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特開2024-137290抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法、抗癌剤のスクリーニング方法、および、抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法。
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137290
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法、抗癌剤のスクリーニング方法、および、抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法。
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240927BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240927BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6809 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/37 20060101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6837 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6834 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6841 20180101ALI20240927BHJP
   C12Q 1/6886 20180101ALI20240927BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 P
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12Q1/02
C12Q1/6809 Z
C12Q1/37
C12Q1/6869 Z
C12Q1/686 Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/6837 Z
C12Q1/6834 Z
C12Q1/6841 Z
C12Q1/6886 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048755
(22)【出願日】2023-03-24
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】304028726
【氏名又は名称】国立大学法人 大分大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】塚本 善之
(72)【発明者】
【氏名】平下 有香
(72)【発明者】
【氏名】黒木 秀作
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045CB02
2G045DA14
2G045DA36
2G045DA60
4B063QA05
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ36
4B063QQ52
4B063QQ53
4B063QQ79
4B063QR16
4B063QR35
4B063QR36
4B063QR48
4B063QR56
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS33
4B063QS34
4B063QS36
4B063QX01
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】遺伝子異常では予測困難な抗癌剤の効果予測が可能であり、かつ、少量の組織検体で効果予測が可能である、新規の抗癌剤の治療前効果予測方法を提供する。
【解決手段】生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程、および、
記接触工程前後の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む、抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程、および、
前記接触工程前後の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む、抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法。
【請求項2】
前記癌細胞は胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される、上皮性腫瘍由来の癌細胞である、請求項1に記載のデータの取得方法。
【請求項3】
前記抗癌剤は細胞標的型の抗癌剤である、請求項1に記載のデータの取得方法。
【請求項4】
前記細胞標的型の抗癌剤は、白金抗癌剤、ピリミジン系代謝拮抗抗癌剤、および、タキサン系抗癌剤からなる群より選択される1種以上である、請求項3に記載のデータの取得方法。
【請求項5】
前記抗癌剤は分子標的型の抗癌剤である、請求項1に記載のデータの取得方法。
【請求項6】
前記分子標的型の抗癌剤は、MEK阻害剤、mTOR阻害剤、EGFR阻害剤、HER2阻害剤、VEGFR阻害剤、VEGF阻害剤、免疫チェックポイント分子阻害剤、BRAF阻害剤、ALK阻害剤、CDK4/6阻害剤、PARP阻害剤、ROS1/TRK阻害剤、FGFR阻害剤、MET阻害剤、マルチキナーゼ阻害剤、および、RET阻害剤からなる群より選択される1種以上である、請求項5に記載のデータの取得方法。
【請求項7】
前記効果予測バイオマーカーは、タンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素活性である、請求項1に記載のデータの取得方法。
【請求項8】
生体から採取された癌細胞と、抗癌剤の候補物質とを接触させる接触工程、および、
前記接触工程前後の癌細胞における、効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む、抗癌剤のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記癌細胞は胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される、上皮性腫瘍由来の癌細胞である、請求項8に記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記効果予測バイオマーカーは、タンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素活性である、請求項8または9に記載のスクリーニング方法。
【請求項11】
生体から採取された癌細胞と、抗癌剤の候補物質とを接触させる接触工程、
前記接触工程前後の前記癌細胞における生体分子の発現量を測定する測定工程、および、
前記接触工程後の癌細胞において、前記接触工程前の癌細胞と比較して発現量が変化している生体分子を、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーであると評価する評価工程を含む、抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法。
【請求項12】
前記癌細胞は胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される1種以上である、上皮性腫瘍由来の癌細胞である、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【請求項13】
前記抗癌剤は細胞標的型の抗癌剤である、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記細胞標的型の抗癌剤は、白金抗癌剤、ピリミジン系代謝拮抗抗癌剤、および、タキサン系抗癌剤からなる群より選択される1種以上である、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
前記抗癌剤は分子標的型の抗癌剤である、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【請求項16】
前記分子標的型の抗癌剤は、MEK阻害剤、mTOR阻害剤、EGFR阻害剤、HER2阻害剤、VEGFR阻害剤、VEGF阻害剤、免疫チェックポイント分子阻害剤、BRAF阻害剤、ALK阻害剤、CDK4/6阻害剤、PARP阻害剤、ROS1/TRK阻害剤、FGFR阻害剤、MET阻害剤、マルチキナーゼ阻害剤、および、RET阻害剤からなる群より選択される1種以上である、請求項15に記載のスクリーニング方法。
【請求項17】
前記生体分子はタンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素である、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法、抗癌剤のスクリーニング方法、および、抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の化学療法においては、臓器別にもっとも有効と考えられている標準治療薬(抗癌剤)が定められている。しかしながら、同じ臓器の癌に対して同じ抗癌剤を適用した場合であっても、その治療効果は患者によって異なっており、治療効果が殆ど、あるいは全く得られないケースもある。このようなケースにおいては、患者は、治療効果が得られないのみならず、抗癌剤の強い副作用に苦しむことになる。そこで、抗癌剤による治療の前(抗癌剤の投与前)に、当該抗癌剤の効果予測を行い、適切な抗癌剤を選択する方法が求められている。
【0003】
従来の抗癌剤の治療前の効果予測方法の一つとして、遺伝子異常をバイオマーカーとする効果予測方法である、遺伝子パネル検査が知られている(非特許文献1)。しかしながら、この方法には、効果予測可能な抗癌剤が分子標的薬に限られ、細胞障害性抗癌剤等の遺伝子異常に作用しない抗癌剤の効果予測が困難であるという課題がある。
【0004】
別の従来の抗癌剤の治療前の効果予測方法として、患者癌組織を採取及び培養し、抗癌剤で処理して生存率を測定する、抗腫瘍剤感受性検査も知られている(非特許文献2)。係る方法は、作用機序によらず抗癌剤の効果予測が可能である一方、検査に300mg程度の多量の組織検体が必要であり、癌の再発および転移により手術不適応となった患者には適用できないという課題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】https://for-patients.c-cat.ncc.go.jp/
