(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136592
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240927BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240927BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20240927BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240927BHJP
B22F 10/25 20210101ALI20240927BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20240927BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20240927BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20240927BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/54
B23K35/30 340B
B22F10/25
B33Y70/00
B33Y80/00
B33Y10/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047747
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】森本 憲一
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA33
4K018BA17
4K018BB01
4K018BB04
4K018CA44
4K018EA51
4K018KA58
(57)【要約】
【課題】二相系ステンレス鋼製で良好な耐食性を保持することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供する。
【解決手段】所定の成分を含有する二相系ステンレス鋼であって、さらにNb:0.5質量%以下、V:1.0質量%以下、W:1.0質量%以下の1種以上を合計で0.05質量%~2.00質量%含み、(1)式で定義するDF値が30%~70%であることを特徴とする耐食性に優れた金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。当該ワイヤを用いて複数の層が溶着積層造形されてなり、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下である積層造形品。積層造形品の製造方法においては、金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s以上で冷却する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.005~0.050%、Si:0.1~1.5%、Mn:0.1~2.5%、P:0.10%以下、S:0.030%以下、Ni:2.0~12.0%、Cr:20.0~26.0%、Mo:0.5~3.5%、Cu:1.5%以下、Al:0.003~0.050%、N:0.05~0.30%を含み、
さらにNb:0.5質量%以下、V:1.0質量%以下、W:1.0質量%以下の1種以上を合計で0.05質量%~2.00質量%含み、
残部Fe及び不純物からなる化学成分を有し、
下記(1)式で定義するDF値が30%~70%であることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
DF値=7.2(Cr+0.88Mo+0.78Si)-8.9(Ni+0.03Mn+0.72Cu+22C+21N)-44.9 ・・・ (1)
(1)式において、元素記号は金属ワイヤ中の当該元素含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
前記Feの一部に代え、更に質量%で、
Co:0.01~1.00%、Ti:0.001~0.030%、Ta:0.005~0.200%、Zr:0.001~0.050%、Hf:0.001~0.050%、Sn:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%、Ca:0.0005~0.0050%、Mg:0.0001~0.0030%、REM:0.005~0.100%のうち1種または2種以上含有することを特徴とする請求項1に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤであって、前記金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度を1℃/s以上で冷却したときに、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下となることを特徴とする耐食性に優れた金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の成分組成を有する複数の層が溶着積層造形されてなり、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下であることを特徴とする積層造形品。
