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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135301
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0258 20160101AFI20240927BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20240927BHJP
【FI】
H01M8/0258
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023045924
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】加藤 晃彦
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悟
(72)【発明者】
【氏名】山口 聡
(72)【発明者】
【氏名】林 大甫
【テーマコード(参考)】
5H126
【Fターム(参考)】
5H126AA08
5H126BB06
5H126EE27
5H126EE29
(57)【要約】
【課題】カソード側に無加湿のカソードガスを供給して発電を行う場合であっても性能が低下しにくい固体高分子形燃料電池を提供すること。
【解決手段】固体高分子形燃料電池は、膜電極接合体と、アノード側ガス拡散層と、カソード側ガス拡散層と、アノード側セパレータと、カソード側セパレータとを備え、カソードに無加湿のカソードガスを供給して発電を行うために用いられる。カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層は、クロスフロー構造を備え、前記クロスフロー構造は、Q1<Q2、及び、Q1<Q3を満たす。但し、Q1は、第1区間(入口区間)の平均クロスフロー量、Q2は、第2区間(中間区間)の平均クロスフロー量、Q3は、第3区間(出口区間)の平均クロスフロー量。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた固体高分子形燃料電池。
(1)前記固体高分子形燃料電池は、
電解質膜の両面にアノード側触媒層及びカソード側触媒層が接合された膜電極接合体と、
前記アノード側触媒層の外側に配置されたアノード側ガス拡散層と、
前記カソード側触媒層の外側に配置されたカソード側ガス拡散層と、
前記アノード側ガス拡散層の外側に配置されたアノード側セパレータと、
前記カソード側ガス拡散層の外側に配置されたカソード側セパレータと
を備えている。
(2)前記固体高分子形燃料電池は、カソードに無加湿のカソードガスを供給して発電を行うために用いられる。
(3)前記カソード側セパレータ及び前記カソード側ガス拡散層は、前記カソード側ガス拡散層を通じたカソードガス流路間のガス流れ(クロスフロー)を生じさせる構造(クロスフロー構造)を備え、
前記クロスフロー構造は、次の式(1)~式(3)を満たす。
1<Q2 …(1)
1<Q3 …(2)
i(i=1、2、3)=ktΔPi/μw(cm3/min/cm) …(3)
但し、
1は、0≦x/L<0.15である第1区間(入口区間)の平均クロスフロー量、
2は、0.15≦x/L<0.7である第2区間(中間区間)の平均クロスフロー量、
3は、0.7≦x/L≦1.0である第3区間(出口区間)の平均クロスフロー量、
Lは、前記カソードガス流路の全長、
xは、前記カソードガス流路の入口からの距離、
kは、前記カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数、
tは、前記カソード側ガス拡散層の厚さ、
ΔPiは、第i区間にある第1カソードガス流路内の圧力Pi1と、前記第1カソードガス流路に隣接する第2カソードガス流路内の圧力Pi2との差の絶対値、
μは、カソードガスの粘度、
wは、前記第1カソードガス流路と前記第2カソードガス流路を区画するリブの幅。
【請求項2】
前記カソード側セパレータは、
(a)狭窄部のある流路構造、
(b)交互閉塞型流路構造、及び、
(c)端部狭窄型流路構造
からなる群から選ばれるいずれか1以上の構造を含む請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項3】
前記カソード側セパレータは、
前記リブを挟んで平行に並んでいる前記第1カソードガス流路及び前記第2カソードガスと、
前記第1カソードガス流路及び/又は前記第2カソードガス流路に設けられた狭窄部と
を備え、
前記クロスフロー構造は、次の式(4)及び/又は式(5)をさらに満たす
請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
0≦Q1≦Q2/10 …(4)
2≧Q3 …(5)
【請求項4】
前記カソードガス流路の全長Lは、190mm以上300mm以下である請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【請求項5】
前記カソードガス流路は、狭窄部を備え、
1本の前記カソードガス流路に設けられる前記狭窄部の個数nは、5個以上9個以下である請求項1に記載の固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池に関し、さらに詳しくは、カソード側に無加湿のカソードガスを供給して発電を行う場合であっても性能が低下しにくい固体高分子形燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、固体高分子電解質からなる電解質膜の両面に電極(触媒層)が接合された膜電極接合体(MEA)を備えている。また、固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、一般に、ガス拡散層が配置される。ガス拡散層は、触媒層に反応ガス及び電子を供給するためのものであり、カーボンペーパー、カーボンクロス等が用いられる。さらに、ガス拡散層の外側には、ガス流路を備えたセパレータが配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層及びセパレータからなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池において、電解質膜が良好なプロトン伝導度を示すには、適度な含水率を維持することが必要である。そのため、発電時の燃料電池の温度が高い場合や供給ガス中に含まれる水分量が少ない場合には、電解質膜が乾燥し、性能が低下する。
