(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137455
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】積層造形物および積層造形方法
(51)【国際特許分類】
B22F 10/38 20210101AFI20240927BHJP
B22F 10/25 20210101ALI20240927BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240927BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20240927BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20240927BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20240927BHJP
【FI】
B22F10/38
B22F10/25
C22C38/00 303S
B33Y10/00
B33Y70/00
B33Y80/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048982
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】加藤 元
(72)【発明者】
【氏名】角田 貫一
(72)【発明者】
【氏名】池畑 秀哲
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 朋泰
(72)【発明者】
【氏名】小林 栄一
(72)【発明者】
【氏名】粂 康弘
(72)【発明者】
【氏名】伴 美織
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA26
4K018AB01
4K018AC01
4K018BA14
4K018BA20
4K018CA44
4K018KA43
4K018KA58
(57)【要約】
【課題】鉄基固相上に酸素基固相が形成された積層造形物を効率的に得られる積層造形方法を提供する。
【解決手段】本発明は、高エネルギービームの照射により原料粉末を基体上で溶解させてできた溶融池を凝固させて造形物を得る積層造形方法である。溶融池は、分離した鉄基液相と酸素基液相を含み、造形物は、鉄基固相上に形成された酸素基固相を有する。このような積層造形方法は、例えば、指向性エネルギー堆積法によりなされる。酸素基固相は、例えば、Fe
2SiO
4を含む酸化物層となり、さらにCr
2FeO
4を含んでもよい。酸化物を形成し易い元素(Mn、Al、Mg、Ti、Zr)は酸素基固相に含まれ、NiやMo等は鉄基固相に含まれる。
【選択図】
図2B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高エネルギービームの照射により原料粉末を基体上で溶解させてできた溶融池を凝固させて造形物を得る積層造形方法であって、
該溶融池は、分離した鉄基液相と酸素基液相を含み、
該造形物は、鉄基固相上に形成された酸素基固相を有する積層造形方法。
【請求項2】
前記酸素基固相は、少なくともFeとSiを含む請求項1に記載の積層造形方法。
【請求項3】
前記酸素基固相は、Fe2SiO4を含む請求項2に記載の積層造形方法。
【請求項4】
前記酸素基固相は、Cr、Al、Mn、Mg、CaまたはTiの一種以上を含む請求項2に記載の積層造形方法。
【請求項5】
前記酸素基固相は、その全体を100at%(単に「%」という。)として、NiおよびMoのいずれの含有量も0.1%未満である請求項2に記載の積層造形方法。
【請求項6】
前記原料粉末は、Fe、SiおよびOを含み、
前記鉄基固相は、その全体を100at%(単に「%」という。)として、Si含有量が3%未満、O含有量が5%未満である請求項1に記載の積層造形方法。
【請求項7】
前記鉄基固相は、Mn、Al、Mg、TiおよびZrのいずれの含有量も3%未満である請求項6に記載の積層造形方法。
【請求項8】
前記鉄基固相は、C含有量が2%未満である請求項6に記載の積層造形方法。
【請求項9】
前記鉄基固相は、Niを0.1~40%および/またはMoを0.1~20%を含む請求項6に記載の積層造形方法。
【請求項10】
指向性エネルギー堆積法によりなされる請求項1に記載の積層造形方法。