【請求項5】
抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下である積層造形品の製造方法であって、
請求項1又は請求項2に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s以上で冷却することを特徴とする積層造形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法に関し、二相系ステンレス鋼を用い、積層造形品として安価かつ必要な耐食性を保持することのできるものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属3Dプリンタは革新的な生産技術として期待され、様々な技術が提案されている。主な技術方式として金属粉末を使用する場合と、金属ワイヤを使用する場合が提案されている。
【0003】
金属ワイヤを使用する場合、例えば、金属ワイヤによる溶着ビードを積層して3次元部品に造形する方法が開示されている(特許文献1)。また、ステンレス鋼の金属ワイヤを2つの堆積装置で溶着・積層させて堆積時の高熱による熱変形や応力、内部割れを低減する製造方法が開示されている(特許文献2)。
【0004】
特許文献3には、耐熱性、耐熱変形性、材質均一性に優れ、耐粒界腐食性や耐応力腐食性にも優れる、フェライト系ステンレス鋼の、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤが開示されている。特許文献4には、耐熱性、靱性と耐熱変形性に優れ、材質均一性や耐粒界腐食性にも優れる、オーステナイト系ステンレス鋼の、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤが開示されている。また特許文献5には、金属ワイヤを用いて3Dプリンタにて溶着、積層で3次元造形する製造方法において、金属組織の変態温度を制御して低C,Nのマルテンサイト組織が常に現れるように成分調整され、耐熱性(耐熱変形性)、材質・金属組織均一性,耐内部割れ性、耐内部空隙性に優れたステンレス鋼系の金属ワイヤを使用する方法が開示されている。
【0005】
二相系ステンレス鋼は、鋼の組織にオーステナイト相とフェライト相の両相を有するステンレス鋼である。二相系ステンレス鋼は、一般に同等の耐食性を有するオーステナイト系ステンレス鋼に対して、低Niの成分系かつ高強度であることから、合金コストが低くかつ薄肉化が可能な材料として注目を浴びている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003-266174号公報
【特許文献2】特開2018-87379号公報
【特許文献3】特開2020-158842号公報
【特許文献4】特開2020-164882号公報
【特許文献5】特開2020-147785号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
金属ワイヤによる溶着、積層で3次元造形する積層造形品であって、安価で高耐食性を有する積層造形品が要請されている。積層造形に用いる溶材として、二相系ステンレス鋼からなるワイヤを用いる方法が考えられる。
【0008】
上記二相系ステンレス鋼製の金属ワイヤを用いて3Dプリンタにて溶着、積層で3次元造形して製造する際に課題になるのが、シグマ相やCr炭窒化物の析出による耐食性の低下である。シグマ相とは、Cr、Mo、Feの金属間化合物である。二相系ステンレス鋼の中にシグマ相が析出すると、その周囲にクロム欠乏層が生成して耐食性が低下する。また、二相系ステンレス鋼中にCr炭窒化物が析出すると、同じく耐食性が低下する。
【0009】
本発明は、二相系ステンレス鋼製の金属ワイヤを用いて3Dプリンタにて積層造形品として必要な耐食性を保持することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決するために種々検討した結果、二相系ステンレス鋼製の金属ワイヤを用い、3Dプリンタによる溶着、連続積層で3次元造形する製造方法において、特定の成分組成の条件を満足する二相系ステンレス鋼からなる金属ワイヤを用いて積層造形し、シグマ相と炭窒化物が析出する温度域の冷却速度を1℃/s以上で制御し、耐食性に影響を及ぼすCrとMoの合計残渣量を0.1%以下に抑制することで、耐食性の良好な積層造形品が得られる知見を得た。
