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特開2024-136284うつ病の診断補助方法及び診断用キット
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  • 特開-うつ病の診断補助方法及び診断用キット 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136284
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】うつ病の診断補助方法及び診断用キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6883 20180101AFI20240927BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C12Q1/6883 Z ZNA
C12N15/11 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047362
(22)【出願日】2023-03-23
(71)【出願人】
【識別番号】506087705
【氏名又は名称】学校法人産業医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】和泉 弘人
(72)【発明者】
【氏名】吉村 玲児
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】うつ病の重症度を高精度に評価し得る新規診断マーカーを同定し、該マーカーを指標として、客観的にうつ病への罹患とその重症度を診断する手段を提供すること。
【解決手段】被験者から採取した生体試料中のエクソソーム内に含まれるhsa-miR-2277-3p及び/又はhsa-miR-6813-3pのレベルを測定することを含む、うつ病への罹患及びその重症度の診断を補助する方法、並びに前記2種類のmiRNAの1以上を特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマーを含む、うつ病への罹患及びその重症度の診断用キット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取した生体試料中のエクソソーム内に含まれるhsa-miR-2277-3p及び/又はhsa-miR-6813-3pのレベルを測定することを含む、うつ病の診断を補助する方法。
【請求項2】
該診断がうつ病の重症度の評価を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生体試料が体液である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
体液が、血液、血清又は血漿である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
うつ病の診断用キットであって、hsa-miR-2277-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマー、並びに/或いは、hsa-miR-6813-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマーを含む、キット。
【請求項6】
該診断がうつ病の重症度の評価を含む、請求項5に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、うつ病の診断、より具体的には、うつ病の進行度の診断を補助する方法、並びに当該診断用のキットに関する。
【背景技術】
【0002】
わが国では100万人のうつ病患者が医療機関を受診している。しかしながら、その診断においては、医師が、患者本人への問診や家族への聞き取りの結果に基づいて、特定の症状の有無を評価する方法で実施されている。
【0003】
ハミルトン評価尺度(HAM-D)はうつ病の重症度を評価するために広く使用されている標準化された評価尺度であるが、その評点は観察者間で十分に一致しない現状がある。元々、うつ病の診断基準は、特定の症状がどの程度続いているかに基づいており、部分的に患者の主観的評価が含まれるため、客観的な評価方法とは言い難い。
うつ病を客観的に評価する方法として、ゲノム情報、脳画像情報など様々な方法が提案されているが、いずれも感度・特異度が低く、実臨床には応用されていない。
【0004】
近年、バイオマーカーとしてのマイクロRNA(miRNA)の利用が盛んに研究されている。うつ病に関しても、血液中の特定のmiRNAが診断マーカーとして利用可能であることを示唆する報告が散見される(非特許文献1-3)。
【0005】