【請求項11】
前記原料粉末は、その粉末全体に対してFeを30~99at%含む請求項1~10のいずれかに記載の積層造形方法。
【請求項12】
鉄基固相上に形成された酸素基固相を有する積層造形物。
【請求項13】
前記酸素基固相は、Fe2SiO4を含む請求項12に記載の積層造形物。
【請求項14】
前記酸素基固相は、さらにCr2FeO4を含む請求項13に記載の積層造形物。
【請求項15】
前記鉄基固相は、その全体を100at%(単に「%」という。)として、下記の成分組成を満たす請求項12に記載の積層造形物。
Si:3%未満、O:5%未満、C:2%未満、
Mn:3%未満、Al:3%未満、Mg:3%未満、Ti:3%未満、Zr:3%未満
【請求項16】
前記鉄基固相は、さらに、Niを0.1~40%および/またはMoを0.1~20%含み、
前記酸素基固相は、該酸素基固相全体を100%として、NiおよびMoのいずれの含有量も0.1%未満である請求項15に記載の積層造形物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の除去加工(切削、研削、切断等)や成形加工(鋳造、鍛造、プレス等)とは異なり、専用の型や大型の工作機械等を必要とせずに、所望の造形物を得る付加加工(AM:Additive Manufacturing)が注目されている。積層を繰り返す付加加工(積層造形)によれば、従来の製造方法では製作が困難であった物(積層造形物)が得られる。
【0003】
付加加工は、大別して7種類に分類される(ASTM規格)。具体的にいうと、指向性エネルギー堆積法(DED: Directed Energy Deposition)、粉末床溶融結合法(PBF:powder bed fusion)、結合剤噴射法(binder jetting)、材料噴射法(material jetting)、材料押出法(material extrusion)、液槽光重合法(vat photopolymerization)およびシート積層法(sheet lamination)の各方式がある。
【0004】
このうち、DEDやPBFによれば、金属やセラミックからなる実用的な造形物が得られる。DEDとPBFはいずれも、高エネルギービーム(レーザや電子ビームなどの熱源)を照射し、原料粉末(混合粉末を含む。)を溶融凝固(結合)させて造形物を得る点で共通する。DEDはPBFよりも、原料粉末の使用量抑制、造形自由度の拡大等を図り易い。このような積層造形に関する提案は多くなされており、例えば、下記の文献に関連した記載がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】金丸ら,2021年度精密工学会秋季大会学術講演会講演論文集, (2021) p. 326.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1には、DEDで製作したFeSi造形物やFeCoV造形物に関する記載がある。もっとも非特許文献1は、具体的な成分組成を開示しておらず、等方性結晶粒からなる軟磁性造形物を対象にしているに過ぎない。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、新たな積層造形方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は鋭意研究した結果、溶融池を液相分離させ、その状態を維持しつつ凝固させた積層造形物を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0009】
《積層造形方法》
(1)本発明は、高エネルギービームの照射により原料粉末を基体上で溶解させてできた溶融池を凝固させて造形物を得る積層造形方法であって、該溶融池は、分離した鉄基液相と酸素基液相を含み、該造形物は、鉄基固相上に形成された酸素基固相を有する積層造形方法である。
【0010】
(2)本発明の積層造形方法(単に「造形方法」ともいう。)によれば、鉄基固相上に酸素基固相が形成された複相構造の積層造形物(単に「造形物」ともいう。)を効率的に製作できる。例えば、高エネルギービームを一筋(ライン)分走査させるだけでも、鉄基固相上に酸素基固相が形成された積層造形物が得られる。また、本発明の造形方法によれば、造形物の表面側に形成する酸素基固相(酸化物層等)の厚さ制御も可能となる。
【0011】
