(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137013
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240927BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240927BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
C22C38/00 302H
C22C38/58
C21D9/46 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048350
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】坪井 耕一
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
(72)【発明者】
【氏名】菊池 淳
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA04
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA10
4K037EA12
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA21
4K037EA27
4K037EA28
4K037EA29
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA33
4K037EA35
4K037EA36
4K037EB02
4K037EB05
4K037EB07
4K037EB09
4K037EB14
4K037FA03
4K037FB00
4K037FF03
4K037FG03
4K037FJ02
4K037FJ06
4K037FJ07
4K037FK02
4K037FK03
4K037FM02
4K037GA00
4K037JA07
(57)【要約】
【課題】強度、エッチング面の平滑性、エッチング加工前後の平坦性、耐食性に優れるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】母材鋼板と、母材鋼板上に形成された酸化被膜と、を備え、母材鋼板の化学組成が、質量%で、C:0.08%以下、Si:0.2~1.0%、Mn:0.8~3.0%、Cr:20.0~28.0%、Ni:2.0~6.0%、Mo:1.0~3.0%、N:0.10~0.30%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、平均結晶粒径が2.0μm以下であり、ビッカース硬さが400HV以上であり、酸化被膜の厚みが15nm以上であり、酸化被膜中のMn濃度が1.5%以上である、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板上に形成された酸化被膜と、を備え、
前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、
C :0.08%以下、
Si:0.2~1.0%、
Mn:0.8~3.0%、
Cr:20.0~28.0%、
Ni:2.0~6.0%、
Mo:1.0~3.0%、
N :0.10~0.30%、
Cu:0~2.0%、
Nb:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
V :0~0.50%、
W :0~0.50%、
Co:0~0.50%、
B :0~0.0050%、
Sn:0~0.50%、
Al:0~0.50%、
Mg:0~0.010%、
Ca:0~0.0100%、
Ta:0~0.050%、
Ga:0~0.050%、
Zr:0~0.50%、および
希土類元素:0~0.010%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
平均結晶粒径が2.0μm以下であり、
ビッカース硬さが400HV以上であり、
前記酸化被膜の厚みが15nm以上であり、
前記酸化被膜中のMn濃度が1.5%以上であることを特徴する、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項2】
金属組織において、フェライト相比が20~80%であることを特徴とする、請求項1のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項3】
ハーフエッチング後の曲率半径が150mm以上であることを特徴とする、請求項1または2に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項4】
電子機器または精密機器の部品に使用されることを特徴とする、請求項1または2に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【請求項5】
電子機器または精密機器の部品に使用されることを特徴とする、請求項3に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板に関する。特に電子機器や精密機械の部品素材に適した耐食性に優れるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器や精密機器に使用される部品は、腐食環境に晒されて使用される場合があり、その際には部品素材には耐食性が必要とされる。また部品の更なる小型化・軽量化が要求されており、対応する素材の薄板化とともに、部品に必要とされる剛性を維持するためにより高い強度が要望される。
