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特開2024-136208マンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136208
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】マンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/00 20060101AFI20240927BHJP
   C21D 1/10 20060101ALI20240927BHJP
   B21B 25/00 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240927BHJP
   C22C 38/24 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
C21D9/00 M
C21D1/10 Z
B21B25/00 A
C22C38/00 301H
C22C38/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047243
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100180655
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】岡▲崎▼ 俊郎
(72)【発明者】
【氏名】後藤 泰輝
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】勝村 龍郎
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA02
4K042BA03
4K042BA13
4K042BA14
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA13
4K042CA15
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DF01
(57)【要約】
【課題】雰囲気炉を用いずにマンドレルバーの焼き戻し熱処理を実施可能なマンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置が提供される。
【解決手段】マンドレルバーの製造方法は、マンドレルバーに焼き入れ熱処理後、焼き戻し熱処理を施して製造を行う、マンドレルバーの製造方法であって、マンドレルバーの達成すべき焼き戻し熱処理の後の硬度を決定し、決定した硬度を達成するための加熱温度、保持時間及び上限温度を決定し、マンドレルバーの決定した硬度を達成する必要がある範囲を決定し、決定された硬度を達成する必要がある範囲において、加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないようにする誘導加熱の熱処理条件を決定し、決定された熱処理条件で、マンドレルバーを焼き戻し熱処理する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンドレルバーに焼き入れ熱処理後、焼き戻し熱処理を施して製造を行う、マンドレルバーの製造方法であって、
前記マンドレルバーの達成すべき前記焼き戻し熱処理の後の硬度を決定し、
決定した硬度を達成するための加熱温度、保持時間及び上限温度を決定し、
前記マンドレルバーの決定した硬度を達成する必要がある範囲を決定し、
決定された前記硬度を達成する必要がある範囲において、前記加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないようにする誘導加熱の熱処理条件を決定し、
決定された前記熱処理条件で、前記マンドレルバーを焼き戻し熱処理する、マンドレルバーの製造方法。
【請求項2】
前記誘導加熱は1つのコイルを用いて前記マンドレルバーを加熱する、請求項1に記載のマンドレルバーの製造方法。
【請求項3】
前記誘導加熱は複数のコイルを用いて前記マンドレルバーを加熱する、請求項1に記載のマンドレルバーの製造方法。
【請求項4】
前記加熱温度、前記保持時間及び前記上限温度は、前記マンドレルバーと同様の化学成分を有する鋼片を用いた実験のデータに基づいて決定される、請求項1から3のいずれか一項に記載のマンドレルバーの製造方法。
【請求項5】
前記熱処理条件は、電磁界-熱伝導解析を連成させたFEMによる温度計算に基づいて決定される、請求項1から3のいずれか一項に記載のマンドレルバーの製造方法。
