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特開2024-13602低温用磁気冷凍材料及び磁気冷凍システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013602
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】低温用磁気冷凍材料及び磁気冷凍システム
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/01 20060101AFI20240125BHJP
   F25B 21/00 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
H01F1/01 150
F25B21/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022115811
(22)【出願日】2022-07-20
(71)【出願人】
【識別番号】519307850
【氏名又は名称】株式会社Quemix
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】トラン バ フン
(72)【発明者】
【氏名】松下 雄一郎
【テーマコード(参考)】
5E040
【Fターム(参考)】
5E040AA04
5E040BD01
5E040CA16
5E040NN01
5E040NN15
(57)【要約】
【課題】低温環境下で磁気熱量効果を示す低温用磁気冷凍材料を提供することを目的とする。
【解決手段】この磁気冷凍材料は、組成式Nd14B(式中、MはFe又はCo)で示される組成物を含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成式Nd14B(式中、MはFe又はCo)で示される組成物を含む、低温用磁気冷凍材料。
【請求項2】
前記組成式における元素Mは、Feである、請求項1に記載の低温用磁気冷凍材料。
【請求項3】
100K以下の低温環境下で用いられる、請求項1に記載の低温用磁気冷凍材料。
【請求項4】
外部磁場1~5[T]、一定温度の環境下で、[001]方向における磁気エントロピーの変化量ΔSM[001]と、[100]方向における磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]と、の差の大きさ|ΔS|の最大値が0.8[J/kg・K]以上である、請求項1に記載の低温用磁気冷凍材料。
【請求項5】
前記磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]及びΔSM[001]は、式(1)で算出され、
前記差の大きさΔSは、式(2)で算出される、請求項4に記載の低温用磁気冷凍材料。
【数1】
(上記式(1)中、Hext、H’は磁気冷凍材料が配列される環境下における外部磁場の大きさを表し、Mは磁気冷凍材料の自発磁気モーメントを表し、Tは温度を表す)
【数2】
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の低温用磁気冷凍材料を有し、
前記低温用磁気冷凍材料を磁場中で回転させる、磁気冷凍システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温用磁気冷凍材料及び磁気冷凍システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ネオジム磁石は、希土類元素であるネオジムを含む組成物を母材として有する強磁石である。具体的には、ネオジム磁石は、希土類元素のネオジム、鉄及びホウ素で構成された組成物NdFe14Bを主成分として有する。ネオジム磁石は、非常に高い磁力を有し、電子情報機器、産業用ロボット等に活用されている。このような産業への応用に最適化するために、様々なネオジム磁石の製造方法が検討されている(例えば、特許文献1)。
【0003】
地球環境問題の観点から、磁性材料の磁気熱量効果を示す磁気冷凍材料に注目が集まっている。磁気冷凍の方式としては、大きく分けて二種類の方式が知られている。具体的には、磁性相及び非磁性相(常磁性層)の相境界における磁気熱量効果及び相転移を利用する方式、並びに磁性物質である磁気冷凍材料を磁場中で回転させることで、その自由エネルギーの変化量に応じて吸熱・放熱を行う磁気熱量効果を活用する方式が知られている。相転移を利用する方式の磁気熱量効果を示す物質として代表的なものは、ガドリニウム合金(Gd合金)である。高い自発磁気モーメントを有することから高い磁気熱量効果が得られている物質である。
【0004】
近年、磁気冷凍材料を磁場中で回転させることで、その自由エネルギーの変化量に応じて吸熱・放熱を行う磁気熱量効果を活用する方式に適した磁気冷凍材料としてネオジムコバルト合金NdCoが発見された(非特許文献1)。ネオジムコバルト合金は、室温付近で大きな磁気熱量効果を示す。
【0005】
図13は、本発明者らによりシミュレーションされた、従来のガドリニウム合金の磁気熱量効果を説明するための図であり、外部磁場が印加されたときのガドリニウム合金の挙動を示す。ガドリニウム合金に対して、該ガドリニウム合金の磁化容易軸、磁気困難軸Axis 1、Axis 2の向きに外部磁場を印加すると、それぞれAxis 1、Axis 2方向における自発磁気モーメントが変化する。図13(a)に示されるように、Axis 1、Axis 2方向におけるガドリニウム合金の自発磁気モーメントは、いずれの方向に外部磁場を印加した場合であっても、温度増加に伴い単調減少する挙動を示す。磁気モーメントのグラフは、図13(b)、(c)に示されるような逆符号にした磁気エントロピー変化量、磁気エントロピーのグラフに変換でき、ガドリニウム合金のAxis1方向に外部磁場を印加したときの磁気エントロピーの変化量の差ΔS(Conv.)の大きさに対応する大きさの回転(方式)磁気熱量効果を示す。回転(方式)磁気熱量効果は、回転方式の磁気熱量効果であり、外部磁場環境下において、磁気冷凍材料を回転させることで、所定の結晶方向における外部磁場の大きさを変化させたことにより生じる磁気熱量効果である。
【0006】
ネオジム磁石は、強力な強磁性材料として知られているが、低温においてスピンリオリエンテーションを示し、強磁性の性質が失われてしまうため、低温領域での応用は期待されていなかった。また、ネオジム磁石は、135 K以下では、スピンの容易軸がxy面内成分を持ち、強磁石としての性質が小さく、135Kより高温環境下では、スピンの容易軸がz方向成分を持ち、強磁石としての性質が大きい(非特許文献2参照)。この磁化の容易軸がある温度を挟んで変わる現象をスピンリオリエンテーションという。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2022-511484号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】“Crystal Structure, spin reorientation, and rotating magnetocaloric properties of NdCo5-xSix compounds” Journal of Applied Physics 125, 243901(2019).
