(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135783
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】金属板の曲げ加工方法
(51)【国際特許分類】
B21D 11/20 20060101AFI20240927BHJP
B21D 19/08 20060101ALI20240927BHJP
B21D 39/02 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
B21D11/20 B
B21D19/08 C
B21D39/02 E
B21D39/02 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046648
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【弁理士】
【氏名又は名称】前堀 義之
(74)【代理人】
【識別番号】100218132
【弁理士】
【氏名又は名称】近田 暢朗
(72)【発明者】
【氏名】赤松 秀太郎
(72)【発明者】
【氏名】前田 恭兵
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 久郎
(57)【要約】
【課題】レーザ照射を活用した金属板の曲げ加工方法において、熱影響部と屈曲部に基づいて効果的に割れを低減する。
【解決手段】金属板の曲げ加工方法は、アルミニウム合金製の板材10を準備し、板材10にレーザ光を照射し、レーザ光の照射によって熱的影響を受けた熱影響部13を特定し、板材10を熱影響部13の範囲内で曲げ加工することを含む。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製の板材を準備し、
前記板材にレーザ光を照射し、
前記レーザ光の照射によって熱的影響を受けた熱影響部を特定し、
前記板材を前記熱影響部の範囲内で曲げ加工する
ことを含む、金属板の曲げ加工方法。
【請求項2】
前記曲げ加工は、前記レーザ光を照射した面が内側となるように行われる、請求項1に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項3】
前記板材は、2000系、5000系、6000系、または7000系のアルミニウム合金製である、請求項1または2に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項4】
前記曲げ加工では、前記板材が他の板材を挟み込むようにしてヘム加工を実行する、請求項1または2に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項5】
前記ヘム加工の前に前記ヘム加工と同じ個所を曲げ加工するプリヘム加工を実行することをさらに含み、
前記レーザ光は、前記プリヘム加工の後かつ前記ヘム加工の前に前記板材に照射され、
前記レーザ光の照射位置は、前記プリヘム加工の曲げ加工範囲外に設定される、請求項4に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項6】
前記ヘム加工の前に前記ヘム加工と同じ個所を曲げ加工するプリヘム加工を実行することをさらに含み、
前記レーザ光は、前記プリヘム加工の前に前記板材に照射され、
前記熱影響部は、前記プリヘム加工の曲げ加工範囲全体に及び、
前記プリヘム加工では、前記板材を前記熱影響部の範囲内で曲げ加工する、請求項4に記載の金属板の曲げ加工方法。
【請求項7】
前記ヘム加工は、ローラヘム加工である、請求項4に記載の金属板の曲げ加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属板の曲げ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
曲げ加工の困難な金属板を曲げ加工する方法の一つとして、金属板の曲げ加工すべき部位に加熱用のレーザ光を照射する方法が知られている。当該方法では、難加工性の金属板に対してレーザ光を照射して曲げ加工性を向上させた後に曲げ加工を行うことにより、割れの低減を図っている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の金属板の曲げ加工方法では、熱影響部と屈曲部との関係が具体的に記載されておらず、レーザ照射条件に関して改善の余地がある。
【0005】
