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特開2024-137934シール材、圧縮機用シール部材、往復動圧縮機用カップシール、およびスクロール型圧縮機用チップシール
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  • 特開-シール材、圧縮機用シール部材、往復動圧縮機用カップシール、およびスクロール型圧縮機用チップシール 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137934
(43)【公開日】2024-10-07
(54)【発明の名称】シール材、圧縮機用シール部材、往復動圧縮機用カップシール、およびスクロール型圧縮機用チップシール
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/10 20060101AFI20240927BHJP
   F04B 39/00 20060101ALI20240927BHJP
   F04C 18/02 20060101ALI20240927BHJP
   C08K 3/08 20060101ALI20240927BHJP
   C08L 27/18 20060101ALI20240927BHJP
   C08K 3/30 20060101ALI20240927BHJP
   C08K 7/06 20060101ALI20240927BHJP
【FI】
C09K3/10 M
F04B39/00 104D
F04C18/02 311T
C09K3/10 Q
C08K3/08
C08L27/18
C08K3/30
C08K7/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024047374
(22)【出願日】2024-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2023047398
(32)【優先日】2023-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023215322
(32)【優先日】2023-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】宗田 法和
(72)【発明者】
【氏名】河路 息吹
(72)【発明者】
【氏名】下田 正人
【テーマコード(参考)】
3H003
3H039
4H017
4J002
【Fターム(参考)】
3H003AA02
3H003AB07
3H003AC02
3H003AC03
3H003AD03
3H003BC03
3H003CB01
3H003CB08
3H039AA10
3H039BB15
3H039CC02
3H039CC03
3H039CC31
3H039CC35
4H017AA04
4H017AA23
4H017AA24
4H017AB07
4H017AB12
4H017AC09
4H017AE05
4J002BD151
4J002DA017
4J002DA066
4J002DA106
4J002DG028
4J002FA047
4J002FD016
4J002FD066
4J002FD178
4J002GJ02
(57)【要約】
【課題】汎用的に使用でき、耐摩耗性および相手材への非攻撃性に優れるPTFE樹脂組成物からなるシール材、該シール材からなる圧縮機用シール部材、該シール材からなる往復動圧縮機用カップシール、該シール材からなるスクロール型圧縮機用チップシールを提供する。
【解決手段】ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物からなるシール材は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂をベース樹脂とし、亜鉛系粉末(金属亜鉛粉末または銅亜鉛合金粉末)を含み、ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であり、亜鉛系粉末の平均粒子径は5.0μm~80μmである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物からなるシール材であって、
