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特開2024-13615磁性細線媒体、磁壁駆動型メモリ、磁壁駆動型空間光変調器および磁性細線媒体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013615
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】磁性細線媒体、磁壁駆動型メモリ、磁壁駆動型空間光変調器および磁性細線媒体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20240125BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20240125BHJP
   H10N 50/10 20230101ALI20240125BHJP
   H01F 1/00 20060101ALI20240125BHJP
   G11B 11/105 20060101ALI20240125BHJP
   G11B 5/39 20060101ALI20240125BHJP
   G02F 1/09 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H01L27/105 447
H01L43/08 Z
H01F1/00 172
G11B11/105 516K
G11B5/39
G02F1/09 503
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022115835
(22)【出願日】2022-07-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、文部科学省、戦略的創造研究推進事業、JST CREST研究課題「トポロジカル表面状態を用いるスピン軌道トルク磁気メモリの創製」に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 真央
(72)【発明者】
【氏名】井口 義則
(72)【発明者】
【氏名】宮本 泰敬
(72)【発明者】
【氏名】加藤 大典
(72)【発明者】
【氏名】小倉 渓
(72)【発明者】
【氏名】中谷 真規
(72)【発明者】
【氏名】ファム ナム ハイ
(72)【発明者】
【氏名】ゲィン フン ユィ カン
【テーマコード(参考)】
2K102
4M119
5D034
5E040
5F092
【Fターム(参考)】
2K102AA27
2K102BA05
2K102BB05
2K102BC04
2K102BC09
2K102BD06
2K102BD08
2K102CA21
2K102DC03
2K102DC08
2K102DD10
2K102EA18
2K102EA21
2K102EB02
2K102EB11
2K102EB20
2K102EB22
4M119AA01
4M119BB01
4M119BB20
4M119CC05
4M119CC10
4M119DD17
4M119DD26
4M119DD52
5D034BA03
5E040AA14
5E040BC01
5E040CA06
5E040HB14
5E040HB15
5F092AA04
5F092AB06
5F092AB07
5F092AB08
5F092AC11
5F092AC12
5F092AD23
5F092AD25
5F092AD26
5F092BB36
(57)【要約】      (修正有)
【課題】低電流で駆動できる磁性細線媒体、磁壁駆動型メモリおよび磁壁駆動型空間光変調器ならびに低電流で駆動できる磁性細線媒体の製造方法を提供する。
【解決手段】磁壁駆動型メモリにおいて、磁性細線媒体10は、複数の磁性細線11と、それぞれの磁性細線11の上に形成され、材料がMgOであるバリア層12と、バリア層12の上に形成されたトポロジカル絶縁体薄膜13と、を備える。磁性細線媒体の製造方法は、磁性体の上にバリア層を形成する工程と、バリア層の上にトポロジカル絶縁体薄膜を形成する工程と、磁性体、バリア層およびトポロジカル絶縁体薄膜からなる積層体を平面視において平行な複数の細線状に加工する工程と、を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性細線と、
前記磁性細線の上に形成されたバリア層と、
前記バリア層の上に形成されたトポロジカル絶縁体薄膜と、を備え、
前記バリア層の材料は、MgOであることを特徴とする磁性細線媒体。
【請求項2】
前記バリア層の厚さはMgOの数原子分の厚さであることを特徴とする請求項1に記載の磁性細線媒体。
【請求項3】
前記トポロジカル絶縁体はBiSbまたはBiSbTeであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の磁性細線媒体。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型メモリであって、