本発明は、レーザ照射を活用した金属板の曲げ加工方法において、熱影響部と屈曲部の関係に基づいて効果的に割れを低減することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、アルミニウム合金製の板材を準備し、前記板材にレーザ光を照射し、前記レーザ光の照射によって熱的影響を受けた熱影響部を特定し、前記板材を前記熱影響部の範囲内で曲げ加工することを含む、金属板の曲げ加工方法を提供する。
【0007】
この方法によれば、熱影響部内に屈曲部が収まるように曲げ加工を実行することにより、効果的に割れを低減できる。具体的には、屈曲部の内部に熱影響部と非熱影響部との境界が存在すると、境界での割れが生じやすくなるため、これを防止できる。ここで、熱影響部は、レーザ光の照射によって軟化した部分をいう。例えば、熱影響部は、熱的影響を受けていない非熱影響部に対してビッカース硬さが10%以上低下した部分をいう。また、屈曲部は、曲率を有する部分をいい、即ち直辺部以外のことをいう。
【0008】
前記曲げ加工は、前記レーザ光を照射した面が内側となるように行われてもよい。
【0009】
この方法によれば、外観を構成する外面に対してレーザ光を照射しないため、レーザ照射による外観劣化を抑制できる。
【0010】
前記板材は、2000系、5000系、6000系、または7000系のアルミニウム合金製であってもよい。
【0011】
この方法によれば、2000系、5000系、6000系、または7000系のアルミニウム合金は、難加工性の金属板材の中でも特に熱処理型であり、汎用性が高い。これは、一般的にリサイクル材と称されるアルミニウム合金であってもよい。
【0012】
前記曲げ加工では、前記板材が他の板材を挟み込むようにしてヘム加工を実行してもよい。
【0013】
この方法によれば、大きな曲げ加工を伴うヘム加工に際しても割れを低減した安定した曲げ加工を実現できる。また、板材で他の板材を挟み込むことによって形成された部材は様々な部品として利用できる。
【0014】
前記金属板の曲げ加工方法は、前記ヘム加工の前に前記ヘム加工と同じ個所を曲げ加工するプリヘム加工を実行することをさらに含んでもよく、前記レーザ光は、前記プリヘム加工の後かつ前記ヘム加工の前に前記板材に照射されてもよく、前記レーザ光の照射位置は、前記プリヘム加工の曲げ加工範囲外に設定されてもよい。
【0015】
この方法によれば、ヘム加工前にプリヘム加工を実行するので、ヘム加工による割れを一層低減して安定した曲げ加工を実現できる。また、レーザ光を照射した部分は表面性状が変化する場合があるため、当該部分で曲げ加工を行うと寸法精度が低下するおそれがある。これに対し、レーザ光の照射位置をプリヘム加工の曲げ加工範囲外に設定することで、プリヘム加工の精度の低下を抑制できる。また、プリヘム加工によって生じた加工硬化に伴って板材の伸びが低下した場合でも、レーザ光の照射によって板材を軟化させ、板材の伸びを回復できる。伸びの回復した板材に対してヘム加工を施すことができるため、割れを低減した安定した曲げ加工を実現できる。
【0016】
前記金属板の曲げ加工方法は、前記ヘム加工の前に前記ヘム加工と同じ個所を曲げ加工するプリヘム加工を実行することをさらに含んでもよく、前記レーザ光は、前記プリヘム加工の前に前記板材に照射されてもよく、前記熱影響部は、前記プリヘム加工の曲げ加工範囲全体に及んでもよく、前記プリヘム加工では、前記板材を前記熱影響部の範囲内で曲げ加工してもよい。
【0017】
この方法によれば、ヘム加工前にプリヘム加工を行うので、ヘム加工による割れを一層低減して安定した曲げ加工を実現できる。また、熱影響部はプリヘム加工の曲げ加工範囲全体に及び、板材を熱影響部の範囲内でプリヘム加工するため、プリヘム加工における割れを低減できる。
【0018】
前記ヘム加工は、ローラヘム加工であってもよい。
【0019】
この方法によれば、ローラヘム加工は荷重点を逐次移動できるため、レーザ照射に追随するようにヘム加工を逐次実行できる。従って、レーザ照射の直後の板材が軟化した状態でヘム加工を実行しやすい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、レーザ照射を活用した金属板の曲げ加工方法において、熱影響部と屈曲部の関係に基づいて効果的に割れを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】第1実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第1工程を示す断面図。
【
図2】第1実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第2工程を示す断面図。
【
図3】第1実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第3工程を示す断面図。
【
