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特開2024-135414セラミックス系材料の変質層形成方法、変質層形成装置、加工方法及び加工装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135414
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】セラミックス系材料の変質層形成方法、変質層形成装置、加工方法及び加工装置
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/80 20060101AFI20240927BHJP
   C04B 35/565 20060101ALI20240927BHJP
   C04B 35/80 20060101ALI20240927BHJP
   B23K 26/352 20140101ALI20240927BHJP
【FI】
C04B41/80 Z
C04B35/565
C04B35/80 600
B23K26/352
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046081
(22)【出願日】2023-03-22
(71)【出願人】
【識別番号】591106462
【氏名又は名称】茨城県
(74)【代理人】
【識別番号】100154357
【弁理士】
【氏名又は名称】山▲崎▼ 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】早乙女 秀丸
(72)【発明者】
【氏名】曽我部 雄二
(72)【発明者】
【氏名】安藤 亮
(72)【発明者】
【氏名】飯村 修志
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168CB07
4E168DA02
4E168DA32
4E168DA40
4E168DA43
4E168FB05
4E168GA04
4E168JA15
4E168JA16
4E168JB04
(57)【要約】
【課題】セラミックス系材料の表面の加工性を改善することを可能にする新たな方法を提供する
【解決手段】一実施形態に係るセラミックス系材料の加工方法は、セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以上の所定出力のレーザーを照射する工程と、レーザーの照射により形成された表面の変質層を除去する加工を行う工程とを含む。例えばセラミック系材料は、SiC系材料である。
【選択図】図3

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セラミックス系材料の変質層形成方法であって、
前記セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、
加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射する工程と
を含む、
方法。
【請求項2】
前記セラミックス系材料は、セラミックス基複合材料又はモノリシックセラミックス材料である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記セラミックス系材料は、SiC繊維強化SiC複合材料及びSiCセラミックス材料を含むSiC系材料である、
請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記セラミックス系材料は、SiC系材料であり、
前記所定温度は、100℃以上の温度であり、
前記所定出力は、2W以上7.5W以下の出力である、
請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記所定温度は、100℃以上300℃以下の温度であり、
前記所定出力は、2.5W以上5W以下の出力であり、
前記レーザーは、波長1064nm、周波数10kHz、走査速度100mm/sの赤外線パルスレーザーである、
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記レーザーを照射する工程は、酸素含有雰囲気中で行われる、
請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
セラミックス系材料の加工方法であって、
前記セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、
加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射する工程と、
前記レーザーの照射により形成された前記表面の変質層を除去する加工を行う工程と
を含む、