【非特許文献2】Hisayuki Kobayashi, Development of a new in vitro chemosensitivity test using collagen gel droplet embedded culture and image analysis for clinical usefulness, Recent Results in Cancer Research, 2003, vol.161, p.48-61
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のような状況にあって、本発明の一実施形態の目的は、新規の抗癌剤の治療前の効果予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様は、以下の構成を含む。
【0008】
〔1〕生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む、抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法。
【0009】
〔2〕前記癌細胞は胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される、上皮性腫瘍由来の癌細胞である、〔1〕に記載のデータの取得方法。
【0010】
〔3〕前記抗癌剤は細胞標的型の抗癌剤である、〔1〕または〔2〕に記載のデータの取得方法。
【0011】
〔4〕前記細胞標的型の抗癌剤は、白金抗癌剤、ピリミジン系代謝拮抗抗癌剤、および、タキサン系抗癌剤からなる群より選択される1種以上である、〔3〕に記載のデータの取得方法。
【0012】
〔5〕前記抗癌剤は分子標的型の抗癌剤である、〔1〕または〔2〕に記載のデータの取得方法。
【0013】
〔6〕前記分子標的型の抗癌剤は、MEK阻害剤、mTOR阻害剤、EGFR阻害剤、HER2阻害剤、VEGFR阻害剤、VEGF阻害剤、免疫チェックポイント分子阻害剤、BRAF阻害剤、ALK阻害剤、CDK4/6阻害剤、PARP阻害剤、ROS1/TRK阻害剤、FGFR阻害剤、MET阻害剤、マルチキナーゼ阻害剤、および、RET阻害剤からなる群より選択される1種以上である、〔5〕に記載のデータの取得方法。
【0014】
〔7〕前記効果予測バイオマーカーは、タンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素活性である、〔1〕~〔6〕のいずれか1つに記載のデータの取得方法。
【0015】
〔8〕生体から採取された癌細胞と、抗癌剤の候補物質とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む、抗癌剤のスクリーニング方法。
【0016】
〔9〕前記癌細胞は胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される、上皮性腫瘍由来の癌細胞である、〔8〕に記載のスクリーニング方法。
【0017】
〔10〕前記効果予測バイオマーカーは、タンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素活性である、〔8〕または〔9〕に記載のスクリーニング方法。
【0018】
〔11〕生体から採取された癌細胞と、抗癌剤の候補物質とを接触させる接触工程、前記接触工程前後の前記癌細胞における生体分子の発現量を測定する測定工程、および、前記接触工程後の癌細胞において、前記接触工程前の癌細胞と比較して発現量が変化している生体分子を、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーであると評価する評価工程を含む、抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法。
【0019】
〔12〕前記癌細胞は胃癌、食道癌、大腸癌、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される1種以上である、上皮性腫瘍由来の癌細胞である、〔11〕に記載のスクリーニング方法。
【0020】
〔13〕前記抗癌剤は細胞標的型の抗癌剤である、〔11〕または〔12〕に記載のスクリーニング方法。
【0021】
〔14〕前記細胞標的型の抗癌剤は、白金抗癌剤、ピリミジン系代謝拮抗抗癌剤、および、タキサン系抗癌剤からなる群より選択される1種以上である、〔13〕に記載のスクリーニング方法。
【0022】
〔15〕前記抗癌剤は分子標的型の抗癌剤である、〔11〕または〔12〕に記載のスクリーニング方法。
【0023】
〔16〕前記分子標的型の抗癌剤は、MEK阻害剤、mTOR阻害剤、EGFR阻害剤、HER2阻害剤、VEGFR阻害剤、VEGF阻害剤、免疫チェックポイント分子阻害剤、BRAF阻害剤、ALK阻害剤、CDK4/6阻害剤、PARP阻害剤、ROS1/TRK阻害剤、FGFR阻害剤、MET阻害剤、マルチキナーゼ阻害剤、および、RET阻害剤からなる群より選択される1種以上である、〔15〕に記載のスクリーニング方法。
【0024】
〔17〕前記生体分子はタンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素である、請求項11に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明の一態様によれば、新規の抗癌剤の治療前効果予測方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施例における、Mock処理群に対するシスプラチン処理群の細胞生存率の測定結果を示す図である。
図2】実施例における、TMK-1株におけるタンパク質リン酸化の強度の解析結果を示す図である。
図3】実施例における、Mock処理群に対するシスプラチン処理群の細胞生存率の測定結果を示す図である。
図4】実施例における、化学発光の検出結果を示す図である。
図5】実施例における、p-c-Junの誘導と、シスプラチン処理後の生存率との相関解析の結果を示す図である。
図6】実施例における、三剤併用治療を1コース受ける前と後に撮影したPET-CT画像を示す図である。
図7】実施例における、シスプラチン処理後のp-c-Jun量と、術前化学療法による腫瘍縮小率の測定結果を示す図である。
図8】実施例における、蛍光顕微鏡による細胞免疫染色の観察結果を示す図である。
図9】実施例における、シスプラチンの投与前後のTNFα mRNAの発現量の測定結果を示す図である。
図10】実施例における、シスプラチンの投与前後のCaspase 3/7酵素活性の測定結果を示す図である。
図11】実施例における、計48株の胃癌細胞株における細胞先存率の測定結果を示す図である。
図12】実施例における、化学発光によるリン酸化Ribosomal S6量の検出結果を示す図である。
図13】実施例における、D0325901高感受性株およびPD0325901低感受性株における、1μMのPD0325901投与から72時間後の細胞先存率の測定結果、PD0325901高感受性株およびPD0325901低感受性株における、1μMのPD0325901で24時間処理した際の各細胞におけるpS6量の変化、および、計48株の胃癌細胞株についての、1μMのPD0325901投与時の生存率と、pS6量の変化との、相関解析の結果を示す散布図、を示す図である。
図14】実施例における、PD0325901処理によるRNF186 mRNAとVAV3 mRNAの発現パターンの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意図する。
【0028】
〔1.データの取得方法〕
本発明の一実施形態に係る抗癌剤の治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「本データの取得方法」と称する場合がある)は、生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む。
【0029】
後述する実施例に示すように、同種の(同じ臓器由来の)癌であっても、抗癌剤への感受性には大きな差がある。本発明者らは、同種の臓器由来の癌細胞株群において、抗癌剤への感受性が高い細胞株と、抗癌剤への感受性が低い細胞株と、を比較した際に、抗癌剤への感受性と、特定の生体分子の発現量と、に相関関係があることを見出した。そして、かかる相関関係を利用することで、癌細胞における抗癌剤投与前後の特定の生体分子の発現量の変化に基づき、当該抗癌剤への感受性、換言すれば、抗癌剤の治療効果、を予測できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0030】
従来知られていた抗癌剤の効果予測方法は、効果予測可能な抗癌剤が分子標的薬に限られる、予測に多量の組織検体が必要であり(換言すれば、検体の採取に外科的手術が必要であり)、手術不適応となった患者には適用できない、等の課題を有するものであった。一方で、本データの取得方法を利用した抗癌剤の治療前の効果予測方法によれば、抗癌剤の種類によらず(遺伝子異常では予測困難な抗癌剤であっても)効果予測が可能であり、かつ、内視鏡または針生検などで得られる少量の組織検体で(すなわち、検体の採取に外科的手術を必要とせず)効果予測が可能である。それゆえ、本データの取得方法は、抗癌剤の治療前の効果予測方法として好適に利用することができる。
【0031】
本データの取得方法において、生体は、癌を発病している動物であれば特に限定されず、ヒトであってもよく、非ヒト動物であってもよいが、好ましくはヒトである。非ヒト動物の例としては、偶蹄類(ウシ、イノシシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなど)、奇蹄類(ウマなど)、齧歯類(マウス、ラット、ハムスター、リスなど)、ウサギ目(ウサギなど)、食肉類(イヌ、ネコ、フェレットなど)などが挙げられる。
【0032】
本データの取得方法における癌細胞は、生体から採取された癌細胞である限り特に限定されず、胃癌、食道癌、大腸癌(例えば、結腸癌、直腸癌)、肝細胞癌、膵臓癌、胆道癌、頭頸部癌、乳癌、肺癌、子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、腎細胞癌、膀胱癌、および、前立腺癌からなる群より選択される、上皮性腫瘍由来の細胞であってもよく、白血病、平滑筋肉種、中皮腫、悪性黒色腫、神経芽細胞腫、横紋筋肉腫、消化管間質腫瘍、骨肉腫、および、軟骨肉腫からなる群より選択される、非上皮性腫瘍由来の細胞であってもよいが、好ましくは上皮性腫瘍由来の癌細胞である。換言すれば、本データの取得方法に係る抗癌剤を適用する癌の種類は特に限定されず、上皮性腫瘍であってもよく、非上皮性腫瘍であってもよいが、好ましくは上皮性腫瘍である。
【0033】
本データの取得方法において、被験体から癌細胞を採取する方法は特に限定されず、生体から外科的切除により採取してもよく、内視鏡的切除または針生検等の非外科的切除により採取してもよく、生体から採取された体液(例えば、血液、膵液、胆汁、胸水、腹水、尿等)等から採取してもよい。中でも、生体への負担が低く、癌の再発および転移により手術不適応となった生体に対しても適用できることから、内視鏡的切除または針生検により採取することが好ましい。換言すれば、本データの取得方法における「生体から採取された癌細胞」は、「生体から内視鏡的切除または針生検等の非外科的切除により採取された癌細胞」であることが好ましい。なお、上記の各種採取方法の具体的な手順としては、従来公知の手順を採用することができる。また、上記の各方法で採取された癌細胞を公知の手法で培養した細胞を使用することもできる。
