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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137280
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】う蝕検出装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 1/24 20060101AFI20240927BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20240927BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20240927BHJP
   A61B 1/00 20060101ALI20240927BHJP
   A61C 19/04 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
A61B1/24
G01N21/65
G01N21/64 Z
A61B1/00 521
A61B1/00 510
A61B1/00 511
A61C19/04 J
A61C19/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048743
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000133227
【氏名又は名称】株式会社タムロン
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】佐山 篤
【テーマコード(参考)】
2G043
4C052
4C161
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043BA16
2G043CA05
2G043CA09
2G043DA05
2G043DA06
2G043EA01
2G043EA03
2G043FA01
2G043FA06
2G043HA02
2G043HA03
2G043HA07
2G043JA02
2G043JA03
2G043KA01
2G043KA02
2G043KA07
2G043KA09
2G043LA01
2G043LA02
2G043LA03
2G043MA01
4C052NN05
4C052NN15
4C052NN16
4C161AA08
4C161BB08
4C161HH54
4C161MM09
4C161QQ04
4C161WW17
(57)【要約】
【課題】ラマン分光測定を利用するう蝕の検出において明確かつ簡易にう蝕を検出可能な技術を提供する。
【解決手段】被検者の歯(T)を特定の偏光方向を有する光で照射し、歯(T)からのラマン散乱光中の二以上の偏光成分のそれぞれを偏光分離素子(14)で分離し、検出器(12)で検出する。それぞれの偏光成分の検出信号から当該ラマン散乱光の偏光異方性を取得し、それに基づいて歯(T)におけるう蝕を検出する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の偏光方向を有する光を出射する光源と、
前記第一の偏光方向を有する光が照射されている被検者の歯からのラマン散乱光中の前記第一の偏光方向を有する光とそれ以外の第二の偏光方向を有する光とを分離する偏光分離部と、
前記偏光分離部で分離された前記第一の偏光方向を有する光および前記第二の偏光方向を有する光のそれぞれを検出する検出器と、
前記検出器からの前記第一の偏光方向を有する光および前記第二の偏光方向を有する光のそれぞれの検出信号から前記ラマン散乱光の偏光異方性を取得する異方性取得部と、
を備える、う蝕検出装置。
【請求項2】
前記偏光分離部は、前記第一の偏光方向を有する光および前記第二の偏光方向を有する光のそれぞれの進行方向を異なる方向に分離する光学素子である、請求項1に記載のう蝕検出装置。
【請求項3】
前記偏光分離部は、偏光面を回転させる光弾性変調器である、請求項1に記載のう蝕検出装置。
【請求項4】
前記光源から前記検出器までの検出光学系の少なくとも一部を含むとともに前記被検者の口腔内に挿入可能な口腔内挿入部をさらに有し、
前記検出光学系は手振れ防止機構をさらに備える、請求項1に記載のう蝕検出装置。
【請求項5】
前記ラマン散乱光における特定の波長の光を透過するバンドパスフィルタをさらに有する、請求項1に記載のう蝕検出装置。
【請求項6】
前記歯におけるう蝕候補部を検出するスクリーニング部をさらに備える、請求項1に記載のう蝕検出装置。
【請求項7】
前記スクリーニング部は、
前記第一の偏光方向を有する光が照射されている前記歯からの反射光における前記第一の偏光方向を有する光を遮断して前記第二の偏光方向を有する光を透過するスクリーニング用偏光光学素子と、
前記スクリーニング用偏光光学素子を透過した光を検出するスクリーニング用検出器と、
を有する、請求項6に記載のう蝕検出装置。
【請求項8】
前記スクリーニング部は、
励起光を出射する蛍光用光源と、
前記励起光が照射されている前記歯からの蛍光を検出する蛍光検出器と、
を有する、請求項6に記載のう蝕検出装置。
【請求項9】
前記被検者の口腔内部の三次元画像を形成する口腔内3Dスキャン装置をさらに備える、請求項1に記載のう蝕検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、う蝕検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、初期段階のう蝕であれば歯を削ることなく治療できることが明らかになり、う蝕を進行させない予防歯科の概念が注目を集めている。そのため、初期のう蝕を精度よく検知する技術が望まれている。このような背景において、ラマン分光をう蝕の検出に利用する技術が知られている(例えば、特許文献1および2、ならびに非特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2019-510202号公報
【特許文献2】特表2018-521701号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Alex C.-T. Ko et. al.,Detection of early dental caries using polarized Raman spectroscopy,OPTICS EXPRESS, Vol. 14, No. 1, p.203-215,2006