本発明者らは以前、マイクロアレイを用いた網羅的解析により、健常者の血液由来のエクソソームからは検出されるが、うつ病患者の血液由来のエクソソームからは検出されないか低値である7種の特定のmiRNAを見出し、これらのmiRNAの1以上のレベルを測定することにより、うつ病を診断し得ることを報告した(特許文献1)。
【0006】
しかしながら、うつ病の症状には重症から軽症までさまざまものがあることから、罹患の有無だけでなく、うつ病の重症度も評価し得る診断マーカーが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2021-112167公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Journal of Affective Disorders, 2014, 163:133-139
【非特許文献2】Acta Psychiatrica Scandinavica, 2017, 136(6):594-606
【非特許文献3】Journal of Cellular and Molecular Medicine, 2019, 23(10):7021-7028
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、うつ病の重症度を高精度に評価し得る新規診断マーカーを同定し、該マーカーを指標として、客観的にうつ病への罹患とその重症度を診断する手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、マイクロアレイを用いた網羅的解析により、健常者の血液由来のエクソソームからは検出されるが、うつ病患者の血液由来のエクソソームからは検出されないか低値であり、かつうつ病の重症度が上がるにつれて発現量がより低下する2種の特定のmiRNA、即ち、hsa-miR-2277-3p及びhsa-miR-6813-3pを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[項1]
被験者から採取した生体試料中のエクソソーム内に含まれるhsa-miR-2277-3p及び/又はhsa-miR-6813-3pのレベルを測定することを含む、うつ病の診断を補助する方法。
[項2]
該診断がうつ病の重症度の評価を含む、項1に記載の方法。
[項3]
生体試料が体液である、項1又は2に記載の方法。
[項4]
体液が、血液、血清又は血漿である、項3に記載の方法。
[項5]
うつ病の診断用キットであって、hsa-miR-2277-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマー、並びに/或いは、hsa-miR-6813-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマーを含む、キット。
[項6]
該診断がうつ病の重症度の評価を含む、項5に記載のキット。
[項7]
うつ病の診断及び治療方法であって、
(1)被験者から採取した生体試料中のエクソソーム内に含まれるhsa-miR-2277-3p及び/又はhsa-miR-6813-3pのレベルを測定すること、
(2)前記測定により前記miRNAのレベルが、対照値と比較して低値であった場合に、該被験者はうつ病に罹患している、又は対照と比べてより重症度が高いと判断すること、及び
(3)うつ病に罹患している、又は対照と比べてより重症度が高いと判断された被験者に重症度に応じた抗うつ療法を実施すること、
を含む、方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、客観的にうつ病への罹患及びその重症度の診断を可能にする検査方法、及びそのためのキットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】被験者由来の血液サンプル中のエクソソーム内に含まれるhsa-miR-2277-3p及びhsa-miR-6813-3pが、うつ病への罹患及びその重症度の指標となり得ることを示す図である。a)、b)及びc)は、それぞれhsa-miR-6813-3p、hsa-miR-2277-3p及びhsa-let-7f-1-3pの、健常対照(Control)、軽症のうつ病(Mild)、中等症のうつ病(Moderate)及び重症のうつ病(Severe)におけるエクソソーム内レベルの比較を示す箱ひげ図である。d)、e)及びf)は、それぞれhsa-miR-6813-3p、hsa-miR-2277-3p及びhsa-let-7f-1-3pの、健常対照(Control)及びうつ病患者全体(MDD)におけるエクソソーム内レベルの比較を示す箱ひげ図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1. うつ病の診断を補助する方法
