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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135079
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】厚鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240927BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240927BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20240927BHJP
   B21B 1/38 20060101ALI20240927BHJP
   B21B 45/08 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/60
C21D8/02 A
B21B1/38 Z
B21B45/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045592
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】本間 竜一
(72)【発明者】
【氏名】川田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】多根井 寛志
(72)【発明者】
【氏名】坂井 辰彦
【テーマコード(参考)】
4E002
4K032
【Fターム(参考)】
4E002AB01
4E002AD07
4E002BC05
4E002BC07
4E002BD07
4E002BD10
4K032AA02
4K032AA04
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA17
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA24
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA34
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA40
4K032BA01
4K032CA02
4K032CA03
4K032CB01
4K032CB02
4K032CC04
4K032CD06
(57)【要約】
【課題】スケールの密着性を高め、レーザー照射時のスケール剥離を抑制または防止し、それゆえレーザー切断性が改善された厚鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板と、前記鋼板の表面に形成されたスケールとを含み、前記鋼板と前記スケールの界面に形成されたSi濃化層をさらに含み、前記Si濃化層の平均厚さが1.0μm以上であり、前記鋼板と前記スケールの界面の少なくとも一部または前記鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って長さ2.0μm以上のNi偏析領域が存在し、前記Ni偏析領域のNi濃度が前記鋼板の平均Ni濃度の2.0倍以上であり、前記スケールの厚さ偏差が0.70以下であり、前記鋼板と前記スケールの界面近傍に存在するき裂の長さが20μm以下である厚鋼板およびその製造方法が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の表面に形成されたスケールとを含み、
前記鋼板と前記スケールの界面に形成されたSi濃化層をさらに含み、
前記Si濃化層の平均厚さが1.0μm以上であり、
前記鋼板と前記スケールの界面の少なくとも一部または前記鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って長さ2.0μm以上のNi偏析領域が存在し、
前記Ni偏析領域のNi濃度が前記鋼板の平均Ni濃度の2.0倍以上であり、
前記スケールの厚さ偏差が0.70以下であり、
前記鋼板と前記スケールの界面近傍に存在するき裂の長さが20μm以下である、厚鋼板。
【請求項2】
前記スケールの平均厚さが20~70μmである、請求項1に記載の厚鋼板。
【請求項3】
前記鋼板が、質量%で、
C:0.02~0.30%、
Si:0.15~1.20%、
Mn:0.30~2.20%、
P:0.003~0.060%、
S:0.010%以下、
Ni:0.05~1.50%、
Al:0.001~0.100%、
N:0.010%以下、
O:0.0035%以下、
Cu:0~1.00%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~1.00%、
W:0~0.50%、
Nb:0~0.500%、
Ti:0~0.500%、
V:0~1.000%、
B:0~0.0100%、
Sn:0~0.500%、
Sb:0~0.500%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Hf:0~0.0100%、
Te:0~0.0100%、
Sr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、ならびに
残部:Feおよび不純物からなる化学組成を有する、請求項1または2に記載の厚鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.01~1.00%、
Cr:0.01~1.00%、
Mo:0.01~1.00%、
W:0.003~0.50%、
Nb:0.003~0.500%、
Ti:0.003~0.500%、
V:0.003~1.000%、
B:0.0003~0.0100%、
Sn:0.003~0.500%、
Sb:0.003~0.500%、
Ca:0.0003~0.0100%、
Mg:0.0003~0.0100%、
Hf:0.0003~0.0100%、
Te:0.0003~0.0100%、
Sr:0.0003~0.0100%、および
REM:0.0003~0.0100%
からなる群から選択される1種または2種以上を含む、請求項3に記載の厚鋼板。
【請求項5】
スラブを加熱する工程であって、前記スラブの表面温度が1180℃~1300℃となる温度まで加熱し、40~240分保持する加熱工程、
前記スラブを熱間圧延する工程であって、圧延完了温度が1050℃~(T0-30)℃であり、累積圧下率が15~30%である圧延を施した後、1000℃~(T0-30)℃の温度範囲で高圧水デスケーリングを実施し、次いで1パスでの圧下率が各パスでの圧延前の板厚に比して30%以下である圧延を2回以上施し、前記高圧水デスケ―リング後の前記圧延のパス間時間が下記式(2)を満たすよう制御し、最終圧延パスにおける圧延完了温度を850℃以上とする熱間圧延工程、および
得られた鋼板を冷却する工程であって、熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間が下記式(3)を満たすように制御され、水冷停止温度を550~650℃とする冷却工程
を含む、請求項1または2に記載の厚鋼板の製造方法。
0は下記式(1)で求められる温度である。
0=1175-8.4[Mn]-135[P]0.5-52[Al]-24[Cr] ・・・式(1)
[Mn]、[P]、[Al]および[Cr]はスラブにおけるそれぞれの元素の含有量[質量%]である。
n≦1.00 ・・・式(2)
m=ym-1・exp[E1・km-1・exp{E2・(Jm-1+Jm)}]+E3・Rm・exp(E4・Jm
0=0.00
mは、高圧水デスケーリング実施後から圧延完了までに施す全n回の圧延において、m回目において生じるスケールのき裂の程度を表す指標であり、
1、E2、E3およびE4は定数であり、それぞれ-2.57×10-10、-1.02×10-2、2.70×101および-8.33×10-3であり、
mはm回目の圧延からm+1回目の圧延までの経過時間[秒]であり、
mはm回目の圧延を施す圧延材温度[℃]であり、
mはm回目の圧延における圧延前の板厚に対する圧下率[%]であり、
nは、上記式によりy1からy2、y3・・・と順に計算することで得られる。
1.0≦z10≦10.0 ・・・式(3)
1=F1・exp{F2/(H1-F3)}・(-H1 2+F41+F50.5・Δp0.5
n=zn 2・F1 -2・exp{2・F2/(H1-F3)}・(-Hn+1 2+F4n+1+F5-1
n=F1・exp{F2/(Hn-F3)}・(-Hn 2+F4n+F50.5・(pn-1+Δp)0.5
nは、冷却工程において熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間を10等分し、各区間が完了した後のスケールの成長度合いを表す指標であり、nは10等分した区間のn番目に当たる計算であることを示し、
1、F2、F3、F4およびF5は定数であり、それぞれ1.63×10-6、-2.50×102、3.25×102、2.94×102および1.36×106であり、
nは10等分した区間のn番目の領域における平均鋼板温度[℃]であり、
Δpは前記経過時間の10分の1の時間[秒]であり、
