(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135444
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母及びその取得方法、並びに当該酵母を用いたビール及びその他の飲食物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/19 20060101AFI20240927BHJP
C12C 11/00 20060101ALI20240927BHJP
C12G 1/00 20190101ALI20240927BHJP
C12G 3/022 20190101ALI20240927BHJP
A21D 2/34 20060101ALI20240927BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20240927BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12C11/00
C12G1/00
C12G3/022 119
A21D2/34
A21D13/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046128
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000225142
【氏名又は名称】奈良県
(72)【発明者】
【氏名】▲桑▼原 智也
【テーマコード(参考)】
4B032
4B065
4B115
4B128
【Fターム(参考)】
4B032DB01
4B032DG02
4B032DK54
4B032DP33
4B065AA80X
4B065AC14
4B065BA16
4B065CA12
4B065CA42
4B115CN43
4B128CP38
(57)【要約】
【課題】本発明は、ナラノヤエザクラ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-684)を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母及びその取得方法、並びに当該酵母を用いたビール及びその他の飲食物の製造方法を提供する。
【解決手段】ナラノヤエザクラ酵母を親株とし、親株を変異処理することでランダム変異が誘発された変異株群を作成し、作成した変異株群の中からTFLを含有する培地で生育する菌株を選抜し、選抜した菌株の中から前記親株よりも細胞内にロイシンを多く蓄積する菌株を選抜し、選抜した菌株の中から前記親株よりも酢酸イソアミルを多く生産する菌株を選抜することで得られたB17-L02株、及びその酵母を用いて酢酸イソアミル含量の多いビール等を製造する。(326字/400字)
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナラノヤエザクラ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-684)を親株とし、親株を変異処理することでランダム変異が誘発された変異株群を作成する第1ステップ、第1ステップで作成した変異株群の中から5,5,5-トリフルオロ-DL-ロイシンを含有する培地で生育する菌株を選抜する第2ステップ、第2ステップで選抜した菌株の中から前記親株よりも細胞内にロイシンを多く蓄積する菌株を選抜する第3ステップ、第3ステップで選抜した菌株の中から前記親株よりも酢酸イソアミルを多く生産する菌株を選抜する第4ステップを順次実施することを特徴とする酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の取得方法。
【請求項2】
5,5,5-トリフルオロ-DL-ロイシンに耐性があり、酢酸イソアミルの高生産能を有する酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)B17-L02株(特許微生物寄託センター受領番号:NITE AP-03851)。
【請求項3】
請求項2に記載された酵母を用いて醸造することを特徴とする、ビールの製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載された酵母を用いることを特徴とする、飲食物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナラノヤエザクラ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-684)を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母及びその取得方法、並びに当該酵母を用いたビール及びその他の飲食物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
