(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135769
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】鳥インフルエンザウイルス不活化剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/14 20060101AFI20240927BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20240927BHJP
A61K 36/15 20060101ALI20240927BHJP
A61K 36/13 20060101ALI20240927BHJP
A61K 36/61 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
A61K36/14
A61P31/16
A61K36/15
A61K36/13
A61K36/61
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046626
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000102544
【氏名又は名称】エステー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000590
【氏名又は名称】弁理士法人 小野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 晴子
(72)【発明者】
【氏名】武田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】金子 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】小澤 洋平
(72)【発明者】
【氏名】浦井 孝之
【テーマコード(参考)】
4C088
【Fターム(参考)】
4C088AB03
4C088AB57
4C088AC02
4C088BA08
4C088BA10
4C088CA06
4C088MA13
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZB33
4C088ZC61
(57)【要約】 (修正有)
【課題】間伐・枝打ちされる樹木を利用した、鳥インフルエンザウイルス不活化剤を提供すること。
【解決手段】樹木の木質部および/又は葉の圧搾液、抽出物または蒸留物を有効成分とする鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹木の木質部および/または葉の圧搾液、抽出物または蒸留物を有効成分とする鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項2】
樹木が、ヒノキ科ヒノキ属、ヒノキ科スギ属、マツ科モミ属、フトモモ科ユーカリ属、コウヤマキ科コウヤマキ属及びヒノキ科アスナロ属よりなる群から選ばれる樹木である請求項1項記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項3】
樹木が、マツ科モミ属の樹木である請求項1項記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項4】
マツ科モミ属の樹木が、トドマツである請求項3記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項5】
樹木の木質部および/または葉の抽出物が、極性溶媒による抽出物である請求項1記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項6】
樹木の木質部および/又は葉の抽出物が、樹木の木質部および/又は葉を水で抽出処理後、抽出残渣物を除去して抽出液を得る製造方法により得られることを特徴とする樹木抽出液である請求項1項記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項7】
樹木の木質部および/又は葉の蒸留物が、マツ科モミ属の植物を減圧下で加熱して蒸留を行うことによって得られる蒸留物である請求項1記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項8】
樹木の木質部および/又は葉の蒸留物が、マツ科モミ属の植物を減圧下で加熱して蒸留を行うことによって得られる蒸留物の水性画分である請求項7記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項9】
加熱がマイクロ波加熱である請求項8記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項10】
樹木の木質部および/又は葉の抽出物が、以下の工程(a)~(d);
(a)樹木原料を、減圧下でマイクロ波により加熱して蒸留し、樹木蒸留残渣物と蒸留物
を分離する工程
(b)工程(a)で得られた蒸留物から水性画分を分離する工程
(c)樹木原料および/または工程(a)で得られた樹木蒸留残渣物を工程(b)で得ら
れた水性画分または水で抽出する工程
