(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135016
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】ポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂とアルミニウム材との樹脂金属接合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B29C 65/02 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
B29C65/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045504
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003063
【氏名又は名称】弁理士法人牛木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】細井 厚志
(72)【発明者】
【氏名】川田 宏之
【テーマコード(参考)】
4F211
【Fターム(参考)】
4F211AA32
4F211AB22
4F211AD03
4F211AD16
4F211AG03
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4F211TH24
4F211TN07
4F211TQ04
4F211TW15
(57)【要約】
【課題】化学的に非常に安定であるため接合性に乏しいポリエーテルエーテルケトン樹脂を母材とする樹脂材料と、アルミニウム材とを接合する際に、ボルトやリベット等の接合部材や接着剤を用いることなく、十分な接合強度が得られる樹脂金属接合体の製造方法を提供する。
【解決手段】アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤を加水分解し、加水分解物を得る工程、前記アルミニウム材の表面に前記加水分解物によるシランカップリング処理を行う工程、及び、加熱によって溶融状態となった前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料の接合部分と、前記シランカップリング処理した前記アルミニウム材の接合部分とを相互に接近させる方向に押圧する処理により、前記各接合部分を接合する工程を含む、樹脂金属接合体の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料とアルミニウム材との樹脂金属接合体の製造方法であって、
アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤を加水分解し、前記アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤の加水分解物を得る工程、
前記アルミニウム材の表面に前記加水分解物によるシランカップリング処理を行う工程、及び
加熱によって溶融状態となった前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料の接合部分と、前記シランカップリング処理した前記アルミニウム材の接合部分とを相互に接近させる方向に押圧する処理により、前記各接合部分を接合する工程
を含む、樹脂金属接合体の製造方法。
【請求項2】
前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料の接合部分と、前記シランカップリング処理した前記アルミニウム材の接合部分との間に、ポリエーテルエーテルケトン樹脂フィルムを介在させる、請求項1に記載の樹脂金属接合体の製造方法。
【請求項3】
前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料が炭素繊維強化樹脂であり、該炭素繊維強化樹脂の炭素繊維として織物材を用いる、請求項1に記載の樹脂金属接合体の製造方法。
【請求項4】
得ようとする前記樹脂金属接合体の所望の形状に対応する押圧面を有する上型及び下型を用いて、前記アルミニウム材が超塑性特性を示す温度で前記押圧する処理を行い、前記アルミニウム材を前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料と共に前記所望の形状に成形する、請求項1又は2に記載の樹脂金属接合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂とアルミニウム材との樹脂金属接合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維と樹脂の複合材として炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が知られており、このCFRPとしては、母材に熱硬化性樹脂を用いた熱硬化性のCFRPの他に、母材に熱可塑性樹脂を用いた熱可塑性炭素繊維強化プラスチック(CFRTP)がある。
