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  • 特開-鋼及び軟窒化部品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137736
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】鋼及び軟窒化部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240927BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20240927BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/24
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024020581
(22)【出願日】2024-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2023049083
(32)【優先日】2023-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】今浪 祐太
(57)【要約】
【課題】冷間鍛造性に優れ、且つ、軟窒化後の疲労強度に優れた鋼及びこれから形成された軟窒化部品を提供する。
【解決手段】C:0.02質量%以上0.15質量%未満、Si:0.03質量%以上0.15質量%以下、Mn:0.10質量%以上0.95質量%以下、Cr:0.50質量%以上1.90質量%以下、P:0.1質量%以下、S:0.5質量%以下、Al:0.005質量%以上0.080質量%以下、N:0.0010質量%以上0.0120質量%以下、V:0.03質量%以上0.30質量%以下及びCu:0.2質量%以上1.5質量%以下を含み、残部がFe及び不純物からなる鋼。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02質量%以上0.15質量%未満、
Si:0.03質量%以上0.15質量%以下、
Mn:0.10質量%以上0.95質量%以下、
Cr:0.50質量%以上1.90質量%以下、
P:0.1質量%以下、
S:0.5質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.080質量%以下、
N:0.0010質量%以上0.0120質量%以下、
V:0.03質量%以上0.30質量%以下及び
Cu:0.2質量%以上1.5質量%以下を含み、
残部がFe及び不純物からなる成分組成を有する鋼。
【請求項2】
前記成分組成が、更に、
Ni:1.5質量%以下、
Mo:1.0質量%以下、
B:0.01質量%以下、
Ti:0.1質量%以下、
Nb:0.1質量%以下、
Sn:0.1質量%以下、
Sb:0.1質量%以下、
Se:0.3質量%以下、
Ca:0.1質量%以下、
Pb:0.3質量%以下及び
Bi:0.3質量%以下
からなる群より選択される1種以上を含む、請求項1記載の鋼。
【請求項3】
前記成分組成がCu:0.41質量%以上1.5質量%以下を含む、請求項1又は2に記載の鋼。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の鋼で形成されており、
表面から深さ0.2mmの転位密度が1.5×1014(m-2)以上である軟窒化部品。
【請求項5】
請求項3に記載の鋼で形成されており、
表面から深さ0.2mmの転位密度が1.5×1014(m-2)以上である軟窒化部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼及び軟窒化部品に関する。
【背景技術】
【0002】
冷間鍛造はニアネットシェイプ成形が可能なため、熱間鍛造と比較して鍛造後の切削量を低減でき歩留まり低下を抑制可能な利点がある。また、軟窒化は浸炭焼入れ等と比較して熱処理ひずみの発生を軽減しつつ鋼部品の疲労特性を向上させる熱処理であり、自動車用の歯車などの各種工業部品に適用されている。
【0003】
