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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024135827
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】金属イオン除去装置
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/0662 20160101AFI20240927BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20240927BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240927BHJP
   H01M 8/1004 20160101ALI20240927BHJP
   H01M 8/04746 20160101ALI20240927BHJP
   H01M 8/04858 20160101ALI20240927BHJP
   H01M 8/04828 20160101ALI20240927BHJP
【FI】
H01M8/0662
H01M4/86 B
H01M8/10 101
H01M8/1004
H01M8/04746
H01M8/04858
H01M8/04828
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023046707
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】北野 直紀
(72)【発明者】
【氏名】星川 尚弘
(72)【発明者】
【氏名】津坂 恭子
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 数馬
(72)【発明者】
【氏名】川角 明人
【テーマコード(参考)】
5H018
5H126
5H127
【Fターム(参考)】
5H018AA06
5H018EE11
5H126AA02
5H126BB06
5H127AA06
5H127AC05
5H127BA02
5H127BA52
5H127BB02
5H127BB32
5H127BB42
5H127BB45
5H127DC02
5H127DC05
5H127DC07
5H127DC08
5H127DC22
5H127DC25
5H127DC27
5H127DC28
5H127DC44
(57)【要約】
【課題】タングステン酸化物を含む固体高分子形燃料電池に混入した有害な金属イオンを無害化することが可能な金属イオン除去装置を提供すること。
【解決手段】金属イオン除去装置は、第1触媒層、及び/又は、第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池において、膜電極接合体に混入した、金属イオンを除去するために用いられる。金属イオン除去装置は、第1触媒層又は第2触媒層のいずれか一方に水素含有ガスからなる第1ガスを供給し、他方に第2ガスを供給するガス供給装置と、金属イオン除去装置を制御する制御装置とを備えている。制御装置は、膜電極接合体内の金属イオンのフラックスNcを制御することにより、金属イオンを第1触媒層側又は第2触媒層側に移動させ、金属イオンをタングステン化合物に吸着させる吸着装置を備えている。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えた金属イオン除去装置。
(1)前記金属イオン除去装置は、電解質膜の一方の面に接合された第1触媒層、及び/又は、前記電解質膜の他方の面に接合された第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池において、前記膜電極接合体に混入した、フェントン反応に対して活性を有する金属イオンを除去するために用いられる。
(2)前記金属イオン除去装置は、
前記第1触媒層又は前記第2触媒層のいずれか一方に水素含有ガスからなる第1ガスを供給し、他方に第2ガスを供給するガス供給装置と、
前記金属イオン除去装置を制御する制御装置と
を備えている。
(3)前記制御装置は、前記膜電極接合体内の前記金属イオンのフラックスNcを制御することにより、前記金属イオンを、前記タングステン化合物を含む前記第1触媒層側、又は、前記タングステン化合物を含む前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記タングステン化合物に吸着させる吸着手段を備えている。
但し、前記膜電極接合体内の前記金属イオンの「フラックスNc」とは、次の式(1)で表される値をいう。
【数1】
但し、
ucは前記金属イオンの移動度、Ccは前記金属イオンの濃度、φはイオン電位、
Dcは前記金属イオンの拡散係数、ξcは前記金属イオンの電気浸透係数、
zcは前記金属イオンの価数、Fはファラデー定数、μwは水の化学ポテンシャル。
【請求項2】
前記ガス供給装置は、前記第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備えている請求項1に記載の金属イオン除去装置。
【請求項3】
前記吸着手段は、
(a)前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流し、電流密度が1.0A/cm2以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段A、及び/又は、
(b)前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流し、電流密度が1.0A/cm2以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段B
を備えている請求項2に記載の金属イオン除去装置。
【請求項4】
前記第2ガスを加湿する加湿装置をさらに備え、
前記吸着手段は、
(a)前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流し、電流密度が0.02A/cm2以下に維持され、かつ、前記第2触媒層側の相対湿度(RH2)と第1触媒層側の相対湿度(RH1)との差(=RH2-RH1)が40%RH以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段C、及び/又は、
(b)前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流し、電流密度が0.02A/cm2以下に維持され、かつ、前記第1触媒層側の相対湿度(RH1)と第2触媒層側の相対湿度(RH2)との差(=RH1-RH2)が40%RH以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段D
を備えている請求項2に記載の金属イオン除去装置。
【請求項5】
前記ガス供給装置は、前記第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備えている請求項1に記載の金属イオン除去装置。
【請求項6】
前記膜電極接合体に電流を流すための直流電源をさらに備え、
前記吸着手段は、
(a)前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第1触媒層及び第2触媒層を接続し、前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流した状態で、電流密度が1.0A/cm2以上に維持されように前記直流電源を用いて前記膜電極接合体に電流を流し、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段E、及び/又は、
(b)前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第2触媒層及び第1触媒層を接続し、前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流した状態で、電流密度が1.0A/cm2以上に維持されように前記直流電源を用いて前記膜電極接合体に電流を流し、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段F
を備えている請求項5に記載の金属イオン除去装置。
【請求項7】
