(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135148
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/09 20100101AFI20240927BHJP
A01K 67/027 20240101ALI20240927BHJP
【FI】
C12N5/09
A01K67/027
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045693
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 真澄
(72)【発明者】
【氏名】上田 之雄
(72)【発明者】
【氏名】塚田 秀夫
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BA30
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法を提供すること。
【解決手段】がん細胞を低栄養環境で培養することを含む、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
がん細胞を低栄養環境で培養することを含む、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法。
【請求項2】
前記低栄養環境が、
D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が0.80mM以下;又は
D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が1.50mM以下、かつ、ピルビン酸濃度が0.30mM以下;であり、かつ、
L-グルタミン濃度が1.50mM以下である
環境である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
製造される細胞群に含まれる倍数性巨大がん細胞の割合が5%以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
低栄養環境におけるがん細胞の培養期間が6日以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
がん細胞を低栄養環境で培養することが、酸素の体積濃度が5%以上の雰囲気下で行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載した製造方法によって製造された細胞群を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか一項に記載した製造方法によって製造された、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群。
【請求項8】
がん細胞を低栄養環境で培養することを含む、細胞群における倍数性巨大がん細胞の割合を高める方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がん組織に含まれる細胞は一様でなく、少数の割合で存在する悪性度の高い細胞が、腫瘍増殖及び悪性化において中心的な役割を果たすことが知られている。このような細胞の代表的な例としては、幹細胞性を有するがん細胞であるがん幹細胞が挙げられる。がん幹細胞は腫瘍中にわずかしか存在しないが、転移、薬剤耐性、治療後の再増殖に関与すると考えられており、腫瘍の発生及び再発の主要因の一つであると考えられている。このようながん組織に含まれる悪性度の高い細胞は、がん治療における治療標的の一つとして研究が進められている。
【0003】
近年、がん組織に少数の割合で存在する悪性度の高い細胞として、倍数性巨大がん細胞(Polyploid Giant Cancer Cells、PGCC)が注目を集めている。PGCCは、通常のがん細胞の3倍以上の面積を有する倍数体細胞であるがん細胞であり、塩化コバルト(II)に対する曝露のような通常のがん細胞が細胞死を起こしてしまう環境下でも生存することができるがん細胞である(非特許文献1)。通常、がん組織に含まれるがん細胞に占めるPGCCの割合は、数%程度である。
【0004】
がん組織に少数の割合で存在する悪性度の高い細胞の生理機能の評価、あるいはこれらを治療標的としたがん治療法の開発を行う上では、このような悪性度の高い細胞の占める割合が大きい細胞群を作製し、その細胞群における遺伝子発現及びタンパク発現等の解析、あるいはその細胞群又は該細胞群を使用して作成したモデル動物を用いた薬剤の評価及びスクリーニング等を行うことが有効である。そのため、悪性度の高い細胞の占める割合が大きい細胞群を作製する方法の開発が進められている。例えばがん幹細胞に関し、特許文献1には、細胞群に低酸素ストレス及び飢餓ストレスを同時に与えることによって、分化したがん細胞に対するがん幹細胞の割合を高めることができることについて開示されている。また、例えばPGCCに関し、非特許文献2には、がん細胞に対するX線照射によってPGCCの形成が促進されることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Shiwu Zhang et al., "Generationof erythroid cells from fibroblasts and cancer cells in vitro and in vivo",Cancer Letter 333 (2): 205-212 (2013).
【非特許文献2】Zhengxiang Zhang et al.," Irradiation-inducedpolyploid giant cancer cells are involved in tumor cell repopulation via neosis",Molecular Oncology 15 (8): 2219-2234 (2021).
【非特許文献3】Genevieve Dall et al.,"Low Dose, Low Cost Estradiol Pellets Can Support MCF-7 Tumour Growth inNude Mice without Bladder Symptoms", Journal of Cancer 6(12):1331-1336(2015).
【非特許文献4】Dalis E Collins et al., "ClinicalAssessment of Urinary Tract Damage during Sustained-Release EstrogenSupplementation in Mice", Comparative Medicine 67(1): 11-21 (2017).
【非特許文献5】Jong Soon Kang et al., "LowDose Estrogen Supplementation Reduces Mortality of Mice in Estrogen-DependentHuman Tumor Xenograft Model", Biological and Pharmaceutical Bulletin32(1): 150-152 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
細胞群におけるがん幹細胞の割合を高める方法についてはある程度確立され、それによって幹細胞マーカー及び分化能等のがん幹細胞特有の性質についての解明が進みつつある一方で、細胞群におけるPGCCの割合を高める方法については未だ開発途上の段階である。例えば非特許文献2に開示されている方法は、X線照射を伴うため大規模な設備が必要であり、かつ形成されたPGCCの多くは細胞死を生じてしまうという問題点がある。
【0008】
本開示は、PGCCの割合が高められた細胞群の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、がん細胞を低栄養環境で培養すると、PGCCの割合が高められることを見出し、本開示を完成させた。
【0010】
すなわち、本開示は以下の[1]~[22]に関する。
[1]がん細胞を低栄養環境で培養することを含む、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法。
[1-2]がん細胞を低栄養環境で培養することを含む、細胞群における倍数性巨大がん細胞の割合を高める方法。
[2]上記低栄養環境が、
D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が0.80mM以下;又は
