(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024001350
(43)【公開日】2024-01-09
(54)【発明の名称】BDNFを含む融合蛋白質
(51)【国際特許分類】
C07K 16/46 20060101AFI20231226BHJP
C07K 16/28 20060101ALI20231226BHJP
C07K 14/475 20060101ALI20231226BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20231226BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20231226BHJP
C12N 15/63 20060101ALN20231226BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20231226BHJP
C12P 21/08 20060101ALN20231226BHJP
【FI】
C07K16/46 ZNA
C07K16/28
C07K14/475
C12N15/62 Z
C12N15/13
C12N15/63 Z
C12N5/10
C12P21/08
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023188680
(22)【出願日】2023-11-02
(62)【分割の表示】P 2022077514の分割
【原出願日】2017-12-26
(31)【優先権主張番号】P 2016252147
(32)【優先日】2016-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】薗田 啓之
(72)【発明者】
【氏名】高橋 健一
(57)【要約】
【課題】血中に投与したBDNFが脳内で作用できるよう,血液脳関門を通過可能にしたものである,新規な抗TfR抗体とBDNFとの融合蛋白質を提供すること。
【解決手段】BDNFと抗ヒトトランスフェリン受容体抗体との融合蛋白質であって,該抗体が重鎖の可変領域において,(a)CDR1が配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列を含んでなり,(b)CDR2が配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列を含んでなり,且つ(c)CDR3が配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳由来神経栄養因子(Brain-derivedneurotrophic factor,BDNF)と抗ヒトトランスフェリン受容体抗体との融合蛋白質であって,該抗体が重鎖の可変領域において,
(a)CDR1が配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列を含んでなり,
(b)CDR2が配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(c)CDR3が配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,血液脳関門の通過を可能にしたBDNFに関し,より詳しくは新規な抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とBDNFとの融合蛋白質,その製造法及びその使用法に関する。
【背景技術】
【0002】
脳室周囲器官(松果体,脳下垂体,最後野等)を含む幾つかの領域を除き脳の大半の組織に血液を供給する毛細血管は,筋肉等その他の組織に存在する毛細血管と異なり,その内皮を形成している内皮細胞同士が強固な細胞間接合によって密着し合っている。そのため,血液から脳への物質の受動輸送が妨げられ,例外はあるものの,脂溶性の高い物質,又は分子量が小さく(200~500ダルトン以下)且つ生理pH付近において電気的に中性な物質以外,毛細血管から脳へ移行しにくい。このような,脳内の毛細血管内皮を介した,血液と脳の組織液との間での物質交換を制限する機構は,血液脳関門(Blood-Brain Barrier,BBB)と呼ばれている。また,血液脳関門は,脳のみならず,脳及び脊髄を含む中枢神経系の組織液と血液との間の物質交換をも制限している。
【0003】
血液脳関門の存在により,中枢神経系の細胞の大半は,血中のホルモン,リンホカイン等の物質の濃度の変動等の影響を受けることなく,その生化学的な恒常性が保たれる。
【0004】
しかしながら,血液脳関門の存在は,薬剤開発のうえで問題を提起する。例えば,脳由来神経栄養因子(BDNF;Brain-derived neurotrophic factor)は,ニューロトロフィンファミリーの一つであり,その二量体が標的細胞表面上にある高親和性BDNF受容体(TrkB;Tyrosine receptor kinase B,Tropomyosin receptor kinase B,又はTropomyosin-related Kinase Bとも呼ばれる)に特異的に結合し,中枢および末梢神経系の細胞の分化,機能維持,シナプス形成,および損傷時の再生および修復などに重要な役割を果たすことが知られている(非特許文献1及び2)。このことから,BDNFはアルツハイマー病,パーキンソン病,ハンチントン病などの神経変性疾患,筋萎縮性側策硬化症などの脊髄変性疾患,この他,糖尿病性神経障害,脳虚血性疾患,Rett症候群などの発達障害,統合失調症,うつ病等,多様な疾患の治療剤としての開発が期待されている。(非特許文献3~8)。しかしながら高分子蛋白質は一般的に血液脳関門を極めて通過し難いため,BDNF自身を中枢神経系の疾患治療薬または中枢神経系に作用する疾患治療薬として末梢投与により用いるには大きな障壁があった。
【0005】
中枢神経系において作用させるべきそのような蛋白質等の高分子物質に血液脳関門を通過させるための方法が,種々開発されている。例えば,神経成長因子の場合,これを内包させたリポソームを脳内毛細血管の内皮細胞の細胞膜と融合させることにより,血液脳関門を通過させる方法が試みられているが,実用化に至っていない(非特許文献9)。α-L-イズロニダーゼの場合,1回当たりに投与される酵素の量を増加させてその血中濃度を高めることにより,血液脳関門における酵素の受動輸送を高める試みが行われ,ハーラー症候群の動物モデルを用いて,この手法により中枢神経系(CNS)の異常が緩解することが示されている(非特許文献10)。
【0006】
また,血液脳関門を回避し,高分子物質を髄腔内又は脳内に直接投与する試みも行われている。例えば,ハーラー症候群(ムコ多糖症I型)の患者の髄腔内にヒトα-L-イズロニダーゼを投与する方法(特許文献1),ニーマン-ピック病の患者の脳室内にヒト酸スフィンゴミエリナーゼを投与する方法(特許文献2),ハンター症候群のモデル動物の脳室内にイズロン酸2-スルファターゼ(I2S)を投与する方法(特許文献3)が報告されている。このような手法によれば,確実に中枢神経系に薬剤を作用させることができると考えられる一方,侵襲性が極度に高いという問題がある。
【0007】
血液脳関門を通して高分子物質を脳内に到達させる方法として,脳内毛細血管の内皮細胞上に存在する膜蛋白質との親和性を持つように高分子物質を修飾する方法が種々報告されている。脳内毛細血管の内皮細胞上に存在する膜蛋白質としては,インスリン,トランスフェリン,インスリン様成長因子(IGF-I,IGF-II),LDL,レプチン等の化合物に対する受容体が挙げられる。
【0008】
例えば,神経成長因子(NGF)をインスリンとの融合蛋白質の形で合成し,インスリン受容体との結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献4~6)。また,神経成長因子(NGF)を抗インスリン受容体抗体との融合蛋白質の形で合成し,インスリン受容体との結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献4及び7)。
【0009】
脳由来神経栄養因子(BDNF)を抗インスリン受容体抗体との融合蛋白質の形で合成し,この融合蛋白質をインスリン受容体との結合を介して血液脳関門を通過させる技術が報告されている(非特許文献11)。神経成長因子(NGF)をトランスフェリンとの融合蛋白質の形に合成し,トランスフェリン受容体(TfR)との結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献8)。また,神経成長因子(NGF)を抗トランスフェリン受容体抗体(抗TfR抗体)との融合蛋白質の形で合成し,TfRとの結合を介してこの融合蛋白質に血液脳関門を通過させる技術が報告されている(特許文献4及び9)。また,ポリエチレングリコール(PEG)を付加した脳由来神経栄養因子(BDNF)をマウス抗ラットトランスフェリン受容体抗体(抗TfR抗体)とストレプトアビジン-ビオチンリンカーを介して化学的に結合したコンジュゲートの形で合成し,ラットにおいて,このコンジュゲートをTfRとの結合を介して血液脳関門を通過させる技術が報告されている(非特許文献12)。
【0010】
抗TfR抗体を用いた技術について更にみると,抗TfR抗体と結合させることにより薬剤に血液脳関門を通過させる技術において,ストレプトアビジンを用いた場合は一本鎖抗体を使用できることが報告されている(非特許文献13)。また,ヒトTfR(hTfR)との解離定数が比較的大きい抗hTfR抗体(低親和性抗hTfR抗体)が,薬剤をして血液脳関門を通過させる技術において好適に利用できることが報告されている(特許文献10及び11,非特許文献14)。更には,hTfRとの親和性がpH依存的に変化する抗TfR抗体が,薬剤に血液脳関門を通過させるためキャリアとして使用できることが報告されている(特許文献12,非特許文献15)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特表2007-504166号公報
【特許文献2】特表2009-525963号公報
【特許文献3】特開2012-62312号公報
【特許文献4】米国特許5154924号公報
【特許文献5】特開2011-144178号公報
【特許文献6】米国特許2004/0101904号公報
【特許文献7】特表2006-511516号公報
【特許文献8】特開H06-228199号公報
【特許文献9】米国特許5977307号公報
【特許文献10】WO2012/075037
【特許文献11】WO2013/177062
【特許文献12】WO2012/143379
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Moses V. Chao. Nature Reviews Neuroscience. 4. 299-309(2003)
【非特許文献2】Tabakman R. Progress in Brain Research. 146. 387-401(2004)
【非特許文献3】Bollen E. Behavioural Brain Research. 257C. 8-12(2013)
【非特許文献4】Altar C. Anthony. Journal of Neurochemistry. 63. 1021-32(1994)
【非特許文献5】Zuccato C. Progress in Neurobiology. 81. 294-330(2007)
【非特許文献6】Dafang Wu. The Journal of the American Society for Experimental Neurotherapeutics. 2. 120-8(2005)
【非特許文献7】David M. Katz. The Handbook of Experimental Pharmacology. 220. 481-95(2014)
【非特許文献8】E. Castren. The Handbook of Experimental Pharmacology. 220.461-79(2014)
【非特許文献9】Xie Y. J Control Release. 105. 106-19(2005)
【非特許文献10】Ou L. Mol Genet Metab. 111. 116-22 (2014)
【非特許文献11】Ruben J.B. Biotechnology Bioengineering, 97. 1376-1386(2007)
【非特許文献12】Dafang W. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96. 254-259(1999)
【非特許文献13】Li JY. Protein Engineering. 12. 787-96(1999)
【非特許文献14】Bien-Ly N. J Exp Med. 211. 233-44 (2014)
【非特許文献15】Sada H. PLoS ONE. 9. E96340 (2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記背景の下で,本発明の目的は,血中に投与したBDNFが脳内で作用できるよう,血液脳関門を通過可能にしたものである,新規な抗TfR抗体とBDNFとの融合蛋白質,その製造方法,使用方法,及び当該融合蛋白質を投与することによる,所定範囲の疾患の予防及び/又は治療方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,鋭意検討を重ねた結果,本明細書において詳述する抗体作製法により得られる,hTfRの細胞外領域を認識する抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(抗hTfR抗体)のものの中で有る特定のもの,取り分け,重鎖のCDR1が配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列を含んでなるものが,更には,それに加えて重鎖のフレームワーク領域3が配列番号68のアミノ酸配列を含んでなるものが,血中に投与したとき顕著に効率よく血液脳関門を通過することを見出し,しかも当該抗体とBDNFを融合させたものも血液脳関門を通過することも見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明は以下を提供する。
【0015】
1.脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor,BDNF)と抗ヒトトランスフェリン受容体抗体との融合蛋白質であって,該抗体が重鎖の可変領域において,
(a)CDR1が配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列を含んでなり,
(b)CDR2が配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(c)CDR3が配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
2.上記1の融合蛋白質であって,重鎖のフレームワーク領域3が配列番号68のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
3.上記1又は2の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域において,
CDR2の配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列に代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなり,且つ
CDR3の配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列に代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
4.上記1又は2の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域において,
CDR2の配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列に代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなり,且つ
CDR3の配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列に代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
5.上記1又は2の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域において,
(a)CDR1については配列番号66又は配列番号67,
(b)CDR2については配列番号13又は配列番号14,
(c)CDR3については配列番号15又は配列番号16,及び
(d)フレームワーク領域3については配列番号68,
のうち少なくとも1つのアミノ酸配列に代えてこれに対し1~5個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものであり,
ここに,CDR1については,配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列のN末端側から5番目に位置するメチオニンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあり,且つ
フレームワーク領域3については,配列番号68のN末端側から17番目に位置するロイシンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあるものである,
融合蛋白質。
6.上記1又は2の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域において,
(a)CDR1については配列番号66又は配列番号67,
(b)CDR2については配列番号13又は配列番号14,
(c)CDR3については配列番号15又は配列番号16,及び
(d)フレームワーク領域3については配列番号68,
のうち少なくとも1つのアミノ酸配列に代えてこれに対し1~3個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものであり,
ここに,CDR1については,配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列のN末端側から5番目に位置するメチオニンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあり,且つフレームワーク領域3については,配列番号68のN末端側から17番目に位置するロイシンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあるものである,融合蛋白質。
7.上記1の融合蛋白質であって,該重鎖の可変領域が配列番号69のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
8.上記7の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域のうち,CDR1の配列番号66又は配列番号67及びフレームワーク領域3の配列番号68の各アミノ酸配列以外の部分において,該部分に代えて該部分と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
9.上記7の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域のうち,CDR1の配列番号66又は配列番号67及びフレームワーク領域3の配列番号68の各アミノ酸配列以外の部分において,該部分に代えて該部分と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
10.上記7の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域を構成するアミノ酸配列に代えてこれに対し1~5個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものであり,
ここに,CDR1については,配列番号67のアミノ酸配列のN末端から5番目に位置するメチオニンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあり,且つフレームワーク領域3については,配列番号68のN末端側から17番目に位置するロイシンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあるものである,融合蛋白質。
11.上記7の融合蛋白質であって,但し該重鎖の可変領域を構成するアミノ酸配列に代えてこれに対し1~3個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものであり,
ここに,CDR1については,配列番号67のアミノ酸配列のN末端から5番目に位置するメチオニンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあり,且つフレームワーク領域3については,配列番号68のN末端側から17番目に位置するロイシンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあるものである,融合蛋白質。
12.上記7の融合蛋白質であって,該重鎖のアミノ酸配列が,配列番号70又は配列番号72のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
13.上記12の融合蛋白質であって,但し該重鎖のうち,CDR1の配列番号66又は配列番号67及びフレームワーク領域3の配列番号68の各アミノ酸配列以外の部分に代えて該部分に対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
14.上記12の融合蛋白質であって,但し該重鎖のうち,CDR1の配列番号66又は配列番号67及びフレームワーク領域3の配列番号68の各アミノ酸配列以外の部分に代えて当該部分に対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
15.上記12の融合蛋白質であって,但し該重鎖を構成するアミノ酸配列に代えてこれに対し1~5個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものであり,
ここに,CDR1については,配列番号67のアミノ酸配列のN末端から5番目に位置するメチオニンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあり,且つフレームワーク領域3については,配列番号68のN末端側から17番目に位置するロイシンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあるものである,融合蛋白質。
16.上記12の融合蛋白質であって,但し該重鎖を構成するアミノ酸配列に代えてこれに対し1~3個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものであり,
ここに,CDR1については,配列番号67のアミノ酸配列のN末端から5番目に位置するメチオニンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあり,且つフレームワーク領域3については,配列番号68のN末端側から17番目に位置するロイシンが,改変後のアミノ酸配列においても同じ位置にあるものである,融合蛋白質。
17.上記1~16の何れかの融合蛋白質であって,該抗体の軽鎖の可変領域において,
(a)CDR1が配列番号6又は配列番号7のアミノ酸配列を含んでなり,
(b)CDR2が配列番号8若しくは配列番号9のアミノ酸配列,又はアミノ酸配列Lys-Val-Serを含んでなり,且つ
(c)CDR3が配列番号10のアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
18.上記17の融合蛋白質であって,但し,該軽鎖の可変領域において,
(a)CDR1の配列番号6又は配列番号7のアミノ酸配列に代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなり,
(b)CDR2の配列番号8若しくは配列番号9のアミノ酸配列,又はアミノ酸配列Lys-Val-Serに代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(c)CDR3の配列番号10のアミノ酸配列に代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
19.上記17の融合蛋白質であって,但し,該軽鎖の可変領域において,
(a)CDR1の配列番号6又は配列番号7のアミノ酸配列に代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなり,
(b)CDR2の配列番号8若しくは配列番号9のアミノ酸配列,又はアミノ酸配列Lys-Val-Serに代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(c)CDR3の配列番号10のアミノ酸配列に代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質。
20.上記17の融合蛋白質であって,但し該軽鎖の可変領域において,
(a)CDR1については配列番号6又は配列番号7,
(b)CDR2については配列番号8若しくは配列番号9,又はアミノ酸配列Lys-Val-Ser,及び
(c)CDR3については配列番号10,
のうち少なくとも1つのアミノ酸配列に代えてこれに対し1~5個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
21.上記17の融合蛋白質であって,但し該軽鎖の可変領域において,
(a)CDR1については配列番号6又は配列番号7,
(b)CDR2については配列番号8若しくは配列番号9,又はアミノ酸配列Lys-Val-Ser,及び
(c)CDR3については配列番号10,
のうち少なくとも1つのアミノ酸配列に代えてこれに対し1~3個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
22.上記1~16の何れかの融合蛋白質であって,該抗体の軽鎖の可変領域が,配列番号17,配列番号18,配列番号19,配列番号20,配列番号21又は配列番号22のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
23.上記22の融合蛋白質であって,但し該軽鎖の可変領域のアミノ酸配列に代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
24.上記22の融合蛋白質であって,但し該軽鎖の可変領域のアミノ酸配列に代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
25.上記22の融合蛋白質であって,但し該軽鎖の可変領域のアミノ酸配列に代えてこれに対し1~5個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
26.上記22の融合蛋白質であって,但し該軽鎖の可変領域のアミノ酸配列に代えてこれに対し1~3個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
27.上記1~16の何れかの融合蛋白質であって,該抗体の軽鎖が,配列番号23,配列番号25,配列番号27又は配列番号29のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
28.上記27の融合蛋白質であって,但し該軽鎖のアミノ酸配列に代えてこれに対し80%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
29.上記27の融合蛋白質であって,但し該軽鎖のアミノ酸配列に代えてこれに対し90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
30.上記27の融合蛋白質であって,但し該軽鎖のアミノ酸配列に代えてこれに対し1~5個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
31.上記27の融合蛋白質であって,但し該軽鎖のアミノ酸配列に代えてこれに対し1~3個のアミノ酸の置換,欠失又は付加による改変がなされたアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
32.上記1~31の何れかの融合蛋白質であって,該抗体が,Fab抗体,F(ab’)2抗体,又はF(ab’)抗体である,融合蛋白質。
33.上記1~31の何れか融合蛋白質であって,該抗体が,scFab,scF(ab’),scF(ab’)2及びscFvからなる群から選ばれる一本鎖抗体である,融合蛋白質。
34.上記33の融合蛋白質であって,該抗体の軽鎖と重鎖とがリンカー配列を介して結合しているものである,融合蛋白質。
35.上記34の融合蛋白質であって,該軽鎖のC末端側において,リンカー配列を介して該重鎖が結合しているものである,融合蛋白質。
36.上記34の融合蛋白質であって,該重鎖のC末端側において,リンカー配列を介して該軽鎖が結合しているものである,融合蛋白質。
37.上記34~36の何れかの融合蛋白質であって,該リンカー配列が,8~50個のアミノ酸残基からなるものである,融合蛋白質。
38.上記37の融合蛋白質であって,該リンカー配列が,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,配列番号3,配列番号4,及び配列番号5の各アミノ酸配列,配列番号3のアミノ酸配列の3個が連続したものに相当するアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列の10個以下が連続してなる配列からなる群より選ばれるものである,融合蛋白質。
39.上記1~38の何れかの融合蛋白質であって,該BDNFが,該抗体の軽鎖又は重鎖のC末端側又はN末端側に結合したものである,融合蛋白質。
40.上記39の融合蛋白質であって,該BDNFが,該抗体の軽鎖又は重鎖のC末端側又はN末端側に,直接又はリンカーを介して結合したものである,融合蛋白質。
41.該リンカーが,1~50個のアミノ酸残基からなるペプチドである,上記40の融合蛋白質。
42.該リンカーが,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,配列番号3,配列番号4,及び配列番号5からなる群から選択されるアミノ酸配列を含んでなるペプチドである,上記41の融合蛋白質。
43.該BDNFがヒトBDNFである,上記1~42の何れかの融合蛋白質。
44.該ヒトBDNFが,配列番号51のアミノ酸配列又はこれと実質的に同一のアミノ酸配列を含んでなるものであるか,または配列番号51で表される蛋白質と同質の機能を有するものである,上記43の融合蛋白質。
45.上記1~44の何れかの融合蛋白質であって,ヒトトランスフェリン受容体の細胞外領域及びサルトランスフェリン受容体の細胞外領域の双方に対して親和性を有するものである,融合蛋白質。
46.上記45の融合蛋白質であって,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,ヒトトランスフェリン受容体の細胞外領域との解離定数が1×10-10M以下であり,サルトランスフェリン受容体の細胞外領域との解離定数が1×10-9M以下のものである,融合蛋白質。
47.上記43の融合蛋白質であって,
該軽鎖が,配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(a)該重鎖が,そのC末端側でアミノ酸配列Gly-Serからなるリンカーを介して,ヒトBDNFと結合し,それにより配列番号52のアミノ酸配列を形成しているものであるか,又は
(b)該重鎖が,そのC末端側でアミノ酸配列Gly-Serに続いてアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計27個のアミノ酸からなるリンカーを介して,ヒトBDNFと結合し,それにより配列番号54のアミノ酸配列を形成しているものである,
融合蛋白質。
48.該抗体が抗原結合性断片である,上記1~31の何れか1項の融合蛋白質。
49.該抗原結合性断片のN末端側に,直接又はリンカーを介して,ヒトBDNFが結合してなるものである,上記48の融合蛋白質。
50.該抗原結合性断片が一本鎖抗体である,上記48又は49の融合蛋白質。
51.上記50の融合蛋白質であって,該抗体の軽鎖可変領域と重鎖可変領域がリンカー配列を介して結合してなるものである,融合蛋白質。
52.上記51の融合蛋白質であって,該軽鎖可変領域のC末端側に,該リンカー配列を介して,該重鎖可変領域が結合してなるものである,融合蛋白質。
53.上記51の融合蛋白質であって,該重鎖可変領域のC末端側に,該リンカー配列を介して,該軽鎖可変領域が結合してなるものである,融合蛋白質。
54.上記51~53の何れかの融合蛋白質であって,該リンカー配列が,8~50個のアミノ酸残基からなるものである,融合蛋白質。
55.上記54の融合蛋白質であって,該リンカー配列が,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,配列番号3,配列番号4,及び配列番号5の各アミノ酸配列,配列番号3のアミノ酸配列の3個が連続したものに相当するアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列の10個以下が連続してなる配列からなる群より選ばれるものである,融合蛋白質。
56.上記50~55の何れかの融合蛋白質であって,該抗体が,配列番号69のアミノ酸配列を有する重鎖可変領域と,配列番号18のアミノ酸配列を有する軽鎖可変領域とを含んでなるものである,融合蛋白質。
57.上記56の融合蛋白質であって,該抗体が,配列番号57のアミノ酸配列からなり,そのN末端側に,直接又はリンカーを介して,ヒトBDNFが結合してなるものである,融合蛋白質。
58.上記57の融合蛋白質であって,該抗体が配列番号57のアミノ酸配列からなり,そのN末端側に,リンカーを介して,ヒトプロBDNFが結合してなる,配列番号59のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
59.上記57の融合蛋白質であって,該抗体が配列番号57のアミノ酸配列からなり,そのN末端側に,リンカーを介して,ヒトBDNFが結合してなる,配列番号60のアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
60.該抗原結合性断片が,Fab,F(ab’)2,又はF(ab’)の何れかである,上記48又は49の融合蛋白質。
61.上記60の融合蛋白質であって,Fab,F(ab’)2,又はF(ab’)の何れかの軽鎖又は重鎖のN末端側に,直接又はリンカーを介して,ヒトBDNFが結合してなるものである,融合蛋白質。
62.上記61の融合蛋白質であって,該抗体の軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列からなり,且つ該抗体の重鎖が配列番号61のアミノ酸配列からなるFab重鎖であり,該重鎖のN末端側に,直接又はリンカーを介してヒトBDNF,が結合してなるものである,融合蛋白質。
63.上記62の融合蛋白質であって、該リンカーが,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,配列番号3のアミノ酸配列,配列番号4のアミノ酸配列,及び配列番号5のアミノ酸配列からなる群から選択されるアミノ酸配列を含んでなるペプチドである,融合蛋白質。
64.上記62の融合蛋白質であって,
該軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
該Fab重鎖とそのN末端側に,リンカーを介して,結合したヒトプロBDNFとからなる部分が配列番号63のアミノ酸配列を形成しているものである,融合蛋白質。
65.上記62の融合蛋白質であって,
該軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
Fab重鎖とそのN末端側に,リンカーを介して,結合したヒトBDNFとからなる部分が配列番号65のアミノ酸配列を形成しているものである,融合蛋白質。
66.上記48~62の何れかの融合蛋白質であって,ヒトIgG Fc領域又はその一部が,ヒトBDNFと該抗体との間に導入されてなるものである,融合蛋白質。
67.上記66の融合蛋白質であって,ヒトBDNFのC末端側に,直接又はリンカー配列を介して,ヒトIgG Fc領域が結合してなり,且つ,該ヒトIgG Fc領域のC末端側に直接又はリンカー配列を介して該抗体が結合してなるものである,融合蛋白質。
68.上記66又は67の融合蛋白質であって,ヒトIgG Fc領域が配列番号75で示されるアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
69.上記68の融合蛋白質であって,
該重鎖が,ヒトBDNFのC末端側に,直接又はリンカー配列を介して,該ヒトIgG Fc領域が結合してなり,且つ,該ヒトIgG Fc領域のC末端側に直接又はリンカー配列を介して該重鎖が結合したものである,融合蛋白質。
70.上記69の融合蛋白質であって,
該軽鎖が,配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
該重鎖が,ヒトBDNFのC末端側に,リンカー配列を介して,ヒトIgG Fc領域が結合してなり,且つ,該ヒトIgG Fc領域のC末端側にリンカー配列を介して該重鎖が結合したものであり,それにより配列番号74のアミノ酸配列を形成しているものである,融合蛋白質。
71.上記48~62の何れかの融合蛋白質であって,さらにアルブミン親和性ペプチドが導入されてなるものである,融合蛋白質。
72.上記71の融合蛋白質であって,該抗体のC末端側に,直接又はリンカー配列を介して,アルブミン親和性ペプチドが結合してなるものである,融合蛋白質。
73.上記71又は72の融合蛋白質であって,アルブミン親和性ペプチドが配列番号85で示されるアミノ酸配列を含んでなるものである,融合蛋白質。
74.上記73の融合蛋白質であって,
該重鎖が,ヒトBDNFのC末端側に,直接又はリンカー配列を介して結合してなり,且つ,該重鎖のC末端側に直接又はリンカー配列を介してアルブミン親和性ペプチドが結合したものである,融合蛋白質。
75.上記74の融合蛋白質であって,
該軽鎖が,配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
該重鎖が,ヒトプロBDNFのC末端側に,リンカー配列を介して結合してなり,且つ,該重鎖のC末端側にリンカー配列を介してアルブミン親和性ペプチドが結合したものであり,それにより配列番号87のアミノ酸配列を形成しているものである,融合蛋白質。
76.上記74の融合蛋白質であって,
該軽鎖が,配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
該重鎖が,ヒトBDNFのC末端側に,リンカー配列を介して結合してなり,且つ,該重鎖のC末端側にリンカー配列を介してアルブミン親和性ペプチドが結合したものであり,それにより配列番号88のアミノ酸配列を形成しているものである,融合蛋白質。
77.上記1~76の何れかの融合蛋白質をコードする,DNA断片。
78.上記77のDNA断片を組み込んでなる,発現ベクター。
79.上記78の発現ベクターで形質転換された哺乳動物細胞。
80.BDNFへの曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害の予防及び/又は治療のための薬剤であって,上記1~76の何れかの融合蛋白質を有効成分として含んでなる,薬剤。
81.該疾患又は障害が,神経系の疾患又は障害である上記80の薬剤。
82.該神経系の疾患又は障害が,神経変性疾患,うつ病,統合失調症,てんかん,自閉症,Rett症候群,West症候群,新生児痙攣,認知症に伴う問題行動,不安症,疼痛,ヒルシュスプルング病又はレム睡眠行動障害である,上記81の薬剤。
83.該神経変性疾患が,脳神経変性疾患,脊髄変性疾患,網膜変性疾患又は末梢神経変性疾患である,上記82の薬剤。
84.該脳神経変性疾患が,脳神経系の神経変性疾患,脳虚血性疾患,外傷性脳損傷,白質脳症又は多発性硬化症である,上記83の薬剤。
85.該脳神経系の神経変性疾患が,アルツハイマー病,パーキンソン病,ハンチントン病,レビー小体型認知症,ピック病,多系統萎縮症,進行性上行性麻痺又はダウン症候群である,上記84の薬剤。