図4】第1実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第4工程を示す断面図。
【
図5】数値シミュレーションで使用した解析モデル。
【
図8】割れが発生しなかった板材の硬さ分布を示すグラフ。
【
図9】第2実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第1工程を示す斜視図。
【
図10】第2実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第2工程を示す斜視図。
【
図11】第2実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第3工程を示す斜視図。
【
図12】第2実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第4工程を示す斜視図。
【
図13】第2実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第5工程を示す斜視図。
【
図16】第3実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第1工程を示す斜視図。
【
図17】第3実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第2工程を示す斜視図。
【
図18】第3実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第3工程を示す斜視図。
【
図19】第3実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第4工程を示す斜視図。
【
図20】第3実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第5工程を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を参照して本発明の実施形態を説明する。
【0023】
(第1実施形態)
図1から
図4は、本発明の第1実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第1から第4工程をそれぞれ示す断面図である。
図1から
図4では、図示を明瞭にするために断面であることを示すハッチングを省略している。
【0024】
図1を参照して、第1工程では、板材10を準備する。板材10は、主面となっている平行な上面11と下面12とを有している。上面11と下面12に垂直な方向が板材10の厚み方向である。
【0025】
板材10は、平坦な金属板である。板材10は、例えばアルミニウム合金製である。好ましくは、板材10は、2000系、5000系、6000系、または7000系のアルミニウム合金製である。2000系、5000系、6000系、または7000系のアルミニウム合金は、難加工性の金属の中でも特に熱処理型であり、汎用性が高い。また、これは一般的にリサイクル材と称されるアルミニウム合金であってもよい。
【0026】
図2を参照して、第2工程では、板材10にレーザ光Lを照射する。例えば、レーザ光Lは、レーザ照射機20から板材10の厚み方向に平行に照射される。レーザ光Lは、レーザ照射機20から板材10の上面11に奥行方向に線状に照射される。
図2では、板材10の上面11でのレーザ光Lの照射位置が符号Pで示されている。
【0027】
図3を参照して、第3工程では、レーザ光Lの照射によって熱的影響を受けた熱影響部13を特定する。熱影響部13は、厚み方向には上面11から下面12まで存在し、水平方向にはレーザ光Lの照射位置Pから広がるように存在する。ここで、熱影響部13は、レーザ光Lの照射によって軟化した部分をいう(斜線部参照)。例えば、熱影響部13は、熱的影響を受けていない非熱影響部14に対してビッカース硬さが10%以上低下した部分をいう。
【0028】
熱影響部13は、目視判断できるものではなく、レーザ光Lの照射前後の板材10の硬さの違いによって特定される。ただし、硬さ試験を毎回要するわけではない。例えば、一度硬さ試験を行うことによって熱影響部13の範囲を特定した後は、板材10の形状や材質、レーザ光Lの出力、および周囲環境などの熱影響部13の形成に影響を与える各種条件を前回と同じにすることにより、前回特定した熱影響部13の範囲を今回そのまま利用してもよい。また、熱影響部13の特定は、その範囲を絶対的に確定するものである必要はなく、後述する曲げ加工を熱影響部13の範囲内で行うことができる程度に概略的に行われるものであり得る。例えば、実際上何らの試験を行うことなく経験則的に熱影響部13の範囲を特定してもよい。
【0029】
