(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135601
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】圧延機の板厚制御方法
(51)【国際特許分類】
B21B 37/18 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
B21B37/18 110B
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046379
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】片山 裕之
(72)【発明者】
【氏名】清水 隆広
【テーマコード(参考)】
4E124
【Fターム(参考)】
4E124AA07
4E124CC01
4E124CC03
4E124EE13
4E124FF01
4E124GG03
(57)【要約】
【課題】板厚精度を向上させることが可能な圧延機の板厚制御方法を提供する。
【解決手段】圧延ロール21間のギャップが、入側板厚偏差に基づいて算出した圧延ロール隙間になるように、圧延ロール21を圧下する圧下装置8を制御するとともに、入側板厚偏差から算出した制御遅延時間に基づいて、圧下装置8を制御するタイミングを修正する。入側板厚偏差を複数の周波数成分に分解し、周波数成分毎の制御遅延時間である遅延時間を算出し、遅延時間を補償時間で補償した場合に発生する、被圧延材Wの出側板厚偏差の振幅を、周波数成分毎に算出し、補償時間を変化させて、振幅の絶対値の総和が最小になる補償時間を最適補償時間として設定し、最適補償時間で制御遅延時間を補償する。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧延機の一対の圧延ロールで圧延される被圧延材の入側板厚偏差を検出し、前記圧延ロール間のギャップが、前記入側板厚偏差に基づいて算出した圧延ロール隙間になるように、前記圧延ロールを圧下する圧下装置を制御するとともに、前記入側板厚偏差から算出した制御遅延時間に基づいて、前記圧下装置を制御するタイミングを修正する圧延機の板厚制御方法において、
前記入側板厚偏差を複数の周波数成分に分解し、前記周波数成分毎の前記制御遅延時間である遅延時間を算出し、
前記遅延時間を補償時間で補償した場合に発生する、前記被圧延材の出側板厚偏差の振幅を、前記周波数成分毎に算出し、
前記補償時間を変化させて、前記振幅の絶対値の総和が最小になる前記補償時間を最適補償時間として設定し、
前記最適補償時間で前記制御遅延時間を補償することを特徴とする圧延機の板厚制御方法。
【請求項2】
前記周波数成分毎の位相遅れに基づいて、前記遅延時間を算出し、
前記位相遅れは、前記入側板厚偏差を検出する際に発生する検出位相遅れと、前記圧延ロール隙間を演算する際に発生する演算位相遅れと、前記圧下装置の作動により発生する油圧系位相遅れとを含むことを特徴とする請求項1に記載の圧延機の板厚制御方法。
【請求項3】
前記検出位相遅れを一次遅れ系で近似し、
前記演算位相遅れを定数とし、
前記油圧系位相遅れを二次遅れ系で近似することを特徴とする請求項2に記載の圧延機の板厚制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧延機の板厚制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、圧延材を圧延するワークロールのロール隙間ΔSを算出し、算出したロール隙間ΔSに対応する指令信号を圧下装置に出力して圧延材の板厚を制御する圧延機の板厚制御方法が開示されている。特許文献1では、圧延材の入側の板厚の偏差(入側板厚偏差)を周波数成分に分解し、周波数毎に求めた遅れ時間を基に全体遅れ時間を算出し、算出した全体遅れ時間を基に圧下装置に出力する指令信号のタイミングを修正している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の板厚制御方法では、全体遅れ時間が一定であり、どうしても出側板厚偏差(圧延材の出側の板厚の偏差)が残ってしまう。残った出側板厚偏差を小さくして、板厚精度を向上させることが望まれる。
【0005】