10は、上記計算式によりz1からz2、z3・・・と順に計算することで得られる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厚鋼板およびその製造方法に関し、より詳しくは構造体の成形に当たってレーザー切断を施して利用する厚鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、建築部材、産業機械、橋梁等の大型鋼構造物には多量の厚鋼板が使用されている。これらの鋼構造物の構築では、切断および溶接が施工工数の多くを占める。そのため、切断工数を削減するとともに、溶接工数を削減するために精度の良い切断を行うことが求められる。
【0003】
鋼板の切断方法としては、従来のガス切断に加えて、レーザー切断やプラズマ切断が知られている。レーザー切断は、従来のガス切断と比較して、切断面の精度に優れ、切断による熱影響部が小さく、さらには自動化による工数削減が可能なことから薄手の鋼板の切断を中心に普及してきた。近年では、高出力のレーザー切断機の実用化により、前記大型鋼構造物に用いられる厚手の鋼板の切断においてもレーザー切断が行われることがある。
【0004】
厚鋼板等の鋼板の製造はスラブを熱間圧延する工程を一般に含み、熱間圧延された鋼板には大気中で酸化してその表面にスケール(酸化鉄)が形成することが知られている。鋼板のレーザー切断はレーザーを照射することによって鋼板に熱を与え、鋼板を溶融させて切断することから、レーザーが照射された箇所における吸熱性の変化によって溶融状況が大きく変化する。鋼板の吸熱性は表面のスケール並びにスケールと地鉄の界面の状態によって大きく変動するため、その状態によっては鋼板が安定して切断できなかったり、切断面にえぐれた異常切断部が生じたりし、却って工数の増大や切断精度の劣化が起こる。特に、レーザー照射によって表面のスケールが不規則に剥離する場合、吸熱性も同様に不規則に大きく変動するため、レーザー切断は特に不安定となり、バーニングと呼ばれる切断部からの溶融物の噴出が発生する。
【0005】
レーザー切断性を改善する手法として、例えば、特許文献1では、鋼板の表面にチタニア粉末および亜鉛粉末およびアルミニウム粉末および黒色酸化鉄顔料、黒色焼成顔料の1種または2種以上からなる着色顔料を含有する乾燥塗膜を付与した鋼材が提案されている。特許文献1では、塗装鋼材の塗膜中にレーザー吸収性の高いチタニア粉末を添加してレーザーの吸収率を高めることによりレーザー切断性を向上させることが教示されている。また、特許文献2では、表面に2以上のアルコキシ基を有するアルコキシシランおよび/もしくはその加水分解物もしくは縮合物(例、テトラアルコキシシラン)、亜鉛末、ならびにリン酸アルミニウム(好ましくはトリポリリン酸アルミニウム)の粉末もしくはリン酸アルミニウムとリン酸亜鉛との混合粉末を含有する塗料組成物を塗布した鋼材が提示されている。
【0006】
一方、特許文献3では、レーザー切断性を改善するために、鋼板表面のスケールに占めるマグネタイト相(Fe34)の割合を85%以上として密着性を高め、かつ、当該スケールの厚さを6μm以下に制限した鋼板が提示されている。
【0007】
また、特許文献4および5では、厚鋼板においてレーザー切断前に存在するスケールと地鉄の界面の剥離を低減し、かつ、スケール中に存在する空孔を低減することで、レーザー切断性を改善することが提案されている。
【0008】
また、特許文献6では、スケール中にSiが0.4%以上のSi濃化域が層状に存在し、Si濃化域の表層側にAl/Si比が0.3以上のAl濃化域が層状に存在することで安定した切断性を確保できると記載されている。特許文献7では、鋼板のスケールと地鉄の界面の地鉄側に合金元素の濃化した内部酸化層を形成し、それによってスケールの耐剥離性を高めることが提案されている。更に、特許文献8では、厚鋼板のスケールと地鉄の界面に合金元素の濃化域を形成し、加えて、スケール中に存在する空孔を低減することで、レーザー切断性を高めることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2013/065349号
【特許文献2】特開2008-156377号公報
【特許文献3】特開2003-221640号公報
【特許文献4】特開2002-332540号公報
【特許文献5】特開2005-271074号公報
【特許文献6】国際公開第2012/014851号
【特許文献7】特開平09-078180号公報
【特許文献8】特開2002-332541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
人口減社会における省コスト化のため、鋼板をレーザーによって切断するに当たって、その自動化の要求は一層高まっている。一方、構造体の大型化による切断対象の厚肉化と、高出力のファイバーレーザーによる切断の高速化に対応するため、従来よりも更にレーザー切断性に優れた鋼板が必要とされている。具体的には、レーザー切断性を改善するために、従来よりも高出力のレーザー照射に対して不規則に剥離しない、密着性に非常に優れたスケールを有する鋼板が求められている。
【0011】
特許文献3に記載の鋼板では、スケールの不規則な剥離に対する対策が為されているが、圧延の全パスにおいて高圧水によるデスケーリングを施す必要があり、根本の課題である省コスト化に対する対応としては依然として改善の余地がある。また、特許文献7では、スケールの耐剥離性の改善について検討されているが、レーザー出力の上昇に対して依然として改善の余地がある。
【0012】
そこで、本発明は、スケールの密着性を高め、レーザー照射時のスケール剥離を抑制または防止し、それゆえレーザー切断性が改善された厚鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成するため、レーザー切断において安定して切断を行うために必要な鋼板表層について検討を行った。その結果、レーザー切断面に不良が発生する場合には、レーザーを照射した箇所において不規則にスケールが剥離していることを知見した。これはレーザー照射により生じた熱応力により鋼板(地鉄)/スケール界面での密着性が低い部分に部分的にスケール剥離が生じているためと推定された。
【0014】
本発明者らは、レーザー切断面における不良発生を抑制するため、鋼板/スケールでの密着性を高めることを指向し、種々の検討を行った。まず、加熱炉において鋼板/スケール界面にSi濃化層、鋼板/スケール界面または鋼板の表面近傍の粒界にNi偏析領域を発生させる。続いて、デスケーリングによってSi濃化層およびNi偏析領域を残してその上のスケールを除去することで鋼板の表面を均質化することができる。そして、その後の冷却過程を適正に制御することで安定したスケール成長を促すことができる。その結果、密着性に優れたスケールを鋼板表層の全域で得ることができることを見出した。
【0015】
上記目的を達成し得た本発明は下記の通りである。
(1)鋼板と、前記鋼板の表面に形成されたスケールとを含み、
前記鋼板と前記スケールの界面に形成されたSi濃化層をさらに含み、
前記Si濃化層の平均厚さが1.0μm以上であり、
前記鋼板と前記スケールの界面の少なくとも一部または前記鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って長さ2.0μm以上のNi偏析領域が存在し、
前記Ni偏析領域のNi濃度が前記鋼板の平均Ni濃度の2.0倍以上であり、
前記スケールの厚さ偏差が0.70以下であり、
前記鋼板と前記スケールの界面近傍に存在するき裂の長さが20μm以下である、厚鋼板。
(2)前記スケールの平均厚さが20~70μmである、上記(1)に記載の厚鋼板。
(3)前記鋼板が、質量%で、
C:0.02~0.30%、
Si:0.15~1.20%、
Mn:0.30~2.20%、
P:0.003~0.060%、
S:0.010%以下、
Ni:0.05~1.50%、
Al:0.001~0.100%、
N:0.010%以下、
O:0.0035%以下、
Cu:0~1.00%、
Cr:0~1.00%、
Mo:0~1.00%、
W:0~0.50%、
Nb:0~0.500%、
Ti:0~0.500%、
V:0~1.000%、
B:0~0.0100%、
Sn:0~0.500%、
Sb:0~0.500%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Hf:0~0.0100%、
Te:0~0.0100%、
Sr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、ならびに
残部:Feおよび不純物からなる化学組成を有する、上記(1)または(2)に記載の厚鋼板。
(4)前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.01~1.00%、
Cr:0.01~1.00%、
Mo:0.01~1.00%、
W:0.003~0.50%、
Nb:0.003~0.500%、
Ti:0.003~0.500%、
V:0.003~1.000%、
B:0.0003~0.0100%、
Sn:0.003~0.500%、
Sb:0.003~0.500%、
Ca:0.0003~0.0100%、
Mg:0.0003~0.0100%、
Hf:0.0003~0.0100%、
Te:0.0003~0.0100%、
Sr:0.0003~0.0100%、および
REM:0.0003~0.0100%
からなる群から選択される1種または2種以上を含む、上記(3)に記載の厚鋼板。
(5)スラブを加熱する工程であって、前記スラブの表面温度が1180℃~1300℃となる温度まで加熱し、40~240分保持する加熱工程、