【請求項6】
マンドレルバーに焼き入れ熱処理後、焼き戻し熱処理を施して製造を行う、マンドレルバーの製造装置であって、
前記マンドレルバーの達成すべき前記焼き戻し熱処理の後の硬度を決定する第1の決定部と、
決定した硬度を達成するための加熱温度、保持時間及び上限温度を決定する第2の決定部と、
前記マンドレルバーの決定した硬度を達成する必要がある範囲を決定する第3の決定部と、
決定された前記硬度を達成する必要がある範囲において、前記加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないようにする誘導加熱の熱処理条件を決定する第4の決定部と、
決定された前記熱処理条件で、前記マンドレルバーを焼き戻し熱処理する焼き戻し熱処理実行部と、を備える、マンドレルバーの製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、マンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
管の肉厚圧下プロセスの1つにマンドレル圧延がある。このプロセスは、肉厚を管の内面から圧延するマンドレルバーを素管に挿入し、素管とマンドレルバーの両方を孔型ロール間に引き込み、減肉、延伸する。孔型ロールは複数スタンドであることが多く、管の外周長を均一に圧下できるように管周方向に位相差を設けて設置される。製造する管長及びスタンド数に応じて、内面工具であるマンドレルバーは数メートルから数十メートルの長尺形状となる。マンドレル圧延では、孔型ロールのロールギャップと管を内面から圧下するマンドレルバーの径で肉厚を決定するため、全長にわたって寸法精度の高いマンドレルバーが必要となる。また、管の内表面はマンドレルバーの表面が転写されるため、良好なマンドレルバーの表面品質が必要である。マンドレル圧延後のマンドレルバーは、引き抜き装置によって端部のつかみ部がつかまれて、管から抜き取られ、再びマンドレル圧延に循環使用される。
【0003】
マンドレルバーは圧延する管内面との高い接触圧力を生じる。熱間の場合、マンドレルバーは高温にさらされ、管内面に挿入された後に潤滑剤を供給することも難しい。このような厳しい使用条件によりマンドレルバーの表面は摩擦により摩耗する。同時に、管内面から抜き出された際の温度変化による急激な熱収縮によりマンドレルバー表面に亀裂が生じることがある。摩耗又は亀裂が大きいと、製造する管の肉厚及び内表面品質に悪影響を与えるため、マンドレルバーは圧延に使用できなくなる。そのため、マンドレルバーは表面硬度が高く、また、靭性を有する必要がある。
【0004】
高い表面硬度と靭性を付与するための方法として、例えば特許文献1は、マンドレルバーを高周波誘導加熱手段によって加熱して表面焼き入れした後、バー全体を加熱して焼き戻す方法を提示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8-197112号公報
【特許文献2】特開2008-274433号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、特許文献1の方法は焼き戻し工程でバー全体を均一加熱して焼き戻す必要があり、マンドレルバーのような長尺物全体を熱処理するには、非常に大きな雰囲気炉が必要になる。
【0007】
また、雰囲気炉において、マンドレルバーを炉床又はスキッドに置いた状態で加熱すると、炉床又はスキッドに触れている部分と、触れていない部分で温度差が生じる。この場合に、マンドレルバーの周方向及び長手方向に硬度差が生じて、マンドレルバーの表面性状にムラが生じることがある。また、大型の雰囲気炉においてマンドレルバーの内部まで十分に加熱すると、エネルギーコストが上昇する。
【0008】
この課題に対し、誘導加熱(IH:Induction Heating)によって焼き戻し熱処理する方法に本発明者は着目した。マンドレルバーにおいて強度と靭性が必要な箇所は表面から数mm~数十mm程度の範囲であり、表面が優先的に加熱される誘導加熱であっても、必要な範囲を焼き戻し熱処理できると考えられる。
【0009】
例えば特許文献2では、棒材のような長尺物を誘導加熱(IH:Induction Heating)によって焼き戻し熱処理する方法が提案されている。しかし、一般に誘導加熱では表面が優先的に加熱されるため、マンドレルバーのように中実で径の太い対象物については、径方向温度偏差が大きくなり、内部が昇温しづらい。また、内部まで十分に加熱するために加熱温度を高温にすると、表面の最高到達温度が高くなってしまい、所望の熱処理が出来ない可能性がある。特許文献2では誘導加熱を用いて内部まで焼き戻し熱処理する方法は提示されていない。そのため、特許文献2のような従来技術をそのまま適用するだけでは、必要な範囲を焼き戻し熱処理することは難しい。
