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特開2024-137360悪性グリオーマ再発マーカー及びその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137360
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】悪性グリオーマ再発マーカー及びその使用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/574 20060101AFI20240927BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20240927BHJP
   C07K 16/18 20060101ALN20240927BHJP
   C12N 15/115 20100101ALN20240927BHJP
【FI】
G01N33/574 A
C07K14/47 ZNA
C07K16/18
C12N15/115 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048855
(22)【出願日】2023-03-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)刊行物名:第40回日本脳腫瘍学会学術集会 プログラム・抄録集、221頁 S9-6、発行者:第40回日本脳腫瘍学会学術集会(会長:成田 善孝、国立がん研究センター中央病院 脳脊髄腫瘍科 科長)、発行日:令和4年11月10日 (2)集会名:第40回日本脳腫瘍学会学術集会、開催場所:鴨川グランドホテル(千葉県鴨川市広場820番地)、開催日:令和5年12月5日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的がん医療実用化研究事業」、「膠芽腫の標準治療後病勢を診断する血液バイオマーカーの実用化」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】中田 光俊
(72)【発明者】
【氏名】大槻 純男
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA71
4H045CA40
4H045DA75
4H045EA50
(57)【要約】
【課題】新規な悪性グリオーマ再発マーカー、前記悪性グリオーマ再発マーカーを測定するための悪性グリオーマ再発診断薬及び悪性グリオーマ再発診断キット、並びに前記悪性グリオーマ再発マーカーを用いた血液の判定方法の提供。
【解決手段】Ataxin-2からなる悪性グリオーマ再発マーカー。また、前記悪性グリオーマ再発マーカーを検出する悪性グリオーマ再発診断薬及び悪性グリオーマ再発診断キット。また、悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程Aと、前記工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定する工程Bと、を含む、血液試料の判定方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ataxin-2からなる悪性グリオーマ再発マーカー。
【請求項2】
(a)Ataxin-2に対する特異的結合物質、及び
(b)安定同位体標識された、Ataxin-2又はAtaxin-2のペプチド断片、
からなる群より選択される1種以上を含む、
悪性グリオーマ再発診断薬。
【請求項3】
請求項2に記載の悪性グリオーマ再発診断薬を含む、悪性グリオーマ再発診断キット。
【請求項4】
悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程Aと、
前記工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定する工程Bと、
を含む、血液試料の判定方法。
【請求項5】
前記基準値が、前記被験者の悪性グリオーマの治療終了時の血液試料におけるAtaxin-2の存在量である、
請求項4に記載の血液試料の判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、悪性グリオーマ再発マーカー及びその使用に関する。本発明は、特に、悪性グリオーマ再発マーカー、悪性グリオーマ再発診断薬、悪性グリオーマ再発診断キット、及び血液の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本国内での脳腫瘍の発生頻度は年間に約2万人と考えられ、脳腫瘍は組織学的におおよそ150に分類される。悪性神経膠腫治療の第一段階は腫瘍の可及的切除であるが、脳の機能温存と、神経膠腫による強い浸潤性の観点から、手術による根治は困難である。従って、悪性神経膠腫は外科療法に引き続いて化学療法、放射線療法を中心とした補助療法を行うことが不可欠と考えられ、治療効果改善の試みが続けられてきた。この40年間に神経膠腫を含む悪性脳腫瘍の治療成績は改善したが、悪性グリオーマ(特に膠芽腫)は未だあらゆる癌の中で最も予後不良である。悪性グリオーマの治療成績を改善するために、無症状の状態での早期発見を可能とし、再発早期に診断するためのマーカーが求められている。
【0003】
悪性グリオーマの再発検査は、まず、MRI等の画像診断により行われる。画像診断により、造影病変が確認されると、再発疑いとなる。しかしながら、造影病変は、放射線治療や抗癌剤による腫瘍組織の壊死により生じる場合がある。造影病変が、悪性グリオーマ病変ではなく、腫瘍組織の壊死によるものである場合は、偽再発と呼ばれる。画像診断では、造影病変が、偽再発によるものであるのか、真の悪性グリオーマの再発によるものであるのか、見分けることが困難である。そのため、真の再発と偽再発とを区別可能な、悪性グリオーマ再発マーカーが求められている。
【0004】
