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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135155
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】固形がんモデル動物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20240927BHJP
   C12N 5/09 20100101ALN20240927BHJP
【FI】
A01K67/027
C12N5/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045701
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100126653
【弁理士】
【氏名又は名称】木元 克輔
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 真澄
(72)【発明者】
【氏名】上田 之雄
(72)【発明者】
【氏名】塚田 秀夫
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BB15
4B065BB40
4B065BC50
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】固形がんモデル動物の製造方法を提供すること。
【解決手段】固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法であって、低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、製造方法。
【選択図】なし

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法であって、低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、製造方法。
【請求項2】
がん細胞を移植する工程の前に、
がん細胞を低栄養環境で培養する工程を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記低栄養環境が、D-グルコース濃度が500mg/L以下の環境である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記低栄養環境が、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度の合計が500mg/L以下の環境である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記がん細胞が、ホルモン受容体陽性のがん細胞である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記がん細胞が、エストロゲン受容体陽性のがん細胞である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
さらにホルモン剤を投与する工程を含む、請求項5又は6に記載の製造方法。
【請求項8】
ホルモン剤を投与する工程を含まない、請求項5又は6に記載の製造方法。
【請求項9】
動物(ヒトを除く)における固形がんの形成方法であって、低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、固形がんモデル動物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がんモデル動物は、医学及び生理学等の学術研究並びに医薬品開発等において、必要不可欠なツールの一つである。がんモデル動物は、培養したがん細胞又は患者由来の腫瘍組織等をモデル動物に対して移植することによってがんを形成する移植モデルと、化学物質の投与又は遺伝子改変等によってモデル動物の発がんを誘導する自然発生モデルに大別することができる。このうち移植モデルは、狙った箇所に、狙った特徴を有する腫瘍を形成できる点から、主に固形がんに関する医学及び生理学等の学術研究並びに医薬品開発等において汎用される。
【0003】
移植モデルの作製においては、モデル動物に移植したがん細胞又は組織等が動物の移植箇所に生着し、増殖することが必要不可欠である。生着性及び増殖性はがん細胞及び組織等の種類に依存して大きく異なるため、特段の処理を伴うことなく移植することで移植モデルを作製可能ながん細胞及び組織等が存在する一方で、移植しただけでは適切な生着及び増殖が見られずに移植モデルの作製が困難ながん細胞及び組織等も存在する。
【0004】
そこで、移植しただけでは移植モデルの作製が困難ながん細胞及び組織等を用いた移植モデルの作製方法の開発が行われている。例えば非特許文献1には、エストロゲン依存性のがん細胞であるMCF-7細胞を用いて移植モデルを作製する場合の方法として、1日あたり0.3mg又は0.5mgのエストラジオールを投与する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】GenevieveDall et al., "Low Dose, Low Cost Estradiol Pellets Can Support MCF-7Tumour Growth in Nude Mice without Bladder Symptoms", Journal of Cancer6(12):1331-1336 (2015).
【非特許文献2】DalisE Collins et al., "Clinical Assessment of Urinary Tract Damage duringSustained-Release Estrogen Supplementation in Mice", Comparative Medicine67(1): 11-21 (2017).
