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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137052
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240927BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240927BHJP
   C21D 8/10 20060101ALN20240927BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/54
C21D8/10 C
C21D9/08 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048406
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】高梨 美咲
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA05
4K032AA08
4K032AA09
4K032AA11
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA20
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA37
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA02
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CF03
4K042AA06
4K042BA01
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA04
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD03
4K042DD04
4K042DE02
4K042DE05
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】高強度を有し、かつ、耐水素脆性に優れた鋼材を提供する。
【解決手段】本開示による鋼材は、質量%で、C:0.15~0.50%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.01~1.00%、P:0.0300%以下、S:0.0100%以下、Cr:0.20~1.20%、Mo:0.40~1.50%、Ti:0.0010~0.0300%、V:0.01~0.50%、Nb:0.0050~0.1000%、Al:0.0050~0.1000%、B:0.0001~0.0050%、N:0.0100%以下、及び、O:0.0050%以下、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であり、旧オーステナイト粒の結晶粒径が15.0μm以下であり、粒界でのMo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGが次式を満たす。
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.15~0.50%、
Si:0.05~0.50%、
Mn:0.01~1.00%、
P:0.0300%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:0.20~1.20%、
Mo:0.40~1.50%、
Ti:0.0010~0.0300%、
V:0.01~0.50%、
Nb:0.0050~0.1000%、
Al:0.0050~0.1000%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0050%以下、
W:0~2.00%、
Co:0~0.20%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Mg:0~0.0100%、
Ca:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であり、
降伏強度が758~965MPa未満であり、
旧オーステナイト粒の結晶粒径が15.0μm以下であり、
旧オーステナイト粒の結晶粒界を中心とし前記結晶粒界と直交する10nmの線分SLの一方の端点をE1、他方の端点をE2と定義し、
前記線分SLの前記端点E1から前記端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、エネルギー分散型X線分光法による元素分析により、前記線分SL上の前記各測定点でのMo含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を求め、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMo含有量が最大の測定点をMoピーク測定点と定義し、
前記Moピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mo偏析領域と定義し、
前記端点E1と前記Mo偏析領域との間の領域を、第1Mo粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mo偏析領域との間の領域を、第2Mo粒内領域と定義し、
前記第1Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM1(質量%)と定義し、
前記第2Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM2(質量%)と定義し、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMn含有量が最大の測定点をMnピーク測定点と定義し、
前記Mnピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mn偏析領域と定義し、
前記端点E1と前記Mn偏析領域との間の領域を、第1Mn粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mn偏析領域との間の領域を、第2Mn粒内領域と定義し、
前記第1Mn粒内領域内の全ての前記測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM1(質量%)と定義し、
前記第2Mn粒内領域内の全ての前記測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM2(質量%)と定義したとき、
式(1)で定義されるMo偏析量[Mo]SEGと、式(2)で定義されるMn偏析量[Mn]SEGとが、式(3)を満たす、
鋼材。
[Mo]SEG={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMo含有量の総和×0.2)-[Mo]BM1×(前記端点E1と前記Moピーク測定点との間の距離)-[Mo]BM2×(前記端点E2と前記Moピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2 (1)
[Mn]SEG={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMn含有量の総和×0.2)-[Mn]BM1×(前記端点E1と前記Mnピーク測定点との間の距離)-[Mn]BM2×(前記端点E2と前記Mnピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mn]BM1+[Mn]BM2)/2 (2)
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
【請求項2】
請求項1に記載の鋼材であって、
前記化学組成は、
W:0.01~2.00%、
Co:0.01~0.20%、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、
Sn:0.01~0.50%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0001~0.0100%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の鋼材であって、
前記鋼材は、油井用鋼管、ラインパイプ用鋼管、及び、高圧水素蓄圧器用鋼管のいずれかである、
鋼材。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の鋼材であって、
前記鋼材は、油井用継目無鋼管、ラインパイプ用継目無鋼管、及び、高圧水素蓄圧器用継目無鋼管のいずれかである、
鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は鋼材に関し、さらに詳しくは、サワー環境で使用される鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して「油井」という)の中には、腐食性物質を多く含有する環境がある。腐食性物質は例えば、硫化水素等の腐食性ガス等である。本明細書において、硫化水素を含有する環境を「サワー環境」という。サワー環境の温度は、井戸の深さにもよるが、常温~200℃程度である。
【0003】
このようなサワー環境で使用される鋼材として、例えば、油井管として適用される、油井用鋼管や、ラインパイプとして適用される、ラインパイプ用鋼管等がある。このようなサワー環境で使用される鋼材では、高い強度が求められる。
【0004】
サワー環境で使用される鋼材ではさらに、腐食性物質との接触により、電気化学反応が起こり、鋼材表面に水素が発生する。この水素に起因して、鋼材に、硫化物応力腐食割れ(SSC)に代表される水素脆化割れが発生しやすい。したがって、サワー環境で使用される鋼材では、高い強度とともに、優れた耐水素脆性が求められる。
【0005】
サワー環境で使用される鋼材において耐水素脆性を高める技術が、特開2011-246798号公報(特許文献1)、及び、特開2015-38247号公報(特許文献2)に開示されている。
【0006】
特許文献1では、低合金鋼からなる油井用鋼管において、所定量の固溶Moを確保し、旧オーステナイト粒を微細化し、MC型析出物を分散させる。これにより、耐SSC性を高めている。特許文献1ではさらに、旧オーステナイト粒界にMo偏析領域を形成することにより、耐水素脆性をさらに高めている。
【0007】
特許文献2では、低合金鋼からなる油井用鋼管において、Mo偏析領域をなるべく抑制することにより、耐水素脆性を高めている。
【0008】
さらに最近では、水素を燃料として走行する燃料電池自動車の開発、及び、燃料電池自動車に水素を供給する水素ステーションの実用化が進められている。水素ステーションに設置される高圧水素蓄圧器には、高圧の水素ガスが貯蔵される。また、燃料電池自動車として、高圧水素蓄圧器を搭載した自動車の開発も進められている。このような高圧水素蓄圧器に利用される鋼材も、高い強度とともに、優れた耐水素脆性が求められる。
【0009】
高圧水素蓄圧器用途の鋼材において耐水素脆性を高める技術は、特開2009-74122号公報(特許文献3)に提案されている。特許文献3では、低合金鋼からなる鋼材において、V含有量及びMo含有量を従来よりも高めることにより、旧オーステナイト粒界の炭化物の形態を改善し、耐水素脆性を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2011-246798号公報
【特許文献2】特開2015-38247号公報
【特許文献3】特開2009-74122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上述の特許文献1~特許文献3に記載された手段以外の他の手段により、高強度を有し、十分な耐水素脆性が得られてもよい。
【0012】
本開示の目的は、高強度を有し、かつ、耐水素脆性に優れた鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示の鋼材は、次の構成を有する。
【0014】
鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.15~0.50%、
Si:0.05~0.50%、
Mn:0.01~1.00%、
P:0.0300%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:0.20~1.20%、