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂をベース樹脂とし、亜鉛系粉末を含み、ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であり、前記亜鉛系粉末が、金属亜鉛粉末または銅亜鉛合金粉末であることを特徴とするシール材。
【請求項2】
前記銅亜鉛合金粉末における亜鉛含有量が10質量%~50質量%であることを特徴とする請求項1記載のシール材。
【請求項3】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物は、該ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物全量に対して、二硫化モリブデンを2.0質量%~10質量%含み、かつ、炭素繊維を2.0質量%~15質量%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール材。
【請求項4】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物における前記亜鉛系粉末の質量基準の含有量は、前記二硫化モリブデンおよび前記炭素繊維の各含有量よりも多いことを特徴とする請求項3記載のシール材。
【請求項5】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物は、前記亜鉛系粉末、前記二硫化モリブデン、および前記炭素繊維以外の無機充填材を含まないことを特徴とする請求項3記載のシール材。
【請求項6】
前記亜鉛系粉末の平均粒子径は5.0μm~80μmであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール材。
【請求項7】
前記銅亜鉛合金粉末における亜鉛含有量が10質量%~50質量%であり、
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物は、該ポリテトラフルオロエチレン樹脂組成物全量に対して、前記銅亜鉛合金粉末を10質量%~30質量%含み、二硫化モリブデンを2.0質量%~5.0質量%含み、かつ、炭素繊維を2.0質量%~8.0質量%含み、
前記銅亜鉛合金粉末の平均粒子径は25μm~80μmであることを特徴とする請求項1記載のシール材。
【請求項8】
請求項1または請求項2記載のシール材からなることを特徴とする圧縮機用シール部材。
【請求項9】
無潤滑シール部材であることを特徴とする請求項8記載の圧縮機用シール部材。
【請求項10】
ピストンとシリンダを有し、前記ピストンの往復動により気体を圧縮する往復動圧縮機に用いられ、前記ピストンに固定され、前記シリンダの内径に圧入されて前記ピストンと前記シリンダとの間を気密にシールする往復動圧縮機用カップシールであって、
請求項1または請求項2記載のシール材からなることを特徴とする往復動圧縮機用カップシール。
【請求項11】
スクロール型圧縮機におけるスクロール部材である固定スクロールと可動スクロールとの間に形成される圧縮室をシールするための渦巻形状のスクロール型圧縮機用チップシールであって、
請求項1または請求項2記載のシール材からなることを特徴とするスクロール型圧縮機用チップシール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気などの気体や冷媒などを圧縮・膨張させる圧縮機(コンプレッサ)などに用いられるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂組成物からなるシール材、圧縮機用シール部材、往復動圧縮機用カップシール、およびスクロール型圧縮機用チップシールに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば圧縮機では、圧縮室を、潤滑油のない無潤滑(ドライ)状態で密封するシール部材が用いられている。従来、このような無潤滑で使用されるシール部材の材料としては、自己潤滑性を有するPTFE樹脂をベース樹脂とし、これに耐摩耗性などを付与するべく各種充填材が配合されたPTFE樹脂組成物が用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、無潤滑シール材料として、PTFE樹脂を含む合成樹脂材料に、青銅粉末(成分Cu:Sn=9:1)、カーボン繊維、二硫化モリブデンが同時に充填されたPTFE樹脂組成物が開示されている。このPTFE樹脂組成物を用いることで、無潤滑シール材において、自己摩耗性および相手材への攻撃性の抑制が図れるとしている。