(d)工程(c)の抽出処理後、抽出残渣物を除去して樹木抽出液を得る工程
を含む製造方法により得られることを特徴とする樹木抽出液である請求項1項記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれかの項に記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を空中に適用することを特徴とする鳥インフルエンザウイルス不活化方法。
【請求項12】
請求項1ないし10のいずれかの項に記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象へ処理することを特徴とする鳥インフルエンザウイルス不活化方法。
【請求項13】
鳥に、請求項1ないし10のいずれかの項に記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を摂取させることを特徴とする鳥インフルエンザウイルスへの感染予防方法。
【請求項14】
鳥インフルエンザに感染した鳥に、請求項1ないし10のいずれかの項に記載の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を摂取させることを特徴とする鳥インフルエンザウイルスの治療方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鳥インフルエンザウイルス不活化剤に関し、より詳細には、鳥インフルエンザウイルスの感染抑制に有効な樹木由来の鳥インフルエンザウイルス不活化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
鳥インフルエンザは、鳥インフルエンザウイルス(鳥類由来A型インフルエンザウイルス)の感染による家禽の疾病であり、原因ウイルスは家禽における病原性から低病原性ウイルスと高病原性ウイルスとに大別される。特にH5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルスに感染した鶏は高い死亡率を呈する。高病原性鳥インフルエンザが発生すると、全羽殺処分しなければならず、養鶏産業に莫大な被害を与えることになる。
【0003】
鳥インフルエンザウイルスは家禽との密接な接触によりヒトを含む哺乳類にも感染する場合があり、人獣共通感染症ウイルスとしての側面も持つ。鳥インフルエンザウイルスは渡り鳥により遠隔地まで運搬されるため、食品のように疾病の発生した国からの輸入の停止や検疫のみでは国内への侵入を阻止することができない。かかる疾病は、現在まで、アジア地域のみならず、ヨーロッパや北米、アフリカまでその発生が広がっており、家禽における被害に加えて、複数のウイルス株間の遺伝子再集合によりヒト-ヒト感染能を有する新型インフルエンザウイルスが出現する危険性も懸念されており、全地球的に深刻な社会問題として、その対策が強く求められている。
【0004】
従来より、鳥インフルエンザウイルスに対しては、消毒用アルコールをはじめ、消石灰、逆性石けん、次亜塩素酸ナトリウム液、アルカリ液等の多くの消毒薬が有効である。特に、消石灰は鶏舎周辺の土壌、舗装表面、鶏舎床等の消毒に適しており、鶏舎周辺や農場敷地周辺へ定期的に2~3m幅で消石灰を散布することが推奨されている。
【0005】
また、そのほかにも鳥インフルエンザウイルス不活化剤として種々提案されており、例えば、溶媒にヨウ素-シクロデキストリン包接化物を溶解した鳥インフルエンザウイルス不活化剤が提案されている(特許文献1)。また、燻液を有効成分としてなる鳥インフルエンザウイルス不活化剤が提案されている(特許文献2)。さらに、グレープフルーツ種子抽出液を水に溶かし、フィチン酸を加えた上で、醸造用アルコールを加えてなる鳥インフルエンザウイルス不活化剤(特許文献3)、カキ殻由来の石灰を含有した鳥インフルエンザウイルス不活化剤(特許文献4)、榛の木(Alnus japonica)抽出物を含有する抗インフルエンザウイルス組成物(特許文献5)等が提案されている。
【0006】
ところで、後継者不足や、木材価格の下落により、山林の手入れが行き届かなくなり、その荒廃が大きな問題とされている。この山林の手入れは、主に間伐と枝打ちであるが、間伐材や、枝打ちで落とされた枝葉に何の経済的価値もなく、逆に経費がかかるのみであれば、このような手入れがおろそかになるのは当然のことである。そこで、山林の手入れが促されるよう、間伐や枝打ちされる樹木について、有効資源化するための加工方法や新規用途の開発が望まれていた。
【0007】
本出願人は、マツ科モミ属に属する植物の圧搾液、抽出物または蒸留物を有効成分とする抗ウイルス剤、特にH1N1亜型のA型インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス剤を提案している(特許文献6)。
【0008】