特許文献1には、冷間加工性に優れた機械構造用鋼、および、その機械構造用鋼の製造方法、並びに、機械構造用鋼を用いた加工部品製造方法が開示されている。この機械構造用鋼は、C:0.005~0.06質量%、Si:0.01~0.1質量%、Mn:1.0超~3.0質量%、P:0.05質量%以下、S:0.005~0.05質量%、Cr:0.3~3.0質量%、Al:0.005~0.1質量%、N:0.008~0.02質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成る組成を有し、N固溶量は0.008~0.02質量%であり、組織中のセメンタイト相分率が2%以下で、残部がフェライト相であり、前記フェライト相の平均結晶粒径が10~100μmであることを特徴とする。この機械構造用鋼は、Mnを所定量含有することで、Mnの脱硫作用によりMnがSと結合して、鋼材の変形能が向上するとともに、固溶Nによる時効強化分の熱軟化が抑制されている。
【0004】
特許文献2には、冷間鍛造性に優れた高強度軟窒化用鋼が開示されている。この軟窒化用鋼は、合金元素の含有率が質量%で、C:0.01%以下(0%含む)、Si:0.01%~1.5%、Mn:0.15%~2%、Cu:0.5%~2%を含有し、N:0.005%未満に制限し、残部がFeおよび不可避的な不純物元素からなり、熱間圧延まままたは熱間鍛造ままの硬さがHV150以下である。この高強度軟窒化用鋼では、フェライト中にCuを析出させることにより優れた析出硬化が得られ、軟窒化処理後において高い疲労強度が得られるとされている。また、この高強度軟窒化用鋼では、Cの添加量を0.01質量%以下とすることで、冷間鍛造性を向上させている。
【0005】
特許文献3には、軟窒化用鋼材の製造方法及びその鋼材を用いた軟窒化部品が開示されている。この軟窒化用鋼材の製造方法では、重量%で、C:0.15~0.45%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.2~2.5%、Cu:0.5~1.5%、Ni:0.25~0.75%で、且つ1.8≦Cu/Ni≦2.2、Cr:0.5~2.0%、V:0.05~0.5%、Al:0.01~0.3%、Mo:0~0.3%、S:0~0.13%、Pb:0~0.35%、Ca:0~0.01%、残部はFe及び不可避不純物の化学組成からなる鋼を、熱間加工後に球状化焼鈍して硬度をHv180以下となし、次いで冷間加工して硬度をHv250以上としている。この軟窒化部品は、上記軟窒化用鋼材を素材とし、軟窒化後の表面硬度がHv600以上、且つ、有効硬化深さが0.1mm以上である。この軟窒化部品では、CuとNiの複合添加により軟窒化処理に際し析出硬化するCuの作用の発現を顕著としている。
【0006】
特許文献4には、軟窒化用鋼材の製造方法及びその鋼材を用いた軟窒化部品が開示されている。この軟窒化用鋼材の製造方法では、重量%で、C:0.15~0.45%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.2~2.5%、Cu:0.5~1.5%、Ni:0.25~0.75%で、且つ、1.8≦Cu/Ni≦2.2、Cr:0.5~2.0%、V:0.05~0.5%、Al:0.005~0.3%、Mo+0.5W:0~0.3%、Ti:0~0.2%、Zr:0~0.2%、Nb:0~0.2%、Pb:0~0.35%、Ca:0~0.01%、S:0.13%以下、残部はFe及び不可避不純物の化学組成からなる鋼を熱間加工後に球状化焼鈍して芯部硬度をHv180以下とし、次いで冷間加工して芯部硬度をHv250以上とするとともに、脱炭深さを鋼材の表面から0.1~0.4mmにする。この軟窒化部品は、上記軟窒化用鋼材を素材とし、軟窒化後の表面硬度がHv600以上、且つ、有効硬化深さが0.2mm以上である。この軟窒化部品でも、CuとNiの複合添加により軟窒化処理に際し析出硬化するCuの作用の発現を顕著としている。
【0007】
非特許文献1には、X線回折ピークの半価幅から格子の不均一変形に起因した格子ひずみを求めて転位密度を見積もる手法(いわゆる、Williamson-Hall法)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2011-236449号公報
【特許文献2】特開2002-69571号公報
【特許文献3】特開平9-256045号公報
【特許文献4】特開平10-226818号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】G. K. Williamson and W. H. Hall, “X-ray Line Broadening from Filed Aluminium and Wolfram,” Acta Metall., Vol. 1, 1953, pp. 22-31.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