【0010】
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、雰囲気炉を用いずにマンドレルバーの焼き戻し熱処理を実施可能なマンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは鋭意検討した結果、誘導加熱を用いて、表面の最高到達温度を抑えながら、強度と靭性が必要な部分が適切な強度になるように加熱されるような加熱パターンを設定可能であることを見出した。本開示は、このような知見に基づきなされたものである。その要旨は次のとおりである。
【0012】
(1)本開示の一実施形態に係るマンドレルバーの製造方法は、
マンドレルバーに焼き入れ熱処理後、焼き戻し熱処理を施して製造を行う、マンドレルバーの製造方法であって、
前記マンドレルバーの達成すべき前記焼き戻し熱処理の後の硬度を決定し、
決定した硬度を達成するための加熱温度、保持時間及び上限温度を決定し、
前記マンドレルバーの決定した硬度を達成する必要がある範囲を決定し、
決定された前記硬度を達成する必要がある範囲において、前記加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないようにする誘導加熱の熱処理条件を決定し、
決定された前記熱処理条件で、前記マンドレルバーを焼き戻し熱処理する。
【0013】
(2)本開示の一実施形態として、(1)において、
前記誘導加熱は1つのコイルを用いて前記マンドレルバーを加熱する。
【0014】
(3)本開示の一実施形態として、(1)において、
前記誘導加熱は複数のコイルを用いて前記マンドレルバーを加熱する。
【0015】
(4)本開示の一実施形態として、(1)から(3)のいずれかにおいて、
前記加熱温度、前記保持時間及び前記上限温度は、前記マンドレルバーと同様の化学成分を有する鋼片を用いた実験のデータに基づいて決定される。
【0016】
(5)本開示の一実施形態として、(1)から(4)のいずれかにおいて、
前記熱処理条件は、電磁界-熱伝導解析を連成させたFEMによる温度計算に基づいて決定される。
【0017】
(6)本開示の一実施形態に係るマンドレルバーの製造装置は、
マンドレルバーに焼き入れ熱処理後、焼き戻し熱処理を施して製造を行う、マンドレルバーの製造装置であって、
前記マンドレルバーの達成すべき前記焼き戻し熱処理の後の硬度を決定する第1の決定部と、
決定した硬度を達成するための加熱温度、保持時間及び上限温度を決定する第2の決定部と、
前記マンドレルバーの決定した硬度を達成する必要がある範囲を決定する第3の決定部と、
決定された前記硬度を達成する必要がある範囲において、前記加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないようにする誘導加熱の熱処理条件を決定する第4の決定部と、
決定された前記熱処理条件で、前記マンドレルバーを焼き戻し熱処理する焼き戻し熱処理実行部と、を備える。
【発明の効果】
【0018】
本開示によれば、雰囲気炉を用いずにマンドレルバーの焼き戻し熱処理を実施可能なマンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本開示の実施形態における誘導加熱による焼き戻し熱処理について、コイルが1つの場合の形態について説明するための図である。
図2図2は、本開示を用いて、熱処理条件を決定する方法について説明するための図である。
図3図3は、実験の結果の例を示す図である。
図4図4は、本開示の実施形態における誘導加熱による焼き戻し熱処理について、コイルが複数の場合の形態について説明するための図である。
図5図5は、実施例1における温度計算結果を示す図である。
図6図6は、実施例2における温度計算結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本開示の一実施形態に係るマンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置が説明される。
【0021】
