(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137760
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】腸内細菌の利用方法及び有用菌の単離方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240927BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12N1/00 P
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024030771
(22)【出願日】2024-02-29
(31)【優先権主張番号】P 2023049000
(32)【優先日】2023-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504095173
【氏名又は名称】株式会社バイオジェノミクス
(74)【代理人】
【識別番号】100106220
【弁理士】
【氏名又は名称】大竹 正悟
(72)【発明者】
【氏名】本多 英俊
(72)【発明者】
【氏名】赤木 孝太郎
(72)【発明者】
【氏名】渕上 太郎
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA39X
4B065AB10
4B065AC14
4B065BA22
4B065CA41
4B065CA44
4B065CA60
(57)【要約】 (修正有)
【課題】個人の排便に含まれる有用菌を取得し利用する方法に関連し、腸内細菌の中の有用菌を単離する方法を提供すること。
【解決手段】腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、ヒトから採取した糞便を菌叢解析する菌叢解析工程と、糞便採取キットに前記ヒトから採取した糞便を混入させてた糞便採取液から有用菌を単離する単離工程と、単離した前記有用菌を培養する培養工程と、優れた有用菌を選定する選定工程と、有用菌を保管する保管工程と、有用菌、又はその代謝生成物若しくは抽出物の少なくとも何れかを含む有用菌利用物質を得る有用菌利用物質製造工程と、を有し、前記単離工程は、前記糞便採取液を特定の培地で培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液を特定の寒天培地で培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含む腸内細菌の利用方法を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、
ヒトから採取した糞便を菌叢解析する菌叢解析工程と、
所定の細菌保存液と攪拌球の入った糞便採取キットに前記ヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程と、
単離した前記有用菌を培養する培養工程と、
前記培養工程で得られた有用菌の中から優れた有用菌を選定する選定工程と、
前記選定した有用菌を保管する保管工程と、
前記保管した有用菌、又はその有用菌の代謝生成物若しくは抽出物の少なくとも何れかを含む有用菌利用物質を得る有用菌利用物質製造工程とを含み、
前記単離工程は、前記糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含む腸内細菌の利用方法。
【請求項2】
腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、
所定の細菌保存液にヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程を含み、
前記単離工程は、前記糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含む腸内細菌の利用方法。
【請求項3】
腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、
所定の細菌保存液にヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程を含み、
前記単離工程は、前記糞便採取液をBCP加プレートカウント寒天培地、BCP平板培地、M2GSC培地、又は炭酸カルシウム含有MRS寒天培地の何れかで培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーを選別して所望の有用菌を単離する工程を含む腸内細菌の利用方法。
【請求項4】
さらにフィーカリバクテリウム属、ロゼブリア属、アッカーマンシア属、コリンセラ属、ペディオコッカス属、又はブラウティア属の少なくとも何れかの細菌を単離する工程を含む請求項1~請求項3何れか1項記載の腸内細菌の利用方法。
【請求項5】
ヒトから採取した糞便中に含まれる有用菌の単離方法であって、
細菌保存液に前記糞便を混入させて得た糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離方法。
【請求項6】
ヒトから採取した糞便中に含まれる有用菌の単離方法であって、
細菌保存液に前記糞便を混入させて得た糞便採取液をBCP加プレートカウント寒天培地、BCP平板培地、M2GSC培地、又は炭酸カルシウム含有MRS寒天培地の何れかで培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーを選別して所望の有用菌を単離する有用菌の単離方法。
【請求項7】
さらにフィーカリバクテリウム属、ロゼブリア属、アッカーマンシア属、コリンセラ属、ペディオコッカス属、又はブラウティア属の少なくとも何れかの細菌を単離する請求項5又は請求項6記載の有用菌の単離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、腸内細菌バンクを実現するために利用し得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
人に取り込まれた食物は消化器官で分泌される消化液によって消化されるが、腸内に存在する膨大な数の微生物群が食物の消化を助けることが知られている。これらの微生物群は腸内細菌叢とも言われ、食物の消化を助けるだけでなく、免疫系の活性化、代謝、ビタミン合成、神経系の調節などの役割も担っている。また近年では、この腸内細菌叢が肥満やアレルギー、パーキンソン病、うつ病、がんなどの種々の疾患と関連することも明らかになってきている。そのため、腸内細菌叢又は腸内のマイクロバイオームと呼ばれる微生物の集合体が、人の健康維持のために重要な働きを担っていることに注目が集まってきている。
【0003】
例えば、特開2021-112218号公報(特許文献1)には、腸内細菌叢の構成の変化が疾病等の原因であるとし、腸内細菌叢の構成を調整する組成物についての発明が記載されている。また、例えば、特開2021-109865号公報(特許文献2)には、腸内細菌叢の改善剤についての発明が記載されている。
【0004】
そうした一方で、ヒトの糞便に含まれる微生物を採取、保存する技術も知られ、米国特許出願公開第2022/0160337号明細書(特許文献3)には糞便を収集するキット、方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-112218号公報
【特許文献2】特開2021-109865号公報
【特許文献3】米国特許出願公開第2022/0160337号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一言で腸内細菌叢と呼ばれる細菌群ではあるが、腸内細菌叢は個人ごとにそこに存在する微生物の種類や量が異なり、身体に有益と考えられるいわゆる善玉菌や、身体に有害であると考えられる悪玉菌の種類や量も個人ごとに異なることが知られている。しかしながら、上記特許文献1又は特許文献2に記載された従来技術は一般的な腸内細菌叢に着目した技術に過ぎず、個人ごとに異なる腸内細菌叢に着目するものではない。そのため、個人の特徴に応じたオーダーメイドで腸内細菌叢を改善しようとする視点に欠けていた。
【0007】
また、上記特許文献3に記載された従来技術ではヒトの糞便から微生物を採取できるもののその採取した微生物の利用に関する知見は一切なく、個人の特徴に応じたオーダーメイドで腸内細菌を改善しようと技術は一切開示されていない。
【0008】
本件特許出願人は、人の好適な腸内環境を整えることを目的として、腸内細菌叢の中からその個人の有する善玉菌を保護し、あるいは活性化することに着目し、そのための取り組みとして腸内細菌バンク事業を提供する。腸内細菌バンク事業は、個人のマイクロバイオームに注目したサービスの一つであり、個人の腸内細菌叢の解析や、腸内細菌叢に含まれる善玉菌の採取、増殖、及び保管を行い、その善玉菌又はそれを利用したサプリ等の提供等を行う。
【0009】
本開示は、腸内細菌の保全と利用に資する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の第1の態様は、腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、ヒトから採取した糞便を菌叢解析する菌叢解析工程と、所定の細菌保存液と攪拌球の入った糞便採取キットに前記ヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程と、単離した前記有用菌を培養する培養工程と、前記培養工程で得られた有用菌の中から優れた有用菌を選定する選定工程と、前記選定した有用菌を保管する保管工程と、前記保管した有用菌、又はその有用菌の代謝生成物若しくは抽出物の少なくとも何れかを含む有用菌利用物質を得る有用菌利用物質製造工程とを含み、前記単離工程は、前記糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含む腸内細菌の利用方法である。
【0011】