冷間鍛造により部品を製造できれば、熱間鍛造による部品の製造よりも低コスト化を実現できる。また、冷間鍛造前の軟化焼鈍を省略したり、ネットシェイプ成形により冷間鍛造後の切削を省略したりすることができれば、更なる低コスト化を実現できる。
【0011】
しかし、特許文献1に開示された機械構造用鋼では、Mnを1.0質量%超で添加しているため、鋼の冷間鍛造性が低下し、軟化焼鈍の省略やネットシェイプ成形が困難となる場合があった。
【0012】
また、特許文献2に開示された高強度軟窒化用鋼では、Cの添加量を0.01質量%以下に減少させることで冷間鍛造性を向上させているが、Cの添加量減少に伴って軟窒化後の強度が不足する場合があった。
【0013】
また特許文献3及び4に開示された軟窒化用鋼材では、Cの添加量を0.15重量%以上0.45重量%以下としており、軟化焼鈍を省略可能なほどの優れた冷間鍛造性は得られない場合があった。
【0014】
このように、従来技術にあっては、優れた冷間鍛造性と軟窒化後の疲労強度とを両立した鋼が得られなかった。そのため、優れた冷間鍛造性と軟窒化後の疲労強度とを両立した鋼の提供が望まれる。
【0015】
本発明は、かかる実状に鑑みてなされたものであって、その目的は、冷間鍛造性に優れ、且つ、軟窒化後の疲労強度に優れた鋼及びこれから形成された軟窒化部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するための、本発明に係る鋼及び軟窒化部品は以下のとおりである。
【0017】
[1]C:0.02質量%超0.15質量%未満、
Si:0.03質量%以上0.15質量%以下、
Mn:0.10質量%以上0.95質量%以下、
Cr:0.50質量%以上1.90質量%以下、
P:0.1質量%以下、
S:0.5質量%以下、
Al:0.005質量%以上0.080質量%以下、
N:0.0010質量%以上0.0120質量%以下、
V:0.03質量%以上0.30質量%以下及び
Cu:0.2質量%以上1.5質量%以下を含み、
残部がFe及び不純物からなる成分組成を有する鋼。
【0018】
[2]前記成分組成が、更に
Ni:1.5質量%以下、
Mo:1.0質量%以下、
B:0.01質量%以下、
Ti:0.1質量%以下、
Nb:0.1質量%以下、
Sn:0.1質量%以下、
Sb:0.1質量%以下、
Se:0.3質量%以下、
Ca:0.1質量%以下、
Pb:0.3質量%以下及び
Bi:0.3質量%以下
からなる群より選択される1種以上を含む、[1]の鋼。
[3]前記成分組成が、Cu:0.41質量%以上1.5質量%以下を含む、[1]又は[2]の鋼。
【0019】
[4]上記[1]~[3]のいずれかの鋼で形成されており、
表面から深さ0.2mmの転位密度が1.5×1014(m-2)以上である軟窒化部品。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、冷間鍛造性に優れ、且つ、軟窒化後の疲労強度に優れた鋼及びこれから形成された軟窒化部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】試験片の形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本実施形態に係る鋼について説明する。
【0023】
まず、本実施形態に係る鋼の概要を説明する。
【0024】
本実施形態に係る鋼は、C(炭素):0.02質量%超0.15質量%未満、Si(ケイ素):0.03質量%以上0.15質量%以下、Mn(マンガン):0.10質量%以上0.95質量%以下、Cr:0.50質量%以上1.90質量%以下、P(リン):0.1質量%以下、S:0.5質量%以下、Al(アルミニウム):0.005質量%以上0.080質量%以下、N(窒素):0.0010質量%以上0.0120質量%以下、V(バナジウム):0.03質量%以上0.30質量%以下及びCu(銅):0.2質量%以上1.5質量%以下、を含み、残部がFe及び不純物からなる成分組成(化学成分)を有する。
【0025】
本実施形態に係る鋼は、冷間鍛造性に優れ、且つ、軟窒化後の疲労強度に優れている。
【0026】
以下、本実施形態に係る鋼及びこの鋼により実現される軟窒化部品について詳述する。
【0027】