D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が1.50mM以下、かつ、ピルビン酸濃度が0.30mM以下;であり、かつ、
L-グルタミン濃度が1.50mM以下である
環境である、[1]又は[1-2]に記載の方法。
[3]上記低栄養環境が、
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が0.80mM以下;又は
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が1.50mM以下、かつ、上記代謝産物の濃度の合計が0.30mM以下;であり、かつ、
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物若しくはその代謝産物の前駆体の濃度の合計が1.50mM以下である
環境である、[1]又は[1-2]に記載の方法。
[4]上記低栄養環境が、
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が、D-グルコース若しくはピルビン酸換算で0.80mM以下;又は
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が、D-グルコース若しくはピルビン酸換算で1.50mM以下、かつ、上記代謝産物の濃度の合計が、ピルビン酸換算で0.30mM以下;であり、かつ、
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物若しくはその代謝産物の前駆体の濃度の合計が、L-グルタミン換算で1.50mM以下である
環境である、[1]又は[1-2]に記載の方法。
[5]上記低栄養環境が、
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が70.0mg/L以下;又は
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が240mg/L以下、かつ、上記代謝産物の濃度の合計が25.0mg/L以下;であり、かつ、
がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物若しくはその代謝産物の前駆体の濃度の合計が220mg/L以下である
環境である、[1]又は[1-2]に記載の方法。
[6]上記低栄養環境が、D-グルコース濃度、ピルビン酸濃度及びL-グルタミン濃度が全て0.80mM以下の環境である、[1]に記載の製造方法。
[7]低栄養環境におけるがん細胞の培養期間が6日以上である、[1]~[6]のいずれか一つに記載の方法。
[8]がん細胞を低栄養環境で培養することが、酸素の体積濃度が5%以上の雰囲気下で行われる、[1]~[7]のいずれか一つに記載の方法。
[9]製造される細胞群に含まれる倍数性巨大がん細胞の割合が5%以上である、[1]及び[2]~[8]のいずれか一つに記載の製造方法。
[10][1]及び[2]~[9]のいずれか一つに記載した製造方法によって製造された、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群。
[11][1]及び[2]~[9]のいずれか一つに記載した製造方法によって製造された細胞群を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法。
[12][1]及び[2]~[9]のいずれか一つに記載した製造方法によって製造された細胞群を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、動物(ヒトを除く)における固形がんの形成方法。
[13]上記がん細胞が、ホルモン受容体陽性のがん細胞である、[11]又は[12]に記載の方法。
[14]上記がん細胞が、エストロゲン受容体陽性のがん細胞である、[11]又は[12]に記載の方法。
[15]上記がん細胞が、MCF-7細胞である、[11]又は[12]に記載の方法。
[16]さらにホルモン剤を投与する工程を含む、[13]~[15]のいずれか一つに記載の方法。
[17]ホルモン剤を投与する工程を含まない、[13]~[15]のいずれか一つに記載の方法。
[18]上記動物(ヒトを除く)がげっ歯類の動物である、[11]~[17]のいずれか一つに記載の方法。
[19]上記動物(ヒトを除く)がマウス又はラットである、[11]~[17]のいずれか一つに記載の方法。
[20]上記動物(ヒトを除く)がマウスである、[11]~[17]のいずれか一つに記載の方法。
[21]上記固形がんが、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、前立腺がん、膠芽腫及び皮膚がんからなる群から選択されるがんである、[11]~[20]のいずれか一つに記載の方法。
[22][11]及び[13]~[21]のいずれか一つに記載の製造方法によって製造された、固形がんモデル動物(ヒトを除く)。
【発明の効果】
【0011】
本開示の方法によれば、PGCCの割合が高められた細胞群の製造方法を提供することができる。また、本開示の方法によれば、大規模な設備を必要とせず、かつ形成されたPGCCの顕著な細胞死を惹起することなく、PGCCの割合が高められた細胞群の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1において、栄養飢餓培養した細胞群における、ディッシュの単位面積当たりの生存細胞数の推移を示す図である。
【
図2】実施例1において、栄養飢餓培養した細胞群における、PGCC割合の推移を示す図である。
【
図3】実施例1において、通常培地又は栄養飢餓培地で培養したMCF-7細胞の培養開始後14日目又は26日目における位相差顕微鏡像を示す図である。
【
図4】実施例1において、通常培地又は栄養飢餓培地で培養したHeLa細胞の培養開始後10日目又は26日目における位相差顕微鏡像を示す図である。
【
図5】実施例3において、1×10
6cells/bodyのMCF-7細胞を移植した場合の、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウス各群6匹ずつにおける腫瘍体積の推移を示す図である。
【
図6】実施例3において、1×10
6cells/bodyのMCF-7細胞を移植した場合の、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を示す図である。
【
図7】実施例3において、5×10
6cells/bodyのMCF-7細胞を移植した場合の、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウス各群6匹ずつにおける腫瘍体積の推移を示す図である。
【
図8】実施例3において、5×10
6cells/bodyのMCF-7細胞を移植した場合の、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を示す図である。
【
図9】参考例1において、ホルモン剤を投与する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の平均腫瘍体積の推移を示す図である。
【
図10】参考例1において、ホルモン剤を投与する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の平均腫瘍体積の推移を示す図である。
【
図11】参考例1において、ホルモン剤を投与する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の生存曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本開示の実施形態を説明するが、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0014】
本開示の一側面は、がん細胞を低栄養環境で培養することを含む、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法、である。
【0015】