【非特許文献2】Valery Bulatov et. al.,Dental Enamel Caries (Early) Diagnosis and Mapping by Laser Raman Spectral Imaging, Instrumentation Science and Technology, 36, p.235-244, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
歯のラマン分光測定では、歯を構成する成分および歯に付着する成分のいずれの検出信号もラマンスペクトルに含まれる。それらの検出信号には個人差があり、また個々の歯の測定箇所によっても異なる。そのため、歯のラマンスペクトルから特定の成分のスペクトル情報を抽出するためには、通常はスペクトル解析を行う必要がある。このスペクトル解析には専門的な知識が必要であるため、歯科医が診察の場でリアルタイムに当該解析を行うことは困難である。加えて、このような困難な解析を軽減あるいは簡易化するための演算機能または補助的な装置構成などをさらに備えることは、検出装置の構成を煩雑にし、または検出装置を大型化し、その結果、検出装置の高コスト化に繋がることがある。
【0006】
特許文献1には、実際のう蝕の診断についての具体的な方法は開示されていない。非特許文献1に記載の技術では、特定の偏光方向を有する光でのラマン分光(偏光ラマン分光)によって歯のう蝕を検出しており、非特許文献2に記載の技術では、ラマン分光によって歯のう蝕を検出する技術を開示している。しかしながら、これらの文献は、う蝕検出のためのスペクトル解析の軽減または簡易化を開示していない。
【0007】
また、特許文献2に記載の技術では、歯のラマンスペクトルにおいて、異なる波長で観測される複数のピークの面積を算出し、それらの比を取ることで歯の脱灰ならびに再石灰化、すなわち、う蝕の評価を試みている。また、この評価では、健康な歯の部分の研究から取得された数値を検出値との比較の対象としている。そのため、個人差または測定箇所による検出値の変動によって検査結果の信頼性も変動する可能性がある。
【0008】
このように、従来技術には、う蝕の検出におけるスペクトル解析に伴う上記の問題について依然として検討の余地が残されている。
【0009】
本発明の一態様は、ラマン分光測定を利用するう蝕の検出において、明確かつ簡易にう蝕を検出可能な技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るう蝕検出装置は、第一の偏光方向を有する光を出射する光源と、前記第一の偏光方向を有する光が照射されている被検者の歯からのラマン散乱光中の前記第一の偏光方向を有する光とそれ以外の第二の偏光方向を有する光とを分離する偏光分離部と、前記偏光分離部で分離された前記第一の偏光方向を有する光および前記第二の偏光方向を有する光のそれぞれを検出する検出器と、前記検出器からの前記第一の偏光方向を有する光および前記第二の偏光方向を有する光のそれぞれの検出信号から前記ラマン散乱光の偏光異方性を取得する異方性取得部と、を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、ラマン分光測定を利用するう蝕の検出において明確かつ簡易にう蝕を検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態1に係るう蝕検出装置の全体構成を模式的に示す図である。
図2】本発明の実施形態1における口腔内挿入部の構成を模式的に示す図である。
図3】本発明の実施形態1に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。
図4】本発明の実施形態1に係るう蝕検出装置においてう蝕を検出する処理の流れの一例を示す図である。
図5】本発明の実施形態1において歯を偏光ラマン分光で分析したときの歯の正常部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示す図である。
図6】本発明の実施形態1において歯を偏光ラマン分光で分析したときの歯のう蝕部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示す図である。
図7】本発明の実施形態1において歯を偏光ラマン分光で分析したときの歯の正常部およびう蝕部の偏光異方性の一例を示す図である。
図8】本発明の実施形態2において歯を偏光ラマン分光で分析したときの歯の正常部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示す図である。
図9】本発明の実施形態2において歯を偏光ラマン分光で分析したときの歯のう蝕部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示す図である。
図10】本発明の実施形態2において歯を偏光ラマン分光で分析したときの歯の正常部およびう蝕部の偏光異方性の一例を示す図である。
図11】本発明の実施形態3に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。
図12】本発明の実施形態4に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。
図13】本発明の実施形態5に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。
図14】本発明の実施形態5に係るう蝕検出装置においてう蝕を検出する処理の流れの一例を示す図である。
図15】本発明の実施形態5におけるスクリーニング処理で得られる画像の一例の写真を示す図である。
図16】本発明の実施形態6に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。
図17】本発明の実施形態6におけるスクリーニング処理で得られる画像の一例を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態では、被測定物である歯におけるう蝕が疑われる箇所(「う蝕候補部」とも言う)に光を照射し、う蝕候補部から発せられるラマン散乱光を偏光成分ごとに分離し、その強度を参照してう蝕を検出する。以下、本発明の実施形態について、詳細に説明する。
【0014】
〔実施形態1〕
[装置の構成]
図1は、本実施形態に係るう蝕検出装置の全体構成を模式的に示す図である。図1に示されるようにう蝕検出装置1は、装置本体10、口腔内挿入部20および表示装置30を有している。
【0015】
装置本体10は、う蝕検出のための検出光学系の一部と、う蝕を検出する処理を実行するための情報処理装置とを有する。例えば、装置本体10は、検出光学系の一部として、光源、検出器および各種光学素子を有し、情報処理装置は、各種装置の制御および信号の演算処理を実行するための制御部およびそのための機能的構成を備える。当該制御部は、例えばプロセッサであり、特定の制御ブロックとして機能するためのプログラムによって所期の制御を実現する。