本実施形態に係る鋼により実現される軟窒化部品(以下、本実施形態に係る軟窒化部品と称する)の一例は、自動車などの車両を形成する部品である。例えば自動車分野における部品を例示すると、エンジンのクランクシャフト、タイミングギア等、変速機のミッションギア、リングギア、サンギア、プラネタリギア等、足回りのステアリングピニオン、ウォーム等、内装のパワーウインド用ウォーム等の部品を挙げることができる。
【0028】
窒化とは、鋼に窒素のみを浸入させる窒化処理と、鋼に窒素と炭素を同時に浸入させる軟窒化処理と、の双方を含んであり、いずれも、鋼をマルテンサイト変態させない処理をいう。このうち、本実施形態における窒化とは、軟窒化処理のことをいう。
【0029】
本実施形態に係る鋼は、上述のごとく、窒化されて使用される。すなわち、本実施形態に係る軟窒化部品の本体は、本実施形態に係る鋼が窒化され、硬度の高くなった表面層を有する。
【0030】
軟窒化部品の本体、すなわち窒化後の鋼材における、表面層の硬度、たとえば、表面から深さ0.2mmの硬度は、580HV以上であるとよい。これにより、軟窒化部品は疲労強度に優れたものとなる。
ここで、表面から深さ0.2mmの硬度は、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0031】
上述のごとく、軟窒化部品の疲労強度は、表面から深さ0.2mm位置の硬度と強い相関性を有している。また、冷間鍛造で鋼に導入された転位が軟窒化時に回復すると、その回復分に応じた鋼材の硬度低下が生じる。本実施形態における鋼では、転位密度が1.5×1014(m-2)を下回ると硬度低下が生じる。このため、軟窒化部品の本体(窒化後の鋼材)における、表面から深さ0.2mmにおける転位密度は、1.5×1014(m-2)以上であると好ましい。軟窒化部品の本体(窒化後の鋼材)において、高い表面硬度を得るためには、より好ましくは表面から深さ0.2mmにおける転位密度を3.0×1014(m-2)以上とするとよい。
ここで、表面から深さ0.2mmにおける転位密度は、実施例に記載の方法で測定することができる。
【0032】
本実施形態に係る軟窒化部品は、この本体に、金属又は金属合金で形成されており、表面が窒化されていない、本体とは別の構造体が組み合わされたものであってもよい。本実施形態に係る軟窒化部品は、この本体に、金属製ではない別の構造体が組み合わされたものであってもよい。
【0033】
本実施形態に係る鋼は、本実施形態に係る軟窒化部品の本体の表面から0.5mm以上の深さの部分を形成している。なお、本実施形態に係る軟窒化部品の本体の表面層は、上述のごとく、本実施形態に係る鋼が窒化された鋼であってよい。
【0034】
本実施形態に係る鋼は、上述のごとく成分組成として、C、Si、Mn、Cr、P、S、Al、N、V及びCuを含み、残部はFe及び不純物からなる。この鋼が、以下の任意成分をさらに含むことは排除されない。任意成分としては、以下のA~E群が挙げられ、いずれか1以上の群を含んでもよい。
【0035】
A群:
この鋼は、任意成分である成分組成として、Ni(ニッケル):1.5質量%以下を含んでよい。
【0036】
B群:
この鋼は、任意成分である成分組成として、Mo(モリブデン):1.0質量%以下及びB(ホウ素):0.01質量%以下、のうちから選ばれる1種以上を含んでよい。
【0037】
C群:
この鋼は、任意成分である成分組成として、Ti(チタン):0.1質量%以下及びNb(ニオブ):0.1質量%以下、のうちから選ばれる1種以上を含んでよい。
【0038】
D群:
この鋼は、任意成分である成分組成として、Sn(スズ):0.1質量%以下及びSb(アンチモン):0.1質量%以下、のうちから選ばれる1種以上を含んでよい。
【0039】
E群:
この鋼は、任意成分である成分組成として、Se(セレン):0.3質量%以下、Ca(カルシウム):0.1質量%以下、Pb(鉛):0.3質量%以下及びBi(ビスマス):0.3質量%以下、のうちから選ばれる1種以上を含んでよい。
【0040】
以下、鋼における各成分の含有量や効果などについて詳述する。以下の説明において、単に含有量と記載した場合は、鋼における含有量(質量%)である。
【0041】
C:0.02質量%超0.15質量%未満
Cの含有量は、0.02質量%超0.15質量%未満である。Cは、添加するほど鋼の強度を向上させる。しかし、Cは、添加するほど鋼の冷間鍛造性を低下させる。Cの含有量が上記範囲であれば、冷間鍛造性を低下させる影響が小さく、且つ、冷間鍛造で導入された転位が軟窒化中に回復することなく、軟窒化後でも加工硬化が維持されて、軟窒化後においても、鋼材(軟窒化部品)において高い表層硬度を実現できる。冷間鍛造性と軟窒化後の軟窒化後の疲労強度とを両立させるためには、Cの含有量は、0.04質量%以上0.13質量%以下であることが好ましい。