方法。
【請求項8】
セラミックス系材料の変質層形成装置であって、
前記セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する加熱部と、
前記加熱部により加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射するレーザー照射部と
を備える、
変質層形成装置。
【請求項9】
前記セラミックス系材料は、セラミックス基複合材料又はモノリシックセラミックス材料である、
請求項8に記載の変質層形成装置。
【請求項10】
前記セラミックス系材料は、SiC繊維強化SiC複合材料及びSiCセラミックス材料を含むSiC系材料である、
請求項8に記載の変質層形成装置。
【請求項11】
前記セラミックス系材料は、SiC系材料であり、
前記所定温度は、100℃以上の温度であり、
前記所定出力は、2W以上7.5W以下の出力である、
請求項8に記載の変質層形成装置。
【請求項12】
前記所定温度は、100℃以上300℃以下の温度であり、
前記所定出力は、2.5W以上5W以下の出力であり、
前記レーザーは、波長1064nm、周波数10kHz、走査速度100mm/sの赤外線パルスレーザーである、
請求項11に記載の変質層形成装置。
【請求項13】
前記レーザー照射部は、酸素含有雰囲気中で前記表面にレーザーを照射するように設けられている、
請求項8に記載の変質層形成装置。
【請求項14】
セラミックス系材料の加工装置であって、
請求項8から13のいずれか一項に記載の変質層形成装置と、
前記変質層形成装置による前記レーザーの照射により形成された前記表面の変質層を除去する加工を行うための機械加工装置と
を備える、
加工装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス系材料の変質層形成方法、変質層形成装置、加工方法及び加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、航空機のエンジンなどにおける高温構造部材に、ニッケル基超合金(例えばInconel(登録商標))が用いられてきているが、特に航空宇宙産業では、機体の軽量化を図り、燃費改善及び長寿命化を図ることに対する強い要望がある。そこで、複合材料が研究開発され、特に、セラミックス基複合材料(CMC:Ceramic Matrix Composites)の更なる研究開発が行われている。セラミックス基複合材料には、SiC繊維強化SiC複合材料(SiC/SiC複合材料)、炭素繊維強化炭素複合材料(C/Cコンポジット)などがある。
【0003】
セラミックス基複合材料は、セラミックスの長所である高耐熱性、高剛性、高耐摩耗性などの特徴を有していて、セラミックスマトリックスがセラミックス繊維と複合化して、セラミックスの欠点である低靭性が改善された材料である。しかし、このセラミックス基複合材料は、その硬さゆえに、切削機械加工が困難であり、これまで難削材であるが故に主に研削表面加工が行われる程度であった。そこで、セラミックス基複合材料の加工性を改善することが種々研究されている。
【0004】
そのようなセラミックス基複合材料の加工方法の一例を特許文献1は開示する。特許文献1の記載によれば、そこに開示されているセラミックスマトリックス複合材の加工方法は、被加工材の表面にレーザーの照射部を走査して照射し、この照射部における被加工材の表面に劣化層(脆化した表層部)を形成するステップと、エンドミルによって前記照射部に形成された劣化層を順に除去するステップとを有し、前記劣化層は、前記照射部を連続発振レーザーの照射により所定温度まで加熱するとともにパルス発振レーザーの照射により亀裂を形成することにより形成されるものである。そして、上記所定温度については、セラミックスマトリックス複合材の表面に熱変成層を形成しうる温度であり、例えば、ポリマー原料からなるSiC繊維やマトリックスは、耐熱性の低いグレードのものは1300℃から1400℃程度以上で熱分解を開始し、熱変成層が形成される、と記載されている。このように、特許文献1の方法は、連続発振レーザーの照射により1300℃を超えるような所定温度まで加熱するとともに、パルス発振レーザーの照射によりセラミックスマトリックス複合材の表面に亀裂を形成することにより劣化層を形成し、照射部に形成された劣化層をエンドミルで順に除去する加工に向けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-172127号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】安藤亮、曽我部雄二、早乙女秀丸、飯村修志、レーザー照射によるSiC表面の軟質化に関する研究、日本セラミックス協会年会講演予稿集(Web)、2022