【0004】
一方、特許文献2では、従来の青銅粉末を含むシール材は、圧縮室からの圧縮熱と摩擦熱により高温状態になり、強度の低下により摩耗が促進され、その結果、寿命が低下するという問題があるとして、熱伝導率が300W・m-1・K-1以上の粉末物質と、炭素繊維と、二硫化モリブデンと、PTFE樹脂とを含有してなるPTFE樹脂組成物が開示されている。また、熱伝導率が300W・m-1・K-1以上の粉末物質は、銅、金、銀の群から選択された1種であることが開示されている。
【0005】
また、従来の往復動圧縮機用カップシールの材料については、特許文献3や特許文献4などに記載の技術がある。特許文献3では、PTFE樹脂をベースとするフッ素樹脂材料に、CF(炭素繊維)、MoS(二硫化モリブデン)を適宜に混合した複合材料より形成されることが記載されている。一方、特許文献4では、特許文献3のカップシールは、揺動ピストンがシリンダの内周面に沿って上、下に摺動しつつ左、右に揺動変位するときに、そのリップ部がシリンダの内面に強く押付けられながら、摺動変位を繰返すために、シールリップの耐久性、寿命を必ずしも十分には確保することができないという問題があるとして、石油ピッチ系の黒鉛化処理した炭素繊維と、銅または銅合金からなる粉末物質と、二硫化モリブデンと、PTFE樹脂とを含んだ複合材料により形成する構成としたことが記載されている。
【0006】
また、従来のスクロール型圧縮機用チップシールの材料については、特許文献5や特許文献6などに記載の技術がある。特許文献5には、PTFE樹脂または変性PTFE樹脂を主成分とし、少なくともブロンズ(青銅)を10~30重量%、炭素繊維または球状炭素を5~20重量%、および二硫化モリブデンを1~10重量%充填した材料が記載されている。特許文献6には、PTFE樹脂と、球状銅粉5~25重量%と、ピッチ系炭素繊維5~20重量%と、二硫化モリブデン1~10重量%を含有した材料が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6-109139号公報
【特許文献2】特開2005-264049号公報
【特許文献3】特開平10-148178号公報
【特許文献4】特開2006-283643号公報
【特許文献5】特開2001-165072号公報
【特許文献6】特開2004-210885号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、例えば圧縮機などに使用されるPTFE樹脂組成物からなるシール材には、特に耐摩耗性および相手材への非攻撃性が求められる。特許文献2では、熱伝導率が300W・m-1・K-1以上の粉末物質を用いることで、耐摩耗性の向上を図っているが、金や銀は、高価であり、シール材として汎用的に使用することは困難である。一方、銅は変色しやすく、圧縮成形時の焼成で黒色に変色し、成形体の外観に色ムラが生じることから、商品価値に不安定要素が含まれ、シール材として使用しづらいという懸念がある。また、特許文献4のカップシール材や特許文献5、特許文献6のチップシール材は、銅またはブロンズ(銅合金)からなる粉末物質が必須成分であり、外観上で同様の懸念がある。
【0009】
また近年、スクロール型圧縮機においては、省エネ化、高出力化、小型化の開発が進められており、スクロール型圧縮機のスクロール旋回部に使用されるチップシールに対しても、より高速、高荷重領域での耐摩耗性向上が求められている。また、無潤滑式の圧縮機の生産台数も増えている。特許文献5および特許文献6に記載のチップシール材は、高面圧条件または無潤滑条件では耐摩耗性および相手材への非攻撃性が十分でないおそれがある。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、圧縮機等のシール部材などに汎用的に使用でき、無潤滑条件でも耐摩耗性および相手材への非攻撃性に優れるPTFE樹脂組成物からなるシール材、該シール材からなる圧縮機用シール部材、往復動圧縮機用カップシール、スクロール型圧縮機用チップシールを提供することを目的とする。なお、本発明において「シール部材」とはパーツを意味し、「シール材」とは材料を意味する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のシール材はPTFE樹脂組成物からなり、PTFE樹脂をベース樹脂とし、亜鉛系粉末を含み、上記PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であり、上記亜鉛系粉末が、金属亜鉛粉末または銅亜鉛合金粉末であることを特徴とする。