我々は、奈良県の産業活性化のために県内の地域資源から分離した奈良県オリジナル酵母を使用した特産品の開発を進めており、これまで奈良公園のナラノヤエザクラの花から分離したナラノヤエザクラ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-684)や大神神社のササユリの花から分離したヤマノカミ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE AP-01947)といった奈良県オリジナル酵母の開発を行ってきた。(特許文献1、特許文献2)
【0003】
ヤマノカミ酵母は、毎年、複数の県内清酒酒造会社に使用され、各酵母を使用した清酒商品が数多く販売されているが、ナラノヤエザクラ酵母はこれまで1社のみの使用にとどまっており、十分に産業利用されているとは言い難い。これは、一般的に高いアルコール発酵能を持った酵母の使用が好まれる清酒醸造において、ナラノヤエザクラ酵母は低いアルコール発酵能を持つことを特徴とする酵母であることが、使用されない要因の1つとして考えられる。(特許文献1、非特許文献1)
【0004】
また、ナラノヤエザクラ酵母は清酒以外の飲食物にも使用可能とされているが、これまでナラノヤエザクラ酵母を使用した清酒以外の飲食物が製造・販売された例はない。そのため、ナラノヤエザクラ酵母は清酒醸造以外においても十分な産業的利用価値があるとは言えず、奈良県の産業活性化のために、当該酵母の利用価値を向上させることが望まれている。
【0005】
一方、近年、全国的にクラフトビールを製造する地ビール醸造所数が急増しており、奈良県内においても開業が相次いでいる。ナラノヤエザクラ酵母の産業的な利用価値を高める方法として、当該酵母をビール醸造に利用することが考えられるが、我々が当該酵母を使用して試験的にビール醸造を行ったところ、当該酵母で醸造したビールには特徴的な香りが無いことが明らかとなった。すなわち、ナラノヤエザクラ酵母はビール醸造用酵母として産業利用するには最適な酵母であるとは言えない。
【0006】
そのため、ナラノヤエザクラ酵母の産業的利用価値を高めるためには、当該酵母をビール醸造に適した酵母へと改良する技術及びその技術を用いた新規変異酵母の開発が望まれている。ビール醸造に適した酵母とは、ビールにフルーティーさを付与する香気成分として好まれる酢酸イソアミルの生産能が高い酵母等である。
【0007】
これまで報告のあるナラノヤエザクラ酵母を改良する技術としては、特開2014-212782号(特許文献3)公報に示されるように、ナラノヤエザクラ酵母を変異処理することで得られた赤色色素生成酵母NYR20(特許微生物寄託センター受領番号:NITE AP-01590)及びその株を用いた赤色を呈する清酒の製造方法や、特開2022-82114号(特許文献4)公報に示されるように、上記赤色色素生成酵母NYR20株を用いて亜硫酸の存在下でアルコール発酵を行うことで、赤みの増強されたワインを製造する方法があるが、いずれもナラノヤエザクラ酵母をビール醸造に最適な酵母へと改良する技術であるとは言えない。さらに、これまでサクラの花から分離した酵母で酢酸イソアミル含量の多いビールを製造できる酵母の報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第4601015号公報
【特許文献2】特許第6175697号公報
【特許文献3】特開2014-212782号公報
【特許文献4】特開2022-82114号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】大橋正孝、都築正男、清水浩美、松澤一幸、藤野千代、鈴木孝仁、岩口伸一;奈良県工業技術センター研究報告、(35)、35-38、2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母及びその取得方法、並びに当該酵母を用いたビール及びその他の飲食物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第一形態は、ナラノヤエザクラ酵母を親株とし、親株を変異処理することでランダム変異が誘発された変異株群を作成する第1ステップ、第1ステップで作成した変異株群の中から5,5,5-トリフルオロ-DL-ロイシン(TFL)を含有する培地で生育する菌株を選抜する第2ステップ、第2ステップで選抜した菌株の中から前記親株よりも細胞内にロイシンを多く蓄積する菌株を選抜する第3ステップ、第3ステップで選抜した菌株の中から前記親株よりも酢酸イソアミルを多く生産する菌株を選抜する第4ステップを順次実施することを特徴とする酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)の取得方法である。
【0012】
本発明の第二形態は、TFLに耐性があり、酢酸イソアミルの高生産能を有する酵母サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)B17-L02株(特許微生物寄託センター受領番号:NITE AP-03851)である。
【0013】
本発明の第三形態は、B17-L02株を用いて醸造することを特徴とする、ビールの製造方法である。
【0014】
本発明の第四形態は、B17-L02株を用いることを特徴とする、飲食物の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