【非特許文献2】曽我部雄二、安藤亮、早乙女秀丸、飯村修志、レーザー照射によってSiC表面に形成される変質層に関する研究、セラミックス基礎科学討論会予稿集(Web)、2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1の方法は、セラミックスマトリックス複合材つまりセラミックス基複合材料の表面へのレーザー(例えばレーザー出力は50W)の照射により物理的にそこに亀裂を生じさせるものであり、亀裂つまりクラックを有する劣化層の除去ステップの後にまで、その亀裂が残っている可能性が危惧される。それ故、そのような亀裂が残らないように劣化層を除去するステップが行われることが望まれ、機械加工性の面でなお課題を有している。
【0008】
一方、本発明者らは、例えばSiC/SiC複合材料の後加工の困難さを改善することを目指して、SiCセラミックス単体であるモノリシックSiCに、特許文献1の方法よりも低出力でレーザー照射を行い、そのレーザーが照射された表面を化学的に変質させることができることを見出し、報告している(非特許文献1、非特許文献2参照)。しかし、この報告した方法は、仕上げ加工に足りる変質層を得ることを可能にするが、例えば荒加工のためには変質できる領域の更なる拡大が望まれる。
【0009】
本開示の目的は、セラミックス系材料の表面の加工性を改善することを可能にする新たな方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の第1態様は、
セラミックス系材料の変質層形成方法であって、
前記セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、
加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射する工程と
を含む、
方法
を提供する。
【0011】
上記第1態様の上記構成によれば、前記セラミック系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、加熱された前記セラミック系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射する工程とにより、セラミックス系材料の表面に変質層を形成することができる。このように形成される変質層は、それまでの表面よりも低い硬さを有し得る。そして、このような硬さの低下は、非特許文献1又は非特許文献2で報告したようにレーザーの照射のみによる場合に比べて、セラミック系材料のより深い領域にまで及ぶ。したがって、上記第1態様の上記構成によれば、セラミックス系材料の加工性を高めることができる。
【0012】
本開示の第2態様は、
セラミックス系材料の加工方法であって、
前記セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、
加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射する工程と、
前記レーザーの照射により形成された前記表面の変質層を除去する加工を行う工程と
を含む、
方法
を提供する。
【0013】
上記第2態様の上記構成によれば、まず、前記セラミック系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する工程と、加熱された前記セラミック系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射する工程とにより、セラミックス系材料の表面に変質層を形成することができる。このように形成される変質層は、それまでの表面よりも低い硬さを有し得る。そして、このような硬さの低下は、非特許文献1又は非特許文献2で報告したようにレーザーの照射のみによる場合に比べて、セラミック系材料のより深い領域にまで及ぶ。したがって、その変質層を除去する加工を行う上記工程でのセラミックス系材料の加工性を高めることができる。
【0014】
本開示の第3態様は、
セラミックス系材料の変質層形成装置であって、
前記セラミックス系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱する加熱部と、
前記加熱部により加熱された前記セラミックス系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射するレーザー照射部と
を備える、
変質層形成装置
を提供する。
【0015】
上記第3態様の上記構成によれば、加熱部でセラミック系材料の表面を500℃以下の所定温度に加熱し、レーザー照射部により、加熱された前記セラミック系材料の前記表面に10W以下の所定出力のレーザーを照射し、それにより、セラミックス系材料の表面に変質層を形成することができる。このように形成される変質層は、それまでの表面よりも低い硬さを有し得る。そして、このような硬さの低下は、非特許文献1又は非特許文献2で報告したようにレーザーの照射のみによる場合に比べて、セラミック系材料のより深い領域にまで及ぶ。したがって、上記第3態様の上記構成によれば、セラミックス系材料の加工性を高めることができる。
