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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137210
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】芽胞形成菌の殺芽胞方法
(51)【国際特許分類】
   C02F 1/50 20230101AFI20240927BHJP
   C02F 1/76 20230101ALI20240927BHJP
【FI】
C02F1/50 510E
C02F1/50 510A
C02F1/50 520A
C02F1/50 531L
C02F1/50 531M
C02F1/50 540B
C02F1/50 550L
C02F1/50 560Z
C02F1/76 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048641
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000154727
【氏名又は名称】株式会社片山化学工業研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】藤槻 薫麗
【テーマコード(参考)】
4D050
【Fターム(参考)】
4D050AA01
4D050AB06
4D050BB03
4D050BB04
4D050BD08
4D050CA13
(57)【要約】
【課題】 本開示は、紙パルプ製造工程等といった工業用水系において、芽胞形成菌の数を低減可能な方法を提供する。
【解決手段】 本開示は、一態様として、工業用水系に、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素又は結合臭素の少なくとも一方を存在させることを含む、芽胞形成菌の殺芽胞方法に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工業用水系に、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を存在させることを含む、芽胞形成菌の殺芽胞方法。
【請求項2】
前記結合塩素及び結合臭素が、モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロマミン、ジブロマミン、トリブロマミン、N-クロロスルファマート及びN-ブロモスルファマートからなる群から選択される、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記結合塩素及び結合臭素を存在させる工業用水系のpHが、5.0~6.0である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記工業用水系が、紙パルプ製造工程におけるパルプスラリーである、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
紙パルプ製造工程において、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を添加することにより、芽胞形成菌を殺芽胞することを含む、紙パルプの製造方法。
【請求項6】
前記結合塩素及び結合臭素が、モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロマミン、ジブロマミン、トリブロマミン、N-クロロスルファマート及びN-ブロモスルファマートからなる群から選択される、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