複数の前記磁性細線媒体と、
複数の前記磁性細線媒体の上に形成された絶縁層と、
前記絶縁層の上に形成されそれぞれの磁性細線に情報を記録する記録素子と、
前記記録素子に2方向の電流磁界を発生させてそれぞれの磁性細線に磁区を形成する制御を行うと共に、それぞれの磁性細線媒体の長手方向に供給するパルス電流のオンオフを制御して磁区をそれぞれの磁性細線媒体の長手方向にシフトさせる磁区駆動の制御を行う制御回路と、を備えることを特徴とする磁壁駆動型メモリ。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型空間光変調器であって、
複数の前記磁性細線媒体と、
複数の前記磁性細線媒体の上に形成された絶縁層と、
前記絶縁層の上に形成されそれぞれの磁性細線に情報を記録する記録素子と、
前記記録素子に2方向の電流磁界を発生させる磁区形成制御回路と、
それぞれの磁性細線媒体の長手方向にパルス電流を供給するパルス電流源と、
前記パルス電流のオンオフを制御して、磁区をそれぞれの磁性細線媒体の長手方向にシフトさせる磁区駆動制御回路と、を備えることを特徴とする磁壁駆動型空間光変調器。
【請求項6】
磁性体の上にバリア層を形成する工程と、
前記バリア層の上にトポロジカル絶縁体薄膜を形成する工程と、
前記磁性体、前記バリア層および前記トポロジカル絶縁体薄膜からなる積層体を平面視において平行な複数の細線状に加工する工程と、を含み、
前記バリア層の材料は、MgOであることを特徴とする磁性細線媒体の製造方法。
【請求項7】
前記バリア層を形成する工程と、前記トポロジカル絶縁体薄膜を形成する工程とをつづけて同一真空中で行うことを特徴とする請求項6に記載の磁性細線媒体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性細線媒体、磁壁駆動型メモリ、磁壁駆動型空間光変調器に係り、特に、トポロジカル絶縁体を接合した磁性細線媒体、磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型メモリおよび磁壁駆動型空間光変調器、並びに磁性細線媒体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、磁壁駆動型メモリが開示されている。磁壁駆動型メモリは、磁性体材料を細線形状に加工した磁性細線媒体において、何らかの形成手段を用いて複数の磁壁(DW:Domain Wall)を導入し、一対の最近接の磁壁間に囲まれた領域の磁化方向に対応した2値情報を、高速記録・再生するデバイスである。ここで、一対の最近接の磁壁間に囲まれた領域は磁区と呼ばれている。また、磁区の磁化方向とは、磁性細線媒体が垂直磁気異方性を示す材料で形成されていれば、磁性細線に対して垂直上向き、または下向きである。
【0003】
また、特許文献1には、磁壁駆動型空間光変調器が開示されている。磁壁駆動型空間光変調器は、磁性体材料を細線形状に加工した磁性細線媒体において、何らかの形成手段を用いて複数の磁壁を導入し、一対の最近接の磁壁間に囲まれた領域の磁化方向に対応した2値情報を、明暗像として表現するデバイスである。
【0004】
非特許文献2に記載されている磁壁電流駆動現象(current-driven DW motion)を利用すれば、磁性細線媒体中に形成した磁区を、磁性細線ごとにパルス電流印加により一方向へシフトさせることが可能である。磁性細線媒体中に多数蓄積された磁区のシフトには、パルス電流を印加することになるが、従来、107A/cm2オーダーを超える大電流密度が必要になることが知られている。なお、磁区のシフトは、その磁化方向を発現する箇所が遷移するもので、物理的な移動をいうものではない。
【0005】
非特許文献3には、トポロジカル絶縁体であるBiSb(ビスマス・アンチモン合金)が接合界面を介して磁性体に巨大なスピントルクを与えることにより、従来よりも低い電流密度を実現できたことが開示されている。トポロジカル絶縁体とは、物質表面は電流が流れるが、物質内部は電流が流れない特別な物質である。非特許文献3によれば、外部磁界を印加しない場合には、磁区のシフトに必要な電流密度は105A/cm2オーダーに低減されることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4939489号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M. Okuda et al., “Operation of [Co/Pd] Nanowire Sequential Memory Utilizing Bit-Shift of Current-Driven Magnetic Domains Recorded and Reproduced by Magnetic Head,” IEEE Trans. Magn., vol. 52, no. 7, July, 2016