【0034】
本データの取得方法における抗癌剤は特に限定されず、細胞標的型の抗癌剤であってもよく、分子標的型の抗癌剤であってもよい。本データの取得方法は、これらの多様な種類(作用機序)の抗癌剤の効果予測に適用することが可能である。
【0035】
細胞標的型の抗癌剤としては、シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン、ネダプラチン等の白金系抗癌剤、5-フルオロウラシル、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、カペシタビン、シタラビン等のピリミジン系代謝拮抗抗癌剤、および、ドセタキセル、パクリタキセル等のタキサン系抗癌剤が挙げられる。細胞標的型の抗癌剤としては、これらの抗癌剤の1種類を単独で使用してもよく、2種類以上を組みわせて使用してもよい。
【0036】
分子標的型の抗癌剤としては、MEK阻害剤、mTOR阻害剤、EGFR阻害剤、HER2阻害剤、VEGFR阻害剤、VEGF阻害剤、免疫チェックポイント分子阻害剤、BRAF阻害剤、ALK阻害剤、CDK4/6阻害剤、PARP阻害剤、ROS1/TRK阻害剤、FGFR阻害剤、MET阻害剤、マルチキナーゼ阻害剤、および、RET阻害剤が挙げられる。分子標的型の抗癌剤としては、これらの抗癌剤の1種類を単独で使用してもよく、2種類以上を組みわせて使用してもよい。
【0037】
(接触工程)
本データの取得方法は、生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程を含む。
【0038】
接触工程において、癌細胞と、抗癌剤と、を接触させる方法は、特に限定されないが、例えば、癌細胞を培養している培地に抗癌剤を添加することによって、癌細胞と、抗癌剤と、を接触させることができる。接触方法として癌細胞を培養している培地に抗癌剤を添加する方法を採用する場合、抗癌剤の添加量は特に限定されず、また、抗癌剤の種類によっても有効量が変化するために一概には規定できないが、例えば、前記培地中の抗癌剤の濃度(終濃度)が、0.1μM~100μMとなるよう抗癌剤を添加することが好ましく、1μM~50μMとなるよう抗癌剤を添加することがより好ましい。
【0039】
接触工程において、癌細胞と、抗癌剤と、を接触させる時間は特に限定されず、例えば、0.1時間~100時間、0.1時間~75時間、0.1時間~50時間、0.1時間~25時間、0.1時間~10時間、または、0.1時間~1時間であってもよい。
【0040】
(測定工程)
本データの取得方法は、前記接触工程前後の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程を含む。
【0041】
測定工程においては、接触工程前の(すなわち、抗癌剤を接触させる前の)癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量と、接触工程後の(抗癌剤を接触させた後の)癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量と、を測定し、接触工程前の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量と、接触工程後の癌細胞における、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量との差として、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する。
【0042】
本データの取得方法における効果予測バイオマーカーは、効果予測の対象となる(接触工程において癌細胞と接触させる)抗癌剤を癌細胞に接触させた場合に、当該抗癌剤に対する感受性が高い癌細胞と、当該抗癌剤に対して感受性が低い癌細胞との間で、発現量に変化が生じる生体分子である。
【0043】
ここで、「発現量に変化が生じる生体分子」としては、(a)抗癌剤に対する感受性が低い癌細胞においては、ほとんど(あるいは全く)発現量が変化しない一方で、抗癌剤に対する感受性が高い癌細胞において発現量に大きな変化が生じる生体分子、または、(b)抗癌剤に対する感受性が高い癌細胞においてはほとんど(あるいは全く)発現量が変化しない一方で、抗癌剤に対する感受性が低い癌細胞において発現量に大きな変化が生じる生体分子、が存在し得るが、上記(a)または(b)の何れの生体分子も効果予測バイオマーカーとして使用し得る。
【0044】
ある抗癌剤に対する癌細胞の感受性は、当該抗癌剤を当該癌細胞に接触させた際の生存率(例えば、接触3日後生存率)により評価することができる。接触後の生存率が低いほど、対象の抗癌剤に対する癌細胞の感受性が高いことを意味し、生存率が高いほど、対象の抗癌剤に対する癌細胞の感受性が低いことを意味する。
【0045】
ある抗癌剤に対する癌細胞の感受性が高いことは、当該癌細胞に対して当該抗癌剤が有効な治療効果を有することを意味し、ある抗癌剤に対する癌細胞の感受性が低いことは、当該癌細胞に対して当該抗癌剤が有効な治療効果を有さないことを意味する。
【0046】
本データの測定方法における効果予測バイオマーカーは、任意の生体分子であり得、例えば、タンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素であり得る。
【0047】
本データの取得方法における効果予測バイオマーカーの量は、上記の各種生体分子の発現量として測定してもよく、対応する遺伝子の発現量、あるいは、対応する転写産物(mRNA等)もしくは翻訳産物の発現量として測定してもよい。また、対処の生体分子が酵素である場合は、当該酵素の酵素活性として測定することもできる。これらの生体分子(ならびに、対応する遺伝子または転写産物)の発現量の測定は、公知の手法、例えば、(i)生体分子がタンパク質である場合には、ウエスタンブロット法、免疫沈降法、ELISA法、RIA法、EIA法、バイオアッセイ法等の免疫学的手法、あるいは、LC-MS/MSMRM等を用いた非免疫学的手法を採用することができる。また、(i)生体分子(もしくはその転写産物)がmRNAである場合には、リアルタイムRT-PCR法、RNA分解酵素プロテクションアッセイ法、ノーザンブロット解析法、ドットブロット法、RNA-sequence解析、マイクロアレイ、FISH(fluorescence in situ hybridization)等の手法を採用することができる。
【0048】
ある抗癌剤について、複数種類の生体分子を当該抗癌剤の効果予測バイオマーカーとして使用し得る場合、測定工程においては、複数の効果予測バイオマーカーのうち、1種類のバイオマーカーのみの量的変化を測定してもよく、2種類以上のバイオマーカーの量的変化を測定してもよい。
【0049】
なお、本データの取得方法における、治療効果予測の対象たる抗癌剤の効果予測バイオマーカーとしては、後述する、〔3.バイオマーカーのスクリーニング方法〕項に記載の方法によりスクリーニングされた生体分子を好適に利用することもできる。
【0050】
(評価工程)
本データの取得方法は、測定工程で測定された抗癌剤の効果予測バイオマーカーの量的変化の測定結果を評価する評価工程を含んでもよい。
【0051】
評価工程の一態様における評価方法は、設定した効果予測バイオマーカーの種類によって変化する。例えば、効果予測バイオマーカーとして、(a)評価対象の抗癌剤に対する感受性が低い癌細胞においては発現量にほとんど(あるいは全く)発現量が変化しない一方で、評価対象の抗癌剤に対する感受性が高い癌細胞において発現量に大きな変化が生じる生体分子を使用した場合を考える。この場合、評価工程においては、(a1)測定工程において、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化していたとの測定結果が得られた場合、当該抗癌剤は、当該癌細胞の由来となった(当該癌細胞を採取した生体の発病している)癌に対して、有効な治療効果を有すると予測することができる。一方で、(a2)測定工程において、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化していなかったとの測定結果が得られた場合、当該抗癌剤は、当該癌細胞の由来となった(当該癌細胞を採取した生体の発病している)癌に対して、有効な治療効果を有さないと予測することができる。また、(b)評価対象の抗癌剤に対する感受性が高い癌細胞においてはほとんど(あるいは全く)発現量が変化しない一方で、評価対象の抗癌剤に対する感受性が低い癌細胞において発現量に大きな変化が生じる生体分子を使用した場合を考える。この場合、評価工程においては、(b1)測定工程において、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化していたとの測定結果が得られた場合、当該抗癌剤は、当該癌細胞の由来となった(当該癌細胞を採取した生体の発病している)癌に対して、有効な治療効果を有さないと予測することができる。一方で、(b2)測定工程において、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化していなかったとの測定結果が得られた場合、当該抗癌剤は、当該癌細胞の由来となった(当該癌細胞を採取した生体の発病している)癌に対して、有効な治療効果を有すると予測することができる。
【0052】
本データの取得方法において、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化しているか否かは、測定された効果予測バイオマーカー量が有意に変化しているかに基づき判定されることが好ましい。換言すれば、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化(増加または減少)している場合であっても、その変化量が有意な値でない場合には、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が変化していなかったと評価することが好ましい。
【0053】
本データの取得方法において、抗癌剤の接触後に効果予測バイオマーカー量が有意に変化しているとは、抗癌剤の接触前の効果予測バイオマーカー量と比して、抗癌剤の接触後の効果予測バイオマーカー量が所定のカットオフ値以上増加または減少していることを意図する。ここで、所定のカットオフ値としては、採用する効果予測バイオマーカーの種類により変化するため一概には規定できないが、例えば、5%以上、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、あるいは、100%以上を設定することができる。また、「増加」していると判定するためのカットオフ値としては、抗癌剤の接触前の効果予測バイオマーカー量の2倍以上、3倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上、または、6.5倍以上といった値を設定することもでき、「減少」していると判定するためのカットオフ値としては、抗癌剤の接触前の効果予測バイオマーカー量1/10以下、1/100以下、1/100以下、または、1/10000以下、といった値を設定することもできる。