倍数性巨大がん細胞(Polyploid Giant Cancer Cells、PGCC)とは、通常のがん細胞の3倍以上の面積を有する倍数体細胞であるがん細胞であり、塩化コバルト(II)に対する曝露のような通常のがん細胞が細胞死を起こしてしまう環境下でも生存することができるがん細胞である(非特許文献1)。本開示において、あるがん細胞がPGCCであるとは、そのがん細胞が(1)倍数体細胞である、すなわち倍数体細胞の特徴である多核及び/又は巨核を有し、(2)通常のがん細胞の平均面積の3倍以上の面積を有し、かつ(3)14日以上生存可能であることを意味する。ある細胞がPGCCであるか否かの判別は、光学顕微鏡等の細胞の形状が観察可能な方法によって、例えばあるタイムポイントにおいてあるがん細胞が(1)多核及び/又は巨核を有し、かつ(2)通常のがん細胞の平均面積の3倍以上の面積を有し、さらに(3)そのタイムポイントの14日以上後に観察した際にその細胞が生存していることの全てを満たすか否かによって行うことができる。
【0016】
本開示において、「細胞群」とは、複数の細胞を含む、細胞の集団を意味する。本開示に係る細胞群は、がん細胞を含む。本開示に係る細胞群は、がん細胞のみを含んでよく、がん細胞及びがん細胞以外の細胞を含んでもよく、細胞に加えてさらに細胞外マトリックス等の細胞を含む組織に通常含まれる成分を含んでもよい。また、細胞群に含まれるがん細胞は、がん幹細胞を含んでもよい。
【0017】
通常の細胞培養環境において一般的ながん細胞の培養細胞株を培養することによって得られる細胞群に含まれるPGCCの割合、及び通常のがん組織に含まれるがん細胞に占めるPGCCの割合は、培養細胞株又はがんの種類に依存するものの、通常は数%程度である。
【0018】
本開示の一実施形態に係る「倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群」におけるPGCCの割合、すなわち本開示の一実施形態に係る製造方法によって製造される細胞群に含まれるPGCCの割合は、例えば5%以上であってよく、6%以上、7%以上、8%以上、9%以上、10%以上、11%以上、12%以上、13%以上、14%以上、15%以上、20%以上又は25%以上であってもよい。なお、本開示において、細胞群に含まれるPGCCの割合とは、ある細胞群に含まれる細胞の数に対する、その細胞群に含まれるPGCCの数の割合を意味し、その細胞群にがん細胞及びがん細胞以外の細胞が含まれる場合には、それらの合計の数に対するPGCCの数の割合を意味する。
【0019】
本開示の一実施形態に係る「倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群」におけるPGCCの割合、すなわち本開示の一実施形態に係る製造方法によって製造される細胞群に含まれるPGCCの割合は、通常の培養条件を用いること以外は同様の条件によって製造された細胞群に含まれるPGCCの割合の例えば1.5倍以上であってよく、1.8倍以上、2.1倍以上、2.4倍以上、2.7倍以上、3.0倍以上、4.0倍以上又は5.0倍以上であってもよい。
【0020】
本開示の一側面に係る倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群の製造方法は、がん細胞を低栄養環境で培養することを含む。
【0021】
本開示の製造方法に係るがん細胞は、がん化した細胞であれば特に限定されない。すなわち、がん組織に由来する細胞であってもよく、遺伝子改変等によって人工的にがん化させた細胞であってもよい。また、上記がん組織はヒトのがん組織であってもよく、ヒト以外のがん組織であってもよい。また、上記がん組織に由来する細胞は、がん組織から樹立された培養細胞株であってもよく、初代培養細胞であってもよい。また、本開示におけるがん細胞は、接着細胞であってよく、浮遊細胞であってもよい。好ましい一実施形態において、本開示におけるがん細胞は、ヒト由来のがん細胞であってもよい。
【0022】
本開示において、低栄養環境とは、細胞を培養する培地に含まれる細胞にとっての栄養が、通常の細胞培養に用いられる濃度よりも低い環境を意味する。細胞が低栄養環境に置かれると、通常の条件とは異なる代謝経路が亢進するなど、栄養不足に起因した表現系の変化が生ずることが知られているため、低栄養環境とは、このような栄養不足に起因した細胞の表現型の変化を惹起する環境であると換言することもできる。本開示において、低栄養環境に相当する培地を「栄養飢餓培地」とも記載し、低栄養環境で細胞を培養することを「栄養飢餓培養」とも記載する。
【0023】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が0.80mM以下;又はD-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が1.50mM以下、かつ、ピルビン酸濃度が0.30mM以下;であり、かつ、L-グルタミン濃度が1.50mM以下である環境である。D-グルコース、ピルビン酸及びL-グルタミンは、一般的な汎用培地に広く含まれる細胞の主な栄養源であり、がん細胞はこれらを代謝することによって高エネルギー物質であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生することができるため、D-グルコース、ピルビン酸及びL-グルタミン濃度が所定の上限以下である環境は、細胞にとって栄養源濃度が低い環境、すなわち低栄養環境になりうる。D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計は、例えば0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.75mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.20mM以下又は1.50mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、ピルビン酸濃度としては例えば0.25mM以下、0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下又は0.80mM以下であってよく、この場合におけるD-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計は、例えば0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.75mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.20mM以下、1.50mM以下、1.80mM以下、2.20mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、L-グルタミン濃度としては例えば0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.10mM以下、1.30mM以下、1.50mM以下、1.70mM以下又は2.00mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。
【0024】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が0.80mM以下;又はがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が1.50mM以下、かつ、上記代謝産物の濃度の合計が0.30mM以下;であり、かつ、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物若しくはその代謝産物の前駆体の濃度の合計が1.50mM以下である環境である。がん細胞は、上記がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物並びにそれらの前駆体を代謝することによって高エネルギー物質であるATPを産生することができるため、これらが所定の上限以下である環境は、細胞にとって栄養源濃度が低い環境、すなわち低栄養環境になりうる。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物としては、がん細胞が代謝することによってアデノシン三リン酸(ATP)を産生可能な炭水化物であれば特に限定されず、例えばD-グルコース、D-ガラクトース、D-マルトース及びD-フルクトース等が挙げられる。炭水化物の代謝産物とは、がん細胞に炭水化物を添加した際に、代謝産物として生じる物質を意味する。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物の前駆体とは、がん細胞に添加した場合に、代謝された結果としてがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物を与える物質を意味する。