本開示の第1の態様は、ヒトから採取した糞便を菌叢解析する菌叢解析工程を有するため、その菌叢解析によってそのヒトがどのような細菌を体内に有するかの情報を得ることができ、所定の細菌保存液と攪拌球の入った糞便採取キットに前記ヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程を有するため、そのヒトが有する有用菌を単離して得ることができ、単離した前記有用菌を培養する培養工程を有するため、その単離した有用菌を増やすことができ、前記培養工程で得られた有用菌の中から優れた有用菌を選定する選定工程を有するため、その種の細菌の持つ効果を高いレベルで発揮させることができ、前記選定した有用菌を保管する保管工程を有するため、その選定した有用菌を所望の時に利用することができ、前記保管した有用菌、又はその有用菌の代謝生成物若しくは抽出物の少なくとも何れかを含む有用菌利用物質を得る有用菌利用物質製造工程とを含むため、その有用菌に基づいた種々の有益な産物を得ることができ、前記単離工程は、前記糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含むため、ラクトバチルスとビフィドバクテリウムを好適に単離できる。
【0012】
本開示の第2の態様は、腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、所定の細菌保存液にヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程を含み、前記単離工程は、前記糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含む腸内細菌の利用方法である。
【0013】
本開示の第2の態様は、所定の細菌保存液にヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程を含むため、そのヒトが有する有用菌を単離して得ることができ、前記単離工程は、前記糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離工程を含むため、ラクトバチルスとビフィドバクテリウムを好適に単離できる。
【0014】
本開示の第3の態様は、腸内細菌中の有用菌を利用する腸内細菌の利用方法であって、所定の細菌保存液にヒトから採取した糞便を混入させて所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する単離工程を含み、前記単離工程は、前記糞便採取液をBCP加プレートカウント寒天培地、BCP平板培地、M2GSC培地、又は炭酸カルシウム含有MRS寒天培地の何れかで培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーを選別して所望の有用菌を単離する工程を含む腸内細菌の利用方法である。
【0015】
本開示の第3の態様は、前記糞便採取液をBCP加プレートカウント寒天培地、BCP平板培地、M2GSC培地、又は炭酸カルシウム含有MRS寒天培地の何れかで培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーを選別して所望の有用菌を単離する工程を含むため、複数の菌種が生育し得る培地を用いることで、複数の培地で培養する手間を省くことができる。
【0016】
本開示の第4の態様は、さらにフィーカリバクテリウム属、ロゼブリア属、アッカーマンシア属、コリンセラ属、ペディオコッカス属、又はブラウティア属の少なくとも何れかの細菌を単離する工程を含む腸内細菌の利用方法である。
【0017】
本開示の第4の態様は、さらにフィーカリバクテリウム属、ロゼブリア属、アッカーマンシア属、コリンセラ属、ペディオコッカス属、又はブラウティア属の少なくとも何れかの細菌を単離する工程を含むため、ラクトバチルスとビフィドバクテリウム以外の有用菌も単離して利用することができる。
【0018】
本開示の第5の態様は、ヒトから採取した糞便中に含まれる有用菌の単離方法であって、細菌保存液に前記糞便を混入させて得た糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離方法である。
【0019】
本開示の第5の態様は、ヒトから採取した糞便中に含まれる有用菌の単離方法であって、細菌保存液に前記糞便を混入させて得た糞便採取液をM2GSC培地、MRS培地、又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地の何れかで培養してラクトバチルスを単離し、及び前記糞便採取液をMGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、又はパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地の何れかで培養してビフィドバクテリウムを単離することとしたため、ラクトバチルスとビフィドバクテリウムを好適に単離できる。
【0020】
本開示の第6の態様は、ヒトから採取した糞便中に含まれる有用菌の単離方法であって、細菌保存液に前記糞便を混入させて得た糞便採取液をBCP加プレートカウント寒天培地、BCP平板培地、M2GSC培地、又は炭酸カルシウム含有MRS寒天培地の何れかで培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーを選別して所望の有用菌を単離する有用菌の単離方法である。
【0021】
本開示の第6の態様は、ヒトから採取した糞便中に含まれる有用菌の単離方法であって、細菌保存液に前記糞便を混入させて得た糞便採取液をBCP加プレートカウント寒天培地、BCP平板培地、M2GSC培地、又は炭酸カルシウム含有MRS寒天培地の何れかで培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーを選別して所望の有用菌を単離することとしたため、複数の菌種が生育し得る培地を用いることで、複数の培地で培養する手間を省くことができる。
【0022】
本開示の第7の態様は、さらにフィーカリバクテリウム属、ロゼブリア属、アッカーマンシア属、コリンセラ属、ペディオコッカス属、又はブラウティア属の少なくとも何れかの細菌を単離する有用菌の単離方法である。
【0023】
本開示の第7の態様は、さらにフィーカリバクテリウム属、ロゼブリア属、アッカーマンシア属、コリンセラ属、ペディオコッカス属、又はブラウティア属の少なくとも何れかの細菌を単離することとしたため、ラクトバチルスとビフィドバクテリウム以外の有用菌も単離することができる。
【0024】
本開示の別の態様は、ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水等の緩衝液にL-システイン塩酸塩等の還元剤とグリセロール等の凍結保護剤を含み炭酸水素ナトリウム等のpH調整剤でpHが3.5~5に調整された細菌保存液を調製し、前記細菌保存液の5~10mLに1~2gの糞便が混入し所定期間経過した糞便採取液をM2GSC培地等の培地で培養してラクトバチルス等の有用菌を単離する有用菌の取得方法である。
【0025】
前記別の態様は、ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水等の緩衝液にL-システイン塩酸塩等の還元剤とグリセロール等の凍結保護剤を含み炭酸水素ナトリウム等のpH調整剤でpHが3.5~5に調整された細菌保存液を調製し、前記細菌保存液の5~10mLに1~2gの糞便が混入し所定期間経過した糞便採取液をM2GSC培地等の培地で培養してラクトバチルス等の有用菌を単離する有用菌の取得方法であるため、個人の有する腸内細菌叢に由来する有用菌を、その個人の糞便から取得することができる。これにより、将来的には腸内細菌叢の維持、改善等に役立てることができる。
【0026】
本開示の別の態様は、ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水にL-システイン塩酸塩とグリセロールを含み炭酸水素ナトリウムでpHが3.5~5に調整された細菌保存液である。
【0027】
前記別の態様は、ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水にL-システイン塩酸塩とグリセロールを含み炭酸水素ナトリウムでpHが3.5~5に調整された細菌保存液であるため、採取した糞便を保存することができ、糞便中に存在する有用菌を所定期間経過後に培養することができるまで保護することができる。
【0028】
本開示の別の態様は、緩衝液と凍結保護剤の合計10mLに対して、還元剤を0.005~0.02g含み、pH調整剤を5~10mg含む細菌保存液である。
【0029】
前記別の態様は、緩衝液と凍結保護剤の合計10mLに対して、還元剤を0.005~0.02g含み、pH調整剤を5~10mg含む細菌保存液であるため、糞便と混合した後も所定のpH内に抑えることができ、有用菌の保持に適した細菌保存液とし得る。
【0030】
本開示の別の態様は、緩衝液に還元剤と凍結保護剤を含みpH調整剤でpHが3.5~5に調整された細菌保存液である。
【0031】
前記別の態様は、緩衝液に還元剤と凍結保護剤を含みpH調整剤でpHが3.5~5に調整された細菌保存液であるため、糞便と混合した後も所定のpH内に抑えることができ、有用菌の保持に適した細菌保存液とし得る。
【0032】
本開示の別の態様は、上記何れかの細菌保存液を5~10mL備える糞便採取キットである。
【0033】
前記別の態様は、上記何れかの細菌保存液を5~10mL備える糞便採取キットであるため、所望の糞便量を採便して細菌保存液と混合してもこの糞便採取キット中のその糞便採取液のpHを所望のpHとすることができ、糞便中に存在する有用菌を所定期間経過後に培養することができるまで保護することができる。
【0034】
本開示の別の態様は、糞便採取液を、M2GSC培地で培養してラクトバチルスを単離し、パロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地で培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離方法である。
【0035】
前記別の態様は、糞便採取液を、M2GSC培地で培養してラクトバチルスを単離し、パロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地で培養してビフィドバクテリウムを単離する有用菌の単離方法であるため、糞便の中からその糞便をした個人に由来する有用菌であるラクトバチルスとビフィドバクテリウムを単離することができる。