ヒト-ヒト感染能を有するヒト馴化A型インフルエンザウイルスでは鳥インフルエンザウイルスと比較して、HAタンパク質(ウイルス表面に発現している宿主細胞への感染に必須の役割を果たすスパイクタンパク質)をはじめとした種々のウイルス構造タンパク質に複数のアミノ酸置換が起こっていることが報告されている。この様に、ヒト馴化A型インフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルス間では一部ウイルス性状が異なっている可能性があり、ヒト馴化A型インフルエンザウイルスに対し不活化活性を示すウイルス不活化剤が鳥インフルエンザウイルスに対しても同等の不活化活性を示すか否かは不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平6-328039号公報
【特許文献2】特開2009-249350号公報
【特許文献3】特開2010-202632号公報
【特許文献4】特開2011-12000号公報
【特許文献5】特表2011-506430号公報
【特許文献6】特開2011-173805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明は、新たな鳥インフルエンザウイルス不活化剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を達成すべく、鋭意研究を重ねていたところ、樹木から得られる抽出物や蒸留物等が、優れた鳥インフルエンザウイルス不活化作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、樹木の木質部および/又は葉の圧搾液、抽出物または蒸留物を有効成分とする鳥インフルエンザウイルス不活化剤である。
【0013】
また、本発明は、上記鳥インフルエンザウイルス不活化剤を空中に適用することを特徴とする鳥インフルエンザウイルスウイルス不活化方法である。
【0014】
更に、本発明は、上記鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象へ処理することを特徴とする鳥インフルエンザウイルス不活化方法である。
【0015】
また更に、本発明は、鳥に、上記鳥インフルエンザウイルス不活化剤を摂取させることを特徴とする鳥インフルエンザウイルスへの感染予防方法である。
【0016】
更にまた、本発明は、鳥インフルエンザに感染した鳥に、上記鳥インフルエンザウイルス不活化剤を摂取させることを特徴とする鳥インフルエンザウイルスの治療方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤は鳥インフルエンザウイルスの感染リスクを有効に低減し、それによって感染による養鶏産業の被害を防止することが期待できる。
【0018】
また、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤は、極めて安全性の高いものであるため、鶏舎の作業員が使用する衣料品、車両物品、鶏舎で用いられる物品や、これら鶏舎の空間、床面、壁面、天井、通路、鶏舎へ通じる通路(道路)、鶏舎付近の農地、物品の表面や周辺に適用し、鶏舎への鳥インフルエンザウイルスの侵入防止の目的にも利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤の有効成分として用いる樹木の蒸留物を得るために使用するマイクロ波蒸留装置の構成を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤は、樹木の木質部および/又は葉の搾汁液、抽出物または蒸留物を有効成分とするものである。
【0021】
樹木としては、特に限定されないが、例えば、ヒノキ科ヒノキ属、ヒノキ科クロベ属、ヒノキ科ビャクシン属、ヒノキ科スギ属、マツ科モミ属、マツ科ヒマラヤスギ属、マツ科トウヒ属、マツ科マツ属、マツ科カラマツ属、マツ科ツガ属、フトモモ科ユーカリ属、コウヤマキ科コウヤマキ属、イチイ科カヤ属、ヒノキ科アスナロ属等の樹木が挙げられる。
【0022】
ヒノキ科ヒノキ属の樹木としては、ヒノキ、タイワンヒノキ、ベイヒバ、ローソンヒノキ、チャボヒバ、サワラ、クジャクヒバ、オウゴンチャボヒバ、スイリュウヒバ、イトヒバ、オウゴンヒヨクヒバ、シノブヒバ、オウゴンシノブヒバ、ヒムロスギ等が挙げられる。ヒノキ科クロベ属の樹木としては、ニオイヒバ、ネズコ等が挙げられる。ヒノキ科ビャクシン属の樹木としては、ハイビャクシン、ネズミサン、エンピツビャクシン、オキナワハイネズ等が挙げられる。ヒノキ科スギ属の樹木としては、スギ、アシウスギ、エンコウスギ、ヨレスギ、オウゴンスギ、セッカスギ、ミドリスギ等が挙げられる。
【0023】
マツ科モミ属に属する植物としては、トドマツ、モミ、ウラジロモミ、シラビソ、オオシラビソ、シラベ、バルサムファー、ミツミネモミ、ホワイトファー、アマビリスファー、アオトドマツ、カリフォルニアレッドファー、グランドファー、ノーブルファー等を挙げることができる。
【0024】
フトモモ科ユーカリ属の樹木としては、ユーカリ、ギンマルバユーカリ、カマルドレンシス、レモンユーカリ等が挙げられる。
【0025】
コウヤマキ科コウヤマキ属の樹木としては、コウヤマキ等が挙げられる。
【0026】
イチイ科カヤ属の樹木としては、カヤ等が挙げられる。
【0027】
ヒノキ科アスナロ属の樹木としては、ヒバ、アスナロ、ヒノキアスナロ、ホソバアスナロ等が挙げられる。
【0028】