本発明は、うつ病の診断を補助する方法(以下、「本発明の診断補助方法」と称する場合がある。)を提供する。当該方法は、具体的には、被験者から採取した生体試料中のエクソソーム内に含まれる特定のmiRNA(即ち、hsa-miR-2277-3p及び/又はhsa-miR-6813-3p)のレベルを測定することを含む。これら2種類のmiRNA(以下、「本発明のマーカーmiRNA」ともいう。)は、健常者から採取されるエクソソームにおけるmiRNAレベルと比較して、うつ病患者から採取されるエクソソームにおけるmiRNAレベルが低値であり(実質的に検出されない場合を含む)、かつ、うつ病患者の重症度が上がるにつれてmiRNAレベルがより低値を示す。ここで「実質的に検出されない」とは、少なくともマイクロアレイ解析レベルでは、検出限界以下であることを意味する。
【0015】
本発明の診断補助方法において、「うつ病の診断を補助する」とは、被験者がうつ病に罹患しているか否か、また、うつ病の重症度がどの程度(例、軽症、中等症、重症)であるかの判断のための指標となる情報を提供することをいい、医療行為である、うつ病に罹患しているか否か、及びうつ病の重症度がどの程度であるかを判断する工程自体を含まないことを意味する。
【0016】
本発明において、うつ病とは、気分障害の一種であり、抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥、食欲低下、不眠、持続する悲しみ・不安などを特徴とした精神障害である。アメリカ精神医学会(APA)の『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版(DSM-5)において、「抑うつ障害群」に分類されるいずれのうつ病性障害も本発明における「うつ病」に包含される。
【0017】
本発明の診断補助方法において、被験者は、ヒトであれば特に限定されない。被験者としては、例えば、うつ病に罹患しているか、罹患していることが疑われるヒトなどが挙げられる。
【0018】
本発明の診断補助方法において、生体試料は、被験者から得られたものであって、エクソソームを含むものであれば特に限定されず、例えば、体液、組織もしくは細胞の培養上清等が挙げられる。体液としては、例えば、血液、血漿、血清、脳脊髄液、リンパ液、尿及び唾液等が挙げられる。好ましくは、血液、血漿又は血清等である。組織としては、例えば、脳組織等が挙げられ、細胞としては、当該組織から得られる細胞集団が挙げられる。被験者への侵襲が少ない点から、生体試料は体液が好ましい。組織もしくは細胞の培養上清を用いる場合、これらの組織もしくは細胞は、自体公知の適切な条件下で培養することができる。好ましい一実施態様においては、該組織もしくは細胞は、血清(例、ウシ胎仔血清(FBS)等)を含む培地中で培養されるが、血清には原料動物由来のエクソソームが含まれるため、予めエクソソームが除去された血清を使用すべきである。エクソソームが除去された血清の調製は、例えば、エクソソームの粒子径よりも小さい孔径を有するフィルターに血清を通し、通過液を得ることにより行うことができる。
【0019】
本発明の診断補助方法においては、生体試料からエクソソームを単離した後で内包されるmiRNAを測定する。エクソソームは、公知の方法によって生体試料から得ることができる。そのような方法としては、例えば、遠心法、密度勾配遠心法、超遠心法、ポリマー沈殿法、サイズ排除クロマトグラフィーを用いた分離法及びアフィニティーを利用した分離法等が挙げられる。また、市販のキットを添付のプロトコールに従って用いることによって、生体試料からエクソソームを得てもよい。市販のキットとしては、例えば、ExoQuick(System Biosciences)、EVSecond (GL Sciences)、Total Exosome Isolation Kit(Invitrogen)及びCD9 Exo-Flow capture kit(System Biosciences)等が挙げられる。
【0020】
あるいは、後述の実施例に示すとおり、孔径がエクソソームの粒径よりも小さいフィルター(例えば、孔径が50 nmのフィルター)に生体試料を通すことによっても、簡便にエクソソームを単離することができる。エクソソームは、孔径がエクソソームの粒径よりも小さいフィルターを通ることができずに捕捉されるため、緩衝液等を逆流させることによって当該フィルターで捕捉されたエクソソームを得ることができる。別の好ましい一実施態様においては、孔径が異なる2種類以上のフィルターを用いて、生体試料からエクソソームを得ることができる。即ち、孔径がエクソソームの粒径よりも大きいフィルター(例えば、孔径が220 nmのフィルター)、及び孔径がエクソソームの粒径よりも小さいフィルター(例えば、孔径が50 nmのフィルター)に連続して生体試料を通し、緩衝液等を逆流させることによって、孔径がエクソソームの粒径よりも小さいフィルターに捕捉されたエクソソームを得ることができる。