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物としては、がん細胞が代謝することによってアデノシン三リン酸(ATP)を産生可能な炭水化物の代謝産物であれば特に限定されず、例えばピルビン酸等が挙げられる。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物の前駆体としては、がん細胞が代謝することによって炭水化物又はその代謝産物を産生することができる炭水化物又はその代謝産物の前駆体であれば特に限定されず、例えばL-グルタミン等が挙げられる。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計は、例えば0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.75mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.20mM以下又は1.50mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物の濃度の合計としては例えば0.25mM以下、0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下又は0.80mM以下であってよく、この場合におけるがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計は、例えば0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.75mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.20mM以下、1.50mM以下、1.80mM以下、2.20mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物の前駆体の濃度の合計としては例えば0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.10mM以下、1.30mM以下、1.50mM以下、1.70mM以下又は2.00mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、この場合において、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度はD-グルコース換算されていてもよく、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物の濃度はピルビン酸換算されていてもよく、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物の濃度はL-グルタミン換算されていてもよい。D-グルコース換算、ピルビン酸換算又はL-グルタミン換算された濃度とは、炭水化物若しくはその代謝産物又はそれらの前駆体の濃度を、これらの物質ががん細胞に代謝されることによって産生されるATPの数で除した後に、D-グルコース、ピルビン酸又はL-グルタミンががん細胞に代謝されることによって産生されるATPの数を乗ずることによって得られる換算濃度を意味する。
【0025】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が70.0mg/L以下;又はがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計が240mg/L以下、かつ、上記代謝産物の濃度の合計が25.0mg/L以下;であり、かつ、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物若しくはその代謝産物の前駆体の濃度の合計が220mg/L以下である環境である。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計は、例えば30.0mg/L以下、40.0mg/L以下、50.0mg/L以下、60.0mg/L以下、70.0mg/L以下、80.0mg/L以下、90.0mg/L以下、100.0mg/L以下、120.0mg/L以下、150.0mg/L、180.0mg/L、210.0mg/L以下又は240.0mg/Lであってよく、10.0mg/L以上、20.0mg/L以上、30.0mg/L以上、40.0mg/L以上又は50.0mg/L以上であってもよい。また、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物の濃度の合計は、5.0mg/L以下、10.0mg/L以下、15.0mg/L以下、20.0mg/L以下、25.0mg/L以下、30.0mg/L以下又は40.0mg/L以下であってよく、この場合におけるがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物とその代謝産物の濃度の合計は、例えば30.0mg/L以下、40.0mg/L以下、50.0mg/L以下、60.0mg/L以下、70.0mg/L以下、80.0mg/L以下、90.0mg/L以下、100.0mg/L以下、120.0mg/L以下、150.0mg/L、180.0mg/L、210.0mg/L以下又は240.0mg/Lであってよく、10.0mg/L以上、20.0mg/L以上、30.0mg/L以上、40.0mg/L以上又は50.0mg/L以上であってもよい。また、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物の前駆体の濃度の合計としては例えば70.0mg/L以下、80.0mg/L以下、90.0mg/L以下、100.0mg/L以下、110.0mg/L以下、120.0mg/L以下、130.0mg/L以下、140.0mg/L以下、150.0mg/L以下、160.0mg/L、180.0mg/L、200.0mg/L以下、220.0mg/L以下又は240.0mg/L以下であってよく、30.0mg/L以上、40.0mg/L以上、50.0mg/L以上、60.0mg/L以上又は70.0mg/L以上であってもよい。
【0026】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース濃度、ピルビン酸及びL-グルタミン以外のがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物並びにそれらの前駆体が存在しない、又は実質的に存在せず、かつ、D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が0.80mM以下;又はD-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計が1.50mM以下、かつ、ピルビン酸濃度が0.30mM以下;であり、かつ、L-グルタミン濃度が1.50mM以下である環境である。この場合において、D-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計は、例えば0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.75mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.20mM以下又は1.50mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、ピルビン酸濃度としては例えば0.25mM以下、0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下又は0.80mM以下であってよく、この場合におけるD-グルコース濃度とピルビン酸濃度の合計は、例えば0.30mM以下、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.75mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.20mM以下、1.50mM以下、1.80mM以下、2.20mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、L-グルタミン濃度としては例えば0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.80mM以下、0.90mM以下、1.00mM以下、1.10mM以下、1.30mM以下、1.50mM以下、1.70mM以下又は2.00mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。
