IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人甲南学園の特許一覧

<>
  • 特開-物質抽出装置 図1
  • 特開-物質抽出装置 図2
  • 特開-物質抽出装置 図3
  • 特開-物質抽出装置 図4
  • 特開-物質抽出装置 図5
  • 特開-物質抽出装置 図6
  • 特開-物質抽出装置 図7
  • 特開-物質抽出装置 図8
  • 特開-物質抽出装置 図9
  • 特開-物質抽出装置 図10
  • 特開-物質抽出装置 図11
  • 特開-物質抽出装置 図12
  • 特開-物質抽出装置 図13
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136132
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】物質抽出装置
(51)【国際特許分類】
   B01D 11/04 20060101AFI20240927BHJP
   B04B 1/02 20060101ALI20240927BHJP
   B04B 7/08 20060101ALI20240927BHJP
   B04B 9/10 20060101ALI20240927BHJP
   G01N 1/10 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
B01D11/04 103
B04B1/02
B04B7/08
B04B9/10
G01N1/10 H
G01N1/10 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047120
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】茶山 健二
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼津 貴正
【テーマコード(参考)】
2G052
4D056
4D057
【Fターム(参考)】
2G052AD26
2G052ED11
2G052ED17
2G052FB06
2G052HC36
2G052HC38
4D056AB03
4D056AB12
4D056AC04
4D056AC05
4D056AC11
4D056AC13
4D056AC15
4D056BA08
4D056BA09
4D056CA02
4D056CA03
4D056CA06
4D056CA13
4D056CA33
4D056DA10
4D057AA03
4D057AB03
4D057AC01
4D057AC06
4D057AD01
4D057AE02
4D057AF00
4D057CB04
(57)【要約】      (修正有)
【課題】イオン液体の生成反応を利用した物質抽出において、目的物質を迅速かつ簡便に抽出することができる物質抽出装置を提供する。
【解決手段】遠心機2と、遠心機2に取り付けられる回転部材1と、を備える、物質抽出装置10であって、回転部材1は、抽出ユニット11を備えており、抽出ユニット11は、少なくとも、サンプル水溶液を収容するリザーバーAと、陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーBと、対イオン水溶液を収容するリザーバーCと、各リザーバーと接続された溶液混合槽Dと、溶液混合槽Dに連なるイオン液体貯留部Eと、を備えており、回転部材1の回転による遠心力により、サンプル水溶液、陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液、対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dで混合され、イオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材の回転速度が制御される、物質抽出装置。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遠心機と、前記遠心機に取り付けられる回転部材と、を備える、物質抽出装置であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含むサンプル水溶液を収容するリザーバーAと、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーBと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーCと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記サンプル水溶液、前記リザーバーBに収容された前記陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及び前記リザーバーCに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、物質抽出装置。
【請求項2】
遠心機と、前記遠心機に取り付けられる回転部材と、を備える、物質抽出装置であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容するリザーバーAと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーBと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記混合サンプル水溶液、及び前記リザーバーBに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、物質抽出装置。
【請求項3】
前記溶液混合槽へ前記対イオン水溶液が送り込まれた時点で、前記回転部材及び/又は前記抽出装置を振動させる手段を備える、請求項1または2に記載の物質抽出装置。
【請求項4】
複数の前記抽出ユニットを前記回転部材に備える、請求項1または2に記載の物質抽出装置。
【請求項5】
前記イオン液体貯留部は、光透過性のプラスチック部材により構成されている、請求項1または2に記載の物質抽出装置。
【請求項6】
遠心機に取り付けられる回転部材であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含むサンプル水溶液を収容するリザーバーAと、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーBと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーCと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記サンプル水溶液、前記リザーバーBに収容された前記陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及び前記リザーバーCに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、回転部材。