【非特許文献2】Arnold magnetic technologies, Technotes TN0302 rev.2015a
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ネオジムコバルト合金やガドリニウム合金は、極低温に近い温度である低温環境下で磁気熱量効果を示さず、低温環境下であっても磁気熱量効果を示す磁気冷凍材料が求められている。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされた発明であり、低温環境下で磁気熱量効果を示す磁気冷凍材料及び磁気冷凍システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究の結果、ネオジムコバルトホウ素化合物及びネオジム鉄ホウ素化合物が、低温環境下で、スピンリオリエンテーションを示すとともに特定方向に磁気モーメントが高く、低温環境下で使用する磁気冷凍材料として適していることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
【0013】
[1]本発明の一態様に係る低温用磁気冷凍材料は、組成式Nd14B(式中、MはFe又はCo)で示される組成物を含む。
【0014】
[2]上記[1]の態様において、前記組成式における元素Mは、Feであってもよい。
【0015】
[3]上記[1]又は[2]の態様において、100K以下の低温環境下で用いられてもよい。
【0016】
[4]上記[1]~[3]のいずれかの態様において、外部磁場1~5[T]、一定温度の環境下で、[001]方向における磁気エントロピーの変化量ΔS[001]と、[100]方向における磁気エントロピーの変化量ΔS[100]と、の差の大きさ|ΔS|の最大値が0.8[J/kg・K]以上であってもよい。
【0017】
[5]上記[1]~[4]のいずれかの態様において、前記磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]及びΔSM[001]は、式(1)で算出され、前記差の大きさΔSは、式(2)で算出されてもよい。
【数1】
(上記式(1)中、Hext、H’は磁気冷凍材料が配列される環境下における外部磁場の大きさを表し、Mは磁気冷凍材料の自発磁気モーメントを表し、Tは温度を表す)
|ΔSR|=|ΔSM[001]-ΔSM[100]|・・・(2)
【0018】
[6]本発明の一態様に係る磁気冷凍システムは、上記[1]~[5]のいずれかの態様に係る磁気冷凍材料を有し、前記磁気冷凍材料を磁場中で回転させる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、低温環境下で磁気熱量効果を示す磁気冷凍材料及び磁気冷凍システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施形態に係る磁気冷凍材料の作用を説明するための図である。
図2】所定の絶対温度における磁気冷凍材料を一般化して、スピンリオリエンテーションを示す物質における自発磁気モーメント、逆符号化された磁気エントロピー変化量及び磁気エントロピーを示すグラフである。
図3】本発明の一態様の磁気冷凍システムを説明するための模式図である。
図4図3の変形例に係る磁気冷凍システムを説明するための模式図である。
図5】実施例1のシミュレーションにより再現したネオジム磁石の原子配列を示す図である。
図6】実施例1のネオジム磁石の磁気異方性エネルギーの温度依存性を示すグラフである。
図7】実施例1のネオジム磁石のxy面内、z方向、全体の自発磁気モーメントを示すグラフである。
図8】実施例1のネオジム磁石の磁気モーメントのz方向との角度(degree)の温度依存性を示すグラフである。
図9】実施例1のネオジム磁石の低温環境下における磁気エントロピーの変化量-ΔSM[100]及び-ΔSM[001]の温度依存性を示すグラフである。
図10】実施例1のネオジム磁石の低温環境下、[001]方向及び[100]方向における磁気エントロピーの変化量の差(エントロピーチェンジ)ΔSの温度依存性を示すグラフである。
図11】参考例のネオジム磁石の高温環境下における磁気エントロピー変化量の温度依存性を示すグラフである。
図12】参考例のネオジム磁石の高温環境下、[001]方向及び[100]方向における磁気エントロピーの変化量の差(エントロピーチェンジ)ΔSの温度依存性を示すグラフである。
図13】外部磁場が印加されたときのガドリニウム合金の挙動を示すグラフである。
図14】参考例のNd2Co14Bネオジム磁石のxy面内、z方向、全体の自発磁気モーメント及び自発磁気モーメントのz方向との角度の温度依存性を示す。
図15】約550KにおけるNd2Co14Bネオジム磁石の磁気エントロピー変化量の温度依存性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態の一例について説明する。本発明は、以下の例に限定されない。
【0022】
[磁気冷凍材料]
本発明の実施形態に係る低温用磁気冷凍材料は、組成式Nd14B(式中、MはFe又はCo)で示される組成物を含む。以下、本実施形態において、組成式Nd14B(式中、MはFe又はCo)で示される組成物をネオジム磁石と呼称する場合がある。
【0023】
磁気冷凍材料におけるNd元素の重量比は、例えば23~30wt%であり、M元素の重量比は、例えば60~65wt%であり、B元素の重量比は、例えば1wt%である。
【0024】
磁気冷凍材料は、例えば、ネオジム磁石を主成分として含む。本実施形態において主成分とは、重量比で80wt%以上であることを意味する。磁気冷凍材料における上記組成物の重量は、90wt%以上であることが好ましく、95wt%以上であることがより好ましい。