一方、固体高分子形燃料電池を用いて発電を行うと、カソード側では電極反応により水が生成する。そのため、燃料電池の温度が低く、供給ガス中の水分量が多い場合には、カソード側のガス拡散層内において液水が発生しやすくなる。過剰の液水は、酸素輸送を阻害し、燃料電池の性能を低下させる原因となる。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
複数の流路孔が形成され、かつ、波形に湾曲した流路板と、
流路板の一方の面に接合された平板と
を備えた燃料電池用多孔性分離板が開示されている。
同文献には、
(A)流路板の表面をガス拡散層の外側面に密着させ、平板とガス拡散層との間の空間に反応ガスを流すと、反応ガスが乱流を形成してガス拡散層に伝達される点、及び、
(B)これによって、気体拡散量が増加し、燃料電池の性能が向上する点
が記載されている。
【0005】
特許文献2には、
隣接するガス流路を区画するためのリブと、
リブに設けられた、ガス流路の流路断面積を小さくするための絞り部と、
絞り部に設けられた、隣接するガス流路間を連通させるための連通溝と
を備えた燃料電池セパレータが開示されている。
同文献には、絞り部に連通溝を形成すると、絞り部における反応ガスの圧力損失の増大を抑制できる点が記載されている。
【0006】
特許文献3には、
ガスの流動抵抗の小さいストレートガス流路と、
ガスの流動抵抗の大きい蛇行ガス流路と
を備えた燃料電池セパレータが開示されている。
同文献には、
(A)流動抵抗の大きいガス流路には滞留水が付着しやすいのに対し、流動抵抗の小さいガス流路には水がほとんど残留しない点、及び、
(B)セパレータに流動抵抗の異なるガス流路を設けると、高加湿条件下においても流動抵抗の小さいガス流路を介して電極触媒層にガスを供給することができる点
が記載されている。
【0007】
特許文献4には、
アノード対向プレート/中間プレート/カソード対向プレートの積層体からなり、
アノード対向プレートの燃料ガスの入口側に、燃料ガスをMEAに接触させるための開口部を設けた
燃料電池用セパレータが開示されている。
同文献には、
(A)カソードガス流路の最下流側に対応する位置に開口部を設けると、生成水がMEAを通って開口部に運ばれ、燃料ガスが生成水によって加湿される点、及び、
(B)これによって、電解質膜の自己加湿が可能となる点
が記載されている。
【0008】
特許文献5には、反応ガスの供給配管からの距離が長い位置にある単セルのセパレータのガス流路長を、反応ガスの供給配管からの距離が短い位置にある単セルのセパレータのガス流路長より短くした固体高分子形燃料電池が開示されている。
同文献には、
(A)反応ガスの供給配管からマニホールドを介して各単セルに反応ガスを分配する場合において、反応ガスの供給配管から単セルまでの距離が長くなるほどセパレータのガス流路長を短くすると、反応ガスの供給配管から単セルまでの距離が長くなるほどガス流路の圧力損失を小さくすることができる点、及び、
(B)これによって、各単セルに反応ガスを均一に分配できる点
が記載されている。
【0009】
特許文献1には、多孔性分離板を用いると、ガス流路内で乱流が発生し、これによってガス拡散層への気体拡散量が増加する点が記載されている。
しかしながら、カソード流路内で乱流を発生させる場合において、気体拡散量が過度に多い時には、酸素輸送は促進されるが、低湿度環境下ではむしろ電解質膜を乾燥させ、性能低下を引き起こす。一方、気体拡散量が過度に少ない時には、高湿度環境下ではカソード側のガス拡散層内で発生した液水の排出が不十分となり、酸素輸送が阻害される。すなわち、単に乱流を発生させるだけでは、両者のバランスを取ることができない。
【0010】
また、電解質膜を適度な湿潤状態に維持するために、加湿器を用いて燃料ガス及び/又は酸化剤ガスを加湿する場合がある。しかしながら、加湿器の使用は、燃料電池システムの大型化や効率の低下を招く。
一方、無加湿の反応ガスを燃料電池に供給した場合において、燃料電池の作動条件が大きく変動したときには、燃料電池内において液水量に過不足が生じる場合がある。そのため、加湿器のない燃料電池システムにおいては、電解質膜の乾燥やフラッディングによる燃料電池の性能低下が生じやすい。
【0011】
さらに、発電条件が大きく変動する環境下において、カソードに無加湿のカソードガスを供給しながら発電を行う場合であっても、電解質膜の乾燥やフラッディングによる燃料電池の性能低下が生じにくい固体高分子形燃料電池が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2013-125744号公報
【特許文献2】特開2022-169222号公報
【特許文献3】特開2011-150801号公報
【特許文献4】特開2011-086519号公報
【特許文献5】特開2005-056671号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明が解決しようとする課題は、カソード側に無加湿のカソードガスを供給して発電を行う場合であっても性能が低下しにくい固体高分子形燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために本発明に係る固体高分子形燃料電池は、以下の構成を備えている。
(1)前記固体高分子形燃料電池は、
電解質膜の両面にアノード側触媒層及びカソード側触媒層が接合された膜電極接合体と、
前記アノード側触媒層の外側に配置されたアノード側ガス拡散層と、
前記カソード側触媒層の外側に配置されたカソード側ガス拡散層と、