【請求項7】
遠心機に取り付けられる回転部材であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容するリザーバーAと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーBと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記混合サンプル水溶液、及び前記リザーバーBに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、回転部材。
【請求項8】
請求項1に記載の物質抽出装置を利用した物質抽出方法であって、
前記回転部材の前記抽出ユニットの前記リザーバーAに目的物質を含むサンプル水溶液を収容し、前記リザーバーBにイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容し、前記リザーバーCに前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容する工程と、
前記回転部材を前記遠心機に取り付ける工程と、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記サンプル水溶液、前記リザーバーBに収容された前記陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及び前記リザーバーCに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度を制御する工程と、
を備える、物質抽出方法。
【請求項9】
請求項2に記載の物質抽出装置を利用した物質抽出方法であって、
前記回転部材の前記抽出ユニットの前記リザーバーAに、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容し、前記リザーバーBに前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容する工程と、
前記回転部材を前記遠心機に取り付ける工程と、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記混合サンプル水溶液、及び前記リザーバーBに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度を制御する工程と、
を備える、物質抽出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質抽出装置に関する。さらに、本発明は、当該物質抽出装置に利用される回転部材、及び当該物質抽出装置を利用した物質抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
目的物質を抽出する手段として、溶媒抽出法が100年以上前から利用されている。溶媒抽出法は、水に難溶な有機溶媒であるベンゼンやヘキサンなどを使用して、水の中から有用な物質を有機相中に抽出する手法である。この手法には、分液漏斗や共栓付き遠沈管など、2相を激しく振とうするためのガラス製容器が用いられている。
【0003】
近年、有機溶媒の代替溶媒として、イオン液体が利用され始めてきた。イオン液体も水に難溶で、かつ、蒸気圧がほとんどないことから、従来利用されてきた有機溶媒のような吸収毒性がなく、目的物質の抽出手段への利用の研究が進んでいる(特許文献1及び特許文献2を参照)。
【0004】
しかしながら、特許文献1では水溶液からアルコールを抽出するための溶媒としてあらかじめ調製したイオン液体を使用しているが、その過程において撹拌機等で激しく混合する(振とう)操作が必要である。また、特許文献2では、激しい振とう操作などを必要とせずイオン液体生成反応を利用して水溶液中から目的物質を抽出する技術が開示されているが、目的物質の分離・定量、分取などのためには、上澄み溶液を除去し、フィルターで濾過するなど面倒な手順が必要であり、相分離にも一定の時間を要している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2011-526259号
【特許文献2】特開2015-77583号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記の通り、溶媒抽出法において、従来の有機溶媒の代わりにイオン液体を用いる場合には、抽出目的とする物質を、2相間の界面を移動させるための振とうなどの操作が必要であり、また、イオン液体生成反応を利用する場合であっても、相分離に時間を要し煩雑な手順が必要であり、目的物質を迅速かつ簡便に抽出する装置が求められる。
【0007】
本発明は、イオン液体の生成反応を利用する物質抽出において、この一連の操作を可能とした目的物質を迅速かつ簡便に抽出することができる物質抽出装置を提供することを主な目的とする。さらに、本発明は、当該物質抽出装置に利用される回転部材、及び当該物質抽出装置を利用した物質抽出方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、目的物質を含むサンプル水溶液、イオン液体を構成する陽イオン水溶液、及びイオン液体を構成する陰イオン水溶液を収容する複数のリザーバーを有する、所定の抽出ユニットを備える回転部材を設計し、当該回転部材に遠心力を加えることで、抽出ユニット中でイオン液体を生成させ、目的物質がイオン液体中に迅速かつ簡便に抽出されることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0009】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 遠心機と、前記遠心機に取り付けられる回転部材と、を備える、物質抽出装置であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含むサンプル水溶液を収容するリザーバーAと、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーBと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーCと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記サンプル水溶液、前記リザーバーBに収容された前記陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及び前記リザーバーCに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、物質抽出装置。