【0003】
これらのCFRPは、軽量且つ高強度であるため、航空機や自動車等の部品として広く用いられている。近年のカーボンニュートラルの要求から、機械構造物を軽量化するために金属材料に代わってCFRPの需要が増大している。特に、自動車分野では、適材適所に種々の材料を採用するマルチマテリアル化がなされる傾向があり、成形性やリサイクル性能の観点から熱可塑性樹脂を母材としたCFRTPの用途が拡大している。CFRTPは、保管や量産性に優れており、後加工も容易でリサイクル可能等の理由から、製造コストが安価となる。
【0004】
CFRPが航空機や自動車等の部品の材料として用いられる際には、金属材料からなる他の部品との接合が必要になる。例えば、航空機では、CFRP製の部品と金属材料との接合に、ボルトやリベット等の接合部材が多く用いられる。しかしながら、このような接合部材を用いた接合は、ボルトやリベット自体の重量が嵩み、CFRPを用いることによる軽量化のメリットを阻害する要因となるばかりか、ボルト孔が損傷発生の起点となり易く、近年では、CFRP等の樹脂と金属材料の接合をボルトレス化することが求められている。
【0005】
本発明者はこれまでに、CFRTPを金属材料と強固に接合できる技術を開発している。特許文献1では、金属材料表面にナノ構造と化学処理を付与し、ポリアミド樹脂等の熱可塑性樹脂及びその複合材料と熱溶着により接合する技術を提案している。
【0006】
スーパーエンジニアリングプラスチックの1つであるポリエーテルエーテルケトン樹脂(PEEK樹脂)は耐熱性に優れ、成形物が軽量で、強度、摺動性等を向上させることができる点で優位性がある。しかし、他の熱可塑性樹脂に比べて化学的に非常に安定であるため、接合性に乏しい。界面の接合強度を向上させる手段としてシランカップリング剤が知られているが、PEEK樹脂は化学的に非常に安定であるため反応性に乏しい。
【0007】
また、PEEK樹脂の成形温度は400℃程度であるため金属材料の熱による構造変化の課題があった。
【0008】
非特許文献1には、チタン合金にアミノシランで化学処理を施すことによってPEEK複合材料と接合する技術が提案されているが、アルミニウム合金との十分な接合強度が得られる具体的手段や、成形加工に適した手段については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【0010】
【非特許文献1】Chunming Jiら、Effect of different preparation methods on mechanical behaviors of carbon fiber-reinforced PEEK-Titanium hybrid laminates, Polymer Testing, Volume 85, May 2020, 106462
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、化学的に非常に安定であるため接合性に乏しいポリエーテルエーテルケトン樹脂を母材とする樹脂材料と、アルミニウム材とを接合する際に、ボルトやリベット等の接合部材や接着剤を用いることなく、十分な接合強度が得られる樹脂金属接合体の製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の樹脂金属接合体の製造方法は、ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料とアルミニウム材との樹脂金属接合体の製造方法であって、
アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤を加水分解し、前記アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤の加水分解物を得る工程、
前記アルミニウム材の表面に前記加水分解物によるシランカップリング処理を行う工程、及び
加熱によって溶融状態となった前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料の接合部分と、前記シランカップリング処理した前記アルミニウム材の接合部分とを相互に接近させる方向に押圧する処理により、前記各接合部分を接合する工程
を含むことを特徴としている。