前記アノード側ガス拡散層の外側に配置されたアノード側セパレータと、
前記カソード側ガス拡散層の外側に配置されたカソード側セパレータと
を備えている。
(2)前記固体高分子形燃料電池は、カソードに無加湿のカソードガスを供給して発電を行うために用いられる。
(3)前記カソード側セパレータ及び前記カソード側ガス拡散層は、前記カソード側ガス拡散層を通じたカソードガス流路間のガス流れ(クロスフロー)を生じさせる構造(クロスフロー構造)を備え、
前記クロスフロー構造は、次の式(1)~式(3)を満たす。
【0015】
1<Q2 …(1)
1<Q3 …(2)
i(i=1、2、3)=ktΔPi/μw(cm3/min/cm) …(3)
【0016】
但し、
1は、0≦x/L<0.15である第1区間(入口区間)の平均クロスフロー量、
2は、0.15≦x/L<0.7である第2区間(中間区間)の平均クロスフロー量、
3は、0.7≦x/L≦1.0である第3区間(出口区間)の平均クロスフロー量、
Lは、前記カソードガス流路の全長、
xは、前記カソードガス流路の入口からの距離、
kは、前記カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数、
tは、前記カソード側ガス拡散層の厚さ、
ΔPiは、第i区間にある第1カソードガス流路内の圧力Pi1と、前記第1カソードガス流路に隣接する第2カソードガス流路内の圧力Pi2との差の絶対値、
μは、カソードガスの粘度、
wは、前記第1カソードガス流路と前記第2カソードガス流路を区画するリブの幅。
【発明の効果】
【0017】
カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層がクロスフロー構造を備えている場合において、カソードガス流路の入口区間の平均クロスフロー量Q1を中間区間の平均クロスフロー量Q2及び出口区間の平均クロスフロー量Q3より少なくすると、入口区間における電解質膜の乾燥と、中間区間及び出口区間におけるフラッディングを抑制することができる。その結果、電解質膜の面内における局所的な電流密度の低下が抑制される。
さらに、カソードガス流路の入口側から出口側にかけてクロスフロー量を最適化すると、車載用サイズの燃料電池を無加湿で運転する場合であっても、圧力損失を増大させることなく、燃料電池の性能を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】ガス流路の入口の断面積比(S2in/S1in)が出口の断面積比(S2out/S1out)とは異なる構造を備えたセパレータの模式図である。
図2】セル温度が40℃であるときの、クロスフロー量と、電流密度及び液水量との関係を示す図である。
図3】セル温度が60℃であるときの、クロスフロー量と、電流密度及び液水量との関係を示す図である。
図4】セル温度が80℃であるときの、クロスフロー量と、電流密度との関係を示す図である。
【0019】
図5】セル温度が80℃であるときの、流路入口からの距離xと、相対湿度との関係を示す図である。
図6】セル温度が60℃であるときの、流路入口からの距離xと、相対湿度との関係を示す図である。
図7】カソードガス流路の全長Lと電流値の総和との関係を示す図である。
図8】狭窄部の個数と圧力損失との関係を示す図である。
図9】狭窄部の個数と性能との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[構成1]
以下の構成を備えた固体高分子形燃料電池。
(1)前記固体高分子形燃料電池は、
電解質膜の両面にアノード側触媒層及びカソード側触媒層が接合された膜電極接合体と、
前記アノード側触媒層の外側に配置されたアノード側ガス拡散層と、
前記カソード側触媒層の外側に配置されたカソード側ガス拡散層と、
前記アノード側ガス拡散層の外側に配置されたアノード側セパレータと、
前記カソード側ガス拡散層の外側に配置されたカソード側セパレータと
を備えている。
(2)前記固体高分子形燃料電池は、カソードに無加湿のカソードガスを供給して発電を行うために用いられる。
(3)前記カソード側セパレータ及び前記カソード側ガス拡散層は、前記カソード側ガス拡散層を通じたカソードガス流路間のガス流れ(クロスフロー)を生じさせる構造(クロスフロー構造)を備え、
前記クロスフロー構造は、次の式(1)~式(3)を満たす。
【0021】
1<Q2 …(1)
1<Q3 …(2)
i(i=1、2、3)=ktΔPi/μw(cm3/min/cm) …(3)
【0022】
但し、
1は、0≦x/L<0.15である第1区間(入口区間)の平均クロスフロー量、
2は、0.15≦x/L<0.7である第2区間(中間区間)の平均クロスフロー量、
3は、0.7≦x/L≦1.0である第3区間(出口区間)の平均クロスフロー量、
Lは、前記カソードガス流路の全長、
xは、前記カソードガス流路の入口からの距離、
kは、前記カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数、
tは、前記カソード側ガス拡散層の厚さ、
ΔPiは、第i区間にある第1カソードガス流路内の圧力Pi1と、前記第1カソードガス流路に隣接する第2カソードガス流路内の圧力Pi2との差の絶対値、
μは、カソードガスの粘度、
wは、前記第1カソードガス流路と前記第2カソードガス流路を区画するリブの幅。
【0023】
[構成2]
前記カソード側セパレータは、
(a)狭窄部のある流路構造、
(b)交互閉塞型流路構造、及び、
(c)端部狭窄型流路構造
からなる群から選ばれるいずれか1以上の構造を含む構成1に記載の固体高分子形燃料電池。
【0024】
[構成3]
前記カソード側セパレータは、
前記リブを挟んで平行に並んでいる前記第1カソードガス流路及び前記第2カソードガスと、
前記第1カソードガス流路及び/又は前記第2カソードガス流路に設けられた狭窄部と
を備え、
前記クロスフロー構造は、次の式(4)及び/又は式(5)をさらに満たす
構成1又は2に記載の固体高分子形燃料電池。
0≦Q1≦Q2/10 …(4)
2≧Q3 …(5)
【0025】
[構成4]