【非特許文献3】JongSoon Kang et al., "Low Dose Estrogen Supplementation Reduces Mortality ofMice in Estrogen-Dependent Human Tumor Xenograft Model", Biological andPharmaceutical Bulletin 32(1): 150-152 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
移植モデルの作製方法の開発が進められているものの、その開発はまだ十分とは言えず、また開発された作製方法の中には、解決すべき課題が残されているものも存在する。例えば、エストロゲン依存性のがん細胞を用いた移植モデルの作製においては、がん細胞の移植と合わせて、エストラジオールの徐放性ペレットを動物に対して投与することが一般的であるが、エストラジオールの副作用によって死亡個体が生じてしまうという課題が知られている(非特許文献1~3)。したがって、新たな移植モデルの作製方法の開発が求められている。
【0007】
本開示は、固形がんモデル動物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、固形がんモデル動物の製造において、低栄養環境で培養されたがん細胞を動物に移植すると、通常の環境で培養されたがん細胞を移植する場合と比べて腫瘍の形成率が高く、かつ腫瘍増殖速度が大きくなることを見出し、本開示を完成させた。
【0009】
本開示は、以下の[1]~[18]に関する。
[1]固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法であって、低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、製造方法。
[1-2]動物(ヒトを除く)における固形がんの形成方法であって、低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、方法。
[2]がん細胞を移植する工程の前に、がん細胞を低栄養環境で培養する工程を含む、[1]又は[1-2]に記載の方法。
[3]上記低栄養環境が、D-グルコース濃度が500mg/L以下の環境である、[1]~[2]のいずれか一つに記載の方法。
[4]上記低栄養環境が、D-グルコース濃度が100mg/L以下の環境である、[1]~[2]のいずれか一つに記載の方法。
[5]上記低栄養環境が、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度の合計が500mg/L以下の環境である、[1]~[2]のいずれか一つに記載の方法。
[6]上記低栄養環境が、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度の合計が100mg/L以下の環境である、[1]~[2]のいずれか一つに記載の方法。
[7]上記低栄養環境が、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物並びにそれらの前駆体の濃度の合計が1000mg/L以下の環境である、[1]~[2]のいずれか一つに記載の方法。
[8]上記低栄養環境が、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物の濃度の合計が500mg/L以下の環境である、[1]~[2]のいずれか一つに記載の方法。
[9]上記がん細胞が、ホルモン受容体陽性のがん細胞である、[1]~[8]のいずれか一つに記載の方法。
[10]上記がん細胞が、エストロゲン受容体陽性のがん細胞である、[1]~[8]のいずれか一つに記載の方法。
[11]上記がん細胞が、MCF-7細胞である、[1]~[8]のいずれか一つに記載の方法。
[12]さらにホルモン剤を投与する工程を含む、[9]~[11]のいずれか一つに記載の方法。
[13]ホルモン剤を投与する工程を含まない、[9]~[11]のいずれか一つに記載の方法。
[14]上記動物(ヒトを除く)がげっ歯類の動物である、[1]~[13]のいずれか一つに記載の方法。
[15]上記動物(ヒトを除く)がマウス又はラットである、[1]~[13]のいずれか一つに記載の方法。
[16]上記動物(ヒトを除く)がマウスである、[1]~[13]のいずれか一つに記載の方法。
[17]上記固形がんが、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、前立腺がん及び皮膚がんからなる群から選択されるがんである、[1]~[16]のいずれか一つに記載の方法。
[18][1]及び[2]~[17]のいずれか一つに記載の製造方法によって製造された、固形がんモデル動物(ヒトを除く)。
【発明の効果】
【0010】
本開示の製造方法によれば、腫瘍の形成率が高い、固形がんモデル動物を製造することができる。また、本開示の製造方法によれば、腫瘍増殖速度の大きい、固形がんモデル動物を製造することができる。また、本開示の製造方法によれば、腫瘍の形成率が高く、かつ腫瘍増殖速度の大きい、固形がんモデル動物を製造することができる。
【0011】
本開示の一実施形態におけるホルモン剤を投与する工程を含む製造方法によれば、従来の通常の環境下で培養した細胞を移植し、かつホルモン剤を投与する工程を含む製造方法と比較して、短期間で固形がんモデル動物を製造することができ、かつ、モデル動物の顕著な生存率の低下が生じる前に、固形がんモデル動物を製造することができる。
【0012】
本開示の一実施形態におけるホルモン剤を投与しない製造方法によれば、従来法のようなホルモン剤の低下による生存率の低下を伴うことなく、固形がんモデル動物を製造することができる。さらに、本開示の一実施形態におけるホルモン剤を投与しない製造方法によれば、悪性度の高い腫瘍を形成した固形がんモデル動物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1において、ホルモン剤を投与する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の平均腫瘍体積の推移を示す図である。
図2】実施例1において、ホルモン剤を投与する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の平均腫瘍体積の推移を示す図である。
図3】実施例1において、ホルモン剤を投与する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の生存曲線を示す図である。