前記第2ガスを加湿する加湿装置をさらに備え、
前記吸着手段は、
(a)前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流した状態で、電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、前記第2触媒層側の相対湿度(RH2)と第1触媒層側の相対湿度(RH1)との差(=RH2-RH1)が40%RH以上となる条件下に前記膜電極接合体を維持し、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段G、及び/又は、
(b)前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流した状態で、電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、前記第1触媒層側の相対湿度(RH1)と第2触媒層側の相対湿度(RH2)との差(=RH1-RH2)が40%RH以上となる条件下に前記膜電極接合体を維持し、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段H
を含む請求項5に記載の金属イオン除去装置。
【請求項8】
前記タングステン化合物は、酸化タングステン(+IV、+V、+VI)、酸化タングステン(+VI)n水和物(n=1、2、3)、タングステンカーバイド、及び、タングステン酸塩からなる群から選ばれるいずれか1以上を含む請求項1に記載の金属イオン除去装置。
【請求項9】
前記第1触媒層中の前記タングステン化合物の平均含有量は、0.01μg/cm2以上0.1g/cm2以下であり、及び/又は、
前記第2触媒層中の前記タングステン化合物の平均含有量は、0.01μg/cm2以上0.1g/cm2以下である
請求項1に記載の金属イオン除去装置。
【請求項10】
前記金属イオンは、Fe、Cu、Ni、Al、Co、及び、Tiからなる群から選ばれるいずれか1以上の金属元素のイオンを含む請求項1に記載の金属イオン除去装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属イオン除去装置に関し、さらに詳しくは、固体高分子形燃料電池に含まれる有害な金属イオンを無害化するための金属イオン除去装置に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。触媒層の外側には、通常、ガス拡散層が配置される。さらに、ガス拡散層の外側には、ガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
MEAに含まれる電解質は、酸素と水素の直接反応若しくは電気化学反応によって直接的に生成するラジカル、又は、過酸化水素を経て生成するラジカルにより攻撃され、劣化すると言われている。固体高分子形燃料電池においては、ラジカル攻撃により電解質膜の抵抗増加、クロスリークの増加、薄膜化による短寿命化などが起こることが知られている。さらには、ラジカル攻撃により生成する劣化生成物により触媒被毒が起こり、電解性能や電池性能が低下するおそれがある。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、スルホン酸基の一部がセリウムイオンによりイオン交換された陽イオン交換膜からなる固体高分子形燃料電池用電解質膜が開示されている。
同文献には、電解質膜のスルホン酸基の一部をセリウムイオンでイオン交換すると、過酸化水素又は過酸化物ラジカルに対する耐性が向上する点が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、
(a)ナフィオン(登録商標)中のスルホン酸基のモル数に対して0.25倍モルのH2WO4、及び、0.05倍モルのCe(NO3)3を添加した触媒インク、又は、
(b)ナフィオン(登録商標)中のスルホン酸基のモル数に対して0.25倍モルのH2WO4、及び、0.05倍モルのMn(NO3)3を添加した触媒インク
を用いて作製されたMEAが開示されている。
【0006】
同文献には、
(A)W化合物と遷移金属化合物とを適当な溶媒に分散又は溶解させると、W化合物と遷移金属化合物の混合物、又は、W化合物と遷移金属化合物との反応生成物である複合化合物が得られるが、これらは固体高分子電解質の劣化抑制剤として機能する点、及び、
(B)劣化抑制剤(H2WO4、Ce(NO3)3、Mn(NO3)3)を含む触媒インクを用いて作製されたMEAは、劣化抑制剤を含まない触媒インクを用いて作製されたMEAに比べて、固体高分子電解質の分子量維持率が高い点、
が記載されている。
【0007】
特許文献1には、電解質膜のスルホン酸基のプロトンの一部をセリウムイオンでイオン交換すると、電解質膜の耐久性が向上する点が記載されている。しかしながら、スルホン酸基のプロトンの一部がセリウムイオンでイオン交換されると、電解質膜のプロトン伝導度が低下し、燃料電池性能が低下するという問題がある。また、セリウムイオンはカチオンであるため、電位勾配、電位掃引、湿度勾配などによってセリウムイオンが局所的に偏在し、さらなる性能低下を引き起こす可能性があった。
【0008】
一方、特許文献2には、W化合物と遷移金属化合物の混合物又は複合化合物が固体高分子電解質の劣化抑制剤として機能する点が記載されている。しかしながら、固体高分子電解質に単に劣化抑制剤を添加するだけでは、固体高分子電解質の劣化を十分に抑制できない場合があった。これは、必ずしも劣化抑制剤の近傍に、固体高分子電解質の劣化を引き起こす原因物質(すなわち、Fe3+、Cu2+などのフェントン反応に対して活性を有する金属イオン)が存在しているとは限らないためと考えられる。
【0009】
さらに、タングステン化合物は、Fe2+などのカチオンをトラップする作用があるが、トラップできるカチオン量には限界がある。また、通常の燃料電池の運転モードでは、カソード側にカチオンが偏在しやすい。
そのため、触媒層にタングステン化合物を添加する場合において、カソード触媒層に多量のタングステン化合物を添加すると、トラップできるカチオン量を増やすことはできるが、燃料電池の性能が低下する場合がある。一方、性能低下を抑制するためにタングステン化合物の一部をアノード触媒層に添加すると、カチオンを効率的にトラップできない場合がある。
【0010】
この問題を解決するために、燃料電池の運転中にカチオンをトラップするのではなく、燃料電池に混入した有害な金属イオンを無害化することが可能な金属イオン除去装置を用いて、燃料電池の休止中に金属イオンを除去することも考えられる。しかしながら、このような金属イオン除去装置が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開第2005/124911号
【特許文献2】特許第5194448号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、タングステン化合物を含む固体高分子形燃料電池に混入した有害な金属イオンを無害化することが可能な金属イオン除去装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明に係る金属イオン除去装置は、以下の構成を備えている。
(1)前記金属イオン除去装置は、電解質膜の一方の面に接合された第1触媒層、及び/又は、前記電解質膜の他方の面に接合された第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池において、前記膜電極接合体に混入した、フェントン反応に対して活性を有する金属イオンを除去するために用いられる。
(2)前記金属イオン除去装置は、
前記第1触媒層又は前記第2触媒層のいずれか一方に水素含有ガスからなる第1ガスを供給し、他方に第2ガスを供給するガス供給装置と、
前記金属イオン除去装置を制御する制御装置と
を備えている。
(3)前記制御装置は、前記膜電極接合体内の前記金属イオンのフラックスNcを制御することにより、前記金属イオンを、前記タングステン化合物を含む前記第1触媒層側、又は、前記タングステン化合物を含む前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記タングステン化合物に吸着させる吸着手段を備えている。
【発明の効果】
【0014】