【0027】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース濃度、ピルビン酸及びL-グルタミン濃度が全て0.80mM以下の環境である。この場合において、D-グルコース濃度、ピルビン酸濃度及びL-グルタミン濃度は、0.30mM以下であってよく、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.80mM以下又は0.90mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。
【0028】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物、その代謝産物及びそれらの前駆体の濃度が全て0.80mM以下の環境である。この場合において、炭水化物、代謝産物及び前駆体の濃度は、0.30mM以下であってよく、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.80mM以下又は0.90mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。また、この場合において、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度はD-グルコース換算されていてもよく、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物の濃度はピルビン酸換算されていてもよく、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物の濃度はL-グルタミン換算されていてもよい。
【0029】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース濃度、ピルビン酸及びL-グルタミン以外のがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物、その代謝産物及びそれらの前駆体が存在せず、又は実質的に存在せず、かつ、D-グルコース濃度、ピルビン酸及びL-グルタミン濃度が全て0.80mM以下の環境である。この場合において、D-グルコース濃度、ピルビン酸濃度及びL-グルタミン濃度は、0.30mM以下であってよく、0.40mM以下、0.50mM以下、0.60mM以下、0.70mM以下、0.80mM以下又は0.90mM以下であってよく、0.10mM以上、0.20mM以上、0.30mM以上、0.40mM以上又は0.50mM以上であってもよい。
【0030】
がん細胞を低栄養環境で培養することにおける培地としては、上記成分以外の成分として、当業者が細胞培養に通常用いる成分を、通常用いる濃度で含有するものを用いることができる。上記成分以外の成分としては、例えばアミノ酸(L-グルタミンを除く)、ビタミン、無機塩、緩衝剤及びpH指示薬等を挙げることができる。
【0031】
本開示の一実施形態において、低栄養環境におけるがん細胞の培養期間は、1日以上、3日以上、6日以上、9日以上、12日以上、15日以上、18日以上、21日以上、25日以上、30日以上、40日以上又は50日以上であってよく、100日以下、80日以下、60日以下、50日以下、40日以下、35日以下、30日以下、27日以下、24日以下、22日以下又は20日以下であってもよい。
【0032】
培養期間中、低栄養環境において培養される細胞群は希釈されてもよい。特に細胞群に含まれるがん細胞が接着細胞である場合、細胞群の希釈は、例えばトリプシン-EDTA溶液又はセルスクレーパー等を用いてがん細胞をディッシュから剥離し、得られた細胞懸濁液を培養に用いる量を超える量の培地で希釈することによって行うことができる。一実施形態において、繰り返し希釈を行いながら細胞群を低栄養環境で培養すると、細胞群におけるPGCCの割合をより高めることができる。繰り返し希釈を行う場合の希釈頻度は、例えば1日に1回、2日に1回、3日に1回、4日に1回、5日に1回又は10日に1回であってよい。
【0033】
本開示の一実施形態において、がん細胞を低栄養環境で培養することは、酸素の体積濃度が5%以上、6%以上、12%以上、14%以上、16%以上、18%以上又は20%以上の雰囲気下で行われてよい。本開示の方法においては、低酸素環境で培養を行わなくても、細胞群におけるPGCC割合を高めることができる。
【0034】
がん細胞を低栄養環境で培養することにおける培養の温度、CO2濃度及び湿度等の、細胞、培地、培養期間及び酸素濃度以外の培養条件は、当業者が細胞培養に通常用いるものを用いることができる。一例としては、37℃において、5v/v%CO2を含む空気中、湿度100%の条件を挙げることができる。
【0035】
本開示の他の一側面は、本開示の一側面に係る倍数性巨大がん細胞割合が高められた細胞群の製造方法によって製造された、倍数性巨大がん細胞割合が高められた細胞群である。
【0036】
本開示の一側面に係る製造方法によって製造されたPGCC割合が高められた細胞群は、例えば抗がん剤の評価及びその候補物質のスクリーニングに用いることができる。PGCCは、がん組織に少数の割合で存在する悪性度の高い細胞の一種であるため、本開示の一側面に係る製造方法によって製造されたPGCC割合が高められた細胞群に対して抗がん剤又はその候補物質を添加した場合における細胞の生存率及びタンパク発現の変化に基づいて、抗がん剤の評価及びその候補物質のスクリーニングを行うことができる。
【0037】
本開示の一側面に係る製造方法によって製造されたPGCC割合が高められた細胞群は、例えば医学及び生理学等の学術研究におけるPGCCの生理的機能及び性質の解明のために用いることができる。
【0038】
本開示の他の一側面は、本開示の一側面に係る倍数性巨大がん細胞割合が高められた細胞群の製造方法によって製造された細胞群を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法である。
【0039】
本開示の一側面のモデル動物の製造方法に係る動物は、ヒトを除く動物であって、本開示の製造方法に係る方法によって腫瘍が形成される動物であれば限定されず、一般的に固形がんモデル動物として用いられる動物を用いることができ、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモット、スナネズミ、フェレット、ウサギ、イヌ又はサル等を用いることができる。
【0040】
本開示の一側面のモデル動物の製造方法に係る動物は、好ましくは哺乳類(Mammalia)の動物であり、より好ましくはげっ歯類(Rodentia)の動物であり、さらに好ましくはマウス、ラット、ハムスター、モルモット、スナネズミ又はフェレットであり、より一層好ましくは、マウス又はラットである。一実施形態において、本開示の一側面のモデル動物の製造方法に係る動物は、マウスであってもよい。本開示の製造方法に係る動物がマウスである場合、個体への負担を軽減する観点から、マウスは卵巣未切除マウスであってよい。
【0041】
本開示の一側面のモデル動物の製造方法に係る動物は、一実施形態において、本開示の一側面に係る倍数性巨大がん細胞割合が高められた細胞群の製造方法によって製造された細胞群を動物(ヒトを除く)に移植する工程(移植工程)、及び細胞群を移植された動物内で腫瘍を増殖させる工程(腫瘍形成工程)を含む。
【0042】
移植工程は、倍数性巨大がん細胞割合が高められた細胞群の製造方法によって製造された細胞群を、動物に移植する工程である。
【0043】
移植工程における細胞群の移植方法は、細胞群に含まれるPGCCを含むがん細胞が生着し、増殖可能となる方法であれば特に限定されず、当業者が通常用いる方法を用いることができる。すなわち、例えば移植される細胞群に含まれるPGCCを含むがん細胞がディッシュ上で平面培養されたがん細胞である場合、移植方法としては、例えばトリプシン-EDTA溶液又はセルスクレーパー等を用いてがん細胞をディッシュから剥離し、得られた細胞懸濁液を、動物の腫瘍を形成しようとする箇所に注射器等を用いてインジェクションする方法を用いることができる。また、例えばとしてPGCCを含む細胞群が細胞凝集塊を形成している場合、該細胞凝集塊の移植方法としては、例えば、皮膚、及び必要に応じて臓器の一部を剥離し、腫瘍を形成しようとする箇所にがん細胞を含む細胞凝集塊を直接アプライする方法を用いることができる。
【0044】