悪性グリオーマのバイオマーカーとしては、これまでに幾つかのタンパク質が報告されている。例えば、特許文献1では、膠芽腫マーカーとして、C9(complement component 9)、SERPINA3(alpha-1-antichymotrypsin)、GSN(gelsolin)、IGHA1(Ig alpha-1 chain C region)及びAPOA4(apolipoprotein A-IV)が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第7029745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の悪性グリオーマのバイオマーカーは、主に初発の悪性グリオーマ患者と健常者とを区別するものであり、悪性グリオーマの再発バイオマーカーは報告されていない。
【0007】
そこで、本発明は、新規な悪性グリオーマ再発マーカー、前記悪性グリオーマ再発マーカーを測定するための悪性グリオーマ再発診断薬及び悪性グリオーマ再発診断キット、並びに前記悪性グリオーマ再発マーカーを用いた血液の判定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]Ataxin-2からなる悪性グリオーマ再発マーカー。
[2](a)Ataxin-2に対する特異的結合物質、及び(b)安定同位体標識された、Ataxin-2又はAtaxin-2のペプチド断片、からなる群より選択される1種以上を含む、悪性グリオーマ再発診断薬。
[3][2]に記載の悪性グリオーマ再発診断薬を含む、悪性グリオーマ再発診断キット。
[4]悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程Aと、前記工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定する工程Bと、を含む、血液試料の判定方法。
[5]前記基準値が、前記被験者の悪性グリオーマの治療終了時の血液試料におけるAtaxin-2の存在量である、[4]に記載の血液試料の判定方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、新規な悪性グリオーマ再発マーカー、前記悪性グリオーマ再発マーカーを測定するための悪性グリオーマ再発診断薬及び悪性グリオーマ再発診断キット、並びに前記悪性グリオーマ再発マーカーを用いた血液の判定方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】画像診断により膠芽腫再発疑いとされた各症例において、Ataxin-2の血漿中濃度の経時変化を調べた結果を示す。
図2】膠芽腫の偽再発の症例群と、真の再発の症例群とで、血漿中のAtaxin-2の濃度を比較した結果を示す。
図3】Ataxin-2血漿中濃度による膠芽腫再発判定について、ROC解析を行った結果を示す。
図4】初発膠芽腫患者の正常脳組織及び膠芽腫組織において、ウェスタンブロット解析により、Ataxin-2を検出した結果を示す。
図5】初発膠芽腫患者の正常脳組織及び膠芽腫組織において、免疫組織化学染色により、Ataxin-2を検出した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[定義]
「悪性グリオーマ」とは、グリオーマのうち、WHO脳腫瘍病理分類により、グレード3及びグレード4に分類されるグリオーマをいう。グリオーマ(神経膠腫)は、髄上皮から分化してくる細胞系(グリア細胞、神経細胞、松果体実質細胞)の細胞から発生する腫瘍の総称である。グレード4のグリオーマを膠芽腫(グリオブラストーマ)という。悪性グリオーマは、膠芽腫であることが好ましい。
「再発疑い」とは、悪性グリオーマの治療終了後に、MRI等の画像診断により、造影病変が認められることをいう。造影病変は、悪性グリオーマが再発したときのみならず、悪性グリオーマの治療により腫瘍組織が壊死して炎症を生じた場合にも観察される。そのため、造影病変が認められた場合には、悪性グリオーマの再発疑いとなる。
「真の再発」とは、悪性グリオーマの治療終了後に、悪性グリオーマが再発することをいう。
「偽再発」とは、悪性グリオーマの治療終了後に、MRI等の画像診断による造影病変が認められたが、悪性グリオーマが再発していないことをいう。
「悪性グリオーマの治療」とは、悪性グリオーマの外科的手術、放射線療法、及び化学療法のいずれか又はこれらの組合せをいう。一般的に、外科的手術により悪性グリオーマが除去された後、放射線療法及び化学療法(抗癌剤)による術後治療が行われる。術後療法の期間は、一般的に、65歳未満の患者では1カ月半程度であり、65歳以上の患者では3週間程度である。
「悪性グリオーマの治療終了」とは、悪性グリオーマの一連の治療を完了したことをいう。例えば、悪性グリオーマの外科的手術及びその後の術後治療を完了したことをいう。
【0012】
[悪性グリオーマ再発マーカー]
本発明の第1の態様は、悪性グリオーマ再発マーカーである。本態様の悪性グリオーマ再発マーカーは、Ataxin-2(ATXN2)からなる。
【0013】
Ataxin-2は、ATXN2、ATX2、SCA2、又はTNRC13とも表記される。Ataxin-2は、小胞体と細胞質に局在し、エンドサイトーシス、mTORシグナルの修飾、リボソーム翻訳、及びミトコンドリアの機能等に関与することが知られている。ヒトAtaxin-2のUniProtKBデータベースのアクセッション番号はQ99700である。ヒトAtaxin-2をコードする遺伝子のGeneBankにおいれうGeneIDは6311である。ヒトAtaxin-2のアミノ酸配列としては、NCBI Reference Sequence:NP_001297050.1、NP_001297052.1、NP_001359503.1、NP_002964.4で登録されたもの等が挙げられる。Ataxin-2は、複数のスプライシングバリアントが存在する。ヒトAtaxin-2のアミノ酸配列の例を配列番号1~4に示す。
【0014】
悪性グリオーマ再発マーカーとして利用されるAtaxin-2は、全長タンパク質であってもよく、Ataxin-2のペプチド断片であってもよい。
【0015】
Ataxin-2は、悪性グリオーマの治療を受けると、治療前と比較して、血中濃度が低下する。その後、悪性グリオーマを再発した場合には、悪性グリオーマの治療終了時と比較して、Ataxin-2の血中濃度が上昇する。一方、悪性グリオーマが再発していない場合には、悪性グリオーマの治療終了時と比較して、Ataxin-2の血中濃度は、上昇しないか又は低下する。そのため、Ataxin-2は、悪性グリオーマ再発マーカーとして用いることができる。Ataxin-2は、膠芽腫再発マーカーとして用いることが好ましい。