第1触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている場合において、金属イオン除去装置の作動条件(すなわち、金属イオンのフラックスNc)を制御すると、MEA中に含まれる金属イオンを第1触媒層に移動させることができる。その結果、金属イオンが第1触媒層に添加されたタングステン化合物にトラップされ、金属イオンが無害化される確率が高くなる。
あるいは、第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている場合において、金属イオン除去装置の作動条件を制御すると、MEA中に含まれる金属イオンを第2触媒層側に移動させることができる。その結果、金属イオンが第2触媒層に添加されたタングステン化合物にトラップされ、金属イオンが無害化される確率が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】各種サンプル(実施例1~4)のFe3+吸着量を示す図である。
図2】実験に用いたセルの断面模式図である。
図3】Co2+を含む膜と、Co2+を含まない膜との積層膜を備えたセルを各種の条件(実施例5~6、比較例1)で保持した後の各膜のカチオン置換率を示す図である。
図4】WO3・H2Oの含有量と、規格化された総F-溶出量との関係を示す図である。
【0016】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 金属イオン除去装置]
本発明に係る金属イオン除去装置は、以下の構成を備えている。
【0017】
[構成1]
以下の構成を備えた金属イオン除去装置。
(1)前記金属イオン除去装置は、電解質膜の一方の面に接合された第1触媒層、及び/又は、前記電解質膜の他方の面に接合された第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池において、前記膜電極接合体に混入した、フェントン反応に対して活性を有する金属イオンを除去するために用いられる。
(2)前記金属イオン除去装置は、
前記第1触媒層又は前記第2触媒層のいずれか一方に水素含有ガスからなる第1ガスを供給し、他方に第2ガスを供給するガス供給装置と、
前記金属イオン除去装置を制御する制御装置と
を備えている。
(3)前記制御装置は、前記膜電極接合体内の前記金属イオンのフラックスNcを制御することにより、前記金属イオンを、前記タングステン化合物を含む前記第1触媒層側、又は、前記タングステン化合物を含む前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記タングステン化合物に吸着させる吸着手段を備えている。
【0018】
[構成2]
前記ガス供給装置は、前記第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備えている構成1に記載の金属イオン除去装置。
【0019】
[構成3]
前記吸着手段は、
(a)前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流し、電流密度が1.0A/cm2以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段A、及び/又は、
(b)前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流し、電流密度が1.0A/cm2以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段B
を備えている構成2に記載の金属イオン除去装置。
【0020】
[構成4]
前記第2ガスを加湿する加湿装置をさらに備え、
前記吸着手段は、
(a)前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流し、電流密度が0.02A/cm2以下に維持され、かつ、前記第2触媒層側の相対湿度(RH2)と第1触媒層側の相対湿度(RH1)との差(=RH2-RH1)が40%RH以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段C、及び/又は、
(b)前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流し、電流密度が0.02A/cm2以下に維持され、かつ、前記第1触媒層側の相対湿度(RH1)と第2触媒層側の相対湿度(RH2)との差(=RH1-RH2)が40%RH以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段D
を備えている構成2又は3に記載の金属イオン除去装置。
【0021】
[構成5]
前記ガス供給装置は、前記第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備えている構成1から4までのいずれか1つに記載の金属イオン除去装置。
【0022】
[構成6]
前記膜電極接合体に電流を流すための直流電源をさらに備え、
前記吸着手段は、
(a)前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第1触媒層及び第2触媒層を接続し、前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流した状態で、電流密度が1.0A/cm2以上に維持されように前記直流電源を用いて前記膜電極接合体に電流を流し、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段E、及び/又は、
(b)前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第2触媒層及び第1触媒層を接続し、前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流した状態で、電流密度が1.0A/cm2以上に維持されように前記直流電源を用いて前記膜電極接合体に電流を流し、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる電流密度制御手段F
を備えている構成5に記載の金属イオン除去装置。
【0023】
[構成7]
前記第2ガスを加湿する加湿装置をさらに備え、
前記吸着手段は、
(a)前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流した状態で、電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、前記第2触媒層側の相対湿度(RH2)と第1触媒層側の相対湿度(RH1)との差(=RH2-RH1)が40%RH以上となる条件下に前記膜電極接合体を維持し、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段G、及び/又は、
(b)前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流した状態で、電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、前記第1触媒層側の相対湿度(RH1)と第2触媒層側の相対湿度(RH2)との差(=RH1-RH2)が40%RH以上となる条件下に前記膜電極接合体を維持し、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる湿度制御手段H
を含む構成5又は6に記載の金属イオン除去装置。
【0024】
[構成8]
前記タングステン化合物は、酸化タングステン(+IV、+V、+VI)、酸化タングステン(+VI)n水和物(n=1、2、3)、タングステンカーバイド、及び、タングステン酸塩からなる群から選ばれるいずれか1以上を含む構成1から7までのいずれか1つに記載の金属イオン除去装置。
【0025】
[構成9]
前記第1触媒層中の前記タングステン化合物の平均含有量は、0.01μg/cm2以上0.1g/cm2以下であり、及び/又は、
前記第2触媒層中の前記タングステン化合物の平均含有量は、0.01μg/cm2以上0.1g/cm2以下である
構成1から8までのいずれか1つに記載の金属イオン除去装置。
【0026】
[構成10]
前記金属イオンは、Fe、Cu、Ni、Al、Co、及び、Tiからなる群から選ばれるいずれか1以上の金属元素のイオンを含む構成1から9までのいずれか1つに記載の金属イオン除去装置。
【0027】
[1.1. 適用対象]