図4を参照して、第4工程では、板材10を熱影響部13(斜線部参照)の範囲内で曲げ加工する。板材10には、曲げ加工によって、曲率を有していない直辺部16と、曲率を有している屈曲部17とが形成される。屈曲部17は、熱影響部13内に完全に含まれており、熱影響部13の外(即ち非熱影響部14)には存在しない。即ち、熱影響部13と非熱影響部14との境界Bは、屈曲部17ではなく直辺部16内に位置している。
【0030】
本実施形態では、板材10の曲げ加工は、上面11を内側面とし、下面12を外側面とするように行われる。即ち、曲げ加工は、レーザ光を照射した面が曲げの内側面(上面11)となるように行われる。ただし、必要に応じて、板材10の曲げ加工は、上面11を曲げの外側面とし、即ち下面12を曲げの内側面とするように行われてもよい。なお、レーザ光を照射した面が曲げの内側面(上面11)となるように曲げ加工を行った方が、外観を構成する外側面に対してレーザ光を照射しないため、レーザ照射による外観劣化を抑制できる。
【0031】
本実施形態の金属板の曲げ加工方法について数値シミュレーションを行った結果を説明する。
【0032】
図5は、数値シミュレーションで使用した解析モデル(板材10)を示している。
【0033】
解析モデルでは、実線で曲げ加工前の状態が示され、破線で曲げ加工後の状態が示されている。解析モデルでは、板材10の厚みtを1mmに設定し、曲げ加工の角度θ1を90°に設定した。また、曲げ加工後の屈曲部17の長さを曲げ外側の線長L1とし、長さL1を2.4mmに設定した。熱影響部13は曲げ加工前の板材10において厚み方向に一様に分布するものとした。即ち、熱影響部13は斜線部に示すように矩形領域とし、境界Bは直線とした。
【0034】
上記解析モデルにおいて、熱影響部13の長さをL2とし、長さL2を様々に変更して板材10に生じるひずみを解析した。解析では、板材10の材料特性として6000系のアルミニウム合金(A6022相当材のT4調質材)を設定し、熱影響部13の材料特性として非熱影響部14に対して40%軟化するように設定した。
【0035】
図6は、数値シミュレーションの結果を示すグラフである。グラフの縦軸は板材10の曲げ外側の最大主ひずみの最大値εを示し、横軸は長さL2と長さL1の比(L2/L1)を示している。
【0036】
最大主ひずみの最大値εは大きいほど割れが生じやすいことを示し、即ち小さいほうが好ましい。また、比(L2/L1)は、0%では熱影響部13が存在しない状態を示している。比(L2/L1)が100%以上では屈曲部17が熱影響部13の範囲内に完全に含まれることを示しており、即ち板材10を熱影響部13の範囲内で曲げ加工することを示している。
【0037】
グラフでは、比(L2/L1)が0%を除く100%未満の範囲では、比(L2/L1)が大きくなるほど最大主ひずみの最大値εが徐々に低下している。比(L2/L1)が100%以上の範囲では、最大主ひずみの最大値εが概ね一定の小さい値を維持している。従って、比(L2/L1)が100%以上の範囲において板材10の割れを効率的に抑制できることがわかる。また、比(L2/L1)の上限値については、特段限定されない。例えば、グラフ上では、比(L2/L1)の上限値として200%の範囲までは有効性が確認されている。
【0038】
また、比(L2/L1)が0%のときには、最大主ひずみの最大値εが小さい値を示しているが、板材10が軟化していないため、これは割れの抑制に寄与することを示すデータとはいえない。これについて板材10の軟化と割れの抑制について実験を行った結果を説明する。
【0039】
実験において、CASE1では、6000系のアルミニウム合金であるA6022相当材のT4調質材を使用した。一方、CASE2~CASE15では、そのA6022相当材に対して170℃で5時間の人工時効を施した人工時効処理材を使用した。いずれのCASEにおいても、板材10の形状は、厚み1.2mm、断面20mm×50mmの矩形とした。また、CASE1,2ではレーザ光を照射せず、CASE3~15ではレーザ光を照射した。具体的には、レーザ照射機20は、ファイバーレーザ(IPG Photonics製 YLS6000)の発振器を使用し、レーザ波長を1070nmに設定した。レーザ照射条件は、レーザ出力を1,2,3kWに設定し、ビーム径を直径0.34,1.06,1.68mmに設定し、レーザ照射速度を3,6,9m/分に設定した。
【0040】
