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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135398
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】原油アッセイを作成する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/22 20060101AFI20240927BHJP
   G01N 33/28 20060101ALI20240927BHJP
   C10G 99/00 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
G01N33/22 B
G01N33/28
C10G99/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046055
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】590000455
【氏名又は名称】一般財団法人カーボンニュートラル燃料技術センター
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】松本 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】橋本 益美
(72)【発明者】
【氏名】谷地 弘志
【テーマコード(参考)】
4H129
【Fターム(参考)】
4H129AA02
4H129CA01
4H129LA11
4H129NA45
(57)【要約】
【課題】各種化合物の分解を防止しながら、精度の高い原油アッセイを作成する方法を提供すること。
【解決手段】原油アッセイを作成する方法であって
原油を収容する加熱器おける真空度が100Pa以下でありかつ加熱温度が340℃以下である蒸留条件にて減圧蒸留装置を用いて原油の重質留分を蒸留し、各画分を取得する減圧蒸留工程、
前記各画分の特性情報を測定する分析工程、および
前記分析工程により得られる前記各画分の特性情報に基づき、原油アッセイを作成する原油アッセイ作成工程
を含んでなる、方法。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原油アッセイを作成する方法であって
原油を収容する加熱器おける真空度が100Pa以下でありかつ加熱温度が340℃以下である蒸留条件にて、減圧蒸留装置を用いて原油の重質留分を蒸留し、各画分を取得する減圧蒸留工程、
前記各画分の特性情報を測定する分析工程、および
前記分析工程により得られる前記各画分の特性情報に基づき、原油アッセイを作成する原油アッセイ作成工程
を含んでなる、方法。
【請求項2】
前記減圧蒸留装置が、系内を減圧する真空ポンプを備えている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記減圧蒸留工程において、常圧換算で580℃以上の画分を留出させる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記各画分の特性情報が、組成、構成成分の種類、沸点、比重および粘度から選択される少なくとも1種を含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
前記各画分の特性情報が、ダブルコア量および/またはヘテロクラス量の情報を含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
前記分析工程における前記各画分の特性情報の測定が、前記各画分の質量分析を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項7】
前記質量分析が、フーリエ変換イオンサイクロトン共鳴型質量分析計(FT-ICR MS)を用いて実施される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記原油アッセイが、組成、構成成分の種類、得率、比重および粘度から選択される少なくとも1種の原油全体の特性情報を含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項9】
前記原油アッセイ作成工程が、原油全体の蒸留曲線を作成することを含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項10】