【0012】
上記銅亜鉛合金粉末における亜鉛含有量が10質量%~50質量%であることを特徴とする。
【0013】
上記PTFE樹脂組成物は、該PTFE樹脂組成物全量に対して、二硫化モリブデンを2.0質量%~10質量%含み、かつ、炭素繊維を2.0質量%~15質量%含むことを特徴とする。
【0014】
上記PTFE樹脂組成物における上記亜鉛系粉末の質量基準の含有量は、上記二硫化モリブデンおよび上記炭素繊維の各含有量よりも多いことを特徴とする。
【0015】
上記PTFE樹脂組成物は、上記亜鉛系粉末、上記二硫化モリブデン、および上記炭素繊維以外の無機充填材を含まないことを特徴とする。
【0016】
上記亜鉛系粉末の平均粒子径は5.0μm~80μmであることを特徴とする。
【0017】
上記銅亜鉛合金粉末における亜鉛含有量が10質量%~50質量%であり、上記PTFE樹脂組成物は、該PTFE樹脂組成物全量に対して、上記銅亜鉛合金粉末を10質量%~30質量%含み、二硫化モリブデンを2.0質量%~5.0質量%含み、かつ、炭素繊維を2.0質量%~8.0質量%含み、上記銅亜鉛合金粉末の平均粒子径は25μm~80μmであることを特徴とする。
【0018】
本発明の圧縮機用シール部材は、本発明のシール材からなることを特徴とする。本発明のシール部材は、無潤滑シール部材であることを特徴とする。
【0019】
本発明の往復動圧縮機用カップシールは、ピストンとシリンダを有し、上記ピストンの往復動により気体を圧縮する往復動圧縮機に用いられ、上記ピストンに固定され、上記シリンダの内径に圧入されて上記ピストンと上記シリンダとの間を気密にシールするカップシールであって、該カップシールは、本発明のシール材からなることを特徴とする。
【0020】
本発明のスクロール型圧縮機用チップシールは、スクロール型圧縮機におけるスクロール部材である固定スクロールと可動スクロールとの間に形成される圧縮室をシールするための渦巻形状のチップシールであって、該チップシールは、本発明のシール材からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明のPTFE樹脂組成物からなるシール材は、亜鉛系粉末を含み、上記PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であるので、後述の実施例に示すように、耐摩耗性および相手材への非攻撃性に一層優れる。亜鉛系粉末を用いることで、相手材表面に亜鉛成分の移着膜を形成させ、相手材表面を傷つける攻撃性を抑えることができる。また、亜鉛系粉末(例えば金属亜鉛粉末や銅亜鉛合金粉末)は、PTFE樹脂組成物の圧縮成形時の焼成で変色しないため製品の外観に色ムラが生じず商品価値が毀損することが無い。さらに、金や銀よりも廉価であり製品価格が高価になることが無く汎用的に使用可能である。
【0022】
亜鉛系粉末が銅亜鉛合金粉末であるので、金属亜鉛粉末に比べて、シール材の補強効果および摺動発熱の放熱効果に優れている。さらに、該銅亜鉛合金粉末中の亜鉛含有量が10質量%~50質量%であり、PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であるので、シール材の補強効果および摺動発熱の放熱効果がさらに優れる。なお、金属亜鉛粉末とは純度98%以上の亜鉛のみからなる粉末であり、本明細書では純亜鉛粉末と言うこともある。
【0023】
PTFE樹脂組成物は、該PTFE樹脂組成物全量に対して、二硫化モリブデンを2.0質量%~10質量%含み、かつ、炭素繊維を2.0質量%~15質量%含むので、シール材の潤滑特性と機械的強度を好適に向上させることができる。
【0024】
亜鉛系粉末の平均粒子径は5.0μm~80μmであるので、成形体中に均一に分散されやすく、亜鉛系粉末による効果を安定的に発揮させることができる。
【0025】
本発明のシール材および圧縮機用シール部材は、所定のPTFE樹脂組成物からなるので、例えば無潤滑状態で使用された場合であっても、耐摩耗性および相手材への非攻撃性に優れる。その結果、シール性の維持や、シール材を使用する圧縮機等の装置の寿命向上に繋がり、メンテナンス頻度の削減などに貢献できる。
【0026】