【非特許文献2】A. Yamaguchi, et al., “Real-Space Observation of Current-Driven Domain Wall Motion in Submicron Magnetic Wires,” Phys. Rev. Lett. vol.92, 077205, 20 February, 2004
【非特許文献3】Nguyen Huynh Duy Khang, et al., “Ultralow power spin-orbit torque magnetization switching induced by a non-epitaxial topological insulator on Si substrates,” Scientific Reports vol. 10, Article number: 12185, 22 July, 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型メモリや磁壁駆動型空間光変調器の省電力化を考えると、磁区シフトに必要な電流密度を低減させることが望ましい。トポロジカル絶縁体を接合した磁性細線媒体を用いるデバイスによれば、磁区のシフトに必要な電流密度を2桁程度、低減した電流駆動を見込むことができる。ところが、トポロジカル絶縁体を磁性体上に製膜した薄膜を、磁性細線媒体の細線形状へ加工すると、磁性細線がプロセス中の加熱によって劣化して、磁区のシフトに必要な電流密度の低減効果を十分に発揮できなくなってしまう。
【0009】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、低電流で駆動できる磁性細線媒体、磁壁駆動型メモリおよび磁壁駆動型空間光変調器を提供することを課題とする。また、低電流で駆動できる磁性細線媒体の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するために、本発明に係る磁性細線媒体は、磁性細線と、前記磁性細線の上に形成されたバリア層と、前記バリア層の上に形成されたトポロジカル絶縁体薄膜と、を備え、前記バリア層の材料は、MgOである構成とする。
【0011】
また、本発明に係る磁性細線媒体の製造方法は、磁性体の上にバリア層を形成する工程と、前記バリア層の上にトポロジカル絶縁体薄膜を形成する工程と、前記磁性体、前記バリア層および前記トポロジカル絶縁体薄膜からなる積層体を平面視において平行な複数の細線状に加工する工程と、を含み、前記バリア層の材料は、MgOであることとする。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、以下に示す優れた効果を奏するものである。
本発明に係る磁性細線媒体によれば、トポロジカル絶縁体と磁性細線との間にバリア層が形成されているため、トポロジカル絶縁体の成分が磁性細線の側に拡散することを抑制して劣化を防ぐので、磁区シフトに必要な電流密度を低減させることができる。
本発明に係る磁性細線媒体の製造方法によれば、低電流で駆動できる磁性細線媒体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1(a)は本発明の実施形態に係る磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型メモリの模式図であり、図1(b)は記録素子を含む模式的な断面図である。
図2】磁性細線媒体の模式図である。
図3】磁性細線媒体の磁区シフトの模式図である。
図4図4(a)は電極を設けた磁性細線媒体の模式図であり、図4(b)は等価回路である。
図5】本発明の実施形態に係る磁性細線媒体の製造工程を示すフローチャートである。
図6】本発明の実施形態に係る磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型空間光変調器の模式図である。
図7】磁性細線媒体に記録するデータの模式図である。
図8】比較例に係る積層膜の磁気光学ヒステリシス曲線を示すグラフである。
図9】比較例に係る積層膜のXRD測定結果を示すグラフである。
図10】実施例に係る積層膜の磁気光学ヒステリシス曲線を示すグラフである。
図11】実施例に係る積層膜のXRD測定結果を示すグラフである。
図12】実施例に係る積層膜の磁気光学顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[磁壁駆動型メモリの概要]
まず、本実施形態に係る磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型メモリの概要について図1を参照して説明する。なお、各図面に示される部材のサイズや位置関係は、説明を明確にするため誇張していることがある。
磁壁駆動型メモリ1は、磁性細線媒体10と、記録素子2と、再生用ヘッド3と、磁区形成・駆動制御回路4と、を備えている。多数の磁性細線媒体10は、基板5の上に並列に配置されている。
【0015】