【0036】
本開示の別の態様は、糞便採取液をM2GSC培地等で培養してラクトバチルス等の有用菌を単離する有用菌の単離方法である。
【0037】
前記別の態様は、糞便採取液をM2GSC培地等で培養してラクトバチルス等の有用菌を単離する有用菌の単離方法であるため、糞便採取液から必要な有用菌を単離することができる。
【0038】
本開示の別の態様は、被験者から取得した腸内細菌を利用する方法であり、細菌保存液に被験者から採取した糞便が混入し所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する工程と、単離した前記有用菌を冷凍保存する工程と、冷凍保存した前記有用菌を培養する工程と、前記培養した有用菌又は前記培養した有用菌の代謝生成物若しくは抽出物の少なくとも何れかを含む含有物を得る工程を含む、腸内細菌の利用方法である。
【0039】
前記別の態様は、被験者から取得した腸内細菌を利用する方法であり、細菌保存液に被験者から採取した糞便が混入し所定期間経過した糞便採取液から有用菌を単離する工程と、単離した前記有用菌を冷凍保存する工程と、冷凍保存した前記有用菌を培養する工程と、前記培養した有用菌又は前記培養した有用菌の代謝生成物若しくは抽出物の少なくとも何れかを含む含有物を得る工程と、を含む、腸内細菌の利用方法であるため、被験者が実際にその体内に保有する有用菌を利用することができる。そして、その有用菌由来の物質を含むカプセル、サプリ又は製剤等の含有物を製造することができる。
【発明の効果】
【0040】
本開示の一態様によれば、糞便からの有用菌を取得することができる。
本開示の他の態様によれば、糞便に含まれる細菌を保護することができる。
本開示のさらに他の態様によれば、有用菌を取得するために好適な糞便を確保し保護することができる。
本開示のさらに他の態様によれば、有用菌を単離することができる。
本開示のさらに他の態様によれば、有用菌をもとにした産物を製造する等の利用をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【
図1】腸内細菌の利用方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0042】
本開示の一態様について、例示される実施形態に基づき、図面を参照しながら説明する。以下の実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0043】
本開示に含む全ての実施形態及び選択可能な実施形態は、互いに組み合わせて新たな実施形態を形成してもよい。また、本開示に含む全ての技術的特徴及び選択可能な技術的特徴は、互いに組み合わせることにより新たな技術的特徴を形成できる。
【0044】
本開示で使用する用語「又は」は包括的な用語として使用される。例えば、「A又はB」は「A、B、又はAとBの両方」を意味する。「A」、「B」、「AとBの両方」は、何れもそれぞれが「A又はB」を満たす。
【0045】
本明細書及び特許請求の範囲において「第1」、「第2」及び「第n(但しnは自然数)」と記載する場合、それは異なる要素を区別するために使用するものであり、特定の順序や優劣等を示すことを意図しない。各実施形態で共通する構成については、同一符号を付して重複説明を省略する。
【0046】
本明細書及び特許請求の範囲で使用される「上」、「下」、「前」、「後」、「左」、「右」等の用語及びそれらの用語を含む用語で表された方向又は位置関係は、図面に基づくものであり、実施形態を便宜的に及び簡略に説明するためのものにすぎない。したがって、明確な定義や限定がない限り、特定の要素やその使用が、特定の方向に構成されることを明示又は暗示するものではなく、また特許請求の範囲及び実施形態を限定するものではないと理解すべきである。
【0047】
本明細書及び特許請求の範囲で使用される「約」、「およそ」、「ほぼ」、「実質的に」との用語によって修飾される数値又は要素については、その数値とその数値を中心とする前後の数値を含むものとして、またその要素と、その要素と同じと言えるものとを含むものとして理解される。例えば「約3」と記載する場合、本開示で主張する技術的特徴、技術的意義が異ならなければ、「3」とそれに連続する数値も「約3」に含まれ得る。また、「Aと実質的に同一のB」という場合、BはAと完全同一である場合のほか、本開示で主張する技術的特徴、技術的意義が共通する限り、相違点を有していても「実質的」の範囲に含み得る。
【0048】
本明細書及び特許請求の範囲で使用される記号「~」は、特段の説明の無い限り、下限値と上限値とを含み、且つ、下限値と上限値との間の値を含むものとして理解される。例えば「pH3.5~5」という場合は「pH3.5以上5以下」を意味し、「0.005~0.02g」という場合は「0.005g以上0.02g以下」を意味するものとして理解される。
【0049】
以下、本開示の一態様を具体的に説明する。
【0050】
1.菌叢解析
人体には人体常在菌と呼ばれるヒトの身体に常に棲息している菌が存在する。これらの菌は多種多様であって、ヒトの各器官や組織によっても異なる。例えば皮膚は外界に晒されている環境に適応する皮膚常在菌が存在し、腸のような消化器官内では酸素が届き難いため嫌気性菌が存在する。こうした人体常在菌に対する従来のアプローチは、病原菌などの人体に病気や健康悪化をもたらす菌を研究し、これらの菌を排除又は抑制することを目的としてきた。しかしながら、人体に悪さをもたらす病原菌だけの解明では真の意味での人体の健康に寄与することはできなかった。例えば、病気になってからでは遅く人生100年時代を迎える今日、特に長生きすることが目標ではなく健康で長生きしてすることが目標となってきた。病気になることなく常日頃から健康であることが求められるようになると、病原菌の研究、対策だけでは不十分である。
【0051】
近年、遺伝子分野での研究が発展し、その解析技術が進歩してきている。その一例として次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer)の出現によってこれまで困難であった細菌叢の解析ができるようになってきた。
この次世代シーケンサーを用いた技術を利用すると、培養が困難のため、これまで確認されなかった細菌を解析できる。また別の観点から見ると、病原菌のような人体に悪く機能する細菌だけでなく、健康増進に寄与する細菌やどちらにも寄与する細菌(日和見菌)も含めた細菌叢の解析ができるようになってきた。こうした種々の細菌を含む細菌叢が見える化されると、ヒトの健康状態の把握に大いに役立つことがわかってきた。
そこで、ヒトの健康の維持、促進のためにはその腸内細菌叢の状態が密接に関わってくること、及び次世代シーケンサーの利用によりこうした腸内細菌叢の分析ができることに着目し、上記知見をより個人ベースで役立たせることを企図して、以下に説明するサービスを開発した。
【0052】
2.腸内細菌叢解析サービス
【0053】
ヒトの腸内細菌叢は誰もがみな同じではなく個人ごとに異なることから、まずは特定の個人の腸内細菌叢がどのようなものであるかを解析することが必要と考えられる。そのため個人の糞便を採取してその糞便中に含まれる細菌叢を解析することが好適である。
腸内細菌叢の解析のためヒトの糞便を解析することとしたのは、腸内細菌は生菌も死菌も便として体外に排出されることから人体に対する外科的な手法を用いることなく簡単に採取できるからである。
【0054】
腸内細菌叢の解析には上記の次世代シーケンサーを利用することが好ましい。次世代シーケンサーは、複数種の細菌のDNA又はRNA試料中の遺伝子配列を同時に決定し、細菌の遺伝子の塩基配列とその説明、文献情報が保存されている塩基配列データベースに基づいて細菌の分類・同定ができるからである。従来のサンガー法は1種の細菌の1つの遺伝子配列しか解析不可能なため、膨大な遺伝子情報が詰まっている腸内の細菌叢の16SrRNA遺伝子を解析する上では次世代シーケンサーの利用は優れている。
【0055】
次世代シーケンサーによる解析は、糞便中の腸内細菌を“門”、“属”、“種”で分類することが主流となっている。“門”で分類する場合、“属”と“種”が一つの群に集約しているため、“門”の表記のみだと個々の菌種及び株の特性を見分けるのが困難になる。また、“種”での分類だと個々の菌の特性を見分けることは可能であるが、クラシフィケーション率(Classification率)が低い次世代シーケンサーによる16SrRNA遺伝子での解析では分類での正確性を欠いてしまう。“属”での分類は“門”と比べて個々の菌の特性を見分けられ、また、“種”よりも高いクラシフィケーション率で分類することが可能である。以上のことから、腸内の細菌叢を分類する際は“属”レベルが好ましい。
【0056】
解析結果は、分類された細菌の名称、及びその数又は占有率で得られるが、それらを無作為に一覧表としても利用価値が上がらない。そのため、この結果を種々の観点から複数の出力として表すができる。
一のアウトプットの態様としては、糞便中に含まれる細菌の菌数から見て多い順番にいくつか、例えば10種の属で区分された細菌名とその細菌の特徴や機能性を示すものである。上位の細菌の及ぼす影響が色濃く人体に反映されると考えられるためである。
【0057】
別の一のアウトプットの態様としては、糞便中に含まれる細菌のうち、有用菌として捉えられている細菌の一覧と、有害菌として捉えられている細菌の一覧を、その特徴や機能性とともに示すものである。その個人の有する有用菌と有害菌がどのような細菌か、その菌名を知ることができるからである。
さらに別の一のアウトプットの態様としては、どのような細菌がどの程度存在するかを予め評価の定まったいくつかの区分に当てはめ、その区分とその区分の意味するところを示すものである。
【0058】
腸内細菌叢を構成する細菌の種類や存在比は個人よって異なるといってもある種の特徴によっていくつかのタイプに分けられ、そのタイプごとの特徴を指摘することができれば腸内細菌叢の最初の評価としては有益である。その一つの例がBA、BF、F、R、Pという5種類のタイプに分ける分類法である。
【0059】