Mo:0.40~1.50%、
Ti:0.0010~0.0300%、
V:0.01~0.50%、
Nb:0.0050~0.1000%、
Al:0.0050~0.1000%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0050%以下、
W:0~2.00%、
Co:0~0.20%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Mg:0~0.0100%、
Ca:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であり、
降伏強度が758~965MPa未満であり、
旧オーステナイト粒の結晶粒径が15.0μm以下であり、
旧オーステナイト粒の結晶粒界を中心とし前記結晶粒界と直交する10nmの線分SLの一方の端点をE1、他方の端点をE2と定義し、
前記線分SLの前記端点E1から前記端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、エネルギー分散型X線分光法による元素分析により、前記線分SL上の前記各測定点でのMo含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を求め、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMo含有量が最大の測定点をMoピーク測定点と定義し、
前記Moピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mo偏析領域と定義し、
前記端点E1と前記Mo偏析領域との間の領域を、第1Mo粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mo偏析領域との間の領域を、第2Mo粒内領域と定義し、
前記第1Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM1(質量%)と定義し、
前記第2Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM2(質量%)と定義し、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMn含有量が最大の測定点をMnピーク測定点と定義し、
前記Mnピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mn偏析領域と定義し、
前記端点E1と前記Mn偏析領域との間の領域を、第1Mn粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mn偏析領域との間の領域を、第2Mn粒内領域と定義し、
前記第1Mn粒内領域内の全ての前記測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM1(質量%)と定義し、
前記第2Mn粒内領域内の全ての前記測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM2(質量%)と定義したとき、
式(1)で定義されるMo偏析量[Mo]SEGと、式(2)で定義されるMn偏析量[Mn]SEGとが、式(3)を満たす、
鋼材。
[Mo]SEG={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMo含有量の総和×0.2)-[Mo]BM1×(前記端点E1と前記Moピーク測定点との間の距離)-[Mo]BM2×(前記端点E2と前記Moピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2 (1)
[Mn]SEG={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMn含有量の総和×0.2)-[Mn]BM1×(前記端点E1と前記Mnピーク測定点との間の距離)-[Mn]BM2×(前記端点E2と前記Mnピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mn]BM1+[Mn]BM2)/2 (2)
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
【発明の効果】
【0015】
本開示による鋼材は、高強度を有し、かつ、耐水素脆性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、Fn1(=[Mo]SEG-[Mn]SEG)と耐水素脆性の指標である相対破断応力比との関係を示す図である。
図2図2は、Mo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGの測定方法での研磨後の試験片の観察面の模式図である。
図3図3は、図2に示す観察面における、旧オーステナイト粒の結晶粒界が特定された測定領域の模式図である。
図4図4は、図3に示す測定領域から薄膜試料を採取する様子を示す模式図である。
図5図5は、図4の薄膜試料の斜視図である。
図6図6は、TEM観察及びEDS法による元素分析時における、電子線と薄膜試料内の結晶粒界との関係を説明するための模式図である。
図7図7は、EDS法での電子線EBの照射方向と、薄膜試料TPの表面10の結晶粒界GBと、元素濃度プロファイルとの関係を示す模式図である。
図8図8は、結晶粒界を中心として結晶粒界と直交する線分SL上のMo含有量の一例である。
図9図9は、式(1)を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、高強度を有し、かつ、耐水素脆性に優れた鋼材について、初めに、化学組成の観点から検討した。その結果、質量%で、C:0.15~0.50%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.01~1.00%、P:0.0300%以下、S:0.0100%以下、Cr:0.20~1.20%、Mo:0.40~1.50%、Ti:0.0010~0.0300%、V:0.01~0.50%、Nb:0.0050~0.1000%、Al:0.0050~0.1000%、B:0.0001~0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0050%以下、W:0~2.00%、Co:0~0.20%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Sn:0~0.50%、Mg:0~0.0100%、Ca:0~0.0100%、希土類元素:0~0.0100%、及び、残部がFe及び不純物からなる化学組成であれば、高強度と、耐水素脆性とを両立できる可能性があると考えた。
【0018】
本発明者らはさらに、鋼材のミクロ組織を検討した。その結果、上述の化学組成を有し、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であれば、758~965MPa未満(110ksi級~125ksi級)の高強度が得られることを見出した。
【0019】
そこで、本発明者らは、上述の化学組成を有し、かつ、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上の鋼材の耐水素脆性を高める手段について、さらに検討を行った。ここで、本発明者らは、水素脆化のメカニズムについて検証した。その結果、鋼材において、旧オーステナイト粒を微細化して粒界面積を増やし、かつ、結晶粒界を強化することにより、耐水素脆性が高められると考えた。検証の結果、本発明者らは、旧オーステナイト粒の結晶粒径が15.0μm以下であれば、十分な粒界面積を確保できると考えた。
【0020】
そこで、本発明者は、結晶粒界の強化手段について、さらに検討を行った。本発明者らは初めに、鋼材中のMo偏析量に注目した。そして、結晶粒界でのMo偏析量を高めることで、結晶粒界が強化されることを見出した。
【0021】
しかしながら、結晶粒界においてMo偏析量を高めただけでは、十分な耐水素脆性が得られない場合があった。そこで、本発明者らはさらに、結晶粒界の強化機構について、検討を行った。その結果、次の知見が得られた。
【0022】
上述の化学組成中の元素のうち、結晶粒界でのMo偏析量が高ければ、結晶粒界が強化される。つまり、Moは結晶粒界を強化する元素である。一方、結晶粒界でのMn偏析量が高ければ、結晶粒界が脆化する。つまり、Mnは結晶粒界を脆化する元素である。
【0023】
したがって、結晶粒界でのMo偏析量が多い場合であっても、結晶粒界でのMn偏析量も多ければ、Mo偏析量による結晶粒界強化作用が、Mn偏析量による結晶粒界脆化作用に相殺されてしまう。
【0024】
以上を考慮して、本発明者らは、結晶粒界でのMo偏析量が、結晶粒界でのMn偏析量に対して多ければ、結晶粒界が強化され、その結果、十分な耐水素脆性が得られると考えた。そして、本発明者らは、この技術思想に基づいて、結晶粒界でのMo偏析量[Mo]SEG(質量%)と、結晶粒界でのMn偏析量[Mn]SEG(質量%)との関係を調査及び検討した。その結果、後述の式(1)で定義される結晶粒界でのMo偏析量[Mo]SEGと、後述の式(2)で定義される結晶粒界でのMn偏析量[Mn]SEGとが、式(3)を満たせば、十分な耐水素脆性が得られることを本発明者らは見出した。
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
【0025】
Fn1を次のとおり定義する。
Fn1=[Mo]SEG-[Mn]SEG
図1は、Fn1と耐水素脆性の指標である相対破断応力比との関係を示す図である。相対破断応力比が高いほど、耐水素脆性に優れる。なお、図1は、後述の実施例の結果に基づいて作成した。
【0026】
図1を参照して、上述の化学組成を有し、降伏強度が758~965MPa未満の鋼材において、Fn1が8.00を超えれば、相対破断応力比が0.80以上であり、優れた耐水素脆性が得られている。一方、Fn1が8.00以下であれば、相対破断応力比が0.80未満となり、耐水素脆性が顕著に低下している。
【0027】
したがって、結晶粒界でのMo偏析量[Mo]SEGと、結晶粒界でのMn偏析量[Mn]SEGとが式(3)を満たせば、十分な耐水素脆性が得られる。
【0028】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による鋼材は、次の構成を有する。
【0029】
[1]
鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.15~0.50%、
Si:0.05~0.50%、
Mn:0.01~1.00%、
P:0.0300%以下、
S:0.0100%以下、
Cr:0.20~1.20%、
Mo:0.40~1.50%、
Ti:0.0010~0.0300%、
V:0.01~0.50%、
Nb:0.0050~0.1000%、
Al:0.0050~0.1000%、
B:0.0001~0.0050%、
N:0.0100%以下、
O:0.0050%以下、
W:0~2.00%、
Co:0~0.20%、
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Mg:0~0.0100%、
Ca:0~0.0100%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であり、
降伏強度が758~965MPa未満であり、
旧オーステナイト粒の結晶粒径が15.0μm以下であり、
旧オーステナイト粒の結晶粒界を中心とし前記結晶粒界と直交する10nmの線分SLの一方の端点をE1、他方の端点をE2と定義し、
前記線分SLの前記端点E1から前記端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、エネルギー分散型X線分光法による元素分析により、前記線分SL上の前記各測定点でのMo含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を求め、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMo含有量が最大の測定点をMoピーク測定点と定義し、
前記Moピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mo偏析領域と定義し、
前記端点E1と前記Mo偏析領域との間の領域を、第1Mo粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mo偏析領域との間の領域を、第2Mo粒内領域と定義し、