【0025】
磁気冷凍材料は、上記組成物を構成する元素以外に、例えば、Dy,Cu,Al,Si,Ga,Co,La,Ce,Tb,Al,Ti,Nb(上記組成式中MがFeである場合)からなる群から選択される少なくとも一種の金属元素を含んでいてもよい。磁気冷凍材料における上記組成物以外の金属元素の重量比は、例えば、0wt%以上20wt%以下である。磁気冷凍材料は、銅、アルミニウム等の上記組成物を構成する金属元素以外の金属元素の質量割合は0wt%であってもよい。尚、ディスプロシウムは、磁気冷凍材料の保持力を向上する機能を有し、コバルトは、温度特性の改善及び材料粉の酸化を抑制する機能を有し、銅及びアルミニウムは、保持力を安定化するために結晶組織を制御する機能を有する。
【0026】
磁気冷凍材料は、例えば、上記組成物の焼結体粒子が接着剤により接着された構成である。磁気冷凍材料は、上記組成物以外に接着剤として、例えば、ポリビニルアルコール、ジシアンジアミド、親水性エポキシ樹脂、ケイ酸ナトリウム等の接着物質を含み得る。磁気冷凍材料における接着物質の含有量は、例えば、0wt%以上20wt%以下である。磁気冷凍材料における接着物質の含有量は、0wt%であってもよい。すなわち、磁気冷凍材料は、組成式Nd14Bからなる単結晶を使用しても良い。組成物の焼結体粒子の粒径は、例えば、1~10μmであり、メジアン径(D50)で4~5μm以下である。
【0027】
磁気冷凍材料は、組成式Nd14B(式中、MはFe又はCo)における元素MがFeであることが好ましい。すなわち、磁気冷凍材料は、組成式NdFe14Bで表される組成物を含むことが好ましい。
【0028】
磁気冷凍材料は、詳細を後述する作用により、低温環境下で大きな回転(方式)磁気熱量効果を示す材料であり、例えば、100K以下の低温環境下で用いられ、0Kより高く50K以下の低温環境下で用いられることが好ましい。
【0029】
図1は、本発明の実施形態に係る磁気冷凍材料の作用を説明するための図である。図1には、磁気冷凍材料を挟むように配置された二つの永久磁石により磁場Hが発生している様子を示す。図1(a)は、磁気冷凍材料10に対し、磁気冷凍材料10の[100]方向の磁場が印加されている様子を示し、図1(b)は、磁気冷凍材料10に対し、磁気冷凍材料10の[001]方向の磁場が印加されている様子を示す。
【0030】
本発明の実施形態に係る磁気冷凍材料10は、磁場中で回転させることで、磁気冷凍材料10の磁気エントロピーが変化するため、その自由エネルギーが変化し、そのエネルギー変化量の分だけ吸熱・放熱を行う磁気熱量効果を示す。
【0031】
磁気冷凍材料10は、印加される磁場の向きによって、磁気エントロピーが異なる。具体的には、磁気冷凍材料10の[100]方向に磁場が印加されるときと磁気冷凍材料10の[001]方向に磁場が印加されるときの磁気エントロピーは異なる。そのため、例えば低温環境下で[010]方向を回転軸として磁気冷凍材料10を回転すると、磁気冷凍材料10の向きに応じて磁気エントロピーが変化する。
【0032】
図2に磁気冷凍材料10を一般化させて、一般にスピンリオリエンテーションを示す物質における回転(方式)磁気熱量効果を説明するための図を示す。図2において、磁気冷凍材料10に対して印加される外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料10の室温領域での磁化困難軸[100]方向と同じである条件(条件1)及び外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料10の室温領域での磁化容易軸[001]方向と同じである条件(条件2)のデータをそれぞれ実線、二点鎖線で示す。図2中には、参考データとして、従来の磁気冷凍材料(Gd合金)に対して印加される外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料の磁化困難軸方向と同じである条件(条件3)のデータもあわせて破線で示す。
【0033】
図2(a)は、磁気冷凍材料10に対して、[100]方向及び[001]方向の外部磁場を印加したときの[100]方向及び[001]方向における自発磁気モーメントの温度依存性を示すイメージ図である。
【0034】
磁気冷凍材料10に対して印加される外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料のスピンリオリエンテーション温度以上の温度領域において、磁化困難軸[100]方向である条件及び従来の磁気冷凍材料に対して印加される外部磁場の向きが磁気冷凍材料の磁化困難軸方向である条件(条件1及び条件3)における自発磁気モーメントは、温度上昇に従い減少し、ある特定の温度(通常、スピンリオリエンテーションを示さない強磁性体においてそれはキュリー温度と呼ばれる)で0となる。
【0035】
これに対して、磁気冷凍材料10に対して印加される外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料10のスピンリオリエンテーション温度以上の温度領域において、磁化容易軸[001]方向と同じである条件(条件2)における自発磁気モーメントは、0[K]において比較的小さな値(理想的なスピンリオリエンテーションマテリアルの場合は0)であり、温度上昇に従い増大する。また、室温から温度を下げていった際に磁気冷凍材料10の[001]方向における自発磁気モーメントが小さくなり始める、または[100]方向における自発磁気モーメントが大きくなり始める温度をスピンリオリエンテーション温度Tsという。磁気冷凍材料10において、主成分がNd2Fe14Bである場合、スピンリオリエンテーション温度Tsは135K程度である。磁気冷凍材料10の磁気モーメントは、他の磁性材料における磁気モーメントよりも大きく、[100]、[001]方向の磁気モーメントの大きな立ち上がり、下がりも1つの大きな特徴であり、大きな磁気熱量効果の理由にもなっている。