【0016】
口腔内挿入部20は、図2に模式的に示されるように、ケース21、光ファイバ22、ミラー23およびレンズ24を有する。口腔内挿入部20は、前述した検出光学系の一部を構成している。
【0017】
ケース21は、歯を検査されるべき被検者の口腔内に挿入するのに適当な形状、例えば略円柱形状、を有する中空の筐体である。光ファイバ22は、装置本体10の光源からの光を歯に向けて伝送し、また歯からの散乱光を装置本体10に伝送する。ミラー23は、光ファイバ22とレンズ24との間における光の伝送向きを調整して光ファイバ22とレンズ24との間の光の伝送路を構成している。
【0018】
レンズ24は、光ファイバ22からの光を歯Tに向けて集光させる。また、レンズ24は、歯Tからの散乱光を、ミラー23に向けて集光させる。レンズ24は、このような機能を発現する光学素子の一例であり、単レンズでもよく、液体レンズであってもよく、複数レンズから成る焦点距離可変レンズ系であってもよい。レンズ24が液体レンズであることは、歯Tに対する照射光の焦点距離を容易に調整することを可能とする観点から好ましい。
【0019】
また、口腔内挿入部20は、口腔内挿入部20の手振れの影響を補正して実質的に打ち消す手振れ防止機構をさらに備える。手振れ防止機構は、ズームレンズの手振れ防止機構と同様に、例えばコイルとマグネットとを含む。手振れ防止機構は、口腔内挿入部20における光学素子(ミラー23またはレンズ24など)を照射光または散乱光の光軸に対して垂直な方向に、かつ動かし、当該手振れを打ち消す方向へ動かして、手振れによる影響を低減させる。口腔内挿入部20におけるこのような動きの検出は、例えば口腔内挿入部20の角速度を検出するジャイロセンサを用いて実施可能である。
【0020】
表示装置30は、撮像した画像および検出操作に関連する情報などの各種の情報を、口腔内挿入部20の操作者に表示するための装置である。表示装置30の例には、液晶表示装置および有機EL(電界発光)表示装置が含まれる。表示装置30は、タッチパネル機能をさらに備えていてもよく、このような表示装置30は、入力装置を兼ねる。
【0021】
図3は、う蝕検出装置1の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。当該光学系は、図3に示されるように、光源11、検出器12、光学フィルタ13、偏光分離素子14、バンドパスフィルタ15およびレンズ24を含む。これらは前述した検出光学系を構成している。当該検出光学系は、照射光学系と受光光学系とを含む。照射光学系は、光源11、光学フィルタ13およびレンズ24で構成されている。光学フィルタ13とレンズ24との間には、図3には示されていないが、前述した光ファイバ22およびミラー23が含まれる。受光光学系は、レンズ24、光学フィルタ13、バンドパスフィルタ15、偏光分離素子14および検出器12で構成されている。
【0022】
光源11は、被検者の歯Tに照射される第一の偏光方向を有する光を出射する。光源11が出射する光は、歯Tを照射したときに、う蝕の有無によって変化を生じる成分のラマン散乱光を生じさせる光である。「う蝕の有無によって変化を生じる成分」とは、例えば、歯Tを構成する成分であって、う蝕によって状態が変化する成分であり、その具体例としてハイドロキシアパタイトが挙げられる。あるいは、「う蝕の有無によって変化を生じる成分」とは、う蝕によって生じる成分であり、その具体例として酸が挙げられる。本実施形態では、歯Tのハイドロキシアパタイトを偏光ラマン分光によって検出する。
【0023】
光源11が生じる光は、例えば波長300~800nmの範囲の一部の波長の可視光または近赤外線である。光源11には、半導体レーザおよびファイバーレーザなどの高出力な光源が用いられる。光源11は、波長可変光源であってもよい。本実施形態では、前述したようにハイドロキシアパタイトを検出することから、光源11には、波長785nmのレーザを採用する。
【0024】
光源11が出射する第一の偏光方向を有する光は、限定されないが、本実施形態では直線偏光とする。レーザ光源からは、通常、直線偏光の光が出力される。したがって光源11がレーザである場合は、第一の偏光方向を有する光は、光源11からの出射光である。光源11が直線偏光を出力しない場合では、光源11からの出射光の光路上に偏光子を配置することで第一の偏光方向を有する光が生成する。
【0025】
光学フィルタ13は、光源11からの光を反射し、歯Tからのラマン散乱光を透過する光学素子である。光学フィルタ13は、検出光学系における光学要素の配置、光源11からの光の波長、および、歯Tからのラマン散乱光の波長などの種々の条件から適宜に設定し得る。光学フィルタ13の例には、エッジフィルタおよびノッチフィルタが含まれる。
【0026】
バンドパスフィルタ15は、歯Tからのラマン散乱光のうちの特定の波長域の光を透過させる光学素子である。バンドパスフィルタ15は、受光光学系における光学フィルタ13よりも検出器12側に配置されている。バンドパスフィルタ15は、光源11からの光の波長および歯Tにおける検出対象に応じた特定の波長を透過するように設計され得る。前述した光源11からの光を歯Tに照射したときのハイドロキシアパタイトに由来するラマン散乱光のピーク波長は約850nmである。本実施形態では、バンドパスフィルタ15は、例えば800~900nmの波長の光を透過する光学素子である。
【0027】
偏光分離素子14は、歯からのラマン散乱光中の第一の偏光方向を有する光(直線偏光、例えばp偏光)とそれ以外の第二の偏光方向を有する光(直線偏光、例えばs偏光)とを分離して透過する光学素子である。本実施形態では、偏光分離素子14は、直線偏光を透過し、それ以外の方向の偏光成分を遮断する偏光子であって、受光光学系における光軸を中心に回転可能に配置されている偏光子である。偏光分離素子14を90°回転させる(例えば連続して、または間欠的に回転させ続ける)ことによって、光源11からの光における第一の直線偏光と、それに直交する向きに偏光する第二の直線偏光とのそれぞれを透過することが可能である。偏光分離素子14は、ラマン散乱光中の第一の偏光方向を有する光とそれ以外の第二の偏光方向を有する光とを分離する偏光分離部の一態様である。
【0028】
検出器12は、ラマン散乱光を検出可能な光センサであり、偏光分離素子14が分離した第一の偏光方向を有する光および第二の偏光方向を有する光のそれぞれを検出する。検出器12の例には、分光器、イメージセンサおよび光電子増倍管が含まれる。イメージセンサの例には、CMOS(Complementary Metal-Oxide Semiconductor)センサおよびCCD(Charge Coupled Device)センサが含まれる。本実施形態では、検出器12は、分光器とする。検出器12で検出されたラマン散乱光の信号は、装置本体10の前述した情報処理装置の制御部に出力される。