前記第1Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM1(質量%)と定義し、
前記第2Mo粒内領域内の全ての前記測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM2(質量%)と定義し、
前記線分SLにおいて、
前記線分SLでのMn含有量が最大の測定点をMnピーク測定点と定義し、
前記Mnピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mn偏析領域と定義し、
前記端点E1と前記Mn偏析領域との間の領域を、第1Mn粒内領域と定義し、
前記端点E2と前記Mn偏析領域との間の領域を、第2Mn粒内領域と定義し、
前記第1Mn粒内領域内の全ての前記測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM1(質量%)と定義し、
前記第2Mn粒内領域内の全ての前記測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM2(質量%)と定義したとき、
式(1)で定義されるMo偏析量[Mo]SEGと、式(2)で定義されるMn偏析量[Mn]SEGとが、式(3)を満たす、
鋼材。
[Mo]SEG={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMo含有量の総和×0.2)-[Mo]BM1×(前記端点E1と前記Moピーク測定点との間の距離)-[Mo]BM2×(前記端点E2と前記Moピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2 (1)
[Mn]SEG={(前記線分SL上の全ての前記測定点でのMn含有量の総和×0.2)-[Mn]BM1×(前記端点E1と前記Mnピーク測定点との間の距離)-[Mn]BM2×(前記端点E2と前記Mnピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mn]BM1+[Mn]BM2)/2 (2)
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
【0030】
[2]
[1]に記載の鋼材であって、
前記化学組成は、
W:0.01~2.00%、
Co:0.01~0.20%、
Cu:0.01~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、
Sn:0.01~0.50%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Ca:0.0001~0.0100%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0100%、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
鋼材。
【0031】
[3]
[1]又は[2]に記載の鋼材であって、
前記鋼材は、油井用鋼管、ラインパイプ用鋼管、及び、高圧水素蓄圧器用鋼管のいずれかである、
鋼材。
【0032】
[4]
[1]又は[2]に記載の鋼材であって、
前記鋼材は、油井用継目無鋼管、ラインパイプ用継目無鋼管、及び、高圧水素蓄圧器用継目無鋼管のいずれかである、
鋼材。
【0033】
本明細書において、「油井用鋼管」は、油井管として利用される鋼管を意味する。油井管とは、油井又はガス井の掘削、原油又は天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプの総称を意味する。「油井用継目無鋼管」は、油井用鋼管が継目無鋼管(seamless pipe)であることを意味する。
【0034】
本明細書において、「ラインパイプ用鋼管」は、油井又はガス井から採取された生産流体(原油又は天然ガス)を輸送するパイプラインを構成するラインパイプ用途の鋼管を意味する。パイプラインは例えば、油井又はガス井から生産流体を輸送するフローライン、フローラインで輸送された生産流体を集合して一次処理施設まで輸送するギャザリングライン、脱水等の一次処理を実施した生産流体を市場近郊まで輸送するトランクライン、及び、消費者まで輸送するディストリビューションライン等である。「ラインパイプ用継目無鋼管」は、ラインパイプ用鋼管が継目無鋼管であることを意味する。
【0035】
本明細書において、「高圧水素蓄圧器用鋼管」は、ISO11439、ANSI/NGV、高圧ガス保安法、容器保安規則例示基準等で規格化されており、高圧の水素ガスが貯蔵される高圧水素蓄圧容器用途の鋼管を意味する。高圧水素蓄圧器は例えば、水素ステーションに設置されたり、燃料電池自動車に搭載されたりする。「高圧水素蓄圧器用継目無鋼管」は、高圧水素蓄圧器用鋼管が継目無鋼管であることを意味する。
【0036】
以下、本実施形態の鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0037】
[本実施形態の鋼材の特徴]
本実施形態の鋼材は、次の特徴1~特徴5を満たす。
(特徴1)
化学組成が、質量%で、C:0.15~0.50%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.01~1.00%、P:0.0300%以下、S:0.0100%以下、Cr:0.20~1.20%、Mo:0.40~1.50%、Ti:0.0010~0.0300%、V:0.01~0.50%、Nb:0.0050~0.1000%、Al:0.0050~0.1000%、B:0.0001~0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0050%以下、W:0~2.00%、Co:0~0.20%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Sn:0~0.50%、Mg:0~0.0100%、Ca:0~0.0100%、希土類元素:0~0.0100%、及び、残部がFe及び不純物からなる。
(特徴2)
マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上である。
(特徴3)
降伏強度が758~965MPa未満である。
(特徴4)
旧オーステナイトの結晶粒径が15.0μm以下である。
(特徴5)
旧オーステナイト粒の結晶粒界を中心とし結晶粒界と直交する10nmの線分SLの一方の端点をE1、他方の端点をE2と定義し、
線分SLの端点E1から端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、エネルギー分散型X線分光法による元素分析により、線分SL上の各測定点でのMo含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を求め、
線分SLにおいて、
線分SLでのMo含有量が最大の測定点をMoピーク測定点と定義し、
Moピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mo偏析領域と定義し、
端点E1とMo偏析領域との間の領域を、第1Mo粒内領域と定義し、
端点E2とMo偏析領域との間の領域を、第2Mo粒内領域と定義し、
第1Mo粒内領域内の全ての測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM1(質量%)と定義し、
第2Mo粒内領域内の全ての測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM2(質量%)と定義し、
線分SLにおいて、
線分SLでのMn含有量が最大の測定点をMnピーク測定点と定義し、
Mnピーク測定点を中心とした2.0nm幅の領域を、Mn偏析領域と定義し、
端点E1とMn偏析領域との間の領域を、第1Mn粒内領域と定義し、
端点E2とMn偏析領域との間の領域を、第2Mn粒内領域と定義し、
第1Mn粒内領域内の全ての測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM1(質量%)と定義し、
第2Mn粒内領域内の全ての測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM2(質量%)と定義したとき、
式(1)で定義されるMo偏析量[Mo]SEGと、式(2)で定義されるMn偏析量[Mn]SEGとが、式(3)を満たす。
[Mo]SEG={(線分SL上の全ての測定点でのMo含有量の総和×0.2)-[Mo]BM1×(端点E1とMoピーク測定点との間の距離)-[Mo]BM2×(端点E2とMoピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2 (1)
[Mn]SEG={(線分SL上の全ての測定点でのMn含有量の総和×0.2)-[Mn]BM1×(端点E1とMnピーク測定点との間の距離)-[Mn]BM2×(端点E2とMnピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mn]BM1+[Mn]BM2)/2 (2)
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
以下、特徴1~特徴5について説明する。
【0038】
[(特徴1)化学組成について]
本実施形態の鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0039】
C:0.15~0.50%
炭素(C)は、焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cはさらに、炭化物又は炭窒化物を形成し、鋼材の強度を高める。C含有量が0.15%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、C含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の炭化物が過剰に多くなる。この場合、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、C含有量は0.15~0.50%である。
C含有量の好ましい下限は0.17%であり、さらに好ましくは0.19%であり、さらに好ましくは0.21%であり、さらに好ましくは0.23%であり、さらに好ましくは0.25%である。
C含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.32%である。
【0040】
Si:0.05~0.50%
シリコン(Si)は鋼を脱酸して、鋼材中の介在物を低減する。その結果、鋼材の耐水素脆性が高まる。Si含有量が0.05%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Si含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Si含有量は0.05~0.50%である。
Si含有量の好ましい下限は0.07%であり、さらに好ましくは0.09%であり、さらに好ましくは0.11%であり、さらに好ましくは0.13%である。
Si含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.43%であり、さらに好ましくは0.41%であり、さらに好ましくは0.38%である。
【0041】
Mn:0.01~1.00%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、焼入れ性を高めて鋼材の強度を高める。Mn含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Mn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な硫化物系介在物が生成して、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Mn含有量は0.01~1.00%である。
Mn含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さら好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.20%である。
Mn含有量の好ましい上限は0.95%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0042】
P:0.0300%以下
燐(P)は、不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量の下限は0%超である。
