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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137398
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】高強度鋼部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/26 20060101AFI20240927BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240927BHJP
   C21D 7/06 20060101ALI20240927BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 18/04 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 21/06 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 21/10 20060101ALI20240927BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20240927BHJP
   C23C 28/02 20060101ALI20240927BHJP
   C25D 5/36 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240927BHJP
   C22C 38/06 20060101ALN20240927BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20240927BHJP
   C22C 19/03 20060101ALN20240927BHJP
   C22C 19/05 20060101ALN20240927BHJP
【FI】
C25D5/26 C
C21D9/00 A
C21D7/06 A
C21D7/06 B
C21D1/18 C
C22C18/00
C22C18/04
C22C21/00 M
C22C21/02
C22C21/06
C22C21/10
B21D22/20 G
B21D22/20 H
C23C28/02
C25D5/26 G
C25D5/26 M
C25D5/36
C22C38/00 301W
C22C38/00 301T
C22C38/00 302Z
C22C38/06
C22C38/60
C22C38/00 302X
C22C19/03 G
C22C19/05 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048909
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【弁理士】
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 林太
(72)【発明者】
【氏名】牧水 洋一
【テーマコード(参考)】
4E137
4K024
4K042
4K044
【Fターム(参考)】
4E137AA08
4E137AA30
4E137BA01
4E137BA09
4E137BB01
4E137BC01
4E137BC06
4E137BC07
4E137CA09
4E137CA21
4E137CB03
4E137DA02
4E137DA10
4E137EA25
4E137FA25
4E137FA26
4E137FA27
4E137GB01
4K024AA03
4K024AA05
4K024AA17
4K024AA18
4K024AA19
4K024AB01
4K024BA03
4K024BB02
4K024CA01
4K024CA03
4K024CA04
4K024CA06
4K024GA04
4K024GA13
4K024GA14
4K042AA24
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA03
4K042CA02
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA09
4K042CA12
4K042DA01
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
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4K042DD01
4K042DE02
4K042DF01
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA10
4K044BB03
4K044BC02
4K044BC08
4K044CA11
4K044CA13
4K044CA18
(57)【要約】
【課題】外観耐食性および耐抵抗溶接割れ特性に優れる、かつ腐食環境での遅れ破壊のリスクが少ない高強度鋼部材を提供する。
【解決手段】熱間プレス部材と、前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面の上のZn系めっき層とを有する高強度鋼部材であって、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間におけるFe-Zn合金層の厚さが0~1.0μmであり、25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位が、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で-1100~-800mVであり、かつ、ビッカース硬さが400以上である高強度鋼部材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間プレス部材と、前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面の上のZn系めっき層とを有する高強度鋼部材であって、
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間におけるFe-Zn合金層の厚さが0~1.0μmであり、
25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位が、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で-1100~-800mVであり、かつ、
ビッカース硬さが400以上である高強度鋼部材。
【請求項2】
Zn付着量が、前記熱間プレス部材の片面あたり5~100g/mである、請求項1に記載の高強度鋼部材。
【請求項3】
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間に、さらにFe-Al合金層を有する、請求項1または2に記載の高強度鋼部材。
【請求項4】
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間における、厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率が10%以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の高強度鋼部材。
【請求項5】
熱間プレス用鋼板を加熱する加熱工程と、
加熱された前記熱間プレス用鋼板を熱間プレスして熱間プレス部材とする熱間プレス工程と、
前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面に、250℃以下の温度で、Zn含有量が70原子%以上であるZn系めっき層を形成するZn系めっき工程とを含む、高強度鋼部材の製造方法。
【請求項6】
前記熱間プレス用鋼板がAlめっき鋼板である、請求項5に記載の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項7】
前記熱間プレス工程と、前記Zn系めっき工程との間に、さらに前記熱間プレス部材の表面に存在する酸化物を除去する酸化物除去工程を含む、請求項5または6に記載の高強度鋼部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度鋼部材に関し、特に、外観耐食性および耐抵抗溶接割れ特性に優れる、かつ腐食環境での遅れ破壊のリスクが少ない高強度鋼部材に関する。また、本発明は前記高強度鋼部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野では、素材鋼板の高性能化とともに軽量化が促進されており、高強度鋼板の使用が増加している。しかし、一般的に鋼板の強度が高くなるとプレス成形性が低下するため、複雑な部品形状を得ることは困難になる。
【0003】
このような背景から、冷間ではなく熱間で形成を行う、熱間プレス技術の適用が増加している。熱間プレスとは、鋼板をオーステナイト単相の温度域(900℃前後)まで加熱した後に、高温のままでプレス成形し、同時に金型との接触により急冷(焼入れ)する成形方法である。加熱されて軟質化した状態でプレス成形が行われ、次いで、焼入れによって高強度化されるため、熱間プレスによれば、プレス成形性を確保しつつ、高い強度を有する部材を製造することができる。また、熱間プレス成形では加工部に残留応力がほぼ生じないことから、同程度の強度の冷間プレス成形品と比較し、腐食による遅れ破壊のリスクが格段に小さい。