【0021】
本発明の診断補助方法において、測定対象となるmiRNAは、hsa-miR-2277-3p及びhsa-miR-6813-3pから選択される少なくとも1つである。これらのmiRNAは既に公知の分子であり、その配列情報はmiRBase(http://www.mirbase.org/)等のデータベースから入手可能である。hsa-miR-2277-3pはAccession No. MIMAT0011777として、hsa-miR-6813-3pはAccession No. MIMAT0027527として、それぞれmiRBaseに登録されている。本明細書中、hsa-miR-2277-3pのヌクレオチド配列は配列番号1、hsa-miR-6813-3pのヌクレオチド配列は配列番号2で表される。
【0022】
hsa-miR-2277-3p及びhsa-miR-6813-3pの各miRNAは、天然で生じる多型、突然変異等による変異(ヌクレオチドの置換、欠失、挿入又は付加)を含んでもよく、従って、本発明の診断補助方法においては、そのような変異を含むmiRNAの発現レベルが測定されてもよい。
【0023】
miRNAの発現レベルは、各miRNA又はその相補的核酸(cRNA又はcDNA)を特異的に検出し得る核酸プローブ又は核酸プライマーを用いて、ハイブリダイゼーション、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)等の自体公知の方法により測定することが出来る。そのような測定方法としては、例えば、miRNAアレイ、ノーザンブロッティング、定量PCR(リアルタイムPCR等)等を挙げることができる。
【0024】
miRNAの発現レベルの測定は、被験者から得られた生体試料中のエクソソームに由来するmiRNAを対象として行う。miRNAを抽出する方法は、被験者から得られた生体試料中のエクソソームから、miRNAを含むRNA(例えば、total RNA)を抽出する方法である限り特に限定されず、例えば、市販の試薬(例えば、ISOGEN(Nippongene)、QIAZOL(Qiagen))やキット(例えば、NucleoSpin miRNA Plasma Kit(Macherey-Nagel)、フェノールベース試薬Tripure Isolation Reagent(Roche Applied Science)、液体試料用フェノールベース試薬ISOGEN-LS(ニッポンジーン)、miRNeasy Mini Kit(Qiagen)、RNeasy MinElute Cleanup Kit(Qiagen)等)を添付のプロトコールに従って用いることによって、miRNAを含むRNAを抽出することができる。あるいは、被験者から得られた生体試料から、エクソソームに内包されるmiRNAを含む全RNAを抽出してもよい。例えば、Plasma/Serum Exosome Purification and RNA Isolation(Norgen Biotek Corp.)等の市販の試薬やキットを用いて、エクソソーム中のmiRNAを含む全RNAを抽出することができる。
【0025】
また、被験者から得られた生体試料からエクソソーム中のmiRNAを含む全RNAを抽出した後、更にmiRNAを単離してもよい。miRNAの単離は、自体公知の方法により行なうことができ、例えば、市販の試薬やキット(例えば、RNeasy Mini Column(Qiagen)、High Pure miRNA Isolation Kit(Roche Applied Science)等)を添付のプロトコールに従って用いることによって実施することができる。ここで「miRNAの単離」とは、miRNA以外の成分を除去する操作がなされていることを意味する。
【0026】
miRNAの発現レベルの測定においては、上記miRNAの抽出及び単離に起因する試料間のばらつきを補正するために、適切な内部標準でmiRNAの発現レベルを補正することが好ましい。内部標準は、被験者由来の試料に天然に含まれていれば特に限定されない。例えば、U6等を内部標準とすることができる。
【0027】
本明細書において、核酸プローブが「miRNA又はその相補的核酸を特異的に検出し得る」とは、核酸プローブがmiRNA又はその相補的核酸に対して、当該miRNA又はその相補的核酸以外の核酸に対するよりも高いアフィニティーを有することにより、適切なハイブリダイゼーション条件下で当該miRNA又はその相補的核酸にはハイブリダイズするが、その他の核酸へはハイブリダイズしないことを意味する。
【0028】