P含有量が0.0300%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Pが粒界に偏析する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、P含有量は0.0300%以下である。
P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
P含有量の好ましい上限は0.0250%であり、さらに好ましくは0.0230%であり、さらに好ましくは0.0210%であり、さらに好ましくは0.0200%であり、さらに好ましくは0.0190%であり、さらに好ましくは0.0180%である。
【0043】
S:0.0100%以下
硫黄(S)は、不可避に含有される不純物である。つまり、S含有量の下限は0%超である。
S含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Sが粒界に偏析する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、S含有量は0.0100%以下である。
S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
S含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0044】
Cr:0.20~1.20%
クロム(Cr)は、鋼材の焼入れ性を高める。Crはさらに、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、鋼材の耐水素脆性が高まる。Cr含有量が0.20%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Cr含有量が1.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Cr含有量は0.20~1.20%である。
Cr含有量の好ましい下限は0.25%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.35%である。
Cr含有量の好ましい上限は1.10%であり、さらに好ましくは1.05%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.95%である。
【0045】
Mo:0.40~1.50%
モリブデン(Mo)は、鋼材の焼入れ性を高める。Moはさらに、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、鋼材の耐水素脆性が高まる。Mo含有量が0.40%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Mo含有量が1.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が飽和する。
したがって、Mo含有量は0.40~1.50%である。
Mo含有量の好ましい下限は0.45%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.55%である。
Mo含有量の好ましい上限は1.48%であり、さらに好ましくは1.46%であり、さらに好ましくは1.40%であり、さらに好ましくは1.35%であり、さらに好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.25%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.15%である。
【0046】
Ti:0.0010~0.0300%
チタン(Ti)は、Ti窒化物等の微細な析出物を形成し、結晶粒を微細化する。その結果、鋼材の耐水素脆性が高まる。Ti含有量が0.0010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Ti含有量が0.0300%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なTi窒化物が生成する。粗大なTi窒化物は割れの起点になる。その結果、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Ti含有量は0.0010~0.0300%である。
Ti含有量の好ましい下限は0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
Ti含有量の好ましい上限は0.0250%であり、さらに好ましくは0.0200%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0120%であり、さらに好ましくは0.0100%である。
【0047】
V:0.01~0.50%
バナジウム(V)は、炭化物を形成し、炭化物のピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。そのため、鋼材の耐水素脆性が高まる。Vはさらに、焼戻し時に微細な炭化物を形成して鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、鋼材の強度を高める。V含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、V含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に生成する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、V含有量は0.01~0.50%である。
V含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.10%である。
V含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0048】
Nb:0.0050~0.1000%
ニオブ(Nb)は、炭化物、窒化物又は炭窒化物(以下、「炭窒化物等」という)を形成し、炭窒化物等のピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。そのため、鋼材の耐水素脆性が高まる。Nbはさらに、焼戻し時に微細な炭化物を形成して、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高める。そのため、鋼材の強度が高まる。Nb含有量が0.0050%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Nb含有量が0.1000%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に多く生成する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Nb含有量は0.0050~0.1000%である。
Nb含有量の好ましい下限は0.0100%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0200%である。
Nb含有量の好ましい上限は0.0800%であり、さらに好ましくは0.0750%であり、さらに好ましくは0.0700%であり、さらに好ましくは0.0650%であり、さらに好ましくは0.0600%である。
【0049】
Al:0.0050~0.1000%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Alはさらに、Nと結合してAl窒化物を形成する。Al窒化物は、ピンニング効果により結晶粒の粗大化を抑制する。その結果、鋼材の耐水素脆性が高まる。Al含有量が0.0050%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、Al含有量が0.1000%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が生成して、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Al含有量は0.0050~0.1000%である。
Al含有量の好ましい下限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0100%であり、さらに好ましくは0.0120%である。
Al含有量の好ましい上限は0.0800%であり、さらに好ましくは0.0600%であり、さらに好ましくは0.0400%であり、さらに好ましくは0.0300%であり、さらに好ましくは0.0200%である。
本明細書にいう「Al」含有量は「酸可溶Al」、つまり、「sol.Al」の含有量を意味する。
【0050】
B:0.0001~0.0050%
ボロン(B)は、鋼材の焼入れ性を高めて、鋼材の強度を高める。Bはさらに、Pの粒界偏析を抑制して、鋼材の耐水素脆性を高める。B含有量が0.0001%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。
一方、B含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なB窒化物が生成する。粗大なB窒化物は割れの起点になる。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、B含有量は0.0001~0.0050%である。
B含有量の好ましい下限は0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0007%である。
B含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0028%であり、さらに好ましくは0.0026%である。
【0051】
N:0.0100%以下
窒素(N)は不可避に含有される。すなわち、N含有量の下限は0%超である。NはTiと結合して窒化物を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。その結果、鋼材の強度が高まる。
しかしながら、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が形成され、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、N含有量は0.0100%以下である。
N含有量の好ましい下限は、0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
N含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0052】
O:0.0050%以下
酸素(O)は不可避に含有される不純物である。すなわち、O含有量の下限は0%超である。
O含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成し、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、O含有量は0.0050%以下である。
O含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、O含有量の極端な低減は、製造コストを高める。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
O含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%である。
【0053】
本実施形態による鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、化学組成における不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、意図的に含有されるものではなく、本実施形態による鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0054】
[任意元素(Optional Elements)]
本実施形態の鋼材の化学組成はさらに、
Feの一部に代えて、
W:0~2.00%、
Co:0~0.20%
Cu:0~0.50%、
Ni:0~0.50%、
Sn:0~0.50%、
Mg:0~0.0100%、
Ca:0~0.0100%、及び、
希土類元素(REM):0~0.0100%、
からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。
【0055】
[第1群:W、Co、Cu、Ni及びSnについて]