一実施形態において、本発明は、Ataxin-2の悪性グリオーマ再発マーカー(特に、膠芽腫再発マーカー)としての使用を提供する。
【0016】
[悪性グリオーマ再発診断薬]
本発明の第2の態様は、悪性グリオーマ再発診断薬である。本態様の悪性グリオーマ再発診断薬は、下記(a)及び(b)からなる群より選択さえる1種以上を含む。
(a)Ataxin-2に対する特異的結合物質、及び
(b)安定同位体標識されたAtaxin-2又はAtaxin-2のペプチド断片。
【0017】
悪性グリオーマ再発診断薬は、上記(a)及び(b)のうち1種単独で含んでもよく、2種以上組み合わせて含んでもよい。
【0018】
(a)特異的結合物質
「特異的結合物質」とは、測定対象物質に対して特異的に結合する活性(特異的結合性)を有する物質を意味する。測定対象物質に対して特異的に結合するとは、測定対象物質に対して高い結合親和性を有するが、他の物質に対して結合しないか、ほとんど結合しないことを意味する。Ataxin-2に対する特異的結合物質とは、Ataxin-2に対して特異的に結合する活性を有する物質を意味する。
【0019】
Ataxin-2に対する特異的結合物質としては、Ataxin-2に対する特異的結合性を有する抗体、抗原結合断片、アプタマー等が挙げられる。
【0020】
<抗体及び抗原結合断片>
抗体は、抗原結合活性を有していれば、インタクトな抗体である必要はなく、抗原結合断片であってもよい。「抗原結合断片」とは、抗体の一部を含むポリペプチドであって、元の抗体の抗原結合性を維持しているポリペプチドである。抗原結合断片は、元の抗体の6つの相補性決定領域(complementarity determining region:CDR)を全て含むものが好ましい。すなわち、抗原結合断片は、重鎖可変領域のCDR1、CDR2、CDR3、並びに軽鎖可変領域のCDR1、CDR2、CDR3を全て含むことが好ましい。抗原結合断片としては、例えば、Fab、Fab’、F(ab’)2、可変領域断片(Fv)、ジスルフィド結合Fv、一本鎖Fv(scFv)、sc(Fv)2等が挙げられる。
抗体は、いずれの生物に由来するものであってもよい。抗体が由来する生物としては、例えば、哺乳類(ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ウマ、ウシ、ブタ、サル、イヌ等)、鳥類(ニワトリ、ダチョウ)等が挙げられるが、これらに限定されない。
抗体は、免疫グロブリンのいずれのクラス及びサブクラスであってもよい。抗体は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよい。
抗体は、免疫法、ハイブリドーマ法、ファージディスプレイ法等の公知の方法により作製することができる。
【0021】
<アプタマー>
アプタマーとは、標的物質に対する特異的結合能を有する物質である。アプタマーとしては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。
【0022】
Ataxin-2に特異的結合能を有する核酸アプタマーは、例えば、systematic evolution of ligand by exponential enrichment(SELEX)法等により選別することができる。
【0023】
Ataxin-2に特異的結合能を有するペプチドアプタマーは、例えば酵母を用いたTwo-hybrid法等により選別することができる。
【0024】
特異的結合物質を用いた悪性グリオーマ再発診断薬は、例えば、血液(血清、血漿等)、髄液等の体液試料において、Ataxin-2を測定するために好適に用いることができる。血液(血清、血漿等)は低侵襲で採取可能な生体試料であるため、患者の負担が少なく、容易に悪性グリオーマを再発しているか否かを診断することができる。
【0025】
特異的結合物質を用いたAtaxin-2の測定方法としては、例えば、サンドイッチELISA、ウェスタンブロット、逆相タンパク質アレイを用いた検出、免疫組織化学染色等が挙げられる。逆相タンパク質アレイを用いた検出とは、試料を固相にアレイ状に固定し、検出対象物質に特異的な抗体等を反応させることにより、試料中の検出対象物質を検出する解析方法である。
【0026】
<安定同位体標識されたAtaxin-2又はAtaxin-2のペプチド断片>
安定同位体標識されるAtaxin-2は、全長タンパク質でもよく、ペプチド断片であってもよい。Ataxin-2のペプチド断片は、Ataxin-2のトリプシン消化ペプチドであってもよい。Ataxin-2のトリプシン消化ペプチドは、Ataxin-2の全長タンパク質をトリプシン消化することにより得られるペプチドである。Ataxin-2のトリプシン消化は公知の方法により行うことができる。Ataxin-2のトリプシン消化ペプチドは、Ataxin-2のトリプシン消化により得られるペプチドを、化学合成したペプチドであってもよい。
【0027】
安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片は、安定同位体で標識されたアミノ酸を用いて、Ataxin-2又はそのペプチド断片を合成することで得ることができる。
安定同位体としては、例えば13C、15N、H、17O、18Oが挙げられる。
【0028】
安定同位体で標識されたアミノ酸としては、20種類のアミノ酸(アラニン、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、チロシン、バリン、トリプトファン、システイン、アスパラギン、グルタミン)であって、Ataxin-2に含まれるアミノ酸であれば特に限定されない。アミノ酸はL体であってもD体であってもよく、必要に応じて適宜選択することができる。
【0029】