記録素子2は、それぞれの磁性細線媒体10に2値の磁化方向(上向き又は下向き)の磁区を形成するものである。記録素子2は、例えば磁性細線媒体10の上部に絶縁層20を介して形成された細線状の導体である。記録素子2は、直線状の1本の導線で構成してもよい。ここでは、記録素子2は、図1(a)に示すように、U字状に形成され、U字の縦の2本の直線部が磁性細線媒体10を跨ぐように配置されている。図1(b)は、磁性細線媒体10の長手方向に沿って磁性細線媒体10と共に切断した場合の記録素子2の断面図である。磁性細線媒体10と記録素子2との間には、絶縁層20が形成される。
【0016】
磁性細線媒体10に対して下向きの磁化方向を書き込む場合、パルス電流P1が、記録素子2の例えばU字の右の直線部を流れてU字の下を通ってU字の左の直線部を流れる。このとき、図1(a)に示すように、U字の右の直線部から漏れる磁場と、U字の左の直線部から漏れる磁場とが強め合う。一方、磁性細線媒体10に上向きの磁化方向を書き込む場合、パルス電流P1が、記録素子2の例えばU字の左の直線部を流れてU字の下を通ってU字の右の直線部を流れ、U字の2本の直線部から漏れる磁場が強め合う。なお、記録素子2は、一般的に磁気記録に用いられる磁気ヘッドであってもよい。
【0017】
再生用ヘッド3は、磁性細線媒体10からのデータ再生時に、2方向に磁化された磁区から、対応した2値情報を読み出すものである。再生用ヘッド3は、一般的に磁気記録に用いられる磁気ヘッドであり、例えばTMR(Tunnel Magneto Resistance)ヘッドである。磁性細線媒体10の長手方向において、再生用ヘッド3は、記録素子2から所定の距離だけ離間して配置されている。
【0018】
磁区形成・駆動制御回路4は、記録素子2に2方向の電流磁界を発生させてそれぞれの磁性細線11に磁区を形成する制御を行う。また、磁区形成・駆動制御回路4は、それぞれの磁性細線媒体10の長手方向に供給するパルス電流P2のオンオフを制御して磁区をそれぞれの磁性細線媒体10の長手方向にシフトさせる磁区駆動の制御を行う。
なお、図1(a)には1つの制御回路を図示したが、複数の制御回路が協同して上記機能を実行するようにしてもよい。磁区形成・駆動制御回路4の機能を、例えば、磁区形成制御回路と、磁区駆動制御回路と、に振り分けてもよい。この場合、磁区形成制御回路は、記録素子2に2方向の電流磁界を発生させるための制御を行い、また、磁区駆動制御回路は、磁性細線媒体10の長さ方向に電流パルスを印加する。
【0019】
上記構成の磁壁駆動型メモリ1は、上向き又は下向きの磁区の形成およびシフトを順次交互に行って、多数並列に配置された磁性細線媒体10のそれぞれの長さ方向に磁区の2値情報配列を蓄積する。すなわち、データ書き込み時、磁区形成・駆動制御回路4は、記録素子2によって磁性細線11に磁区を形成させる制御(write)を行うと共に、磁区をシフトさせる制御(shift)を行う。
また、データ再生時、磁区形成・駆動制御回路4が、磁区をシフトさせる制御(shift)を行うことによって、再生用ヘッド3が直下の磁区に記録されているデータを読み出し(read)、読み出したデータを順次出力する。
【0020】
[磁性細線媒体]
次に、磁壁駆動型メモリ1に用いる磁性細線媒体10の構造について図2を参照して説明する。
磁性細線媒体10は、磁性細線11と、磁性細線11の上に形成されたバリア層12と、バリア層12の上に形成されたトポロジカル絶縁体薄膜13と、を備えている。なお、磁性細線媒体10は、ここでは、基板5に支持されている。
バリア層12の材料は、酸化マグネシウム(MgO)である。バリア層12の厚さはMgOの数原子分の厚さであることが好ましい。酸化マグネシウムはスパッタ法など一般的な薄膜技術により製膜することができる。スパッタ装置において、膜厚として例えば0.2nm~1nm程度の範囲の中の所定値を指定してMgOの薄膜を、磁性細線11の上に積層してもよい。
トポロジカル絶縁体薄膜13の厚さは例えば10nm程度である。以下では、トポロジカル絶縁体はBiSbであるものとして説明する。
【0021】
トポロジカル絶縁体薄膜13の上には、絶縁層20(図1(b)参照)が形成される。なお、絶縁層20は、例えばSiO2,Si34,Al23,AlN等の透明な絶縁材料からなる。
また、基板5は、例えば表面熱酸化シリコン基板からなる。その他、様々な材料を用いて形成することができる。基板5の材料として、例えばシリコン、ソーダガラス、SiO2、石英、メチルアクリレート、LiNbO3、LiTaO3、アルミナ、GaAlAs、InP等を用いることが可能である。
なお、本明細書において薄膜とは、厚みが1μmよりも十分に薄く、人工的に作成され、自立できない固体の膜である。
【0022】
次に、磁性細線媒体10における磁区シフトについて図3を参照して説明する。
初期状態において、例えば磁性細線媒体10の膜面垂直上向きに外部磁界を印加すると、図3(a)に示すように磁性細線11は上向きに磁化される。白抜き上向き矢印91は、磁化方向が上向きであることを表す。その後、磁性細線媒体10の中央付近に、逆方向の外部磁界を印加すると、図3(b)に示すように、磁化反転した磁区92が形成される。
