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特開2024-134962細胞増殖足場材および細胞増殖用成形体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024134962
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】細胞増殖足場材および細胞増殖用成形体
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20240927BHJP
   C12N 5/07 20100101ALN20240927BHJP
【FI】
C12M3/00
C12N5/07
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045433
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平田 梨江子
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 紘尚
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 宏幸
(72)【発明者】
【氏名】江澤 敦子
(72)【発明者】
【氏名】奥 仁美
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029GB09
4B065AA91X
4B065BC41
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】フッ化ビニリデン(共)重合体のフィルムを用いた細胞の増殖または再生を促進するための足場材であって、細胞の増殖および再生を促進する効果が高い足場材を提供すること。
【解決手段】分極処理されたフッ化ビニリデン(共)重合体を含む成形体と、前記成形体を支持する支持体と、を有する、細胞の増殖または再生を促進するための足場材であって、前記支持体は、前記フッ化ビニリデン(共)重合体を分極処理したときに負電圧を印加された面が、細胞に接触するように、前記成形体を支持する、細胞の増殖または再生を促進するための足場材。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分極処理されたフッ化ビニリデン(共)重合体を含む成形体と、
前記成形体を支持する支持体と、を有する、細胞の増殖または再生を促進するための足場材であって、
前記支持体は、前記フッ化ビニリデン(共)重合体を分極処理したときに負電圧を印加された面が、細胞に接触するように、前記成形体を支持する、
細胞の増殖または再生を促進するための足場材。
【請求項2】
前記負電圧を印加された面は、水への接触角が50°以上85°以下である、
請求項1に記載の足場材。
【請求項3】
前記負電圧を印加された面は、ゼータ電位が-15mV以下である、
請求項1に記載の足場材。
【請求項4】
細胞培養材である、
請求項1に記載の足場材。
【請求項5】
細胞再生材または組織再生材である、
請求項1に記載の足場材。
【請求項6】
分極処理されたフッ化ビニリデン(共)重合体を含む成形体であって、
分極したときに負電圧を印加された面の、水への接触角が50°以上85°以下であり、ゼータ電位が-15mV以下である、
細胞の増殖または再生を促進するための成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞増殖足場材および細胞増殖用成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内での組織再生および創傷治癒や生体外での移植用臓器の作製、あるいは研究用の細胞培養などの基材として、フッ化ビニリデン(共)重合体のフィルムを使用する試みがなされている。たとえば、特許文献1および特許文献2には、圧電体であるフッ化ビニリデン(共)重合体を心臓や血管などに接触させ、フィルムの変形により生じる表面電荷や電界によって電気的な刺激を細胞に付与し、これにより細胞の増殖を促進する医療デバイスが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2008-522769号公報
【特許文献2】特表2016-505325号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1および特許文献2に記載のように、フッ化ビニリデン(共)重合体のフィルムの、細胞増殖促進用途への応用が検討されている。しかし、具体的な応用方法についての検討は進んでおらず、どのように使用すれば細胞増殖の促進効果が高まるかについてはまだ不明な点も多い。