上記した樹木の中でも、ヒノキ科ヒノキ属、ヒノキ科スギ属、マツ科モミ属、フトモモ科ユーカリ属、コウヤマキ科コウヤマキ属、ヒノキ科アスナロ属の樹木が好ましく、日本に多く分布しており、入手が容易であることから、ヒノキ科ヒノキ属のヒノキ、タイワンヒノキ、ベイヒバ、ヒノキ科スギ属のスギ、マツ科モミ属のトドマツ、モミ、フトモモ科ユーカリ属のユーカリ、コウヤマキ科コウヤマキ属のコウヤマキ、ヒノキ科アスナロ属のヒバがより好ましく、特にマツ科モミ属のトドマツが好ましい。これらの樹木は複数種を組み合わせても良い。
【0029】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤の原料としては、間伐・枝打ちされる樹木の有効利用の観点や、ウイルス不活化効果が高いことから、葉の部分が好適に用いられる。葉の部分はそのまま用いても良いが、好ましくは粉砕機や圧砕機等により粉砕・圧砕して使用される。
【0030】
上記樹木の木質部および/又は葉の植物体全体またはその一部から、搾汁液、抽出物または蒸留物を得る。搾汁液の製造は、公知の圧搾機を用いて行うことができる。抽出物の製造も常法に従って行うことができるが、抽出溶媒としては、極性溶媒が好ましく、具体的には、水、エタノール、メタノール、ブチルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等のアルコール系溶媒;クロロホルム等の含ハロゲン系溶媒;ジオキサン等のエーテル系溶媒;アセトン、酢酸エチル等のカルボニル系溶媒、およびこれらの混液等が例示できる。蒸留物は、常圧蒸留、減圧蒸留、水蒸気蒸留等によって得ることができる。
【0031】
これらのうち、蒸留物が好ましく用いられ、特に減圧下で加熱して蒸留を行うことによって得られたものが好ましい。また、加熱はヒーターによる加熱でもかまわないが、マイクロ波による加熱が好ましく、特に水を加えずにマイクロ波を照射することが好ましい。マイクロ波を照射することにより、植物中に含まれる水分子が直接加熱されて水蒸気が生じ、これが移動相として作用して植物中の揮発性成分が蒸留されるため、この蒸留方法は、揮発性成分の沸点による減圧蒸留的な要素と、水蒸気蒸留的な要素とを包含するものと考えられる。このような蒸留物は、例えば
図1に示す装置を使用することにより得ることができる。図中、1はマイクロ波蒸留装置、2は蒸留槽、3はマイクロ波加熱装置、4は撹拌はね、5は気流流入管、6は蒸留物流出管、7は冷却装置、8は加熱制御装置、9は減圧ポンプ、10は圧力調整弁、11は圧力制御装置、12は蒸留対象物、13は蒸留物をそれぞれ示す。
【0032】
この装置1では、蒸留対象物12となる原料の樹木の木質部および/又は葉を蒸留槽2中に入れ、撹拌はね4で撹拌しながら、蒸留槽2の上面に設けられたマイクロ波加熱装置3からマイクロ波を放射し、原料を加熱する。この蒸留槽2は、気流流入口5および蒸留物流出管6と連通されている。気流流入管5は、空気あるいは窒素ガス等の不活性ガスを反応槽2中に導入するものであり、この気流は、反応槽2の下部から導入される。また、蒸留物流出管6は、原料からの蒸留物を、反応槽2の上部から外に導出するものである。
【0033】
上記反応槽2内部は、これに取り付けられた温度センサおよび圧力センサ(共に図示せず)により温度および圧力が測定されるようになっており、加熱制御装置8および圧力制御装置11、圧力調整弁10を介してそれぞれ調整されるようになっている。
【0034】
また、蒸留物流出管6を介して蒸留槽2から流出した気体状の蒸留物は、冷却装置7により液体に代えられ、蒸留物13として得られる。この蒸留物13には、油性画分13aと水性画分13bが含まれるが、このうち水性画分13bが本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤として好適に用いられる。また、蒸留槽2には、原料である樹木の木質部および/又は葉から、蒸留により油分および水分の少なくとも一部が除去された樹木蒸留残渣物が残るが、この蒸留残渣物は後述するとおり抽出原料として用いることができる。
【0035】
蒸留にあたっては、上記蒸留槽2内の圧力を、1ないし95キロパスカル、好ましくは、5ないし60キロパスカル、さらに好ましくは10ないし40キロパスカル程度として行なえば良く、その際の蒸気温度は40℃から100℃になる。圧力が1キロパスカル以下では植物中の揮散性成分の蒸気圧上昇が抑制され、また、水蒸気蒸留的要素より、各成分の沸点による減圧蒸留的要素が主となり、沸点の低いものから順に流出してしまうため、水よりも沸点の高い成分の抽出が効率的に行われないという点で好ましくない。また、95キロパスカル以上では、原料の温度が高くなるため、エネルギーロスが大きく、原料の酸化も促進されてしまうという点で好ましくない。また、蒸留時間は、0.2ないし8時間程度、好ましくは、0.4ないし6時間程度とすれば良い。0.2時間以下では植物中の未抽出成分が多く残存してしまい、8時間以上では原料が乾固に近い状態となってしまうため、抽出効率が低下するという点で好ましくない。
【0036】
更に、蒸留槽2内に導入する気体としては、空気でもかまわないが、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等の不活性ガスが好ましく、その流量としては、1分当たりの流量が、蒸留槽2の0.001ないし0.1容量倍程度とすれば良い。
【0037】
