(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024136701
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】物質検知装置
(51)【国際特許分類】
G01N 23/22 20180101AFI20240927BHJP
G21C 17/00 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
G01N23/22
G21C17/00 500
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023047902
(22)【出願日】2023-03-24
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【弁理士】
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【弁理士】
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】前田 亮
(72)【発明者】
【氏名】藤 暢輔
(72)【発明者】
【氏名】米田 政夫
【テーマコード(参考)】
2G001
2G075
【Fターム(参考)】
2G001AA04
2G001BA01
2G001CA04
2G001DA02
2G001DA06
2G001KA01
2G001NA14
2G075CA48
2G075DA08
2G075FA06
(57)【要約】
【課題】様々な試料における様々な物質を高精度で検知する。
【解決手段】中性子線N0(照射中性子)の照射によって試料Sから発せられた中性子(検出対象中性子N)を異なる箇所で検出する2つの独立した中性子検出器20A、20Bが用いられる。中性子検出器20A、20Bにおける中性子の検出毎の時間差のヒストグラムを作成し、その中で領域IIIを認識すれば、この領域IIIの大きさは核物質の量に対応する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料における特定の核種で構成される物質を検知する物質検知装置であって、
前記核種に対して2個以上の中性子を放出させる核反応を発生させる中性子である照射中性子を発生して前記試料に照射する中性子源と、
前記試料側から発せられた中性子を互いに異なる位置で検出する2つの中性子検出器と、
2つの前記中性子検出器のうちの一方における中性子の検出毎の出力である第1のパルス出力と、2つの前記中性子検出器のうちの他方における中性子の検出毎の出力である第2のパルス出力と、の間の時間差のヒストグラムを作成し、前記ヒストグラムを、前記時間差に対して平坦な特性をもつ第1領域と、前記時間差の正側、負側でそれぞれピークをもつ分布である2つの第2領域と、2つの前記第2領域の間においてピークをもつ第3領域と、に区分し、前記第3領域の計数値から前記物質を検知する解析部と、
を具備することを特徴とする物質検知装置。
【請求項2】
前記解析部は、前記第3領域の計数値から前記物質の定量分析を行うことを特徴とする請求項1に記載の物質検知装置。
【請求項3】
検知の対象となる前記物質の核種は、232Th、233Pa、233U、234U、235U、238U、236Pu、238Pu、239Pu、240Pu、241Pu、242Pu、244Pu、237Np、241Am、242mAm、243Am、244Cm、245Cm、246Cmのいずれかであることを特徴とする請求項1又は2に記載の物質検知装置。
【請求項4】
前記照射中性子のエネルギーが、前記物質に応じて定められたエネルギーよりも低く設定されたことを特徴とする請求項3に記載の物質検知装置。
【請求項5】
検知の対象となる前記物質の核種は、核反応によって同時に2つ以上の中性子を放出する核種であることを特徴とする請求項1又は2に記載の物質検知装置。
【請求項6】
前記中性子検出器を3つ以上具備し、
前記解析部は、3つ以上の前記中性子検出器における2つの前記中性子検出器の組み合わせ毎に前記時間差を算出して前記ヒストグラムを作成することを特徴とする請求項1又は2に記載の物質検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質(特定の核種)が中性子を吸収した後に発せられた中性子を検出することによって試料中の核種を検知、あるいは更に定量分析する物質検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