【0003】
また、前記部品を製造する際、高い精度で所定の形状を得るための手段の一つとしてエッチング加工によって板厚を部分的に薄くする手法が用いられることが多い。そのため、前記部品の素材には、エッチング加工後の形状変化が小さく、板反りが無いこと、すなわちエッチング加工前後の平坦性と、エッチング面の平滑性に優れることも要望されている。
【0004】
板反りは、鋼板表面に対する部分的なエッチング(ここで言う「ハーフエッチング」)を行った後の鋼板全体での変形を表す。ハーフエッチング後の鋼板の反りは、鋼板の残留応力に起因して生じる。そのため、調質圧延後に応力緩和を目的とした熱処理、いわゆる、歪取熱処理を実施することで反りを軽減することができる。
【0005】
また、前記部品の素材は、一般的に耐食性に優れるステンレス鋼中でも強度と伸びのバランスに優れ、調質圧延などにより強度を高めたオーステナイト系ステンレス鋼が使用される場合が多い。特に、加工誘起マルテンサイト変態を伴う高強度化とTRIP効果による優れた加工性を両立し、前記オーステナイト系ステンレス鋼の中でも高強度を比較的容易に得られるSUS301、SUS304系の準安定オーステナイト系ステンレスが適用される。
【0006】
調質圧延などによって強度を高めたオーステナイト系ステンレス鋼板には、更にテンションレベラーによる形状矯正、残留応力低減を目的とした歪取熱処理などが施される。これは、前記部品への精密加工に対応し、鋼板の形状を整え、平坦にするためである。また、比較的大きな鋼板ないし鋼帯で製造される素材からプレス加工、エッチング加工などにより部品に対応する小片を取り出す場合、もしくは、上述したように、さらなるエッチング加工などによりその小片の一部の板厚を減少させる場合、残留応力に起因した変形が生じるためである。更に言えば、その際の加工面、特にエッチング加工した面(以下、エッチング面ともいう)の平滑性に優れる素材ほど、より高い寸法精度の精密部品を製造することができる。
【0007】
特許文献1には、エッチング面の平滑性が得られるように平均結晶粒径を微細化し、さらに歪取熱処理が施されたフォトエッチング加工用ステンレス鋼板が開示されている。
【0008】
特許文献2には、冷間圧延条件およびテンションレベラーによる矯正条件を調整し、さらに冷間圧延材の0.2%耐力以下に相当する張力を付与して歪取熱処理が施されたオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-320587号公報
【特許文献2】特開2001-226718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、歪取熱処理はステンレス鋼の鋭敏化が起こりやすい温度域にて実施される熱処理でもあることから、歪取熱処理を施す鋼板としては鋭敏化を起こしにくい材料の選定が必要とされ、このような場合、強度を確保できない可能性がある。
このように、必要とされる優れた耐食性を確保したうえで、小型かつ軽量化に対応した高強度、優れたエッチング面の平滑性およびエッチング加工前後での平坦性を備えたステンレス鋼板を得ることは困難であった。
【0011】
本発明は、優れた耐食性を有し、高強度、エッチング面の平滑性、エッチング加工前後の平坦性に優れた、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するため、所定の化学組成からなる二相ステンレス鋼における表面酸化被膜の活用、そのための歪取熱処理について鋭意研究した。その結果、特定の成分からなる二相ステンレス鋼を還元雰囲気にて歪取熱処理することにより、Mnを所定の濃度以上含む酸化被膜が形成され、さらに前記酸化被膜の厚みが所定以上得られた場合に耐食性が向上することを見出した。また歪取熱処理後も微細な平均結晶粒径を維持でき、高強度とともに、優れたエッチング面の平滑性、エッチング加工後の平坦性も確保できることも知見した。これらの効果が得られる鋼板の化学組成、金属組織の特徴を明確にすることで本発明を完成した。
【0013】
本発明は、上記の知見に更に検討を加えてなされたものであり、上記課題を解決することを目的とした本発明の要旨は、以下の通りである。
【0014】
[1]母材鋼板と、
前記母材鋼板上に形成された酸化被膜と、を備え、
前記母材鋼板の化学組成が、質量%で、
C :0.08%以下、
Si:0.2~1.0%、
Mn:0.8~3.0%、
Cr:20.0~28.0%、
Ni:2.0~6.0%、
Mo:1.0~3.0%、
N :0.10~0.30%、
Cu:0~2.0%、
Nb:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
V :0~0.50%、
W :0~0.50%、
Co:0~0.50%、
B :0~0.0050%、
Sn:0~0.50%、
Al:0~0.50%、
Mg:0~0.010%、
Ca:0~0.0100%、
Ta:0~0.050%、
Ga:0~0.050%、
Zr:0~0.50%、および
希土類元素:0~0.010%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
平均結晶粒径が2.0μm以下であり、
ビッカース硬さが400HV以上であり、
前記酸化被膜の厚みが15nm以上であり、