【0054】
<データの取得方法の例1>
本データの取得方法の一態様として、細胞標的型の抗癌剤である白金系抗癌剤の一種であるシスプラチン治療効果を、リン酸化c-Jun(p-c-jun)を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、白金系抗癌剤であるシスプラチンとを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、リン酸化c-Junの量的変化を測定する測定工程、を含む、シスプラチンの治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法A」と称する場合がある)を提供する。
【0055】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、シスプラチン接触後の癌細胞におけるリン酸化c-Junの量的変化が、当該癌細胞のシスプラチンに対する感受性、換言すれば、シスプラチンの治療効果と相関することを見出している。より具体的に、シスプラチン高感受性の癌細胞においては、シスプラチンの接触後に、リン酸化c-Junの発現が大きく亢進する(発現量が大きく増加する)ことを見出している。従って、方法Aにおいては、接触工程前後の癌細胞における、リン酸化c-Junの量が増加していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、シスプラチンが有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0056】
なお、方法Aにおいては、例えば、シスプラチンの接触後の癌細胞におけるリン酸化c-Jun量(例えば、発現量)が、シスプラチンの接触前の癌細胞におけるリン酸化c-Jun量の5倍以上、好ましくは10倍以上となっている場合に、「リン酸化c-Junの量が増加している」と判定することができる。
【0057】
<データの取得方法の例2>
本データの取得方法の一態様として、細胞標的型の抗癌剤である白金系抗癌剤の一種であるシスプラチンの治療効果を、TNFα遺伝子を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、白金系抗癌剤であるシスプラチンとを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、TNFα遺伝子の量的変化を測定する測定工程、を含む、シスプラチンの治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法B」と称する場合がある)を提供する。
【0058】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、シスプラチン接触後の癌細胞におけるTNFα遺伝子の量的変化が、当該癌細胞のシスプラチンに対する感受性、換言すれば、シスプラチンの治療効果と相関することを見出している。より具体的に、シスプラチン高感受性の癌細胞においては、シスプラチンの接触後に、TNFα mRNAの発現が大きく亢進する(発現量が大きく増加する)ことを見出している。従って、方法Bにおいては、接触工程前後の癌細胞における、TNFα遺伝子の量が増加していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、シスプラチンが有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0059】
なお、方法Bにおいては、例えば、シスプラチンの接触後の癌細胞におけるTNFα mRNAの発現量が、シスプラチンの接触前の癌細胞におけるTNFα mRNA発現量の10倍以上、好ましくは15倍以上となっている場合に、「TNFα遺伝子の量が増加している」と判定することができる。
【0060】
<データの取得方法の例3>
本データの取得方法の一態様として、細胞標的型の抗癌剤である白金系抗癌剤の一種であるシスプラチンの治療効果を、Caspase 3を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、白金系抗癌剤であるシスプラチンとを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、Caspase 3の量的変化を測定する測定工程、を含む、シスプラチンの治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法C」と称する場合がある)を提供する。
【0061】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、シスプラチン接触後の癌細胞におけるCaspase 3の量的変化が、当該癌細胞のシスプラチンに対する感受性、換言すれば、シスプラチンの治療効果と相関することを見出している。より具体的に、シスプラチン高感受性の癌細胞においては、シスプラチンの接触後に、Caspase 3の酵素活性が大きく増加することを見出している。従って、方法Cにおいては、接触工程前後の癌細胞における、Caspase 3の量(酵素活性)が増加していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、シスプラチンが有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0062】
なお、方法Cにおいては、例えば、シスプラチンの接触後の癌細胞におけるCaspase 3の酵素活性が、シスプラチンの接触前の癌細胞におけるCaspase 3の酵素活性の2倍以上、好ましくは4倍以上となっている場合に、「Caspase 3の量が増加している」と判定することができる。
【0063】
<データの取得方法の例4>
本データの取得方法の一態様として、細胞標的型の抗癌剤である白金系抗癌剤の一種であるシスプラチンの治療効果を、Caspase 7を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、白金系抗癌剤であるシスプラチンとを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、Caspase 7の量的変化を測定する測定工程、を含む、シスプラチンの治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法D」と称する場合がある)を提供する。
【0064】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、シスプラチン接触後の癌細胞におけるCaspase 7の量的変化が、当該癌細胞のシスプラチンに対する感受性、換言すれば、シスプラチンの治療効果と相関することを見出している。より具体的に、シスプラチン高感受性の癌細胞においては、シスプラチンの接触後に、Caspase 7の酵素活性が大きく増加することを見出している。従って、方法Dにおいては、接触工程前後の癌細胞における、Caspase 7の量(酵素活性)が増加していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、シスプラチンが有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0065】
なお、方法Dにおいては、例えば、シスプラチンの接触後の癌細胞におけるCaspase 7の酵素活性が、シスプラチンの接触前の癌細胞におけるCaspase 7の酵素活性の2倍以上、好ましくは4倍以上となっている場合に、「Caspase 7の量が増加している」と判定することができる。
【0066】
<データの取得方法の例5>
本データの取得方法の一態様として、分子標的型の抗癌剤である、MEK阻害剤の一種であるPD0325901の治療効果を、リン酸化Ribosomal S6(pS6)を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、MEK阻害剤の一種であるPD0325901とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、リン酸化Ribosomal S6の量的変化を測定する測定工程、を含む、PD0325901の治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法E」と称する場合がある)を提供する。
【0067】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、PD0325901接触後の癌細胞におけるリン酸化Ribosomal S6の量的変化が、当該癌細胞のPD0325901に対する感受性、換言すれば、PD0325901の治療効果と相関することを見出している。より具体的に、PD0325901高感受性の癌細胞においては、PD0325901の接触後に、リン酸化Ribosomal S6の発現量が大きく減少することを見出している。従って、方法Eにおいては、接触工程前後の癌細胞における、リン酸化Ribosomal S6の量が減少していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、PD0325901が有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0068】
なお、方法Eにおいては、例えば、PD0325901の接触後の癌細胞におけるリン酸化Ribosomal S6の発現量が、PD0325901の接触前の癌細胞におけるリン酸化Ribosomal S6の発現量の50%以下、好ましくは10%以下となっている場合に、「リン酸化Ribosomal S6の量が減少している」と判定することができる。
【0069】
<データの取得方法の例6>
本データの取得方法の一態様として、分子標的型の抗癌剤である、MEK阻害剤の一種であるPD0325901の治療効果を、RNF186遺伝子を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、MEK阻害剤の一種であるPD0325901とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、RNF186遺伝子の量的変化を測定する測定工程、を含む、PD0325901の治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法F」と称する場合がある)を提供する。
【0070】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、PD0325901接触後の癌細胞におけるRNF186遺伝子の量的変化が、当該癌細胞のPD0325901に対する感受性、換言すれば、PD0325901の治療効果と相関することを見出している。より具体的に、PD0325901高感受性の癌細胞においては、PD0325901の接触後に、RNF186遺伝子発現量が大きく増加することを見出している。従って、方法Fにおいては、接触工程前後の癌細胞における、RNF186遺伝子の量が増加していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、PD0325901が有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0071】