86.BDNFへの曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害の予防及び/又は治療のための,上記1~76の何れかの融合蛋白質の使用。
87.BDNFへの曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害の予防及び/又は治療用の医薬の製造のための,上記1~76の何れかの融合蛋白質の使用。
88.BDNFへの曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害の予防及び/又は治療の方法であって,該疾患又は傷害を有する患者の血中に,上記1~76の何れかの融合蛋白質の治療上有効量を含有する医薬組成物を投与することを含むものである,方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明は,血液脳関門を通過できないものである脳由来神経栄養因子(BDNF)につき,これを特定の抗hTfR抗体との融合蛋白質の形とすることにより,血液脳関門を通過可能にする。従って,BDNFを,そのような融合蛋白質の形で静脈注射等により血中に投与することによって中枢神経系に作用させることを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】抗hTfR抗体を単回静脈内投与した後の,カニクイザルの大脳皮質の,抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図面代用写真。(a)抗hTfR抗体を非投与,(b)抗hTfR抗体番号3を投与。各写真の右下のバーは50μmを表すゲージである。
【
図2】抗hTfR抗体を単回静脈内投与した後の,カニクイザルの海馬の,抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図。(a)抗hTfR抗体を非投与,(b)抗hTfR抗体番号3を投与。各写真の右下のバーは50μmを表すゲージである。
【
図3】抗hTfR抗体を単回静脈内投与した後の,カニクイザルの小脳の,抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図面代用写真。(a)抗hTfR抗体を非投与,(b)抗hTfR抗体番号3を投与。各写真の右下のバーは50μmを表すゲージである。
【
図4】単回静脈内投与した後の,カニクイザルの脳以外の各種臓器へのヒト化抗hTfR抗体の蓄積量を示す図。縦軸は,各臓器の湿重量当たりのヒト化抗hTfR抗体の量(μg/g湿重量)を示す。白バーは左から順に,ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4),及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を,それぞれ投与,黒バーは,トラスツズマブ(ハーセプチン
TM)を投与したサルの各臓器での蓄積量を示す。NDは未測定を意味する。
【
図5】単回静脈内投与した後の,カニクイザルの大脳皮質の,ヒト化抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図面代用写真。(a)ハーセプチンを投与,(b)ヒト化抗hTfR抗体番号3を投与,(c)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2を投与,(d)ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)を投与,(e)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与。各写真の右下のバーは20μmを表すゲージである。
【
図6】単回静脈内投与した後の,カニクイザルの海馬の,ヒト化抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図。(a)ハーセプチンを投与,(b)ヒト化抗hTfR抗体番号3を投与,(c)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2を投与,(d)ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)を投与,(e)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与。各写真の右下のバーは20μmを表すゲージである。
【
図7】単回静脈内投与した後の,カニクイザルの小脳のヒト化抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図。(a)ハーセプチンを投与,(b)ヒト化抗hTfR抗体番号3を投与,(c)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2を投与,(d)ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)を投与,(e)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与。各写真の右下のバーは20μmを表すゲージである。
【
図8】単回静脈内投与した後の,カニクイザルの延髄の,ヒト化抗hTfR抗体に対する免疫組織化学染色の結果を示す図。(a)ハーセプチンを投与,(b)ヒト化抗hTfR抗体番号3を投与,(c)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2を投与,(d)ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)を投与,(e)ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与。各写真の右下のバーは20μmを表すゲージである。
【
図9】BDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質を単回静脈内投与した後の,hTfR-KIマウスの脳内濃度推移を示す図面。横軸は投与後の時間(時間),縦軸は脳のグラム重量(湿重量)当たりのBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質の濃度(nM,二量体換算)を示す。
【
図10】BDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質を単回静脈内投与した後の,投与後3時間におけるカニクイザルの脳内の各部位におけるBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質の濃度(nM,二量体換算)を示す図面。
【
図11】BDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質(hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABD)を単回静脈内投与した後の,hTfR-KIマウスの脳内濃度推移を示す図面。横軸は投与後の時間(時間),縦軸は脳のグラム重量(湿重量)当たりのBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質の濃度(nM,二量体換算)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明において,「抗体」の語は,主としてヒト抗体,マウス抗体,ヒト化抗体,ヒト抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体,及びマウス抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体の何れかをいうが,特定の抗原に特異的に結合する性質を有するものである限り,これらに限定されるものではなく,また,抗体の動物種にも特に制限はない。但し,好ましいのは,ヒト化抗体である。
【0019】
本発明において,「ヒト抗体」の語は,その蛋白質全体がヒト由来の遺伝子にコードされている抗体をいう。但し,遺伝子の発現効率を上昇させる等の目的で,元のヒトの遺伝子に,元のアミノ酸配列に変化を与えることなく変異を加えた遺伝子にコードされる抗体も,「ヒト抗体」に含まれる。また,ヒト抗体をコードする2つ以上の遺伝子を組み合わせて,あるヒト抗体の一部を他のヒト抗体の一部に置き換えて作製した抗体も,「ヒト抗体」である。ヒト抗体は,免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。免疫グロブリン軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。免疫グロブリン重鎖の3箇所のCDRも,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。あるヒト抗体のCDRを,その他のヒト抗体のCDRに置き換えることにより,ヒト抗体の抗原特異性,親和性等を改変した抗体も,ヒト抗体に含まれる。
【0020】
本発明において,元のヒト抗体の遺伝子を改変することにより,元の抗体のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,「ヒト抗体」に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を示し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示し,更により好ましくは98%以上の相同性を示す。即ち,本発明において「ヒト由来の遺伝子」というときは,ヒト由来の元の遺伝子に加えて,これに改変を加えることにより得られる遺伝子も含まれる。
【0021】
本発明において,「マウス抗体」というときは,その蛋白質全体がマウス由来の遺伝子にコードされる抗体をいう。但し,遺伝子の発現効率を上昇させる等の目的で,元のマウスの遺伝子に,元のアミノ酸配列に変化を与えることなく変異を加えた遺伝子にコードされる抗体も,「マウス抗体」に含まれる。また,マウス抗体をコードする2つ以上の遺伝子を組み合わせて,あるマウス抗体の一部を他のマウス抗体の一部に置き換えた抗体も,マウス抗体に含まれる。マウス抗体は,免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。免疫グロブリン軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。免疫グロブリン重鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。例えば,あるマウス抗体のCDRを,他のマウス抗体のCDRに置き換えることにより,マウス抗体の抗原特異性,親和性等を改変した抗体も,マウス抗体に含まれる。
【0022】
本発明において,元のマウス抗体の遺伝子を改変することにより,元の抗体のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,「マウス抗体」に含まれる。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,「マウス抗体」に含まれる。アミノ酸を付加する場合,元の抗体のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,「マウス抗体」に含まれる。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を示し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示し,更により好ましくは98%以上の相同性を示す。即ち,本発明において「マウス由来の遺伝子」というときは,マウス由来の元の遺伝子に加えて,これに改変を加えることにより得られる遺伝子も含まれる。
【0023】
本発明において,「ヒト化抗体」の語は,可変領域の一部(例えば,特にCDRの全部又は一部)のアミノ酸配列がヒト以外の哺乳動物由来であり,それ以外の領域がヒト由来である抗体のことをいう。例えば,ヒト化抗体として,ヒト抗体を構成する免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を,他の哺乳動物のCDRに置き換えることによって作製された抗体が挙げられる。ヒト抗体の適切な位置に移植されるCDRの由来となる他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウス及びラットであり,更に好ましくはマウスである。
【0024】
本発明において,「キメラ抗体」の語は,2つ以上の異なる種に由来する,2つ以上の異なる抗体の断片が連結されてなる抗体のことをいう。
【0025】
ヒト抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体とは,ヒト抗体の一部がヒト以外の哺乳動物の抗体の一部によって置き換えられた抗体である。抗体は,以下に説明するFc領域,Fab領域及びヒンジ部とからなる。このようなキメラ抗体の具体例として,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域が他の哺乳動物の抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれかに由来する。逆に,Fc領域が他の哺乳動物に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれかに由来する。
【0026】
また,抗体は,可変領域と定常領域とからなるということもできる。キメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)が他の哺乳動物の抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)が他の哺乳動物の抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。ここで,他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,例えばマウスである。
【0027】
マウス抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体とは,マウス抗体の一部がマウス以外の哺乳動物の抗体の一部に置き換えられた抗体である。このようなキメラ抗体の具体例として,Fc領域がマウス抗体に由来する一方でFab領域が他の哺乳動物の抗体に由来するキメラ抗体や,逆に,Fc領域が他の哺乳動物に由来する一方でFab領域がマウス抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ここで,他の哺乳動物の生物種は,好ましくはヒトである。
【0028】
ヒト抗体とマウス抗体のキメラ抗体は,特に,「ヒト/マウスキメラ抗体」という。ヒト/マウスキメラ抗体には,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域がマウス抗体に由来するキメラ抗体や,逆に,Fc領域がマウス抗体に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又はマウス抗体のいずれかに由来する。ヒト/マウスキメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がマウス抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がマウス抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。
【0029】
抗体は,本来,2本の免疫グロブリン軽鎖と2本の免疫グロブリン重鎖の計4本のポリペプチド鎖からなる基本構造を有する。但し,本発明において,「抗体」というときは,この基本構造を有するものに加え,
(1)1本の免疫グロブリン軽鎖と1本の免疫グロブリン重鎖の計2本のポリペプチド鎖からなるものや,以下に詳述するように,
(2)免疫グロブリン軽鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体,及び
(3)免疫グロブリン重鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体も含まれる。また,
(4)本来の意味での抗体の基本構造からFc領域が欠失したものであるFab領域からなるもの及びFab領域とヒンジ部の全部若しくは一部とからなるもの(Fab,F(ab’)及びF(ab’)2を含む)も,本発明における「抗体」に含まれる。
【0030】
ここでFabとは,可変領域とCL領域(軽鎖の定常領域)を含む軽鎖と,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)を含む重鎖が,それぞれに存在するシステイン残基同士でジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。Fabにおいて,重鎖は,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)に加えて,更にヒンジ部の一部を含んでもよいが,この場合のヒンジ部は,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠くものである。Fabにおいて,軽鎖と重鎖とは,軽鎖の定常領域(CL領域)に存在するシステイン残基と,重鎖のCH1領域又はヒンジ部に存在するシステイン残基との間で形成されるジスルフィド結合により結合する。Fabを形成する重鎖のことを,本明細書において「Fab重鎖」という。Fabは,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠いており,1本の軽鎖と1本の重鎖とからなる。F(ab’)においては,その重鎖は可変領域とCH1領域に加えて,重鎖どうしを結合するシステイン残基を含むヒンジ部の全部または一部を含む。F(ab’)2は2つのF(ab’)が互いのヒンジ部に存在するシステイン残基同士でジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。F(ab’)又はF(ab’)2を形成する重鎖のことを,本明細書において「Fab’重鎖」という。また,複数の抗体が直接又はリンカーを介して結合したものである,ニ量体,三量体等の重合体も抗体である。更に,これらに限らず,免疫グロブリン分子の一部を含み,且つ,抗原に特異的に結合する性質を有するものは何れも,本発明でいう「抗体」に含まれる。即ち,本発明において免疫グロブリン軽鎖というときは,免疫グロブリン軽鎖に由来し,その可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有するものが含まれる。また,免疫グロブリン重鎖というときは,免疫グロブリン重鎖に由来し,その可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有するものが含まれる。従って,可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有する限り,例えば,Fc領域が欠失したものも,免疫グロブリン重鎖である。
【0031】
また,ここでFc又はFc領域とは,抗体分子中の,CH2領域(重鎖の定常領域の部分2),及びCH3領域(重鎖の定常領域の部分3)からなる断片を含む領域のことをいう。Fc又はFc領域は,CH2領域とCH3領域に加えて,ヒンジ部の一部を含んでもよい。
【0032】
更には,本発明において,「抗体」というときは,
(5)上記(4)で示したFab,F(ab’)又はF(ab’)2を構成する軽鎖と重鎖を,リンカー配列を介して結合させて,それぞれ一本鎖抗体としたscFab,scF(ab’),及びscF(ab’)2も含まれる。ここで,scFab,scF(ab’),及びscF(ab’)2にあっては,軽鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に重鎖を結合させてなるものでもよく,また,重鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に軽鎖を結合させてなるものでもよい。更には,軽鎖の可変領域と重鎖の可変領域をリンカー配列を介して結合させて一本鎖抗体としたscFvも,本発明における抗体に含まれる。scFvにあっては,軽鎖の可変領域のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に重鎖の可変領域を結合させてなるものでもよく,また,重鎖の可変領域のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に軽鎖の可変領域を結合させてなるものでもよい。
【0033】
更には,本明細書でいう「抗体」には,完全長抗体,上記(1)~(3)に示されるものに加えて,上記(4)及び(5)を含む概念である完全長抗体の一部が欠損している抗原結合性断片(抗体フラグメント)のいずれの形態も含まれる。
【0034】
「抗原結合性断片」という用語は,抗原との特異的結合活性の少なくとも一部を保持している抗体の断片のことをいう。結合性断片の例としては,例えば上記(4)及び(5)に示されるものに加えて,可変領域(Fv),重鎖可変領域(VH)と軽鎖可変領域(VL)とを適当なリンカーで連結させた一本鎖抗体(scFv),重鎖可変領域(VH)と軽鎖可変領域(VL)を含むポリペプチドの二量体であるダイアボディ,scFvの重鎖(H鎖)に定常領域の一部(CH3)が結合したものの二量体であるミニボディ,その他の低分子化抗体等を包含する。但し,抗原との結合能を有している限りこれらの分子に限定されない。また,これらの結合性断片には,抗体蛋白質の全長分子を適当な酵素で処理したもののみならず,遺伝子工学的に改変された抗体遺伝子を用いて適当な宿主細胞において産生された蛋白質も含まれる。
【0035】
本発明において,「一本鎖抗体」というときは,免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質をいう。例えば,上記(2),(3)及び(5)に示されるものは一本鎖抗体に含まれる。また,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質も,本発明における「一本鎖抗体」である。免疫グロブリン重鎖のC末端側にリンカー配列を介して免疫グロブリン軽鎖が結合した一本鎖抗体にあっては,通常,免疫グロブリン重鎖は,Fc領域が欠失している。免疫グロブリン軽鎖の可変領域は,抗体の抗原特異性に関与する相補性決定領域(CDR)を3つ有している。同様に,免疫グロブリン重鎖の可変領域も,CDRを3つ有している。これらのCDRは,抗体の抗原特異性を決定する主たる領域である。従って,一本鎖抗体には,免疫グロブリン重鎖の3つのCDRが全てと,免疫グロブリン軽鎖の3つのCDRの全てとが含まれることが好ましい。但し,抗体の抗原特異的な親和性が維持される限り,CDRの1個又は複数個を欠失させた一本鎖抗体とすることもできる。
【0036】
一本鎖抗体において,免疫グロブリンの軽鎖と重鎖との間に配置されるリンカー配列は,好ましくは2~50個,より好ましくは8~50個,更に好ましくは10~30個,更により好ましくは12~18個又は15~25個,例えば15個若しくは25個のアミノ酸残基から構成されるペプチド鎖である。そのようなリンカー配列は,これにより両鎖が連結されてなる抗hTfR抗体がhTfRに対する親和性を保持する限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンのみ又はグリシンとセリンから構成されるものである。例えば,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号4),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号5),又はこれらのアミノ酸配列の2~10個或いは2~5個が連続したものに相当する配列を含むものが挙げられる。例えば,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全領域からなるアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列を介して免疫グロブリン軽鎖の可変領域を結合させる場合,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)の3個が連続したものに相当する計15個のアミノ酸からなるリンカー配列を含むものが好適である。
【0037】
本発明において,「ヒトトランスフェリン受容体」又は「hTfR」の語は,配列番号1のアミノ酸配列を有する膜蛋白質である。本発明の一実施態様において,BDNFと融合させるべき抗hTfR抗体は,配列番号1のアミノ酸配列中N末端から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの部分(hTfRの細胞外領域)に対して特異的に結合するものであるが,これに限定されない。また,本発明において「サルトランスフェリン受容体」又は「サルTfR」の語は,特に,カニクイザル(Macaca fascicularis)由来の,配列番号2のアミノ酸配列を有する膜蛋白質である。本発明の抗hTfR抗体は,その一実施態様において,配列番号2のアミノ酸配列の中で,N末端から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの部分(サルTfRの細胞外領域)に対しても結合するものであるが,これに限定されない。
【0038】
hTfRに対する抗体の作製方法としては,hTfR遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入した細胞を用いて,組換えヒトトランスフェリン受容体(rhTfR)を作製し,このrhTfRを用いてマウス等の動物を免疫して得る方法が一般的である。免疫後の動物からhTfRに対する抗体産生細胞を取り出し,これとミエローマ細胞とを融合させることにより,抗hTfR抗体産生能を有するハイブリドーマ細胞を作製することができる。
【0039】
また,マウス等の動物より得た免疫系細胞を体外免疫法によりrhTfRで免疫することによっても,hTfRに対する抗体を産生する細胞を取得できる。体外免疫法を用いる場合,その免疫系細胞が由来する動物種に特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,モルモット,イヌ,ネコ,ウマ,及びヒトを含む霊長類であり,より好ましくは,マウス,ラット及びヒトであり,更に好ましくはマウス及びヒトである。マウスの免疫系細胞としては,例えば,マウスの脾臓から調製した脾細胞を用いることができる。ヒトの免疫系細胞としては,ヒトの末梢血,骨髄,脾臓等から調製した細胞を用いることができる。ヒトの免疫系細胞を体外免疫法により免疫した場合,hTfRに対するヒト抗体を得ることができる。
【0040】
体外免疫法により免疫系細胞を免疫した後,細胞をミエローマ細胞と融合させることにより,抗体産生能を有するハイブリドーマ細胞を作製することができる。また,免疫後の細胞からmRNAを抽出してcDNAを合成し,このcDNAを鋳型としてPCR反応により免疫グロブリンの軽鎖及び重鎖をコードする遺伝子を含むDNA断片を増幅し,これらを用いて人工的に抗体遺伝子を再構築することもできる。
【0041】
上記方法により得られたままのハイブリドーマ細胞には,hTfR以外の蛋白質を抗原として認識する抗体を産生する細胞も含まれる。また,抗hTfR抗体を産生するハイブリドーマ細胞の全てが,hTfRに対して高親和性を示す抗hTfR抗体を産生するとも限らない。
【0042】
同様に,人工的に再構築した抗体遺伝子には,hTfR以外の蛋白質を抗原として認識する抗体をコードする遺伝子も含まれる。また,抗hTfR抗体をコードする遺伝子の全てが,hTfRに対して高親和性を示す抗hTfR抗体をコードする等の所望の特性を備えるとも限らない。
【0043】
従って,上記で得られたままのハイブリドーマ細胞から,所望の特性(hTfRに対する高親和性等)を有する抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択するステップが必要となる。また,人工的に再構築した抗体遺伝子にあっては,当該抗体遺伝子から,所望の特性(hTfRに対する高親和性等)を有する抗体をコードする遺伝子を選択するステップが必要となる。hTfRに対して高親和性を示す抗体(高親和性抗体)を産生するハイブリドーマ細胞,又は高親和性抗体をコードする遺伝子を選択する方法として,以下に詳述する方法が有効である。なお,hTfRに対して高親和性を示す抗体とは,実施例7に記載の方法により測定されるhTfRとの解離定数(KD)が,好ましくは1×10-8M以下のものであり,より好ましくは1×10-9M以下のものであり,更に好ましくは1×10-10M以下のものであり,尚も更に好ましくは1×10-11M以下のものである。例えば好適なものとして,解離定数が1×10-13M~1×10-9Mであるもの,1×10-13M~1×10-10Mであるものを挙げることができる。
【0044】
例えば,hTfRに対して高親和性の抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択する場合,組換えhTfRをプレートに添加してこれに保持させた後,ハイブリドーマ細胞の培養上清を添加し,次いで組換えhTfRと結合していない抗体をプレートから除去し,プレートに保持された抗体の量を測定する方法が用いられる。この方法によれば,プレートに添加したハイブリドーマ細胞の培養上清に含まれる抗体のhTfRに対する親和性が高いほど,プレートに保持される抗体の量が多くなる。従って,プレートに保持された抗体の量を測定し,より多くの抗体が保持されたプレートに対応するハイブリドーマ細胞を,hTfRに対して相対的に高い親和性を有する抗hTfR抗体を産生する細胞株として選択することができる。この様にして選択された細胞株から,mRNAを抽出してcDNAを合成し,このcDNAを鋳型として,抗hTfR抗体をコードする遺伝子を含むDNA断片をPCR法を用いて増幅することにより,高親和性抗体をコードする遺伝子を単離することもできる。
【0045】
上記の人工的に再構築した抗体遺伝子から,高親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を選択する場合は,一旦,人工的に再構築した抗体遺伝子を発現ベクターに組み込み,この発現ベクターをホスト細胞に導入する。このとき,ホスト細胞として用いる細胞としては,人工的に再構築した抗体遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入することにより抗体遺伝子を発現させることのできる細胞であれば原核細胞,真核細胞を問わず特に限定はないが,ヒト,マウス,チャイニーズハムスター等の哺乳動物由来の細胞が好ましく,特にチャイニーズハムスター卵巣由来のCHO細胞,又はマウス骨髄腫に由来するNS/0細胞が好ましい。また,抗体遺伝子をコードする遺伝子を組み込んで発現させるために用いる発現ベクターは,哺乳動物細胞内に導入させたときに,該遺伝子を発現させるものであれば特に限定なく用いることができる。発現ベクターに組み込まれた該遺伝子は,哺乳動物細胞内で遺伝子の転写の頻度を調節することができるDNA配列(遺伝子発現制御部位)の下流に配置される。本発明において用いることのできる遺伝子発現制御部位としては,例えば,サイトメガロウイルス由来のプロモーター,SV40初期プロモーター,ヒト伸長因子-1アルファ(EF-1α)プロモーター,ヒトユビキチンCプロモーター等が挙げられる。
【0046】
このような発現ベクターが導入された哺乳動物細胞は,発現ベクターに組み込まれた上述の人工的に再構築した抗体を発現するようになる。このようにして得た,人工的に再構築した抗体を発現する細胞から,hTfRに対して高親和性を有する抗体を産生する細胞を選択する場合,組換えhTfRをプレートに添加してこれに保持させた後,組換えhTfRに細胞の培養上清を接触させ,次いで,組換えhTfRと結合していない抗体をプレートから除去し,プレートに保持された抗体の量を測定する方法が用いられる。この方法によれば,細胞の培養上清に含まれる抗体のhTfRに対する親和性が高いほど,プレートに保持された抗体の量が多くなる。従って,プレートに保持された抗体の量を測定し,より多くの抗体が保持されたプレートに対応する細胞を,hTfRに対して相対的に高い親和性を有する抗hTfR抗体を産生する細胞株として選択することができ,ひいては,hTfRに対して高親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を選択できる。このようにして選択された細胞株から,抗hTfR抗体をコードする遺伝子を含むDNA断片を,PCR法を用いて増幅することにより,高親和性抗体をコードする遺伝子を単離することができる。
【0047】
上記の人工的に再構築した抗体遺伝子からの,高親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子の選択は,人工的に再構築した抗体遺伝子を発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを大腸菌に導入し,この大腸菌を培養して得た培養上清又は大腸菌を溶解させて得た抗体を含む溶液を用いて,上述のハイブリドーマ細胞を選択する場合と同様の方法で,所望の遺伝子を有する大腸菌を選択することによってもできる。選択された大腸菌株は,hTfRに対して相対的に高い親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を発現するものである。この細胞株から,hTfRに対して相対的に高い親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を選択できる。大腸菌の培養上清中に抗体を分泌させる場合には,N末端側に分泌シグナル配列が結合するように抗体遺伝子を発現ベクターに組み込めばよい。
【0048】
高親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を選択する他の方法として,上述の人工的に再構築した抗体遺伝子にコードされた抗体をファージ粒子上に保持させて発現させる方法がある。このとき,抗体遺伝子は,一本鎖抗体をコードする遺伝子として再構築される。抗体をファージ粒子上に保持する方法は,国際公開公報(WO1997/09436,WO1995/11317)等に記載されており,周知である。人工的に再構築した抗体遺伝子にコードされた抗体を保持するファージから,hTfRに対して高親和性を有する抗体を保持するファージを選択する場合,組換えhTfRを,プレートに添加して保持させた後,ファージを接触させ,次いでプレートから組換えhTfRと結合していないファージを除去し,プレートに保持されたファージの量を測定する方法が用いられる。この方法によれば,ファージ粒子上に保持された抗体のhTfRに対する親和性が高いほど,プレートに保持されたファージの量が多くなる。従って,プレートに保持されたファージの量を測定し,より多くのファージが保持されたプレートに対応するファージ粒子を,hTfRに対して相対的に高い親和性を有する抗hTfR抗体を産生するファージ粒子として選択することができ,ひいては,hTfRに対して高親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を選択できる。このようにして選択されたファージ粒子から,抗hTfR抗体をコードする遺伝子を含むDNA断片を,PCR法を用いて増幅することにより,高親和性抗体をコードする遺伝子を単離することができる。
【0049】
酵素免疫測定法(EIA,ELISA)を用いた直接及び間接サンドイッチアッセイ,フローサイトメトリー,表面プラズモン共鳴法(以下「SPR法」という),バイオレイヤー干渉法(以下「BLI法」という),又は免疫沈降アッセイ等の周知の結合アッセイを用い,hTfRに対して高親和性を有する抗体を産生するハイブリドーマ細胞を選択することができる。当該高親和性抗体産生細胞からcDNAを調製し,これを鋳型として,抗hTfR抗体の軽鎖,抗hTfR抗体の重鎖,又は抗hTfR抗体である一本鎖抗体の,全て又はその一部をコードする遺伝子を含むDNA断片を,PCR法等により増幅して単離することができる。同様にして,抗hTfR抗体の軽鎖の可変領域の全て又はその一部をコードする遺伝子を含むDNA断片,抗hTfR抗体の重鎖の可変領域の全て又はその一部をコードする遺伝子を含むDNA断片を,PCR法等により増幅して単離することもできる。
【0050】
この高親和性を有する抗hTfR抗体の軽鎖及び重鎖をコードする遺伝子の全てまたはその一部を,発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを用いて哺乳動物細胞等のホスト細胞を形質転換し,得られた形質転換細胞を培養することにより,高親和性を有する抗hTfR抗体を産生させることができる。単離された抗hTfR抗体をコードする遺伝子の塩基配列から抗hTfR抗体のアミノ酸配列を翻訳し,このアミノ酸配列をコードするDNA断片を人工的に合成することもできる。DNA断片を人工的に合成する場合,適切なコドンを選択することにより,ホスト細胞における抗hTfR抗体の発現量を増加させることもできる。
【0051】
元の抗hTfR抗体にアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えるために,単離されたDNA断片に含まれる抗hTfR抗体をコードする遺伝子に,適宜変異を加えることもできる。変異を加えた後の抗hTfR抗体をコードする遺伝子は,元の遺伝子と,好ましくは80%以上の相同性を有するものであり,より好ましくは90%以上の相同性を有するものであるが,相同性に特に制限はない。アミノ酸配列に変異を加えることにより,抗hTfR抗体と結合する糖鎖の数,糖鎖の種類を改変し,生体内における抗hTfR抗体の安定性を増加させることもできる。
【0052】
抗hTfR抗体の軽鎖の可変領域の全て又はその一部をコードする遺伝子に変異を加える場合にあっては,変異を加えた後の遺伝子は,元の遺伝子と,好ましくは80%以上の相同性を有するものであり,より好ましくは90%以上の相同性を有するものであるが,相同性に特に制限はない。軽鎖の可変領域のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個である。軽鎖の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。軽鎖の可変領域にアミノ酸を付加する場合,軽鎖の可変領域のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個アミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた軽鎖の可変領域のアミノ酸配列は,元の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。特に,CDRのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。CDRのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。アミノ酸を付加する場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個,更により好ましくは1個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各CDRのアミノ酸配列は,元の各CDRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0053】