【0016】
本開示の第4態様は、
セラミックス系材料の加工装置であって、
前述の変質層形成装置と、
前記変質層形成装置による前記レーザーの照射により形成された前記表面の変質層を除去する加工を行うための機械加工装置と
を備える、
加工装置
を提供する。
【0017】
上記第4態様の上記構成によれば、変質層形成装置により、セラミックス系材料の表面に変質層を形成することができる。このように形成される変質層は、それまでの表面よりも低い硬さを有し得る。そして、このような硬さの低下は、非特許文献1又は非特許文献2で報告したようにレーザーの照射のみによる場合に比べて、セラミック系材料のより深い領域にまで及ぶ。したがって、上記機械加工装置による変質層を除去する加工での、セラミックス系材料の加工性を高めることができる。
【0018】
上記第1態様から上記第4態様のそれぞれにおいて、前記セラミック系材料は、セラミックス基複合材料又はモノリシックセラミックス材料であるとよい。例えば、前記セラミックス系材料は、SiC系材料であるとよい。なお、このSiC系材料は、SiC繊維強化SiC複合材料及びSiCセラミックス材料を含むとよい。また、セラミックス系材料がSiC系材料であるとき、前記所定温度は、100℃以上の温度であり、前記所定出力は、2W以上7.5W以下の出力であるとよい。更に好ましくは、セラミックス系材料がSiC系材料であるとき、前記所定温度は、100℃以上300℃以下の温度であり、前記所定出力は、2.5W以上5W以下の出力であり、前記レーザーは、波長1064nm、周波数10kHz、走査速度100mm/sの赤外線パルスレーザーであるとよい。なお、前記レーザーを照射する工程は、酸素含有雰囲気中で行われるとよい。つまり、前記レーザー照射部は、酸素含有雰囲気中で、セラミック系材料、例えばSiC系材料の前記表面にレーザーを照射するように設けられているとよい。
【発明の効果】
【0019】
本開示の上記第1態様から上記第4態様のそれぞれによれば、上記構成を備えるので、セラミックス系材料の表面の加工性を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】一実施形態に係る加工装置の概略構成図である。
図2図1の加工装置の一部の模式図である。
図3図1の加工装置における処理のフローチャートである。
図4】試験方法を説明するための模式図である。
図5】実験結果を示すグラフである。
図6】実験結果を示すグラフである。
図7】実験結果を示すグラフである。
図8】実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係る実施形態を添付図に基づいて説明する。同一の部品(又は構成)には同一の符号を付してあり、それらの名称及び機能も同じである。したがって、それらについての詳細な説明は繰返さない。
【0022】
一実施形態に係る加工装置10を図1及び図2に基づいて説明する。図1に、加工装置10の概略構成図を示し、図2に、加工装置10の一部の模式図を示す。
【0023】
加工装置10は、セラミックス系材料の加工に用いられ、セラミックス系材料の加工装置である。加工装置10は、変質層形成装置12と、機械加工装置14とを備える。なお、変質層形成装置12は、機械加工装置14から独立して、変質層形成装置単体として構成されてもよい。
【0024】
変質層形成装置12は、セラミック系材料である被処理物Wに変質層を形成するように構成されている。変質層形成装置12は、加熱装置16と、レーザー照射装置18とを備える。加熱装置16は、加熱部の一例である。レーザー照射装置18は、レーザー照射部の一例である。これらの加熱装置16及びレーザー照射装置18は、被処理物Wの搬送方向Dに上流側から順に並べて配置されている。
【0025】
加工装置10は、搬送手段である搬送装置20を有している。搬送装置20は、搬送方向Dにおいて、被処理物Wを搬送する。搬送方向Dにおいて、上流側から順に、変質層形成装置12及び機械加工装置14が設けられていて、より詳しくは、搬送方向Dにおいて、上流側から順に、加熱装置16と、レーザー照射装置18と、機械加工装置14とが設けられている。
【0026】