なお、方法Fにおいては、例えば、PD0325901の接触後の癌細胞におけるRNF186 mRNAの発現量が、PD0325901の接触前の癌細胞におけるRNF186 mRNAの発現量の10倍以上、好ましくは14倍以上となっている場合に、「RNF186遺伝子の量が増加している」と判定することができる。
【0072】
<データの取得方法の例7>
本データの取得方法の一態様として、分子標的型の抗癌剤である、MEK阻害剤の一種であるPD0325901の治療効果を、VAV3遺伝子を効果予測バイオマーカーとして利用して、予測する方法を提供する。すなわち、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、MEK阻害剤の一種であるPD0325901とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、VAV3遺伝子の量的変化を測定する測定工程、を含む、PD0325901の治療効果を予測するためのデータの取得方法(以下、「方法G」と称する場合がある)を提供する。
【0073】
本発明者らは、後述する実施例にも記載のように、PD0325901接触後の癌細胞におけるVAV3遺伝子の量的変化が、当該癌細胞のPD0325901に対する感受性、換言すれば、PD0325901の治療効果と相関することを見出している。より具体的に、PD0325901高感受性の癌細胞においては、PD0325901の接触後に、VAV3遺伝子発現量が大きく増加することを見出している。従って、方法Gにおいては、接触工程前後の癌細胞における、VAV3遺伝子の量が増加していた場合に、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対して、PD0325901が有効な治療効果を有する、と評価することができる。
【0074】
なお、方法Gにおいては、例えば、PD0325901の接触後の癌細胞におけるVAV3 mRNAの発現量が、PD0325901の接触前の癌細胞におけるVAV3 mRNAの発現量の5倍以上、好ましくは10倍以上となっている場合に、「VAV3遺伝子の量が増加している」と判定することができる。
【0075】
〔2.抗癌剤のスクリーニング方法〕
上記のように、ある癌細胞に対するある抗癌剤の治療効果と、当該癌細胞に当該抗癌剤を接触させた際の、当該抗癌剤に対応する効果予測バイオマーカーの量的変化との間には強い相関関係がある。このことは、ある抗癌剤の候補物質を癌細胞に接触させた場合に、上記と同様の効果予測バイオマーカーの量的変化が確認された場合、当該抗癌剤の候補物質が、当該バイオマーカーに対応する抗癌剤と同様の、癌細胞に対する治療効果を有する、と予測することができる。換言すれば、当該抗癌剤の候補物質が、抗癌剤として使用し得る、と予測することができる。すなわち、本発明者らが見出した、抗癌剤の治療効果と、当該抗癌剤に対応する効果予測バイオマーカーの量的変化との間の関係性は、抗癌剤のスクリーニング方法に使用することも可能である。したがって、本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、抗癌剤の候補物質とを接触させる接触工程、および、前記接触工程前後の癌細胞における、効果予測バイオマーカーの量的変化を測定する測定工程、を含む、抗癌剤のスクリーニング方法を提供する。
【0076】
本発明の一実施形態に係る抗癌剤のスクリーニング方法(以下、「本抗癌剤のスクリーニング方法」と称する場合がある)の説明に関し、既に説明した事項については、〔1.データの取得方法〕の記載を適宜援用する。
【0077】
本抗癌剤のスクリーニング方法における抗癌剤の候補物質は特に限定されず、例えば、低分子化合物、核酸、タンパク質などであり得る。候補物質は、天然由来の物質であっても、人工的に合成された物質であっても良い。
【0078】
本抗癌剤のスクリーニング方法における効果予測バイオマーカーとしては、上記〔1.データの取得方法〕に記載の各バイオマーカーを利用することができる。本抗癌剤のスクリーニング方法の一態様においては、例えば、効果予測バイオマーカーとして、リン酸化c-Jun、TNFα遺伝子、Caspase 3、リン酸化Ribosomal S6、RNF186遺伝子、およびVAV3遺伝子を利用することができる。より具体的に、本抗癌剤のスクリーニング方法の一態様においては、抗癌剤の候補物質を癌細胞に接触させた前後において、リン酸化c-Junの発現量の増加、TNFα mRNA発現量の増加、Caspase 3酵素活性の増加、リン酸化Ribosomal S6の発現量の減少、RNF186 mRNAの発現量の増加、およびVAV3 mRNAの発現量の増加、からなる群より選択される何れかの生体分子の量的変化が確認された場合に、対象の抗癌剤の候補物質が、抗癌剤として使用し得る(癌に対する治療効果を有する)、と予測することができる。
【0079】
〔3.バイオマーカーのスクリーニング方法〕
本発明の一実施形態において、生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程、前記接触工程前後の前記癌細胞における生体分子の発現量を測定する測定工程、および、前記接触工程後の癌細胞において、前記接触工程前の癌細胞と比較して発現量が変化している生体分子を、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーであると評価する評価工程を含む、抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法を提供する。
【0080】
本発明の一実施形態に係る抗癌剤の効果予測バイオマーカーのスクリーニング方法(以下、「本バイオマーカーのスクリーニング方法」と称する場合がある)の説明に関し、既に説明した事項については、〔1.データの取得方法〕の記載を適宜援用する。
【0081】
(接触工程)
本バイオマーカーのスクリーニング方法は、生体から採取された癌細胞と、抗癌剤とを接触させる接触工程を含む。接触工程の具体的な態様については上記〔1.データの取得方法〕項における接触工程の記載を援用する。
【0082】
(測定工程)
本バイオマーカーのスクリーニング方法は、前記接触工程前後の前記癌細胞における、生体分子の発現量を測定する測定工程を含む。
【0083】
測定工程においては、接触工程前の(すなわち、抗癌剤を接触させる前の)癌細胞における、生体分子の量と、接触工程後の(抗癌剤を接触させた後の)癌細胞における、前記生体分子の発現量と、を測定する。
【0084】
本バイオマーカーのスクリーニング方法における生体分子は、任意の生体分子であり得、例えば、タンパク質、タンパク質修飾、分泌型タンパク質、切断型タンパク質、mRNA、miRNA、脂質、または、酵素であり得る。なお、これらの生体分子の量の測定方法については、上記〔1.データの取得方法〕項の記載を援用する。また、測定工程においては、複数種類の生体分子の量を網羅的に測定してもよく、それぞれ個別に測定してもよい。
【0085】
(評価工程)
本バイオマーカーのスクリーニング方法は、前記接触工程後の癌細胞において、前記接触工程前の癌細胞と比較して発現量が変化している生体分子を、前記抗癌剤の効果予測バイオマーカーであると評価する評価工程を含む。
【0086】
評価工程において、生体分子の量の変化は、増加であってもよく、減少であってもよい。また、接触工程の前後において、生体分子の量が変化しているか否かは、測定された生体分子の量が有意に変化しているかに基づき判定されることが好ましい。換言すれば、抗癌剤の接触後に生体分子の量が変化(増加または減少)している場合であっても、その変化量が有意な値でない場合には、抗癌剤の接触後に生体分子の量が変化していなかったと評価することが好ましい。なお、本バイオマーカーのスクリーニング方法における生体分子の変化量が有意な値であるか否かは、例えば、上記〔1.データの取得方法〕項に記載の各カットオフ値を利用して評価することができる。
【0087】
また、本バイオマーカーのスクリーニング方法の別の一態様において、接触工程の前後において、生体分子の量が変化しているか否かは、対照の(抗癌剤と接触させていない)癌細胞における当該生体分子の量の変化と比較して行うこともできる。係る対照の癌細胞としては、例えば、接触工程において、抗癌剤に代えて生理食塩水等の生体分子の量に影響を与えない物質を接触させた以外は、対象の(抗癌剤と接触させる)癌細胞と同様に、培養および各工程に供された細胞を使用することができる。
【0088】
係る態様においては、例えば、抗癌剤と接触させ癌細胞における接触工程の前後における生体分子の量の変化と、対照の癌細胞における接触工程の前後における生体分子の量の変化と、を比較し、各癌細胞間で変化量に有意な差があった生体分子を、抗癌剤の効果予測バイオマーカーであると評価することが好ましい。
【実施例0089】
〔胃癌細胞株を用いた細胞生存解析〕
1.図1に記載の計20種類の胃癌細胞株を、Yuka Hirashita et al., Reduced phosphorylation of ribosomal protein S6 is associated with sensitivity to MEK inhibition in gastric cancer cells, Cancer Science , 2016, vol.107(12), p.1919-1928(PMID: 27699948)に記載の方法に従い培養した。
2.培養開始から96時間後にサブコンフルエントになるように各癌細胞株について、800個から7000個の癌細胞を96ウェルプレートの各ウェルへ播種した。
3.播種から24時間後に、各ウェルに対して、生理食塩水(Mock)または0.5mg/mlの細胞標的型の抗癌剤であるシスプラチン(ファイザー社)溶液を、シスプラチンの終濃度が、5μMとなるよう添加した。
4.添加から72時間後に、Mock処理群に対するシスプラチン処理群の細胞生存率をCellTiter 96(登録商標) AQueous One Solution Cell Proliferation Assay kit(Promega社)を用いて、プロトコールにしたがって数値化した。なお、測定および数値化にはMULTISKAN GO (Thermo Scientific社製)を使用した。
【0090】
Mock処理群に対するシスプラチン処理群の細胞生存率の測定結果を図1に示す。図1のグラフにおいて、縦軸は、Mock処理群の生存率に対する細胞の生存率(Viability)の割合(%)を示し、横軸には使用した各癌細胞株名を示す。図1に示すように、NUGC3、44As3、SNU601、58As9、MKN1、TMK1、SH101-P4およびAGS株は、細胞の生存率が低かった。換言すれば、これらの株は、シスプラチンへの高い感受性を示す細胞株(シスプラチン高感受性胃癌細胞株)であった。これらのシスプラチン高感受性胃癌細胞株のうち、TMK-1を選択して次の処理に利用した。