項2. 遠心機と、前記遠心機に取り付けられる回転部材と、を備える、物質抽出装置であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容するリザーバーAと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーBと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記混合サンプル水溶液、及び前記リザーバーBに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、物質抽出装置。
項3. 前記溶液混合槽へ前記対イオン水溶液が送り込まれた時点で、前記回転部材及び/又は前記抽出装置を振動させる手段を備える、項1または2に記載の物質抽出装置。
項4. 複数の前記抽出ユニットを前記回転部材に備える、項1~3のいずれか1項に記載の物質抽出装置。
項5. 前記イオン液体貯留部は、光透過性のプラスチック部材により構成されている、項1~4のいずれか1項に記載の物質抽出装置。
項6. 遠心機に取り付けられる回転部材であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含むサンプル水溶液を収容するリザーバーAと、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーBと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーCと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記サンプル水溶液、前記リザーバーBに収容された前記陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及び前記リザーバーCに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、回転部材。
項7. 遠心機に取り付けられる回転部材であって、
前記回転部材は、抽出ユニットを備えており、
前記抽出ユニットは、少なくとも、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容するリザーバーAと、前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーBと、前記各リザーバーと接続された溶液混合槽と、前記溶液混合槽に連なるイオン液体貯留部と、を備えており、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記混合サンプル水溶液、及び前記リザーバーBに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度が制御される、回転部材。
項8. 項1に記載の物質抽出装置を利用した物質抽出方法であって、
前記回転部材の前記抽出ユニットの前記リザーバーAに目的物質を含むサンプル水溶液を収容し、前記リザーバーBにイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容し、前記リザーバーCに前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容する工程と、
前記回転部材を前記遠心機に取り付ける工程と、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記サンプル水溶液、前記リザーバーBに収容された前記陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及び前記リザーバーCに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度を制御する工程と、
を備える、物質抽出方法。
項9. 項2に記載の物質抽出装置を利用した物質抽出方法であって、
前記回転部材の前記抽出ユニットの前記リザーバーAに、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容し、前記リザーバーBに前記イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容する工程と、
前記回転部材を前記遠心機に取り付ける工程と、
前記遠心機に取り付けられた前記回転部材の回転による遠心力により、前記リザーバーAに収容された前記混合サンプル水溶液、及び前記リザーバーBに収容された前記対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に前記溶液混合槽へ送り込まれることで混合液が生成されると共に、前記混合液中において前記陽イオン及び前記陰イオンから生成したイオン液体が、前記イオン液体貯留部へ移動するよう、前記回転部材の回転速度を制御する工程と、
を備える、物質抽出方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、イオン液体の生成反応を利用した物質抽出において、目的物質を迅速かつ簡便に抽出することができる物質抽出装置を提供することができる。さらに、本発明によれば、当該物質抽出装置に利用される回転部材、及び当該物質抽出装置を利用した物質抽出方法を提供することもできる。
【0011】
本発明によれば、イオン液体を物質抽出装置中で生成させることにより、従来の2相間イオン液体抽出のような振とうなどの操作を必要とせず、この一連の操作を抽出装置で完結できるため、目的物質の抽出の自動化も可能となる。
【0012】
また、物質抽出装置中で生成するイオン液体は、プラスチック、樹脂などを溶かさないため、例えば、プラスチック製、樹脂製の抽出ユニットを3Dプリンター、射出成型などによって、安価に試作又は大量生産することも可能である。
【0013】
また、回転部材に複数の抽出ユニットを形成すれば、少ないサンプル量の多検体を一度に抽出・濃縮すること(多検体試験)も可能である。この場合、抽出操作時に、各サンプル中の被検体の濃度は、標準物質も同時に試験して作成した検量線より、定量可能となる。イオン液体が多種の陽イオンと陰イオンの膨大な数の組み合わせで生成するため、本抽出装置の使用により、多くの陽、陰イオンの組み合わせから、目的化学物質の抽出に最適のイオン液体を見出すこと(最適イオン液体探索)が可能である。
【0014】
さらに、吸光光度定量、蛍光定量などを、抽出・濃縮の操作の延長で行うことも可能であり、サンプルの分取も可能である。本発明においては、固相抽出のように、一度抽出したサンプルを再度溶出する必要がない。生体試料等、不溶性の夾雑物を多く含む資料からの化学物質の濃縮等、固相抽出では困難な抽出が可能となる。イオン液体を構成する陽イオン或いは陰イオンに官能基を修飾することにより、選択特異的なイオン液体(タスクスペシフィックIL)抽出が可能となる。
【0015】