このようなハイブリダイゼーションの条件は、当業者であれば適宜選択することができる。ハイブリダイゼーションの条件として、例えば低ストリンジェントな条件が挙げられる。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃、5×SSC、0.1%SDSの条件であり、好ましくは50℃、2×SSC、0.1%SDSの条件である。より好ましいハイブリダイゼーションの条件としては、高ストリンジェントな条件が挙げられる。高ストリンジェントな条件とは、例えば65℃、0.1×SSC、0.1%SDSである。但し、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては、温度や塩濃度等の複数の要素があり、当業者はこれらの要素を適宜選択することで、同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0029】
miRNA又はその相補的核酸を特異的に検出し得る核酸プローブとしては、例えば、当該miRNAのヌクレオチド配列の一部又は全部に相補的な約10塩基以上(例えば、10~24塩基、好ましくは15~24塩基)の連続したヌクレオチド配列又はその相補配列を含み、当該miRNA又はその相補的核酸にハイブリダイズすることが可能なポリヌクレオチドを挙げることができる。そのような核酸プローブは、本明細書に記載されたヌクレオチド配列の情報等に基づいて、自体公知の方法により適宜設計することができる。あるいは、市販の核酸プローブを用いることもできる。例えば、配列番号1及び2で表される各ヌクレオチド配列からなるmiRNA又はその相補的核酸は、それぞれThermoFisher Scientific社から提供されるhsa-miR-2277-3p(Assay ID: 479594_mir)及びhsa-miR-6813-3p(Assay ID: 480391_mir)定量キットに含まれる核酸プローブを用いて検出することができる。
【0030】
本明細書において、核酸プライマーが「miRNA又はその相補的核酸を特異的に検出し得る」とは、核酸プライマーが、適切なPCR反応条件下において、当該miRNA又はその相補的核酸を鋳型として、その全部又は一部の領域をPCR増幅するが、当該miRNA又はその相補的核酸以外の核酸を鋳型として、その全部又は一部の領域をPCR増幅しないことを意味する。
【0031】
miRNAを特異的に検出し得る核酸プライマーは、当該miRNA又はその相補的核酸のヌクレオチド配列の一部又は全部の領域を特異的に増幅し得るように設計されたものであればいかなるものであってもよい。PCRによるmiRNAの定量は、通常、ポリ(A)ポリメラーゼにより3'末端にポリ(A)配列を付加し、オリゴ(dT)プライマーを用いた逆転写反応によりcDNAを合成した後、当該cDNAを定量することにより行なう。この場合、各miRNAの相補的核酸(cDNA)のヌクレオチド配列の一部にハイブリダイズする、約10塩基以上(例えば、10~24塩基、好ましくは15~24塩基)のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド(フォワードプライマー)と、このハイブリダイゼーション部位より3’側の当該cDNA配列の相補配列の一部にハイブリダイズする、約10塩基以上(例えば、10~24塩基、好ましくは15~24塩基)のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド(リバースプライマー)との組み合わせにより、各miRNA又はその相補的核酸のヌクレオチド配列の一部又は全部の領域を特異的に増幅し得る。フォワードプライマー及びリバースプライマーは、各miRNA又はその相補的核酸のヌクレオチド配列、前記逆転写反応の際に使用するプライマーの配列等の情報に基づき、自体公知の方法により適宜設計することができる。あるいは、市販の核酸プライマーを用いることもできる。例えば、配列番号1及び2で表される各ヌクレオチド配列からなるmiRNAの相補的核酸の特異的な増幅には、それぞれThermoFisher Scientific社から提供されるhsa-miR-2277-3p(Assay ID: 479594_mir)及びhsa-miR-6813-3p(Assay ID: 480391_mir)定量キットに含まれるプライマーセットを用いることができる。
【0032】
核酸プローブ及び核酸プライマーは、特異的検出に支障を生じない範囲で付加的配列(検出対象のポリヌクレオチドと相補的でないヌクレオチド配列)を含んでいてもよい。
【0033】
また、核酸プローブ及び核酸プライマーは、適当な標識剤、例えば、放射性同位元素(例:125I、131I、3H、14C、32P、33P、35S等)、酵素(例:β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼ、アルカリホスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素等)、蛍光物質(例:フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート等)、発光物質(例:ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等)、ビオチン等で標識されていてもよい。あるいは、蛍光物質(例:FAM、VIC等)の近傍に該蛍光物質の発する蛍光エネルギーを吸収するクエンチャー(消光物質)がさらに結合されていてもよい。かかる実施態様においては、検出反応の際に蛍光物質とクエンチャーとが分離して蛍光が検出される。