上記蒸留物のほか、抽出物も好適に用いられる。好ましい抽出方法としては、水等の抽出溶媒を用い、樹木の粉砕物や、上記蒸留処理後の樹木残留残渣物を抽出原料として抽出処理を行う方法が挙げられる。
【0038】
抽出溶媒としては特に限定されないが、水、エタノール、3-メチル-3-メトキシ-1-ブタノール等の水性溶媒が好ましく、上記蒸留方法における水性画分も抽出溶媒として好適に用いられる。
【0039】
図1と同じ構成のマイクロ波蒸留装置の蒸留槽2に、抽出原料となる樹木および/または樹木蒸留残渣物を入れ、これに抽出溶媒を添加し、減圧下または常圧下で抽出する。抽出溶媒の添加量は特に限定されないが、例えば、樹木および/または樹木蒸留残渣物の重量に対して50%~1000%、好ましくは100%~500%である。
【0040】
抽出の際の温度と圧力は特に制限されるものではないが、例えば、圧力が20~110kPa、好ましくは50~105kPaであり、加熱温度が80~120℃、好ましくは70~100℃である。また、抽出時間は、特に限定されないが、例えば、0.2~8時間、好ましくは0.4~6時間である。
【0041】
抽出処理後、抽出残渣物を分離・除去して樹木抽出液を得る。抽出残渣物を分離する方法としては従来公知の固液分離方法を用いることができ、例えば、遠心分離、ろ過や網状物にあらかじめ抽出原料を入れた状態で抽出処理を行い、抽出処理後、網状物を分離する方法等が挙げられる。
【0042】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤の有効成分として、以上のようにして得られた樹木の木質部および/又は葉の搾汁液、抽出物または蒸留物はそのまま用いることもできるが、必要に応じて、常法により、更に濃縮したり、精製してもよい。また、これらの樹木の木質部および/又は葉の搾汁液、抽出物または蒸留物やその濃縮物等をそのまま本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤としてもよいが、さらに適当な溶剤と組み合わせてもよく、例えば、水、エタノール、イソプロピルアルコール、プロピルアルコール等のアルコール系溶剤、プロピレングリコール、エチレングリコール等のグリコール系溶剤、エチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレンアルコールモノエチルエーテル、3-メトキシ-3-メチル-1-ブタノール等のグリコールエーテル系溶剤等の溶剤中に、上記有効成分を、0.01質量%ないし99質量%程度の濃度で溶解させることにより、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を調製することができる。またpHの範囲は特に制限されるものではなく適宜設定できるが、ウイルス不活化効果等の観点から、酸性領域に調整することが好ましく、例えば1~7が好ましく2~6がより好ましく、3~5がさらに好ましい。
【0043】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤は、その効果の妨げのない範囲で従来公知の鳥インフルエンザウイルス不活化剤や消毒剤等と一緒にまたは混合して使用することができる。
【0044】
かくして得られた本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤は、被処理対象へ処理することにより、被処理対象に付着したウイルスに直接作用してウイルスを不活化でき、また、空気中に漂う鳥インフルエンザウイルスを不活化しうる。
【0045】
被処理対象としては、鳥インフルエンザウイルスが存在する可能性があるものであれば特に限定されないが、例えば、鶏舎で用いられる鳥かご、鶏卵トレイ、鶏卵コンテナ、給餌器、給水器、敷料、器具庫、飼料倉庫、堆肥舎、マット等の物品や、これら鶏舎の空間、床面、壁面、天井、通路、鶏舎へ通じる通路(道路)、鶏舎付近の農地、前記物品の表面や周辺等が挙げられる。また、被処理対象としては、鶏舎の作業員が使用する作業服、手袋、長靴、靴、帽子等の衣料品、車両、車両のハンドル、ペダル、マット等の車両物品等が挙げられる。更に、被処理対象としては、鳥を飼育している家庭、動物園等で用いられる飼育用の物品や、前記物品の表面や周辺等が挙げられる。
【0046】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象へ処理する方法としては、特に限定されないが、例えば、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象へ散布をする方法、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤に被処理対象を浸漬する方法、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象に含浸させる方法等が挙げられる。
【0047】