さらに、複数枚の回転部材を組み合わせることにより、容量の増加、前処理反応等に対応することもできる。一つの回転部材中に複数個の抽出ユニットを形成した場合、例えば、一方のイオンのリザーバーを装置円周の中心に配置し、各抽出ユニットヘそのイオン溶液を送液する構造も可能である。各リザーバー間の送液や各水溶液の混合などを巨大なスケールに応用するプラントで本技術が適用された場合、現在産業界で稼働している抽出プラント以上の抽出効率及び抽出速度をもつ産業用抽出装置とすることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の物質抽出装置(第1の態様)を説明するための模式的平面図である。
図2】本発明の物質抽出装置(第2の態様)を説明するための模式的平面図である。
図3】本発明の物質抽出装置(第2の態様)を説明するための模式的平面図である。
図4】実施例で使用したイオン液体を構成するカチオン及びアニオンの構造式である。
図5】実施例で使用したイオン液体を構成するカチオン及びアニオンの抽出イオンクロマトグラム(上)THC-COOH-Gluの抽出イオンクロマトグラム(下)である。
図6】実施例における各イオン液体によるTHC-COOH-Glu回収率を比較したグラフである。
図7】実施例で使用した回転部材(ラボディスク)の外観の写真画像である。
図8】実施例で使用した回転部材(ラボディスクの各部位の名称(上は平面図)及び抽出機構(下は断面図)の模式図である。
図9】実施例において、ブリリアントグリーン水溶液を用いて回転部材(ラボディスク)の回転数及び遠心分離時間の検討を行った写真画像である。
図10】実施例において、遠心分離中の温度条件の検討を行ったグラフである。
図11】実施例において、カチオン及びアニオンの添加順の検討を行ったグラフである。
図12】実施例において、THC-COOH-Glu添加尿を用いた検量線を示すグラフである。
図13】実施例で使用した回転部材(ラボディスク)の設計図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書において、「~」で結ばれた数値は、「~」の前後の数値を下限値及び上限値として含む数値範囲を意味する。複数の下限値と複数の上限値が別個に記載されている場合、任意の下限値と上限値を選択し、「~」で結ぶことができるものとする。
【0018】
1.物質抽出装置
本発明の物質抽出装置は、遠心機と回転部材とを備える。回転部材は、遠心機に取り付けられる。さらに、回転部材は、抽出ユニットを備えている。
【0019】
本発明の第1の態様に係る物質抽出装置10において、回転部材1の抽出ユニット11は、少なくとも、リザーバーA,B,Cの3つのリザーバーを備えている(図1参照)。図1は、1つの回転部材1に3つの抽出ユニット11を形成した場合の模式図を示している。1つの回転部材1に含まれる抽出ユニット11の数は、1つのみであってもよいし、2以上であってもよい。図1の回転部材1は、3つの抽出ユニット11を有している。また、1つの回転部材1に含まれる抽出ユニット11は、1種類のみであってもよいし、2種類以上であってよい。
【0020】
第1の態様に係る物質抽出装置10において、リザーバーAは、目的物質を含むサンプル水溶液を収容するリザーバーである。リザーバーBは、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーである。リザーバーCは、リザーバーBのイオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーである。すなわち、イオン液体を構成する陽イオン水溶液をリザーバーBに収容した場合には、当該イオン液体を構成する陰イオン水溶液をリザーバーCに収容し、イオン液体を構成する陰イオン水溶液をリザーバーBに収容した場合には、当該イオン液体を構成する陽イオン水溶液をリザーバーCに収容する。
【0021】
さらに、第1の態様に係る物質抽出装置10は、各リザーバーと接続された溶液混合槽Dと、溶液混合槽Dに連なるイオン液体貯留部Eとを備えている。図1においては、リザーバーAと溶液混合槽Dとが流路ADにより接続されており、リザーバーBと溶液混合槽Dとが流路BDにより接続されており、リザーバーCと溶液混合槽Dとが流路CDにより接続されている。遠心機2に取り付けられた回転部材1の回転による遠心力により、リザーバーAに収容されたサンプル水溶液、リザーバーBに収容された陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及びリザーバーCに収容された対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dへ送り込まれることで混合液が生成される。図1には、回転部材1を遠心機2に取り付けるための取り付け部12を図示している。さらに、混合液中において陽イオン及び陰イオンから生成したイオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材1の回転速度が制御される。溶液混合槽Dにおいて、混合液中のイオン液体に目的物質が移動し、さらに目的物質を含むイオン液体がイオン液体貯留部Eへ移動することで、サンプル水溶液から目的物質が抽出される。目的物質を含むイオン液体は、例えば、イオン液体貯留部Eに接続するように採取口を設けることにより、回転部材1から取り出し各種分析に供することもできるし、イオン液体貯留部Eに収容された状態で各種分析に供することもできる。
【0022】
また、本発明の第2の態様に係る物質抽出装置において、抽出ユニットは、少なくとも、リザーバーA,Bの2つのリザーバーを備えている(図2,3参照)。第1の態様と同じく、1つの回転部材1に含まれる抽出ユニット11の数は、1つのみで合ってもよいし、2以上であってもよい。図2の回転部材1は、3つの抽出ユニット11を有している。また、図3の回転部材1は、1つリザーバーAを共有する3つの抽出ユニット11を有しているといえる。1つの回転部材1に含まれる抽出ユニット11は、1種類のみであってもよいし、2種類以上であってよい。
【0023】
第2の態様に係る物質抽出装置10において、リザーバーAは、目的物質を含むサンプル水溶液と、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容するリザーバーである。リザーバーBは、リザーバーAのイオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーである。すなわち、イオン液体を構成する陽イオン水溶液をリザーバーAに収容した場合には、当該イオン液体を構成する陰イオン水溶液をリザーバーBに収容し、イオン液体を構成する陰イオン水溶液をリザーバーAに収容した場合には、当該イオン液体を構成する陽イオン水溶液をリザーバーBに収容する。
【0024】