本発明に係る金属イオン除去装置は、電解質膜の一方の面に接合された第1触媒層、及び/又は、前記電解質膜の他方の面に接合された第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている膜電極接合体を備えた固体高分子形燃料電池において、前記膜電極接合体に混入した、フェントン反応に対して活性を有する金属イオンを除去するために用いられる。
【0028】
[1.1.1. 固体高分子形燃料電池]
固体高分子形燃料電池は、一般に、
(a)電解質膜の一方の面にアノード触媒層が接合され、他方の面にカソード触媒層が接合された膜電極接合体(MEA)、
(b)アノード触媒層の外側に配置されたアノードガス拡散層、及び、カソード触媒層の外側に配置されたカソードガス拡散層、並びに、
(c)アノードガス拡散層の外側に配置されたアノードセパレータ、及び、カソードガス拡散層の外側に配置されたカソードセパレータ
を備えている。
固体高分子形燃料電池は、このようなMEA、ガス拡散層、及び、セパレータからなる単セルが複数個積層された構造(スタック構造)を備えている。
【0029】
本発明が適用される固体高分子形燃料電池は、アノード触媒層及び/又はカソード触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されているものからなる。固体高分子形燃料電池に含まれるその他の構成要素の構造、材料等は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。
【0030】
本発明において、「第1触媒層」とは、
(a)アノード触媒層(固体高分子形燃料電池を用いて実際に発電するときに燃料ガスが供給される触媒層)、又は、
(b)カソード触媒層(固体高分子形燃料電池を用いて実際に発電するときに酸化剤ガスが供給される触媒層)
のいずれか一方の触媒層をいう。
「第2触媒層」とは、第1触媒層とは異なる触媒層をいう。
【0031】
固体高分子形燃料電池で発電を行う場合、アノード触媒層に燃料ガスが供給され、カソード触媒層に酸化剤ガスが供給される。一方、本発明に係る金属イオン除去装置を用いて金属イオンの除去を行う場合、極性を反転させた状態で発電を行う場合がある。そのため、「第1触媒層」というときは、「実際の発電時におけるアノード触媒層」を指す場合と、「実際の発電時におけるカソード触媒層」を指す場合とがある。この点は、「第2触媒層」も同様である。
【0032】
[1.1.2. タングステン化合物]
本発明が適用される固体高分子形燃料電池において、カソード触媒層及び/又はアノード触媒層には、タングステン化合物の微粒子が添加されている。タングステン化合物は、アノード触媒層、又は、カソード触媒層のいずれか一方に添加されていても良く、あるいは、双方に添加されていても良い。アノード触媒層及びカソード触媒層の双方にタングステン化合物を添加すると、相対的に少量のタングステン化合物の添加で高い耐久性を得ることができる。
【0033】
[A. 材料]
本発明において、「タングステン化合物」とは、Wを含む化合物であって、フェントン反応(過酸化水素からヒドロキシラジカル(・HO)を生成させる反応)に対して活性を持つ金属イオンを無害化させる作用がある化合物をいう。
このような作用を有するタングステン化合物としては、例えば、
(a)酸化タングステン(+IV、+V、+VI)、
(b)酸化タングステン(+VI)n水和物(n=1~3、nは非整数を含む)、
(c)タングステンカーバイド、
(d)タングステン酸塩
などがある。
【0034】
酸化タングステンは、無水物であっても良く、あるいは、水和物であっても良い。タングステン化合物は、特に、WO2、WO3、WO3・(1/3)H2O、WO3・H2O、又はWO3・2H2Oが好ましい。WO2若しくはWO3、又は、これらの水和物は、他のタングステン化合物に比べて過酸化水素分解能及び金属イオンをトラップする機能が格段に高いので、微粒子の材料として特に好適である。
タングステン酸塩としては、例えば、Al2(WO4)3、BaWO4、FeWO4、Ni2WO4、Cu2WO4、ZnWO4、Ce2(WO4)3などがある。
【0035】
カソード触媒層又はアノード触媒層には、これらのいずれか1種が添加されていても良く、あるいは、2種以上が添加されていても良い。
また、カソード触媒層及びアノード触媒層の双方にタングステン化合物が添加されている場合、カソード触媒層及びアノード触媒層には、同種のタングステン化合物が添加されていても良く、あるいは、異種のタングステン化合物が添加されていても良い。
【0036】
[B. タングステン化合物の平均含有量]
「タングステン化合物の平均含有量」とは、触媒層1cm2当たりのタングステン化合物の質量をいう。
【0037】
一般に、第1触媒層(アノード触媒層又はカソード触媒層)に含まれるタングステン化合物の平均含有量が多くなるほど、MEAの耐久性が向上する。このような効果を得るためには、平均含有量は、0.01μg/cm2以上が好ましい。平均含有量は、さらに好ましくは、0.2μg/cm2以上、あるいは、0.4μg/cm2以上である。
一方、第1触媒層に含まれるタングステン化合物の平均含有量が過剰になると、触媒層内の電子伝導を阻害するおそれがある。従って、平均含有量は、0.1g/cm2以下が好ましい。平均含有量は、さらに好ましくは、200μg/cm2以下、あるいは、1008μg/cm2以下である。
【0038】
同様に、第2触媒層(カソード触媒層又はアノード触媒層)に含まれるタングステン化合物の平均含有量が多くなるほど、MEAの耐久性が向上する。このような効果を得るためには、平均含有量は、0.01μg/cm2以上が好ましい。平均含有量は、さらに好ましくは、0.2μg/cm2以上、あるいは、0.4μg/cm2以上である。
一方、第2触媒層に含まれるタングステン化合物の平均含有量が過剰になると、触媒層内の電子伝導を阻害するおそれがある。従って、平均含有量は、0.1g/cm2以下が好ましい。平均含有量は、さらに好ましくは、200μg/cm2以下、あるいは、100μg/cm2以下である。
【0039】
[C. 質量比]
タングステン化合物がアノード触媒層又はカソード触媒層に添加されており、かつ、触媒粒子が担体に担持されている場合、「タングステン化合物の質量比」とは、担体の質量(C)に対するタングステン化合物の質量(Ww)の比(=Ww/C)をいう。
本発明において、タングステン化合物の質量比は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な質量比を選択することができる。
【0040】
タングステン化合物が触媒層に添加されており、かつ、触媒粒子が担体に担持されている場合において、一般に、タングステン化合物の含有量が多くなるほど、MEAの耐久性が向上する。このような効果を得るためには、タングステン化合物の質量比(=Ww/C)は、0.001以上が好ましい。質量比は、さらに好ましくは、0.004以上である。
一方、タングステン化合物の質量比が過剰になると、触媒層内の電子伝導を阻害したり、電解質膜の機械的な割れや裂けの起点となるおそれがある。従って、タングステン化合物の質量比(=Ww/C)は、1.0以下が好ましい。含有量は、さらに好ましくは、0.4以下である。
【0041】
[D. 平均粒径]
「タングステン化合物の微粒子の平均粒径」とは、顕微鏡観察下において、無作為に選択した200個以上の微粒子の最大寸法の平均値をいう。
【0042】
微粒子の平均粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な平均粒径を選択することができる。一般に、微粒子の平均粒径が小さくなりすぎると、微粒子が凝集して表面積が小さくなり、過酸化水素を効率よく分解することができなくなる場合がある。従って、微粒子の平均粒径は、0.5nm以上が好ましい。平均粒径は、さらに好ましくは、1.0nm以上、さらに好ましくは、3.0nm以上である。
【0043】
一方、微粒子が電解質膜に添加される場合において、微粒子の平均粒径が大きくなりすぎると、機械的強度が低下して電解質膜が割れるおそれがある。また、微粒子が電解質膜を貫通する形で配置されると、ガスリークが生じる場合がある。従って、微粒子の平均粒径は、5.0μm以下が好ましい。平均粒径は、さらに好ましくは、1.0μm以下である。
【0044】
[1.1.3. 金属イオン]
膜電極接合体のいずれかの部位には、不可抗力により不純物としての金属イオンが混入している場合がある。