【0091】
〔シスプラチン高感受性胃癌細胞株TMK-1を用いたリン酸化タンパク質解析〕
1.500000個のTMK-1細胞を6cmプレートへ播種した。
2.播種から24時間後に生理食塩水(Mock)または0.5mg/mlのシスプラチン溶液を、シスプラチンの終濃度が、5μMとなるよう添加した。
3.添加から24時間後にHuman Phospho-Kinase Antibody Array (R&D Systems 社製、カタログ#ARY003B)を用いて、プロトコールにしたがい、43種類のタンパク質リン酸化の強度を解析した。
【0092】
TMK-1株における、タンパク質リン酸化の強度の解析結果を図2に示す。図2に示すように、シスプラチン処理群(図右図)においては、Mock処理群(図2左図)と比して、p38、JNKおよびc-junのリン酸化が亢進(リン酸化p38、リン酸化JNKおよびリン酸化c-jun量が増加)することが示された。
【0093】
〔癌患者由来の癌組織(癌オルガノイド)の培養〕
(食道癌由来の癌組織の培養)
1.内視鏡的に採取された、それぞれ異なる食道癌患者(患者名:EC001、EC002、EC006、EC007、EC008、EC015、EC018、EC020、EC021、EC022)由来の癌組織10~15mgをメスで細切した。
2.細切した組織をWash Medium(1% Penicilin Streptmycin(ThermoFisher社)、1%牛胎児血清(Sigma社)、DMEM(ThermoFisher社))で3回洗浄した後、10Uディスパーゼ(ThermoFisher社)で37℃、5分間処理した。
3.ディスパーゼ処理した組織片をPBSで洗浄した後、TrypLE(ThermoFisher社)で37℃、20分間処理した。
4.TrypLE処理した組織片をピペッティング後、自然沈降させ、1~30個の細胞から構成される小さな食道癌組織由来の細胞塊(癌オルガノイド)を含む上清を抽出および別のチューブへ移動させ、Wash Mediumで洗浄した。
5.洗浄した細胞塊を120~360μLのマトリゲル(Corning社)で懸濁し、懸濁物(120μLのマトリゲルと癌オルガノイドの混合物)を12ウェルプレートの1~3ウェルへ播種した。
6.播種した懸濁物を37℃で20分間インキュベーションした後、各ウェルに対して1mlの食道癌培地を加え、癌オルガノイドの培養を行った。なお、使用した食道癌培地の組成は以下の通りであった。
【0094】
<食道癌培地の組成>
10% R-spondin conditioned medium:R-spondin1 (RSPO1) Cells and Reagents (TREVIGEN社, Cat#3710-001-K)
10% Noggin conditioned medium:Hubrecht InstituteとのMTAで入手
2% B-27 without Vitamin A:ThermoFisher
1mM Nicotinamide:Sigma
500mM N-acetylcysteine:Sigma
1% Primocin:Invivogen
0.5μM A83-01:R&D systems
100ng/ml human EGF(Animal-Free Recombinant Human EGF):Peprotech
10nM GastrinI(human):Tocris Bioscience
Advanced DMEM/F12(基本培地):ThermoFisher
10mM Hepes:ThermoFisher
1% GlutaMAX:ThermoFisher
1% Penicillin-Streptomycin:ThermoFisher。
【0095】
(胃癌由来の癌組織の培養)
1.内視鏡的に採取された、それぞれ異なる胃癌患者(患者名:GC004、GC006、GC010、GC011、GC015)由来の癌組織10~15mgをメスで細切した。
2.細切した組織をWash Medium(1% Penicilin Streptmycin(ThermoFisher社)、1%牛胎児血清(Sigma社)、DMEM(ThermoFisher社))で3回洗浄した後、0.125mg/mLのCollagenase XI (Sigma社)および0.125mg/mLのディスパーゼ(ThermoFisher社)で37℃、40分間処理した。
3.ディスパーゼ処理した組織片をPBSで洗浄した後、TrypLE(ThermoFisher社)で37℃、20分間処理した。
4.Collagenase XIおよびディスパーゼにて処理した組織片をピペッティング後、自然沈降させ、1~30個の細胞から構成される小さな胃癌組織由来の細胞塊(癌オルガノイド)を含む上清を抽出および別のチューブへ移動させ、Wash Mediumで洗浄した。
5.洗浄した細胞塊を120~360μLのマトリゲル(Corning社)で懸濁し、懸濁物(120μLのマトリゲルと癌オルガノイドの混合物)を12ウェルプレートの1~3ウェルへ播種した。
6.播種した懸濁物を37℃で20分間インキュベーションした後、各ウェルに対して1mlの胃癌培地を加え、癌オルガノイドの培養を行った。なお、使用した胃癌培地の組成は以下の通りであった。
【0096】
<胃癌培地の組成>
50% Wnt3a conditioned medium:Hubrecht InstituteとのMTAで入手
10% R-spondin conditioned medium:R-spondin1 (RSPO1) Cells and Reagents (TREVIGEN社, Cat#3710-001-K)
10% Noggin conditioned medium:Hubrecht InstituteとのMTAで入手
2% B-27 without Vitamin A:ThermoFisher
1mM Nicotinamide:Sigma
500mM N-acetylcysteine:Sigma
1% Primocin:Invivogen
1μM A83-01:R&D systems
50ng/ml human EGF(Animal-Free Recombinant Human EGF):Peprotech
10nM GastrinI(human):Tocris Bioscience
125ng/ml FGF10(human):Peprotech
Advanced DMEM/F12(基本培地):ThermoFisher
10mM Hepes:ThermoFisher
1% GlutaMAX:ThermoFisher
1% Penicillin-Streptomycin:ThermoFisher。
【0097】
(癌オルガノイドの継代)
1.上記の12ウェルプレートよりマトリゲルおよび各癌オルガノイド(食道癌由来または胃癌由来の計15種)を回収した。
2.回収した癌オルガノイドをWash mediumで1回洗浄した
3.洗浄後、37℃で4分間、癌オルガノイドをTrypLE(ThermoFisher社)で処理した。
4.TrypLE処理後の癌オルガノイドをWash mediumで1回洗浄した。
5.この洗浄後の癌オルガノイドをマトリゲルと混合し、混合物を得た。得られた混合物を12ウェルプレートへ播種した。
6.播種した混合物を37℃で20分間インキュベーションした後、各ウェルに対して1mlの対応する培地(上記の食道癌培地または胃癌培地)を加え、癌オルガノイドの培養を行った。係る一連の操作により癌オルガノイドの継代を行った。
【0098】
〔癌オルガノイドの細胞生存解析〕
1.継代後2日目の癌オルガノイドを回収し、10%マトリゲルを含む培地(上記の食道癌培地または胃癌培地)で懸濁した。
2.上記の培地にMockもしくは0.5mg/mlのシスプラチン溶液を、シスプラチンの終濃度が、1μM、5μM、10μM、20μM、または30μMとなるよう加えて96ウェルプレートへ播種した後、37℃で120時間、癌オルガノイドの培養を行った。
3.Mock処理群に対するシスプラチン処理群の細胞生存率を、CellTiter-Glo(登録商標) 3D Cell Viability Assay kit(Promega社)により解析した。
【0099】
Mock処理群に対するシスプラチン処理群の細胞生存率の測定結果を図3に示す。図3のグラフにおいて、縦軸は、Mock処理群の生存率に対する細胞の生存率(Viability)の割合(%)を示し、横軸はシスプラチンの終濃度(μM)を示す。図3に示すように、計15株の食道癌または胃癌由来の癌オルガノイドのうち、EC001、EC015、EC022、EC006およびEC007株が、特にシスプラチン処理後の生存率が低いこと、すなわち、シスプラチンに対する感受性が高いことが示された。
【0100】
〔シスプラチン処理後の癌オルガノイドのウェスタンブロッティング〕
1.上記の胃癌または食道癌由来の各癌オルガノイド(EC001、EC002、EC006、EC007、EC008、EC015、EC018、EC020、EC021、EC022、GC004、GC006、GC010、GC011、GC015株)を、1株当たり1ウェルあたり300000~6000000細胞の割合で12ウェルプレートへ播種し、48時間培養を行った。
2.各ウェルに対して、生理食塩水(Mock)または0.5mg/mlのシスプラチン(ファイザー社)溶液を、シスプラチンの終濃度が、10μMまたは20μMなるよう添加し、この状態でさらに24時間培養を行った。培養後、マトリゲル中の癌オルガノイドをCell Recovery Solution (ThermoFisher社)を使って回収した。
3.回収した癌オルガノイドを200μLの0.1% SDS-RIPAで処理し、細胞のタンパク質ライセートを回収した。
4.回収したライセート中のタンパク質濃度をDC Protein Assay Kit (Promega社)で測定し、20μgずつ、10%SDS-PAGEゲルで電気泳動を行った。
5.ゲル中のタンパク質を、PVDFメンブレンン(ミリポア社)へトランスファーし、ブロックエース(株式会社ケーエーシー)で処理した後、ハイブリバッグ内で、4℃で一晩の間、0.1%Tween入りTBS(TBST)で希釈した一次抗体と反応させた。一次抗体としてはc-Junの63番目のセリンリン酸化(p-c-Jun)を認識する抗体(Cell Signaling Technology社、Cat#2361、1000倍希釈)またはβアクチンを認識する抗体(SantaCruz社、sc-47778、4000倍希釈)を使用した。
6.一次抗体との反応後のゲルをTBSTにて室温で10分間、計3回洗浄した後、メンブレンを二次抗体(一次抗体がp-c-Jun認識抗体であったときはHRP修飾抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch, Cat#111-035-144)、βアクチンであったときはHRP修飾抗マウスIgG抗体(Cappel, Cat#55550))と反応させた。
7.二次抗体との反応後のゲルをTBSTで室温で10分間、計3回洗浄した後、メンブレンを発色試薬 (ECL Western Blotting Detection Reagents, GE Healthcare, Cat#RPN2106) で処理し、化学発光をAmersham Hyperfilm(GE Healthcare #28906837)で検出した。