前記酸化被膜中のMn濃度が1.5%以上であることを特徴する、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[2]金属組織において、フェライト相比が20~80%であることを特徴とする、上記[1]のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[3]ハーフエッチング後の曲率半径が150mm以上であることを特徴とする、上記[1]または[2]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[4]電子機器または精密機器の部品に使用されることを特徴とする、上記[1]または[2]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
[5]電子機器または精密機器の部品に使用されることを特徴とする、上記[3]に記載のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、優れた耐食性を有し、かつ高強度で、優れたエッチング面の平滑性、優れたエッチング加工前後の平坦性を有するフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態にかかるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板(以下、単に「二相ステンレス鋼板」、「ステンレス鋼板」もしくは「鋼板」とも称する)について詳細に説明する。
【0017】
1.フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板
本実施形態にかかるフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板上に形成された酸化被膜と、を備える。
【0018】
(化学組成)
まず、本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の母材鋼板の化学組成について、詳しく説明する。本実施形態の二相ステンレス鋼板を構成するオーステナイト相(γ相)は、加工誘起変態の発現しない安定したγ相から構成される。つまり、本実施形態の二相ステンレス鋼板の化学組成は、加工誘起変態の発現しない成分系である。以下、具体的な化学組成について説明する。なお、特に注記しない限り、本明細書において元素含有量の%は質量%を意味する。
【0019】
C:0.08%以下
炭素(C)は、オーステナイト相の安定化元素として作用する元素である。C含有量が0.08%を超えると、粗大なCr炭窒化物が生成され、耐食性が低下するおそれがある。それゆえC含有量は0.08%以下とする。好ましくは0.06%以下、より好ましくは0.04%以下である。C含有量の下限は特に限定しない。但し、C含有量を過度に低下させる場合、製造コストが上昇する。この観点からC含有量は、0.005%以上が好ましい。
【0020】
Si:0.2~1.0%
ケイ素(Si)はフェライト相の安定化元素として作用する元素である。またSiは、鋼板表面の酸化被膜の生成に有効な元素でもある。Si含有量が0.2%未満であると、酸化被膜の厚みを確保できず、耐食性を確保できないおそれがある。それゆえSi含有量は0.2%以上とする。好ましくは0.3%以上、より好ましくは0.4%以上である。一方、Si含有量が1.0%を超えると、製造時の割れを助長する。またSiを過度に含有させることは、部品における加工性を阻害する要因となる。それゆえSi含有量は1.0%以下とする。好ましくは0.9%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0021】
Mn:0.8~3.0%
Mnはオーステナイト相の安定化元素として作用する元素である。またMnは、歪取熱処理での酸化被膜の生成に有効な元素でもあり、耐食性の向上に寄与すると推定される。Mn含有量が0.8%未満であると、酸化被膜の厚みおよび酸化被膜中のMn濃度が不十分となり耐食性を確保できない可能性がある。したがってMn含有量は0.8%以上とする。好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.2%以上である。一方、Mn含有量が5.0%を超えると、製造コストの増加を招く。したがってMn含有量は5.0%以下とする。好ましくは4.0%以下、より好ましくは3.0%以下である。
【0022】
Cr:20.0~28.0%
クロム(Cr)はフェライト相の安定化元素として相比に作用する元素である。またSiは、鋼板表面の酸化被膜の生成に有効な元素でもある。またCrは、耐食性を向上させる元素としても作用する。Cr含有量が20.0%未満では、耐食性が不十分となる場合がある。そのため、Cr含有量は20.0%以上とする。好ましくは22.0%以上、より好ましくは23.0%以上である。一方、Cr含有量が28.0%を超えると、加工性の低下や製造コストの増大を招く場合がある。そのため、Cr含有量は28.0%以下とする。好ましくは26.0%以下、より好ましくは25.0%以下である。
【0023】
Ni:2.0~6.0%
ニッケル(Ni)はオーステナイト相の安定化元素として作用する元素である。またNiは、耐食性を向上させる元素でもある。Ni含有量が1.0%未満では歪取熱処理後の耐食性が不十分となる可能性がある。そのため、Ni含有量は1.0%以上とする。好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.5%以上である。一方、Ni含有量が6.0%を超えると、合金コストの上昇や製造性を阻害することにつながる恐れがある。そのため、Ni含有量は6.0%以下とする。好ましくは5.8%以下、より好ましくは5.5%以下である。
【0024】
Mo:1.0~3.0%