前記カソードガス流路の全長Lは、190mm以上300mm以下である構成1から3までのいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池。
【0026】
[構成5]
前記カソードガス流路は、狭窄部を備え、
1本の前記カソードガス流路に設けられる前記狭窄部の個数nは、5個以上9個以下である構成1から4までのいずれか1つに記載の固体高分子形燃料電池。
【0027】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 固体高分子形燃料電池]
本発明に係る固体高分子形燃料電池は、
電解質膜の両面にアノード側触媒層及びカソード側触媒層が接合された膜電極接合体と、
前記アノード側触媒層の外側に配置されたアノード側ガス拡散層と、
前記カソード側触媒層の外側に配置されたカソード側ガス拡散層と、
前記アノード側ガス拡散層の外側に配置されたアノード側セパレータと、
前記カソード側ガス拡散層の外側に配置されたカソード側セパレータと
を備えている。
【0028】
[1.1. 用途]
本発明に係る固体高分子形燃料電池は、カソードに無加湿のカソードガスを供給して発電を行うために用いられる。
無加湿のカソードガスを燃料電池に供給して発電を行う場合において、燃料電池の作動条件が大きく変動したときには、燃料電池内の液水量に過不足が生じやすい。そのため、加湿器のない燃料電池システムにおいては、電解質膜の乾燥やフラッディングによる燃料電池の性能低下が生じやすい。
これに対し、本発明においては、カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層の構造(クロスフロー構造)が最適化されているので、無加湿条件下においても電解質膜の乾燥やフラッディングによる燃料電池の性能低下が抑制される。クロスフロー構造の詳細については、後述する。
【0029】
[1.2. 膜電極接合体]
膜電極接合体(MEA)は、固体高分子電解質からなる電解質膜の両面に、それぞれ、カソード側触媒層及びアノード側触媒層が接合されたものからなる。カソード側触媒層及びアノード側触媒層は、それぞれ、電極触媒と触媒層アイオノマとの複合体からなる。
本発明において、電解質膜を構成する固体高分子電解質の種類は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。
同様に、触媒層に含まれる電極触媒及び触媒層アイオノマの種類は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。
【0030】
[1.3. アノード側ガス拡散層]
アノード側ガス拡散層は、アノード側触媒層の外側に配置される。本発明において、アノード側ガス拡散層の構造及び材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。アノード側ガス拡散層は、特に、
撥水処理された基材と、
前記基材の触媒層側表面に形成された撥水層と
を備えているものが好ましい。
【0031】
[1.4. カソード側ガス拡散層]
カソード側ガス拡散層は、カソード側触媒層の外側に配置される。本発明において、カソード側ガス拡散層の構造及び材料は、後述するクロスフローを生じさせることが可能なものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択する。カソード側ガス拡散層は、特に、
撥水処理された基材と、
前記基材の触媒層側表面に形成された撥水層と
を備えているものが好ましい。
【0032】
[1.5. アノード側セパレータ]
アノード側セパレータは、アノード側触媒層から電子を取り出すと同時に、アノード側触媒層にアノードガス(燃料ガス)を供給するためのものである。アノード側セパレータは、アノード側ガス拡散層の外側に配置される。アノード側セパレータには、アノードガスを流すためのアノードガス流路が設けられる。本発明において、アノード側セパレータの構造及び材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
【0033】
[1.6. カソード側セパレータ]
カソード側セパレータは、カソード側触媒層に電子及びカソードガス(酸化剤ガス)を供給するためのものである。カソード側セパレータは、カソード側ガス拡散層の外側に配置される。カソード側セパレータには、カソードガスを流すための複数本のカソードガス流路が隣接して設けられている。また、隣接する2つのカソードガス流路(第1カソードガス流路、第2カソードガス流路)は、リブによって区画されている。
本発明において、カソード側セパレータの構造及び材料は、後述するクロスフローを生じさせることが可能なものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
【0034】
[1.7. クロスフロー構造]
本発明において、カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層は、クロスフロー構造を備えている。
【0035】
ここで、「クロスフロー」とは、カソード側ガス拡散層を通じたカソードガス流路間のガス流れをいう。
換言すれば、「クロスフロー」とは、第1カソードガス流路と第2カソードガス流路がリブを挟んで隣接して配置されている場合において、第1カソードガス流路又は第2カソードガス流路の一方を流れるカソードガスの全部又は一部が、リブ直下にあるカソード側ガス拡散層を通って他方に流れることをいう。
【0036】
「クロスフロー構造」とは、カソードガス流路の所定の位置において、所定のクロスフロー量を生じさせることが可能な構造をいう。クロスフロー量は、
(a)カソード側セパレータの構造(例えば、カソードガス流路の断面積、カソードガス流路の配置など)、及び/又は、
(b)カソード側ガス拡散層の構造(例えば、カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数(特に、リブ直下にあるカソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数)、カソード側ガス拡散層の厚さ(特に、リブ直下にあるカソードガス拡散層の厚さ)など)