このような造形物が得られる理由は、次のように考えられる。基体上で原料粉末を溶融させてできた溶融池は、鉄基液相と酸素基液相に分離している。このとき、比重(密度)差により酸素基液相は鉄基液相上に移動(浮遊)し易くなる。
【0012】
また、分離した各液相は液相線温度や固相線温度が異なり、同時に凝固することはない。このため、溶融池の降温に沿って、低比重な酸素基液相が高比重な鉄基液相上へ移動した状態で凝固が進行する。こうして、低比重な酸素基固相が高比重な鉄基固相上に形成された造形物が得られる。
【0013】
《積層造形物》
本発明は、積層造形物としても把握される。例えば、本発明は、鉄基固相上に形成された酸素基固相を有する積層造形物でもよい。このような積層造形物は、例えば、上述した積層造形方法により得られる。
【0014】
《積層造形用粉末》
本発明は、上述した積層造形物を得るために、積層造形に供される原料粉末(積層造形用粉末)としても把握される。積層造形用粉末(適宜「原料粉末」という。)は、単種の合金粉末でも、複数種の粉末からなる混合粉末でもよい。
【0015】
原料粉末の成分組成または配合組成は、造形物の全体組成(例えば、鉄基固相と酸素基固相の合計組成)と、必ずしも同じでなくてもよい。溶融池には、原料粉末側の成分元素のみならず、本体側の成分元素も僅かながら溶け込み、溶融池は両側の成分元素が混在した状態となった後に凝固する。このため造形物の全体組成は、原料粉末の全体組成と必ずしも一致するとは限らない。原料粉末の全体組成は、そのような観点も考慮して、予め調整されてもよい。
【0016】
《その他》
(1)本明細書でいう「X基」等は、対象物全体に対する原子割合(at%/単に「%」という。)で、X元素が50%以上、50%超、55%以上、60%以上または65%含まれることを意味する。その対象物は、液相でも固相でもよく、例えば、合金、化合物、複合材等でもよい。化合物には、酸化物、セラミックス、金属間化合物等が含まれる。
【0017】
鉄基液相が凝固して鉄基固相となり、酸素基液相が凝固して酸素基固相となる。対応する液相と固相の各成分組成は、基本的に略同一となるが、凝固後に多少変動してもよい。
【0018】
(2)「本体」は、原料粉末を溶融させて溶融池を形成できるベースであれば、その材質、形態、製造過程、加工段階等を問わない。本体は、例えば、鉄基材からなる。鉄基材は、純鉄でも、鉄合金(炭素鋼、合金鋼、鋳物等)でも、鉄基マトリックス中に分散粒子がある複合材等でもよい。本体は、例えば、板状でも、ブロック状でも、所望形状の部材状等でもよい。本体は、例えば、素材、中間材、最終製品等でもよい。本体は、例えば、積層造形物でも、溶製材(展伸材、鋳物等)でも、焼結材等でもよい。
【0019】
本体が積層造形物である場合、鉄基固相および酸素基固相と本体とが、同じ方法で連続的に形成されてもよいし、異なる方法で別々に形成されてもよい。
【0020】
(3)「高エネルギービーム」は、粉末を溶融させる熱源であれば、レーザビーム、電子ビーム、プラズマアーク等のいずれでもよい。積層造形方法は、例えば、指向性エネルギー堆積法(DED)や粉末床溶融結合法(PBF)によりなされる。DEDによれば、鉄基固相や酸素基固相を所望する箇所(例えば局所)で効率的に形成することもできる。本明細書では、便宜上、代表的な熱源であるレーザビームを用いたL-DED(LMD)を取り上げて説明する。
【0021】
高エネルギービームを走査させる軌跡、回数等は問わない。本明細書でいう積層造形は、鉄基固相上に酸素基固相が形成される限り、一筋(ライン)の走査でもよいし、同領域における積層数が一回でもよい。勿論、それらは複数でもよい。
【0022】
(4)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また本明細書でいう「x~yμm」はxμm~yμmを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図2A】試料1の造形物の外観写真とその断面のデジタルマイクロスコープ像である。
【
図2B】その断面(界面付近)を観察したSEM像とEDX像である。
【
図3A】試料1~3の造形層表面の外観を示す写真である。
【
図3B】それらの断面(界面付近)を観察したSEM像である。
【
図4】試料2と試料4の断面(界面付近)を観察したデジタルマイクロスコープ像である。
【
図5A】熱力学計算により求めた状態図(一例)である。
【