モリブデン(Mo)はフェライト相の安定化元素として作用する元素である。また耐食性に有効に作用する元素でもある。Mo含有量が1.0%未満であると、耐食性が不十分となる場合がある。そのため、Mo含有量は1.0%以上とする。好ましくは1.1%以上、より好ましくは1.2%以上である。一方、Mo含有量が3.0%を超えると、加工性の低下や製造コストの増大を招くおそれがある。そのため、Mo含有量は3.0%以下とする。好ましくは2.6%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0025】
N:0.10~0.30%
窒素(N)は、Cと同様に、オーステナイト相の安定化元素として作用する元素である。また耐食性に有効に作用する元素でもある。N含有量が0.10%未満であると、耐食性を確保できない場合がある。そのため、N含有量は0.10%以上とする。好ましくは0.12%以上、より好ましくは0.14%以上である。一方、N含有量が0.30%を超えて含有すると粗大なCr炭窒化物を生成して、耐食性を低下させる場合がある。そのため、N含有量は0.30%以下とする。好ましくは0.28%以下、より好ましくは0.20%以下である。
【0026】
以上が、本実施形態のフェライト・オーステナイト系ステンレス鋼板の基本となる化学組成であり、上記組成の残部は鉄(Fe)および不純物である。なお、更に、本実施形態のフェライト・オーステナイト系ステンレス鋼板は、加工性、耐食性、熱間加工性を更に向上させるために、Cu、Nb、Ti、V、W、Co、B、Snの中から一種または二種以上を任意で含有することができる。これらの元素の下限は、0%以上、好ましくは0%超である。
【0027】
Cu:2.0%以下
銅(Cu)はオーステナイト安定化元素であることに加え、窒化物の析出を抑制することで耐食性を向上する効果を持つ。したがって、Cu含有量は0.10%以上としてもよい。ただし、Cu含有量が2.0%を超えると原料コストの増加をもたらし、また熱間加工性を悪化させる場合がある。そのため、Cu含有量は2.0%以下が好ましく、1.8%以下がより好ましい。
【0028】
Nb:0.50%以下
ニオブ(Nb)は、窒化物(NbN)や炭化物(NbC)を形成し、加工性を向上させる効果を持つ。したがって、Nb含有量は0.01%以上としてもよい。ただし、Nb含有量が0.50%超の場合は延性を低下させるおそれがあることから、Nb含有量は0.50%以下が好ましい。Nb含有量は0.30%以下がより好ましく、0.20%以下がさらに好ましい。
【0029】
Ti:0.50%以下
チタン(Ti)は、Nbと同様に窒化物(TiN)や炭化物(TiC)を形成し、加工性を向上させる効果を持つ。したがって、Ti含有量は0.01%以上としてもよい。ただし、Ti含有量が0.50%超の場合は延性を低下させるおそれがあることから、Ti含有量は0.50%以下が好ましい。Ti含有量は0.30%以下がより好ましく、0.20%以下がさらに好ましい。
【0030】
V:0.50%以下
バナジウム(V)は窒化物を形成し、加工性を向上させる効果を持つ。したがって、V含有量は0.01%以上としてもよい。ただし、V含有量が0.50%超の場合は延性および熱間加工性を低下させるおそれがあることから、V含有量は0.50%以下が好ましく、0.40%以下がより好ましい。
【0031】
W:0.50%以下
タングステン(W)は耐食性を向上させる元素であり、その効果を発揮するためにはW含有量を0.05%以上とすることが好ましい。ただし、W含有量が0.50%超場合は加工性を低下させるおそれがあることから、W含有量は0.50%以下が好ましく、0.40%以下がより好ましい。
【0032】
Co:0.50%以下
コバルト(Co)は高温強度を高め、熱間加工性を向上させる効果を持つ。したがって、Co含有量は0.01%以上とすることが好ましい。ただし、Co含有量が0.50%超の場合は靭性低下をもたらすおそれがあることから、Co含有量は0.50%以下が好ましく、0.30%以下がより好ましい。
【0033】
B:0.0050%以下
ホウ素(Bは)、粒界に偏析して熱間加工性を向上させる元素である。その効果を発揮するためには、B含有量は0.0002%以上とすることが好ましい。しかし、B含有量が0.0050%を超えると耐食性が著しく劣化するおそれがあるため、B含有量は0.0050%以下が好ましく、より好ましくは0.0030%以下である。
【0034】
Sn:0.50%以下
スズ(Sn)は耐食性を向上させうる元素である。その効果を発揮するためには、Sn含有量は0.01%以上とすることが好ましく、0.03%以上がより好ましい。ただし、Sn含有量が0.50%を超えると熱間加工性を悪化させるおそれがあるため、Sn含有量は0.50%以下が好ましく、0.40%以下がより好ましい。
【0035】
更に、本実施形態のフェライト・オーステナイト系ステンレス鋼板は、精錬時に脱酸や脱硫を行うために、Al、Ca、Mg、Ta、Ga、Zr、希土類元素の中から一種または二種以上を任意で含有してもよい。これらの元素の下限は、0%以上、好ましくは0%超である。
【0036】
Al:0.50%以下
アルミニウム(Al)は、脱硫、脱酸のために若干含有されてもよい。Al含有量が0.01%の場合に上記効果が発揮されるため、Al含有量は0.01%以上が好ましい。ただし、Al含有量が0.50%超の場合、製造疵の増加ならびに原料コストの増加を招くおそれがあるため、Al含有量は0.50%以下が好ましい。
【0037】
Mg:0.010%以下
マグネシウム(Mg)は、脱酸だけでなく、凝固組織を微細化する効果を持つ。これらの効果を発揮するためには、Mg含有量は0.0002%以上が好ましい。ただし、Mg含有量が0.010%超場合、製鋼工程でのコスト増加をもたらすため、Mg含有量は0.010%以下がよい。
【0038】
Ca:0.0100%以下