核物質(核分裂物質)が発する中性子を認識することによって、核物質を検知、あるいは更に定量分析する技術が知られている。中性子は物質透過性が高いため、これによって手荷物、コンテナ、車両等の内部に存在する核物質を検知、定量分析することもできる。
図7は、このような測定を行う核物質検知装置9の構成を模式的に説明する図である。
【0003】
ここでは、核物質の存在の有無が検知される、もしくは核物質の量が定量分析される対象となる試料Sが存在し、中性子源110から発せられた中性子線N1(照射中性子)が、試料Sに照射される。これによって、試料S側から発せられる中性子として、照射中性子が試料Sによって散乱された成分である照射中性子成分130と、試料S中に核物質が存在する場合に照射中性子によって核物質が核反応(核分裂反応)を起こしたために発生した中性子(核分裂中性子)の成分である核分裂中性子成分140とが存在する。中性子検出器150は、照射中性子成分130、核分裂中性子成分140を共に検出し、特に核分裂中性子成分140を有意に認識した場合には、試料Sに核物質が存在すると判定することができる。また、核分裂中性子成分140の数から核物質の量を定量分析することができる。一方、照射中性子成分130は、試料Sにおける核物質の有無に関わらず存在する。なお、
図7においては便宜上照射中性子成分130と核分裂中性子成分140の向きは異なって示されているが、これらが発せられる向きは特に変わらず、実際にはこれらは混在している。この測定において、中性子(照射中性子、核分裂中性子)の物質に対する透過率は高いため、実際には
図1において試料Sが容器内に存在する場合でも測定を行うことができる。
【0004】
中性子検出器150は、これに入射した中性子を検出することができるが、検出した中性子が照射中性子成分130、核分裂中性子成分140のどちらであるかを判定することは容易ではなく、特に、照射中性子成分130、核分裂中性子成分140のどちらも高速中性子である場合には、その区別が困難である。これに対して、上記のような核分裂中性子成分140を認識することにより核物質を検知もしくは定量分析するための手法として、例えば非特許文献1に記載されたDDA(Differential Die-Away Analysis)が知られている。
【0005】
DDAにおいては、中性子線N1(照射中性子)は高速中性子とされ、かつ短期間の間のみ発せられるパルス状とされる。この場合、中性子線N1がオフ後に試料S中に残存した照射中性子は散乱によりエネルギーの低い熱中性子となる。例えば、例えば、DT中性子源から発せられるエネルギーが14MeVの照射中性子は、試料S中でオフ後100μs程度の時間経過後には、試料S中での散乱によりエネルギーを失い熱中性子となり、この熱中性子が試料S内の核物質と反応して核分裂中性子が発せられる。この核分裂中性子は高速中性子であるため、この時点で検出された高速中性子は核分裂中性子であると推定される。
【0006】
この場合、
図7において照射中性子成分130は熱中性子、核分裂中性子成分140は高速中性子として区別されるため、例えば熱中性子を通さない材料(中性子吸収材)で中性子検出器150を覆うことによって、核分裂中性子成分140のみを検出することができる。このような中性子吸収材となる材料としては、ホウ素やカドミウム等がある。これによって、試料S中の核物質を検知もしくは定量分析することができる。この場合、前記のように中性子線N1はパルス状とされ、例えば前記の14MeVの高速中性子において、その持続時間は例えば10μs程度と短く制御される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】「Newtron dieaway methods for critically safety measurements of fissile waste」、Coop.K.L、Los Alamos National Laboratory、LA-UR-89-2124(1989年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記の方法では、熱中性子によって核分裂反応を起こす核種のみが検知(定量分析)の対象となり、このような核種は、233U、235U、239Pu、241Pu等に限定される。すなわち、この方法では、このように限られた核種のみが検知(定量分析)の対象となり、核物質として同様に検知(定量分析)することが望まれるが熱中性子によっては反応を起こしにくく高速中性子によって核分裂反応を起こしやすい、例えば238U、240Pu、242Pu、244Pu、232Th、237Np等は検知(定量分析)が困難である。