本発明の目的は、板厚精度を向上させることが可能な圧延機の板厚制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、圧延機の一対の圧延ロールで圧延される被圧延材の入側板厚偏差を検出し、前記圧延ロール間のギャップが、前記入側板厚偏差に基づいて算出した圧延ロール隙間になるように、前記圧延ロールを圧下する圧下装置を制御するとともに、前記入側板厚偏差から算出した制御遅延時間に基づいて、前記圧下装置を制御するタイミングを修正する圧延機の板厚制御方法において、前記入側板厚偏差を複数の周波数成分に分解し、前記周波数成分毎の前記制御遅延時間である遅延時間を算出し、前記遅延時間を補償時間で補償した場合に発生する、前記被圧延材の出側板厚偏差の振幅を、前記周波数成分毎に算出し、前記補償時間を変化させて、前記振幅の絶対値の総和が最小になる前記補償時間を最適補償時間として設定し、前記最適補償時間で前記制御遅延時間を補償することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、周波数成分毎の制御遅延時間である遅延時間を補償時間で補償した場合に発生する、被圧延材の出側板厚偏差の振幅が、周波数成分毎に算出される。そして、補償時間が変化されて、出側板厚偏差の振幅の絶対値の総和が最小になる補償時間が最適補償時間として設定される。そして、最適補償時間で制御遅延時間が補償される。これにより、最適補償時間で補償された制御遅延時間に基づいて、圧下装置を制御するタイミングが修正される。最適補償時間で制御遅延時間を補償することで、出側板厚偏差の振幅を最小化することができる。これにより、出側板厚偏差を最小化することができる。よって、板厚精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】入側板厚偏差を分解した複数の周波数成分と位相遅れとの関係を表す位相線図である。
【
図3】入側板厚偏差に対する圧延ロール隙間の制御に位相遅れがない場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示す図である。
【
図4】入側板厚偏差に対する圧延ロール隙間の制御が30度遅れている場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示す図である。
【
図5】入側板厚偏差に対する圧延ロール隙間の制御が90度遅れている場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示す図である。
【
図6】入側板厚偏差に対する圧延ロール隙間の制御が180度遅れている場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示す図である。
【
図7】位相遅れと、出側板厚偏差の振幅との関係を示す図である。
【
図8】表2における周波数と周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅との関係を示す図である。
【
図9】表3における周波数と周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅との関係を示す図である。
【
図10】表4における周波数と周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅との関係を示す図である。
【
図11】最適補償時間算出処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の好適な実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0010】
(圧延設備の構成)
本実施形態による圧延機の板厚制御方法は、圧延設備で行われる。圧延設備1の概略図である
図1に示すように、圧延設備1は、被圧延材Wを圧延する設備である。被圧延材Wは、圧延設備1により圧延されるもの(ワーク)である。被圧延材Wは、板状である。被圧延材Wは、例えば金属などである。
【0011】
圧延設備1は、第1リール2と、第2リール3と、方向変更ロール4と、多段圧延機5と、を備える。
【0012】
第1リール2および第2リール3は、被圧延材Wが巻かれたリールである。第1リール2および第2リール3の一方は、被圧延材Wを巻き出す巻出リールである。第1リール2および第2リール3の他方(巻出リールとは異なる方)は、被圧延材Wを巻き取る巻取リールである。被圧延材Wは、第1リール2から巻き出され、多段圧延機5で圧延され、第2リール3に巻き取られてもよいし、第2リール3から巻き出され、多段圧延機5で圧延され、第1リール2に巻き取られてもよい。上記の2種類の巻き出しおよび巻き取りは、交互に行われてもよく、一方のみが行われてもよい。