【0042】
Si:0.03質量%以上0.15質量%以下
Siの含有量は、0.03質量%以上0.15質量%以下である。窒化鋼において、Siは、脱酸剤として寄与する。過剰にSiを鋼に含有させると鋼材の冷間加工性を低下させる。Siの含有量は、好ましくは0.05質量%以上0.10質量%以下である。
【0043】
Mn:0.10質量%以上0.95質量%以下
Mnの含有量は、0.10質量%以上0.95質量%以下である。Mnは、焼入れ性を向上させ、鋼の窒化前組織を高強度化する作用を通じ窒化後組織(窒化鋼)を高強度化する。十分な疲労強度を得るためには、Mnの含有量は、0.10質量%以上であることを要する。過剰にMnを鋼に含有させると、変形抵抗の上昇を招く場合がある。Mnの含有量は、好ましくは0.13質量%以上0.55質量%以下であり、より好ましくは0.15質量%以上0.25質量%以下である。
【0044】
Cr:0.50質量%以上1.90質量%以下
Crの含有量は、0.50質量%以上1.90質量%以下である。Crは、軟窒化時にCr窒化物層を形成し硬度上昇させる作用や、冷間鍛造で導入された加工硬化の回復抑制作用がある。Crの過剰な添加は、内部への浸入N量を低減させ、有効硬化層深さを低下させてしまう場合がある。Crの含有量は、好ましくは0.65質量%以上1.35質量%以下であり、より好ましくは0.70質量%以上0.85質量%以下である。
【0045】
P:0.1質量%以下
Pの含有量は0.1質量%以下である。Pは、窒化鋼の結晶粒界に偏析し、靭性を低下させるため、その混入は低いほど望ましい。Pの含有量は、0.1質量%までは許容される。Pの含有量は、好ましくは0.02質量%以下である。なお、Pの含有量の下限については特に限定せずとも問題はないが、Pの含有は通常は不可避的であるので、無駄な低P化は精錬時間の増長や精錬コストを上昇させてしまう場合がある。そのため、Pの含有量は、0.003質量%以上とするのが合理的で好ましい。
【0046】
S:0.5質量%以下
Sの含有量は0.5質量%以下である。Sは、硫化物系介在物として存在し、被削性の向上に有効な元素である。過剰にSを鋼に含有させると冷間加工性の低下を招く場合がある。Sの含有量の下限については特に限定しないが、Sの含有は通常は不可避的であるので、過度の低S化は精錬コストを上昇させてしまう場合がある。そのため、Sの含有量は、0.003質量%以上とするのが合理的である。Sの含有量は、好ましくは0.004質量%以上0.3質量%以下であり、さらに好ましくは0.005質量%以上0.09質量%以下である。
【0047】
Al:0.005質量%以上0.080質量%以下
Alの含有量は、0.005質量%以上0.080質量%以下である。Alは、酸化物を形成し、窒化鋼の脱酸に有効な元素である。また、Alは、窒化鋼に粗大化な酸化物系介在物の生成を抑止する作用を有する。Alの含有量が0.005質量%未満であると、これらの効果が得られない場合がある。過剰にAlを鋼に含有させると介在物(Al酸化物)の増加を招き、疲労破壊の起点を増やし、低疲労強度の原因となる場合がある。Alの含有量は、好ましくは0.015質量%以上0.065質量%以下である。
【0048】
N:0.0010質量%以上0.0120質量%以下
Nの含有量は、0.0010質量%以上0.0120質量%以下である。過剰にNを鋼に含有させると鋳造後の鋼片表面割れを招く場合がある。Nの含有量の下限については特に限定しないが、Nの含有は通常は不可避的であるので、過度の低N化は精錬コストを上昇させてしまう場合がある。Nの含有量は、0.0010質量%以上であると好ましい。Nの含有量は、好ましくは0.0030質量%以上0.0080質量%以下である。
【0049】
V:0.03質量%以上0.30質量%以下
Vの含有量は、0.03質量%以上0.30質量%以下である。Vは炭素や窒素と結合し、軟窒化時に微細析出物を形成する作用により、鋼材強度を向上させる。また、Vは、冷間鍛造で導入された加工硬化の回復抑制効果を有する。Vによるこの効果を得るためには、少なくとも0.03質量%以上でVを鋼に含有させることが好ましい。過剰にVを鋼に含有させると冷間鍛造性を低下させてしまう。Vの含有量は、より好ましくは0.10質量%以上0.15質量%以下である。