前記スラブを熱間圧延する工程であって、圧延完了温度が1050℃~(T0-30)℃であり、累積圧下率が15~30%である圧延を施した後、1000℃~(T0-30)℃の温度範囲で高圧水デスケーリングを実施し、次いで1パスでの圧下率が各パスでの圧延前の板厚に比して30%以下である圧延を2回以上施し、前記高圧水デスケ―リング後の前記圧延のパス間時間が下記式(2)を満たすよう制御し、最終圧延パスにおける圧延完了温度を850℃以上とする熱間圧延工程、および
得られた鋼板を冷却する工程であって、熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間が下記式(3)を満たすように制御され、水冷停止温度を550~650℃とする冷却工程
を含む、上記(1)~(4)のいずれか1項に記載の厚鋼板の製造方法。
0は下記式(1)で求められる温度である。
0=1175-8.4[Mn]-135[P]0.5-52[Al]-24[Cr] ・・・式(1)
[Mn]、[P]、[Al]および[Cr]はスラブにおけるそれぞれの元素の含有量[質量%]である。
n≦1.00 ・・・式(2)
m=ym-1・exp[E1・km-1・exp{E2・(Jm-1+Jm)}]+E3・Rm・exp(E4・Jm
0=0.00
mは、高圧水デスケーリング実施後から圧延完了までに施す全n回の圧延において、m回目において生じるスケールのき裂の程度を表す指標であり、
1、E2、E3およびE4は定数であり、それぞれ-2.57×10-10、-1.02×10-2、2.70×101および-8.33×10-3であり、
mはm回目の圧延からm+1回目の圧延までの経過時間[秒]であり、
mはm回目の圧延を施す圧延材温度[℃]であり、
mはm回目の圧延における圧延前の板厚に対する圧下率[%]であり、
nは、上記式によりy1からy2、y3・・・と順に計算することで得られる。
1.0≦z10≦10.0 ・・・式(3)
1=F1・exp{F2/(H1-F3)}・(-H1 2+F41+F50.5・Δp0.5
n=zn 2・F1 -2・exp{2・F2/(H1-F3)}・(-Hn+1 2+F4n+1+F5-1
n=F1・exp{F2/(Hn-F3)}・(-Hn 2+F4n+F50.5・(pn-1+Δp)0.5
nは、冷却工程において熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間を10等分し、各区間が完了した後のスケールの成長度合いを表す指標であり、nは10等分した区間のn番目に当たる計算であることを示し、
1、F2、F3、F4およびF5は定数であり、それぞれ1.63×10-6、-2.50×102、3.25×102、2.94×102および1.36×106であり、
nは10等分した区間のn番目の領域における平均鋼板温度[℃]であり、
Δpは前記経過時間の10分の1の時間[秒]であり、
10は、上記計算式によりz1からz2、z3・・・と順に計算することで得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、スケールの密着性を高めることで、レーザー照射時のスケールの剥離が抑制または防止でされ、それゆえレーザー切断性が改善された厚鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施形態に係る厚鋼板の模式図である。
図2】EBSD法を用いた結晶方位解析によるスケール内部の層分布(ヘマタイト、マグネタイトおよびウスタイト)を示す。
図3】EPMAによるSi濃度マップを示す。
図4】EPMAによる酸素濃度マップを示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る厚鋼板およびその製造方法についてより詳しく説明するが、これらの説明は本発明の好ましい形態の例示を意図するものであって、本発明を特定の実施形態に限定することを意図するものではない。
【0019】
[好ましい化学組成]
本発明の実施形態においては、鋼板の化学組成は、特に限定されず、レーザー切断において適用するのに有用な範囲内で適切に決定すればよい。本発明は、上記のとおり、スケールの密着性を高め、レーザー照射時のスケール剥離を抑制または防止し、それゆえレーザー切断性が改善された厚鋼板を提供することを目的とするものであって、鋼板と、鋼板の表面に形成されたスケールとを含み、鋼板とスケールの界面に形成されたSi濃化層をさらに含み、Si濃化層の平均厚さが1.0μm以上であり、鋼板とスケールの界面の少なくとも一部または鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って長さ2.0μm以上のNi偏析領域が存在し、Ni偏析領域のNi濃度が鋼板(地鉄)の平均Ni濃度の2.0倍以上であり、スケールの厚さ偏差が0.70以下であることによって上記の目的を達成するものである。したがって、鋼板の化学組成自体は、本発明の目的を達成する上で必須の技術的特徴でないことは明らかである。以下、本発明の実施形態に係る鋼板の好ましい化学組成について説明するが、これらの説明は、単なる例示を意図するものであって、本発明をこのような特定の化学組成を有する鋼板に限定することを意図するものではない。また、以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りが無い限り、「質量%」を意味するものである。
【0020】
[C:0.02~0.30%]
Cは強度を大きく高める元素であり、強度を高めるため、0.02%以上含有することが好ましく、0.04%以上含有することが更に好ましい。一方、Cが0.30%を超えると、鋼板の靭性が大きく劣化するため、Cの含有量は0.30%以下とすることが好ましい。また、Cは溶接性および溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点から、Cの含有量は0.20%以下であることが好ましく、0.18%以下であることが更に好ましい。
【0021】
[Si:0.15~1.20%]
Siは鋼板とスケールの界面にSi濃化層を形成する元素であり、鋼板が適量のSiを含むことにより、本発明の実施形態に係る厚鋼板における特徴を有するスケールおよびSi濃化層を形成することができる。Si濃化層を鋼板/スケール界面に十分に形成するため、Si含有量は0.15%以上とすることが好ましい。スケール密着性を高めるには、Si含有量は0.20%以上とすることが好ましく、0.30%以上とすることが更に好ましい。一方、Siの含有量が多いと、Si濃化層が鋼板/スケール界面に過剰に形成し、鋼板の表面におけるスケールの形成挙動が不均質となって、レーザー切断性が劣化するため、Siの含有量は1.20%以下とすることが好ましい。また、Siは鋼板の靭性を損なう元素であり、この観点からSiの含有量は1.00%以下であることが好ましく、0.80%以下であることが更に好ましい。
【0022】
[Mn:0.30~2.20%]
Mnは強度の向上に寄与する元素であり、この効果を十分に得るため、Mnの含有量は0.30%以上とすることが好ましい。強度を高める観点から、Mnの含有量は0.40%以上とすることが好ましく、0.50%以上とすることが更に好ましい。一方、Mnを過度に含有すると、Si濃化層の形成が過剰に促進され、鋼板の表面におけるスケールの形成挙動が不均質となって、レーザー切断性が劣化するため、Mnの含有量は2.20%以下に制限することが好ましい。この観点から、Mnの含有量は2.00%以下であることが好ましく、1.80%以下であることが更に好ましい。
【0023】
[P:0.003~0.060%]
Pは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素であり、0.003%未満に制限することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくない。この観点から、Pの含有量は0.003%以上とすることが好ましい。また、PはSi濃化層の形成を促進する元素であり、この観点からPの含有量は0.005%以上とすることが好ましく、0.008%以上とすることが更に好ましい。一方、Pを過度に含有すると、Si濃化層の形成が過剰に促進され、鋼板の表面におけるスケールの形成挙動が不均質となり、レーザー切断性が劣化する。この観点から、Pの含有量は0.060%以下に制限することが好ましく、0.050%以下であることがより好ましく、0.040%以下であることが更に好ましい。
【0024】
[S:0.010%以下]
Sは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素であり、粗大な硫化物を形成して靭性を低下させる元素である。この観点から、Sの含有量は0.010%以下に制限することが好ましく、0.006%以下であることがより好ましく、0.004%以下であることが更に好ましい。
[Ni:0.05~1.50%]
Niは、鋼板とスケールの界面の少なくとも一部または前記鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って偏析し、鋼板とスケールの密着性を高め、鋼板のレーザー切断性を高める元素である。この効果を得るには、Niの含有量は0.05%以上とすることが好ましく、0.08%以上とすることが更に好ましい。一方、Niの含有量が過剰であると、鋳片の表面に疵が発生し、圧延に支障が生じる懸念があるため、Niの含有量は1.50%以下に制限することが好ましい。また、Niは溶接性を劣化させるため、Niの含有量は1.30%以下とすることが更に好ましい。
【0025】
[Al:0.001~0.100%]