カルシウム(Ca)は脱硫、脱酸のために若干含有されてもよい。Ca含有量が0.0001%以上の場合に上記効果が発揮されるため、Ca含有量は0.0001%以上が好ましい。ただし、Ca含有量が0.0100%超の場合、熱間加工割れの発生および耐食性の低下を招くおそれがあることから、Ca含有量は0.0100%以下が好ましく、0.0050%以下がより好ましい。
【0039】
Ta:0.050%以下
タンタル(Ta)は介在物の改質により耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて含有されてもよい。その効果を発揮するためには、Ta含有量は0.0002%以上が好ましい。ただし、Ta含有量が0.050%超の場合、常温延性の低下や靱性の低下を招くおそれがあるため、Ta含有量は0.050%以下が好ましく、より好ましくは0.030%以下である。
【0040】
Ga:0.050%以下
ガリウム(Ga)は、耐食性向上や水素脆化を抑制する元素であり、必要に応じて含有されてもよい。その効果を発揮するためには、Ga含有量は0.0002%以上が好ましい。ただし、Ga含有量が0.050%超の場合、加工性の低下を招くおそれがあるため、Ga含有量は0.050%以下が好ましく、より好ましくは0.030%以下である。
【0041】
Zr:0.50%以下
ジルコニウム(Zr)は、NbおよびTiと類似の作用があるとともに、耐酸化性を向上させる元素でもある。それら効果を発揮するには、Zr含有量は0.01%以上が好ましい。ただし、Zr含有量が0.50%超の場合、原料コストの増加を招くため、Zr含有量は0.50%以下が好ましく、0.30%以下がより好ましい。
【0042】
希土類元素:0.010%以下
希土類元素(REM)は、熱間加工性を向上させる元素である。希土類元素の含有量が合計で0.0002%以上の場合に上記効果が発揮されるため、希土類元素の含有量は0.0002%以上としてもよい。しかし、希土類元素の添加量が合計で0.010%を超えると、製造性を損なうとともにコスト増加をもたらすため、希土類元素の上限は0.010%とすることが好ましい。より好ましい希土類元素の含有範囲は、0.0005~0.008%である。
【0043】
ここで、希土類元素(REM)は、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。本明細書でいう「希土類元素」は、これら希土類元素から選択される1種以上であり、「希土類元素の含有量」とは、希土類元素の合計量である。
【0044】
本実施形態のステンレス鋼板は、上述してきた元素以外は、Fe及び不純物(不可避的不純物を含む)からなるが、以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることが出来る。
【0045】
また、ステンレス鋼板の製造では、スクラップ原料を使用することが多い。このため、ステンレス鋼板には、種々の不純物元素が不可避的に混入する場合が多く、不純物元素の含有量を一義的に定めることは困難である。したがって、本実施形態における不純物とは、本発明の作用効果を阻害しない量で含有される元素を意味する。
【0046】
(金属組織)
本実施形態のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の金属組織において、フェライト相比が所定範囲にある場合、金属組織の平均結晶粒径の微細化が容易になる。フェライト相比は20%以上80%以下であることが好ましい。フェライト相比が当該範囲内である場合、フェライト相およびオーステナイト相の各相が互いの粒成長を抑制し、結晶粒をより微細化することができる。より好ましくは25%以上75%以下、さらに好ましくは30%以上70%以下である。なお、前述の粒成長の抑制効果の観点から、フェライト相比は50%が最も好ましい。
【0047】
<平均結晶粒径>
鋼板の高強度を達成し、優れたエッチング面の平滑性を得るためには、金属組織の平均結晶粒径を2.0μm以下にすることが有効である。平均結晶粒径が2.0μmを超えると、エッチング面が粗面化するため、良好なエッチング面の平滑性を得られない。平均結晶粒径は、1.5μm以下が好ましく、更に好ましくは1.0μm以下である。なお、平均結晶粒径の下限は特に限定されるものではないが、実用的には0.4μm以上としてよい。
【0048】
(ビッカース硬さ)
電子機器や精密機械の小型化、軽量化、それに伴う素材の薄板化の進行に対応できる素材として、鋼板のビッカース硬さ(以下、単に「硬さ」ともいう)は400HV以上であることが有効である。硬さは410HV以上が好ましく、さらに好ましくは420HV以上である。硬さの上限は特に限定されるものではないが、部品成型の際の加工性を考慮して440HV以下とする。一方で硬さが400HV未満であると、前記部品の素材として必要な強度を確保できない。
【0049】
なお、硬さと強度は比例関係を示すと考えられ、400HVの鋼板は0.2%耐力で1200MPa以上を有すると言える。更に言えば、その際の全伸び(破断伸び)が5%程度である。
【0050】
(ハーフエッチング後の曲率半径)
エッチング加工前後での鋼板の平坦性を得るためには、ハーフエッチング後の曲率半径が150mm以上であることが有効である。ハーフエッチング後の曲率半径は175mm以上が好ましく、さらに好ましくは200mm以上である。エッチング加工前、ハーフエッチング後の曲率半径の上限は、∞(無限大)、すなわち反り無しであることが望ましく、特に限定しない。ただし、その上でハーフエッチング後の値は、実用上では400mm以下としてよい。一方で、ハーフエッチング後の曲率半径が150mm未満であると、前記部品の素材として必要なエッチング加工前後の平坦性を確保できない。
【0051】