この樹脂金属接合体の製造方法における好ましい1つの態様では、前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料の接合部分と、前記シランカップリング処理した前記アルミニウム材の接合部分との間に、ポリエーテルエーテルケトン樹脂フィルムを介在させる。
この樹脂金属接合体の製造方法における好ましい別の態様では、前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料が炭素繊維強化樹脂であり、該炭素繊維強化樹脂の炭素繊維として織物材を用いる。
この樹脂金属接合体の製造方法における好ましい別の態様では、得ようとする前記樹脂金属接合体の所望の形状に対応する押圧面を有する上型及び下型を用いて、前記アルミニウム材が超塑性特性を示す温度で前記押圧する処理を行い、前記アルミニウム材を前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料と共に前記所望の形状に成形する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、化学的に非常に安定であるため接合性に乏しいポリエーテルエーテルケトン樹脂を母材とする樹脂材料と、アルミニウム材とを接合する際に、ボルトやリベット等の接合部材や接着剤を用いることなく、十分な接合強度が得られる。
また、ポリエーテルエーテルケトン樹脂を母材とする樹脂材料の接合温度がアルミニウム合金の超塑性特性を示す温度と近いことを利用して、これらを直接接合させると同時に、大変形可能な成形加工技術を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例1で使用した試験片形状の概略を示した図である
【
図2】実施例1において、アミノシランを用いた場合における、引張せん断試験後の破面の写真である。
【
図3】実施例1において、アミノシランを用いた場合における、引張せん断試験後の(a)CFRTPと(b)Alの破面中央部をFE-SEMにより観察した写真である。
【
図4】実施例2において、(a)アミノシランと(b)イソシアネートシランの加水分解時間と接合強度との関係を示した図である。
【
図5】実施例2において、時間経過と、(a)アミノシラン水溶液中のメタノール濃度、(b)イソシアネートシラン水溶液中のエタノール濃度との関係を示した図である。
【
図6】実施例6において、イソシアネートシランの加水分解時間と接合強度との関係を示した図である。
【
図7】実施例6において、引張せん断試験後のAlの破面中央部をFE-SEMにより観察した写真である。
【
図8】実施例7における、CFRTPとアルミニウム合金との接合体の引張せん断試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について具体的に説明する。
本発明の樹脂金属接合体の製造方法は、ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料とアルミニウム材との樹脂金属接合体の製造方法であって、以下の工程(A)~(C)を含む。
(A)アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤を加水分解し、前記アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤の加水分解物を得る工程
(B)前記アルミニウム材の表面に前記加水分解物によるシランカップリング処理を行う工程
(C)加熱によって溶融状態となった前記ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料の接合部分と、前記シランカップリング処理した前記アルミニウム材の接合部分とを相互に接近させる方向に押圧する処理により、前記各接合部分を接合する工程
【0016】
ポリエーテルエーテルケトンを母材とする樹脂材料としては、繊維などの補強材を用いたもの、例えば炭素繊維強化樹脂、ガラス繊維強化樹脂などが挙げられる、これらの他、補強材を用いないポリエーテルエーテルケトン単体であってもよい。
これらのうちポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂は、炭素繊維を包む母材にポリエーテルエーテルケトン樹脂を用いたものである。ポリエーテルエーテルケトン樹脂はベンゼン環がエーテルとケトンにより結合した直鎖状ポリマー構造を持ち、結晶性のプラスチックであり、融点が334℃と高く耐熱温度に優れるだけでなく、機械的性質にも優れたスーパーエンジニアリングプラスチックの一つである。
【0017】
炭素繊維としては、CFRPに従来使用されているものなど特に制限なく用いることができ、PAN(ポリアクリロニトリル)を原料とするPAN系や、石油や石炭から得られるピッチを原料とするピッチ系等が挙げられる。また、炭素繊維が一方向に並んだUD材、タテヨコに織られた織物材等を用いることができる。織物材は織り方によって平織、綾織、朱子織などがある。