第2の態様に係る物質抽出装置10においても、各リザーバーと接続された溶液混合槽Dと、溶液混合槽Dに連なるイオン液体貯留部Eとを備えている。図2,3においては、リザーバーAと溶液混合槽Dとが流路ADにより接続されており、リザーバーBと溶液混合槽Dとが流路BDにより接続されている。
【0025】
図2は、1つの回転部材1に3つの抽出ユニット11を形成した場合の模式図を示している。一方、図3の抽出ユニット11は、共通する1つのリザーバーAが、複数の溶液混合槽Dに接続されており、各溶液混合槽Dには、それぞれ、リザーバーBが接続された構造を備えている。
【0026】
例えば、図3のような抽出ユニット11とすることにより、1箇所のリザーバーAに、目的物質を含むサンプル水溶液と、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容し、各リザーバーBには、様々な対イオン水溶液を収容して目的物質の抽出を行うことにより、目的物質の抽出に最適なイオン液体の対イオンの組み合わせの探索をより効率的に行うことが可能となる。
【0027】
第2の態様に係る物質抽出装置10においても、遠心機2に取り付けられた回転部材1の回転による遠心力により、リザーバーAに収容された混合サンプル水溶液、リザーバーBに収容された対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dへ送り込まれることで混合液が生成される。図2には、回転部材1を遠心機2に取り付けるための取り付け部12を図示している。さらに、混合液中において陽イオン及び陰イオンから生成したイオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材1の回転速度が制御される。溶液混合槽Dにおいて、混合液中のイオン液体に目的物質が移動し、目的物質を含むイオン液体がイオン液体貯留部Eへ移動することで、混合サンプル水溶液から目的物質が抽出される。第1の態様で説明したように、目的物質を含むイオン液体は、イオン液体貯留部Eに接続するように採取口を設けることにより、回転部材1から取り出し各種分析に供することもできるし、イオン液体貯留部Eに収容された状態で各種分析に供することもできる。
【0028】
本発明の物質抽出装置10は、イオン液体を用いた共抽出を利用した物質の抽出装置である。すなわち、目的物質を含む水溶液と、イオン液体を構成する陽イオンを含む水溶液及び陰イオンを含む水溶液の少なくとも一方を混合し、その後に、当該イオン液体の対イオンを含む水溶液を混合することにより、混合液中から、溶解度積を超えたイオン液体を生成させる。目的物質を含む水溶液と、イオン液体を構成する陽イオンを含む水溶液及び陰イオンを含む水溶液の少なくとも一方とが混合されると、目的物質が陽イオン又は陰イオンが形成するミセル様の集合体に分配される。このため、その後に、当該イオン液体の対イオンを含む水溶液が混合され、イオン液体が生成した際には抽出が完了している。この系では、振とう操作が不要であり、遠心分離の操作のみで、イオン液体抽出を完結できる。さらに、抽出操作後(遠心分離後)にイオン液体を取り出し、微量分光光度計、LC-MS等の他の分析手法へ供与することも可能である。また、回転中に抽出されたイオン液体に透過光を照射し、分光光度法により化学物質の定量等を行うことも可能である。
【0029】
本発明の回転部材1においては、イオン液体を構成する陽イオンを含む水溶液及び陰イオンを含む水溶液の少なくとも一方が混合された後、当該イオン液体の対イオンを含む水溶液が混合される順序となれば、目的物質を生成したイオン液体中に抽出することができる。例えば、遠心機による回転部材1の回転速度を制御することにより、回転部材1に加わる遠心力を調整することができ、これにより、各リザーバーに収容されている水溶液が溶液混合槽Dに送り込まれる順序、及び生成したイオン液体をイオン液体貯留部Eに移動させるタイミングなどを制御することができる。また、これらの順序、タイミング等は、各リザーバーと溶液混合槽Dとを接続する流路の幅、断面積、長さ等によっても調整することができる。さらに、各リザーバー、各流路、溶液混合槽D、イオン液体貯留部Eの少なくとも一部に高低差を設けることによっても、これらの順序、タイミング等を調整することができる(図8参照)。
【0030】
本発明の回転部材1は、平面視円形であり、複数の抽出ユニットが設けられている場合には、各抽出ユニットに加わる遠心力が均一になるように設計することが好ましい。回転部材1の直径は、抽出の目的等に応じて適宜設計することができ、例えば、50mm、100mm、150mmである。
【0031】
回転部材に含まれる抽出ユニットの数は1つのみであってもよいし、2つ以上であってもよい。回転部材に含まれる抽出ユニットの数は、抽出の目的等に応じて適宜選択することができる。
【0032】
抽出ユニット11における各リザーバー A、B、C、溶液混合槽D、イオン液体貯留部Eの容積なども、抽出の目的等に応じて適宜設計すればよく、特段の制限はない。リザーバーAの容積については、例えば、1mL以上である。リザーバーBの容積については、例えば、0.5mL以上である。リザーバーCの容積については、例えば、0.5mL以上である。溶液混合槽Dの容積については、例えば、2mL以上である。イオン液体貯留部Eの容積については、例えば、0.05mL以上である。
【0033】
また、各リザーバーと溶液混合槽Dとを接続する各流路の幅及び高さ、長さ等によっても調整することができる。抽出の目的等に応じて適宜設計すればよく、特段の制限はない。各流路の幅及び高さは、例えば、0.02mm以上、1mm以下である。また、各流路の長さは、例えば、0.5mm以上、150mm以下である。
【0034】
回転部材を構成する材料は、水及びイオン液体によって溶解しない材料であれば、特に制限されない。例えば、プラスチック、金属、ガラスなどは、水及びイオン液体によって溶解しないことから、回転部材を構成する材料として好適である。
【0035】
例えば、回転部材1のうち、少なくとも、イオン液体貯留部Eを、光透過性のプラスチック部材により構成すれば、回転中に抽出されたイオン液体に透過光を照射し、分光光度法により化学物質の定量等を行うことも可能となる。回転部材1のうち、イオン液体貯留部Eのみを光透過性のプラスチック部材により構成することもできるし、抽出ユニット11全体を光透過性のプラスチック部材により構成することもできるし、回転部材1全体を光透過性のプラスチック部材により構成することもできる。
【0036】
プラスチック部材としては、熱可塑性樹脂、硬化性樹脂(例えば、熱硬化性樹脂、電離放射線硬化性樹脂など)の硬化物などが挙げられる。硬化性樹脂は、加熱又は電離放射線照射により、硬化する樹脂であり、公知のものが使用できる。硬化性樹脂としては、例えば、アクリル系樹脂、ウレタン系樹脂、フェノール系樹脂、尿素メラミン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂等が挙げられる。また、熱可塑性樹脂としては、例えば、アクリル系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリアミド系樹脂などが挙げられる。