【0011】
即ち、本発明の要旨とするところは以下の通りである。
[1]質量%で、
C:0.005~0.050%、Si:0.1~1.5%、Mn:0.1~2.5%、P:0.10%以下、S:0.030%以下、Ni:2.0~12.0%、Cr:20.0~26.0%、Mo:0.5~3.5%、Cu:1.5%以下、Al:0.003~0.050%、N:0.05~0.30%を含み、
さらにNb:0.5質量%以下、V:1.0質量%以下、W:1.0質量%以下の1種以上を合計で0.05質量%~2.00質量%含み、
残部Fe及び不純物からなる化学成分を有し、
下記(1)式で定義するDF値が30%~70%であることを特徴とする金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
DF値=7.2(Cr+0.88Mo+0.78Si)-8.9(Ni+0.03Mn+0.72Cu+22C+21N)-44.9 ・・・ (1)
(1)式において、元素記号は金属ワイヤ中の当該元素含有量(質量%)を意味する。
[2]前記Feの一部に代え、更に質量%で、
Co:0.01~1.00%、Ti:0.001~0.030%、Ta:0.005~0.200%、Zr:0.001~0.050%、Hf:0.001~0.050%、Sn:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%、Ca:0.0005~0.0050%、Mg:0.0001~0.0030%、REM:0.005~0.100%のうち1種または2種以上含有することを特徴とする[1]に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
[3][1]又は[2]に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤであって、前記金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度を1℃/s以上で冷却したときに、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下となることを特徴とする耐食性に優れた金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ。
【0012】
[4][1]又は[2]に記載の成分組成を有する複数の層が溶着積層造形されてなり、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下であることを特徴とする積層造形品。
【0013】
[5]抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下である積層造形品の製造方法であって、[1]又は[2]に記載の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s以上で冷却することを特徴とする積層造形品の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、二相系ステンレス鋼の金属ワイヤを用い、3DプリンタによってMIGアーク溶接にて溶着、連続積層する積層造形品においても、耐食性に優れた信頼性のある積層造形品を安価に提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に本発明の各要件について説明する。
【0016】
本発明の積層造形品は、本発明の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材として、金属3DプリンタによりMIGアーク溶接にて溶着積層造形を行って3次元造形を行うことにより造形することができる。
【0017】
積層造形品の鋼中におけるシグマ相とCr炭窒化物について説明する。前述のとおり、二相系ステンレス鋼を用いた積層造形品の鋼中にシグマ相やCr炭窒化物が過度に生成すると、積層造形品の耐食性の低下を来す。シグマ相やCr炭窒化物が耐食性に及ぼす影響の度合いについては、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量によって評価が可能なことが判明した。鋼中におけるシグマ相とCr炭窒化物はいずれも、鋼から析出物を抽出残渣法で抽出すると、Cr+Mo残渣として検出される。そして、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下であれば、積層造形品の耐食性の低下を抑えることができる。Cr+Mo残渣量は好ましくは0.05質量%以下である。
【0018】