本発明において、「金属イオン」とは、不可抗力により膜電極接合体に混入した不純物イオンであって、フェントン反応に対して活性を有する金属イオンをいう。
【0045】
製造直後の固体高分子形燃料電池には、製造プロセスに起因する不純物イオンが混入していることがある。また、経時劣化した固体高分子形燃料電池には、反応ガスや加湿水に含まれる不純物イオン、あるいは、配管等から溶出した不純物イオンが混入することがある。混入した不純物イオンは、通常、電解質膜や触媒層アイオノマの酸基のプロトンとイオン交換する。これらの不純物イオンは、電解質膜や触媒層アイオノマのプロトン伝導度を低下させるだけでなく、過酸化水素からヒドロキシラジカル(・OH)を生成させ、固体高分子電解質を劣化させる原因となる。
【0046】
本発明に係る金属イオン除去装置は、このような不純物イオンをタングステン化合物で無害化させる手段を備えている。
本発明に係る金属イオン除去装置を用いて無害化させることが可能な金属イオンとしては、例えば、Fe、Cu、Ni、Al、Co、又は、Tiからなる金属元素のイオンなどがある。MEAは、これらのいずれか1種のイオンが混入しているものでも良く、あるいは、2種以上のイオンが混入しているものでも良い。
【0047】
[1.2. ガス供給装置]
[1.2.1. 概要]
本発明に係る金属イオン除去装置は、ガス供給装置を備えている。
「ガス供給装置」とは、第1触媒層又は第2触媒層のいずれか一方に水素含有ガスからなる第1ガスを供給し、他方に第2ガスを供給する装置をいう。本発明において、ガス供給装置の構造は、所定のガスを所定の触媒層に供給可能なものである限りにおいて、特に限定されない。
【0048】
本発明に係る金属イオン除去装置を用いて金属イオンを除去する方法としては、
(a)ガス供給装置のみを備えた金属イオン除去装置を用いて固体高分子形燃料電池を発電させ、及び/又は、湿度勾配を付与する方法(以下、「発電法」ともいう)と、
(b)ガス供給装置、及び、必要に応じて直流電源を備えた金属イオン除去装置を用いて固体高分子形燃料電池に強制的に電流を流し、及び/又は、湿度勾配を付与する方法(以下、「強制通電法」ともいう)と
がある。
そのため、ガス供給装置を用いて供給される第1ガス及び第2ガスの種類は、金属イオンの除去方法に応じて、最適なガスを選択するのが好ましい。
【0049】
[1.2.2. 第1ガス]
ガス供給装置は、第1ガスとして水素含有ガスを供給する装置を備えている。「水素含有ガス」とは、水素のみからなるガス、又は、水素と不活性ガス(例えば、窒素)との混合ガスをいう。
発電法を用いる場合、第1ガスは、アノードとして機能する触媒層に供給され、発電のための燃料ガスとして用いられる。
一方、強制通電法を用いる場合、第1ガスは、直流電源のプラス側に接続された触媒層、又は、低湿度側の触媒層に供給され、プロトン発生源として用いられる。
【0050】
[1.2.3. 第2ガス]
本発明において、第2ガスの種類は、目的に応じて最適なガスを用いるのが好ましい。例えば、発電法を用いる場合、ガス供給装置は、前記第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備えている必要がある。
【0051】
一方、強制通電法を用いる場合、第2ガスの種類は特に限定されない。この場合、ガス供給装置は、第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備えているものが好ましい。
強制通電法を用いる場合において、金属イオンの除去を容易化するためには、ガス供給装置は、第2ガスとして水素含有ガスを供給する装置を備えているものが好ましい。第2ガスとして水素含有ガスを用いると、第1触媒層/第2触媒層間に供給ガスの相違に起因する電位差が発生しないので、強制通電法を用いた金属イオンの除去が容易化する。
【0052】
[1.3. 制御装置]
本発明に係る金属イオン除去装置は、制御装置を備えている。「制御装置」とは、金属イオン除去装置を制御するための装置をいう。
【0053】
本発明において、制御装置は、金属イオン除去装置に備えられる各種の装置(ガス供給装置、加湿装置、直流電源)の動作を制御するための手段に加えて、吸着手段を備えている。「吸着手段」とは、前記膜電極接合体内の前記金属イオンのフラックスNcを制御することにより、前記金属イオンを、前記タングステン化合物を含む前記第1触媒層側、又は、前記タングステン化合物を含む前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。吸着手段の詳細については後述する。
【0054】
[1.4. 加湿装置]
金属イオン除去装置は、ガス供給装置及び制御装置に加えて、第2ガスを加湿するための加湿装置をさらに備えていても良い。
発電法及び強制通電法のいずれを用いる場合であっても、プロトンは、「第1ガス(水素含有ガス)が供給された触媒層」から、電解質膜を通って、「第2ガスが供給された触媒層」に移動する。
【0055】
一方、後述するように、金属イオンのフラックスNcは、電位勾配、及び、金属イオンの濃度勾配だけでなく、第1触媒層/第2触媒層間の湿度勾配にも依存する。そのため、電位勾配及び濃度勾配を最適化すると同時に、「第2ガスが供給された触媒層」の相対湿度を「第1ガスが供給された触媒層」の相対湿度より高くすると、湿度勾配によって、「第2ガスが供給された触媒層」から「第1ガスが供給された触媒層」に向かって金属イオンが移動しやすくなる。
換言すれば、湿度勾配を制御することによって、プロトンが流れる方向とは逆方向に金属イオンを移動させることができる場合がある。その結果、MEA内の金属イオンを、「第1ガスが供給された触媒層」内のタングステン化合物に吸着させることができる。
【0056】
[1.5. 直流電源]
金属イオン除去装置は、第2ガスを加湿するための加湿装置に代えて、又は、これに加えて直流電源をさらに備えていても良い。
直流電源は、強制通電法を用いて金属イオンを無害化する際に用いられる。本発明において、直流電源の種類は、特に限定されるものではななく、目的に応じて最適なものを選択することができる。なお、後述する湿度制御手段G、Hを用いて金属イオンを無害化させる場合において、電流密度が実質的にゼロの条件下で無害化処理するときには、直流電源は、必ずしも必要ではない。
【0057】
[1.6. 吸着手段]
[1.6.1. フラックス]
膜電極接合体の中に含まれる金属イオンは、膜電極接合体内の電位勾配、金属イオンの濃度勾配、及び、第1触媒層/第2触媒層間の湿度勾配に応じて、第1触媒層側又は第2触媒層側に移動する。この場合、膜電極接合体内の金属イオンの「フラックスNc」は、具体的には、次の式(1)で表される。
【0058】
【数1】
【0059】
但し、
cは前記金属イオンの移動度、Ccは前記金属イオンの濃度、φはイオン電位、
cは前記金属イオンの拡散係数、ξcは前記金属イオンの電気浸透係数、
cは前記金属イオンの価数、Fはファラデー定数、μwは水の化学ポテンシャル。
【0060】
式(1)の右辺第1項は、フラックスNcに対する、電位勾配(又は電流密度勾配)の寄与分を表す。式(1)の右辺第2項は、フラックスNcに対する、金属イオンの濃度勾配の寄与分を表す。さらに、式(1)の右辺第3項は、フラックスNcに対する、第1触媒層/第2触媒層間の湿度勾配の寄与分を表す。
【0061】
一般に、燃料電池で発電を行うと、電位勾配によって、金属イオンがカソード側に移動しやすくなる。一方、金属イオンがカソード側に偏析すると、濃度勾配によって、金属イオンがアノード側に移動しやすくなる。さらに、アノード/カソード間に湿度勾配があると、水分子は高湿度側から低湿度側に向かって移動しやすくなるが、その際に金属イオンも水分子に同伴して高湿度側から低湿度側に移動しやすくなる。この点は、直流電源を用いて、燃料電池に強制的に電流を流す場合も同様である。
【0062】
そのため、フラックスNcの方向が第2触媒層側向きとなるように運転条件(すなわち、電位勾配、濃度勾配、及び/又は、湿度勾配)を制御すると、金属イオンを第2触媒層側に移動させることができる。逆に、フラックスNcの方向が第1触媒層側向きになるように運転条件を制御すると、金属イオンを第1触媒層側に移動させることができる。
さらに、電位勾配が相対的に小さい場合において、電位勾配とは逆方向に大きな湿度勾配を形成すると、電位勾配とは反対方向に金属イオンを移動させることもできる。
【0063】