【0029】
[う蝕の検出]
次いで、本実施形態におけるう蝕の検出を説明する。図4は、う蝕検出装置1においてう蝕を検出する処理の流れの一例を示す図である。
【0030】
ステップS11において、装置本体10の前述した情報処理装置の制御部は、偏光ラマン分光測定を開始する。制御部は、光源11から前述の第一の偏光方向を有する光を出射させる。
【0031】
口腔内挿入部20の操作者(例えば歯科医)は、被検者(例えば患者)の口に口腔内挿入部20を挿入し、被検者の歯Tを光源11からの光で、例えば一か所につき数秒間の速度で走査しながら照射し、同時に歯Tの照射箇所からのラマン散乱光を取得する。このとき、操作者の手振れが生じることがあるが、操作者の手振れによる口腔内挿入部20の変動は、前述した手振れ防止機構によって低減され、実質的に打ち消される。
【0032】
ステップS12において、制御部は、偏光ラマン信号を取得する。制御部は、偏光分離素子14を特定の間隔で90°ずつ回転駆動させ、偏光分離素子14を透過して検出器12に到達した第一の偏光方向を有する光および第二の偏光方向を有する光の検出値を順次取得する。以下、検出器12に到達する光における、光源11からの光と同じ偏光方向を有する光(第一の偏光方向を有する光)の成分を「平行成分」とも言い、それに直交する方向の偏光方向を有する光(第二の偏光方向を有する光)の成分を「直交成分」とも言う。こうして、制御部は、検出器12で検出されるラマン散乱光の平行成分の信号と直交成分の信号とを取得する。
【0033】
ステップS13において、制御部は、偏光ラマン信号を解析する。制御部は、検出器12から取得した平行成分の信号および直交成分の信号から、検出器12で検出するラマン散乱光の偏光異方性を取得する。ここで、偏光異方性について説明する。
【0034】
図5は、本実施形態において歯Tを偏光ラマン分光で分析したときの歯Tの正常部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示し、図6は、歯Tのう蝕部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示す。図5および図6のそれぞれにおいて、約850nmにピークが見られる。このピークは、歯から生じたラマン散乱光のうち、ハイドロキシアパタイトに由来するピークである。図5から明らかなように、歯Tの正常部では、光源11からの光の偏光成分(平行成分)が850nmにおいて直交成分よりも強く検出される。このように、歯Tの偏光ラマン分光では、ハイドロキシアパタイト由来の信号の強い偏光依存性が示される。
【0035】
一方、う蝕部では、図6から明らかなように、平行成分と直交成分とにおける850nmのピークの差が正常部のそれらほどに大きくなく、不明瞭となる。また、図5および図6から明らかなように、ラマン散乱光の検出信号には、蛍光などによる影響が含まれており、また歯Tを走査してラマン散乱光を取得することから、ベースラインも安定しにくい。これらが、ハイドロキシアパタイトの850nm付近のピークの判断をより困難にしている。
【0036】
図7は、本実施形態において歯Tを偏光ラマン分光で分析したときの歯の正常部およびう蝕部の偏光異方性の一例を示す図である。図5および図6に示されるような平行成分と直交成分とのそれぞれの結果から、正常部の偏光異方性とう蝕部の偏光異方性とを求める。偏光異方性は、直交成分の検出強度(I2)に対する平行成分の検出強度(I1)の比率(I1/I2)である。図7から、う蝕部の偏光異方性は、う蝕部での平行成分および直交成分の強度の差が小さいことを明確に示しており、正常部の偏光異方性は平行成分および直交成分の強度の差が大きいことを明確に示している。よって、正常部とう蝕部との差がより明確になり、う蝕部の判定がより容易になる。
【0037】
本実施形態では、上記のようにして平行成分と直交成分とからラマン散乱光の偏光異方性が取得される。本実施形態における制御部は、検出器12からの平行成分および直交成分のそれぞれの検出信号からラマン散乱光の偏光異方性を取得する異方性検出部に相当している。
【0038】
ステップS14において、制御部は、う蝕の診断のための制御を行う。例えば、制御部は、偏光異方性の結果から、例えば850nmのピークの偏光異方性が実質的に1と言える特定の範囲のときにう蝕の疑いあり、との診断結果を出力してもよい。あるいは、制御部は、歯科医によるう蝕の診断のために偏光異方性の取得結果を図7のようなグラフの形態で表示装置30に表示してもよい。
【0039】
[主な作用効果]
本実施形態では、歯Tからのラマン散乱光から偏光異方性を取得する。ラマン分光により歯Tのう蝕の前後による変化が検出され、偏光異方性の取得により、その変化がより強調される。よって、従来に比べてう蝕の検出とその判定とを簡易に実施することが可能である。
【0040】
本実施形態は、検出対象のラマン散乱光の波長領域を規定するバンドパスフィルタ15を有している。このように、本実施形態では、偏光ラマン分光測定の際に所望の波長の光のみを透過させるフィルタを設けることから、当該所望の波長の信号の強度を検出するのに有利である。さらに、本実施形態は、偏光異方性の取得に必要な情報のみを抽出し、偏光分離素子の高コスト化を避ける観点から有利である。
【0041】
本実施形態は、口腔内挿入部20を備えている。よって、被検者の歯Tのう蝕診断に有利である。また、本実施形態では、一方向から歯Tに光を照射し、当該一方向へラマン散乱光を受光し得る構成であることから、被検者の奥歯の検査にも有利である。
【0042】
本実施形態では、ラマン散乱光中の平行成分の強度と直交成分の強度とのそれぞれを測定するためには偏光分離素子14の偏光子を回転させる必要がある。そのため、所定の測定時間を要し、その間には偏光子を回転させる時間が必要である。それぞれの時間は数秒間程度と十分に短いが、その間に操作者の手振れまたは被検者の動作によって測定箇所が変わる可能性がある。これは、実際のう蝕の検査では口腔内挿入部20の操作者および被検者の両方の動作を完全に止めることが困難であることによる。本実施形態では、検出光学系は手振れ防止機構をさらに備えている。そのため、操作者および被検者の動きによる検出結果への影響が最小限に抑えられ、う蝕の誤診断を防止する観点から有利である。
【0043】
本実施形態では、偏光分離素子14の偏光子の回転によってラマン散乱光の個々の偏光成分を分離して検出している。このように、本実施形態では、同一箇所から発生したラマン散乱光の偏光成分ごとの強度からラマン散乱光の偏光依存性を取得し、う蝕の有無の診断を実施することが可能である。よって、う蝕検出装置をより簡易に構成する観点から有利である。