【0050】
Cu:0.2質量%以上1.5質量%以下
Cuの含有量は、0.2質量%以上1.5質量%以下である。Cuは、冷間鍛造で導入された転位が軟窒化時に回復することを抑制する作用を有する。また、この作用により、Cuは、軟窒化後の鋼材の表層の硬度上昇に寄与する。1.5質量%を超えてNiを鋼に含有させても上記の効果は飽和する。Cuは、熱間加工時に鋼を脆化させる作用も有するため、鋼の製造性を低下させる場合がある。Cuが熱間加工時に鋼を脆化させる作用を考慮すると、Cuの含有量は、好ましくは0.2質量%以上0.8質量%以下、より好ましくは0.3質量%以上0.7質量%以下である。また、熱間圧延時の表面割れを防止する目的がある場合、0.41質量%以下とするとよい。
【0051】
以下では、鋼の任意成分について説明する。
【0052】
Ni:1.5質量%以下
Niの含有量は、1.5質量%以下としてよい。Niは、Cuを添加した場合における、熱間加工時の鋼の脆化を緩和する作用を有する。Niは、鋼の製造性を向上させるために添加してもよい。Niによるこの効果を得るためには、0.05質量%以上でNiを鋼に含有させることが好ましい。1.5質量%を超えてNiを鋼に含有させても上記の効果は飽和する。Niの含有量は、1.0質量%以下が好ましい。
【0053】
Mo:1.0質量%以下
Moの含有量は、1.0質量%以下としてよい。Moは、焼入れ性を向上させ、窒化前組織を高強度化する作用を通じ窒化後組織を高強度化する。しかし、Moの含有量が1質量%超では、焼入性が過剰となり、圧延後の硬度が上昇し、加工性や被削性が低下する場合がある。なお、Moによる鋼材強度の向上効果を発現させるためには、0.01質量%以上でMoを鋼に含有させることが好ましい。Moの含有量は、より好ましくは0.03質量%以上0.50質量%以下、更に好ましくは0.05質量%以上0.25質量%以下である。
【0054】
B:0.01質量%以下
Bの含有量は、0.01質量%以下としてよい。Bは、粒界に偏析し、拡散型変態を抑制することで、焼入性の向上に有効であり、加えて粒界を強化し、疲労亀裂の発生および進展を抑制し疲労強度を向上させる効果もある。Bによるこの効果を得るためには、0.0003質量%以上でBを鋼に含有させることが好ましい。Bの含有量が0.01質量%を超えると、鋼の靱性が低下するため、Bの含有量は0.01質量%以下とすることが好ましい。Bの含有量は、より好ましくは0.0005質量%以上0.005質量%以下、更に好ましくは0.0007質量%以上0.002質量%以下である。
【0055】
Ti:0.1質量%以下
Tiの含有量は、0.1質量%以下としてよい。Tiは炭素や窒素と結合し、軟窒化時に微細析出物を形成する作用により、鋼材強度を向上させる。しかし、0.1質量%を超えてTiを鋼に含有させても、その効果は飽和する。Tiの含有量は、好ましくは0.005質量%以上0.08質量%以下、更に好ましくは0.01質量%以上0.06質量%以下である。
【0056】
Nb:0.1質量%以下
Nbの含有量は、0.1質量%以下としてよい。Nbは炭素や窒素と結合し、軟窒化時に微細析出物を形成する作用により、鋼材強度を向上させる。しかし、0.1質量%を超えてNbを鋼に含有させても、その効果は飽和する。Nbの含有量は、好ましくは0.005質量%以上0.08質量%以下、更に好ましくは0.01質量%以上0.06質量%以下である。
【0057】
Sb:0.1質量%以下
Sbの含有量は、0.1質量%以下としてよい。Sbは、鋼材表面の脱炭を抑制し、表面硬度の低下を防止するために有効な元素である。この効果を発現させるためには、0.0003質量%以上でSbを鋼に含有させることが好ましい。過剰にSbを鋼に含有させると鋼の加工性が低下する。Sbの含有量は、より好ましくは0.001質量%以上0.05質量%以下であり、更に好ましくは0.0015質量%以上0.035質量%以下である。
【0058】
Sn:0.1質量%以下
Snの含有量は、0.1質量%以下としてよい。Snは、鋼材表面の耐食性を向上させるために有効な元素である。耐食性向上の観点からは、0.003質量%以上でSnを鋼に含有させることが好ましい。過剰にSnを鋼に含有させると加工性を低下させる。Snの含有量は、より好ましくは0.0010質量%以上0.050質量%以下であり、更に好ましくは0.0015質量%以上0.035質量%以下である。
【0059】
Se:0.3質量%以下