搬送装置20は、モーター22による駆動力で、搬送方向Dに移動する移動テーブル24を備えている。テーブル24は、ここでは、水平方向に延びるように配置されるが、これに限定されない。テーブル24には、治具26を用いて被処理物Wが固定される。したがって、テーブル24が移動することで、そこに固定された被処理物Wも一緒に移動する。なお、変質層形成装置12が機械加工装置14から独立して変質層形成装置単体として構成されるとき、搬送装置20は、搬送方向Dにおいて加熱装置16側からレーザー照射装置18側に向けて被処理物Wを搬送するように、変質層形成装置12に備えられることができる。なお、変質層形成装置12での加熱装置16からレーザー照射装置18への被処理物Wの搬送、及び、変質層形成装置12のレーザー照射装置18から機械加工装置14への被処理物Wの搬送のいずれか一方又は両方は、このような搬送装置20により行われずに、例えば作業者の手作業により行われてもよい。
【0027】
さて、被処理物Wはセラミックス系材料である。セラミックス系材料は、セラミックス基複合材料又はモノリシックセラミックス材料を含み得る。例えば、セラミックス系材料は、SiC系材料である。SiC系材料には、SiC繊維強化SiC複合材料、SiCセラミックス材料がある。SiCセラミックス材料は、例えばポリタイプSiCである。具体的には、SiC系材料の一例である、モノリシックSiC、例えば6H-SiCに相当する結晶構造を備えるモノリシックSiCそのもの、又は、モノリシックSiCをマトリックスとするSiC繊維強化SiC複合材料が被処理物Wとして加工装置10で処理可能であり、例えば変質層形成装置12での処理に供される。なお、セラミックス系材料には、炭素繊維強化炭素複合材料、所謂C/Cコンポジットも含まれるとよい。
【0028】
加工装置10での各種処理、例えば上記変質層形成装置12での後述する各処理は、大気中で行われる。つまり、変質層形成装置12及び機械加工装置14での各処理は、大気中を含む酸素含有雰囲気中で行われる。特に、変質層形成装置12のレーザー照射装置18でのレーザーの照射は、大気中を含む酸素含有雰囲気中で行われるとよい。酸素含有雰囲気は、大気と同程度の酸素濃度(約20~21%)を有するとよいが、その酸素濃度はこれに限定されない。酸素濃度は、後述する被処理物Wへの酸素導入に適する濃度であるとなおよい。これにより、例えば、変質層形成装置12でSiC系材料を処理するとき、SiC系材料のレーザーの照射領域に酸素を導入し、その酸素濃度を高めようとする。例えば、炭化ケイ素(SiC)のヌープ硬度は2500であり、石英(SiO)のヌープ硬度は820であると知られていて、一般に、酸化ケイ素(SiO)の硬度は炭化ケイ素(SiC)の硬度よりも低い。そこで、本開示の技術では、加熱及びレーザーの照射の組み合わせにより、SiC系材料においてその表面の酸素濃度を高めることにより、SiC系材料の表面の硬度を低下させ、加工性を向上させようとする。そして、その表面の硬度低下領域を好適に拡大するべく、変質層形成装置12では、従来ない、加熱とレーザー照射を組み合わせる構成を備える。以下、加工装置10、変質層形成装置12などをより詳しく説明する。
【0029】
変質層形成装置12の加熱装置16は、被処理物W、例えば被処理物Wの表面WSを加熱する構成を有する。加熱装置16での加熱は、被処理物Wを500℃以下の所定温度に加熱するように行われる。ここでは、加熱装置16は、赤外線ヒーターを備え、その赤外線ヒーターの加熱は、被処理物Wを500℃以下の所定温度に加熱するように制御される。ただし、加熱装置16は、赤外線ヒーターを備えることに限定されず、例えば、被処理物Wに直接接して加熱する加熱板(ホットプレート)を備えて構成されてもよい。所定温度の加熱板、つまり、加温された加熱板を所定時間以上、被処理物Wに接するようにする、例えば押し付けることで、被処理物Wを所定温度により正確に加熱することができる。加熱板の加熱は、温度制御のために電気加熱式であるとよいが、これに限定されない。例えば、被処理物Wの加熱のために、高周波加熱が用いられてもよい。なお、この加熱装置16での加熱は、レーザー照射装置18でのレーザー照射に先立って行われ、予備加熱(プレヒート)と称されてもよく、この場合、加熱装置16は予備加熱装置と称されてもよい。加熱装置16による被処理物Wの加熱温度は、つまり、加熱された被処理物Wの温度、例えば表面温度は500℃以下であるとよく、好ましくは100℃以上であるとよく、更に好ましくは100℃以上300℃以下であるとよい。この温度は、この範囲に限定されず、被処理物Wに応じて実験に基づいて定められるとよい。
【0030】