【0037】
本発明の物質抽出装置10において、遠心機2は、回転部材1を取り付け、回転部材1の回転に遠心力を加えることができるものであれば、特に制限されず、公知の遠心機を利用することができる。
【0038】
遠心機2による回転部材1の回転数は、回転部材1のサイズ、抽出ユニットの設計等に応じて調整され、例えば、100~3000rpm程度である。
【0039】
遠心機2は、回転部材1の溶液混合槽Dへ対イオン水溶液が送り込まれた時点で、回転部材1及び/又は物質抽出装置10を振動させる手段を備えていてもよい。回転部材1及び/又は物質抽出装置10を振動させることにより、溶液混合槽D中におけるイオン液体の生成、溶液混合槽Dからイオン液体貯留部Eへイオン液体の移動を促すことができる。
【0040】
本発明の物質抽出装置10を使用したイオン液体抽出法において、抽出対象とする目的物質、イオン液体、緩衝溶液などは、周知技術などを参照し、抽出目的に応じて適宜選択することができ、限定されるものではない。すなわち、本発明の物質抽出装置10は、イオン液体を利用したイオン液体抽出法が適用できるものであれば、抽出対象とする目的物質及びイオン液体に制限はない。
【0041】
イオン液体を利用した抽出法は、金属イオン、低分子有機化合物(アミノ酸等)、生体高分子(クロロフィルム、ヘモグロビン等)、大腸菌、食品添加成分、違法薬物など幅広い物質の抽出に適用することができることが知られている(例えば非特許文献1)。したがって、本発明の物質抽出装置10についても、幅広い目的物質を抽出対象とすることができる。
【0042】
本発明の物質抽出装置10に使用するイオン液体についても、目的物質に応じて選択すればよい。また、本発明の物質抽出装置10を利用すれば、目的物質の抽出に適した対イオンの探索(イオン液体を構成する陽イオンと陰イオンの組み合わせの探索)も効率的に行うことができることから、目的物質に抽出したイオン液体が不明であっても、適したイオン液体の探索が可能である。前記の通り、例えば図3のような抽出ユニット11を利用すれば、目的物質の抽出に最適なイオン液体の対イオンの探索をより効率的に行うことができる。
【0043】
2.回転部材
本発明の回転部材1は、遠心機2に取り付けられる備える回転部材である。前記の通り、回転部材1は、抽出ユニット11を備えている。前記のとおり、回転部材1に含まれる抽出ユニットの数は1つのみであってもよいし、2つ以上であってもよい。回転部材に含まれる抽出ユニットの数は、抽出の目的等に応じて適宜選択することができる。
【0044】
第1の態様において、抽出ユニット11は、少なくとも、目的物質を含むサンプル水溶液を収容するリザーバーAと、イオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容するリザーバーBと、イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーCと、各リザーバーと接続された溶液混合槽Dと、溶液混合槽Dに連なるイオン液体貯留部Eとを備えている。遠心機2に取り付けられた回転部材1の回転による遠心力により、リザーバーAに収容されたサンプル水溶液、リザーバーBに収容された陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及びリザーバーCに収容された対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dへ送り込まれることで混合液が生成されると共に、混合液中において陽イオン及び陰イオンから生成したイオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材の回転速度が制御される。
【0045】
また、第2の態様において、抽出ユニット11は、少なくとも、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容するリザーバーAと、イオン液体を構成する対イオン水溶液を収容するリザーバーBと、各リザーバーと接続された溶液混合槽Dと、溶液混合槽Dに連なるイオン液体貯留部Eとを備えている。遠心機2に取り付けられた回転部材1の回転による遠心力により、リザーバーAに収容された混合サンプル水溶液、及びリザーバーBに収容された対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dへ送り込まれることで混合液が生成されると共に、混合液中において陽イオン及び陰イオンから生成したイオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材の回転速度が制御される。
【0046】
回転部材1の詳細については、前記「1.物質抽出装置」の欄に記載の通りである。
【0047】
3.物質抽出方法
本発明の物質抽出方法は、本発明の物質抽出装置10を利用した物質の抽出方法である。
【0048】
第1の態様の物質抽出方法は、以下の工程を備えている。
回転部材1の抽出ユニット11のリザーバーAに目的物質を含むサンプル水溶液を収容し、リザーバーBにイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方を収容し、リザーバーCにイオン液体を構成する対イオン水溶液を収容する工程
回転部材を遠心機2に取り付ける工程
遠心機2に取り付けられた回転部材1の回転による遠心力により、リザーバーAに収容されたサンプル水溶液、リザーバーBに収容された陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方、及びリザーバーCに収容された対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dへ送り込まれることで混合液が生成されると共に、混合液中において陽イオン及び陰イオンから生成したイオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材の回転速度を制御する工程
【0049】
また、第2の態様の物質抽出方法は、以下の工程を備えている。
回転部材1の抽出ユニット11のリザーバーAに、目的物質を含む水溶液とイオン液体を構成する陽イオン水溶液又は陰イオン水溶液のいずれか一方との混合サンプル水溶液を収容し、リザーバーBにイオン液体を構成する対イオン水溶液を収容する工程
回転部材1を遠心機2に取り付ける工程、
遠心機2に取り付けられた回転部材1の回転による遠心力により、リザーバーAに収容された混合サンプル水溶液、及びリザーバーBに収容された対イオン水溶液が、時間差をもってこの順に溶液混合槽Dへ送り込まれることで混合液が生成されると共に、混合液中において陽イオン及び陰イオンから生成したイオン液体が、イオン液体貯留部Eへ移動するよう、回転部材1の回転速度を制御する工程