【0004】
一方、自動車用部材には、高い耐食性を備えることも求められる。自動車用部材に求められる耐食性は、主に、穴あき腐食に対する耐食性(穴あき耐食性)と外観腐食に対する耐食性(外観耐食性)に大別することができる。穴あき腐食とは、文字通り、部材を構成する鋼材に貫通孔が形成される腐食である。一方、外観腐食とは、赤錆の発生や腐食による塗膜膨れといった、外観を損なう腐食である。
【0005】
熱間プレスの分野においては、熱間プレス部材に防錆性を付与するためにAl系めっき鋼板を用いることが一般的である。Al系めっき鋼板を素材として用いることにより、熱間プレス部材の穴あき耐食性が格段に向上する。
【0006】
しかし、一般的なAl系めっき鋼板を用いて得られる熱間プレス部材は、穴あき耐食性に優れるものの、外観耐食性が劣っているという問題があった。すなわち、Al系めっき鋼板を熱間プレスして得られる熱間プレス部材は、表層に、めっきの構成成分であるAlと母材鋼板から拡散したFeとを主体とした、金属間化合物相や拡散層を備えている。しかし、これらの相は母材(鋼材)との電位差が小さいため、母材に対するアノード防食作用が小さい。そのため、切断端面などめっき層が存在せず、上層の塗膜も薄い箇所で、早期に母材の腐食に至り、赤錆を生じる。加えて、金属間化合物自体がFeを高濃度に含有することから、母材の腐食の有無にかかわらずアノード防食の過程でも赤錆を生じることもある。
【0007】
このように、従来の一般的なAl系めっき鋼板を用いた熱間プレス部材は、穴あき耐食性に優れるものの、亜鉛系めっき鋼板を冷間プレスして製造されるプレス部材に比べて外観耐食性が不十分であった。
【0008】
外観耐食性が不十分である一因として、化成処理性に劣ることが挙げられる。すなわち、一般的な自動車用部材の製造においては、熱間プレス部材に対し、下地処理としてリン酸亜鉛系化成処理を施した後、塗装が行われる。熱間プレス後のAl系めっき鋼板の最表面には化学的に安定なAl酸化物皮膜が形成されているため、前記化成処理の際にリン酸亜鉛系化成処理皮膜がほとんど形成されない。
【0009】
このような背景の元、Al系めっき鋼板を用いた熱間プレス部材の外観耐食性など、各種特性を向上させるために様々な技術が提案されている。
【0010】
例えば、特許文献1では、Alめっき層と、前記Alめっき層上に形成されたZnOを含有する表面皮膜層とを有するめっき鋼板を熱間プレス用鋼板として用いる技術が提案されている。
【0011】
また、特許文献2では、Al系めっき層を備えるめっき鋼板を、水素濃度および露点が制御された雰囲気中で加熱した後に熱間プレスする方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】国際公開第2009/131233号
【特許文献2】特開2006-051543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、本発明者らの検討の結果、上記特許文献1、2で提案されているような従来技術では、依然として熱間プレス部材の、塗装された端面における外観耐食性が不十分であることがわかった。
【0014】
例えば、特許文献1では、ウルツ鉱型化合物であるZnOを含有する皮膜を形成することで、塗装後耐食性が向上することが報告されている。しかし、特許文献1においては、塗膜膨れの幅のみに基づいて塗装後耐食性が評価されており、赤錆の発生については考慮されていない。実際の自動車用部材においては、塗膜膨れだけでなく、外観に大きく影響する赤錆の発生を抑制することが求められる。特許文献1の技術では、化成処理性が向上する結果、塗膜膨れが抑制されるものの、耐赤錆性は十分とはいえなかった。
【0015】
一方、特許文献1に記載されているように、熱間プレス用鋼板としてZn系めっき鋼板が用いられる場合もある。Zn系めっき鋼板を熱間プレスに供した場合、加熱過程でめっき層中のZnと母材中のFeが相互拡散し、部材の表層にZnとFeとを含有する金属間化合物相または固溶体相が形成される。その際、加熱条件を調整することにより、高濃度のZnを含有する金属間化合物相を部材の最表面に形成することができる。そのようにして得られる熱間プレス部材は、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を冷間プレスして得られると同程度の耐食性を有している。
【0016】
しかし、前記金属間化合物相は不可避的にFeを含有しているため、Feが腐食することで赤錆の混じった腐食外観を呈する場合がある。そのため、Zn系めっき鋼板を熱間プレスして得られる熱間プレス部材は、電気亜鉛めっき鋼板および合金化処理を施さない溶融亜鉛めっき鋼板に比べると外観耐食性が十分ではない。
【0017】
なお、Zn系めっき鋼板を用いる場合においても、加熱条件を調整することにより外観耐食性をある程度改善することはできる。例えば、短時間で昇温し、高温での保持時間をごく短時間とすれば、Feを含有しないZnリッチ相が残存するため、外観耐食性が向上する。
【0018】
しかし、上記のようにFeを含有しないZnリッチ相が残存した状態で熱間プレスを行うと、液体金属脆化(LME)割れのリスクが著しく高くなる。そのため、Zn系めっき鋼板の熱間プレスにおいて、上記のような加熱条件を採用することは現実的ではない。
【0019】
さらに、本発明者らの検討の結果、ZnとFeとを含有する金属間化合物相または固溶体相が部材の表層、特に下地鋼板の直上に存在する場合、抵抗溶接部に割れが生じやすいことが分かった。詳細な機構は明らかでないが、抵抗溶接時の急速加熱過程で溶融または気化したZnが母材に作用し、液体金属脆化と類似した現象が生じているものと推察される。
【0020】
このように、Zn系めっき鋼板を用いた熱間プレス部材では、優れた外観耐食性と成形時の液体金属脆化割れの回避を両立することは困難である。また、Zn系めっき鋼板を用いた熱間プレス部材は、抵抗溶接割れのリスクが高い。
【0021】
本発明は、上記の実状に鑑みてなされたものであり、外観耐食性に優れるとともに、抵抗溶接割れのリスクが小さく、かつ、腐食環境での遅れ破壊のリスクが小さい高強度鋼部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その要旨は次の通りである。
【0023】
1.熱間プレス部材と、前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面の上のZn系めっき層とを有する高強度鋼部材であって、
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間におけるFe-Zn合金層の厚さが0~1.0μmであり、
25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位が、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で-1100~-800mVであり、かつ、
ビッカース硬さが400以上である高強度鋼部材。
【0024】
2.Zn付着量が、前記熱間プレス部材の片面あたり5~100g/mである、上記1に記載の高強度鋼部材。
【0025】
3.前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間に、さらにFe-Al合金層を有する、上記1または2に記載の高強度鋼部材。
【0026】
4.前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間における、厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率が10%以下である、上記1~3のいずれか一項に記載の高強度鋼部材。
【0027】
5.熱間プレス用鋼板を加熱する加熱工程と、
加熱された前記熱間プレス用鋼板を熱間プレスして熱間プレス部材とする熱間プレス工程と、
前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面に、250℃以下の温度で、Zn含有量が70原子%以上であるZn系めっき層を形成するZn系めっき工程とを含む、高強度鋼部材の製造方法。
【0028】
6.前記熱間プレス用鋼板がAlめっき鋼板である、上記5に記載の高強度鋼部材の製造方法。
【0029】
7.前記熱間プレス工程と、前記Zn系めっき工程との間に、さらに前記熱間プレス部材の表面に存在する酸化物を除去する酸化物除去工程を含む、上記5または6に記載の高強度鋼部材の製造方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、外観耐食性に優れるとともに、抵抗溶接割れのリスクが小さく、かつ、腐食環境での遅れ破壊のリスクが小さい高強度鋼部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための形態について具体的に説明する。なお、以下の説明は、本発明の好適な一実施態様を示すものであり、本発明は以下の説明に限定されるものではない。また、含有量の単位として使用される「%」は、とくに断らない限り「質量%」を表すものとする。
【0032】
[高強度鋼部材]
本発明の一実施形態における高強度鋼部材は、母材としての熱間プレス部材と、前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面の上のZn系めっき層とを有する。そして、前記高強度鋼部材は、以下の条件を満たす。