【0023】
その後、磁性細線11にパルス電流を印加すると、磁区92を、図3(c)において右側にシフトさせることができる。磁区をシフトさせるとき、BiSbからなるトポロジカル絶縁体薄膜13と磁性細線11との界面でスピントルク(スピン軌道トルク)93が生じる。このとき、MgOからなるバリア層12は膜厚がスピン拡散長より極薄いため、BiSbが磁性体に与えるスピントルクの減少を最小限に抑えることができる。そのため、バリア層12を積層しない場合と同様、BiSbからなるトポロジカル絶縁体薄膜13から磁性細線11へ巨大なトルクが印加され、このトルクが磁区92のシフトを補助する。このため、磁区のシフトに要する電流密度を大幅に低減することができる。したがって、MgOからなるバリア層12は、Sb等の拡散抑制と磁区駆動に必要な電流密度低減の両方を実現できる。
【0024】
[磁性細線媒体のバリア層の材料]
本実施形態の磁性細線媒体10のバリア層に用いる材料について図4(a)および図4(b)を参照して説明する。図4(a)は、本実施形態の磁性細線媒体10の長手方向の両端に電極15を接続した構造を示す模式図である。図4(b)は、図4(a)に示す構造の等価回路の回路図である。すなわち、等価的に、図4(a)に示す構造は、BiSb層(トポロジカル絶縁体薄膜13)の抵抗と、それ以外の層(バリア層12/磁性細線11)の抵抗との並列回路であると考えることができる。
【0025】
図4(b)の並列回路において、BiSb層の抵抗R1を変えることなくBiSb以外の層の抵抗R2が下がってしまうことになれば、このBiSb以外の層へ電流が流れ易くなり、そのためBiSb層への分流が減ることになってしまう。一方、BiSb層に流れる電流が大きいほど、BiSb層におけるスピントルクの生成効率は大きくなるという関係がある。要するに、BiSb層への分流が減ってしまうと、BiSb層におけるスピントルクの生成効率が低下してしまう。そのため、BiSb以外の層に含まれるバリア層の材料としては電気抵抗が大きい材料がふさわしい。本願発明者らは、鋭意検討した結果、バリア層には、絶縁体、特に、酸化マグネシウム(MgO)を用いることが好適であることを見出した。
【0026】
[磁性細線媒体のバリア層の効果]
本実施形態の磁性細線媒体10において、バリア層12である酸化マグネシウム層は、BiSb層(トポロジカル絶縁体薄膜13)からSb等の拡散を防止する役割を果たす。その結果、磁性細線媒体10は、プロセス中の加熱によって磁性体が受けるダメージを大幅に抑えられ、加熱プロセスを経た後も、磁性体の垂直磁気異方性を保持することが可能となる。また、磁性細線媒体10は、BiSb層からSb等が拡散しないため、BiSbの結晶構造を保持することができ、BiSbは先行文献(非特許文献3)と同様に大きなスピントルクを注入することができる。さらに、磁性細線媒体10において、BiSbが先行文献と同様に大きなスピントルクを注入可能なときに、酸化マグネシウムは数原子層の厚さでバリア機能を示すため、バリア層12におけるスピントルクの減少を最小限に抑えることができる。
加えて、磁性細線媒体10のバリア層12に用いる酸化マグネシウムは絶縁体であるため、印加したパルス電流のうちBiSb層へ流れる電流が減少しない(図4)。また、BiSb層へ流れる電流が大きいほどスピントルクの生成効率が大きいので、酸化マグネシウムからなるバリア層12は、スピントルクの生成効率を低下させずに、BiSb層からSb等の拡散を抑制することが可能となる。
【0027】
また、図1に示す磁壁駆動型メモリ1は、前記した効果を有して低電流で駆動できる磁性細線媒体10を備えているので、大幅な低電力化を実現することができる。なお、トポロジカル絶縁体と磁性体との間に酸化マグネシウムからなるバリア層を配置した薄膜は、MRAMなどのスピン注入型の磁性体メモリにも適用可能である。
【0028】
[磁性細線媒体の製造方法]
次に、本実施形態に係る磁性細線媒体の製造方法について図5を参照(適宜図1および図2参照)して説明する。
一例として、まず、磁性細線媒体10となる磁性体を基板5上に形成する(ステップS1)。次に、磁性体の上にMgOを用いてバリア層12を形成する(ステップS2)。MgOの製膜方法としては、例えばスパッタ法など一般的な薄膜技術を用いることができる。次に、バリア層12の上にBiSbを用いたトポロジカル絶縁体薄膜13を形成する(ステップS3)。BiSbの製膜方法としては、例えば分子線エピタキシー法やスパッタ法を用いることができる。分子線エピタキシー法は、BiSbの単結晶成長が可能であり、スパッタ法は、量産性に優れている。
【0029】
なお、バリア層12を形成した後に真空中から出してトポロジカル絶縁体薄膜13を形成してもよい。ただし、薄膜の品質を高めるためには、バリア層12を形成する工程(ステップS2)と、トポロジカル絶縁体薄膜13を形成する工程(ステップS3)とをつづけて同一真空中で行うことが好ましい。
【0030】