【0036】
[100]、[001]方向の外部磁場を印加することにより磁気冷凍材料の上記方向における自発磁気モーメントが変化すると、磁気冷凍材料10の磁気エントロピーが変化する。それぞれの方向に印加する外部磁場を0からHextに変化させたときの磁気冷凍材料10の磁気エントロピー変化量ΔSMは、等温磁化曲線から以下の式(1)のマクスウェル方程式を用いて計算される。
【0037】
【数2】
【0038】
上記式(1)中、Hextは、磁気冷凍材料10が配列される環境下における外部磁場の大きさを表し、Mは、磁気冷凍材料の自発磁気モーメントを表し、Tは、温度を表す。すなわち、所定の外部磁場を印加したときの磁気冷凍材料10の磁気エントロピーの変化量は、磁気冷凍材料10の磁化を温度で微分し、外部磁場で積分することで算出される。
【0039】
図2(b)は、磁気冷凍材料10の[100]方向、[001]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[100]、ΔSM[001]の温度依存性を示す。通常の物質においては磁気エントロピー変化量ΔSは負の値を示すことから、ここでは慣例に従い、ΔSそのものではなく、-ΔSをプロットしている。図2(b)において、磁気エントロピー変化量-ΔSM[100]及び-ΔSM[001]は、任意の外部磁場H=Hextを印加したときの磁気エントロピーの外部磁場H=0における磁気エントロピーとの差を表す。すなわち、逆符号磁気エントロピー変化量-ΔSM[100]及び-ΔSM[001]が正であるとき、外部磁場Hを印加することで磁気エントロピーが減少したことを意味し、負であるとき磁気エントロピーが増大したことを意味する。図2(b)において縦軸の値が0の集合である横軸は、外部磁場印加前の磁気エントロピーと同じであることを示す。すなわち、図2(b)における横軸は、外部磁場H=0の集合である。
【0040】
磁気冷凍材料10に対し、[100]方向の外部磁場が印加されたときの磁気エントロピー変化量ΔSM[100]は、所定の温度以下では温度上昇に伴い減少し、該所定の温度以上では温度上昇に伴い増大する。すなわち、[100]方向の外部磁場が印加されたときの磁気冷凍材料10の逆符号磁気エントロピー変化量-ΔSM[100]は、温度変化に対して上凸のグラフである。同様に、従来の磁気冷凍材料も[001]及び[100]における磁気エントロピー変化量は、所定の温度以下では温度上昇に伴い増加し、該所定の温度以上では温度上昇に伴い減少する。
【0041】
一方、磁気冷凍材料10に対し、[001]方向の外部磁場が印加されたときの磁気エントロピー変化量ΔSM[001]は、所定の温度以下の低温環境下では温度上昇に伴い増大し、該所定の温度以上では温度上昇に伴い減少する。すなわち、[001]方向の外部磁場が印加されたときの磁気冷凍材料10の逆符号磁気エントロピー変化量-ΔSM[001]は、温度変化に対して下凸のグラフである。磁気冷凍材料10の[001]方向における磁気エントロピー変化量-ΔSM[001]は、所定の温度以下で負の値を示す。
【0042】
このように、磁気冷凍材料10は、所定の温度以下ではスピンが[100]方向成分を持ち、該所定温度以上では、スピンが[001]方向成分を持ち、スピンリオリエンテーション効果を示す。尚、図2(a)では、磁気冷凍材料10に対し、磁化困難軸[100]の向きに外部磁場を印加したときの磁気モーメントが100%になるように、Gd合金に対し磁化困難軸の向きに外部磁場を印加したときの磁気モーメントを示している。図2(b)に示されるように、磁気冷凍材料10は、スピンリオリエンテーションを示すことで、磁気冷凍材料の[001]及び[100]の向きに外部磁場を印加したときの磁気エントロピー変化量の挙動が逆行する。
【0043】
磁気冷凍材料10は、このような磁気エントロピーの変化により、磁気冷凍材料10の[001]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[001]と[100]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[100]との差ΔSR=ΔSM[001]-ΔSM[100]・・・(2)の大きさ|ΔSR|が、大きくなる。図2では、説明の便宜上、従来の磁気冷凍材料の[100]方向及び[001]方向における磁気エントロピー変化量の差(エントロピーチェンジ)ΔSR(Conv.)並びに磁気冷凍材料10の[100]方向及び[001]方向における磁気エントロピー変化量の差(エントロピーチェンジ)ΔSR(SR)をあわせて示す。磁気エントロピーが変化すると、磁気冷凍材料10の自由エネルギーの大きさが変化し、回転(方式)磁気熱量効果が起こる。磁気熱量効果の大きさは、[001]及び[100]における等温磁気エントロピー変化量の差ΔSR=ΔSM[001]-ΔSM[100]の大きさに依存する。
また、磁気冷凍材料10は、他の磁性材料と比べ、磁気モーメントの大きさが大きい。このような性質を両立することで、磁気冷凍材料10は、低温環境下で大きな回転(方式)磁気熱量効果を示す。
【0044】