【0034】
核酸プローブ及び核酸プライマーは、DNAであってもRNAであってもよく、またDNA/RNAキメラであってもよいが、好ましくはDNAである。また核酸プローブ及び核酸プライマーは、一本鎖であっても二本鎖であってもよいが、通常一本鎖である。なお、本発明において、核酸プローブ及び核酸プライマーがRNAである場合は、核酸プローブ及び核酸プライマーの塩基配列のうち、チミン(T)はウラシル(U)と読み替えてもよい。
【0035】
核酸プローブ及び核酸プライマーは、人工的な修飾を有する核酸の誘導体であってもよい。人工的な修飾を有する核酸の誘導体としては、例えば、ホスホロチオエート型、ボラノフォスフェート型DNA/RNA等のリン酸骨格を修飾したもの;2'-OMe修飾RNA、2'-F修飾RNA等の2'修飾ヌクレオチド;LNA(Locked Nucleic Acid)やENA(2'-O,4'-C-Ethylene-bridged nucleic acids)等のヌクレオチドの糖分子を架橋した修飾ヌクレオチド;PNA(ペプチド核酸)、モルフォリノヌクレオチド等の基本骨格が異なる修飾ヌクレオチド;5-フルオロウリジン、5-プロピルウリジン等の塩基修飾型ヌクレオチド等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0036】
上記核酸プローブ及び核酸プライマーは、例えば、本明細書に記載されたヌクレオチド配列の情報に基づいて、DNA/RNA自動合成機を用いて常法に従って合成することができる。
【0037】
測定対象のmiRNA又はその相補的核酸を特異的に検出し得る核酸プローブを、適切な支持体の上に結合して、核酸アレイとして提供してもよい。支持体としては、当該分野で通常用いられている支持体であれば特に限定されず、例えば、メンブレン(例えば、ナイロン膜)、ビーズ、ガラス、プラスチック、金属等が挙げられる。
【0038】
前記のとおり、本発明のマーカーmiRNAは、健常者由来のエクソソームからは検出されるが、うつ病患者由来のエクソソームからは実質的に検出されないか、あるいは正常値と比較して低値である。したがって、miRNAの測定手段として上記核酸アレイを用いる場合、被験者から採取した生体試料中のエクソソーム内から本発明のマーカーmiRNAが検出されないか、あるいは正常値よりも低値であった場合、該被験者はうつ病に罹患している可能性が高いと判断することができる。例えば、miRNAの測定手段として、マイクロアレイ解析を用いる場合、被験者から採取した生体試料中のエクソソームにおいて、本発明のマーカーmiRNAのレベルが、予め設定された対照値(カットオフ値)以下、例えば、十分な数(例、5、10、20、30、40又は50名以上)の健常者群から得られたエクソソーム内の該miRNAのレベルの平均値-2SD以下、好ましくは平均値-3SD以下であった場合、該被験者はうつ病に罹患している可能性が高いと判断することができる。miRNAの測定手段として、定量的リアルタイムPCR等の検出感度の高い方法を用いる場合にも、被験者から採取した生体試料中のエクソソームにおいて、本発明のマーカーmiRNAのレベルが、予め設定された対照値(カットオフ値)以下、例えば、十分な数(例、5、10、20、30、40又は50名以上)の健常者群から得られたエクソソーム内の該miRNAのレベルの平均値-2SD以下、好ましくは平均値-3SD以下であった場合に、該被験者はうつ病に罹患している可能性が高いと判断することができる。
【0039】
本発明のマーカーmiRNAは、うつ病の重症度が上がるにつれて患者由来のエクソソームにおけるレベルがより低値を示す。したがって、被験者から採取した生体試料中のエクソソームにおいて、本発明のマーカーmiRNAのレベルが、予め設定された対照値(カットオフ値)以下、例えば、十分な数(例、5、10、20、30、40又は50名以上)の健常者群から得られたエクソソーム内の該miRNAのレベルの平均値-SD以下、好ましくは平均値-2SD以下であった場合に、該被検者は軽度(HAMD-17スコア8-13相当)のうつ病である可能性が高いと判断することができる。同様に、本発明のマーカーmiRNAのレベルが、予め設定された対照値(カットオフ値)以下、例えば、十分な数(例、5、10、20、30、40又は50名以上)の健常者群から得られたエクソソーム内の該miRNAのレベルの平均値-2SD以下、好ましくは平均値-3SD以下であった場合に、該被検者は中等度(HAMD-17スコア14-18相当)のうつ病である可能性が高いと判断することができる。同様に、本発明のマーカーmiRNAのレベルが、予め設定された対照値(カットオフ値)以下、例えば、十分な数(例、5、10、20、30、40又は50名以上)の健常者群から得られたエクソソーム内の該miRNAのレベルの平均値-3SD以下、好ましくは平均値-5SD以下であった場合に、該被検者は重度(HAMD-17スコア19以上に相当)のうつ病である可能性が高いと判断することができる。