本実施形態による鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、W、Co、Cu、Ni及びSnからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、W、Co、Cu、Ni及びSnはいずれも、鋼材の耐水素脆性を高める。
【0056】
W:0~2.00%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、W含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Wはサワー環境において、鋼材の表面の腐食被膜を形成する。これにより、鋼材の水素の侵入が抑制される。そのため、鋼材の耐水素脆性が高まる。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、W含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な炭化物が生成する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、W含有量は0~2.00%である。
W含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。
W含有量の好ましい上限は1.50%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0057】
Co:0~0.20%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Coは、鋼材の耐水素脆性を高める。Coはさらに、鋼材に固溶して鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Co含有量が0.20%を超えれば、その効果は飽和する。
したがって、Co含有量は0~0.20%である。
Co含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。
Co含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0058】
Cu:0~0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Cuは、鋼材の耐水素脆性を高める。Cuはさらに、鋼材に固溶して鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Cu含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Cuが鋼材中に析出する。この場合、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Cu含有量は0~0.50%である。
Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.07%である。
Cu含有量の好ましい上限は0.48%であり、さらに好ましくは0.46%であり、さらに好ましくは0.44%である。
【0059】
Ni:0~0.50%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Niは、鋼材の耐水素脆性を高める。Niはさらに、鋼材に固溶して鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ni含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、局部腐食が進行して、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Ni含有量は0~0.50%である。
Ni含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Ni含有量の好ましい上限は0.49%であり、さらに好ましくは0.48%であり、さらに好ましくは0.47%である。
【0060】
Sn:0~0.50%
すず(Sn)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Sn含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Snは、鋼材の耐水素脆性を高める。Snが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Sn含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。
したがって、Sn含有量は0~0.50%である。
Sn含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。
Sn含有量の好ましい上限は0.49%であり、さらに好ましくは0.48%であり、さらに好ましくは0.47%である。
【0061】
[第2群:Mg、Ca及び希土類元素(REM)について]
本実施形態による鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Mg、Ca及び希土類元素(REM)からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Mg、Ca及び希土類元素(REM)は、鋼材の耐水素脆性を高める。
【0062】
Mg:0~0.0100%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Mgは、鋼材中のMn硫化物を微細化して、鋼材の耐水素脆性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Mg含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Mg含有量は0~0.0100%である。
Mg含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
Mg含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0063】
Ca:0~0.0100%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。
含有される場合、Caは、鋼材中のMn硫化物を微細化して、鋼材の耐水素脆性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、Ca含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、Ca含有量は0~0.0100%である。
Ca含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0007%である。
Ca含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0064】
希土類元素(REM):0~0.0100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、REM含有量は0%であってもよい。
含有される場合、REMは、鋼材中のMn硫化物を微細化して、鋼材の耐水素脆性を高める。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。
しかしながら、REM含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中の酸化物が粗大化する。そのため、鋼材の耐水素脆性が低下する。
したがって、REM含有量は0~0.0100%である。
REM含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
REM含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0065】
本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量を意味する。
【0066】
[(特徴2)マルテンサイト及びベイナイトの総面積率について]
本実施形態による鋼材のミクロ組織では、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上である。ミクロ組織の残部は例えば、フェライト、及び/又は、パーライトである。特徴1を満たす鋼材の降伏強度が特徴3を満たし、さらに、当該鋼材が特徴4を満たす場合、当該鋼材のミクロ組織では、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上である。つまり、本実施形態の鋼材のミクロ組織は、主としてマルテンサイトからなる。なお、ここでいうマルテンサイトは、焼戻しマルテンサイトも含む。また、ベイナイトは、焼戻しベイナイトも含む。
【0067】
[マルテンサイト及びベイナイトの総面積率の測定方法]
本実施形態の鋼材のミクロ組織におけるマルテンサイト及びベイナイトの総面積率は、次の方法で求めることができる。
鋼材から、観察面を有する試験片を採取する。
鋼材が鋼板の場合、板幅中央部から、観察対象領域である板厚t/4部を含み、圧延方向に平行な観察面を有する試験片を採取する。ここで、板厚t/4部とは、鋼板の板厚をtとした場合に、鋼板の表面からt/4深さ位置を意味する。
鋼材が鋼管の場合、観察対象領域である肉厚中央部を含み、管軸方向に平行な観察面を有する試験片を採取する。
鋼材が丸鋼(断面円形の棒鋼)である場合、観察対象領域であるR/2部を含み、圧延方向に平行な観察面を有する試験片を採取する。ここで、R/2部とは、丸鋼の軸方向に垂直な断面における、半径の中心位置を意味する。
試験片のサイズは特に限定されない。試験片のサイズは例えば、圧延方向の長さ10mm×幅方向5mm×厚さ方向10mmである。鋼材が鋼板の場合、厚さ方向は板厚方向に相当し、幅方向は板幅方向に相当する。鋼材が鋼管の場合、圧延方向は管軸方向に相当し、厚さ方向は肉厚方向に相当し、幅方向は、管軸方向及び肉厚方向に垂直な方向(周方向)に相当する。鋼材が丸鋼である場合、圧延方向は軸方向に相当し、厚さ方向は径方向に相当し、幅方向は圧延方向及び径方向に垂直な方向(周方向)に相当する。圧延方向と厚さ方向とを含む表面(試験片サイズが上述の場合は10mm×10mmの表面)を、観察面とする。
【0068】
試験片の観察面を鏡面に研磨した後、ナイタール腐食液に10秒程度浸漬して、エッチングによる組織現出を行う。エッチングした観察面の観察対象領域内の任意の10視野を、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて、二次電子像にて観察する。鋼材が鋼板の場合、観察対象領域は板厚t/4部である。鋼材が鋼管である場合、観察対象領域は肉厚中央部である。鋼材が丸鋼である場合、観察対象領域はR/2部である。観察対象領域内の10個の各視野面積は、例えば、400μm(倍率5000倍)である。
【0069】
各視野において、マルテンサイト及びベイナイトを特定する。各視野において、マルテンサイト及びベイナイトと、その他の組織(フェライト、パーライト等)とは、形態から区別できる。具体的には、ラメラ組織を有する組織はパーライトと特定できる。ラスやレンズを含む織相は、マルテンサイト及びベイナイトと特定できる。粒内に下部組織がない組織はフェライトと特定できる。
【0070】
特定したマルテンサイト及びベイナイトの総面積率を求める。総面積率を求める方法は特に限定されず、周知の方法でよい。例えば、画像解析によって、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率を求めることができる。本実施形態では、全ての視野(10視野)で求めた、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率の算術平均値を、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率(%)と定義する。
【0071】
[(特徴3)降伏強度について]
本実施形態による鋼材の降伏強度は758~965MPa未満である。本明細書でいう降伏強度は、引張試験で得られた0.2%耐力を意味する。本実施形態による鋼材は、特徴1、2、4及び5を満たすことにより、降伏強度が758~965MPa未満(つまり、758MPa以上、965MPa未満)であっても、優れた耐水素脆性を有する。
【0072】
[降伏強度の測定方法]
本実施形態による鋼材の降伏強度は、次の方法で求めることができる。