抗hTfR抗体の重鎖の可変領域の全て又はその一部をコードする遺伝子に変異を加える場合にあっては,変異を加えた後の遺伝子は,元の遺伝子と,好ましくは80%以上の相同性を有するものであり,より好ましくは90%以上の相同性を有するものであるが,相同性に特に制限はない。重鎖の可変領域のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,尚も更に好ましくは1~2個である。重鎖の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,尚も更に好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。重鎖の可変領域にアミノ酸を付加する場合,重鎖の可変領域のアミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個アミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた重鎖の可変領域のアミノ酸配列は,元の重鎖の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。特に,CDRのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。CDRのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。アミノ酸を付加する場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端又はC末端に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個,更により好ましくは1個のアミノ酸を付加する。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各CDRのアミノ酸配列は,元の各CDRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0054】
上記の抗hTfR抗体の軽鎖の可変領域への変異と,上記の抗hTfR抗体の重鎖の可変領域への変異とを組み合わせて,抗hTfR抗体の軽鎖と重鎖の可変領域の両方に変異を加えることもできる。
【0055】
上記の抗hTfR抗体の軽鎖及び重鎖のアミノ酸配列中のアミノ酸の他のアミノ酸による置換としては,例えば,芳香族アミノ酸(Phe,Trp,Tyr),脂肪族アミノ酸(Ala,Leu,Ile,Val),極性アミノ酸(Gln,Asn),塩基性アミノ酸(Lys,Arg,His),酸性アミノ酸(Glu,Asp),水酸基を有するアミノ酸(Ser,Thr)などの同じグループに分類されるアミノ酸間の置換が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換は,蛋白質の表現型に変化をもたらさない(即ち,保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。
【0056】
なお,抗hTfR抗体に変異を加えてC末端又はN末端にアミノ酸を付加した場合において,その付加したアミノ酸が,抗hTfR抗体をBDNFと融合させたときに抗hTfR抗体とBDNFとの間に位置することとなった場合,当該付加したアミノ酸は,リンカーの一部を構成する。抗hTfR抗体とBDNFとの融合蛋白質において,抗hTfR抗体とBDNFとの間に配置されるリンカー配列については後に詳述する。
【0057】
上記の方法等によって選択されたhTfRに対して比較的高い親和性を有する抗hTfR抗体を産生する細胞を培養して得られる抗hTfR抗体,及び,高親和性を有する抗hTfR抗体をコードする遺伝子を発現させて得られる抗hTfR抗体は,そのアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を導入することにより所望の特性を有する抗体に改変させることもできる。抗hTfR抗体のアミノ酸配列への変異の導入は,そのアミノ酸配列に対応する遺伝子に変異を加えることによって行われる。
【0058】
抗hTfR抗体は,その抗体の可変領域のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えることにより,抗体のhTfRに対する親和性を適宜調整することができる。例えば,抗体と抗原との親和性が高く,水性液中での解離定数が著しく低い場合,これを生体内に投与したときに,抗体が抗原と解離せず,その結果,機能上の不都合が生じる可能性がある。このような場合に,抗体の可変領域に変異を導入することにより,解離定数を,元の抗体の2~5倍,5~10倍,10~100倍等と段階的に調整し,目的に合致した最も好ましい抗体を獲得し得る。逆に,当該変異の導入により,解離定数を,元の抗体の1/2~1/5倍,1/5~1/10倍,1/10~1/100倍等と段階的に調整することもできる。
【0059】
抗hTfR抗体のアミノ酸配列への置換,欠失,付加等の変異の導入は,例えば,抗hTfR抗体をコードする遺伝子を鋳型にして,PCR等の方法により,遺伝子の塩基配列の特定の部位に変異を導入するか,又はランダムに変異を導入することにより行う。
【0060】
抗体とhTfRとの親和性の調整を目的とした,抗hTfR抗体のアミノ酸配列への変異の導入は,例えば,一本鎖抗体である抗hTfR抗体をコードする遺伝子をファージミドに組み込み,このファージミドを用いてカプシド表面上に一本鎖抗体を発現させたファージを作製し,変異原等を作用させることにより一本鎖抗体をコードする遺伝子上に変異を導入させながらファージを増殖させ,増殖させたファージから,所望の解離定数を有する一本鎖抗体を発現するファージを,上述の方法により選択するか,又は一定条件下で抗原カラムを用いて精製することにより,得ることができる。
【0061】
前記ハイブリドーマ細胞により産生される抗体は,実施例7に記載の方法により測定されるhTfRとの解離定数(KD)が,好ましくは1×10-8M以下であるものであり,より好ましくは1×10-9M以下であるものであり,更に好ましくは1×10-10M以下のものであり,尚も更に好ましくは1×10-11M以下のものである。例えば好適なものとして,解離定数が1×10-13M~1×10-9Mであるもの,1×10-13M~1×10-10Mであるものを挙げることができる。抗体が一本鎖抗体であっても同様である。一旦得られた抗体は,その抗体をコードする遺伝子に変異を導入する等して,所望の特性を有するように適宜改変することができる。
【0062】
上記のようにして得られる抗hTfR抗体から,サルTfRに対する親和性を有する抗体を選択することにより,ヒト及びサルのTfRの何れにも親和性を有する抗体を得ることができる。サルTfRに対する親和性を有する抗体は,例えば,遺伝子組換え技術を用いて作製した組換えサルTfRを用いたELISA法等により選択することができる。このELISA法では,組換えサルTfRをプレートに添加してこれに保持させた後,抗hTfR抗体を接触させ,次いで組換えサルTfRと結合していない抗体をプレートから除去し,プレートに保持された抗体の量を測定する。組換えサルTfRに対する親和性が高いほどプレートに保持される抗体の量が多くなるので,より多くの抗体が保持されたプレートに対応する抗体を,サルTfRに親和性を有する抗体として選択することができる。なお,ここでいう「サル」とは,好ましくはヒトを除く真猿類に分類されるものであり,より好ましくはオナガザル科に分類されるものであり,更に好ましくはマカク属に分類されるものであり,例えば,カニクイザル又はアカゲザルであり,特にカニクイザルは,評価に用いる上で都合が良い。
【0063】
ヒト及びサルのhTfRのいずれにも親和性を有する抗体は,この抗体とBDNFとの融合蛋白質を投与したときの生体内での動態を,サルを用いて観察できるという有利な効果を有する。例えば,本発明の抗hTfR抗体とBDNFの融合蛋白質を医薬開発する場合,当該医薬の薬物動態試験をサルで実施できるため,当該医薬の開発を著しく促進することができる。
【0064】
本発明において,hTfRに対して相対的に高い親和性を有し且つサルTfRに対しても親和性を有する抗体は,特に,実施例7に記載の方法により測定したとき,ヒト及びサルのTfRとの解離定数が次のものである:
(a)hTfRとの解離定数:好ましくは1×10-10M以下,より好ましくは2.5×10-11M以下,更に好ましくは5×10-12M以下,更により好ましくは1×10-12M以下,
(b)サルTfRとの解離定数:好ましくは1×10-9M以下,より好ましくは5×10-10M以下,更に好ましくは1×10-10M以下,例えば7.5×10-11M以下。
【0065】
例えば,hTfR及びサルTfRとの解離定数が,それぞれ,1×10-10M以下と1×10-9M以下,1×10-11M以下と5×10-10M以下,5×10-12M以下と1×10-10M以下,5×10-12M以下と7.5×10-11M以下,1×10-12M以下と1×10-10M以下,1×10-12M以下と7.5×10-11M以下,であるものが挙げられる。ここにおいて,ヒトのTfRとの解離定数に特段明確な下限はないが,例えば,5×10-13M,1×10-13M等とすることができる。また,サルのTfRとの解離定数にも特段明確な下限はないが,例えば,1×10-11M,1×10-12M等とすることができる。抗体が一本鎖抗体であっても同様である。
【0066】
上記の高親和性抗体を産生する細胞を選択する方法により得られた,hTfRに対して相対的に高い親和性を有する抗体は,ヒト以外の動物の抗体である場合,ヒト化抗体とすることができる。ヒト化抗体とは,抗原に対する特異性を維持しつつ,ヒト以外の動物の抗体の可変領域の一部(例えば,特にCDRの全部又は一部)のアミノ酸配列を用い,ヒト抗体の適切な領域を,当該配列で置き換えること(ヒト抗体への当該配列の移植)により得られる抗体のことである。例えば,ヒト化抗体として,ヒト抗体を構成する免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を,他の哺乳動物のCDRで置き換えた抗体が挙げられる。ヒト抗体に組み込まれるCDRが由来する生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,ヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウス及びラットであり,更に好ましくはマウスである。但し,ヒト抗体の一部を他のヒト抗体の一部で置き換えた抗体とすることもできる。
【0067】
ヒト化抗体の作製法は,当該技術分野で周知であり,ウインター(Winter)らが考案した,ヒト抗体の可変領域にある相補性決定領域(CDR)のアミノ酸配列を,非ヒト哺乳動物の抗体のCDRに置き換える方法(Verhoeyen M. Science. 239. 1534-1536 (1988))に基づくものが,最も一般的である。ここで,非ヒト哺乳動物の抗体のCDRのみならず,CDRの構造保持あるいは抗原との結合に関与しているCDR外の領域のアミノ酸配列により,アクセプターとなるヒト抗体の対応する箇所を置き換えることが,ドナー抗体の持つ本来の活性を再現するために必要である場合があることも周知である(Queen C. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 86. 10029-10033 (1989))。ここで,CDR外の領域は,フレームワーク領域(FR)ともいう。
【0068】
抗体の重鎖と軽鎖の可変領域はいずれも,4個のフレームワーク領域1~4(FR1~4)を含む。FR1は,CDR1にそのN末端側で隣接する領域であり,重鎖及び軽鎖を構成する各ペプチドにおいて,そのN末端からCDR1のN末端に隣接するアミノ酸までのアミノ酸配列からなる。FR2は,重鎖及び軽鎖を構成する各ペプチドにおいて,CDR1とCDR2との間のアミノ酸配列からなる。FR3は,重鎖及び軽鎖を構成する各ペプチドにおいて,CDR2とCDR3との間のアミノ酸配列からなる。FR4は,CDR3のC末端に隣接するアミノ酸から可変領域のC末端までのアミノ酸配列からなる。但し,これに限らず,本発明においては,上記の各FR領域において,そのN末端側の1~5個のアミノ酸及び/又はC末端側の1~5個のアミノ酸を除いた領域を,フレームワーク領域とすることもできる。
【0069】
ヒト化抗体の作製は,ヒト抗体の可変領域CDR(と場合によりその周辺のFR)に代えて,非ヒト哺乳動物の抗体のCDR(と場合によりその周辺のFR)を移植する作業を含む。この作業において,元となるヒト抗体の可変領域のフレームワーク領域は,生殖細胞系列抗体遺伝子配列を含む公共のDNAデータベース等から得ることができる。例えば,ヒト重鎖及び軽鎖可変領域遺伝子の生殖細胞系列DNA配列及びアミノ酸配列は,「VBase」ヒト生殖細胞系配列データベース(インターネットにおいてwww.mrc-cpe.cam.ac.uk/vbaseで入手可能)から選択することができる。この他,公表された文献,例えば「Kabat EA. Sequences of Proteins of Immunological Interest, 第5版, 米国保健福祉省, NIH Publication No. 91-3242 (1991)」, 「Tomlinson IM. J. Mol. Biol. 227. 776-98 (1992)」,「Cox JPL. Eur. J Immunol. 24:827-836 (1994)」等に記載されたDNA配列及びアミノ酸配列から選択することもできる。
【0070】
以上のように,ヒト化抗体において,元のヒト抗体の可変領域に移植される非ヒト哺乳動物の抗体は領域は,一般に,CDRそれ自体,又はCDRとの周辺のFRを含む。但し,CDRとともに移植されるFRも,CDRの構造保持あるいは抗原との結合に関与しており,実質的に抗体の相補性を決定する機能を有すると考えられることから,本発明において「CDR」の語は,ヒト化抗体を作製する場合に,非ヒト哺乳動物の抗体からヒト化抗体に移植される領域,又は移植され得る領域のことをいう。即ち,CDRには,一般にFRとされる領域であっても,それがCDRの構造保持あるいは抗原との結合に関与しており,実質的に抗体の相補性を決定する機能を有していると考えられるものである限り,本発明においてはCDRに含まれる。
【0071】
本発明における抗hTfR抗体は,これを静脈注射等により生体内に投与した場合,脳内の毛細血管の内皮細胞上に存在するhTfRに効率良く結合することができる。また,hTfRと結合した抗体は,エンドサイトーシス,トランスサイトーシス等の機構により血液脳関門を通過して脳内に取り込まれる。従って,BDNFを本発明の抗hTfR抗体と結合させておくことにより,BDNFに効率良く血液脳関門を通過させて脳内に到達させることができる。また,本発明の抗hTfR抗体は,血液脳関門を通過した後に,大脳の脳実質,海馬の神経様細胞,小脳のプルキンエ細胞等に,または少なくともこれらのいずれかに到達できる。そして,大脳の線条体の神経様細胞及び中脳の黒質の神経様細胞へ到達することも予想される。従って,BDNFを,本発明の抗hTfR抗体と結合させることにより,これら組織又は細胞に到達させることができる。
【0072】
通常であれば血液脳関門を通過することができず,そのため静脈内投与では脳内で機能させることができないBDNFを,血中から脳内に到達させて脳内で機能を発揮させる上で,抗hTfR抗体とBDNFの融合蛋白質を用いることは有効な手段となり得る。特に,本発明の抗hTfR抗体とBDNFの融合蛋白質は,血液脳関門を通過した後に,大脳の脳実質,海馬の神経様細胞,小脳のプルキンエ細胞等に,または少なくともこれらのいずれかに到達する。そして,大脳の線条体の神経様細胞及び中脳の黒質の神経様細胞へ到達することも予想される。従って,BDNFを本発明の抗hTfR抗体分子と結合した形として静脈内投与等により血中投与することにより,これら脳の組織又は細胞においてBDNFの機能を発揮させ又は強化することが可能となる。
【0073】
本明細書において,BDNFは1982年にBardeらによって発見され,1990年にJonesらによってクローニングされた公知の蛋白質であり(EMBO J, (1982) 1: 549-553, Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1990) 87: 8060-8064),一例として,配列番号51のヒト成熟BDNFのアミノ酸配列を示すが,これと実質的に同一のアミノ酸配列を含む蛋白質や,他の温血動物(例えば,モルモット,ラット,マウス,ニワトリ,ウサギ,イヌ,ブタ,ヒツジ,ウシ,サルなど)由来のBDNFであってもよい。
【0074】
また,本明細書において,BDNFとは,ヒト成熟BDNFを示す特定のアミノ酸配列(配列番号51)で表される「蛋白質」または「(ポリ)ペプチド」だけでなく,これらと同質の機能を有することを限度として,その同族体(ホモログやスプライスバリアント),変異体,誘導体及びアミノ酸修飾体なども包含される。
【0075】
ここで「同質の機能」とは,例えば生理学的に,あるいは薬理学的にみて,その性質が定性的に同じであることを意味し,機能の程度(例,約0.1~約10倍,好ましくは0.5~2倍)や,蛋白質の分子量などの量的要素は異なっていてもよい。また,天然のBDNFが有している機能,例えば,(1)BDNF受容体(TrkB)に対する結合親和性,(2)BDNF受容体のリン酸化活性,(3)神経細胞に対する増殖促進作用,(4)神経細胞に対する生存維持作用,(5)神経細胞に対する神経突起伸展作用を有するか,又は(6)配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得る蛋白質を,BDNFと「同質の機能を有する蛋白質」と見なす。
【0076】
上述したBDNFの機能は,後述の「(2)BDNFの機能の評価方法」の項に記載したような公知の種々の評価方法や,本明細書の実施例23以降に記載した方法を用いて,調べることができる。
【0077】
ここでホモログとしては,ヒトの蛋白質に対応するマウスやラットなど他生物種の蛋白質が例示でき,これらはMaisonpierre等(Genomics(1991)10:558-568)により報告されているものの他,UniProtに掲載された蛋白質のアミノ酸配列(P21237-1,P23363-1,P25429-1,Q7YRB4-1,P14082-1,Q5IS78-1,Q95106-1)等から演繹的に同定することができる。また変異体には,天然に存在するアレル変異体,天然に存在しない変異体,及び人為的に欠失,置換,付加または挿入されることによって改変されたアミノ酸配列を有する変異体が包含される。なお,上記変異体としては,変異のない蛋白質または(ポリ)ペプチドと,少なくとも70%,好ましくは80%,より好ましくは90%,さらにより好ましくは95%,いっそう好ましくは97%,特に好ましくは98%,最も好ましくは99%相同なものを挙げることができる。またアミノ酸修飾体には,天然に存在するアミノ酸修飾体,天然に存在しないアミノ酸修飾体が包含され,具体的にはアミノ酸のリン酸化体が挙げられる。
【0078】
更に,本明細書において,「BDNF」とは,BDNFと同質の機能を発揮し得る上記BDNFの前駆体(プレプロ体)または当該前駆体からシグナル配列が切断されたプロ体であってもよく,ヒトBDNF前駆体を示す特定のアミノ酸配列(UniProt ID No.P23560-1)で示される「蛋白質」または「(ポリ)ペプチド」だけでなく,これらと同質の機能を有することを限度として,その同族体(ホモログやスプライスバリアント),変異体,誘導体,プロ体及びアミノ酸修飾体などが包含される。ヒトBDNFのプロ体(プロBDNF)としては,配列番号56のアミノ酸配列が挙げられる。
【0079】
ここでBDNF前駆体と同質の機能とは,BDNF前駆体が有する機能,例えばBDNFのプロ体(プロBDNF)又は成熟BDNFを生成し得ることを意味し,BDNFのプロ体と同質の機能とは,BDNFのプロ体が有する機能,例えばp75受容体に対する結合親和性を意味する。
【0080】
ここでヒトBDNF前駆体のスプライスバリアントとしては,UniProtに掲載された蛋白質のアミノ酸配列(P23560-2,P23560-3,P23560-4,P23560-5)などを挙げることができる。また,これらのヒトBDNF前駆体蛋白質をコードする遺伝子も公知であり,例えば,http://www.ncbi.nlm.nih.govに掲載された遺伝子の塩基配列(NM_001143805.1,NM_001143806.1,NM_001143807.1,NM_001143808.1,NM_001143809.1,NM_001143810.1,NM_001143811.1,NM_001143812.1,NM_001143813.1,NM_001143814.1,NM_001143816.1,NM_001709.4,NM_170731.4,NM_170732.4,NM_170733.3,NM_170734.3,NM_170735.5)等を挙げることができる。
【0081】
BDNF前駆体のホモログおよびそのスプライスバリアントとしては,ヒトの蛋白質に対応するマウスやラットなど他生物種の蛋白質およびそのスプライスバリアントが例示でき,これらはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govに掲載された遺伝子の塩基配列(NM_001048139.1,NM_001048141.1,NM_001048142.1,NM_001285416.1,NM_001285417.1,NM_001285418.1,NM_001285419.1,NM_001285420.1,NM_001285421.1,NM_001285422.1,NM_007540.4等のマウスBDNF遺伝子の塩基配列,NM_001270630.1,NM_001270631.1,NM_001270632.1,NM_001270633.1,NM_001270634.1,NM_001270635.1,NM_001270636.1,NM_001270637.1,NM_001270638.1,NM_012513.4等のラットBDNF遺伝子の塩基配列)等から演繹的に同定することができる。
【0082】
またBDNF前駆体の変異体には,天然に存在するアレル変異体,天然に存在しない変異体,及び人為的に欠失,置換,付加または挿入されることによって改変されたアミノ酸配列を有する変異体が包含される。なお,上記変異体としては,変異のない蛋白質または(ポリ)ペプチドと,少なくとも70%,好ましくは80%,より好ましくは90%,更に好ましくは95%,尚も更に好ましくは97%,特に好ましくは98%,最も好ましくは99%相同なものを挙げることができる。またアミノ酸修飾体には,天然に存在するアミノ酸修飾体,天然に存在しないアミノ酸修飾体が包含され,具体的にはアミノ酸のリン酸化体が挙げられる。
【0083】
配列番号51のアミノ酸配列又はこれと実質的に同一のアミノ酸配列としては,以下の(A)~(E)が挙げられる:
(A)配列番号51のアミノ酸配列,
(B)配列番号51のアミノ酸配列において,1若しくは複数のアミノ酸が欠失,付加,挿入もしくは置換され,且つ配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する又は配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得る,アミノ酸配列,
(C)配列番号51のアミノ酸配列と少なくとも80%以上の相同性を有し,且つ配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する又は配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得る,アミノ酸配列,
(D)配列番号50の塩基配列を有するDNAによりコードされるアミノ酸配列,又は
(E)配列番号50の塩基配列を有するDNAに対し相補性を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされ,かつ配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する又は配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得る,アミノ酸配列。
【0084】
具体的には,配列番号51のアミノ酸配列からなるヒト蛋白質の他の哺乳動物におけるオルソログのアミノ酸配列,又は配列番号51のアミノ酸配列からなるヒト蛋白質もしくはそのオルソログのスプライスバリアント,アレル変異体もしくは多型バリアントにおけるアミノ酸配列が挙げられる。
【0085】
ここで「相同性」とは,当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の,最適なアラインメント(好ましくは,該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における,オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸及び類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し,例えば,芳香族アミノ酸(Phe,Trp,Tyr),脂肪族アミノ酸(Ala,Leu,Ile,Val),極性アミノ酸(Gln,Asn),塩基性アミノ酸(Lys,Arg,His),酸性アミノ酸(Glu,Asp),水酸基を有するアミノ酸(Ser,Thr)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換は,蛋白質の表現型に変化をもたらさない(即ち,保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。
【0086】
本明細書におけるアミノ酸配列の相同性は,相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment SearchTool)を用い,以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。アミノ酸配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては,例えば,Karlinら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:5873-5877(1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLAST及びXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら,Nucleic Acids Res.,25:3389-3402(1997))],Needlemanら,J.Mol.Biol.,48:444-453(1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている],Myers及びMiller,CABIOS,4:11-17(1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている],Pearsonら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,85:2444-2448(1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられ,それらも同様に好ましく用いられ得る。
【0087】
上記(E)におけるストリンジェントな条件とは,例えば,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons,6.3.1-6.3.6,1999に記載される条件,例えば,6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)/45℃でのハイブリダイゼーション,次いで0.2×SSC/0.1% SDS/50~65℃での一回以上の洗浄等が挙げられるが,当業者であれば,これと同等のストリンジェンシーを与えるハイブリダイゼーションの条件を適宜選択することができる。
【0088】
より好ましくは,「配列番号51のアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列」として,配列番号51のアミノ酸配列と,約70%以上,好ましくは約80%以上,より好ましくは約90%以上,更に好ましくは約95%以上,尚も更に好ましくは約97%以上,特に好ましくは約98%以上,最も好ましくは約99%以上の同一性を有するアミノ酸配列が挙げられる。
【0089】
本発明における蛋白質:BDNFとして,例えば,
(i)配列番号51のアミノ酸配列中の1~30個,好ましくは1~20個,より好ましくは1~10個,更に好ましくは1~数(6,5,4,3若しくは2)個のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列,
(ii)配列番号51のアミノ酸配列に1~30個,好ましくは1~20個,より好ましくは1~10個,更に好ましくは1~数(6,5,4,3若しくは2)個のアミノ酸が付加したアミノ酸配列,
(iii)配列番号51のアミノ酸配列に1~30個,好ましくは1~20個,より好ましくは1~10個,更に好ましくは1~数(6,5,4,3若しくは2)個のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列,
(iv)配列番号51のアミノ酸配列中の1~30個,好ましくは1~20個,より好ましくは1~10個,さらに好ましくは1~数(6,5,4,3若しくは2)個のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列,
又は
(v)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含有する蛋白質などのいわゆる変異体も含まれる。
【0090】
上記のようにアミノ酸配列が挿入,欠失,付加又は置換されている場合,その挿入,欠失,付加又は置換の位置は,そのような変更が加えられた蛋白質が,配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する,あるいは配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得る限り,特に限定されない。例えば,配列番号51のアミノ酸配列から成る成熟BDNFの他,そのN末端にメチオニンの付加したMet-BDNF等も,配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する限り,BDNFとして本発明の融合蛋白質に使用しうる。
【0091】
ここでアミノ酸の欠失,付加,挿入又は置換を人為的に行う場合の手法としては,例えば,配列番号51のアミノ酸配列をコードするDNAに対して慣用の部位特異的変異導入を施し,その後このDNAを常法により発現させる手法が挙げられる。ここで部位特異的変異導入法としては,例えば,アンバー変異を利用する方法(ギャップド・デュプレックス法,Nucleic Acids Res.,12,9441-9456(1984)),変異導入用プライマーを用いたPCRによる方法等が挙げられる。
【0092】
BDNFの好ましい例としては,例えば,配列番号51のアミノ酸配列からなるヒト蛋白質,又はそのアレル変異体若しくは多型バリアントなどがあげられる。
【0093】
「BDNFをコードする遺伝子」は,上記(A)~(E)で示される,配列番号51のアミノ酸配列又はこれと実質的に同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有する遺伝子を表す。具体的には,以下の(F)~(J):
(F)配列番号51のアミノ酸配列をコードする塩基配列,
(G)配列番号51のアミノ酸配列において,1又は複数のアミノ酸が欠失,付加,挿入若しくは置換され,且つ配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する又は配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得るアミノ酸配列をコードする塩基配列,
(H)配列番号51のアミノ酸配列と少なくとも80%以上の相同性を有し,かつ,配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する又は配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得るアミノ酸配列をコードする塩基配列,
(I)配列番号50の塩基配列を有するDNAによりコードされるアミノ酸配列をコードする塩基配列,又は
(J)配列番号50の塩基配列を有するDNAに対し相補性を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAによりコードされ,かつ配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質と同質の機能を有する又は配列番号51のアミノ酸配列からなる蛋白質を特異的に認識する抗体によって認識され得るアミノ酸配列をコードする塩基配列,を有する遺伝子が挙げられる。
【0094】
尚,ここで遺伝子とは,cDNA若しくはゲノムDNA等のDNA,又はmRNA等のRNAのいずれでもよく,また一本鎖の核酸配列及び二本鎖の核酸配列を共に含む概念である。また,本明細書において,配列番号2,配列番号24,配列番号26,配列番号28,配列番号30,配列番号38,配列番号40,配列番号50,配列番号53,配列番号55,配列番号58,配列番号64等に示される核酸配列は,便宜的にDNA配列の形で記載されているが,mRNAなどRNA配列を示す場合には,チミン(T)をウラシル(U)と読み替えられる。
【0095】
また,本発明に使用されるBDNFとしては,ポリエチレングリコール(PEG)等の蛋白質安定化作用を有する分子等で修飾された誘導体などであってもよい(Drug Delivery System(1998);13:173-178)。
【0096】
本発明における抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の一例として,抗hTfR抗体を構成する「重鎖」のC末端側に,リンカー配列を介して,ヒトBDNFが融合しているタイプのものが挙げられる。このような融合蛋白質として,
(1)ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号23のアミノ酸配列を含んでなり,且つ
ヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,アミノ酸配列Gly-Serからなるリンカーを介して,ヒトBDNFと結合しており,それにより配列番号52のアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質;及び
(2)ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号23のアミノ酸配列含んでなり,且つヒト化抗hTfR抗体の重鎖が,そのC末端側で,アミノ酸配列Gly-Serに続いてアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計27個のアミノ酸からなるリンカーを介して,ヒトBDNFと結合しており,それにより配列番号54のアミノ酸配列を含んでなるものである,
融合蛋白質,
が例示できる。
【0097】
上記の(1)及び(2)に記載の融合蛋白質は,
(1)配列番号23のアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号70のアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,アミノ酸配列Gly-Serからなるリンカーを介して,配列番号51のアミノ酸配列を有するヒトBDNFが結合したものとを含む,融合蛋白質;及び
(2)配列番号23のアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号70のアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖のC末端側に,アミノ酸配列Gly-Serに続いてアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計27個のアミノ酸からなるリンカーを介して,配列番号51のアミノ酸配列を有するヒトBDNFが結合したものとを含む,融合蛋白質,
である。
なお,上記(1)及び(2)において,ヒト化抗hTfR抗体の重鎖を,配列番号70のアミノ酸配列を有するものから配列番号72のアミノ酸配列を有するものに置き換えることができる。配列番号70と72のアミノ酸配列を有するものは,それぞれIgG1タイプとIgG4タイプの抗体である。配列番号70のアミノ酸配列を有するものをコードする塩基配列としては配列番号71で示されるものが,配列番号72のアミノ酸配列を有するものをコードする塩基配列としては配列番号76で示されるものが例示できる。
【0098】
このような融合蛋白質は,例えば,配列番号52のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号53)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターと,配列番号23のアミノ酸配列を有する抗hTfR抗体軽鎖をコードする塩基配列(配列番号24)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターとで,哺乳動物細胞等のホスト細胞を形質転換させ,このホスト細胞を培養することにより製造することができる。又は,配列番号54のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号55)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターと,配列番号23のアミノ酸配列を有する抗hTfR抗体軽鎖をコードする塩基配列(配列番号24)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターで,哺乳動物細胞等のホスト細胞を形質転換させ,このホスト細胞を培養することにより製造することができる。
【0099】
ヒトBDNFを結合させる抗hTfR抗体の1つの好ましい態様としては,該抗体の抗原結合性断片,具体的には,一本鎖抗体,Fab,F(ab’)及びF(ab’)2等が挙げられる。
【0100】
抗hTfR抗体が一本鎖抗体である場合の,本発明におけるヒト化抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の具体的な態様の一例として,ヒトBDNFのC末端側に,アミノ酸配列Gly-Serに続いてアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計27個のアミノ酸からなる第1のリンカー配列を介して,一本鎖抗体が結合したものである,配列番号59又は60のアミノ酸配列からなるものが例示できる。ここに,該一本鎖抗体は,配列番号69のアミノ酸配列を有する重鎖の可変領域のC末端に,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が3個連続してなる計15個のアミノ酸からなる第2のリンカー配列を介して,配列番号18のアミノ酸配列を有する軽鎖の可変領域が結合したものであり,配列番号57のアミノ酸配列を有するものである。従って,抗hTfR抗体が一本鎖抗体である場合における,本発明のヒト化抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の具体的な態様の一例として,配列番号69のアミノ酸配列を有する重鎖可変領域と配列番号18のアミノ酸配列を有する軽鎖可変領域を含む一本鎖抗体のN末端側に,直接又はリンカーを介して,ヒトBDNFが結合したものである,融合蛋白質が挙げられる。
【0101】
抗hTfR抗体が一本鎖抗体であるこのような融合蛋白質は,例えば,配列番号59のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号58)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターで哺乳動物細胞等のホスト細胞を形質転換させ,このホスト細胞を培養することにより製造することができる。
【0102】
抗hTfR抗体が一本鎖抗体である場合の,本発明におけるヒト化抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の他の具体的な態様の一例として,配列番号61に記載のアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体番号3NのFab重鎖のC末端側に,配列番号3で示されるアミノ酸配列が6回連続するアミノ酸配列にアミノ酸配列Gly-Glyが続く32個のアミノ酸からなるリンカーを介して,配列番号23に記載のアミノ酸配列を有する抗hTfR抗体軽鎖が結合したものである,配列番号90に記載のアミノ酸配列を有する一本鎖抗体に、ヒトBDNFを結合したものが挙げられる。ヒトBDNFは、この一本鎖抗体のC末端側又はN末端側の何れに結合させてもよいが、好ましくはN末端側である。また、ヒトBDNFは、この一本鎖抗体に直接又はリンカーを介して結合させることができる。
【0103】
なお,本発明において,1つのペプチド鎖に複数のリンカー配列が含まれる場合,便宜上,各リンカー配列はN末端側から順に,第1のリンカー配列,第2のリンカー配列という。
【0104】