次に、磁性体、バリア層12およびトポロジカル絶縁体薄膜13からなる積層体を平面視において平行な複数の細線状に加工する(ステップS4)。これにより、上面にトポロジカル絶縁体薄膜13が設けられた複数の磁性細線媒体10を形成することができる。
【0031】
続いて、記録素子30を形成するために、予めトポロジカル絶縁体薄膜13の上に絶縁層20を形成する(ステップS5)。次に、絶縁層20の上に、例えば導電材料を用いて磁性細線11に情報を記録する記録素子30を形成する(ステップS6)。導電材料としては、例えばCu,Al,Ta,Cr,W,Ag,Au,Pt等の金属やその合金のような一般的な金属材料を用いることができる。
【0032】
なお、磁性細線媒体10にデータを書き込んだり、データを読み出したりする際には、再生用ヘッド3や磁区形成・駆動制御回路4を適宜接続して磁壁駆動型メモリ1を構成する。本実施形態に係る磁性細線媒体の製造方法によれば、低電流で駆動できる磁性細線媒体を製造することができる。
【0033】
[磁壁駆動型空間光変調器の概要]
次に、本実施形態に係る磁性細線媒体を用いる磁壁駆動型空間光変調器の概要について図6を参照(適宜図7参照)して説明する。
磁壁駆動型空間光変調器1Bは、磁性細線媒体10と、記録素子30と、磁区形成制御回路50と、パルス電流源60と、磁区駆動制御回路70と、光出力系80と、を備えている。複数の磁性細線媒体10は、基板40の上に並列に配置されている。記録素子30は、それぞれの磁性細線媒体10に情報を記録するものである。記録素子30は、それぞれの磁性細線媒体10に情報として2値の磁化方向(上向き又は下向き)の磁区を形成する。記録素子30は、一般的に磁気記録に用いられる磁気ヘッドであってよいし、磁性細線媒体10の上部に絶縁層20を介して形成された細線状の導体であってもよい。なお、基板40は、前記した基板5と同様に構成することができる。
【0034】
磁区形成制御回路50は、磁性細線媒体10へのデータ書き込み時に、記録素子30に2方向の電流磁界を発生させる制御回路である。パルス電流源60は、各磁性細線媒体10に接続されており、磁性細線媒体10へのデータ書き込み時に、当該磁性細線10の長手方向にパルス電流を供給する。磁区駆動制御回路70は、パルス電流源60のパルス電流のオンオフを制御して、磁区を磁性細線媒体10の長手方向にシフトさせる制御回路である。磁区駆動制御回路70は、一例として、磁区形成制御回路50も制御して、外部から入力された画像データをフレームごとに1ライン分のデータに分割して画素列データを生成する。
【0035】
磁区駆動制御回路70は、図7に示すように、一例として、外部から入力された画像データを水平方向にN個に分割して水平方向のデータ列(データ列1,…,データ列N)を生成し、かつ、各データ列を垂直方向にL個の画素データに分割する。Nは磁性細線媒体10の総数に相当する。L個の画素データが画素列データであり、N個の画素列データの集合が1フレーム分の画像データである。磁性細線媒体10において長手方向の一方(左)から他方(右)に磁区をシフトさせる場合、磁区駆動制御回路70は、水平方向のデータ列の他方(右)を先頭、一方(左)を末尾として、当該データ列の先頭の画素データから順に磁性細線媒体10に記録する制御を行う。
【0036】
光出力系80は、磁性細線媒体10からのデータ再生時に、2方向に磁化された磁区に対応した明暗像を、磁気光学カー効果を用いて取り出すものである。磁気光学カー効果とは、偏光面を1方向に揃えたコヒーレント光を磁性体に入射させた際、磁区の磁化方向が上向きと下向きの各領域で、反射光の偏光面の回転方向が互いに逆となる現象である。そのため、反射光が、2値(+θK,-θK)の偏光面回転の一方(+θK)に合わせた偏光フィルタ82を透過することにより、磁性細線中の磁区列の磁化方向に対応した明暗2種類の出力が得られる。
【0037】
光出力系80は、図6に示すように、例えば偏光フィルタ81,82を備えている。偏光フィルタ81は、図示しない光源からの光が入射すると、入射光の偏光面を1方向に揃えたコヒーレント光とするものである。偏光フィルタ82は、このコヒーレント光が磁性細線媒体10で反射した反射光を透過又は遮断するものである。偏光フィルタ82の背後の図示しない検出器は、偏光フィルタ82を透過した反射光(画素データ)を明るい像(白)と検出し、偏光フィルタ82を透過しない反射光(画素データ)を暗い像(黒)と検出するので、局所的な磁化方向の変化を白黒の濃淡像として検出することができる。
【0038】
上記構成の磁壁駆動型空間光変調器1Bは、上向き又は下向きの磁区の形成およびシフトを順次交互に行って、多数並列に配置された磁性細線媒体10のそれぞれの長さ方向に磁区の2値情報配列(画素に相当)を蓄積することによって、空間光変調出力の1フレームのデータ移動を完了する。
【0039】
本実施形態に係る磁壁駆動型空間光変調器1Bは、前記した効果を有して低電流で駆動できる磁性細線媒体10を備えているので、大幅な低電力化を実現することができる。また、磁性細線媒体10は、磁気光学効果を利用して局所的な磁化方向を再生可能とすることができる。