【0044】
本実施形態では、歯Tの主成分であるハイドロキシアパタイトのう蝕による影響が偏光ラマン分光によって検出される。このようにう蝕部が偏光依存性における正常部に対する差によって検出されることから、本実施形態は、目視での観察などでは発見が困難な初期のう蝕の検出に特に有利である。
【0045】
〔実施形態2〕
本発明の他の実施形態について、以下に説明する。なお、以後の他の実施形態において、説明の便宜上、上記実施形態にて説明した部材と同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を繰り返さない。本実施形態は、検出器12にイメージセンサを用いる以外は、前述の実施形態1と実質的に同じである。本実施形態では、検出器12はCMOSセンサである。
【0046】
図8は、本実施形態において歯Tを偏光ラマン分光で分析したときの歯Tの正常部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示し、図9は、歯Tのう蝕部における偏光成分ごとの検出結果の一例を示している。
【0047】
図8から明らかなように、ハイドロキシアパタイトのラマン散乱光は、このCMOSセンサでの検出では画素番号でおよそ950~1050の範囲でより高い強度を示している。そして、正常部では、直交成分に比べて平行成分の方がより高い強度を示している。これに対してう蝕部では、図9から明らかなように、平行成分と直交成分とにおける当該範囲での強度差が正常部のそれらほどに大きくなく、不明瞭となる。
【0048】
図10は、本実施形態において歯Tを偏光ラマン分光で分析したときの歯の正常部およびう蝕部の偏光異方性の一例を示している。図10から、正常部の偏光異方性は平行成分および直交成分での強度の差がう蝕部のそれに比べて十分に大きいことを明確に示しており、実施形態1と同様にう蝕部の判定が容易である。このように、CMOSセンサでのラマン散乱光の検出によっても、歯Tの偏光ラマン分光におけるハイドロキシアパタイト由来の信号の強い偏光依存性が示される。
【0049】
本実施形態では、ラマン散乱光を分光して検出する必要がなく、装置の高コスト化を避ける点で有利である。また、回折格子を用いないため、ラマン散乱光の検出効率を向上させる点からも有利である。
【0050】
〔実施形態3〕
図11は、本発明の実施形態3に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。本実施形態は、偏光分離素子14に代えて偏光分離素子34を用い、検出器12に代えて検出器32を用いる以外は、前述した実施形態1と同様である。
【0051】
偏光分離素子34は、平行成分(第一の偏光成分)の光および直交成分(第二の偏光成分)の光のそれぞれの進行方向を異なる方向に分離する光学素子である。すなわち、偏光分離素子34は、ラマン散乱光中の平行成分と直交成分とを分離するとともに、それぞれを検出器32の別の部分に集光する。このように、偏光分離素子34は、異なる偏光成分を空間的に分離する。偏光分離素子34は、ラマン散乱光中の異なる偏光成分を空間的に分離する機能を有する光学素子であればよい。偏光分離素子34の例には、ウォーラストンプリズム、ローションプリズム、偏光分離板、サヴァール板および偏光分離メタレンズが含まれる。
【0052】
検出器32は、偏光分離素子34が分離した光のそれぞれを異なる集光箇所で同時に検出する装置である。検出器32は、例えば前述したイメージセンサであり、本実施形態では、例えばCMOSセンサである。なお、検出器32の上側における図11中の黒丸は、平行成分および直交成分の一方の偏光方向(例えばs偏光)を意味し、検出器32の下側における図11中の両矢印は、平行成分と直交成分の他方の偏光方向(例えばp偏光)を意味している。
【0053】
本実施形態では、ラマン散乱光における平行成分は、検出器32における検出領域の例えば上半分の領域で検出され、ラマン散乱光における直交成分は、検出器32における検出領域の例えば下半分の領域で検出される。本実施形態では、ラマン散乱光における二以上の偏光成分が同時に検出される。そのため、前述した実施形態に比べて、偏光分離素子14による偏光成分の切り替えの時間差が生じないことから、当該時間差での測定位置のずれが生じず、う蝕の判定の精度を高める観点から有利である。
【0054】
〔実施形態4〕
図12は、本発明の実施形態4に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。本実施形態は、偏光分離素子14に代えて光弾性変調器44を用いる点で前述した実施形態1と相違し、その他は実施形態1と同様である。
【0055】
本実施形態に係るう蝕検出装置は、受光光学系において光弾性変調器44および偏光光学素子46を有しており、さらにファンクションジェネレータ47および検出制御部48を備えている。
【0056】
光弾性変調器44は、ラマン散乱光の偏光面を回転させる光学素子である。光弾性変調器44は、印加電圧に応じて複屈折率が変化する物質で構成された光学素子を備え、当該光学素子に印加する電圧を変化させることで、ラマン散乱光の偏光面を回転させる。
【0057】
偏光光学素子46は、特定の偏光成分を有するラマン散乱光のみを透過させる光学素子である。偏光光学素子46の例には、ワイヤーグリッド偏光子、プリズム偏光子および偏光ビームスプリッタが含まれる。
【0058】
ファンクションジェネレータ47および検出制御部48は、光弾性変調器44と検出器12とを同期させるための装置であり、またそのための情報処理における機能的構成である。ファンクションジェネレータ47および検出制御部48は、例えば装置本体10に内蔵されていてもよいし、装置本体10に併設される別の装置であってもよい。
【0059】
本実施形態では、光弾性変調器44を用いてラマン散乱光の偏光面を切り替える。例えば、偏光光学素子46には光源11から出射されたレーザ光の偏光成分と平行な偏光成分のみを透過する素子を採用し、光弾性変調器44に電圧を印加していない状態ではラマン散乱光のうち平行成分のみを検出器12で検出する。次いで、光弾性変調器44に電圧を印加し、ラマン散乱光の偏光面を90°回転させる。これにより、ラマン散乱光の直交成分が偏光光学素子46を透過するようになる。光弾性変調器44と検出器12を同期させ、電圧を印加していないタイミングおよび電圧を印加しているタイミングで信号を取り込む。このようにして、ラマン散乱光中の平行成分と直交成分とのそれぞれを検出器12で極短い周期で交互に検出する。そして、前述した制御部は、検出した各成分の信号強度から偏光異方性を求める。