【0013】
以下、被圧延材Wの移動方向における多段圧延機5よりも上流側を「入側」、被圧延材Wの移動方向における多段圧延機5よりも下流側を「出側」という。
【0014】
方向変更ロール4は、被圧延材Wの移動方向(経路の方向)を変える。
図1に示す例では、方向変更ロール4は、第1リール2と多段圧延機5との間(被圧延材Wの経路における間)と、第2リール3と多段圧延機5との間にそれぞれ設けられる。方向変更ロール4は、円筒状または円柱状の部材である。例えば、方向変更ロール4は、デフレクタを備えるもの(デフレクタロール)である。
【0015】
多段圧延機5は、被圧延材Wを圧延する圧延機である。多段圧延機5は、多数のロールを備える圧延機(クラスタ圧延機)である。多段圧延機5は、圧延ロール21と、バックアップロール22と、を備える。なお、多段圧延機5は、圧延ロール21とバックアップロール22との間に、中間ロールを備えていてもよい。
【0016】
多段圧延機5のロールの各々は、円筒状または円柱状の部材である。ロールは、図示しないフレーム(例えばハウジング)に回転自在に支持される。ロールは、ロールの長手方向に延びる中心軸を中心に回転自在である。多数のロールのうち、いずれかのロールは、駆動ロールである。駆動ロールは、ロールを駆動する駆動装置(例えば図示しない駆動モータ)により駆動される。
【0017】
この多段圧延機5では、被圧延材W、圧延ロール21、バックアップロール22の順に互いに接触する。この接触の順における、被圧延材W側とは反対側を、「ロール背面側」という。具体的には、圧延ロール21のロール背面側は、圧延ロール21から見て(圧延ロール21を基準として)被圧延材Wに接触する側とは反対側の、バックアップロール22側である。多段圧延機5の段数(ロールの数)は様々に設定可能である。
【0018】
圧延ロール21は、被圧延材Wに接触し、被圧延材Wを挟む。圧延ロール21は、被圧延材Wの厚さ方向の両側に、一対に(2つ)設けられる。
【0019】
バックアップロール22は、圧延ロール21をロール背面側から回転自在に支持する。なお、中間ロールを備えている場合、バックアップロール22は、中間ロールを介して、圧延ロール21をロール背面側から支持する。本実施形態においては、1つの圧延ロール21に対するバックアップロール22の数が1つである4段圧延機の例を示しているが、バックアップロール22の数は様々に設定可能であり、例えば12段圧延機や20段圧延機でも適用できる。
【0020】
また、圧延設備1は、板厚検出部6と、速度検出部7と、圧下装置8と、を備える。
【0021】
板厚検出部6は、被圧延材Wの板厚を検出する。板厚検出部6は、圧延ロール21よりも第1リール2側(被圧延材Wの経路における第1リール2側)と、圧延ロール21よりも第2リール3側と、の両側にそれぞれ設けられる。2つの板厚検出部6,6のうち、入側に位置する方は、入側板厚検出部として機能する。2つの板厚検出部6,6のうち、出側に位置する方は、出側板厚検出部として機能する。入側板厚検出部は、圧延ロール21で圧延される前の被圧延材Wの板厚(入側板厚)を検出する。出側板厚検出部は、圧延ロール21で圧延された後の被圧延材Wの板厚(出側板厚)を検出する。
【0022】
速度検出部7は、被圧延材Wの移動速度vを検出する。速度検出部7は、2つの方向変更ロール4にそれぞれ設けられている。速度検出部7は、移動速度vを検出する装置(センサ、速度検出器)である。移動速度vは、被圧延材Wと方向変更ロール4との間にスリップがないと仮定した場合に、方向変更ロール4の外周面の周速(外周面の接線方向における外周面の移動速度)である。
【0023】
圧下装置8は、圧延ロール21を圧下する装置である。圧下装置8は、板厚検出部6で検出した板厚等に基づいて、圧延ロール隙間ΔSを変更する。ここで、圧延ロール隙間ΔSは、一対の圧延ロール21間のギャップである。圧延ロール隙間ΔSは、板厚検出部6で検出した入側の板厚に基づいた入側の板厚の偏差(入側板厚偏差)ΔH等を用いて、以下の式(1)により求める。ここで、mは被圧延材Wの変形抵抗、Mはミル定数、Kはゲージメータ式における制御ゲインである。
ΔS=K・m/M・ΔH ・・・式(1)
