(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136271
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】識別対象物の識別方法、識別用添加剤及び高分子化合物
(51)【国際特許分類】
G01N 24/12 20060101AFI20240927BHJP
【FI】
G01N24/12 510P
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047344
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】畳開 真之
(72)【発明者】
【氏名】信藤 大輔
(57)【要約】
【課題】
13C-NMRスペクトルにおいて13C核同士のカップリングによりピークの分裂が観測されることを利用した、識別対象物の識別方法の提供。
【解決手段】識別対象物の識別方法は、識別対象物についての13C-NMRスペクトルを測定し、前記識別対象物から13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されるか否かに基づいて前記識別対象物の識別を行うものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
識別対象物についての13C-NMRスペクトルを測定し、前記識別対象物から13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されるか否かに基づいて前記識別対象物の識別を行う識別対象物の識別方法。
【請求項2】
前記識別対象物が、高分子化合物を含有するか又は高分子化合物由来である請求項1に記載の識別対象物の識別方法。
【請求項3】
前記高分子化合物を含有する識別対象物が、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位を含有する請求項2に記載の識別対象物の識別方法。
【請求項4】
前記高分子化合物を含有する識別対象物が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ABS樹脂、ポリフェニレン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ジフェニルパラフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルニトリル、ポリアミド、ポリベンゾアゾール、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエステル及びこれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種を含有する請求項2に記載の識別対象物の識別方法。
【請求項5】
前記13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体が、アクリロニトリル-1,2-13C2、アクリロニトリル-2,3-13C2、アクリロニトリル-1,2,3-13C3、テレフタル酸ジメチル-1,2,3,4,5,6,α,α’-13C8及びビスフェノールA(ring-13C12)からなる群より選択される少なくとも1種を含有する請求項3に記載の識別対象物の識別方法。
【請求項6】
前記高分子化合物を含有する識別対象物における前記13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位の割合が、0.00001質量%以上である請求項3に記載の識別対象物の識別方法。
【請求項7】
前記高分子化合物由来の識別対象物が、ポリアクリロニトリル系炭素繊維の前駆体である請求項2に記載の識別対象物の識別方法。
【請求項8】
13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位を含む高分子化合物を含有する識別用添加剤。
【請求項9】
前記13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位の割合が、50質量%以上である請求項8に記載の識別用添加剤。
【請求項10】
13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位の割合が、0.00001質量%以上である高分子化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、識別対象物の識別方法、識別用添加剤及び高分子化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、高分子材料から構成される多くの製品が、様々な産業分野で用いられている。近年の高分子材料のサプライチェーンの複雑化に伴い、これらの高分子材料が市場で流通する際に、偽造、すり替え等の所謂サイレントチェンジが起こる場合がある。その結果、最終製品の品質に意図しない形で悪影響を与える可能性がある。
一方、昨今の化石資源の枯渇や地球の温暖化防止策の一環として、植物由来の原料の使用が推奨されている。植物由来の原料を用いて製造された高分子材料に、意図しない取り違えにより化石資源由来の原料が混入する可能性がある。
サイレントチェンジや取り違えが生じたか否かを確認するための一般的な手法としては、識別可能な化合物を高分子材料にあらかじめ添加しておくことが考えられる。しかしながら、本手法では高分子材料と異なる物質を添加することから、高分子材料の物性の低下につながる恐れがある。
高分子材料の物性を損なうことなく高分子材料の識別を可能とする方法としては、炭素12(12C)の安定な同位体である炭素13(13C)を高濃度で含む化合物を用いる方法が挙げられる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
13Cを高濃度で含む化合物は一般に高価であり、添加量を出来る限り低減することが望ましい。一方で、13Cは天然中の炭素に1%程度存在しており、13Cを高濃度で含む化合物の添加量を低減しすぎると、既存の化合物との区別が困難となる。