図5B】熱力学計算により求めた温度-相分率図(一例)である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、積層造形物、積層造形方法、積層造形用粉末等のいずれにも適宜該当し得る。
【0025】
《酸素基相》
酸素基液相または酸素基固相(両者を併せて「酸素基相」という。)は、例えば、FeとSiを含んでもよい。この酸素基相には、例えば、Fe2SiO4(ファイアライト)が生成され得る。Fe2SiO4の電気抵抗率(107Ωcm程度)は大きいため、酸素基相は優れた絶縁層や耐食層等になり得る。なお、500Kで比較すると、Fe2SiO4の線膨張係数(約10×10-6/K)は鉄基材の線膨張係数(約14×10-6/K)に比較的近い。
【0026】
酸素基相には、Cr、Al、Mn、Mg、Ca、Ti等の一種以上を含んでもよい。このような金属元素は、酸素基相側に取り込まれて、酸化物を形成し易い。例えば、Crは、Cr2FeO4として酸素基相中に出現する。Cr2FeO4は、Fe2SiO4よりも大きい線膨張係数(約12×10-6/K、500Kのとき)と、FeOよりも大きい電気抵抗率(101Ωcm程度)をもち、酸素基固相と鉄基固相の密着性や電気抵抗率の向上に寄与し得る。上述した金属元素は、原料粉末から供給されてもよいし、本体側から供給されてもよい。
【0027】
酸素基相の成分組成は、その全体を100%として、例えば、Feを15~35%または20~30%、Siを5~20%または8~15含んでもよい。Crが含まれる場合なら、例えば、Crは1~15%または3~10%含まれてもよい。なお、特に断らない限り、本明細書でいう成分組成は原子割合(at%)であり、単に「%」または数値のみで示す。
【0028】
Feの供給量に応じて、Fe2SiO4以外にFeOやFe等も酸素基相に出現し得る。但し、NiやMo等は殆ど酸素基相に含まれない。例えば、酸素基相全体を100%として、NiやMoの含有量はいずれも0.1%未満、0.05%未満となる。
【0029】
《鉄基相》
鉄基固相または鉄基液相(両者を併せて「鉄基相」という。)は、Fe以外に、改質元素や不可避元素(不純物を含む。)を含んでもよい。このような元素として、Si、Mn、Al、Mg、Ti、Zr、O、C等がある。これらの含有量は、鉄基相全体を100%として、例えば、Si、Mn、Al、Mg、Ti、Zr等なら3%未満、2%以下または1%以下である。Oなら、例えば、5%未満、3%以下または1%以下である。Cなら、2%未満、1.5%以下または1%以下である。
【0030】
鉄基相全体は、その全体を100%として、例えば、Niを1~40%、5~30%または10~20%および/またはMoを1~20%、5~15%または7~13%含んでもよい。NiやMoは、鉄基固相の固溶強化、耐食性向上、線膨張率制御等に寄与する。
【0031】
一例として、鉄基相の成分組成は、その全体を100%として、例えば、Si:3%未満、O:5%未満、C:2%未満、Mn:3%未満、Al:3%未満、Mg:3%未満、Ti:3%未満、Zr:3%未満、Ni:0~40%、Mo:0~20%、残部:Feとしてもよい。
【0032】
《原料粉末》
積層造形に供される原料粉末は、高エネルギービームの照射域(溶融池)で略均一的な液相となる限り、種類、製造プロセス、形態(形状、サイズ)を問わない。例えば、一種の合金粉末でも、複数種の粉末からなる混合粉末や造粒粉末でもよい。またアトマイズ粉末でも、粉砕粉末でもよい。
【0033】
原料粉末の粒度は、適宜、調整または選択されてもよい。例えば、原料粉末の粒度は、5~150μmまたは20~105μmである。本明細書でいう粒度は、例えば、所定のメッシュサイズの篩いを用いて分級する篩い分け法で規定される。粒度「x~y」の粉末は、篩目開きx(μm)の篩いを通過せず、篩目開きy(μm)の篩いを通過する大きさの粒子からなる。「y未満」は、篩目開きy(μm)の篩いを通過する大きさの粒子からなる。
【0034】
原料粉末の全体組成は、基体上で二液相に分離した溶融池ができるように調整されるとよい。例えば、原料粉末は、その全体を100%として、O以外に、Feを30~99%、50~95%または60~85%、Siを0.1~20%、0.5~15%または2~12%含んでもよい。また、Crを0.1~25%、0.5~15%または2~10%、Niを1~40%、2~25%または3~15%、Moを1~20%、2~15%または3~12%含んでもよい。Cr、Ni、Mo等は一種のみ含まれても、複数種含まれてもよい。