図7を参照して、曲げ加工方法には、VDA規格に規定される曲げ試験に準拠した試験方法を採用した(VDA曲げ試験)。VDA曲げ試験では、曲げ試験機30を用いた。曲げ試験機30は、円柱状の2本の支持ロール31と、鋭利なポンチ32とを有している。VDA曲げ試験では、2本の支持ロール31上に設置した板材10をポンチ32で押して曲げ加工する。このときの荷重とストロークの関係において、荷重が最大に到達してから60N低下した時点で試験を終了し、試験後の板材10の曲げ角度θ2を割れ限界角度とした。割れ限界角度は、大きいほど曲げ加工性が良いと評価される指標である。曲げ加工は、板材10の圧延方向に平行となる曲げ線が得られる方向に行った。このとき、レーザ光を照射した線上におけるビッカース硬さを照射背面側硬さ(下面12側の硬さ)として確認した。
【0041】
上記実験の結果をまとめたものを以下の表1に示す。ここで、合否判定において、割れが発生していない良好な結果であった場合には「〇」、割れが発生したがCASE2の割れ限界角度よりも大きな割れ限界角度となった場合には「△」、割れが発生しCASE2の割れ限界角度よりも小さい又は同等な割れ限界角度となった場合には「×」と評価した。
【0042】
【0043】
上記の表を参照して、CASE6,7は割れが発生していない良好な結果であった(合否判定:〇)。CASE6,7では照射背面側硬さが73,71となっており、板材10の軟化によって割れが抑制されたことを確認した。また、CASE8,14は割れが発生したが割れ限界角度が150°,122°とCASE2の割れ限界角度よりも大きいものであった(合否判定:△)。CASE8,14では照射背面側硬さが73,87となっており、板材10の軟化によって割れがある程度抑制されたことを確認した。これら以外のCASEでは、割れが発生するだけでなく、CASE2の割れ限界角度よりも小さい又は同等な割れ限界角度となった(合否判定:×)。なお、CASE8では、レーザ光が板材10を貫通しており、外観劣化を生じたため製品としても不良であった。同様に、CASE11でもレーザ光が板材10を貫通しており、外観劣化を生じたため製品としても不良であった。
【0044】
上記実験結果において、良好な結果を得たCASE7について、板材10の曲げ加工前後での硬さ分布の変化を確認した結果を
図8に示す。
【0045】
図8は、下面12から50μmの位置での円周方向ビッカース硬さαと、レーザ照射位置(
図2,3で符号Pで示す)を中央として当該中央からの距離Δとの関係を示すグラフである。グラフの横軸はレーザ照射位置Pからの距離Δ(μm)を示し、グラフの縦軸は円周方向ビッカース硬さα(Hv)を示している。距離Δは、
図2,3において、レーザ照射位置Pから右方向に正の数をとり、左方向に負の数をとるように設定した。
【0046】
曲げ加工前のデータ(符号□で示す)を見ると、レーザ照射位置付近でビッカース硬さが小さく、レーザ照射位置から離れるとビッカース硬さが大きいことが確認できる。これは、レーザ照射によって板材10が軟化し、ビッカース硬さが低下したことを示している。従って、ビッカース硬さが低下している部分が熱影響部13であり、ビッカース硬さが低下していない部分が非熱影響部14である。例えば、熱影響部13は非熱影響部14に対して円周方向ビッカース硬さで10%以上低下している部分と特定してもよい。
【0047】
曲げ加工後のデータ(符号△で示す)を見ると、加工硬化によって曲げ加工前のデータからレーザ照射位置付近の領域R1においてビッカース硬さが上昇していた。しかし、レーザ照射位置から領域R1を超えて離れた領域R2,R3においてビッカース硬さが低いままであった。これは、板材10が熱影響部13の範囲内で曲げ加工され、加工硬化を伴う屈曲部17が軟化した熱影響部13内に完全に含まれていることを意味する。このように、実験上の良例データから、板材10が熱影響部13の範囲内で曲げ加工されることの有効性が実験においても確認された。
【0048】
本実施形態の金属板の曲げ加工方法によれば、以下の作用効果を奏する。
【0049】
この方法によれば、熱影響部13内に屈曲部17が収まるように曲げ加工を実行することにより、効果的に割れを低減できる。具体的には、屈曲部17の内部に、熱影響部13と非熱影響部14との境界Bが存在すると、境界Bでの割れが生じやすくなるため、これを防止できる。
【0050】
また、レーザ光を曲げ加工の内側面(上面11)に照射することで、外観を構成する外側面(下面12)は、レーザ照射による面質の劣化を受け難くなる。従って、外観劣化を抑制できる。
【0051】
(第2実施形態)
図9~13に示す第2実施形態の金属板の曲げ加工方法は、プリヘム加工およびヘム加工を含む。これらに関する部分以外は、第1実施形態と実質的に同じである。従って、第1実施形態にて示した部分については説明を省略する場合がある。
【0052】
図9~13は、第2実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第1から第5工程をそれぞれ示す斜視図である。
【0053】
図9を参照して、第1工程では、第1実施形態と同じ板材10を準備する。