【0018】
アルミニウム材としては、アルミニウムを主成分としたアルミニウム合金、純アルミニウム等が挙げられる。アルミニウム合金としては、特に限定されず、例えばA2024、A5052等を用いることができる。アルミニウム材の形状は、特に限定されず、板材など適宜の形状であってよい。圧延したままのアルミニウム材を用いることができるが、表面処理を施したものであってもよい。
表面処理としては、特に限定されず、表面を粗くする処理、例えば、陽極酸化処理やエッチング処理及びこれらを組み合わせた表面処理、レーザー加工処理、研磨処理、コロナ処理、フレーム処理等が挙げられる。これらの中でも、陽極酸化処理やエッチング処理及びこれらを組み合わせた表面処理、レーザー加工処理が好ましい。
陽極酸化処理やエッチング処理により、単層でスパイク状の表面ナノ構造であるone-tiered(OT)構造、多層的で多孔質状のmulti-tiered(MT)構造などを形成できる。陽極酸化処理とエッチング処理を組み合わせた表面処理では、例えば、脱脂したアルミニウム材を酸性の電解液中で陽極酸化することにより、アルミニウム材の表面に多孔性酸化被膜であるポーラスアルミナ層を形成する陽極酸化処理と、陽極酸化処理で形成された多数のポーラスを有するポーラスアルミナ層を除去するエッチング処理とが順に行われる。
レーザー加工処理では、アルミニウム材の表面にレーザーを所望のマイクロ構造パターンとなるように照射することによって、例えば格子や溝などの形状として、マイクロ構造を形成する。
【0019】
工程(A)
工程(A)において、アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤は、ポリエーテルエーテルケトン樹脂に対して従来の接着剤よりも高い接着強度を実現する。
【0020】
アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤は、特に限定されない。アミノ基含有シランカップリング剤としては、例えば、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-トリエトキシシリル-N-(1,3-ジメチル-ブチリデン)プロピルアミン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。イソシアネート基含有シランカップリング剤としては、例えば、3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。アミノ基含有シランカップリング剤は、加水分解後にイソシアネートと反応させてもよい。
【0021】
アミノ基又はイソシアネート基含有シランカップリング剤の加水分解は、水溶液中で行うことができ、その濃度と時間はシランカップリング剤の種類に応じて適宜の条件で行う。濃度は、シランカップリング剤の種類によるが、例えば1~10質量%程度、加水分解の時間は、アミノ基含有シランカップリング剤では加水分解が速やかに進行する傾向あり、イソシアネート基含有シランカップリング剤では加水分解がそれよりも緩やかに進行する傾向があるので、これらの点を考慮する。時間については、加水分解時間から間もなくは、加水分解が進行して接合強度は増加するが、その後、シラノール同士の脱水縮合反応が進行すると、加水分解の増加によってアルミニウム合金とシランカップリング剤の反応数が減少してしまう。加水分解によりシラノールを生成しつつシラノール同士の脱水縮合反応を少なくし、アルミニウム合金/シラノールでの脱水縮合反応の数が最大になるような加水分解時間を目安にすることが好ましい。
【0022】
工程(B)
アルミニウム材の表面へのシランカップリング処理は、シランカップリング剤の加水分解物とアルミニウム材とを接触させることにより行う。例えば、シランカップリング剤を加水分解した水溶液中にアルミニウム材を浸漬し、アルミニウム材の表面に付着させた後、乾燥することにより行うことができる。乾燥は、脱水縮合反応が起こる温度で行うことが好ましく、シランカップリング剤の種類に応じた適宜の条件、例えば、100℃以上程度で行う。
【0023】
工程(C)