抗hTfR抗体がFabである場合における,本発明のヒト化抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の具体的な態様の一例として,ヒトBDNFのC末端側に,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計25個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,抗hTfR抗体重鎖の可変領域とCH1領域を含む領域を融合させたものが挙げられる。このときCH1領域に加えてヒンジ部の一部が含まれてもよいが,当該ヒンジ部は重鎖間のジスフィルド結合を形成するシステイン残基を含まない。配列番号63及び65で示されるものは,その好適な一例である。配列番号63で示されるものは,配列番号56で示されるヒトのプロBDNFのアミノ酸配列を含み,配列番号65で示されるものは,配列番号51で示されるヒト成熟BDNFのアミノ酸配列を含む。
【0105】
配列番号63及び65内の抗hTfR抗体Fab重鎖のアミノ酸配列は,配列番号70で示されるヒト化抗hTfR抗体の重鎖のアミノ酸配列のN末端から1番目~226番目の部分に相当し,配列番号61のアミノ酸配列からなる。なお,配列番号61のN末端から1番目~118番目の部分が,可変領域(配列番号69)に相当し,119番目~216番目の部分がCH1領域に相当し,217番目~226番目の部分がヒンジ部に相当する。抗hTfR抗体がFabである場合の,本発明におけるヒト化抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の具体的な態様の一例として,ヒト化抗hTfR抗体のFab,F(ab’)2又はF(ab’)のいずれかの重鎖のN末端側に,直接又はリンカーを介してヒトBDNFが結合したものである,融合蛋白質が好適な一態様として挙げられる。
【0106】
抗hTfR抗体がFabである場合の,本発明におけるヒト化抗hTfR抗体とヒトBDNFとの融合蛋白質の具体的な態様の一例として,軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列からなり,且つ重鎖が配列番号61のアミノ酸配列からなるFab重鎖であり,該重鎖のN末端側に,リンカーを介して,ヒトBDNFが結合してなるものである,融合蛋白質が挙げられる。より具体的には:
(1)軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列からなり,且つFab重鎖とそのN末端側に,リンカーを介して,結合したヒトプロBDNFとからなる部分が,配列番号63のアミノ酸配列からなるものである,融合蛋白質;及び,
(2)軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列からなり,且つFab重鎖とそのN末端側に,リンカーを介して,結合したヒトBDNFとからなる部分が,配列番号65のアミノ酸配列からなるものである,融合蛋白質
が挙げられる。
【0107】
抗hTfR抗体がFabであるこのような融合蛋白質は,例えば,配列番号63のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号62)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターと,配列番号23のアミノ酸配列を有する抗hTfR抗体軽鎖をコードする塩基配列(配列番号24)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターで,哺乳動物細胞等のホスト細胞を形質転換させ,このホスト細胞を培養することによっても製造することができる。
【0108】
抗hTfR抗体がFabであるこのような融合蛋白質は,例えば,配列番号65のアミノ酸配列をコードする塩基配列(配列番号64)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターと,配列番号23のアミノ酸配列を有する抗hTfR抗体軽鎖をコードする塩基配列(配列番号24)を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターで,哺乳動物細胞等のホスト細胞を形質転換させ,このホスト細胞を培養することによっても製造することができる。
【0109】
なお,ヒトBDNF(hBDNF)に変異を加えてC末端又はN末端にアミノ酸を付加した場合において,その付加したアミノ酸が,hBDNFを抗hTfR抗体と融合させたときにhBDNFと抗hTfR抗体との間に位置することとなった場合,当該付加したアミノ酸は,リンカーの一部を構成する。
【0110】
抗hTfR抗体とBDNFとを結合させる方法としては,非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーを介して結合させる方法がある。非ペプチドリンカーとしては,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,及びヒアルロン酸,又はこれらの誘導体,若しくはこれらを組み合わせたものを用いることができる。ペプチドリンカーは,ペプチド結合した1~50個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖若しくはその誘導体であって,そのN末端とC末端が,それぞれ抗hTfR抗体又はBDNFの何れかと共有結合を形成することにより,抗hTfR抗体とBDNFとを結合させるものである。
【0111】
非ペプチドリンカーとしてPEGを用いて本発明の抗hTfR抗体とBDNFとを結合させたものは,特に,抗hTfR抗体-PEG-BDNFという。抗hTfR抗体-PEG-BDNFは,抗hTfR抗体とPEGを結合させて抗hTfR抗体-PEGを作製し,次いで抗hTfR抗体-PEGとBDNFとを結合させることにより製造することができる。又は,抗hTfR抗体-PEG-BDNFは,BDNFとPEGとを結合させてBDNF-PEGを作製し,次いでBDNF-PEGと抗hTfR抗体を結合させることによっても製造することができる。PEGを抗hTfR抗体及びBDNFと結合させる際には,カーボネート,カルボニルイミダゾール,カルボン酸の活性エステル,アズラクトン,環状イミドチオン,イソシアネート,イソチオシアネート,イミデート,又はアルデヒド等の官能基で修飾されたPEGが用いられる。これらPEGに導入された官能基が,主に抗hTfR抗体及びBDNF分子内のアミノ基と反応することにより,PEGと抗hTfR抗体及びBDNFが共有結合する。このとき用いられるPEGの分子量及び形状に特に限定はないが,その平均分子量(MW)は,好ましくはMW=500~60000であり,より好ましくはMW=500~20000である。例えば,平均分子量が約300,約500,約1000,約2000,約4000,約10000,約20000等であるPEGは,非ペプチドリンカーとして好適に使用することができる。
【0112】
例えば,抗hTfR抗体-PEGは,抗hTfR抗体とアルデヒド基変性PEG(ALD-PEG-ALD)とを,該抗体に対する該変性PEGのモル比が11,12.5,15,110,120等になるように混合し,これにNaCNBH3等の還元剤を添加して反応させることにより得られる。次いで,抗hTfR抗体-PEGを,NaCNBH3等の還元剤の存在下で,BDNFと反応させることにより,抗hTfR抗体-PEG-BDNFが得られる。逆に,先にBDNFとALD-PEG-ALDとを結合させてBDNF-PEGを作製し,次いでBDNF-PEGと抗hTfR抗体を結合させることによっても,抗hTfR抗体-PEG-BDNFを得ることができる。
【0113】
BDNFは,その二量体が標的細胞表面上にある高親和性BDNF受容体に結合するため,二量体で作用すると考えられるが,抗hTfR抗体と結合するBDNFは,1分子であっても,2分子であってもよい。例えば,抗hTfR抗体に1分子のBDNFが結合してなる融合蛋白質とBDNFとを反応させて,2量体としてもよいし,抗hTfR抗体にBDNFが2分子結合した融合蛋白質としてもよい。また,その結合は,以下に示すように抗hTfR抗体とBDNFをコードするDNAを発現ベクターに組み込んで得ることも可能であるし,抗hTfR抗体とBDNFを各々製造したのちに化学的に結合させることで作製してもよい。具体的には,抗hTfR抗体とBDNFとは,抗hTfR抗体の重鎖又は軽鎖のC末端側又はN末端側に,リンカー配列を介して又は直接に,それぞれBDNFのN末端又はC末端をペプチド結合により結合させることにより,一体化させることができる。BDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質の1つの好ましい態様としては,抗hTfR抗体の重鎖又は軽鎖のN末端側に,リンカー配列を介して又は直接に,BDNFのC末端を結合させた融合蛋白質が挙げられる。
【0114】
前述のとおり,ヒトBDNFを結合させる抗hTfR抗体の1つの好ましい態様としては,該抗体の抗原結合性断片,具体的には,一本鎖抗体,Fab,F(ab’)及びF(ab’)2が挙げられる。従って,BDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質の1つの好ましい態様として,以下のようなものを例示することができる。
(1)BDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質であって,該抗hTfR抗体が抗原結合性断片であり,この抗原結合性断片のN末端側に,直接又はリンカーを介してヒトBDNFが結合したものである,融合蛋白質。
(2)BDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質であって,該抗hTfR抗体が一本鎖抗体であり,この一本鎖抗体のN末端側に,直接又はリンカーを介してヒトBDNFが結合したものである,融合蛋白質。
(3)BDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質であって,該抗hTfR抗体がFab,F(ab’)2,又はF(ab’)の何れかであり,これらFab,F(ab’)2,又はF(ab’)の重鎖又は軽鎖のN末端側に,直接又はリンカーを介してヒトBDNFが結合したものである,融合蛋白質。
ここで,上記(3)の場合は,ヒトBDNFは,抗hTfR抗体のFab,F(ab’)2,又はF(ab’)の何れかの重鎖のN末端側と,特に好適に結合させることができる。従って,より具体的には,以下のようなものを例示することができる。
(4)BDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質であって,該抗hTfR抗体がFab,F(ab’)2,又はF(ab’)の何れかであり,これらFab,F(ab’)2,又はF(ab’)の重鎖のN末端側に,直接又はリンカーを介してヒトBDNFが結合したものである,融合蛋白質。
【0115】
融合蛋白質中の抗hTfR抗体がFabの形である場合は,これに更に別のIgGのFc領域を導入した形の新たな融合蛋白質を作製することもできる。それにより,元の融合蛋白質に比べて血中等の生体内での安定性を高めることができる。Fc領域を含んだそのような融合蛋白質としては,例えば,ヒトBDNFのC末端側に,直接又はリンカー配列を介して,ヒトIgG Fc領域が結合し,次いでそのC末端側に,直接又はリンカー配列を介して,該抗hTfR抗体のFab重鎖が結合してなるものが挙げられる。
【0116】
ヒトBDNFとヒトIgG Fc領域の間のリンカー配列は,好ましくは1~50個のアミノ酸から構成される。ここに,アミノ酸の個数は,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,27個等と適宜調整される。このようなリンカー配列は,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものである。例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号4),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号5),又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連結してなる,50個以下のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,又は25個のアミノ酸からなる配列等を含むものが挙げられる。例えば,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計25個のアミノ酸を含むものは,リンカー配列として好適に用いることができる。ヒトIgG Fc領域とFab重鎖との間のリンカー配列についても同様である。
【0117】
なお,ヒトIgG Fc領域を含んだ融合蛋白質を作製する場合,ヒトIgG Fc領域は元の抗hTfR抗体の重鎖と軽鎖の何れに結合させてもよい。また,元の抗体は,Fab,F(ab’)2,F(ab’),及び一本鎖抗体を含む,何れの抗原結合性断片であってもよい。
【0118】
導入されるヒトIgG Fc領域のIgGのタイプには特に限定はなく,IgG1~IgG4のいずれであってもよい。また,導入されるヒトIgG Fc領域は,Fc領域の全体でもよくその一部であってもよい。斯かるヒトIgG Fc領域の好ましい一実施形態として,ヒトIgG1のFcの全領域である,配列番号75で示されるアミノ酸配列を有するものが挙げられる。Fc領域は,好ましくは,BDNFとFc領域とFab重鎖が,N末端側からこの順で位置するように導入される。例えば,Fc領域を導入した融合蛋白質として,BDNFのC末端側にFc領域の全体,そのC末端側に抗hTfR抗体のFab重鎖が,それぞれリンカー配列を介して結合した配列番号74で示されるアミノ酸配列を含んでなるものが,一例として挙げられる。
【0119】
抗hTfR抗体とhBDNFとの融合蛋白質(抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質)は、アルブミンに対する親和性を有するように改変することもできる。当該改変は、例えば、抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質に、アルブミンに対して親和性を有する物質(例えば、アルブミンに対して親和性を有する化合物、ペプチド及び蛋白質等)を導入することにより行うことができる。当該改変を施した抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質(改変融合蛋白質)は、アルブミンと結合して血中を循環する。アルブミンは、これと結合した蛋白質を安定化させる機能を有する。従って、改変融合蛋白質は、生体内に投与したとき、血中での半減期が長くなるので、その薬効を強化できる。アルブミンに対する親和性を有するように改変することは、抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質中の抗hTfR抗体が、抗体の安定性に寄与するFc領域を欠くものである場合、例えば、Fabである場合により効果的である。
【0120】
また、抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質が、生体内に投与したときに、免疫原性を示すような場合にも、アルブミンに対する親和性を有するように改変することは効果的である。改変融合蛋白質がアルブミンと結合することにより、抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質中の免疫原性を示す部位が、免疫細胞に提示されることが阻害されるので、免疫原性が軽減される。
【0121】
抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質に、アルブミンに対する親和性を有する物質を導入する場合、当該物質を導入する部分は、抗hTfR抗体の軽鎖、抗hTfR抗体の重鎖、hBDNF、及びリンカー部分の何れであってもよく、これらの2以上の部分に導入してもよい。
【0122】
アルブミンに対して親和性を有するペプチド又は蛋白質としては、例えば、配列番号85で示されるアミノ酸配列を有する、Streptococcus strain G418由来の蛋白質のアルブミン結合ドメイン(Alm T. Biotechnol J. 5. 605-17(2010))を、アルカリ耐性を示すように改変したペプチドを用いることができるが、これに限定されるものではない。アルブミンに対して親和性を有するペプチド又は蛋白質(アルブミン親和性ペプチド)を、抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質と結合させる方法としては,非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーを介して結合させる方法がある。非ペプチドリンカーとしては,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,及びヒアルロン酸,又はこれらの誘導体,若しくはこれらを組み合わせたものを用いることができる。ペプチドリンカーは,ペプチド結合した1~50個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖若しくはその誘導体であって,そのN末端とC末端が,それぞれアルブミン親和性ペプチド又は融合蛋白質の何れかと共有結合を形成することにより,アルブミン親和性ペプチドと融合蛋白質とを結合させるものである。
【0123】
非ペプチドリンカーとしてPEGを用いてアルブミン親和性ペプチドと抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質とを結合させたものは,特に,アルブミン親和性ペプチド-PEG-融合蛋白質という。アルブミン親和性ペプチド-PEG-融合蛋白質は,アルブミン親和性ペプチドとPEGを結合させてアルブミン親和性ペプチド-PEGを作製し,次いでアルブミン親和性ペプチド-PEGと抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質とを結合させることにより製造することができる。または,アルブミン親和性ペプチド-PEG-融合蛋白質は,抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質とPEGとを結合させて抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質-PEGを作製し,次いで抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質-PEGとアルブミン親和性ペプチドを結合させることによっても製造することができる。PEGをアルブミン親和性ペプチド及び抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質と結合させる際には,カーボネート,カルボニルイミダゾール,カルボン酸の活性エステル,アズラクトン,環状イミドチオン,イソシアネート,イソチオシアネート,イミデート,又はアルデヒド等の官能基で修飾されたPEGが用いられる。これらPEGに導入された官能基が,主にアルブミン親和性ペプチド及び抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質分子内のアミノ基と反応することにより,PEGとアルブミン親和性ペプチド及び抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質が共有結合する。このとき用いられるPEGの分子量及び形状に特に限定はないが,その平均分子量(MW)は,好ましくはMW=500~60000であり,より好ましくはMW=500~20000である。例えば,平均分子量が約300,約500,約1000,約2000,約4000,約10000,約20000等であるPEGは,非ペプチドリンカーとして好適に使用することができる。
【0124】
例えば,アルブミン親和性ペプチド-PEGは,アルブミン親和性ペプチドとアルデヒド基変性PEG(ALD-PEG-ALD)とを,該アルブミン親和性ペプチドに対する該変性PEGのモル比が11,12.5,15,110,120等になるように混合し,これにNaCNBH3等の還元剤を添加して反応させることにより得られる。次いで,アルブミン親和性ペプチド-PEGを,NaCNBH3等の還元剤の存在下で,抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質と反応させることにより,アルブミン親和性ペプチド-PEG-融合蛋白質が得られる。逆に,先に抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質とALD-PEG-ALDとを結合させて抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質-PEGを作製し,次いで抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質-PEGとアルブミン親和性ペプチドを結合させることによっても,アルブミン親和性ペプチド-PEG-融合蛋白質を得ることができる。
【0125】
抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質を、アルブミン親和性ペプチドと融合させることもできる。かかる融合蛋白質(抗hTfR抗体-hBDNF-アルブミン親和性ペプチド)は,抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質の重鎖又は軽鎖をコードするcDNAの3’末端側又は5’末端側に,直接に又はリンカー配列をコードするDNA断片を介して,アルブミン親和性ペプチドをコードするcDNAがインフレームで配置されてなるDNA断片を,哺乳動物細胞用発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入した哺乳動物細胞を培養することにより得ることができる。アルブミン親和性ペプチドをコードするDNA断片を重鎖(又は重鎖とhBDNFの融合蛋白質)と結合させる場合にあっては,抗hTfR抗体を構成している軽鎖とhBDNFの融合蛋白質軽鎖(又は軽鎖)をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクターも同じホスト細胞に併せて導入され,またアルブミン親和性ペプチドをコードするDNA断片を軽鎖(又は軽鎖とhBDNFの融合蛋白質)と結合させる場合にあっては,抗hTfR抗体の重鎖とhBDNFの融合蛋白質(又は重鎖)をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも同じホスト細胞に併せて導入される。つまり、アルブミン親和性ペプチドは、抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質の重鎖(重鎖とhBDNFの融合蛋白質を含む)又は軽鎖(軽鎖とhBDNFの融合蛋白質を含む)のN末端側又はC末端側の何れに結合させてもよいが、hBDNFを抗hTfR抗体の重鎖のN末端側に結合させる場合にあっては、抗hTfR抗体のC末端側に結合させることが好ましく、特に重鎖のC末端側に結合させることが好ましい。例えば、アルブミン親和性ペプチドを導入した融合蛋白質として、ヒトBDNFのC末端側に,直接又はリンカー配列を介して抗体の重鎖が結合し,且つ,該重鎖のC末端側に直接又はリンカー配列を介してアルブミン親和性ペプチドが結合したものが、一例として挙げられる。
【0126】
抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質をアルブミン親和性ペプチドと融合させる場合、直接又はリンカー配列を介して融合させることができる。ここでリンカー配列は,好ましくは1~50個のアミノ酸から構成される。ここに,アミノ酸の個数は,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,27個等と適宜調整される。このようなリンカー配列は,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものである。例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号4),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号5),又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連結してなる,50個以下のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,又は25個のアミノ酸からなる配列等を含むものが挙げられる。例えば,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が3個連続してなる計15個のアミノ酸を含むものは,リンカー配列として好適に用いることができる。
【0127】
アルブミン親和性ペプチドを導入した抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質の一例として、配列番号56で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFのプロ体のC末端側に、配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが5回繰り返される計25個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号61で示されるアミノ酸配列の第1番目から第216番目に対応するアミノ酸配列(配列番号84)を有するヒト化抗hTfR抗体3NFab重鎖を融合させ、更に、そのC末端側に、配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが3回繰り返される計15個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号85で示されるアルブミン結合ドメイン(ABD)を融合させた融合蛋白質がある。
【0128】
アルブミン親和性ペプチドを導入した抗hTfR抗体-hBDNF融合蛋白質のアルブミンとの結合親和性は、実施例7に記載のバイオレイヤー干渉法により測定したとき,好ましくは1×10-7M以下,より好ましくは5×10-7M以下,更に好ましくは1×10-8M以下,更により好ましくは1×10-9M以下である。
【0129】
Fab抗体は,Fc領域又はアルブミン親和性ペプチドの導入以外の方法でも血中で安定化させることができる。例えば,Fab抗体は,Fab抗体自体,又はFab抗体と他の蛋白質の融合体をPEG修飾させることにより安定化させることができる。かかる手法は,蛋白質医薬の分野で一般的に実施されており,PEG化されたエリスロポエチン,インターフェロン等が医薬品として実用化されている。また,Fab抗体は,これに変異を導入することによっても安定化させることができる。例えば,軽鎖のN末端側から4番目のメチオニンをロイシンに置換することによりFab抗体を安定化させることができる。但し,変異の導入方法はこれに限定されず,重鎖に変異を導入してもよい。また,Fab抗体の安定化方法はこれらのものに限られず,周知の手法は全て利用可能である。
【0130】
抗hTfR抗体を構成している「軽鎖」のN末端側にBDNFを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,BDNFが,軽鎖のN末端側に結合したものである。ここで抗hTfR抗体の軽鎖とBDNFとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0131】
抗hTfR抗体を構成している「重鎖」のN末端側にBDNFを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,BDNFが,重鎖のN末端側に結合したものである。ここで抗hTfR抗体の重鎖とBDNFとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0132】
抗hTfR抗体を構成している「軽鎖」のC末端側にBDNFを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,BDNFが,軽鎖のC末端側に結合したものである。ここで抗hTfR抗体の軽鎖とBDNFとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0133】
抗hTfR抗体を構成している「重鎖」のC末端側にBDNFを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,BDNFが,重鎖のC末端側に結合したものである。ここで抗hTfR抗体の重鎖とBDNFとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0134】
このような抗hTfR抗体とBDNFとの融合蛋白質は,抗hTfR抗体の重鎖又は軽鎖をコードするcDNAの3’末端側又は5’末端側に,直接に又はリンカー配列をコードするDNA断片を介して,BDNFをコードするcDNA(配列番号50)がインフレームで配置されてなるDNA断片を,哺乳動物細胞用発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入した哺乳動物細胞を培養することにより得ることができる。BDNFをコードするDNA断片を重鎖と結合させる場合にあっては,抗hTfR抗体を構成している軽鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクターも同じホスト細胞に併せて導入され,またBDNFをコードするDNA断片を軽鎖と結合させる場合にあっては,抗hTfR抗体の重鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも同じホスト細胞に併せて導入される。
【0135】
ここで,哺乳動物細胞には,抗hTfR抗体の重鎖(又は軽鎖)のC末端に直接又はリンカー配列を介してBDNFを結合してなる融合蛋白質をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクターと,抗hTfR抗体の軽鎖(又は重鎖)をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクターとを,同じホスト細胞に併せて導入することにより,抗hTfR抗体の重鎖(又は軽鎖)のC末端側にBDNFが結合した融合蛋白質と,抗hTfR抗体の重鎖(又は軽鎖)とからなる,融合蛋白質を作製することができる。
【0136】
また,抗hTfR抗体の重鎖(又は軽鎖)のN末端に直接又はリンカー配列を介してBDNFを結合してなる融合蛋白質をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクターと,抗hTfR抗体の軽鎖(又は重鎖)をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクターとを,同一のホスト細胞に導入することにより,抗hTfR抗体の重鎖(又は軽鎖)のN末端側にBDNFが結合してなる融合蛋白質と,抗hTfR抗体の軽鎖(重鎖)とからなる融合蛋白質を作製することもできる。
【0137】
抗hTfR抗体が一本鎖抗体である場合,抗hTfR抗体とBDNFとを結合させてなる融合蛋白質は,BDNFをコードするcDNAの5’末端又は3’末端に,直接又はリンカー配列をコードするDNA断片を介して,一本鎖抗hTfR抗体をコードするcDNAを連結したDNA断片を,哺乳動物細胞,酵母等の真核生物又は大腸菌等の原核生物細胞用の発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入したそれら対応する細胞中で発現させることにより,得ることができる。
【0138】
抗hTfR抗体がFabである場合,抗hTfR抗体とBDNFとを結合させた融合蛋白質は,BDNFをコードするcDNAの5’末端又は3’末端に直接又はリンカー配列をコードするDNA断片を介して当該Fabの重鎖と軽鎖の何れか一方をコードするcDNA断片を連結してなるDNA断片を組み込んだ発現ベクター(哺乳動物細胞,酵母等の真核生物又は大腸菌等の原核生物細胞用)と,当該Fab重鎖と軽鎖の他方をコードするcDNA断片を組み込んだ発現ベクターとを,同じホスト細胞に導入し,細胞中で発現させることにより,得ることができる。
【0139】
抗hTfR抗体とBDNFとの間にリンカー配列を配置する場合,リンカー配列は,好ましくは1~50個のアミノ酸から構成される。ここに,アミノ酸の個数は,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,27個等と適宜調整される。そのようなリンカー配列は,これにより連結された抗hTfR抗体がhTfRと親和性を保持し,且つ連結されたBDNFが,生理的条件下でその生理活性を発揮できる限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものである。例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号4),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号5),又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連結してなる,50個以下のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,又は25個のアミノ酸からなる配列等を含むものが挙げられる。例えば,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計25個のアミノ酸を含むものは,リンカー配列として好適に用いることができる。
【0140】
抗hTfR抗体とBDNFの融合蛋白質において,抗hTfR抗体が一本鎖抗体である場合,免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とは,一般にリンカー配列を介して結合される。このとき,抗hTfR抗体のhTfRに対する親和性が保持される限り,免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合したものであってもよく,また免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列が結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合したものであってもよい。
【0141】
免疫グロブリンの軽鎖と重鎖の間に配置されるリンカー配列は,好ましくは2~50個,より好ましくは8~50個,更に好ましくは10~30個,更により好ましくは12~18個又は15~25個,例えば15個若しくは25個のアミノ酸から構成される。そのようなリンカー配列は,これにより両鎖が連結されてなる抗hTfR抗体がhTfRと親和性を保持し,且つ当該抗体に結合したBDNFが,生理的条件下でその生理活性を発揮できる限り,アミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンのみ又はグリシンとセリンから構成されるものである。例えば,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号4),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号5),又はこれらのアミノ酸配列が2~10個,或いは2~5個連続してなる配列を含むものが挙げられる。例えば,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全領域からなるアミノ酸配列のC末端側にリンカー配列を介して免疫グロブリン軽鎖の可変領域を結合させる場合,配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が3個連続してなる計15個のアミノ酸を含むものがリンカー配列として好適である。
【0142】
抗hTfR抗体とBDNFとの融合蛋白質の具体的な態様の一例として,抗hTfR抗体重鎖のC末端にリンカー配列としてアミノ酸配列Gly-Serを介してヒトBDNFを融合させてなる,配列番号52のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。この融合蛋白質をコードする配列番号53の塩基配列を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターと,配列番号23のアミノ酸配列を有する抗hTfR抗体軽鎖をコードする配列番号24の塩基配列を有するDNA断片を組み込んだ発現ベクターとを合わせて導入して形質転換したホスト細胞を用いることにより,抗hTfR抗体とヒトBDNFの融合蛋白質を作製することができる。
【0143】
抗hTfR抗体が,ヒト以外の動物のものである場合,これをヒトに投与したときに,当該抗体に対する抗原抗体反応を惹起し,好ましくない副作用が生じるおそれが高い。ヒト以外の動物の抗体は,ヒト化抗体とすることにより,そのような抗原性を減少させることができ,ヒトに投与したときの抗原抗体反応に起因する副作用の発生を抑制できる。また,サルを用いた実験によれば,ヒト化抗体は,マウス抗体と比較して,血中でより安定であることが報告されており,治療効果をそれだけ長期間持続させることができると考えられる。抗原抗体反応に起因する副作用の発生は,抗hTfR抗体としてヒト抗体を用いることによっても抑制することができる。
【0144】
抗hTfR抗体が,ヒト化抗体又はヒト抗体である場合について,以下に更に詳しく説明する。ヒト抗体の軽鎖には,λ鎖とκ鎖がある。抗hTfR抗体を構成する軽鎖は,λ鎖とκ鎖のいずれであってもよい。また,ヒト抗体の重鎖には,γ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖及びε鎖があり,それぞれ,IgG,IgM,IgA,IgD及びIgEに対応している。抗hTfR抗体を構成する重鎖は,γ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖及びε鎖のいずれであってもよいが,好ましくはγ鎖である。更に,ヒト抗体の重鎖のγ鎖には,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖があり,それぞれ,IgG1,IgG2,IgG3及びIgG4に対応している。抗hTfR抗体を構成する重鎖がγ鎖である場合,そのγ鎖は,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖のいずれであってもよいが,好ましくは,γ1鎖又はγ4鎖である。抗hTfR抗体が,ヒト化抗体又はヒト抗体であり,且つIgGである場合,ヒト抗体の軽鎖はλ鎖とκ鎖のいずれでもあってもよく,ヒト抗体の重鎖は,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖のいずれであってもよいが,好ましくは,γ1鎖又はγ4鎖である。例えば,好ましい抗hTfR抗体の一つの態様として,軽鎖がλ鎖であり重鎖がγ1鎖である抗hTfR抗体が挙げられる。
【0145】
抗hTfR抗体がヒト化抗体又はヒト抗体である場合,抗hTfR抗体とBDNFとは,抗hTfR抗体の重鎖又は軽鎖のN末端(又はC末端)に,リンカー配列を介して又は直接に,BDNFのC末端(又はN末端)をそれぞれペプチド結合により結合させることにより,連結することができる。BDNFを抗hTfR抗体の重鎖のN末端側(又はC末端側)に結合させる場合,抗hTfR抗体のγ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖又はε鎖のN末端(又はC末端)に,リンカー配列を介し又は直接に,BDNFのC末端(又はN末端)がペプチド結合によりそれぞれ結合される。抗hTfR抗体の軽鎖のN末端側(又はC末端側)にBDNFを結合させる場合,抗hTfR抗体のλ鎖とκ鎖のN末端(又はC末端)に,リンカー配列を介し又は直接に,BDNFのC末端(又はN末端)がペプチド結合によりそれぞれ結合される。但し,抗hTfR抗体が,Fc領域を欠失したものであるFab領域からなるもの又はFab領域とヒンジ部の全部若しくは一部とからなるもの(Fab,F(ab’)及びF(ab’)2)の場合,BDNFは,Fab,F(ab’)2及びF(ab’)を構成する重鎖又は軽鎖のN末端(又はC末端)に,リンカー配列を介して又は直接に,そのC末端又はN末端をペプチド結合によりそれぞれ結合させることができる。
【0146】