【0024】
ここで、圧下装置8は、ウエッジと、油圧シリンダと、サーボ弁と、サーボアンプと、を有している。ウエッジは、移動によって各バックアップロール22を移動させて圧延ロール隙間ΔSを変更する。油圧シリンダは、ウエッジを移動させる。サーボ弁は、油圧シリンダを動作させる。サーボアンプには、制御部9からの指令信号が入力される。サーボアンプを介してサーボ弁に入力される指令信号に基づいて、サーボ弁が作動されることで、油圧シリンダが動作される。
【0025】
また、圧延設備1は、制御部9を備える。制御部9は、信号の入出力、演算(処理)、情報の記憶などを行うコンピュータである。例えば、制御部9の機能は、制御部9の記憶部に記憶されたプログラムが演算部で実行されることにより実現される。制御部9は、圧延設備1の内部(設備内)に設けられてもよく、圧延設備1の外部(例えば制御室など)に設けられてもよい。制御部9は、パーソナルコンピュータでもよく、制御盤に設けられてもよい。
【0026】
制御部9は、圧延設備1の動作を制御する。制御部9は、被圧延材Wの板厚を制御する。制御部9には、2つの板厚検出部6が検出した被圧延材Wの板厚がそれぞれ入力される。また、制御部9には、2つの速度検出部7が検出した被圧延材Wの移動速度vがそれぞれ入力される。
【0027】
制御部9は、入側の板厚検出部6が検出した被圧延材Wの入側の板厚に基づいて、被圧延材Wの入側の板厚の偏差(入側板厚偏差)を検出する。入側板厚偏差は、被圧延材Wの入側の目標となる板厚に対する、実際の(検出された)板厚の差である。
【0028】
制御部9は、制御遅延時間を設定する。制御遅延時間の具体的な設定方法は、以下のとおりである。
【0029】
まず、制御部9は、入側板厚偏差ΔHを複数の周波数成分に分解する。制御部9は、分解された周波数成分毎に位相遅れθd(度)を算出する。位相遅れθdは、例えば
図2に示すような位相線図を用いて求める。
図2に示す位相線図は、入側板厚偏差ΔHを分解した複数の周波数成分と位相遅れθdとの関係を表している。制御部9の記憶部には、
図2に示すような位相線図が記憶されている。
【0030】
制御部9は、求めた位相遅れθdに基づいて、周波数成分毎に遅延時間(Td)(秒)を求める。遅延時間(Td)は、(θd/360)/fで求まる。fは周波数である。そして、制御部9は、周波数成分毎の遅延時間(Td)を総和した制御遅延時間(秒)を算出する。
【0031】
制御部9は、圧下装置8を制御する。制御部9は、圧延ロール21間のギャップが、入側板厚偏差ΔHに基づいて算出した圧延ロール隙間ΔSになるように圧下装置8を制御する。ここで、制御部9は、入側板厚偏差ΔHから算出した制御遅延時間に基づいて、圧下装置8を制御するタイミングを修正する。例えば、圧下装置8には遅れ要素が存在するため、遅れ分、即ち、制御遅延時間だけ圧下装置8を制御するタイミングを早めることで、板厚精度を向上させることができる。なお、制御遅延時間だけ圧下装置8を制御するタイミングを遅延させることで、板厚精度を向上させることができる場合もありうる。
【0032】
ここで、
図2に示す位相線図は、以下のようにして求めた。板厚制御のシステムは、板厚検出部6を含む検出系、制御部9を含む演算系、および、圧下装置8を含む油圧系に大きく分けられる。そこで、入側板厚偏差ΔHを複数の周波数成分に分解したときの最大周波数を30Hzとして、周波数が0.01Hz~30Hzの範囲で、検出系の位相遅れ(検出位相遅れ)、演算系の位相遅れ(演算位相遅れ)、および、油圧系の位相遅れ(油圧系位相遅れ)の例をそれぞれ計算した。その結果を表1に示す。
【0033】
【0034】
本実施形態では、検出位相遅れを一次遅れ系で近似した。一次遅れ系の伝達関数は1/(Ts+1)で与えられる。ここで、sはラプラス演算子、Tは時定数(秒)である。時定数Tは、センサの性能で定まる。一次遅れ系の位相遅れは、-atan(wT)で与えられる。ここで、wは角周波数であり、w=2πf(fは周波数)である。
【0035】
時定数は通常0.005秒~0.1秒であるが、表1では、時定数Tを0.01(秒)として、検出位相遅れを計算した。周波数が0.01Hz~30Hzの範囲で、検出位相遅れは0度から-62.1度の範囲で変化している。検出位相遅れがマイナスの値であるのは、位相が進んでいるのではなく、遅れていることを示している。
【0036】