【0035】
原料粉末は、さらに、Al、Mn、Mg、Ca、Ti等の一種以上を、合計で1~30%、3~25%または7~20%含んでもよい。
【0036】
原料粉末全体に含まれるFeとSiの原子比率(Fe/Si)は、例えば、2.5~60、3~50、3.5~45、4~40または5~35であると、二相分離した酸素基相と鉄基相が生成され易い。なお、Crが含まれる場合なら、(Fe+Cr)/Siが、例えば、3~65、3.5~55、4~50、5~45または6~40でもよい。
【0037】
《積層造形物》
(1)造形物は、形態(形状、大きさ)、用途等を問わない。酸素基固相や鉄基固相の厚さ、範囲、配置等は適宜、調整・選択される。積層造形時の積層数等も問わない。酸素基固相(例えば酸化物層)の厚さは、例えば、0.5~100μm、1~50μmまたは10~20μmである。
【0038】
酸素基固相は、例えば、電気絶縁層や耐食層等になり得る。その電気抵抗率は、例えば、1~107Ωcmまたは101~106Ωcmである。高電気抵抗率な酸素基固相は、本体(鉄基材)に対して局部電池の形成を抑止するため、高耐食層等となり得る。
【0039】
(2)造形物は、例えば、交番磁界中で使用される軟磁性部材(ヨーク、コア等)となる。具体的にいうと、電動機(発電機を含む)のロータやステータ、変圧器用鉄心等の全部または一部となる。このような造形物に形成される酸素基固相(層)は、効率的な磁気回路の形成、電磁機器の効率向上、鉄損の低減等に寄与し得る。
【実施例0040】
LMD(L-DED)により、本体上に造形層を形成した試料(積層造形物)を種々製造し、その構造を評価した。このような具体例に基づいて本発明をさらに詳しく説明する。
【0041】
《試料の製造》
(1)原料粉末
純Fe粉末、純Cr粉末(-63μm)、酸化物粉末(SiO2粉末:(D50)100μm、FeO粉末:(D50)30μm)を用意した。各粉末の粒度は45~300μmに調整(分級)した。
【0042】
各粉末を下記に示す所望組成(残部:O)に秤量・配合した混合粉末を調製して、積層造形に供した。なお、原料粉末の全体組成は、Fe2SiO4の理論組成(28.6Fe-14.3Si-O:Fe/Si=2)を考慮して設定した。
試料1:29.7Fe-8.5Si-15Cr-O (Fe/Si=3.5)
試料2:46.2Fe-6.5Si-11.5Cr-O(Fe/Si=7.1)
試料3:79.6Fe-2.5Si-4.4Cr-O (Fe/Si=31.8)
試料4:35Fe-10Si-O (Fe/Si=3.5)
本実施例で示す化学組成(成分組成)は、特に断らない限り、対象全体(粉末、鉄基材、複合材、造形層(酸化物層)等)に対する原子割合(at%)であり、単に「%」または数値のみで示す。
【0043】
(2)積層造形
LMD装置(エンシュウ株式会社製レーザー加工試験機)のパウダーフィーダ(粉箱)に入れた原料粉末(混合粉末)を、キャリアガス(Ar)でパウダーノズルへ供給した。
【0044】
そのLMD装置を用いて、室温大気雰囲気中で、本体(SS400鋼板(JIS)/15×15×t5mm)の最表面に造形層(12mm×15mm×t0.4mm)を形成した。この様子を模式的に
図1に示した。なお、SS400(鉄基材)の化学組成は、例えば、P≦0.05質量%、S≦0.05質量%、C:0.15~0.2質量%、残部:Feである。
【0045】
ファイバーレーザ(株式会社IPG製YLS-4000/レーザ波長:1070nm)の照射条件は、出力:800W、ビーム径(スポット径):2.5mm、走査速度:800~1600mm/minとした。粉末供給量:0.06g/s 、走査ピッチ(x方向):0.75~1.5mm、キャリアガス(Ar)流量:10L/minとした。造形層の積層数は1回(または1ライン)とした。こうして試料1~4を製作した。
【0046】
《観察》
(1)断面
図2Aに示すように、試料1の造形物断面をデジタルマイクロスコープ(株式会社キーエンス製)で観察した。
図2Aから明らかなように、造形層は本体上に剥離せず、密着して形成されていた。
【0047】
(2)造形層
試料1について、造形層と本体の界面付近の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。また、そのSEMに付属しているエネルギー分散型X線分析装置(EDX)で、その界面付近を構成する元素を分析した。こうして得られたSEM像とEDX像(元素マッピング像)を