【0005】
本発明は、フッ化ビニリデン(共)重合体の成形体を用いた細胞の増殖または再生を促進するための足場材であって、細胞の増殖および再生を促進する効果が高い足場材、および当該足場材に使用可能な細胞の増殖または再生を促進するための成形体を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための本発明の一実施形態は、下記[1]~[6]の足場材に関する。
[1]分極処理されたフッ化ビニリデン(共)重合体を含む成形体と、
前記成形体を支持する支持体と、を有する、細胞の増殖または再生を促進するための足場材であって、
前記支持体は、前記フッ化ビニリデン(共)重合体を分極処理したときに負電圧を印加された面が、細胞に接触するように、前記成形体を支持する、
細胞の増殖または再生を促進するための足場材。
[2]前記負電圧を印加された面は、水への接触角が50°以上85°以下である、
[1]に記載の足場材。
[3]前記負電圧を印加された面は、ゼータ電位が-15mV以下である、
[1]または[2]に記載の足場材。
[4]細胞培養材である、
[1]~[3]のいずれかに記載の足場材。
[5]細胞再生材または組織再生材である、
[1]~[3]のいずれか記載の足場材。
【0007】
上記課題を解決するための本発明の他の実施形態は、下記[6]の成形体に関する。
[6]分極処理されたフッ化ビニリデン(共)重合体の成形体であって、
分極したときに負電圧を印加された面の、水への接触角が50°以上85°以下であり、ゼータ電位が-15mV以下である、
細胞の増殖または再生を促進するための成形体。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フッ化ビニリデン(共)重合体の成形体を用いた細胞の増殖または再生を促進するための足場材であって、細胞の増殖および再生を促進する効果が高い足場材、および当該足場材に使用可能な細胞の増殖または再生を促進するための成形体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1Aは、細胞の増殖または再生を促進するための基材としての成形体と、成形体を支持する支持体と、を有する細胞の増殖または再生を促進するための足場材の例示的な態様を示す模式図であり、図1Bはその模式的な断面図である。
図2図2は、細胞の増殖または再生を促進するための基材としての上記成形体と、成形体を支持する支持体と、を有する細胞の増殖または再生を促進するための足場材の別の例示的な態様を示す模式図である。
図3図3は、実施例の試験1における、試験片1-1、ならびに試験片1-2の負電圧を印加された面で細胞を培養したときおよび正電圧を印加された面で細胞を培養したときの、細胞の神経突起の長さの平均値を示すグラフである。
図4図4は、実施例の試験1における、試験片1-2および試験片1-3の負電圧を印加された面で細胞を培養したときについて、超音波の照射をしたときとしなかったときの、細胞面積に対する神経突起の長さを示すグラフである。
図5図5は、実施例の試験2における、試験片2-1~試験片2-4の負電圧を印加された面で細胞を培養したときおよび正電圧を印加された面で細胞を培養したときの、細胞の増殖率を示すグラフである。
図6図6は、実施例の試験5における、試験片5-1~試験片5-8の負電圧を印加された面で細胞を培養したときの、細胞の増殖率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一実施形態は、細胞の増殖または再生を促進するための基材(成形体)と、上記基材を支持する支持体と、を有する、細胞の増殖または再生を促進するための足場材に関する。
【0011】
上記基材は、分極処理されたフッ化ビニリデン(共)重合体を含む成形体である。フッ化ビニリデン(共)重合体は、フッ化ビニリデンに由来する構成単位を主たる構成単位として含むフッ素樹脂である。本明細書において、主たる構成単位とは、(共)重合体を構成するすべての構成単位に対する、フッ化ビニリデンに由来する構成単位の割合が50モル%以上であることを意味する。(共)重合体を構成するすべての構成単位に対する、フッ化ビニリデンに由来する構成単位の割合は、60モル%以上100モル%以下であることが好ましく、70モル%以上100モル%以下であることがより好ましい。
【0012】