前記原油アッセイ作成工程が、前記各画分の沸点をASTM D 1160により測定される沸点に換算することを含んでなる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項1に記載の方法により得られる原油アッセイに基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油アッセイを作成する方法に関する。より詳細には、原油成分の熱分解を防止しながら重質留分をはじめとする各留分を減圧蒸留により取得し、当該各画分を用いて精度の高い原油全体の特性情報を提供する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油産業においては、一般に、原油を、所定のプロセス条件で分留して重質留分から軽質留分に至る各種留分をそれぞれ分離し、当該留分の特性に応じて、これらを工業的に利用している。しかしながら、原油は、その産地や採掘時期などにより、原油中に含まれる各種留分の組成が異なっているため、原油中の組成に応じたプロセス条件等の変更を行うことが望まれる。一方、原油処理のプロセス条件については、プラントの特性に応じて一定程度の制約がかかるため、現実的には、原油の輸入の際に、プラントの特性に適した原油を選抜し、商取引を行うこととなる。
【0003】
しかしながら、原油は、分子量や沸点の幅が極めて広い多種多様な化合物群の混合物であるため、原油の物理的特性及び化学的特性を短時間で完全に解析することは困難であるし、高沸点の成分ほど、分析の際に高温での処理が必要となり、場合により、原油中の留分の分解等を招くこともある。そこで、原油の選抜の際等には、「原油アッセイ」が通常実施される。原油アッセイとは、石油取引にかかわる事業者等が行う原油の特性評価またはそれにより得られる特性情報(各種データ)をいう。例えば、石油精製業者は通常、原油アッセイを介して原油全体の有する特性を事前に予測し、得られる石油の得率や品質を把握し、環境にかかわる問題を未然に防ぐことを試みている。原油アッセイは炭化水素の詳細な解析結果を包含することから、ある原油が特定の製油所に適しているかどうかを精製企業が判断し、選抜する上での指標ともなっている。
【0004】
原油アッセイの作成方法については、多種多様な技術が報告されている。
例えば、特許文献1には、a)原油等の物質の合成アッセイを作成する工程;b)上記物質について、一つ以上の臨界特性を測定する工程;c)上記臨界特性のそれぞれの代理アッセイを選択して、上記各臨界特性の特性分布を提供する工程;d)上記各臨界特性の物質平衡値を計算する工程;e)上記物質平衡特性値が、上記各臨界特性の測定特性値に等しいように、上記代理アッセイの特性分布を調整する工程;及びf)上記合成アッセイの特性分布を、上記工程(e)の調整された特性分布で置き換える工程を含むことを特徴とする方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、(a)重質油を飽和分、環数別芳香族分、極性化合物及び多環芳香族分の各フラクションに分離する前処理を行い、次いで(b)前処理によって得られた各フラクションについて(b-1)得率を求め、及び/又は(b-2)構造解析を行うことを特徴とする重質油の成分分析方法が開示されている。
【0006】
また、当該技術分野において、重質留分をはじめとする原油の実測技術は、ASTM(American Society for testing and materials)に基づき実施されている。例えば、ASTM D 1160には、減圧下の石油製品の蒸留のための標準試験法が規定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2008-527385号公報
【特許文献2】特表2015-507747号公報
【発明の概要】
【0008】
しかしながら、原油中には様々な沸点の化合物が含まれており、特に、重質留分等の、高沸点の化合物を含む留分の物理的特性や化学的特性の正確な予測は、ASTMをはじめとする従来の方法では困難であった。特に、重質留分等の蒸発特性を測定するためには、高温の処理条件が必要になり、軽質留分、低沸点の化合物に分解してしまうという問題もあった。
【0009】
したがって、本発明は、各種化合物の分解を防止しながら、精度の高い原油アッセイを作成する方法を提供することを一つの目的とする。
【0010】
本発明者らは、今般、鋭意検討した結果、原油の重質留分を特定の条件下で減圧蒸留すると、熱分解を防止しながら重質留分をはじめとする各留分を取得し、精度の高い原油アッセイを作成しうることを見出した。本発明はかかる知見に基づくものである。
【0011】
本発明の一実施態様によれば、原油アッセイを作成する方法であって
原油を収容する加熱器おける真空度が100Pa以下でありかつ加熱温度が340℃以下である蒸留条件にて減圧蒸留装置を用いて原油の重質留分を蒸留し、各画分を取得する減圧蒸留工程、
上記各画分の特性情報を測定する分析工程、および
上記分析工程により得られる上記各画分の特性情報に基づき、原油アッセイを作成する原油アッセイ作成工程