なお、ここで言う「ハーフエッチング」とは、鋼板の一方の圧延面から板厚方向にエッチング加工を実施し、板厚1/2になるまでエッチングすることである。ハーフエッチングは、前記圧延面をマニキュア被覆処理し、塩化第二鉄等の腐食液に浸漬することで実施する。
【0052】
(酸化被膜)
必要な耐食性を得るためには、母材鋼板上に形成される酸化被膜の厚みが15nm以上かつ酸化被膜中のMn濃度が1.5%以上であることが有効である。酸化被膜の厚みが15nm未満であると、必要な耐食性を確保できない。また、酸化被膜中に所定量以上のMnが含まれていることで緻密な酸化被膜が得られ、耐食性が確保される。これらの観点から、酸化被膜の厚みは17nm以上が好ましく、さらに好ましくは20nm以上である。酸化被膜の厚みが厚いほど耐食性は良好となるが、200nmを超えると干渉色を呈してしまい、鋼板外観を損なう可能性がある。好ましくは150nm以下である。また、酸化被膜中のMn濃度は、好ましくは1.7%以上であり、より好ましくは2.0%以上である。酸化被膜中のMn濃度の上限は特に限定しないが、4.5%以下であってよい。
【0053】
酸化被膜の厚みは、以下の方法で特定できる。
X線光電子分光分析法(GDS)により、二相ステンレス鋼板における深さ方向の元素濃度プロファイルを取得し、酸化被膜の最表面の酸素(O)濃度(強度)に対して1/2となる深さ位置を求める。本実施形態においては鋼板最表面からO濃度(強度)が1/2となる位置までの深さ方向の距離を「酸化被膜の厚み」と定義する。GDSによる酸化被膜の厚み測定は、最表面から深さ200nmまで5回行い、得られた測定結果の平均値を代表値とする。
【0054】
酸化被膜中のMn濃度は、以下の方法で特定できる。GDSにより得られた濃度プロファイルを質量濃度(%)に変換した上で、上記酸化被膜の厚みと定義した深さ方向の範囲(距離)における最も低いMn濃度を「酸化被膜中のMn濃度」と定義する。GDSによる濃度測定は深さ200nmまで5回行い、得られた測定結果の平均値を代表値とする。
【0055】
(板厚)
本実施形態に係る二相ステンレス鋼板の板厚は特に限定されないが、3.0~0.05mmとしてもよい。好ましくは0.08mm以上である。また、板厚を1.5mm以下とすることで、金属組織の微細化が容易となり、上述した金属組織を容易に確保することができる。したがって、板厚は1.0mm以下としてもよい。好ましくは0.5mm以下である。
【0056】
2.フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造方法
本実施形態のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態に係るフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板は、製造方法によらず、上記の特徴を有していればその効果は得られる。ただし、耐食性、強度、エッチング面の平滑性およびエッチング加工前後の平坦性を両立させるためには、上述したように金属組織(特に、平均結晶粒径)、酸化被膜、および硬さを制御する必要がある。上記の金属組織、酸化被膜および硬さは、鋼の化学組成と、適切な製造条件とを組み合わせることで実現することができる。
以下、本実施形態のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を得るための好適な製造方法について説明する。
【0057】
(製造方法)
まず、溶解後に連続鋳造法または造塊法によって製造された上記化学組成を有する鋼片を、熱間圧延によって鋼板とする(熱間圧延工程)。その後、熱延板焼鈍工程、酸洗工程および冷間圧延工程を実施し、所定板厚を有する冷延板を得る。熱延板焼鈍は必要に応じて実施されればよく、省略されてもよい。前記各工程は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板において一般的な製造方法でよい。
【0058】
(仕上焼鈍工程)
冷間圧延工程にて所定板厚に制御された冷延鋼板に対し、仕上焼鈍を施す。仕上焼鈍温度は850℃以上1050℃以下とする。仕上焼鈍の温度が850℃未満であると、再結晶粒と未再結晶粒が混在した金属組織となり、結晶粒間の硬さのバラツキが生じた状態になる。結晶粒間に硬さのバラツキが生じると、テンションレベラーによる形状矯正後に良好な平坦性を得られない。一方で仕上焼鈍の温度が1050℃を超えると、仕上焼鈍後の平均結晶粒径が粗大になり、歪取熱処理後の平均結晶粒径も粗大になる。したがって、仕上焼鈍の温度は850℃以上1050℃以下とする。仕上焼鈍工程における焼鈍時間(保定時間)は適宜設定できる。代表的には600秒以下である。好ましくは400秒以下、より好ましくは150秒以下である。なお、仕上焼鈍工程における焼鈍時間の下限は、再結晶化の観点から、5秒以上としてよい。
【0059】
仕上焼鈍工程後は、鋼板を室温(25℃前後)まで冷却する。冷却する際の平均冷却速度は1℃/秒~100℃/秒としてよい。平均冷却速度が1℃/秒未満であると、冷却過程で粒成長が生じるおそれがある。なお、生産性や酸洗性を考慮すると平均冷却速度は5~50℃/秒が望ましい。ここで、「平均冷却速度」は、冷却開始(保定終了)時から室温までの鋼板の温度降下幅を、冷却開始時から室温までの冷却に要した所要時間で除した値とする。
【0060】
(調質圧延工程)
前記仕上焼鈍工程の後、調質圧延を行う(調質圧延工程)。調質圧延は素材(鋼板)の強度を向上させる工程である。本実施形態における調質圧延はステンレス鋼製造において一般的な製造方法でよく、所望の強度に応じて調質圧延率を調整してよい。例えば、調質圧延率は40~70%としてよい。なお本実施形態のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼のオーステナイト相は安定状態であり、調質圧延の際に加工誘起マルテンサイトは生成されない。