フッ化ビニリデン(共)重合体は、フッ化ビニリデンの単独重合体であってもよいし、フッ化ビニリデンと他のモノマーとの共重合体であってもよい。他のモノマーの例には、1-クロロ-1-フルオロ-エチレン、1-クロロ-2-フルオロ-エチレン、トリフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン、テトラフルオロプロペン、ヘキサフルオロプロピレン、およびビニルフルオリドなどが含まれる。あるいは、上記他のモノマーは、フッ化ビニリデンと共重合可能な、エチレン性不飽和基を有するモノマーであってもよい。(共)重合体を構成するすべての構成単位に対する、これらの他のモノマーに由来する構成単位の割合は、50モル%未満であればよく、0モル%以上40モル%以下であることが好ましく、0モル%以上30モル%以下であることがさらに好ましい。
【0013】
フッ化ビニリデン(共)重合体は、インヘレント粘度が0.8dl/g以上であることが好ましい。なお、本明細書においては、インヘレント粘度は、0.4g/dlの濃度を有したジメチルホルムアミド溶液により30℃で測定した値である。フッ化ビニリデン(共)重合体のインヘレント粘度が高いほど、成形体の強度および延伸性が向上し、細胞増殖足場材の使用中の括れなどによる基材の破断を生じにくくすることができる。上記観点から、フッ化ビニリデン(共)重合体は、インヘレント粘度が0.85dl/g以上3.0dl/g以下であることがより好ましい。
【0014】
成形体は、フッ化ビニリデン(共)重合体以外の樹脂や添加剤などを含んでもよい。フッ化ビニリデン(共)重合体以外の樹脂の例には、(メタ)アクリル樹脂、セルロース誘導体樹脂、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、エポキシ樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン樹脂、多糖類、セルロース、ポリペプチド、および合成ペプチドなどが含まれる。フッ化ビニリデン(共)重合体以外の樹脂の含有量は、成形体の全質量に対して0質量%以上30質量%以下であることが好ましく、0質量%以上20質量%以下であることがより好ましく、0質量%以上10質量%以下であることがさらに好ましい。
【0015】
添加剤の例には、コラーゲン、ポリL-リジン、およびポリD-リジンなどの天然または合成ペプチド、ヒアルロン酸などのムコ多糖類、およびこれらを含む細胞外マトリックス、その他の多糖類、セルロースなどの、細胞の増殖および再生の速度を調整できる物質が含まれる。
【0016】
成形体の形状は特に限定されないは、フィルム状またはシート状であることが好ましい。フィルム状またはシート状である成形体の厚みは、1μm以上300μm以下であることが好ましく、5μm以上200μm以下であることがより好ましく、10μm以上100μm以下であることがさらに好ましい。
【0017】
成形体は、フッ化ビニリデン(共)重合体、ならびに任意に上記他の樹脂および上記添加剤を含む樹脂組成物を、溶融押出法および溶融キャスティング法などの公知の方法で成形し、必要に応じて延伸および緩和をした後に分極処理をして、製造することができる。
【0018】
延伸および緩和の条件は特に限定されない。たとえば、延伸は、70℃以上135℃以下の温度で2.5倍以上6.0倍以下となる条件で行えばよい。また、緩和は、90℃以上140℃以下の温度で20秒以上5分以下の条件で行えばよい。なお、延伸および緩和はそれぞれ、多段階で行ってもよい。
【0019】
分極処理はたとえば、成形された樹脂組成物を、直流高圧電源に接続された非接触の尖端電極と接地された分極ロール(対向電極)との間の直流高電界にさらして行うことができる。具体的には、分極処理では、尖端電極(針状電極など)の尖端に発生するコロナ放電によって生じた電荷を樹脂組成物の表面に保持させて、分極ロールとの間で直流電解させる。尖端電極は、非接触型電極であってもよいし、接触型電極であってもよいが、樹脂組成物の絶縁破壊による電源のシャットダウンを防止するため、非接触型電極を用いることが好ましい。
【0020】
分極処理において樹脂組成物に印加される直流電圧の絶対値は、0kVよりも大きければよく、2kV以上であることが好ましく、4kV以上であることがより好ましく、5kV以上であることがさらに好ましい。直流電圧の絶対値の最大値は特に限定されないが、100kV以下とすることができる。また、分極処理時の電界の強さは、50MV/m以上であることが好ましく、100MV/m以上であることがより好ましく、125MV/m以上であることがさらに好ましい。電界の強さの最大値は特に限定されないが、2500MV/m以下とすることができる。