移植工程において移植する細胞群に含まれるがん細胞の数は、固形がんモデル動物として利用可能な大きさの腫瘍を形成可能な数であれば特に限定されず、種々の条件、すなわちがん細胞の種類、動物の種類、形成しようとする固形がんの種類及び後述するホルモン剤を投与する工程の有無等に応じて、当業者が定めることができるが、例えば一個体ごとに1×104cells/body以上1×108cells/body以下、3×104cells/body以上3×107cells/body以下、1×105cells/body以上1×107cells/body以下、3×105cells/body以上8×106cells/body以下又は1×106cells/body以上5×106cells/body以下であってよい。また、例えば動物の体重1kgあたり、5×105cells/kg以上5×109cells/kg以下、1×106cells/kg以上1×109cells/kg以下、5×106cells/kg以上5×108cells/kg以下、1×107cells/kg以上4×108cells/kg以下又は5×107cells/kg以上3×108cells/kg以下であってよい。
【0045】
腫瘍形成工程は、細胞群を移植された動物を飼育し、動物内でPGCCを含むがん細胞を増殖させることによって、腫瘍を形成させる工程である。
【0046】
腫瘍形成工程における動物の飼育方法は、当業者が通常行う方法によって行うことができる。すなわち、温度、餌及び水分等の条件は、一般的な動物の飼育条件を用いることができる。
【0047】
腫瘍形成工程における動物の飼育期間は、種々の条件、すなわち細胞群に含まれるがん細胞の種類、動物の種類、形成しようとする固形がんの種類及び後述するホルモン剤を投与する工程の有無等に応じて、当業者が定めることができる。飼育期間の決定方法としては、例えば同様の条件を用いて飼育した場合における平均腫瘍体積及び生存率の推移をリファレンスとして予め定めてもよく、また腫瘍の大きさが固形がんモデル動物として利用可能な大きさに到達した段階で腫瘍形成工程を終了し、その開始からの期間を飼育期間としてもよい。
【0048】
腫瘍形成工程における動物の飼育期間としては、例えば5日以上、10日以上、12日以上、15日以上、18日以上、20日以上、25日以上、30日以上、35日以上、40日以上、45日以上、50日以上、55日以上、60日以上であってよく、100日以下、90日以下、80日以下、70日以下、65日以下、60日以下、55日以下、50日以下、45日以下、40日以下、35日以下、30日以下、25日以下、20日以下又は15日以下であってもよい。
【0049】
本開示の一実施形態に係る固形がんモデル動物の製造方法においては、上記がん細胞はホルモン受容体陽性のがん細胞であってよく、この場合、さらにホルモン剤を投与する工程(ホルモン剤投与工程)を含んでもよい。
【0050】
本開示において、ホルモン受容体陽性のがん細胞とは、細胞表面にホルモン受容体を有するがん細胞を指す。ホルモン受容体陽性のがん細胞としては、例えば女性ホルモンの受容体陽性であるエストロゲン受容体陽性のがん細胞及びプロゲステロン受容体陽性のがん細胞、並びに男性ホルモンの受容体陽性であるアンドロゲン受容体陽性のがん細胞等を挙げることができる。ホルモン受容体陽性のがん細胞は、ホルモンの非存在下では増殖しにくくなるところ、本開示の方法によれば、後述するとおり、ホルモン剤を投与した場合にはより腫瘍増殖速度の大きな固形がんモデル動物を製造することができ、また、ホルモン剤を投与しなくても固形がんモデル動物を製造することができる。
【0051】
エストロゲン受容体陽性のがん細胞としては、例えばHeLa細胞、MCF-7細胞及びSK-BR-3細胞等を挙げることができ、好適な一例としてMCF-7細胞を挙げることができる。プロゲステロン受容体陽性のがん細胞としては、例えばHeLa細胞及びMCF-7細胞等を挙げることができる。アンドロゲン受容体陽性のがん細胞としては、例えばNTERA-E細胞、DU-145細胞、PC-細胞及びRH-30細胞等を挙げることができる。
【0052】
本開示におけるがん細胞は、ホルモン受容体陽性のがん細胞であってよく、エストロゲン、プロゲステロン及び/又はアンドロゲン受容体陽性のがん細胞であってもよく、エストロゲン受容体陽性のがん細胞であってもよく、MCF-7細胞、HeLa細胞又はSK-BR-3細胞であってもよく、MCF-7細胞であってもよい。
【0053】
本開示の一実施形態に係る固形がんモデル動物の製造方法に係るがん細胞がホルモン受容体陽性のがん細胞である場合、そのがん細胞が受容体陽性のホルモンを含むホルモン剤を動物に投与する工程を含むと、動物内におけるがん細胞の増殖速度が大きくなる。そうすると、従来法である、通常の環境下で培養した細胞を移植し、かつホルモン剤を投与する工程を含む製造方法と比較して、短期間で固形がんモデル動物を製造することができ、かつ、モデル動物の顕著な生存率の低下が生じる前に、固形がんモデル動物を製造することができる。本開示の一実施形態に係るホルモン剤投与工程を含む製造方法は、群間における生存率のばらつきを低減することで、モデル動物の個体ごとの生存のしやすさに依存したバイアスを排除することができることに加えて、動物倫理の観点からも、動物に対する苦痛を抑え、かつ死亡による動物損失を回避して使用するモデル動物の数を最小限に抑えることができる。
【0054】
本開示においてホルモン剤とは、モデル動物にホルモンを投与するために用いられる薬剤を意味する。ホルモン剤の投与方法は特に限定されず、例えば経口投与、静脈内投与又は局所投与等であってよい。また、ホルモンの放出速度についても特に限定されず、即放性製剤、徐放性製剤又は時限放出型製剤のいずれであってもよい。本開示の一実施形態の製造方法に係るホルモン剤としては、例えば局所投与型の徐放性製剤であってもよい。
【0055】
本開示の一実施形態の製造方法に係るホルモン剤によって放出されるホルモンの種類及び量は、がん細胞が受容体陽性のホルモンの種類に応じて定めることができる。例えば、一実施形態の製造方法に係るがん細胞がエストロゲン受容体陽性である場合、ホルモン剤によって放出されるホルモンとしては、エストロゲンであるエストロン、エストラジオール、エストリオール又はエステトロールであってよく、エストロン、エストラジオール又はエストリオールが好ましく、エストラジオールがより好ましい。特に、ホルモン剤によって放出されるホルモンがエストラジオールである場合、ホルモン剤は例えば局所投与型の徐放性製剤であってよく、その場合の1日あたりの放出量としては例えば0.10mg/day以上1.00mg/day以下、0.30mg/day以上0.90mg/day以下又は0.50mg/day以上0.80mg/dayであってよく、放出期間としては例えば15日以上100日以下、30日以上90日以下又は45日以上75日以下であってよく、そのようなホルモン剤としては例えばInnovative Reseach Of America社製の17β-ESTRADIOL PELLETシリーズ等を用いることができる。また、例えば一実施形態の製造方法に係るがん細胞がプロゲステロン受容体陽性である場合、ホルモン剤によって放出されるホルモンとしては、例えばプロゲステロンであってよく、プロゲステロンの類似物質であるプロゲスチン(ノルエチステロン、ノルゲストレル、レボノルゲストレル、デソゲストレル又はドロスピレノン等)であってもよい。また、例えば一実施形態の製造方法に係るがん細胞がアンドロゲン受容体陽性である場合、ホルモン剤によって放出されるホルモンとしては、例えばアンドロゲンであるテストステロン、ジヒドロテストステロン又はデヒドロエピアンドロステロン等であってよい。
【0056】
一実施形態に係る製造方法がホルモン剤投与工程を含む場合、ホルモン剤投与工程は、移植工程の前に行われてよく、移植工程と同時に行われてもよく、移植工程の後かつ腫瘍形成工程の前に行われてもよい。また、ホルモン剤投与工程が移植工程の前に行われる場合、ホルモン剤投与工程の終了から移植工程開始の期間としては、例えば0日(すなわち、ホルモン剤投与工程と移植工程が同日に行われる)以上14日以下、1日以上11日以下、2日以上9日以下又は3日以上8日以下であってよく、この期間における動物の飼育は、上述した腫瘍形成工程と同様の方法により行うことができる。また、ホルモン剤投与工程が移植工程の後かつ腫瘍形成工程の前に行われる場合、ホルモン剤投与工程は腫瘍形成工程の直前に行われ、かつ移植工程の終了からホルモン剤投与工程の期間としては、例えば0日以上14日以下、1日以上11日以下、2日以上9日以下又は3日以上8日以下であってよく、この期間における動物の飼育は、上述した腫瘍形成工程と同様の方法により行うことができる。
【0057】
