材、11はSn合金層、12は裏金層、13はSn合金母相、14は金属間化合物、20は観察断面、21は界面、41は観察領域、51はFe-Sn化合物、52は長軸、53は頂点、61は方形粒子を示す。