により制御することができる。
【0037】
[1.7.1. 式(1)~式(3)]
本発明において、クロスフロー構造は、次の式(1)~式(3)を満たすものからなる。この点が従来とは異なる。
【0038】
1<Q2 …(1)
1<Q3 …(2)
i(i=1、2、3)=ktΔPi/μw(cm3/min/cm) …(3)
【0039】
但し、
1は、0≦x/L<0.15である第1区間(入口区間)の平均クロスフロー量、
2は、0.15≦x/L<0.7である第2区間(中間区間)の平均クロスフロー量、
3は、0.7≦x/L≦1.0である第3区間(出口区間)の平均クロスフロー量、
Lは、前記カソードガス流路の全長、
xは、前記カソードガス流路の入口からの距離、
kは、前記カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数、
tは、前記カソード側ガス拡散層の厚さ、
ΔPiは、第i区間にある第1カソードガス流路内の圧力Pi1と、前記第1カソードガス流路に隣接する第2ガス流路内の圧力Pi2との差の絶対値、
μは、カソードガスの粘度、
wは、前記第1カソードガス流路と前記第2カソードガス流路を区画するリブの幅。
【0040】
[A. 第1区間、第2区間、第3区間]
「第1区間」とは、x/Lが0以上0.15未満である区間、すなわち、カソードガス流路の入口近傍にある区間をいう。
「第2区間」とは、x/Lが0.15以上0.7未満である区間、すなわち、カソードガス流路の中間にある区間をいう。
「第3区間」とは、x/Lが0.7以上1.0未満である区間、すなわち、カソードガス流路の出口近傍にある区間をいう。
【0041】
無加湿のカソードガスをカソードガス流路を流す場合、第1区間を流れるカソードガスの湿度は低い。一方、カソードガス流路内では電極反応により水が生成し、生成水がカソードガスによって下流側に運ばれる。そのため、カソードガス流路の出口に近くなるほど、カソードガスの湿度が増加する。
【0042】
x/L=0.15の位置は、相対的に大きなクロスフローを発生させることによって性能向上が期待できる区間の下限の位置に相当する。x/L=0.15の位置では、カソードガスが生成水によって十分に加湿されている。例えば、全長Lが200~300mmであるカソードガス流路に無加湿のカソードガスを流して発電した場合、x/L=0.15の位置は、カソードガスの相対湿度が約20%RHとなる位置に相当する。一方、x/Lが0.15未満の位置では、カソードガスの相対湿度は低い。
【0043】
そのため、第1区間において、大きなクロスフローを生じさせると、電解質膜が乾燥し、燃料電池の性能が低下するおそれがある。一方、x/Lが0.15以上の区間においてクロスフローを生じさせても、電解質膜の乾燥が起こりにくくなる。むしろ、カソード側ガス拡散層から液水が排出されることによる性能向上が期待できる。
【0044】
x/L=0.7の位置は、クロスフロー量を増加させることによって性能向上が期待できる区間の上限の位置に相当する。カソードガス流路の出口に近づくほど、生成水量が多くなり、クロスフローによってカソード側ガス拡散層内に滞留している液水を完全に排出することが困難となる。
そのため、x/Lが0.7以上の区間においてクロスフロー量をさらに増加させても、性能向上はあまり期待できない。むしろ、出口区間におけるクロスフロー量のさらなる増大は、圧力損失の増大を招く場合がある。
【0045】
[B. 平均クロスフロー量]
「(第i区間の)平均クロスフロー量」とは、当該区間内において生じるクロスフロー量の平均値をいう。
式(1)~式(3)は、カソードガス流路を第1区間、第2区間、第3区間の3つに区分した場合において、第1区間の平均クロスフロー量Q1を第2区間の平均クロスフロー量Q2及び第3区間の平均クロスフロー量Q3より小さくすることを意味する。
【0046】
1がQ2及びQ3より大きくなると、第1区間ではクロスフローにより電解質膜が乾燥し、電解質膜のプロトン伝導度が低下する。一方、第2区間及び/又は第3区間では、リブ直下にあるカソード側ガス拡散層内に多量の液水が滞留し、カソード側触媒層への酸素の供給が阻害される場合がある。
これに対し、Q1をQ2及びQ3より小さくすると、第1区間における電解質膜の乾燥を抑制することができる。また、第2区間及び第3区間では、クロスフローによりカソード側ガス拡散層内に滞留している過剰の液水をカソードガス流路に排出することができる。
【0047】
[1.7.2. 式(4)及び式(5)]
クロスフロー構造は、上述した式(1)~式(3)に加えて、以下の式(4)及び/又は式(5)をさらに満たすものでも良い。式(4)及び/又は式(5)をさらに満たすクロスフロー構造は、式(1)~式(3)のみを満たすクロスフロー構造に比べて高い性能を示す場合がある。
0≦Q1≦Q2/10 …(4)
2≧Q3 …(5)
【0048】
式(4)は、第1区間の平均クロスフロー量Q1を限りなくゼロに近づけることを意味する。上述したように、第1区間においてはカソードガスの湿度が低いため、第1区間において過剰なクロスフローを生じさせると、電解質膜が乾燥しやすい。これに対し、式(4)を満たすようにQ1を最適化すると、電解質膜の乾燥を抑制することができる。
【0049】
式(5)は、第3区間のクロスフロー量Q3を第2区間のクロスフロー量Q2以下にすることを意味する。上述したように、Q3をQ2より多くしても、クロスフローによる性能向上は小さく、むしろ圧力損失の増大を招く場合がある。これに対し、式(5)を満たすように、Q3を最適化すると、圧力損失の増大を抑制することができる。
【0050】
[1.7.3. カソードガス流路の全長]
本発明において、カソードガス流路の全長Lは、上述したクロスフローを生じさせることが可能なものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な長さを選択することができる。
【0051】