を含んでなる方法が提供される。
【0012】
本発明によれば、原油の重質留分から、熱分解を防止しながら各留分を取得し、各画分の特性情報に基づいて、精度の高い原油アッセイの作成することができる。本発明によれば、熱分解を防止しつつ重質留分の得率を向上しうることから、原油の重質留分に含まれるダブルコア分子やヘテロクラス等の構成成分情報を正確に取得する上で特に有利に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】試験例1で使用した高真空・内部還流型減圧蒸留装置の模式図である。
図2】試験例1の原油(実施例1および参考例(ASTM D 1160))の減圧蒸留における真空度と実験時間との関係を示すグラフである。ここで、実施例1および参考例(ASTM D 1160)の真空度は加熱器側で測定し、留分の沸点は、真空度と留出温度に基づき、常圧換算留出温度(AET:Atmospheric Equivalent Temperature)換算している。
図3】試験例1における留分の沸点(AET換算)と得率との関係を示す蒸留曲線である。
図4】試験例2における原油の種類と、原油の熱分解温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<原油アッセイを作成する方法>
本発明の一実施態様によれば、原油アッセイを作成する方法は、
原油を収容する加熱器おける真空度が100Pa以下でありかつ加熱温度が340℃以下である蒸留条件にて減圧蒸留装置を用いて原油の重質留分を蒸留し、各画分を取得する減圧蒸留工程、
上記各画分の特性情報を測定する分析工程、および
上記分析工程により得られる上記各画分の特性情報に基づき、原油アッセイを作成する原油アッセイ作成工程
を含んでなる。
【0015】
上記特定条件の減圧蒸留を用いる方法により、従来では推定値に基づき算出されていた高沸点画分のダブルコアやヘテロクラス等の構成成分情報を測定し、精度の高い原油アッセイを作成することが可能となる。
以下、本発明の一実施態様を工程毎に具体的に説明する。
【0016】
[減圧蒸留工程]
本発明の一実施態様によれば、上述の通り、原油を収容する加熱器おける真空度が100Pa以下でありかつ加熱温度が340℃以下である蒸留条件にて、減圧蒸留装置を用いて原油を蒸留し、各画分を取得する減圧蒸留工程を実施する。また、本発明のより具体的な実施態様によれば、上記減圧蒸留工程において、上記真空度は、原油の重質留分を封入し、加熱される加熱器における真空度(圧力)とされる。
【0017】
本発明の上記減圧蒸留工程によれば、従来の方法では安定的に取得困難であった重質留分を効率的に取得することができる。ここで、原油の「重質留分」とは、沸点が350℃以上の留分を含む原油留分をいい、例えば、常圧残油(AR)、脱硫残油(DSAR)、重質油流動接触分解残油(CLO)、ビチューメン、減圧軽油(VGO)、および減圧残油(VR)などが含まれる。重質留分、特に、減圧軽油(VGO)や減圧残油(VR)については、沸点が高くなる傾向にあるため、熱分解が生じ、本来の物理的特性や化学的特性を予測・測定することは困難であり、推定値が通常使用されている。しかしながら、本発明における上記減圧工程においては、原油が収容される加熱器内の真空度を調節することにより、原油中の各種留分の沸点が安定的に低下して、原油中の各種成分をより低温で気化させることができ、原油中の各種の成分が熱分解する割合を低減することができる。これにより、原油アッセイはより正確なものとなりうる。
【0018】
上記減圧蒸留工程における、原油が収容される上記加熱器の真空度は通常、100Pa以下に減圧されるものであるが、好ましくは60Pa以下、より好ましくは55Pa以下、より好ましくは40Pa以下に減圧される。しかしながら、原油が収容される容器の圧力を、過度に減圧する場合、プロセスコストが嵩みやすくなるので、原油が封入された上記容器の真空度は、1Pa以上とすることが好ましい。
【0019】
また、上記減圧蒸留工程は、減圧条件下の原油の重質留分を、340℃以下、好ましくは335℃以下の加熱温度で蒸留を行い、留出した各画分を取得するものである。加熱温度の低下は、原油が封入された容器の圧力を安定的に低減することにより可能となる。また、減圧条件下の原油の重質留分の加熱温度の下限は特に限定されないが、300℃以上であることが好ましい。このように加熱温度を低下させることにより、本実施態様の原油アッセイを作成する方法において、減圧残油(VR)留分等に代表される高沸点画分を取得する際に、原油中の各成分の熱分解を回避する上で有利である。また、高温での処理によればエネルギーコスト等のプロセスコストが嵩むこととなるが、本実施態様においては、より低温で蒸留を行うことから、原油アッセイを作成する際のプロセスコストを低減することもできる。