【0050】
物質抽出装置10の詳細については、前記「1.物質抽出装置」の欄に記載の通りである。
【実施例0051】
以下に、実施例等を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0052】
(1)試薬
イオン液体(IL)の原料として、塩化1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム([BMIM]Cl)(東京化成)、塩化1-オクチル-3-メチルイミダゾリウム([OMIM]Cl)(東京化成)、臭化1-ブチル-3-メチルピリジニウム([BMPy]Br)(東京化成)、塩化1-ブチル-1-メチルピロリジニウム([C4MPyr]Cl)(東京化成)、臭化トリブチル-n-オクチルホスホニウム([P4448]Br)(東京化成)、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウム(Li[NTf2])(関東化学)、1,1,2,2,3,3,4,4,4-ノナフルオロ-1-ブタンスルホン酸リチウム(Li[NFBS])(富士フィルム和光純薬)及びビス(ノナフルオロブタンスルホニル)イミドリチウム(Li[NNf2])(東京化成)を用いた。THC-COOH-Glu、THC-COOH-Glu-D3及びTHC-COOH-D3はセリリアント製を用いた。メタノール、酢酸アンモニウムは富士フィルム和光純薬製(LC/MS用)を用いた。ブリリアントグリーンはナカライテスク製を用いた。
【0053】
(2)LC/MS条件
LC装置:島津製作所製Prominence UFLC、カラム:化学物質評価研究機構製L-columun2 ODS(150mm×1.5mm、粒子径5μm)、カラム槽温度:40℃、移動相A:5%メタノール水溶液(10mM 酢酸アンモニウム含有)、移動相B:95%メタノール水溶液(10mM酢酸アンモニウム含有)、グラジエント条件:B0%-100%(15分間直線グラジエント後、10分間維持)、流速0.1mL/min、注入量:10μL、質量分析装置:サーモフィッシャーサイエンティフィック製LTQ XL、イオン化モード:ESI(Positive:BMIm、OMIm、BMPy、C4MPyr、P4448、THC-COOH-D3、Negative:NTf2、NFBS、NNf2、THC-COOH-Glu、THC-COOH-Glu-D3)、スプレー電圧:5kV、キャピラリー温度:300℃、測定モード:プロダクトイオンスキャンモード(質量分析条件は表1に示す)、バルブ:分析開始後20分から流路をMS側に切り替え(BMIm_NFBSを用いて共抽出を行った時)
【0054】
【表1】
【0055】
(3)イオン液体(IL)の選別
(i) 液体クロマトグラフ(LC)による分離
ILを構成するカチオン(陽イオン)5種類を含む塩([BMIM]Cl、[OMIM]Cl、[BMPy]Br、[C4MPyr]Cl、[P4448]Br)及びアニオン(陰イオン)3種類を含む塩(Li[NTf2]、Li[NFBS]、Li[NNf2])について、10nMメタノール溶液を調整してLC/MSを行った。
【0056】
(ii) IL生成を用いた共抽出法
試料0.8mLに1 Mカチオン水溶液0.1mLを加え、1Mアニオン水溶液0.1mLを加えた。
【0057】
(iii) THC-COOH-Gluの抽出
蒸留水にTHC-COOH-Gluメタノール溶液(pre-spike群)orメタノール(post-spike群)を添加した液体0.8mLに対して共抽出を行い、遠心分離後、水相を除去し、IL相にメタノール(pre-spike群)orTHC-COOH-Gluメタノール溶液(post-spike群)を加えた。内部標準としてTHC-COOH-Glu-D3を添加しPTFE濾過後LC/MSを行った。
【0058】
(4)回転部材(ラボディスク)の作成
3Dプリンター機種:Stratasys製Objet260 connex3、樹脂:VeroClear(アクリル系硬質樹脂)、積層ピッチ:30μm、3Dモデリング用ソフトウェア:SolidWorks 3D CAD
3Dプリンターで造形後、サポート材をピンセットや注射針を使用して削り落とし、高圧洗浄機で除去した。ラボディスクの上面を紙やすりで研磨し、採取口等にポリエステルフィルムを貼付し、密閉した。
【0059】
(5)回転部材(ラボディスク)を用いての抽出
遠心分離にはTOMY製MX-305を使用した。
【0060】
(i) ブリリアントグリーンの抽出
5×10-5 Mブリリアントグリーン水溶液0.8mLを試料として、1M BMIm水溶液0.125mL及び1M NFBS水溶液0.125mLを用いて抽出を行った。
【0061】
(ii) 遠心分離中の温度条件検討
200ppb THC-COOH-Glu水溶液0.8mLを試料として、1 MBMIm水溶液0.125mL及び1M NFBS水溶液0.125mLを用いて抽出を行った。IL相採取後メタノール及び内部標準としてTHC-COOH-Glu-D3を添加しPTFE濾過後LC/MSを行った。
【0062】
(iii) カチオン及びアニオンの添加順の検討
200ppb THC-COOH-Glu水溶液0.8mLを試料として、1 M BMIm水溶液0.125mL及び1M NFBS水溶液0.125mLを用いて抽出を行った。 BMIm水溶液及びNFBS水溶液を注入するリザーバーを入れ替えて検討を行った。IL相採取後メタノール及び内部標準としてTHC-COOH-Glu-D3を添加しPTFE濾過後LC/MSを行った。
【0063】
(iv) 検量線の作成
THC-COOH-Glu及び内部標準としてTHC-COOH-D3添加尿0.8 mLを試料として、1M BMIm水溶液0.125mL及び1M NFBS水溶液0.125mLを用いて抽出を行った。ただし、BMIm水溶液をアニオンリザーバー、NFBS水溶液をカチオンリザーバーに注入した。
【0064】
結果・考察
(1)イオン液体(IL)の選別
イオン液体(IL)生成を用いた共抽出法を行い、LC/MSする場合、抽出溶媒がILになるため、大量のILが質量分析装置に流入することとなる。それを回避するためにLCで十分に大麻代謝物とILを分離し、バルブの切り替えによって、大麻代謝物のみを質量分析装置内に導入するべく、抽出で用いるILの種類の検討を行った。
【0065】
まず、ILを構成するカチオンとしてよく使用されているイミダゾリウム系のBMIm及びOMIm、ピリジニウム系のBMPy並びにピロリジニウム系のC4MPyrを候補とした。また、ホスホニウム系のカチオンについては、使用するILの溶解度積が小さいほど、ILを水相と相分離させるためにカチオン及びアニオンの量を節約できるため、疎水性の向上を狙ってアルキル鎖がある程度長いものを選択した。さらにカチオンの構造が球体に近づくほど、ILの融点が上昇するという報告があるので、室温で固体になることを避けるためにホスホニウム系はP4448を候補とした。ILを構成するアニオンについても、よく使用されているNTf2、NFBS及びNNf2を候補とした。今回検討を行ったカチオン及びアニオンの構造式を図4に示す。