本開示は上記従来の事情に鑑みてなされたものであり、本開示の一形態は、13C-NMRスペクトルにおいて13C核同士のカップリングによりピークの分裂が観測されることを利用した、識別対象物の識別方法を提供することを目的とする。また、本開示の他の形態は、識別対象物に添加される識別用添加剤及び識別対象物としての高分子化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を達成するための具体的手段は以下の通りである。
<1> 識別対象物についての13C-NMRスペクトルを測定し、前記識別対象物から13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されるか否かに基づいて前記識別対象物の識別を行う識別対象物の識別方法。
<2> 前記識別対象物が、高分子化合物を含有するか又は高分子化合物由来である<1>に記載の識別対象物の識別方法。
<3> 前記高分子化合物を含有する識別対象物が、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位を含有する<2>に記載の識別対象物の識別方法。
<4> 前記高分子化合物を含有する識別対象物が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ABS樹脂、ポリフェニレン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ジフェニルパラフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルニトリル、ポリアミド、ポリベンゾアゾール、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエステル及びこれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種を含有する<2>又は<3>に記載の識別対象物の識別方法。
<5> 前記13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体が、アクリロニトリル-1,2-13C2、アクリロニトリル-2,3-13C2及びアクリロニトリル-1,2,3-13C3、テレフタル酸ジメチル-1,2,3,4,5,6,α,α’-13C8及びビスフェノールA(ring-13C12)からなる群より選択される少なくとも1種を含有する<3>又は<4>に記載の識別対象物の識別方法。
<6> 前記高分子化合物を含有する識別対象物における前記13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位の割合が、0.00001質量%以上である<3>~<5>のいずれか1項に記載の識別対象物の識別方法。
<7> 前記高分子化合物由来の識別対象物が、ポリアクリロニトリル系炭素繊維の前駆体である<2>に記載の識別対象物の識別方法。
<8> 13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位を含む高分子化合物を含有する識別用添加剤。
<9> 前記13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位の割合が、50質量%以上である<8>に記載の識別用添加剤。
<10> 13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体由来の構造単位の割合が、0.00001質量%以上である高分子化合物。
【発明の効果】
【0006】
本開示の一形態によれば、13C-NMRスペクトルにおいて13C核同士のカップリングによりピークの分裂が観測されることを利用した、識別対象物の識別方法を提供することができる。また、本開示の他の形態によれば、識別対象物に添加される識別用添加剤及び識別対象物としての高分子化合物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本開示の実施形態について詳細に説明する。但し、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。以下の実施形態において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合を除き、必須ではない。数値及びその範囲についても同様であり、本開示を制限するものではない。
【0008】
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ最小値及び最大値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本開示中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において、各成分には、該当する物質が複数種含まれていてもよい。組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合、各成分の含有率又は含有量は、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数種の物質の合計の含有率又は含有量を意味する。
本開示において、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される単量体を「13C標識されたモノマー」と称する。また、13C標識されたモノマーと分子構造を同じとし、且つ、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されない単量体を「13C標識されていないモノマー」と称する。また、13C標識されたモノマーとは分子構造が異なり、且つ、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されない単量体を「その他のモノマー」と称する。