【0020】
また、本発明の一実施態様によれば、上記減圧蒸留工程においては、原油が収容される容器の真空度を100Pa以下にすることにより、常圧換算で580℃以上の画分を340℃以下の加熱温度で留出させることができる。このため、軽質留分中の各成分も含め、原油中の各種成分の分解を防止することができ、より精度の高い原油アッセイを作成することが可能となる。
【0021】
また、上記減圧蒸留工程では、系内を減圧する真空ポンプを備えた減圧蒸留装置を使用することが好ましい。かかる減圧蒸留装置の一例としては、図1に示すような高真空・内部環流型減圧蒸留装置が挙げられる。具体的な実施態様によれば、高真空・内部環流型減圧蒸留装置とは、内圧減圧手段、サンプル収容手段、加熱手段、沸点測定手段、気体冷却手段等を備え、内圧減圧手段により、サンプル収容手段内の内圧を低減させて、高真空状態を作り出しつつ、加熱手段により、サンプル収容手段内のサンプルを加熱し、沸点測定手段により沸点を測定しつつ、気体冷却手段により、蒸発した原油由来の成分を冷却できる減圧蒸留装置である。高真空・内部環流型減圧蒸留装置のより具体な例は、特開2009-006240号公報等の公知文献に記載されており、その内容は、参照することにより本願明細書の一部される。
【0022】
[分析工程]
本発明の一実施態様によれば、分析工程において、上記減圧蒸留工程で得られた原油の各画分の特性情報を測定する。原油の各画分の特性情報は、物理的情報であっても化学的情報であってもよく、各画分に関する組成、構成成分の種類、沸点、融点、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、蒸気圧、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等であってもよいが、好ましくは組成、構成成分の種類、沸点、比重および粘度から選択される少なくとも1種の情報である。
【0023】
本発明の一実施態様によれば、原油の各画分の特性情報の取得は、質量分析により好適に実施することができる。質量分析により得られる各ピークを分子式に帰属させるにあたっては、質量分析の分野において、常用されている手法を適宜組み合わせて用いればよい。より具体的に説明すれば、質量分析において得られるピークの横軸は、多成分混合物を構成する各成分の分子イオン又は擬分子イオンについてのm/zである。このm/zが示す数値は、分子イオン又は擬分子イオンの質量に相当する数値であるため、概ね、そのピークに帰属させられる分子の分子量を表している。また、当該ピークの高さは、そのピークに帰属する分子の相対的な存在割合を示している。実際の質量分析法においては、イオン化に際して利用した具体的手法が各分子に与える影響や、混合物の分離方法も考慮の上、各ピークのm/zとその強度から、対象となる成分の分子式を決定するが、質量分析の対象となる試料が複数成分の混合物である場合、得られたピークのm/zとその強度の分布から、当該試料に関する一定の化学的特性を算出することも可能である。
【0024】
通常、質量分析装置は、イオン化部と分析部を備えており、測定対象の特性に応じ、これらを適宜組み合わせて使用している。例えば、質量分析に必要なイオン化部としては、従来公知のイオン化部を適宜採用することができ、電子イオン化(EI)法、化学イオン化(CI)法、電界脱離(FD)法、高速原子衝撃(FAB)法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法等を採用したイオン化部を挙げることができる。また、質量分析法の分析部の構成としては、従来公知の分析部を適宜採用すればよく、磁場セクター型質量分析計、二重収束型質量分析計、四重極型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、飛行時間型質量分析計、磁場セクター型質量分析計、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計(Fourier-Transform Ion Cyclotron Resonance,FT-ICR MS)、加速器質量分析、及びこれらを複数組み合わせたタンデム型質量分析計(MS/MS)を挙げることができるが、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴型質量分析計(FT-ICR MS)を用いることが好ましい。
【0025】
FT-ICR MSによれば、試料をソフトイオン化して分子イオンまたは擬分子イオンを形成することにより、高精度な計測を行うことができる。重質留分をはじめとする原油の各画分に対しFT-ICR MSを行う場合、得られたピークの各々について、そのピークに帰属する分子の分子式を特定し、さらにその分子の存在割合を特定し、さらにコンピュータを用いて既存のモデル系解析(Comcat等)により広範な特性情報を特定または推定することが可能である。かかる手法は、例えば、特開2020-165926号公報、特開2020-165928号公報を参照して実施することができる。