安定同位体標識されたタンパク質の作製方法として具体的には、Ataxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターを安定同位体標識アミノ酸の存在する系で発現させることにより調製することができる。安定同位体標識アミノ酸の存在する系としては、例えば安定同位体標識アミノ酸の存在する無細胞ペプチド合成系や生細胞ペプチド合成系等が挙げられる。すなわち、無細胞ペプチド合成系において安定同位体標識アミノ酸に加えて安定同位体非標識アミノ酸を材料としてペプチドを合成させることにより、安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を得ることができる。あるいは、生細胞ペプチド合成系において、Ataxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターで形質転換した細胞を安定同位体標識アミノ酸存在下で培養することにより、安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を調製することができる。無細胞ペプチド合成系又は生細胞ペプチド合成系における安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片は、公知の方法により、行うことができる。
【0030】
無細胞ペプチド合成系を用いた安定同位体標識されたタンパク質の発現は、Ataxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターや安定同位体標識アミノ酸の他に、安定同位体標識されたタンパク質の合成のために必要な安定同位体非標識アミノ酸、無細胞ペプチド合成用細胞抽出液、エネルギー源(ATP、GTP、クレアチンホスフェート等の高エネルギーリン酸結合含有物)等を用いて行うことができる。温度、時間等の反応条件は、適宜最適な条件を選択して行うことができ、例えば温度は20℃以上40℃以下とすることができ、23℃以上37℃以下が好ましい。反応時間は1時間以上24時間以下とすることができ、10時間以上20時間以下が好ましい。
【0031】
「無細胞ペプチド合成用細胞抽出液」とは、リボソーム、tRNA等のタンパク質合成に関与する翻訳系、又は、転写系及び翻訳系に必要な成分を含む植物細胞、動物細胞、真菌細胞、細菌細胞からの抽出液を意味する。具体的には、大腸菌、小麦胚芽、ウサギ網赤血球、マウスL-細胞、エールリッヒ腹水癌細胞、HeLa細胞、CHO細胞、出芽酵母等の細胞抽出液が挙げられる。かかる細胞抽出液の調製は、例えば、上記の細胞をフレンチプレス、グラスビーズ、超音波破砕装置等を用いて破砕処理し、タンパク質成分やリボソームを可溶化するための数種類の塩を含有する緩衝液を加えてホモジナイズし、遠心分離にて不溶成分を沈殿させることによって行うことができる。
【0032】
無細胞ペプチド合成系を用いた安定同位体標識されたタンパク質の発現は、例えば、小麦胚芽抽出液を備えたPremium Expression Kit(セルフリーサイエンス社製)、大腸菌抽出液を備えたRTS 100,E.coli HY Kit(Roche Applied Science社製)、無細胞くんQuick(大陽日酸社製)等市販のキットを適宜使用して行ってもよい。発現させた安定同位体標識されたタンパク質が不溶性の場合、グアニジン塩酸塩、尿素等のタンパク質変性剤を用いて適宜可溶化させてもよい。安定同位体標識されたタンパク質は、さらに分画遠心法、ショ糖密度勾配遠心法等による分画処理や、アフィニティーカラム、イオン交換クロマトグラフィー等を用いた精製処理により調製することもできる。
【0033】
生細胞ペプチド合成系を用いた安定同位体標識されたタンパク質の発現は、生細胞にAtaxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターを導入し、かかる生細胞を栄養分や抗生物質等の他、安定同位体標識アミノ酸、安定同位体標識ペプチドの合成のために必要な安定同位体非標識アミノ酸等を含む培養液中で培養することにより行うことができる。
【0034】
ここで、生細胞としては、Ataxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターを発現させることができる生細胞であれば特に限定されず、例えばチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞等の哺乳類細胞株や、大腸菌、酵母細胞、昆虫細胞、植物細胞等の生細胞が挙げられる。中でも、生細胞としては、簡便性や費用対効果の面から考慮すると、大腸菌が好ましい。
【0035】
Ataxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターの発現は、遺伝子組換え技術により、それぞれの生細胞で発現できるように設計された発現ベクターへ組み込み、かかる発現ベクターを生細胞へ導入することにより行うことができる。Ataxin-2又はそのペプチド断片をコードする核酸を含むベクターの生細胞への導入は、使用する生細胞に適した方法で行うことができる。生細胞への導入方法として具体的には、例えば、エレクトロポレーション法、ヒートショック法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、パーティクル・ガン法、ウイルスを用いた方法や、FuGENE(登録商標) 6 Transfection Reagent(ロシュ社製)、Lipofectamine 2000 Reagent(インビトロジェン社製)、Lipofectamine LTX Reagent(インビトロジェン社製)、Lipofectamine 3000 Reagent(インビトロジェン社製)等の市販のトランスフェクション試薬を用いた方法等が挙げられる。
【0036】
生細胞ペプチド合成系により発現させた安定同位体標識されたタンパク質は、安定同位体標識されたタンパク質を含む生細胞を破砕処理や抽出処理することにより調製することができる。破砕処理としては、例えば凍結融解法、フレンチプレス、グラスビーズ、ホモジナイザー、超音波破砕装置等を用いた物理的破砕処理等が挙げられる。抽出処理としては、例えばグアニジン塩酸塩、尿素等のタンパク質変性剤を用いた抽出処理等が挙げられる。安定同位体標識されたタンパク質は、さらに分画遠心法、ショ糖密度勾配遠心法等による分画処理や、アフィニティーカラム、イオン交換クロマトグラフィー等を用いた精製処理等により調製することもできる。