【0060】
光弾性変調器44は、光学素子を回転させずにラマン散乱光の偏光面を変調させることが可能であり、短時間での偏光ラマン分光測定が可能である。よって、光弾性変調器44は、ラマン散乱光の偏光成分ごとの微小な変化を検出するのに有利である。本実施形態は、前述した実施形態に比べて、う蝕の検出における精度を高める観点からより有利である。
【0061】
〔実施形態5〕
本実施形態のう蝕検出装置は、歯Tにおけるう蝕候補部Tcを検出するスクリーニング部をさらに備える。図13は、本発明の実施形態5に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。本実施形態のう蝕検出装置は、検出光学系に、スクリーニング用光学フィルタ53、スクリーニング用偏光光学素子56およびスクリーニング用検出器52をさらに含む以外は、前述した実施形態1と同様である。
【0062】
スクリーニング用光学フィルタ53は、歯Tの反射光をスクリーニング用検出器52に向けて導光する光学素子である。ここで「反射光」とは、歯Tからの光のうち、検出器12に向かう(光学フィルタ13を透過した)ラマン散乱光以外の光であり、光学フィルタ13によって反射した光である。スクリーニング用光学フィルタ53にはビームスプリッタが用いられ、その例にはハーフミラーおよび偏光ビームスプリッタが含まれる。
【0063】
スクリーニング用偏光光学素子56は、反射光における平行成分を遮断して直交成分を透過する光学素子である。スクリーニング用偏光光学素子56は、当該反射光から、光源11からの光の偏光成分と同じ平行成分とは垂直な方向に偏光する直交成分およびその他の偏光方向の成分光を透過する。スクリーニング用偏光光学素子56の例には、ワイヤーグリッド偏光子、プリズム偏光子および偏光ビームスプリッタが含まれる。
【0064】
スクリーニング用検出器52は、スクリーニング用偏光光学素子56を透過した光を検出する。スクリーニング用検出器52には、偏光写真の撮像に利用可能な検出器を用いることができ、その例には前述したイメージセンサが含まれる。本実施形態では、スクリーニング用検出器52は、例えばCMOSセンサである。
【0065】
図14は、本実施形態におけるう蝕を検出する処理の流れの一例を示す図である。本実施形態では、前述した実施形態1におけるう蝕検出の処理に加えて、スクリーニング用の処理をさらに含む。以下、スクリーニング用の処理を説明する。
【0066】
ステップS51において、制御部は、スクリーニングの測定を開始する。例えば、制御部は、操作者による特定の操作に応じて、スクリーニング用検出器52を起動させる。
【0067】
ステップS52において、制御部は、スクリーニング用検出器52の検出信号に応じて歯Tの偏光写真の画像を形成する。
【0068】
本実施形態において得られる偏光写真の画像の一例を図15に示す。上記の構成によって、歯Tの反射光における特定の直線偏光(例えば平行成分)の光が遮られ、それに直交する方向に偏光する成分(例えば直交成分)と平行成分以外の方向に偏光する成分とからなる像が歯Tの偏光写真の像として得られる。
【0069】
このようなクロスニコル配置で撮像すると、鏡面反射(ハレーション)が取り除かれ、歯Tの表面の様子が観察しやすくなる。また、当該偏光写真では、う蝕候補部Tcはより明るく映し出される傾向がある。これは、正常部に比べてう蝕部では歯の構造が乱れており、光が散乱されやすいため、と考えられる。よって、当該偏光写真において、歯Tの表面の立体形状などの他の要素を必要に応じて加味して、より明るい部位をう蝕候補部Tc(う蝕の疑いがある部分)と判定し得る。そして、う蝕の検査においてう蝕候補部Tcをより重点的に走査することで、歯Tのう蝕をより迅速かつより的確に検出することが可能となる。
【0070】
このように、本実施形態では、う蝕候補部Tcのスクリーニングに、クロスニコル配置で撮影した反射写真(偏光写真)を利用する。クロスニコル配置で歯Tの写真を撮影することで、鏡面反射(ハレーション)を実質的に取り除くことが可能である。それにより、う蝕によってわずかながら表面状態(例えば色または粗さ)が異なっている箇所が偏光写真においてより明瞭に示され、う蝕候補部Tcをより容易に判定することが可能になる。
【0071】
なお、図15は、抜歯されたう蝕の歯Tを歯冠側から撮像した写真である。口腔内で歯Tを検査した場合でも、同様の偏光写真が撮像され得る。
【0072】
ステップS53において、制御部は、当該偏光写真の画像を解析する。制御部は、偏光写真の画像から、特定の条件に応じてう蝕候補部Tcを抽出し、その結果を表示装置30に表示してもよい。あるいは、制御部は、歯科医による歯Tのスクリーニングのために、偏光写真の画像を表示装置30に表示してもよい。
【0073】
本実施形態では、操作者は、当該スクリーニングによって歯Tにおけるう蝕候補部Tcを特定し、当該スクリーニングの結果に基づいて、歯Tにおけるう蝕の検出を実施する。本実施形態において、図14中の破線の矢印で示すように、ステップS52のスクリーニング用画像の取得とステップS12における偏光ラマン信号の取得とを必要に応じて繰り返して実施してもよい。
【0074】
このようなステップの繰り返しによれば、偏光ラマン分光を測定した後に測定位置を参照することが可能である。よって、本実施形態では、偏光ラマン分光測定の前後で測定位置をスクリーニング画像に基づいて確認することが可能であり、その結果、本実施形態では、想定とは異なる位置を測定していたことによる誤診断を予防するのに有利である。また、上記のようなステップの繰り返しは、歯Tにおけるう蝕候補部Tcの位置を確認することが可能であるため、う蝕の検出のための歯Tにおける走査範囲をより有効な範囲に特定する観点から有効である。
【0075】
〔実施形態6〕
本実施形態のう蝕検出装置も、実施形態5と同様に、歯Tにおけるう蝕候補部Tcを検出するスクリーニング部をさらに備える。図16は、本発明の実施形態6に係るう蝕検出装置の検出光学系の構成の要部を模式的に示す図である。本実施形態のう蝕検出装置は、光源11に代えて光源61を有し、検出光学系に、蛍光分離素子63および蛍光検出器62をさらに含む以外は、前述した実施形態1と同様である。
【0076】
光源61は、光源11と同様に歯Tを照射したときにラマン散乱光を発生させる光であって、さらに、歯Tのう蝕部から発生する蛍光を励起する光で(励起光)ある。う蝕はう蝕菌が生産する酸によって進行するが、その際にポルフィリンと呼ばれる物質が代謝の副生物として産生されることが知られており、よってポルフィリンが存在する場所にはう蝕菌が存在し、う蝕が生じている可能性がある。また、ポルフィリンは赤色光によって励起され、より長波長の赤色蛍光を発することが知られている。本実施形態における「蛍光」とは、う蝕によって発生する蛍光成分の蛍光であり、例えば前述したポルフィリンの赤色蛍光である。