上記の課題解決手段を使うことにより、これまで産業的利用価値の少なかったナラノヤエザクラ酵母から、ビールにフルーティーさを付与する香気成分として好まれる酢酸イソアミルの生産能が高いことを特徴する変異酵母を開発することが可能となる。
【0016】
また、本発明に係る変異酵母B17-L02株を使用してビールを製造すると、酢酸イソアミル含量の多い特徴的なビールができることから、当該改良酵母のビール醸造への利用価値が高まり、奈良県の産業活性化に繋がるという効果がある。
【0017】
さらに、本発明に係る変異酵母B17-L02株を使用して飲食物を製造することで、奈良県の産業活性化に繋がるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施例を示す細胞内ロイシン含量を示す図
【
図2】本発明の一実施例を示す酢酸イソアミル濃度を示す図
【
図3】本発明の一実施例を示すTFL耐性スポット試験結果を示す図
【
図4】本発明の一実施例を示すビール醸造中のCO
2累積発生量の経時変化を示す図
【
図5】本発明の一実施例を示すビール中の酢酸イソアミル濃度を示す図
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係るナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母B17-L02株の取得方法及び当該改良酵母を用いたビール並びにその他飲食物の製造方法に関する実施形態について、具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載される構成に限定されない。
(酵母の取得方法)
【0020】
以下、本発明に係るナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産するB17-L02株を取得する方法について説明する。
第1ステップとして、ナラノヤエザクラ酵母を親株として変異処理することでランダム変異が誘発された変異株群を作成した。すなわち、ナラノヤエザクラ酵母をYPD培地(2%グルコース、1%ポリペプトン、1%酵母エキス)を用いて30℃で16時間培養後、菌体を遠心分離して集菌し、滅菌水で洗浄した。その後、菌体を2%EMS含有リン酸緩衝液5mLに懸濁させ、30℃で20分間振とうした。その後、10%チオ硫酸ナトリウム水溶液で中和し、菌体を遠心分離で集菌後、滅菌水で洗浄を行った。本ステップで最終的に得られた菌体を変異株群とした。
【0021】
第2ステップとして、第1ステップで作成した変異株群の中からTFLを含有する培地で生育する菌株を選抜した。すなわち、第1ステップで作成した変異株群をTFL含有SMal培地(2%マルトース、0.67%酵母ニトロゲンベースアミノ酸不含、2%寒天、TFL 150μg/mL)に塗布後、30℃で3日間静置培養させ、生育したコロニーを単離することによって、TFLに耐性のある菌株を32株選抜した。
【0022】
第3ステップとして、第2ステップで選抜した菌株の中から親株よりも細胞内にロイシンを2倍以上多く蓄積する菌株を選抜した。すなわち、第2ステップで選抜した菌株をSMal培地(2%マルトース、0.67%酵母ニトロゲンベースアミノ酸不含)にて30℃で2日間培養後、細胞内に蓄積するロイシン量を測定し、親株より多くロイシンを蓄積する株のうち、細胞内ロイシ含量が特に高かった上位2株(B17-L02株、B17-L09株)を選抜した。
図1に示すように、選抜した2株は、親株のナラノヤエザクラ酵母より2.0~2.9倍ロイシンを細胞内に高蓄積する。
【0023】
第4ステップとして、第3ステップで選抜した菌株の中から親株よりも酢酸イソアミルを2倍以上多く生産する菌株を選抜した。すなわち、第3ステップで選抜した2株をYPM20培地(20%マルトース、1%ポリペプトン、1%酵母エキス)で20℃、7日間静置培養後、培養液を0.45μmのPTFEフィルターでろ過し、ろ液中の酢酸イソアミル濃度を測定した。
図2に示すように、2株は親株のナラノヤエザクラ酵母より2.0~2.4倍酢酸イソアミルを高生産する。また、2株のうち、最も酢酸イソアミルの生産量が多い株はB17-L02株であった。
【0024】
当該B17-L02株は受領番号:NITE AP-03851(2023年3月7日)として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託している。
【0025】
本発明に係わるナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得方法により、ナラノヤエザクラ酵母から酢酸イソアミルを高生産する変異酵母を取得することが可能となった。
【0026】
本発明に係るナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得方法の第1ステップにおいて、親株のナラノヤエザクラ酵母を変異処理する方法は、紫外線、放射線、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアジニン(NTG)、又はエチルメタンスルホネート(EMS)等を用いて酵母に対して適宜変異処理を行えばよいが、好ましくはEMSを用いた変異処理である。