【0026】
また、本発明の実施態様によれば、減圧蒸留工程において効率的に重質留分を取得しうることから、上記分析工程は、従来測定が困難であった特に重質留分中に含まれるとされるダブルコア、ヘテロクラスの量を精度高く測定する上で有利である。ここで、「ダブルコア」とは、炭素原子として芳香族炭素原子のみからなる原子団に対応する「コア」(より、具体的には、芳香環、ナフテン環等そのもの、芳香環やナフテン環が架橋構造を介さずに直接結合しているもの、芳香環又はナフテン環にヘテロ環が架橋構造を介さずに直接結合しているもの)が、脂肪族鎖を介して合計2つ連結している化合物をいう。また、「ヘテロクラス」とは、芳香族性の原子団にヘテロ原子が結合している化合物をいう。ダブルコア量およびヘテロクラスの量は、原油全体や各画分の特性に大きく影響を与えうることから、ダブルコア量およびヘテロクラスの量を正確に測定することは、精度の高い原油アッセイを作成するうえで好ましい。
【0027】
なお、「シングルコア」とは、上記で説明した「コア」を1個だけ有する分子を指す概念である。上記コアの2個以上が架橋してなる分子を「マルチコア」という。定義の明確化のため、実例を示すと、例えば、ナフタレン分子は、1個の芳香環からなるものであるため「シングルコア」であり、ベンゼン環2個からなるダブルコアとは呼称しない。
【0028】
また、質量分析の他、本実施態様の分析工程において採用される分析法としては、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー、粘度測定や、それらの任意の組み合わせが挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
[原油アッセイ作成工程]
本発明の一実施態様によれば、原油アッセイ作成工程において、上記分析工程により得られる前記各画分の特性情報に基づき、原油アッセイを作成する。一つの実施態様によれば、上記分析工程で得られる各画分の量、組成等に基づき、それらを積算することにより、原油全体の特性情報のような原油アッセイを作成することができる。
【0030】
上記原油アッセイ作成工程において取得される原油アッセイの具体的な例としては、原油前全体の特性情報である限り、物理的情報であっても化学的情報であってもよく、組成、構成成分の種類、沸点、融点、蒸気圧、蒸留性状、ハンセン溶解度指数値、生成ギブス自由エネルギー、イオン化ポテンシャル、分極率、誘電率、液体密度、API度、気体粘度、液体粘度、表面張力、臨界温度、臨界圧力、臨界体積、生成熱、熱容量、双極子モーメント、エンタルピー、エントロピー等であってもよいが、好ましくは組成、構成成分の種類、蒸気圧、蒸留性状、沸点、比重および粘度から選択される少なくとも1種の情報である。
【0031】
また、本発明の一実施態様によれば、上記原油アッセイ作成工程は、原油全体の蒸留曲線を作成することを含んでなる。本実施態様においては、上記減圧蒸留工程において、留出した各画分の沸点を、ASTM D 1160(減圧下での石油製品の蒸留)により測定される沸点に換算することが好ましい。ここで、ASTM D 1160(減圧下での石油製品の蒸留)は、原油サンプルを133Pa(約1mmHg)以上6666Pa(約50mmHg)以下に減圧した上で、蒸留を行い、各留分の沸点をはじめとする特性を把握するものである。本実施態様の原油アッセイを作成する方法では、減圧蒸留工程において、原油が収容された容器の真空度を100Pa以下に減圧するので、各留分の沸点は、ASTM D 1160により測定される沸点よりも低いものとなり、熱分解を受けにくくなる。一方で、得られる原油アッセイは、各種の原油データベースに収載のデータと照合することになるので、原油アッセイの互換性を高めるため、留出した各画分の沸点を、ASTM D 1160により測定される沸点に換算することが好ましい。
【0032】
[石油に関する装置を運転する方法]
本発明の実施態様において、上記原油アッセイは、製油所の収益向上を図る観点から、石油に関する装置の運転条件の調整において利用することが可能である。したがって、好ましい態様によれば、本発明の上記方法により得られる原油アッセイに基づいて石油に関する装置の運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法が提供される。ここで、「石油」とは、原油、並びに原油を蒸留して得られる諸留分および諸留分に改質や分解等の二次装置による処理を加えて得られる留分等をも含む総称的な概念をいう。或いは、原油を蒸留して得られたある留分について、さらに飽和炭化水素や芳香族炭化水素等の成分に分画した分画物をさすこともある。