【0066】
カチオン5種類及びアニオン3種類について、LC/MSしたところ、カチオンのP4448及びアニオンのNNf2はTHC-COOH-Gluと十分に分離することができなかった(図5)ため、候補から除外した。
【0067】
次に、残りの候補のカチオン4種類及びアニオン2種類を組み合わせて生成される塩(4×2=8種類)の室温での状態を観察したところ、BMPy_NFBS及びC4MPyr_NFBSについては、固体になることがあった。ラボディスク上で共抽出を行った際の分離・回収が困難になることが予想されたため、BMPy_NFBS及びC4MPyr_NFBSも候補から除外した。
【0068】
続いて、残りの候補のIL 6種類をメタノールで10倍希釈し、THC-COOH-Gluを添加後、LC/MSを行ったところ、OMIm_NTf2及びOMIm_NFBSについては、THC-COOH-Gluのピークを観測することができなかったため、候補から除外した。
【0069】
最後に、THC-COOH-Glu水溶液に対して、BMIm_NTf2、BMIm_NFBS、BMPy_NTf2及びC4MPyr_NFBSを用いて共抽出法を行ったところ、BMIm_NFBSの回収率が最も高かった(図6)。以上の結果より、THC-COOH-Gluの抽出にはBMIm_NFBSを用いることとした。
【0070】
(2)回転部材(ラボディスク)の作成
CADの設計図をもとに3Dプリンターでラボディスクを造形した(図7及び図13)。
【0071】
実施例は、ラボディスクをTOMY製のMX-305で遠心分離することとした。まず、微量高速冷却遠心機のラック・イン・ローターの軸の形にフィットするように、ディスクの中心部分をデザインした。ここまでの共抽出法では試料を準備した後に、カチオン及びアニオンを加えるという手法をとってきたが、実際の鑑定を見据えるのならば、大麻の使用が規制された際には、尿中覚醒剤の鑑定のように尿中大麻代謝物の鑑定も緊急鑑定が求められることも想定されるため、カチオンとアニオンは予めラボディスク内に準備しておき、鑑定資料を受け取った後、すぐに抽出がはじめられる状態がベストだと考えた。そこで、カチオンとアニオンを予め注入しておくリザーバーを別々に構築した。アニオンのリザーバーについては、遠心分離を開始した後にアニオンがカチオン及び試料と混合するように出口側の流路に傾斜を設けた。カチオンとアニオンの注入口は注入した後、遠心分離する際も蓋をする必要がないように中心近くに設計した。
【0072】
抽出機構(図8)としては、まず、カチオンとアニオンをラボディスク内のリザーバーに注入する。次に、試料をカチオンのリザーバー内に注入することで、試料中にカチオンを拡散させる。その後、遠心分離を行うことにより、アニオンが添加され、共抽出が起こる。遠心分離中に共抽出が行われると、生成したIL相は水相と相分離する。ILは一般的に水より比重が大きいため、遠心分離中はIL相の方が水相より中心から離れた場所に位置する。最後に、ポリエステルフィルムをはがして、抽出の完了したIL相をメカニカルピペットで採取する。抽出の完了したイオン液体相を採取する際に、完全に水相から隔離できている方が都合がよいため、イオン液体相の一部のみ採取場所に残るように設計した。
【0073】
3Dプリンターの造形物は表面に凹凸が見られ、ラボディスクにそのままポリエステルフィルムを貼るのでは、遠心分離の回転数が1000rpm程度で液体が漏出してしまうので、紙やすりで表面を研磨した。研磨した後にフィルムを貼ることで、3000rpm程度までは安定して液体を漏らさずに遠心分離を行うことが可能となった。
【0074】
(3)回転部材(ラボディスク)を用いての抽出
まず、このラボディスクで抽出ができるのかを確認するために、BMIm_NFBSで抽出できることが確認できている色素のブリリアントグリーンを抽出し、抽出完了までに必要な遠心分離の時間を検討した(図9)。
【0075】
どの条件においてもIL相の採取場所にブリリアントグリーンが抽出されている様子が観察されたが、500rpmでは採取場所に水相の混入が認められた。1000rpmで合計10分以上もしくは1500rpmで合計5分以上遠心分離を行った時以外では、カチオンリザーバーの壁面への色素の付着が観察された。1000rpmで10分以上もしくは1500rpmで5分以上の遠心分離で抽出及び相分離は完了しているように考えられたが、余裕をもって1500rpmで10分間遠心分離することとした。
【0076】
次に、遠心分離中の温度条件によって、THC-COOH-Gluの回収量に差がでるのかについて検討を行った(図10)。20℃と比較して有意な差はなかったが、4℃の時の方がより回収量が多かったので、遠心分離は4℃で行うこととした。
【0077】
共抽出の抽出速度が速い理由として、アニオン添加後の微小イオン液体相生成による水相との界面積の増幅における相間の物質移動の促進だけでなく、カチオン添加時のミ
セル形成による、ミセル中と水中の間の物質交換が速いことも関与していると指摘する報告がある。実施例の共抽出に用いているアニオンのNFBSも分極している構造のため、ミセル形成が期待できるので、アニオン添加後にカチオンを加える系についても検討を行った(図11)。アニオンを先に添加した条件の方がTHC-COOH-Gluの回収量が多かったため、アニオンを先に添加する方法を採用することとした。
【0078】
尿にTHC-COOH-Gluを添加した試料について抽出し、検量線を作成した(図12)。内部標準は、THC-COOH-Glu-D3を用いると、プリカーサーイオンとしてTHC-COOH-Glu由来のものも開裂してしまい、THC-COOH-Gluの増加に伴ってTHC-COOH-Glu-D3の面積値も見かけ上増加してしまったため、THC-COOH-D3を用いた。検量線は、50-1000ng/mLの範囲において良好な直線性を示した。
【0079】
今回作成した回転部材(ラボディスク)は1枚で4試料同時に抽出が可能で、今回用いた遠心分離機にはこのラボディスクを5枚積み重ねられる容積があるので、理論上は20試料を同時に抽出することが可能である。また、本手法はILを構成するカチオン及びアニオンの種類を変更することでIL相に抽出される化合物が変化するため、様々なターゲット化合物の抽出に応用可能である。さらに今回は抽出のみの機能を搭載した、ラボディスクの容量を増やすことで、加水分解処理や誘導体化等、複数の工程をラボディスク上で一緒に行うことができるため、応用可能範囲は非常に広い。
【符号の説明】
【0080】
1. 回転部材
2. 遠心機
10 物質抽出装置
11 抽出ユニット
12 取り付け部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13