【0021】
分極処理後の成形体の圧電定数d33は、0.3pC/N以上であることが好ましく、1.7pC/N以上であることがより好ましく、2.0pC/N以上であることがさらに好ましい。圧電定数d33の強さの最大値は特に限定されないが、50pC/N以下とすることができる。本発明者らの知見によれば、圧電定数d33をより高くするほど、成形体による細胞の増殖および再生を促進する効果が高まる。なお、本発明者らの知見によると、上記成形体は、圧電定数d33が0.7pC/N以上2pC/N以下程度の、圧電体としてはほぼ作用しないようなものであっても、細胞の増殖および再生を促進する効果を有する。
【0022】
図1Aは、細胞の増殖を促進するための基材としての上記成形体と、成形体を支持する支持体と、を有する細胞の増殖を促進するための足場材の例示的な態様を示す模式図であり、図1Bはその模式的な断面図である。
【0023】
足場材100は、上記基材である成形体110と、成形体110を支持する容器状の支持体120と、を有する、細胞シートを作製するための足場材である。図1Aおよび図1Bに示すように、足場材100では、容器状である支持体120の底部の一部または全面に、シート状の成形体110が配置されている。成形体110は、上述した樹脂組成物に分極処理を施して作製された、シート状の成形体である。そして、支持体120は成形体110を、分極処理したときに負電圧を印加された面が細胞に接触するように、支持する。図1Aおよび図1Bに示す例では、シート状の成形体110のうち、容器内部を向いた面が、分極処理したときに負電圧を印加された面である。分極処理したときに負電圧を印加された面は、成形体110にもよるが、面方向に応力を付与した際に正の電荷を帯びる面とすることができる。
【0024】
なお、分極処理したときに負電圧を印加された面は、上述した尖端電極を用いる方法による分極処理であれば、尖端電極が正極であるときは成形体のうち尖端電極側の面、尖端電極が負極であるときは成形体のうち尖端電極とは反対側の面である。
【0025】
図2は、細胞の再生を促進するための基材としての上記成形体と、成形体を支持する支持体と、を有する細胞の再生を促進するための足場材の別の例示的な態様を示す模式図である。
【0026】
足場材200は、上記基材である成形体210と、成形体210をチューブ状に固定して神経細胞に対して支持する粘着テープである支持体220と、を有する、神経細胞再生材としての足場材である。図2に示すように足場材200では、シート状である成形体210が神経細胞の軸索230に沿って巻かれ、粘着テープである支持体220によって端部を固定されてチューブ状とされている。これにより、成形体210が軸索を取り囲むようにして、神経細胞に対して位置固定されている。そして、支持体220は成形体210を、分極処理したときに負電圧を印加された面が神経細胞の軸索に接触するように、支持する。図2に示す例では、チューブ状とされたシート状の成形体210のうち、チューブ状内部(軸索方向)を向いた面が、分極処理したときに負電圧を印加された面である。
【0027】
本発明者らの知見によると、上記のように、成形体のうち、分極処理したときに負電圧を印加された面が細胞と接することで、細胞の増殖および再生の促進効果が高まる。この理由は定かではないものの、負電圧を印加された面との相互作用によって細胞が接着しやすくなること、または負電圧を印加された面の作用によって生じる細胞膜電位の変動や細胞内シグナル伝達の亢進によるものと考えられる。
【0028】
このとき、細胞の増殖および再生の促進効果をより高める観点から、上記負電圧を印加された面は、水への接触角が50°以上85°以下であることが好ましく、50°以上80°以下であることがより好ましく、50°以上75°以下であることがさらに好ましく、60°以上75°以下であることが特に好ましい。負電圧を印加された面の水への接触角は、分極処理の条件および表面官能基修飾等による親水化処理や金型プレス等による表面凹凸形状などを施すことによって調整することができる。
【0029】
上記接触角は、液滴として2μLの超純水を使用して、液滴法(θ/2法)により接触角を測定して求められた値とすることができる。このとき、スライドガラス上に試験片を固定し、1試験片あたり10か所で接触角を測定して、これらの平均値を、当該試験片の接触角とする。
【0030】