変質層形成装置12のレーザー照射装置18は、被処理物W、例えば被処理物Wの表面WSに、特に、加熱装置16により所定温度に加熱された表面WSに、所定出力のレーザーを照射する構成を備えている。所定出力は、20W以下であり得、ここでは10W以下である。本実施形態では、レーザー照射装置18は、レーザーを発生する装置を備え、赤外領域の波長帯(780nm~16μm)の赤外線レーザーを発生するように構成されている。例えば、レーザー照射装置18は、赤外線レーザー源を有する。そして、レーザー照射装置18は、レーザーの周波数つまりパルス幅も調整できて、パルスレーザーを照射することができるとよい。このパルスレーザーの照射は、被処理物Wへ照射されるレーザーをパルスレーザーであることに限定するものではないが、連続レーザーを照射するときよりも、被処理物Wへの熱影響を低く抑えるように採用されるとよい。なお、例えば、レーザー照射装置18でのレーザーの波長は1064nmであるとよい。また、レーザーの出力は、例えば1W以上10W以下の範囲の出力であり得、好ましくは、2W以上10W以下の出力であり、より好ましくは2W以上7.5W以下の出力であるとよく、更に好ましくは2.5W以上5W以下の出力であるとよい。そして、レーザーの周波数は、例えば1kHz~100kHzまでの種々の周波数でありえ、具体的には10kHz以上75kHz以下であるとよく、例えば10kHzであってもよい。しかし、レーザーの出力及び周波数のそれぞれは、被処理物Wに応じて実験に基づいて定められるとよい。なお、レーザー照射装置18は、レーザーの走査時間も調整する機能を備えているとよい。
【0031】
機械加工装置14は、変質層形成装置12により変質層が表面WSを含む領域に形成された被処理物Wを機械加工するように構成されている。機械加工装置14は、ここでは、回転軸線28A周りに回転する回転工具28を備える。回転工具28は、回転軸線28Aが搬送方向Dに略直交して水平面に略平行に延びるように構成されている。ここでは回転工具28であるカッターは、回転軸線28Aが搬送方向Dに略直交して水平面に略平行に延びる側フライスカッターであり、その周方向に切れ刃が形成されている。ただし、回転工具28は、そのような工具に限定されない。回転工具28は、回転軸線28Aが搬送方向Dに略直交して水平面にも略直交する工具であってもよく、例えば正面フライスカッター、エンドミルなどであってもよい。機械加工装置14は、平面研磨、平面研削及び切削のいずれかに適した回転工具28を備えるとよい。例えば、回転工具28は、グラインダーであってもよい。なお、機械加工装置14で用いられる工具は、回転工具28に限定されず、旋盤用工具など種々の工具が用いられることができる。
【0032】
上記構成を備える加工装置10における処理つまり加工方法について図3のフローチャートに基づいて説明する。
【0033】
加工装置10では、被処理物Wは、搬送装置20で搬送方向Dに搬送される。搬送方向Dにおいて機械加工装置14よりも上流側に位置する変質層形成装置12で、まず変質層の形成処理の工程(図3のステップS301)が行われる。変質層の形成処理の工程(ステップS301)では、変質層形成方法が実行され、具体的には、被処理物Wを加熱する工程(図3のステップS303)と、その次の、加熱された被処理物Wにレーザーを照射する工程(図3のステップS305)が行われる。レーザーの照射が行われる被処理物Wの表面WSの照射領域つまり照射部は、加熱装置16により加熱された表面を含むとよい。
【0034】
つまり、変質層ALの形成処理の工程では、まず、加熱装置16により被処理物Wを加熱する工程(図3のステップS303)が行われる。これにより、被処理物Wは、少なくともその表面WSは500℃以下の所定温度に加熱される。図2では、加熱装置16から被処理物Wに供給される熱Hが模式的に示されている。
【0035】
そして、加熱装置16により加熱された被処理物Wは、搬送装置20により搬送方向Dに更に送られ、レーザー照射装置18に至る。レーザー照射装置18では、所定出力、所定周波数のレーサー光を用いて、所定の走査速度で被処理物Wに対してレーザーLBの照射を行う工程(図3のステップS305)が行われる。これにより、変質層形成装置12において、後述するように被処理物Wの表面に変質層ALを形成することができる。なお、レーザーの照射が行われる被処理物Wは、特にその表面の照射領域は、所定温度に維持された状態であるとよい。つまり、加熱された被処理物Wは、概ね所定温度に維持された状態で、特にレーザーの照射が行われる表面領域が概ね所定温度を有している状態で、その表面領域つまり上記照射領域にレーザーの照射が行われるとよい。なお、加熱装置16による被処理物Wの加熱は、被処理物Wの照射領域となり得る表面WSを所定温度に加熱するように行われるが、この所定温度はある程度の温度幅を有してもよい。例えば、所定温度は、所定温度を中心にしてプラスマイナス20℃などの許容温度幅を有するとよい。
【0036】
更に、変質層ALが形成された被処理物Wは、搬送装置20で搬送方向Dに送られ、機械加工装置14に至る。そして、機械加工装置14では、レーザーの照射により形成された表面の変質層ALを除去する加工を行う工程(図3のステップS307)が行われる。より具体的には、この工程では、変質層ALを除去するように被処理物Wに対して機械加工が行われる。
【0037】
以下に、上記変質層形成装置12での変質層の形成に関する実験結果を示す。