【0009】
更に、一般的に、分析の対象となる試料Sには、様々な物質(核種)が混在する場合が多い。このような物質としては、前記のような中性子吸収材となるホウ素、カドミウム等も含まれる。この場合、これらの物質によっても熱中性子が吸収されるため、この方法では核物質の検知(定量分析)が困難となった。具体的には、DDAでは例えばホウ素が0.5wt%以上混入された試料における核物質を検知(定量分析)することはできなかった。
【0010】
このため、従来の方法では、試料や、測定対象となる物質が大きく制限され、様々な試料における物質を高精度で検知(定量分析)できることが望まれた。
【0011】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明の物質検知装置は、試料における特定の核種で構成される物質を検知する物質検知装置であって、前記核種に対して2個以上の中性子を放出させる核反応を発生させる中性子である照射中性子を発生して前記試料に照射する中性子源と、前記試料側から発せられた中性子を互いに異なる位置で検出する2つの中性子検出器と、2つの前記中性子検出器のうちの一方における中性子の検出毎の出力である第1のパルス出力と、2つの前記中性子検出器のうちの他方における中性子の検出毎の出力である第2のパルス出力と、の間の時間差のヒストグラムを作成し、前記ヒストグラムを、前記時間差に対して平坦な特性をもつ第1領域と、前記時間差の正側、負側でそれぞれピークをもつ分布である2つの第2領域と、2つの前記第2領域の間においてピークをもつ第3領域と、に区分し、前記第3領域の計数値から前記物質を検知する解析部と、を具備することを特徴とする。
本発明の物質検知装置において、前記解析部は、前記第3領域の計数値から前記物質の定量分析を行うことを特徴とする。
本発明の物質検知装置において、検知の対象となる前記物質の核種は、232Th、233Pa、233U、234U、235U、238U、236Pu、238Pu、239Pu、240Pu、241Pu、242Pu、244Pu、237Np、241Am、242mAm、243Am、244Cm、245Cm、246Cmのいずれかであることを特徴とする。
本発明の物質検知装置は、前記照射中性子のエネルギーが、前記物質に応じて定められたエネルギーよりも低く設定されたことを特徴とする。
本発明の物質検知装置において、検知の対象となる前記物質の核種は、核反応によって同時に2つ以上の中性子を放出する核種であることを特徴とする。
本発明の物質検知装置は、前記中性子検出器を3つ以上具備し、前記解析部は、3つ以上の前記中性子検出器における2つの前記中性子検出器の組み合わせ毎に前記時間差を算出して前記ヒストグラムを作成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は以上のように構成されているので、様々な試料における様々な物質を高精度で検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施の形態に係る物質検知装置の構成を示す図である。
【
図2】本発明の実施の形態に係る物質検知装置における、2つの中性子検出器の出力を模式的に示す図である。
【
図3】本発明の実施の形態に係る物質検知装置において得られる時間差のヒストグラムの形状を説明する図である。
【
図4】本発明の実施の形態に係る物質検知装置において、試料における核物質の有無によるヒストグラムの相違を示した図である。
【
図5】本発明の実施の形態に係る物質検知装置において、試料中の酸化ウラン量の検量線を算出した結果である。
【
図6】本発明の実施の形態に係る物質検知装置において、ホウ素を添加した試料中の酸化ウラン量の検量線を算出した結果である。
【
図7】核分裂中性子を検出することにより核物質を検知もしくは定量分析する一般的な手法の原理を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施の形態に係る物質検知装置においては、有無の検知あるいは定量分析(以下、これらを「分析」とする)の対象とされる物質(核種)における照射中性子の吸収後に発せられる中性子(核分裂中性子あるいは放出中性子)の強度が、同様に高速中性子である照射中性子成分の強度と区別されて認識される。この物質検知装置1の構成を
図1に示す。ここでは、