【0009】
<識別対象物の識別方法>
本開示の識別対象物の識別方法は、識別対象物についての13C-NMR(核磁気共鳴、Nuclear Magnetic Resonance)スペクトルを測定し、前記識別対象物から13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されるか否かに基づいて前記識別対象物の識別を行うものである。
天然の炭素中における13Cの存在量は1%程度であるため、有機物質中に意図的に13Cを導入しないと13C核同士が隣接する可能性は極めて低い。一般に、有機物質の13C-NMRスペクトルを測定しても、13C核同士のカップリングによるピークの分裂は無視できる程度の頻度でしか観察されない。本発明者等は、識別対象物に13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される構造を意図的に導入した。これにより、識別対象物の13C-NMRスペクトルを測定した場合に、近接する13C核同士が影響しあうことで13C-NMRスペクトルにおいてカップリングによるピークの分裂として観察される。13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されることを利用して、識別対象物の識別が可能になることを本発明者等は見出し、本発明を完成させた。
【0010】
「13C核同士のカップリングによって分裂しているピーク」の確認方法について以下に述べる。
13C標識されたモノマーの重合体及び13C標識されていないモノマーの重合体の両方について13C-NMRスペクトル測定を行い、両スペクトルを比較することで、13C核同士のカップリングによって分裂しているピークを確認することができる。13C標識されたモノマーの場合、13C核同士のカップリングによって、13C-NMRスペクトルのピークは、13C標識されていないモノマーの場合と比べてさらに分裂する。すなわち、13C標識されていないモノマーの重合体の13C-NMRスペクトルのピークのうちのあるピークに着目した時、そのピークを中心に等間隔の化学シフト値で分裂して現れているピークの組を13C標識されたモノマーの重合体の13C-NMRスペクトルから探すことにより、13C核同士のカップリングによって分裂しているピークを特定することができる。13C標識されていないモノマーの重合体の13C-NMRスペクトルにおける他の全てのピークについて同様の解析を行うことにより、13C標識されたモノマーの重合体の13C-NMRスペクトルにおいて、13C核同士のカップリングによって分裂して現れるピークの出現位置を網羅的に把握することができる。
また、識別対象物の13C-NMRスペクトル測定を行い、上記で特定した13C標識されたモノマー由来の13C核同士のカップリングで分裂したピークが観測されるかどうか確認することで、識別対象物が13C標識されたモノマー由来の構造単位を含有する成分を含んでいるかどうか判断することができる。
夾雑物の影響でピーク位置が少し動いて判断しづらい場合は、少量の13C標識されたモノマーの重合体を追加で添加してNMR測定を行い、目的の分裂ピークが増強されて観測されるかどうか確認することで、13C標識されたモノマー由来の構造単位を含有する成分の有無を判断できる。
夾雑物が多く、識別対象物の13C-NMRスペクトル測定を行っても13C標識されたモノマー由来の構造単位を含有する成分(以下、「13C標識体」と称することがある。)由来のピークが全て夾雑物由来のピークに埋もれて観測しづらい場合は、適宜精製操作を行い、夾雑物を除去してから13C-NMRスペクトル測定を行うことが有効である。識別対象物が高分子化合物を含有する場合、精製方法としては、例えば、識別対象物の凍結粉砕を行い、13C標識体の貧溶媒を用いて夾雑物を抽出して除去する方法や、識別対象物の凍結粉砕後に13C標識体を良溶媒で抽出して再沈殿により精製する方法などが挙げられる。
【0011】
識別対象物の13C-NMRスペクトルを測定するための装置は、特に限定されるものではなく、市販のNMR装置を用いることができる。識別対象物は、溶液状態で13C-NMRスペクトルの測定に供してもよいし、固体状態で13C-NMRスペクトルの測定に供してもよい。識別対象物を溶液状態とする場合、溶媒としては、クロロホルム-d1,DMSO(ジメチルスルホキシド)-d6、メタノール-d4、ベンゼン-d6、テトラヒドロフラン-d8、ヘキサフルオロイソプロパノール-d2等を用いることができる。
【0012】
本開示の識別対象物の識別方法が適用される識別対象物は特に限定されるものではなく、高分子化合物を含有する識別対象物であってもよく、高分子化合物由来の識別対象物であってもよく、カーボンブラック、黒鉛、ダイヤモンド、グラフェン、フラーレン、カーボンナノチューブ、炭素繊維などの主として炭素原子から構成される化合物であってもよい。本開示の識別対象物の識別方法は、高分子化合物を含有する識別対象物又は高分子化合物由来の識別対象物の識別に特に有用である。
【0013】
識別対象物へ13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される構造を意図的に導入する方法は、特に限定されるものではない。識別対象物が高分子化合物を含有する場合、高分子化合物に13C標識されたモノマー由来の構造単位を導入する方法が挙げられる。具体的には、13C標識されたモノマーを用いて付加重合反応又は縮重合反応により高分子化合物を得る方法が挙げられる。付加重合反応及び縮重合反応に適用される反応条件、13C標識されていないモノマー及びその他のモノマーの種類、仕込み比等は、特に限定されるものではなく、高分子化合物の種類、用途等に応じて適宜選択される。
一方、識別対象物が高分子化合物由来のものである場合、13C標識されたモノマー由来の構造単位が導入された高分子化合物に対して、紡糸、炭素化等の加工処理を施すことで、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察される構造を識別対象物へ意図的に導入することができる。