Seの含有量は、0.3質量%以下としてよい。Seは、MnやCuと結合し、鋼中に析出物として分散することで被削性を向上させる。この効果を得るためには、少なくとも0.001質量%以上でSeを鋼に含有させることが好ましい。0.3質量%を超えてSeを鋼に含有させても効果は飽和する。Se含有量は、より好ましくは0.005質量%以上0.1質量%以下、更に好ましくは0.008質量%以上0.09質量%以下である。
【0060】
Ca:0.1質量%以下
Caの含有量は、0.1質量%以下としてよい。Caは、Sと結合し、鋼中に硫化物として分散することで被削性を向上させる。この効果を得るためには、少なくとも0.0005質量%以上でCaを鋼に含有させることが好ましい。0.1質量%を超えてCaを鋼に含有させても効果は飽和する。Ca含有量は、より好ましくは0.0010質量%以上0.0500質量%以下、更に好ましくは0.0015質量%以上0.0300質量%以下である。
【0061】
Pb:0.3質量%以下
Pbの含有量は、0.3質量%以下としてよい。Pbは、切削時の切屑を微細化する効果がある。切屑処理性を向上させたい場合、Pbの添加が有効である。この効果を得るためには、0.01質量%以上でPbを鋼に含有させることが好ましい。過度にPbを鋼に含有させても切屑処理性の向上効果は飽和する。Pbの含有量は好ましくは0.01質量%以上0.2質量%以下、更に好ましくは0.01質量%以上0.1質量%以下である。
【0062】
Bi:0.3質量%以下
Biの含有量は、0.3質量%以下としてよい。Biは、切削時の切屑を微細化する効果がある。切屑処理性を向上させたい場合、Biの添加が有効である。この効果を得るためには、0.01質量%以上でBiを含有させることが好ましい。過度にBiを鋼に含有させても切屑処理性の向上効果は飽和する。Biの含有量は好ましくは0.01質量%以上0.2質量%以下、更に好ましくは0.01質量%以上0.1質量%以下である。
【0063】
以上説明した元素以外の残部はFe及び不純物である。不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の特性に悪影響を与えない範囲で許容される。
【0064】
本発明に係る鋼は、所定の成分組成の鋼を溶製したものであることができ、また、所定の成分組成を有する鋼を熱間圧延して得た圧延材であってよい。圧延材は、ビッカース硬さが105HV以下であれば、優れた冷間鍛造性を有するということができ、軟化焼鈍を施さずとも冷間鍛造が可能である。
【0065】
本発明に係る鋼は、冷間鍛造及び窒化処理(軟窒化処理)に付すための鋼として好適である。特に、所定の成分組成を有する鋼を熱間圧延して得た圧延材を冷間鍛造したのち、窒化処理(軟窒化処理)を行うのに特に適している。本発明に係る鋼は、圧延材に軟化焼鈍を施さずに冷間鍛造することができるが、圧延材に軟化焼鈍を施してから冷間鍛造してもよい。
【0066】
上記の熱間圧延、冷間鍛造及び窒化処理(軟窒化処理)の方法は特に限定されず、公知の方法を採用することができる。軟化焼鈍を行う場合、その方法は特に限定されず、公知の方法を採用することができる。
【0067】
本発明に係る軟窒化部品は、本発明に係る鋼で形成されたものであり、所定の成分組成を有する鋼を熱間圧延して得た圧延材を、場合により軟化焼鈍を行ったのち、冷間鍛造し、窒化処理(軟窒化処理)を付すことにより製造することができる。
【実施例0068】
以下、実施例に基づいて本発明を説明するが、本発明は、この実施例に制限されない。
【0069】
まず、表1に示す成分組成の鋼(鋼No.1から58)を溶製し、熱間圧延により直径32mmの丸棒(圧延材)に成形した。なお、表1に示す成分組成の値のうち、下線を付した値は、本実施形態に規定する範囲外のものである。また、表1中、「Others」は、また、表1中、「Others」は、C、Si、Mn、Cr、P、S、Al、N、V及びCu以外の任意成分である。
【0070】
【表1】
【0071】
得られた各丸棒について、ビッカース硬さ(HV)の測定を行った。ビッカース硬さの測定時の荷重は1kgf(9.8N)とした。ビッカース硬さの測定は、丸棒の表面から無作為に選定した10点に対して行い、これら10個の測定値の平均値を取得した。表2には、この丸棒のビッカース硬さの測定値の平均値を圧延材硬度として示している。
【0072】
また、丸棒の表面を目視検査して評価した。判定基準は、以下のとおりである。
A・・・割れなし
B・・・軽微な割れあり
C・・・顕著な割れあり
【0073】
【表2】
【0074】