本実施形態に係るマンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置の製造対象であるマンドレルバーは、マンドレル圧延法で使用される内面工具である。マンドレルバーを製造するための材料の鋼種として、一般的にJISに規定するSKD6又はSKD61などの熱間工具鋼が使用される。マンドレルバーは所定の寸法に加工された後に、焼き入れ及び焼き戻しの熱処理を経て製造される(初期製造)。マンドレルバーは、鋼管などの製造においてマンドレル圧延プロセスで使用され、使用後に焼鈍熱処理が施されて、切削が行われて、再び製造される(再製造)。再製造されたマンドレルバーは、再びマンドレル圧延プロセスで使用される。本実施形態に係るマンドレルバーの製造方法及びマンドレルバーの製造装置は、上記の初期製造又は再製造を行う。
【0022】
ここで、焼き入れの熱処理後のマンドレルバーの表面硬度は、ビッカース硬度でHV550~750程度である。表面硬度は、マンドレルバーの表面(外表面)から径方向に0~25mm程度の範囲での硬度である。一般に工具鋼の焼き入れは誘導加熱により行われ、初期製造及び再製造におけるマンドレルバーの焼き入れも誘導加熱により行われる。誘導加熱において表面が主に加熱される。そのため、焼き入れの熱処理によって硬度が上昇するのは表面近傍となっている。
【0023】
<焼き戻し熱処理>
本実施形態に係るマンドレルバーの製造装置は、焼き入れ熱処理が行われた後のマンドレルバーに、誘導加熱により焼き戻し熱処理を施す。
【0024】
上記のようにマンドレルバーに有害な亀裂が発生することを防止するためには、焼き戻し熱処理によりマンドレルバーに高い靭性を付与することが効果的である。靭性を付与すべき範囲は表面から8mm以上の範囲であることが望ましく、10mm以上であることがさらに望ましい。また、上記範囲から採取したJIS Z 2242:2018に定めるハーフサイズ試験片によるシャルピー衝撃試験において4J以上の靭性値を有することが望ましく、16J以上の靭性値を有することがさらに望ましい。
【0025】
図1は、誘導加熱による焼き戻し熱処理について、コイル2が1つの場合の形態について説明するための図である。コイル2は、マンドレルバー1を加熱する誘導加熱用の加熱コイルである。マンドレルバー1の寸法は特に限定されないが、一例として径が50mm~400mm程度、長さが0.4m~100.0m程度であってよい。コイル2の寸法も特に限定されないが、コイル2内をマンドレルバー1が通るため、コイル2の内径がマンドレルバー1の外径より大きいように設定される。誘導加熱の加熱周波数は特に限定されないが、マンドレルバー1の表面を効率的に加熱するために、200Hz以上であることが望ましく、400Hz以上であることがさらに好ましい。
【0026】
<搬送>
マンドレルバー1の全長にわたり焼き戻し熱処理を施すために、搬送装置3は、コイル2内を通るように、マンドレルバー1を通過させる。搬送の形式は限定されない。搬送装置3は、例えばマンドレルバー1をピンチロールで挟んでピンチロールを回転させることで搬送してよい。また、搬送装置3は、マンドレルバー1を搬送せずに、コイル2の方をマンドレルバー1の長手方向に沿って移動させてよい。
【0027】
図2は、熱処理条件(焼き戻し熱処理における誘導加熱の条件)を決定する方法について説明するための図である。まず、達成すべき焼き戻し熱処理後の硬度が決定されて、実験に基づいて必要な温度条件及び時間条件が求められる。次に、この温度条件及び時間条件を用いて、マンドレルバー1の硬度を達成する必要がある範囲で達成するための熱処理条件が、計算で求められる。次に、決定した熱処理条件でマンドレルバー1に焼き戻し鈍熱処理が施される。以下、各項目の詳細が説明される。
【0028】
<硬度の決定>
まず、上記のように、達成すべき焼き戻し熱処理の後の硬度が決定される。達成すべき焼き戻し熱処理後の硬度は、例えば圧延中にバーの耐摩耗性が十分に得られる硬度を目標値として設定される。
【0029】
<温度、時間及び上限値の決定>
決定した焼き戻し熱処理後の硬度を達成するために必要な温度条件及び時間条件が実験で求められる。実験は、切削するマンドレルバー1と同じ材料を焼き戻し熱処理して、硬度を調査するものであってよい。
【0030】
ここで、発明者らが鋭意検討したところ、焼き入れ熱処理後の硬度から、硬度を下げるために一定以上のテンパリングパラメータ(焼き戻しパラメータ)での加熱が必要であることがわかった。また、加熱温度を高くしすぎる、又は、保持時間を長くしすぎると、硬度が下がりすぎることがわかった。ここで、実験により得られた硬度が下がりすぎる加熱条件の中から、最も低い加熱温度の値を、材料硬度が下がりすぎないための上限温度として用いてよい。このように、実験によって、目標とする硬度を達成するための加熱温度、保持時間及び上限温度が決定される。ここで、実験において、保持時間が長い場合の条件として、60秒以上とすることが望ましく、100秒以上とすることがさらに望ましい。保持時間が短い場合の条件として、20秒以下とすることが望ましく、10秒以下とすることがさらに望ましい。