Alは脱酸元素であり、その効果を得るため、Alの含有量は0.001%以上とすることが好ましい。脱酸効果を十分に発揮するためには、Alの含有量は0.005%以上であることが好ましい。更に、AlはSi濃化層の形成を促進する元素であり、この観点から、Alの含有量は0.010%以上とすることが好ましい。一方、Alを過度に含有すると、Si濃化層の形成が過剰に促進され、レーザー切断性が損なわれるため、Alの含有量は0.100%以下に制限することが好ましく、Alの含有量は0.060%以下であることがより好ましく、0.050%以下であることが更に好ましい。
【0026】
[N:0.010%以下]
Nは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素である。多量のNが含まれると粗大な窒化物が形成され、鋼板の靭性が損なわれるため、Nの含有量は0.010%以下に制限することが好ましい。また、Nは溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点から、Nの含有量は0.009%以下にすることが好ましく、0.008%以下とすることが更に好ましい。Nの含有量の下限は特に設けないが、0.001%未満に制限することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくないため、0.001%以上とすることが好ましい。
【0027】
[O:0.0035%以下]
Oは一般的な製鉄法において不可避的に含まれる元素である。多量のOが含まれると粗大な酸化物が形成され、鋼板の靭性が損なわれるため、Oの含有量は0.0035%以下に制限することが好ましい。また、Oは溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点から、Oの含有量は0.0030%以下にすることが好ましく、0.0025%以下とすることが更に好ましい。Oの含有量の下限は特に設けないが、0.0002%未満に制限することは製錬工程における負荷が大きく、経済的に好ましくないため、0.0002%以上とすることが好ましい。
【0028】
本発明の実施形態に係る鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて以下の任意選択元素のうち1種または2種以上を含有してもよい。鋼板は、Cu:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Mo:0~1.00%およびW:0~0.50%からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。また、鋼板は、Nb:0~0.500%、Ti:0~0.500%およびV:0~1.000%からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。また、鋼板は、B:0~0.0100%を含有してもよい。また、鋼板は、Sn:0~0.500%およびSb:0~0.500%からなる群から選択される1種または2種を含有してもよい。また、鋼板は、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Hf:0~0.0100%、Te:0~0.0100%、Sr:0~0.0100%およびREM:0~0.0100%からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0029】
[Cu:0~1.00%]
Cuは、鋼板とスケールの密着性を高め、鋼板のレーザー切断性を高める元素である。Cuの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上であってもよい。この効果を得るには、Cuの含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.04%以上とすることが更に好ましい。一方、Cuの含有量が過剰であると、鋳片の表面に疵が発生し、圧延に支障が生じる懸念があるため、Cuの含有量は1.00%以下に制限することが好ましい。また、Cuは溶接性を劣化させるため、Cuの含有量は0.50%以下とすることが更に好ましい。
【0030】
[Cr:0~1.00%]
Crは強度の向上に寄与する元素である。Crの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.01%以上であってもよい。また、CrはSi濃化層を主として構成するファイアライトの形成を促進する元素であり、この観点から、Crの含有量は0.05%以上とすることが好ましく、0.15%以上とすることが更に好ましい。一方、Crを過度に含有すると、粗大なCr炭窒化物が生成し、鋼板の靭性が大きく劣化する懸念がある。この観点から、Crの含有量は1.00%以下に制限することが好ましい。また、Crは溶接性および溶接部の靭性を損なう元素であり、この観点からCrの含有量は0.60%以下であることが好ましい。
【0031】
[Mo:0~1.00%]
Moは強度の向上に寄与する元素である。また、鋼板とスケールの界面に濃化してレーザー切断等による切断時の鋼板表面におけるFeの酸化およびそれに伴う発熱を抑制するのに有効な元素である。Moの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.01%以上であってもよい。これらの効果を高める観点から、Moの含有量は0.02%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることが更に好ましい。一方、Moを過度に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれる懸念がある。この観点から、Moの含有量は1.00%以下に制限することが好ましく、0.30%以下であることが更に好ましい。
【0032】
[W:0~0.50%]
Wは強度の向上に寄与する元素である。Wの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.003%以上であってもよい。強度を高める観点から、Wの含有量は0.05%以上とすることが好ましく、0.15%以上とすることが更に好ましい。一方、Wを過度に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれる懸念がある。この観点から、Wの含有量は0.50%以下に制限することが好ましく、0.30%以下であることが更に好ましい。
【0033】
[Nb:0~0.500%]
Nbは強度の向上に寄与する元素である。Nbの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.003%以上であってもよい。強度を高める観点から、Nbの含有量は0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることが更に好ましい。一方、Nbを過度に含有すると、粗大なNb炭窒化物が生成し、鋼板および溶接部の靭性が大きく劣化する懸念がある。この観点から、Nbの含有量は0.500%以下に制限することが好ましく、0.100%以下であることが更に好ましい。
【0034】
[Ti:0~0.500%]
Tiは強度の向上に寄与する元素である。Tiの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.003%以上であってもよい。強度を高める観点から、Tiの含有量は0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすることが更に好ましい。一方、Tiを過度に含有すると、粗大なTi炭窒化物が生成し、鋼板および溶接部の靭性が大きく劣化する懸念がある。この観点から、Tiの含有量は0.500%以下に制限することが好ましく、0.200%以下であることが更に好ましい。
【0035】
[V:0~1.000%]
Vは強度の向上に寄与する元素である。Vの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.001%以上または0.003%以上であってもよい。強度を高める観点から、Vの含有量は0.030%以上とすることが好ましく、0.080%以上とすることが更に好ましい。一方、Vを過度に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれる懸念がある。この観点から、Vの含有量は1.000%以下に制限することが好ましく、0.600%以下であることが更に好ましい。
【0036】
[B:0~0.0100%]
Bは強度の向上に寄与する元素である。Bの含有量は0%であってもよいが、含有させる場合には0.0001%以上であってもよい。強度を高める観点から、Bの含有量は0.0003%以上とすることが好ましく、0.0008%以上とすることが更に好ましい。一方、Bを過度に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれる懸念がある。この観点から、Bの含有量は0.0100%以下に制限することが好ましく、0.0035%以下であることが更に好ましい。
【0037】
[Sn:0~0.500%]