図2(c)は、上記条件1,2及び3での磁気冷凍材料の磁気エントロピーの温度依存性及び外部磁場が印加されていない環境下での[100]における磁気エントロピーの温度依存性を表すグラフである。すなわち、図2(c)は、磁気冷凍材料10に対して印加される外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料10のスピンリオリエンテーション温度以上の温度領域において磁化困難軸[100]と同じである条件(条件1)、スピンリオリエンテーション温度以上の温度領域において磁化容易軸[001]と同じである条件(条件2)及び従来の磁気冷凍材料に対して印加される外部磁場Hの向きが磁気冷凍材料の磁化困難軸と同じである条件(条件3)における磁気エントロピーの大きさの温度依存性を示す。
【0045】
図2(c)に示される通り、条件1,3における磁気エントロピーは、外部磁場なしでの磁気エントロピーよりも磁気エントロピーが小さい一方、条件2における磁気エントロピーは、外部磁場なしでの磁気エントロピーよりも大きい。これは、磁気冷凍材料10がスピンリオリエンテーションを示すためである。磁気冷凍材料10では、所定の温度以下で温度を下げていった時にスピンの向きが[001]と直交する方向に電子スピンが傾く。図1に示されるように、磁気冷凍材料を回転させる場合、磁気熱量効果の大きさは、図2(c)において[100]方向の外部磁場を印加したときの磁気エントロピーの挙動のグラフ及び[001]方向の外部磁場を印加したときの磁気エントロピーの挙動のグラフで囲まれる領域の面積に依存する。そのため、図2(c)より、磁気冷凍材料10が、従来の磁気冷凍材料と比べ、大きな吸熱・放熱を行うことが確認できる。
【0046】
尚、上記式(1)は、例えば以下の式(3)の磁気冷凍材料10の古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンHHeisを適用してシミュレーションした組成物に対して算出できる。式(3)における4つの項は、順に、等方性交換相互作用、反対称性磁気相互作用(ジャロシンスキー守谷相互作用)、一軸性の異方性及びゼーマン効果に関する。ジャロシンスキー守谷相互作用は、非常に弱い作用であると考えられ、無視され、従来考慮されてこなかったパラメータである。本実施形態に係る磁気冷凍材料のスピンリオリエンテーションは、ジャロシンスキー守谷相互作用を適用することで、初めて正しく評価された。
【0047】
【数3】
【0048】
上記式(3)中、Jij mはスピン間相互作用、Dijは守谷ベクトル、kuは磁気異方性定数、gはg因子、μはボーア磁子をそれぞれ示す。
【0049】
磁気冷凍材料10の結晶磁気異方性エネルギーMAEは、式(4)で表される。磁気冷凍材料10の結晶磁気異方性エネルギーMAEの上記守谷ベクトルDijの大きさに対する大きさの比(MAE/Dij)は、例えば、0.3~10.0であり、0.40~4.0であることが好ましい。実際に、NdFe14B結晶中において、MAEは0.599meV/Fe-atomであるのに対し、Dij(Fe-Nd間)の大きさは0.155~1.38meVであった。結晶磁気異方性エネルギーMAEの大きさが十分小さいことで、スピンが容易軸に固定されることを避けられ、十分大きいことで、スピンの容易軸、困難軸の区別が明確となる。
【0050】
【数4】
【0051】
上記式(4)において、H[001]及びH[100]は、それぞれ外部磁場の向きが磁気冷凍材料の[001]方向と同じ向きであるときの外部磁場の大きさ、[100]方向と同じ向きであるときの外部磁場の大きさを表し、Msは磁気冷凍材料10の飽和磁気モーメントを表す。
【0052】
磁気冷凍材料10は、外部磁場1~5[T]、一定温度の環境下で、[001]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[001]及び[100]方向における磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]の差の大きさ|ΔS|の最大値が0.8[J/kg・K]以上であることが好ましく、0.9[J/kg・K]以上であることがより好ましく、1.5[J/kg・K]以上であることがさらに好ましい。磁気冷凍材料10がこのような特性を有することで、冷凍庫等に活用しやすい。
【0053】
[磁気冷凍材料の製造方法]
上記実施形態に係る磁気冷凍材料の製造方法を以下に示す。
上記実施形態に係る磁気冷凍材料の製造方法は、例えば、母材合金作製工程、粉砕工程、圧縮成形工程、加熱工程、形状加工工程、表面処理工程及び着磁工程をこの順で有する。以下に具体的な方法の一例を示す。
【0054】
先ず、母材となる合金を作製する(母材合金作製工程)。母材合金は、例えば、所定の重量に秤量し、原料を混合及び溶解炉にて溶解処理し、その後冷却することで形成される。溶解処理は、例えば、炉体内に設けられたセラミックス製の坩堝内に原料を収容し、真空中で高周波誘導加熱にて行う。加熱温度は、例えば1200~1500℃である。溶解処理された母材は、例えば冷却鋳造にて母材合金として作製される。
高周波誘導加熱真空溶解炉にて行われる。
次いで、該合金を粉砕し、粉砕粉を形成する(粉砕工程)。粉砕粉の形成は、例えば、ジェットミリング等により行う。粉砕工程により、例えば、粒径1~10μm程度になるまで合金を粉砕する。
次いで、粉砕粉を磁場中で圧縮成形する(圧縮成形工程)。粉砕粉を磁場中で圧縮成形することにより、それぞれの粉砕粉が磁化容易方向を磁場と同じ方向に揃えるように動き、整列し、圧縮されて固定される。圧縮成形工程では、例えば粉砕粉を油圧成型機、機械式成型機等により圧縮成形して成形体を形成する。
次いで、成形体を熱処理する(熱処理工程)。熱処理工程により、成形体を焼結して焼結体とし、さらに該焼結体を焼きなます。熱処理工程は、例えば、成形体を1000℃以上の高温で焼結し、その後、例えば、500℃以上1000℃未満の温度で焼きなます。