【0077】
光源61が発生する励起光には、対象とする蛍光成分の励起波長に応じて、例えば波長300~800nmの範囲の一部の波長の可視光線または近赤外線が適用され得る。ポルフィリンの励起光は、ポルフィリンの蛍光の波長よりも短波長の光であればよい。本実施形態では、上記のラマン散乱光と励起光とを生じさせる光として、光源61には、波長633nmのレーザが採用され得る。このように光源61は、励起光を出射する蛍光用光源を兼ねている。なお、光源61は、波長可変光源であってもよいし、ラマン散乱光を発生させる光および上記の励起光のそれぞれに応じた複数の光源であってもよい。
【0078】
蛍光分離素子63は、歯Tからの蛍光を蛍光検出器62に向けて反射する光学素子である。蛍光分離素子63の例には、エッジフィルタ、ノッチフィルタおよびダイクロイックミラーが含まれる。
【0079】
蛍光検出器62は、歯Tからの蛍光を検出する検出器である。蛍光検出器62の例には、CMOSセンサ、CCDセンサ、光電子増倍管およびフォトダイオードが含まれる。本実施形態では、蛍光検出器62は、例えばイメージセンサであり、CMOSセンサとする。
【0080】
なお、本実施形態では、光学フィルタ13は、光源61からの光(励起光)を反射し、励起光よりも長波長の光を透過するように設計されている。
【0081】
う蝕候補部Tcで反射、散乱した光のうち、う蝕候補部Tcに特有の偏光ラマン散乱光とポルフィリン由来の赤色蛍光とは、光学フィルタ13を透過し、蛍光分離素子63に到達する。ポルフィリン由来の赤色蛍光は、蛍光分離素子63によって蛍光検出器62に向けて反射し、残りのうちの偏光ラマン散乱光は、バンドパスフィルタ15および偏光分離素子14を介して検出器12で検出される。制御部は、蛍光検出器62が検出した蛍光のデータから、ポルフィリン由来の赤色蛍光を含む歯Tの画像を形成し、当該画像を表示装置30に表示させる。
【0082】
図17は、本実施形態におけるスクリーニング処理で得られる画像の一例を模式的に示す図である。本実施形態では、上記の通り、歯Tの画像が得られる。例えば、歯Tが歯茎との境界部にう蝕候補部Tcを有する場合では、当該境界部にポルフィリン由来の赤色蛍光の領域を有する歯Tの画像が得られる。このような赤色蛍光の領域を含む歯Tの写真を撮影することで、ポルフィリンが存在する領域をう蝕候補部Tc、すなわちう蝕が疑われる箇所、と判定することが可能となる。
【0083】
本実施形態でも、実施形態5と同様に、歯Tにおける偏光ラマン分光測定の測定位置の適否をスクリーニング画像に基づいて確認することが可能である。本実施形態では、う蝕菌の活動に由来する成分の蛍光に基づいてスクリーニングを行うことから、当該蛍光が検出されるう蝕候補部Tcが実際にう蝕部となっている可能性が高い。したがって、本実施形態は、前述の実施形態5に比べて、偏光ラマン分光の測定箇所をスクリーニング画像からより的確に特定する観点から有効である。
【0084】
〔その他の実施形態〕
本発明に係るう蝕検出装置は、被検者の口腔内部の三次元画像を形成する口腔内3Dスキャン装置をさらに備えていてもよい。この実施形態によれば、前述の実施形態におけるう蝕検出およびスクリーニングの結果が反映された被検者の口腔内の三次元画像を形成することが可能となる。本実施形態は、被検者の歯科のカルテの電子化、このような電子カルテの充実化および利用の促進の観点から有効である。
【0085】
また、本発明の実施形態で説明した各処理は、AI(Artificial Intelligence:人工知能)に実行させてもよい。例えば、本発明の実施形態において、う蝕候補部の決定、う蝕部の決定あるいはう蝕の診断をAIに実行させてもよい。さらに定量的な評価の知見に基づけば、う蝕候補部、う蝕部およびその診断について十分に有用な結果がAIによってもたらされることが期待される。本発明の実施形態において、AIは制御部で動作してもよいし、他の装置(例えばエッジコンピュータまたはクラウドサーバ等)で動作してもよい。
【0086】
本発明では、偏光ラマン分光測定の最中に光源からの光の歯Tにおける集光位置を補正してもよい。このような実施形態も、操作者の手振れによる影響を抑制し、う蝕診断における誤診断を防止する観点から効果的である。当該実施形態は、検出光学系中の集光レンズ(例えばレンズ24)に液体レンズなどの焦点距離を変えることができるレンズを用い、前述した制御部が前述したジャイロセンサの検出値に応じて当該レンズの焦点距離を制御することによって実施可能である。また、歯Tへの照射光の焦点距離を変更可能な構成によれば、歯Tにおける当該照射光の照射範囲を変化させることも可能となる。したがって、当該照射光の照射範囲を歯Tの全体からう蝕候補部Tcまで連続して変化させることが可能となる。よって、同一の装置の構成でスクリーニング診断からう蝕診断までを可能とする観点から有利である。
【0087】
〔変更例〕
実施形態5において、光源11は、偏光ラマン分光による偏光異方性の取得のための光と、スクリーニングのための偏光写真の撮像のための光として、それぞれ異なる波長の光を出射してもよい。偏光写真撮像用の光は、偏光写真が撮像可能であればよいことから、可視光線から近赤外線に至る波長領域から任意の波長の光を偏光写真撮像用の光に選択することが可能である。
【0088】
本発明では、実施形態5のスクリーニング(偏光写真)と、実施形態6のスクリーニング(蛍光検出)との両方を組み合わせたスクリーニングを採用してもよい。このような実施形態は、う蝕部のスクリーニングの精度をより一層高める観点から有利である。
【0089】
また、実施形態5または実施形態6において、偏光ラマン分光測定の前後における測定位置を参照する場合には、当該偏光ラマン分光測定の前後の画像の差分から測定位置のずれを求めてもよい。このような構成も、操作者および被検者の測定中の動きによる影響を低減させる観点、および当該動きの影響による誤診断を予防する観点から有効である。
【0090】
〔まとめ〕
世界的に人類の寿命が延びつつある中、介護を必要とせずに暮らすことができる期間である健康寿命を延ばすことは重要な社会課題となってきている。これまでの研究および調査の結果、歯の本数が多い高齢者は健康寿命が長い傾向にある。また、歯を失う要因としてはう蝕や歯周病といった歯周疾患が大きな割合を示している。したがって、歯周疾患を如何に予防するか、が重要である。
【0091】
一方、ラマン散乱光の波長情報に加えて偏光情報も取得する偏光ラマン分光では、ラマン散乱光の検出強度の偏光依存性を評価することが可能である。これは、高分子材料または結晶といった特定の分子配向を有する物質の評価に有効である。歯の検査に関しては、歯の主要な成分であるハイドロキシアパタイトは、結晶性を有しており、構成分子が特定の配向を有しているため、ラマン散乱光に基づく偏光依存性の検出に好適である。