【0061】
(形状矯正工程)
前記調質圧延の後の鋼板に対し、テンションレベラーにより伸び率0.5~3.0%の張力を付与しつつ曲げを繰り返すことで形状矯正を行う(形状矯正工程)。テンションレベラーによる形状矯正は、鋼板の平坦性を確保するための工程であり、通常、伸び率で制御される。本実施形態における形状矯正工程は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板の製造における一般的な条件で問題ないが、伸び率を0.5~3.0%とすることが好ましい。伸び率が0.5%未満であると、ハーフエッチング後の反りが大きくなるおそれがある。一方、伸び率が3.0を超えると製造ライン内で硬質化が生じる場合がある。安定製造の観点から、伸び率は、0.5%~1.5%の範囲が好ましい。
【0062】
(歪熱処理工程)
テンションレベラーによる形状矯正の後の鋼板に対し、700℃以上800℃以下の温度範囲にて歪取熱処理を行う(歪熱処理工程)。歪取熱処理は、鋼板上に酸化被膜を付与する工程であり、調質圧延およびテンションレベラーによる形状矯正によって生じた残留応力を低減するための工程でもある。
【0063】
本実施形態の歪取熱処理は、Crの還元雰囲気となるように露点が-50℃以上-30℃以下の範囲内で、かつ700℃以上800℃以下の温度範囲で実施することが好ましい。前記条件での歪取熱処理により、Mn濃度を所定以上含有し、かつ所定以上の厚みを有する酸化被膜を確保できる。歪取熱処理の条件としては、さらに好ましくは、露点-45℃以上-35℃以下、歪取熱処理の温度範囲を725℃以上775℃以下とする。露点が-50℃未満であると、酸化被膜の厚みを確保できない場合がある。一方で露点が-30℃を超えると、酸化皮膜が厚くなり、発色する可能性がある。また、露点が高すぎると酸化被膜の厚さにムラが生じる可能性が高くなり、局所的には耐食性を確保できない場合もある。また、歪取熱処理の温度が700℃未満であると、酸化被膜の厚みが不十分となるため、必要な耐食性を確保できない。また歪取熱処理の温度が低すぎると残留応力の除去も不十分となる。一方で歪取熱処理の温度が800℃を超えると、硬さ低下が顕著に生じるため、必要な強度を確保できない。
【0064】
歪熱処理の処理時間(焼鈍時間)は、例えば具体的に15秒以上とすることが好ましい。更に、好ましくは20秒以上である。歪取熱処理の処理時間が増えるほど酸化被膜の厚みは増加する。歪取熱処理の時間の上限は特に限定する必要はなく、必要な強度と鋼板外観を確保できる範囲で歪熱処理の処理時間を調整すればよい。ただし、連続通板での製造を想定した場合、歪熱処理の処理時間としては、600秒以下が工業的な上限である。好ましくは、300秒以下である。
【0065】
なお、本実施形態の歪取熱処理は、Crの還元雰囲気(以下、「光輝焼鈍」ともいう)にて実施することが好ましい。例えば歪取熱処理は、25%窒素+75%窒素の混合ガスによる還元雰囲気で行うよい。
【0066】
歪熱処理工程後の鋼板の冷却は、緩冷却が好ましい。具体的には、歪熱処理後から500℃までの範囲の平均冷却速度を2℃/秒以下とすることが好ましく、1℃/秒以下が更に好ましい。更に好ましくは、冷却温度は400℃までである。これにより、所定の残留応力、酸化被膜を得られる。
【0067】
以上説明した工程により、本実施形態に係るフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を製造することができる。
【実施例0068】
本発明の効果を詳細に確認するため、以下の実験を行った。なお、本実施例は、本発明の一実施例を示すものであり、本発明は以下の構成に限定されるものではない。
【0069】
表1に示す化学組成を有する鋼を溶製し、厚さ100mmの鋳塊を得た。続いて、前記鋼塊を1230℃に加熱した後、熱延して板厚5.0mmの熱延板とした。その後、熱延板焼鈍(焼鈍温度:1060℃、焼鈍時間:60秒)を施し、さらに冷間圧延を、中間焼鈍を挟んで繰り返し実施して、板厚0.29mmの冷延板を得た。前記冷延板を表2の仕上焼鈍温度で90秒間加熱した後、室温まで平均冷却速度20℃/sで冷却して仕上焼鈍板を得た。さらに、前記仕上焼鈍板に対して、圧延率60%の調質圧延、伸び率1.0%のテンションレベラー(TL)による形状矯正を実施し、板厚を0.10mmとする鋼板を得た。そして、表2に示す条件で750℃の歪取熱処理を実施し二相ステンレス鋼板を得た。歪取熱処理の雰囲気は、光輝焼鈍(25%窒素+75%窒素の混合ガスによる還元雰囲気)、および大気焼鈍の2種類とした。なお大気焼鈍をした場合には焼鈍後に酸洗を行って、鋼板表面の酸化スケールを除去した。
得られた二相ステンレス鋼板を下記各種評価試験に供した。
【0070】
(平均結晶粒径の測定方法)
平均結晶粒径は、以下の通り特定した。
電解研磨により調整した鋼板のL断面(圧延方向および板厚方向を含む平面)を後方散乱電子回折(Electron BackScatter Diffraction:EBSD)により測定した。前記測定の領域は、板厚中心の100μm×300μmLとし、測定のステップサイズは0.1μmとした。TSL Solutions製の解析ソフトウエア「OIM-Analysis」により、測定したデータからConfidence Indexの値が0.1より大きいプロットデータを抽出したうえ、求積法により平均結晶粒径を求めた。なお隣接するプロットデータ同士の結晶方位差が15°未満であれば、それらを同一結晶粒とみなし、15°以上の方位差があれば、異なる結晶粒として扱った。また前記平均結晶粒径を算出する際、フェライト相とオーステナイト相の区別はしていない。