【0040】
2. うつ病の診断及び治療方法
また、本発明は、うつ病の診断及び治療方法を提供する。前記のとおり、本発明の診断補助方法により得られた情報に基づいて、うつ病に罹患している可能性が高いと判断された被験者に対して、抗うつ療法を実施することができる。抗うつ療法としては、休養、精神療法(例、認知療法、対人関係療法等)、薬物療法等が挙げられ、その重症度に応じて、自体公知の治療法が適宜選択され得る。軽度のうつ病の可能性が高いと診断された被験者には、例えば1~2週に1回程度の通院による行動認知療法等、中等度のうつ病の可能性が高いと診断された被験者には、上記に加えて、例えば行動表による生活習慣の管理や休養(例、休職、残業規制等)等、重度のうつ病の可能性が高いと診断された被験者には、上記に加えて、さらに薬物療法が用いられ得る。
【0041】
抗うつ薬としては、うつ病の治療及び/又は予防作用を有する薬剤であれば特に制限はないが、例えば、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)(例、フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリン、エスシタロプラム等)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)(例、デュロキセチン、ミルナシプラン等)、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)(例、ミルタザピン等)、三環系・四環系抗うつ薬(例、アモキサピン、ノルトプリプチリン、クロミプラミン、マプロチリン、ミアンセリン等)などが挙げられる。2種以上の抗うつ薬を併用することもできる。これらの抗うつ薬の投与方法・投与量は、臨床上で通常使用されている用法・用量に従うことができる。
【0042】
3. うつ病の診断用キット
本発明は、hsa-miR-2277-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマー、並びに/或いは、hsa-miR-6813-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマーを含む、うつ病の診断用キット(以下、「本発明のキット」と称する場合がある。)を提供する。本発明のキットを用いれば、本発明の診断補助方法を容易に実施することが可能となる。
【0043】
本発明のキットにおいて、うつ病は、「1. うつ病の診断を補助する方法」に記載のとおりである。
【0044】
本発明のキットにおいて、核酸プローブ及び核酸プライマーは、「1. うつ病の診断を補助する方法」に記載のとおりである。本発明のキットに含まれる核酸プローブ及び/又は核酸プライマーは、hsa-miR-2277-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマー、並びに、hsa-miR-6813-3pを特異的に検出し得る核酸プローブ及び/又は核酸プライマーからなる群から選択される少なくとも1つの核酸プローブ及び/又は核酸プライマーである。
【0045】
本発明のキットは、測定対象の各miRNA又はその相補的核酸を特異的に検出し得る核酸プローブを、適切な支持体の上に結合して、核酸アレイとして提供してもよい。支持体としては、当該分野で通常用いられている支持体であれば特に限定されず、例えば、メンブレン(例えば、ナイロン膜)、ビーズ、ガラス、プラスチック、金属等が挙げられる。
【0046】
本発明のキットに含まれる各構成要素は、各々別個に(或いは可能であれば混合した状態で)水又は適当な緩衝液(例:TEバッファー、PBS等)中に適当な濃度となるように溶解されるか、或いは凍結乾燥された状態で、適切な容器中に収容される。
【0047】
本発明のキットは、miRNAの発現レベルの測定方法に応じて、当該方法の実施に必要な他の成分を構成として更に含んでもよい。本発明のキットにより、例えば、miRNAアレイ、ノーザンブロッティング、定量PCR(リアルタイムPCR等)等によりmiRNAの発現レベルを測定することにより、うつ病の診断を補助することができる。リアルタイムPCRを測定に用いる場合には、本発明のキットは、10×PCR反応緩衝液、10×MgCl2水溶液、10×dNTPs水溶液、Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μL)、逆転写酵素等を更に含むことができる。miRNAアレイやノーザンブロッティングを測定に用いる場合には、本発明の検査試薬は、ブロッティング緩衝液、標識化試薬、ブロッティング膜等を更に含むことができる。