抽出残渣法とは具体的には目的とする析出物を化学的抽出分離法により鋼と分離した後、酸などで分解、溶液化して抽出する方法である。抽出した析出物についてプラズマ発光分析法(ICP)または原子吸光法などにより元素分析の評価を行い、評価結果の鋼中の析出物量をもって「Cr+Mo残渣量」とし、鋼に対する質量%として表示する。
【0019】
積層造形品の耐食性については、材料の孔食の起きやすさの指標である孔食電位の評価および臨界孔食温度の評価によって行うことができる。孔食電位は、金属表面に孔食現象が発生する電位を測定し、耐孔食性を評価することができる。臨界孔食温度は、金属表面に孔食現象が発生する温度を測定し、耐孔食性を評価することができる。
【0020】
下記(1)式で定義するDF値が知られている。(1)式のDF値は、オーステナイト相の安定度を表すパラメータとして知られている。
本発明の金属ワイヤ、積層造形品は、以下に規定する成分組成を含有した上で、さらに下記(1)式で定義するDF値が30%~70%であることを特徴とする。DF値を当該範囲に調整することにより、後述の積層造形時の熱履歴条件をも満たすことと相まって、積層造形後におけるシグマ相の析出を抑えることができる。DF値を30%以上とすることにより、耐食性(孔食電位、臨界孔食温度)を向上することができる。また、DF値を70%以下とすることにより、Cr+Mo残渣量を低減し、耐食性(孔食電位)を改善することができる。
DF値=7.2(Cr+0.88Mo+0.78Si)-8.9(Ni+0.03Mn+0.72Cu+22C+21N)-44.9 ・・・ (1)
(1)式において、元素記号は金属ワイヤ中の当該元素含有量(質量%)を意味する。
【0021】
本発明の金属ワイヤ、積層造形品はまた、Nb:0.5質量%以下、V:1.0質量%以下、W:1.0質量%以下の1種以上を合計で0.05質量%~2.00質量%含有することを特徴とする。これにより、後述の積層造形時の熱履歴条件をも満たすことと相まって、積層造形後におけるCr炭窒化物の析出を抑えることができる。Nb、V、Wの合計を0.05質量%以上とすることにより、Cr炭窒化物の一部をNb、V、W炭窒化物に置換して、Cr+Mo残渣量を低減し、耐食性(孔食電位)を改善することができる。
【0022】
まず、本発明の金属ワイヤ、積層造形品の必須成分組成について説明する。なお、以下の説明における(%)は特に断りがない限り、質量(%)である。
【0023】
C:0.005~0.050%
Cは、オーステナイト相に固溶して強度を高める元素であり、0.005%以上とする。しかし、C含有量が0.050%を超えると、Cr炭窒化物の析出を促進し、積層造形品の耐食性(孔食電位)が不良となる。したがって、C含有量は0.050%以下とする。好ましくは0.030%以下であり、さらに好ましくは0.020%以下にするとよい。
【0024】
Si:0.1~1.5%
Siは、脱酸元素として、また耐酸化性向上のために0.1%以上含有する。しかし、Si含有量が1.5%を超えると、積層造形品の耐食性(臨界孔食温度)が不良となる。したがって、Si含有量は1.5%以下とする。Si含有量は1.0%以下であるのが好ましい。
【0025】
Mn:0.1~2.5%
Mnは、オーステナイト相を増加させ、また窒素の固溶度を上げ製造時の気泡欠陥などを抑制する効果を有するので、0.1%以上含有する。しかし、Mnを多量に含有すると、耐食性(孔食電位)を低下させる。したがって、Mn含有量は2.5%以下とする。
【0026】
P:0.10%以下
Pは、鋼中に不可避的に混入する元素であり、またCrなどの原料にも含有されているため、低減することが困難であるが、Pを多量に含有すると成形性を低下させる。P含有量は少ないほど好ましく、0.10%以下とする。P含有量は0.040%以下であるのが好ましい。P含有量は低い方が望ましいが、P含有量を低減するには多大なコスト増となるので、P含有量は0.0005%以上であってもよい。
【0027】
S:0.030%以下
Sは、鋼中に不可避的に混入する元素であり、Mnと結合して介在物を作り、発銹の起点となる場合がある。したがって、S含有量は0.030%以下とする。S含有量は低いほど耐食性が向上するので、0.002%以下であるのが好ましい。
【0028】
Ni:2.0~12.0%
Niは、オーステナイト安定化元素であり、耐食性を確保するために重要な元素である。また、Niは耐食性を向上させる効果を有する。しかし、Niを多量に含有すると、原料コストの増加をもたらし、応力腐食割れなどの問題が生じる可能性がある。したがって、Ni含有量は2.0%以上12.0%以下とする。Ni含有量は5.0%以上であるのが好ましい。また、Ni含有量は9.5%以下であるのが好ましい。
【0029】
Cr:20.0~26.0%