本発明の往復動圧縮機用カップシールは、本発明のシール材からなる、つまり、PTFE樹脂をベース樹脂とし、PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であるので、相手材であるシリンダ内壁の摺動表面に亜鉛成分の移着膜が形成され、相手材表面を傷つける攻撃性を抑えることができる。また、PTFE樹脂組成物の圧縮成形時の焼成で変色せず、カップシールに色ムラが発生しない。また、亜鉛成分は、亜鉛金属単体または銅亜鉛合金中に存在するものであり、カップシールに均一分散しているので、摺動において亜鉛成分の移着膜がシリンダ内壁に形成されやすい。また、ベース樹脂に炭素繊維を充填することで、カップシールの強度を向上することができ、また、ベース樹脂に二硫化モリブデンを充填することで、カップシールの摩耗に対する安定性を付与することができる。
【0027】
本発明のスクロール型圧縮機用チップシールは、本発明のシール材からなる、つまり、PTFE樹脂をベース樹脂とし、PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であるので、相手材であるスクロールラップ底面(鏡板)の摺動表面に亜鉛成分の移着膜が形成され、相手材表面を傷つける攻撃性を抑えることができる。また、PTFE樹脂組成物の圧縮成形時の焼成で変色せず、チップシールに色ムラが発生しない。また、亜鉛成分は、亜鉛金属単体または銅亜鉛合金中に存在するものであり、チップシールに均一分散しているので、摺動において亜鉛成分の移着膜がスクロールラップ底面に形成されやすい。また、ベース樹脂に炭素繊維を充填することで、チップシールの強度を向上することができ、また、ベース樹脂に二硫化モリブデンを充填することで、チップシールの摩耗に対する安定性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の往復動圧縮機用カップシールを適用した往復動圧縮機の一部断面図である。
図2】本発明の往復動圧縮機用カップシールの一例を示す断面図である。
図3】スクロール型圧縮機の圧縮機構部の一部断面図である。
図4】本発明のスクロール型圧縮機用チップシールの一例を示す平面図である。
図5】リングオンディスク試験機(リングオンディスク試験1)の概略図である。
図6】リングオンディスク試験機(リングオンディスク試験2)の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
上述したように、従来では、PTFE樹脂組成物からなるシール材として、青銅(銅錫合金)粉末、二硫化モリブデン、および炭素繊維を含む樹脂組成物が知られていたところ、更なる性能向上を図るべく、本発明者らは鋭意検討を行った。その結果、汎用的に使用可能な亜鉛系粉末を所定の亜鉛含有量で配合すると、驚くべきことに、従来の青銅粉末を配合した場合に比べて、耐摩耗性および相手材への非攻撃性を一層向上できることが分かった。また、所定量の亜鉛が含有されることで、相手材の摺動表面に亜鉛成分の移着膜が形成されることが見出された。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0030】
本発明のシール材は、PTFE樹脂をベース樹脂とし、亜鉛系粉末を必須成分として含む。
【0031】
本発明において、ベース樹脂として用いるPTFE樹脂は、-(CF-CF)n-で表される一般のPTFE樹脂を用いることができ、また、一般のPTFE樹脂にパーフルオロアルキルエーテル基(-C2p-O-)(pは1-4の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF-)(qは1-20の整数)などを導入した変性PTFE樹脂も使用できる。
【0032】
これらのPTFE樹脂および変性PTFE樹脂は、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用して得られたものでもよい。また、PTFE樹脂としては、PTFE樹脂をその融点以上で加熱焼成した粉末や、加熱焼成した粉末に、さらにγ線または電子線などを照射した粉末も使用できる。
【0033】
本発明のシール材は、PTFE樹脂の含有量が、例えば60質量%~95質量%である。PTFE樹脂の含有量は65質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、また、90質量%以下が好ましく、80質量%以下がより好ましい。