【0027】
本発明に係るナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得方法の第2ステップにおいて、TFL含有培地の炭素源は、グルコース、マルトース等を用いて適宜培養を行えばよいが、好ましくはマルトースを炭素源とすることである。また、本ステップにおいて、親株よりも細胞内にロイシンを高蓄積する株を選抜するが、親株よりもロイシンを2倍以上蓄積する株を選抜することが望ましい。
【0028】
本発明に係るナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得方法の第3ステップにおいて、細胞内ロイシン量を測定するための培養に使用する培地の炭素源は、グルコース、マルトース等を用いて適宜培養を行えばよいが、好ましくはマルトースを炭素源とすることである。また、本ステップにおいて、親株よりも酢酸イソアミルを多く生産する株を選抜するが、親株よりも酢酸イソアミルを2倍以上生産する株を選抜することが望ましい。
【0029】
本発明に係るナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得方法の第4ステップにおいて、酢酸イソアミル生産量を測定するための培養に使用する培地の炭素源は、グルコース、マルトース等を用いて適宜培養を行えばよいが、好ましくはマルトースを炭素源とすることである。
(酵母の特性)
【0030】
以下、ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得方法により取得したB17-L02株の特性について説明する。
B17-L02株はナラノヤエザクラ酵母を突然変異処理して得た株であるため、属種はサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である。確認のために、シスメックス・ビオメリュー社の酵母真菌様同定キット(ID32Cアピ及びAPI20C AUX)で炭素源資化性を調べることにより、種属を同定したところ、予想どおりサッカロマイセス・セレビシエであった。表1にその結果を示す。
【0031】
【0032】
B17-L02株は、TTC染色試験で赤色を呈色する。
すなわち、古川、秋山の方法(古川敏郎、秋山裕一:農化,37,398(1963))に従って、B17-L02株を適当に希釈し(1プレートに約200程度となるよう)、TTC下層培地に30℃で2日間プレート培養したコロニー上へ、TTC寒天を溶解後45℃程度にしてから静かに重層し、固まった後30℃で2~3時間放置し、コロニーの染色性を観察したとき、赤色を示した。親株であるナラノヤエザクラ酵母も赤色を示した。
【0033】
B17-L02株は、親株よりも高いTFL耐性を示す。
すなわち、B17-L02株をSMal培地(2%、0.67%酵母ニトロゲンベースアミノ酸不含)にて30℃、2日間培養した後、TFL含有SMal培地(2%マルトース、0.67%酵母ニトロゲンベースアミノ酸不含、2%寒天、TFL 150μg/mL)に段階希釈してスポットした。
図3に示すように、TFL含有培地において、親株のナラノヤエザクラ酵母より生育が良く、B17-L02株は、親株よりも高いTFL耐性を示した。
【0034】
B17-L02株は、
図2に示すように親株よりも酢酸イソアミルを高生産する。
(ビールの製造方法)
【0035】
以下、本発明に係るB17-L02株を用いたビールの製造例について説明する。
B17-L02株を用いて、500mLの大麦麦汁を用いてビール小仕込み試験を行った。この仕込み配合を表2に示す。
【0036】
500mL大麦麦汁を用いたビール仕込み配合
【表2】
【0037】
仕込みに使用した大麦麦汁の調製は以下の方法で行った。
粉砕されたペールモルト1kgに水3L加え、50℃で30分間加熱を行った。さらに、65℃で90分間糖化処理を行い、その後、85℃まで加熱し酵素を失活させた。糖化液をステンレスざるでろ過後、ろ液を100℃で60分間煮沸させた。煮沸液を急冷後、遠心分離し、上清を麦汁原液(Brix20程度)とした。麦汁原液をBrix14となるよう水で希釈し、小仕込み試験用の大麦麦汁とした。
【0038】
麦汁に添加する酵母の調製は以下の方法で行った。
酵母をYPD(2%グルコース、1%ポリペプトン、1%酵母エキス)で24時間培養後、遠心分離で菌体を回収し、滅菌水で洗浄・再懸濁させ、これを添加用酵母液とした。
【0039】
添加用酵母液を酵母数が2.0×106cfu/mlとなるように大麦麦汁に加えて、20℃で8日間醸造した。遠心分離を行い、上澄みを蓋つきガラス容器に充填し、ビールとした。
【0040】
このような一般的なビールの製造工程を経て製造されたビールは以下のようなものであった。親株であるナラノヤエザクラ酵母及び一般的に酢酸イソアミル等のエステル香を生成すること特徴とする市販ビール酵母のWB-06との比較で示す。
【0041】
ビール醸造中のCO
2累積発生量の経時変化を
図4に、製造されたビールのアルコール度数を表3に、製造されたビールの香気成分濃度を表4に示す。酵母はアルコール発酵によりアルコールとCO
2を生成するため、CO
2発生量を経時測定することにより、各酵母の発酵能を比較することができる。なお、ビール醸造中のCO