図7の構成とは異なり、中性子線N0(照射中性子)の照射によって試料Sから発せられた中性子(検出対象中性子N)を異なる箇所で検出する2つの独立した中性子検出器20A、20Bが用いられる。中性子検出器20A、20Bは例えば周知の液体シンチレータを用いた中性子検出器を用いることができる。また、中性子検出器20A、20Bは必ずしも同一の構成を具備する必要はない。一般的には中性子検出器20A、20Bでは中性子以外の放射線(γ線等)も検出されるが、中性子以外の放射線は、遮蔽等によって低減されるか、出力となるパルスの波形や波高等によって弁別されるなどして、検出される放射線の多数が中性子となるものとする。
【0016】
後述するように、ここでは分析の対象となる物質において照射中性子によって起こされる反応は核分裂反応に限定されず、核物質以外の物質(核種)も分析することが可能であるが、ここでは、従来技術との対比の観点から、分析の対象となる物質は核物質であり、反応によって放出される中性子(散乱後の照射中性子以外)は核分裂中性子であるものとして記載する。
【0017】
DDAで用いられる前記の中性子源110は時間的にパルス状に制御された高速中性子を発したのに対し、ここで用いられる中性子源10は、継続的かつランダムなタイミングで高速中性子(照射中性子)を中性子線N0として発する。このような中性子源10としては、D(二重水素)-T(三重水素)反応を利用したDT中性子源等を用いることができる。
【0018】
このため、照射中性子が熱化してから測定が行われる前記のDDAとは異なり、ここで分析の対象となる核物質(核分裂性物質)において核分裂反応を起こす照射中性子は、高速中性子となる。中性子検出器20A、20Bで検出される中性子(検出対象中性子N)は、前記のように、照射中性子成分と核分裂中性子成分に大別されるが、このために、これらはどちらも高速中性子となる。
【0019】
コンピュータ30は、中性子検出器20A、20Bの測定結果より、核分裂中性子成分を算出して核物質(物質)の分析を行う。この解析方法、原理について以下に説明する。
【0020】
前記のように、中性子検出器20A、20Bのどちらにおいても、照射中性子成分と核分裂中性子成分は区別なく同等に検出対象中性子Nによるパルス出力として認識される。
図1の構成における中性子検出器20A、20Bの出力の例を模式的に
図2に示す。ここで、横軸は時間経過であり、Aが中性子検出器20Aの出力(第1のパルス出力)の時間経過、Bが中性子検出器20Bの出力(第2のパルス出力)の時間経過を示す。Aにおいては、それぞれが1回の中性子の検出に対応するパルスPA1~PA4が順次認識され、Bにおいては、同様にパルスPB1~PB4が順次認識されている。これらのパルスの時間的関係はここで示された通りとする。
【0021】
この場合、A(第1のパルス出力)における各パルスとB(第2のパルス出力)における各パルスの時間差が、
図2の下側に矢印で示された範囲として示されている。ここでは、Aを基準としたBの出力に対する時間差のみが記載されているが、例えば、パルスPA1とパルスPB1の間の時間差として、パルスPA1を基準にした場合とパルスPB1を基準とした場合は、絶対値が等しく符号が逆となるように定義することができ、
図2においては、中性子検出器20A側のパルスが基準とされた場合のみについての時間差が記載されている。ここで、黒点はパルスPA3とパルスPB4が同時(時間差零)であることを示している。ここではA、Bのそれぞれにおける4つのパルスについてのみ示されているが、実際にはより長時間にわたるより多くのパルスについて同様に考えることができる。
【0022】
このように、中性子検出器20A、20Bでそれぞれ検出される中性子(高速中性子)の種類として、前記の通り、(1)散乱(例えば試料S中で)された照射中性子(照射中性子成分)、(2)試料Sから発せられた核分裂中性子(核分裂中性子成分)がある。少なくとも
図2に示された各パルス単体のみからその起源(照射中性子成分、核分裂中性子成分のどちらであるか)を判別することは困難である。
【0023】
ここで、(2)核分裂中性子を発生する核分裂反応において、例えば核物質が
235U、
238U、
239Pu、
240Pu、
233U等である場合には、高速中性子の照射によって2~3個の中性子が同時に放出される。すなわち、試料S中にこれらの核物質があれば、1回の核分裂反応により2個(以上)の中性子が発せられる。この場合、2つの中性子は、約10fsという極めて短い時間内(実質的に同時)に発せられる。すなわち、中性子検出器20A、20Bで(略)同時に検出されるものがあった場合、これらは、これらの核物質から発せられた(2)核分裂中性子であると推定することができる。