前記結合塩素及び結合臭素を添加する工業用水系のpHが、5.0~6.0である、請求項5又は6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、芽胞形成菌を殺芽胞する方法に関し、特に、紙パルプの製造工程において芽胞形成菌を殺芽胞し、紙製品中の芽胞形成菌の数を低減するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から紙パルプ製造工程をはじめとする各種工業用水系には、細菌や真菌等の有害な微生物が繁殖しやすく、その結果、生産品の品質低下や生産効率の低下などの問題を引き起こすことが知られている。その中でも、芽胞形成菌(有芽胞菌)は、栄養や温度等といった環境が悪い状態に置かれたり、その細菌に対して毒性を示す化合物と接触したりすると、細菌細胞内部に芽胞(細菌胞子)と呼ばれる細胞構造を形成する。芽胞は、乾燥、高温、及び抗菌剤等の薬品に対して極めて強い抵抗性(耐久性)を有している。このため、抗菌剤や熱処理などの通常の細菌が死滅する殺菌処理をおこなっても死滅せずに生き残ることができる。また、その芽胞状態で生き残った芽胞形成菌は、再びその細菌の増殖に適した環境等に置かれると、芽胞が発芽して通常の増殖及び/又は代謝能を有する菌体が作られる。このため、芽胞形成菌は、生産品の品質低下や生産効率の低下といった問題を解決するためには大きな障害となる。
【0003】
芽胞形成菌の処理は、食品業界、医療・保健介護施設及びクリーニング施設において検討がなされている。例えば、オートクレーブのような高圧蒸気で処理する方法、極めて高い温度での処理、ガス滅菌、及びガンマ線滅菌などがある。また、その他には、次亜塩素酸ナトリウムや、微酸性次亜塩素酸水によって処理することも提案されている(例えば、非特許文献1)。またその他には、次亜塩素酸ナトリウムといったハロゲン系の酸化性殺菌剤と、ポリアルキレングアニジン化合物とを併用する方法も提案されている(例えば、特許文献1)。
【0004】
しかしながら、高圧蒸気や極めて高い温度での処理、ガス滅菌、及びガンマ線滅菌は、工業用水系の処理に適用するのは現実的ではない。また、次亜塩素酸ナトリウム等の薬剤を用いた処理では、工業用水系における芽胞形成菌の数を十分に低減し、生産品の品質低下や生産効率の低下を抑制するには十分な効果が得られない場合がある。
よって、芽胞形成菌の殺芽胞効果の高い新たな方法及び薬剤が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-154931号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】『弱酸性次亜塩素酸水溶液の各種芽胞に対する殺菌効果およびその適用事例』小野朋子著、醸協、第107巻、第2号、pp100-109(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本開示は、紙パルプ製造工程等といった工業用水系において、芽胞形成菌の数を低減可能な方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は、一態様として、工業用水系に、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を存在させることを含む、芽胞形成菌の殺芽胞方法に関する。
【0009】
本開示は、その他の態様として、紙パルプ製造工程において、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を添加することにより、芽胞形成菌を殺芽胞することを含む、紙パルプの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、一又は複数の実施形態において、紙パルプ製造工程等といった工業用水系において、芽胞形成菌の数を低減可能な新たな方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、紙パルプ製造工程において存在しうる芽胞形成菌にpH5.0~6.5の条件下で結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を接触させることで、芽胞形成菌の数を低減できること、さらには芽胞形成菌を不活性化できうることを見出した。
【0012】
本開示において「芽胞形成菌の殺芽胞」とは、芽胞形成菌の数を低減させることをいう。芽胞形成菌の殺芽胞としては、一又は複数の実施形態において、芽胞形成菌を不活性化及び/又は死滅させて、芽胞状態の芽胞形成菌が発芽できない状態とすること、つまり通常の増殖及び/又は代謝能を有する菌体を形成できない状態とすることを含みうる。「芽胞形成菌の殺芽胞」とは、一又は複数の実施形態において、実施例の記載の方法で測定される芽胞菌の数を低減させることをいう。