Crは、耐食性を確保するために必要な元素であり、20.0%以上含有する。しかし、Crを多量に含有すると、積層造形品のシグマ相の析出量が多くなり、Cr+Mo残渣量が増加して耐食性(孔食電位)が不良となる。したがって、Cr含有量は26.0%以下とする。Cr含有量は21.0%以上であるのが好ましく22.0%以上であるのがより好ましい。また、Cr含有量は25.0%以下であるのが好ましく、24.0%以下であるのがより好ましい。
【0030】
Mo:0.5~3.5%
Moは、耐食性を向上させる元素である。しかし、Moを多量に含有すると、原料コストの増加をもたらし、また積層造形品のシグマ相の析出による耐食性低下が問題となる。したがって、Mo含有量は0.5%以上、3.5%以下とする。上記の効果を得るためには、Mo含有量は2.0%以上であるのが好ましい。また、Mo含有量は3.4%以下であるのが好ましい。
【0031】
Cu:1.5%以下
Cuは、耐硫酸性の向上に非常に有効な元素であり、必要に応じて添加しても良い。上記の効果を得るためにはCu含有量は0.05%以上であるのが好ましい。一方で、Cuの過剰添加は靭性低下の恐れがあるため、1.5%以下とする。Cu含有量は0.5%以下であるのが好ましい。
【0032】
Al:0.003~0.050%
Alは、脱硫、脱酸のために0.003%以上含有させる。しかし、Alを多量に含有すると、製造疵の増加ならびに原料コストの増加を招く。したがって、Al含有量は0.050%以下とする。
【0033】
N:0.05~0.30%
Nは、オーステナイト相に固溶して強度および耐食性を高めて省合金化に寄与する元素であり、0.05%以上含有する。しかしながら、Nは、積層造形での冷却時のCr炭窒化物の析出に大きく影響する元素である。0.30%を超えて含有させると、Cr炭窒化物の析出量が多くなる。したがって、N含有量は0.30%以下とする。強度および耐食性の観点からは、N含有量は0.08%以上であってもよく、0.10%以上が好ましく、0.15%以上であるのがより好ましい。また、Cr炭窒化物の析出を抑制する観点からは、N含有量は0.25%以下であることが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましい。
【0034】
本発明の金属ワイヤ、積層造形品はまた、前述のとおり、さらにNb:0.5質量%以下、V:1.0質量%以下、W:1.0質量%以下の1種以上を合計で0.05質量%~2.00質量%含有することを特徴とする。これにより、後述の積層造形時の熱履歴条件をも満たすことと相まって、積層造形後におけるCr炭窒化物の析出を抑えることができる。
【0035】
Nb:0.5質量%以下
Nbは、CやNと親和力があり、Cr炭窒化物の析出を抑制する作用を有して、耐食性を向上させる元素である。Nbの含有量が多すぎると、炭窒化物が過度に粗大化し、所望の耐食性が得られない。そのため、Nbの含有量は、0.5質量%以下、好ましくは0.2質量%以下であるのがよい。
【0036】
V:1.0%以下
Vは、CやNと親和力があり、Cr炭窒化物の析出を抑制する作用を有して、耐食性を向上させる元素である。Vの含有量が多すぎると、炭窒化物が過度に粗大化し、所望の耐食性が得られない。そのため、Vの含有量は、1.0質量%以下、好ましくは0.5質量%以下、より好ましくは0.2質量%以下であるのがよい。
【0037】
W:1.0%以下
Wは、CやNと親和力があり、Cr炭窒化物の析出を抑制する作用を有し、さらにMoと同様に耐食性を向上させる元素である。Wの含有量が多すぎると、炭窒化物が過度に粗大化し、所望の耐食性が得られない。そのため、Wの含有量は、1.0質量%以下、好ましくは0.5質量%以下、より好ましくは0.2質量%以下であるのがよい。
【0038】
本発明の金属ワイヤ、積層造形品は、残部Fe及び不純物からなる。さらに、前記Feの一部に代えて、選択的に以下の成分を含有すると好ましい。
【0039】
Co:0.01~1.00%
Coは、耐食性を高めるために有効な元素であるため、必要に応じて0.01%以上含有させてもよい。Coは高価な元素であり、1.00%を超えて含有させてもコストに見合った効果が発揮されにくいため、Co含有量は1.00%以下とするのがよい。
【0040】
Ti:0.001~0.030%
Tiは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて0.001%以上含有させてもよい。しかし、Tiを多量に含有すると、Tiの窒化物が粗大になるとともに、靭性を悪化させる。したがって、Ti含有量は0.030%以下とする。
【0041】
Ta:0.005~0.200%
Taは、介在物の改質により耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて0.005%以上含有させてもよい。しかし、Taを多量に含有すると、Taの窒化物が析出して靭性を悪化させる。したがって、Ta含有量は0.200%以下とする。
【0042】
Zr:0.001~0.050%