【0101】
化学発光の検出結果を図4に示す。図4より明らかなように、シスプラチンに対する感受性が高い株(EC001、EC015、EC022、EC006およびEC007株)において、シスプラチン処理後により強いp-c-Junが検出されること、換言すれば、シスプラチンに対する感受性が高い株において、シスプラチン処理後にc-Junのリン酸化が強く亢進されることが示された。
【0102】
〔シスプラチン処理後の癌オルガノイドの生存率とリン酸化c-Jun誘導率の相関解析〕
上記のウェスタンブロッティングで得られたバンドをImage J (NIH)を用いて定量化し、10μMシスプラチン処理によるp-c-Jun(リン酸化c-Jun)の誘導を数値化し、5μMシスプラチンで120時間処理した後の生存率との相関解析を行った。
【0103】
相関解析の結果を図5に示す。図5より明らかなように、各癌オルガノイド株において、シスプラチンへの感受性(シスプラチン処理後の生存率)と、p-c-Junの誘導率との間には強い負の相関関係があること(ピアソンの相関係数=-0.751、p=0.0012)が示された。係る結果は、生体から採取された癌細胞をシスプラチンで処理した後、p-c-Junの量(p-c-Junの誘導率)を測定することで、当該癌細胞に対するシスプラチンの治療効果を評価し得ることを示している。
【0104】
〔癌オルガノイドにおけるシスプラチン処理後のp-c-Jun(リン酸化c-Jun)誘導と臨床的治療効果との比較〕
食道癌患者EC022およびEC021から癌組織を採取し、上記の方法にて当該癌組織由来の癌オルガノイドを樹立した。上記のウェスタンブロッティングの結果、EC022由来の癌オルガノイドにおいては、シスプラチン処理後にp-c-Junの量が大きく変化する(c-Junのリン酸化が強く誘導される)一方で、EC021の癌オルガノイドにおいては、シスプラチン処理後にp-c-Junの量の大きな変化(強いc-Junリン酸化の誘導)は確認されていなかった。両患者は術前化学療法として5-フルオロウラシルとシスプラチンとドセタキセルによる三剤併用治療を受けた。三剤併用治療を1コース受ける前と後に撮影したPET-CT画像を比較することで、原発巣腫瘍の縮小率を計算した。
【0105】
撮影されたPET-CTの画像を図6に示す。図中、矢印は腫瘍部位を指し示している。図6より明らかなように、三剤併用治療後、患者から採取された癌オルガノイドをシスプラチン処理した後にp-c-Junの量が大きく変化したEC022においては、原発巣腫瘍が71.6%縮小しているのに対し、患者から採取された癌オルガノイドをシスプラチンで処理した後にp-c-Junの量が大きく変化しなかったEC021においては、原発巣腫瘍の縮小率は16.38%に留まっている。この結果より、癌患者由来の癌オルガノイドを、抗癌剤であるシスプラチンで処理して誘導されるp-c-Jun量の変化(誘導率の上昇)が、シスプラチンよる癌の治療効果(腫瘍縮小率)と相関することが示された。
【0106】
〔食道癌患者6例の癌オルガノイドにおけるシスプラチン処理後のp-c-Jun量の変化と臨床的治療効果との相関解析〕
食道癌患者EC022およびEC021と同様に、他の食道癌患者EC015、EC006、EC002およびEC020についても、上記の方法にて、患者由来の癌オルガノイドを、抗癌剤であるシスプラチンで処理して誘導されるp-c-Jun量の変化と、術前化学療法(三剤併用治療)による腫瘍縮小率とを測定した。なお、上記の実験において、EC015およびEC006由来の癌オルガノイドにおいては、シスプラチン処理後にp-c-Junの量が大きく変化することが確認おり、一方で、EC002およびEC020の癌オルガノイドにおいては、シスプラチン処理後にp-c-Junの量が大きな変化は確認されていなかった。
【0107】
計6例の食道癌患者における、シスプラチン処理後のp-c-Jun量と、術前化学療法による腫瘍縮小率の測定結果を図7に示す。図7よりも明らかなように、患者から採取された癌オルガノイドをシスプラチン処理した後にp-c-Junの量が大きく変化した患者群(EC022、EC015およびEC006)においては、原発巣腫瘍が何れも70%以上縮小しているのに対し、患者から採取された癌オルガノイドをシスプラチンで処理した後にp-c-Junの量が大きく変化しなかった患者群(EC002、EC021およびEC020)においては、原発巣腫瘍の縮小率はいずれも40%未満に留まっている。この結果からも、癌患者由来の癌オルガノイドをシスプラチンで処理して誘導されるp-c-Jun量の変化が、シスプラチンよる癌の治療効果と相関することが示された。
【0108】
〔細胞免疫染色によるシスプラチン処理後のp-c-Jun誘導の検出〕
1.上記の操作で得られたシスプラチン高感受性癌オルガノイドであるEC007株および低感受性癌オルガノイドであるEC002株をMockもしくは5μMシスプラチンで24時間処理した。
2.上記の処理後の癌オルガノイドを4%パラホルムアルデヒドで室温にて30分間処理し、細胞を固定した
3.固定後の細胞をPBSで3回洗浄した後、0.5% Triton-PBSで室温にて15分間処理した。
4.上記の処理後の細胞を、0.1%のTriton-PBSでさらに3回洗浄した後、1%BSAを含む0.1% Triton-PBSでブロッキングした。
5.ブロッキング後の細胞を、ブロッキング溶液で希釈したc-Junの73番目のセリンリン酸化を認識する抗体(Cell Signaling Technology社、Cat#3270、200倍希釈)および抗ヒストンH2A.X抗体(ミリポア社、Cat#05-636、1000倍希釈)で4℃にて一晩処理した。
6.上記の処理後の細胞を、0.1% Triton-PBSで3回洗浄した後、ブロッキング溶液で希釈したAlexa蛍光488標識抗ウサギ抗体(ThermoFisher社、Cat#A11008、希釈率500倍)および6-diamidino-2-phenylindol(DAPI; ThermoFisher社、Cat# 62248)で室温にて2時間処理した。
7.上記の処理後の細胞を、0.1% Triton-PBSで3回洗浄した後、水系封入剤(Fluoromount PLUS、Diagnostic BioSystems、K048)で封入し、蛍光顕微鏡で細胞免疫染色の結果を確認し、画像を取得した(Keyence BZ-9000、キーエンス社)。
【0109】
細胞免疫染色の結果を図8に示す。図8より明らかなように、シスプラチン高感受性のEC007株においては、シスプラチン(CDDP)投与後に、p-c-junの蛍光強度が増加していることが分かる。一方で、シスプラチン低感受性のEC002株においては、シスプラチン(CDDP)投与後も、p-c-junの蛍光強度は変化していないことも分かる。この結果より、シスプラチン高感受性の癌細胞におけるp-c-jun量の変化(c-junリン酸化の誘導)を免疫染色により検出できることが示された。
【0110】
〔シスプラチン感受性と相関するmRNA発現〕
1.上記の操作で得られたシスプラチン高感受性癌オルガノイドであるEC007株および低感受性癌オルガノイドであるEC002株を、200000細胞/ウェルの割合で、24ウェルプレートに播種し、48時間培養した。
2.各ウェルをMockまたは10μM(終濃度)のシスプラチンで21時間処理し、FastGene RNA Premium Kit(日本ジェネティクス社製)を使ってプロトコールにしたがい、癌オルガノイドからtotal RNAを回収した。
3.Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit (ロッシュ社製)を使用し、プロトコールにしたがい、300ngの回収されたtotal RNAからcDNAを合成した。
4.得られたcDNA液を10倍希釈し、LightCycler 480 Probes Master(ロッシュ社製)を使用し、プロトコールにしたがい、KPNA6およびTNFα遺伝子のmRNA量を測定した。
5.それぞれのサンプルにおけるTNFα/KPNA6値を算出し、各群あたり3サンプルずつを用いて統計解析した。
【0111】
解析結果を図9に示す。図9より明らかなように、シスプラチン高感受性のEC007株においては、シスプラチン投与後にTNFα mRNAの発現量が、対照(Mock)と比して、大きく(約15倍)増加していることが分かる。一方で、シスプラチン低感受性のEC002株においては、シスプラチン投与後も、TNFα mRNAの発現量はほとんど変化していないことも分かる。この結果より、癌細胞におけるシスプラチン投与後のTNFα mRNA量の変化(TNFα mRNAの発現量)を測定することにより、当該癌細胞のシスプラチンへの感受性を評価できることが示唆された。換言すれば、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対する、シスプラチンの治療効果の評価に、TNFα mRNAを効果予測バイオマーカーとして活用し得ることが示唆された。
【0112】
〔シスプラチン感受性と相関する酵素活性〕
1.上記の操作で得られたシスプラチン高感受性癌オルガノイドであるEC007株および低感受性癌オルガノイドであるEC002株を、40000細胞/ウェルの割合で、48ウェルプレートに播種し、48時間培養した。
2.各ウェルをMockまたは10μM(終濃度)のシスプラチンで21時間処理し、Caspase-Glo(登録商標) 3/7 Assay System(プロメガ社製)を使用し、プロトコールにしたがい、FLUOROSKAN ASCENT FL(ThermoScientific社製)を使って、Caspase3とCaspase7の活性の合計値を測定し、各群あたり3サンプルずつを用いて統計解析した。
【0113】
解析結果を図10に示す。図10より明らかなように、シスプラチン高感受性のEC007株においては、シスプラチン投与後にCaspase 3/7酵素活性が、対照(Mock)と比して、大きく(約4倍)増加していることが分かる。一方で、シスプラチン低感受性のEC002株においては、シスプラチン投与後も、Caspase 3/7酵素活性はほとんど変化していないことも分かる。この結果より、癌細胞におけるシスプラチン投与後のCaspase 3/7酵素量の変化(Caspase 3/7酵素活性の変化)を測定することにより、当該癌細胞のシスプラチンへの感受性を評価できることが示唆された。換言すれば、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対する、シスプラチンの治療効果の評価に、Caspase 3/7酵素を効果予測バイオマーカーとして活用し得ることが示唆された。
【0114】
〔胃癌細胞株を使った細胞生存解析〕
1.図11に示す計48株の胃癌細胞株について、96時間後にサブコンフルエントになるように800個から7000個の細胞を96ウェルプレートの各ウェルへ播種した。
2.播種から24時間後に生理食塩水(Mock)または0.01、0.1、1.0、もしくは10μMのPD0325901(MEK阻害剤、LC Laboratories社製)を添加し、72時間培養した。