工程(C)では、加熱によって溶融状態となったポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂の接合部分と、シランカップリング処理したアルミニウム材の接合部分とを相互に接近させる方向に押圧する処理により、各接合部分を接合する。加熱しながら押圧する処理として、具体的には、例えば、ホットプレス、ブロー成形等が挙げられる。ホットプレス処理は、シランカップリング剤が接合部分に塗布されたアルミニウム材をホットプレートに載置する等の方法により加熱し、その接合部分に樹脂の接合部分を重ね合わせて樹脂を溶融させた上で、樹脂をアルミニウム材に向かって加圧したまま、樹脂を冷却して固化させることで、アルミニウム材と樹脂とが接合される。なお、ホットプレス処理の温度条件としては、母材樹脂のガラス転移温度以上で、所望とする形状を維持可能な温度未満に設定される。一例として、プレス温度は390℃以上、プレス圧力は0.1~10MPaが考慮される。
【0024】
ポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂の接合部分と、シランカップリング処理したアルミニウム材の接合部分との間には、ポリエーテルエーテルケトン樹脂フィルムを介在させると、接合強度を高めることができる。
ポリエーテルエーテルケトン樹脂フィルムの厚さは、0~200μm程度が好ましい。ポリエーテルエーテルケトンの分子量は、溶融粘度の観点から低いことが好ましい。
【0025】
また、ポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂の炭素繊維として織物材を用いると、接合強度を高めることができる。この場合、ポリエーテルエーテルケトン樹脂フィルムを介在させなくとも十分な強度が得られる傾向がある。
【0026】
本発明の樹脂金属接合体の製造方法は、成形加工への適用も可能である。得ようとする樹脂金属接合体の所望の形状に対応する押圧面を有する上型及び下型を用いて、アルミニウム材が超塑性特性を示す温度で加熱しながら押圧する処理、例えばホットプレス処理を行い、アルミニウム材をポリエーテルエーテルケトン炭素繊維強化樹脂と共に所望の形状に成形する。
【0027】
上記工程(A)~(C)によって、アルミニウム合金が特定の温度で超塑性特性を示すことに着目し、これまで接合が難しかったスーパーエンジニアリングプラスチックのPEEK樹脂を母材とする複合材料と強固な異種接合を実現する。さらにそれらの接合温度がアルミニウム合金の超塑性特性を示す温度と近いことを利用して、アルミニウム合金とプラスチック基複合材料を直接接合させると同時に、大変形も可能な成形加工を行うことができる。異種材料でありながら、複雑形状の成形加工も可能となり部品点数を減らせるだけでなく、アルミニウム合金を軽量化し、強度を向上させ、摺動性に優れたコーティングも可能となる。
【0028】
ここで超塑性とは、固体材料が、一定の条件下で巨大塑性変形を示す現象、つまり固体を高温域で一定のひずみ速度で変形させた時、数百%以上に伸びる現象のことである。超塑性には、材料の相変態に起因する変態超塑性と結晶粒径が数μm以下の多結晶材料で発生する微細結晶粒超塑性があるが、微細結晶粒超塑性においては、対数表記したひずみ速度-応力曲線の勾配に相当するひずみ速度感受性指数(m値)が高く、一般にm値が0.3以上で破断伸びが200%以上であることが超塑性挙動発現の判断基準とされる。アルミニウム合金は代表的な実用超塑性材料の一つであり、静的再結晶型アルミニウム合金等が知られている。超塑性現象を発現していると、その変形応力も低下し、高強度難加工材ではこの現象を利用して鍛造などの塑性加工をする方法が実用化されている。自動車の軽量化を目的として、ボディパネルへのアルミニウム合金の適用が拡がりつつあるが、一般にアルミニウム合金のプレス成形性は鉄鋼材料に比べて劣ることから、その改善が大きな課題となっていた。これを改善する方法の一つに高温成形があり、結晶粒が数μm以下の微細粒組織の合金を高温で変形すると超塑性と呼ばれる現象が発現して、成形性が著しく良好となる。
【0029】
以上に説明した本発明の樹脂金属接合体の製造方法によれば、CFRTPと金属のみの直接接合が可能であり、高いリサイクル性の一方で難接合のPEEK樹脂への展開が可能で、接合と成形を同時に実現することもできる。アルミニウム合金の超塑性技術が応用されている部位への実装及び展開が期待でき、例えば航空機部材、自動車部材、極低温タンクなどへの応用が期待できる。
【実施例0030】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、以下の記述においてポリエーテルエーテルケトンをPEEK、炭素繊維をCFと略記することがある。
アルミニウム合金は、A2024、A5052を使用した。アルミニウム合金A2024の組成(質量%)は、Si:0.50、Fe:0.50、Cu:3.8~4.9、Mn:0.30~0.9、Mg:1.2~1.8、Cr:0.10、Zn:0.25、Ti:0.15、Al:Bal.である。アルミニウム合金A5052の組成(質量%)は、Si:0.25、Fe:0.40、Cu:0.10、Mn:0.10、Mg:2.2~2.8、Cr:0.15~0.35、Zn:0.10、Ti:0.15、Al:0.15、Other:0.15、Al:Bal.である。