JIS Z2241:2011に準拠した方法で、引張試験を行う。本実施形態による鋼材から、丸棒試験片を作製する。
鋼材が鋼板である場合、板幅中央部かつ板厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。鋼材が断面円形の棒鋼である場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、例えば、平行部直径6.0mm、平行部長さ40mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と平行である。
【0073】
丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中で引張試験を実施して、得られた0.2%耐力を降伏強度(MPa)と定義する。
【0074】
[(特徴4)旧オーステナイト粒の結晶粒径について]
本実施形態による鋼材において、旧オーステナイト粒の結晶粒径は15.0μm以下である。本明細書において、旧オーステナイト粒の結晶粒径とは、JIS G0551:2020に規定された平均切片法の測定法に準拠して求めた、旧オーステナイト粒の結晶粒径を意味する。
【0075】
水素脆化は、粒界に水素が蓄積された場合に発生しやすい。特徴1~特徴3を満たす鋼材において、結晶粒が微細であれば、結晶粒界の面積が増大する。この場合、結晶粒界の単位面積当たりに蓄積される水素量は低減する。そのため、鋼材の耐水素脆性を高めることができる。鋼材の旧γ粒径が15.0μm以下であれば、特徴1~特徴3及び特徴5を満たすことを前提として、高い強度と優れた耐水素脆性とを両立できる。
【0076】
本実施形態による鋼材の旧オーステナイト粒の結晶粒径の好ましい上限は14.5μmであり、より好ましくは14.0μmであり、さらに好ましくは13.5μmであり、さらに好ましくは13.0μmである。
本実施形態による鋼材の旧オーステナイト粒の結晶粒径の下限は、特に限定されない。本実施形態による鋼材の旧オーステナイト粒の結晶粒径の下限は、例えば、3.0μmであり、例えば、3.5μmであり、例えば、4.0μmである。
【0077】
[旧オーステナイト粒の結晶粒径の測定方法]
本実施形態の鋼材の旧オーステナイト粒の結晶粒径は、次の方法で求めることができる。旧オーステナイト粒の結晶粒径は、JIS G0551:2020に規定された平均切片法の測定法に準拠して求める。
【0078】
初めに、鋼材から、観察面を有する試験片を採取する。
鋼材が鋼板の場合、板幅中央部から、観察対象領域である板厚t/4部を含み、圧延方向に平行な観察面を有する試験片を採取する。鋼材が鋼管の場合、観察対象領域である肉厚中央部を含み、管軸方向に平行な観察面を有する試験片を採取する。鋼材が丸鋼(断面円形の棒鋼)である場合、観察対象領域であるR/2部を含み、圧延方向に平行な観察面を有する試験片を採取する。試験片のサイズは特に限定されない。試験片のサイズは例えば、圧延方向の長さ10mm×幅方向5mm×厚さ方向10mmとする。圧延方向と厚さ方向とを含む表面(試験片サイズが上述の場合は10mm×10mmの表面)を、観察面とする。
【0079】
試験片の観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨後、観察面をピクラール腐食液に10秒程度浸漬して、エッチングにより旧γ粒界を現出させる。エッチングされた観察面の観察対象領域の任意の10視野を、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて、二次電子像にて観察して、写真画像を生成する。観察倍率は、例えば、500μm×500μm(倍率200倍)である。
【0080】
生成した写真画像を用いて、JIS G0551:2020に規定された平均切片法の測定法に準拠して、結晶粒度番号を評価する。評価した結晶粒度番号から、各視野における旧オーステナイト粒の結晶粒径を求める。10視野において求めた旧オーステナイト粒の結晶粒径の算術平均値を、旧オーステナイト粒の結晶粒径(旧γ粒径)(μm)と定義する。
【0081】
[(特徴5)Mo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGについて]
上述のとおり、Moが結晶粒界に偏析した場合、結晶粒界はMoにより強化される。一方、Mnが結晶粒界に偏析した場合、結晶粒界はMnにより脆化する。したがって、鋼材の耐水素脆性を高める場合、結晶粒界でのMo偏析量を高めつつ、さらに、結晶粒界でのMn偏析量をなるべく低減することが有効である。
【0082】
本実施形態の鋼材では、旧オーステナイト粒の結晶粒界において、結晶粒界を強化するMo偏析量をなるべく多くし、かつ、結晶粒界を脆化するMn偏析量をなるべく低減することで、結晶粒界でのMo偏析量とMn偏析量との差分を大きくする。これにより、旧オーステナイト粒の結晶粒界を強化して、サワー環境での耐水素脆性を高める。
【0083】
具体的には、本実施形態の鋼材では、式(1)で定義されるMo偏析量[Mo]SEGと、式(2)で定義されるMn偏析量[Mn]SEGとが、式(3)を満たす。
[Mo]SEG={(線分SL上の全ての測定点でのMo含有量の総和×0.2)-[Mo]BM1×(端点E1とMoピーク測定点との間の距離)-[Mo]BM2×(端点E2とMoピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2 (1)
[Mn]SEG={(線分SL上の全ての測定点でのMn含有量の総和×0.2)-[Mn]BM1×(端点E1とMnピーク測定点との間の距離)-[Mn]BM2×(端点E2とMnピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mn]BM1+[Mn]BM2)/2 (2)
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
以下、Mo偏析量[Mo]SEG、Mn偏析量[Mn]SEGの求め方、及び、(1)~式(3)について説明する。
【0084】
[Mo偏析量[Mo]SEG、Mn偏析量[Mn]SEGの求め方]
本実施形態の鋼材における、Mo偏析量[Mo]SEG、及び、Mn偏析量[Mn]SEGは、次の方法で求めることができる。
【0085】
初めに、鋼材から試験片を採取する。
鋼材が鋼板の場合、板幅中央部から、特定位置である板厚t/4部を含み、圧延方向及び板厚方向を含む観察面を有する試験片を採取する。鋼材が鋼管の場合、特定位置である肉厚中央部を含み、管軸方向及び肉厚方向を含む観察面を有する試験片を採取する。鋼材が丸鋼(断面円形の棒鋼)である場合、特定位置であるR/2部を含み、圧延方向及び径方向を含む観察面を有する試験片を採取する。試験片のサイズは特に限定されない。試験片のサイズは例えば、圧延方向の長さ10mm×幅方向5mm×厚さ方向8mmである。上述のとおり、圧延方向と厚さ方向とを含む表面(試験片サイズが上述の場合は10mm×8mmの表面)を、観察面とする。
【0086】
観察面を機械的に研磨する。その後、コロイダルシリカ懸濁液で化学的に研磨する。図2は、研磨後の試験片の観察面の模式図である。図2中のT方向は厚さ方向であり、L方向は圧延方向である。鋼材が鋼板である場合、T方向は板厚方向、L方向は圧延方向である。鋼材が鋼管である場合、T方向は肉厚方向、L方向は管軸方向である。鋼材が丸鋼である場合、T方向は径方向であり、L方向は圧延方向である。
【0087】
図2を参照して、研磨後の試験片の観察面の観察対象領域100を、200倍の光学顕微鏡で観察して、光学顕微鏡像を得る。なお、観察対象領域100は、特定位置を含む。鋼材が鋼板の場合、観察対象領域100は、板幅中央部であって、板厚t/4部を含む。鋼材が鋼管の場合、観察対象領域100は、肉厚中央部を含む。鋼材が丸鋼である場合、観察対象領域は2/R部を含む。観察対象領域100において、任意の100μm×100μmの矩形状の測定領域10を選択する。このとき、測定領域10は、特定位置を含むように選択する。選択した測定領域10の位置を特定できるように、測定領域の複数の角に印20を付与する。印20は例えば、マイクロビッカース硬さ試験機による圧痕でよい。
【0088】
選択した測定領域10に対して、EBSD(Electron Back Scattering Diffraction:電子線後方散乱回折法)解析を実施して、マルテンサイト相の結晶方位情報を得る。EBSD解析でのステップサイズを0.1μmとする。得られた結晶方位情報と、Kurdjumov-Sachsの関係とに基づいて、旧オーステナイト粒の結晶粒界を特定する。
【0089】
図3は、旧オーステナイト粒の結晶粒界が特定された測定領域10の模式図である。図3を参照して、測定領域10内で特定された結晶粒界のうち、隣り合う旧オーステナイト粒の結晶方位差が18°以上となる結晶粒界GBを選択する。そして、選択された結晶粒界GBと直交する薄膜試料TPを作成する。
【0090】
具体的には、図4に示すように、測定領域10から、板状の薄膜試料TPを、収束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)加工により、採取する。薄膜試料TPの上面は、測定領域10の一部に相当する。薄膜試料TPの上面は長方形状であり、上面の長辺が選択された結晶粒界GBと直交するように、板状の薄膜試料TPを採取する。FIB加工装置として、例えば、株式会社日立ハイテクサイエンス製の商品名SMI3050SEを使用する。
【0091】
採取した薄膜試料TPを図5に示す。薄膜試料TPのうち、表面10は測定領域10の一部に相当する。表面30は、表面10と直交する表面である。表面10(測定領域10)で選択された結晶粒界GBは、当然に、表面30でも観察される。薄膜試料TPの膜厚T10は100nmとする。
【0092】
採取した薄膜試料TPを用いて、透過電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)によるTEM観察を実施する。TEM観察では、EDS装置を備えた透過電子顕微鏡を用いる。例えば、TEM観察には、日本電子株式会社製の球面収差補正装置付き透過電子顕微鏡(商品名:NEOARM)及び透過電子顕微鏡に付属するEDS分析装置として、日本電子株式会社製のEDS分析装置(商品名:JED-2300T)を使用する。
【0093】
図6に示すとおり、TEM観察では初めに、薄膜試料TPの表面30に電子線EBが入射するように、薄膜試料TPを配置する。そして、表面10の旧オーステナイト粒界GBが、電子線EBの入射方向と平行になるように、薄膜試料TPを傾斜する。その後、電子線EBの入射方向から見て、表面30の旧オーステナイト粒界GBを中心とし、旧オーステナイト粒界GBに直交する全長10nmの線分SLを特定する。ここで、線分SLの一方の端点を端点E1と定義し、電子線EBの入射方向から見て、他方の端点を端点E2と定義する。端点E1と端点E2との間の距離を10nmとする。
【0094】
続いて、線分SLの端点E1から端点E2まで0.2nmピッチで配置される各測定点で、エネルギー分散型X線分光法(EDS法)による元素分析を実施する。線分SL上の各測定点でのMo含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を求める。
【0095】
図7は、EDS法での元素分析時(TEM観察時)の電子線EBの照射方向と、薄膜試料TPの表面10の結晶粒界GBと、元素濃度プロファイルとの関係を示す模式図である。図7(A)に示すように、電子線EBが、薄膜試料TPの表面10の結晶粒界GBと平行でない場合、EDS法の元素分析により得られる線分SL上での元素濃度プロファイルPRのピークがブロードになる。一方、図7(B)に示すように、電子線EBが、薄膜試料TPの表面10の結晶粒界GBと平行である場合、線分SL上での元素濃度プロファイルPRのピークがシャープになる。そのため、EDS法による元素分析を実施する場合、電子線EBが薄膜試料TPの表面10の結晶粒界GBと平行になるように、薄膜試料TPを傾斜させる。
【0096】
EDS法による元素分析により線分SL上の各測定点でのMo含有量(質量%)及びMn含有量(質量%)を求めた後、次の方法で、Mo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGを求める。
【0097】
[Mo偏析量[Mo]SEGの求め方]
図8は、線分SL上のMo含有量の一例である。図8を参照して、それぞれ、次のとおり定義する。
・線分SLでのMo含有量が最大の測定点をMoピーク測定点Pと定義する。
・Moピーク測定点Pを中心とした2.0nm幅の領域を、Mo偏析領域GB0と定義する。
・線分SLの端点E1とMo偏析領域GB0との間の領域を、第1Mo粒内領域BM1と定義する。