3.72時間後のMock群に対するPD0325901処理群の細胞生存率をCellTiter 96(登録商標) AQueous One Solution Cell Proliferation Assay kit(Promega社)により、プロトコールにしたがって数値化した。なお、測定および数値化はMULTISKAN GO (Thermo Scientific社製)を使用した。
【0115】
細胞先存率の測定結果を図11に示す。PD0325901に対するIC50が1μM未満であった計22株の細胞株を、PD0325901高感受性株とし、PD0325901に対するIC50が1μM以上であった計26株の細胞株を、PD0325901低感受性株とした。PD0325901高感受性株の中でも、AGS、GSU、HSC-57、HSC-64、NUGC-4、OCUM1およびSNU-719は、特に高いPD0325901に対する感受性を有していた。
【0116】
〔MEK阻害剤であるPD0325901処理後の癌細胞株のウェスタンブロッティング〕
1.MEK阻害剤であるPD0325901高感受性の胃癌細胞株であるHSC-57およびSNU-719株、ならびに、PD0325901低感受性の胃癌細胞株であるSH-10-TCおよびTMK-1株について、各細胞株を、300000~900000細胞/プレートの割合で、3枚の6cmプレートへそれぞれ播種した。
2.播種から24時間後、PD0325901を0.1μMもしくは1μM含む培地、または、PD0325901を含まない培地(M;Mock)へ培地を交換した。
3.培地交換から24時間後に300μLの0.1% SDS-RIPAで細胞を懸濁し、タンパク質ライセートを回収した。
4.回収されたライセート中のタンパク質濃度を、DC Protein Assay Kit (Promega社)で測定し、20μgずつ10% SDS-PAGEゲルで電気泳動を行った。
5.ゲル中のタンパク質をPVDFメンブレン(ミリポア社)へトランスファーし、ブロックエース(株式会社ケーエーシー)で処理した後、ハイブリバッグ内で4℃にて一晩、0.1% Tween入りTBS(TBST)で希釈した一次抗体と反応させた。一次抗体としては、ERKタンパク質の202番目のスレオニンリン酸化と204番目のチロシンリン酸化を認識する抗体(Cell Signaling Technology社、Cat#4370、1000倍希釈)、Ribosomal S6タンパク質の235番目と236番目のセリンリン酸化を認識する抗体(Cell Signaling Technology社、Cat#2211、1000倍希釈)またはGAPDHを認識する抗体(SantaCruz社、sc-32233、2000倍希釈)を使用した。
6.一次抗体との反応後のゲルを、TBSTで室温にて、10分間、計3回洗浄した後、メンブレンを二次抗体(一次抗体がリン酸化ERKタンパク質またはリン酸化S6タンパク質のときはHRP修飾抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch, Cat#111-035-144)、GAPDHのときはHRP修飾抗マウスIgG抗体(Cappel, Cat#55550))と反応させた。
7.二次抗体との反応後のゲルを、TBSTで室温にて、10分間、計3回洗浄した後、メンブレンを発色試薬で処理し(ECL Western Blotting Detection Reagents, GE Healthcare, Cat#RPN2106)、化学発光をAmersham Hyperfilm(GE Healthcare #28906837)で検出した。
【0117】
化学発光の検出結果を図12に示す。図12より明らかなように、PD0325901高感受性株であるHSC-57およびSNU-719株においては、PD0325901投与から24時間後に、リン酸化Ribosomal S6(pS6)量の低下が認められた。一方で、PD0325901低感受性株であるSH-10-TCおよびTMK-1株においては、pS6量には変化が見られなかった。この結果より、癌細胞のPD0325901に対する感受性と、PD0325901投与後のpS6量の変化と、に相関関係があることが示唆された。
【0118】
〔PD0325901処理後の生存率とpS6量の変化との相関解析〕
PD0325901高感受性株であるHSC-57およびSNU-719株、ならびに、PD0325901低感受性株であるSH-10-TCおよびTMK-1株について、1μMのPD0325901で処理した後の細胞生存率(%)と、Mock投与群とPD0325901投与群とにおけるpS6量の変化の割合(%)を数値化した。さらに上記の他の胃癌細胞株についても、1μMのPD0325901で処理した後の細胞生存率(%)と、Mock投与群とPD0325901投与群とにおけるpS6量の変化の割合(%)を数値化し、ピアソン相関係数および有意性を検定した。これらの結果を図13に示す。図13の左図は、PD0325901高感受性株およびPD0325901低感受性株における、1μMのPD0325901投与から72時間後の細胞先存率の測定結果を示す図である。図13(左図)より明らかなように、PD0325901高感受性株は大きく先存率が低下する一方で、PD0325901低感受性株においては先存率に大きな変化は見られない。図13の中図は、PD0325901高感受性株およびPD0325901低感受性株における、1μMのPD0325901で24時間処理した際の各細胞におけるpS6量の変化を示す図である。図13(中図)より明らかなように、PD0325901高感受性株ではpS6量が大きく低下する一方で、PD0325901低感受性株においてはpS6量に大きな変化は見られない。図13の右図は、計48株の胃癌細胞株(図11参照)についての、1μMのPD0325901投与時の生存率と、pS6量の変化との、相関解析の結果を示す散布図である。図13(右図)から明らかなように、各胃癌細胞株におけるPD0325901投与時の生存率と、pS6量の変化との間には、相関関係が認められた(相関係数0.73(p<0.0001)。この結果より、癌細胞におけるMEK阻害剤であるPD0325901投与後のpS6量の変化(pS6の発現量の低下)を測定することにより、当該癌細胞のPD0325901への感受性を評価できることが示唆された。換言すれば、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対する、PD0325901の治療効果の評価に、pS6を効果予測バイオマーカーとして活用し得ることが示唆された。
【0119】
〔MEK阻害剤感受性と相関するmRNA発現〕
1.MEK阻害剤であるPD0325901高感受性の胃癌細胞株であるSNU-719株またはPD0325901低感受性の胃癌細胞株であるSH-10-TC株について、各細胞株を、300000~900000細胞/プレートの割合で6cmプレート6枚へそれぞれ播種した。
2.播種から24時間後、6枚のプレートのうち3枚を、PD0325901を1μM含む培地へ、残り3枚を、PD0325901を含まない培地(M;Mock)へと、それぞれ培地交換した。
3.培地交換から6時間後に、FastGene RNA Premium Kit(日本ジェネティクス社製)を使用し、プロトコールに従って、それぞれのプレートよりtotal RNAを回収した。
4.回収したRNAを用いて、Yoshiyuki Tsukamoto et al., Expression of DDX27 contributes to colony-forming ability of gastric cancer cells and correlates with poor prognosis in gastric cancer, American Journal of Cancer Research, 2015, vol.5(10), p.2998-3014(PMID: 26693055)、Mitsuhiro Matsuo et al., MiR-29c is downregulated in gastric carcinomas and regulates cell proliferation by targeting RCC2, Molecular Cancer, 2013, vol.5(10), p.12-15(PMID: 23442884)、および、Yoshiyuki Tsukamoto et al., MicroRNA-375 is downregulated in gastric carcinomas and regulates cell survival by targeting PDK1 and 14-3-3zeta, Cancer Research, 2010, vol.70(6), p.2339-2349(PMID: 20215506)に記載の方法に従い、アジレント社製のマイクロアレイシステムを使用して、各遺伝子の発現量を網羅的に調べた。
5.GeneSpring Software (アジレント社製)により、(1)PD0325901高感受性株であるSNU-719株においてPD0325901処理により有意に発現量が変化し、かつ、(2)PD0325901低感受性株であるSH-10-TC株ではほとんど変化しない遺伝子を抽出した。
6.抽出された遺伝子の中から、SNU-719株でPD0325901処理により発現量が大きく(10倍以上)変化し、かつ、SH-10-TCでPD0325901処理してもほとんど(2倍以下)変化しなかった遺伝子として、RNF186およびVAV3が抽出された。各細胞株における、PD0325901処理によるRNF186 mRNAとVAV3 mRNAの発現パターンの変化を図14に示す。図14より明らかなように、PD0325901高感受性株であるSNU-719株においては、PD0325901処理後にRNF186 mRNAの量(発現量)が、対照(Mock)と比して、大きく(14倍以上)増加している一方で、PD0325901低感受性のSH-10-TC株においては、ほとんど変化していない(2倍未満)であることが分かる。また、PD0325901高感受性株であるSNU-719株においては、PD0325901処理後にVAV3 mRNAの量(発現量)が、対照(Mock)と比して、大きく(10倍以上)増加している一方で、PD0325901低感受性のSH-10-TC株においては、ほとんど変化していない(1倍未満)であることが分かる。この結果より、癌細胞におけるMEK阻害剤であるPD0325901投与後のRNF186 mRNAまたはVAV3 mRNA量の変化(RNF186 mRNAまたはVAV3 mRNAの発現量)を測定することにより、当該癌細胞のPD0325901への感受性を評価できることが示唆された。換言すれば、当該癌細胞を採取した生体の発病している癌に対する、PD0325901の治療効果の評価に、RNF186 mRNAまたはVAV3 mRNAを効果予測バイオマーカーとして活用し得ることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明の一態様によれば、新規の抗癌剤の治療前効果予測方法を提供することができる。
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