2累積発生量は反応系全体重量を醸造期間の間毎日測定し、その減少量を発酵により発生したCO
2量とみなしたものである。B17-L02株の醸造中におけるCO
2累積発生量は、親株のナラノヤエザクラ酵母よりもやや高く、市販ビール酵母のWB-06とほぼ同等であった。また、アルコール度数についてもB17-L02株で醸造したビールは親株のナラノヤエザクラ酵母や市販ビール酵母のWB-06と比較して、ほぼ同等であった。
【0042】
【0043】
また、ビール中の香気成分濃度を測定した結果を表4、
図5に示す。B17-L02株で醸造したビールには、親株のナラノヤエザクラ酵母や市販ビール酵母のWB-06と比較して、酢酸イソアミルの前駆体であるイソアミルアルコール濃度がそれぞれ3.5倍、2.9倍高く、酢酸イソアミル濃度はそれぞれ2.9倍、2.1倍高いことが確認された。
【0044】
また、官能試験においては、B17-L02株で醸造したビールは、親株のナラノヤエザクラ酵母や市販ビール酵母のWB-06で醸造したビールと比較して、酢酸イソアミルの特徴であるバナナ様の香りが非常に強いとの評価であった。
【0045】
このように、ナラノヤエザクラ酵母を親株とする酢酸イソアミルを高生産するB17-L02株を用いて醸造したビールは、ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酵母で醸造され、かつ、酢酸イソアミルの含有量が多いという特徴を有するものとなった。
【0046】
ビール中の香気成分濃度
【表4】
(飲食物の製造方法)
【0047】
これまで、ナラノヤエザクラ酵母を親株としたB17-L02株を用いたビールの製造例について説明したが、このB17-L02株はビールのみならず、一般的な酵母と同様に清酒、ワイン、パン等の飲食物の製造に用いることができる。
【0048】
B17-L02株は、上述したように酢酸イソアミルの生産能が高いので、これによって製造された飲食物はフルーティーな香りを有することになる。
【0049】
例えば、このB17-L02株を用いたフルーティーな香りを有するパンは以下のようにして製造される。
強力粉150g、B17-L02株を24時間培養しておいた麹汁液体培地10ml、砂糖20g、食塩2.5gを混ぜ合わせた後、かき混ぜながら水85mlを数回に分けて加えてこねあげる。こねあがった生地を丸めて表面を滑らかにして、食品ラップを被せるなどの方法で乾燥を防ぎ、35℃の恒温状態で50~60分間かけて一次発酵させる。一次発酵が終わった生地を適宜分割し、表面が滑らかになるように丸めて乾燥しないようにして10分ねかせる。この後、生地をのばし、適当な形に整える。これを35℃程度で40分間、二次発酵を行う。なお、この二次発酵の際には、生地には霧吹きで水を吹きかけておく。この二次発酵が終わった後、オーブンを180℃に加温し、18分間かけて生地を焼いてパンとする。
【0050】
なお、上述したパンの製造方法は、このB17-L02株に特有のものではなく、ごく一般的なパンの製造方法である。
【0051】
本発明により、ナラノヤエザクラ酵母を親株として変異処理し、TFL含有培地で生育する菌株から、親株よりも細胞内にロイシンを多く蓄積する株を選択し、さらに、そのロイシン高蓄積株の中から親株よりも酢酸イソアミルを多く生産する酵母を選択することで、ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異株の取得方法を開発し、その取得方法によりナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産するB17-L02株の開発に成功した。さらに、B17-L02株を用いることによって、ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酵母で酢酸イソアミルを多く含んだビールやその他飲食物を製造することが可能となった。B17-L02株を独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託し、受領番号としてNITE AP-03851(2023年3月7日)が付与されている。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明に係わるラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異株の取得方法及びその取得方法によりナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産するB17-L02株、並びに当該酵母を用いたビールの製造方法、当該酵母を用いた飲食物の製造方法は、ナラノヤエザクラ酵母を親株とした酢酸イソアミルを高生産する変異酵母の取得及びB17-L02株を用いたビール及び飲食物の製造に利用することができる。実施例に示したビールのみならず、一般的な酵母と同様に清酒、ワイン、パン等の飲食物の製造に用いることができる。
【受領番号】
【0053】
独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター受領番号:NITE AP-03851(2023年3月7日)