【0031】
図3は実験の結果の例を示す図である。縦軸は加熱温度(℃)を示す。横軸は保持時間(秒)を示す。「〇」はビッカース硬度でHV400~550であることを示す。また、「×」はビッカース硬度でHV550より大きいことを示す。また、「△」はビッカース硬度でHV400より小さいことを示す。図3の例では、硬度を下げるために15400以上のテンパリングパラメータでの加熱が効果的であることが示されている。また、実験により得られた硬度が下がりすぎる加熱条件の中で、最も低い加熱温度の値は800℃であり、材料硬度が下がりすぎないための上限温度として800℃を用いることが効果的であることが示されている。ここで、硬度が下がりすぎる加熱条件は、ビッカース硬度がHV400より小さいことを示す「△」となった条件である。テンパリングパラメータ(TP)は下記式により求められる。
【0032】
TP=(Temp+273)×(20+log(Time/3600))
【0033】
ここで、Tempは加熱温度[℃]である。また、Timeは保持時間[秒]である。
【0034】
<硬度を達成する必要がある範囲の決定>
マンドレルバー1の硬度を達成する必要がある範囲が決定される。この範囲について、焼き戻し熱処理によって硬度を目標範囲内とする必要がある。マンドレルバー1の硬度を達成する必要がある範囲は、要求される仕様に応じて、例えば外表面から径方向における0~10mmの範囲のように定められる。
【0035】
<熱処理条件の決定>
硬度を達成する必要がある範囲の全体において、加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないようにする誘導加熱の熱処理条件が決定される。
【0036】
誘導加熱の特性上、表面が優先的に加熱される。そのため、硬度を達成する必要がある範囲のうち最も内側の位置が、決定された加熱温度及び保持時間を達成するように誘導加熱の熱処理条件が決定される。ここで、最も内側の位置で決定された加熱温度が達成されれば、それより径方向に外側の位置ではより高い温度となる。そのため、最も温度が高くなる表面の位置での最高到達温度が上限温度を超えないように、誘導加熱の熱処理条件が決定される。
【0037】
ここで、上記の加熱温度及び保持時間などが達成されるように、熱処理条件として、誘導加熱の出力に加えてマンドレルバー1の搬送速度が決定されてよい。誘導加熱の出力の決定では、マンドレルバー1の温度履歴などに基づいて、伝熱計算などが行われてよい。例えば電磁界-熱伝導解析を連成させたFEM(Finite Element Method)などを用いて計算が行われてよい。計算により、事前に決定した加熱温度及び保持時間を達成し、かつ、上限温度を超えないように、誘導加熱の出力及びマンドレルバー1の搬送速度が決定される。そして、決定された熱処理条件で、マンドレルバー1の焼き戻し熱処理が実行される。
【0038】
再び図1を参照すると、コイル2の出側にマンドレルバー1の温度を測定する出側温度計4が設置されてよい。マンドレルバー1の焼き戻し熱処理において、コイル2の出側でのマンドレルバー1での表面温度が、熱処理条件の決定の際の計算に従うようにコイル2の出力が調整されてよい。また、コイル2の入側にマンドレルバー1の温度を測定する入側温度計5が設置されてよい。コイル2の入側でのマンドレルバー1での表面温度が、熱処理条件の決定の際の計算に従うようにコイル2の出力が調整されてよい。ここで、出側温度計4及び入側温度計5は、放射温度計などの非接触の測定装置であってよいし、接触式の温度計であってよい。
【0039】
<複数コイルの構成>
図4は、誘導加熱による焼き戻し熱処理について、コイル2が複数の場合の形態について説明するための図である。図4のように複数のコイル2を、距離(コイル間距離)をとって並べて、加熱を行うことによって、中実で径の太い対象物であるマンドレルバー1の径方向温度偏差を小さくすることができる。1つ目のコイル2(搬送方向上流側のコイル2)で加熱された後、2つ目のコイル2(搬送方向下流側のコイル2)で加熱されるまでの間に、マンドレルバー1の径方向の伝熱により温度分布が小さくなるからである。コイル2は3つ以上であってよい。
【0040】