【0037】
安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片は、例えば、質量分析法による定量の内部標準として用いることができる。
【0038】
悪性グリオーマ再発診断薬は、上記(a)であることが好ましく、Ataxin-2に対する抗体又は抗原結合断片であることがより好ましい。悪性グリオーマ再発診断薬は、血液試料中のAtaxin-2の測定に使用可能なものが好ましい。悪性グリオーマ再発診断薬は、膠芽腫再発診断薬として用いられることが好ましい。
【0039】
[悪性グリオーマ再発診断キット]
本発明の第3の態様は、悪性グリオーマ再発診断キットである。本態様の悪性グリオーマ再発診断キットは、上記第2の態様の悪性グリオーマ再発診断薬を含む。
【0040】
本実施形態の悪性グリオーマ再発診断キットは、上記悪性グリオーマ再発診断薬のいずれかを1種単独で含んでもよく、2種以上を組み合わせて含んでもよい。悪性グリオーマ再発診断キットが含む悪性グリオーマ再発診断薬は、上記(a)特異的結合物質であることが好ましく、Ataxin-2に対する抗体又は抗原結合断片であることがより好ましい。悪性グリオーマ再発診断キットは、膠芽腫再発診断キットとして用いられることが好ましい。
【0041】
特異的結合物質は、固相担体に固定化されていてもよい。固相担体としては、例えば、ウェルプレート(例、96ウェルマイクロプレートなど)、メンブレン(例、ニトロセルロース膜、ポリフッ化ビニリデン膜など)、スライドガラス、磁気ビーズ、ラテックス粒子等が挙げられる。特異的結合物質を固相担体に固定化する方法は、特に限定されない。固相担体の材質に応じて、適宜、公知の方法を選択することができる。
【0042】
特異的結合物質が固相担体に固定化されている場合、キットは、前記固相担体に固定化された特異的結合物質(一次特異的結合物質)とは異なるエピトープでAtaxin-2に結合する特異的結合物質(二次特異的結合物質)を含んでいてもよい。
キットは、例えば、Ataxin-2に対する特異的結合物質として、固相担体に固定化された一次特異的結合物質と、固相担体に固定化されていない二次特異的結合物質を含んでもよい。
【0043】
Ataxin-2に対する特異的結合物質は、標識化されていてもよい。標識化のための標識物質は、特に限定されず、公知のものを用いることができる。標識物質としては、例えば、ペルオキシダーゼ(例、西洋ワサビペルオキシダーゼ)、アルカリホスファターゼなどの酵素標識;カルボキシフルオレセイン(FAM)、6-カルボキシ-4’,5’-ジクロロ2’ ,7’-ジメトキシフルオレセイン(JOE)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラクロロフルオレセイン(TET)、5'-ヘキサクロロ-フルオレセイン-CEホスホロアミダイト(HEX)、Cy3、Cy5、Alexa568、Alexa647などの蛍光標識;ヨウ素125などの放射性同位体標識;ルテニウム錯体などの電気化学発光標識;ビオチン;金属ナノ粒子等が挙げられる。特異的結合物質の標識化は、標識物質の種類に応じて、公知の方法を適宜選択して行うことができる。標識物質としてビオチンを用いる場合には、キットは、標識化されたアビジン若しくはアビジン誘導体(ストレプトアビジン等)を含んでもよい。アビジン若しくはその誘導体の標識物質としては、上記例示した標識物質のうちビオチン以外の標識物質が挙げられる。
キットが二次特異的結合物質を含む場合、二次特異的結合物質は、標識化されていることが好ましい。
【0044】
<他の要素>
キットは、悪性グリオーマ再発診断薬に加えて、他の要素を含んでもよい。他の要素としては、例えば、標識物質の検出試薬、Ataxin-2の標準試料、安定同位体標識化されていないAtaxin-2若しくはそのペプチド断片、血液試料調製試薬、希釈液、バッファー類、固相担体、使用説明書等が挙げられる。
【0045】
標識物質の検出試薬は、特異的結合物質の標識化に用いた標識物質を検出するための試薬である。例えば、標識物質が酵素標識である場合、検出試薬は当該酵素の基質を含む。例えば、酵素標識がペルオキシダーゼである場合、検出試薬としては、TMB(3,3’,5,5’-tetramethylbenzidine)、OPD(o-phenylenediamine dihydrochloride)、ABTS(2,2’-azino-di-[3-ethyl-benzothiazoline-6 sulfonic acid] diammonium salt)等が挙げられる。また、酵素標識がアルカリホスファターゼである場合、検出試薬としては、pNPP(p-Nitrophenyl-phosphate;ニトロフェニルリン酸)等が挙げられる。
【0046】
Ataxin-2の標準試料は、Ataxin-2の標準曲線を作成するための試薬であり、Ataxin-2の精製品を用いることができる。
キットが、安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を含む場合、キットは、さらに、前記Ataxin-2又はそのペプチド断片と同じアミノ酸配列を有する、安定同位体標識されていないAtaxin-2又はそのペプチド断片(以下、「非標識Ataxin-2又はそのペプチド断片」ともいう)を含んでもよい。非標識Ataxin-2又はそのペプチド断片は、質量分析による定量の際の検量線の作成に用いることができる。例えば、非標識Ataxin-2又はそのペプチド断片の希釈系列に、一定量の安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を添加し、質量分析で得られる非標識/標識の強度比と濃度との関係から検量線を作成することができる。また、一定量(好ましくは、検量線と同量)の安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を測定対象である血液試料に添加し、質量分析により非標識/標識の強度比を得る。この強度比から、前記の検量線に基づき、血液試料中のAtaxin-2濃度を算出することができる。質量分析により定量する場合、内部標準及び検量線の作成に用いるAtaxin-2又はそのペプチド断片としては、Ataxin-2のトリプシン消化ペプチドを用いることが好ましい。