この5つのタイプは腸内細菌の中で占有率が高い種類ごとに分類したもので、BAタイプは、脂質代謝について有益な働きをすることが知られているバクテロイデス属菌が多く存在しているタイプであり、BFタイプは、酢酸や乳酸を産生し腸内pHを低く保持し、大腸菌等の菌を抑制して腸内環境を整えるビフィドバクテリウム属菌が多く存在するタイプであり、Fタイプは、酪酸を産生し疾病予防や排便改善効果等に寄与すると言われるフィーカリバクテリウム属菌が多く存在するタイプであり、Rタイプは、水溶性食物繊維を分解して免疫に関係した短鎖脂肪酸を作る働きがあるとされるルミノコッカス属菌が多く存在するタイプであり、Pタイプは、食物繊維を分解し、コハク酸や酢酸を生成するプレボテラ属菌が多く存在するタイプである。
【0060】
そしてまたさらに別の一のアウトプットの態様としては、糞便中に存在する“属”又は“種”で分類した細菌名を数の多い順番に一覧表とするものである。解析された全ての細菌を挙げることで、特徴が不明な細菌や少数の細菌も漏れなく表示することができる。
あるいは、菌叢や短鎖脂肪酸等のこれまでに蓄積された解析データを基に、糞便中の一部有用菌と有害菌、そして短鎖脂肪酸の存在比を表示することもできる。こうしたデータは、個人の腸内環境及び食生活の改善に結び付けるように利用できる。
【0061】
こうして個人の糞便からの腸内細菌叢の菌叢解析によって、その個人の有する腸内細菌叢にどのような細菌がどの程度含まれているかのデータを得ることができる。このデータは次に説明する腸内細菌の利用のための資料となる。
即ち、菌叢解析によってその個人の腸に備わっていることがわかった細菌のうち、次のステップでは、所望の有用菌を単離、保存することを行う。
【0062】
3.腸内細菌の利用方法の説明
【0063】
個人の腸内細菌叢から有用な微生物を採取して保管する腸内細菌の利用方法(腸内細菌バンク)について、その概要を
図1で示すフローチャートに基づいて説明する。
【0064】
(1)糞便採取
ヒトの腸内細菌叢を構成する細菌を集める工程である(
図1のST1)。そのためにヒトの排便を採取する。採取された糞便は所定の細菌保存液の入った所定の糞便採取キットに入れて保管された状態で細菌の単離、培養機関に配送される。
【0065】
(2)菌叢解析(菌叢解析工程)
糞便から採取された細菌の種類や組成比を解析する工程である(
図1のST2)。糞便から得られた検体の菌叢解析を行うことでその個人が有する細菌に所定の有用菌が含まれているか否かその多少を分析することができる。
【0066】
なお、この菌叢解析は、上記1で説明したように、予め別途行っておき、この段階で行う菌叢解析を省略することもできる。
【0067】
(3)有用菌の単離
糞便採取キットに入って所定期間経過した糞便採取液から所望の有用菌を単離する工程である(
図1のST3)。便中には善玉菌だけでなく悪玉菌などの様々な菌種が存在するため、それらの中から有用菌を探し同定する。
【0068】
(4)単離菌の培養(培養工程)
単離された有用菌を培養する工程である(
図1のST4)。菌種が同定された有用菌を培養して、適当な菌数にまで増やす。
【0069】
(5)保存菌の選定
培養された同一菌種の中でも好適な菌株を選定する工程である(
図1のST5)。生育のし易さ、耐性などを考慮してより良い菌株を集めるためである。
【0070】
(6)選定菌の保存(保管工程)
所望の選定菌を保存する工程である(
図1のST6)。選定菌は保存液と混合し所定のチューブに入れて冷凍保存することで必要なときに取り出して利用することができる。
【0071】
(7)保存菌の利用(有用菌利用物質製造工程)
保存した有用菌を利用する工程である(
図1のST7)。冷凍された細菌を解凍して培養して増やし、様々な利用に供する。有用菌自体又はその有用菌からの抽出物や、有用菌の代謝生成物等を含むカプセルや錠剤、その他のサプリ等の含有物等の種々の有用菌利用物質を製造する。そして、その有用菌の取得元の個人、あるいはそうした有用菌を増やしたい他人等にその有用菌利用物質を提供する。
【0072】
(8)腸内細菌叢に関する情報提供
腸内細菌に関する情報を提供する工程である(
図1のST8)。菌叢解析に基づく分析からその個人の有する腸内細菌叢の特徴を見出しその情報を提供するとともに活用する。例えば、当初の菌叢解析に基づく分析と、食生活の変化やサプリの取得後による腸内細菌叢の変化を分析することで食生活の変化やサプリの効果等を検証できる。
【0073】
本開示の一態様による、腸内細菌の利用方法(腸内細菌バンク)は、上記のように行われる。しかしながら、前記腸内細菌の利用方法は、一つの実施形態を説明するための例示に過ぎず、以上の全てのステップを必須とするものではなく、一部のステップを省略したり、他のステップを追加したり、技術的な不整合がなければステップを入れ替えたりし得る。
【0074】
また、腸内細菌の利用方法(腸内細菌バンク)は、個人が1回限りで行うものとして構成でき、また時間を経て複数回行うものとして構成することもできる。個人が継続的に腸内細菌の利用方法を実施する場合には、個人のその時々に応じて採取した1又は複数の腸内細菌(腸内細菌叢、採取した糞便を含む)を保存したり、保存したものを時間を経て利用したりすることができる。その際には、時間を隔てて行った菌叢解析の解析情報を比較することにより、健康状態の改善や疾病の予防に利用することができる。
【0075】
4.腸内細菌の利用方法を構成し得る技術の説明
【0076】
上記腸内細菌の利用方法(腸内細菌バンク)を実現するために利用し得る各種技術の実施形態の例を説明する。
【0077】
<糞便採取工程>
個人ごとに異なる腸内細菌叢を有することから、集積する細菌は個人ごとに集める必要がある。そして、その個人(ヒト)の有する細菌を、外科的工程等を経ずに無理なく収集するためには、その個人の糞便から集めることが好適である。
【0078】
(1)糞便採取キット
糞便の採取には腸内細菌バンクに好適な糞便採取キットを用いることが好ましい。その第1の理由は、糞便を集めてからその糞便中の細菌を採取するまでには時間的なブランクがあり、その間に細菌が死滅するのを防ぐ必要があるからである。第2の理由は、糞便の採取から保管、輸送に適したものである必要があるからである。糞便採取キットは所定の容器に細菌保存液を内封している。
【0079】
細菌保存液:
まず、糞便採取キットに内封される細菌保存液は、糞便中に含まれる細菌叢を保存し次の工程に移すまでの所定期間、細菌を死なせないで保持する必要がある。その「所定期間」とは、糞便を糞便採取キットに入れてから検査機関で有用菌の単離を開始するまでの期間であり、具体的には、1日~1か月、好ましくは2日~2週間、より好ましくは10日~14日の期間であり、さらに好ましくは1週間又は1週間前後の期間である。その理由は採取した糞便を検査機関のある場所まで輸送するための輸送日数がかかること、さらには検査機関に糞便を採取した糞便採取キットが届いても微生物の採取、培養を行うまでに日数がかかる場合があることなどが挙げられる。こうした見地から次の細菌保存液を開発した。
【0080】
この細菌保存液は、緩衝液に還元剤と凍結保護剤を含みpH調整剤でpHが3.5~5に調整された液体である。
ビフィズス菌や乳酸菌は有機酸を生産することから、他の菌と比べて酸に強い耐性を持っているが、生育に適しているpHが酸性ではなく、至適pHは7~8の中性である。しかし、後述するL-システイン塩酸塩等の還元剤の効果を発揮されるためpHを弱酸性に調整している。
【0081】
緩衝液は、pHの影響を抑制する働きがある。具体的な緩衝液には、リン酸緩衝液、HEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)緩衝液、トリス緩衝液、炭酸緩衝液、重炭酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、HEPES緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水等を例示できるがこれらに限定されない。緩衝液は、より具体的には、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)や、塩化カリウムを含むD-PBSが好ましく、2価の陽イオンを含まないダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水(D-PBS(-))(「ダルベッコ リン酸緩衝食塩液」ともいう)がより好ましい。ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水がより好ましい理由は、糞便を混合したことによる細菌保存液のpH変動を最小限に抑え、また、糞便中の菌体を損傷せずに生きた状態に保つことができる点である。なお、特許請求の範囲に記載の「ダルベッコ リン酸緩衝生理食塩水等」とは、例示した各種の前記緩衝液を含み得るものである。
【0082】
還元剤は、ビフィズス菌や乳酸菌等の嫌気性菌の生育を阻害しないための成分であり、乳酸菌の生育向上にも寄与する。還元剤としては、L-システイン、N-アセチルシステイン、メチレンブルー等を挙げることができ、L-システイン塩酸塩は食品添加物にも用いられる他、水中の酸素を還元し嫌気条件下にするために使用されている。
【0083】
pH調整剤は、強酸性(pH2以上3未満)の細菌保存液を弱酸性(pH3以上6未満、好ましくはpH3.5~5)に調整しておくことで、糞便中の細菌に与えるストレスを緩和するために使用される。pH調整剤としては、炭酸塩や重炭酸塩、塩酸、水酸化ナトリウム等を例示できるが、これらに限定されない。pH調整剤は、より具体的には、炭酸水素ナトリウムや炭酸ナトリウムが好ましく、これらの中でも炭酸水素ナトリウムがより好ましい。その理由は、炭酸水素ナトリウムは、嫌気性菌であるメタン菌の生育にも好適でありpHの微調整をし易く、また、塩酸や水酸化ナトリウムは毒劇物に該当するのに対し、炭酸水素ナトリウムは重曹として一般的に使用されていることから安全性が高いからである。なお、特許請求の範囲に記載の「炭酸水素ナトリウム等」とは、例示した各種の前記pH調整剤を含み得るものである。
【0084】