図2Bにまとめて示した。
【0048】
図2Bから明らかなように、造形層は、鉄基層(鉄基固相)上に薄い酸化物層(酸素基固相)が形成されていた。
【0049】
鉄基層には、O、Si、Crが殆ど含まず、再溶融・凝固した基体に略一体化して形成されることもわかった。
【0050】
試料1~3について、造形層表面の外観を
図3Aに、界面付近の断面を観察したデジタルマイクロスコープ像を
図3Bに示した。
【0051】
図3Aから明らかなように、試料2、3の造形層も試料1と同様に、本体上に剥離せず、密着して形成されていた。
図3Bから明らかなように、原料粉末の成分調整により、酸化物層(酸素基固相)の厚さを制御できた。例えば、原料粉末に含まれるFeが増加するほど、またはSiが減少するほど(Fe/Siが増加するほど)、酸化物層は薄くなった。
【0052】
同様なことは、試料2と試料4について、造形層表面の界面付近の断面を観察したデジタルマイクロスコープ像を示した
図4からもわかる。
図4から明らかなように、Feの増加、Siの減少、Crの含有等により、隆起したような鉄基層上に、かなり薄い酸化物層が形成されることもわかった。このように、酸素基固相(酸化物層)の厚さ(最大長)は、例えば、1~1000μm、5~500μmまたは10~100μmに制御され得ることが確認された。
【0053】
《考察》
(1)二液相分離
表1に示した全体組成を有する各鉄合金(原料粉末)について、熱力学解析ソフト(Thermo-Calc 2021b/酸化物系データベースTCOX11)を用いた熱力学計算(平衡状態)を行なった。表1に示した全体組成は、32.9Fe-9.4Si-6Cr-Oからなるベース粉末と添加粉末を、(1-X):X(原子割合:0≦X<1)で混合する場合を想定した。
【0054】
各試料の鉄合金が1700℃になったときの形成相を表2にまとめて示した。いずれの場合でも二液相の出現が確認された。第1液相はFeが主成分である鉄基液相であり、第2液相はOが主成分である酸素基液相であった。第1液相と第2液相の割合は、モル分率により示した。液相組成は、液相毎に、その全体に対して含有する元素の原子割合(全体が1)で示した。
【0055】
表1と表2の対比から明らかなように、原料粉末に含まれるFeの増加またはSiの減少により、第1液相(鉄基液相)が増加し、第2液相(酸素基液相)が減少した。
【0056】
第1液相と第2液相のモル分率が変化しても、Si、O、Crは第2液相に含まれ、第1液相には殆ど含まれなかった。逆に、Ni、Moは、略全量が第1液相に含まれ、第2液相には含まれなかった。このように、Fe以外の元素はいずれか一方の液相に対して非常に親和的であった。このことも、溶融池における二液相分離に影響していると考えられる。
【0057】
(2)状態図
上述した熱力学計算により、(32.9Fe-9.4Si-6Cr-O)
(1-X)+100Fe
X(0≦X<1)に関して得られた相平衡状態図を
図5Aに示した。表1に示した試料22(添加係数X=0.5)を、
図5A中に例示した。
【0058】
図5Aから明らかなように、Fe:30~98%の広範囲で、Liquid1:第1液相(鉄基液相)とLiquid2:第2液相(酸素基液相)が安定して出現することがわかる。これらが凝固すると、最終的に、Liquid1はαFe(鉄基固相)に、Liquid2はCr
2FeO
4+Fe
2SiO
4(酸素基固相)になることもわかった。
【0059】
(3)温度-相分率図
上述した熱力学計算により、66.5Fe-4.7Si-3Cr-O(試料22)に関して得られた温度-平衡相分率図を
図5Bに示した。
図5Bからも明らかなように、1700℃以上で、Liquid1:第1液相(鉄基液相)とLiquid2:第2液相(酸素基液相)の二液相分離状態が得られ、比重差によりLiquid2はLiquid1の上方となることがわかった。
【0060】
このような二液相分離状態からの冷却により、Liquid1は約1530℃以下でほぼ全量が固相(δFe)となり、降温につれて、δFe→σFe→αFeの順で固相変態した。一方、Liquid2は約1630℃以下でCr2FeO4を徐々に晶出させて固液共存状態となった後、約1200℃でLiquid2の残部がFe2SiO4となった。
【0061】
以上から、二液相分離状態から冷却過程が進行して、鉄基固相上に酸素基固相が形成された二固相積層状態の造形物が得られることが確認された。
【0062】
【0063】