次いで、焼結体を所望の形状に加工する(形状加工工程)。形状加工工程では、例えば、切断加工、平面研削、外周研削、穴あけ加工、複雑形状加工等により行うことができる。
次いで、焼結体に対して表面処理を施す(表面処理工程)。表面処理工程は、例えば、防錆、防食のために行う。表面処理工程では、例えば、湿式法、乾式法、塗装により焼結体の表面に防錆膜を形成する。
次いで、焼結体に着磁する(着磁工程)。
このような手順により、上記実施形態に係る磁気冷凍材料を形成することができる。
【0055】
[磁気冷凍システム]
本発明の実施形態に係る磁気冷凍システムは、上記実施形態に係る磁気冷凍材料を有し、該磁気冷凍材料を磁場中で回転させる。磁気冷凍システムとしては、磁気冷凍材料を除き、公知の回転型のシステムを用いることができる。
【0056】
図3は、本発明の一態様の磁気冷凍システムを説明するための模式図である。図3では、説明の便宜上、流体の流れを矢印で示す。流体としては、ガス又は液体が用いられ、その種類は、不活性なものであれば特に限定されない。図3に示される磁気冷凍システム100Aは、例えば、磁気冷凍材料10、磁気冷凍材料10を回転可能に配置された回転子2、磁気冷凍材料10を挟むように配置された外部磁場供給源3a,3b、磁気冷凍材料10が収容された容器と接続するポンプ4、弁5、管6及び熱浴8を備える。外部磁場供給源3としては、ネオジム磁石等の永久磁石、或いは、電流の流れるコイルなどを用いることができる。弁5は、第1弁5a及び第2弁5bを含む。図中、符号7で示される構成は冷却対象物である。磁気冷凍システム100Aにおいて、磁気冷凍材料10は、永久磁石である外部磁場供給源3a、3bの間に配置されている。磁気冷凍材料10は、このような配置で回転子2により回転されることで、印加される外部磁場の向きが連続的に変化し、磁気熱量効果を示す。
【0057】
第1弁5aは、流体を磁気冷凍材料10から熱浴8へ流入させる経路、及び、流体を冷却対象物7へ流入させる経路のいずれを開状態とし、いずれを閉状態にするかを切り替える手段である。第2弁5bは、熱浴8からのガスを磁気冷凍材料10に流入させる経路、及び、冷却対象物7からのガスを磁気冷凍材料10に流入させる経路のいずれを開状態にし、他方を閉状態にするかを切り替える手段である。
【0058】
具体的には、磁気冷凍材料10が高温になった際、第1弁5aは、ガスを磁気冷凍材料10から熱浴8へ流入させる経路を開状態にし、ガスを冷却対象物7へ流入させる経路を閉状態にする。この際、第2弁5bは、熱浴8からのガスを磁気冷凍材料10に流入させる経路を開状態にし、冷却対象物7からのガスを磁気冷凍材料10に流入させる経路を閉状態にする。上記のように弁5でガスの経路を制御することにより、磁気冷凍材料10の持つ熱はガスを媒介し、熱浴8へと放出される。
一方、磁気冷凍材料10が低温になった際、第1弁5aは、ガスを磁気冷凍材料10から冷却対象物7へ流入させる経路を開状態にし、ガスを熱浴8へ流入させる経路を閉状態にする。この際、第2弁5bは、冷却対象物7からのガスを磁気冷凍材料10に流入させる経路を開状態にし、熱浴8からのガスを磁気冷凍材料10に流入させる経路を閉状態にする。上記のように弁5でガスの経路を制御することにより、冷却対象物7の持つ熱がガスを媒介し、磁気冷凍材料10へと放出される事になる。
【0059】
図4は、図3の変形例に係る磁気冷凍システムを説明するための模式図である。図4では、説明の便宜上、流体の流れを矢印で示す。流体としては、ガス又は液体が用いられ、その種類は、不活性なものであれば特に限定されない。ここでは、ガスと呼ぶが、一般には液体でも構わない。図4に示される磁気冷凍システム100Bは、例えば、磁気冷凍材料10、磁気冷凍材料10を回転可能に配置された回転子2、磁気冷凍材料10を挟むように配置された固定永久磁石3、磁気冷凍材料10が収容された容器と接続するポンプ4、二方弁5、管6及び熱浴8を備える。弁5は、第1弁5a及び第2弁5bを含む。磁気冷凍システム100Bに備えられる弁5は、磁気冷凍材料10の温度に応じて、磁気冷凍システム100Aに備えられる弁5と同様の制御をされる。また、磁気冷凍システム100Bは、磁気冷凍材料10及び回転子2を備える磁気冷凍ユニット9を少なくとも1つ以上備える。磁気冷凍システム100Bにおいて、複数の磁気冷凍ユニット9は、例えば、固定永久磁石3が並ぶ第1方向に沿って、整列して配置されており、例えば、符号11で示される位置等に第二の磁気冷凍ユニット11配置されている。また、複数の磁気冷凍ユニット9は、例えば、円環状に整列して配置されていてもよい。複数の磁気冷凍ユニット9において、磁気冷凍材料10及び固定永久磁石3は、交互に配置されており、固定永久磁石3の磁化方向は、固定永久磁石3の整列方向に沿っている。磁気冷凍システム100Bが複数の磁気冷凍ユニット9を備える場合、それぞれの磁気冷凍材料10と固定永久磁石3が収容された容器は、ポンプ4と繋がる。
【0060】
磁気冷凍システム100Bでは、磁気冷凍材料10が回転子2により回転されると、固定永久磁石3により磁気冷凍材料10に対して印加される外部磁場の向きが連続的に変化し、磁気冷凍材料10に磁気熱量効果が発現する。さらに、固定永久磁石3自体にも磁気冷凍材料が用いられている場合、磁気冷凍材料10が回転子2により回転されると、磁気冷凍材料10により固定永久磁石3に対して印加される外部磁場の向きが連続的に変化し、固定永久磁石3に磁気熱量効果が現れる。固定永久磁石3に使用する磁気冷凍材料としては、磁気冷凍材料10と同じ材料でもよく、異なっていてもよい。固定永久磁石3は、好ましくはNd2Fe14Bで構成されている。磁気冷凍システム100Bは、このように、磁気冷凍材料10と固定永久磁石3との間での相対的な角度を調節することにより、磁気冷凍材料10と固定永久磁石3とに同時に磁気熱量効果を発現する構造を有する。また、図4ではその一例として永久磁石3を固定し、磁気冷凍材料10を回転する構造にしたが、磁気冷凍材料10と固定永久磁石3との間での相対的な角度を調節する機能が備わっていれば、この構造には限定されない。