Snは、鋼板とスケールの界面に濃化し、Si濃化層の形成を促進する効果がある。Snの含有量は0%であってもよいが、スケールの密着性を高め、レーザー切断性を向上させるため、Snを0.500%以下含有しても構わない。この効果を十分に得るには、Snの含有量は0.001%以上、0.003%以上または0.005%以上であることが好ましく、0.025%以上であることが更に好ましい。一方、Snを多量に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれるため、Snの含有量は0.500%以下に制限することが好ましい。この観点から、Snの含有量は0.300%以下とすることが好ましく、0.200%以下であることが更に好ましい。
【0038】
[Sb:0~0.500%]
Sbは、鋼板とスケールの界面に濃化し、Si濃化層の形成を促進する効果がある。Sbの含有量は0%であってもよいが、スケールの密着性を高め、レーザー切断性を向上させるため、Sbの含有量は0.001%以上または0.003%以上であることが好ましい。この効果を十分に得るには、Sbの含有量は0.005%以上であることが好ましく、0.025%以上であることが更に好ましい。一方、Sbを多量に含有すると、溶接性および溶接部の靭性が損なわれるため、Sbの含有量は0.500%以下に制限することが好ましい。この観点から、Sbの含有量は0.300%以下とすることが好ましく、0.200%以下であることが更に好ましい。
【0039】
[Ca:0~0.0100%]
[Mg:0~0.0100%]
[Hf:0~0.0100%]
[Te:0~0.0100%]
[Sr:0~0.0100%]
[REM:0~0.0100%]
Ca、Mg、Hf、Te、SrおよびREMは、硫化物を微細化し、鋼板の靭性を向上させる元素である。Ca、Mg、Hf、Te、SrおよびREMの含有量は0%であってもよいが、この効果を得るには、Ca、Mg、Hf、Te、SrおよびREMの含有量は、それぞれ0.0001%以上または0.0003%以上であることが好ましい。一方、これらの元素を過度に含有すると、効果が飽和し、それゆえCa、Mg、Hf、Te、SrおよびREMを必要以上に鋼板に含有させることは製造コストの上昇を招く。従って、Ca、Mg、Hf、Te、SrおよびREMの含有量は0.0100%以下に制限することが好ましく、0.0040%以下であることが更に好ましい。ここで、REMとは、Sc、Yおよびランタノイド(La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、YbおよびLu)の総称であり、これら17元素の含有量の総計をREMの含有量とする。
【0040】
本発明の実施形態に係る鋼板において、上記の元素以外の残部はFeおよび不純物からなる。不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0041】
鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼板の化学組成は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼―赤外線吸収法を用いる。
【0042】
続いて、本発明の実施形態に係る厚鋼板について、そのスケールにおける特徴を述べる。
【0043】
本発明の実施形態に係る厚鋼板の模式図を図1に示す。図1を参照すると、本発明の実施形態に係る厚鋼板では、鋼板と、前記鋼板の表面に形成されたスケールとを含み、鋼板とスケールの界面に形成されたSi濃化層をさらに含み、鋼板とスケールの界面の少なくとも一部または鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って所定の長さを有するNi偏析領域が存在することがわかる。
【0044】
[Si濃化層の平均厚さ:1.0μm以上]
本発明の実施形態に係る厚鋼板では、Si濃化層が鋼板とスケールの界面に形成される。Si濃化層はいわゆるファイアライトによって主として形成される層である。スケールの密着性を高める観点からは、界面がSi濃化層によって十分に覆われていることが好ましい。界面のSi濃化層による被覆が不十分であると、界面にSi濃化層が存在しない箇所におけるスケールの剥離が抑制できず、スケールの密着性が低下し、更に、界面にファイアライトが存在する箇所としない箇所とでスケールの成長挙動が異なり、スケール厚の偏差が生じることにより、レーザー切断性が劣化する。鋼板とスケールの界面がSi濃化層によって適切に覆われている場合には、スケールの厚さ偏差を所望の範囲内、すなわち後で詳しく説明するように0.70以下に確実に制御することができる。このため、本発明の実施形態に係る厚鋼板においては、Si濃化層による界面の被覆割合等を規定する必要はない。Si濃化層中には50面積%超のファイアライトが存在していればよく、ファイアライトの他、他の相(ウスタイト、マグネタイト、ヘマタイト)も存在していてもよい。
【0045】
Si濃化層の平均厚さ(t)は1.0μm以上とする。Si濃化層の厚さが薄いと、スケールの密着性を高める効果が不足し、レーザー切断性が十分に改善しない。このため、Si濃化層の平均厚さは1.0μm以上とする。一方、このSi濃化層の平均厚さが過剰に厚いと、レーザー照射による熱応力によってファイアライトおよびその近傍において割れが発生しやすくなり、却ってスケールの密着性が劣化し、レーザー切断性が劣化する。Si濃化層の平均厚さは10.0μm以下が好ましい。以上の観点から、Si濃化層の平均厚さは1.0~10.0μmが好ましく、1.5~8.0または7.0μmとすることがより好ましい。
【0046】
[鋼板とスケールの界面の少なくとも一部または鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って存在するNi偏析領域:長さ2.0μm以上]
本発明の実施形態に係る厚鋼板では、Ni偏析領域を有する。Ni偏析領域とは、Niが鋼板(地鉄)の平均Ni濃度の2.0倍以上に濃化した領域をいう。Niが鋼板の平均Ni濃度の2.0倍未満であると、十分なスケール密着性が得られない。Ni偏析領域のNi濃度の上限は特に定めないが、同領域のNi濃度は大きくても鋼板の平均Ni濃度の10.0倍であり、8.0倍以下であってもよい。Ni偏析領域の長さは、スケールと鋼板の界面に垂直な断面において連続して存在するNi偏析領域の長さをいう。鋼板とスケールの界面にNi偏析領域が存在している場合には、鋼板とスケールの界面に沿った長さ(L1)を測定すればよく、例えば、界面が湾曲している場合には湾曲に沿った長さを、Ni偏析領域の長さとすればよい。また、鋼板の表面近傍の粒界に沿ってNi偏析領域が存在している場合には、粒界に沿った長さをNi偏析領域の長さ(L2)とすればよい。Ni偏析領域は、例えば、電界放出型走査型電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope(FE-SEM))を用いて、Niのマッピング分析を行うことで判別すればよい。また、電子プローブマイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalizer:EPMA)を用いた元素マッピングにより判別してもよい。本発明において、「鋼板の平均Ni濃度」とは、先に述べた誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)により測定される値をいうものである。
【0047】
Ni偏析領域は、鋼板とスケールの界面または鋼板の表面近傍の粒界に沿って存在する。これらの箇所に存在することにより鋼板(地鉄)/スケール界面の密着性が向上する。Ni偏析領域はこれらの箇所の全面に存在している必要はなく、これらの箇所の少なくとも一部に存在していればよい。そして、Ni偏析領域の長さ(L)は2.0μm以上必要である。長さが2.0μm未満の場合には、鋼板(地鉄)/スケール界面の密着性が不足し、レーザー照射時に不規則なスケール剥離が生じやすくなる。Ni偏析領域の長さの上限は規定しない。しかし、鋼板とスケールの界面または鋼板の表面近傍の粒界に沿って生成するNi偏析領域では、Niは拡散しやすいことから長くなりやすく、長い場合には7.0μmにも達する。Niの拡散は主にスラブ加熱時に生じ、加熱温度が高く、加熱時間が長いほど、Ni偏析領域の長さが長くなるが、過度に長時間の加熱を行う場合は、スラブ上に生成するスケール厚みが厚くなりすぎて圧延時のデスケーリングが困難となる。デスケーリングを適切に行えるようにスケール厚みをコントロールしようとすれば、Ni偏析領域の長さは通常15.0μm以下となる。
【0048】
[スケールの厚さ偏差:0.70以下]
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、スケール厚さが均質であることにより、熱応力の発生が抑制され、スケール密着性が高まり、優れたレーザー切断性を有する。スケールの厚さが大きく変動すると、レーザーの照射に伴うスケールの溶融によって消費される熱量が不規則に変化し、熱応力が不規則に発生して、スケール密着性が劣化する。この観点から、本発明の実施形態に係る厚鋼板では、測定されるスケールの最大厚さと最小厚さの差を平均厚さで除したスケール厚さの偏差を0.70以下に制限する。スケールの厚さ偏差が小さいほどスケール密着性は高まるため、スケールの厚さ偏差を0.60以下とすることが好ましく、0.55以下とすることがより好ましく、0.50以下とすることが更に好ましい。スケールの厚さ偏差の下限は特に設定しないが、0.03未満となると、スケールの厚さ偏差を小さくする効果が飽和するため、経済的観点からは0.03以上とすることが好ましく、0.05以上または0.08以上であってもよい。
【0049】
[鋼板とスケールの界面近傍に存在するき裂の長さが20μm以下]