芽胞形成菌(有芽胞菌)としては、Bacillus(バチルス)属、Brevibacillus属、Caldibacillus属、Alicyclobacillus属、及びFredinandcohnia属等のBacillaceae(バシラス)科の細菌、並びにClostridium(クロストリジウム)属の細菌等が挙げられる。Brevibacillus(ブレビバチルス)属細菌であるBrevibacillus brevis NBRC 100599では、ペプチドグリカン層の外側を二層の結晶性表層(S-layer)が覆う三層構造を有していることが確認されている。
芽胞形成菌の殺芽胞としては、一又は複数の実施形態において、上記する芽胞形成菌のうち少なくとも1つの芽胞形成菌に対して、24時間以内の処理で、少なくとも2対数(常用対数、以下同じ)オーダーの芽胞菌数の減少を提供することが挙げられ、好ましくは、24時間以内の処理で、少なくとも3対数オーダーの芽胞菌数の減少、少なくとも4対数オーダーの芽胞菌数の減少、又は少なくとも5対数オーダーの芽胞菌数の減少を提供することが挙げられる。
【0013】
本開示において「工業用水系に化合物を存在させる」こととしては、一又は複数の実施形態において、工業用水系に化合物を添加及び/又は接触させること等が挙げられる。
【0014】
本開示における「工業用水系」としては、一又は複数の実施形態において、紙パルプ製造工程における製紙工程水系、ならびに各種工場における工業用の冷却水及び洗浄水等が挙げられる。工場としては、一又は複数の実施形態において、製紙工場、並びに、使用済みのプラスチック、繊維及び紙等に由来するリサイクル原料(リサイクル材)の製造工場等が挙げられる。リサイクル原料の製造工場の工業用水系としては、使用済みのプラスチック、繊維及び紙等から調製される原料スラリーが挙げられる。リサイクル原料の製造工場では、一又は複数の実施形態において、これらの原料スラリーから製紙用リサイクル原料であるパルプマットやパルプシートが製造される。
工業用水系は、特に限定されない一又は複数の実施形態において、生菌数が1×105個以上又は1×106個以上である工業用水が挙げられ、その他の限定されない一又は複数の実施形態において、生菌数が1×103個程度である食品工場や紙コップ等の食品用途製品の工場の工業用水が挙げられる。生菌数は、工業用水系に含まれる細菌及び真菌の数の合計であって、生菌数は、標準寒天培地を用いた混釈培養法を用いて測定できる。
本開示における「製紙工程水系」としては、一又は複数の実施形態において、パルプスラリー及び白水をはじめ、原質系、原料調成系、白水循環系及び白水回収系といった循環水系の工程水、及び水循環工程水系に供給される工業用水や再利用水を含みうる。
【0015】
パルプとしては、一又は複数の実施形態において、晒化学パルプ、未晒化学パルプ、晒機械パルプ、未晒機械パルプ、古紙パルプ(DIP)及びブロークパルプ等が挙げられる。晒化学パルプ及び未晒化学パルプとしては、クラフトパルプ(KP)及びサルファイトパルプ(SP)等が挙げられる。晒機械パルプ及び未晒機械パルプとしては、砕木パルプ(GP)及びサーモメカニカルパルプ(TMP)等が挙げられる。
【0016】
紙パルプ製造工程としては、一又は複数の実施形態において、原質工程(パルプ化工程)、原料調成工程、抄紙工程、白水循環系及び白水回収工程を包含するパルプ/紙を製造する工程を意味し、さらには、抄紙マシンにおいてワイヤーパートやプレスパートから排出される水溶液(いわゆる「白水」)の回収系及び再利用系までを含めた水循環工程全体を含みうる。
【0017】
[殺芽胞方法]
本開示は、一態様として、工業用水系にpH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を存在させることを含む、芽胞形成菌の殺芽胞方法に関する。本開示の殺芽胞方法によれば、一又は複数の実施形態において、工業用水系中の芽胞形成菌の数を低減することができ、好ましくは工業用水系に存在しうる芽胞形成菌を不活性化(殺滅)して、得られる製品に残存する芽胞形成菌の数を低減することができうる。よって、本開示は、その他の態様として、工業用水系にpH5~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を存在させることを含む、工業用水系における芽胞形成菌の数を低減する方法を含みうる。
【0018】
[結合塩素及び結合臭素]