【0014】
識別対象物が高分子化合物を含有する場合、高分子化合物は、付加重合体、縮重合体などが挙げられる。識別対象物に含有される高分子化合物の具体例としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ABS(アクリルニトリル-ブタジエン-スチレン)樹脂、ポリフェニレン、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ジフェニルパラフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、ポリエーテルニトリル、ポリアミド、ポリベンゾアゾール、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエステル及びこれらの共重合体からなる群より選択される少なくとも1種であってもよい。
高分子化合物は、13C標識されたモノマーの導入の容易さ、導入された単量体の含有量の保持性、及び、高分子化合物の汎用性の観点から、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ABS樹脂等のポリオレフィンが好ましい。
【0015】
識別対象物が高分子化合物を含有する場合、高分子化合物を構成する13C標識されたモノマーは、少なくとも2つの13Cが近接する構造を有することが好ましく、少なくとも2つの13C同士が直接結合するか又は1~3個の元素を介して存在する構造を有することがより好ましく、2つの13C同士が直接結合している構造を有することがさらに好ましい。
【0016】
13C標識されたモノマーは、高分子化合物の種類によって適宜選択される。13C標識されたモノマーの具体例としては、例えば、アクリロニトリル-1,2-13C2 (H2C=*CH*CN)、アクリロニトリル-2,3-13C2 (H2
*C=*CHCN)、アクリロニトリル-1,2,3-13C3 (H2
*C=*CH*CN)、テレフタル酸ジメチル(Dimethyl terephthalate)-1,2,3,4,5,6,α,α’-13C8及びビスフェノールA(ring-13C12)からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0017】
ポリアクリロニトリルは、アクリル繊維や炭素繊維のプリカーサー、塗料、ABS樹脂の構成成分として用いられる。高分子化合物がポリアクリロニトリル又はABS樹脂を含有する場合、これら高分子化合物は、アクリロニトリル-1,2-13C2 (H2C=*CH*CN)、アクリロニトリル-2,3-13C2 (H2
*C=*CHCN)及びアクリロニトリル-1,2,3-13C3 (H2
*C=*CH*CN)からなる群より選択される少なくとも1種の13C標識されたモノマー由来の構造単位を含有することが好ましい。
【0018】
高分子化合物に含まれる13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、13C核同士のカップリングによるピークの分裂の測定の容易さの観点から、0.00001質量%以上であることが好ましく、0.0001質量%以上であることがより好ましく、0.001質量%以上であることがさらに好ましい。高分子化合物に含まれる13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、高分子化合物のコストの観点から、13C核同士のカップリングによるピークの分裂の測定が可能となる量含まれていればよく、例えば、5質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下がさらに好ましい。高分子化合物に含まれる13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、0.00001質量%~5質量%が好ましく、0.0001質量%~1質量%がより好ましく、0.001質量%~0.1質量%がさらに好ましい。
【0019】
例えば、高分子化合物がポリアクリロニトリル又はABS樹脂である場合、アクリロニトリル-1,2-13C2 (H2C=*CH*CN)、アクリロニトリル-2,3-13C2 (H2
*C=*CHCN)及びアクリロニトリル-1,2,3-13C3 (H2
*C=*CH*CN)からなる群より選択される少なくとも1種の13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、0.00001質量%以上であることが好ましく、0.0001質量%以上であることがより好ましく、0.001質量%以上であることがさらに好ましい。また、これら13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、5質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下がさらに好ましい。これら13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、0.00001質量%~5質量%が好ましく、0.0001質量%~1質量%がより好ましく、0.001質量%~0.1質量%がさらに好ましい。
【0020】
高分子化合物がアクリロニトリルの共重合体である場合、当該共重合体には、イタコン酸、アクリルアミド、メチルアクリレートなどを適宜共重合させる事ができる。
【0021】
本開示において、高分子化合物又は後述の識別用添加剤に含まれる13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合の算出は、以下の方法により行うことができる。
近接する13C核同士では同一かつ固有のカップリング定数を有するピークの分裂が観察される。すなわちこのカップリング定数を有するピークが観察されれば、近接する13C核を有する分子を含有することとなる。例えば、分裂したピークと分裂していないピークの強度比から13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合を見積もることができる。