【0034】
本発明のシール材は、亜鉛系粉末を含み、該PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%である。亜鉛含有量をこの範囲内にすることで、PTFE樹脂組成物全体としてのコスト増を抑えつつ、相手材への亜鉛成分の移着膜の形成によって、自己摩耗性および相手攻撃性を良好にすることができる。PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量は2.0質量%~10質量%が好ましく、3.0質量%~10質量%がより好ましく、3.0質量%~8.0質量%であってもよい。亜鉛含有量が多くなるほど、耐摩耗性などの向上を図りやすくなるが、亜鉛含有量が同じであれば、純亜鉛粉末よりも亜鉛合金粉末の方が耐摩耗性効果が高い。
【0035】
亜鉛系粉末としては、金属亜鉛の粉末(金属亜鉛粉末)や、亜鉛を成分として含む合金粉末(亜鉛合金粉末)などを用いることができる。亜鉛系粉末は、1種単独で用いてもよく、2種以上を用いてもよい。例えば、金属亜鉛粉末と亜鉛合金粉末を組み合わせて用いてもよい。なお、亜鉛系粉末には、ガスアトマイズなどにより作製されたものを用いることができ、市販品を用いてもよい。
【0036】
亜鉛合金粉末としては、銅亜鉛合金粉末、亜鉛アルミニウム合金粉末、亜鉛マグネシウム合金粉末、亜鉛錫合金粉末などを用いることができる。これらの合金粉末には、更に第3の配合元素が含まれていてもよい。これらの中でも、銅亜鉛合金粉末を用いることが好ましい。
【0037】
銅亜鉛合金粉末に含まれる亜鉛の含有量は、特に限定されないが、例えば10質量%~50質量%である。銅亜鉛合金粉末の配合量を抑えつつ、PTFE樹脂組成物中の亜鉛含有量を効率良く増大させる観点から、銅亜鉛合金粉末に含まれる亜鉛の含有量は20質量%~45質量%が好ましく、20質量%~40質量%であってもよい。なお、銅亜鉛合金粉末には、さらに、鉄(Fe)、錫(Sn)、ニッケル(Ni)などの第3の配合元素が含まれていてもよい。
【0038】
亜鉛系粉末としては、球状や鱗片状などの種々の形状のものを用いることができる。なお、流動性が良く、PTFE樹脂組成物中に均一に分散させやすいことから球状が好ましい。亜鉛系粉末の平均粒子径(D50)は特に限定されないが、例えば5.0μm~100μmであり、5.0μm~80μmであってもよい。亜鉛系粉末として金属亜鉛粉末を用いる場合、その平均粒子径は、例えば5.0μm~20μmであり、亜鉛合金粉末を用いる場合、その平均粒子径は、例えば25μm~80μmである。
【0039】
亜鉛系粉末の平均粒子径(D50)は、粒子径分布を累積分布としたとき、累積値が50%となる点の粒子径であり、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置を用いて測定することができる。
【0040】
亜鉛系粉末は、PTFE樹脂組成物に対して、該樹脂組成物中の亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%となるように配合される。なお、亜鉛系粉末の含有量が一定量よりも多くなると耐摩耗性の効果が頭打ちとなり低下傾向に転じることから、亜鉛系粉末の含有量は、PTFE樹脂組成物全量に対して25質量%以下が好ましい。亜鉛系粉末として金属亜鉛粉末を用いる場合、その含有量は、例えばPTFE樹脂組成物全量に対して1.0~10質量%とされ、亜鉛合金粉末を用いる場合、その含有量は、例えばPTFE樹脂組成物全量に対して5質量%~25質量%とされる。亜鉛合金粉末は10質量%~25質量%が好ましく、15質量%~25質量%がより好ましい。なお、亜鉛系粉末の含有量を、他の充填材(ベース樹脂を除く)の各含有量よりも多くしてもよい。
【0041】
本発明のシール材には、亜鉛系粉末とともに二硫化モリブデンを配合することが好ましい。二硫化モリブデンは、層状格子構造を有し、すべり運動により薄層状に容易にせん断して、摩擦抵抗を低下させることができる。二硫化モリブデンとしては、市販品を用いることができ、粉末状のものを用いることができる。
【0042】
PTFE樹脂組成物全量に対する二硫化モリブデンの含有量は、例えば2.0質量%~20質量%であり、2.0質量%~10質量%が好ましく、2.0質量%~8.0質量%であってもよく、2.0質量%~5.0質量%であってもよい。
【0043】