【0033】
また、石油に関する装置とは、蒸留装置や抽出装置をはじめ、改質装置、水素添加反応装置、脱硫装置等の化学反応を伴う装置等、石油の処理に関する装置をすべて含む。石油に関する装置を総じて、「石油精製装置」ともいい、常圧蒸留装置、減圧蒸留装置等が含まれる。
【0034】
また、本発明の別の実施態様によれば、以下が提供される。
[1]原油アッセイを作成する方法であって
原油を収容する加熱器おける真空度が100Pa以下でありかつ加熱温度が340℃以下である蒸留条件にて減圧蒸留装置を用いて原油の重質留分を蒸留し、各画分を取得する減圧蒸留工程、
上記各画分の特性情報を測定する分析工程、および
上記分析工程により得られる上記各画分の特性情報に基づき、原油アッセイを作成する原油アッセイ作成工程
を含んでなる、方法。
[2]上記減圧蒸留装置が、系内を減圧する真空ポンプを備えている、[1]に記載の方法。
[3]上記減圧蒸留工程において、常圧換算で580℃以上の画分を留出させる、[1]または[2]に記載の方法。
[4]上記各画分の特性情報が、組成、構成成分の種類、沸点、比重および粘度から選択される少なくとも1種を含んでなる、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]上記各画分の特性情報が、ダブルコア量および/またはヘテロクラス量の情報を含んでなる、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]上記分析工程における上記各画分の特性情報の測定が、上記各画分の質量分析を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]上記質量分析が、フーリエ変換イオンサイクロトン共鳴型質量分析計(FT-ICR MS)を用いて実施される、[6]に記載の方法。
[8]上記原油アッセイが、組成、構成成分の種類、得率、比重および粘度から選択される少なくとも1種の原油全体の特性情報を含んでなる、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]上記原油アッセイ作成工程が、原油全体の蒸留曲線を作成することを含んでなる、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]上記原油アッセイ作成工程が、上記各画分の沸点をASTM D 1160により測定される沸点に換算することを含んでなる、[9]に記載の方法。
[11][1]~[10]のいずれかに記載の方法により得られる原油アッセイに基づいて運転条件を設定する、石油に関する装置の運転方法。
【実施例0035】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明は実施例により限定されるものではない。
なお、特段の規定のない限り、本発明の単位および測定方法は、ASTMの規定に準じるものとする。
【0036】
試験例1
原油アッセイは、ASTMに規定される手法および手順に従い通常実施されている。しかしながら、ASTMに記載の手法は2000年以降も更新されておらず、重質留分の得率、性状を正確に分析することは困難であり、原油アッセイにおける重質留分の得率や性状は通常推定値に基づいて算出されている。原油の特性をより精度よく予測するためには、重質留分の得率や性状をより正確に把握することが必要である。そこで、高真空・内部還流型減圧蒸留法を用いて減圧蒸留下の真空度を調整し、圧力と得率に変化がないか、以下のとおり検討した。
【0037】
高真空・内部還流型減圧蒸留装置(東科精機社製、石油エネルギー技術センターにて保管)としては、図1の模式図に示す装置を用いた。図1に示される通り、高真空・内部還流型減圧蒸留装置1は、加熱器2、受器3、減圧装置本体用真空ポンプ4、および受器切り替え時に使用する真空ポンプ5を備えている。
図1において、加熱器2は受器3と流出する原油留分が通る管を介して接続している。加熱器2は加熱窯とも称され、原油は加熱器2により加熱されて蒸発し、受器3側に留出する。また、試験例1においては、加熱器(加熱窯)の容量は4Lとし、原油原料サンプル2Lを反応器2に注入した。
また、受器3は、減圧装置本体用真空ポンプ4と接続している
減圧装置本体用真空ポンプ4は、加熱器2および受器3内の大気を吸引することにより、加熱器2および受器3内を減圧状態にする。
受器切り替え時に使用する真空ポンプ5は、受器3の交換時に使用する。具体的な操作は、受器3の容器容量が満杯になるもしくは分画する所定温度到達時、高真空・内部還流型減圧蒸留装置1と受器3のラインを切る。次いで、受器3の容器内圧力を大気圧まで戻しサンプルを回収する。そして、再度、空になった受器3を高真空・内部還流型減圧蒸留装置1に接続し、減圧装置本体用真空ポンプ4を起動させ、受器3内を減圧状態にする。最後に高真空・内部還流型減圧蒸留装置1と受器3のラインを再接続させる。