【0038】
(実験例1)
6H-SiCに相当する結晶構造を備えるモノリシックSiCの試験片を被処理物Wとした。その被処理物Wを加熱装置16の一例であるホットプレートに載置し、これによりその被処理物Wの表面WSを含む領域を所定温度に加熱した。所定温度は、室温(ここでは23℃)、50℃、100℃、200℃、300℃と変えた。なお、所定温度を室温とするとき、加熱装置16での加熱は行わなかった。こうして加熱した状態にある被処理物Wの表面WSを照射領域として、その照射領域にレーザー照射装置18として「レーザーマーカー」(MD-X1520、株式会社キーエンス)を使用してレーザーを照射した。波長1064nmの赤外線パルスレーザーの周波数と走査速度をそれぞれ10kHz、100mm/sに固定し、所定出力だけを変えて試験片である被処理物Wにレーザーを照射した。なお、レーザーのスポットサイズは80μmとした。所定出力は、1.0W、2.5W、5.0Wと変えた。なお、比較のために、未加熱の被処理物Wの表面に同条件でレーザーを照射した試験片も作製した。
【0039】
そのようにして作製した被処理物Wである試験片の材料特性として、ナノインデンテーションシステムTS77(Bruker社)を用いて、レーザーを照射した表面WSの押込み硬さを求めるとともに、押込み深さを測定した。圧子はバーコビッチ型とし、押込み荷重の最大値は5000μNとした。なお、図4に示すように、その押込み荷重で圧子INを試験片である被処理物Wの表面WSに押し込み、圧子INを引く抜く過程の荷重変位曲線から算出した硬さを被処理物Wの押込み硬さとし、最大押込み荷重における圧子INの先端の到達深さTDを押込み深さとして測定した。算出した押込み硬さ(単位MPa)、及び、測定した押込み深さから弾性変形分を差し引いた接触深さ(単位nm)を、図5及び図6にそれぞれ示す。接触深さは、既知の演算式を用いて、測定した押込み深さに基づいて計算することで求めた。なお、図5では、横軸に加熱装置16での加熱温度をとり、縦軸に押込み硬さをとり、その加熱温度に対して押込み硬さをプロットし、図6では、横軸に同加熱温度をとり、縦軸に接触深さとり、その加熱温度に対して接触深さをプロットした。
【0040】
図5に示すように、レーザーの出力を1Wとしたとき、いずれの加熱温度においても、押込み硬さの変化は実質的に認められなかった。これに対して、レーザーの出力を2.5Wとしたとき、加熱温度が室温及び50℃のときは押込み硬さは概ね変化しなかったが、加熱温度が100℃、200℃、300℃と変化するに従い、押込み硬さは加熱温度の上昇とともに低下した。レーザーの出力を5.0Wとしたときも、同様に、加熱温度が室温及び50℃のときは押込み硬さは概ね変化しなかったが、加熱温度が100℃、200℃、300℃と変化するに従い、押込み硬さは加熱温度の上昇とともに低下した。より詳しくは、レーザーの出力を2.5Wとして、加熱温度を室温、50℃、100℃、200℃、300℃としたとき、押込み硬さは、30.10MPa、30.07MPa、24.10MPa、13.19MPa、7.29MPaであった。同様に、レーザーの出力を5.0Wとして、加熱温度を室温、50℃、100℃、200℃、300℃としたとき、押込み硬さは、17.59MPa、19.56MPa、16.14MPa、7.95MPa、7.93MPaであった。
【0041】
図6に示すように、レーザーの出力を1Wとしたとき、いずれの加熱温度においても、接触深さの変化は実質的に認められなかった。これに対して、レーザーの出力を2.5Wとしたとき、加熱温度が室温及び50℃のときは接触深さは概ね変化しなかったが、加熱温度が100℃、200℃、300℃と変化するに従い、接触深さは加熱温度の上昇とともに増大した。レーザーの出力を5.0Wとしたときも、同様に、加熱温度が室温及び50℃のときは接触深さは概ね変化しなかったが、加熱温度が100℃、200℃、300℃と変化するに従い、接触深さは加熱温度の上昇とともに増大した。より詳しくは、レーザーの出力を2.5Wとして、加熱温度を室温、50℃、100℃、200℃、300℃としたとき、接触深さは、2694.2nm、2662.7nm、2964.0nm、3991.1nm、5328.6nmであった。同様に、レーザーの出力を5.0Wとして、加熱温度を室温、50℃、100℃、200℃、300℃としたとき、接触深さは、3436.4nm、3282.3nm、3641.5nm、5117.8nm、5134.0nmであった。
【0042】
なお、加熱もレーザーの照射も行わなかったとき、同材料の試験片の押込み硬さは、36403MPaであり、接触深さは63.6nmであった。300℃での加熱のみを行ってレーザーの照射を行わなかった同材料の試験片においても、このときと、ほぼ同じ押込み硬さ及び接触深さを有していた。
【0043】