[1.6.2. 発電法を用いたフラックスの制御]
発電法を用いてフラックスを制御するための手段としては、具体的には、以下のようなものがある。吸着手段は、以下のいずれか1つの手段を備えているものでも良く、あるいは、2以上の手段を備えているものでも良い。
【0064】
[A. 電流密度制御手段A]
ガス供給装置が第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備えている場合、吸着手段は、電流密度制御手段Aを備えていても良い。
【0065】
「電流密度制御手段A」とは、前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流し、電流密度が1.0A/cm2以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。
【0066】
第1触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、第2触媒層に第2ガス(酸化剤ガス)を流し、高電流密度条件下において発電を行うと、式(1)の右辺第1項の寄与分が同第2項及び第3項の寄与分に比べて大きくなる。その結果、フラックスNcの方向が第2触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第2触媒層側に移動し、金属イオンが第2触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0067】
[B. 電流密度制御手段B]
ガス供給装置が第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備えている場合、吸着手段は、電流密度制御手段Bを備えていても良い。
【0068】
「電流密度制御手段B」とは、前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流し、電流密度が1.0A/cm2以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。
【0069】
電流密度制御手段Aを用いたフラックス制御とは逆に、第1触媒層に第2ガス(酸化剤ガス)を流し、第2触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、高電流密度条件下において発電を行うと、フラックスNcの方向が第1触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第1触媒層側に移動し、金属イオンが第1触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0070】
[C. 湿度制御手段C]
(a)ガス供給装置が第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備え、
(b)金属イオン除去装置が第2ガスを加湿する加湿装置をさらに備えている場合、
吸着手段は、湿度制御手段Cを備えていても良い。
【0071】
「湿度制御手段C」とは、前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層の前記第2ガスを流し、電流密度が0.02A/cm2以下に維持され、かつ、前記第2触媒層側の相対湿度(RH2)と第1触媒層側の相対湿度(RH1)との差(=RH2-RH1)が40%RH以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。電流密度は、さらに好ましくは、0.01A/cm2以下である。なお、湿度制御手段Cにおいて「発電」というときは、電流密度がゼロである場合も含まれる。電流密度が実質的にゼロである場合であっても、極微小の電流が流れることがあるためである。
【0072】
第1触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、第2触媒層に第2ガス(酸化剤ガス)を流し、低電流密度条件下において発電を行うと、式(1)の右辺第1項及び第2項の寄与分が相対的に小さくなる。この時、第2触媒層側の相対湿度を高くすると、右辺第3項の寄与分が同第1項及び第2項の寄与分に比べて大きくなる。その結果、フラックスNcの方向が第1触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第1触媒層側に移動し、金属イオンが第1触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0073】
[D. 湿度制御手段D]
(a)ガス供給装置が第2ガスとして酸化剤ガスを供給する装置を備え、
(b)金属イオン除去装置が第2ガスを加湿する加湿装置をさらに備えている場合、
吸着手段は、湿度制御手段Dを備えていても良い。
【0074】
「湿度制御手段D」とは、前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層の前記第1ガスを流し、電流密度が0.02A/cm2以下に維持され、かつ、前記第1触媒層側の相対湿度(RH1)と第2触媒層側の相対湿度(RH2)との差(=RH1-RH2)が40%RH以上に維持される条件下において発電を行い、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。電流密度は、さらに好ましくは、0.01A/cm2以下である。なお、湿度制御手段Cと同様の理由から、湿度制御手段Dにおいて「発電」というときは、電流密度がゼロである場合も含まれる。
【0075】
湿度制御手段Cを用いたフラックス制御とは逆に、第1触媒層に第2ガス(酸化剤ガス)を流し、第2触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、低電流密度条件下において発電を行う場合において、第1触媒層側の相対湿度を高くすると、フラックスNcの方向が第2触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第2触媒層側に移動し、金属イオンが第2触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0076】
[1.6.3. 強制通電法を用いたフラックスの制御]
強制通電法を用いてフラックスを制御するための手段としては、具体的には、以下のようなものがある。吸着手段は、以下のいずれか1つの手段を備えているものでも良く、あるいは、2以上の手段を備えているものでも良い。さらに、吸着手段は、強制通電法を用いたフラックスの制御手段に加えて、発電法を用いたフラックスの制御手段をさらに備えていても良い。
【0077】
[E. 電流密度制御手段E]
(a)金属イオン除去装置が前記膜電極接合体に電流を流すための直流電源を備え、
(b)前記ガス供給装置が前記第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備えている場合、
吸着手段は、電流密度制御手段Eを備えていてもよい。
【0078】
「電流密度制御手段E」とは、前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第1触媒層及び第2触媒層を接続し、前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流した状態で、電流密度が1.0A/cm2以上に維持されように前記直流電源を用いて前記膜電極接合体に電流を流し、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。
【0079】
直流電源のプラス端子に第1触媒層を接続し、直流電源のマイナス端子に第2触媒層を接続し、第1触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、第2触媒層に第2ガスを流し、高電流密度条件下においてMEAに通電すると、式(1)の右辺第1項の寄与分が同第2項及び第3項の寄与分に比べて大きくなる。その結果、フラックスNcの方向が第2触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第2触媒層側に移動し、金属イオンが第2触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0080】
[F. 電流密度制御手段F]