抗hTfR抗体(ヒト化抗体又はヒト抗体である)の「軽鎖」のC末端側又はN末端側にBDNFを結合させたタイプの融合蛋白質において,抗hTfR抗体は,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,BDNFが,この軽鎖のC末端側又はN末端側に結合したものである。ここで抗hTfR抗体の軽鎖とBDNFとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0147】
抗hTfR抗体(ヒト化抗体又はヒト抗体である)の「重鎖」のC末端側又はN末端側にBDNFを結合させたタイプの融合蛋白質において,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体は,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,BDNFが,この重鎖のC末端側又はN末端側に結合したものである。ここで抗hTfR抗体の重鎖とBDNFとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0148】
抗hTfR抗体とBDNFとの間にリンカー配列を配置する場合,リンカー配列は,好ましくは1~50個,より好ましくは10~40個,更に好ましくは20~34個,例えば27個のアミノ酸から構成される。リンカー配列を構成するアミノ酸の個数は,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,27個等と適宜調整される。そのようなリンカー配列は,これにより連結された抗hTfR抗体がhTfRに対する親和性を保持し,連結されたBDNFが,生理的条件下でその生理活性を発揮できる限り,アミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものである。例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3),アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号4),アミノ酸配列Ser-Gly-Gly-Gly-Gly(配列番号5),又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,或いは2~5個連続してなる,50個以下のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個,又は25個のアミノ酸からなる配列等を含むものが挙げられる。例えば,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計25個のアミノ酸を含むものは,リンカー配列として好適に用いることができる。
【0149】
抗hTfR抗体のhTfRに対する特異的親和性は,主に抗hTfR抗体の重鎖及び軽鎖のCDRのアミノ酸配列に依存する。それらCDRのアミノ酸配列は,抗hTfR抗体がhTfRに加えてサルTfRに対する特異的な親和性を有するものである限り,特に制限はない。
【0150】
本発明において,抗hTfR抗体がヒト化抗体又はヒト抗体である場合において,hTfRに対して相対的に高い親和性を有し且つサルTfRに対しても親和性を有する抗体は,特に,実施例7に記載の方法により測定したとき,ヒト及びサルのTfRとの解離定数が次のものである:
(a)hTfRとの解離定数:好ましくは1×10-10M以下,より好ましくは2.5×10-11M以下,更に好ましくは5×10-12M以下,更により好ましくは1×10-12M以下
(b)サルTfRとの解離定数:好ましくは1×10-9M以下,より好ましくは5×10-10M以下,更に好ましくは1×10-10M以下,例えば7.5×10-11M以下。
【0151】
例えば,hTfR及びサルTfRとの解離定数が,それぞれ,1×10-10M以下と1×10-9M以下,1×10-11M以下と5×10-10M以下,5×10-12M以下と1×10-10M以下,5×10-12M以下と7.5×10-11M以下,1×10-12M以下と1×10-10M以下,1×10-12M以下と7.5×10-11M以下,であるものが挙げられる。ここにおいて,ヒトのTfRとの解離定数に特段明確な下限はないが,例えば,5×10-13M,1×10-13M等とすることができる。また,サルのTfRとの解離定数にも特段明確な下限はないが,例えば,5×10-11M,1×10-11M,1×10-12M等とすることができる。抗体が一本鎖抗体であっても同様である。
【0152】
BDNFと融合させるべき,hTfRに親和性を有する抗体の好ましい実施形態として,抗体の重鎖のCDRが以下に示すアミノ酸配列を有するものが例示できる。すなわち:
CDR1が配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列を含んでなり,CDR2が配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列を含んでなり,且つCDR3が配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるもの。
【0153】
hTfRに親和性を有する抗体のより具体的な実施形態として,抗体の重鎖のCDRが以下に示すアミノ酸配列を有するものが例示できる。すなわち:
CDR1が配列番号66のアミノ酸配列を含んでなり,CDR2が配列番号13のアミノ酸配列を含んでなり,及びCDR3が配列番号15に記載のアミノ酸配列を含んでなるもの。
【0154】
上記の好ましい実施形態において,抗体の重鎖のフレームワーク領域3のアミノ酸配列として好適なものに,配列番号68のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。
【0155】
hTfRに親和性を有する抗体の好ましい軽鎖と重鎖の組み合わせとしては,CDRが以下に示すアミノ酸配列を有するものが例示できる。すなわち:
CDR1が配列番号6又は配列番号7のアミノ酸配列を含んでなり,CDR2が配列番号8若しくは配列番号9のアミノ酸配列,又はアミノ酸配列Lys-Val-Ser,及びCDR3として配列番号10のアミノ酸配列を含んでなるものである軽鎖と,CDR1が配列番号66又は配列番号67のアミノ酸配列,CDR2が配列番号13又は配列番号14のアミノ酸配列を含んでなり,及びCDR3として配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるものである重鎖との組み合わせ。
【0156】
hTfRに親和性を有する抗体の軽鎖と重鎖の組み合わせの具体的態様としては,CDRが以下に示すアミノ酸配列を有するものが例示できる。すなわち:
CDR1が配列番号6のアミノ酸配列を含んでなり,CDR2が配列番号8のアミノ酸配列を含んでなり,及びCDR3が配列番号10のアミノ酸配列を含んでなるものである軽鎖と,CDR1が配列番号66のアミノ酸配列を含んでなり,CDR2が配列番号13のアミノ酸配列を含んでなり,及びCDR3が配列番号15のアミノ酸配列を含んでなるものである重鎖の組み合わせ。
【0157】
hTfRに親和性を有するヒト化抗体の好ましい実施形態としては,以下に示すアミノ酸配列を有するものが例示できる。すなわち:
抗hTfR抗体であって,軽鎖の可変領域が,配列番号17,配列番号18,配列番号19,配列番号20,配列番号21,及び配列番号22で示されるアミノ酸配列からなる群より選ばれるアミノ酸配列を含んでなり,重鎖の可変領域が,配列番号69で示されるアミノ酸配列を含んでなるものである,抗hTfR抗体。
【0158】
配列番号17,配列番号18,配列番号19,配列番号20,配列番号21,及び配列番号22で示される軽鎖可変領域のアミノ酸配列は,CDR1が配列番号6又は7,CDR2が配列番号8又は配列番号9,及びCDR3が配列番号10のアミノ酸配列を,それぞれ含むものである。但し,配列番号17~22のアミノ酸配列において,CDRのアミノ酸配列はこれらに限定されるものではなく,これらCDRのアミノ酸配列を含む領域,これらCDRのアミノ酸配列の任意の連続した3個以上のアミノ酸を含むアミノ酸配列もCDRとし得る。
【0159】
配列番号69で示される重鎖可変領域のアミノ酸配列は,CDR1が配列番号66又は配列番号67,CDR2が配列番号13又は配列番号14,及びCDR3が配列番号15又は配列番号16のアミノ酸配列を,それぞれ含むものである。但し,配列番号69のアミノ酸配列において,CDRのアミノ酸配列はこれらに限定されるものではなく,これらCDRのアミノ酸配列を含む領域,これらCDRのアミノ酸配列の任意の連続した3個以上のアミノ酸を含むアミノ酸配列もCDRとし得る。
【0160】
hTfRに親和性を有するヒト化抗体のより具体的な実施形態の例としては,
(1a)軽鎖の可変領域が配列番号18のアミノ酸配列を含み且つ重鎖の可変領域が配列番号69のアミノ酸配列を含むもの,
(1b)軽鎖の可変領域が配列番号20のアミノ酸配列を含み且つ重鎖の可変領域が配列番号69のアミノ酸配列を含むもの,
(1c)軽鎖の可変領域が配列番号21のアミノ酸配列を含み且つ重鎖の可変領域が配列番号69のアミノ酸配列を含むもの,及び
(1d)軽鎖の可変領域が配列番号22のアミノ酸配列を含み且つ重鎖の可変領域が配列番号69のアミノ酸配列を含むものが挙げられる。
【0161】
hTfRに親和性を有するヒト化抗体のより具体的な実施形態の例としては,
(2a)軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列を含み且つ重鎖が配列番号70又は72のアミノ酸配列を含むもの,
(2b)軽鎖が配列番号25のアミノ酸配列を含み且つ重鎖が配列番号70又は72のアミノ酸配列を含むもの,
(2c)軽鎖が配列番号27のアミノ酸配列を含み且つ重鎖が配列番号70又は72のアミノ酸配列を含むもの,
(2d)軽鎖が配列番号29のアミノ酸配列を含み且つ重鎖が配列番号70又は72のアミノ酸配列を含むものが挙げられる。
【0162】
hTfRに親和性を有するFabであるヒト化抗体のより具体的な実施形態の例としては,
(3a)軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列を含み且つFab重鎖が配列番号61のアミノ酸配列を含むもの,
(3b)軽鎖が配列番号25のアミノ酸配列を含み且つFab重鎖が配列番号61のアミノ酸配列を含むもの,
(3c)軽鎖が配列番号27のアミノ酸配列を含み且つFab重鎖が配列番号61のアミノ酸配列を含むもの,
(3d)軽鎖が配列番号29のアミノ酸配列を含み且つFab重鎖が配列番号61のアミノ酸配列を含むものが挙げられる。
【0163】
抗hTfR抗体がFabである場合において,別のFc領域を融合蛋白質に導入したものの具体的な実施形態の例としては,
(4a)軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列を含み且つFc領域を導入したFab重鎖が配列番号81のアミノ酸配列を含むもの,
(4b)軽鎖が配列番号25のアミノ酸配列を含み且つFc領域を導入したFab重鎖が配列番号81のアミノ酸配列を含むもの,
(4c)軽鎖が配列番号27のアミノ酸配列を含み且つFc領域を導入したFab重鎖が配列番号81のアミノ酸配列を含むもの,
(4d)軽鎖が配列番号29のアミノ酸配列を含み且つFc領域を導入したFab重鎖が配列番号81のアミノ酸配列を含むものが挙げられる。
【0164】
なお,配列番号81で示されるアミノ酸配列は,ヒト化抗hTfR抗体3NのFab重鎖のアミノ酸配列(アミノ酸配列61)のN末端側に,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が5個連続してなる計25個のアミノ酸を含むリンカー配列を介して,配列番号75で示されるアミノ酸配列を有するヒトIgG Fc領域を結合させたものである。
【0165】
上記(4a)~(4d)において,例えば,ヒトBDNFのC末端側に直接又はリンカー配列を介してヒトIgG Fc領域が結合され,更に,該ヒトIgG Fc領域のC末端側に直接又はリンカー配列を介して抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が結合される。
【0166】
ヒトIgG Fc領域の好ましい一実施形態として,配列番号75のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。また,ヒトIgG Fc領域を導入した融合蛋白質として,BDNFのC末端側にFc領域,そのC末端側に抗hTfR抗体のFab重鎖が,それぞれリンカー配列を介して結合した配列番号74のアミノ酸配列を有するものが一例として挙げられる。
【0167】
抗hTfR抗体がFabである場合おいて、アルブミン親和性ペプチドを融合蛋白質に導入したものの具体的な実施形態の例としては,
アルブミン親和性ペプチドが配列番号85で示されるアミノ酸配列を有するアルブミン結合ドメインであり,
(5a)軽鎖が配列番号23のアミノ酸配列を含み,且つアルブミン親和性ペプチドを導入したFab重鎖が配列番号89のアミノ酸配列を含むもの,
(5b)軽鎖が配列番号25のアミノ酸配列を含み,且つアルブミン親和性ペプチドを導入したFab重鎖が配列番号89のアミノ酸配列を含むもの,
(5c)軽鎖が配列番号27のアミノ酸配列を含み,且つアルブミン親和性ペプチドを導入したFab重鎖が配列番号89のアミノ酸配列を含むもの,
(5d)軽鎖が配列番号29のアミノ酸配列を含み,且つアルブミン親和性ペプチドを導入したFab重鎖が配列番号89のアミノ酸配列を含むものが挙げられる。
【0168】
なお,配列番号89で示されるアミノ酸配列は,ヒト化抗hTfR抗体3NのFab重鎖のアミノ酸配列(アミノ酸配列61)のC末端側に,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Ser(配列番号3)が3個連続してなる計15個のアミノ酸を含むリンカー配列を介して,配列番号85で示されるアミノ酸配列を有するアルブミン親和性ペプチドを結合させたものである。
【0169】
上記(5a)~(5d)において,例えば,ヒトBDNFのC末端側に直接又はリンカー配列を介して抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が結合され,更に,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体のC末端側に直接又はリンカー配列を介してアルブミン親和性ペプチドが結合される。
【0170】
アルブミン親和性ペプチドの好ましい一実施形態として,配列番号85のアミノ酸配列を有するものが挙げられる。また、アルブミン親和性ペプチドを導入した融合蛋白質として、ヒトプロBDNF又はヒトBDNFのC末端側にFab重鎖,そのC末端側にアルブミン親和性ペプチドが,それぞれリンカー配列を介して結合した配列番号87又は配列番号88のアミノ酸配列を有するものが一例として挙げられる。
【0171】
hTfRに親和性を有するヒト化抗体の好ましい実施形態を上記のごとく例示した。これらの抗hTfR抗体の軽鎖及び重鎖は,その可変領域のアミノ酸配列に,抗hTfR抗体とhTfRの親和性を所望なものに調整等する目的で,適宜,置換,欠失,付加等の変異を加えることができる。又,hBDNFの機能等を所望なものに調整する目的で,hBDNFに適宜,置換,欠失,付加等の変異を加えることもできる。
【0172】
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個である。軽鎖の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,尚も更に好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。
【0173】
軽鎖の可変領域にアミノ酸を付加する場合,軽鎖の可変領域のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた軽鎖の可変領域のアミノ酸配列は,元の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0174】
特に,軽鎖の各CDR又は各フレームワーク領域のそれぞれのアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸で置換する場合,置換するアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。各CDR又は各フレームワーク領域のそれぞれのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。
【0175】
軽鎖の各CDR又は各フレームワーク領域のそれぞれのアミノ酸配列中にアミノ酸を付加させる場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個,更により好ましくは1個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各CDR又は各フレームワーク領域のそれぞれのアミノ酸配列は,元の各CDRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0176】
重鎖の可変領域である配列番号69で示されるアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個である。重鎖の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。
【0177】
重鎖の可変領域である配列番号69で示されるアミノ酸配列にアミノ酸を付加させる場合,重鎖の可変領域のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個アミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた重鎖の可変領域のアミノ酸配列は,元の重鎖の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0178】
特に,配列番号69で示されるアミノ酸配列中の,各CDR又は各フレームワーク領域のそれぞれのアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。各CDRのそれぞれのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個であり,更により好ましくは1個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。
【0179】
配列番号69で示されるアミノ酸配列中の,各CDR又は各フレームワーク領域のそれぞれのアミノ酸配列中にアミノ酸を付加させる場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個,更により好ましくは1個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各CDRのそれぞれのアミノ酸配列は,元の各CDRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0180】
なお,上記のごとく抗hTfR抗体の重鎖の可変領域である配列番号69で示されるアミノ酸配列に,置換,欠失,付加等の変異を加える場合において,元となるCDR1のN末端側から5番目のアミノ酸であるメチオニンと,フレームワーク領域3のN末端側から17番目のアミノ酸であるロイシンは,変異前と同位置に保存される。また,重鎖のCDR1及びフレームワーク領域3のアミノ酸配列は保存されることが好ましい。
【0181】
上記の抗hTfR抗体の軽鎖の可変領域への変異と,上記の抗hTfR抗体の重鎖の可変領域への変異とを組み合わせて,抗hTfR抗体の軽鎖と重鎖の可変領域の両方に変異を加えることもできる。
【0182】
上記の抗hTfR抗体の軽鎖及び重鎖のアミノ酸配列中のアミノ酸の他のアミノ酸による置換としては,例えば,芳香族アミノ酸(Phe,Trp,Tyr),脂肪族アミノ酸(Ala,Leu,Ile,Val),極性アミノ酸(Gln,Asn),塩基性アミノ酸(Lys,Arg,His),酸性アミノ酸(Glu,Asp),水酸基を有するアミノ酸(Ser,Thr)などの同じグループに分類されるアミノ酸間の置換が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換は,蛋白質の表現型に変化をもたらさない(即ち,保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。但し,本発明者が先に見出し本願発明と同種の効果を有することを確認している抗体番号3(本願出願時点において未公開)のhTfRのフレームワーク領域3のアミノ酸配列である配列番号83は,その第17番目がTrpであり,これに対し本願発明における抗hTfR抗体番号3Nの重鎖のフレームワーク領域3は配列番号68のアミノ酸配列を有し,そのN末端側から第17番目がLeuに置換されたものである。また,CDR1のアミノ酸配列においては,配列番号12の第5番目のThrが,配列番号66で示されるようにMetに置換されたものである。TrpとLeuとは上記の類似関係にはなく,そしてThrとMetも上記の類似関係にはない。ところが後述するように,当該置換を含む抗体番号3Nは,予想外にも,抗体番号3と効果の点で同種であり,しかも一層優れた効果を示す。
【0183】
なお,抗hTfR抗体又はhBDNFに変異を加えてC末端又はN末端にアミノ酸を付加した場合において,その付加したアミノ酸が,抗hTfR抗体をBDNFと融合させたときに抗hTfR抗体とBDNFとの間に位置することとなった場合,当該付加したアミノ酸は,リンカーの一部を構成する。
【0184】
(1)融合蛋白質の製造方法
本発明の融合蛋白質は,後述の実施例に記載された方法又は本分野で周知の方法により製造することができる。
例えば,本明細書の実施例16及び17に記載したように取得した抗ヒトトランスフェリン抗体の重鎖のN末端に,直接又はリンカー(例えば,配列番号3が5回繰り返される25個のアミノ酸からなるもの)を介して,BDNFのC末端を融合させたものである融合蛋白質をコードするDNAを有する発現用ベクターと,当該抗体の軽鎖をコードするDNAを有する動植物細胞発現用ベクターをそれぞれ構築して,適当なホスト細胞に併せて導入することにより,本発明の融合蛋白質を産生する細胞あるいはトランスジェニック動植物を得ることができる。あるいは,取得した抗ヒトトランスフェリン抗体の軽鎖のN末端に,直接又はリンカー(例えば,配列番号3が5回繰り返される25個のアミノ酸からなるもの)を介してBDNFのC末端を融合させたものである融合蛋白質をコードするDNAを有する発現用ベクターと,当該抗体の重鎖をコードするDNAを有する発現用ベクターをそれぞれ構築して,適当なホスト細胞に併せて導入することにより,本発明の融合蛋白質を産生する細胞あるいはトランスジェニック動植物を得ることができる。
【0185】
前記のように構築した融合蛋白質遺伝子は,公知の方法により発現させ,取得することができる。融合蛋白質の発現量を最大化するため,融合蛋白質遺伝子の塩基配列は,融合蛋白質の発現に使用される細胞又は動物種のコドン使用頻度に合わせ,最適化してもよい。哺乳類細胞の場合,常用される有用なプロモーター,発現される抗体遺伝子,その3’側下流にポリAシグナルを機能的に結合させたDNA又はそれを含むベクターにより発現させることができる。例えばプロモーター/エンハンサーとしては,ヒトサイトメガロウイルス前期プロモーター/エンハンサー(human cytomegalovirus immediate early promoter/enhancer)を挙げることができる。
【0186】
また,その他に本発明で使用される抗体発現に使用できるプロモーター/エンハンサーとして,レトロウイルス,ポリオーマウイルス,アデノウイルス,シミアンウイルス40(SV40)等のウイルスプロモーター/エンハンサーやヒトエロンゲーションファクター1α(hEF1α)などの哺乳類細胞由来のプロモーター/エンハンサーを用いればよい。
【0187】
例えば,SV40プロモーター/エンハンサーを使用する場合,Mulliganらの方法(Mulligan, R.C. et al., Nature(1979)277,108-114),また,hEF1αプロモーター/エンハンサーを使用する場合,Mizushimaらの方法(Mizushima,S. and Nagata,S. Nucleic Acids Res.(1990)18,5322)に従えば,容易に実施することができる。
【0188】
大腸菌の場合,常用される有用なプロモーター,抗体分泌のためのシグナル配列,発現させるべき抗体遺伝子を機能的に結合させて発現させることができる。例えばプロモーターとしては,lacZプロモーター,araBプロモーターを挙げることができる。lacZプロモーターを使用する場合,Wardらの方法(Ward, E.S. et al.,Nature(1989)341,544-546;Ward, E.S. et al.,FASEB J.(1992)6,2422-2427),araBプロモーターを使用する場合,Betterらの方法(Better, M. et al.,Science(1988)240,1041-1043)に従えばよい。
【0189】
抗体分泌のためのシグナル配列としては,大腸菌のペリプラズムに産生させる場合,pelBシグナル配列(Lei, S.P. et al.,J.Bacteriol.(1987)169,4379-4383)を使用すればよい。(例えば,国際公開第96/30394号を参照)。
【0190】
複製起源としては,SV40,ポリオーマウイルス,アデノウイルス,ウシパピローマウイルス(BPV)等の由来のものを用いることができ,さらに,ホスト細胞系で遺伝子コピー数増幅のため,発現ベクターは選択マーカーとして,アミノグリコシドホスホトランスフェラーゼ(APH)遺伝子,チミジンキナーゼ(TK)遺伝子,大腸菌キサンチングアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(Ecogpt)遺伝子,ジヒドロ葉酸還元酵素(dhfr)遺伝子等を含むことができる。
【0191】
真核細胞を使用する場合,動物細胞,植物細胞,又は真菌細胞を用いる産生系がある。動物細胞としては,(1)哺乳類細胞,例えば,CHO,HEK293,COS,ミエローマ,BHK(baby hamster kidney),HeLa,Veroなど,(2)両生類細胞,例えば,アフリカツメガエル卵母細胞,又は(3)昆虫細胞,例えば,sf9,sf21,Tn5などが知られている。植物細胞としては,ニコチアナ・タバクム(Nicotiana tabacum)由来の細胞が知られており,これをカルス培養すればよい。真菌細胞としては,酵母,例えば,サッカロミセス(Saccharomyces)属,例えばサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae),糸状菌,例えばアスペルギルス属(Aspergillus)属,例えばアスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)などが知られている。
【0192】
原核細胞を使用する場合,細菌細胞を用いる産生系がある。細菌細胞としては,大腸菌(E.coli),枯草菌が知られている。
【0193】
これらの細胞に,目的とする抗体遺伝子を形質転換により導入し,形質転換された細胞をin vitroで培養することにより抗体が得られる。培養は,公知の方法に従い行う。例えば,培養液として,DMEM,MEM,RPMI1640,IMDMを使用することができ,ウシ胎児血清(FCS)等の血清補液を併用することもできる。また,抗体遺伝子を導入した細胞を動物の腹腔等へ移すことにより,in vivoにて抗体を産生してもよい。
【0194】
in vivoの産生系としては,動物を使用する産生系や植物を使用する産生系が挙げられる。動物を使用する場合,哺乳類動物,昆虫を用いる産生系などがある。
【0195】
哺乳類動物としては,ヤギ,ブタ,ヒツジ,マウス,ウシなどを用いることができる(Vicki Glaser, SPECTRUM Biotechnology Applications,1993)。また,昆虫としては,カイコを用いることができる。植物を使用する場合,例えばタバコを用いることができる。
【0196】
これらの動物又は植物に融合蛋白質遺伝子を導入し,動物又は植物の体内で融合蛋白質を産生させ,回収する。例えば,融合蛋白質遺伝子をヤギβ-カゼインのような乳汁中に固有に産生される蛋白質をコードする遺伝子の途中に挿入して融合遺伝子として調製する。抗体遺伝子が挿入された融合遺伝子を含むDNA断片をヤギの胚へ注入し,この胚を雌のヤギへ導入する。胚を受容したヤギから生まれるトランスジェニックヤギ又はその子孫が産生する乳汁から所望の融合蛋白質を得る。トランスジェニックヤギから産生される所望の融合蛋白質を含む乳汁量を増加させるために,適宜ホルモンをトランスジェニックヤギに使用してもよい(Ebert, K.M. et al.,Bio/Technology(1994)12,699-702)。
【0197】
また,カイコを用いる場合,目的の融合蛋白質遺伝子を挿入したバキュロウイルスをカイコに感染させ,このカイコの体液より所望の抗体を得る(Maeda, S. et al.,Nature(1985)315,592-594)。さらに,タバコを用いる場合,目的の融合蛋白質遺伝子を植物発現用ベクター,例えばpMON 530に挿入し,このベクターをAgrobacterium tumefaciensのようなバクテリアに導入する。このバクテリアをタバコ,例えばNicotiana tabacumに感染させ,本タバコの葉より所望の融合蛋白質を得る(Julian,K.-C.Ma et al.,Eur.J.Immunol.(1994)24,131-138)。
【0198】
前記のように産生,発現された融合蛋白質は,細胞内外,ホスト細胞から分離し均一にまで精製することができる。本発明で使用される融合蛋白質の分離,精製はアフィニティークロマトグラフィーにより行うことができる。アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては,例えば,プロテインAカラム,プロテインGカラム,プロテインLカラムが挙げられる。プロテインAカラムに用いる担体として,例えば,Hyper D,POROS,Sepharose F.F.等が挙げられる。その他,通常の蛋白質で使用されている分離,精製方法を使用すればよく,何ら限定されるものではない。必要に応じて,上記アフィニティークロマトグラフィー以外のクロマトグラフィー,濾過,限外濾過,塩析,透析等を組み合わせることにより,本発明に使用される抗体を分離,精製することもできる。クロマトグラフィーとしては,例えば,イオン交換クロマトグラフィー,疎水性クロマトグラフィー,ゲルろ過等が挙げられる。これらのクロマトグラフィーはHPLC(High performance liquid chromatography)に適用し得る。また,逆相HPLC(reverse phase HPLC)を用いてもよい。
【0199】
BDNFは,そのホモ二量体が標的細胞表面上にあるBDNF受容体(TrkB)へ特異的に結合し,中枢および末梢神経系の細胞の分化,機能維持,シナプス形成,および損傷時の再生および修復などに重要な役割を果たす(非特許文献1,非特許文献2)。このような作用から,BDNFは,中枢及び末梢の神経に障害を有する疾患の治療に広く応用可能な蛋白質として注目されている。
【0200】
また,ハンチントン病,パーキンソン病,アルツハイマー病等,種々の神経系の疾患においてBDNFの発現低下や量の低下が報告されており(Nuerosci. Lett.(1999)270:45-48),浸透圧ポンプ等を用いこれらの疾患モデル動物の脳内又は髄腔内へBDNFを持続的に注入すると線条体の神経細胞死の抑制,運動障害の改善,記憶能力の改善などの効果を示すことが知られている(J. Nuerosci.(2004)24:7727-7739,Proc. Nati. Acad.Sci.USA(1992)89:11347-11351,Nat. Med.(2009)15:331-337)。
【0201】
さらには,BDNFは歯の関連細胞や血管内皮細胞の増殖,分化促進,摂食調節,糖代謝等,多様な作用を有することも知られている(Tissue Eng.(2005)11:1618-629,肥満研究(2009)15:97-99)。
【0202】
このことから,BDNFは,アルツハイマー病,パーキンソン病,ハンチントン病などの神経変性疾患,筋萎縮性側策硬化症などの脊髄変性疾患,この他,糖尿病性神経障害,脳虚血性疾患,Rett症候群などの発達障害,統合失調症,うつ病等,様々な疾患の治療剤としての開発が期待されている(非特許文献3,非特許文献4,非特許文献5,非特許文献6,非特許文献7,非特許文献8,WO91/03568)。
【0203】
BDNFは血液脳関門(BBB;Blood-Brain Barrier)を通過することができないが,本発明の融合蛋白質(hBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質)はBBBを通過することが可能であるため,末梢投与した本発明の融合蛋白質が脳内に移行し,BDNFが本来有する効果を発揮し得る。このようなBDNFの機能は,以下のような方法で確認することができる。
【0204】
(2)BDNFの機能の評価方法
BDNFの機能は,BDNF受容体(TrkB)に対する結合親和性(Eur J Neurosci(1994)6:1389-1405),BDNF受容体のリン酸化を指標としたBDNF受容体の活性化(Biochim Biophys Acta(2015)1852:862-872),BDNF受容体の活性化に伴う細胞内カルシウム増加等の細胞内シグナル伝達増強活性(Nature Reviews Neuroscience(2009)10:850-860),TrkB発現神経細胞に対する増殖促進作用(岐阜薬科大学紀要(2006)55:53-54),生存維持作用(Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry(2015)60:11-17),神経突起伸展作用(J Biol Chem(2007)282:34525-34534)等を調べることによりインビトロで評価できる。インビトロで用いる細胞としては,TrkBを内在性に発現する細胞であっても外来性に強制発現させた細胞であってもよい。例えば,BAF細胞,CHO細胞,PC-12細胞等にTrkB遺伝子を導入して強制発現させた細胞や,海馬や線条体等の初代培養神経細胞を用いることができる。
【0205】
また,BDNFの機能は,パーキンソン病,ハンチントン病,アルツハイマー病等の疾患モデル動物に対する治療効果(Proc. Nati. Acad. Sci. USA(1994)91:8920-8924)を調べることによりインビボで評価することができる。例えば,本発明の融合蛋白質(TfR抗体-BDNF融合蛋白質)のin vivoでのBDNF生物活性は,実施例2~5に記載するような方法を用いてパーキンソン病モデル動物における運動機能障害改善作用,線条体ドパミン量回復効果,線条体ドパミン神経再生効果等を調べることにより評価できる。パーキンソン病モデルとしては,ドパミン神経を特異的に破壊することが知られているMPTP処置を行ったマウスおよびサルが利用できる。
【0206】
(3)融合蛋白質の用途
なお,ある疾患モデル動物,例えばパーキンソン病モデル動物において本発明の融合蛋白質(hBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質)を末梢から投与することにより当該疾患又は障害が改善されたということは,BDNFが本来有する効果を発揮し得る程度に本発明の融合蛋白質が必要部位(例えば脳内)に到達したことを示しており,このことは,本発明の融合蛋白質は,当該疾患に限らず,BDNFへの曝露によって利益を得ることができる疾患および障害を治療するのに広く使用することができることを意味する。
【0207】
本発明は,本発明の融合蛋白質の治療有効量を有効成分として含有する医薬組成物を投与することによって,BDNFの曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害を治療するのに使用することができる。従って,本発明はまた,本発明の融合蛋白質を有効成分として含有してなるBDNFの曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害の予防及び/又は治療剤を提供する。ここで「治療」なる用語は,完全治癒だけでなく症状の改善をも含む意味である。
【0208】
本発明の融合蛋白質への曝露によって利益を得ることができる疾患又は障害としては,BDNFの発現もしくは量が低下することによって起こる疾患又は障害だけでなく,BDNFが作用することによって治療可能な疾患又は障害も含まれ,例えば,神経系の疾患又は障害(神経変性疾患,うつ病,統合失調症,てんかん,自閉症,Rett症候群,West症候群,新生児痙攣,認知症に伴う問題行動(例,徘徊,攻撃的行為など),不安症,疼痛,ヒルシュスブルング病,レム睡眠行動障害等)およびその他の疾患又は障害が挙げられる。神経変性疾患としては,以下の脳神経変性疾患,脊髄変性疾患,網膜変性疾患,末梢神経変性疾患等が挙げられる。
【0209】
脳神経変性疾患としては,例えば,脳神経系の神経変性疾患(アルツハイマー病,パーキンソン病,ハンチントン病,レビー小体型認知症,ピック病,多系統萎縮症,進行性上行性麻痺,ダウン症候群など),脳虚血性疾患(脳卒中,脳梗塞,一過性脳虚血発作,クモ膜下出血,虚血性脳症,脳梗塞(ラクナ梗塞,アテローム血栓性脳梗塞,心原性脳梗塞症,出血性脳梗塞,その他の梗塞)など),外傷性脳損傷,白質脳症,および多発性硬化症などが挙げられる。
【0210】
脊髄変性疾患としては,例えば,筋萎縮性側索硬化症(ALS),脊髄損傷,種々の原因による脊髄障害,脊髄性進行性筋萎縮症,および脊髄小脳変性症などが挙げられる。網膜変性疾患としては,例えば,加齢黄斑変性症(AMD),糖尿病性網膜症,網膜色素変性症,高血圧性網膜症,および緑内症などが挙げられる。
【0211】
末梢神経変性疾患としては,例えば,糖尿病性神経障害,末梢神経損傷,外傷性末梢神経障害,中毒,他の毒性物質による末梢神経障害,がん化学治療法による末梢神経障害,Guillain-Barre症候群,ビタミン等の欠乏による末梢神経障害,アミロイド末梢神経障害,虚血性末梢神経障害,悪性腫瘍に伴う末梢神経障害,尿毒症性末梢神経障害,物理的原因による末梢神経障害,Charcot-Marie-Tooth病,アルコール性末梢神経障害,自律神経異常(無自覚性低血糖,胃不全麻痺,神経因性下痢および便秘,勃起不全,起立性低血圧,不整脈,心不全,無痛性心筋梗塞,発汗異常,神経因性膀胱など),膀胱機能障害(例,無抑制膀胱,反射性膀胱,自律性膀胱,知覚麻痺性膀胱,運動麻痺性膀胱など)などが挙げられる。
【0212】
その他の疾患又は障害としては,例えば,歯周病,糖尿病,糖尿病性心筋症,糖尿病性足病変,炎症性腸疾患(例,潰瘍性大腸炎,クローン病など),聴覚障害,骨疾患(例,骨粗しょう症など),関節疾患(例,シャルコー関節,変形性関節症,リウマチなど)などが挙げられる。
【0213】
本発明の融合蛋白質は,血中に投与して中枢神経系(CNS)において薬効を発揮させるべき薬剤として使用することができる。かかる薬剤は,概ね点滴静脈注射等による静脈注射,皮下注射,筋肉注射により患者に投与されるが,投与経路には特に限定はない。
【0214】
(4)投与形態,投与量,投与方法
本発明の融合蛋白質は,薬剤として,凍結乾燥品,又は水性液剤等の形態で医療機関に供給することができる。水性液剤の場合,薬剤を,安定化剤,緩衝剤,等張化剤を含有する溶液に予め溶解したものを,バイアル又は注射器に封入した製剤として供給できる。注射器に封入された製剤は,一般にプレフィルドシリンジ製剤と呼称される。プレフィルドシリンジ製剤とすることにより,患者自身による薬剤の投与を簡易にすることができる。
【0215】