【0047】
血液試料調製試薬は、被験者から採取した血液から血液試料を調製するための試薬である。本態様の検査キットに適用する血液試料としては、例えば、血漿、及び血清が挙げられる。血液試料調製試薬としては、被験者から採血した血液から血漿試料又は血清試料を調製するための試薬が挙げられる。そのような試薬としては、例えば、ヘパリン、EDTA、及びクエン酸ナトリウム等が挙げられる。また、血液試料調製試薬としては、例えば、血液又は血漿の希釈液等が挙げられる。希釈液としては、リン酸緩衝液、トリス緩衝液(Tri-HClなど)、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などの公知の緩衝液等が例示される。
【0048】
バッファー類としては、Ataxin-2と悪性グリオーマ再発診断薬との反応に用いられるバッファー、標識物質の検出反応に用いられるバッファー等が挙げられる。バッファー類の具体例としては、例えば、ブロッキングバッファー、洗浄バッファー等が挙げられる。
【0049】
固相担体は、Ataxin-2に対する特異的結合物質を固定化するために用いられる。固相担体としては、上記に例示したものが挙げられる。
【0050】
キットは、ELISAキットであってもよい。ELISAキットである場合、例えば、固相担体に固定化された一次特異的結合物質、標識化された二次特異的結合物質、及び標識物質の検出試薬等を含み得る。ELISAキットは、さらに、血液試料調製試薬、酸化脂肪酸抽出試薬、希釈液、Ataxin-2の標準試料、及びバッファー類(ブロッキングバッファー、洗浄バッファー等)等を含んでいてもよい。
【0051】
[血液の判定方法]
本発明の第4の態様は、血液試料の判定方法である。本態様の血液試料の判定方法は、悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程Aと、前記工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定する工程Bと、を含む。
【0052】
本実施形態の判定方法により、血液試料が悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであるか否かを判定することができる。すなわち、本実施形態の判定方法は、悪性グリオーマ再発の診断方法であるということもできる。本実施形態の判定方法によれば、悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者の血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであるか否かを判定することができる。本実施形態の判定方法は、特に、膠芽腫の治療を受けた経験のある被験者の血液試料を用いて、当該血液試料が、膠芽腫を再発した被験者由来のものであるか否の判定に、好適に用いることができる。
【0053】
(工程A)
工程Aでは、悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者から採取された血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する。
【0054】
悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)の治療を受けた経験のある被験者は、過去に悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)に罹患し、その悪性グリオーマの治療を受けた被験者である。被験者は、前記治療終了時に、悪性グリオーマを寛解していることが好ましく、MRI等の画像診断において、造影病変が認められないことが好ましい。悪性グリオーマの治療を受けた経験のある被験者は、例えば、悪性グリオーマ再発疑いのある被験者である。
悪性グリオーマ再発疑いの被験者は、悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)に罹患した経験があり、その悪性グリオーマの治療を終了した被験者であって、その後、MRI等の画像診断において、造影病変が確認された被験者である。悪性グリオーマの治療終了から画像診断までの期間は、特に限定されないが、例えば、治療終了直後から36カ月以下が挙げられる。前記期間は、例えば、治療終了後20日以上36カ月以下であってもよく、治療終了後1カ月以上36カ月以下であってもよく、治療終了後2カ月以上36カ月以下であってもよい。工程Aでは、そのような悪性グリオーマ再発疑いの被験者から得た血液試料を用いることができる。
「血液試料」とは、血液成分の少なくとも一部を含む試料を意味し、全血、血清、及び血漿のいずれであってもよく、これらを希釈したものであってもよい。血液試料は、血清又は血漿が好ましく、血漿がより好ましい。
血液試料における、Ataxin-2の存在量の測定は、公知の方法で行うことができる。Ataxin-2の測定方法としては、例えば、上述のAtaxin-2に対する特異的結合物質を用いたサンドイッチELISA、ウェスタンブロット、逆相タンパク質アレイ等による測定方法が挙げられる。あるいは、上述の安定同位体で標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を用いた質量分析法が挙げられる。
【0055】
(工程B)
工程Bでは、工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定する。
【0056】
工程Bで用いる基準値としては、例えば、予め設定された、悪性グリオーマを再発した被験者と、悪性グリオーマを再発していない被験者とを区分するカットオフ値が挙げられる。カットオフ値は、真の再発者由来の血液試料と、偽再発者由来の血液試料とを区分するカットオフ値であってもよい。当該カットオフ値と比較して、Ataxin-2の存在量が多い場合に、血液試料は悪性グリオーマ再発者(真の悪性グリオーマ再発者)由来のものであると判定してもよい。カットオフ値は、複数の悪性グリオーマ再発者(真の再発者)及び悪性グリオーマ非再発者(例えば、偽再発者)の血液試料において測定されたAtaxin-2の濃度から、統計学的手法により算出することができる。
【0057】