次に、この丸棒を切削して直径17mmの丸棒を採取した。そして、この丸棒を冷間加工(引抜き成形)して直径14mmの丸棒とし、冷間加工ひずみを付与した。
【0075】
さらに、冷間加工ひずみを付与した丸棒を切削して、図1に示す模式図の形状の試験片を採取した。
【0076】
試験片は、図1に示すように、直線状の棒状で、その延在方向に直交する断面が円形の棒状である。試験片における棒の延在方向に沿う方向の両端部は後述する掴み部1,1である。掴み部1,1間に平行部2が配置されている。平行部2の軸方向における中央部の直径は10mm(10±0.05mm)である。また、掴み部1,1の直径は12mm(丸棒と同じ直径)である。掴み部1の軸心Gに沿う方向の長さは25mmである。平行部2を含む掴み部1,1間の長さは30mmである。平行部2の軸心Gに沿う方向における両端部は、掴み部1の端部から軸方向における中央部にかけてR15の曲面状に絞られている。平行部2の中央部には、試験片の周方向に沿って凹部4を形成している。凹部4は、試験片の延在方向に交差する方向で見た場合(側面視において)、直径1mmの円弧に沿った形状(R1.0)であって、この凹部の試験片の表面からの最大深さは約1mmである。また、試験片の延在方向(棒の延在方向)に沿う方向における凹部の幅は約2mmである。平行部2の凹部4の部分の直径は約8mm(8±0.02mm)である。
【0077】
次に、この試験片に570℃で3時間のガス軟窒化熱処理(窒化)を施して、処理後試験片(軟窒化部品の一例)を得た。窒化処理は、アンモニア、一酸化炭素を含む混合ガス中で行った。なお、処理後試験片は、表1に示す成分組成の各鋼それぞれについて、2個以上ずつ作成した。
【0078】
また、処理後試験片の凹部について、JIS G 0563-1993に規定される「鉄鋼の窒化層表面硬さ測定方法」に準拠して表面硬度(ビッカース硬さ)を測定した。この測定は、試験片の軸心Gと重複する断面において、ノッチ部の底部の表面から深さ0.2mmの位置に対して行った。すなわち、この測定は、試験片の表層下0.2mmの深さの位置に対して行った。また、この試験片の表層下0.2mmの深さの位置の転位密度を、X線回折を用いたWilliamson-Hall法(非特許文献1参照)で求めた。この表面硬度の測定結果と転位密度とを併せて表2に示す。
【0079】
また、表面硬度の計測に供したものとは別の処理後試験片を回転曲げ疲労試験に供し、それぞれ疲労限度(1×10回相当応力)を評価した。この疲労限度の評価結果を併せて表2に示す。
【0080】
圧延材(直径32mmの丸棒、窒化前)において、ビッカース硬さが105HV以下であれば冷間鍛造性に優れている。本実施形態に従う鋼(No.1から29、No.45から58)で形成された圧延材は、ビッカース硬さが105HV以下であり、冷間鍛造性に優れている。
【0081】
処理後試験片において、表層下0.20mmの表面硬度が580HV以上であれば、窒化後の疲労強度に優れている。本実施形態に従う鋼(No.1から29、No.45から58)で形成された処理後試験片(軟窒化部品)は、表層下0.20mmの表面硬度が580HV以上であり、軟窒化後の疲労強度に優れている。
【0082】
処理後試験片において、疲労限度が260MPa以上であれば、軟窒化後の疲労強度に優れている。本実施形態に従う鋼(No.1から29、No.45から58)で形成された処理後試験片(軟窒化部品)は、疲労限度が260MPa以上であり、軟窒化後の疲労強度に優れている。
【0083】
すなわち、本実施形態に従う鋼(No.1から29、No.45から58)は、冷間鍛造性に優れ、且つ、軟窒化後の疲労強度に優れている。また、本実施形態に従う鋼から形成された軟窒化部品は、疲労強度に優れている。
【0084】
さらに、Cuの含有量が0.2質量%以上41質量%である、本実施形態に従う鋼(No.5、16、17、45から58)では、熱間圧延時の表面割れが防止されている。
【0085】
以上のようにして、冷間鍛造性に優れ、且つ、軟窒化後の疲労強度に優れた鋼及びこれから形成された軟窒化部品を提供することができる。
【0086】
なお、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本発明の実施形態はこれに限定されず、本発明の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0087】
本発明は、鋼及び軟窒化部品に適用できる。
【符号の説明】
【0088】
1 :掴み部
2 :平行部
4 :凹部
図1