【0048】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例等により限定されるものではない。
【実施例0049】
以下の実施例は、産業医科大学の研究倫理審査委員会の承認の下で実施された研究の成果である。
【0050】
(比較対象者)
うつ病患者:男性8名、女性8名(合計16名)
健常者:男性255名、女性29名(合計284名)
【0051】
(方法)
(1)うつ病患者の重症度分類
ハミルトンうつ病評価尺度(HAMD-17)を使ってすべてのうつ病患者の抑うつ症状を評価した。うつ病の重症度は、HAMD-17のスコアを以下のように分類して決定した。
軽症(8-13)
中等症(14-18)
重症以上(19以上)
【0052】
(2)エクソソームに内包されたマイクロRNAの網羅的発現解析
各対象者から血液を採取し、血清に分離したのち、500 μLを50 nmのシリンジフィルターに通してエクソソームを単離し、該シリンジフィルターに生理食塩水を通してエクソソームを洗浄した。次いで、RNA溶解液(QIAzol Lysis Reagent - QIAGEN)をシリンジフィルターに通して、エクソソームを溶解し、マイクロRNAを溶出した。スピンカラムを使って溶出したマイクロRNAを精製し、精製したマイクロRNAを使ってマイクロアレイ解析を行った。使用した機種は3D-Gene(登録商標)(東レ)で、チップはHuman miRNA Oligo chip - 4 plex(2,565種類のプローブを搭載)を使用した。得られた数値(Raw data)はglobal normalization(Raw dataからback groundを引いた値の中央値が25になるように補正)を実施した。
【0053】
(結果)
(1)うつ病患者の重症度分類
うつ病患者の基本情報を表1に示す。34歳から63歳のうつ病と診断された16名の患者を登録した。うつ病群の平均年齢は50.1歳であり、性別の分布に男女差は認められなかった。HAMD-17の平均は16.5点であった。
【0054】
【表1】
【0055】
うつ病患者の重症度分類の結果は以下のとおりであった。
軽症のうつ病:3人(平均年齢54.7歳、HAMD-17:12.0点)
中等症のうつ病:10人(平均年齢49.4歳、HAMD-17:16.0点)
重症以上のうつ病:3人(平均年齢48.0歳、HAMD-17:23.0点)
また、軽症、中等症、重症のうつ病群間で年齢(P=.555)または性別(P=.354)に有意差は認められなかった(表2)。
【0056】
【表2】
【0057】
(2)エクソソームに内包されたマイクロRNAの網羅的発現解析
16例のうつ病患者を対象にmiRNAの発現量を解析したところ、HAMDスコアによる重症度の群間比較において、表3で示す28種類のmiRNAで有意差がみられた(p<0.05)。そのうち25種類のmiRNAは、HAMDスコアによる重症度に応じて発現量は変化しなかったが、hsa-miR-6813-3p、hsa-miR-2277-3p及びhsa-let-7f-1-3pの3種類のmiRNAは、HAMDスコアによる重症度が上がるにつれて有意に発現が低下した。
【0058】
【表3】
【0059】
さらに、うつ病患者を健常対照から区別することを目的に、前記3種類のmiRNAを対象に、健常対照群との比較によるサブグループ解析を施行した。その結果、健常対照群との比較においても、hsa-miR-6813-3p及びhsa-miR-2277-3pは、HAMDスコアによる重症度が上がるにつれて発現量が低下し、Mann-WhitneyのU検定及びKruskal-Wallis検定でより強い統計学的有意差(p<0.01)を示したが、hsa-let-7f-1-3pは有意差がなかった(図1)。
以上の結果から、エクソソーム内におけるhsa-miR-6813-3pとhsa-miR-2277-3pの2つのmiRNAを定量することで、うつ病への罹患とその重症度を診断できると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明によれば、少量の血液サンプルから、うつ病の重症度が判定できるので、治療の必要性や治療方法の選択に利用することができる。従って、本発明は、現在、産業医学で最も大きな問題の一つであるメンタルヘルス対策に大きく貢献すると考えられ、きわめて有用である。
図1
【配列表】
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