本実施形態では、演算位相遅れを定数とした。表1では、演算周期は通常0.001秒~0.01秒であるが、実施例として演算周期(秒)を0.0050とした。この演算周期(秒)は、制御部9の演算処理能力で定まる固定値である。
【0037】
演算周期である0.0050秒を演算位相遅れ(度)に換算した。例えば、周波数10Hzは、周期換算すると1/10秒である。360度で1サイクルするのに1/10秒かかるので、0.0050秒を演算位相遅れに換算すると、演算位相遅れ=-0.005/(1/10)×360=-18.0(度)となる。上記のようにして、0.01Hz~30Hzの周波数の演算位相遅れを計算した。演算位相遅れは0度から-54.0度の範囲で変化している。
【0038】
本実施形態では、油圧系位相遅れを二次遅れ系で近似した。なお、油圧系位相遅れを一次遅れ系で近似してもよい。二次遅れ系の伝達関数は、wn2/(s2+2ζwns+wn2)で与えられる。ここで、wnは固有振動数(Hz)、sはラプラス演算子、ζは減衰係数である。油圧系位相遅れは、-atan(2ζu/(1-u2))で与えられる。ここで、u=w/wnである。固有振動数wnは、2π・fnで与えられる。fnは90度遅れ周波数(Hz)である。
【0039】
90度遅れ周波数fnは通常1Hz~50Hzであるが、実施例として50Hz、減衰係数ζは通常0.5~1.5であるが実施例として1.0として、油圧系位相遅れを計算した。ここで、90度遅れ周波数fnおよび減衰係数ζは、圧下装置8の機械構造で定まる。よって、固有振動数wnは、圧下装置8の機械構造で定まる。周波数が0.01Hz~30Hzの範囲で、油圧系位相遅れは0度から-61.9度の範囲で変化する。油圧系位相遅れに位相の進みはなく、位相は遅れている。
【0040】
上記のように、検出位相遅れを一次遅れ系で近似し、演算位相遅れを定数とし、油圧系位相遅れを二次遅れ系で近似することで、検出位相遅れ、演算位相遅れ、および、油圧系位相遅れをそれぞれ精度良く求めることができる。
【0041】
以上のようにして求めた、検出位相遅れ、演算位相遅れ、および、油圧系位相遅れを、周波数成分毎に合算して、周波数成分毎の位相遅れθdを求めた。位相遅れθdは-0.08~-177.98度になる。位相遅れθdの値がマイナスであるので、位相が遅れている。
【0042】
表1で得られた、複数の周波数成分と位相遅れθdとの関係から、
図2に示す位相線図が得られた。位相遅れθdは、直線に近いきれいな形で変化していることがわかる。なお、本実施形態の位相線図は、
図2に示すものに限定されない。
【0043】
制御部9は、以上のようにして求めた位相遅れθdに基づいて、周波数成分毎に遅延時間(Td)(秒)を求める。上記のように、検出系の位相遅れである検出位相遅れ、演算系の一層遅れである演算位相遅れ、および、油圧系の位相遅れである油圧系位相遅れをそれぞれ求めることで、周波数成分毎の遅延時間(Td)を精度よく算出することができる。
【0044】
ここで、位相遅れθdが大きくなるほど、出側板厚偏差(被圧延材Wの出側の板厚の偏差)が大きくなることを説明する。出側板厚偏差は、入側板厚偏差ΔHから圧延ロール隙間ΔSを引いた値である。
【0045】
出側板厚偏差の振幅の変化を
図3から
図6に示す。ここで、入側板厚偏差ΔHを振幅±1のサイン波と仮定して考える。入側板厚偏差ΔH=1・sin(wt)=sin(wt)である。ここで、wは角周波数であり、tは時間(秒)である。また、圧延ロール隙間ΔSも振幅±1のサイン波として考える。圧延ロール隙間ΔS=sin(wt-θd)である。θdは位相遅れである。出側板厚偏差=sin(wt)-sin(wt-θd)=2sin(θd/2)・cos(wt+θd/2)となる。出側板厚偏差の振幅は2sin(θd/2)である。
【0046】
図3は、入側板厚偏差ΔHに対する圧延ロール隙間ΔSの制御に位相遅れθdがない場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示している。このとき、圧延ロール隙間ΔS=sin(wt)である。この場合、出側板厚偏差は0になる。これが最適な状態である。
【0047】
図4は、入側板厚偏差ΔHに対する圧延ロール隙間ΔSの制御が30度遅れている場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示している。位相遅れθdが30度のとき、出側板厚偏差の振幅は、2sin(30/2)=0.52である。つまり、±0.52の振幅の出側板厚偏差が残ってしまう。