図2において、パルスPA4とパルスPB3はこの組み合わせに対応する。
【0024】
ただし、
図1において試料Sは有限の大きさをもつため、仮にこのような2個の中性子(核分裂中性子)が試料S中のある1点で同時に発生し、一方が中性子検出器20Aで、他方が中性子検出器20Bで検出された場合においても、両者の間には飛行経路長の差が発生するため、検出時刻は厳密に同時とはならない。この場合の飛行経路長の差に伴う時間差は、例えば試料Sの大きさを20cmとした場合、核分裂中性子のエネルギーは通常0.5MeV~2MeVの範囲であるため、25ns以下となる。
【0025】
また、中性子は散乱されることがあるため、上記の(1)の照射中性子、(2)の核分裂中性子、のいずれにおいても、これが一つの検出器においてのみ検出される場合と、同一の中性子が一方の検出器で検出され散乱された後に他方の検出器で再度検出される場合、の2種類の場合がある。後者の場合、2つの検出器で検出される時間差は、中性子の速度(エネルギー)と検出器間の距離で定まる。
図1の配置の場合には、前記のような試料Sの大きさと比べてこの距離は大きくなり、例えば、例えばこの距離が50cm(
図1において前記のように試料Sの大きさを20cmとした場合において各検出器と試料Sの間の距離を15cmとした場合)でこのエネルギーが1MeVの場合、時間差は35ns程度となる。すなわち、時間差が算出された組み合わせがこのような場合に対応すれば、時間差の絶対値はこの程度となる。この時間差は前記のような同時に発生した2個の核分裂中性子を検出した場合よりも大きい。すなわち、中性子検出器20A、20Bで検出される中性子として、(3)一方の検出器で検出されてから他方の検出器で検出された同一の中性子(再検出中性子)が存在する。再検出中性子の起源は(1)(2)のいずれかとなる。
【0026】
前記のように照射中性子の発生タイミングが時間的にランダムであれば、
図2に示された時間差のヒストグラムには、このランダム性が反映された上で、上記のような組み合わせに応じた特徴が反映される。
図3(a)は、試料Sに核物質が存在する(中性子検出器20A、20Bで検出された中性子の中に(2)核分裂中性子が含まれる)場合に得られたこのヒストグラムの形状を模式的に示す(実際に測定された形状は実施例で後述する)。前記の通り、時間差が算出された各パルスの組み合わせには正負2通りがあるため、理想的には、このヒストグラムは原点(時間差零)に対して対称となる。ただし、中性子検出器20Aと20Bのサイズなどの違いによって中性子の検出効率が異なる場合などでは、原点に対して対称とはならない。また、中性子検出器20Aと20Bの時間応答速度が異なる場合や、どちらかの中性子検出器にパルス出力の遅延回路が組み込まれている場合などでは、原点(対称の中心)はヒストグラムの零点とは一致しないこともある。
【0027】
このヒストグラムの元となった時間差が算出された2つの中性子の組み合わせがどのようなものであるかに応じて、このヒストグラム中における分布は異なる。この点について以下に説明する。
【0028】
このヒストグラムの形状は、
図3(b)に示されたような3つの領域の組み合わせとして解釈できる。まず、
図3(b)における領域I(第1領域)は、時間差に対してランダムな成分である。前記の通り、(1)の照射中性子は時間的にランダムに発生し、これによって発生した(2)の核分裂中性子も時間的にランダムに発生する。このため、前記のような時間差が算出された組み合わせのうち、前記の(3)の再検出中性子となった中性子以外の中性子における、前記の(1)の照射中性子同士の組み合わせ、同時の反応によって発生したものでない(2)の核分裂中性子同士の組み合わせ、(1)の照射中性子と(2)の核分裂中性子の組み合わせは、領域Iを構成する。
【0029】
更に、(3)の再検出中性子と、その元となった同一の中性子(再検出中性子が最初に検出された場合に対応)以外の中性子の間には相関がないため、この組み合わせにおける時間差もランダムとなり、この組み合わせも領域Iを構成する。
【0030】
図3(b)における領域II(第2領域)は、有限の時間差(≠0)でピークをもつ成分である。これに対応する組み合わせは、前記のような、(3)再検出中性子とその元となった同一の中性子の組み合わせ(中性子検出器20A、20Bで同一の中性子を検出した場合)である。この場合の中性子の起源としては、(1)の照射中性子、(2)の核分裂中性子のどちらも含まれる。検出器間の距離は一定であるが、中性子のエネルギーの分布に対応し、領域IIには一定の広がりが存在する。