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、鋼板とスケールの界面近傍に存在するき裂の長さが20μm以下であることにより、優れたレーザー切断性を有する。き裂はSi濃化層またはNi偏析領域が存在しない箇所に比較的発生しやすく、鋼板(地鉄)とスケールに挟まれて存在している場合が多い。スケールの厚さの変動が小さくても、き裂がある場合には、レーザーの照射に伴う熱応力によりスケールが剥離しやすくなるため、レーザーによる溶融現象が不安定となりやすく、切断面に大きな凹凸が生じて切断不良が発生しやすくなる。ただし、き裂が小さい場合には、熱応力によりスケールが剥離することはなく、レーザーによる安定的な溶融が可能となり、平滑な切断面が得られる。この観点から、本発明の実施形態に係る厚鋼板では、鋼板とスケールの界面近傍に存在するき裂の長さを20μm以下とする。き裂の長さは小さいほど好ましく、長さを15μm以下とすることが好ましく、10μmとすることがより好ましく、5μm以下とすることが更に好ましい。き裂の長さの下限は特に設定しない。なお、き裂の長さは、スケールと鋼板の界面に垂直な断面について光学顕微鏡により写真を撮りその電子画像からき裂の長さを求めればよい。
【0050】
[スケールの平均厚さ:20~70μm]
本発明の実施形態に係る厚鋼板における表面に形成されたスケールの平均厚さ(T)は20~70μmとすることが好ましい。スケールをより厚くすることで、レーザー照射時における鋼板温度の急激な上昇が抑制されるため、溶鋼量の増加に起因する切断不良の発生を確実に抑制することが可能となる。この観点から、スケールの平均厚さは20μm以上とすることが好ましく、30μm以上とすることが更に好ましい。一方、スケールが厚くなりすぎると、レーザー照射時に鋼板(地鉄)/スケール界面に生じる熱応力が高くなり、スケールの密着性が低下する場合がある。このため、スケールの密着性をより高める観点からは、スケールの平均厚さは70μm以下とすることが好ましく、60μm以下とすることが更に好ましい。
【0051】
本発明の実施形態に係る厚鋼板におけるスケールは、上記特徴を満たす範囲において、ヘマタイト(Fe23)、ウスタイト(FeO)、合金酸化物、フェライト、金属粒をさらに含んでいても構わない。
【0052】
ここまで述べたスケールの特徴の評価は、スケールの断面における結晶方位解析ならびに組織観察によって行う。具体的には、厚鋼板の幅方向に1/2の箇所から小片を切り出し、圧延方向に平行で板面に垂直な断面を観察面とし、観察面に湿式研磨およびコロイダルシリカによる研磨を施して鏡面とし、厚鋼板の最表面から鋼板/スケール界面までの区間において、電界放出型走査型電子顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope(FE-SEM))を用いた観察と、FE-SEMに搭載した電子線後方散乱回折法(Electron Backscattering Diffraction:EBSD法)を用いた結晶方位解析装置による解析と、更に、電子プローブマイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalizer:EPMA)による元素マッピングとを行う。
【0053】
EBSD法を用いた結晶方位解析により、図2に示す通り、スケール内部の層分布が分かる。また、EBSD法により、Si濃化層(ファイアライトによって主として構成)の存在も検出されるが、特にファイアライトの結晶構造は複雑であり、EBSD法によって得られる検出パターンが微弱となるため、図2に示すマップからSi濃化層の厚さを求めることはできない。そこで、EBSD法によってSi濃化層が検出された箇所において、EPMAによって元素マッピングを行うと、図3に示す通り、Siの濃化部が観察される。ここで、各測定点において、検出されたSiの濃度が5.0質量%以上となる測定点をファイアライトと判断する。また、図4に示す通り、前記元素マッピングによって得られる酸素濃度のマップから判断される鋼板/スケール界面に対し、その界面から板厚方向に2.0μm以内にファイアライトが存在する場合、前記スケールのその箇所はファイアライトに被覆されていると判断する。このようにして特定されたファイアライトが鋼板とスケールの界面において50面積%超の割合で存在する領域をSi濃化層として決定する。更に、鉄、酸素、および、置換型元素(Si、Mn、Ni、CuおよびCr)の元素濃度マップから、これらの元素量の合計が50at%未満となる測定点を空隙と判断し、これらがスケール中で連続して存在する箇所を、スケール中のき裂であると判断する。
【0054】
各観察サンプルにおいて、観察面における表層の評価は、圧延方向に平行な長さ100μmの範囲において行い、EBSD法による結晶方位解析およびEPMAによる元素マッピングの測定ステップは0.3μmとする。スケールおよびスケール内の各層の厚さは、各観察サンプルにおいて板面に垂直な方向に任意の5本の線を引き、それぞれの線上においてスケールおよびSi濃化層に対応する線分の長さを評価し、5つの線における値の単純平均によって同サンプルにおけるSi濃化層の厚さとする。また、同様に5箇所で測定したスケール厚に対し、そのうちで最大の値と最小の値の差を求め、この差を5箇所のスケール厚の平均値で除し、スケール厚の偏差とする。また、5箇所のスケール厚の平均値をスケールの平均厚さとする。
【0055】
本発明の実施形態に係る厚鋼板は、レーザー切断の適用が可能である任意の厚さを有することができ、特に限定されないが、例えば6~40mmの板厚を有していてもよい。板厚は、例えば8mm以上、10mm以上、15mm以上または20mm以上であってもよい。同様に、板厚は、例えば35mm以下、30mm以下または25mm以下であってもよい。
【0056】
続いて、本発明の実施形態に係る厚鋼板の製造方法について、以下で工程順に説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る厚鋼板を製造するための特徴的な方法の例示であって、当該厚鋼板を、以下に説明する製造方法によって製造されるものに限定するものではない。
【0057】
本発明の実施形態に係る厚鋼板の製造方法は、
スラブを加熱する工程であって、前記スラブの表面温度が1180℃~1300℃となる温度まで加熱し、40~240分保持する加熱工程、
前記スラブを熱間圧延する工程であって、圧延完了温度が1050℃~(T0-30)℃であり、累積圧下率が15~30%である圧延を施した後、1000℃~(T0-30)℃の温度範囲で高圧水デスケーリングを実施し、次いで1パスでの圧下率が各パスでの圧延前の板厚に比して30%以下である圧延を2回以上施し、前記高圧水デスケ―リング後の前記圧延のパス間時間が下記式(2)を満たすよう制御し、最終圧延パスにおける圧延完了温度を850℃以上とする熱間圧延工程、および
得られた鋼板を冷却する工程であって、熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間が下記式(3)を満たすように制御され、水冷停止温度を550~650℃とする冷却工程
を含むことを特徴としている。
0は下記式(1)で求められる温度である。
0=1175-8.4[Mn]-135[P]0.5-52[Al]-24[Cr] ・・・式(1)
[Mn]、[P]、[Al]および[Cr]はスラブにおけるそれぞれの元素の含有量[質量%]である。
n≦1.00 ・・・式(2)
m=ym-1・exp[E1・km-1・exp{E2・(Jm-1+Jm)}]+E3・Rm・exp(E4・Jm
0=0.00
mは、高圧水デスケーリング実施後から圧延完了までに施す全n回の圧延において、m回目において生じるスケールのき裂の程度を表す指標であり、
1、E2、E3およびE4は定数であり、それぞれ-2.57×10-10、-1.02×10-2、2.70×101および-8.33×10-3であり、
mはm回目の圧延からm+1回目の圧延までの経過時間[秒]であり、
mはm回目の圧延を施す圧延材温度[℃]であり、
mはm回目の圧延における圧延前の板厚に対する圧下率[%]であり、
nは、上記式によりy1からy2、y3・・・と順に計算することで得られる。
1.0≦z10≦10.0 ・・・式(3)
1=F1・exp{F2/(H1-F3)}・(-H1 2+F41+F50.5・Δp0.5
n=zn 2・F1 -2・exp{2・F2/(H1-F3)}・(-Hn+1 2+F4n+1+F5-1
n=F1・exp{F2/(Hn-F3)}・(-Hn 2+F4n+F50.5・(pn-1+Δp)0.5
nは、冷却工程において熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間を10等分し、各区間が完了した後のスケールの成長度合いを表す指標であり、nは10等分した区間のn番目に当たる計算であることを示し、
1、F2、F3、F4およびF5は定数であり、それぞれ1.63×10-6、-2.50×102、3.25×102、2.94×102および1.36×106であり、
nは10等分した区間のn番目の領域における平均鋼板温度[℃]であり、
Δpは前記経過時間の10分の1の時間[秒]であり、
10は、上記計算式によりz1からz2、z3・・・と順に計算することで得られる。
【0058】
[鋳造工程]
本発明の実施形態に係る厚鋼板に適用されるスラブの製造方法は特に指定せず、例えば、連続鋳造法、あるいは、分塊法によって製造することができる。また、レーザー切断性の安定化や、製品の外観向上などを目的として、鋳造後のスラブ表面を研削し、スケールおよび鋼板/スケール界面を除いても構わない。