・前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間におけるFe-Zn合金層の厚さが0~1μmである。
・25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位が、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で-1100~-800mVである。
・ビッカース硬さが400以上である。
【0033】
(熱間プレス部材)
本発明の高強度鋼部材は、母材として熱間プレス部材を備えている。熱間プレス部材は、鋼板を高温に加熱して強度を低くした状態でプレス成形して得られる部材である。そのため、スプリングバックが生じず、形状凍結性に優れている。また、熱間プレス部材では、加工部に残留応力がほとんど生じない。残留応力が小さいため、同程度の強度を有する冷間プレス成形部材に比べて熱間プレス部材は遅れ破壊のリスクが格段に小さい。
【0034】
本発明では、後述するようにFe-Zn合金層の厚さと自然浸漬電位を制御することにより上記課題を解決している。したがって、前記熱間プレス部材としては特に限定されることなく任意の熱間プレス部材を用いることができる。
【0035】
しかし、高強度鋼部材のビッカース硬さを400以上とするためには、母材として使用する熱間プレス部材のビッカース硬さを高めることが望ましい。熱間プレス部材のビッカース硬さを高めるためには、熱間プレス部材が下記の成分組成を有することが好ましい。
【0036】
質量%で、
C :0.1~0.5%、
Si:0.1~5.0%、
Mn:0.1~5.0%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Al:0.1%以下、および
N :0.01%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成。
【0037】
また、前記成分組成は、さらに任意に
Nb:0.05%以下、
Ti:0.05%以下、
B :0.0050%以下、
Cr:20%以下、および
Sb:0.03%以下
からなる群より選択される少なくとも1つを含有することができる。
【0038】
以下、上記好ましい成分組成における各元素の作用効果と好適な含有量について説明する。
【0039】
C:0.1~0.5%
Cは、マルテンサイトなどの組織を形成させることで強度を向上させる作用を有する元素である。ビッカース硬さを高めるという観点からは、C含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、C含有量が0.5%を超えると、スポット溶接部の靱性が劣化する。したがって、C含有量は0.5%以下とすることが好ましい。
【0040】
Si:0.1~5.0%
Siは、鋼を強化して良好な材質を得るために有効な元素である。前記効果を得るために、Si含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、Si含有量が5.0%を超えるとフェライトが安定化されるため、焼き入れ性が低下する。そのため、Si含有量は5.0%以下とすることが好ましい。
【0041】
Mn:0.1~5.0%
Mnは、鋼の高強度化に有効な元素である。優れた機械特性と強度を確保するという観点からは、Mn含有量を0.1%以上とすることが好ましい。一方、Mn含有量が過剰であると焼鈍時の表面濃化が増加し、熱間プレス部材に対するZn系めっき層の密着性に影響を及ぼす。そのため、密着性を向上させるという観点からは、Mn含有量を5.0%以下とすることが好ましい。
【0042】
P:0.02%以下
P含有量が過剰であると、鋳造時のオーステナイト粒界へのP偏析に伴う粒界脆化により、局部延性が劣化する。そしてその結果、熱間プレス部材の強度と延性のバランスが低下する。そのため、強度と延性のバランスを向上させるという観点からは、P含有量を0.02%以下とすることが好ましい。一方、P含有量の下限についてはとくに限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの増加を招くことから、P含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0043】
S:0.01%以下
Sは、MnSなどの介在物となって、耐衝撃性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となる。そのため、S含有量は極力低減することが望ましく、具体的には0.01%以下とすることが好ましい。また、良好な伸びフランジ性を確保するという観点からは、0.005%以下とすることがより好ましい。一方、S含有量の下限についてはとくに限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの増加を招くことから、S含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
【0044】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素である。しかし、Al含有量が0.1%を超えると、焼入れ性が低下する。そのため、Al含有量は0.1%以下とすることが好ましい。一方、Al含有量の下限は特に限定されないが、脱酸剤としての効果を高めるという観点からは、Al含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
【0045】
N:0.01%以下
N含有量が0.01%を超えると、熱間プレス前の加熱時にAlNが生成し、焼入れ性が低下する。そのため、N含有量は0.01%以下とすることが好ましい。一方、N含有量の下限は特に限定されず、0%であってよい。しかし、過度の低減は製造コストの増加を招くことから、N含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
【0046】
Nb:0.05%以下
Nbは、鋼の強化に有効な成分であるが、過剰に含まれると形状凍結性が低下する。したがって、Nbを添加する場合、Nb含有量を0.05%以下とすることが好ましい。一方、Nb含有量の下限は特に限定されず、0%であってよい。
【0047】
Ti:0.05%以下
Tiは、Nbと同様に鋼の強化に有効な成分であるが、過剰に含まれると形状凍結性が低下する。したがって、Tiを添加する場合、Ti含有量を0.05%以下とすることが好ましい。一方、Ti含有量の下限は特に限定されず、0%であってよい。
【0048】
B:0.0050%以下
Bは、オーステナイト粒界からのフェライト生成および成長を抑制する作用を有する元素である。しかし、過剰なBの添加は成形性を大きく損なう。そのため、Bを添加する場合、成形性を向上させるという観点からは、B含有量を0.0050%以下とすることが好ましい。一方、B含有量の下限は限定されないが、Bの添加効果を高めるという観点からは、0.0002%以上とすることが好ましい。
【0049】
Cr:20%以下
Crは、鋼の強化および焼き入れ性向上のために有用な元素である。しかし、Crは高価な元素であるため、Crを添加する場合、合金コストを低減するためにCr含有量を20%以下とすることが好ましい。一方、Cr含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、Crの添加効果を高めるという観点からは、0.1%以上とすることが好ましい。
【0050】
Sb:0.03%以下
Sbは、熱間プレス中に鋼板表層の脱炭を防止する効果を有する元素である。しかし、Sbが過剰であると圧延荷重の増加を招くため生産性が低下する。そのため。Sbを添加する場合、生産性のさらなる向上の観点から、Sb含有量を0.03%以下とすることが好ましい。一方、Sb含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、Sbの添加効果を高めるという観点からは、0.003%以上とすることが好ましい。
【0051】
上記熱間プレス部材は、後述するように、熱間プレス用鋼板を熱間プレスすることにより製造することができる。したがって、前記熱間プレス部材は、熱間プレスされた鋼板であるということもできる。上述した成分組成を有する熱間プレス部材は、同様の成分組成を有する熱間プレス用鋼板を熱間プレスすることにより得ることができる。
【0052】
(Zn系めっき層)
本発明の高強度鋼部材は、母材としての熱間プレス部材の表面に、Zn系めっき層を備えている。前記Zn系めっき層は、熱間プレス部材の少なくとも一方の面に設けられていればよく、両面に設けられていてもよい。また、前記Zn系めっき層は、熱間プレス部材の表面の全体に設けられていてもよく、表面の一部に設けられていてもよい。すなわち、高強度鋼部材は、部分的に前記Zn系めっき層で覆われていない部分を有していてもよい。なお、本発明において「Zn系めっき層」とは、Znを50原子%以上含有するめっき層であると定義する。
【0053】
本発明では、後述するように自然浸漬電位を制御することにより所望の耐食性を実現している。そのため、前記Zn系めっき層の組成はとくに限定されず、Znを50原子%以上含む任意の組成であってよい。前記Zn系めっき層は、金属間化合物および合金(固溶体)の一方または両方を含む層であってよく、また、金属間化合物および合金(固溶体)の一方または両方からなる層であってもよい。前記金属間化合物としては、例えば、NiZn11、CoZn11、MgZnなどが挙げられる。前記固溶体としては、例えば、FeおよびAlの一方または両方にZnが固溶した固溶体が挙げられる。前記Zn系めっき層は、Znめっき層であってもよい。