図4】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ1×10cells/bodyの細胞を移植した条件における、通常培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の腫瘍体積の推移を、マウス毎に示した図である。
図5】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ1×10cells/bodyの細胞を移植した条件における、栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の腫瘍体積の推移を、マウス毎に示した図である。
図6】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ1×10cells/bodyの細胞を移植する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の腫瘍増殖速度を示す図である。
図7】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ1×10cells/bodyの細胞を移植する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の生存曲線を示す図である。
図8】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ5×10cells/bodyの細胞を移植した条件における、通常培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の腫瘍体積の推移を、マウス毎に示した図である。
図9】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ5×10cells/bodyの細胞を移植した条件における、栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の腫瘍体積の推移を、マウス毎に示した図である。
図10】実施例2において、ホルモン剤を投与せず、かつ5×10cells/bodyの細胞を移植する条件における、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの細胞移植後の腫瘍増殖速度を示す図である。
図11】実施例3において、固形がんモデルマウスから摘出した腫瘍を用いて作製した切片をHE染色した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本開示の実施形態を詳細に説明するが、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
本開示の一側面は、固形がんモデル動物(ヒトを除く)の製造方法であって、低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物(ヒトを除く)に移植する工程を含む、製造方法である。
【0016】
本開示の製造方法に係る動物は、ヒトを除く動物であって、本開示の製造方法に係る方法によって腫瘍が形成される動物であれば限定されず、一般的に固形がんモデル動物として用いられる動物を用いることができ、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモット、スナネズミ、フェレット、ウサギ、イヌ又はサル等を用いることができる。
【0017】
本開示の製造方法に係る動物は、好ましくは哺乳類(Mammalia)の動物であり、より好ましくはげっ歯類(Rodentia)の動物であり、さらに好ましくはマウス、ラット、ハムスター、モルモット、スナネズミ又はフェレットであり、より一層好ましくは、マウス又はラットである。一実施形態において、本開示の製造方法に係る動物は、マウスであってもよい。本開示の製造方法に係る動物がマウスである場合、個体への負担を軽減する観点から、マウスは卵巣未切除マウスであってよい。
【0018】
本開示の製造方法は、一実施形態において、(i)がん細胞を低栄養環境で培養する工程(培養工程)、(ii)低栄養環境で少なくとも5日培養したがん細胞を動物に移植する工程(移植工程)、及び(iii)がん細胞を移植された動物内で腫瘍を増殖させる工程(腫瘍形成工程)を含む。
【0019】
(i)培養工程は、がん細胞を低栄養環境で培養する工程である。
【0020】
本開示におけるがん細胞は、がん化した細胞であれば特に限定されない。すなわち、がん組織に由来する細胞であってもよく、遺伝子改変等によって人工的にがん化させた細胞であってもよく、それらの細胞を含む細胞凝集塊又は組織であってもよい。また、上記がん組織はヒトのがん組織であってもよく、ヒト以外のがん組織であってもよい。また、上記がん組織に由来する細胞は、がん組織から樹立された培養細胞株であってもよく、初代培養細胞であってもよい。また、本開示におけるがん細胞は、接着性のがん細胞であってもよい。好ましい一実施形態において、本開示におけるがん細胞は、ヒト由来のがん細胞であってもよい。
【0021】
一実施形態において、本開示におけるがん細胞は、ホルモン受容体陽性のがん細胞であってよい。ホルモン受容体陽性のがん細胞とは、細胞表面にホルモン受容体を有するがん細胞を指す。ホルモン受容体陽性のがん細胞としては、例えば女性ホルモンの受容体陽性であるエストロゲン受容体陽性のがん細胞及びプロゲステロン受容体陽性のがん細胞、並びに男性ホルモンの受容体陽性であるアンドロゲン受容体陽性のがん細胞等を挙げることができる。ホルモン受容体陽性のがん細胞は、ホルモンの非存在下では増殖しにくくなるところ、本開示の方法によれば、後述するホルモン剤を投与しなくても固形がんモデル動物を製造することができ、またホルモン剤を投与した場合にはより腫瘍増殖速度の大きな固形がんモデル動物を製造することができる。
【0022】
エストロゲン受容体陽性のがん細胞としては、例えばHeLa細胞、MCF-7細胞及びSK-BR-3細胞等を挙げることができ、好適な一例としてMCF-7細胞を挙げることができる。プロゲステロン受容体陽性のがん細胞としては、例えばHeLa細胞及びMCF-7細胞等を挙げることができる。アンドロゲン受容体陽性のがん細胞としては、例えばNTERA-E細胞、DU-145細胞、PC-細胞及びRH-30細胞等を挙げることができる。