【0031】
すなわち、(1)の照射中性子、(2)の核分裂中性子のどちらであっても、中性子検出器20A、20Bで別の中性子が検出された場合が平坦な領域Iに対応し、同一の中性子が検出された場合が領域IIに対応する。
【0032】
一方、領域III(第3領域)は、2つの検出器で(略)同時に中性子が検出された場合の組み合わせに対応する。これに対応するのは、上記の例では、前記のように、2つの中性子が共に(2)の核分裂中性子であり同時に発せられた場合のみである。
【0033】
すなわち、
図3(b)において領域I、IIは共に照射中性子、核分裂中性子の両者に起因して形成されるのに対し、領域IIIは、同時に2個以上の中性子を発する核分裂反応に起因した核分裂中性子(核分裂中性子成分)のみに起因する。このため、領域IIIを認識し、これに対応するイベント数を認識すれば、この核分裂反応を発生した核物質の存在を検知する、あるいはその定量分析を行うことができる。すなわち、中性子検出器20A、20Bにおける中性子の検出毎の時間差のヒストグラムを作成し、その中で領域IIIを認識すれば、この領域IIIの大きさは核物質の量に対応する。このため、領域IIIを認識し、その強度として、例えばイベント数の積分値やピーク値等の計数値が一定値を超えた場合に、分析の対象となる核物質が存在する、と判定することができる。
【0034】
なお、前記のように、中性子検出器の出力の遅延等に起因し、領域IIIのピークが時間差零からずれる場合がある。この場合においても、領域IIは時間差の正側、負側でそれぞれ認識され、領域IIIはこれらの間に存在するため、領域IIIをこの観点から認識することができる。
【0035】
従来のDDAとは異なり、ここで核分裂反応を起こす照射中性子として用いられるのは、高速中性子である。このため、熱中性子には反応を起こしにくく高速中性子に対して反応を起こしやすい238U等も分析の対象とすることができる。このように、上記の物質検知装置1において分析(有無の検知、定量分析)の対象となる核種としては、232Th、233Pa、233U、234U、235U、238U、236Pu、238Pu、239Pu、240Pu、241Pu、242Pu、244Pu、237Np、241Am、242mAm、243Am、244Cm、245Cm、246Cmがある。
【0036】
また、試料Sには様々な物質が含まれ、この中には中性子吸収材となるホウ素等が含まれる場合もある。この場合には、従来のDDA等においては、照射中性子(熱中性子)が中性子吸収材にも吸収されるために、核物質の分析ができない場合がある。これに対して、このような中性子吸収材に対する高速中性子の反応確率は低い。例えば、このような中性子吸収材である10B、113Cd、157Gdがあるが、熱中性子(25meV)の反応に対する高速中性子(14MeV)の反応確率の比は、それぞれ1.2×10-5、4.2×10-7、3.8×10-7であり、極めて小さいため、これらの物質が試料S中に混在しても、核物質の分析が可能である。
【0037】
また、
図3の特性において領域IIIを有意に認識するためには、統計的誤差を小さくするために、時間差を検出したイベント(中性子検出イベント)が多いことが要求される。これに対して、ここではDDAのように短時間の間のみ発せられる中性子線を用いる必要はなく、長期間にわたり継続的に発せられる中性子線を用いることができるため、このイベント数を多くすることも容易である。
【0038】
また、DDAにおいては、照射中性子はパルス状に発せられ、中性子の検出を照射中性子のオフ時と同期させる必要があるために、測定を制御するコンピュータはこれらの同期を制御する必要があった。これに対し、上記の物質検知装置1では、このような中性子源10とデータ取得の同期のためのタイミングの制御は不要である。このため、この物質検知装置1の構成を単純とすることもできる。
【0039】
図1において、コンピュータ30におけるデータ取得部31は、
図2に示されたように中性子検出器20A、20Bの検出結果を取得し、ハードディスク等で構成された記憶部32に記憶させる。解析部33は、このように記憶された検出結果より、
図3に示されたような時間差のヒストグラムを作成し、記憶部32に記憶させる。
【0040】
その後、解析部33は、例えば
図3の領域IをこのヒストグラムにおけるDC成分とし、領域IIを時間差≠0の箇所にピークをもつガウス分布、領域IIIを時間差=0の箇所にピークをもつガウス分布、としてフィッティングを行い、領域IIIを認識することができる。あるいは、より簡易的に、