【0054】
耐食性の観点からは、前記Zn系めっき層におけるZn含有量が、60原子%以上であることが好ましく、80原子%以上であることがより好ましく、90原子%以上であることがさらに好ましい。一方、前記Zn含有量の上限はとくに限定されず、100%であってよい。言い換えると、前記Zn系めっき層は、Znおよび不可避的不純物からなるめっき層であってもよい。
【0055】
前記Zn系めっき層に10原子%以上のFeが含有されていると、腐食生成物がFe酸化物に起因する赤色を呈し、外観耐食性が劣化する。そのため、外観耐食性をさらに向上させるという観点からは、前記Zn系めっき層におけるFe含有量が10原子%以下であることが好ましい。
【0056】
本発明の高強度鋼部材におけるZn付着量はとくに限定されない。しかし、Zn付着量が5g/m未満であると、耐赤錆発生効果を得られる期間が短くなる。そのため、Zn付着量は5g/m以上であることが好ましく、10g/m以上であることがより好ましく、20g/m以上であることがさらに好ましい。一方、Zn付着量が100g/mを超えると、Fe-Zn合金層が存在しない場合でも溶接部割れを生じる場合がある。そのため、耐抵抗溶接割れ特性をさらに向上させるという観点からは、Zn付着量を100g/m以下とすることが好ましく、80g/m以下とすることがより好ましい。
【0057】
前記Zn付着量は、高強度鋼部材をアノード電解してZnを溶解し、溶解したZnの量を誘導結合プラズマ-質量分析法(ICP-MS)で定量することにより測定できる。具体的には、まず、高強度鋼部材を作用極、白金メッシュ電極を対極とし、3%水酸化ナトリウム-1%塩化アルミニウム水溶液中で定電流アノード電解する。前記アノード電解における電流密度は4mA/cmとする。アノード電解中、電位が急峻に貴化した点で電解を停止する。これにより、すべてのZnを水溶液中に溶解させることができる。次いで、前記水溶液のZn量をICP-MSで定量分析し、溶解したZnの総量を求める。得られたZnの総量を、前記高強度部材の表面積で割ることにより、Zn付着量を求めることができる。
【0058】
[Fe-Zn合金層]
本発明においては、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間におけるFe-Zn合金層の厚さが0~1.0μmであることが重要である。言い換えると、本発明の高強度鋼部材は、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間にFe-Zn合金層が存在しないか、またはFe-Zn合金層存在する場合であっても該Fe-Zn合金層の厚さが1.0μmである。
【0059】
前記Fe-Zn合金層が鋼板の直上に存在すると、抵抗溶接時にZnが溶融または蒸発することで鋼材の表層に抵抗溶接割れを生じ、溶接部の強度や疲労特性を劣化させる場合がある。そのため、溶接部割れを回避するために、前記Fe-Zn合金層の厚さを1.0μm以下とする。
【0060】
前記Fe-Zn合金層とは、高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察および分析した際、Zn濃度が15%以上、かつFeとZnの濃度の合計が80%以上である相が層状に存在するものとする。
【0061】
前記Fe-Zn合金層は熱間プレス成形後にFe-Zn系めっき層を形成することによって形成される。あるいは、熱間プレス成形前の熱間プレス用鋼板の表面、すなわちFeを主体とした合金の直上にZn系めっき層が存在する場合、加熱過程でFeとZnの合金化が進行し、形成される。溶接部割れ特性に影響するFe-Zn合金層は、その形成方法に依らず、本発明の高強度鋼部材の製造方法においては上記のいずれの工程も経ないことが好ましい。
【0062】
[Fe-Al合金層]
本発明の高強度鋼部材は、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との界面に、さらにFe-Al合金層を有していてもよい。
【0063】
Fe-Al合金層へのZnの固溶限は、FeへのZnの固溶限と比べて低い。そのため、 抵抗溶接の際、Fe-Al合金層は、Zn系めっき層が溶融して生じる溶融Znに対する障壁として作用する。したがって、Fe-Al合金層を設けることにより、抵抗溶接割れのリスクをさらに低減することができる。
【0064】
さらに、Fe-Al合金層は、腐食環境におけるアノード溶解速度と、主たるカソード反応である酸素還元反応速度の両者が小さい。そのため、Fe-Al合金層は、該Fe-Al合金層自体の腐食速度と、上層であるZn系めっき層とのガルバニック腐食速度が、共に小さい。したがって、Fe-Al合金層を設けることにより、一層優れた耐食性を得ることができる。
【0065】
本発明では、高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察および分析したときに、Fe濃度が15%以上、FeとAlの濃度の合計が80%以上、Zn濃度が10%未満である相からなる厚さ1μm以上の層を、「Fe-Al合金層」と定義する。
【0066】
前記Fe-Al合金層としては、上記定義に該当するものであれば、とくに限定されることなく任意の層を用いることができる。すなわち、本発明では、前記Fe-Al合金層を構成する成分は、狭義の合金に限定されず、金属間化合物や、固溶体を含む金属層などであってもよい。前記金属間化合物としては、例えば、FeAl、FeAl13、FeAlなどが挙げられる。また、固溶体を含む金属相としては、例えば、Alを固溶したα-Feが挙げられる。
【0067】
前記Fe-Al合金層の厚さはとくに限定されないが、上記抵抗溶接割れ低減効果を高めるという観点からは、1μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。一方、めっき層の密着性の観点からは、前記Fe-Al合金層の厚さが30μm以下であることが好ましく、25μm以下であることがより好ましく、20μm以下であることがさらに好ましい。
【0068】
前記Fe-Al合金層の厚さは、高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察および分析することにより測定することができる。より具体的には、実施例に記載した方法で測定できる。
【0069】
前記Fe-Al合金層を形成する方法は特に限定されないが、熱間プレス成形前の熱間プレス用鋼板の表面、すなわちFeを主体とした合金の直上にAl系めっき層を設け、加熱過程でFeとAlの合金化が進行させることで形成するのが経済性に優れる。前記、熱間プレス用鋼板へのAl系めっき層の形成方法も特に限定されず、溶融めっき法、非水溶媒や溶融塩を用いた電気めっき法、物理蒸着法やクラッド圧延などが例示されるが、製造性や経済性の観点で溶融めっき法が好ましい。
【0070】
[Fe酸化物層]
本発明の高強度鋼部材は、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との界面にFe酸化物層を有していてもよい。本発明において前記Fe酸化物層とは、高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察および分析した際、O濃度が20%以上かつFeとOの濃度の合計が80%以上である層と定義する。前記Fe酸化物層を構成するFe系酸化物は、とくに限定されないが、例えば、Fe、FeO、Feが挙げられる。
【0071】
しかし、熱間プレス部材とZn系めっき層との間にFe酸化物が多量に存在すると、抵抗溶接割れ特性が低下する場合がある。すなわち、Fe酸化物は母材である熱間プレス部材や前記Zn系めっき層、前記Fe-Al合金層に比べて電気抵抗が大きい。そのため、Fe酸化物が多量に存在すると、抵抗溶接時の電流経路が制限され、局所的な発熱の原因となる。そしてその結果、抵抗溶接割れ特性が低下する。
【0072】
そのため、熱間プレス部材とZn系めっき層との間に存在するFe酸化物の量は、少ないことが望ましい。具体的には、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間における、厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率が10%以下であることが好ましい。一方、前記被覆率は低ければ低いほどよく、0%であることが好ましい。なお、以下の説明において、単に「Fe酸化物層の被覆率」といった場合、「厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率」を指すものとする。
【0073】
前記Fe酸化物層の被覆率は、高強度鋼部材の断面を、SEM-EDXで観察することにより測定することができる。具体的には、高強度鋼部材の断面を、加速電圧5kV、倍率1000倍の条件でSEM観察し、反射電子像を得る。次いで、前記反射電子像において、厚さ1μm以上であるFe酸化物が存在する長さを、観察した全幅で割ることで前記被覆率を求めることができる。
【0074】
Fe酸化物層は、非めっき鋼板を熱間プレスした際に形成される。このとき、加熱条件や鋼板の成分組成を調整することで、形成されるFe酸化物層の被覆率を10%以下とすることができる。
【0075】