【0023】
本開示におけるがん細胞は、ホルモン受容体陽性のがん細胞であってよく、エストロゲン、プロゲステロン及び/又はアンドロゲン受容体陽性のがん細胞であってもよく、エストロゲン受容体陽性のがん細胞であってもよく、MCF-7細胞、HeLa細胞又はSK-BR-3細胞であってもよく、MCF-7細胞であってもよい。
【0024】
本開示において、低栄養環境とは、細胞を培養する培地に含まれる細胞にとっての栄養が、通常の細胞培養に用いられる濃度よりも低い環境を意味する。細胞が低栄養環境に置かれると、通常の条件とは異なる代謝経路が亢進するなど、栄養不足に起因した表現系の変化が生ずることが知られているため、低栄養環境とは、このような栄養不足に起因した細胞の表現型の変化を惹起する環境であると換言することもできる。本開示において、低栄養環境に相当する培地を「栄養飢餓培地」とも記載し、低栄養環境で細胞を培養することを「栄養飢餓培養」とも記載する。
【0025】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース濃度が、所定の上限以下である環境である。D-グルコースは、一般的な汎用培地に広く含まれる細胞の主な栄養源であるため、D-グルコース濃度が所定の上限以下である環境は、細胞にとって栄養源濃度が低い環境、すなわち低栄養環境になりうる。上記所定の上限としては、例えば2000mg/L、1500mg/L、1000mg/L、800mg/L、600mg/L、500mg/L、400mg/L、300mg/L、200mg/L、100mg/L、50mg/L、25mg/L又は10mg/Lである。一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース濃度が、0mg/Lである、すなわち細胞を培養する培地がD-グルコースを含まない環境であってもよい。
【0026】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度の合計が所定の上限以下である環境である。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物としては、がん細胞が代謝することによってアデノシン三リン酸(ATP)を産生可能な炭水化物であれば特に限定されず、例えばD-グルコース、D-ガラクトース、D-マルトース及びD-フルクトース等が挙げられる。上記所定の上限としては、例えば2000mg/L、1500mg/L、1000mg/L、800mg/L、600mg/L、500mg/L、400mg/L、300mg/L、200mg/L、100mg/L、50mg/L、25mg/L又は10mg/Lである。一実施形態において、低栄養環境とは、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の濃度の合計が、0mg/Lである、すなわち細胞を培養する培地が、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物を含まない環境であってもよい。
【0027】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物並びにそれらの前駆体の濃度の合計が所定の上限以下である環境である。炭水化物の代謝産物とは、がん細胞に炭水化物を添加した際に、代謝産物として生じる物質を意味する。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物の前駆体とは、がん細胞に添加した場合に、代謝された結果としてがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物を与える物質を意味する。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物の代謝産物としては、がん細胞が代謝することによってアデノシン三リン酸(ATP)を産生可能な炭水化物の代謝産物であれば特に限定されず、例えばピルビン酸等が挙げられる。がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物又はその代謝産物の前駆体としては、がん細胞が代謝することによって炭水化物又はその代謝産物を産生することができる炭水化物又はその代謝産物の前駆体であれば特に限定されず、例えばL-グルタミン等が挙げられる。上記所定の上限としては、例えば5000mg/L、4500mg/L、4000mg/L、3500mg/L、3000mg/L、2500mg/L、2000mg/L、1750mg/L、1500mg/L、1250mg/L、1000mg/L、900mg/L、800mg/L、700mg/L、600mg/L又は500mg/L、400mg/L、300mg/L、200mg/L、100mg/L、50mg/L、25mg/L又は10mg/Lである。また、がん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物並びにそれらの前駆体の濃度の合計は、例えば1mg/L以上、5mg/L以上、20mg/L以上、50mg/L以上、100mg/L以上、200mg/L以上、300mg/L以上、400mg/L以上、500mg/L以上、600mg/L以上、700mg/L以上、800mg/L以上、900mg/L以上、1000mg/L以上、1250mg/L以上又は1500mg/L以上であってよい。
【0028】
本開示の一実施形態において、低栄養環境とは、D-グルコース、L-グルタミン及びピルビン酸を除くがん細胞が栄養源として使用可能な炭水化物及びその代謝産物並びにそれらの前駆体を含有せず、又は実質的に含有せず、かつ、D-グルコース、L-グルタミン及びピルビン酸の濃度の合計が所定の上限以下である環境である。上記所定の上限としては、例えば5000mg/L、4500mg/L、4000mg/L、3500mg/L、3000mg/L、2500mg/L、2000mg/L、1750mg/L、1500mg/L、1250mg/L、1000mg/L、900mg/L、800mg/L、700mg/L、600mg/L又は500mg/Lである。また、D-グルコース、L-グルタミン及びピルビン酸の濃度の合計は、例えば50mg/L以上、100mg/L以上、200mg/L以上、300mg/L以上、400mg/L以上、500mg/L以上、600mg/L以上、700mg/L以上、800mg/L以上、900mg/L以上、1000mg/L以上、1250mg/L以上又は1500mg/L以上であってよい。