カソードガス流路に無加湿のカソードガスを流す場合において、Lが短くなりすぎると、カソードガスが十分に加湿される前にカソードガス流路から排出される。そのため、全体の流路のうち、乾燥しやすい領域の割合が増加し、性能が低下する場合がある。従って、Lは、190mm以上が好ましい。Lは、好ましくは、200mm以上である。
一方、Lが長くなりすぎると、全体の流路のうち、カソードガス拡散層内に液水が滞留しやすい領域の割合が増加し、性能が低下する場合がある。従って、Lは、300mm以下が好ましい。
【0052】
[2. カソード側セパレータの具体例]
本発明において、カソード側セパレータの構造は、クロスフローを生じさせることが可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
カソード側セパレータの構造としては、例えば、
(a)狭窄部のある流路構造、
(b)交互閉塞型流路構造、
(c)端部狭窄型流路構造
などがある。カソード側セパレータは、これらのいずれか1種の構造を含むものでも良く、あるいは、2種以上を含むものでも良い。
【0053】
[2.1. 狭窄部のある流路構造を備えたカソード側セパレータ]
[2.1.1. 定義]
「狭窄部のある流路構造」とは、
(a)両端が開口している複数本のカソードガス流路が一方向に配置されており、
(b)少なくとも1つのカソードガス流路は、流路断面積が一様ではなく、流路の中間部分に狭窄部(局所的に流路断面積が小さくなっている領域)を備えている
構造をいう。
【0054】
なお、「複数本のカソードガス流路が一方向に配置されている」とは、必ずしも複数のカソード流路が完全に平行に配置されていること(2つのカソードガス流路の中心線のなす角がゼロであること)を意味するものではなく、カソードガスを略同一方向に流すことが可能な限りにおいて、複数のカソードガス流路の配置が完全平行から多少ずれていても良いことを意味する。2つのカソードガス流路の中心線のなす角は、好ましくは、10°以下、あるいは、5°以下である。
【0055】
狭窄部のある流路構造を備えたカソード側セパレータにおいて、カソードガスは、各カソードガス流路の一方の端部から導入され、各カソードガス流路内を同一方向に流れる。カソードガス流路に導入されたカソードガスが狭窄部に到達すると、カソードガスの圧力が増大する。その結果、カソードガスの一部は、リブ直下にあるカソード側ガス拡散層を通って隣接するカソードガス流路に流れ込む(すなわち、クロスフローが生じる)。この場合において、狭窄部の数、位置、狭窄部の断面積等を最適化すると、入口区間、中間区間及び出口区間のクロスフロー量を制御することができる。
【0056】
[2.1.2. クロスフロー量]
カソード側セパレータが、狭窄部のある流路構造を備えている場合、すなわち、
リブを挟んで平行に並んでいる第1カソードガス流路及び第2カソードガス流路と、
第1カソードガス流路及び/又は第2カソードガス流路に設けられた狭窄部と
を備えている場合、クロスフロー構造は、上述した式(1)~式(3)に加えて、上述した式(4)及び/又は式(5)をさらに満たしているのが好ましい。
【0057】
カソード側セパレータが狭窄部のある流路構造を備えている場合、狭窄部の形状、位置、個数等を最適化すると、式(1)~(3)を満たすクロスフロー構造、あるいは式(1)~式(3)に加えて、式(4)~(5)をさらに満たすクロスフロー構造が得られる。
式(4)及び/又は式(5)をさらに満たすクロスフロー構造は、式(1)~式(3)のみを満たすクロスフロー構造に比べて高い性能を示す。
【0058】
[2.1.3. 狭窄部の数]
カソードガス流路が狭窄部を備えている場合において、狭窄部の数nは、上述したクロスフローを生じさせることが可能なものである限りにおいて、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な数を選択することができる。
【0059】
nが少なくなりすぎると、各区間において適正な平均クロスフロー量を生じさせることが困難となる。その結果、クロスフローによる性能向上も小さくなり、必要な出力を達成できない場合がある。従って、nは、5個以上が好ましい。
一方、nが多くなりすぎると、圧力損失が増大する。また、エアー供給用のポンプ圧力も増加し、燃料電池システムのエネルギー効率が低下する場合がある。従って、nは、9個以下が好ましい。
【0060】
[2.2. 交互閉塞型流路構造を備えたカソード側セパレータ]
「交互閉塞型流路構造」とは、
(a)複数本のカソードガス流路が一方向に配置されており、
(b)出口側が閉塞している第1カソードガス流路と、入口側が閉塞している第2カソードガス流路とが隣接して配置されている
構造をいう。
【0061】
交互閉塞型流路構造を備えたカソード側セパレータにおいて、カソードガスは、第1カソードガス流路の入口に導入される。第1カソードガス流路の出口は閉塞しているので、第1カソードガス流路にカソードガスが導入されると、第1カソードガス流路内の圧力が増大する。その結果、第1カソードガス流路内のカソードガスは、クロスフローにより隣接する第2カソードガス流路に流れ込む。第2カソードガス流路に流入したカソードガスは、第2カソードガス流路の出口から排出される。
【0062】
この場合において、カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数や、カソード側ガス拡散層の厚さなどを最適化すると、入口区間、中間区間及び出口区間のクロスフロー量を制御することができる。すなわち、カソード側ガス拡散層の材料や構造を最適化すると、式(1)~(3)を満たすクロスフロー構造、あるいは、式(1)~式(3)に加えて、式(4)~式(5)をさらに満たすクロスフロー構造が得られる。
カソード側ガス拡散層の面内方向の透過係数は、例えば、撥水層(マイクロポーラス層)の基材への浸み込み深さにより制御することができる。
また、クロスフロー量は、例えば、リブの高さや幅と、リブ直下にあるカソード側ガス拡散層の厚さにより制御することもできる。
【0063】
[2.3. 端部閉塞型流路構造を備えたカソード側セパレータ]
「端部狭窄型流路構造」とは、