Fe酸化物層の被覆率を低減する具体的な方法としては、例えば、熱間プレス前の加熱を、直接通電加熱によって行い、加熱時間を短くすることが挙げられる。また、Crを1%以上含有する鋼板を熱間プレス用鋼板として用いることも、Fe酸化物層の被覆率を低減するうえで有効である。
【0076】
一方、一般的な熱間プレス用鋼板、例えば、DIN規格のMn-B鋼22MnB5を用いた場合、Fe酸化物層の被覆率はほぼ100%となる。このような場合でも、熱間プレス工程とZn系めっき工程との間に、熱間プレス部材の表面に存在する酸化物を除去する酸化物除去工程を設けることにより、Fe酸化物層の被覆率を低減することができる。酸化物を除去する具体的な方法については後述する。
【0077】
[表面酸化物層]
本発明の高強度鋼部材は、Zn系めっき層の表面に、さらに酸化物層を有していてもよい。ここでは、前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間のFe酸化物層との区別のため、前記酸化物層を表面酸化物層と呼称する。前記表面酸化物層に含まれる酸化物はとくに限定されないが、例えば、Zn酸化物や、ZnとAl、Mg、Ti、Cr、Mn、Fe、Niなどを含有する複合酸化物が挙げられる。
【0078】
前記表面酸化物層が過度に厚いと、塗装した際の密着性が低下するおそれがある。そのため、前記表面酸化物層の厚さは5μm以下であることが好ましい。
【0079】
(自然浸漬電位)
本発明においては、高強度鋼部材の自然浸漬電位が銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極(SSE)基準で-1100~-800mVであることが重要である。自然浸漬電位を前記範囲とすることで、母材である熱間プレス部材に対するカソード防食性能が最も良好となり、優れた外観耐食性が得られる。また、腐食にともなって発生する水素に起因する遅れ破壊を低減することができる。
【0080】
自然浸漬電位が-800mVよりも貴(正側)であると、鋼材と被覆層との電位差が小さく、カソード防食性能が十分でないため、外観耐食性が劣位となる。そのため、前記自然浸漬電位は-800mV以下、好ましくは-900mV以下、より好ましくは-950mV以下とする。一方、自然浸漬電位が-1100mVよりも卑(負側)であると、外観耐食性改善効果が飽和する。加えて、腐食に伴う水素発生量が過大となるため、遅れ破壊を生じる危険性が高まる。そのため、前記自然浸漬電位を-1100mV以上、好ましくは-1075mV以上、より好ましくは-1050mV以上とする。
【0081】
なお、本発明における前記自然浸漬電位は、25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位を、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で表した電位を指すものとする。前記自然浸漬電位の測定においては、熱間プレス部材の任意の10mmφ以上の面積を有する平坦部における、10mmφの領域を作用極として使用する。前記作用極を、上記NaCl水溶液に浸漬してから60秒以降、600秒までの間の浸漬電位の平均値を、当該熱間プレス部材の自然浸漬電位とする。前記測定においては、前記NaCl水溶液の温度を25±5℃に調整する。
【0082】
本発明の高強度鋼部材の機械的特性はとくに限定されないが、高強度鋼部材の任意の箇所でX線回折法を用いて測定される残留応力が600MPa未満であることが好ましい。熱間プレス成形後にトリム加工やピアス加工を施す場合、冷間加工を施すとその箇所に残留応力が生じ、遅れ破壊のリスクが高まる。遅れ破壊のリスクを低減するため、熱間プレス成形後には冷間加工を施さないことや、トリム加工やピアス加工はレーザ加工装置を用いることが好ましい。
【0083】
(ビッカース硬さ)
本発明の高強度鋼部材のビッカース硬さは、400以上とする。すなわち、本発明において「高強度」とは、ビッカース硬さが400以上であることを表すものとする。ビッカース硬さ400以上である本発明の高強度鋼部材は、自動車用骨格部材などの用途に好適に用いることができる。前記ビッカース硬さは、高強度鋼部材の断面の平坦部で測定される。本発明の高強度鋼部材は、少なくとも一部における400以上であればよい。例えば、機能を付与するために高強度鋼部材の一部に強度の異なる他の熱間プレス部材を接合することもできる。また、熱間プレス後の冷却過程において、熱間プレス部材の部位によって個音なる熱履歴で冷却を施すこともできる。そのような場合、最終的に得られる高強度鋼部材のビッカース硬さは、一部において400以上であり、それ以外の部分においては400未満となることがある。
【0084】
一方、高強度鋼部材のビッカース硬さが過度に高いと、遅れ破壊に対する抵抗が低下する場合がある。そのため、高強度鋼部材のビッカース硬さは800以下とすることが好ましく、700以下とすることがより好ましく、600以下とすることがさらに好ましい。
【0085】
前記高強度鋼部材のビッカース硬さは、母材である熱間プレス部材のビッカース硬さによって決まる。そのため、上記ビッカース硬さを有する高強度鋼部材を得るためには、同様のビッカース硬さを有する熱間プレス部材を母材として使用すればよい。
【0086】
本発明においては、上記の通り、部材の強度をビッカース硬さに基づいて規定している。そのため、前記高強度鋼部材の引張強さはとくに限定されない。ただし、一般的には、ビッカース硬さが400以上である場合、高強度鋼部材の引張強さは約1180MPa以上である。
【0087】
[製造方法]
次に、本発明の高強度鋼部材の好適な製造方法について説明する。
【0088】
本発明の一実施形態における高強度鋼部材の製造方法は、下記(1)~(3)の工程を含む。
(1)熱間プレス用鋼板を加熱する加熱工程
(2)加熱された前記熱間プレス用鋼板を熱間プレスして熱間プレス部材とする熱間プレス工程
(3)前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面に、250℃以下の温度で、Zn含有量が70原子%以上であるZn系めっき層を形成するZn系めっき工程
【0089】
前記熱間プレス用鋼板としては、特に限定されることなく任意の鋼板を用いることができる。好適な鋼板の成分組成は、上述した熱間プレス部材の鋼材の好ましい成分組成と同じである。前記熱間プレス用鋼板は、熱延鋼板または冷延鋼板であることが好ましい。
【0090】
前記熱間プレス用鋼板としては、めっき層を有さない鋼板を使用することができるが、めっき層を有する鋼板(めっき鋼板)を用いることもできる。前記めっき鋼板としては、Alめっき鋼板やNiめっき鋼板が例示される。
【0091】
前記Alめっき鋼板は、鋼板の少なくとも一方の面に、めっき層のAl含有量が50質量%以上であるAlめっき層を有する鋼板である。
【0092】
前記Alめっき層と下地鋼板の間にFe-Al系金属間化合物を50質量%以上含有する界面合金層を有していてもよい。前記Alめっき層の成分は、Alを50質量%以上含有するAl合金であれば組成は限定されないが、任意にSiが含まれていてもよい。また、前記Alめっき層は、Si:0.1~13%、Mg:0~10%、Fe:0~5%からなる成分組成を有することがより好ましい。
【0093】
前記Niめっき鋼板は、鋼板の少なくとも片面にめっき層のNi含有量が50質量%以上であるめっき層を有する鋼板である。前記めっき層の成分は、Niを主体としたNi合金であれば組成は限定されないが、任意にTi、Cr、Fe、Co、Mo、Wが含まれていてもよい。
【0094】
また、前記Alめっき層または前記Niめっき層がZnを含有していると、熱間プレス後にFe-Zn合金層が形成される場合がある。そのため、Fe-Zn合金層の形成を抑制するという観点からは、前記Alめっき層または前記Niめっき層のZn濃度は50%以下とすることが好ましい。
【0095】
前記下地鋼板へのめっきは任意の方法で行うことができるが、経済性の観点から電気めっき法または溶融めっき法により行うことが好ましい。以下、溶融めっき法によりAlめっき鋼板を製造する場合について説明する。
【0096】
まず、溶融めっきに先立って、下地鋼板に焼鈍を施す。次に、前記焼鈍後の下地鋼板を前記酸洗後の下地鋼板を溶融めっき浴に浸漬することで、下地鋼板の表面に溶融めっき層を備える溶融めっき鋼板とする。前記溶融めっき浴は、Al、Znおよび母材や浴中機器から流出するFeを含有していてもよい。前記溶融めっき浴には、さらに任意にSiが含まれていてもよい。前記溶融めっき浴は、Si:0.1~13%、Mg:0~10%、Fe:0~5%と、残部がAlおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することがより好ましい。
【0097】
前記溶融めっき層の付着量は特に限定されないが、鋼板片面あたり20g/m以上であることが好ましく、30g/m以上であることがより好ましく、50g/m以上であることがさらに好ましい。また、前記溶融めっき層の付着量は、鋼板片面あたり300g/m以下であることが好ましく、250g/m以下であることがより好ましく、200g/m以下であることがさらに好ましい。先に述べたように、熱間プレスを行うと、下地鋼板からのFeの拡散によりめっき層の付着量が増大する。そのため、熱間プレス前の溶融めっき鋼板における溶融めっき層の付着量を上記範囲とすることにより、熱間プレス部材におけるめっき層の付着量を上述した好ましい範囲とすることができる。
【0098】