また、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象に散布する方法は、特に制限されず、任意の形態または種類をとることができる。例えば、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤をそのままあるいは適当な揮散装置を用いて揮散させる方法や、ポンプスプレー、エアゾール、超音波振動子、加圧液噴霧スプレーまたは加圧空気霧化噴霧装置等の霧化装置を用い、霧化させた状態で揮散させる方法等が挙げられる。また、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤に被処理対象を浸漬する方法は、特に制限されず、任意の形態または種類をとることができる。例えば、容器に入れた本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤に、被処理対象を浸漬させる方法等が挙げられる。更に、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を被処理対象に含浸する方法は、特に制限されず、任意の形態または種類をとることができる。例えば、容器に入れた本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤に、被処理対象を浸漬させて、被処理対象に本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を含浸させる方法等が挙げられる。
【0048】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤の効果的な使用方法としては、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を、従来の消毒剤と同様に、鶏舎あるいは鶏舎に用いられる物品や鶏舎内、鶏舎に通じる通路に散布する方法が挙げられる。
【0049】
別の使用方法としては、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤と必要により消毒剤を敷料に散布、乾燥等して敷料を再利用する方法が挙げられる。
【0050】
また、別の使用方法としては、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤と必要により消毒剤を、マットに含浸または容器に入れておき、その上を作業員、車両等が通過することにより鳥インフルエンザウイルスを不活化と消毒をする方法が挙げられる。
【0051】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤による被処理対象への処理量は、特に限定されないが、例えば、通路に散布させる場合は、有機化合物を0.01~1質量%、好ましくは0.05~0.5質量%含有する本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を、1m2当たり0.1g~100g程度適用させればよい。なお、本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤に含有される有機化合物の量は、例えば、ガスクロマトグラフィー等で測定できる。
【0052】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤の有効成分である樹木の木質部および/または葉の圧搾液、抽出物または蒸留物は、樹木由来であるため摂取も可能であり、これを鳥に摂取させれば、鳥の鳥インフルエンザウイルスへの感染を予防または鳥インフルエンザに感染した鳥を治療しうる。
【0053】
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤を鳥に摂取させる場合には、そのままあるいは、有効成分である樹木の木質部および/または葉の圧搾液、抽出物または蒸留物と、適当な食品素材と組み合わせたものを摂取させればよい。
【実施例0054】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明は当該実施例によって何ら制限されるものではない。
【0055】
実 施 例 1
水性画分(精水)の調製:
(1)マイクロ波減圧蒸留処理
樹木の木質部および/または葉として、トドマツの枝および葉60kgを、
図1に示すマイクロ波蒸留装置の蒸留槽内に入れ、蒸留槽内の圧力を16kPaの減圧条件下に保持し、加熱温度(蒸気温度)が60℃となるようにマイクロ波を照射し、トドマツの枝および葉に含まれる水分のみで1時間蒸留した。この蒸留により生じた気体を冷却装置で冷却し、水性画分(精水)を16kg(本発明品1)、油性画分(精油)を300g、樹木蒸留残留物(繊維質成分)を43kg得た。なお、本発明品1のガスクロマトグラフィーで測定される有機化合物の濃度は0.07質量%であった。
【0056】
(2)抽出(常圧)処理
樹木の木質部および/または葉としてトドマツの枝および葉100gを用い、これと(1)で得られた水性画分(精水)400gとを21cm×11cm×14cmのガラス容器に入れた。開口部をシリコーン製のふたで密封し、常圧(約101kPa)条件下に保持し、加熱温度(蒸気温度)が100℃となるようにマイクロ波を照射し、1時間抽出処理した。抽出後のガラス容器内の液体をろ過し、抽出残渣物と抽出液に分離し、樹木抽出液600gを得た。この樹木抽出液は褐色の懸濁液で粘性を伴うものであった。この樹木抽出液を静置し上澄み液を採取して本発明品2とした。なお、本発明品2のガスクロマトグラフィーで測定される有機化合物の濃度は0.15質量%であった。