本開示の一実施形態において、固形がんモデル動物の製造方法は、ホルモン剤投与工程を含まない。すなわち、本開示の一実施形態に係る固形がんモデル動物の製造方法においては、動物に対してホルモン剤が投与されない。この場合において、固形がんモデル動物の製造に用いられる細胞群の調製に用いる細胞種としては、例えばC6細胞、U-87細胞、A-142細胞等を挙げることができる。
【0058】
本開示の一実施形態において、上記がん細胞はホルモン受容体陽性のがん細胞であり、かつ、固形がんモデル動物の製造方法は、ホルモン剤投与工程を含まない。すなわち、本開示の一実施形態に係る固形がんモデル動物の製造方法においては、上記がん細胞はホルモン受容体陽性のがん細胞であり、かつ、動物に対してホルモン剤が投与されない。ホルモン受容体陽性のがん細胞を用いてモデル動物の製造する場合、ホルモン剤を投与するとがん細胞の増殖速度が大きくなり短期間でモデル動物の製造が可能となる一方で、ホルモン剤の副作用によって死亡個体が生じてしやすくなってしまうことが知られている(非特許文献3~5)。よって、本開示の一実施形態に係る固形がんモデル動物の製造方法がホルモン剤投与工程を含まない場合、従来法のようなホルモン剤の投与による生存率の低下を伴うことなく、固形がんモデル動物を製造することができる。さらに、本開示の一実施形態におけるホルモン剤を投与しない製造方法によれば、悪性度の高い腫瘍を形成した固形がんモデル動物を製造することができる。
【0059】
本開示に係る固形がんの種類は特に限定されず、例えば乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、前立腺がん、膠芽腫(グリオブラストーマ、悪性の神経膠腫)及び皮膚がんからなる群から選択されるがんであってよい。また、本開示の一実施形態に係るホルモン剤投与工程を含む製造方法における固形がんの種類としては、例えば乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、前立腺がん及び皮膚がんからなる群から選択されるがんであってよく、ホルモン依存性であることが知られている乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん又は前立腺がんであることが好ましい。この場合において、固形がんが乳がん、卵巣がん又は子宮内膜がんである場合、使用するがん細胞としてはエストロゲン受容体陽性及び/又はプロゲステロン受容体陽性のがん細胞であることが好ましく、また固形がんが前立腺がんである場合、使用するがん細胞としてはアンドロゲン受容体陽性のがん細胞であることが好ましい。また、本開示の一実施形態に係るホルモン剤投与工程を含まない製造方法における固形がんの種類としては、膠芽腫であってよい。
【0060】
本開示に係る固形がんモデル動物の製造方法によってモデル動物に形成される腫瘍の大きさは、がんの種類及びモデル動物の用途等に応じて、当業者が定めることができるが、その大きさとしては、例えば10mm2以上、20mm2以上、30mm2以上、40mm2以上、50mm2以上、100mm2以上、150mm2以上又は200mm2以上であってよい。
【0061】
本開示に係る固形がんモデル動物の製造方法は、例えば抗がん剤の評価に用いられる固形がんモデル動物の製造に用いることができる。抗がん剤の開発において、がんモデル動物を用いた薬効評価、動態評価及び毒性評価等は必要不可欠である。よって、例えば本開示の製造方法によって製造された固形がんモデル動物に対して抗がん剤を投与した場合の腫瘍の大きさ、薬物動態、生存率及び副作用等に基づいて、抗がん剤を評価することができる。
【0062】
本開示に係る固形がんモデル動物の製造方法は、例えば抗がん剤の候補物質のスクリーニングに用いられる固形がんモデル動物の製造に用いることができる。抗がん剤の開発においては、抗がん剤候補物質をスクリーニングする際の指標の一つとして、候補物質をがんモデル動物に対して投与した場合の腫瘍形成の有無、腫瘍増大速度の大小及び生存率の推移等が汎用されている。よって、例えば本開示の製造方法によって製造された固形がんモデル動物に対して抗がん剤の候補物質を投与した場合の腫瘍の大きさ及び生存率等に基づいて、抗がん剤の候補物質をスクリーニングすることができる。
【0063】
本開示に係る固形がんモデル動物の製造方法は、例えば医学及び生理学等の学術研究用途の固形がんモデル動物の製造に用いることができる。
【0064】
本開示の他の一側面は、本開示の一側面に固形がんモデル動物の係る製造方法で製造された、モデル動物(ヒトを除く)である。このようなモデル動物は、上述した製造方法の用途と同様の用途で使用することができる。
【0065】
本開示の他の一側面は、上述した移植工程及び腫瘍形成工程を含む、動物(ヒトを除く)に固形がんを形成する方法(固形がん形成方法)である。この場合における動物(ヒトを除く)としては、本開示の一実施形態に係る固形がんモデル動物の製造方法と同様のものを用いることができる。また、上記固形がん形成方法は、一実施形態において上述したホルモン剤添加工程を含んでよく、他の一実施形態において上述したホルモン剤添加工程を含まなくてもよい。また、上記固形がん形成方法は、本開示の一側面に係る固形がんモデル動物の製造方法の用途に加えて、以下の用途でも用いることができる。例えば、移植工程の前、移植工程と腫瘍形成工程の間、又は腫瘍形成工程の途中に、抗がん剤又はがんワクチン(B型肝炎ワクチン、ヒトパピローマウイルスワクチン等)の投与を行いながら、上記固形がん形成方法を用いて固形がんモデル動物を作製した場合の腫瘍の大きさ及び生存率等に基づいて、抗がん剤又はがんワクチンの評価又はスクリーニングを行うことができる。
【実施例0066】
以下、本開示について実施例を用いてより詳細に説明するが、本開示は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
<実施例1:栄養飢餓培養した細胞群における倍数性巨大がん細胞(PGCC)割合>
細胞を栄養飢餓培地中で培養した場合の、細胞群に占める倍数性巨大がん細胞(PGCC)割合について検討した。
【0068】
実施例1における通常培養に用いる培地(通常培地)としては、DMEM培地(グルコース濃度:5.55mM、L-グルタミン:4.00mM、ピルビン酸:1.00mM)に対して、10v/v%のウシ胎児血清(FBS)を添加した培地を用いた。実施例1における栄養飢餓培養に用いる培地(栄養飢餓培地)としては、DMEM培地に含まれるD-グルコース濃度を0.5mM、L-グルタミン濃度を0mM、ピルビン酸濃度を0mMとした改変DMEM培地に対して、10v/v%のウシ胎児血清(FBS)を添加した培地を用いた。
【0069】
ヒト乳がん由来の細胞株であるMCF-7細胞及びヒト子宮頸がん由来の細胞株であるHeLa細胞を、栄養飢餓培地中でそれぞれ培養し、数日ごとに生存細胞数及びPGCC割合を測定した。生存細胞数は、光学顕微鏡観察においてカウントすることによって測定した。PGCC割合は、同一視野において撮影したタイムラプス画像に基づいて、あるタイムポイントにおいて(1)倍数体の特徴である多核及び/又は巨核を有し、(2)他の細胞の平均面積の3倍以上の面積を有し、かつ(3)そのタイムポイントの14日後にも生存していた細胞をPGCCであるとし、視野に含まれるPGCCであるとされた細胞の数を、視野に含まれる全ての細胞の数で除すことによって算出した。ディッシュの単位面積当たりの生存細胞数の推移を
図1に示す。PGCC割合の推移を
図2に示す。また、通常培地又は栄養飢餓培地で培養したMCF-7細胞の培養開始後14日目又は26日目における位相差顕微鏡像を
図3に示す。また、通常培地又は栄養飢餓培地で培養したHeLa細胞の培養開始後10日目又は26日目における位相差顕微鏡像を
図4に示す。
図4中において、矢印は、矢印で示した細胞がPGCCであることを表す。
【0070】
図1~4によれば、MCF-7細胞及びHeLa細胞のいずれにおいても、栄養飢餓培養することによってPGCC割合の経時的な増加が見られたことから、本開示の方法によって、PGCC割合を高めることができることが示された。また、細胞の生存率の極端な低下見られなかったことから、本開示の方法によれば、形成されたPGCCの顕著な細胞死を惹起することなく、細胞群におけるPGCC割合を高めることができることが示された。
【0071】
<実施例2:種々の培地中で栄養飢餓培養した細胞群における倍数性巨大がん細胞(PGCC)割合>
実施例1において見られた栄養飢餓培養におけるPGCC割合の増加が、種々の栄養飢餓培地中で見られるかを検討した。
【0072】