【実施例0061】
以下、本発明の実施例を説明する。本発明は、以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0062】
[実施例1]
実施例1として、組成式NdFe14Bで示されるネオジム磁石をシミュレーションにより再現し、その特性を評価した。シミュレーションには、第一原理計算コードとモンテカルロ計算コードを用いた。
【0063】
以下の式(3)で示される古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンのそれぞれの係数について、密度汎関数計算(DFT計算)をしてシミュレーションすることで、ネオジム磁石の構造を評価した。
【0064】
【数5】
【0065】
図5は、実施例1のシミュレーションにより再現したネオジム磁石の原子配列を示す図である。単位格子のa軸方向及びb軸方向における大きさは、いずれも8.739Åであり、c軸方向における大きさhが、11.977Åであった。文献“Relationships between crystal structure and magnetic properties in Nd2Fe14B”Physical Review B 29, 4176(R) (1984).に開示されたネオジム磁石の単位格子のa軸方向及びb軸方向における大きさはいずれも8.805Åであり、c軸方向における大きさは12.206Åであり、シミュレーションにより再現性の高いネオジム磁石を得られたことが確認された。
【0066】
上記式(3)で示される古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンについて、以下の式(4)により0(K)における磁気異方性エネルギーを算出したところ、6.72(MJ/m)であり、上記文献の実験値4.9(MJ/m)に近しい値が得られた。ここで、式(4)においてH[001]及びH[100]は、それぞれ外部磁場の向きが磁気冷凍材料の[001]方向と同じ向きであるときの外部磁場の大きさ、[100]方向と同じ向きであるときの外部磁場の大きさを表し、Msは磁気冷凍材料の飽和磁気モーメントを表す。
【0067】
【数6】
【0068】
また、モンテカルロシミュレーションにより、磁気異方性エネルギーの温度依存性を算出した。図6に算出した磁気異方性エネルギーを示す。モンテカルロシミュレーションにより算出したグラフより、ネオジム磁石の磁気異方性は、100K以下の低温環境下において、0Kに近づくに従い減少することが確認された。
【0069】
次いで、ネオジム磁石に対し、z方向([001]方向)の自発磁気モーメントM、xy面内の自発磁気モーメントMxy及び全体の自発磁気モーメントMtotalの温度依存性を算出した。図7に実施例1のネオジム磁石のxy面内、z方向、全体の自発磁気モーメントを示す。ここで、自発磁気モーメントのノルムの2乗は、xy面内、z方向それぞれの成分の2乗の和になっている。Nd2Fe14Bのキュリー温度Tcは、約750[K]であり、確かにキュリー温度において、全体の自発磁気モーメントが0となっていることがわかる。図8にネオジム磁石の磁気モーメントのz方向との角度(degree)をtan関数の逆関数arctan(xy方向成分/z面内成分)と定義し、その温度依存性を示す。
【0070】
図7に示される通り、ネオジム磁石のz方向の自発磁気モーメントMは、温度0(K)近傍で減少しており、xy面内の自発磁気モーメントMxyは、温度0(K)に近づくに従い増加している。図8を参照すると、磁気モーメントのz方向との角度は、温度100(K)未満において、0(K)に近づくに従って増大している。すなわち、ネオジム磁石の電子スピンは、温度0(K)に近づくに従い、z方向からxy面内方向に傾いている。従って、ネオジム磁石は、100K未満の低温環境下で、スピンリオリエンテーションを示すことがわかる。
【0071】
また、以下の式(1)を用いて実施例1のネオジム磁石に対し、一定温度の環境下で、該ネオジム磁石の[100]方向に所定の強度の外部磁場を印加し、磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]を算出した。
【0072】
【数7】
【0073】
磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]は、外部磁場の強度を1T~5Tに変化させて算出した。また、磁気エントロピーの変化量ΔSM[100]は、印加する外部磁場の強度1T~5Tのそれぞれに対して算出した。また、温度を4(K)ずつ変化させ、0K~200Kにおける磁気エントロピー変化量ΔSM[100]の温度依存性を測定した。
【0074】
同様に、実施例1のネオジム磁石に対し、一定温度の環境下で、該ネオジム磁石の[001]方向に所定の強度の外部磁場を印加し、磁気エントロピーの変化量ΔSM[001]を算出した。磁気エントロピーの変化量ΔSM[001]は、[100]方向における測定と同様、印加する外部磁場の強度1T~5Tのそれぞれに対して算出するとともに、温度を4(K)ずつ変化させ、一定温度の環境下で、磁気エントロピー変化量ΔSM[001]の温度依存性を測定した。
【0075】