【0048】
図5は、入側板厚偏差ΔHに対する圧延ロール隙間ΔSの制御が90度遅れている場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示している。位相遅れθdが90度のとき、出側板厚偏差の振幅は、2sin(90/2)=1.41である。つまり、±1.41の振幅の出側板厚偏差が残ってしまう。
【0049】
図6は、入側板厚偏差ΔHに対する圧延ロール隙間ΔSの制御が180度遅れている場合の、出側板厚偏差の振幅の変化を示している。位相遅れθdが180度のとき、出側板厚偏差の振幅は、2sin(180/2)=2である。つまり、±2の振幅の出側板厚偏差が残ってしまう。位相遅れθdが180度の状態は共振状態であり、出側板厚偏差の振幅が最も大きくなる最悪の状態である。
【0050】
位相遅れθdと、出側板厚偏差の振幅との関係を
図7に示す。位相遅れθdが60度未満の範囲では、出側板厚偏差の振幅は改善されるが、位相遅れθdが60度以上では、出側板厚偏差の振幅は大きくなる。
【0051】
そこで、制御部9は、位相遅れθd(出側板厚偏差の振幅)が小さくなるように、制御遅延時間を補償時間(Tc)(秒)で補償する。制御部9は、補償時間(Tc)を仮設定する。そして、制御部9は、遅延時間(Td)を補償時間(Tc)で補償した場合に発生する、被圧延材Wの出側板厚偏差の振幅を、周波数成分毎に算出する。
【0052】
制御部9は、補償時間(Tc)を変化させて、周波数成分毎に算出した振幅の絶対値の総和が最小になる補償時間を最適補償時間(Tc)として設定する。
【0053】
まず、補償時間(Tc)を0.0214秒に仮設定したときの、周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅を表2に示す。
【0054】
【0055】
表2では、周波数が0.01Hzのときの遅延時間(Td)(秒)を求めた。周期は周波数の逆数で100秒である。また、360度で1サイクルするのに100秒かかる。よって、周波数が0.01Hzのときの遅延時間(Td)は、Td=(0.077/360)×100=0.0214秒となる。
【0056】
次に、補償時間(Tc)を設定した。Td+Tc=0が理想である。そこで、周波数が0.01Hzのときの遅延時間(Td)から、補償時間(Tc)を0.0214秒とした。
【0057】
表2に示すように、Td+Tcの値は、周波数が0.01Hzでは0であるが、周波数が大きくなるに従って値は大きくなる。θcd(度)は、Td+Tcを角度換算したものである。θcdは、360・(Td+Tc)・fで求まる。
【0058】
周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅は、以下のようにして求めた。位相がθずれたとき、sin(wt)とsin(wt-θ)との引き算は、sin(wt)-sin(wt-θ)=2sin(θ/2)・cos(wt+θ/2)である。よって、最大振幅Δhmaxは2sin(θ/2)になる。2sin(θ/2)にθcdを代入して、最大振幅Δhmaxを求めた。
【0059】
表2における周波数と周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅との関係を
図8に示す。周波数の値が大きくなるに従って、最大振幅Δhmaxが大きくなることがわかる。最大振幅Δhmaxがすべてプラスであるので、位相を進ませすぎていることがわかる。表2に示す周波数成分毎の出側板厚偏差の最大振幅Δhmaxの絶対値を総和した値は、4.167であり、値が大きい。0.01Hzの周波数に対しては、最大振幅Δhmaxが0であるので、Tc=0.0214秒は最適であるが、0~30Hzの周波数領域で見れば、Tc=0.0214秒は最適ではない。
【0060】
次に、補償時間(Tc)(秒)を0.0165秒に設定したときの、周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅を表3に示す。
【0061】
【0062】
表3では、周波数が30Hzのときの遅延時間(Td)を求めた。周波数が30Hzのときの遅延時間(Td)が-0.0165秒であることから、周波数が30HzのときにTd+Tc=0となるように、補償時間(Tc)を0.0165秒とした。そして、表2のときと同様にして、出側板厚偏差の振幅を求めた。
【0063】