図3(b)に示されるような、領域IIのピークと領域IIIのピークの間の極小点となる度数をDC成分として差し引いた原点周囲の分布を領域IIIと認識してもよい。このような領域IIIの推定手法は、実際の測定結果の形状に応じて適宜設定できる。このように認識された領域IIIの積分強度(平均強度)やピーク強度が、検出された核分裂中性子の数(核物質の量)に比例する。
【0041】
なお、中性子検出器20A、20Bとしては、
図3のピークが分解できる程度の時間分解能をもつものを用いることが好ましい。このような時間分解能は例えば10ns以下であり、中性子検出器として各種のものを用いることができる。
【0042】
以下に、本発明の実施例による測定結果について説明する。ここでは、中性子源10としてDT中性子源(照射中性子のエネルギーが14MeV)を用い、中性子検出器20A、20Bとして液体シンチレータ(EJ-301)と光電子増倍管を組み合わせたものを用いた。また、試料Sとして、UO2約80g(238Uが98%、235Uが2%)と、比較対象としてポリエチレンのダミー試料(核分裂は起こさずにUO2による中性子散乱のみを再現する)を用いた。
【0043】
ここで、
図3の特性を、試料における核物質(前記のUO
2)の有無について実測した結果を、
図4に示す。ここで示されるように、領域I、IIは核物質の有無に応じて変わらないものの、中央のピーク(領域IIIのピーク)は核物質がある場合のみに有意に存在する。このため、上記のように核物質の分析が可能である。
図4の結果は、放射線挙動計算コードPHITS(「Features of Particle and Heavy Ion Transport Code System(PHITS) ver.3.02」、Tatsuhiko Sato、Yosuke Iwamoto、Shintaro Hashimoto、Tatsuhiko Ogawa、Takuya Furuta、Shin-ichiro Abe、Takeshi Kai、Pi-En Tsai、Norihiro Matsuda、Hiroshi Iwase、Nobuhiro Shigyo、Lembit Sihver and Koji Nitta、Journal of Nuclear Science and Technology、vol.55(5-6)、p684(2018))によるシミュレーション結果とも一致した。
【0044】
核物質を定量分析する場合には、定量すべき核物質(核種)を予め定め、その量を変えた標準試料に対して測定を行って検量線(領域IIIのイベント数(計数値)と核物質の量との関係)を作成し、測定対象となった試料Sにおける測定結果とこの検量線の比較によって、この核物質の量が算出される。検量線の結果を記憶部32に記憶させておけば、解析部33は、この算出を行うことができる。
【0045】
ここでは、この検量線を、標準試料における前記のUO
2の量として100g、500g、1000g、2000g、4000gとして、前記のPHITSによって算出した。
図5は、この結果を示す。ここでは充分な直線性が得られ、これを用いて測定結果からUO
2の量が算出できることが明らかである。
【0046】
また、この手法では、前記の通り、DDAとは異なり、試料S中に中性子吸収材が混在している場合でも、核物質を分析することができる。
図6は、このような中性吸収材であるホウ素を前記のUO
2に対して10wt%添加して、
図5と同様の計算を行った結果である。この場合には、検出された中性子の数(縦軸)は2%~12%減少するものの、同様に良好な検量線が得られている。これに対して、この程度のホウ素の添加量では、熱中性子を用いるDDAでは、Uの分析は困難である。
【0047】
前記の例では、分析の対象となる物質が238U等の核物質(核分裂物質:核燃料物質)であるものとした。しかしながら、1個の照射中性子との反応で2個、3個、4個等の中性子を発する反応((n、2n)、(n、3n)、(n、4n)等)を起こす核種であれば、同様に分析することができる。具体的には、例えば(n、2n)の反応の例として、56Fe(n、2n)55Fe、65Cu(n、2n)64Cu、208Pb(n、2n)207Pb、209Bi(n、2n)208Bi等がある。このため、試料S中の56Fe、65Cu、208Pb、209Bi等があれば、中性子吸収によって2個の中性子(放出中性子)が発せられるため、同様にこれらの核種を分析することができる。
【0048】