【0059】
[加熱工程]
製造したスラブを、熱間圧延するため、スラブの表面温度が1180℃~1300℃となる温度まで加熱し、40~240分保持する加熱処理に供する。この加熱処理によって、スラブ表面のスケール内のファイアライトを鋼板/スケール界面へと沈降させ、鋼板/スケール界面にSi濃化層を形成するとともに、鋼板/スケール界面または鋼板の表面近傍の粒界にNi偏析領域を形成する。加熱温度が1180℃を下回る、または保持時間が40分未満であると、所望のSi濃化層および/またはNi偏析領域を得ることができない。一方、加熱温度が1300℃を超えると、スケールが不均質に成長し、加熱後のデスケーリングにおいて十分にスケールを除去することができず、Si濃化層の上にスケールが残存し、スケールの厚さが不均質となってレーザー切断性が劣化する。また、保持時間が240分を超えると、スケールが厚くなり、加熱後のデスケーリングにおいてスケールの除去がしきれず、1300℃を超える加熱温度とした場合と同様に、スケールの厚さが不均質となってレーザー切断性が劣化する。加熱温度は1200~1280℃が好ましく、1220~1260℃がより好ましい。また、保持時間が60~180分が好ましく、90~150分がより好ましい。
【0060】
[熱間圧延工程]
前記加熱処理を施したスラブの表面には、剥離しやすい不均質なスケールが存在する。よって、熱間圧延および高圧水によるデスケーリングを施し、Si濃化層の上に成長した不均質なスケールを除去し、鋼板の表面にSi濃化層を露出させることで、その後のスケールの形成挙動を均質化し、その後に適正な圧延および冷却処理を施すことによって、本発明の実施形態に係る厚鋼板におけるスケールの構造を得ることができる。
【0061】
デスケーリングによってスケールを十分に除去するため、デスケーリングに先立って熱間圧延を施し、Si濃化層の上に成長したスケールを破砕する。デスケーリングに先立つ圧延は、圧延完了温度が1050℃~(T0-30)℃の温度範囲において、1回ないし複数回に分けて施し、その圧下率は、スラブ厚に対して、累積で15~30%とする。すなわち、デスケーリングに先立つ圧延を複数回に分けて施す場合には、スラブ厚に対する当該複数回の圧延完了後の板厚によって求められる累積圧下率を15~30%とする。なお、T0はスケール内部においてファイアライトの沈降が開始する指標となる温度であり、下記式(1)で求められる温度である。
0=1175-8.4[Mn]-135[P]0.5-52[Al]-24[Cr] ・・・式(1)
ここで、[Mn]、[P]、[Al]および[Cr]はスラブにおけるそれぞれの元素の含有量[質量%]である。
【0062】
デスケーリング前の圧延完了温度が1050℃を下回ると、Si濃化層がその上のスケールと共に破砕され、デスケーリングによってSi濃化層が除去され、レーザー切断性が劣化する。一方、デスケーリング前の圧延完了温度が(T0-30)℃を上回ると、Si濃化層とその上に成長するスケールとの密着性が高く、スケールの破砕が不十分となり、デスケーリング後のスケールの残存度合いが不均質となり、その後のスケールの形成挙動が不均質となって、レーザー切断性が劣化する。
【0063】
また、上記熱間圧延の累積圧下率が15%未満であると、スケールの破砕が不十分となり、デスケーリング後にスケールが不均質に残存し、その後のスケールの形成挙動が不均質となって、レーザー切断性が劣化する。一方、当該熱間圧延の累積圧下率が30%を超えると、Si濃化層が破砕し、デスケーリングによってSi濃化層が除去され、レーザー切断性が劣化する。Si濃化層の破砕を抑制するため、当該熱間圧延の累積圧下率は25%以下とすることが好ましい。
【0064】
上記熱間圧延の後、得られた圧延材に対して高圧水によるデスケーリングを施す。デスケーリングは、例えば衝突圧が10~15MPaの高圧水を用いて実施することができる。ここで、高圧水デスケーリングの実施温度が1000℃を下回ると、一部の不均質に成長したスケールが残存し、その後のスケールの形成が不均質となる。一方、高圧水デスケーリングの実施温度が(T0-30)℃を超えると、高圧水デスケーリングによって一部のSi濃化層が剥離し、結果として所望のSi濃化層の平均厚さが得られなくなる。上記の観点から、上記熱間圧延後の高圧水デスケーリングの実施温度は、1000℃~(T0-30)℃の範囲に制限する。
【0065】
上記デスケーリング後、鋼板の表層は主にSi濃化層に覆われる。鋼板を用途に応じた厚さとするため、圧延を施すが、この圧延の1パス当たりの圧下率が30%を超えると、形成されるスケールに粗大なき裂が生じ、レーザー切断性が損なわれるため、1パス当たりの圧下率を30%以下に制限する。1パス当たりの圧下率が小さいほど、スケールに形成されるき裂は小さくなり、この観点からは1パス当たりの圧下率を25%以下に制限することが好ましく、20%以下とすることが更に好ましい。一方、全ての圧延において圧下率を過剰に小さくすると、用途に応じた板厚を得るための圧延回数が嵩み、圧延を施す温度が低下し、圧延完了温度が過剰に低下するため、高圧水デスケーリング後の圧延における平均圧下率は10%以上とすることが好ましい。
【0066】
圧延の1パス当たりの圧下率を30%以下とすることで、形成されるスケールに生じるき裂の大きさを抑制することができるが、連続して圧延を施すと、そのき裂が成長し、レーザー切断性が損なわれる。そのため、圧延を連続して施すに当たり、その圧延と圧延の間に十分な経過時間を置くことにより、スケールの成長を促し、形成されたき裂を埋めることで、粗大なき裂の形成を抑制し、レーザー切断性を改善することができる。以上の観点から、上記高圧水デスケーリング後に施す圧延において、圧延と圧延の間のパス間時間が、下記式(2)を満たすように圧延を行う。
【0067】
上記高圧水デスケーリング後、Si濃化層の一部が圧延によって破砕し、スケール内に取り込まれ、スケール中に残存することを防ぐため、上記連続圧延の途中で1回あるいは2回以上の高圧水デスケーリングを施し、余剰のスケールを剥離しても構わない。
n≦1.00 ・・・式(2)
m=ym-1・exp[E1・km-1・exp{E2・(Jm-1+Jm)}]+E3・Rm・exp(E4・Jm
0=0.00
【0068】
mは高圧水デスケーリング実施後から圧延完了までに施す全n回の圧延において、そのm回目において生じるスケールのき裂の程度を表す指標であり、上記式に従ってy1から順にy2、y3・・・と連続して計算することによって圧延完了時のき裂の程度を表すynを得ることができる。ynが大きいと、スケール中のき裂は大きくなるため、上記式(2)の通り、ynの値を1.00以下に制限する。スケール中のき裂を小さくするには、ynの値は0.70以下とすることが好ましく、0.50以下とすることがさらに好ましい。ここで、kmはm回目の圧延からm+1回目の圧延までの経過時間[秒]であり、Jmはm回目の圧延を施す圧延材温度[℃]であり、Rmはm回目の圧延における同圧延前の板厚に対する圧下率[%]である。また、E1、E2、E3およびE4は定数であり、それぞれ-2.57×10-10、-1.02×10-2、2.70×101および-8.33×10-3である。
【0069】
高圧水デスケーリング後の圧延の最終圧延パスにおける圧延完了温度は850℃以上とする。850℃を下回る温度で圧延を施すと、一部のスケールが剥離し、更に、剥離したスケールが押し込まれ、スケールの厚さが不均質となり、レーザー切断性が損なわれる。前記圧延完了温度は875℃以上とすることが好ましく、900℃以上とすることが更に好ましい。上限は特に限定されないが、例えば、最終圧延パスにおける圧延完了温度は1000℃以下であってもよい。
【0070】
[冷却工程]
熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間を制御し、スケール内部に形成されたき裂のサイズを低減するため、熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間は式(3)によって管理する。ここで、熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間が短すぎ、z10が1.0を下回ると、スケールの成長が過度に抑制され、レーザー切断性が損なわれる。このため、z10を1.0以上とする。一方、熱間圧延工程完了から水冷開始までの時間が長すぎ、z10が10.0を超えると、スケールに過度に酸素が供給され、一部のき裂が却って粗大化する。このため、z10を10.0以下とする。スケールの構造を整え、レーザー切断性を高めるには、z10は2.0以上、8.0以下とすることが好ましく、3.0以上、7.0以下とすることが更に好ましい。
1.0≦z10≦10.0 ・・・式(3)
ここで、znは下記の計算によって求められる。
1=F1・exp{F2/(H1-F3)}・(-H1 2+F41+F50.5・Δp0.5
n=zn 2・F1 -2・exp{2・F2/(H1-F3)}・(-Hn+1 2+F4n+1+F5-1
n=F1・exp{F2/(Hn-F3)}・(-Hn 2+F4n+F50.5・(pn-1+Δp)0.5
【0071】