Zrは、耐酸化性改善に対して有効な元素であるため、必要に応じて0.001%以上含有させてもよい。しかし、Zrを多量に含有すると、Zrの粗大な窒化物が析出して靭性を悪化させる。したがって、Zr含有量は0.050%以下とする。
【0043】
Hf:0.001~0.050%
Hfは、Zrと同様に耐酸化性改善に対して有効な元素であるため、必要に応じて0.001%以上含有させてもよい。しかし、Hfを多量に含有すると、Hfの粗大な窒化物が析出して靭性を悪化させる。したがって、Hf含有量は0.050%以下とする。
【0044】
Sn:0.001~0.100%
Snは、耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて0.001%以上含有させてもよい。しかし、Snを多量に含有すると、熱間加工性を悪化させる。したがって、Sn含有量は0.100%以下とする。
【0045】
B:0.0001~0.0050%
Bは、Nとの親和力が非常に強い元素であるため、必要に応じて0.0001%以上含有させてもよい。しかし、Bを多量に含有すると、耐食性が著しく劣化する。したがって、B含有量は0.0050%以下とする。B含有量は0.0030%以下であるのが好ましい。
【0046】
Ca:0.0005~0.0050%
Caは、脱硫、脱酸のために必要に応じて0.0005%以上含有させてもよい。しかし、Caを多量に含有すると耐食性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0050%以下とする。
【0047】
Mg:0.0001~0.0030%
Mgは、脱酸だけでなく、凝固組織を微細化する効果を有するため、必要に応じて0.0001%以上含有させてもよい。しかし、Mgを多量に含有すると、製鋼工程でのコスト増加をもたらす。したがって、Mg含有量は0.0030%以下とする。
【0048】
REM:0.005~0.100%
REM(希土類元素)は、脱硫、脱酸のために必要に応じて0.005%以上含有させてもよい。しかし、REMを多量に含有すると、製造性を損なうとともにコスト増加をもたらす。したがって、REM含有量は0.100%以下とする。REM含有量は0.020%以上であるのが好ましく、0.040%以下であるのが好ましい。
なお、REMは、Sc、YおよびLa~Luまでの15元素(ランタノイド)の計17元素の総称であり、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。なお、ランタノイドは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0049】
本発明の積層造形品は、上記本発明の成分組成を有する複数の層が溶着積層造形されてなり、前述のとおり、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量が0.1質量%以下であることを特徴とする。これにより、積層造形品の耐食性を良好に保つことができる。
【0050】
また、本発明の積層造形品の製造方法は、前記本発明の成分組成を有する、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤを溶材として、MIGアーク溶接にて溶着積層造形し、その後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s以上で冷却することを特徴とする。本発明の成分組成を有する金属ワイヤを用いるとともに、溶着積層造形後における溶接終了後からCr炭化物析出温度域500℃までの平均冷却速度を1℃/s以上として冷却することにより、抽出残渣法で抽出したCr+Mo残渣量を0.1質量%以下にすることができる。
【0051】
本発明の金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤについて、これを金属3Dプリンタによる溶着積層造形の溶材としてMIGアーク溶接にて溶着積層造形したときに上記好適なCr+Mo残渣量を実現できる点については、金属ワイヤを溶材としてMIGアーク溶接溶着し、溶接終了後からCr炭化物析出温度域500℃までの平均冷却速度1℃/s以上で冷却したときにCr+Mo残渣量が0.1質量%以上となることによって確認することができる。平均冷却速度が1℃/s以上の所定の冷却速度で冷却したとき、Cr+Mo残渣量が過大であれば平均冷却速度を上昇する。結果として本発明のCr+Mo残渣量範囲となれば本発明に該当し、ならなければ本発明に該当しないことが確認できる。
【0052】
本発明の金属ワイヤは、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の用途に用いられる。即ち、金属3Dプリンタにより、金属ワイヤの溶着ビードを積層して3次元部品に造形する際に材料として用いる金属ワイヤを意味する。