【0071】
(硬さの測定方法)
JIS Z 2244:2009に準拠し、ビッカース硬度計により鋼板表面の硬さを測定した。荷重0.5kgfにて、鋼板表面を10回測定し、平均値を算出し代表値とした。硬さが400HV以上あれば、必要な強度を備えているとして合格と判断した。
【0072】
(フェライト相比の測定方法)
フェライト相比の測定は、以下の通り特定した。
鋼板から板厚t×40mm40mmの試験片を複数切り出し、総厚み2mm以上となるように積層したうえで、フェライトメータを用いて測定した。測定は5回行い、平均値を鋼板のフェライト相比とした。
【0073】
(酸化被膜厚み、酸化被膜中のMn濃度を測定する方法)
酸化被膜厚みは、以下の通り特定した。
まず、X線光電子分光分析法(GDS)により、得られた二相ステンレス鋼板における深さ方向の元素濃度プロファイルを取得し、酸化被膜の最表面のO濃度(強度)に対して1/2となる深さ位置を求めた。本実施例では鋼板最表面(すなわち酸化被膜最表面)からO濃度(強度)が1/2となる位置までの深さ方向の距離を「酸化被膜厚み」と定義した。GDSによる酸化被膜の厚み測定は、最表面から深さ200nmまで5回行い、得られた測定結果の平均値を代表値として採用した。
一方、酸化被膜中のMn濃度は、以下の通り特定した。
GDSにより得られた濃度プロファイルを質量濃度(%)に変換したうえで、上記酸化被膜厚みと定義した深さ方向の範囲(距離)における最も低いMn濃度を「酸化被膜中のMn濃度」と定義した。GDSによる濃度測定は深さ200nmまで5回行い、得られた測定結果の平均値を酸化被膜中のMn濃度の代表値とした。
【0074】
(エッチング面の平滑性の評価試験)
鋼板から切出した板厚0.1mm×50mm×50mmの試験片の片側表面に、50℃に加温した比重1.35の塩化第二鉄水溶液を4分間噴射しエッチングした。エッチング面の平滑性は、接触式表面粗さ計を用い、圧延方向に対して垂直な方向に沿って算術平均粗さRaを測定した。Raが0.6μm以下を合格と判断した。
【0075】
(エッチング加工前後の平坦性の評価試験)
鋼板から板厚0.1mm×12mmw×100Lの試験片を切出し、これを塩化第二鉄水溶液中でハーフエッチングし、板厚が半分に減少した時点での試験片の曲率半径を測定した。ハーフエッチング後の曲率半径が150mm以上であれば、必要なエッチング加工前後の平坦性を備えているとして、合格と判断した。
【0076】
(耐食性の評価試験)
得られた二相ステンレス鋼板から試験片を切出した後、露出面が10mm×10mmとなるように周囲を樹脂で被覆し、測定用の電極を作製した。なお前記露出面の表面肌は光輝焼鈍まま、あるいは酸洗ままとした。50℃の人工海水にて孔食試験を行い、孔食電位(V´c100:電流値が100μA/cm2を超える最も貴な電位)を測定した。参照電極には飽和KClを内部溶液とするAg/AgClを用い、電位の掃引速度は20mV/分とした。試験数は5回とし、得られた孔食電位の平均値にて評価した。孔食電位が0.9V以上である場合、優れた耐食性を備えているとして、合格と判断した。なお孔食電位が0.9Vの時点にてアノード電流密度が1000μA/cm2未満である場合には孔食試験を終了し、「合格」と評価した。
【0077】
(鋼板の外観評価)
得られた二相ステンレス鋼板の外観について目視にて、発色(特に、干渉色)の有無を調査した。
【0078】
表2に上記各種評価試験の結果を示す。なお、表1、2中に示す下線は、本発明の範囲、もしくは本発明の好ましい製法条件および各特性の範囲外であることを示す。
【0079】
鋼板の化学組成、硬さ、平均結晶粒径、ハーフエッチング後の曲率半径、酸化被膜の厚み、酸化被膜中のMn濃度が所定範囲にある発明例No.1~8、16~25は、強度、エッチング面の平滑性、エッチング加工後での平坦性、耐食性をすべて満足した。なお、これらの発明例、ならびに後述する比較例を含めて、ハーフエッチング前の鋼板の曲率半径は、ほぼ∞(無限大)であり、反りの無い、平坦な形状に調整した。
【0080】
大気焼鈍による歪取熱処理およびその後の酸洗を実施したNo.9は、酸化被膜の厚みが薄く、酸化被膜中のMn濃度も低いため、耐食性が不十分であった。
歪取熱処理の露点が低いNo.10は酸化被膜の厚みが薄いため、耐食性が不十分であった。
【0081】
本発明の化学組成範囲から外れたフェライト・オーステナイト二相であるNo.11は、酸化被膜中のMn濃度が低いため、耐食性が不十分であった。
オーステナイト系ステンレス鋼であるNo.12は、酸化被膜の厚みが薄く、酸化被膜中のMn濃度も低いため、耐食性が不十分であった。またNo.12は、結晶粒径が粗大なため、エッチング面の平滑性も不十分であった。
【0082】
本発明の化学組成範囲から外れたフェライト・オーステナイト二相であるNo.13、14は、酸化被膜の厚みが薄く、耐食性が不十分であった。
【0083】
歪取熱処理の露点が高すぎたNo.15は、酸化皮膜が100nmを超え、干渉色を呈してしまい、鋼板の外観性が劣化した。
【0084】
【0085】
本発明のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板は、耐食性、高強度、エッチング加工後の平坦性およびエッチング面の平滑性すべてを兼ね備えている。すなわち、本発明のフェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼板を部品素材として適用することで、一例として、エッチング加工が実施され、耐食性の要求される部品の小型化が期待される。