また、細胞の増殖および再生の促進効果をより高める観点から、上記負電圧を印加された面は、ゼータ電位が-15mV以下であることが好ましく、-25mV以下であることがより好ましく、-30mV以下であることがさらに好ましい。ゼータ電位の下限値は特に限定されないが、-90mV以上とすることができる。負電圧を印加された面のゼータ電位は、分極処理の条件および酸やアルカリによる表面の化学修飾などによって調整することができる。
【0031】
上記ゼータ電位は、市販のゼータ電位測定装置および市販のモニター粒子および10mMNaCl溶液(pH5から6付近)を使用して測定された値とすることができる。このとき、1試験片あたり3回のゼータ電位の測定を行い、これらの平均値を、当該試験片のゼータ電位とする。
【0032】
このような足場材は、細胞を増殖させるための細胞培養材、または細胞の再生を促進するための細胞再生材または組織の再生を促進するための組織再生材など用途に広く使用することができる。
【0033】
たとえば、細胞培養材としての足場材は、図1Aおよび図1Bに示したような細胞シートの作製のほか、ウェル状やその他の形状の容器を用いて各種の細胞培養や、オルガノイド(人工臓器)やスフェロイドの作製、人工肉の作製などに使用することができる。このとき、各種容器(支持体)には、培養する細胞と、細胞および培養の目的に応じた培養液(培地)を入れればよい。
【0034】
あるいは、細胞再生材または組織再生材としての足場材は、図2に示したような神経再生のほか、インプラント時の骨造成や骨折等の治癒、移植した臓器を固定保持しつつ周縁組織を再生させる固定具などに使用することもできる。このとき、各用途に応じた支持体(たとえばボルトや縫合糸など)により、成形体を目的の部位に固定して保持すればよい。
【0035】
増殖または再生を促進する細胞の種類は特に限定されず、動物由来の細胞であってもよいし、植物由来の細胞であってもよい。動物の例には、ヒト、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ、およびサルなどの哺乳類などが含まれる。
【0036】
また、上記細胞は、皮膚、骨、軟骨、血管組織、筋肉、脳、眼、神経、肺、胸腺、乳腺、胃、結腸、小腸、大腸、心臓、膵臓、腎臓、脾臓、肝臓、子宮、卵巣、精巣、膀胱、前立腺、および口腔粘膜などの各種組織または臓器に由来する細胞であってもよい。
【0037】
また、上記細胞は、未分化の細胞であってもよいし、分化した細胞であってもよい。上記細胞は、体細胞、生殖細胞、肝細胞(ES細胞およびiPS細胞など)、がん細胞のいずれかであってもよい。体細胞の例には、繊維芽細胞、骨髄細胞、免疫細胞(Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、マクロファージ、単球など)、臓器由来の細胞(肝細胞、脾細胞、膵細胞、腎細胞、胚細胞など)、筋組織系細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、筋芽細胞、心筋細胞など)、神経細胞、グリア細胞、骨芽細胞、骨芽様細胞、軟骨細胞、内皮細胞、上皮細胞、表皮細胞、間質細胞、脂肪細胞、およびこれらの前駆細胞などが含まれる。
【0038】
上記の足場材を用いて細胞の増殖または再生を促進する際には、細胞が接触した成形体に超音波を連続的または断続的に照射してもよい。ただし、本実施形態の足場材は、成形体が高い圧電効果を有さないときや、超音波を照射しないときにも細胞の増殖または再生を促進する効果を十分に有する。このことから、上記成形体は、圧電効果により発生する電気的刺激によらずとも、細胞の増殖または再生を促進することができると考えられる。
【0039】
[その他の実施形態]
なお、上述の実施形態は、本発明の例示的な実施形態であり、本発明は、その中核となる技術思想の範囲内において上述の実施形態以外の実施態様を含み得ることはいうまでもない。
【実施例0040】
本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0041】
1.基材の作製
1-1.フッ化ビニリデン単独重合体
フッ化ビニリデン単独重合体(株式会社クレハ製、KF#1000)を260℃で溶融押出してシート状に成形し、4.6倍に一軸延伸して未分極のフィルムを得た。4cm×4cmのサイズに切断したアルミ箔をポリテトラフルオロエチレン製の板の上に絶縁テープで固定し、10cm×10cmのサイズに切断した上記フィルムをアルミ箔の上に設置した。この状態で、耐電圧測定装置(菊水電子工業株式会社製)に接続されている針電極を上記フィルムの上の、アルミ箔の中央に対応する位置にセットし、設定電圧を2~10kVに設定して30秒間のコロナ分極を行った。その後、針電極を中心とした4cm×4cmの範囲(アルミ箔に対応する範囲)を、所定のサイズに切り取って試験片とし、以下の実験を行った。