凍結保護剤は、保存液に好適な粘性を与えることができ、具体的にはグリセロールやジメチルスルホキシド(DMSO)を例示できるが、これらに限定されない。グリセロールは、乳化剤や、安定剤、抗固化剤として機能する点でも好ましい。また、グリセロールは有機溶媒のジメチルスルホキシドと比べ安価であることと人体への危険性が無いことから、細菌保存で広く使用されていることもグリセロールが好ましい理由である。なお、特許請求の範囲に記載の「グリセロール等」とは、例示した各種の前記保存液を含み得るものである。
【0085】
細菌保存液のpHは3.5以上5以下になるように細菌保存液を調製することが好ましい。必要量の糞便を糞便採取キットに投入して細菌保存液と混合した後の糞便採取液のpHが5以上の場合に有用菌が生存することから、糞便を混合してpHが5以上とするためには細菌保存液のpHは4~5、又は3.5~5であれば良いからである。
【0086】
換言すれば、pH調整剤を添加してpH調整を行わないと細菌保存液は強酸性(pH2以上3未満)となり、この状態は腸内細菌には相当なストレスになるが、還元剤の効果を維持しながら腸内細菌へのストレスを軽減するため弱酸性(pH3以上6未満、好ましくはpH3.5~5)に調整している。
【0087】
細菌保存液中の各成分の含有量は、緩衝液と凍結保護剤の合計10mLに対して還元剤は0.005以上0.02以下である。0.005gより少ないと還元効果がなく、0.02gより多いとpHが低くなりすぎる。
【0088】
pH調整剤の含有量は、緩衝液と凍結保護剤の合計10mLに対して0.5mg以上30mg以下とすることができ、0.5mg以上10mg以下とすることができ、0.5mg以上2mg以下とすることができる。0.5mgより少ないとpHの調整が困難であり、5mgより少ないとpHの調整ができない場合がある。2mg、10mg、又は30mgを超えると他の成分の効果が薄れるおそれがある。
【0089】
緩衝液と凍結保護剤の合計10mLにおけるそれぞれの割合は、好適な粘度範囲で適宜調整することができる。
【0090】
細菌保存液の好適な一実施態様としては、50%グリセリン溶液を5mL、D-PBS(-)を5mL、L-システイン塩酸塩を0.01g、炭酸水素ナトリウムを0.5mg以上10mg以下、又は0.5mg以上2mg以下を混合した細菌保存液を挙げることができる。
【0091】
一般的な糞便の保存液に糞便を入れて保存しても嫌気性の有用菌は死滅することが多いが、上記細菌保存液によれば嫌気性菌の保存に適しており、個人であるユーザの糞便を採取した後、本腸内細菌バンクの事業者等のサービス提供者が受領するまでの間に有用菌の死滅する可能性を低減できる。
【0092】
細菌保存液の別の態様では、上記細菌保存液にゲル化剤をさらに含む。
そして、この細菌保存液は、所定時間放置すると流動しないゲル状となり、糞便と混合し、シェイクする(振る)と流動性のある液状となる性質を有するものである。
「所定時間放置すると流動しないゲル状」とは、常温で少なくとも1日置くと流動性を失ったゲル状となるものであり、シェイクすることで流動性のあるゾル状に変化する。また、糞便と混合してシェイクすると、細菌保存液と糞便が混合し糞便採取液となり、この糞便採取液は流動性のあるゾル状である。糞便採取液は、混合した糞便の状態にあって、シェイク後に保管した性状は、ゲル状になる場合やゾル状のままである場合があり得る。
【0093】
ゲル化剤の添加量(ゲル化剤量)は、細菌保存液に対して0.05~0.35%(w/v)とすることが好ましく、0.075~0.25%(w/v)とすることがより好ましい。こうした範囲としたのは、0.05%(w/v)よりも少ないと液状でありゲル化剤の効果を生じ得ず、0.35%(w/v)より多いと糞便と均一に混合させることが困難になる。そうした一方で、0.05~0.35%(w/v)の範囲では、糞便とこの細菌保存液の入った容器を10回ほど振っただけで、糞便と細菌保存液とを容易に混ぜ合わせることができるとともに、糞便中に含まれる細菌の保存性が向上し、また、細菌保存液を備えた糞便採取キットの取扱い性、操作性が向上する。また、0.075~0.25%(w/v)の範囲ではビフィドバクテリウムの生育にも優れる。
【0094】
ゲル状の細菌保存液は液状の細菌保存液に比較して難培養性の細菌の保存性に優れている。換言すれば、ビフィドバクテリウム等の培養が容易な細菌に比べてそもそも糞便中に含まれる菌数が少なく、後に単離して培養することが困難なある種の細菌についても培養が可能となり得る。その理由は定かではないが、細菌保存液が液状ではなくゲル状であることで、細菌が糞便内から細菌保存液内へと変化する環境に晒されるに際してその変化が穏やかになるからではないかと推察される。また、ゲル化剤の含有により細菌保存液に含まれる緩衝液、還元剤、凍結保護剤、pH調整剤を分散・安定にすることで、細菌の保存性を高めていると考えられる。
【0095】
ゲル化剤としては、ジェランガム、カラギーナン、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、キサンタンガム、ローカストビーンガム、ペクチン、ゼラチン等が挙げられるが、ジェランガムが好ましい。ジェランガムは、シュードモナス・エロデア(Pseudomonas elodea)が産生する多糖類を脱アセチル処理後精製したもので、グルコース、ラムノース、ウロン酸を主成分とし、培養が困難な微生物の培養に好適な場合があるからである。それに比べて、例えば寒天をゲル化剤に用いた場合には、ある種の微生物のスウォーミングを抑制するなど培養の妨げとなる場合があるのとは相違する。なお、培養が困難な微生物の培養にジェランガムが好適な理由は、細菌保存液が適度な粘性を有するため細菌の環境変化に穏やかに作用するという前記理由の他、栄養成分の取り込み等に関係する菌体外酵素に作用するなど、菌体以外へ作用することによる難培養性細菌への補助作用があるのではないかと考えられる。
【0096】
容器:
糞便採取キットは容器とその中に含まれる細菌保存液とで構成される。
【0097】
容器は容器本体と蓋体とで構成することが好ましい。容器本体は細菌保存液を内封し得る、有底で上部に開口を備えガラスやプラスチック製のものである。蓋体は容器本体の開口を封鎖するものであり、便をかき取って容器本体内に入れるためのスプーン状スパチュラが蓋体の内側に付いたものであることが好ましい。スパチュラは1~2g程度の便を乗せることができる凹みを備えることが好ましい。その先端部で便をかき取りその先端部に便を乗せることで求める量である1~2gの便を採取することができるからである。しかし、1~2gの便を乗せるためにはかなり大きな凹みとする必要があることから、凹みの大きさを1~2gの半分、又は1/3程度の便が乗る大きさとして、2回又は3回便を採取するようにしても良い。
【0098】
また、前記容器本体と蓋体とからなる容器をさらに封入するための外容器を備えるものであっても良い。外容器を備えることで糞便採取液の外部への漏洩防止を強化することができる。
【0099】
糞便採取キットの一例を
図3の概略斜視図で示す。この糞便採取キット10は、内容器20と、その内容器20を封入する外容器30とを有し、内容器20は、細菌保存液40が入る内容器本体21と、その内容器本体21中に細菌保存液40を密封するための蓋体22とで構成される。蓋体22に付いたスプーン状スパチュラ23は、その柄24の先端部に便を乗せる凹み25を有するとともに、柄24の凹み25柄の近傍には便を好適に細菌保存液40中に混入させるため邪魔板26を有している。凹み25の部分は、柄24の部分から折れ曲がった形状としても良いし、柄24の部分から真っ直ぐ伸びる形状としても良い。
【0100】
外容器30は、内容器20を封入する容器であり、外容器本体31と蓋体32とで構成される。外容器本体31の内側表面には外部から中味が見えないように遮蔽膜33が設けられている。外容器30に内容器20を入れる構成としたため、細菌保存液40に便が混じった糞便採取液が、万が一、内容器20の外部に漏れ出しても、外容器30から外への漏れを防止できるため衛生的であり、また便の臭い漏れも防止できる。
こうした内容器20や外容器30には市販のザルスタット社製の容器等を利用することができる。
【0101】
内容器20には所定量の攪拌球27を入れることが好ましい。細菌保存液40は、しばらく放置するとゲル状となり流動性を有しないため、糞便を入れた後は内容器20を振って混ぜることが好ましいが、攪拌球27が内容器20に入っていると細菌保存液の流動化の助けになり、細菌保存液と糞便との混合が容易になる。
攪拌球27は、細菌保存液と糞便とを混ぜるために寄与し、糞便と細菌保存液との混合を促進するのに適したものであれば良いが、直径2~4mmのステンレス球とすることが好ましく、内容器20の中に3~10個を入れることが好ましい。ステンレス球は糞便採取液の性状を変化させることがなく、直径2~4mmのものを3~10個入れることで攪拌効率を優れたものとすることができる。2mmよりも小さくても4mmより大きくても、また3個より少なくても攪拌効率が悪くなる。また、4mmより大きいものや10個を超えて入れると細菌保存液40の液量が相対的に少なくなり、またコストアップにつながり好ましくない。攪拌球27の個数を4個、5個、6個、7個、8個、9個とし、その直径を3mmとするのは攪拌球27利用の一態様である。
【0102】
糞便の採取量は0.5~3g、好ましくは1~2gである。0.5gより少ないと必要な有用菌が採取できないおそれがある。また、3gまでの採取量で必要な有用菌は採取できるので3gを超えて糞便を採取しても細菌保存液の必要量が増えたり内容器を大きくしたりする必要がありコスト高となる。
糞便採取キットに含める細菌保存液の液量は5~20mL、好ましくは5~15mL、より好ましくは8~12mLである。採取する糞便と混合してその中の細菌を殺さずに取得するために必要な量を含む必要があるからである。5mLよりも少ないと採取する糞便量に対して少なすぎて糞便中の有用菌が死ぬおそれがある。20mLを超えると内容器も大きくなりコスト高となる。
【0103】
内容器には、その内容量の30~90vol%の細菌保存液が入ることが好ましい。30vol%よりも少ないと糞便中の細菌の保護が不十分になるおそれがあり、また糞便を混入する際に紛れ込む空値が内容器中に多くなり嫌気性菌の生存が損なわれるおそれがある。また、90vol%を超えると、糞便を内容器に入れる際に内容器から糞便採取液があふれ出るおそれがある。そのため、上記割合の細菌保存液を入れた内容器に上記採取量の糞便を入れて内容器に蓋ができるように、内容量の大きさが5.5~23mL、好ましくは12~18mLの内容器を選択して採用することが好ましい。