(a)金属イオン除去装置が前記膜電極接合体に電流を流すための直流電源を備え、
(b)前記ガス供給装置が前記第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備えている場合、
吸着装置は、電流密度制御手段Fを備えていてもよい。
【0081】
「電流密度制御手段F」とは、前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第2触媒層及び第1触媒層を接続し、前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流した状態で、電流密度が1.0A/cm2以上に維持されように前記直流電源を用いて前記膜電極接合体に電流を流し、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。
【0082】
電流密度制御手段Eを用いたフラックス制御とは逆に、直流電源のプラス端子に第2触媒層を接続し、直流電源のマイナス端子に第1触媒層を接続し、第1触媒層に第2ガスを流し、第2触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、高電流密度条件下においてMEAに通電すると、フラックスNcの方向が第1触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第1触媒層側に移動し、金属イオンが第1触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0083】
[G. 湿度制御手段G]
(a)前記ガス供給装置が前記第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備え、
(b)金属イオン除去装置が第2ガスを加湿する加湿装置を備え、
(c)金属イオン除去装置が、必要に応じて、前記膜電極接合体に電流を流すための直流電源をさらに備えている場合、
吸着装置は、湿度制御手段Gを備えていても良い。
【0084】
「湿度制御手段G」とは、前記第1触媒層に前記第1ガスを流し、前記第2触媒層に前記第2ガスを流した状態で、電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、前記第2触媒層側の相対湿度(RH2)と第1触媒層側の相対湿度(RH1)との差(=RH2-RH1)が40%RH以上となる条件下に前記膜電極接合体を維持し、これによって前記金属イオンを前記第1触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第1触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる装置をいう。
「電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、湿度差(=RH2-RH1)が40%RH以上となる条件下に膜電極接合体を維持」する方法としては、例えば、
(a)直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第1触媒層及び第2触媒層を接続し、電流密度を0.02A/cm2以下に維持した状態で、MEAに湿度勾配(=RH2-RH1)を付与する方法、
(b)直流電源を膜電極接合体に接続することなく、湿度勾配のみを付与する方法
などがある。
【0085】
第1触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、第2触媒層に第2ガスを流し、MEAを低電流密度条件下に維持すると、式(1)の右辺第1項及び第2項の寄与分が相対的に小さくなる。この時、第2触媒層側の相対湿度を高くすると、右辺第3項の寄与分が同第1項及び第2項の寄与分に比べて大きくなる。その結果、フラックスNcの方向が第1触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第1触媒層側に移動し、金属イオンが第1触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0086】
[H. 湿度制御手段H]
(a)前記ガス供給装置が前記第2ガスとして、水素含有ガス、酸化剤ガス、又は、不活性ガスを供給する装置を備え、
(b)金属イオン除去装置が第2ガスを加湿する加湿装置を備え、
(c)金属イオン除去装置が、必要に応じて、前記膜電極接合体に電流を流すための直流電源をさらに備えている場合、
吸着手段は、湿度制御手段Hを備えていても良い。
【0087】
「湿度制御手段H」とは、前記第1触媒層に前記第2ガスを流し、前記第2触媒層に前記第1ガスを流した状態で、電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、前記第1触媒層側の相対湿度(RH1)と第2触媒層側の相対湿度(RH2)との差(=RH1-RH2)が40%RH以上となる条件下に前記膜電極接合体を維持し、これによって前記金属イオンを前記第2触媒層側に移動させ、前記金属イオンを前記第2触媒層に含まれる前記タングステン化合物に吸着させる手段をいう。
「電流密度が0.02A/cm2以下となり、かつ、湿度差(=RH1-RH2)が40%RH以上にとなる条件下に膜電極接合体を維持」する方法としては、例えば、
(a)前記直流電源のプラス端子及びマイナス端子に、ぞれぞれ、第2触媒層及び第1触媒層を接続し、電流密度を0.02A/cm2以下に維持した状態で、MEAに湿度勾配(=RH1-RH2)を付与する方法、
(b)直流電源を膜電極接合体に接続することなく、湿度勾配のみを付与する方法
などがある。
【0088】
湿度制御手段Gを用いたフラックス制御とは逆に、第1触媒層に第2ガスを流し、第2触媒層に第1ガス(水素含有ガス)を流し、MEAを低電流密度条件下に維持する場合において、第1触媒層側の相対湿度を高くすると、フラックスNcの方向が第2触媒層向きとなる。また、これによって金属イオンが第2触媒層側に移動し、金属イオンが第2触媒層側のタングステン化合物に吸着されやすくなる。
【0089】
[1.6.4. 処理時間]
無害化処理の処理時間は、目的に応じて最適な時間を選択するのが好ましい。一般に、処理時間が短くなりすぎると、無害化処理が不十分となる。一方、処理時間を必要以上に長くしても、効果に差が無く、実益がない。従って、処理時間は、これらの点を考慮して最適な時間を選択するのが好ましい。
【0090】
[2. 作用]
タングステン化合物は、過酸化水素を無害な水と酸素に分解する作用に加えて、フェントン反応に対して活性を有する金属イオンをトラップし、金属イオンを無害化させる作用がある。タングステン化合物による金属イオンのトラップは、
(a)タングステン化合物と過酸化水素とが反応することによって、タングステン過酸化物が生成し、
(b)タングステン過酸化物からα-Keggin型ポリタングステン酸が生成し、
(c)α-Keggin型ポリタングステン酸のKegginシェルの中に金属イオンがトラップされ、ヘテロタングステン酸となる
ことにより進行すると考えられる。
【0091】
さらに、タングステン化合物は、上述したタングステン過酸化物を経由した金属イオンのトラップ作用に加えて、タングステン過酸化物を経由することなく、直接、金属イオンを吸着又はトラップし、金属イオンを無害化させる作用もある。
【0092】
そのため、MEAのいずれかの部位にタングステン化合物を添加すると、金属イオンをトラップし無害化することで、金属イオンと過酸化水素との反応による過酸化物ラジカルの生成を抑制して、電解質劣化を抑制することができる。また、上記に加えて、タングステン過酸化物の生成に過酸化水素が消費されることで過酸化物ラジカルの生成を抑制する効果も考えられる。
しかしながら、MEA中にタングステン化合物を添加した場合において、タングステン化合物と金属イオンとの距離が離れている時には、タングステン化合物は、金属イオンを効率的にトラップすることができない。
【0093】
これに対し、第1触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている場合において、金属イオン除去装置の作動条件(すなわち、金属イオンのフラックスNc)を制御すると、MEA中に含まれる金属イオンを第1触媒層に移動させることができる。その結果、金属イオンが第1触媒層に添加されたタングステン化合物にトラップされ、金属イオンが無害化される確率が高くなる。