【0029】
培養工程における培地としては、上記成分以外の成分として、当業者が細胞培養に通常用いる成分を、通常用いる濃度で含有するものを用いることができる。上記成分以外の成分としては、例えばアミノ酸(L-グルタミンを除く)、ビタミン、無機塩、緩衝剤及びpH指示薬等を挙げることができる。
【0030】
培養工程における培養の温度、CO濃度、酸素濃度及び湿度等の、細胞及び培地以外の培養条件は、当業者が細胞培養に通常用いるものを用いることができる。一例としては、37℃において、5v/v%COを含む空気中、湿度100%の条件を挙げることができる。一実施形態において、培養における酸素濃度は、5v/v%以上、10v/v%以上又は15v/v%以上であってよい。
【0031】
培養工程における培養の期間は、少なくとも5日以上であればよく、8日以上又は10日以上であってもよい。培養工程における培養の期間は、例えば100日以下であってよく、50日以下又は20日以下であってもよい。
【0032】
(ii)移植工程は、(i)培養工程で得られた、低栄養環境で培養したがん細胞を、動物に移植する工程である。
【0033】
移植工程におけるがん細胞の移植方法は、がん細胞が生着し、増殖可能となる方法であれば特に限定されず、当業者が通常用いる方法を用いることができる。すなわち、例えば移植されるがん細胞がディッシュ上で平面培養されたがん細胞である場合、移植方法としては、例えばトリプシン-EDTA溶液又はセルスクレーパー等を用いてがん細胞をディッシュから剥離し、得られた細胞懸濁液を、動物の腫瘍を形成しようとする箇所に注射器等を用いてインジェクションする方法を用いることができる。また、例えばがん細胞を含む細胞凝集塊又は組織を移植しようとする場合、移植方法としては、例えば、皮膚、及び必要に応じて臓器の一部を剥離し、腫瘍を形成しようとする箇所にがん細胞を含む細胞凝集塊又は組織を直接アプライする方法を用いることができる。
【0034】
移植工程において移植するがん細胞の数は、固形がんモデル動物として利用可能な大きさの腫瘍を形成可能な数であれば特に限定されず、種々の条件、すなわちがん細胞の種類、動物の種類、形成しようとする固形がんの種類及び後述するホルモン剤を投与する工程の有無等に応じて、当業者が定めることができるが、例えば一個体ごとに1×10cells/body以上1×10cells/body以下、3×10cells/body以上3×10cells/body以下、1×10cells/body以上1×10cells/body以下、3×10cells/body以上8×10cells/body以下又は1×10cells/body以上5×10cells/body以下であってよい。また、例えば動物の体重1kgあたり、5×10cells/kg以上5×10cells/kg以下、1×10cells/kg以上1×10cells/kg以下、5×10cells/kg以上5×10cells/kg以下、1×10cells/kg以上4×10cells/kg以下又は5×10cells/kg以上3×10cells/kg以下であってよい。
【0035】
(iii)腫瘍形成工程は、がん細胞を移植された動物を飼育し、動物内でがん細胞を増殖させることによって、腫瘍を形成させる工程である。
【0036】
腫瘍形成工程における動物の飼育方法は、当業者が通常行う方法によって行うことができる。すなわち、温度、餌及び水分等の条件は、一般的な動物の飼育条件を用いることができる。
【0037】
腫瘍形成工程における動物の飼育期間は、種々の条件、すなわちがん細胞の種類、動物の種類、形成しようとする固形がんの種類及び後述するホルモン剤を投与する工程の有無等に応じて、当業者が定めることができる。飼育期間の決定方法としては、例えば同様の条件を用いて飼育した場合における平均腫瘍体積及び生存率の推移をリファレンスとして予め定めてもよく、また腫瘍の大きさが固形がんモデル動物として利用可能な大きさに到達した段階で腫瘍形成工程を終了し、その開始からの期間を飼育期間としてもよい。
【0038】
腫瘍形成工程における動物の飼育期間としては、例えば5日以上、10日以上、12日以上、15日以上、18日以上、20日以上、25日以上、30日以上、35日以上、40日以上、45日以上、50日以上、55日以上、60日以上であってよく、100日以下、90日以下、80日以下、70日以下、65日以下、60日以下、55日以下、50日以下、45日以下、40日以下、35日以下、30日以下、25日以下、20日以下又は15日以下であってもよい。
【0039】
本開示の一実施形態に係る製造方法は、さらに(iv)ホルモン剤を投与する工程(ホルモン剤投与工程)を含んでもよい。本開示の製造方法に係るがん細胞がホルモン受容体陽性のがん細胞である場合、そのがん細胞が受容体陽性のホルモンを含むホルモン剤を動物に投与する工程を含むと、動物内におけるがん細胞の増殖速度が大きくなる。そうすると、従来法である、通常の環境下で培養した細胞を移植し、かつホルモン剤を投与する工程を含む製造方法と比較して、短期間で固形がんモデル動物を製造することができ、かつ、モデル動物の顕著な生存率の低下が生じる前に、固形がんモデル動物を製造することができる。本開示の一実施形態に係るホルモン剤投与工程を含む製造方法は、群間における生存率のばらつきを低減することで、モデル動物の個体ごとの生存のしやすさに依存したバイアスを排除することができることに加えて、動物倫理の観点からも、動物に対する苦痛を抑え、かつ死亡による動物損失を回避して使用するモデル動物の数を最小限に抑えることができる。
【0040】
本開示においてホルモン剤とは、モデル動物にホルモンを投与するために用いられる薬剤を意味する。ホルモン剤の投与方法は特に限定されず、例えば経口投与、静脈内投与又は局所投与等であってよい。また、ホルモンの放出速度についても特に限定されず、即放性製剤、徐放性製剤又は時限放出型製剤のいずれであってもよい。本開示の一実施形態の製造方法に係るホルモン剤としては、例えば局所投与型の徐放性製剤であってもよい。