【0042】
このとき、コロナ放電の条件を変えて複数の試験片を得た。これらの試験片を、PVDF試験片とする。
【0043】
1-2.フッ化ビニリデン-トリフルオロエチレン共重合体
フッ化ビニリデンとトリフルオロエチレンをモル比(フッ化ビニリデン:トリフルオロエチレン)75:25で重合したものを用い、溶融押出によりシート状に形成した。厚さ25μmの未分極のフィルムを得た。
この試験片を、P(VDF-TrFE)試験片とする。
【0044】
2.測定
それぞれの試験片の圧電定数、接触角、ゼータ電位は、以下の方法で測定した。
【0045】
2-1.圧電定数
圧電定数は、Berlincourt Method方法にてd33 メーター(PIEZOTEST社)で測定した。具体的には、試料を電極で挟み、下部から振動を与え発生した電荷を計測・演算した。以降の圧電定数の値については絶対値で示す。
【0046】
2-2.接触角
接触角計(協和界面科学株式会社製、DM500)を使用し、液滴として2μLの超純水(メルク社製、Milli-Qを使用して作製)を使用して、液滴法(θ/2法)により接触角を測定した。このとき、スライドガラス上に試験片を固定し、1試験片あたり10か所で接触角を測定して、これらの平均値を、当該試験片の接触角とした。
【0047】
2-3.ゼータ電位
それぞれの試験片を3.5cm×1.5cmに切断した。また、平板セル用モニター粒子(大塚電子株式会社製、ヒドロキシプロピルセルロースコート ポリスチレンラテックス)原液を10mMNaClで200倍に希釈して調整した。上記切断した試験片を10mM生理食塩水で洗浄した後、ゼータ電位測定装置(大塚電子株式会社製、ELS-Z2)の平板用セルユニットにセットし、上記調整した平板セル用モニター粒子を気泡が生じないように注入した。1枚の試験片について3回連続でゼータ電位を測定し、これらの平均値を、当該試験片のゼータ電位とした。
【0048】
3.試験1
以下の5枚の試験片を用意した。
・試験片1-1:分極処理をしなかったPDVF試験片。
・試験片1-2:分極処理をしたPDVF試験片。圧電定数は15pC/N。
・試験片1-3:分極処理をしたPDVF試験片。圧電定数は9.7pC/N。
【0049】
これらの試験片を1cm×1cmのサイズに切断し、24ウェルプレート内で、消毒用エタノールおよびダルベッコりん酸緩衝生理食塩液(D-PBS(-))をこの順に用いて洗浄した。それぞれのウェルに濃度0.1mg/mLのポリ-D-リジン(PDL)溶液を加えて一晩静置し、コーティングをした。その後、培地(ロズウェルパーク記念研究所(RPMI)培地に1%のHS(ウマ血清)、0.5%のFBS(ウシ胎児血清)、1%のP/S(ペニシリン-ストレプトマイシン溶液)を添加したもの)に懸濁した神経様細胞(PC12細胞)をそれぞれのフィルム上に播種し、COインキュベータ(CO濃度:5%、温度:37℃)で11日の培養を行った。培養期間中は、1~3日感覚で培地交換を実施した。このとき、試験片1-2については、正電圧を印加された面および負電圧を印加された面のそれぞれがウェル上面を向くように複数の試験片を設置し、正電圧を印加された面で細胞を培養するときと、負電圧を印加された面で細胞を培養するときと、の両方の条件で細胞を培養した。また、試験片1-2および試験片1-3については、試験片への超音波の印加をした条件と、試験片への超音波の印加をしなかった条件と、の両方の条件で細胞を培養した。超音波の印加は、120kHz、10分間の超音波印加を、断続的に7日間実施した。
【0050】
11日間の培養後に、培地を除去して、中性緩衝ホルマリン液(冨士フィルム和光純薬株式会社製)で細胞を固定した。その後、試験片をスライドガラスに貼り付け、試験片の縦軸および横軸のそれぞれの中間点から試験片の端までをデジタルマイクロスコープ(キーエンス株式会社製)で撮像し、得られた画像中の神経様細胞について、神経突起の長さおよび細胞の面積を測定した。得られた結果から、画像中の細胞の神経突起の長さの平均値(μm)を求めた。また、以下の式により、細胞数に対する神経突起の長さ、および細胞面積に対する神経突起の長さを算出した。
細胞1個あたりの神経突起の長さ(μm/個)
=画像中のすべての細胞の神経突起の長さの合計(μm)
/(画像中の細胞の面積の合計(μm)/画像中の細胞1個あたりの平均面積(μm))
【0051】