本開示において、結合塩素とは、安定化塩素とも言い、モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、N-クロロスルファマート等が挙げられ、芽胞形成菌の殺芽胞の向上の観点から、モノクロラミンが好ましい。
本開示において、結合臭素とは、安定化臭素とも言い、モノブロマミン、ジブロマミン、トリブロマミン、N-ブロモスルファマート等が挙げられ、芽胞形成菌の殺芽胞の向上の観点から、モノブロマミンが好ましい。
【0019】
本開示において「モノクロラミン」とは、NH2Clで表される化合物(アンモニアの水素原子のうち1つを塩素原子で置き換えた化合物)をいう。本開示において「モノブロマミン」とは、NH2Brで表される化合物(アンモニアの水素原子のうち1つを臭素原子で置き換えた化合物)をいう。モノクロラミン及びモノブロマミンは、OCl-(Br-)+NH4 +→NH2Cl(Br)+H2Oのような反応で生成される。一又は複数の実施形態において、次亜塩素酸塩とアンモニウム化合物とを混合することによりモノクロラミンを生成できる。次亜塩素酸塩としては、一又は複数の実施形態において、次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カリウム及び次亜塩素酸カルシウム等が挙げられる。アンモニウム化合物としては、一又は複数の実施形態において、硫酸アンモニウム、臭化アンモニウム、塩化アンモニウム、スルファミン酸アンモニウム、臭化アンモニウム、リン酸アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、及び硝酸アンモニウム等が挙げられる。これらは1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合せて使用してもよい。次亜塩素酸塩とアンモニウム化合物とのモル比は、一又は複数の実施形態において、全残留塩素量と窒素とのモル比として、1:1~1:2、1:1.1~1:2、1:1.2~1:2、又は1:1.2~1:1.6である。
【0020】
工業用水系に存在させる結合塩素及び/又は結合臭素の濃度(複数の薬剤を使用する場合はその合計の濃度、以下同じ)は、有効塩素濃度換算値として、一又は複数の実施形態において、10mg/L以上、15mg/L以上、20mg/L以上、30mg/L以上、40mg/L以上、50mg/L以上、70mg/L以上、90mg/L以上、100mg/L以上、120mg/L以上、150mg/L以上、200mg/L以上、250mg/L以上、300mg/L以上、400mg/L以上が挙げられる。
工業用水系に存在させる結合塩素及び/又は結合臭素の濃度は、有効塩素濃度換算値として、一又は複数の実施形態において、600mg/L以下、500mg/L以下、400mg/L以下、300mg/L以下、250mg/L以下、又は200mg/L以下である。
工業用水系に存在させる結合塩素及び/又は結合臭素の濃度は、有効塩素濃度換算値として、一又は複数の実施形態において、10mg/L~600mg/Lとすることができ、上限下限は、上記から選択できる。例えば、後述する処理時間が短ければ濃度を高く設定でき、後述する処理時間が長ければ濃度を低く設定できる。
本開示において、有効塩素は、実施例の記載の方法により測定できる。
【0021】
本開示において、「工業用水系に存在させる結合塩素及び/又は結合臭素の濃度」は、一又は複数の実施形態において、該濃度となるように結合塩素及び/又は結合臭素を工業用水系に添加される添加濃度をいう。
よって、本開示の殺芽胞方法は、結合塩素及び/又は結合臭素の濃度が上記濃度となるように、工業用水系に結合塩素及び/又は結合臭素を添加することを含んでもよい。添加は、一又は複数の実施形態において、連続的又は間欠的に行うことができる。
【0022】
結合塩素及び/又は結合臭素を存在させる時又はさせた後、或いは、結合塩素及び/又は結合臭素の添加時又は添加後の工業用水系のpHは、5.0~6.5であり、芽胞形成菌の殺芽胞の向上の観点から、好ましくは、pH5.0~6.0である。
したがって、本開示の殺芽胞方法は、一又は複数の実施形態において、結合塩素及び/又は結合臭素を存在させる前又はさせた後、或いは、結合塩素及び/又は結合臭素の添加前又は添加後に、工業用水系のpHを5.0~6.5、好ましくは5.0~6.0に調整することを含む。
設備腐食抑制の観点からも、工業用水系のpHは、5.0以上が好ましい。
【0023】