これらの計算は、冷却工程において熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間を10等分し、各区間が完了した後のスケールの成長度合い(zn)を評価するものであり、添字nは10等分した区間のn番目に当たる計算であることを示す。F1、F2、F3、F4およびF5は定数であり、それぞれ1.63×10-6、-2.50×102、3.25×102、2.94×102および1.36×106である。Hnは10等分した区間のn番目の領域における平均鋼板温度[℃]、すなわち、n番目の領域全体における所定時間ごとの温度測定値の算術平均である。Δpは、前記経過時間の10分の1の時間[秒]である。式(3)におけるz10は、上記計算式により、z1からz2、z3・・・と順に計算することで得られる。
【0072】
水冷は、鋼板温度が550~650℃に達した時点で停止する。この水冷停止温度が高すぎると、スケールが不均質に成長し、スケールの厚さが不均質となってレーザー切断性が劣化する。一方、水冷停止温度が低すぎると、水冷中に熱応力によってスケールにき裂が発生し、レーザー切断性が損なわれる。このため、水冷停止温度は550~650℃とする。
【0073】
水冷完了後の鋼板の冷却条件は、水冷後に過度に保熱すると鋼板の靭性が損なわれる懸念があり、放冷ないし空冷することが好ましい。あるいは、水冷後ないし水冷中の鋼板をコイル状に巻き取り、更に、上記の製造方法の特徴を満たした上で、水冷、空冷、および/または放冷しても構わない。また、鋼板を冷却完了後、本発明の実施形態に係る厚鋼板の特徴を損なわない範囲で、焼戻処理を施しても構わない。
【0074】
さらに、上記の加熱工程、熱間圧延工程、冷却工程に加えて、ホットレベラー等による平坦化工程を更に含んでいてもよい。
【0075】
以上のように製造した厚鋼板は、鋼板と、鋼板の表面に形成されたスケールとを含み、鋼板とスケールの界面に形成されたSi濃化層をさらに含み、Si濃化層の平均厚さが1.0μm以上であり、鋼板とスケールの界面の少なくとも一部または鋼板の表面近傍の粒界の少なくとも一部に沿って長さ2.0μm以上のNi偏析領域が存在し、Ni偏析領域のNi濃度が鋼板(地鉄)の平均Ni濃度の2.0倍以上であり、スケールの厚さ偏差が0.70以下であるため、レーザー切断作業におけるレーザー照射時のスケールの不規則な剥離を抑制または防止し、安定して任意の形状への切断を進めることができ、造成、建築、産業機械、橋梁等の構造物に供することができる。
【0076】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明する。以下の条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用する一条件例である。本発明は、これらの条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用しうる。
【実施例0077】
本発明の実施形態に係る厚鋼板を種々の条件下で製造し、得られた厚鋼板に対してレーザーを照射した際のスケール剥離の発生度合いならびにレーザー切断性について調べた。
【0078】
まず、表1に示す化学組成を有するスラブを用い、表2に示す条件で加熱工程、熱間圧延工程および冷却工程を実施することで、本発明例および比較例を含む、実験例としての厚鋼板を得た。
【0079】
【表1-1】
【0080】
【表1-2】
【0081】
【表2】
【0082】
[スケール密着性の評価]
得られた厚鋼板のスケール密着性は、厚鋼板にレーザーを照射した状態を模擬する試験によって評価した。まず、表層にスケールを含む厚鋼板を100mm×100mmに切断し、室温(20~30℃)に保持した厚鋼板表面の中央部に下記の条件でレーザーを長さ10mmに渡って照射し、表面のレーザー照射痕の中央部における長さ1mmの領域を光学顕微鏡によって観察し、同領域におけるスケールの剥離度合いを評価した。1度の照射によって、当該箇所においてスケールが剥離する面積率が30%を超えた場合を「×」、5%超30%以下を「○」、5%以下を「◎」とし、「○」または「◎」が得られた厚鋼板を、スケール密着性に優れ、レーザー照射時のスケール剥離が抑制または防止された厚鋼板であるとして、合格と判断した。その結果を表3に示す。
レーザー出力:500W
パルス周波数:60kHz
集光径:0.70mm
照射速度:3m/秒
【0083】
[レーザー切断性の評価]
レーザー切断性は切断面の条痕粗さの測定結果により評価した。レーザー切断時に生じるノッチやバーニングと言った欠陥は、式(4)に示す限界条痕粗さ(Ram)を超えたときに生じやすくなることが本発明者らの検討により明らかとなっている。すなわち、限界条痕粗さと評価対象の条痕粗さを比較することで欠陥発生のリスクを定量的に評価できる。条痕粗さの測定は、測定サンプルのレーザー切断面4面の中央部5mmの領域についてデジタルマイクロスコープ(ハイロックス社製)にてレーザー入射側の表層0.5mm位置の粗さRa(算術平均粗さ)を測定、この4面の粗さの平均値を条痕粗さ(Ra)とした。鋼板の切断面の平均条痕粗さRa(μm)を測定し、式(5)を満足した場合、レーザー切断性を「〇」、そうでない場合を「×」と評価した。
Ram = -0.34×t + 17.2 ・・・(4)
Ra < Ram ・・・(5)
【0084】
【表3】
【0085】
表1~3に記載する実験例において、実験例30は、加熱工程におけるスラブの加熱温度が低く、十分なSi濃化層およびNi偏析領域が得られず、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例31は、加熱工程におけるスラブの加熱温度が高く、スケールの厚さが厚めとなり、結果として厚さ偏差も大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例32は、加熱工程における加熱時間が短く、鋼板/スケール界面において十分なSi濃化層が得られず、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例33は、加熱工程における加熱時間が長く、スケールの厚さが厚めとなり、結果として厚さ偏差も大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例34は、デスケーリング前の圧延完了温度が低く、スケール/鋼板界面において十分なSi濃化層が得られず、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例35は、デスケーリング前の圧延完了温度が高く、スケール密着性は高くなったが、デスケーリングで十分にスケールを破砕できず、スケールの厚さ偏差が大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例36は、デスケーリングに先立つ圧延の累積圧下率が小さく、デスケーリングで十分にスケールを破砕できず、スケールの厚さ偏差が大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例37は、デスケーリングに先立つ圧延の累積圧下率が大きく、Si濃化層が粉砕されてしまい、十分なSi濃化層が得られなかった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例38は、デスケーリングの実施温度が低く、一部の不均一に成長したスケールが残存し、スケールの厚さ偏差が大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例39は、デスケーリングの実施温度が高く、デスケーリングにより一部のSi濃化層が剥離した。このため、所望のSi濃化層の平均厚さが得られず、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例40は、デスケーリング後の圧延における最大圧下率が大きく、圧延時に鋼板から一部スケールが剥離し、スケール中に大きな20μm超のき裂が生じ、レーザー切断性が劣位となった比較例である。
実験例41は、デスケーリング後の圧延において、圧延パス間の経過時間が短く、式(2)が満たされない場合であり、スケールが若干厚くなり、スケールと鋼板の界面に20μm超のき裂が生じて、レーザー切断性が劣位となった比較例である。
実験例42は、最終圧延パスにおける圧延完了温度が低く、スケールの一部が剥離し剥離したスケールが押し込まれたことで、スケールの厚さ偏差が大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
実験例43は、熱間圧延工程完了から水冷開始までの経過時間が長く、式(3)が満たされない場合であり、スケールに過度に酸素が供給され、スケールが若干厚くなり、スケールと鋼板の界面に20μm超のき裂が生じて、レーザー切断性が劣位となった比較例である。
実験例44は、水冷停止温度が低い例であり、冷却時に生じたき裂が十分に修復されず、水冷中の熱応力によってスケールと鋼板の界面に20μm超のき裂が生じて、レーザー切断性が劣位となった比較例である。
実験例45は、水冷停止温度が高い例であり、スケールが不均一に成長し、スケールの厚さ偏差が大きくなった。このため、スケール密着性が劣位となり、十分なレーザー切断性が得られなかった比較例である。
【0086】
上記の比較例を除く実験例、すなわち、実験例1~29は、本発明例であり、スケール密着性に優れ、レーザー照射時のスケール剥離が抑制または防止され、それゆえレーザー切断性に優れた鋼板が得られた。とりわけ、スケールの平均厚さが20~70μmに制御された本発明例1~24では、スケールの剥離度合いが面積率で5%以下となり、特に優れたスケール密着性を達成することができた。また、多くの本発明例において、鋼板とスケールの界面近傍に存在するき裂の長さは5μm以下であった。
図1
図2
図3
図4