アルミニウム合金にはシランカップリンリング処理の前に適宜、接合面の洗浄や親水化のためのUV照射処理を行った。
【0031】
<実施例1>
アルミニウム合金A2024とCF/PEEK積層板(以下、CFRTPという。)の接合強度に及ぼすシランカップリング処理の影響を評価した。
【0032】
CFRTPの仕様
マトリックス樹脂 PEEK樹脂
融点 343℃
繊維体積比 58.6%
炭素繊維 擬似等方性複合材積層板
PEEKフィルムの仕様
Shin-Etsu Sepla Film
厚み 150μm
【0033】
シランカップリング剤
1)アミノシラン
N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン
【化1】
2)イソシアネートシラン
3-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン
【化2】
3)アミノフェニル+フェニルイソシアネート
熱分解防止のため、3-アミノフェニルトリメトキシシランを加水分解した1質量%水溶液にアルミニウム合金片を60℃で2時間浸漬後、130℃で60分乾燥し、次いで25mol/Lのフェニルイソシアネート水溶液に24時間浸漬して、下記の化学構造で処理したアルミニウム合金片を得た。
【化3】
【0034】
シランカップリング剤のうちアミノシランは、水に添加し10質量%水溶液として、20分加水分解した。イソシアネートシランは、水に添加し1質量%水溶液として、20分加水分解した。
【0035】
シランカップリング処理は、シランカップリング剤を加水分解した水溶液中に矩形アルミニウム合金片の一片側を10分浸漬し、取り出してオーブン中にて130℃で60分乾燥することにより行った。
【0036】
試験片形状はJIS K 6850に準じて作製した。アルミニウム合金とCFRTPを、接合面にPEEKフィルム(厚さ150μm)を挿入し、
図1に示すように重ね合わせた。
ホットプレス下部を390℃に加熱し、100℃に加熱したホットプレス上部を6.27MPaで20分加圧し、加圧したまま炉内で徐冷して試験片を得た。
【0037】
引張せん断試験は1mm/minで行い、次式より接合強度を得た。
接合強度[MPa]=破断荷重[N]/接合面積[mm2]
アミノシラン、イソシアネートシラン、アミノフェニル+フェニルイソシアネートのいずれもPEEKを母材とするCFRTPとアルミニウム合金とを接合し、接合強度はそれぞれ15.92MPa、3.13MPa、2.81MPaであった。
【0038】
アミノシランを用いた試験片における引張せん断試験後の破面を観察した(
図2)。アミノシランを用いた試験片に一部炭素繊維の付着を確認した。
図3は、アミノシランを用いた試験片における破面中央部をFE-SEMにより観察した写真である。炭素繊維・樹脂界面や樹脂内部での破断が見られ、強い化学結合が確認された。アミノ基によるPEEKとの共有結合の形成が強度発現に影響すると考えられる。
【0039】
<実施例2>
シランカップリング剤の加水分解時間が接合強度に与える影響を評価した。
CFRTPは炭素繊維として実施例1における擬似等方材を使用し、PEEKフィルムは実施例1におけるものを用いた。シランカップリング剤は(a)アミノシランの加水分解物(濃度10質量%、加水分解後の乾燥温度130℃、乾燥時間60分)又は(b)イソシアネートシランの加水分解物(濃度1質量%、加水分解後の乾燥温度130℃、乾燥時間60分)を用いた。アルミニウム合金は実施例1におけるA2024を用い、プレス圧力6.27MPa、接合温度390℃、接合時間20分でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。
【0040】
図4は、(a)アミノシランと(b)イソシアネートシランの加水分解時間と接合強度との関係を示す。加水分解時間が接合強度に大きな影響を及ぼし、アミノシランは短時間で加水分解したのに対し、イソシアネートシランは加水分解に時間がかかり、最適な処理時間がある。
【0041】
ガスクロマトグラフを用いてアミノシラン・イソシアネートシラン水溶液中(1質量%)のメタノール・エタノール生成量を30分ごとに測定した。
図5は時間経過と、(a)アミノシラン水溶液中のメタノール濃度、(b)イソシアネートシラン水溶液中のエタノール濃度との関係を示す。アミノシランは加水分解が速く不安定であるのに対し、イソシアネートシランは加水分解が遅い。
図4の結果と一致した。
【0042】
<実施例3>
シランカップリング剤の脱水縮合に対する乾燥温度の影響を評価した。