図3に、試験片1-1、ならびに試験片1-2の負電圧を印加された面で細胞を培養したとき(試験片1-2(-)と表記)および正電圧を印加された面で細胞を培養したとき(試験片1-2(+)と表記)の、画像中の細胞の神経突起の長さの平均値を示す。なお、図3では超音波処理をしなかったときの結果を示す。分極処理をした試験片1-2では神経突起の長さがより長く成長していた。また、負電圧を印加された面で細胞を培養したときに、神経突起の長さがより長く成長していた。また、超音波処理をしなかったときにも神経突起の成長が促進されていたことから、フィルムの変形により生じる電気的な刺激がなくても、圧電処理をしたフッ化ビニリデン(共)重合体は神経細胞の再生を促進することがわかる。
【0052】
図4に、試験片1-2および試験片1-3の負電圧を印加された面で細胞を培養したときについて、超音波の照射をしたときとしなかったときの、細胞面積に対する神経突起の長さを示す。圧電定数が15pC/Nである試験片1-2のほうが、圧電定数が9.7pC/Nである試験片1-3よりも神経細胞の再生を促進することがわかる。また、超音波の印加によっても神経細胞の再生が促進されることがわかる。
【0053】
4.試験2
以下の4枚の試験片を用意した。
・試験片2-1:分極処理なしのPDVF試験片。圧電定数は0.2pC/N。
・試験片2-2:分極処理をしたPDVF試験片。圧電定数は9.7pC/N。
・試験片2-3:分極処理をしたPDVF試験片。圧電定数は15pC/N。
・試験片2-4:分極処理なしのP(VDF-TrFE)試験片。圧電定数は0.4pC/N。
【0054】
これらの試験片を1cm×1cmのサイズに切断し、消毒用エタノールおよびダルベッコりん酸緩衝生理食塩液(D-PBS(-))をこの順に用いて洗浄した。24ウェルプレートのウェル内にそれぞれの試験片を設置して、培地(MEMα+10%FBS+1%P/S)に懸濁した線維芽細胞(L929細胞)をそれぞれの試験片に播種し、COインキュベータ(CO濃度:5%、温度:37℃)で2日の培養を行った。このとき、それぞれの試験片の負電圧を印加された面がウェル上面を向くように複数の試験片を設置た。
【0055】
図5に、試験片2-1~試験片2-4の負電圧を印加された面で細胞を培養したとき(試験片2-1(-)等のように表記)および正電圧を印加された面で細胞を培養したとき(試験片2-2(+)等のように表記)の、細胞の増殖率を示す。図5から、いずれの試験片を用いたときも、負電圧を印加された面で細胞を培養したときに、細胞の増殖率が高くなることがわかる。
【0056】
5.試験3
以下の2枚の試験片を用意した。接触角は細胞が接触する面を測定した。
・試験片3-1:分極処理をしたPVDF試験片。負電荷を印加された面(接触角は86.9°)を使用。
・試験片3-2:分極処理をしたPVDF試験片。負電圧を印加された面(接触角は83.3°)を使用。
【0057】
これらの試験片を1cm×1cmのサイズに切断し、消毒用エタノールおよびダルベッコりん酸緩衝生理食塩液(D-PBS(-))をこの順に用いて洗浄した。24ウェルプレートのウェル内にそれぞれの試験片を設置して、培地(MEMα+10%FBS+1%P/S)に懸濁した骨芽様細胞(MC3T3-E1細胞)をそれぞれの試験片に播種し、COインキュベータ(CO濃度:5%、温度:37℃)で1日の培養を行った。
【0058】
培養後の培養液中に所定量の細胞増殖/細胞毒性アッセイキット(株式会社同仁化学研究所製、Cell Counting Kit-8)を加えて、2.5時間のインキュベーションをした後に、培養液を回収した。回収した培養液を96ウェルプレートに移し替え、プレートリーダー(BD)を用いて450nmの吸光度を測定した。この吸光度を、コントロールとして24ウェルプレートの試験片を設置しないウェルに直接細胞を播種し同様の測定を行って得られた吸光度を100%として、これに対する吸光度の増加率を求め、それぞれの試験片による細胞の増殖率とした。
【0059】
結果を表1に示す。
【0060】
【表1】
【0061】
表1から、接触角が85°以下であるときに、細胞の増殖率が高くなることがわかる。
【0062】
6.試験4
以下の7枚の試験片を用意した。なお、カッコ中は分極処理時の電界の強さである。接触角は細胞と接触する側の値を示す。
・試験片4-1:(0MV/m)。圧電定数は0.2pC/N、接触角は82.8°。
・試験片4-2:(75MV/m)。圧電定数は0.7pC/N、接触角は81.2°。
・試験片4-3:(100MV/m)。圧電定数は1.7pC/N、接触角は80.5°。
・試験片4-4:(125MV/m)。圧電定数は2.0pC/N、接触角は78.8°。