前記溶融めっき層の片面あたりの付着量は、以下の方法で求めるものとする。まず、評価対象とする溶融めっき鋼板を打抜き加工して、48mmφの試料3つを採取する。その後、各試料一方の面(付着量を測定する面と反対側の面)をマスキングする。インヒビターとしてヘキサメチレンテトラミン1mLを添加した17%塩酸水溶液に各試料を20分間浸漬して溶融めっき層を溶解した後、各試料の重量を再度測定する。溶融めっき層の溶解前後の質量差を、前記試料の面積で割ることにより、各試料における単位面積あたりのめっき付着量を算出する。そして、3試料におけるめっき付着量の平均値を、当該溶融めっき鋼板における溶融めっき層の片面あたりの付着量とする。
【0099】
(加熱工程)
熱間プレス工程に先立ち、前記熱間プレス用鋼板を加熱する(加熱工程)。前記加熱工程では、酸素濃度:0.1~22体積%の雰囲気の下で、室温から、前記母材鋼板のAc3変態点~1100℃である加熱温度まで、10秒以上300秒以下の昇温時間で昇温し、前記昇温後の熱間プレス用鋼板を、さらに、前記雰囲気の下で、前記加熱温度で5秒以上900秒以下の保持時間の間保持することが好ましい。
【0100】
前記加熱工程における雰囲気は、酸素濃度:0.1~22体積%とすることが好ましい。非めっき鋼板を用いる場合、前記Fe酸化物層の厚さおよび被覆率を低減することが好ましく、そのためには前記酸素濃度は、22%体積以上とすることが好ましく、10体積%以下とすることがより好ましく、1%体積以下とすることがさらに好ましい。一方、酸素濃度が0.1体積%を下回っても特段の効果は得られず、操業コストが増大することから、酸素濃度は0.1%体積以上とすることが好ましい。
【0101】
加熱温度がAc3変態点より低いと、熱間プレス部材として必要な強度を得ることができない場合がある。一方、加熱温度が1100℃を超えると、操業コストが増大する。
【0102】
熱間プレス用鋼板の温度が室温から前記加熱温度に達するまでの昇温時間の下限は特に限定されないが、熱間プレスの操業安定性の観点から10秒以上とすることが好ましい。また、熱間プレス用鋼板の温度が室温から前記加熱温度に達するまでの昇温時間の上限は特に限定されないが、過度に昇温時間が長いと生産性が悪化することから、300秒以下とすることが好ましい。
【0103】
前記加熱温度に到達後の保持時間の下限は特に限定されないが、熱間プレスの操業安定性の観点から5秒以上とすることが好ましい。一方、保持時間が900秒を超えると、熱間プレス用鋼板の表面に安定な酸化膜が形成され、除去するのが困難となることから、保持時間は900秒以下とすることが好ましい。
【0104】
(熱間プレス工程)
次いで、上記加熱工程において加熱された鋼板に対して熱間プレスを施して、熱間プレス部材とする(熱間プレス工程)。前記熱間プレスにおいては、熱間プレス用鋼板が所望の形状に成形されるとともに、金型や水などによって冷却される。本発明においては、熱間プレス条件は特に限定されないが、一般的な熱間プレス温度範囲である600~800℃でプレスを行うことが好ましい。
【0105】
(Zn系めっき工程)
次に、得られた熱間プレス部材の少なくとも一方の面に、Zn系めっき層を形成する(Zn系めっき工程)。前記Zn系めっき層を形成する際の温度(以下、「成膜温度」と言う場合がある)が250℃を超えると、熱間プレス部材が焼き戻されるため、所望の硬度を得ることができない。そのため、Zn系めっき層を形成する工程では、成膜温度を250℃以下とする。ここで、Zn系めっき層を形成する際の温度(成膜温度)とは、Zn系めっき層形成時における熱間プレス部材の最高到達温度とする。前記成膜温度は、好ましくは150℃以下、より好ましくは100℃以下とする。
【0106】
Zn系めっき層のZn含有量は70原子%以上とする。Zn含有量が70原子%未満、すなわちZn以外の元素の含有量が合計で30原子%を超えると、25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位が、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で-1100~-800mVの範囲外となる場合があり、所定の耐食性を得ることができなくなる。より具体的には、電位が過度に卑な場合、下地鋼との電位差が大きく、塗膜膨れ速度が増大する恐れがある。また、電位が過度に貴な場合、母材の腐食に起因する赤錆が目立つようになる恐れがある。Zn系めっき層のZn含有量を70原子%以上に制御することで、塗膜膨れと赤錆のいずれに対しても安定した性能を得られる。前記耐食性安定化のため、Zn系めっき層のZn含有量は、好ましくは80原子%以上、より好ましくは90原子%以上とする。
【0107】
前記Zn系めっき層を形成する方法はとくに限定されず、湿式めっきおよび乾式めっきのいずれも用いることができる。通常は、形成するZn系めっき層の種類に合わせてめっき方法を選択すればよい。
【0108】
例えば、Zn系めっき層が純Zn、Zn-Niめっき、Zn-Ni-Coめっき、Zn-Crめっき、Zn-Mnめっきである場合、電気めっきにより成膜することが好ましい。被覆層がZn-Tiめっき、Zn-Mgめっきのように、水溶液からの電析が困難な組成である場合には、PVDにより成膜することが好ましい。なお、溶融めっき法によりZn系めっき層を成膜する場合、温度が250℃を超えるため、溶融めっき法は用いない。
【0109】
なお、いずれの方法により被覆層を形成する場合でも、鋼板の一方の面(表面)と、鋼板のもう一方の面(裏面)の被覆層が所望の厚さとなるように条件を調整すればよい。例えば、電気めっき法の場合、それぞれの面における電流密度と通電時間のいずれかまたは両方を変化させることで、各面における被覆層の厚さを調整することができる。また、電極の配置を調整し、電流密度を制御することで、同一面内のめっき付着量に意図的に分布を与えることもできる。
【0110】
(表面酸化物除去工程)
上述したように、非めっき鋼板を熱間プレスした場合、熱間プレス部材の表面にFe酸化物層が形成される。そのため、最終的に得られる高強度鋼部材におけるFe酸化物層の被覆率を低減するために、熱間プレス後、Zn系めっきの前に、熱間プレス部材の表面に存在する酸化物を除去することが好ましい(酸化物除去工程)。
【0111】
前記酸化物除去工程において酸化物を除去する方法としては、とくに限定されることなく任意の方法を用いることができる。好適に用いることができる酸化物除去方法としては、例えば、ショットブラスト、サンドブラスト、ドライアイスブラストなどの物理的方法、レーザクリーニングなどの光学的方法、酸洗などの化学的方法、およびそれらの組み合わせが挙げられる。前記酸洗には、とくに限定されることなく任意の酸性溶液を用いることができる。
【0112】
また、熱間プレス用鋼板としてAlめっき鋼板を用いた場合、熱間プレス部材の表面に薄いAl系酸化物が生じる。前記Al系酸化物が存在すると、Zn系めっき層と下地鋼板の密着性が低下する。そのため、Alめっき鋼板を用いた場合にも上記酸化物除去工程を行って、前記Al系酸化物を除去することが好ましい。前記Al系酸化物を除去する方法はとくに限定されない。しかし、熱間プレスされたAlめっき鋼板のめっき層は酸性溶液中で溶解する。そのため、めっき層の溶解を防止しつつ、Al系酸化物を除去するためには、pH11以上のアルカリ性の溶液へ浸漬することにより酸化物を除去することが好ましい。
【実施例0113】
以下、実施例に基づいて本発明の作用・効果を説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0114】
以下の手順で熱間プレス用鋼板を熱間プレスすることにより高強度鋼部材を製造した。
【0115】
前記熱間プレス用鋼板としては、下記(A)~(F)の鋼板を使用した。
【0116】
(A)質量%で、C:0.34%、Si:0.25%、Mn:1.2%、Cr:0.2%、 P:0.005%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.004%、Nb:0.02%、Ti:0.01%、B:0.002%、Sb:0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚1.4mmの冷延鋼板
【0117】
(B)質量%で、C:0.34%、Si:0.50%、Mn:0.6%、Cr:1.0%、 P:0.005%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.004%、Nb:0.02%、Ti:0.01%、B:0.002%、Sb:0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚1.4mmの冷延鋼板
【0118】
(C)質量%で、C:0.34%、Si:1.0%、Mn:1.0%、Cr:11%、P:0.005%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.004%、Nb:0.02%、Ti:0.01%、B:0.002%、Sb:0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚1.4mmの冷延鋼板。
【0119】
(D)質量%で、C:0.21%、Si:0.2%、Mn:1.3%、Cr:0.18%、P:0.005%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.004%、B:0.002%、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚1.6mmの冷延鋼板。
【0120】