(a)複数本のカソードガス流路が一方向に配置されており、
(b)出口側が狭窄している第1カソードガス流路と、入口側が狭窄している第2カソードガス流路とが隣接して配置されている
構造をいう。
【0064】
端部狭窄型流路構造を備えたカソード側セパレータにおいて、カソードガスは第1及び第2カソードガス流路の一方の端部から導入され、第1及び第2カソードガス流路内を同一方向に流れる。第1カソードガス流路の出口は狭窄しているので、第1カソードガス流路にカソードガスが導入されると、第1カソードガス流路内の圧力が増大する。その結果、第1カソードガス流路内のカソードガスの一部は、クロスフローにより隣接する第2カソードガス流路に流れ込む。
【0065】
この場合において、カソードガス拡散層の面内方向の透過係数や、カソードガス拡散層の厚さなどを最適化すると、入口区間、中間区間及び出口区間のクロスフロー量を制御することができる。すなわち、カソード側ガス拡散層の材料や構造を最適化すると、式(1)~(3)を満たすクロスフロー構造、あるいは、式(1)~式(3)に加えて、式(4)~式(5)をさらに満たすクロスフロー構造が得られる。
【0066】
[3. 作用]
MEA/ガス拡散層/セパレータの積層構造を備えた固体高分子形燃料電池において、カソード側ガス拡散層内(特に、カソード側セパレータのリブの直下にあるカソード側ガス拡散層内)に水が滞留しやすい。これに対し、カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層がクロスフロー構造を備えている場合、クロスフローによりカソード側ガス拡散層内に滞留している水がガス流路に排出されやすくなる。
【0067】
しかしながら、カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層がクロスフロー構造を備えている場合であっても、流路構造やガス拡散層の構造が不適切であると、圧力損失を増大させる場合がある。
また、車載用サイズの燃料電池の場合、ガス流路の入口側から出口側にかけて、発電で生じる水によりガス流路内の蒸気圧が増加する。高加湿条件では、クロスフローはガス拡散層から液水を排出し、性能を向上させる。一方、低加湿条件では、クロスフローは電解質膜を乾燥させ、性能を低下させることもある。特に、加湿器なしで発電する場合にはその影響が顕著に生じ易い。
【0068】
そのため、カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層がクロスフロー構造を備えている場合において、カソードガス流路の入口区間の平均クロスフロー量Q1を中間区間の平均クロスフロー量Q2及び出口区間の平均クロスフロー量Q2より多くしたときには、カソードガス流路の上流側では電解質膜が乾燥やすくなる。また、カソードガス流路の下流側ではフラッディングが生じやすくなる。
【0069】
これに対し、カソード側セパレータ及びカソード側ガス拡散層がクロスフロー構造を備えている場合において、Q1をQ2及びQ3より少なくすると、入口区間における電解質膜の乾燥と、中間区間及び出口区間におけるフラッディングを抑制することができる。その結果、電解質膜の面内における局所的な電流密度の低下が抑制される。
さらに、カソードガス流路の入口側から出口側にかけてクロスフロー量を最適化すると、車載用サイズの燃料電池を無加湿で運転する場合であっても、圧力損失を増大させることなく、燃料電池の性能を向上させることが可能となる。
【実施例0070】
[1. 燃料電池セルの作製]
図1に、ガス流路の入口の断面積比(S2in/S1in)が出口の断面積比(S2out/S1out)とは異なる構造を備えたセパレータの模式図を示す。図1において、セパレータ10は、リブ12と、リブ12を挟んで平行に配列している第1カソードガス流路14及び第2カソードガス流路16とを備えている。
【0071】
第1カソードガス流路14の入口には第1ガス導入管14aが接続され、第1カソードガス流路14の出口には第1ガス排出管14bが接続されている。第1ガス導入管14aの断面積(S1in)は、第1ガス排出管14bの断面積(S1out)より大きくなっている。
一方、第2カソードガス流路16の入口には第2ガス導入管16aが接続され、第2カソードガス流路16の出口には第2ガス排出管16bが接続されている。第2ガス導入管16aの断面積(S2in)は、第2ガス導入管16bの断面積(S2out)より小さくなっている。そのため、セパレータ10は、S2in/S1in<S2out/S1outの関係を満たしている。
【0072】
このような構造を備えたセパレータ10の第1カソードガス流路14及び第2カソードガス流路16にそれぞれ、ガスを供給すると、第1カソードガス流路14内の圧力は、第2カソードガス流路16内の圧力より高くなる。その結果、第1カソードガス流路14に供給されたガスの一部がガス拡散層18を通って第2カソードガス流路16に押し出される。
【0073】
カソード側セパレータには、図1に示すように、ガス流路に繋がる配管の径を互い違いに細くしたセパレータ10を用いた。アノード側セパレータには、ガス流路に繋がる配管の径が同一であるセパレータを用いた。これらのセパレータの間にカソード側ガス拡散層、触媒層を両面に塗布したナフィオン(登録商標)膜、及び、アノード側ガス拡散層を挟み、燃料電池セルを作製した。ガス流路の長さは、6mmとした。
【0074】
[2. 試験方法]
この燃料電池セルを用い、0.2V保持での電流密度、及び、ガス拡散層内の液水量を測定した。表1に、発電時のセル温度、及び、カソード供給ガスの相対湿度(RH)を示す。表1に示す各条件下において、クロスフロー量を変化させながら発電を行い、電流密度及び液水量を測定した。クロスフロー量は、図1のガス導入口の手前にニードルバルブを設けることで調整した。
【0075】
なお、発電時の液水分布は参考文献1に示されたような、X線ラジオグラフィー法により定量化した。
[参考文献1]D. Hayashi et al., Synchrotoron X-Ray Visualization and Simulation for Operating Fuel Cell Diffusion Layers, SAE, 2017-01-1188