【0057】
実 施 例 2
H5N1亜型高病原性鳥インフルエンザウイルス(A/chicken/Yamaguchi/7/04株)に対する抗ウイルス活性:
ウイルス液の調整:
動物衛生研究所より供与を受けたA/chicken/Yamaguchi/7/04株を用いた。
なお実験には、上記ウイルス株を接種した発育鶏卵から採取した漿尿膜腔液をリン酸緩衝生理食塩水で10倍希釈したものをウイルス液(ウイルス力価: 約7.25 log10 TCID50/ml)として使用した。
【0058】
使用細胞、培地:
イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来の細胞株であるMadin-Darby canine kidney(MDCK)細胞を実験に用いた。細胞増殖培地としては、10%牛胎仔血清、2mML-グルタミン、100μg/mlカナマイシン、2μg/mlアムホテリシンBを添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)を用いた。ウイルス増殖培地(VGM)としては、0.2%牛血清アルブミン、0.01%グルコース、2.5mM HEPES、100μg/mlカナマイシン、2μg/mlアムホテリシンBを添加したDMEMを用いた。
【0059】
試験液の調整:
試験液1:本発明品1(pH3.9)
試験液2:本発明品1を試験直前にNaOHを添加してpHを中性付近(pH7)に調整したもの
試験液3:本発明品2(pH4.8)
試験液4:本発明品2を試験直前にNaOHを添加してpHを中性付近(pH7)に調
整したもの
【0060】
各試験液のH5N1亜型鳥インフルエンザウイルス不活化評価試験:
ウイルス液(ウイルス力価:7.25log10TCID50/ml)と4種の各試験液をスクリューキャップチューブ内で1:9の液量比で混合し、10回以上ピペッティングを行った。即ち、これら混合液中の各試験液の濃度は90%となっていた。これら混合液作製の際、対照群としてウイルス液と滅菌超純水(UPW)を1:9の液量比で混合した群も置いた。なお、1群4~8本のチューブを置いて試験を行った(n=4-8)。混合液を25℃でそれぞれ30分、4時間または24時間反応させた後、この混合液のうちの20μlをあらかじめMDCK細胞を播種しておいた96 well plate(VGMを180 μl/well添加済みのもの)に添加した(各チューブから2wellずつ)。その後96 well plate上で10倍階段希釈を行った。37℃のCO2インキュベーター内で3日間培養した後、顕微鏡でウイルス感染・増殖に起因する細胞変性効果を観察し、それをもとにベーレンスケルバー法を用いてウイルス力価(TCID50/ml)を算出した。対照群と各試験液群でウイルス力価を比較し、各試験液のウイルス不活化活性を評価した。なお、試験液の細胞傷害性が強いほど、ウイルス不活化評価試験におけるウイルス力価の検出限界値は高くなる。試験液1及び2の検出限界値は1.25log10TCID50/ml、また試験液3及び4の検出限界値は2.25log10TCID50/mlと設定した。反応時間30分の結果を表1に、反応時間4時間の結果を表2に、反応時間24時間の結果を表3に示す。
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
24時間後の時点にて、試験液1~4において滅菌超純水と比較して統計学的に有意なウイルス力価の低下が認められた。試験液1については4時間および24時間の点において、また試験液3については30分、4時間および24時間後のすべての点においてウイルス力価は検出限界以下となっており、より強い鳥インフルエンザウイルス不活化活性を有するものであった。
【0065】
製 剤 例 1
試験液1を水で10%に希釈し超音波霧化用鳥インフルエンザウイルス不活化剤を得た。このものを、超音波霧化装置(エコーテック株式会社製)を用いて空間に噴霧することにより、空間の鳥インフルエンザウイルスの不活化に利用できるともに空間を消臭し、さわやかな芳香を付与することができる。
【0066】
製 剤 例 2
試験液2を水で10%に希釈し、空間噴霧用鳥インフルエンザウイルス不活化剤を得た。このものを、ポンプスプレー容器(容量100ml、一回のストロークで0.3g噴射、ボトル部はポリエステル製)に入れ、鶏舎の作業員の作業着および手袋に噴霧することにより、作業着および手袋表面の鳥インフルエンザウイルスの不活化に利用することができる。
【0067】
製 剤 例 3
縦1m×横1m×深さ30cmのプラスチック製の容器内に試験液3を入れ、踏み込み消毒層とし、鶏舎入り口に設置し、作業に入る前に長靴を履いたまま、消毒層を通り鶏舎内の作業に入ることにより長靴表面の鳥インフルエンザウイルスの不活化に利用することができる。
【0068】
製 剤 例 4
試験液1を、散水車に入れ、鶏舎周辺の敷地および鶏舎内の道路に2~3mの幅で散布することにより、農場全体の鳥インフルエンザウイルスの不活化に利用することができる。
本発明の鳥インフルエンザウイルス不活化剤は、樹木由来のものであるため、動物や人体に対して安全性が高い。従って、鳥インフルエンザの拡大を防止する目的で、広く利用することができる。