あるいは、第2触媒層にタングステン化合物の微粒子が添加されている場合において、金属イオン除去装置の作動条件を制御すると、MEA中に含まれる金属イオンを第2触媒層側に移動させることができる。その結果、金属イオンが第2触媒層に添加されたタングステン化合物にトラップされ、金属イオンが無害化される確率が高くなる。
【0094】
さらに、タングステン化合物は、金属イオンをトラップすることができるが、トラップできる量に限界がある。この問題を解決するために、触媒層に添加するタングステン化合物の添加量を増加させることも考えられる。しかしながら、単にタングステン化合物の添加量を増やすと、燃料電池の性能が低下する場合がある。
【0095】
これに対し、燃料電池のカソード触媒層及びアノード触媒層の双方にタングステン化合物を添加し、かつ、金属イオン除去装置を用いて金属イオンの無害化処理を実行すると、金属イオンをカソード触媒層側又はアノード触媒層側のいずれか一方に移動させることができる。その結果、タングステン化合物の添加量が相対的に少量である場合であっても、性能低下を生じさせることなく、金属イオンのトラップ量を増加させることができる。
【実施例0096】
(実施例1~4)
[1. 試験方法]
[1.1. 実施例1~3]
1mLの0.1M過塩素酸水溶液中に、タングステン化合物を60mg、塩化鉄(III)(FeCl3)を10mg添加し、室温で遮光してスターラーで18時間攪拌した。その後、溶液を遠心分離機で処理し、上澄みと沈殿とに分離した。上澄みに含まれているFe3+の濃度を吸光光度計を用いて定量し、タングステン化合物に吸着したFe3+量を求めた。タングステン化合物には、WO3(実施例1)、WO3・H2O(実施例2)、又は、WO3・2H2O(実施例3)を用いた。
【0097】
[1.2. 実施例4]
1mLの0.1M過塩素酸水溶液中に、WO3・H2Oを6mg、塩化鉄(III)(FeCl3)を1mg添加し、室温で遮光してスターラーで18時間攪拌した。その後、溶液を遠心分離機で処理し、上澄みと沈殿とに分離した。上澄みに含まれているFe3+の濃度を吸光光度計を用いて定量し、WO3・H2Oに吸着したFe3+量を求めた。
【0098】
[2. 結果]
図1に、各種サンプル(実施例1~4)のFe3+吸着量を示す。図1より、以下のことが分かる。
(1)実施例4は、実施例2に比べてFe3+吸着量が減少した。これは、溶液中への各試薬の添加量が1/10以下であるためと考えられる。
(2)WO3及びその水和物は、いずれもFe3+を吸着させる作用があることが分かった。また、結晶水の数によりFe3+吸着量が異なることが分かった。
(4)実施例1~4の結果から、タングステン化合物は、過酸化水素が共存しておらず、タングステン過酸化物が生成しない環境下であっても、金属イオンをトラップして無害化する作用があることが分かった。
【0099】
(実施例5~6、比較例1)
[1. セルの作製]
図2に、実験に用いたセルの断面模式図を示す。電解質膜(NR115)を1Lの0.01M Co2+溶液に80℃で2時間浸漬した。溶液から電解質膜を引き上げ、電解質膜を室温において超純水に浸漬して洗浄した。超純水を3回交換した後、電解質膜を室温で一晩風乾した。Co2+置換膜(図2中、No.2の電解質膜)と、未置換の3枚の電解質膜(図2中、No.3~5の電解質膜)とを積層し、積層膜を得た。
【0100】
片面に4cm2の電極が接合された電解質膜(図2中、No.1、6の電解質膜)を積層膜の両面にさらに配置した。得られた積層膜のホットプレスを行い、MEAを得た。ホットプレス条件は、温度:140℃、昇温時間:5分、圧力:60kg/cm2(5.88MPa)、加圧時間:5分とした。さらに、MEAを4cm2のセルに組み込んだ。
【0101】
[2. 試験方法]
[2.1. 実施例5:電流密度制御]
セル温度:80℃、
両極:水素、300mL/min、80%RH
の環境下において、カソードからアノードへ1.0A/cm2の定電流密度で1時間保持することにより、カソード側にカチオンを偏析させた。その後、各膜に含まれているカチオン(Co2+)濃度を定量した。
【0102】
[2.2. 実施例6:湿度制御]
セル温度:80℃、
アノード:水素、300mL/min、40%RH、
カソード:水素、300mL/min、80%RH
の環境下に1時間保持することにより、アノード側にカチオンを偏析させた。その後、各膜に含まれるカチオン(Co2+)量を定量した。
【0103】
[2.3. 比較例1]
セル温度:80℃、
両極:水素、300mL/min、80%RH
の環境下に1時間保持した。その後、各膜に含まれるカチオン(Co2+)量を定量した。
【0104】
[3. 結果]
図3に、Co2+を含む膜と、Co2+を含まない膜との積層膜を備えたセルを各種の条件(実施例5~6、比較例1)で保持した後の各膜のカチオン置換率を示す。図4より、以下のことが分かる。
(1)実施例5は、電流密度制御により金属イオンの吸着処理を行った例に相当する。図3より、カソード側が高電位となるように、高電流密度条件下に保持すると、カチオンがカソード側に偏析することが分かる。
【0105】
(2)実施例6は、湿度制御により金属イオンの吸着処理を行った例に相当する。図3より、電流密度を相対的に小さくし、かつ、カソード側の湿度を高くすると、カチオンがアノード側に偏析することが分かる。
(3)比較例1は、燃料電池を低電流密度・低湿度勾配条件下に保持した例に相当する。図3より、燃料電池を低電流密度・低湿度勾配条件下に保持した場合、濃度勾配のみを駆動力としてカチオンが拡散し、カチオン濃度が均一化することが分かる。
【0106】
(実施例7~8、比較例2)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例7]
電解質溶液(D2020、ナフィオン(登録商標)分散液、1000EW、20mass%、Chemours製)、Pt担持カーボン、及び、WO3・H2O(EM Japan製)を混合し、触媒インクを作製した。WO3・H2Oの配合量は、触媒層を形成したときに、WO3・H2Oの含有量が7.0μg/cm2となる量とした。触媒インクを基材表面に塗工し、触媒層シートを作製した。
【0107】
次に、Ceイオンを含有させた電解質膜(ナフィオン(登録商標))を作製した。Ceイオンによるスルホン酸基置換率は、4.4%とした。電解質膜の両面に、それぞれ、WO3・H2Oを含有する触媒層をホットプレスし、膜電極接合体を得た。
【0108】
[1.2. 実施例8]
触媒インクへのWO3・H2Oの配合量を、触媒層を形成したときに、WO3・H2Oの含有量が1.2μg/cm2となる量とした以外は、実施例7と同様にして膜電極接合体を作製した。
【0109】
[1.3. 比較例2]
触媒インクにWO3・H2Oを添加しなかった以外は、実施例7と同様にしてCeイオンのみを含む膜電極接合体を作製した。
【0110】
[2. 試験方法]
作製した膜電極接合体に対し、OCV耐久試験を行った。試験条件は、温度:95℃、湿度:40%RH、アノードガス/カソードガス:H2/Air、試験時間:90時間とした。試験後、回収水のフッ素イオン量を測定し、F-溶出量を算出した。
【0111】
[3. 結果]
図4に、WO3・H2Oの含有量と、規格化された総F-溶出量との関係を示す。なお、「規格化された総F-溶出量」とは、各試料の総F-溶出量を比較例2の総F-溶出量で除した値をいう。図4より、以下のことが分かる。
【0112】
(1)実施例7~8は、比較例2に比べてF-溶出量が減少した。これは、触媒層にWO3・H2Oを添加したために、H22の分解が促進され、ラジカルの発生量が減少したためと考えられる。
(2)規格化されたF-溶出量を0.4以下にするためには、WO3・H2O含有量を0.8μg/cm2以上7.0μg/cm2以下にすれば良いことが分かった。また、規格化されたF-溶出量を0.3以下にするためには、WO3・H2Oの含有量を1.0μg/cm2以上5.0μg/cm2以下にすれば良いことが分かった。さらに、規格化されたF-溶出量を0.22以下にするためには、WO3・H2O含有量を1.1μg/cm2以上2.0μg/cm2以下にすれば良いことが分かった。
【0113】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明に係る金属イオン除去装置は、製造直後の固体高分子形燃料電池の初期化、あるいは、経時劣化した固体高分子形燃料電池の再生に用いることができる。
図1
図2
図3
図4