また、本発明のシール材は、さらに繊維状充填材を含むことが好ましい。繊維状充填材を含むことによって、成形体(シール部材)の機械的強度を向上させることができる。
【0044】
繊維状充填材としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、チタン酸カリウムウィスカなどを用いることができる。これらの中でも、炭素繊維を用いることが好ましい。炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものであってもよい。焼成温度は限定されるものではなく、2000℃またはそれ以上の高温で焼成された黒鉛化品、1000~1500℃程度で焼成された炭化品のどちらであってもよい。また、チョップドファイバーおよびミルドファイバーのどちらであってもよいが、摩擦摩耗特性の観点からは繊維長の短いミルドファイバーを用いることが好ましい。
【0045】
繊維状充填材の平均繊維長は、特に限定されないが、20μm~200μmの短繊維であることが好ましい。例えば、平均繊維長が20μm未満であると耐摩耗性向上の効果が得られにくく、200μmを超えると摺動時に折損した炭素繊維が摺動面に入り込みやすくなり、相手材を損傷摩耗させやすい。なお、本明細書における平均繊維長は数平均繊維長である。
【0046】
PTFE樹脂組成物全量に対する炭素繊維の含有量は、例えば2.0質量%~20質量%であり、2.0質量%~15質量%が好ましく、2.0質量%~10質量%であってもよく、2.0質量%~8.0質量%であってもよい。なお、炭素繊維の含有量を、二硫化モリブデンの含有量よりも多くしてもよい。
【0047】
本発明のシール材は、PTFE樹脂、亜鉛系粉末、二硫化モリブデン、および繊維状充填材のみからなるものであってもよく、また、本発明の効果を阻害しない程度に周知の充填材をさらに配合したものであってもよい。具体的には、亜鉛を含有しない他の金属粉末、黒鉛、二硫化タングステン、コークス粉、着色剤(カーボンブラック、酸化鉄、酸化チタンなど)などの無機充填材や、樹脂粉末(ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、PTFE樹脂以外のフッ素樹脂など)などの有機充填材を配合してもよい。
【0048】
本発明のシール材のより具体的な形態は、PTFE樹脂をベース樹脂とし、亜鉛系粉末(金属亜鉛粉末または銅亜鉛合金粉末)、二硫化モリブデン、および炭素繊維を含み、PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%(好ましくは2.0質量%~10質量%)であり、PTFE樹脂組成物全量に対して、二硫化モリブデンを2.0質量%~10質量%、炭素繊維を2.0質量%~15質量%含む形態である。この形態において、更に、亜鉛系粉末の含有量が、二硫化モリブデンおよび炭素繊維の各含有量よりも多くてもよく、より具体的には、(二硫化モリブデンの含有量)<(炭素繊維の含有量)<(亜鉛系粉末の含有量)の順に多くてもよい。
【0049】
本発明に係るPTFE樹脂組成物は、公知の方法で製造することができる。例えば、PTFE樹脂、亜鉛系粉末、二硫化モリブデン、必要に応じて配合される他の充填材を、ヘンシェルミキサー、アキシャルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合することで得られる。
【0050】
本発明のシール材は、PTFE樹脂組成物を圧縮成形などによって、円柱状、リング状、円筒状、チューブ状などに成形した後、機械加工で製品形状に加工することができる。
【0051】
本発明のシール材は、例えば、冷凍機などの圧縮機、膨張機などのピストンリングや、ガスシール、空調機用圧縮機のシール部材、往復動圧縮機のカップシール、スクロール型圧縮機のチップシールなどに用いることができる。当該シール材は、エアーシールとして大気環境で効果を発揮するが、窒素ガスや、炭化水素系ガス、水素ガス環境下でも効果が期待される。また、オイル潤滑下でも効果が得られるが、無潤滑下であれば従来品に対してより顕著な効果が得られる。
【0052】
図1は、本発明の往復動圧縮機用カップシールを適用した往復動圧縮機の一部断面図を示す。図1において、カップシール1が本発明のシール材からなっている。
【0053】