水性液剤として供給される場合,水性液剤に含有される抗hTfR抗体と結合させたBDNFの濃度は,用法用量によって適宜調整されるべきものであるが,例えば0.01~5mg/mLである。また,水性液剤に含有される安定化剤は,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,非イオン性界面活性剤が好適に使用できる。このような非イオン性界面活性剤としては,ポリソルベート,ポロキサマー等を単独で又はこれらを組合せて使用できる。ポリソルベートとしてはポリソルベート20,ポリソルベート80が,ポロキサマーとしてはポロキサマー188(ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコール)が特に好適である。また,水性液剤に含有される非イオン性界面活性剤の濃度は,0.01~1mg/mLであることが好ましく,0.01~0.5mg/mLであることがより好ましく,0.1~0.5mg/mLであることが更に好ましい。安定化剤として,ヒスチジン,アルギニン,メチオニン,グリシン等のアミノ酸を使用することもできる。安定化剤として使用する場合の,水性液剤に含有されるアミノ酸の濃度は,0.1~40mg/mLであることが好ましく,0.2~5mg/mLであることがより好ましく,0.5~4mg/mLであることが更に好ましい。水性液剤に含有される緩衝剤は,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,リン酸塩緩衝剤が好ましく,特にリン酸ナトリウム緩衝剤が好ましい。緩衝剤としてリン酸ナトリウム緩衝剤を使用する場合の,リン酸ナトリウムの濃度は,好ましくは0.01~0.04Mである。また,緩衝剤によって調整される水性液剤のpHは,好ましくは5.5~7.2である。水性液剤に含有される等張化剤は,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,塩化ナトリウム,マンニトールを単独で又は組み合わせて等張化剤として好適に使用できる。
【0216】
本発明の融合蛋白質を含有する上記医薬の投与量は,投与対象,対象疾患,症状,投与ルートなどによっても異なるが,例えば,神経変性疾患の治療・予防のために使用する場合には,投与量は,有効量,例えば,治療有効量として,脳内のBDNFとしての濃度が,少なくとも約0.001ng/g以上,好ましくは0.01,0.1,1,10又は100ng/g脳を上回るようにする。また,1回投与してから数日間(1,2,3,4,5,6,7日間),2週間,さらには1ヶ月間を過ぎてもBDNFの脳内レベルが上昇したまま維持されることが好ましく,脳内維持濃度として例えば,約1ng/g脳,約10ng/g脳,約100ng/g脳,または約100ng/g脳を上回ったまま維持されることが好ましい。
【0217】
例えば,投与量は,これらに限定されるものではないが,いくつかの実施形態では,1回投与量として,0.0001~1,000mg/kg体重の範囲内で選択することができる。あるいは,患者あたり,0.001~100,000mgの範囲内で選択することもできる。通常,約0.01~1000mg,約0.1~100mg,約1~100mg,約0.05~500mg,約0.5~50mg,または約5mg~50mgの投与量で,例えば,静脈内投与で投与される。症状が特に重い場合には,その症状に応じて増量してもよい。
【0218】
本発明の組成物,例えば,本発明の融合蛋白質は,単独で用いてもよいし,または,本発明の効果を損なわない範囲において,必要に応じ,他の医薬品又は他の治療法と共に,同一の製剤内または別々の組成物として,患者に投与される。例えば,アルツハイマー型認知症において本発明の医薬組成物と併用される医薬としては,アルツハイマー病治療薬,例えば,塩酸ドネペジル,リバスチグミン,ガランタミン臭化水素塩酸などのアセチルコリンエステラーゼ阻害薬,もしくはメマンチン塩酸塩が挙げられる。また,現在臨床開発段階にあるソラネズマブ(N Engl J Med.(2014)370:311-21)やガンテネルマブ(Arch Neurol.(2012)69:198-207)などの抗Aβ抗体や,ベルベセスタット(AAIC 2013,Boston:Abs 01-06-05,Jul 2013)やAZD-3293(AAIC 2014, Copenhargen:AbsP1-363,Jul 2014)などのβアミロイド産生阻害剤なども挙げられる。アルツハイマー型認知症において本発明の医薬組成物と併用される治療法としては,脳活性型リハビリテーション療法などが挙げられる。パーキンソン病において本発明の医薬組成物と併用される医薬としては,パーキンソン病治療薬,例えば,レボドパなどのドパミン補充療法薬,タリペキソール,プラミペキソール,ブロモクリプチンなどのドパミン受容体作動薬,MAO-B阻害剤やCOMT阻害剤などのドパミン分解酵素阻害薬,アマンタジンやノウリアストなどのドパミン遊離促進薬が挙げられる。パーキンソン病において本発明の医薬組成物と併用される治療法としては,視床刺激術,淡蒼球刺激術,視床下核刺激術などが挙げられる。ハンチントン病において本発明の医薬組成物と併用される医薬としては,ハンチントン病治療薬,例えば,テトラベナジンなどのモノアミン小胞トランスポーター2阻害薬が挙げられる。脳虚血性疾患において本発明の医薬組成物と併用される医薬としては,ラジカットなどの脳保護薬,が挙げられる。脳虚血性疾患において本発明の医薬組成物と併用される治療法としては,血栓溶解療法,リハビリテーション療法などが挙げられる。
【0219】
本発明の医薬組成物を投与するタイミングは特に限定は無く,適宜他医薬の投与もしくは治療の前後もしくは同時であってよい。
【実施例0220】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。なお,実施例1~15-3は,参考例(抗体番号3)についてのものである。
【0221】
〔実施例1〕hTfR発現用ベクターの構築
ヒト脾臓Quick Clone cDNA(Clontech社)を鋳型として,プライマーhTfR5’(配列番号41)及びプライマーhTfR3’(配列番号42)を用いて,PCRによりヒトトランスフェリン受容体(hTfR)をコードする遺伝子断片を増幅させた。増幅させたhTfRをコードする遺伝子断片を,MluIとNotIで消化し,pCI-neoベクター(Promega社)のMluIとNotI間に挿入した。得られたベクターを,pCI-neo(hTfR)と名付けた。次いで,このベクターを,MluIとNotIで消化して,hTfRをコードする遺伝子断片を切り出し,国際公開公報(WO2012/063799)に記載された発現ベクターであるpE-mIRES-GS-puroのMluIとNotIの間に組み込むことにより,hTfR発現用ベクターであるpE-mIRES-GS-puro(hTfR)を構築した。
【0222】
〔実施例2〕組換えhTfRの作製
エレクトロポレーション法により,CHO-K1細胞にpE-mIRES-GS-puro(hTfR)を導入した後,メチオニンスルホキシミン(MSX)及びピューロマイシンを含むCD OptiCHOTM培地(Invitrogen社)を用いて細胞の選択培養を行い,組換えhTfR発現細胞を得た。この組換えhTfR発現細胞を培養して,組換えhTfRを調製した。
【0223】
〔実施例3〕組換えhTfRを用いたマウスの免疫
実施例2で調製した組換えhTfRを抗原として用いてマウスを免疫した。免疫は,マウスに抗原を静脈内投与又は腹腔内投与して行った。
【0224】
〔実施例4〕ハイブリドーマの作製
最後に細胞を投与した日の約1週間後にマウスの脾臓を摘出してホモジナイズし,脾細胞を分離した。得られた脾細胞をマウスミエローマ細胞株(P3.X63.Ag8.653)とポリエチレングリコール法を用いて細胞融合させた。細胞融合終了後,(1X)HATサプリメント(Life Technologies社)及び10% Ultra low IgGウシ胎児血清(Life Technologies社)を含むRPMI1640培地に細胞を懸濁させ,細胞懸濁液を96ウェルプレート20枚に200μL/ウェルずつ分注した。炭酸ガス培養器(37℃,5%CO2)で細胞を10日間培養した後,各ウェルを顕微鏡下で観察し,単一のコロニーが存在するウェルを選択した。
【0225】
各ウェルの細胞がほぼコンフルエントになった時点で培養上清を回収し,これをハイブリドーマの培養上清として,以下のスクリーニングに供した。
【0226】
〔実施例5〕高親和性抗体産生細胞株のスクリーニング
組換えhTfR溶液(Sino Biologics社)を50mM炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.5~9.6)で希釈して5μg/mLの濃度に調整し,これを固相溶液とした。固相溶液を,Nunc MaxiSorpTM flat-bottom 96ウェルプレート(基材:ポリスチレン,Nunc社製)の各ウェルに50μLずつ添加した後,プレートを室温で1時間静置し,組換えhTfRをプレートに吸着させて固定した。固相溶液を捨て,各ウェルを250μLの洗浄液(PBS-T:0.05% Tween20を含有するPBS)で3回洗浄した後,各ウェルにブロッキング液(1% BSAを含有するPBS)を200μLずつ添加し,プレートを室温で1時間静置した。
【0227】
ブロッキング液を捨て,各ウェルを250μLのPBS-Tで3回洗浄した後,各ウェルにハイブリドーマの培養上清を50μLずつ添加し,プレートを室温で1時間静置し,培養上清に含まれるマウス抗hTfR抗体を組換えhTfRに結合させた。このとき,コントロールとして,マウス抗hTfR抗体を産生しないハイブリドーマの培養上清をウェルに50μL添加したものを置いた。また,各培養上清を加えたウェルの横のウェルに,ハイブリドーマの培養用培地を50μL添加したものを置き,これをモックウェルとした。測定はn=2で実施した。次いで,溶液を捨て,各ウェルを250μLのPBS-Tで3回洗浄した。
【0228】
上記の各ウェルに100μLのHRP標識ヤギ抗マウスイムノグロブリン抗体溶液(プロメガ社)を添加し,プレートを室温で1分間静置した。次いで,溶液を捨て,各ウェルを250μLのPBS-Tで3回洗浄した。次いで,各ウェルに50μLの発色用基質液TMB Stabilized Substrate for Horseradish Peroxidase(プロメガ社)を添加し,室温で10~20分間静置した。次いで,各ウェルに100μLの停止液(2N硫酸)を添加した後,プレートリーダーを用いて各ウェルの450nmにおける吸光度を測定した。各培養上清及びコントロールの2つのウェルの平均値をとり,これらの平均値から,各培養上清及びコントロール毎に置いた2つのモックウェルの平均値をそれぞれ減じたものを測定値とした。
【0229】
高い測定値を示したウェルに添加した培養上清に対応する14種類のハイブリドーマ細胞を,hTfRに対して高親和性を示す抗体(高親和性抗hTfR抗体)を産生する細胞株(高親和性抗体産生細胞株)として選択した。これら14種の細胞株を,クローン1株~クローン14株と番号付けた。これら細胞株からクローン3株を選択し,以下の実験に用いた。また,クローン3株が産生する抗hTfR抗体を,抗hTfR抗体番号3とした。
【0230】
〔実施例6〕高親和性抗hTfR抗体の可変領域のアミノ酸配列の解析
実施例5で選択したクローン3株からcDNAを調製し,このcDNAを鋳型として抗体の軽鎖及び重鎖をコードする遺伝子を増幅させた。増幅させた遺伝子の塩基配列を翻訳し,この細胞株の産生する抗hTfR抗体番号3の抗体について,軽鎖及び重鎖の可変領域のアミノ酸配列を決定した。
【0231】
抗hTfR抗体番号3は,軽鎖の可変領域に配列番号48に記載のアミノ酸配列と,重鎖の可変領域に配列番号49に記載のアミノ酸配列とを含むものであった。また,その軽鎖の可変領域は,CDR1に配列番号6又は7,CDR2に配列番号8又は9,及びCDR3に配列番号10に記載のアミノ酸配列を含んでなり,その重鎖の可変領域は,CDR1に配列番号11又は12,CDR2に配列番号13又は14,及びCDR3に配列番号15又は16に記載のアミノ酸配列を含んでなるものであった。但し,CDRは上記のアミノ酸配列に限られず,これらのアミノ酸配列を含む領域,これらのアミノ酸配列の一部を含む連続した3個以上のアミノ酸からなるアミノ酸配列もCDRとすることができると考えられた。
【0232】
抗hTfR抗体番号3の,軽鎖の可変領域のCDR1~3と重鎖の可変領域のCDR1~3に含まれるアミノ酸配列の配列番号を,表1にまとめて示す。但し,表1は各CDRのアミノ酸配列を例示するものであり,各CDRのアミノ酸配列は表1に記載のアミノ酸配列に限られるものではなく,これらのアミノ酸配列を含む領域のアミノ酸配列,これらのアミノ酸配列の一部を含む連続した3個以上のアミノ酸からなるアミノ酸配列もCDRとし得ると考えられる。
【0233】
【0234】
〔実施例7〕抗hTfR抗体のヒトTfR及びサルTfRへの親和性の測定
抗hTfR抗体とヒトTfR及びサルTfRへの親和性の測定は,バイオレイヤー干渉法(BioLayer Interferometry:BLI)を用いた生体分子相互作用解析システムであるOctetRED96(ForteBio社,a division of Pall Corporation)を用いて実施した。バイオレイヤー干渉法の基本原理について,簡単に説明する。センサーチップ表面に固定された生体分子の層(レイヤー)に特定波長の光を投射したとき,生体分子のレイヤーと内部の参照となるレイヤーの二つの表面から光が反射され,光の干渉波が生じる。測定試料中の分子がセンサーチップ表面の生体分子に結合することにより,センサー先端のレイヤーの厚みが増加し,干渉波に波長シフトが生じる。この波長シフトの変化を測定することにより,センサーチップ表面に固定された生体分子に結合する分子数の定量及び速度論的解析をリアルタイムで行うことができる。測定は,概ねOctetRED96に添付の操作マニュアルに従って実施した。ヒトTfRとしては,N末端にヒスチジンタグが付加した,配列番号1に示されるアミノ酸配列の中でN末端側から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの,hTfRの細胞外領域のアミノ酸配列を有する組換えヒトTfR(rヒトTfR:Sino Biological社)を用いた。サルTfRとしては,N末端にヒスチジンタグが付加した,配列番号2に示されるアミノ酸配列の中でN末端側から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの,カニクイザルのTfRの細胞外領域のアミノ酸配列を有する組換えサルTfR(rサルTfR:Sino Biological社)を用いた。
【0235】
実施例5で選択したクローン3株を,細胞濃度が約2×105個/mLとなるように,(1X)HATサプリメント(Life Technologies社)及び10% Ultra low IgGウシ胎児血清(Life Technologies社)を含むRPMI1640培地で希釈し,1Lの三角フラスコに200mLの細胞懸濁液を加え,37℃で,5%CO2と95%空気からなる湿潤環境で約70rpmの撹拌速度で6~7日間培養した。培養液を遠心操作した後に,0.22μmフィルター(Millipore社)でろ過して,培養上清を回収した。回収した培養上清を,予め150mM NaClを含むカラム体積3倍容の20mM Tris緩衝液(pH8.0)で平衡化しておいたProtein Gカラム(カラム体積:1mL,GEヘルスケア社)に負荷した。次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液によりカラムを洗浄した後,150mM NaClを含むカラム体積の4倍容の50mMグリシン緩衝液(pH2.8)で,吸着した抗体を溶出させ,溶出画分を採取した。溶出画分を1M Tris緩衝液(pH8.0)を添加してpH7.0に調整した。これを抗hTfR抗体番号3の精製品としてとして以下の実験に用いた。
【0236】
抗hTfR抗体番号3の精製品を,HBS-P+(150mM NaCl,50μM EDTA及び0.05% Surfactant P20を含む10mM HEPES)で2段階希釈し,0.78125~50nM(0.117~7.5μg/mL)の7段階の濃度の抗体溶液を調製した。この抗体溶液をサンプル溶液とした。rヒトTfRとrサルTfRとを,それぞれHBS-P+で希釈し,25μg/mLの溶液を調製し,それぞれrヒトTfR-ECD(Histag)溶液及びrサルTfR-ECD(Histag)溶液とした。
【0237】
上記2段階希釈して調製したサンプル溶液を,96 well plate, black(greiner bioone社)に200μL/ウェルずつ添加した。また,上記調製したrヒトTfR-ECD(Histag)溶液及びrサルTfR-ECD(Histag)溶液を,所定のウェルにそれぞれ200μL/ウェルずつ添加した。ベースライン,解離用及び洗浄用のウェルには,HBS-P+を200μL/ウェルずつ添加した。再生用のウェルには,10mM Glycine-HCl,pH1.7を200μL/ウェルずつ添加した。活性化用のウェルには,0.5mM NiCl2溶液を200μL/ウェルずつ添加した。このプレートと,バイオセンサー(Biosensor/Ni-NTA:ForteBio社,a division of Pall Corporation)を,OctetRED96の所定の位置に設置した。
【0238】
OctetRED96を下記の表2に示す条件で作動させてデータを取得後,OctetRED96付属の解析ソフトウェアを用いて,結合反応曲線を1:1結合モデルあるいは2:1結合モデルにフィッティングし,抗hTfR抗体と,rヒトTfR及びrサルTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)を測定し,解離定数(KD)を算出した。なお,測定は25~30℃の温度下で実施した。
【0239】
【0240】
表3に抗hTfR抗体番号3のヒトTfR及びサルTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。
【0241】
【0242】
抗hTfR抗体のヒトTfRへの親和性の測定の結果,抗hTfR抗体番号3のヒトTfRとの解離定数は1×10-12M以下であり,サルTfRとの解離定数も1×10-12M以下であった。これらの結果は,抗hTfR抗体番号3がヒトTfRのみならずサルTfRとも高い親和性を有する抗体であることを示す。
【0243】
〔実施例7-2〕抗hTfR抗体のマウスを用いた脳移行評価
次いで,抗hTfR抗体番号3について,各抗体がBBBを通過して脳内に移行することを,マウストランスフェリン受容体の細胞外領域をコードする遺伝子をヒトトランスフェリン受容体遺伝子の細胞外領域をコードする遺伝子に置換したhTfRノックインマウス(hTfR-KIマウス)を用いて評価した。hTfR-KIマウスは,概ね下記の方法で作製した。また,抗hTfR抗体番号3としては,実施例7で調製した精製品を用いた。
【0244】
細胞内領域がマウスTfRのアミノ酸配列であり,細胞外領域がヒトTfRのアミノ酸配列であるキメラhTfRをコードするcDNAの3’側に,loxP配列で挟み込んだネオマイシン耐性遺伝子を配置した,配列番号45で示される塩基配列を有するDNA断片を化学的に合成した。このDNA断片を,5’アーム配列として配列番号46で示される塩基配列,3’アーム配列として配列番号47で示される塩基配列を有するターゲッティングベクターに,常法により組み込み,これをマウスES細胞にエレクトロポレーション法により導入した。遺伝子導入後のマウスES細胞を,ネオマイシン存在下で選択培養し,ターゲッティングベクターが相同組換えにより染色体に組み込まれたマウスES細胞を選択した。得られた遺伝子組換えマウスES細胞を,ICRマウスの8細胞期胚(宿主胚)へ注入し,精管結紮を行ったマウスとの交配によって得られた偽妊娠マウス(レシピエントマウス)に移植した。得られた産仔(キメラマウス)について毛色判定を行い,ES細胞が生体の形成に高効率で寄与した個体,すなわち全体毛に対する白色毛の占める比率の高い個体を選別した。このキメラマウス個体をICRマウスと掛け合わせてF1マウスを得た。白色のF1マウスを選別し,尻尾の組織より抽出したDNAを解析し,染色体上でマウストランスフェリン受容体遺伝子がキメラhTfRに置き換わっているマウスをhTfR-KIマウスとした。
【0245】
抗hTfR抗体番号3の精製品を,Fluorescein Labeling Kit-NH2(同仁化学研究所)を用いて,添付の操作マニュアルに従ってフルオレセインイソチオシアネート(FITC)により蛍光標識した。このFITC蛍光標識した抗体を含むPBS溶液を調製した。この抗体溶液を,投与される抗hTfR抗体の用量が3mg/kgとなるように,1匹のhTfR-KIマウス(雄,10~12週齢)に静脈注射した。また,コントロールとして,同様にして調製したFITC蛍光標識したマウスIgG1(シグマ社)を含むPBS溶液を,3mg/kgの用量で1匹のhTfR-KIマウス(雄,10~12週齢)に静脈注射した。静脈注射してから約8時間後に生理食塩液で全身潅流し,脳(大脳と小脳を含む部分)を採取した。摘出した脳の重量(湿重量)を測定した後,Protease Inhibitor Cocktail(シグマ社)を含むT-PER(Thermo Fisher Scientific社)を添加して脳組織をホモジネートした。ホモジネートを遠心して上清を回収し,上清中に含まれるFITC蛍光標識した抗体の量を以下の方法で測定した。まず,抗FITC抗体(Bethyl社)をHigh Bind Plate(Meso Scale Diagnostics社)の各ウェルに10μLずつ添加し,1時間静置してプレートに固定させた。次いで,各ウェルにSuperBlock Blocking buffer in PBS(Thermo Fisher Scientific社)を150μLずつ添加し,1時間振盪してプレートをブロッキングした。次いで,各ウェルに脳組織のホモジネートの上清を25μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにSULFO-TAG Anti-Mouse抗体(Goat)(Meso Scale Diagnostics社)を25μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにRead buffer T(Meso Scale Diagnostics社)を150μLずつ添加し,SectorTM Imager 6000 readerを用いて各ウェルからの発光量を測定した。濃度既知のFITC蛍光標識した抗hTfR抗体の標準試料の測定値から検量線を作成し,これに各検体の測定値を内挿することにより,脳のグラム重量(湿重量)当たりに含まれる抗体の量(脳組織中の抗hTfR抗体の濃度)を算出した。その結果を表4に示す。
【0246】
コントロールと比較して,抗hTfR抗体番号3の脳組織中の濃度は,約27.8倍であった。この結果は,抗hTfR抗体番号3が,BBBを積極的に通過して脳内に移行する性質を有することを示すものである。
【0247】
【0248】
〔実施例8〕抗hTfR抗体のサルを用いた薬物動態解析
抗hTfR抗体番号3を,5.0mg/kgの用量で雄性カニクイザルに単回静脈内投与し,投与8時間後に生理食塩液で全身潅流を実施した。また,陰性対照として,抗hTfR抗体を非投与の1匹の個体を同様に全身潅流した。潅流後,延髄を含む脳組織を摘出した。この脳組織を用いて,以下の抗hTfR抗体の濃度測定及び免疫組織化学染色を行った。抗hTfR抗体番号3としては,実施例7に記載の抗体の精製品を用いた。
【0249】
脳組織中の抗hTfR抗体の濃度測定は,概ね以下の手順で行った。採取した組織を,脳組織を大脳,小脳,海馬及び延髄に分けてから,それぞれProtease Inhibitor Cocktail(Sigma-Aldrich社)を含むRIPA Buffer(和光純薬工業株式会社)でホモジネートし遠心して上清を回収した。Affinipure Goat Anti mouse IgG Fcγ pAb(Jackson ImmunoResearch社)をHigh Bind Plate(Meso Scale Diagnostics社)の各ウェルに10μLずつ添加し,1時間静置してプレートに固定した。次いで,各ウェルにSuperBlock blocking buffer in PBS(Thermo Fisher Scientific社)を150μLずつ添加し,1時間振盪し,プレートをブロッキングした。次いで,各ウェルに脳組織のホモジネートの上清を25μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにAffinipure Goat Anti mouse IgG Fab-Biotin(Jackson ImmunoResearch社)を25μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにSULFO-Tag-Streptavidin(Meso Scale Diagnostics社)を25μLずつ添加し,0.5時間振盪した。各ウェルにRead buffer T(Meso Scale Diagnostics社)を150μLずつ添加し,SectorTM Imager 6000 reader(Meso Scale Diagnostics社)を用いて各ウェルからの発光量を測定した。濃度既知の抗hTfR抗体の標準試料の測定値から検量線を作成し,これに各検体の測定値を内挿することにより,各脳組織のグラム重量(湿重量)当たりに含まれる抗体の量(脳組織中の抗hTfR抗体の濃度)を算出した。
【0250】
脳組織中の抗hTfR抗体の濃度測定の結果を表5に示す。大脳,小脳,海馬及び頸髄のすべてにおいて,抗hTfR抗体番号3の蓄積が認められた。これらの結果は,抗hTfR抗体番号3が血液脳関門を通過して脳組織に蓄積する性質を有することを示すものであり,脳組織内で機能させるべき薬剤をこれらの抗体と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができることを示すものである。
【0251】
【0252】
脳組織中の抗hTfR抗体の免疫組織化学染色は,概ね以下の手順で行った。ティシューテッククライオ3DM(サクラファインテック株式会社)を用いて,採取した組織を-80℃にまで急速冷凍し,組織の凍結ブロックを作製した。この凍結ブロックを4μmに薄切後,MASコートスライドガラス(松浪ガラス株式会社)に貼り付けた。組織薄片に4%パラホルムアルデヒド(和光純薬工業株式会社)を4℃で5分間反応させ,組織薄片をスライドガラス上に固定した。続いて,組織薄片に0.3%過酸化水素水を含むメタノール溶液(和光純薬工業株式会社)を30分間反応させ,内因性ペルオキシダーゼを失活させた。次いでスライドガラスをSuperBlock blocking buffer in PBSに30分間室温で反応させてブロッキングした。次いで,組織薄片にMouse IgG-heavy and light chain Antibody(Bethyl Laboratories社)を1時間室温で反応させた。組織薄片を,DAB基質(3,3’-ジアミノベンジジン,Vector Laboratories社)で発色させ,マイヤー・ヘマトキシリン(Merck社)で対比染色を行い,脱水,透徹した後に封入し,光学顕微鏡で観察した。
【0253】
図1に大脳皮質の抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。抗hTfR抗体番号3を投与したサルの大脳皮質では,血管の特異的な染色が確認された(
図1b)。更に,脳血管外の脳実質領域にも広範に特異的な染色が確認された。一方,コントロールとしておいた抗hTfR抗体を非投与のサルの大脳皮質では染色は認められず,バックグラウンドの染色は殆どないことが示された(
図1a)。
【0254】
図2に海馬の抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。抗hTfR抗体番号3を投与したサルの大脳皮質では,血管の特異的な染色が確認された(
図2b)。更に,神経様細胞にも特異的な染色が確認され,また,脳血管外の脳実質領域にも広範に特異的な染色が確認された。一方,コントロールとしておいた抗hTfR抗体を非投与のサルの海馬では染色は認められず,バックグラウンドの染色は殆どないことが示された(
図2a)。
【0255】
図3に小脳の抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。抗hTfR抗体番号3を投与したサルの大脳皮質では,血管の特異的な染色が確認された(
図3b)。更に,プルキンエ細胞にも特異的な染色が確認された。一方,コントロールとしておいた抗hTfR抗体を非投与のサルの小脳では染色は認められず,バックグラウンドの染色は殆どないことが示された(
図3a)。
【0256】
以上の大脳,海馬及び小脳の免疫組織化学染色の結果から,抗hTfR抗体番号3は,脳血管内皮表面に存在するhTfRへ結合することができ,且つ,hTfRへの結合後,血液脳関門を通過して脳実質内へ移行し,さらに海馬においては脳実質内から神経様細胞にまで,小脳においてはプルキンエ細胞にまで取り込まれることがわかった。
【0257】
〔実施例9〕ヒト化抗hTfR抗体の作製
抗hTfR抗体番号3の軽鎖及び重鎖の可変領域に含まれるアミノ酸配列のヒト化を試みた。そうして,配列番号17~配列番号22に示されるアミノ酸配列を有するヒト化された軽鎖の可変領域と,配列番号31~配列番号36に示されるアミノ酸配列を有するヒト化された重鎖の可変領域を得た(ヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列1~6,及びヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖の可変領域のアミノ酸配列1~6)。
【0258】
〔実施例10〕ヒト化抗hTfR抗体をコードする遺伝子の構築
上記の抗hTfR抗体番号3について,それぞれヒト化抗hTfR抗体の軽鎖及び重鎖の可変領域を含む,軽鎖及び重鎖の全長をコードする遺伝子を含むDNA断片を人工的に合成した。このとき,軽鎖の全長をコードする遺伝子の5’側には,5’端から順にMluI配列とリーダーペプチドをコードする配列とを,3’側にはNotI配列を導入した。また,重鎖の全長をコードする遺伝子の5’側には,5’端から順にMluI配列とリーダーペプチドをコードする配列とを,3’側にはNotI配列を導入した。なお,ここで導入したリーダーペプチドは,ヒト化抗体の軽鎖及び重鎖をホスト細胞である哺乳動物細胞で発現させたときに,軽鎖及び重鎖が細胞外に分泌されるように,分泌シグナルとして機能するものである。
【0259】
抗hTfR抗体番号3の軽鎖については,可変領域に配列番号18で示されるアミノ酸配列を有する,配列番号23で示されるアミノ酸配列の軽鎖(以下,ヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖)の全長をコードするDNA断片(配列番号24)を合成した。抗hTfR抗体番号3の重鎖については,可変領域に配列番号32で示されるアミノ酸配列を有する,配列番号37で示されるアミノ酸配列の重鎖(以下,ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖)の全長をコードするDNA断片(配列番号38)を合成した。配列番号38で示されるDNA断片にコードされるヒト化抗hTfR抗体の重鎖はIgG1である。
【0260】
抗hTfR抗体番号3の軽鎖については,可変領域に配列番号20で示されるアミノ酸配列を有する,配列番号25で示されるアミノ酸配列の軽鎖(以下,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2の軽鎖)の全長をコードするDNA断片(配列番号26)と,可変領域に配列番号21で示されるアミノ酸配列を有する,配列番号27で示されるアミノ酸配列の軽鎖(以下,ヒト化抗hTfR抗体番号3-3の軽鎖)の全長をコードするDNA断片(配列番号28)と,可変領域に配列番号22で示されるアミノ酸配列を有する,配列番号29で示されるアミノ酸配列の軽鎖(以下,ヒト化抗hTfR抗体番号3-4の軽鎖)の全長をコードするDNA断片(配列番号30)も合成した。
【0261】
更に,抗hTfR抗体番号3の重鎖については,可変領域に配列番号32で示されるアミノ酸配列を有する,配列番号39で示されるアミノ酸配列の重鎖(以下,ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖IgG4)の全長をコードするDNA断片(配列番号40)を合成した。この配列番号40で示されるDNA断片にコードされるヒト化抗hTfR抗体の重鎖はIgG4である。
【0262】
〔実施例11〕ヒト化抗hTfR抗体発現ベクターの構築
pEF/myc/nucベクター(インビトロジェン社)を,KpnIとNcoIで消化し,EF-1αプロモーターおよびその第一イントロンを含む領域を切り出し,これをT4 DNAポリメラーゼで平滑末端化処理した。pCI-neo(インビトロジェン社)を,BglIIおよびEcoRIで消化して,CMVのエンハンサー/プロモーターおよびイントロンを含む領域を切除した後に,T4 DNAポリメラーゼで平滑末端化処理した。これに,上記のEF-1αプロモーターおよびその第一イントロンを含む領域を挿入して,pE-neoベクターを構築した。pE-neoベクターを,SfiIおよびBstXIで消化し,ネオマイシン耐性遺伝子を含む約1kbpの領域を切除した。pcDNA3.1/Hygro(+)(インビトロジェン社)を鋳型にしてプライマーHyg-Sfi5’(配列番号43)およびプライマーHyg-BstX3’(配列番号44)を用いて,PCR反応によりハイグロマイシン遺伝子を増幅した。増幅したハイグロマイシン遺伝子を,SfiIおよびBstXIで消化し,上記のネオマイシン耐性遺伝子を切除したpE-neoベクターに挿入して,pE-hygrベクターを構築した。
【0263】
pE-hygrベクター及びpE-neoベクターをそれぞれMluIとNotIで消化した。実施例10で合成したヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖をコードするDNA断片(配列番号24)と重鎖をコードするDNA断片(配列番号38)をMluIとNotIで消化し,それぞれpE-hygrベクターとpE-neoベクターのMluI-NotI間に挿入した。得られたベクターを,それぞれヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖発現用ベクターのpE-hygr(LC3),ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖発現用ベクターのpE-neo(HC3)として以下の実験に用いた。
【0264】
更に,抗hTfR抗体番号3の軽鎖については,実施例10で合成したヒト化抗hTfR抗体番号3-2の軽鎖をコードするDNA断片(配列番号26),ヒト化抗hTfR抗体番号3-3の軽鎖をコードするDNA断片(配列番号28),及びヒト化抗hTfR抗体番号3-4の軽鎖をコードするDNA断片(配列番号30)をMluIとNotIで消化し,pE-hygrベクターのMluI-NotI間に挿入し,それぞれヒト化抗hTfR抗体番号3-2の軽鎖発現用ベクターのpE-hygr(LC3-2),ヒト化抗hTfR抗体番号3-3の軽鎖発現用ベクターのpE-hygr(LC3-3),及びヒト化抗hTfR抗体番号3-4の軽鎖発現用ベクターのpE-hygr(LC3-4)を構築した。
【0265】
更に同様に,抗hTfR抗体番号3の重鎖については,実施例10で合成したヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖IgG4をコードするDNA断片(配列番号40)をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluI-NotI間に挿入し,ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖IgG4発現用ベクターのpE-neo(HC3-IgG4)を構築した。
【0266】
〔実施例12〕ヒト化抗hTfR抗体発現用細胞の構築
CHO細胞(CHO-K1:American Type Culture Collectionから入手)を,下記の方法により,GenePulser(Bio-Rad社)を用いて,実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3)及び重鎖発現用ベクターpE-neo(HC3)で形質転換した。細胞の形質転換は概ね以下の方法で行った。5×105個のCHO-K1細胞をCD OptiCHOTM培地(ライフテクノロジー社)を添加した3.5cm培養ディッシュに播種し,37℃,5%CO2の条件下で一晩培養した。培地をOpti-MEMTM I培地(ライフテクノロジー社)に交換し,細胞を5×106細胞/mLの密度となるように懸濁した。細胞懸濁液100μLを採取し,これにOpti-MEMTM I培地で100μg/mLに希釈したpE-hygr(LC3)及びpE-neo(HC3)プラスミドDNA溶液を5μLずつ添加した。GenePulser(Bio-Rad社)を用いて,エレクトロポレーションを実施し,細胞にプラスミドを導入した。細胞を,37℃,5%CO2の条件下で一晩培養した後,0.5mg/mLのハイグロマイシン及び0.8mg/mLのG418を添加したCD OptiCHOTM培地で選択培養した。
次いで,限界希釈法により,1ウェルあたり1個以下の細胞が播種されるように,96ウェルプレート上に選択培養で選択された細胞を播種し,各細胞が単クローンコロニーを形成するように約10日間培養した。単クローンコロニーが形成されたウェルの培養上清を採取し,培養上清中のヒト化抗体含量をELISA法にて調べ,ヒト化抗体高発現細胞株を選択した。
【0267】
このときのELISA法は概ね以下の方法で実施した。96ウェルマイクロタイタープレート(Nunc社)の各ウェルに,ヤギ抗ヒトIgGポリクローナル抗体溶液を0.05M炭酸水素塩緩衝液(pH9.6)で4μg/mLに希釈したものを100μLずつ加え,室温で少なくとも1時間静置して抗体をプレートに吸着させた。次いで,PBS-Tで各ウェルを3回洗浄後,Starting Block(PBS) Blocking Buffer(Thermo Fisher Scientific社)を各ウェルに200μLずつ加えてプレートを室温で30分静置した。各ウェルをPBS-Tで3回洗浄した後,PBSに0.5%BSA及び0.05%Tween20を添加したもの(PBS-BT)で適当な濃度に希釈した培養上清又はヒトIgG標準品を,各ウェルに100μLずつ加え,プレートを室温で少なくとも1時間静置した。プレートをPBS-Tで3回洗浄した後,PBS-BTで希釈したHRP標識抗ヒトIgGポリクロ-ナル抗体溶液を,各ウェルに100μLずつ加え,プレートを室温で少なくとも1時間静置した。PBS-Tで各ウェルを3回洗浄後,リン酸-クエン酸緩衝液(pH5.0)を含む0.4mg/mL o-フェニレンジアミンを100μLずつ各ウェルに加え,室温で8~20分間静置した。次いで,1mol/L硫酸を100μLずつ各ウェルに加えて反応を停止させ,96ウェルプレートリーダーを用いて,各ウェルの490nmにおける吸光度を測定した。高い測定値を示したウェルに対応する細胞を,ヒト化抗hTfR抗体番号3の高発現細胞株とした。これを抗体番号3発現株とした。
【0268】
更に同様にして,実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3-2)及び重鎖発現用ベクターpE-neo(HC3)を用いてCHO細胞を形質転換させて,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2の高発現細胞株を得た。これを抗体番号3-2発現株とした。
【0269】
更に同様にして,実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3-3)及び重鎖発現用ベクターpE-neo(HC3)を用いてCHO細胞を形質転換させて,ヒト化抗hTfR抗体番号3-3の高発現細胞株を得た。これを抗体番号3-3発現株とした。
【0270】
更に同様にして,実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3-4)及び重鎖発現用ベクターpE-neo(HC3)を用いてCHO細胞を形質転換させて,ヒト化抗hTfR抗体番号3-4の高発現細胞株を得た。これを抗体番号3-4発現株とした。
【0271】
更に同様にして,実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3)及び重鎖発現用ベクターpE-neo(HC3-IgG4)を用いてCHO細胞を形質転換させて,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)の高発現細胞株を得た。これを抗体番号3(IgG4)発現株とした。
【0272】
更に同様にして,実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3-2)及び重鎖発現用ベクターpE-neo(HC3-IgG4)を用いてCHO細胞を形質転換させて,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)の高発現細胞株を得た。これを抗体番号3-2(IgG4)発現株とした。
【0273】
〔実施例13〕ヒト化抗hTfR抗体の精製