あるいは、基準値は、同じ被験者の悪性グリオーマ治療終了時の血液試料におけるAtaxin-2の存在量であってもよい。悪性グリオーマ治療終了時のAtaxin-2の存在量と比較して、工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が多い場合に、血液試料は悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定してもよい。
「悪性グリオーマの治療終了時」とは、悪性グリオーマの治療を終了した時期をいう。基準値として用いる「悪性グリオーマの治療終了時」は、悪性グリオーマの治療を終了した日時のみを指すのではなく、悪性グリオーマの治療を終了した日の前後15日程度の期間を含み得る。悪性グリオーマの治療終了時は、悪性グリオーマの治療を終了した日の前後10日、5日、又は3日程度の期間を含んでもよい。工程Aで用いられる血液試料は、悪性グリオーマの治療終了時より後の時期に、被験者から採取された血液から調製されたものを用いることができる。基準値として用いる「悪性グリオーマの治療終了時」は、工程Aで用いる血液試料が被験者から採取された時点よりも前の時点である。工程Aで用いる血液試料が悪性グリオーマの治療終了直後から約15日以内に被験者から採取されたものである場合、基準値としては、上記カットオフ値を用いることが好ましい。
【0058】
(他の工程)
本態様の血液試料の判定方法は、上記工程A及びBに加えて、他の工程を含んでもよい。他の工程としては、例えば、悪性グリオーマ患者の悪性グリオーマ治療の終了時の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程(以下、「工程C」ともいう)、再発した悪性グリオーマの治療を行う工程(以下、「工程D」ともいう)が挙げられる。
【0059】
≪工程C≫
工程Cで用いる血液試料は、工程Aで用いる血液試料と同じ被験者に由来するものである。工程Cで用いる血液試料は、当該被験者が過去に受けた悪性グリオーマ治療の終了時に採取された血液から調製される。工程Cは、当該治療の終了時に行ってもよい。あるいは、血液試料を保管しておき、工程Aと同時に工程Cを行ってもよく、工程Aの後に工程Cを行ってもよい。
【0060】
工程Aと工程Cで用いるAtaxin-2の測定方法は、同じ方法であることが好ましい。工程Aで測定されたAtaxin-2の存在量が、工程Cで測定されたAtaxin-2の存在量よりも多い場合に、工程Aで用いた血液試料は、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定することができる。
【0061】
≪工程D≫
血液試料が、悪性グリオーマを再発した被験者由来のものであると判定された場合、当該血液が由来する被験者に対して、悪性グリオーマの治療を行うことができる。悪性グリオーマの治療は、悪性グリオーマ再発の確定診断の後に行ってもよい。悪性グリオーマ再発の確定診断は、例えば、生検等により採取された組織片の病理診断により行うことができる。
悪性グリオーマ再発後の治療としては、外科的手術、放射線療法、化学療法(抗癌剤)等が挙げられる。
【0062】
本実施形態の血液試料の判定方法によれば、血液検査という簡易な方法で、悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)の治療を受けた経験のある被験者の血液試料から、悪性グリオーマを再発した被験者に由来する血液試料を特定することができる。本実施形態の判定方法によれば、例えば、悪性グリオーマ再発疑いとされた被験者の血液試料が、真の再発者の血液試料であるかを判定することができる。本実施形態の判定方法は、例えば、悪性グリオーマ治療後の再発のモニタリングに用いることができる。
【0063】
[他の態様]
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)の治療を受けた経験のある被験者の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程A2と、前記工程A2で測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記被験者が、悪性グリオーマを再発している可能性が高いと判定する工程B2と、を含む、悪性グリオーマ再発の診断のためのデータを収集する方法、を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)の治療を受けた経験のある被験者の血液試料において、Ataxin-2の存在量を測定する工程A2と、前記工程A2で測定されたAtaxin-2の存在量が、基準値と比較して多い場合に、前記被験者が、悪性グリオーマを再発している可能性が高いと判定する工程B2と、を含む、悪性グリオーマ再発の判定方法、を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ再発マーカー(好ましくは膠芽腫再発マーカー)としてのAtaxin-2を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ再発マーカー(好ましくは膠芽腫再発マーカー)としてのAtaxin-2の使用を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ再発診断薬(好ましくは膠芽腫再発診断薬)の製造のための、(a)Ataxin-2に対する特異的結合物質又は(b)安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片、を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ再発診断キット(好ましくは膠芽腫再発診断キット)の製造のための、(a)Ataxin-2に対する特異的結合物質又は(b)安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片、の使用を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)再発診断のための、(a)Ataxin-2に対する特異的結合物質又は(b)安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片を提供する。