本開示の殺芽胞方法において、結合塩素及び/又は結合臭素を工業用水系に存在させる時間、すなわち処理時間は、一又は複数の実施形態において、0.25時間以上、0.5時間以上、0.75時間以上、1時間以上、3時間以上、6時間以上、12時間以上、又は20時間以上であり、30時間以下、25時間以下、20時間以下、12時間以下、6時間以下、3時間以下、又は2時間以下である。
処理時間は、一又は複数の実施形態において、0.25~30時間であり、上限下限は上記から選択できる。
本開示の殺芽胞方法は、一又は複数の実施形態において、結合塩素及び/又は結合臭素を工業用水系に存在させることにより、24時間以内の処理で、上述する芽胞形成菌のうち少なくとも1つの芽胞形成菌を、少なくとも2対数オーダーの芽胞菌数の減少させることを含む。本開示の殺芽胞方法は、一又は複数の実施形態において、24時間以内の処理で、少なくとも3対数オーダーの芽胞菌数の減少、少なくとも4対数オーダーの芽胞菌数の減少、又は少なくとも5対数オーダーの芽胞菌数の減少させることを含みうる。
本開示の殺芽胞方法は、一又は複数の実施形態において、結合塩素及び/又は結合臭素を工業用水系に存在させることにより、24時間以内の処理で、当該工業用水系に存在する上述する芽胞形成菌のうち少なくとも1つの芽胞形成菌の数を、1×102未満まで減少させることができうる。
【0024】
結合塩素及び/又は結合臭素を存在させる工業用水の温度は、一又は複数の実施形態において、室温であってよく、或いは、13℃以上40℃以下、14℃以上30℃以下、又は15℃以上25℃以下が挙げられる。
【0025】
本開示の殺芽胞方法は、一又は複数の実施形態において、処理対象である工業用水系中の芽胞形成菌の数を計測することを含んでいてもよい。芽胞形成菌の数の計測は実施例に記載の方法により行うことができる。
【0026】
本開示の殺芽胞方法は、一又は複数の実施形態において、ポリアルキレングアニジン化合物を添加することを含まない。
【0027】
[紙パルプの製造方法]
本開示は、さらにその他の態様として、紙パルプ製造工程において、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を添加することにより、芽胞形成菌を殺芽胞することを含む紙パルプの製造方法に関する。本開示の製造方法によれば、一又は複数の実施形態において、工業用水系中の芽胞形成菌の数を低減することができ、好ましくは工業用水系に存在しうる芽胞形成菌を不活性化(殺滅)し、得られる紙パルプ製品に残存する芽胞形成菌の数を低減することができうる。
【0028】
結合塩素及び/又は結合臭素の添加濃度(複数の薬剤を使用する場合はその合計の濃度、以下同じ)は、一又は複数の実施形態において、パルプスラリーの固形分(絶乾パルプ重量)が4重量%であるパルプスラリーに対して、10mg/L以上、15mg/L以上、20mg/L以上、30mg/L以上、40mg/L以上、50mg/L以上、70mg/L以上、90mg/L以上、100mg/L以上、120mg/L以上、150mg/L以上、200mg/L以上、250mg/L以上、300mg/L以上、400mg/L以上が挙げられる。
結合塩素及び/又は結合臭素の添加濃度は、有効塩素濃度換算値として、一又は複数の実施形態において、4重量%であるパルプスラリーに対して、600mg/L以下、500mg/L以下、400mg/L以下、300mg/L以下、250mg/L以下、又は200mg/L以下である。
結合塩素及び/又は結合臭素の添加濃度は、有効塩素濃度換算値として、一又は複数の実施形態において、4重量%であるパルプスラリーに対して10mg/L~600mg/Lとすることができ、上限下限は、上記から選択できる。例えば、後述する処理時間が短ければ濃度を高く設定でき、後述する処理時間が長ければ濃度を低く設定できる。
また、添加する対象のパルプスラリー濃度が低くなれば、添加濃度もそれに応じて低くできる。
結合塩素及び/又は結合臭素を存在させる時又はさせた後、或いは、結合塩素及び/又は結合臭素の添加時又は添加後のパルプスラリーのpHは、5.0~6.5であり、芽胞形成菌の殺芽胞の向上の観点から、好ましくは、pH5.0~6.0である。
したがって、本開示の紙パルプの製造方法は、一又は複数の実施形態において、結合塩素及び/又は結合臭素を存在させる前又はさせた後、或いは、結合塩素及び/又は結合臭素の添加前又は添加後に、パルプスラリーのpHを5.0~6.5、好ましくは5.0~6.0に調整することを含む。