【0104】
採便後は、便の入った内容器20を5~20回、好ましくは8~12回ほど振って細菌保存液に十分に糞便を混ぜることが好ましい。糞便が十分に細菌保存液に包まれることがなく空気に触れることで有用菌が死ぬことがあるからである。なお、外容器30は無くても良い。
【0105】
そして、便の入った糞便採取キットを梱包した後、個人のもとから細菌を単離する所定機関のある場所まで配送する。採便後から配送するまでの間は糞便採取キットを冷蔵庫に保管することが好ましい。また、糞便から早期に細菌を採取することが望まれるため、採便後は冷蔵で2日以下に送付することが好ましい。
【0106】
<有用菌の単離工程>
糞便に含まれる多種の細菌のうち所定の有用菌を単離する工程である。
【0107】
有用菌とはいわゆる善玉菌と呼ばれるようなヒトの健康に好適な作用を及ぼす細菌をいう。有用菌の一例としてはビフィドバクテリウム、又は乳酸菌が挙げられる。乳酸菌の中でもラクトバチルス(Lactobacillus)は、個人によっては糞便に保有している数が少ない場合もある。そのため、次世代シーケンサー(NGS)で菌叢を解析しラクトバチルスを保有していることが確認できた個人に対してはラクトバチルスの単離は有効である。
【0108】
その他の有用菌としては、フィーカリバクテリウム属(Faecalibacterium)やロゼブリア属(Roseburia)などの酪酸産生菌やアッカーマンシア属(Akkermansia)、コリンセラ属(Collinsella)、ペディオコッカス属(Pediococcus)、ブラウティア属(Blautia)等の乳酸菌以外の細菌が挙げられる。
【0109】
有用菌を単離するには、糞便採取液を単離目的とする細菌に応じた所定の液体培地を用いることが好ましい。所望の細菌以外の細菌の生育を排除できれば所望の細菌の単離が容易になるからである。こうした培地には、単離目的以外の他の細菌も生育し得る培地に他の細菌の生育を阻害する抗生物質等の選択剤を加えた培地や、所望の細菌のみが利用できる炭素源を使って所望の細菌のみのコロニーが得られるようにした培地、所望の細菌に特有の性質を利用する培地が挙げられる。
【0110】
細菌に応じた所定の液体培地としてビフィドバクテリウムを単離する場合には、MGLP寒天培地、改変BCP加プレートカウント寒天培地、TOSムピロシン培地、TOSプロピオン酸寒天培地、パロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地等を挙げることができる。
MGLP寒天培地や改変BCP加プレートカウント寒天培地は、栄養源を制限することで混在し易い乳酸菌の生育を抑制することができる。
TOSムピロシン培地は、TOS培地中のガラクトオリゴ糖によりビフィドバクテリウムが良好に生育する一方で、ムピロシンが乳酸菌の生育を阻害するため、ビフィドバクテリウムと混在し易い乳酸菌の混入を抑制することができる。
【0111】
TOSプロピオン酸寒天培地は、ビフィドバクテリウムの選択的な増殖促進に優れたガラクトオリゴ糖を含み、プロピオン酸が乳酸菌の増殖阻害効果を有する一方でビフィドバクテリウムに対しては増殖促進効果を有する培地である。
パロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地は、TOS培地にさらにパロモマイシンを含有させることで、感受性の高い有害菌のタンパク質合成を阻害して有害菌の混入を防止することができる。
【0112】
ラクトバチルスを単離する場合にはMRS培地又は胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地等を用いることができる。
MRS培地は、要求性の高い乳酸菌が必要とする栄養素を備えており、また含有されるクエン酸アンモニウムと酢酸ナトリウムが乳酸菌以外の多くの細菌の増殖を抑制する。
胆汁酸入りのMRS培地を用いれば胆汁酸に対する耐性が高い乳酸菌が得られ、腸にまで届き易い乳酸菌を選択的に得ることができる。
【0113】
あるいはまた、所定の有用菌以外を増殖させないような選択培地を用いるのではなく、種々の細菌が増殖し得る培地を用いて培養し、得られたコロニー全体から所望の有用菌の特徴を持ったコロニーからDNAを抽出して菌種を同定して所望の有用菌を単離することもできる。複数の菌種が生育し得る培地を用いることで、複数の培地で培養する手間を省くことができる。
【0114】
こうした培地としては、M2GSC培地、BCP加プレートカウント寒天培地(BCP平板培地)、炭酸カルシウム含有MRS寒天培地等が挙げられる。
M2GSC培地は、フィーカリバクテリウム属(Faecalibacterium)のような難培養性又は酸素に感受性の高い細菌の培養に用いられるのであるが、M2GSC培地にはグルコース、フルクトース、セロビオースなどラクトバチルスにとって高い栄養源が含まれているためラクトバチルスも生育させるからである。
BCP加プレートカウント寒天培地は、乳酸菌による乳酸産生によって培地に含有されるBCP(ブロムクレゾールパープル)の黄変により種々の細菌が含まれていても乳酸菌の検出が容易になる。
炭酸カルシウム含有MRS寒天培地は、炭酸カルシウムの含有により培地自体が白濁しているが、乳酸菌がその炭酸カルシウムを溶解するため乳酸菌のコロニー周辺は透明となり乳酸菌の検出が容易になる。
【0115】
そして、これらの培地で培養した後、得られたコロニーからDNAを抽出して菌種を同定することで所望の有用菌を単離することができる。
【0116】
<単離菌の選定工程>
同じ属に属する細菌であっても株単位で特徴が異なることから同じビフィドバクテリウム、又はラクトバチルスに属する細菌であっても保管する有用菌を選択することは有用性の度合いの高い有用菌を得る意味で重要である。
例えば、単離された複数の菌株に対して胆汁酸耐久試験を行い胆汁酸に対する耐性が強い株を見つければ、その細菌は胃酸に対する対抗性も高く、腸内に届き易いと考えられる。このように好ましい性質をより強く有する細菌を得るため胆汁酸耐久試験のような種々の選択工程を加えることができる。
【0117】
<選定菌の保存(保管)工程(単離菌の集積工程)>
単離され同定された菌体は培養液とともに保存液と混合し所定のチューブに入れて冷凍保存することで、有用菌を保存することができる。
保存するチューブは冷凍保存に適したプラスチック製の容器が好ましい。保存の便宜上、1.0~5.0mL程度の容量を有するチューブを用いることができ、1.5~2.0mLの容量を有することが好ましい。
【0118】
凍結保護剤と混合する前の有用菌を備える培養液にはMRS培地等の種々の培地が利用でき、当該培地中に単離された有用菌が、1.00E+08/mL以上、又はその増殖曲線が定常期に達した時点までの含有量が含まれていることが好ましい。対数増殖期の細胞より定常期の細胞の方が凍結ストレスに対して耐性があると考えられるからであり、また凍結により一定割合の細胞は死滅するので1.00E+08/mLより少ないと利用の際ほほに必要量まで増殖させる際に増殖し難いリスクが生じる場合があり、有用菌の保存効率が良くない。そして1.00E+08/mLを大きく超えて含有させることは実質的に困難である。
【0119】
有用菌を備えるこうした培養液と凍結保護剤を混合して得られる混合液中の凍結保護剤の含有量は15~20vol%である。15vol%より凍結保護剤の割合が少なくなると冷凍時に培養液が凍ってしまい有用菌が破壊されるおそれがある。そうした一方で20vol%より凍結保護剤の割合が多くなると液中に含まれる有用菌の割合が少なくなりこの有用菌を利用する場合に増殖させることが困難になり、また保存効率が良くない。
【0120】
有用菌を備える培地と凍結保護剤を混合した後、得られた保管液をチューブ内で保管する場合の条件として、液体窒素を用いた-196℃~-160℃での保存、又は-150℃、-90℃~-80℃、-60℃~-40℃、-35℃~-20℃仕様の超低温フリーザーでの保存方法がある。温度が低いほど、細菌の代謝活動の停止と細胞の休止状態を長期間維持できるメリットがあるが、-196℃~-150℃であると冷却維持に伴うコスト、広範囲な場所の確保も必要である。また、-60℃~-20℃であると周辺温度の影響を受け易く、保管庫の開閉時には庫内の温度が大きく変動することで凍結保管サンプルの品質の劣化に繋がり、サンプルを長期間保存することが困難である。そのため、-90℃~-80℃仕様の超低温フリーザーにより-80℃付近で凍結保管することが好ましい。
【0121】
<腸内細菌バンクの利用>
保存された有用菌は培養し、その有用菌自体又は有用菌からの抽出物や、有用菌の代謝生成物等をカプセルに封入し、あるいはサプリの原料として用いることで有用菌関連製品を製造する。そして、例えば、採取した個人に戻すことで、その個人の有する腸内細菌叢の改善に資することができる。
【0122】
あるいはまた、バンクされた所定の有用菌に由来する上記カプセルやサプリ等を、その所定の有用菌を有しない、又は有していても数が少ない個人に対して提供することで、その個人の腸内細菌叢の改善に資することができる。
【実施例0123】
<実験1:細菌保存液の機能性評価(その1)>
試験目的:
採取した糞便中の善玉菌が糞便採取液の中で所定時間経過後に死滅しないように、糞便採取液によるビフィドバクテリウムの保存性を評価すること。
【0124】
細菌保存液の作製:
D-PBS(-)、グリセリン溶液、L-システイン塩酸塩、そして炭酸水素ナトリウム溶液を混合し、D-PBS(-)濃度が50%(v/v)、L-システイン塩酸塩濃度が0.1%(w/v)、グリセリン濃度が25%(v/v)であって、pHが3.0、3.5、4.0、4.5、5.0、5.5となる6種類の細菌保存液を調製してそれぞれ試料2~7とした。また、炭酸水素ナトリウムを加えずpH未調整(NC)の細菌保存液も調製して試料1とした。このpH未調整の細菌保存液のpHは2.7~2.8の強酸性であった。
【0125】
試験方法:
上記試料の10mLに、同一人の同時期に排便された糞便をそれぞれほぼ同等量加え、糞便の塊がなくなるまで完全に懸濁した。そして、採便した当日と、4℃で7日保存後の糞便採取液を10-3、10-4、10-5倍に段階的に希釈し、その最終希釈液をビフィドバクテリウムの専用平板培地であるTOS培地に塗布し、37℃、嫌気条件下で72時間培養した。培養後、平板培地上に形成されたコロニー数をカウントし、採便当日と7日保存後でのコロニー数を以下の式に当てはめて生存率を計算した。
生存率 =(7日保存後のコロニー数/採取当日のコロニー数)
なお、この試験は採便日(排便日)が異なる試料を同様に作製し、各試料の試料数を4とした。
【0126】
試験結果:
上記各試料の生存率を
図2の箱ひげ図で示した。
図2で示すようにpH3.5~5.0の範囲の試料3~6では中央値が生存率の基準値である「1.0」に近く、最大値と最小値の間隔が狭かった。また、これらの試料は、pH未調整である試料1やpH5.5の試料7と比べて、4回の生存率の結果が中央に集中する結果となった。
【0127】
そうした一方で、pH未調整の試料1では、生存率が0の場合があり、また中央値が基準値の「1.0」に最も遠かった。pH5.5の試料7では、他の試料と比べて生存率は最も高かったが、ビフィドバクテリウム以外の菌が増殖したことで生存率が高くなったと考えられた。
【0128】
これらの結果から、pHを「3.5~5」に調整した細菌保存液を用いることで、ビフィドバクテリウムを死滅させずに糞便採取液中に所定期間おくことができることを確認した。
【0129】
<実験2:ラクトバチルスの単離培養>
試験目的
ラクトバチルスを単離するために適した方法を検討すること。
【0130】
試験方法
M2GSC培地と、胆汁酸(コール酸)入りのMRS培地によりラクトバチルスの単離を試みた。実験1で用いたと同じ糞便を混入した糞便採取液(細菌保存液調製後pH4.5、糞便混入後の糞便採取液のpH6.39である試料5a)をM2GSC培地、MRS培地、そして0.05~1.0%(w/v)胆汁酸入りMRS培地の各培地に5.0%(v/v)添加し、37℃、嫌気条件下で72時間培養した。
【0131】
培養後、その培養液を10-3、10-4、10-5倍に段階的に希釈し、その最終希釈液をMRS培地に塗布した。37℃、嫌気条件下で48時間培養した。ラクトバチルス属の菌種のコロニーは主に丸型の黄色又は丸型の白色をしていることから、平板培地上に形成されたそれらのコロニーを6個選定した。そして、その6個のコロニーからDNAを抽出し、16SrRNA遺伝子(1.5kb)をPCR法で増幅し、増幅させたPCR産物の塩基配列をシーケンサーにより解析して、NCBIのBlast検索システムで菌種の同定解析を行った。
【0132】
試験結果:
3つ培地とも、丸型の黄色又は丸型の白色のコロニーが確認できた。しかし、通常のMRS培地ではM2GSC培地と胆汁酸入りのMRS培地に比べて丸型の黄色のコロニー数が少なかった。
【0133】
M2GSC培地及び通常のMRS培地から選定した6個のコロニーから得られた菌体は全てラクトバチルス属の菌種と高い相同性(98%≦)を示した。しかし、得られた菌種は培地によって偏っており、M2GSC培地ではラクチカゼイバチルス・パラカゼイ(Lacticaseibacillus paracasei)又はラクチプランチバチルス・プランタルム(Lactiplantibacillus plantarum)が優先的に増殖し、通常のMRS培地ではリモシラクトバチルス・ファーメンタム(Limosilactobacillus fermentum)が優先的に増殖していることが確認された。
【0134】
胆汁酸入りMRS培地では培養後に針状の結晶が確認された。この結晶はラクトバチルス等の乳酸菌が保有する胆汁酸加水分解酵素(BSH;Bile Salt Hydrolase)によって胆汁酸が分解され生成された代謝産物であり、BSH生産乳酸菌は血中のコレステロール低下を促すことが知られているため、こうした乳酸菌が胆汁酸入りMRS培地で生育していることもわかった。
また、胆汁酸入りMRS培地からは、ラクチプランチバチルス・プランタルム(Lactiplantibacillus plantarum)、ラクチプランチバチルス・ペントーサス(Lactiplantibacillus pentosus)、レンチラクトバチルス・シニア(Lentilactobacillus senioris)、ラクチプランチバチルス・ファビファーメンタンス(Lactiplantibacillus fabifermentans)などの乳酸菌も確認されており、特にラクチプランチバチルス・プランタルムが多かったこともわかった。
【0135】
<実験3:ビフィドバクテリウムの単離培養>
試験目的
ビフィドバクテリウムを単離するために適した方法を検討すること。
【0136】
試験方法
予めビフィドバクテリウムの増殖に好ましいパロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地を以下のとおり製造した。
【0137】
まず、硫酸パロモマイシンを蒸留水で溶解し10mg/mLとし、その溶液を0.22μmシリンジフィルターで濾過滅菌した。次に、TOS寒天培地をオートクレーブ(115℃、15分)した後、50℃まで冷却させ、そのTOS寒天培地に前記硫酸パロモマイシン液を最終濃度が50μg/mLとなるように添加し混合した。
【0138】
次に、実験2で用いたのと同じ糞便採取液を、D-PBS(-)で10-2、10-3、10-4、10-5、10-6倍に段階的に希釈し、その最終希釈液の80μLを前記パロモマイシン含有TOSプロピオン酸寒天培地に塗抹した。それからこの培地を37℃、嫌気条件下で48~72時間培養した。そして形成されたシングルコロニーからDNAを抽出し、16SrRNA遺伝子(1.5kb)をPCR法で増幅し、増幅させたPCR産物の塩基配列をシーケンサーにより解析して、NCBIのBlast検索システムで菌種の同定解析を行った。
【0139】
試験結果:
得られたシングルコロニーから同定した菌体はビフィドバクテリウム属の菌種と高い相同性(98%≦)を示した。
【0140】
<実験4:選定菌の保存(保管)>
試験目的
糞便中より採取し、単離、培養、選定して得られた所望の有用菌を保管するための保管チューブを作製すること。
【0141】
有用菌を凍結保管用に1.5~2.0mLチューブを準備した。
まず、糞便から単離して純粋培養した中から選定した有用菌のコロニーについて、白金耳で有用菌を掻き取りMRS培地に植菌して37℃で48~72時間、嫌気又は好気性環境下でさらに培養した。嫌気又は好気の条件は有用菌の種類にしたがって決定した。
前記チューブには、滅菌済みの50%グリセロール溶液を200μL添加し、次に前記有用菌の培養液を800μL添加して混合した。
そして、このチューブにICチップを付けて≦-80℃の条件で冷凍保存することで得られた有用菌を保管した。
【0142】
<実験5:細菌保存液の機能性評価(その2)>
試験目的
従来の技術の項目で説明したように、ヒトの糞便中に含まれる各種細菌を保存、輸送するための保存液(以下「従来保存液」)が特許文献3(米国特許出願公開第2022/0160337号明細書)に記載されている。しかしながら、この従来保存液ではpHが7.5とされているため、糞便中の嫌気性菌の保存性に疑問がある。そこで、本発明の細菌保存液と従来保存液について、腸内細菌であり有用菌で、かつ偏性嫌気性菌であるアッカーマンシアの保存性能を調べた。
【0143】
(1)以下の組成からなる変法GAM液体培地でアッカーマンシア(Akkermansia muciniphila(JCM株))を37℃、72~96時間の嫌気条件下で培養した。
【0144】
変法GAM液体培地(組成):
変法GAMブイヨン……41.70g/L
プロピオン酸ナトリウム……0.60g/L
N-アセチル-D(+)-グルコサミン……0.11g/L
寒天(※平板培地調製時に使用)……15.00g/L
【0145】
(2)また、本発明の細菌保存液の組成は以下のとおりであり試料8とした。
本発明の細菌保存液(組成):
・L-システイン塩酸塩……1g/L
・50%(w/v)グリセロール……500mL
・D-PBS……500mL
・NaHCO3……適宜(pH4.0となるまで添加)
【0146】
一方で、従来保存液は特許文献3の明細書、表1に記載された保存液を取り上げた。その組成は以下のとおりであり、これを試料9とした。
従来保存液(組成):
チオグリコール酸ナトリウム……1g/L
Na2HPO4……1.15g/L
NaCl……3g/L
KCl……0.2g/L
KH2PO4……0.2g/L
MgSO4・7H2O……0.1g/L
L-システイン……1g/L
グリセロール……200mL
活性炭素……1g/L
抗酸化酵素(スーパーオキシドディスムターゼ、ウシ赤血球由来(Cu/Zn型))……600U
滅菌水……800mL
以上の組成からなる従来保存液のpHは7.5であった。
【0147】
(3)前記アッカーマンシアの培養後、遠心分離により上清とアッカーマンシアの細胞ペレットに分離し、上清を除去した。上清の除去後、細胞ペレットをD-PBSで1度洗浄し、遠心分離してから上清を除去した。細胞ペレットをD-PBS、10mLで解し、アッカーマンシア懸濁液を調製した。
このアッカーマンシア懸濁液を10-3、10-4、10-5で段階希釈後、変法GAM平板培地にこれらの希釈液の80μLを添加・塗布し、37℃、72~96時間の嫌気条件下で培養した。培養後、平板培地に形成されたコロニーをカウントし、懸濁液中のアッカーマンシアの生菌数を計算した。
【0148】
(4)前記(2)で調製した本発明の細菌保存液である試料8と、従来保存液である試料9のそれぞれ5mLに、前記(3)のアッカーマンシア懸濁液500μLを添加・混合し、4℃で5日、7日、10日保管した。保管後、これらの混合液を10-3、10-4で段階希釈し、各希釈液の80μLを変法GAM平板培地に添加・塗布し、37℃、72~96時間の嫌気条件下で培養した。培養後、平板培地に形成されたコロニーをカウントし、各混合液中のアッカーマンシア生菌数を計算した。
【0149】
前記(4)での生菌数cfuの前記(3)での生菌数cfuに対する割合を経過日数毎のアッカーマンシアの生存率とした。