【0054】
図10を参照して、第2工程では、プリヘム加工を実行する。プリヘム加工では、後に実行するヘム加工と同じ個所を予め曲げ加工する。プリヘム加工の曲げ加工の程度は、ヘム加工の曲げ加工の程度よりも小さい。図示の例のプリヘム加工では、水平方向に配置された板材10の一部を鉛直方向に向かうように90°折り曲げている。これにより、プリヘム加工後の板材10は、L字形状を有する。
【0055】
図11を参照して、第3工程では、レーザ照射機20から板材10にレーザ光Lを照射する。
図11では、破線円で示す領域が拡大して示されている。レーザ照射機20は、水平方向の移動機能を有し、板材10の上方を所定方向に移動可能である(矢印A1参照)。従って、レーザ光Lは線状に照射される(一点鎖線Lp参照)。レーザ光Lの照射位置Lpは、プリヘム加工の曲げ加工範囲18がレーザ光Lの照射によって熱的影響を受けた熱影響部13内に完全に含まれるように設定されれば足り、レーザ光Lの照射位置Lpとプリヘム加工の曲げ加工範囲18との関係は任意に設定することができる。本実施形態では、レーザ光Lの照射位置Lpは、プリヘム加工の曲げ加工範囲18の外に設定される。曲げ加工範囲18は、プリヘム加工によって曲率を有している部分を示す。図示の例では、プリヘム加工の曲げ加工範囲18から距離dだけ離れた位置にレーザ光の照射位置Lpが設定されている。また、第1実施形態と同様に、レーザ光Lの照射によって熱的影響を受けた熱影響部13(端面斜線部参照)を特定する。本実施形態では、プリヘム加工の曲げ加工範囲18は、熱影響部13内に完全に含まれている。なお、熱影響部13を示す斜線は、図示を明瞭にするために板材10の端面のみに付しているが、熱影響部13は端面だけでなく板材10の奥行方向にわたって概略一様に分布している。これは以降の図においても同様である。
【0056】
図12を参照して、第4工程では、他の板材40を板材10の上に載置する。他の板材40の形状または材質は特に限定されない。
【0057】
図13を参照して、第5工程では、板材10を熱影響部13の範囲内でヘム加工し、他の板材40を板材10で挟み込む。
図13では、破線円で示す領域が拡大して示されている。ヘム加工によって板材10は180°折り曲げられる。板材10は、ヘム加工によって、曲率を有していない直辺部16と、曲率を有している屈曲部17とが形成される。屈曲部17は、熱影響部13(斜線部参照)内に完全に含まれており、熱影響部13外(即ち非熱影響部14)には存在しない。即ち、熱影響部13と非熱影響部14との境界Bは、屈曲部17ではなく直辺部16内に位置している。
【0058】
本実施形態では、板材10の曲げ加工は、上面11を曲げの内側面とし、下面12を曲げの外側面とするように行われる。即ち、曲げ加工は、レーザ光を照射した面が曲げの内側面(上面11)となるように行われる。ただし、必要に応じて、板材10の曲げ加工は、上面11を曲げの外側面とし、下面12を曲げの内側面とするように行われてもよい。なお、レーザ光を照射した面が曲げの内側面(上面11)となるように曲げ加工を行った方が、外観を構成する外側面に対してレーザ光を照射しないため、レーザ照射による外観劣化を抑制できる。
【0059】
本実施形態の金属板の曲げ加工方法によれば、大きな曲げ加工を伴うヘム加工に際しても割れを低減した安定した曲げ加工を実現できる。また、板材10で他の板材40を挟み込むことによって形成された部材は様々な部品として利用できる。
【0060】
ヘム加工前にプリヘム加工を実行するので、ヘム加工による割れを一層低減して安定した曲げ加工を実現できる。また、金属板において、レーザ光を照射した部分と曲げ加工を行う部分とが重なると、その重なった部分において金属板の表面性状が変化する場合がある。そのため、レーザ光の照射位置Lpをプリヘム加工の曲げ加工範囲18外に設定することで、板材10の表面性状の変化を抑制できる。さらに、プリヘム加工後にレーザ光を照射するため、プリヘム加工によって生じた加工硬化に伴って板材10の伸びが低下した場合でも、レーザ光の照射によって板材を軟化させ、板材10の伸びを回復できる。伸びの回復した板材10に対してヘム加工を施すことができるため、割れを低減した安定した曲げ加工を実現できる。
【0061】
好ましくは、
図13に示す第5工程のヘム加工は、ローラヘム加工である。
【0062】
図14を参照して、ローラヘム加工では、ローラ装置50によって板材10を押さえつけて折り曲げる。ローラ装置50は、水平方向の移動機能を有し、板材10の上を移動しながらヘム加工を逐次実行する。ローラ装置50は、レーザ照射機20の移動(矢印A1)の直後にそれに追従するように移動する(矢印A2参照)。これにより、レーザ照射の直後の板材10が軟化した状態でヘム加工を実行できる。
【0063】