図9(a)及び(b)に、低温環境下におけるNd2Fe14Bネオジム磁石の磁気エントロピー変化量の温度依存性を示す。尚、図9においては、説明の便宜上、[100]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[100]及び[001]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[001]に対して-1を掛けた逆符号磁気エントロピー変化量のグラフを示す。図9は、古典ハイゼンベルク模型のハミルトニアンにおいて、ジャロシンスキー守谷相互作用を考慮して、初めて正確に算出されるものであり、考慮されてこなかった従来の系では同様のグラフを正確に算出することはできなかった。
【0076】
図9(a)より、約100(K)未満の低温環境下で、ネオジム磁石に対して[100]方向の外部磁場を印加すると、逆符号磁気エントロピー変化量-ΔSM[100]は正の値を示す。
これに対して、図9(b)より、約100(K)未満の低温環境下で、ネオジム磁石に対して[001]方向の外部磁場を印加すると、逆符号磁気エントロピー変化量-ΔSM[001]は負の値を示す。
【0077】
図10に、低温環境下における、[001]方向及び[100]方向における磁気エントロピーの変化量の差(エントロピーチェンジ)ΔSの温度依存性を示す。図10より、低温環境下でネオジム磁石がスピンリオリエンテーションを示し、外部磁場印加に対する[001]方向及び[100]方向の磁気エントロピー変化量の挙動が逆行していること及びネオジム磁石の磁気モーメントの大きさにより、エントロピーチェンジの大きさが大きくなることが確認された。
【0078】
図10に示すように、エントロピーチェンジΔSの大きさは、外部磁場強度が大きいほど大きいことが確認された。また、外部磁場1~5[T]、一定温度の環境下で、[001]方向における磁気エントロピーの変化量ΔSM[001]及び[100]方向における磁気エントロピー変化量ΔSM[100]の差の大きさ|ΔS|の最大値は、0.9以上であり、低温環境下における磁気冷凍材料としての有用性が確認された。
【0079】
(参考例)
比較のために、参考例として、上記手段において、図9及び図10に示す磁気エントロピー変化量及びエントロピーチェンジを算出した手段と同様の手段で、実施例1のネオジム磁石の650K~850Kにおける磁気エントロピーの変化量及びエントロピーチェンジを算出した。図11に参考例のネオジム磁石の高温環境下における磁気エントロピー変化量の温度依存性を示す。図12に参考例のネオジム磁石の高温環境下、[001]方向及び[100]方向における磁気エントロピー変化量の差(エントロピーチェンジ)ΔSの温度依存性を示す。
【0080】
図11及び図12に示される通り、所定の外部磁場印加によるエントロピーチェンジΔSM[100]及びΔSM[001]の大きさが大きい場合であっても、スピンリオリエンテーションを示しておらず、所定の外部磁場印加によるエントロピーの挙動が同様である場合、エントロピーチェンジΔSは大きい値を示さないことが確認された。
【0081】
(参考例)
比較として、実施例1と同様の方法でNd2Co14Bで示されるネオジム磁石をシミュレーションにより再現し、その特性を評価した。ここで、特筆すべきはNd2Co14Bでは、2つのスピンリオリエンテーションが見られることである。図14(a)は、参考例のネオジム磁石のxy面内、z方向、全体の自発磁気モーメントを示す。ここで、自発磁気モーメントのノルムの2乗は、xy面内、z方向([001]方向)それぞれの成分の2乗の和になっている。図14(b)にネオジム磁石の磁気モーメントのz方向との角度(degree)をtan関数の逆関数arctan(xy方向成分/z面内成分)と定義し、その温度依存性を示す。計算結果から明らかなように、100K近傍において現れるスピンリオリエンテーションと500K近傍において現れるスピンリオリエンテーションである。ここでは、500K近傍のスピンリオリエンテーションに注目し、エントロピー変化量に磁気モーメントも重要な要素として働いていることを示す。実際に、500K近傍の磁気モーメントは低温でのそれに比べると半分程度にまで減少していることがわかる。そのような状況において、500K近傍におけるエントロピー変化量を確認した。図15に、約550KにおけるNd2Co14Bネオジム磁石の磁気エントロピー変化量の温度依存性を示す。
【0082】
図14(a)および図14(b)を参照すると、550K近傍において、スピンのxy面内成分が大きくなり、スピンの向きが[001]方向から面内方向へと傾きが生じ、Nd2Co14Bの550Kのスピンリオリエンテーションを示していることが確認された。また図15を参酌すると、550K近傍において実施例1と比べ、等温磁気エントロピー変化量の差ΔSRの大きさが小さくなっていることがわかる。このように、Nd2Co14Bでは、スピンリオリエンテーションを示す550Kにおける磁気モーメントが小さいため、当該温度範囲でスピンリオリエンテーションを起こしながらも、大きな磁気熱量効果が期待できない。一方、100K近傍の低温領域でのNd2Co14Bで見られるスピンリオリエンテーションでは、自発磁気モーメントが大きく、大きな磁気熱量効果が依然として期待される。
【0083】
参考例の結果及び実施例の結果を比較することで、スピンリオリエンテーションを起こし、且つ磁気モーメントが大きいNd2Fe14Bの磁気冷凍材料としての有効性が確認された。
【符号の説明】
【0084】
10:磁気冷凍材料、H:外部磁場、100A,100B:磁気冷凍システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15