実施例12で得られた抗体番号3発現株,抗体番号3-2発現株,抗体番号3-3発現株及び抗体番号3-4発現株を,それぞれ細胞濃度が約2×105個/mLとなるように,CD OptiCHOTM培地で希釈し,1Lの三角フラスコに200mLの細胞懸濁液を加え,37℃で,5%CO2と95%空気からなる湿潤環境で約70rpmの撹拌速度で6~7日間培養した。培養上清を遠心操作により回収し,0.22μmフィルター(Millipore社)でろ過して,培養上清とした。回収した培養上清に,150mM NaClを含む5倍容の20mM Tris緩衝液(pH8.0)を添加し,予め150mM NaClを含むカラム体積3倍容の20mM Tris緩衝液(pH8.0)で平衡化しておいたProtein Aカラム(カラム体積:1mL,Bio-Rad社)に負荷した。次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液によりカラムを洗浄した後,150mM NaClを含むカラム体積の4倍容の50mMグリシン緩衝液(pH2.8)で,吸着したヒト化抗体を溶出させ,溶出画分を採取した。溶出画分に1M Tris緩衝液(pH8.0)を添加して中和して,これを抗体の精製品とした。
【0274】
ここで,抗体番号3発現株の培養上清から精製された抗体は,ヒト化抗hTfR抗体番号3とした。抗体番号3-2発現株の培養上清から精製された抗体は,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2とした。抗体番号3-3発現株の培養上清から精製された抗体は,ヒト化抗hTfR抗体番号3-3とした。また,抗体番号3-4発現株の培養上清から精製された抗体は,ヒト化抗hTfR抗体番号3-4とした。
【0275】
また,実施例12で得られた抗体番号3(IgG4)発現株,及び抗体番号3-2(IgG4)発現株についても上記と同様に培養して,その培養上清から,それぞれ精製されたヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を得た。これら2種の抗体は,実施例15に記載されたサルを用いた薬物動態解析に用いた。
【0276】
〔実施例14〕ヒト化抗hTfR抗体のヒトTfR及びサルTfRへの親和性の測定
実施例13で得たヒト化抗hTfR抗体のヒトTfR及びサルTfRへの親和性を,実施例7に記載の方法で測定した。表6にヒト化抗hTfR抗体番号3~3-4(表中,No.3~3-4にそれぞれ対応)のヒトTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。
【0277】
【0278】
表7にヒト化抗hTfR抗体番号3~3-4(表中,抗体番号3~3-4にそれぞれ対応)のサルTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。
【0279】
【0280】
ヒト化抗hTfR抗体番号3~3-4のヒトTfRへの親和性の測定の結果,ヒト化抗hTfR抗体番号3及び3-4抗体で,ヒトTfRとの解離定数は1×10-12M未満であった(表6)。また,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2及び3-3のヒトTfRとの解離定数は,それぞれ2.39×10-11Mと2.09×10-11Mであった。一方,これら抗体に対応するヒト化前の抗hTfR抗体(抗体番号3)のヒトTfRとの解離定数は,1×10-12M未満であった(表3)。これらの結果は,抗hTfR抗体のヒトTfRへの高い親和性が,抗体をヒト化する前後で維持されることを示すものである。
【0281】
次いで,ヒト化抗hTfR抗体のサルTfRへの親和性の測定の結果をみると,ヒト化抗hTfR抗体番号3~3-4は,ヒト化前のこれら抗体に対応する抗hTfR抗体番号3のサルTfRとの解離定数が1×10-12M未満であったものが,ヒト化後は2.60×10-10M~1.91×10-9Mと,サルTfRへの親和性の低下が観察された(表3,表7)。ヒト化抗hTfR抗体番号3では,サルTfRへの親和性の低下が観察されたものの,これらの結果は,抗hTfR抗体のサルTfRへの高い親和性は,抗体をヒト化する前後で喪失することなく概ね維持されることを示すものである。
【0282】
〔実施例15〕ヒト化抗hTfR抗体のサルを用いた薬物動態解析
ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)の4種の抗体を用いて,サルを用いた薬物動態解析を行った。なお,ヒト化抗hTfR抗体番号3は重鎖がIgG1であり,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)はヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖を可変領域はそのままにしてIgG4としたものである。また,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2は重鎖がIgG1であり,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)はヒト化抗hTfR抗体番号3-2の重鎖を可変領域はそのままにしてIgG4としたものである。これら4種の抗体を,それぞれ,5.0mg/kgの用量でそれぞれ雄性カニクイザルに単回静脈内投与し,投与前,投与後2分,30分,2時間,4時間及び8時間後に末梢血を採取し,採血後に全身潅流を実施した。また,陰性対照として,HER2蛋白に対するヒト化抗体であるトラスツズマブ(ハーセプチンTM,中外製薬)を,同様にして一匹の個体に投与し,投与前,投与後2分,30分,2時間,4時間及び8時間後に末梢血を採取し,採血後に全身潅流を実施した。潅流後,延髄を含む脳組織,脊髄組織及びその他の組織(肝臓,心臓,脾臓及び骨髄を含む)を摘出した。この脳組織,脊髄組織及びその他の組織を用いて,以下のヒト化抗hTfR抗体の濃度測定及び免疫組織化学染色を行った。
【0283】
組織中及び末梢血中のヒト化抗hTfR抗体の濃度測定は,概ね以下の手順で行った。なお,脳については採取した組織を,大脳皮質,小脳,海馬及び延髄に分けてからヒト化抗hTfR抗体の濃度測定を行った。採取した組織を,それぞれProtease Inhibitor Cocktail(Sigma-Aldrich社)を含むRIPA Buffer(和光純薬工業株式会社)でホモジネートし遠心して上清を回収した。末梢血については血清を分離した。Anti-Human Kappa Light Chain Goat IgG Biotin(株式会社免疫生物研究所),Sulfo-tag anti-human IgG(H+L)antibody(Bethyl社)及び脳組織ホモジネートをSuperBlock blocking buffer in PBS(Thermo Fisher Scientific社)でブロッキングを実施したストレプトアビジンプレート(Meso Scale Diagnostics社)に添加し,1時間振盪してプレートに固定した。次いで,各ウェルにRead buffer T(Meso Scale Diagnostics社)を150μLずつ添加し,SectorTM Imager 6000 readerを用いて各ウェルからの発光量を測定した。濃度既知の抗hTfR抗体の標準試料の測定値から検量線を作成し,これに各検体の測定値を内挿することにより,各組織中及び末梢血中に含まれる抗体の量を算出した。濃度の測定は各サンプルにつき3回繰り返し行った。
【0284】
脳組織及び脊髄組織中のヒト化抗hTfR抗体の濃度測定の結果を表8に示す。
【0285】
【0286】
ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)の抗体ともに,大脳皮質,小脳,海馬,延髄及び脊髄での蓄積が認められた(表8)。その量は,ヒト化抗hTfR抗体番号3では,陰性対照のトラスツズマブ(ハーセプチンTM)と比較して,大脳皮質で約82倍,小脳で約68倍,海馬で約92倍,延髄で約54倍,脊髄で約3.1倍であり,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2では,陰性対照のトラスツズマブと比較して,大脳皮質で約128倍,小脳で約80倍,海馬で約136倍,延髄で約63倍,脊髄で約3.1倍であり,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)では,陰性対照のトラスツズマブと比較して,大脳皮質で約79倍,小脳で約66倍,海馬で約106倍,延髄で約54倍,脊髄で約3.1倍であり,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)では,陰性対照のトラスツズマブと比較して,大脳皮質で約93倍,小脳で約63倍,海馬で約117倍,延髄で約66倍,脊髄で約3.2倍であった(表9)。これらの結果は,これら4種のヒト化抗hTfR抗体が,血液脳関門を通過して脳組織に蓄積する性質を有することを示すものであり,脳組織内で機能させるべき薬剤をこれらの抗体と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができること示すものである。
【0287】
【0288】
次いで,肝臓,心臓,脾臓及び骨髄の各組織中のヒト化抗hTfR抗体の濃度測定の結果を
図4に示す。肝臓,及び脾臓では,4種類のヒト化抗hTfR抗体及び陰性対照のトラスツズマブのいずれにおいても蓄積が認められたが,その量はヒト化抗hTfR抗体とトラスツズマブで同等であった。心臓では,ヒト化抗hTfR抗体が陰性対照のトラスツズマブと比較して,蓄積量が多い傾向にあったが,その量は陰性対照の1.5倍~2.8倍程度に留まった。骨髄では,ヒト化抗hTfR抗体が,陰性対照のトラスツズマブと比較して,顕著に蓄積量が多い傾向にあり,その量は陰性対照の3.5~16倍であった。骨髄へのヒト化抗hTfR抗体の蓄積は,造血器官である骨髄ではTfRの発現量が多く,TfRと結合することにより多くのヒト化抗hTfR抗体が陰性対照と比較して蓄積したためと考えられる。これらのデータは,これら4種のヒト化抗hTfR抗体が,中枢神経系である大脳,小脳,海馬及び延髄に特異的に蓄積する性質を有することを示すものであり,脳組織内で機能させるべき薬剤をこれらの抗体と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができること示すものである。
【0289】
次いで,ヒト化抗hTfR抗体の血中動態の測定結果を表9-2に示す。4種類のヒト化抗hTfR抗体は,陰性対照のトラスツズマブと同様に,投与後8時間においても血中濃度が60μg/mL以上の高値を示し,血中で安定であることが示された(表9-2)。
【0290】
【0291】
脳組織中のヒト化抗hTfR抗体の免疫組織化学染色は,実施例8に記載の方法で行った。但し,このとき,Mouse IgG-heavy and light chain Antibody(Bethyl Laboratories社)に替えてHuman IgG-heavy and light chain Antibody(Bethyl Laboratories社)を用いた。
【0292】
図5に大脳皮質のヒト化抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与したサルの大脳皮質では,血管及び神経様細胞の特異的な染色が確認された(それぞれ
図5b~e)。特に,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2を投与したサルの大脳皮質(
図5c)では,脳血管外の脳実質領域にも広範に特異的な染色が確認された。なお,コントロールとしておいたハーセプチンを投与したサルの大脳皮質では染色は認められず,
図5b~eで観察された組織染色が,ヒト化抗hTfR抗体に特異的なものであることが示された(
図5a)。
【0293】
図6に海馬のヒト化抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与したサルの海馬では,血管及び神経様細胞の特異的な染色が確認された(それぞれ
図6b~e)。なお,コントロールとしておいたハーセプチンを投与したサルの海馬では染色は認められず,
図6b~eで観察された組織染色が,ヒト化抗hTfR抗体に特異的なものであることが示された(
図6a)。
【0294】
図7に小脳のヒト化抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与したサルの小脳では,血管及びプルキンエ細胞の特異的な染色が確認された(それぞれ
図7b~e)。なお,コントロールとしておいたハーセプチンを投与したサルの小脳では染色は認められず,
図7b~eで観察された組織染色が,ヒト化抗hTfR抗体に特異的なものであることが示された(
図7a)。
【0295】
図8に延髄のヒト化抗hTfR抗体の免疫組織化学染色の結果を示す。ヒト化抗hTfR抗体番号3,ヒト化抗hTfR抗体番号3-2,ヒト化抗hTfR抗体番号3(IgG4)及びヒト化抗hTfR抗体番号3-2(IgG4)を投与したサルの延髄では,血管及び神経様細胞の特異的な染色が確認された(それぞれ
図8b~e)。なお,コントロールとしておいたハーセプチンを投与したサルの延髄では染色は認められず,
図8b~eで観察された組織染色が,ヒト化抗hTfR抗体に特異的なものであることが示された(
図8a)。
【0296】
上記実施例8の大脳及び小脳の免疫組織化学染色の結果からは,ヒト化前のマウス抗体である抗hTfR抗体番号3は,脳血管内皮表面に存在するhTfRへ結合することができ,且つ,hTfRへの結合後,血液脳関門を通過して脳実質内へ移行し,さらに海馬においては脳実質内から神経様細胞にまで,小脳においてはプルキンエ細胞にまで,取り込まれることを示すものであった。
【0297】
実施例15の大脳,海馬,小脳及び延髄の免疫組織化学染色の結果からは,実験に供した抗hTfR抗体番号3をヒト化して得られた4種類のヒト化抗hTfR抗体は,脳血管内皮表面に存在するhTfRへ結合し,且つ,hTfRへの結合後,血液脳関門を通過して脳実質内へ移行し,さらに大脳皮質においては神経様細胞にまで,海馬においては脳実質内から神経様細胞にまで,小脳においてはプルキンエ細胞にまで,延髄においては神経様細胞に取り込まれることがわかった。
【0298】
〔実施例15-2〕hBDNF-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質(hBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質)発現用細胞の作製
配列番号56で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFのプロ体のC末端側に,Gly-Serに続いて配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが5回繰り返される計27個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号77で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体Fab重鎖を融合させた融合蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号78で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。ここで,配列番号77で示されるアミノ酸配列は,配列番号37で示されるアミノ酸配列のN末端側から1番目~226番目に相当する。ここでN末端側から1番目~118番目のアミノ酸配列が配列番号32(ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖の可変領域のアミノ酸配列2)に相当し,119番目~216番目のアミノ酸配列がCH1領域に相当し,217番目~226番目のアミノ酸配列がヒンジ部に相当する。
【0299】
このDNA断片は,配列番号79で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFのプロ体とヒト化抗hTfR抗体Fab重鎖の融合蛋白質をコードする。配列番号79で示されるアミノ酸配列を有する融合蛋白質は,発現後にプロセシングを受けて,配列番号80で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体Fab重鎖の融合蛋白質となる。配列番号79で示されるアミノ酸配列において,N末端側から1番目~110番目のアミノ酸配列が,hBDNFがプロ体から成熟型へプロセシングされる際に除去される部分である。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(BDNF-Fab HC-1)を構築した。
【0300】
CHO細胞(CHO-K1:American Type Culture Collectionから入手)を,実施例12に記載方法により,pE-neo(BDNF-Fab HC-1)と実施例11で構築したpE-hygr(LC3)で形質転換し,hBDNFとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質を発現する細胞株を得た。この細胞株を,hBDNF-抗hTfR抗体(3)1発現株とした。この細胞株が発現するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質をhBDNF-抗hTfR抗体(3)1とした。
【0301】
〔実施例15-3〕hBDNF-抗hTfR抗体(3)1の作製
実施例15-2で得られたhBDNF-抗hTfR抗体(3)1発現株を用いて,実施例13に記載の方法で,hBDNF-抗hTfR抗体(3)1の精製品を得た。
【0302】
〔実施例16〕ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖への変異導入
配列番号37で示されるヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖の可変領域において,CDR1を配列番号12で示されるものとしたときの,当該CDR1のアミノ酸配列を1個置換するとともに,フレームワーク領域3のアミノ酸配列を1個置換するヒト化抗体の重鎖を作成した。この新たな抗体の重鎖は,CDR1に配列番号66(又はこれを含む配列番号67)のアミノ酸配列を含み,フレームワーク領域3に配列番号68のアミノ酸配列を含むものであり,従って,配列番号37で示されるヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖のアミノ酸配列を構成するアミノ酸を2個置換したものである。この新たな抗体(ヒト化抗hTfR抗体番号3N)の重鎖は,配列番号70のアミノ酸配列を含み,その可変領域は配列番号69で示されるアミノ酸配列を含んでなる。
【0303】
表10にヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖における配列番号12のCDR1とヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖における配列番号66のCDR1とのアラインメントを示した。当該アラインメントにおいて,N末端側から5番目のアミノ酸が,トレオニンからメチオニンに置換されている。
【0304】
表11には,ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖におけるフレームワーク領域3(配列番号83)とヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖におけるフレームワーク領域3(配列番号68)のアミノ酸配列のアラインメントを示す。当該アラインメントにおいて,N末端側から17番目のアミノ酸が,トリプトファンからロイシンに置換されている。
【0305】
【0306】
【0307】
〔実施例17〕ヒト化抗hTfR抗体番号3N発現用細胞の構築
配列番号70で示されるアミノ酸配列からなる抗体の重鎖をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号71)を人工的に合成した。このDNA断片の5’側には,5’端から順にMluI配列とリーダーペプチドをコードする配列とを,3’側にはNotI配列を導入した。こうして合成したDNAを実施例11に記載の方法でpE-neoベクターに組み込み,得られたベクターを,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖発現用ベクターのpE-neo(HC3)Nとした。このpE-neo(HC3)Nと実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3)とを用いて,実施例12に記載の方法でCHO細胞を形質転換させて,ヒト化抗hTfR抗体番号3N発現株を得た。
【0308】
〔実施例18〕ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの精製
実施例17で得られたヒト化抗hTfR抗体番号3N発現株を用いて,実施例13に記載の方法で,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの精製品を得た。なお,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nは,ヒト化抗hTfR抗体番号3の重鎖のアミノ酸配列中,表10及び表11で示される2箇所のアミノ酸を置換したものである。一方,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nとヒト化抗hTfR抗体番号3の軽鎖のアミノ酸配列は同一である。
【0309】
〔実施例19〕ヒト化抗hTfR抗体番号3とヒト化抗hTfR抗体番号3NのヒトTfR及びサルTfRへの親和性の比較
実施例13で得たヒト化抗hTfR抗体番号3と実施例17で得たヒト化抗hTfR抗体番号3NのヒトTfRへの親和性を,実施例7に記載の方法で測定した。表12にそれぞれの抗体のヒトTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。なお,ヒト化抗hTfR抗体番号3のヒトTfRへの親和性を示す測定値は,表6に示されたものと異なるが,実験誤差である。
【0310】
【0311】
実施例13で得たヒト化抗hTfR抗体番号3と実施例18で得たヒト化抗hTfR抗体番号3NのサルTfRへの親和性を,実施例7に記載の方法で測定した。表13にそれぞれの抗体のサルTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。なお,ヒト化抗hTfR抗体番号3のサルTfRへの親和性を示す測定値は,表7に示されたものと異なるが,実験誤差である。
【0312】
【0313】
ヒト化抗hTfR抗体番号3N及びヒト化抗hTfR抗体番号3のサルTfRとのKD値を比較すると,前者が5.07×10-11Mであり後者が1.32×10-9Mであり,ヒト化抗hTfR抗体番号3NとサルTfRとのKD値は,ヒト化抗hTfR抗体番号3のそれと比較して,約30分の1であった。一方,ヒト化抗hTfR抗体番号3N及びヒト化抗hTfR抗体番号3のヒトTfRとのKD値を比較すると,いずれも1×10-12M未満であり,いずれの抗体もヒトTfRに高い親和性を有するものであった。また,いずれの抗体もサルTfRへの親和性よりもヒトTfRに高い親和性を有する。
【0314】
ヒト化抗hTfR抗体を薬剤として開発する際に実施する非臨床試験の一環として,サルを用いた薬理試験を実施する場合が多い。ここで,サルを用いた薬理試験の結果は,ヒトを用いた臨床試験を実施する妥当性を判断するために用いられるので,サル体内での挙動が,ヒトに投与したときの挙動とより近似するものであることが好ましい。上記の結果のとおり,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nは,サルTfRへの親和性がヒト化抗hTfR抗体番号3の約30倍の高値を示すことから,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nのサル体内での挙動は,ヒトに投与したときの挙動とより近似するといえる。従って,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nを用いることにより,サルを用いた試験で,よりヒトに投与したときの挙動を反映した結果が得られる。従って,サルを用いた試験により,ヒトを用いた臨床試験を実施する際の判断材料として,より有益な結果が得られることになる。
【0315】
〔実施例20〕ヒト化抗hTfR抗体番号3とヒト化抗hTfR抗体番号3Nのサルを用いた脳組織への移行性の比較
実施例13で得たヒト化抗hTfR抗体番号3と実施例17で得たヒト化抗hTfR抗体番号3Nを,それぞれ,5.0mg/kgの用量でそれぞれ雄性カニクイザルに単回静脈内投与し,投与8時間後に全身潅流を実施した。潅流後,延髄を含む脳組織及び脊髄組織を摘出した。脳組織については,摘出後に大脳皮質,小脳,海馬及び延髄に分けた。
【0316】
各組織に含まれるヒト化抗hTfR抗体の濃度測定は,実施例15に記載の測定法に準じて行った。
【0317】
脳組織中の抗hTfR抗体の濃度測定の結果を表14に示す。ヒト化抗hTfR抗体番号3Nとヒト化抗hTfR抗体番号3の大脳,小脳,海馬における濃度を比較すると,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの濃度は,大脳においては約1.42倍,小脳においては約1.56倍,海馬においては約1.29倍と,ヒト化抗hTfR抗体番号3よりも高い値を示した。延髄においては両者の濃度はほぼ同等だった。頸椎においても,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの濃度は,約1.47倍と,ヒト化抗hTfR抗体番号3よりも高い値を示した。これらの結果は,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nがヒト化抗hTfR抗体番号3と比較して,より効率よく血液脳関門を通過して大脳,小脳,海馬等の脳組織に蓄積する性質を有することを示すものである。すなわち,ヒト化抗hTfR抗体番号3Nは,脳組織内で機能させるべき薬剤をこれらの抗体と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができる性質を有することを示すものである。
【0318】
【0319】
〔実施例20-2〕hFc-ヒト化抗hTfR抗体発現用細胞の作製
配列番号81で示されるアミノ酸配列からなるヒトIgG Fc領域が導入されたヒト化抗hTfR抗体3NのFab重鎖のアミノ酸配列をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号82)を人工的に合成した。このDNA断片の5’側には,5’端から順にMluI配列とリーダーペプチドをコードする配列とが,3’側にはNotI配列が導入されている。こうして合成したDNAを実施例11に記載の方法でpE-neoベクターに組み込み,得られたベクターをpE-neo(Fc-Fab HC(3N))とした。このpE-neo(Fc-Fab HC(3N))と実施例11で構築した軽鎖発現用ベクターpE-hygr(LC3)とを用いて,実施例12に記載の方法でCHO細胞を形質転換させて,Fc-Fab(3N)発現株を得た。
【0320】
〔実施例20-3〕hFc-ヒト化抗hTfR抗体の作製
Fc-Fab(3N)発現株を用いて,実施例13に記載の方法で,Fc-Fab(3N)の精製品を得た。
【0321】
〔実施例20-4〕hFc-ヒト化抗hTfR抗体のヒトTfR及びサルTfRへの親和性の比較
実施例20-3で得られたFc-Fab(3N)の精製品のヒトTfR及びサルTfRへの親和性を,実施例7に記載の方法で測定した。結果を表14-2に示す。この結果は,Fc-Fab(3N)は,脳組織内で機能させるべき薬剤をこれらの抗体と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができる性質を有することを示すものである。
【0322】
【0323】
〔実施例20-5〕hFc-ヒト化抗hTfR抗体のサルを用いた脳組織への移行性の測定
実施例20-3で得られたFc-Fab(3N)を,5.0mg/kgの用量で雄性カニクイザルに単回静脈内投与し,投与8時間後に全身潅流を実施した。潅流後,延髄を含む脳組織及び脊髄組織を摘出した。脳組織については,摘出後に大脳皮質,小脳,海馬及び延髄に分けた。
【0324】
各組織に含まれるヒト化抗hTfR抗体の濃度測定は,実施例15に記載の測定法に準じて行った。
【0325】
脳組織中の抗hTfR抗体の濃度測定の結果を表14-3に示す。Fc-Fab(3N)の大脳,小脳,海馬における濃度は、それぞれ、0.80μg/g湿重量、0.80μg/g湿重量、及び1.05μg/g湿重量であった。また、延髄及び頸髄における濃度は、それぞれ、0.67μg/g湿重量及び0.68μg/g湿重量であった。これらの結果は、Fabであるヒト化抗hTfR抗体のN末端側にFc領域を結合させた場合であっても、抗hTfR抗体がBBBを通過できることを示すものである。したがって、FabにBDNFを結合させた結合体が、生体内に投与したときに不安定である場合に、FabのN末端側にFc領域に結合させることにより、BBBを通過する特性を維持させつつ、かかる結合体を生体内で安定化、例えば、当該結合体の血中半減期を増加させることができる。
【0326】
【0327】
〔実施例21〕hBDNF-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質(hBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質)発現用細胞の作製
(1)配列番号56で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFのプロ体のC末端側に,配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが5回繰り返される計25個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号61で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体3NFab重鎖を融合させた融合蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号62で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。ここで,配列番号61で示されるアミノ酸配列は,配列番号70で示されるヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖のアミノ酸配列のN末端側から1番目~226番目に相当する。ここでN末端側から1番目~118番目のアミノ酸配列が配列番号69(ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖の可変領域のアミノ酸配列)に相当し,119番目~216番目のアミノ酸配列がCH1領域に相当し,217番目~226番目のアミノ酸配列がヒンジ部に相当する。
【0328】
このDNA断片は,配列番号63で示されるアミノ酸配列を有する,hBDNFのプロ体とヒト化抗hTfR抗体3NFab重鎖の融合蛋白質をコードする。配列番号63で示されるアミノ酸配列を有する融合蛋白質は,発現後にプロセシングを受けて,配列番号65で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体Fab重鎖の融合蛋白質となる。配列番号63で示されるアミノ酸配列において,N末端側から1番目~110番目のアミノ酸配列が,hBDNFがプロ体から成熟型へプロセシングされる際に除去される部分である。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(BDNF-Fab HC(3N))を構築した。
【0329】
(2)また,配列番号56で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFのプロ体のC末端側に,配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが5回繰り返される計25個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号75のFc領域の配列,配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが5回繰り返される計25個のアミノ酸からなるリンカー配列,及び,配列番号61で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体3NFab重鎖を,N末端側からC末端側にこの順で融合させた融合蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号73で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。
【0330】
このDNA断片は,配列番号74で示される融合蛋白質をコードする。配列番号74で示されるアミノ酸配列を有する融合蛋白質は,発現後にプロセシングを受けて,hBDNFのプロ体部分がhBDNFとなる。配列番号74で示されるアミノ酸配列において,N末端側から1番目~110番目のアミノ酸配列が,hBDNFがプロ体から成熟型へプロセシングされる際に除去される部分である。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(BDNF-Fc-Fab HC(3N))を構築した。
【0331】
CHO細胞(CHO-K1: American Type Culture Collectionから入手)を,pE-neo(BDNF-Fab HC(3N))と実施例11で構築したpE-hygr(LC3)とにより形質転換し,hBDNFとヒト化抗hTfR抗体3Nとの融合蛋白質を発現する細胞株を得た。この細胞株を,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1発現株とした。この細胞株が発現するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質をhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1とした。また,CHO細胞を,pE-neo(BDNF-Fc-Fab HC(3N))と実施例11で構築したpE-hygr(LC3)とにより形質転換し,別のhBDNFとヒト化抗hTfR抗体3Nとの融合蛋白質を発現する細胞株を得た。この細胞株を,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)2発現株とした。この細胞株が発現するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質をhBDNF-抗hTfR抗体(3N)2とした。
【0332】
〔実施例21-2〕アルブミン結合ドメイン(ABD)付加型hBDNF-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の発現用細胞の作製
配列番号56で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFのプロ体のC末端側に、配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが5回繰り返される計25個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号61で示されるアミノ酸配列の第1番目から第216番目に対応するアミノ酸配列(配列番号84)を有するヒト化抗hTfR抗体3NFab重鎖を融合させ、更に、そのC末端側に、配列番号3で示されるアミノ酸配列Gly-Gly-Gly-Gly-Serが3回繰り返される計15個のアミノ酸からなるリンカー配列を介して,配列番号85で示されるABDを融合させた融合蛋白質をコードする遺伝子を含む,配列番号86で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。ここで,配列番号84で示されるアミノ酸配列は,配列番号70で示されるヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖のアミノ酸配列のN末端側から1番目~216番目に相当する。ここでN末端側から1番目~118番目のアミノ酸配列が配列番号69(ヒト化抗hTfR抗体番号3Nの重鎖の可変領域のアミノ酸配列)に相当し,119番目~216番目のアミノ酸配列がCH1領域に相当する。
【0333】
このDNA断片は,配列番号87で示されるアミノ酸配列を有する,hBDNFのプロ体とヒト化抗hTfR抗体3NFab重鎖の融合蛋白質のC末端側にABDが付加した融合蛋白質をコードする。配列番号87で示されるアミノ酸配列を有する融合蛋白質は,発現後にプロセシングを受けて,配列番号88で示されるアミノ酸配列を有するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体Fab重鎖の融合蛋白質のC末端側にABDが付加した融合蛋白質となる。配列番号87で示されるアミノ酸配列において,N末端側から1番目~110番目のアミノ酸配列が,hBDNFがプロ体から成熟型へプロセシングされる際に除去される部分である。このDNA断片をMluIとNotIで消化し,pE-neoベクターのMluIとNotIの間に組み込み,pE-neo(BDNF-Fab HC(3N))ABDを構築した。
【0334】
CHO細胞(CHO-K1: American Type Culture Collectionから入手)を,pE-neo(BDNF-Fab HC(3N))ABDと実施例11で構築したpE-hygr(LC3)とにより形質転換し,hBDNFとヒト化抗hTfR抗体3Nとの融合蛋白質のC末端側にABDが付加した融合蛋白質を発現する細胞株を得た。この細胞株を,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABD発現株とした。この細胞株が発現するhBDNFとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質のC末端側にABDが付加した融合蛋白質をhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDとした。
【0335】
〔実施例22〕hBDNF-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の製造
hBDNF-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質は,以下の方法で製造した。実施例21で得たhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1発現株を,細胞濃度が約2×105個/mLとなるように,CD OptiCHOTM培地で希釈し,1Lの三角フラスコに200mLの細胞懸濁液を加え,37℃で,5%CO2と95%空気からなる湿潤環境で約70rpmの撹拌速度で6~7日間培養した。培養上清を遠心操作により回収し,0.22μmフィルター(Millipore社)でろ過して,培養上清とした。上記の回収した培養上清に,カラム体積の5倍容の150mM NaClを含む20mM Tris緩衝液(pH8.0)を添加し,カラム体積3倍容の150mM NaClを含む20mM Tris緩衝液(pH8.0)で予め平衡化しておいたProteinLカラム(カラム体積:1mL,GEヘルスケア社)に負荷した。次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を供給してカラムを洗浄した後,150mM NaClを含むカラム体積の4倍容の50mM グリシン緩衝液(pH2.8)で,吸着したhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1を溶出させた。溶出後直ちに1M Tris緩衝液(pH8.0)を用いてpH7.0に調整した。これをhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の精製品として以下の試験に用いた。
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)2についてもhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1と同様の手法で精製品を得た。
【0336】