一実施形態において、本発明は、悪性グリオーマ(例えば、膠芽腫)再発診断のための、(a)Ataxin-2に対する特異的結合物質又は(b)安定同位体標識されたAtaxin-2又はそのペプチド断片の使用を提供する。
【実施例0064】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
<膠芽腫症例の血液中Ataxin-2量の経時変化>
次世代プロテオミクスSWATH(Sequential Windowed Acquisition of all Theoretical fragment ions)法(例えば、特開2015-021739号公報、国際公開第2015/008453号等)を用いて、血漿中の悪性グリオーマ再発バイオマーカーを探索した。
【0066】
1.試料の準備
膠芽腫患者から採取された血液を用いて血漿を調製した。血漿試料として、治療前(手術前)、治療後(手術後の放射線治療及び抗癌剤治療終了後)、及びMRI画像診断で再発疑いと診断された時点での血漿試料を用いた。
【0067】
膠芽腫患者の血漿試料を、100mMのTris-HCl(pH8.5)(8Mの尿素含有)により可溶化し、ジチオトレイトール及びヨードアセトアミドを用いてS-カルバモイルメチル化した。
【0068】
次いで、S-カルバモイルメチル化した試料を、100mMのTris-HCl(pH8.5)を用いて1.5M尿素に希釈した。次いで、洗浄後の試料に、基質に対する酵素の含有比が1/100となるように、リジンエンドペプチダーゼ(和光純薬工業社製)を添加し、30℃で3時間処理した。
【0069】
次いで、処理後の試料に、基質に対する酵素の含有比が1/100となるように、配列グレードの修飾トリプシン(Promega社製)を添加し、37℃で16時間消化した。
【0070】
次いで、処理後の試料に、基質に対する酵素の含有比1/100となるように、配列グレードの修飾トリプシン(Promega社製)を添加して、37℃で16時間消化した。
【0071】
次いで、トリプシン消化物を、SDB-Tip及びGC-Tip(GL Science社製)を用いて、脱塩した。
【0072】
2.質量分析
「1.試料の準備」で脱塩したペプチド試料について、TriprleTOF6600(AB Sciex社製)と連結したnanoLC400(Eksigent Technologies社製)を用いて、分析した。MS測定データは、SWATH法により取得した。データの解析には、DIAプロテオミクスデータ解析用の汎用自動化ソフトウェアであるDIA-NNを用いた。
【0073】
3.結果
悪性グリオーマの真の再発と偽再発とを区別可能なバイオマーカーとして、真の再発患者と偽再発患者とで、血中存在量の経時変化が異なるタンパク質を探索した。その結果、Ataxin-2が検出された。
図1に、膠芽腫患者の血漿におけるAtaxin-2量の経時変化を示す。図1は、各症例におけるAtaxin-2量の経時変化をそれぞれ示している。「治療前」は外科手術前、「治療後」は外科手術後の放射線治療及び抗癌剤治療終了後、「再発疑い」はMRI画像診断により膠芽腫再発疑いと診断された時点を示す。「真の再発」は、実際に膠芽腫を再発していた症例であり、「偽再発」は、実際には膠芽腫を再発していなかった症例である。
Ataxin-2量は、治療前に比べて、治療後に、低下する傾向が見られた。真の再発であった患者では、再発疑い時のAtaxin-2量は、治療後と比較して上昇していた。一方、偽再発であった患者では、再発疑い時のAtaxin-2量は、治療後と比較して低下していた。
これらの結果から、Ataxin-2は、悪性グリオーマの再発マーカーとして用いることができると、確認された。
【0074】
<ROC解析>
膠芽腫再発疑いと診断された患者の血液から血漿を調製し、ELISAにより、Ataxin-2の濃度を測定した。
結果を図2に示す。「真の再発」は、実際に膠芽腫を再発していた症例であり、「偽再発」は、実際には膠芽腫を再発していなかった症例である。真の再発の症例では、偽再発の症例と比較して、Ataxin-2(ATXN2)の血漿中濃度が上昇している傾向が確認された。
【0075】
図3は、Ataxin-2血漿中濃度による膠芽腫再発判定について、ROC解析を行った結果である。12~13ng/mLをカットオフ値とした。図3のROC曲線から算出されたAUC値は、0.73であり、Ataxin-2血漿中濃度による再発診断は、適度な精度を有すると考えられた。
【0076】
<ウェスタンブロット解析>
5例の初発膠芽腫患者(Case 1~5)から、正常脳組織及び膠芽腫組織を採取し、ウェスタンブロット解析により、Ataxin-2発現量を調べた。
結果を図4に示す。図中、「NB」は正常脳組織、「GBM」は膠芽腫組織を示す。Case 1、3、及び4では、正常脳組織と比較して、膠芽腫組織の方が、Ataxin-2(ATXN2)発現量が多かった。一方、Case 2及び5では、正常脳組織と膠芽腫組織とで、Ataxin-2の発現量に差は見られなかった。
これらの結果から、Ataxin-2は、症例によっては、正常脳組織でも発現している場合があると考えられた。
【0077】
<免疫組織化学染色>
初発膠芽腫患者から、正常脳組織及び膠芽腫組織を採取し、免疫組織化学染色により、Ataxin-2発現量を調べた。
結果を図5に示す。「Normal brain」は正常脳組織の免疫組織化学染色画像、「GBM」は膠芽腫組織の免疫組織化学染色画像を示す。正常脳組織では、Ataxin-2は、神経細胞からの発現が観察された。膠芽腫組織では、腫瘍組織全体で、Ataxin-2の発現が観察された。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、新規な悪性グリオーマ再発マーカー、前記悪性グリオーマ再発マーカーを測定するための悪性グリオーマ再発診断薬及び悪性グリオーマ再発診断キット、並びに前記悪性グリオーマ再発マーカーを用いた血液の判定方法が提供される。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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