【0029】
本開示の紙パルプの製造方法において、結合塩素及び/又は結合臭素をパルプスラリーに存在させる時間、すなわち処理時間は、一又は複数の実施形態において、0.25時間以上、0.5時間以上、0.75時間以上、1時間以上、3時間以上、6時間以上、12時間以上、又は20時間以上であり、30時間以下、25時間以下、20時間以下、12時間以下、6時間以下、3時間以下、又は2時間以下である。
処理時間は、一又は複数の実施形態において、0.25~30時間であり、上限下限は上記から選択できる。
【0030】
結合塩素及び/又は結合臭素を存在させるパルプスラリーの温度は、一又は複数の実施形態において、室温であってよく、或いは、13℃以上50℃以下、14℃以上30℃以下、又は15℃以上25℃以下が挙げられる。
【0031】
本開示の紙パルプの製造方法は、一又は複数の実施形態において、処理対象であるパルプスラリー中の芽胞形成菌の数を計測することを含んでいてもよい。芽胞形成菌の数の計測は実施例に記載の方法により行うことができる。
本開示の紙パルプの製造方法は、一又は複数の実施形態において、ポリアルキレングアニジン化合物を添加することを含まない。
【0032】
本開示の紙パルプの製造方法は、一又は複数の実施形態において、結合塩素及び/又は結合臭素を、離解機(パルパー)に添加することもしくは離解機工程前にタンク等を設け前処理を実施することを含んでいてもよい。芽胞形成菌は、一又は複数の実施形態において、パルパーに投入されるパルプ原料(例えば、パルプシート)とともに紙パルプ製造工程に持ち込まれる場合があり、パルプ原料は乾燥状態であることが多いため芽胞を形成しうる。このため、離解機(パルパー)もしくはその前段で処理することにより、後段の工程への芽胞形成菌の持ち込み及び/又は後段の工程に芽胞形成菌が拡散することを低減することができる。
本開示の紙パルプの製造方法は、一又は複数の実施形態において、結合塩素及び/又は結合臭素を、上記濃度パルプスラリーの固形分(絶乾パルプ重量)あたりに換算した量を含み、pHが上記範囲のなるように調整された水溶液を原料に添加することを含みうる。
【0033】
芽胞形成菌は、一又は複数の実施形態において、添加される糊に混入している場合もある。このため、薬剤を添加する箇所は上記離解機(パルパー)に限られず、一又は複数の実施形態において、マシンチェスト、ミキシングチェスト、原料パルプチェスト及び種箱、白水等が挙げられる。
【0034】
「殺芽胞するための工業用組成物」
本開示は、さらにその他の態様として、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を含む、pH5.0~6.5の条件下で芽胞形成菌を殺芽胞するための工業用組成物に関する。本開示の工業用組成物は、一又は複数の実施形態において、本開示の殺芽胞方法及び本開示の紙パルプの製造方法に用いることができる。
【0035】
本開示の工業用組成物における上記式(I)で表される結合塩素及び/又は結合臭素の含有量は、一又は複数の実施形態において、有効塩素濃度換算値として、0.1重量~35重量%である。結合塩素及び/又は結合臭素の含有量は、一又は複数の実施形態において、0.5重量%以上、又は10重量%以上である。結合塩素及び/又は結合臭素の含有量は、一又は複数の実施形態において、有効塩素濃度換算値として、35重量%以下、又は30重量%以下である。
【0036】
本開示はさらに以下の一又は複数の実施形態に関する。
[1] 工業用水系に、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を存在させることを含む、芽胞形成菌の殺芽胞方法。
[2] 前記結合塩素及び結合臭素が、モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロマミン、ジブロマミン、トリブロマミン、N-クロロスルファマート及びN-ブロモスルファマートからなる群から選択される、[1]記載の方法。