このように、モノリシックSiCの試験片を被処理物Wとしたとき、その被処理物Wを、100℃以上300℃以下の温度で加熱し、その後に、2.5W以上5W以下の出力で、周波数10kHz、走査速度100mm/s、波長1064nmの赤外線パルスレーザーを照射をすることで、機械的性質、特に硬さの顕著な低下及び接触深さの増大が認められた。つまり、この条件での処理により、SiC系材料の一種であるモノリシックSiCの被処理物Wでは、硬さが大きく低下し、その硬さの低下は、加熱のみ又はレーザーの照射のみの場合に比して、より深い領域にまで及んだ。
【0044】
ここで、上記のように評価した被処理物Wのレーザーの照射領域とした表面WSの元素分析を行った。元素分析は、卓上SEM(TM4000Plus、株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて、加速電圧を5kVとして、エネルギー分散型X線分析(EDX)により行った。この結果を表1に示す。ただし、図1に示す値は、計測システム上、総計で100at%から極わずかにずれるときがある。なお、表1中、レーザー出力及び加熱温度がともに「なし」の被処理物Wは、加熱も、その後のレーザーの照射も行わなかった試験片に関するものである。
【0045】
【表1】
【0046】
表1に示す結果より、上記硬さの顕著な低下が認められた被処理物Wでは、つまり、2.5W又は5Wの出力での赤外線パルスレーザーの照射を行った被処理物Wでは、酸素濃度が増加していたことが理解できる。レーザー出力及び加熱温度がともに「なし」の被処理物Wの元素分析結果は、SiCそのもののそれに相当するが、特に硬さが低下した「300度での加熱、その後の5.0Wでのレーザーの照射」を行った被処理物Wの元素分析結果は、Si:C:Oが、31.19:5.58:63.23(at%)であり、その表面WSの元素は大きく変わっていて、変質層ALが形成されていて、酸素導入が図られていて、SiOの原子数濃度の比におおむね相当した。このように被処理物Wでの酸素導入された変質層の形成と、上記押込み硬さの低下、及び、接触深さの増加とは対応関係にあるであろう。この関係を図4に模式的に示している。
【0047】
このように、被処理物Wに所定温度での加熱と、その後のレーザーの照射とを行うことで、被処理物Wの表面に変質層ALを形成し、その押込み硬さを低下させることができるだけでなく、接触深さを増大することもできた。おそらく、このように形成された変質層は、レーザーの照射のみにより形成された変質層よりも厚く、深い領域にまで及んでいるのであろう。この変質層の形成、押込み硬さの低下及び接触深さの増大は、被処理物の加工性を高めることに貢献し得る。
【0048】
(実験例2)
実験例1と同じく、6H-SiCに相当する結晶構造を備えるモノリシックSiCの試験片を被処理物Wとした。その被処理物Wを加熱装置16であるホットプレートに載置し、これによりその被処理物Wの表面WSを所定温度に加熱した。所定温度は、室温(ここでは23℃)、200℃と変えた。なお、所定温度を室温とするとき、加熱装置16での加熱は行わなかった。こうして加熱した状態にある被処理物Wの表面WSを照射領域として、その照射領域に、同「レーザーマーカー」(MD-X1520、株式会社キーエンス)を使用してレーザーを照射した。波長1064nmの赤外線パルスレーザーの周波数と走査速度をそれぞれ10kHz、100mm/sに固定し、所定出力だけを変えて被処理物Wにレーザーを照射した。所定出力は、1.0W、1.5W、2.0W、2.5W、5.0W、7.5Wと変えた。こうして得られた被処理物Wの材料特性として、上記実験例1と同じ条件で、押込み硬さを求めるとともに、押込み深さを測定し、その押込み硬さ及び、その押込み深さに基づく計算により求めた接触深さのそれぞれを図7及び図8に示す。ただし、図7では、横軸にレーザーの出力をとり、縦軸に押込み硬さをとり、各加熱温度でのレーザーの出力に対する押込み硬さをプロットし、図8では、横軸にレーザーの出力をとり、縦軸に接触深さをとり、各加熱温度でのレーザーの出力に対する接触深さをプロットした。
【0049】
図7及び図8から明らかなように、加熱温度を200℃とした場合、レーザーの出力を2W以上、特に2.5W以上とすることで、単にレーザーのみを照射した場合に比べて、硬さが大きく低下し、接触深さが増大した。
【0050】
以上、本発明に係る実施形態及びその変形例について説明したが、本発明はそれらに限定されない。本願の特許請求の範囲によって定義される本発明の精神及び範囲から逸脱しない限り、種々の置換、変更が可能である。
【符号の説明】
【0051】
10 加工装置
12 変質層形成装置
14 機械加工装置
16 加熱装置(加熱部)
18 レーザー照射装置(レーザー照射部)
20 搬送装置

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8