2つ目のコイル2の出側にマンドレルバー1の温度を測定する出側温度計4が設置されてよい。マンドレルバー1の焼き戻し熱処理において、2つ目のコイル2の出側でのマンドレルバー1の表面温度が、熱処理条件の決定の際の計算に従うようにコイル2の出力が調整されてよい。また、1つ目のコイル2の入側にマンドレルバー1の温度を測定する入側温度計5が設置されてよい。1つ目のコイル2の入側でのマンドレルバー1での表面温度が、熱処理条件の決定の際の計算に従うようにコイル2の出力が調整されてよい。また、2つのコイル2の間にマンドレルバー1の温度を測定する中間温度計6が設置されてよい。2つのコイル2の間でのマンドレルバー1の表面温度が、熱処理条件の決定の際の計算に従うようにコイル2の出力が調整されてよい。
【0041】
本実施形態に係るマンドレルバー1の製造装置は、図1及び図4の焼き戻し熱処理装置を含む又は焼き戻し熱処理装置を制御する装置であってよく、例えばコンピュータを含んで構成されてよい。マンドレルバー1の製造装置は、例えばコンピュータによって上記のマンドレルバー1の製造方法を実行してよい。コンピュータは、例えばマンドレルバー1の製造及びマンドレルバー1を使用したマンドレル圧延プロセスなどを管理するコンピュータであってよい。コンピュータの構成は、特に限定されるものでなく、例えばメモリ(記憶装置)、CPU(処理装置)、ハードディスクドライブ(HDD)、ネットワークに接続するための通信制御部、表示装置及び入力装置を備えるものであってよい。ここで、図2の熱処理条件を決定する方法は、コンピュータのCPUで実施されてよい。熱処理条件で使用されるデータ(実験のデータを含む)は、コンピュータの入力装置から又はネットワーク経由で入力されて、メモリ又はハードディスクドライブに記憶されてよい。また、上記の「硬度の決定」の処理は第1の決定部で実行されてよい。上記の「温度、時間及び上限値の決定」の処理は第2の決定部で実行されてよい。上記の「硬度を達成する必要がある範囲の決定」の処理は第3の決定部で実行されてよい。上記の「熱処理条件の決定」の処理は第4の決定部で実行されてよい。また、マンドレルバー1の焼き戻し熱処理の実行は焼き戻し熱処理実行部によって実行されてよい。メモリに記憶された1つ以上のプログラムがコンピュータのCPUによって読み込まれると、CPUを第1の決定部、第2の決定部、第3の決定部、第4の決定部及び焼き戻し熱処理実行部として機能させてよい。このように、本実施形態に係るマンドレルバー1の製造装置は、第1の決定部、第2の決定部、第3の決定部、第4の決定部及び焼き戻し熱処理実行部を備え、マンドレルバー1の製造方法を実行する。
【0042】
以上のように、本実施形態に係るマンドレルバー1の製造方法及びマンドレルバー1の製造装置は、上記の構成又は工程によって、雰囲気炉を用いずにマンドレルバー1の焼き戻し熱処理を実施可能である。すなわち、本開示によれば、大型の雰囲気炉を必要とせずマンドレルバー1の焼き戻し熱処理が実現できる。そのため、炉床又はスキッドに触れている部分と触れていない部分で温度差が生じる問題が発生しない。本開示によれば、誘導加熱によって切削する部分を集中的に加熱するため、雰囲気炉と比較してエネルギーコストを抑えることができる。
【0043】
(実施例)
以下、本開示の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本開示は実施例の内容に限定されるものではない。
【0044】
本実施例では、マンドレルバーの製造が行われた。
【0045】
(実施例1:コイルが1つの場合)
表1に示す化学成分を有する熱間工具鋼(SKD6)を材料とするマンドレルバーに対して、誘導加熱による焼き入れ熱処理が行われた後に、上記の実施形態で説明した誘導加熱による焼き戻し熱処理が行われた。表1に示されていない残部はFe及び不可避的不純物である。マンドレルバーの直径は120mmである。マンドレルバーの長さは20000mmである。達成すべき焼き戻し熱処理後の硬度として、バーの耐摩耗性が十分に得られるHV400~550が目標値とされた。また、この硬度が外表面から径方向に0~10mmの範囲で得られていることが目標とされた。マンドレルバーに焼き入れ熱処理を行った後、マンドレルバーの端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV595~608の範囲であった。
【0046】
【表1】
【0047】
マンドレルバーと同様の化学成分を有するSKD6の鋼片を用いて事前に実験が行われた。マンドレルバーの製造で実施された焼き入れと同様の温度パターンで熱処理後に、600℃で60秒保持すると硬度がHV546となった。この結果から、加熱温度を600℃、保持時間を60秒(テンパリングパラメータ15908)とすることが決定された。また、加熱温度、保持時間を複数条件変更して実験が行われた。その結果、複数の条件で硬度がHV400より小さくなった。それらの条件の中で低い加熱温度は790℃であった。この結果から上限温度を790℃とすることが決定された。