・線分SLの端点E2とMo偏析領域GB0との間の領域を、第2Mo粒内領域BM2と定義する。
・第1Mo粒内領域BM1内の全ての測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM1(質量%)と定義する。
・第2Mo粒内領域BM2内の全ての測定点でのMo含有量の算術平均値を、[Mo]BM2(質量%)と定義する。
【0098】
図8を参照して、第1Mo粒内領域BM1での[Mo]BM1(質量%)と、第2Mo粒内領域BM2での[Mo]BM2(質量%)とを、旧オーステナイト粒界GBを挟んで隣り合う旧オーステナイト粒の粒内でのMo含有量とみなす。[Mo]BM1(質量)と[Mo]BM2(質量%)とは同程度である場合もあるし、図8のように、異なる濃度となっている場合もある。そのため、第1Mo粒内領域BM1と、第2Mo粒内領域BM2とのそれぞれで、旧オーステナイト粒の粒内の平均のMo含有量([Mo]BM1、[Mo]BM2)を求める。
【0099】
線分SL上の各測定点でのMo含有量、[Mo]BM1、[Mo]BM2を用いて、線分SLでのMo偏析量[Mo]SEGを、式(1)で定義する。
[Mo]SEG={(線分SL上の全ての測定点でのMo含有量の総和×0.2)-[Mo]BM1×(端点E1とMoピーク測定点との間の距離)-[Mo]BM2×(端点E2とMoピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2 (1)
【0100】
ここで、式(1)を次のとおり分ける。
A=(線分SL上の全ての測定点でのMo含有量の総和×0.2)
B=[Mo]BM1×(端点E1とMoピーク測定点との間の距離)
C=[Mo]BM2×(端点E2とMoピーク測定点との間の距離)
D=([Mo]BM1+[Mo]BM2)/2
【0101】
Aは、図8におけるMo含有量分布の総面積、つまり、線分SLでのMo含有量の総量に対応する。なお、A内の「0.2」は測定点のピッチである0.2nmを意味する。
Bは、線分SLのうち、端点E1とピーク測定点Pとの間の領域BM10でのMo含有量の総量に対応する。領域BM10での平均のMo含有量として、[Mo]BM1(質量%)を利用する。領域BM10は、Moピーク測定点を理想の結晶粒界と仮定した場合の、旧オーステナイト粒の理想の粒内領域に相当する。
Cは、線分SLのうち、端点E2とピーク測定点Pとの間の領域BM20でのMo含有量の総量に対応する。領域BM20での平均のMo含有量として、[Mo]BM2(質量%)を利用する。領域BM20は、Moピーク測定点を理想の結晶粒界と仮定した場合の、旧オーステナイト粒の理想の粒内領域に相当する。
したがって、式(1)のうち、(A-B-C)は、図9に示すとおり、線分SL上のMo含有量の総量から、理想の結晶粒界GBを挟んで隣り合う理想の粒内領域BM10及びBM20でのMo含有量の総量を差し引いた値であって、図9中のMo偏析領域GB0でのMo含有量の差分量ΔMoに対応する。
【0102】
ところで、上述のとおり、理想的には、線分SL上に直交する結晶粒界GBは、線分SL上において、Mo偏析領域GB0のような広い範囲(線)として存在するのではなく、Moピーク測定点Pを中心とした非常に狭い範囲で存在する。そこで、本明細書では、線分SLにおいて、ピーク測定点Pを中心とした0.8nm幅の領域を、結晶粒界GBの領域と仮定する。
【0103】
以上のとおり、線分SLにおいて、理想の結晶粒界GBが、Moピーク測定点Pを中心とした0.8nm幅の領域に位置し、それ以外の領域では、上述のとおり、理想の粒内領域BM10、BM20が存在すると仮定する。この場合、線分SL上での理想的なMo含有量の分布は、理想の結晶粒界GBでMo含有量が最大値となり、理想の粒内領域BM10、BM20では、Mo含有量が平均Mo含有量で一定となると仮定する。上述のDは、理想粒内領域での平均Mo含有量に対応する。
以上の前提の下、ΔMo(=A-B-C)を0.8で除した値に、理想の粒内領域BM10及びBM20でのMo含有量の平均値Dを加算した値、すなわち、式(1)を、結晶粒界GBでのMo含有量(質量%)とみなす。
【0104】
以上の方法で求めた、式(1)で定義されるMo偏析量[Mo]SEGは、結晶粒界GBでのMo含有量の指標である。
【0105】
[Mn偏析量[Mn]SEGの求め方]
Mn偏析量[Mn]SEGも、上述の[Mo偏析量[Mo]SEGの求め方]と同様に求める。具体的には、線分SLにおいて、線分SLでのMn含有量が最大の測定点をMnピーク測定点Pと定義する。Mnピーク測定点Pを中心とした2.0nm幅の領域を、Mn偏析領域GB0と定義する。線分SLにおいて、端点E1とMn偏析領域GB0との間の領域を、第1Mn粒内領域BM1と定義する。端点E2とMn偏析領域GB0との間の領域を、第2Mn粒内領域BM2と定義する。第1Mn粒内領域BM1内の全ての測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM1(質量%)と定義する。第2Mn粒内領域BM2内の全ての測定点でのMn含有量の算術平均値を、[Mn]BM2(質量%)と定義する。
以上の定義の下、式(2)に基づいて、Mn偏析量[Mn]SEGを定義する。
[Mn]SEG={(線分SL上の全ての測定点でのMn含有量の総和×0.2)-[Mn]BM1×(端点E1とMnピーク測定点との間の距離)-[Mn]BM2×(端点E2とMnピーク測定点との間の距離)}/0.8+([Mn]BM1+[Mn]BM2)/2 (2)
【0106】
[式(3)について]
本実施形態の鋼材では、以上の方法で得られたMo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGが式(3)を満たす。
[Mo]SEG-[Mn]SEG>8.00 (3)
【0107】
Fn1=[Mo]SEG-[Mn]SEGと定義する。Fn1が8.00を超えれば、特徴1~特徴4を満たすことを前提として、サワー環境において、優れた耐水素脆性が得られる。
【0108】
Fn1の好ましい下限は、8.10であり、さらに好ましくは8.20であり、さらに好ましくは8.30であり、さらに好ましくは8.50であり、さらに好ましくは9.00であり、さらに好ましくは9.50であり、さらに好ましくは10.00であり、さらに好ましくは10.50であり、さらに好ましくは11.00である。
Fn1の上限は特に限定されない。しかしながら、特徴1の化学組成を考慮すれば、Fn1の上限は例えば16.00であり、例えば15.50であり、例えば、15.00である。
【0109】
[鋼材の形状]
本実施形態の鋼材の形状は特に限定されない。本実施形態の鋼材は、鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、丸鋼(棒鋼)であってもよい。
【0110】
好ましくは、本実施形態の鋼材は、油井用鋼管、ラインパイプ用鋼管、及び、高圧水素蓄圧器用鋼管のいずれかである。油井用鋼管は、油井管用途の鋼管を意味する。油井管は例えば、油井又はガス井の掘削、原油又は天然ガスの採取等に用いられるケーシング、チュービング、ドリルパイプ等である。ラインパイプ用鋼管は、油井又はガス井から採取された生産流体(原油又は天然ガス)を輸送するパイプラインを構成するラインパイプ用途の鋼管を意味する。パイプラインは例えば、油井又はガス井から生産流体を輸送するフローライン、フローラインで輸送された生産流体を集合して一次処理施設まで輸送するギャザリングライン、脱水等の一次処理を実施した生産流体を市場近郊まで輸送するトランクライン、及び、消費者まで輸送するディストリビューションライン等である。高圧水素蓄圧器用鋼管は、ISO11439、ANSI/NGV、高圧ガス保安法、容器保安規則例示基準等で規格化されており、高圧の水素ガスが貯蔵される高圧水素蓄圧容器用途の鋼管を意味する。高圧水素蓄圧器は例えば、水素ステーションに設置されたり、燃料電池自動車に搭載されたりする。
【0111】
さらに好ましくは、本実施形態の鋼材は、油井用継目無鋼管、ラインパイプ用継目無鋼管、及び、高圧水素蓄圧器用継目無鋼管のいずれかである。油井用継目無鋼管は、油井用鋼管が継目無鋼管であることを意味する。ラインパイプ用継目無鋼管は、ラインパイプ用鋼管が継目無鋼管であることを意味する。高圧水素蓄圧器用継目無鋼管は、高圧水素蓄圧器用鋼管が継目無鋼管であることを意味する。
【0112】
[製造方法]
本実施形態の鋼材の製造方法の一例を説明する。なお、以下に説明する製造方法は一例であって、本実施形態の鋼材の製造方法はこれに限定されない。つまり、上述の構成を有する本実施形態の鋼材が製造できれば、以下に説明する製造方法に限定されない。ただし、以下に説明する製造方法は、本実施形態の鋼材を製造する好適な製造方法である。
【0113】
本実施形態の鋼材の製造方法の一例は、次の工程を含む。
(工程1)素材準備工程
(工程2)熱間加工工程
(工程3)焼入れ及び焼戻し工程
本製造方法は、工程3の焼入れ及び焼戻し工程において、次の条件を満たす。
(条件1)焼戻し工程中の冷却において、640~500℃での平均冷却速度CR1を30~100℃/分とする。
以下、各工程について説明する。
【0114】
[(工程1)素材準備工程]
素材準備工程では、初めに、特徴1を満たす上記化学組成を有する溶鋼を周知の精錬方法により製造する。製造された溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片を製造する。ここで、鋳片とは、スラブ、ブルーム、又はビレットである。鋳片に代えて、上記溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを熱間圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の製造工程により、素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。
【0115】
[(工程2)熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備された素材を熱間加工する。
最終製品が鋼管である場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、例えば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。例えば、熱間加工としてマンネスマン法を実施し、素管を製造する。この場合、穿孔機によりビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延後のビレットに対して、マンドレルミルを用いた延伸圧延を実施する。さらに、必要に応じて、延伸圧延後のビレットに対して、レデューサ又はサイジングミルを用いた定径圧延を実施する。以上の工程により、素管を製造する。
【0116】
マンネスマン法以外の他の熱間加工方法により、ビレットから素管を製造してもよい。例えば、カップリングのように短尺の厚肉鋼材である場合、エルハルト法等の鍛造により素管を製造してもよいし、熱間押出法により素管を製造してもよい。
【0117】
最終製品が鋼板である場合、例えば、一対のロール群を含む1又は複数の圧延機を用いて、素材(スラブ)に対して熱間圧延を実施して、鋼板を製造する。熱間圧延前の加熱温度は特に限定されないが、例えば、1100~1300℃である。
【0118】
最終製品が棒鋼である場合、例えば、素材(ブルーム)に対して、分塊圧延機を用いた分塊圧延及び/又は連続圧延機を用いた熱間圧延を実施する。つまり、素材に対して分塊圧延を実施して棒鋼としてもよいし、素材に対して分塊圧延を実施せず、連続圧延機を用いた熱間圧延を実施して棒鋼としてもよいし、素材に対して分塊圧延機を用いた分塊圧延及び連続圧延機を用いた熱間圧延を実施して、棒鋼としてもよい。連続圧延機は複数の圧延スタンドが一列に並んでおり、各スタンドは一対の圧延ロールを含む。分塊圧延を実施する場合、分塊圧延前の加熱温度は特に限定されないが、例えば、1100~1300℃である。連続圧延機を用いた熱間圧延を実施する場合、熱間圧延前の加熱温度は特に限定されないが、例えば、1100~1300℃である。
【0119】
[(工程3)焼入れ及び焼戻し工程]
焼入れ及び焼戻し工程では、熱間加工工程後の鋼材に対して、焼入れ工程及び焼戻し工程を実施する。
【0120】
[焼入れ工程]
焼入れ工程では、熱間加工工程で製造された鋼材に対して、焼入れを実施する。焼入れは周知の方法で実施する。具体的には、熱間加工後の鋼材を熱処理炉に装入し、焼入れ温度で保持する。焼入れ温度はAC3変態点以上であり、例えば、900~1000℃である。鋼材を焼入れ温度で保持した後、急冷(焼入れ)する。