【0041】
本開示の一実施形態の製造方法に係るホルモン剤によって放出されるホルモンの種類及び量は、がん細胞が受容体陽性のホルモンの種類に応じて定めることができる。例えば、一実施形態の製造方法に係るがん細胞がエストロゲン受容体陽性である場合、ホルモン剤によって放出されるホルモンとしては、エストロゲンであるエストロン、エストラジオール、エストリオール又はエステトロールであってよく、エストロン、エストラジオール又はエストリオールが好ましく、エストラジオールがより好ましい。特に、ホルモン剤によって放出されるホルモンがエストラジオールである場合、ホルモン剤は例えば局所投与型の徐放性製剤であってよく、その場合の1日あたりの放出量としては例えば0.10mg/day以上1.00mg/day以下、0.30mg/day以上0.90mg/day以下又は0.50mg/day以上0.80mg/dayであってよく、放出期間としては例えば15日以上100日以下、30日以上90日以下又は45日以上75日以下であってよく、そのようなホルモン剤としては例えばInnovative Reseach Of America社製の17β-ESTRADIOL PELLETシリーズ等を用いることができる。また、例えば一実施形態の製造方法に係るがん細胞がプロゲステロン受容体陽性である場合、ホルモン剤によって放出されるホルモンとしては、例えばプロゲステロンであってよく、プロゲステロンの類似物質であるプロゲスチン(ノルエチステロン、ノルゲストレル、レボノルゲストレル、デソゲストレル又はドロスピレノン等)であってもよい。また、例えば一実施形態の製造方法に係るがん細胞がアンドロゲン受容体陽性である場合、ホルモン剤によって放出されるホルモンとしては、例えばアンドロゲンであるテストステロン、ジヒドロテストステロン又はデヒドロエピアンドロステロン等であってよい。
【0042】
一実施形態に係る製造方法が(iv)ホルモン剤投与工程を含む場合、(iv)ホルモン剤投与工程は、(i)培養工程の後(ii)移植工程の前に行われてよく、(ii)移植工程と同時に行われてもよく、(ii)移植工程の後(iii)腫瘍形成工程の前に行われてもよい。また、(iv)ホルモン剤投与工程が(i)培養工程の後(ii)移植工程の前に行われる場合、(iv)ホルモン剤投与工程は(i)培養工程の後すぐに行われ、かつ(iv)ホルモン剤投与工程の終了から(ii)移植工程開始の期間としては、例えば0日(すなわち、(iv)ホルモン剤投与工程と(ii)移植工程が同日に行われる)以上14日以下、1日以上11日以下、2日以上9日以下又は3日以上8日以下であってよく、この期間における動物の飼育は、上述した(iii)腫瘍形成工程と同様の方法により行うことができる。また、(iv)ホルモン剤投与工程が(ii)移植工程の後(iii)腫瘍形成工程の前に行われる場合、(iv)ホルモン剤投与工程は(iii)腫瘍形成工程の直前に行われ、かつ(ii)移植工程の終了から(iv)ホルモン剤投与工程の期間としては、例えば0日以上14日以下、1日以上11日以下、2日以上9日以下又は3日以上8日以下であってよく、この期間における動物の飼育は、上述した(iii)腫瘍形成工程と同様の方法により行うことができる。
【0043】
本開示の一実施形態に係る製造方法は、(iv)ホルモン剤投与工程を含まない。すなわち、本開示の一実施形態に係る製造方法においては、動物に対してホルモン剤が投与されない。ホルモン受容体陽性のがん細胞を用いてモデル動物の製造する場合、ホルモン剤を投与するとがん細胞の増殖速度が大きくなり短期間でモデル動物の製造が可能となる一方で、ホルモン剤の副作用によって死亡個体が生じてしやすくなってしまうことが知られている(非特許文献1~3)。よって、本開示の一実施形態に係る製造方法が(iv)ホルモン剤投与工程を含まない場合、従来法のようなホルモン剤の投与による生存率の低下を伴うことなく、固形がんモデル動物を製造することができる。さらに、本開示の一実施形態におけるホルモン剤を投与しない製造方法によれば、悪性度の高い腫瘍を形成した固形がんモデル動物を製造することができる。
【0044】
本開示に係る固形がんの種類は特に限定されず、例えば乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、前立腺がん及び皮膚がんからなる群から選択されるがんであってよい。また、本開示の一実施形態に係る(iv)ホルモン剤投与工程を含む製造方法における固形がんの種類としては、例えば乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、前立腺がん及び皮膚がんからなる群から選択されるがんであってよく、ホルモン依存性であることが知られている乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん又は前立腺がんであることが好ましい。この場合において、固形がんが乳がん、卵巣がん又は子宮内膜がんである場合、使用するがん細胞としてはエストロゲン受容体陽性及び/又はプロゲステロン受容体陽性のがん細胞であることが好ましく、また固形がんが前立腺がんである場合、使用するがん細胞としてはアンドロゲン受容体陽性のがん細胞であることが好ましい。
【0045】
本開示に係る製造方法によってモデル動物に形成される腫瘍の大きさは、がんの種類及びモデル動物の用途等に応じて、当業者が定めることができるが、その大きさとしては、例えば10mm以上、20mm以上、30mm以上、40mm以上、50mm以上、100mm以上、150mm以上又は200mm以上であってよい。
【0046】
本開示に係る製造方法は、例えば抗がん剤の評価に用いられる固形がんモデル動物の製造に用いることができる。抗がん剤の開発において、がんモデル動物を用いた薬効評価、動態評価及び毒性評価等は必要不可欠である。よって、例えば本開示の製造方法によって製造された固形がんモデル動物に対して抗がん剤を投与した場合の腫瘍の大きさ、薬物動態、生存率及び副作用等に基づいて、抗がん剤を評価することができる。
【0047】