すなわち、従来のDDA等においては特定の核物質のみを検知もしくは定量分析の対象としたのに対し、上記の物質検知装置1は、上記の領域IIIを放出中性子のみに起因する放出中性子成分として認識することにより、核物質以外の様々な物質(核種)も分析の対象とすることができる。
【0049】
一方、試料S中における238U等の核物質のみの分析を目的とする場合には、前記のような56Fe等(核物質以外で検知可能な核種)は、同様に前記の領域IIIを形成するため、核物質の分析に対する妨害物質となりうる。
【0050】
これに対して、例えば照射中性子(高速中性子)のエネルギーを調整することによって、238U等の核物質の分析をしやすくすることができる。例えば、照射中性子によって2個以上の中性子を発する核分裂以外の反応を起こす核種(56Fe等)は前記のように多数あるが、このうち、9Be以外においては、照射中性子のエネルギーが高い(3MeV以上である)場合においてのみ反応が起きる。このため、照射中性子のエネルギーを3MeV未満とすることによって、9Be以外の核種の影響を除去することができる。56Fe等と比べ、9Beが試料Sに含まれる場合は稀であるため、これによって、実質的に核物質の分析が特に容易となる。
【0051】
また、例えば照射中性子のエネルギーを10MeV未満とすれば、質量数の小さい核種の多くは2個以上の中性子を発する反応を起こさず、逆に質量数の大きな核種の多くは2個以上の中性子を発する反応を起こすため、質量数の大きな核種の検知や定量分析が容易となる。これは、試料中の核種の数が少ない場合の物質の検知もしくは定量分析に特に有効である。このように照射中性子のエネルギーを試料に応じて調整することで、物質の分析が特に容易となる。すなわち、照射中性子のエネルギーを、分析の対象となる核種に応じて設定されるエネルギーよりも低く設定することによって、この各種の分析を特に容易とすることができる。
【0052】
このような照射中性子のエネルギーは、中性子源10の種類で設定することができる。中性子源10としては、DDAの場合のようにバルス状に制御された中性子線を発する必要はないため、DDAよりも多くの種類のものを用いることができる。このような中性子源で用いられる反応として、(D、D)、(D、T)、(α、n)、(e、n)、(γ、n)等がある。ここで、前記のDT中性子源((D、T)反応を使用)の場合の照射中性子のエネルギーは14MeVであるのに対し、エネルギーが2.45MeVとなるDD中性子源((D、D)反応を使用)や、124Sb-Be中性子源を用いることができる。あるいは、DT中性子源と減速材を組み合わせて照射中性子のエネルギーを調整してもよい。いずれの場合でも、前記の3つの領域を認識しやすくするために、照射中性子は時間的にランダムで継続的に発生することが好ましく、DDAのように特定の発振形状とはされないことが好ましい。ただし、DDAのように特定の発振形状を持つ場合であっても、例えば、発振が生じている時間だけ測定を行うことによって継続的に中性子が発生する状況と同じとすることで、物質の検知もしくは定量分析を実施することができる。
【0053】
なお、上記の構成では、中性子線N0は高速中性子であるものとしたが、逆に、中性子線N0を熱中性子としても、2つの中性子検出器における検出タイミングのみを解析のために用いる上記の構成では、試料に中性子吸収材が添加されていない場合には、同様の解析を行うことができることが明らかである。この観点からも、中性子源として、様々な種類のものを用いることができる。
【0054】
また、
図1の構成においては、2つの中性子検出器が用いられたが、3つ以上の中性子検出器を用いてもよい。この場合においても、異なる2つ中性子検出器の出力間の時間差を算出し、上記と同様にヒストグラムを作成して同様の解析を行うことができる。多くの中性子検出器を用いることによって、核分裂中性子(放出中性子)の検出効率を高くし、検知効率もしくは定量分析の性能を高めることができる。また、上記の例においては、異なる場所で同時に中性子が検出可能であればよいため、単一の検出器ユニットにおける異なる箇所(検出部)で中性子が検出可能な場合には、個々の検出部が前記の各々の中性子検出器であるとみなされる。
【符号の説明】
【0055】
1 物質検知装置
9 核物質検知装置
10、110 中性子源
20A、20B、150 中性子検出器
30 コンピュータ
31 データ取得部
32 記憶部
33 解析部
130 照射中性子成分
140 核分裂中性子成分
I 第1領域
II 第2領域
III 第3領域
N 検出対象中性子
N0、N1 中性子線(照射中性子)
S 試料