【0121】
焼入れ温度での保持時間は特に限定されないが、例えば、10~60分である。焼入れ方法は例えば、水冷である。焼入れ方法は特に制限されない。鋼材が鋼管である場合、水槽又は油槽に浸漬して素管を急冷してもよいし、鋼管の外面及び/又は内面に対して冷却水を注いだり、冷却水をノズルから噴射したりして、鋼管を急冷してもよい。
【0122】
なお、熱間加工後、鋼材を常温まで冷却することなく、熱間加工直後に焼入れ(直接焼入れ)を実施してもよいし、熱間加工後の鋼材の温度が低下する前に補熱炉に装入して焼入れ温度に保持した後、焼入れを実施してもよい。
【0123】
[焼戻し工程]
焼戻し工程では、焼入れ工程後の鋼材に対して、焼戻しを実施する。焼戻し工程では、鋼材の降伏強度を758~965MPa未満に調整する。
【0124】
焼戻し温度は例えば、650~AC1変態点である。焼戻し温度での保持時間は特に限定されないが、例えば、10~180分である。化学組成に応じて焼戻し温度を適宜調整することにより、特徴1を満たす上述の化学組成の鋼材の降伏強度を調整する。
【0125】
上記に説明する焼戻し温度は熱処理炉での炉温(℃)を意味し、焼戻し温度での保持時間は在炉時間(熱処理炉に装入してから抽出されるまでの時間)を意味する。
【0126】
[条件1について]
焼戻し工程では、上述の焼戻し温度で上述の保持時間が経過した後、鋼材を冷却する。この冷却は、次の条件を満たす。
(条件1)640~500℃での平均冷却速度CR1を30~100℃/分とする。
640~500℃は、Mnの拡散が促進される温度域である。平均冷却速度CR1が30℃/分未満であれば、Mnの拡散が促進され、その結果、粒界にMnが蓄積される。そのため、Mn偏析量[Mn]SEGが増加する。そのため、Fn1が8.00以下となる。一方、平均冷却速度CR1が100℃/分を超えれば、Mo偏析量[Mo]SEGが低減する。そのため、Fn1が8.00以下となる。
平均冷却速度CR1が30~100℃/分であれば、Mo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGが適切な範囲となり、Fn1が8.00を超える。
【0127】
平均冷却速度CR1は、次の方法で決定される。鋼材温度が640℃から500℃になるまでの時間を測定する。得られた時間に基づいて、平均冷却速度CR1を求める。
【0128】
焼入れ工程及び焼戻し工程は1回ずつ実施してもよいし、複数回実施してもよい。例えば、焼入れ工程及び焼戻し工程を実施した後、再び焼入れ工程及び焼戻し工程を実施してもよい。焼入れ工程及び焼戻し工程を複数回実施する場合、最後に実施する焼戻し工程において、条件1を満たすように実施すればよい。
【0129】
以上の製造工程を実施することにより、特徴1~特徴5を満たす鋼材を製造できる。
【実施例0130】
実施例により本実施形態の鋼材の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の鋼材の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の鋼材はこの一条件例に限定されない。
【0131】
表1-1及び表1-2に示す化学組成を有する、鋼材(鋼板)を製造した。
【0132】
【表1-1】
【0133】
【表1-2】
【0134】
表1-2中の「-」は、対応する元素の含有量が、不純物レベル以下であることを示す。
【0135】
各試験番号の鋼材を次の方法で製造した。表1-1及び表1-2に記載の化学組成を有するインゴットを鋳造法により製造した。インゴットに対して熱間鍛造を実施して、厚さ50mmのブロック材を製造した。
【0136】
ブロック材に対して、熱間加工工程を実施した。具体的には、ブロック材を1250℃に加熱した。加熱後のブロック材に対して熱間圧延を実施して、厚さ15mmの鋼材(鋼板)を製造した。製造された鋼材を常温まで放冷した。
【0137】
常温まで放冷した鋼材に対して、焼入れ及び焼戻し工程を実施した。具体的には、鋼材に対して、表2に示す焼入れ温度(℃)、焼入れ温度での保持時間(分)で焼入れを実施した。保持時間経過後の鋼材を水冷により焼入れした。
焼入れ後の鋼材に対して、焼戻しを実施した。焼戻し温度(℃)、焼戻し温度での保持時間(分)、及び、冷却時における640~500℃の温度範囲での平均冷却速度CR1は、表2に示すとおりであった。表2中の「焼戻し工程」欄の「CR1(℃/分)」において「30-100」の表記は、平均冷却速度CR1が30~100℃/分の範囲内であったことを意味する。
【0138】
【表2】
【0139】
以上の製造工程により、各試験番号の鋼材(鋼板)を製造した。
【0140】
[評価試験]
製造された鋼材を用いて、次の評価試験を実施した。
(試験1)マルテンサイト及びベイナイトの総面積率測定試験
(試験2)降伏強度測定試験
(試験3)旧オーステナイト粒の結晶粒径測定試験
(試験4)Mo偏析量[Mo]SEG、Mn偏析量[Mn]SEG測定試験
(試験5)耐水素脆性評価試験
以下、各評価試験について説明する。
【0141】
[(試験1)マルテンサイト及びベイナイトの総面積率測定試験]
各試験番号の鋼材の板幅中央部から、観察対象領域である板厚t/4部を含み、圧延方向と板厚方向とを含む面を観察面とする試験片を採取した。試験片のサイズは、圧延方向の長さ10mm、板幅方向の長さ5mm、板厚方向の長さ10mmであった。圧延方向の長さ10mm×板厚方向の長さ10mmを、観察面とした。採取した試験片に対して、上述の[マルテンサイト及びベイナイトの総面積率の測定方法]に準拠した方法を実施して、マルテンサイト面積率(%)を求めた。なお、視野面積は400μmとした。得られたマルテンサイト及びベイナイトの総面積率(%)を、表2中の「M+B総面積率(%)」欄に示す。
【0142】
[(試験2)降伏強度測定試験]
各試験番号の鋼材の板厚中央部から、丸棒試験片を採取した。丸棒試験片の平行部直径は6.0mmであり、平行部長さは40mmであった。丸棒試験片の軸方向は、鋼材の圧延方向と同じであった。丸棒試験片を用いて、上述の[降伏強度の測定方法]に準拠して、降伏強度(MPa)を求めた。得られた降伏強度を、表2中の「降伏強度(MPa)」欄に示す。
【0143】
[(試験3)旧オーステナイト粒の結晶粒径測定試験]
各試験番号の鋼材の板幅中央部から、観察対象領域である板厚t/4部を含み、圧延方向と板厚方向とを含む面を観察面とする試験片を採取した。試験片のサイズは、圧延方向の長さ10mm、板幅方向の長さ5mm、板厚方向の長さ10mmであった。圧延方向の長さ10mm×板厚方向の長さ10mmを、観察面とした。採取した試験片に対して、上述の[旧オーステナイト粒の結晶粒径の測定方法]に準拠して、旧γ粒径(μm)を求めた。このとき、視野面積を500μm×500μm(倍率200倍)とした。得られた旧γ粒径を、表2中の「旧γ粒径(μm)」欄に示す。
【0144】
[(試験4)Mo偏析量[Mo]SEG、Mn偏析量[Mn]SEG測定試験]
各試験番号の鋼材の板幅中央部から、観察対象領域である板厚t/4部を含み、圧延方向と板厚方向とを含む面を観察面とする試験片を採取した。試験片のサイズは、圧延方向の長さ10mm、板幅方向の長さ5mm、板厚方向の長さ8mmであった。圧延方向の長さ10mm×板厚方向の長さ8mmを、観察面とした。得られた試験片を用いて、上述の[Mo偏析量[Mo]SEG、Mn偏析量[Mn]SEGの求め方]に準拠して、Mo偏析量[Mo]SEG(質量%)及びMn偏析量[Mn]SEG(質量%)を求めた。得られたMo偏析量[Mo]SEG及びMn偏析量[Mn]SEGに基づいて、Fn1を求めた。得られたMo偏析量[Mo]SEG、Mn偏析量[Mn]SEG、及び、Fn1を表2に示す。
【0145】
[(試験5)耐水素脆性評価試験]
各試験番号の鋼材の耐水素脆性を、次の方法で評価した。
【0146】
初めに、各試験番号の鋼材の板幅中央部かつ板厚t/4部から、環状切欠き付き丸棒試験片を2つ切り出した。各試験片の平行部の外径は4.0mmであり、平行部の長さは25mmであり、平行部の長手方向中央位置には、環状ノッチを形成した。切欠き形状では、切欠きの深さが0.3mm、切欠き角度が60°であり、切欠き底の曲率半径が0.125mmであった。
【0147】
サワー環境での使用を想定して、陰極水素チャージ法により、2つの環状切欠き付き丸棒試験片のうちの一方に対して、水素をチャージした。具体的には、常温の陰極水素チャージ溶液を準備した。陰極水素チャージ溶液は、常温の5質量%の塩化ナトリウム水溶液、30g/LのNHSCN、及び、酢酸緩衝液を含有する水溶液とし、酢酸緩衝液により、試験前のpHをpH3.5に調整した。
【0148】
陰極水素チャージ溶液中に環状切欠き丸棒試験片を浸漬した状態で、電位を-1.5V、チャージ時間を24時間として、環状切欠き付き丸棒試験片に水素をチャージした。つまり、水素をチャージすることにより、サワー環境を模擬した。水素がチャージされた環状切欠き付き丸棒試験片の表面に、各試験番号で同じ条件で亜鉛めっき被膜を形成し、環状切欠き付き丸棒試験片内の水素が外部に漏れないようにした。なお、もう1つの環状切欠き付き丸棒試験片については、水素をチャージしなかった。
【0149】
亜鉛めっき被膜が形成された環状切欠き付き丸棒試験片に対して、低歪速度試験機(SSRT)を用いて、常温、大気中において、4.2×10-6/秒のひずみ速度で引張試験を実施し、破断応力BS1(MPa)を求めた。得られた破断応力を、表2中の「水素チャージ破断応力(MPa)」欄に示す。
【0150】
さらに、各試験番号の水素をチャージしなかった環状切欠き付き丸棒試験片に対して、低歪速度試験機(SSRT)を用いて、常温、大気中において、4.2×10-6/秒のひずみ速度で引張試験を実施し、破断応力BS0(MPa)を求めた。得られた破断応力を、表2中の「水素未チャージ破断応力(MPa)」欄に示す。
【0151】
求めた破断応力BS0、BS1を用いて、次式により、相対破断応力比(%)を求めた。
相対破断応力比=BS1/BS0
相対破断応力比が0.80以上である場合、耐水素脆性に優れると判断した。得られた相対破断応力比を、表2中の「相対破断応力比」欄に示す。
【0152】
[評価結果]
表1-1、表1-2及び表2を参照して、試験番号1~58では、鋼材が、特徴1~特徴5を満たした。そのため、降伏強度が758~965MPaの高強度であっても、相対破断応力比が0.80以上と高く、優れた耐水素脆性が得られた。
【0153】
一方、試験番号59及び60では、640~500℃での平均冷却速度CR1が30℃/分未満であった。そのため、Fn1が8.00以下となった。その結果、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0154】
試験番号61及び62では、640~500℃での平均冷却速度CR1が100℃/分を超えた。そのため、Fn1が8.00以下となった。その結果、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0155】
試験番号63では、C含有量が高すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0156】
試験番号64では、C含有量が低すぎた。そのため、降伏強度が758MPa未満であった。
【0157】
試験番号65では、Si含有量が高すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0158】
試験番号66では、Si含有量が低すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0159】
試験番号67では、Mn含有量が高すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0160】
試験番号68では、S含有量が高すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0161】
試験番号69では、Cr含有量が高すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0162】
試験番号70では、Cr含有量が低すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0163】
試験番号71では、Mo含有量が低すぎた。そのため、相対破断応力比が0.80未満となり、十分な耐水素脆性が得られなかった。
【0164】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
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図7
図8
図9