(E)質量%で、C:0.42%、Si:0.25%、Mn:1.0%、Cr:0.12%、P:0.005%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.004%、Nb:0.02%、Ti:0.01%、B:0.002%、Sb:0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚1.8mmの冷延鋼板。
【0121】
(F)質量%で、C:0.49%、Si:0.2%、Mn:1.2%、Cr:0.18%、P:0.005%、S:0.001%、Al:0.03%、N:0.004%、Nb:0.02%、Ti:0.01%、B:0.002%、Sb:0.01%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する、板厚1.2mmの冷延鋼板。
【0122】
一部の実施例では、上記鋼板の表面にめっきを施して得ためっき鋼板を、熱間プレス用鋼板として使用した。使用した鋼板とめっき層との組み合わせを表1に示す。各めっき層は、以下の条件で形成した。
【0123】
(電気Znめっき)
前記鋼板をカソード、酸化イリジウム被覆チタン板をアノードとして以下の条件で電気めっきを行って、Znめっき層を形成した。通電時間を変化させることによりZnめっき層の厚さを調整した。
・めっき液組成:
硫酸亜鉛七水和物240g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:40A/dm
【0124】
(電気Zn-12%Ni合金めっき)
前記鋼板をカソード、酸化イリジウム被覆チタン板をアノードとして以下の条件で電気めっきを行って、Zn-12%Ni合金めっき層を形成した。通電時間を変化させることによりZn-12%Ni合金めっき層の厚さを調整した。
・めっき液組成:
硫酸ニッケル六水和物240g/L
硫酸亜鉛七水和物20g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:40A/dm
【0125】
(電気Ni合金めっき)
前記鋼板をカソード、酸化イリジウム被覆チタン板をアノードとして以下の条件で電気めっきを行って、Niめっき層を形成した。通電時間を変化させることによりNiめっき層の厚さを調整した。
・めっき液組成:
硫酸ニッケル六水和物240g/L
ホウ酸30g/L
・pH:3.0
・温度:50℃
・電流密度:40A/dm
【0126】
(溶融めっき)
一部の実施例では、比較のために溶融めっき鋼板を使用した。前記溶融めっき鋼板は、前記鋼板を溶融めっき浴に浸漬することにより作成した。鋼板を溶融めっき浴から引上げた後は、Nガスワイピングを行ってめっき層の付着量を調整した。前記溶融めっき浴としては、以下の3種類を使用した。
・Zn-0.2%Al溶融めっき浴(浴温460℃)
・Al-10%Si溶融めっき浴(浴温660℃)
・Al-10%Si-1%Mg溶融めっき浴(浴温660℃)
【0127】
・加熱工程
次いで、得られた溶融めっき鋼板から200×300mmの試験片を採取し、表1に示した条件(加熱方式および昇温時間)で前記試験片を900℃まで加熱した。900℃まで昇温した後、1分間保持した。
【0128】
・熱間プレス工程
上述したように、900℃で1分間保持した後、前記試験片を熱間プレスしてハット型高強度鋼部材を得た。具体的には、前記試験片を、前記加熱装置に隣接して設置されたプレス装置に移送し、直ちに熱間プレスした。前記熱間プレスには、ハット型金型を使用し、成形開始温度は700℃とした。得られた高強度鋼部材の形状は上面の平坦部長さ100mm、側面の平坦部長さ50mm、下面の平坦部長さ50mmであった。また、金型の曲げRは上面の両肩、下面の両肩いずれも7Rであった。
【0129】
・酸化物除去工程
一部の実施例では、ショットブラスト、酸洗、およびアルカリ浸漬のいずれかの方法で酸化物除去工程を実施し、熱間プレス部材表面の酸化物を除去した。酸化物除去工程に使用した方法を表1に示す。
【0130】
ショットブラストでは、平均粒度0.5mmのスチール球を投射材として用い、熱間プレス部材の表面に対して角度60°、空気圧0.2MPaで前記投射材を噴射した。なお、実施例No.5では、比較のために、ショットブラスト処理時間を他の実施例の半分とし、意図的に酸化物の残存量を増やした。
【0131】
酸洗では、10%HCl水溶液に、インヒビターとしてヘキサメチレンテトラミンを1g/L添加した酸洗液を使用した。前記酸洗液の温度は50℃、浸漬時間は60秒とした。
【0132】
アルカリ浸漬には、80℃の50%NaOH水溶液を使用した。前記NaOH水溶液に熱間プレス部材を60秒間浸漬することにより酸化物を除去した。
【0133】
・Zn系めっき工程
次いで、上記熱間プレス部材の表面に、表1に示す方法でZn系めっき層を形成した。使用した方法のそれぞれについて、以下に説明する。なお、比較のため、一部の実施例ではZn系めっき層の形成を行わなかった。
【0134】
(電気めっき)
電気めっき法によるZn系めっき層の形成は、以下の条件で実施した。なお、いずれの場合においても、熱間プレス部材をカソード、酸化イリジウム被覆チタン板をアノードとして電解を行い、通電時間を変化させることにより被覆層の厚さを調整した。前記アノードは、熱間プレス部材と同形状とし、前記熱間プレス部材の両側に前記アノードを配置してめっきを行った。
【0135】
(1) Znめっき
・めっき液組成:
硫酸亜鉛七水和物240g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:40A/dm
【0136】
(2) Zn-12%Ni合金めっき
・めっき液組成:
硫酸ニッケル六水和物240g/L
硫酸亜鉛七水和物20g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:40A/dm
【0137】
(3) Zn-18%Ni合金めっき
・めっき液組成:
硫酸ニッケル六水和物240g/L
硫酸亜鉛七水和物20g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:60A/dm
【0138】
(4) Zn-30%Ni合金めっき
・めっき液組成:
硫酸ニッケル六水和物360g/L
硫酸亜鉛七水和物20g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:100A/dm
【0139】
(5) Zn-8%Cr合金めっき
・めっき液組成:
硫酸クロム(III)六水和物100 g/L
硫酸亜鉛七水和物200 g/L
硫酸ナトリウム 100g/L
ポリエチレングリコール 1g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:50A/dm
【0140】
(6) Zn-40%Mn合金めっき
・めっき液組成:
硫酸マンガン(II) 70g/L
硫酸亜鉛七水和物 30 g/L
クエン酸ナトリウム 180 g/L
・pH:5.6
・温度:50℃
・電流密度:20A/dm
【0141】
(7) Zn-Fe合金めっき
・めっき液組成:
硫酸鉄(II)七水和物240g/L
硫酸亜鉛七水和物20g/L
・pH:2.0
・温度:50℃
・電流密度:40A/dm
【0142】
(PVD)
PVDによるZn系めっき層の形成は、イオンプレーティングにより実施した。前記イオンプレーティングには、昭和真空株式会社製のバッチ式高周波(RF)励起式イオンプレーティング装置を使用した。成膜条件は、熱間プレス部材の温度:100℃、圧力:3Pa、バイアス電圧:-20Vとした。めっき層の組成は、蒸着源として用いる金属の組成を調整することにより制御した。また、めっき層の厚さは、蒸着時間を調整することにより制御した。
【0143】
(溶融めっき法)
一部の比較例では、フラックスを用いた溶融めっき法によりZn系めっき層を形成した。前記フラックスとしては、塩化アンモニウムと塩化亜鉛の混合物を用いた。溶融めっき浴としての温度は460℃、組成はZn-0.2%Al、浸漬時間は60秒とした。
【0144】
(自然浸漬電位)
以上の手順で得た高強度鋼部材の自然浸漬電位を以下の手順で測定した。まず、ハット形状に成形された熱間プレス部材の上面の平坦部から、打抜き加工により直径16mmの試料を3個採取した。前記試料の中央部における直径10mmの領域を作用極、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極(SSE)を参照電極として、25±5℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中で浸漬電位を測定した。作用極が前記NaCl水溶液に浸漬されてから、60秒以降600秒までの間の浸漬電位の時間平均を、その試料の自然浸漬電位とした。異なる3試料の自然浸漬電位の平均値を、評価対象の熱間プレス部材の自然浸漬電位とした。測定結果を表2に示す。
【0145】
さらに、得られた高強度鋼部材のそれぞれについて、以下の方法でビッカース硬さ、Fe-Zn合金層の厚さ、Zn付着量、Fe-Al合金層の厚さ、Fe酸化物層の被覆率を測定した。測定結果を表2に示す。
【0146】
(ビッカース硬さ)
得られた高強度鋼部材の天板からレーザ切断機により試験片を切り出し、次いで、前記試験片の断面を鏡面研磨した。その後、前記試験片の、板厚1/4位置におけるビッカース硬さを測定した。測定は、鋼板の圧延方向と直角方向に、200μm間隔で10点測定し、その平均値を高強度鋼部材のビッカース硬さとした。ビッカース硬さの測定条件は、試験力:100g、保持時間:5秒とした。