【0040】
磁壁駆動型空間光変調器1Bに用いる磁性細線媒体10を製造する場合、前記したステップS6(図5参照)において、記録素子30を形成するときに用いる導電材料としては、前記した一般的な金属材料のほかに透明電極材料を用いることができる。透明電極材料としては、IZO(Indium Zinc Oxide:インジウム亜鉛酸化物)やITO(Indium Tin Oxide:インジウム-スズ酸化物)などを挙げることができる。
【0041】
なお、複数の磁性細線媒体10にデータを書き込む際には、磁区形成制御回路50、パルス電流源60および磁区駆動制御回路70を適宜接続して磁壁駆動型空間光変調器1Bを構成する。また、磁壁駆動型空間光変調器1Bの光変調動作を実行するときには、光出力系80を所定箇所に配置する。
【0042】
以上、本発明の実施形態に係る磁性細線媒体、磁壁駆動型メモリ、磁壁駆動型空間光変調器および磁性細線媒体の製造方法について説明したが、本発明の趣旨はこれらの記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて広く解釈されなければならない。また、これらの記載に基づいて種々変更、改変などしたものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
例えば、トポロジカル絶縁体はBiSbであるものとしたが、BiSbTeであってもよい。MgOからなるバリア層12は、Sbの拡散抑制のほか、Biの拡散抑制やTeの拡散抑制にも寄与することができる。
【実施例0043】
以下、磁性細線媒体10の効果を確認するために積層した膜(磁性体)について具体的に説明する。
<積層した膜の構成>
スパッタ法にて、表面熱酸化シリコン基板上に、コバルト(0.3nm)とテルビウム(0.55nm)を3回繰り返し積層したのち、プラチナ(0.8nm)、酸化マグネシウム(0.7nm)、BiSb(10nm)を順次積層した。この膜(磁性体)を実施例とする。また、比較例として、酸化マグネシウムだけを積層しない薄膜も作成した。なお、比較例および実施例の薄膜は、磁性細線形状の薄膜(磁性細線媒体)である。
【0044】
(加熱による劣化の程度を測定する実験)
比較例および実施例の薄膜について、プロセス中の加熱による劣化の程度を測定する実験を以下の2つの観点で実施した。
<観点1 加熱前後の磁気光学ヒステリシス曲線の測定実験>
比較例および実施例の薄膜をそれぞれ、ホットプレートで150℃、5分加熱した後、磁性体(プラチナ/コバルトとテルビウムの積層膜)に対して膜面垂直下向きに、-80kA/m~80kA/mの磁場範囲で外部磁界を印加し、ヒステリシス曲線を測定した。
<観点2 加熱前後のX線回折(XRD)スペクトルの測定実験>
比較例および実施例の薄膜をそれぞれ、ホットプレートで150℃、5分加熱した後、θ-2θ X線回折(XRD)スペクトルを測定し、結晶構造を分析した。
以下に、比較例の薄膜の測定結果、実施例の薄膜の測定結果、を順次説明する。
【0045】
<比較例 観点1:磁気光学ヒステリシス曲線の測定結果>
図8は、比較例に係る積層膜の磁気光学ヒステリシス曲線を示すグラフである。
図8の横軸は、外部磁場(kA/m)を示し、図8の縦軸は、カー回転角(deg.)を示す。破線は加熱前(加熱なし)の測定結果を示す。実線は加熱後(150℃、5分加熱)の測定結果を示す。
比較例に係る積層膜の加熱前の測定結果(破線)によると、磁性体(プラチナ/コバルトとテルビウムの積層膜)に垂直磁気異方性があることが分かる。
比較例に係る積層膜の加熱後の測定結果(実線)によると、加熱によって、BiSb膜から磁性体(プラチナ/コバルトとテルビウムの積層膜)へSb等の成分が拡散してしまい、磁性体がダメージを受け、その結果、磁性体の垂直磁気異方性が消失していることが分かる。
【0046】
<比較例 観点2:X線回折(XRD)スペクトルの測定結果>
図9は、比較例に係る積層膜のX線回折(XRD)スペクトルを示すグラフである。
図9の横軸は、2θ(deg.)を示し、図9の縦軸は、log強度(a.u.)を示す。破線は加熱前(加熱なし)の測定結果を示す。実線は加熱後(150℃、5分加熱)の測定結果を示す。
比較例に係る積層膜の加熱前の測定結果(破線)によると、図9において大きな円で示すように、2θ=27°に、BiSbの(012)由来のピークがあることが分かる。
比較例に係る積層膜の加熱後の測定結果(実線)によると、加熱によって、2θ=27°の位置にあったBiSbの(012)由来のピークが消失していることが分かる。これは、BiSbの結晶構造が失われ、スピン軌道トルクの生成効率が大幅に低下することを意味する。
【0047】
<実施例 観点1:磁気光学ヒステリシス曲線の測定結果>
図10は、実施例に係る積層膜の磁気光学ヒステリシス曲線を示すグラフである。
図10のグラフの見方は、図8のグラフの見方と同様なので、説明を省略する。ただし、図10の縦軸の目盛りの値は、図8の縦軸の目盛りの値の2倍である。