実施例1において用いた栄養飢餓培地に代わり、DMEM培地に含まれるD-グルコース濃度、L-グルタミン濃度及びピルビン酸濃度を表1に示した濃度とした改変DMEM培地に対して、10v/v%のウシ胎児血清(FBS)を添加した培地を用いてMCF-7細胞を培養し、培養開始後14日におけるPGCC割合を実施例1と同様の方法によって算出した。結果を表1に示す。
【0073】
【0074】
表1によれば、がん細胞が低栄養環境で培養された実施例2-1~2-7において、低栄養環境でない環境で培養された比較例2-1~2-5と比較して細胞群に含まれるPGCCの割合が高くなったことから、本開示の方法によれば、実施例1の条件に限らない低栄養環境でがん細胞を培養することを含むことによって、PGCCの割合が高められた細胞群を製造可能であることが示された。
【0075】
<実施例3:倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群を移植することによる、固形がんモデルマウスの作製>
本開示に係る製造方法を用いて製造した倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群を動物(ヒトを除く)に移植することによって、固形がんモデル動物の作製が可能であるかを検討した。
【0076】
実施例3及び参考例1における「通常培養細胞移植群」に用いる細胞を培養するための培地(通常培地)としては、10v/v%のウシ胎児血清(FBS)を添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM、#11885-084;ThermoFisher Scientific社製)を用いた。また、PGCC割合が高められた細胞群を移植する群である「栄養飢餓培養細胞移植群」に用いる細胞を培養するための培地(栄養飢餓培地)としては、10v/v%のFBSを添加したDMEM no glucose(#A1443001;ThermoFisher Scientific社製)を用いた。
【0077】
(PGCC割合が高められた細胞群を用いた細胞懸濁液の調製)
ヒト乳腺がん由来細胞株MCF-7(DSファーマプロモ株式会社製)を、上述した通常培地又は栄養飢餓培地中で、5%CO2、37℃の雰囲気下、それぞれ12~16日間培養し、細胞群を作製した。得られたがん細胞をトリプシン-EDTA(ThermoFisher Scientific社製)でディッシュから剥離した後、栄養飢餓培地を添加してトリプシンをクエンチし、さらに栄養飢餓培地を添加して希釈することで、1×107cells/mL又は5×107cells/mLの細胞懸濁液を調製した。
【0078】
(固形がんモデルマウスの作成、腫瘍増殖速度の評価)
ヌードマウス(BALB/cslc-nu/nu、メス、7週齢)の右後ろ脚皮下に、調製した細胞懸濁液の100μL(1×106cells/body又は5×106cells/body)を移植した。移植後、一週間に2回の頻度で腫瘍体積を計測した。腫瘍体積の計測は、ノギスで計測し、次の計算式によって算出した。
【0079】
腫瘍体積(mm3)=長径(mm)×短径(mm)×深さ(mm)×(3.14/6)
【0080】
1×10
6cells/bodyを移植した場合の、各群6匹ずつにおける腫瘍体積の推移を平均値±標準偏差で表した結果を
図5に示し、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を
図6に示す。5×10
6cells/bodyを移植した場合の、各群6匹ずつにおける腫瘍体積の推移を平均値±標準偏差で表した結果を
図7に示し、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を
図8に示す。図中、*はスチューデントのt検定におけるp値が0.05未満となったことを表す。
【0081】
図5~8によれば、通常培養細胞移植群と比較して、PGCC割合が高められた細胞群を移植した栄養飢餓培養細胞移植群において腫瘍増殖速度が有意に大きくなり、かつ、マウスの生存率の顕著な低下は見られなかったことから、本開示に係る製造方法を用いて製造した倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群を動物(ヒトを除く)に移植することによって、固形がんモデル動物の作製が可能であることが示された。一般に、実施例3において使用したMCF-7細胞を用いてがんモデルマウスを作製することは難しく、腫瘍を形成させるためには毒性の高いエストロゲンを投与する必要があるが、エストロゲンを投与するとその副作用として40%程度の個体が死亡してしまう(参考例1参照)ことが知られているところ、本開示の方法によれば、そのようなホルモン剤の投与による生存率の低下を惹起することなく、ホルモン受容体陽性のがん細胞を用いて固形がんモデル動物の作製が可能であることが示された。
【0082】
<参考例1:ホルモン剤を投与する条件における、倍数性巨大がん細胞の割合が高められた細胞群を移植することによる、固形がんモデルマウスの作製>
ヒト乳腺がん由来細胞株であり、ホルモン受容体陽性のがん細胞であるMCF-7細胞を用いて固形がんモデル動物を作成する場合に、移植する前のMCF-7細胞のPGCC割合が高められているか否かに依存して、ホルモン剤を投与する条件において、細胞群移植後の腫瘍増殖速度に差異が見られるかを検討した。
【0083】
(PGCC割合が高められた細胞群を用いた細胞懸濁液の調製)
ヒト乳腺がん由来細胞株MCF-7(DSファーマプロモ株式会社製)を、上述した通常培地又は栄養飢餓培地中で、5%CO2、37℃の雰囲気下、それぞれ12~16日間培養した。培養した細胞をトリプシン-EDTA(ThermoFisher Scientific社製)でディッシュから剥離した後、栄養飢餓培地を添加してトリプシンをクエンチし、さらに栄養飢餓培地とMatrigel(Corning社製)を等量混合した溶液を添加して希釈することで、1×107cells/mLの細胞懸濁液を調製した。
【0084】
(固形がんモデルマウスの作成、腫瘍増殖速度の評価)
ヌードマウス(BALB/cslc-nu/nu、メス、7週齢)の肩甲骨間に17β-Estradiol徐放ペレット(0.72MG/Day、60日間、Innovative Reseach Of America 17β-ESTRADIOL 0.72MG/PELLET 60)を、Precision Trochar(Innovative Reseach Of America社製)を用いて埋め込んだ。その3日後、調製した細胞懸濁液の100μL(1×106cells/body)を右後ろ脚皮下に移植した。移植後、一週間に2回の頻度で腫瘍体積を計測した。腫瘍体積の計測は、ノギスで計測し、次の計算式によって算出した。
【0085】
腫瘍体積(mm3)=長径(mm)×短径(mm)×深さ(mm)×(3.14/6)
【0086】
各群10匹ずつにおける腫瘍体積の推移を平均値±標準偏差で表した結果を
図9に示す。また、
図9における、腫瘍体積が200mm
3以下の領域を拡大したグラフを
図10に示す。図中、*はスチューデントのt検定におけるp値が0.05未満となったことを表す。また、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を
図11に示す。
【0087】
まず
図9によれば、栄養飢餓培養細胞移植群のマウスにおいては、通常培養細胞移植群と比較して腫瘍体積が有意に大きくなったことから、本開示の製造方法によれば、従来法と比較して腫瘍増殖速度の大きい固形がんモデル動物を製造可能であることが示された。
【0088】
また、固形がんモデルマウスにおける使用の目安として腫瘍体積50mm2を設定した場合、通常培養細胞移植群においては平均腫瘍体積が50mm2に達するまでに移植後18日を要したのに対し、栄養飢餓培養細胞移植群では移植後12日で平均腫瘍体積が50mm2に達したことから、本開示の製造方法の一実施形態であるホルモン剤を投与する条件における固形がんモデル動物の製造方法によれば、実験可能な大きさの腫瘍を有する固形がんモデル動物をより短期間で製造可能であることが示された。
【0089】
さらに、
図11の結果によると、ホルモン剤を投与する条件においては、ペレット埋め込みから12日(細胞移植後9日)程度経過するとマウスの生存率が低下し、ペレット埋め込みから18日(細胞移植後15日)程度経過するとマウスの生存率がより顕著に低下した。そうすると、
図10及び
図11の結果から、本開示の製造方法の一実施形態であるホルモン剤を投与する条件における固形がんモデル動物の製造方法によれば、固形がんモデル動物をより短期間で製造できることに加え、モデル動物の生存率が顕著に低下する前に固形がんモデルマウスを実験に使用できることが示された。