【0147】
(Fe-Zn合金層の厚さ)
前記Fe-Zn合金層の厚さは、以下の手順で、高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察および分析することで評価した。鏡面に仕上げた高強度鋼部材の断面を、SEMを用い、加速電圧5kVでの倍率5000倍の反射電子像を観察した。Zn系めっき層と下地鋼板の界面に合金層が認められる場合、その組成をEDXにより分析し、Zn濃度が15%以上、FeとZnの濃度の合計が80%以上であるFe-Zn合金層であるかを判定する。Fe-Zn合金層である場合、その厚さを、観察視野内の任意の10か所で断面から測定する。上記観察を任意の10視野で行い、平均値をFe-Zn合金層の厚さとした。
【0148】
(Zn相の付着量)
前記Zn相の付着量は、高強度鋼部材をアノード電解してZnを溶解し、溶解したZnの量を誘導結合プラズマ-質量分析法(ICP-MS)で定量することにより測定した。具体的には、まず、高強度鋼部材を作用極、白金メッシュ電極を対極とし、3%水酸化ナトリウム-1%塩化アルミニウム水溶液中で定電流アノード電解した。前記アノード電解における電流密度は4mA/cmとした。アノード電解中、電位が急峻に貴化した点で電解を停止することにより、すべてのZnを水溶液中に溶解させた。次いで、前記水溶液のZn量をICP-MSで定量分析し、溶解したZnの総量を求めた。得られたZnの総量を、前記高強度部材の表面積で割ることにより、Zn付着量を求めた。
【0149】
(Fe-Al合金層の厚さ)
前記Fe-Al合金層の厚さは、以下の手順で、高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察および分析することで評価した。鏡面に仕上げた高強度鋼部材の断面を、SEMを用い、加速電圧5kVでの倍率5000倍の反射電子像を観察した。Zn系めっき層と下地鋼板の界面に合金層が認められる場合、その組成をEDXにより分析し、Fe濃度が15%以上、FeとAlの濃度の合計が80%以上であるFe-Al合金層であるかを判定する。Fe-Al合金層である場合、その厚さを、観察視野内の任意の10か所で断面から測定する。上記観察を任意の10視野で行い、平均値をFe-Al合金層の厚さとした。
【0150】
(Fe酸化物層の厚さおよび被覆率)
高強度鋼部材の断面をSEM-EDXで観察することにより、厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率を測定した。具体的には、高強度鋼部材の断面を、加速電圧5kV、倍率1000倍の条件でSEM観察し、反射電子像を得た。次いで、前記反射電子像において、厚さ1μm以上であるFe酸化物が存在する長さを、観察した全幅で割ることで前記被覆率を求めた。
【0151】
Zn系めっき層と熱間プレス部材との間の界面に酸化物層が認められる場合、その組成をEDXにより分析し、O濃度が20%以上かつFeとOの濃度の合計が80%以上であればFe酸化物層と判断した。
【0152】
Fe酸化物層の厚さ1μm以上である領域の板面内方向の長さを測定し、厚さ1μm以上であるFe酸化物が存在する長さを観察した全幅で除することで、観察視野内のFe酸化物層の被覆率を測定した。上記測定を任意の10視野で行い、平均値をFe酸化物層の被覆率とした。
【0153】
(外観耐食性)
次に、得られた高強度鋼部材の外観耐食性を評価するために、以下の手順で塗装端面からの塗膜膨れおよび塗装端面からの赤錆の発生を試験した。
【0154】
まず、得られたハット形状の高強度鋼部材の70mm幅の領域をレーザ切断機により切り出し、前記試験片に対してリン酸亜鉛系化成処理および電着塗装を施すことにより耐食性試験片とした。前記リン酸亜鉛系化成処理は、日本パーカライジング社製PB-SX35を用いて標準条件で行った。前記電着塗装は関西ペイント社製エレクトロンGT-100を用いて塗装膜厚が5μmとなるように行った。電着塗装の焼付け条件は170℃到達後20分間保持とした。
【0155】
得られた耐食性試験片を、マスキングせずに複合サイクル腐食試験(SAE-J2334)に供し、40サイクル後の腐食状況の評価を行った。端部からの塗膜膨れ幅と、切断端面の赤錆発生状況から、以下の基準に基づいて、塗装端面における外観耐食性を判定した。塗膜膨れ幅と端面の赤錆面積率それぞれについて、評点が1または2である場合を合格とした。評価結果を表に示す。なお、塗膜膨れ幅が1mm超の場合、クロスカット疵部に赤錆が発生していた。
1:塗膜膨れ幅≦1mm かつ クロスカット疵部に赤錆無し
2:塗膜膨れ幅≦1mm かつ クロスカット疵部に赤錆有り
3:1mm<塗膜膨れ幅≦3mm
4:塗膜膨れ幅>3mm
【0156】
(耐抵抗溶接割れ特性)
さらに、得られた高強度鋼部材の耐抵抗溶接割れ特性を評価するために、以下の手順で抵抗スポット溶接を行い、溶接部におけるき裂の発生状況を評価した。
【0157】
まず、高強度鋼部材の天板から、試験片を切り出した。一方、溶接に用いる相手材を、合金化溶融亜鉛めっき鋼板から切り出した。前記合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、引張強さが980MPa級、亜鉛めっき層の付着量が50g/m、板厚t:1.6mmであった。
【0158】
次いで、前記試験片と相手材との板組を抵抗スポット溶接した。前記抵抗スポット溶接の条件は、打角θ:5°、加圧力:3.5kN、ホールドタイム:0.12秒、0.18秒または0.24秒とした。また、溶接電流および溶接時間は、ナゲット径dが5.9mmとなるように調整した。
【0159】
前記抵抗スポット溶接によって形成された溶接部の断面を観察し、下記の基準で、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を評価した。評価が1~3であれば、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性に優れると判断した。結果を表2に示す。
1:ホールドタイム0.12秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
2:ホールドタイム0.12秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められたが、ホールドタイム0.18秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
3:ホールドタイム0.18秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められたが、ホールドタイム0.24秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
4:ホールドタイム0.24秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められた。
【0160】
表2に示した結果から分かるように、本発明の条件を満たす高強度鋼部材は、外観耐食性および耐抵抗溶接割れ特性に優れていた。
【0161】
【表1】
【0162】
【表2】
【手続補正書】
【提出日】2023-09-12
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間プレス部材と、前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面の上のZn系めっき層とを有する高強度鋼部材であって、
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間におけるFe-Zn合金層の厚さが0~1.0μmであり、
25℃の空気飽和した0.5質量%NaCl水溶液中における自然浸漬電位が、銀-塩化銀-飽和塩化カリウム電極基準で-1100~-800mVであり、かつ、
ビッカース硬さが400以上である高強度鋼部材。
【請求項2】
Zn付着量が、前記熱間プレス部材の片面あたり5~100g/mである、請求項1に記載の高強度鋼部材。
【請求項3】
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間に、さらにFe-Al合金層を有する、請求項1または2に記載の高強度鋼部材。
【請求項4】
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間における、厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率が10%以下である、請求項1または2に記載の高強度鋼部材。
【請求項5】
前記熱間プレス部材と前記Zn系めっき層との間における、厚さ1μm以上のFe酸化物層の被覆率が10%以下である、請求項3に記載の高強度鋼部材。
【請求項6】
熱間プレス用鋼板を加熱する加熱工程と、
加熱された前記熱間プレス用鋼板を熱間プレスして熱間プレス部材とする熱間プレス工程と、
前記熱間プレス部材の少なくとも一方の面に、250℃以下の温度で、Zn含有量が70原子%以上であるZn系めっき層を形成するZn系めっき工程とを含む、高強度鋼部材の製造方法。
【請求項7】
前記熱間プレス用鋼板がAlめっき鋼板である、請求項に記載の高強度鋼部材の製造方法。
【請求項8】
前記熱間プレス工程と、前記Zn系めっき工程との間に、さらに前記熱間プレス部材の表面に存在する酸化物を除去する酸化物除去工程を含む、請求項6または7に記載の高強度鋼部材の製造方法。