【0048】
図1のような焼き戻し熱処理装置を用いて焼き戻し熱処理が行われた。コイルの内径は140mmである。コイルの外径は180mmである。長さ(コイル長さ)は200mmである。誘導加熱の加熱周波数は3000Hzである。コイルの出側に放射温度計である出側温度計が設置されており、マンドレルバーの温度が測定される。コイルの位置は固定である。マンドレルバーはコイルの入出側に設置されたピンチロールにより一定速度で搬送される。
【0049】
焼き戻し熱処理に先立ち、電磁界-熱伝導解析を連成させたFEMによる温度計算が行われた。図5は表面と表面から10mmの箇所(2つの評価点)の温度の時間変化を計算した結果を示す。マンドレルバーの搬送速度を1.5mm/sとし、コイル出側のマンドレルバーの温度が744℃であれば、表面から10mmの位置が600℃以上に保持される時間が61秒となり、表面の最高到達温度が746℃と上限温度以下となる。ここで、表面から10mmの位置は、硬度を達成する必要のある範囲のうち最も内側の位置に対応する。そのため、マンドレルバーの搬送速度を1.5mm/sとし、出側温度計の測定値が744℃となるように誘導加熱の出力が調整された。
【0050】
上記の設定により、マンドレルバー全長に焼き戻し熱処理が実施された。焼き戻し処理後のマンドレルバーについて端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV462~538の範囲であり、目標範囲内であった。
【0051】
(実施例2:コイルが複数の場合)
表1に示す化学成分を有する熱間工具鋼(SKD6)を材料とするマンドレルバーに対して、誘導加熱による焼き入れ熱処理が行われた後に、上記の実施形態で説明した誘導加熱による焼き戻し熱処理が行われた。表1に示されていない残部はFe及び不可避的不純物である。マンドレルバーの直径は170mmである。マンドレルバーの長さは20000mmである。達成すべき焼き戻し熱処理後の硬度として、バーの耐摩耗性が十分に得られるHV400~550が目標値とされた。また、この硬度が外表面から径方向に0~10mmの範囲で得られていることが目標とされた。焼き入れ熱処理後のマンドレルバーの端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV590~602の範囲であった。
【0052】
マンドレルバーと同様の化学成分を有するSKD6の鋼片を用いて事前に実験が行われた。マンドレルバーの製造で実施された焼き入れと同様の温度パターンで熱処理後に、600℃で60秒保持すると硬度がHV548となった。この結果から、加熱温度を600℃、保持時間を60秒(テンパリングパラメータ15908)とすることが決定された。また、加熱温度、保持時間を複数条件変更して実験が行われた。その結果、複数の条件で硬度がHV400より小さくなった。それらの条件の中で低い加熱温度は790℃であった。この結果から上限温度を790℃とすることが決定された。
【0053】
図4のような焼き戻し熱処理装置を用いて焼き戻し熱処理が行われた。コイル寸法は2つとも同じである。コイルの内径は190mmである。コイルの外径は230mmである。長さ(コイル長さ)は200mmである。誘導加熱の加熱周波数は3000Hzである。コイルの出側に放射温度計である出側温度計が設置されており、マンドレルバーの温度が測定される。コイルの位置は固定である。マンドレルバーはコイルの入出側に設置されたピンチロールにより一定速度で搬送される。
【0054】
焼き戻し熱処理に先立ち、電磁界-熱伝導解析を連成させたFEMによる温度計算が行われた。図6は表面と表面から10mmの箇所(2つの評価点)の温度の時間変化を計算した結果を示す。コイル間の距離は80mmとした。マンドレルバーの搬送速度を1.5mm/sとし、コイル出側のマンドレルバーの温度が735℃であれば、表面から10mmの位置が600℃以上に保持される時間が63秒となり、表面の最高到達温度が736℃と上限温度以下となる。ここで、表面から10mmの位置は、硬度を達成する必要のある範囲のうち最も内側の位置に対応する。そのため、コイル間の距離を80mmとし、マンドレルバーの搬送速度を1.5mm/sとし、出側温度計の測定値が735℃となるように誘導加熱の出力が調整された。
【0055】
上記の設定により、マンドレルバー全長に焼き戻し熱処理が実施された。焼き戻し熱処理後のマンドレルバーについて端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV459~537の範囲であり、目標範囲内であった。
【0056】