CFRTPは炭素繊維として実施例1における擬似等方材を使用し、PEEKフィルムは実施例1におけるものを用いた。シランカップリング剤はアミノシランの加水分解物(濃度10質量%、加水分解時間20分、乾燥温度100℃、110℃、又は130℃、乾燥時間60分)を用いた。アルミニウム合金は実施例1におけるA2024を用い、プレス圧力6.27MPa、接合温度390℃、接合時間20分でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。得られた試験片の接合強度を測定したところ、0MPa(乾燥温度100℃)、2.59MPa(乾燥温度110℃)、15.1MPa(乾燥温度130℃)であった。アミノシランの脱水縮合反応は起こりにくいため,高い温度が必要であることが示唆された。
【0043】
<実施例4>
挿入するPEEKフィルムの影響を評価した。
CFRTPは炭素繊維として実施例1における擬似等方材を使用し、PEEKフィルムは、(1)フィルムなし、(2)Shin-Etsu Sepla Film(厚さ3μm)、(3)Shin-Etsu Sepla Film(厚さ150μm)を用いた。シランカップリング剤はアミノシランの加水分解物(濃度10質量%、加水分解時間20分、乾燥温度130℃、乾燥時間60分)を用いた。アルミニウム合金は実施例1におけるA2024を用い、プレス圧力6.27MPa、接合温度390℃、接合時間20分でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。得られた試験片の接合強度を測定したところ、(1)は1.73MPa、(2)は2.29MPa、(3)は15.1MPaであった。
接合面に十分な量の樹脂があると、接合強度が向上することが示唆された。
【0044】
<実施例5>
CFRTPの種類の検討を行った。
CFRTPは炭素繊維として織物材(離型剤なし)を使用し、PEEKフィルムは使用せずCFRTPとアルミニウム合金を直接重ねてホットプレス処理を行った。シランカップリング剤はイソシアネートシランの加水分解物(濃度1質量%、加水分解時間90分、乾燥温度130℃、乾燥時間60分)を用いた。アルミニウム合金は(1)A2024と(2)A5052の2種類を用いた。プレス圧力6.27MPa、接合温度400℃、接合時間5分でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。得られた試験片の接合強度を測定したところ、(1)は15.43MPa、(2)は18.17MPaであった。
【0045】
炭素繊維として織物材を用いると、PEEKフィルムを介在せずとも高い接合強度を発現した。織物CFRTPは、表面が少し厚い数ミクロンのPEEK樹脂に覆われている。実施例1における擬似等方材のCFRTPは、表面にPEEK樹脂が少ないため接合強度を得るためにPEEKフィルムを介在させる必要であったことが示唆された。アルミニウム合金は、A2024の他、A5052にも適用可能であった。
【0046】
<実施例6>
CFRTPは炭素繊維として織物材(離型剤なし)を使用し、PEEKフィルムは使用せずCFRTPとアルミニウム合金を直接重ねてホットプレス処理を行った。シランカップリング剤はイソシアネートシランの加水分解物(濃度1質量%、加水分解後の乾燥温度100℃、乾燥時間60分)を用いた。アルミニウム合金はA5052を用いた。プレス圧力6MPa、接合温度400℃、接合時間5分でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。
図6は、イソシアネートシランの加水分解時間と接合強度との関係を示す。加水分解時間は10~130分とした。加水分解時間10分で、接合強度は最大で17.7MPaが得られた。加水分解が進むと接合強度は低下したが、130分で再び増加した。
【0047】
イソシアネートを用いた試験片における引張せん断試験後の破面を観察した。
図7は加水分解10分の場合でのイソシアネートを用いた試験片における破面中央部をFE-SEMにより観察した写真である。各加水分解時間では、破面の観察により、接合強度が高いほどPEEK樹脂がアルミニウム合金表面に付着していることが確認され、界面での凝集破壊が発生していることがわかった。
図示はしないが、FTIRを測定した結果によると、時間の経過と共にイソシアネート官能基の数が最初に減少し、次に増加した。また加水分解による水酸基が最初に増加し、次に減少していることを示した。付加水の分解に伴い、シランカップリング剤分子間で脱水縮合反応が起こり、二量体が形成されると考えられる。そしてイソシアネート基の減少によりPEEK樹脂との反応回数が減少し、初期接着強度が低下したと考えられる。NMRを測定した結果によると、シランカップリング剤分子の脱水縮合により形成される二量体分子の数は、加水分解時から次第に増加すると推測される。