【0053】
以上説明した本発明によれば、二相系ステンレス鋼を用いた積層造形品であって、必要な耐食性を保持することのできる、金属3Dプリンタによる溶着積層造形用の金属ワイヤ、積層造形品、積層造形品の製造方法を提供できる。
【実施例0054】
(実施例1)
45kgの真空溶解炉にて表1に示す化学組成の鋼を溶解し、熱間鍛造と熱間押し出しにより直径11mmの棒鋼に加工した。その後、伸線と焼鈍を繰り返し、直径1.2mmの金属ワイヤに試作した。表1及び後述の表2において、本発明範囲から外れる数値に下線を付している。
【0055】
【0056】
ロボットのMIGのアーク溶接機を使用して、上記試作した金属ワイヤを渦巻き状に連続して積層しつつ繰り返し溶着した。溶着方向と垂直の積層方向に積層することにより3次元造形し、中空の四角柱を製造した。アークによる溶着条件として、Ar+3%酸素のシールドガスを用い、溶接電流200A、アーク電圧30V、溶接速度:200cm/分とした。溶着積層造形後、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度1℃/s以上で冷却した。
平均冷却速度は、赤外線サーモグラフィ(熱画像カメラ)により溶接終了後の造形品温度からCr炭化物析出温度域500℃までの冷却時間を測定した。
【0057】
抽出残渣法として前述の化学的抽出分離法を用い、抽出した析出物についてプラズマ発光分析法(ICP)で元素分析の評価を行い、評価結果の鋼中のCrとMoの析出物量をもって「Cr+Mo残渣量」とし、鋼に対する質量%として表示した。
評価したCr+Mo残渣量が0.1質量%超のときは、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度が1℃/s以上20℃/s以下の範囲内において平均冷却速度を上昇し、結果として本発明のCr+Mo残渣量範囲となるように調整した。比較例の一部は本発明のCr+Mo残渣量範囲に調整できなかった。
【0058】
その後、製造した四角柱について、耐食性の評価として、孔食電位と臨界孔食温度の評価を行った。
孔食電位評価は、JIS G0577:2014に準拠して行った。積層方向中央部から15mm×20mmの試験片を切り出した後、#600の湿式研磨を行った。次に、この試験片の電極面(露出部分)が10mm×10mmとなるように、電極面以外の部分をシリコーン樹脂で絶縁被覆して孔食電位測定用試験片を得た。次に、Ar脱気した30℃の1mol/L NaCl溶液中にて孔食電位を測定し、電流密度が100μA/cm2に達した電位を求め、測定データ3個を平均した値を孔食電位として評価した。孔食電位(V vs SSE)≧0.5Vを合格とした。
臨界孔食温度評価は、JIS G0590:2013に準拠して行った。積層方向中央部から15mm×20mmの試験片を切り出した後、#600の湿式研磨を行った。次に、この試験片の電極面(露出部分)が10mm×10mmとなるように、電極面以外の部分をシリコーン樹脂で絶縁被覆して臨界孔食温度測定用試験片を得た。次に、Ar脱気した1mol/L NaCl溶液中にて、アノード電流密度が1000μA/cm2となるまで行い、臨界孔食温度(CPT)は電流密度が100μA/cm2を超えた時点の液温を求め、測定データ3個を平均した値を臨界孔食温度として評価した。臨界孔食温度(CPT)≧30℃を合格とした。
表2に評価結果について示す。
【0059】
【0060】
本発明鋼1~10の金属ワイヤを使用した積層造形品については、Cr+Mo残渣量が0.1質量%以下となり、耐食性として、孔食電位、臨界孔食温度ともに良好であった。
【0061】
一方、比較鋼A~Kを用いた積層造形品では、鋼の成分組成が本発明の規定範囲を満たしておらず、所要の特性を満足していないことがわかる。
比較鋼AはC含有量が上限を外れ、比較例BはMn含有量が上限を外れ、比較鋼HはNi含有量が下限を外れ、比較鋼IはMo含有量が上限、Nb+V+W含有量が下限を外れ、それぞれ耐食性(孔食電位)が不良であった。
比較鋼CはCr含有量が上限を外れ、比較鋼Eと比較鋼JはNb+V+W含有量が下限を外れ、いずれもCr+Mo残渣量が上限を外れ、耐食性(孔食電位)が不良であった。
比較鋼DはSi含有量が上限を外れ、比較鋼GはNb含有量が上限を外れ、比較鋼KはCu含有量が上限を外れ、いずれも耐食性(臨界孔食温度)が不良であった。
比較鋼FはCr含有量が下限を外れ、耐食性(孔食電位、臨界孔食温度)が不良であった。
【0062】
(実施例2)
実施例1の表1に示す本発明鋼1を用い、溶接終了後から500℃までの平均冷却速度を下記表3に示す5条件とし、それ以外の条件は上記実施例1と同様として積層造形品を製造した。それぞれのCr+Mo残渣量を評価し、表3に示した。表3から明らかなように、冷却速度が遅くなるほどCr+Mo残渣量が増大する関係が見て取れる。
【0063】