表3における周波数と周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅との関係を
図9に示す。表3に示す周波数成分毎の出側板厚偏差の最大振幅Δhmaxの絶対値を総和した値は、1.933である。周波数が0~30Hzの全ての範囲で、最大振幅Δhmaxはマイナスの値である。よって、位相が遅れ過ぎていることがわかる。
【0064】
次に、補償時間(Tc)(秒)を0.0173秒に設定したときの、周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅を表4に示す。
【0065】
【0066】
表4では、周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅の絶対値を総和した値が最小となるように、トライアンドエラーで補償時間(Tc)(秒)を求めた。周波数毎の振幅の絶対値の総和が最小の1.493となるときの補償時間(Tc)が0.0173秒であった。
【0067】
表4における周波数と周波数成分毎の出側板厚偏差の振幅との関係を
図10に示す。周波数が0~20Hz付近までは、最大振幅Δhmaxはマイナスの値で、周波数が20Hzを超えると、最大振幅Δhmaxはプラスの値になる。つまり、位相が遅れたり進んだりしていることがわかる。
【0068】
以上から、本実施形態では、0.0173秒を最適補償時間(Tc)とした。
【0069】
制御部9は、最適補償時間で制御遅延時間を補償する。圧下装置8を制御するタイミングは、最適補償時間で補償された制御遅延時間に基づいて修正される。最適補償時間で制御遅延時間を補償することで、出側板厚偏差の振幅を最小化することができる。これにより、出側板厚偏差を最小化することができる。よって、板厚精度を向上させることができる。
【0070】
(作動)
圧延設備1は、以下のように作動するように構成される。圧延機の板厚制御方法は、以下のように行われる。
【0071】
駆動装置(図示なし)が駆動ロールを駆動することで、圧延ロール21を駆動させる。被圧延材Wが、第1リール2と第2リール3との間で搬送され、多段圧延機5で圧延される。このとき、制御部9は、多段圧延機5による被圧延材Wの圧延の制御を行う。具体的には、制御部9は、被圧延材Wの板厚を制御する。制御部9は、圧延ロール21間のギャップが、入側板厚偏差ΔHに基づいて算出した圧延ロール隙間ΔSになるように圧下装置8を制御する。制御部9は、入側板厚偏差ΔHから算出した制御遅延時間に基づいて、圧下装置8を制御するタイミングを修正する。
【0072】
ここで、制御部9は、最適補償時間(Tc)を算出し、最適補償時間で制御遅延時間を補償する。以下、最適補償時間算出処理のフローチャートである
図11を参照しながら説明する。
【0073】
まず、制御部9は、制御部9の記憶部に登録されている位相線図を読み込む(ステップS1)。本実施形態では、
図2に示す位相線図を読み込む。
【0074】
次に、制御部9は、入側板厚偏差ΔHを検出する(ステップS2)。具体的には、入側の板厚検出部6が検出した被圧延材Wの入側の板厚に基づいて、被圧延材Wの入側の板厚の偏差(入側板厚偏差)を検出する。
【0075】
次に、制御部9は、入側板厚偏差ΔHの最大周波数fmax(Hz)を設定する(ステップS3)。具体的には、入側板厚偏差ΔHを複数の周波数成分に分解することで、最大周波数fmax(Hz)を求め、これを設定する。なお、最大周波数fmax(Hz)をオペレータが設定してもよい。この場合、この周波数よりも高くはならないであろう周波数を最大周波数fmax(Hz)に設定する。
【0076】
制御部9は、入側板厚偏差ΔHの最小周波数fmin(Hz)として、限りなくゼロに近い値を設定する。最小周波数fmin(Hz)はゼロが望ましいが、ゼロでは計算ができないからである。最小周波数fminと最大周波数fmaxとの間の周波数のピッチは、適宜設定する。例えば、ピッチを5Hzとする。なお、ピッチが一定である必要はない。
【0077】
次に、制御部9は、入側板厚偏差ΔHの周波数成分毎に、遅延時間(Td)(秒)を求める(ステップS4)。制御部9は、位相線図から求めた、周波数成分毎の位相遅れθdを、遅延時間(Td)(秒)に換算する。
【0078】
次に、制御部9は、制御遅延時間(秒)を算出する(ステップS5)。具体的には、周波数成分毎の遅延時間(Td)を総和した時間を制御遅延時間として算出する。
【0079】