代替的には、
図13に示す第5工程のヘム加工は、プレスヘム加工である。
【0064】
図15を参照して、プレスヘム加工では、プレス装置51によって板材10を押さえつけて折り曲げる。プレス装置51には、公知のプレス機械を使用できる。プレス装置51は、上記ローラ装置50のような水平方向の移動機能を有しておらず、板材10を逐次ではなく一斉に曲げ加工するが、構造上簡易である。
【0065】
(第3実施形態)
図16~20に示す第3実施形態の金属板の曲げ加工方法は、レーザ光の照射タイミングが第2実施形態と異なる。これに関する部分以外は、第2実施形態と実質的に同じである。従って、第1,2実施形態にて示した部分については説明を省略する場合がある。
【0066】
図16~20は、第3実施形態に係る金属板の曲げ加工方法の第1から第5工程をそれぞれ示す斜視図である。
【0067】
図16を参照して、第1工程では、第1,2実施形態と同じ板材10を準備する。
【0068】
図17を参照して、第2工程では、レーザ照射機20から板材10にレーザ光Lを照射する。レーザ照射機20は、水平方向の移動機能を有し、板材10の上方を所定方向に移動可能である(矢印A1参照)。従って、レーザ光Lは線状に照射される(一点鎖線Lp参照)。レーザ光Lの照射位置Lpは、次の工程で実行されるプリヘム加工の曲げ加工範囲18(
図18参照)の外に設定される。換言すれば、プリヘム加工の曲げ加工範囲18は、レーザ照射位置Lpを含まないように設定される。
【0069】
図18を参照して、第3工程では、プリヘム加工を実行する。
図18では、破線円で示す領域が拡大して示されている。プリヘム加工では、後に実行するヘム加工と同じ個所を予め曲げ加工する。プリヘム加工の曲げ加工の程度は、ヘム加工の曲げ加工の程度よりも小さい。図示の例のプリヘム加工では、水平方向に配置された板材10の一部を鉛直方向に向かうように90°折り曲げている。これにより、プリヘム加工後の板材10は、L字形状を有する。前述のように、レーザ光Lの照射位置Lpは、プリヘム加工の曲げ加工範囲18がレーザ光Lの照射によって熱的影響を受けた熱影響部13内に完全に含まれるように設定されれば足り、レーザ光Lの照射位置Lpとプリヘム加工の曲げ加工範囲18との関係は任意に設定することができる。本実施形態では、プリヘム加工の曲げ加工範囲18は、レーザ照射位置Lpを含まないように設定される。曲げ加工範囲18は、プリヘム加工によって曲率を有している部分を示す。図示の例では、プリヘム加工の曲げ加工範囲18とレーザ光の照射位置Lpは距離dだけ離れている。このようにすることで、第2実施形態と同様に、板材10の表面性状の変化を抑制できる。また、第1,2実施形態と同様に、レーザ光Lの照射によって熱的影響を受けた熱影響部13(斜線部参照)を特定する。プリヘム加工では、板材10を熱影響部13の範囲内で曲げ加工する。
【0070】
図19を参照して、第4工程では、他の板材40を板材10の上に載置する。他の板材40の形状または材質は特に限定されない。
【0071】
図20を参照して、第5工程では、板材10を熱影響部13の範囲内でヘム加工し、他の板材40を板材10で挟み込む。
図20では、破線円で示す領域が拡大して示されている。ヘム加工によって板材10は180°折り曲げられる。板材10は、ヘム加工によって、曲率を有していない直辺部16と、曲率を有している屈曲部17とが形成される。屈曲部17は、熱影響部13(斜線部参照)内に完全に含まれており、熱影響部13外(即ち非熱影響部14)には存在しない。即ち、熱影響部13と非熱影響部14との境界Bは、屈曲部17ではなく直辺部16内に位置している。
【0072】
本実施形態では、板材10の曲げ加工は、上面11を内側面とし、下面12を外側面とするように行われる。即ち、曲げ加工は、レーザ光を照射した面が内側面(上面11)となるように行われる。ただし、必要に応じて、板材10の曲げ加工は、上面11を外側面とし、下面12を内側面とするように行われてもよい。なお、レーザ光を照射した面が曲げの内側面(上面11)となるように曲げ加工を行った方が、外観を構成する外側面に対してレーザ光を照射しないため、レーザ照射による外観劣化を抑制できる。
【0073】
以上より、本発明の具体的な実施形態およびその変形例について説明したが、本発明は上記形態に限定されるものではなく、この発明の範囲内で種々変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0074】
10 板材
11 上面
12 下面
13 熱影響部
14 非熱影響部
16 直辺部
17 屈曲部
18 曲げ加工範囲
20 レーザ照射機
30 曲げ試験機
31 支持ロール
32 ポンチ
40 他の板材
50 ローラ装置
51 プレス装置