即ち、生存率(%)=4℃保管後(5日、7日、10日)の生菌数cfu×9.09/500μLアッカーマンシア懸濁液中の生菌数cfu×100とした。なお、9.09をかけたのは、5mLの保存液に500μLのアッカーマンシア懸濁液を添加したので、アッカーマンシア懸濁液は「0.5mL/5.5mL×100=9.09倍希釈」されたことになるためである。
【0150】
結果
本発明の細菌保存液である試料8と従来保存液の試料9の生菌数cfuは、0日で2.12E+07、5日で試料8は1.22E+07、試料9は3.49E+06、10日で試料8は4.36E+06、試料9は1.90E+06であった。
これより上記生存率は以下のとおりであった。
試料8……100%(0日)、57.4%(5日)、20.6%(10日)
試料9……100%(0日)、16.5%(5日)、8.9%(10日)
【0151】
考察
アッカーマンシアの生存率の結果から、試料8の本発明の細菌保存液は、試料9の従来保存液よりもアッカーマンシア生菌数、及び生存率が高かった。
その理由を考察すると、本発明の細菌保存液は、還元剤であるL-システイン塩酸塩の脱酸素作用を高めるためpHを4と酸性側に調整しているのに対して、従来保存液のpHは7.5と弱アルカリ性側に調整されており、L-システイン塩酸塩の還元作用が保存液中で維持できなかったためと考えられる。また、本発明の細菌保存液は、pH調製時にNaHCO3を用いており、これがL-システイン塩酸塩との間で脱酸素作用の相乗効果を奏しているものと考えられる。
【0152】
なお、特許文献3(米国特許出願公開第2022/0160337号明細書)のFig7Dにアッカーマンシアが記されているが、これは糞便中のTotal OTUs(operational taxonomic unit:細菌の必須遺伝子(一般に16SリボソームRNA遺伝子))に含まれるアッカーマンシアOTUの存在比を表記したもので、生菌も死菌も合わせた双方の遺伝子量が示される。そのため、生きた状態のアッカーマンシアがどの程度含まれているかは不明で、特許文献3のこうした記載は有用菌の生存を説明するものではない。
【0153】
<実験6:ゲル状細菌保存液の作製と粘弾性測定>
細菌保存液の作製:
D-PBS(-)、グリセリン溶液、L-システイン塩酸塩、ジェランガム、そして炭酸水素ナトリウム溶液を混合した。より具体的には、グリセリン溶液にジェランガム粉末を添加、加温してジェランガムを溶解し、一方で、D-PBS(-)にL-システイン塩酸塩を溶かし炭酸水素ナトリウム溶液を添加しておき、これを先のジェランガムを溶解したグリセリン溶液と1:1の比率(vol)で混合した。そして、D-PBS(-)濃度が50%(v/v)、L-システイン塩酸塩濃度が0.1%(w/v)、グリセリン濃度が25%(v/v)であり、ジェランガム濃度がそれぞれ異なる組成であって、pH4とした6種類の細菌保存液を作製した。この6種類の細菌保存液のジェランガム濃度と試料番号は次のとおりである。ジェランガム濃度が0.02%(w/v)となる試料11、0.075%(w/v)となる試料12、0.1%(w/v)となる試料13、0.3%(w/v)となる試料14、0.35%(w/v)となる試料15、0.40%(w/v)となる試料16である。
【0154】
目視評価
ジェランガム濃度が最も低く0.02%(w/v)である試料11は、ジェランガムを加えない場合よりも粘性は高まったが液状でありゲル化したものではなかった。一方、試料12~試料16は、試料をいれたチューブを傾けても流れ出さず流動しないゲル状となった。また、試料12~試料15の細菌保存液は糞便を細菌保存液へ入れるとその糞便は細菌保存液と混じり合うのに対して、試料16の細菌保存液では糞便を入れても細菌保存液と完全には混ざらなかった。
【0155】
粘弾性測定(1)……ひずみ分散
上記試料12と試料15について、レオメーターMCR101(アントンパール社製)でひずみ分散試験(30℃、1.0Hzの条件でひずみ(%)が0から1000までの範囲内で貯蔵弾性率(G′)と損失弾性率(G″)を測定)を行った。
その結果、ジェランガム濃度が0.075%(w/v)である試料12では、ひずみが3.98%から39.8%の間で、貯蔵弾性率(G′)が2.42E+00~2.60E+00の範囲にあり、損失弾性率(G″)が3.60E-01~4.26E-01の範囲にあった。このことから、ひずみが3.98%から39.8%の間で両弾性率の変化がともに少なく安定した領域である線形領域にあると判断した。
そうした一方で、ジェランガム濃度が0.35%(w/v)である試料15では、ひずみが0.0626%から1.58%の間で、貯蔵弾性率(G′)が1.00E+03~1.03E+03の範囲にあり、損失弾性率(G″)が8.24E+01~9.11E+01の範囲にあった。このことから、ひずみが0.0626%から1.58%の間で両弾性率の変化がともに少なく安定した領域である線形領域にあると判断した。
【0156】
粘弾性測定(2)……周波数分散
上記試料12と試料15について、ひずみ分散試験の結果をもとにそれぞれの線形領域の中からひずみ(%)を選択し周波数分散を測定した。
即ち、試料12では30℃、ひずみ(%)を10%として0.6~62.8Hzの間で周波数を変化させて貯蔵弾性率及び損失弾性率の変化を測定した。
その結果、周波数が上昇するに連れ貯蔵弾性率も損失弾性率もともに上昇し、周波数が10.0Hzを超えると貯蔵弾性率は急激に上昇した。上記範囲内の何れの周波数でも、貯蔵弾性率>損失弾性率であったことから、試料12は周波数分散試験の結果からもゲル状物質であると考えられる。
また、試料15では30℃、ひずみ(%)を0.16%として0.6~62.8Hzの間で周波数を変化させて貯蔵弾性率及び損失弾性率の変化を測定した。
その結果、周波数が上昇するに連れ貯蔵弾性率が上昇した一方で損失弾性率はほぼ一定の値を示した。上記範囲内の何れの周波数でも、貯蔵弾性率>損失弾性率であったことから、試料15は周波数分散試験の結果からもゲル状物質であると考えられる。
【0157】
粘弾性測定(3)……温度分散
上記試料12と試料15について、ひずみ分散試験の結果をもとにそれぞれの線形領域の中からひずみ(%)を選択し温度分散を測定した。
即ち、試料12では周波数1.0Hz、ひずみ(%)を10%として2.55~60℃の間で温度を変化させて貯蔵弾性率及び損失弾性率の変化を測定した。
その結果、温度が上昇するに連れ貯蔵弾性率は低下し、液体(ゾル)に進行する傾向を示した。また、上記範囲内の何れの温度でも、貯蔵弾性率>損失弾性率であったことから、試料12は温度分散試験の結果からも2.55~60℃までゲル状物質であると考えられる。
【0158】
また、試料15では周波数1.0Hz、ひずみ(%)を1%として2.44~60.1℃の間で温度を変化させて貯蔵弾性率及び損失弾性率の変化を測定した。
その結果、温度が上昇するに連れ貯蔵弾性率は低下し、損失弾性率は35.5℃を超えてから上昇した。60℃になると貯蔵弾性率と損失弾性率の値が近くなってきたことから、このまま60℃を超えて温度上昇すると貯蔵弾性率<損失弾性率になると考えられる。また、上記範囲内の何れの温度でも、貯蔵弾性率>損失弾性率であったことから、試料15は温度分散試験の結果からも2.44~60.1℃までゲル状物質であると考えられる。
【0159】
粘弾性試験の考察
上記粘弾性試験の結果によると、ゲル状で糞便とも混じり合う試料12~試料15の細菌保存液のうち、ジェランガム濃度が最も少ない0.075%(w/v)である試料12は、線形領域がひずみ(%)3.98~39.8の範囲であったのに対して、ジェランガム濃度が最も多い0.35%(w/v)である試料15では線形領域がひずみ(%)0.0626~1.58の範囲であったことから、ジェランガム濃度が試料12と試料15の間にある細菌保存液の線形領域は、ひずみ(%)で0.063~39.8%の間にあると考えられる。したがって、ひずみ(%)がこの範囲にある細菌保存液は、ゲル状であり糞便と混じり合う好適な細菌保存液となると考えられる。
【0160】
<実験7:ゲル状細菌保存液の作製とビフィドバクテリウムの生育性>
試験目的
細菌保存液中のゲル化剤[複合多糖類(ジェランガム(Gellan gum))]含量の相違に基づく細菌保存液でのビフィドバクテリウムの生育性を調べること。
【0161】
試験方法
ジェランガム含量の異なる細菌保存液を作製し、その細菌保存液と前記糞便懸濁液とを混合した液中でのビフィドバクテリウムの生育状態を観察した。
【0162】
細菌保存液の作製:
上記実験6と同様に、ジェランガム濃度がそれぞれ異なる組成であってpH4とした5種類の細菌保存液を作製した。この5種類の細菌保存液のジェランガム濃度と試料番号は次のとおりである。ジェランガム濃度が0%(w/v)となる試料17、0.05%(w/v)となる試料18、0.075%(w/v)となる試料12(実験6と同じ)、0.175%(w/v)となる試料19、0.250%(w/v)となる試料20、0.40%(w/v)となる試料16(実験6と同じ)である。
【0163】
そうした一方で、ヒトから採取した糞便約2gと滅菌水の5mLとを混合し糞便懸濁液を調製した。
そして、この糞便懸濁液200μLを各試料の細菌保存液5mLに添加・混合後、4℃冷蔵で1週間保管した。1週間後、この混合液から一部を採取し、10分の1倍毎に段階希釈後、平板培地上に塗布し、37℃で嫌気培養した。そして、平板培地上に形成されたコロニーをカウントし、各混合液中のビフィドバクテリウム生菌数を導き出した。
【0164】
結果
ビフィドバクテリウムの生菌数cfuは、試料17で5.75E+06、試料18で4.375E+06、試料12で5.375E+06、試料19で5.75E+06、試料20で5.75E+06であった。また、試料16では、細菌保存液が硬くなりすぎて糞便懸濁液を添加、混合が上手くいかなかったため、その後の保管、培養は行わなかった。
以上よりジェランガムの添加量の変化によりビフィドバクテリウムの生菌数に変化はなく、ビフィドバクテリウムの生育についてのジェランガムの影響はなかった。
また、各試料の細菌保存液の性状を観察すると、試料17ではさらさらの液状であったのに対して試料18、12、19、20ではゲル状となり取扱い性に優れていた。また試料16では上記のとおり硬くなりすぎて取扱い性も悪化した。以上より、ジェランガム濃度は、0.050(w/v)%以上0.250(w/v)%以下が好ましいことがわかった。