次に、制御部9は、補償時間(Tc)(秒)を仮設定する(ステップS6)。例えば、表2~表4で最小の遅延時間(Td)である-0.0165秒から、補償時間(Tc)を0.0165秒に仮設定する。
【0080】
次に、制御部9は、補償時間(Tc)を0.0165秒から小刻みに変化させて(ステップS7)、出側板厚偏差の振幅が最小となったか否かを判定する(ステップS8)。ステップS8において、出側板厚偏差の振幅が最小となっていないと判定した場合には(S8:NO)、制御部9は、ステップS7に戻る。一方、ステップS8において、出側板厚偏差の振幅が最小となったと判定した場合には(S8:YES)、制御部9は、出側板厚偏差の振幅が最小となる補償時間(Tc)を最適補償時間(Tc)として設定する(ステップS9)。本実施形態では、表4に示すように、最適補償時間(Tc)は0.0173秒である。
【0081】
次に、制御部9は、演算を続行するか否かを判定する(ステップS10)。ステップS10において、演算を続行すると判定した場合には(S10:YES)、制御部9は、ステップS2に戻る。一方、ステップS10において、演算を続行しないと判定した場合には(S10:NO)、制御部9は、本フローを終了する。
【0082】
(効果)
以上に述べたように、本実施形態に係る圧延機の板厚制御方法によると、周波数成分毎の制御遅延時間である遅延時間(Td)を補償時間(Tc)で補償した場合に発生する、被圧延材Wの出側板厚偏差の振幅が、周波数成分毎に算出される。そして、補償時間(Tc)が変化されて、出側板厚偏差の振幅の絶対値の総和が最小になる補償時間が最適補償時間(Tc)として設定される。そして、最適補償時間(Tc)で制御遅延時間が補償される。これにより、最適補償時間(Tc)で補償された制御遅延時間に基づいて、圧下装置8を制御するタイミングが修正される。最適補償時間(Tc)で制御遅延時間を補償することで、出側板厚偏差の振幅を最小化することができる。これにより、出側板厚偏差を最小化することができる。よって、板厚精度を向上させることができる。
【0083】
また、位相遅れθdは、入側板厚偏差ΔHを検出する際に発生する検出位相遅れと、圧延ロール隙間ΔSを演算する際に発生する演算位相遅れと、圧下装置8の作動により発生する油圧系位相遅れとを含んでいる。板厚制御のシステムは、入側板厚偏差ΔHを検出する検出系、圧延ロール隙間ΔSを演算する演算系、および、圧下装置8を含む油圧系に大きく分けられる。そこで、検出系の位相遅れである検出位相遅れ、演算系の一層遅れである演算位相遅れ、および、油圧系の位相遅れである油圧系位相遅れをそれぞれ求めることで、周波数成分毎の遅延時間(Td)を精度よく算出することができる。
【0084】
なお、上記の実施形態では、位相遅れを検出位相遅れ、演算位相遅れと油圧系位相遅れの3つに分けたが、演算位相遅れは定数なので、検出位相遅れまたは油圧系位相遅れに含めて演算してもよい。
【0085】
また、検出位相遅れが一次遅れ系で近似され、演算位相遅れが定数とされ、油圧系位相遅れが二次遅れ系で近似される。一次遅れ系において、時定数Tは、センサの性能で定まる。圧延ロール隙間ΔSを演算する際の演算周期(秒)は、演算処理能力で定まる。二次遅れ系において、固有振動数wnおよび減衰係数ζは、圧下装置8の機械構造で定まる。よって、検出位相遅れを一次遅れ系で近似し、演算位相遅れを定数とし、油圧系位相遅れを二次遅れ系で近似することで、検出位相遅れ、演算位相遅れ、および、油圧系位相遅れをそれぞれ精度良く求めることができる。
【0086】
なお、上記の実施形態では、検出位相遅れを一次遅れ系で近似し、演算位相遅れを定数とし、油圧系位相遅れを二次遅れ系で近似したが、その他の位相遅れモデルを適用してもよい。
【0087】
以上、本発明の実施形態を説明したが、具体例を例示したに過ぎず、特に本発明を限定するものではなく、具体的構成などは、適宜設計変更可能である。また、発明の実施の形態に記載された、作用及び効果は、本発明から生じる最も好適な作用及び効果を列挙したに過ぎず、本発明による作用及び効果は、本発明の実施の形態に記載されたものに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0088】
1 圧延設備
2 第1リール
3 第2リール
4 方向変更ロール
5 多段圧延機
6 板厚検出部
7 速度検出部
8 圧下装置
9 制御部
21 圧延ロール
22 バックアップロール