実施例に係る積層膜の加熱前の測定結果(破線)によると、磁性体(プラチナ/コバルトとテルビウムの積層膜)に垂直磁気異方性があることが分かる。
実施例に係る積層膜の加熱後の測定結果(実線)によると、加熱によって、磁性体(プラチナ/コバルトとテルビウムの積層膜)の保磁力の減少が見られるものの、磁性体が垂直磁気異方性を保持することが判明した。実施例に係る積層膜においては、酸化マグネシウム層が、BiSb膜からのSb等の拡散を防止するバリア層としての役割をする。その結果、加熱によって磁性体が受けるダメージを大幅に抑えられ、加熱プロセスを経た後も垂直磁気異方性を保持することが可能となる。
【0048】
<実施例 観点2:X線回折(XRD)スペクトルの測定結果>
図11は、実施例に係る積層膜のX線回折(XRD)スペクトルを示すグラフである。
図11のグラフの見方は、図9のグラフの見方と同様なので、説明を省略する。ただし、図11の縦軸の目盛りの値は、図9の縦軸の目盛りの値の半値である。
実施例に係る積層膜の加熱前の測定結果(破線)によると、図11において上の大きな円で示すように、2θ=27°に、BiSbの(012)由来のピークがあることが分かる。
実施例に係る積層膜の加熱後の測定結果(実線)によると、図11において下の大きな円で示すように、2θ=27°に、BiSbの(012)由来のピークを確認でき、結晶構造を保持することが判明した。実施例に係る積層膜においては、酸化マグネシウム層が、BiSb膜からのSb等の拡散を防止するバリア層としての役割をする。その結果、Sb等が拡散しないため、BiSbの結晶構造を保持することができ、BiSbは先行文献(非特許文献3)と同様に大きなスピントルクを注入可能となる。また、このとき、酸化マグネシウムは数原子層の厚さでバリア機能を示すため、バリア層におけるスピン軌道トルクの減少を最小限に抑えることができる。
【0049】
(磁性細線媒体における磁区駆動を検証する実験)
実施例の薄膜(磁性細線媒体)に形成した磁区を駆動パルスによってシフトする検証実験を行った。駆動パルスは、パルス発生器によって発生させた。実施例に係る磁性細線媒体の長手方向の両端に電極を接続し、パルス発生器を用いて、パルス電流を磁性細線媒体に印加した。そして、磁気光学顕微鏡を用いて、駆動パルス印加前後の様子を観察した。
【0050】
<磁区駆動の実験結果>
図12において上の画像は、実施例に係る磁性細線媒体に対して外部磁界によって、磁化領域を導入した後であって駆動パルスを印加する前の磁気光学顕微鏡像である。磁性細線の長手方向の両端において幅が広い領域は、電流を印加するための電極端子部である。磁性細線において導入した磁化領域は、磁壁で囲まれているわけではないが、磁区のシフトを模擬することのできる領域である。導入した磁化領域の右端は、磁性細線の長手方向の中央よりもやや左側に位置している。この位置を境界に左右で画像の濃淡が異なることが目視で分かる。なお、図12の上下の画像をつなぐ破線は、導入した磁化領域の右端の位置を表すために付加したものである。一方、図12において下の画像は、駆動パルスを印加した後の磁気光学顕微鏡像である。駆動パルスを印加した後には、導入した磁化領域の右端の位置が、磁性細線の長手方向の右側に駆動したことが分かる。
【0051】
この実験により、電流密度j=7.6×106[A/cm2]のパルス印加により、磁性細線に導入した磁化領域を電流駆動可能であることが判明した。図4を参照して説明した、BiSb層の抵抗と、それ以外の層(酸化マグネシウム/プラチナ/コバルトとテルビウムの積層膜)の抵抗と、の比から、それぞれの層への分流を調べ、BiSb層へ印加された電流密度jBiSbを求めると、jBiSb=2.5×106[A/cm2]であった。スピン軌道トルクの大きさを決める重要なパラメータとしてスピンホール角がある。上記実験の電流密度jとBiSb層へ印加された電流密度jBiSbとの比から、スピンホール角を算出すると、θeff=1.47であった。これに対して、先行研究(非特許文献3)では、θeff=0.41(BiSbの膜厚が20nmのとき)、θeff=3.2(BiSbの膜厚が10nmのとき)であり、実施例に係る磁性細線媒体は、先行研究(非特許文献3)の中央値程度のスピンホール角を示すことが確かめられた。
したがって、磁性体とBiSbとの間に酸化マグネシウムのバリア層を挿入した場合でも、バリア層の厚さが極薄い場合には、大きなスピン軌道トルクを印加可能であることが判明した。
【符号の説明】
【0052】
1 磁壁駆動型メモリ
2 記録素子
3 再生用ヘッド
4 磁区形成・駆動制御回路
5 基板
1B 磁壁駆動型空間光変調器
10 磁性細線媒体
11 磁性細線
12 バリア層
13 トポロジカル絶縁体薄膜
15 電極
20 絶縁層
30 記録素子
40 基板
50 磁区形成制御回路
60 パルス電流源
70 磁区駆動制御回路
80 光出力系
81,82 偏光フィルタ
P1,P2 パルス電流
R1,R2 抵抗
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12