【0048】
<実施例7>
アルミニウム合金表面へのレーザー加工処理などの接合強度への影響を評価した。
アルミニウム合金A5052を用いて、その接合面にレーザー加工を行った。コンピュータ支援設計ソフトを用いたレーザー加工により、スキャン速度100mm/s、出力5W、周波数100kHz、加工回数20回で、グリッド幅30μm、100μmの2種類の格子構造を形成した。レーザー共焦点顕微鏡によって加工後の表面形状を確認した。
CFRTPは炭素繊維として織物材(離型剤なし)を使用し、PEEKフィルムを使用する場合にはCFRTPとアルミニウム合金の間に介在させ、使用しない場合にはCFRTPとアルミニウム合金を直接重ねてホットプレス処理を行った。
シランカップリング剤はアミノシランの加水分解物(濃度10質量%、加水分解時間10分、加水分解後の乾燥温度130℃、乾燥時間60分)を用いた。プレス圧力6MPa、接合温度400℃でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。
【0049】
図8にその結果を示す。
図8の試験片は、左から次のとおりである。
・シランカップリング処理なし アルミニウム合金へのレーザー加工:グリッド幅30μm PEEKフィルムを使用
・シランカップリング処理なし アルミニウム合金へのレーザー加工:グリッド幅100μm PEEKフィルムを使用
・シランカップリング処理あり アルミニウム合金へのレーザー加工:なし PEEKフィルムを使用
・シランカップリング処理あり アルミニウム合金へのレーザー加工:グリッド幅30μm PEEKフィルムを使用
・シランカップリング処理あり アルミニウム合金へのレーザー加工:グリッド幅100μm PEEKフィルムを使用
・シランカップリング処理あり アルミニウム合金へのレーザー加工:グリッド幅30μm PEEKフィルムなし
【0050】
接合強度は、シランカップリング処理のみと比較すると、アルミニウム合金へのグリッド幅30μmのレーザー加工で28%~78%、アルミニウム合金へのグリッド幅100μmのレーザー加工で78%~97%、レーザー加工によるマイクロ構造のみと比較すると、シランカップリング処理することで、アルミニウム合金へのグリッド幅30μmのレーザー加工で85%~158%、アルミニウム合金へのグリッド幅100μmのレーザー加工で41%~55%増加した。
レーザー加工による界面マイクロ構造とシランカップリング処理の両立による接合強度の向上が見られた。PEEKフィルムを挟むことによる接合強度の向上が見られた。界面マイクロ構造の形状により、構造表面積と構造幅・深さが変化し、それぞれシランカップリングの効果とアンカー効果に影響することが示唆された。
【0051】
<実施例8>
アルミニウム合金表面の微細構造が層間破壊靭性に及ぼす影響を評価した。
アルミニウム合金A5052を用いて、その接合面に実施例7と同様にレーザー加工を行い、10μm幅の直線からなる溝構造を形成した。レーザー共焦点顕微鏡によって加工後の表面形状を確認した。
また、アルミニウム合金A5052を用いて、その接合面に陽極酸化処理、エッチング処理を表1の条件で行った。
【0052】
【0053】
CFRTPは炭素繊維として織物材(離型剤なし)を使用し、PEEKフィルムを使用する場合にはCFRTPとアルミニウム合金の間に介在させ、使用しない場合にはCFRTPとアルミニウム合金を直接重ねてホットプレス処理を行った。
シランカップリング剤はアミノシランの加水分解物(濃度10質量%、加水分解時間10分、加水分解後の乾燥温度130℃、乾燥時間60分)を用いた。プレス圧力7MPa、接合温度390℃でホットプレス処理を行い、炉内で徐冷した。
【0054】
各試験片の接合条件は次のとおりである。
Si-AR
表面構造なし PEEKフィルムなし シランカップリング処理あり
Si-Laser
レーザー加工 PEEKフィルムあり シランカップリング処理あり
Si-MT
陽極酸化処理、エッチング処理 PEEKフィルムなし シランカップリング処理あり
【0055】
各試験片について、DCB(Double Cantilever Beam)静的引張試験を行った。静荷重0.5mm/minで、静的引張による予き裂を導入し、複数回のき裂進展後、定数α
0、α
1を次式より取得した。
【化4】
【0056】
【0057】
静的破壊靭性GCは、Si-ARは0.3212kJ/m2、Si-Laserは1.2221kJ/m2、Si-MTは1.8742kJ/m2であった。CF/PEEKとの熱溶着において、A5052表面に付与する構造による層間破壊靭性値への影響は、レーザー加工による溝構造では、構造のない試験片の3.8倍、陽極酸化処理・エッチング処理によるナノ構造では、構造のない試験片の5.8倍であった。