・試験片4-5:(150MV/m)。圧電定数は2.7pC/N、接触角は75.1°。
・試験片4-6:(175MV/m)。圧電定数は12.0pC/N、接触角は73.0°。
・試験片4-7:(200MV/m)。圧電定数は17.3pC/N、接触角は72.8°。
【0063】
これらの試験片を1cm×1cmのサイズに切断し、消毒用エタノールおよびダルベッコりん酸緩衝生理食塩液(D-PBS(-))をこの順に用いて洗浄した。24ウェルプレートのウェル内にそれぞれの試験片を設置して、培地(MEMα+10%FBS+1%P/S)に懸濁した骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1細胞)をそれぞれの試験片上に播種し、COインキュベータ(CO濃度:5%、温度:37℃)で3.5時間の培養を行った。このとき、それぞれの試験片の負電圧を印加された面がウェル上面を向くように複数の試験片を設置した。
【0064】
培養後の培養液中に所定量の細胞増殖/細胞毒性アッセイキット(株式会社同仁化学研究所製、Cell Counting Kit-8)を加えて、2.5時間のインキュベーションをした後に、培養液を回収した。回収した培養液を96ウェルプレートに移し替え、プレートリーダー(BD)を用いて450nmの吸光度を測定した。この吸光度を、コントロールとして24ウェルプレートの試験片を設置しないウェルに直接細胞を播種し同様の測定を行って得られた吸光度を100%として、これに対する吸光度の増加率を求め、それぞれの試験片による細胞の増殖率とした。
【0065】
結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2から、接触角がより小さくなるほど、細胞の増殖率が高くなることがわかる。
【0068】
6.試験5
以下の7枚の試験片を用意した。なお、カッコ中は分極処理時の電界の強さである。接触角は細胞と接触する側の値を示す。
・試験片5-1:(75MV/m)。ゼータ電位は-28.6mV、接触角は81.2°。
・試験片5-2:(150MV/m)。ゼータ電位は-28.9mV、接触角は75.1°。
・試験片5-3:(175MV/m)。ゼータ電位は-29.4mV、接触角は73.0°。
・試験片5-4:(200MV/m)。ゼータ電位は-33.6mV、接触角は72.8°。
・試験片5-5:(75MV/m)。ゼータ電位は-23.8mV、接触角は82.2°。
・試験片5-6:(150MV/m)。ゼータ電位は-19.7mV、接触角は73.6°。
・試験片5-7:(175MV/m)。ゼータ電位は-25.6mV、接触角は73.1°。
・試験片5-8:(200MV/m)。ゼータ電位は-28.5mV、接触角は72.3°。
【0069】
これらの試験片を1cm×1cmのサイズに切断し、消毒用エタノールおよびダルベッコりん酸緩衝生理食塩液(D-PBS(-))をこの順に用いて洗浄した。24ウェルプレートのウェル内にそれぞれの試験片を設置して、培地(MEMα+10%FBS+1%P/S)に懸濁した骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1細胞)をそれぞれの試験片上に播種し、COインキュベータ(CO濃度:5%、温度:37℃)で2日間の培養を行った。このとき、それぞれの試験片の負電圧を印加された面がウェル上面を向くように複数の試験片を設置した。
【0070】
培養後の培養液中に所定量の細胞増殖/細胞毒性アッセイキット(株式会社同仁化学研究所製、Cell Counting Kit-8)を加えて、2.5時間のインキュベーションをした後に、培養液を回収した。回収した培養液を96ウェルプレートに移し替え、プレートリーダー(BD)を用いて450nmの吸光度を測定した。この吸光度を、コントロールとして24ウェルプレートの試験片を設置しないウェルに直接細胞を播種し同様の測定を行って得られた吸光度を100%として、これに対する吸光度の増加率を求め、それぞれの試験片による細胞の増殖率とした。
【0071】
結果を図6に示す。
【0072】
図6から、ゼータ電位がより小さくなるほど、細胞の増殖率が高くなることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明によれば、細胞の増殖および再生をより短時間で行うことができる。
【符号の説明】
【0074】
100 足場材
110 成形体
120 支持体
200 足場材
210 成形体
220 支持体
230 神経細胞の軸索
図1
図2
図3
図4
図5
図6