本開示に係る製造方法は、例えば抗がん剤の候補物質のスクリーニングに用いられる固形がんモデル動物の製造に用いることができる。抗がん剤の開発においては、抗がん剤候補物質をスクリーニングする際の指標の一つとして、候補物質をがんモデル動物に対して投与した場合の腫瘍形成の有無、腫瘍増大速度の大小及び生存率の推移等が汎用されている。よって、例えば本開示の製造方法によって製造された固形がんモデル動物に対して抗がん剤の候補物質を投与した場合の腫瘍の大きさ及び生存率等に基づいて、抗がん剤の候補物質をスクリーニングすることができる。
【0048】
本開示に係る製造方法は、例えば医学及び生理学等の学術研究用途の固形がんモデル動物の製造に用いることができる。
【0049】
本開示の他の一側面は、本開示の一側面に係る製造方法で製造された、モデル動物(ヒトを除く)である。このようなモデル動物は、上述した製造方法の用途と同様の用途で使用することができる。
【0050】
本開示の他の一側面は、上述した(i)培養工程、(ii)移植工程及び(iii)腫瘍形成工程を含む、動物(ヒトを除く)に固形がんを形成する方法(固形がん形成方法)である。この場合における動物(ヒトを除く)としては、本開示の一実施形態に係る製造方法と同様のものを用いることができる。また、上記固形がん形成方法は、一実施形態において上述した(iv)ホルモン剤添加工程を含んでよく、他の一実施形態において上述した(iv)ホルモン剤添加工程を含まなくてもよい。また、上記固形がん形成方法は、本開示の一側面に係る製造方法の用途に加えて、以下の用途でも用いることができる。例えば、(ii)移植工程の前、(ii)移植工程と(iii)腫瘍形成工程の間、又は(iii)腫瘍形成工程の途中に、抗がん剤又はがんワクチン(B型肝炎ワクチン、ヒトパピローマウイルスワクチン等)の投与を行いながら、上記固形がん形成方法を用いて固形癌モデル動物を作製した場合の腫瘍の大きさ及び生存率等に基づいて、抗がん剤又はがんワクチンの評価又はスクリーニングを行うことができる。
【実施例0051】
以下に、実施例を用いて本開示をより詳細に説明するが、本開示は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
(培地)
以降の実施例において、「通常培養細胞移植群」に用いる細胞を培養するための培地(以下では、「通常培地」とも記載する。)としては、10v/v%のウシ胎児血清(FBS)を添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM、#11885-084;ThermoFisher Scientific社製)を用いた。「栄養飢餓培養細胞移植群」に用いる細胞を培養するための培地(以下では、「栄養飢餓培地」とも記載する。)としては、10v/v%のFBSを添加したDMEM no glucose(#A1443001;ThermoFisher Scientific社製)を用いた。
【0053】
<実施例1:ホルモン剤を投与する条件における、移植前の細胞培養条件と、固形がんモデル動物の腫瘍増殖速度との関係>
ヒト乳腺がん由来細胞株であり、ホルモン受容体陽性のがん細胞であるMCF-7細胞を用いて固形がんモデル動物を作成する場合に、移植する前のMCF-7細胞の培養環境における栄養状態に依存して、移植後の腫瘍増殖速度に差異が見られるかを検討した。なお、実施例1においては、ホルモン剤を投与する条件において固形がん動物の作成を行った。
【0054】
(細胞懸濁液の調製)
ヒト乳腺がん由来細胞株MCF-7(DSファーマプロモ株式会社製)を、上述した通常培地又は栄養飢餓培地中で、5%CO、37℃の雰囲気下、それぞれ12~16日間培養した。培養した細胞をトリプシン-EDTA(ThermoFisher Scientific社製)でディッシュから剥離した後、栄養飢餓培地を添加してトリプシンをクエンチし、さらに栄養飢餓培地とMatrigel(Corning社製)を等量混合した溶液を添加して希釈することで、1×10cells/mLの細胞懸濁液を調製した。
【0055】
(固形がんモデルマウスの作成、腫瘍増殖速度の評価)
ヌードマウス(BALB/cslc-nu/nu、メス、7週齢)の肩甲骨間に17β-Estradiol徐放ペレット(0.72MG/Day、60日間、Innovative Reseach Of America 17β-ESTRADIOL 0.72MG/PELLET 60)を、Precision Trochar(Innovative Reseach Of America社製)を用いて埋め込んだ。その3日後、調製した細胞懸濁液の100μL(1×10cells/body)を右後ろ脚皮下に移植した。移植後、一週間に2回の頻度で腫瘍体積を計測した。腫瘍体積の計測は、ノギスで計測し、次の計算式によって算出した。
【0056】
腫瘍体積(mm)=長径(mm)×短径(mm)×深さ(mm)×(3.14/6)
【0057】
各群10匹ずつにおける腫瘍体積の推移を平均値±標準偏差で表した結果を図1に示す。また、図1における、腫瘍体積が200mm以下の領域を拡大したグラフを図2に示す。図中、*はスチューデントのt検定におけるp値が0.05未満となったことを表す。また、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を図3に示す。
【0058】
まず図1によれば、栄養飢餓培養細胞移植群のマウスにおいては、通常培養細胞移植群と比較して腫瘍体積が有意に大きくなったことから、本開示の製造方法によれば、従来法と比較して腫瘍増殖速度の大きい固形がんモデル動物を製造可能であることが示された。
【0059】
また、固形がんモデルマウスにおける使用の目安として腫瘍体積50mmを設定した場合、通常培養細胞移植群においては平均腫瘍体積が50mmに達するまでに移植後18日を要したのに対し、栄養飢餓培養細胞移植群では移植後12日で平均腫瘍体積が50mmに達したことから、本開示の製造方法の一実施形態であるホルモン剤を投与する条件における固形がんモデル動物の製造方法によれば、実験可能な大きさの腫瘍を有する固形がんモデル動物をより短期間で製造可能であることが示された。
【0060】
さらに、図3の結果によると、ホルモン剤を投与する条件においては、ペレット埋め込みから12日(細胞移植後9日)程度経過するとマウスの生存率が低下し、ペレット埋め込みから18日(細胞移植後15日)程度経過するとマウスの生存率がより顕著に低下した。そうすると、図2及び図3の結果から、本開示の製造方法の一実施形態であるホルモン剤を投与する条件における固形がんモデル動物の製造方法によれば、固形がんモデル動物をより短期間で製造できることに加え、モデル動物の生存率が顕著に低下する前に固形がんモデルマウスを実験に使用できることが示された。