【0092】
一方で、歯のう蝕では、ハイドロキシアパタイトが酸によって溶け出す。そのため歯のう蝕部ではハイドロキシアパタイトの結晶性が低下し、ラマン散乱光の強度の偏光依存性が小さくなる。歯には種々の付着物が付着しているが、通常は結晶性を有する物ではない。よって、当該付着物からはラマン散乱光の強度の偏光依存性は、通常は観測されない傾向にある。
【0093】
本発明では、歯におけるの同一の測定箇所の偏光ラマン分光測定を行い、ラマン散乱光の偏光依存性を評価することによって、ハイドロキシアパタイトの情報を簡易に抽出し、そしてう蝕の存在を検出することが可能である。さらには、う蝕の進行度の定量的な評価も期待される。本発明では、偏光ラマン分光測定を行うことで、う蝕の進行度の評価のためのラマンスペクトルの解釈を簡易に行うことができる。
【0094】
また、本発明では、複数の偏光成分の強度を実質的に同時に測定する機能を備えることで、同一箇所から発生したラマン散乱光の偏光成分ごとの強度を評価することができ、また、測定時間の短縮および測定精度の向上を可能としている。
【0095】
さらに、検査、診断すべき歯科医およびう蝕の患者にとって、いずれも検査中に必要な動き以外の動きを一切行わないことは、通常は困難である。例えば、偏光ラマン分光測定を行っている最中の患者の動き、あるいは操作者の腕の震えなどによって、測定位置が僅かながらでも動き、十分に固定することが困難な場合がある。このような意図せぬ動きは、う蝕診断の精度を低下させることにつながる。本発明では手振れ補正などの位置補正可能の構成をさらに採用することにより、測定位置のずれを最小限に抑えることを可能とし、また診断精度のより一層の向上を可能とし、その結果、誤診断の防止が図られている。
【0096】
本発明の第一の態様は、第一の偏光方向を有する光を出射する光源(11)と、第一の偏光方向を有する光が照射されている被検者の歯(T)からのラマン散乱光中の第一の偏光方向を有する光とそれ以外の第二の偏光方向を有する光とを分離する偏光分離部(偏光分離素子14)と、偏光分離部で分離された第一の偏光方向を有する光および第二の偏光方向を有する光のそれぞれを検出する検出器(12)と、検出器からの第一の偏光方向を有する光および第二の偏光方向を有する光のそれぞれの検出信号からラマン散乱光の偏光異方性を取得する異方性取得部と、を備えるう蝕検出装置である。第一の態様によれば、ラマン分光測定を利用するう蝕の検出において明確かつ簡易にう蝕を検出することができる。
【0097】
本発明の第二の態様は、第一の態様において、偏光分離部が、第一の偏光方向を有する光および第二の偏光方向を有する光のそれぞれの進行方向を異なる方向に分離する光学素子(偏光分離素子34)である。第二の態様は、う蝕の判定の精度を高める観点からより一層効果的である。
【0098】
本発明の第三の態様は、第一の態様において、偏光分離部が、偏光面を回転させる光弾性変調器(44)である。第三の態様は、う蝕の検出における精度を高める観点からより一層効果的である。
【0099】
本発明の第四の態様は、第一の態様から第三の態様のいずれかにおいて、う蝕検出装置が、光源から検出器までの光学系の少なくとも一部を含むとともに被検者の口腔内に挿入可能な口腔内挿入部(20)をさらに有し、当該光学系が手振れ防止機構をさらに備える。第四の態様は、被検者の歯のう蝕診断に適用する観点からより一層効果的である。
【0100】
本発明の第五の態様は、第一の態様から第四の態様のいずれかにおいて、う蝕検出装置が、ラマン散乱光における特定の波長の光を透過するバンドパスフィルタ(15)をさらに有する。第五の態様は、偏光分離素子の高コスト化を避ける観点からより一層効果的である。
【0101】
本発明の第六の態様は、第一の態様から第五の態様のいずれかにおいて、う蝕検出装置が、歯におけるう蝕候補部(Tc)を検出するスクリーニング部をさらに備える。第六の態様は、偏光ラマン分光測定の測定位置の適否を確認する観点からより一層効果的である。
【0102】
本発明の第七の態様は、第六の態様において、スクリーニング部が、第一の偏光方向を有する光が照射されている歯からの反射光における第一の偏光方向を有する光を遮断して第二の偏光方向を有する光を透過するスクリーニング用偏光光学素子(56)と、スクリーニング用偏光光学素子を透過した光を検出するスクリーニング用検出器(52)と、を有する。第七の態様は、歯におけるう蝕によって状態の異なる箇所を明瞭に示してう蝕候補部を容易に判定する観点からより一層効果的である。
【0103】
本発明の第八の態様は、第六の態様または第七の態様において、スクリーニング部が、歯に照射される励起光を出射する蛍光用光源(光源61)と、励起光が照射されている歯からの蛍光を検出する蛍光検出器(62)と、を有する。第八の態様は、偏光ラマン分光の測定箇所(う蝕候補部)をスクリーニング画像から的確に特定する観点からより一層効果的である。
【0104】
本発明の第九の態様は、第一の態様から第八の態様のいずれかにおいて、う蝕検出装置が、被検者の口腔内部の三次元画像を形成する口腔内3Dスキャン装置をさらに備える。第九の態様は、被検者の歯科の情報の電子化、充実化および利用の促進の観点からより一層効果的である。
【0105】
本発明の実施形態における上記のような構成によれば、う蝕などの歯周疾患をその初期段階から正確に、迅速に、また容易に検出することが可能となる。よって、本発明の実施形態によれば、歯周疾患の早期発見による健康寿命の延伸につながり、例えば、国連が提唱する持続可能な開発目標(SDGs)の目標3「すべての人に健康と福祉を」等の達成への貢献が期待される。
【0106】
本発明は、上述した各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0107】
1 う蝕検出装置
10 装置本体
11、61 光源
12、32 検出器
13 光学フィルタ
14、34 偏光分離素子
15 バンドパスフィルタ
20 口腔内挿入部
21 ケース
22 光ファイバ
23 ミラー
24 レンズ
30 表示装置
44 光弾性変調器
46 偏光光学素子
47 ファンクションジェネレータ
48 検出制御部
52 スクリーニング用検出器
53 スクリーニング用光学フィルタ
56 スクリーニング用偏光光学素子
62 蛍光検出器
63 蛍光分離素子
T 歯
Tc う蝕候補部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13
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図15
図16
図17