(比較例1:表面を高温にしすぎた場合)
表1に示す化学成分を有する熱間工具鋼(SKD6)を材料とするマンドレルバーに対して、誘導加熱による焼き入れ熱処理が行われた後に、誘導加熱による焼き戻し熱処理が行われた。表1に示されていない残部はFe及び不可避的不純物である。マンドレルバーの直径は120mmである。マンドレルバーの長さは20000mmである。焼き入れ熱処理後のマンドレルバーの端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV596~605の範囲であった。
【0057】
図1のような焼き戻し熱処理装置を用いて焼き戻し熱処理が行われた。コイルの内径は140mmである。コイルの外径は180mmである。長さ(コイル長さ)は200mmである。誘導加熱の加熱周波数は3000Hzである。コイルの出側に放射温度計である出側温度計が設置されており、マンドレルバーの温度が測定される。コイルの位置は固定である。マンドレルバーはコイルの入出側に設置されたピンチロールにより一定速度で搬送される。
【0058】
マンドレルバーの搬送速度を1.5mm/sとし、出側温度計の測定値が810℃となるように誘導加熱の出力が調整された。
【0059】
上記の設定により、マンドレルバー全長に焼き戻し熱処理が実施された。焼き戻し処理後のマンドレルバーについて端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV324~480の範囲であり、目標範囲外であった。これは、マンドレルバー表面の温度が高くなりすぎたために、表面の硬度が低くなったためと考えられる。
【0060】
(比較例2:表面を低温にしすぎた場合)
実施例2と同様の焼き入れ熱処理後のマンドレルバーに、実施例2と同様のコイルで焼き戻し熱処理が行われた。
【0061】
マンドレルバーの搬送速度を1.5mm/sとし、出側温度計の測定値が650℃となるように誘導加熱の出力が調整された。
【0062】
上記の設定により、マンドレルバー全長に焼き戻し熱処理が実施された。焼き戻し熱処理後のマンドレルバーについて端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV509~580の範囲であり、目標範囲外であった。これは、加熱温度が低かったために、十分な加熱温度及び保持時間が確保されず、硬度が十分に下がらなかったためと考えられる。また、JIS Z 2242:2018に定められるハーフサイズ試験片によるシャルピー試験が行われた。試験片は外表面から径方向に0~10mmの範囲から採取した。その結果、靭性値は2Jと低い値であり、マンドレルバーに有害な亀裂が発生するおそれが高い。
【0063】
(比較例3:雰囲気炉を用いた場合)
実施例2と同様の圧延後のマンドレルバーに、雰囲気炉で焼き戻し熱処理が実施された。焼き戻し熱処理は炉温630℃の雰囲気炉にマンドレルバーが挿入されて、80分後に抽出、空冷された。
【0064】
焼き戻し熱処理後のマンドレルバーについて端部を切断し外表面から径方向に0~10mmの範囲のビッカース硬度を測定したところ、硬度はHV459~542の範囲であり、目標範囲内であった。しかし、実施例2と比較して、1.5倍のエネルギーコストが必要であった。雰囲気炉の場合に、大型の炉の全体を高温とする必要があり、加熱のためのエネルギーコストが多大となるためである。
【0065】
また、焼き戻し熱処理後のマンドレルバーの表面を目視で確認したところ、表面性状に周方向及び長手方向のムラがあった。雰囲気炉での加熱であるため、マンドレルバーがスキッドに触れている部分とそうでない部分で温度差が生じ、焼き戻し熱処理後の硬度に差が生じたためと考えられる。このようなムラは圧延時に製品に転写されて、品質不良の原因となり得る。
【0066】
本開示の実施形態について、諸図面及び実施例に基づき説明してきたが、当業者であれば本開示に基づき種々の変形又は修正を行うことが容易であることに注意されたい。従って、これらの変形又は修正は本開示の範囲に含まれることに留意されたい。例えば、各構成部又は各ステップなどに含まれる機能などは論理的に矛盾しないように再配置可能であり、複数の構成部又はステップなどを1つに組み合わせたり、或いは分割したりすることが可能である。本開示に係る実施形態は装置が備えるプロセッサにより実行されるプログラムを記録した記憶媒体としても実現し得るものである。本開示の範囲にはこれらも包含されるものと理解されたい。
【符号の説明】
【0067】
1 マンドレルバー
2 コイル
3 搬送装置
4 出側温度計
5 入側温度計
6 中間温度計
図1
図2
図3
図4
図5
図6