【0022】
13C標識されたモノマーの13C化率を100%とした場合に、13C標識されたモノマー、13C標識されていないモノマー、及びその他のモノマーの共重合組成比(モル比)は次のように求められる。
S1÷(100÷r) : S2 : S3
なお、上記S1、S2及びS3はそれぞれ、共重合体の13C-NMRスペクトルを定量モードで測定した場合における次のことを表す。
S1: 13C標識されたモノマー由来の構造単位に由来する13C核同士のカップリングによって分裂して現れている1炭素分のピーク面積の総和
S2: 13C標識されていないモノマー由来の構造単位に由来する1炭素分のピーク面積の総和
S3: その他のモノマー由来の構造単位に由来する1炭素分のピーク面積の総和
r: 天然の13Cの存在比率(%)
また、各構造単位の分子量をW1、W2及びW3とした場合、共重合体の共重合組成比(質量比)は次のように求められる。
S1÷(100÷r)×W1 : S2×W2 : S3×W3
なお、上記W1、W2及びW3はそれぞれ、次のことを表す。
W1: 13C標識されたモノマー由来の構造単位の分子量
W2: 13C標識されていないモノマー由来の構造単位の分子量
W3: その他のモノマー由来の構造単位の分子量
共重合体における13C標識されたモノマー由来の構造単位の含有量A(質量%)は、次式で求められる。
A = {S1÷(100÷r)×W1}÷{S1÷(100÷r)×W1+S2×W2+S3×W3}×100
【0023】
識別対象物が高分子化合物由来のものである場合における、当該識別対象物の具体例としては、13C標識されたモノマー由来の構造単位が導入された高分子化合物を用いて製造された繊維が挙げられ、ポリアクリロニトリル系炭素繊維の前駆体であることが好ましい。
【0024】
<識別用添加剤>
本開示の識別用添加剤は、13C標識されたモノマー由来の構造単位を含む高分子化合物を含有するものである。本開示の識別用添加剤に含有される高分子化合物における13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、50質量%以上であってもよく、70質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、99質量%以上がさらに好ましい。
本開示の識別用添加剤を高分子化合物に添加することにより、高分子化合物自身に13C標識されたモノマー由来の構造単位が含まれていなくても、識別用添加剤の添加された高分子化合物について、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されるようになる。
本開示の識別用添加剤を構成する13C標識されたモノマー由来の構造単位は特に限定されるものではなく、上述した13C標識されたモノマーを用いることができる。
【0025】
<高分子化合物>
本開示の高分子化合物は、13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合が、0.00001質量%以上とされたものである。高分子化合物における13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合を0.00001質量%以上とすることで、高分子化合物について、13C核同士のカップリングによるピークの分裂が観察されるようになる。本開示の高分子化合物における13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、0.0001質量%以上であることが好ましく、0.001質量%以上であることがより好ましい。本開示の高分子化合物に含まれる13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、高分子化合物のコストの観点から、13C核同士のカップリングによるピークの分裂の測定が可能となる量含まれていればよく、例えば、5質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下がさらに好ましい。本開示の高分子化合物に含まれる13C標識されたモノマー由来の構造単位の割合は、0.00001質量%~5質量%が好ましく、0.0001質量%~1質量%がより好ましく、0.001質量%~0.1質量%がさらに好ましい。
【実施例0026】
以下に実施例を挙げて、本開示の識別対象物の識別方法をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理手順等は、本開示の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本開示の識別対象物の識別方法の範囲は、以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきではない。
【0027】
[実施例1]
<2つの13C核が近接する構造を有するポリアクリロニトリル共重合体(識別対象物)の作製>
ジメチルスルホキシド900質量部に、アクリロニトリルを98質量部、アクリロニトリル-1,2,3-13C3を1質量部及びイタコン酸を1質量部溶解させ、アゾビスイソブチロニトリル1.3質量部を加え60℃で5時間加熱撹拌することでポリマー溶液を得る。上記工程を経て得られるポリマー溶液を水で凝固させ、析出するポリマーを水洗し、乾燥させることで2つの13C核が近接する構造を有するポリアクリロニトリル共重合体を得ることができる。
【0028】
[実施例2]
<識別対象物の識別>
実施例1の2つの13C核が近接する構造を有するポリアクリロニトリル共重合体をジメチルスルホキシド-d6に溶解させ、次いで13C-NMRスペクトルを測定することで、アクリロニトリル-1,2,3-13C3の構造単位由来のピーク(13C核同士のカップリングによるピークの分裂)を観察することができ、ポリアクリロニトリル共重合体中のアクリロニトリル-1,2,3-13C3の構造単位の含有の有無を判別することができる。これにより、識別対象物の識別が可能となる。