〔実施例22-2〕hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの製造
hBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質は,以下の方法で製造した。実施例21-2で得たhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABD発現株を,細胞濃度が約2×105個/mLとなるように,CD OptiCHOTM培地で希釈し,1Lの三角フラスコに200mLの細胞懸濁液を加え,37℃で,5%CO2と95%空気からなる湿潤環境で約70rpmの撹拌速度で6~7日間培養した。培養上清を遠心操作により回収し,0.22μmフィルター(Millipore社)でろ過して,培養上清とした。
【0337】
回収した培養上清を,カラム体積の5倍容の50mMのNaClを含む10mM HEPES緩衝液(pH7.0)で平衡化したHR-Sカラム(カラム体積:5mL,Bio Rad社)に負荷した。次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を供給してカラムを洗浄した後,カラム体積の15倍容の1MのNaClを含む10mM HEPES緩衝液(pH8.2)で,吸着したhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDを溶出させ、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDを含む画分を回収した。この工程を4回実施した。
【0338】
上記の溶出画分を4倍容の10mM HEPES緩衝液(pH7.0)を加えて希釈した。この希釈した溶出画分を、カラム体積の5倍容の50mMのNaClを含む10mM HEPES緩衝液(pH7.0)で平衡化したNuvia cPrimeカラム(カラム体積:5mL,Bio Rad社)に負荷した。カラム体積の25倍容の1M NaClを含む10mM HEPES緩衝液(pH8.2)を供給してカラムを洗浄した後,15倍容の2MのNaCl、0.4Mアルギニンを含む10mM HEPES緩衝液(pH8.5)で,吸着したhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDを溶出させ、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDを含む画分を回収した。こうして回収したものを、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの精製品として、以下の実験に用いた。
【0339】
〔実施例23〕BDNF受容体(TrkB)発現細胞を用いたhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質のBDNF活性の評価
実施例16,実施例22及び実施例22-2で製造したhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質が有するBDNF生物活性は,TrkB遺伝子をチャイニーズハムスター卵巣由来細胞(CHO細胞)に導入したCHO-TrkB細胞におけるCa濃度変化を指標とした細胞内シグナル伝達増強活性の測定により評価した。
【0340】
CHO細胞を継代用培地(Nutrient Mixture F-12 Ham,10%ウシ胎児血清)にて培養した。その後,評価用培地(Nutrient Mixture F-12 Ham,3%ウシ胎児血清,10mM Hepes(pH7.4))へ交換し,細胞懸濁液を作製した。細胞にアポエクオリンおよびヒトTrkB(GenBank Acc.No.NP_001018074.1)を発現するウイルスを導入し,2×103細胞/ウェルとなるように黒色384細胞培養用bottom clear plateに播種後,CO2インキュベーター(37℃,95%Air,5%CO2)内で一晩静置培養した。
【0341】
1μMのViviren(プロメガ)を含むHHBS液(1×Hanks’ Balanced Salt Solution,20mM HEPES(pH7.4))を20μL/wellで添加し,室温にて4時間静置した。0.1%のBovine serum albuminを含むHHBS液で,BDNFおよびhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質(hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1及び2,並びにhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABD)を,それぞれ目的の濃度へ希釈し,添加後,FDSS7000(浜松ホトニクス)で経時的に発光強度を測定した。111ng/mLのBDNF(#450-02,Peprotech社)が示す発光強度を100%として,得られた発光強度から相対的なTrkB作動活性を計算し,その用量反応曲線からEC50を算出してBDNF活性とした。表15にhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質の評価結果を示す。
【0342】
【0343】
〔実施例24〕ラット初代培養神経細胞を用いたhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質のTrkB受容体シグナル増強作用の評価
実施例22及び実施例22-2で製造したhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質が有するBDNF生物活性を,ラット初代培養神経細胞におけるErkのリン酸化作用を指標とした細胞内シグナル伝達増強活性の測定により評価した。初代培養神経細胞は,マウスあるいはラット胎児の脳の各部位,例えば線条体,皮質,あるいは海馬などから調製するか,あるいは販売されている初代培養神経細胞を購入して使用するが、今回はラット胎児の線条体より調製した。
【0344】
胎生15-19日の仔ラット脳より線条体を採取し,氷冷cHBSS液(1mM ピルビン酸,0.5% D(+)グルコースおよび10mM HEPES含有Hanks’ Balanced Salt Solution)に浸した。cHBSS液を除去し,0.1mg/mL DNase I,5mM MgCl2および0.3mg/mLパパインを含むcHBSS液(酵素反応液)を添加して37℃で1-5分間インキュベーションした。酵素反応液を除去し,氷冷10%FBS含有NGPS液(0.5mM L-グルタミン酸およびペニシリン・ストレプトマイシン液(DSファーマバイオメディカル)を含むNeurobasal Medium)を添加し,酵素反応を停止させた。10%FBS含有NGPS液を除き,氷冷cHBSS液で3回洗浄した。続いて氷冷cHBSS液中で神経細胞を分散させ,70μmセルストレイナー(Falcon 2350)へ添加し,さらにcHBSS液を追加してろ過した。ろ過液を遠心(1000rpm,4分間,室温)して沈渣を集め,cHBSS液に再懸濁し,懸濁液中の細胞数をカウントした。1×106細胞/mLとなるようにB-27TM(Serum-Free Supplement (50X),インビトロジェン)を含むNGPS液で希釈し,Poly-D-Lysineプレートへ播種後,CO2インキュベーター(37℃,95%Air,5%CO2)内で1週間静置培養した。
【0345】
各ウェルから培養液を取り除き,NGPS液で細胞を洗浄後,NGPS液を添加してCO2インキュベーター(37℃,95%Air,5%CO2)内で2時間静置した。NGPS液でBDNFおよびhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質をそれぞれ目的の濃度へ希釈し,添加後,CO2インキュベーター(37℃,95%Air,5%CO2)内で30分間静置した。反応後,プレートを氷上に置き,氷冷Phosphate Buffered Salineで洗浄した。洗浄後,Halt Protease and Phosphatase Inhibitor Cocktail(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を含むRIPAバッファー(Pierce)を添加して10分間氷上に静置した。セルスクレイパーを用いて細胞をかき取り,チューブへ回収し,ボルテックスにて撹拌後10分間氷上に静置した。遠心(13,500rpm,10分間,4℃)して上清を採取し,Erkリン酸化アッセイまで-80℃で凍結保存した(一部を用いてタンパク定量を行った)。
【0346】
タンパク定量は,Pierce BCA Protein Assay Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いて行った。上記採取サンプルをタンパク濃度が検出範囲内となるように蒸留水にて希釈し,96穴プレートへ10μL/wellずつ分注した。また,Protein assay solution(Reagent A:Reagent B=50:1混合液)を200μL/wellずつ添加した。37℃で30分間インキュベート後,プレートリーダーを用いて吸光度(562nm)を測定し,同時に測定したBovine Serum Albumin標準液の吸光度より作製した検量線から蛋白濃度を算出した。
【0347】
Erkリン酸化アッセイは,Erk 1/2 ELISA Kit Simple Step(pT202/Y204+Total)(アブカム)を用いて行った。上記採取サンプルをHalt Protease and Phosphatase Inhibitor Cocktail(Thermo)を含むRIPAバッファー(Pierce)で0.5mg/mLとなるように希釈し,アッセイキットに付属されているSimple Step Pre-Coated 96穴プレートに50μL/wellずつ分注した。Antibody Cocktailを50μL/wellずつ添加して撹拌しながら室温にて1時間インキュベートした。Wash Buffer(350μL/well)でwell内を洗浄後,TMB substrateを100μL/wellずつ添加し,撹拌しながら室温遮光下で15分間インキュベートした。Stop Solution(100μL/well)を100μL/wellずつ添加して反応を停止させ,プレートリーダーを用いて吸光度を測定した(450nm)。溶媒処置にて確認されるリン酸化Erkレベルに対して,BDNFあるいはhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質によるリン酸化Erkレベルの相対的な増加量を評価することによりhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質が有するBDNF生物活性を評価した。表15-2にErkリン酸化活性の評価結果を示す。
【0348】
【0349】
〔実施例25〕hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1のヒトTfR及びサルTfRへの親和性の測定
実施例22で製造したhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1のヒトTfR及びサルTfRへの親和性を測定した。測定は概ね下記の方法で行った。
ビオチン標識されたウサギ抗ヒトBDNFポリクローナル抗体(抗ヒトBDNF抗体:PeproTech社)をHBS-P+(1%BSA)(150mM NaCl,50μM EDTA,0.05% Surfactant P20及び1%BSAを含む10mM HEPES)で希釈し,15μg/mLの溶液を調製し,この溶液をリガンド溶液1とした。抗hTfR抗体融合BDNF(hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1)の精製品を,HBS-P+(1%BSA)で希釈し,この溶液をリガンド溶液2とした。また、対照物質として、実施例15-3で得たhBDNF-抗hTfR抗体(3)1の精製品についてもHBS-P+(1%BSA)で希釈したリガンド溶液3を調製した。rヒトTfRとrサルTfRとを,それぞれHBS-P+(1%BSA)で2段階希釈し,0.78125~50nM(0.585~3.74μg/mL)の7段階の濃度の溶液を調製した。このTfR溶液をサンプル溶液とした。
【0350】
上記2段階希釈して調製したサンプル溶液を,96 well plate, black(greiner bioone社)に200μL/ウェルずつ添加した。また,上記調製したリガンド溶液1、リガンド溶液2及びリガンド溶液3を,所定のウェルにそれぞれ200μL/ウェルずつ添加した。ベースライン,解離用及び洗浄用のウェルには,HBS-P+(1%BSA)を200μL/ウェルずつ添加した。このプレートと,バイオセンサー(Biosensor/SA:ForteBio社,a division of Pall Corporation)を,OctetRED96の所定の位置に設置した。
【0351】
OctetRED96を下記の表15-3に示す条件で作動させて抗ヒトBDNF抗体をセンサーに固相化した。つづいて,OctetRED96を下記の表15-4に示す条件で作動させてデータを取得後,OctetRED96付属の解析ソフトウェアを用いて,結合反応曲線を1:1結合モデルあるいは2:1結合モデルにフィッティングし,抗hTfR抗体融合BDNFと,rヒトTfR及びrサルTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)を測定し,解離定数(KD)を算出した。なお,測定は25~30℃の温度下で実施した。
【0352】
【0353】
【0354】
表16にhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1のヒトTfR及びサルTfRに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1のヒトTfRとの解離定数は7.42×10-12Mであり,サルTfRとの解離定数は7.94×10-10Mであった。これらの結果は,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1が,ヒトTfR及びサルTfRに対し高い親和性を有するものであることを示す。また、hBDNF-抗hTfR抗体(3)1のヒトTfR及びサルTfRに対する解離定数は、それぞれ2.51×10-10Mと3.94×10-8Mであった。すなわち、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1は、hBDNF-抗hTfR抗体(3)1と比較して、ヒトTfR及びサルTfRに対して極めて高い親和性を有することが理解できる。
【0355】
【0356】
〔実施例25-2〕hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDのヒトTfR、サルTfR及びHSAへの親和性の測定
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDと,ヒトTfR,サルTfR及びヒト血清アルブミン(HSA)への親和性の測定は,実施例25と同様に、バイオレイヤー干渉法(BioLayer Interferometry:BLI)を用いた生体分子相互作用解析システムであるOctetRED96(ForteBio社,a division of Pall Corporation)を用いて実施した。測定は,概ねOctetRED96に添付の操作マニュアルに従って実施した。以下に詳述する。
【0357】
ビオチン標識されたウサギ抗ヒトBDNFポリクローナル抗体(抗ヒトBDNF抗体:PeproTech社)をHBS-P+(1%BSA)(150mM NaCl,50μM EDTA,0.05% Surfactant P20及び1%BSAを含む10mM HEPES)で希釈し,25μg/mLの溶液を調製し,この溶液をリガンド溶液1とした。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの精製品を,HBS-P+で希釈し,この溶液をリガンド溶液2とした。rヒトTfRとrサルTfRとを,それぞれHBS-P+で2段階希釈し,0.78125~50nM(0.0585~3.74μg/mL)の7段階の濃度の溶液を調製した。このTfR溶液をTfRサンプル溶液とした。なお、rヒトTfRとrサルTfRは実施例7に記載のものを用いた。また、HSA(人血清アルブミン製剤(献血アルブミン25-ニチヤク-,日本製薬株式会社)を、HBS-P+で2段階希釈し,3.13~200nM(0.208~13.3μg/mL)の7段階の濃度の溶液を調製した。このHSA溶液をHSAサンプル溶液とした。
【0358】
上記2段階希釈して調製したTfRサンプル溶液及びHSAサンプル溶液を,それぞれ96 well plate, black(greiner bio-one社)に200μL/ウェルずつ添加した。また,上記調製したリガンド溶液1及びリガンド溶液2を,所定のウェルにそれぞれ200μL/ウェルずつ添加した。ベースライン,解離用及び洗浄用のウェルには,HBS-P+を200μL/ウェルずつ添加した。このプレートと,バイオセンサー(Biosensor/SA:ForteBio社,a division of Pall Corporation)を,OctetRED96の所定の位置に設置した。
【0359】
OctetRED96を実施例25に記載の表15-3に示す条件で作動させて抗ヒトBDNF抗体をセンサーに固相化した。次いで,OctetRED96を表16-2に示す条件で作動させてデータを取得後,OctetRED96付属の解析ソフトウェアを用いて,結合反応曲線を1:1結合モデルにフィッティングし,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDと,rヒトTfR,rサルTfR及びHSAに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)を測定し,解離定数(KD)を算出した。なお,測定は25~30℃の温度下で実施した。
【0360】
【0361】
表16-3にhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDのヒトTfR、サルTfR及びHSAに対する会合速度定数(kon)及び解離速度定数(koff)の測定結果,及び解離定数(KD)を示す。
【0362】
【0363】
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの、ヒトTfR及びサルTfRとの解離定数は、それぞれ5.66×10-11M及び6.26×10-10Mであった。これらの結果は、hBDNFと抗hTfR抗体との融合蛋白質のC末端側にABDを付加させても、当該融合蛋白質のヒトTfR及びサルTfRへの高親和性が維持されることを示す。また、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの、HSAとの解離定数は、1.35×10-8Mであった。これらの結果は、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDが、TfR(ヒト及びサル)とHSAのいずれにも高親和性を有することを示すものである。すなわち、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDを、ヒトの血中に投与したときに、ABDを介して血中に存在するアルブミンと結合することにより血中半減期が上昇すること、及びTfRを介してBBBを通過することのいずれもが達成されることを示す。更には、アルブミンと結合することにより、hBDNF-抗hTfR抗体(3N)の免疫原性を低下させることもできることを示す。
【0364】
〔実施例26〕hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1のマウスを用いた脳移行評価
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1について,BBBを通過して脳内に移行することを,マウストランスフェリン受容体の細胞外領域をコードする遺伝子をヒトトランスフェリン受容体遺伝子の細胞外領域をコードする遺伝子に置換したhTfRノックインマウス(hTfR-KIマウス)を用いて評価した。hTfR-KIマウスは,概ね下記の方法で作製した。また,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1としては,実施例22に記載の精製品を用いた。
【0365】
細胞内領域がマウスhTfRのアミノ酸配列であり,細胞外領域がヒトhTfRのアミノ酸配列であるキメラhTfRをコードするcDNAの3’側に,loxP配列で挟み込んだネオマイシン耐性遺伝子を配置した,配列番号45で示される塩基配列を有するDNA断片を化学的に合成した。このDNA断片を,5’アーム配列として配列番号46で示される塩基配列,3’アーム配列として配列番号47で示される塩基配列を有するターゲッティングベクターに,常法により組み込み,これをマウスES細胞にエレクトロポレーション法により導入した。遺伝子導入後のマウスES細胞を,ネオマイシン存在下で選択培養し,ターゲッティングベクターが相同組換えにより染色体に組み込まれたマウスES細胞を選択した。得られた遺伝子組換えマウスES細胞を,ICRマウスの8細胞期胚(宿主胚)へ注入し,精管結紮を行ったマウスとの交配によって得られた偽妊娠マウス(レシピエントマウス)に移植した。得られた産仔(キメラマウス)について毛色判定を行い,ES細胞が生体の形成に高効率で寄与した個体,すなわち全体毛に対する白色毛の占める比率の高い個体を選別した。このキメラマウス個体をICRマウスと掛け合わせてF1マウスを得た。白色のF1マウスを選別し,尻尾の組織より抽出したDNAを解析し,染色体上でマウストランスフェリン受容体遺伝子がキメラhTfRに置き換わっているマウスをhTfR-KIマウスとした。
【0366】
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1溶液を,投与される用量が5mg/kgとなるように,各時点3匹のhTfR-KIマウス(雄,21~28週齢)に静脈内投与した。静脈内投与してから投与後0.17,1,3,8,24,48時間後に末梢血を採取し,採取後に生理食塩液で全身潅流し,脳(大脳と小脳を含む部分)を採取した。摘出した脳の重量(湿重量)を測定した後,Protease Inhibitor Cocktailを含むRIPAバッファー(ナカライテスク)を添加して脳組織をホモジネートした。ホモジネートを遠心して上清を回収し,上清中に含まれるhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の量を以下の方法で測定した。
【0367】
まず,Rabbit Anti-Human IgG H&L pre-adsorbed(Abcam社)をStandard Plate(Meso Scale Diagnostics社)の各ウェルに25μLずつ添加し,1時間静置してプレートに固定させた。次いで,各ウェルにSuperBlock(PBS) Blocking Bufferを150μLずつ添加し,1時間振盪してプレートをブロッキングした。次いで,各ウェルをTris Buffered Saline with Tween 20で洗浄し,脳組織のホモジネートの上清を50μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにSulfo-tag標識されたAnti-BDNF 抗体[35928.11](ab10505)(アブカム社)を50μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにRead buffer T(Meso Scale Diagnostics社)を150μLずつ添加し,SectorTM Imager 6000 readerで各ウェルからの発光量を測定した。濃度既知の標準試料の測定値から検量線を作成し,これに各検体の測定値を内挿することにより,脳のグラム重量(湿重量)当たりに含まれる融合蛋白質の量を算出した。
【0368】
脳組織中のhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の濃度測定の結果を
図9に示す。なお,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1は二量体を形成して生体内でその機能を発揮することから,
図9において,二量体に換算した値をhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の濃度(モル濃度)とした。以下,
図10,表17,及び表18に示されるhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の濃度についても同様である。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1は,投与後24時間においても脳内濃度が5.7nMと高値を示した。また,脳内濃度の半減期は29時間であった。本結果は,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1が血液脳関門を通過して脳組織に蓄積する性質を有することを示すものであり,脳組織内で機能させるべき薬剤であるBDNFを抗hTfR抗体(3N)1又はその抗原結合性断片(抗体フラグメント)と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができること示すものである。
【0369】
次いで,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の血中動態の測定結果を表17に示す。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1は,投与後1時間においても血中濃度が15nMと高値を示し,血中で安定であることが示された(表17)。また,血中濃度の半減期は0.4時間であった。この結果は,脳内濃度の半減期は,血中濃度の半減期よりも顕著に長いことを示すものである。また,Fc-Fab(3N)についても同様の試験にてhTfR-KIマウスにおける血中動態を測定したところ,血中濃度の半減期は5.3時間であった。この結果は,ヒトIgG Fc領域を導入することにより血中濃度の半減期が顕著に延長し得ることを示すものである。
【0370】
【0371】
〔実施例27〕hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1のカニクイザルを用いた脳移行評価
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1を,5.0mg/kgの用量でそれぞれ雄性カニクイザルに単回静脈内投与し投与後0.083,0.5,1,3,24,72時間後に末梢血を採取し,採取後に生理食塩液で脳潅流を実施した。潅流後,脳組織を摘出した。
この脳組織を用いて,以下のhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の濃度測定及び免疫組織化学染色を行った。また,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1としては,実施例22に記載の精製品を用いた。
【0372】
脳組織中のhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の濃度測定は,概ね以下の手順で行った。採取した組織を,脳組織を大脳皮質,小脳,海馬及び線条体等に分けてから,それぞれProtease Inhibitor Cocktail(Sigma-Aldrich社)を含むRIPA Buffer(ナカライテスク社)でホモジネートし遠心して上清を回収した。Anti-Human Kappa Light Chain Goat IgG Biotin(株式会社免疫生物研究所), Sulfotag anti-BDNF antibody(アブカム社)及び脳組織ホモジネートをSuperBlock blocking buffer in PBS(Thermo Fisher Scientific社)でブロッキングを実施したストレプトアビジンプレート(Meso Scale Diagnostics社)に添加し,1時間静置してプレートに固定した。次いで,各ウェルにRead buffer T(Meso Scale Diagnostics社)を150μLずつ添加し,SectorTM Imager 6000 reader(Meso Scale Diagnostics社)を用いて各ウェルからの発光量を測定した。濃度既知の標準試料の測定値から検量線を作成し,これに各検体の測定値を内挿することにより,各脳組織のグラム重量(湿重量)当たりに含まれる融合蛋白質の量(脳組織中濃度)を算出した。
【0373】
脳組織中のhBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の濃度測定の結果を
図10に示す。本結果は,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1が血液脳関門を通過して脳組織に蓄積する性質を有することを示すものであり,脳組織内で機能させるべき薬剤であるBDNFを抗hTfR抗体(3N)1又はその抗原結合性断片(抗体フラグメント)と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができること示すものである。
【0374】
次いで,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1の血中動態の測定結果を表18に示す。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)1は,投与後1時間においても血中濃度が30nMと高値を示し,血中で安定であることが示された(表18)。
【0375】
【0376】
脳組織中のhBDNF-ヒト化抗hTfR抗体融合蛋白質の免疫組織化学染色は,実施例15に記載の方法で行うことができる。
【0377】
〔実施例28〕hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDのマウスを用いた脳移行評価
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDについて,BBBを通過して脳内に移行することを,マウストランスフェリン受容体の細胞外領域をコードする遺伝子をヒトトランスフェリン受容体遺伝子の細胞外領域をコードする遺伝子に置換したhTfRノックインマウス(hTfR-KIマウス)を用いて評価した。hTfR-KIマウスは,概ね実施例7-2に記載の方法で作製した。また,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDとしては,実施例22-2に記載の精製品を用いた。
【0378】
hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABD溶液を,投与される用量が2.15mg/kgとなるように,各時点3匹のhTfR-KIマウス(雄,19~21週齢)に静脈内投与した。静脈内投与してから投与後0.167、1、3、8、24、48、72時間後に生理食塩液で全身灌流し,脳(大脳と小脳を含む部分)を採取した。摘出した脳の重量(湿重量)を測定した後,Protease Inhibitor Cocktailを含むRIPAバッファー(ナカライテスク)を添加して脳組織をホモジネートした。ホモジネートを遠心して上清を回収し,上清中に含まれるhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの量を以下の方法で測定した。
【0379】
まず,Rabbit Anti-Human IgG H&L pre-adsorbed (Abcam社)をStandard Plate(Meso Scale Diagnostics社)の各ウェルに25μLずつ添加し,4℃で一晩静置してプレートに固定させた。次いで,各ウェルにSuperBlock(PBS) Blocking Bufferを150μLずつ添加し,1時間振盪してプレートをブロッキングした。次いで,各ウェルをTris Buffered Saline with Tween 20で洗浄し、脳組織のホモジネートの上清を50μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにSulfo-tag標識したAnti-BDNF 抗体[35928.11](ab10505)(Abcam社)を50μLずつ添加し,1時間振盪した。次いで,各ウェルにRead buffer T(Meso Scale Diagnostics社)を150μLずつ添加し,SectorTM Imager 6000 readerで各ウェルからの発光量を測定した。濃度既知の標準試料の測定値から検量線を作成し,これに各検体の測定値を内挿することにより,脳のグラム重量(湿重量)当たりに含まれる抗体の量を算出した。
【0380】
脳組織中のhBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの濃度測定の結果を
図11に示す。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの脳内濃度は、投与8時間後に2.98nMのC
maxを示し、投与72時間に0.7nMであった。
【0381】
本結果は,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDが血液脳関門を通過して脳組織に蓄積する性質を有することを示すものであり,脳組織内で機能させるべき薬剤であるBDNFをこれらの抗体と結合させることにより,その薬剤を効率良く脳組織に蓄積させることができること示すものである。
【0382】
次いで,hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの血中動態の測定結果を表19に示す。hBDNF-抗hTfR抗体(3N)ABDの血中濃度は,投与1時間後に179.8nM、3時間後においても53.4nMと高値を示し,血中で安定であることが示された(表19)。この結果は,アルブミン親和性ペプチドを導入することにより血中の安定性が向上し、血中半減期が顕著に延長し得ることを示すものである。
【0383】
【0384】
〔実施例29〕1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン(MPTP)処置パーキンソン病モデルマウスを用いた本発明の融合蛋白質による運動機能改善作用の検討
実施例22で製造したhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質のin vivo でのBDNF生物活性は,例えば,以下に記載するような方法を用いてMPTP処置したhTfR-KIマウスにおけるパーキンソン病症状改善効果によって評価できる。
【0385】
(1)パーキンソン病モデルマウスの作成
実施例26に記載したhTfR-KIマウス(いずれも8-15週齢)を用いる。検疫・順化が終了したマウスに対し,生理的食塩液もしくは生理的食塩液に溶解させたMPTP(25あるいは30mg/kg)を,1日1回,5日間腹腔内投与,あるいは20mg/kgを1日の内に2時間おきに4回腹腔内投与する。
最終投与の3日以後に,Pole試験によりブラジキネジア症状を,またはロータロッド(Rota-rod)試験により協調運動能の低下を評価する。
【0386】
(2)Pole試験
MPTP処置マウスを,垂直に立てた木製の棒の上部5cm付近に頭部を上向きにつかまらせる。マウスが棒につかまってから下向きへ向きを変えるまでの時間(Tturn),およびつかまってから床面に下りるまでの時間(TLA)を測定する。加えて,マウスの動きを観察し,その症状を以下のようにスコア付けする。
0:四肢を上手に使って下りる/正常な動き。
1:棒の上部で向きを変える際にぎこちなさが見られる。
2:棒を跨ぎきれずに横すべりのような行動を取る。
3:落下する。
【0387】
初めに1回トレーニングを行った後,5分毎に1回,試験を3回繰り返し行う。3回の平均時間を群分け用データに用いる。体重とPole試験のデータを元に,多変数完全無作為化割り付けによりMPTP処置マウスを3又は4群に分ける。
【0388】
生理的食塩液処置マウス(溶媒処置群),MPTP処置マウス(溶媒処置群,本発明の融合蛋白質処置群)の計4~5群において,1週間に1~2回,4~8週間,反復静脈内投与を行う。最終投与から1週間後に再びPole試験(上記の群分け用データ取り時と同じプロトコール)を行い,ブラジキネジア症状の改善作用を評価する。静脈内に投与した本発明の融合蛋白質が脳内に移行し,脳内でBDNF活性を発揮することにより,パーキンソン病モデル動物におけるブラジキネジア等の運動機能の障害を改善し得る。
【0389】
このようにして静脈内に投与した本発明の融合蛋白質が疾患モデル動物の脳内に移行してBDNF活性を発揮し得ることを確認できる。
【0390】
(3)ロータロッド(Rota-rod)試験
マウスをRota-rod装置(MK-610A,室町機械)の回転軸に1レーン毎に1匹ずつ乗せ,30秒間静置したのち1分間8rpmで軸の回転に順化させ,その後,3分間で25rpmまで回転数が上がる条件でトレーニングを行う。トレーニングの1時間後に以下の評価試験を行う。
【0391】
本試験では,8rpmで回転する軸の動きに30秒間マウスを順化させたのち,5分間で40rpmまで回転数が上がる条件で軸よりマウスが落下するまでの時間を測定する。1時間の間隔をあけて本試験を3回繰り返し,3回の平均時間を群分け用データに用いる。体重とRota-rod試験のデータを元に,多変数完全無作為化割り付けによりMPTP処置マウスを3又は4群に分ける。
【0392】
生理的食塩液処置マウス(溶媒処置群),MPTP処置マウス(溶媒処置群,本発明の融合蛋白質処置群)の計4~5群において,1週間に1~2回,4~8週間,反復静脈内投与を行う。最終投与から1週間後に再びRota-Rod試験(上記の群分け用データ取り時と同じプロトコール)を行い,協調運動能力の改善作用を評価する。静脈内に投与した本発明の融合蛋白質が脳内に移行し,脳内でBDNF活性を発揮することにより,パーキンソン病モデル動物における協調運動能力等の運動機能の障害を改善し得る。
【0393】
このようにして静脈内に投与した本発明の融合蛋白質が疾患モデル動物の脳内に移行してBDNF活性を発揮し得ることを確認できる。
【0394】
〔実施例30〕1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン(MPTP)処置パーキンソン病モデルサルを用いた本発明の融合蛋白質による運動機能改善効果の検討
実施例22で製造したhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質のin vivo でのBDNF生物活性は,例えば,以下に記載するような方法を用いてMPTP処置したサルにおけるパーキンソン病様症状改善効果によって評価できる。
【0395】
MPTP処置前の5日間,正常な行動をあらかじめ評価した雄性アカゲザル(5~8歳)あるいはカニクイザル(4~8歳)にMPTP(0.2mg/kgあるいはそれ以上で,2mg/kgを上限とする)を1週間に最大連続5日間,4週間以上の静脈内投与,あるいは筋肉内投与,もしくは皮下投与を行い,UPDRSのスコアの低下あるいは運動量の低下を確認する。もしくは,内頸動脈の片側のみにMPTP(0.2mg/kgあるいはそれ以上で,2mg/kgを上限とする)を1回あるいは投与間隔を5~10日間空けて2回投与し,UPDRSスコア(J Neurosci Methods. 2000; 96:71-76),運動量,さらに旋回運動量を指標にして,パーキンソン病様症状を確認し,MPTPの処置を終了する。
【0396】
MPTPの最終投与から1週間後以降でパーキンソン病様症状が安定したのを確認した後,1週間に1回あるいは2回,hBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質(0.03~10mg/kg)を静脈内あるいは皮下投与し,UPDRS,運動量,もしくは旋回運動の評価によって運動機能の改善度を評価する。静脈内または皮下に投与したhBDNF-抗hTfR抗体融合蛋白質が脳内に移行し,脳内でBDNF活性を発揮することにより,パーキンソン病モデル動物における運動機能の障害を改善し得る。
【0397】
このようにして静脈内に投与した本発明の融合蛋白質が疾患モデル動物(サル)の脳内に移行してBDNF活性を発揮し得ることを確認できる。
本発明のhBDNFと抗hTfR抗体の融合蛋白質は,血液脳関門を効率的に通過させることができるので,hBDNFを中枢神経系において作用させる改良された手段を提供するものとして有用性が高い。