[3] 前記結合塩素及び結合臭素を存在させる工業用水系のpHが、5.0~6.0である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 前記工業用水系が、紙パルプ製造工程におけるパルプスラリーである、[1]から[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 紙パルプ製造工程において、pH5.0~6.5の条件下で、結合塩素及び結合臭素の少なくとも一方を添加することにより、芽胞形成菌を殺芽胞することを含む、紙パルプの製造方法。
[6] 前記結合塩素及び結合臭素が、モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロマミン、ジブロマミン、トリブロマミン、N-クロロスルファマート及びN-ブロモスルファマートからなる群から選択される、[5]記載の製造方法。
[7] 前記結合塩素及び結合臭素を添加する工業用水系のpHが、5.0~6.0である、[5]又は[6]に記載の方法。
【0037】
以下、実施例により本開示をさらに詳細に説明するが、これらは例示的なものであって、本開示はこれら実施例に制限されるものではない。
【実施例0038】
[試験用試料の調製]
含水量2%以下で室温保管された古紙パルプを量り取り、滅菌水を用いて4%スラリーとしたものを試料とした。
[芽胞菌の確認]
試料に含まれる細菌が芽胞形成菌(細菌胞子)であることは、顕微鏡観察により確認した。調製した試験用試料の芽胞形成菌の数は、1x105(1x10^5)CFU/ml以上であった。なお、観察された芽胞形成菌は、菌体の特徴からBrevibacillus属であると推測される。
[芽胞形成菌の測定方法]
4%に調整した試料を0.85%生理食塩水(滅菌)にて103~107希釈し1mlをシャーレ―に量りとり、標準寒天培地(ニッスイ)にて混釈培養法で30℃、48時間培養し菌数(コロニー)をカウントした。
【0039】
[モノクロラミン水溶液の調製]
モノクロラミン水溶液は次亜塩素酸塩とアンモニウム化合物を用いて、有効塩素量と窒素とのモル比が1:1となるように混合し作成した。
【0040】
[有効塩素の測定方法]
有効塩素はDPD法残留塩素計DP-3F(笠原理化工業株式会社製)を用いてDPD試薬発色による吸光光度法を測定し、全塩素濃度を測定した。
【0041】
[pHの測定方法]
pHの測定はガラス電極法により測定した。測定装置は、卓上型pHメーター(Navi:HORIBA社製)を使用し、約25℃のパルプスラリーのpHをオートモードにて測定した。
【0042】
[殺芽胞試験]
乾燥パルプを量り取り滅菌水を用いて試料である4%スラリーを作成した。スラリーはスリーワンモーターにて800rpm1分間攪拌した後、600rpm2分間攪拌しパルプを分散させた。スラリーをポリ容器に30gずつ量り取り薬剤を所定濃度添加し、十分攪拌を行った後室温で所定時間殺芽胞処理を行った。スラリーのpH調整は、酢酸を用いて、pH7、6.5、又は5.5に調整した。
【0043】
(実施例1)
薬剤としてモノクロラミン溶液を用い、上記の殺芽胞試験にしたがって試験を行った。具体的には、pH7、6.5、又は5.5に調整した4%スラリー試料に、薬剤を試料中濃度が432ppm(432mg/L)(有効塩素換算濃度)となるように添加した。添加後の処理条件は、室温(約20℃)、1時間とした。その後、上記の芽胞形成菌の測定方法で菌数をカウントした。その結果を下記表1に示す。
【表1】
【0044】
上記表1に示すとおり、モノクロラミンは、pH6.5では、pH7の芽胞菌数よりも1桁(1対数オーダー)の減少を示した。さらに、モノクロラミンは、pH5.5では、pH6.5の芽胞菌数よりも2桁の減少(pH7の芽胞菌数よりも3桁の減少)を示し、顕著な菌数の抑制が認められた。
一方、薬剤(モノクロラミン)を使用しない場合には、モノクロラミンのようなpH6.5及び5.5における急激な芽胞菌数の減少がみられなかった。
【0045】
(実施例2)
薬剤としてモノクロラミン溶液及び次亜塩素酸ナトリウムを用い、上記の殺芽胞試験にしたがって試験を行った。具体的には、pH5.5に調整した4%スラリー試料に、薬剤を試料中濃度が40ppm(40mg/L)(有効塩素換算濃度)となるように添加した。添加後の処理条件は、室温(約20℃)、24時間とした。その後、上記の芽胞形成菌の測定方法で菌数をカウントした。その結果を下記表1に示す。
【表2】
【0046】
上記表2に示すとおり、モノクロラミンは、pH6.5及び5.5では、次亜塩素酸ナトリウムの芽胞菌数よりも3~4桁の減少となり、顕著な菌数の抑制が認められた。