【0076】
【表1】
【0077】
[3. 結果]
[3.1. クロスフローに伴う電流密度及び液水量の変化]
図2に、セル温度が40℃であるときの、クロスフロー量と、電流密度及び液水量との関係を示す。図3に、セル温度が60℃であるときの、クロスフロー量と、電流密度及び液水量との関係を示す。図4に、セル温度が80℃であるときの、クロスフロー量と、電流密度との関係を示す。
【0078】
図2図4より、温度及びカソード供給ガスの相対湿度に応じて、クロスフローの増加に伴う液水量の低下幅と、クロスフローの増加に伴う性能向上幅が異なることが分かる。なお、温度が80℃の場合、液水は観察されなかった。また、温度が低くなるほど、クロスフローの増加に伴う液水量の低下幅及び性能向上幅が大きくなる傾向が見られた。
【0079】
[3.2. 流路入口からの距離xと相対湿度RHとの関係]
参考文献2に示されるような数値流体力学計算を用いて、固体高分子形燃料電池の流路内の相対湿度分布を算出した。図5に、セル温度が80℃であるときの、流路入口からの距離xと、相対湿度との関係を示す。図6に、セル温度が60℃であるときの、流路入口からの距離xと、相対湿度との関係を示す。
[参考文献2]Chao-Yang Wang, Chem. Rev, 2004, 104, 4727-4766, Fundamental Models for Fuel Cell Engineering
【0080】
図5及び図6のグラフから、クロスフローを生じさせる位置(流路入口からの距離x)をパラメータとして、その位置及びその温度での相対湿度RHを求めることができる。そのRH及び温度と、図2図4の実験データから、その位置及びその温度での液水量が求まる。さらに、その位置での液水量が分かると、参考文献3から、液水によるクロスフロー量の減少幅、及び、そのクロスフロー量の減少を含めた、クロスフローによる性能向上幅(電流密度の増加分)が求まる。流路入口からの距離xごとに、このような計算を繰り返すと、性能を向上させることが可能なクロスフローの位置及びその位置でのクロスフロー量を求めることができる。
【0081】
なお、液水がクロスフロー量に与える影響には、参考文献3の結果を用いた。
[参考文献3]I. S. Hussaini, C. Y. Wang, Measurement of relative permeabolity of fuel cell diffusion media, J. Power Sources, Vol. 195(2010), 3830-3840
【0082】
表2に、ガス流路の全長Lが280mmである場合において、第1区間~第3区間の平均クロスフロー量Q1~Q3を変更したときの電流値の総和を示す。電極面積は、11.2cm2を想定した。
表3に、ガス流路の全長Lが200mmである場合において、第1区間~第3区間の平均クロスフロー量Q1~Q3を変更したときの電流値の総和を示す。電極面積は、8.1cm2を想定した。
なお、「電流値の総和」とは、40℃での電流値、60℃での電流値、及び、80℃での電流値の総和をいう。
【0083】
表2及び表3より、以下のことが分かる。
(1)式(1)及び式(2)を満たす燃料電池セル(実施例1~6)は、式(1)を満たさない燃料電池セル(比較例1~2)より電流値の総和が大きくなった。
(2)式(4)をさらに満たす燃料電池セル(実施例4、5)は、式(4)を満たさない燃料電池セル(実施例6)より電流値の総和が大きくなった。
(3)式(5)をさらに満たす燃料電池セル(実施例1、実施例4)は、式(5)を満たさない燃料電池セル(実施例2、5)より電流値の総和が大きくなった。
【0084】
【表2】
【0085】
【表3】
【0086】
[3.3. ガス流路の全長L]
シミュレーションにより、狭窄部のあるカソードガス流路に無加湿のカソードガスを流したときの電流値の総和に及ぼすガス流路の全長Lの影響を調べた。カソード側セパレータの流路構造は、全長がLであるn本のカソードガス流路が平行に並んでいる構造とした。また、各流路構造は、L×nは同一であるが、L及びnが異なる構造とした。狭窄部は、5個とし、Q1=0、Q2>Q3>0となるような配置とした。図7に、カソードガス流路の全長Lと電流値の総和との関係を示す。
【0087】
図7に示すように、Lを過度に短くし、流路本数を増やした場合、最終的には電流値の総和は低下した。これは、全体の流路のうち、乾燥しやすい領域の割合が増加するためである。逆に、Lを過度に長くし、流路本数を少なくしても、最終的には電流値の総和は低下した。これは、狭窄部の個数が有限であるため、全体の流路のうち、狭窄部による性能向上が得られる範囲が限られるためである。図7より、Lは、190mm~300mmが好ましいことが分かる。
【0088】
[3.4. 狭窄部の個数]
シミュレーションにより、狭窄部を備えたカソードガス流路に無加湿のカソードガスを流したときの圧力損失及び性能に及ぼす狭窄部の個数の影響を調べた。カソード側セパレータの流路構造は、全長が280mmである8本のカソードガス流路が平行に並んでいる構造とした。狭窄部は、Q1=0、Q2>Q3>0となるような配置とした。図8に、狭窄部の個数と圧力損失との関係を示す。図9に、狭窄部の個数と性能との関係を示す。
【0089】
図8に示すように、狭窄部の個数が増えるほど、圧力損失が増加することが分かる。圧力損失が増加すると、エアー供給用のポンプ圧力も増加し、燃料電池システムのエネルギー効率が低下する。一方で、図9に示すように、狭窄部が少ないと、クロスフローによる性能向上も小さくなり、必要な出力を達成できなくなる。図8及び図9より、1本のカソードガス流路に設けられる狭窄部の個数は、5~9個が好ましいことが分かる。
【0090】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明に係る固体高分子形燃料電池は、車載動力源、定置型小型発電機などに用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9