【0061】
<実施例2:ホルモン剤を投与しない条件における、移植前の細胞培養条件と、固形がんモデル動物の腫瘍増殖速度との関係>
ホルモン剤を投与しない条件においても、本開示の方法によって、固形がんモデル動物を製造可能であるかを検討した。
【0062】
17β-Estradiol徐放ペレットを埋め込む工程を行わないこと以外は実施例1と同様の方法によって製造した通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウス各5匹又は6匹について、実施例1と同様の方法によって腫瘍体積を測定した。通常培養細胞移植群における腫瘍体積の推移をマウス毎に表した結果を図4に示す。栄養飢餓培養細胞移植群における腫瘍体積の推移をマウス毎に表した結果を図5に示す。両群における腫瘍体積の推移を平均値±標準偏差で表した結果を図6に示す。また、通常培養細胞移植群及び栄養飢餓培養細胞移植群のマウスの合算における生存曲線を図7に示す。さらに、17β-Estradiol徐放ペレットを埋め込む工程を行わないことに加えて、移植する細胞懸濁液の濃度を5×10cells/mLとした(5×10cells/body)条件で同様の測定を行った場合の、通常培養細胞移植群における腫瘍体積の推移をマウス毎に表した結果を図8に示し、栄養飢餓培養細胞移植群における腫瘍体積の推移をマウス毎に表した結果を図9に示し、両群における腫瘍体積の推移を平均値±標準偏差で表した結果を図10に示す。
【0063】
図4,5,8,9の結果によれば、移植した細胞数が1×10cells/body及び5×10cells/bodyのそれぞれの条件において、通常培養細胞移植群で腫瘍形成が見られた個体はそれぞれ6匹中3匹(形成率50%)及び6匹中3匹(形成率50%)であったのに対し、栄養飢餓培養細胞移植群においてはそれぞれ6匹中6匹(形成率100%)及び5匹中5匹(形成率100%)の個体で腫瘍形成が見られたことから、本開示の製造方法によれば、ホルモン剤を投与しない条件においても、固形がんモデル動物を製造可能であることが示された。
【0064】
また、図6図10の結果によれば、移植した細胞数が1×10cells/body及び5×10cells/bodyのいずれの条件においても、通常培養細胞移植群と比較して、栄養飢餓培養細胞移植群において腫瘍体積が有意に大きくなった。特に、固形がんモデルマウスにおける使用の目安として腫瘍体積50mmを設定した場合、栄養飢餓培養細胞移植群においては細胞移植後それぞれ58日及び50日経過後に平均腫瘍体積が50mmに達するのに対し、通常培養細胞移植群においては細胞移植後60日以上経過しても、平均腫瘍体積は50mmに達することはなかった。したがって、本開示の製造方法の一実施形態であるホルモン剤を投与しない条件における固形がんモデル動物の製造方法によれば、従来法のようなホルモン剤の投与を伴わずとも、実験に使用可能な大きさの腫瘍を有する固形がんモデル動物を製造可能であることが示された。
【0065】
さらに、図8の結果によれば、ホルモン剤を投与しない条件においては、移植する細胞数に関わらず、マウスの生存率の顕著な低下は見られなかった。そうすると、図4~10の結果から、本開示の製造方法の一実施形態であるホルモン剤を投与しない条件における固形がんモデル動物の製造方法によれば、従来法のようなホルモン剤の投与による個体の死亡を抑制しながら、実験に使用可能な大きさの腫瘍を有する固形がんモデル動物を製造可能であることが示された。
【0066】
<実施例3:ホルモン剤の投与の有無における、固形がんモデル動物に掲載される腫瘍の悪性度>
ホルモン剤を投与する条件及び投与しない条件のそれぞれにおいて製造された固形がんモデル動物について、形成された腫瘍の組織型(悪性度)を検討した。
【0067】
ホルモン剤を投与する条件の通常培養細胞移植群として、実施例1と同様の方法によって、がん細胞の移植後27日目の固形がんモデルマウスを作製した。がん細胞の移植後27日目における腫瘍の体積は98.2mmであった。
【0068】
ホルモン剤を投与する条件の栄養飢餓培養細胞移植群の固形がんモデルマウスとして、実施例1と同様の方法によって、がん細胞の移植後18日目の固形がんモデルマウスを作製した。がん細胞の移植後18日目における腫瘍の体積は83.2mmであった。
【0069】
ホルモン剤を投与しない条件の栄養飢餓培養細胞移植群の固形がんモデルマウスとして、実施例2と同様の方法によって、がん細胞の移植後62日目の固形がんモデルマウスを作製した。がん細胞の移植後62日目における腫瘍の体積は86.2mmであった。
【0070】
これらの固形がんモデルマウスについて安楽死させたのち、腫瘍部位を摘出した。摘出した腫瘍をホルマリン固定し、パラフィン包埋した後、切片化し、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を実施した。得られた染色済み切片について、「乳癌取り扱い規約(第18版)」(一般社団法人日本乳癌学会、2018年)における浸潤性乳管がんの組織学的分類に基づいて、組織学的評価を行った。なお、「乳癌取り扱い規約(第18版)」は日本において広く一般的に用いられている乳がんの組織学的分類方法である。浸潤性乳管がんは、腺管形成型、充実型、硬性型及びその他型の4つの組織型に分類され、このうち硬性型が最も予後が悪く悪性度が高いことが知られている。HE染色の結果を図11に示す。
【0071】
図11によれば、ホルモン剤を投与する条件の通常培養細胞移植群、及びホルモン剤を投与する条件の栄養飢餓培養細胞移植群の固形がんモデルマウスには充実型の組織型を示す腫瘍が形成されたのに対し、ホルモン剤を投与しない条件の栄養飢餓培養細胞移植群の固形がんモデルマウスには硬性型の組織型を示す腫瘍が形成されたことから、本開示の一実施形態におけるホルモン剤を投与しない製造方法によれば、悪性度の高い腫瘍を形成した固形がんモデル動物を製造できることが示された。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11