【0038】
原油原料サンプルとしては、中東系軽質原油のAR(常圧残油)を使用して、VGOとVRに分画した。
そして、実施例1では、真空・内部還流型減圧蒸留装置を用い、真空度測定を実施した。実施例1の真空度測定は、加熱器2および受器3の両方で実施した。一方で、参考例では、原油原料サンプルに対してASTM D 1160に準拠した通常の減圧蒸留装置を用い、加熱器2側に設置した真空度計にて真空度測定を実施した。
各試験の運転条件の詳細は、以下の表1に示される通りであった。
【0039】
【表1】
【0040】
試験例1における実施例1の加熱器2側の真空度と実験時間との関係は、図2に示される通りであった。図2において、実施例1の加熱器側の真空度を示しており、試験期間中ほぼ一定のレベルの真空度が確認された。また、図示しないが、実施例1の受器3側の真空度は、真空・内部還流型減圧蒸留装置を用いた結果、200分までほぼ0Pa(0Torr)を示し、200~250分の期間でも最大1.3Pa(約0.01Torr)程度であった。
一方で、図示しないが、参考例(ASTM D 1160)では、加熱器2側の真空度は、133Pa(約1Torr)から時間が経過するとともに低下しており、真空度は一定のレベルに維持されてなかった。
上記結果から、真空度は一般的に指標される受器側の測定値よりも加熱器側の測定値の方が、蒸留時の真空度を把握するためのより正確な指標となり得ることが示唆された。
【0041】
また、試験例1における留分の沸点(常圧換算留出温度(AET))と得率との関係は、図3の蒸留曲線に示される通りであった。実施例1では、参考例と比較して全体の得率は向上していた。また、実施例1では、沸点の高い留分ほど得率が向上する傾向が観察された。このことから、実施例1の減圧蒸留方法によれば、ASTM D 1160では得率の低い重質留分をより効率的に取得し、性状分析に使用できることが示唆された。
また、試験例1の実験を複数実施した結果、加熱器2の真空度を54Pa以下にし、340℃以下の加熱温度で蒸留を行った場合、沸点と得率の関係が再現性よく示されることが確認された。
【0042】
試験例2
異なるAPI(石油類の比重)を有する24種の原油サンプルを用意し、加熱器2の真空度を54Pa以下にし、各サンプルについて試験例1の実施例1と同様の手法により減圧蒸留を実施し、原油サンプルが熱分解する温度を確認した。熱分解の指標としては、減圧蒸留過程における受器3側の圧力上昇、受器3から真空ポンプの間に設置したトラップにおける分解物由来の留分の着色を指標とした。
【0043】
結果は、図4に示される通りであった。7つの原油サンプルは340℃を超える温度で減圧蒸留を行った結果、熱分解を起こした。一方で、その他のサンプルは340℃以下で減圧蒸留を行った結果、熱分解を起こさなかった。この結果から、加熱器の真空度を少なくとも100Pa以下、加熱器の温度を340℃以下とすれば、原油の熱分解を回避し重質留分の得率を向上させ、重質留分の分析をより精度高く実施し、原油の性状の予測に利用できるものと考えられる。
【0044】
試験例3
試験例2で取得した留分(沸点(AET換算)360℃以上)について、FT-ICR MSによる質量分析を実施した。留分としては、原油L由来の熱分解しなかった重質留分と、原油B由来の熱分解した重質留分とを試験対象として用いた。
【0045】
結果は、表2および表3に示される通りであった。
ここで、脂肪族の「CHのみ」とは、炭素と水素のみを構成成分とすることを意味する。また、コアの「CHのみ」とは、炭素と水素のみを構成成分とするダブルコア分子を意味する。また、コアの「CH+N」とは、窒素原子を含むダブルコア分子を意味する。また、コアの「CH+O」とは、酸素原子を含むダブルコア分子を意味する。また、コアの「CH+S」とは、硫黄原子を含むダブルコア分子を意味する。また、コアの「CH+NO」とは、窒素原子および酸素原子を含むダブルコア分子を意味する。また、コアの「CH+NS」とは、窒素原子および硫黄原子を含むダブルコア分子を意味する。
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
留分(沸点(AET換算)360℃以上)についてもダブルコアおよびヘテロクラスが定量的に測定された。このことから、実施例1の減圧蒸留法を用いると、原油の留分(沸点(AET換算)360℃以上)におけるダブルコア分子およびヘテロクラスの含有量についても実測値を得、原油全体の性状の正確な予測に利用できるものと考えられる。
【符号の説明】
【0049】
1 高真空・内部還流型減圧蒸留装置
2 加熱器
3 受器
4 減圧装置本体用真空ポンプ
5 受器切り替え時に使用する真空ポンプ
図1
図2
図3
図4