往復動圧縮機2は、ピストン4を往復動させて気体の吸入、圧縮、吐出を行う圧縮機である。往復動圧縮機2は、中空部を有する略円筒状のシリンダ3(例えばアルミニウム製)と、シリンダ3内に揺動しつつ往復動可能に設けられた略円柱状のピストン4と、ピストン4に固定されたカップシール1と、吸入弁5と、吐出弁6とを備える。シリンダ3の上端部に位置するシリンダヘッド3aとピストン4の一方の端部との間には圧力室7が形成されている。往復動圧縮機2は、ピストン4の他方の端部側に、ピストン4を揺動しつつ軸方向に往復動させる駆動手段(図示省略)を備える。駆動手段は、例えば回転軸の回転に伴い偏心回転運動するクランク軸である。この駆動手段によって、ピストン4は図1の矢印X、矢印Yの示す方向に往復動する。
【0054】
カップシール1は、中心軸部分に貫通孔を有する皿状の環状部材であり、コネクティングロッド8とリテーナ9とで形成されるピストン溝に挟まれて、結合具10によって締結されて固定されている。ピストン4が往復動する際には、カップシール1のリップ部の外周面がシリンダ3の内周面に摺動する。カップシール1が、無潤滑状態で使用された場合であっても、本発明のシール材を用いることで、摺動性に優れる自己潤滑性を有しつつ、優れた耐摩耗性を発揮させることができ、さらにシリンダ3の内周面への攻撃性を低減させることができる。
【0055】
図2に示すように、カップシール1は、内周側に設けられた環状の平面部1aと、外周側に設けられ、平面部1aから軸方向一方側に突出するように湾曲したリップ部1bとを有する。カップシール1が往復動圧縮機2に取り付けられた状態(図1参照)では、平面部1aがピストン溝に固定され、リップ部1bが折り曲げられてシリンダの内周面に当接している。
【0056】
例えば、カップシール1は、本発明のシール材を用いて圧縮成形やラム押出成形などで製造した円筒状素材を、機械加工により得た中空円盤状のワッシャを絞り加工することで形成される。絞り加工では、ワッシャの外周側を軸方向一方側に向かって折り曲げてリップ部1bを形成する。
【0057】
次に、本発明のスクロール型圧縮機用チップシールを適用したスクロール型圧縮機の圧縮機構部の構造を図3に基づいて説明する。図3は、スクロール型圧縮機の圧縮機構部の一部断面図である。図3に示すように、スクロール型圧縮機は、基板14aとその表面に直立する渦巻壁14bを有する固定スクロール14と、基板15aとその表面に直立する渦巻壁15bを有する可動スクロール15とを備えている。固定スクロール14と可動スクロール15が、渦巻壁境界16において相互に偏心状態にかみ合わされて、それらの間に圧縮室12が形成されている。可動スクロール15が固定スクロール14の軸線の周りで公転することにより、圧縮室12が渦巻形状の中心側に移動してガスなどの圧縮が行なわれる。固定スクロール14と可動スクロール15の渦巻形状先端の歯先面に、渦巻の延長方向に沿ったシール溝13が形成されている。チップシール11は、シール溝13内に収容され、対向するスクロール基板と摺接して、圧縮室12の密閉性を確保するものである。
【0058】
本発明のスクロール型圧縮機用チップシールの一例を図4に基づいて説明する。図4はこのチップシールをシール面となる相手スクロール部材との摺動面側から見た平面図である。チップシール11は、スクロール型圧縮機において、スクロール部材である固定スクロールと可動スクロールの渦巻壁間に形成された圧縮室をシールするためのシール部材である。図4に示すように、チップシール11は、断面が略矩形状の長尺部材を渦巻に巻いたような渦巻形状を有する。この渦巻形状は、巻き始め端部11aから巻き終わり端部11bに向けて徐々に曲率半径が大きくなる形状である。摺動面11cが、対向するスクロール基板との摺動面であり、圧縮室内のガスなどをシールするシール面となる。なお、対向するスクロール基板のラップ底面は、例えばアルミニウム合金にアルマイト処理が施されている。
【0059】
また、本発明のシール材は、PTFE樹脂をベース樹脂とし、亜鉛系粉末を含み、PTFE樹脂組成物全量に対する亜鉛含有量が1.0質量%~10質量%であるPTFE樹脂組成物からなる成形体を相手材に摺動させて、その相手材の摺動表面に亜鉛成分を含有する移着膜を形成する方法でもある。なお、亜鉛成分を含有する移着膜の形成は、SEM/EDX(エネルギー分散型X線分光法)などにより確認することができる。
【実施例0060】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0061】
実施例1~実施例7、比較例1~比較例6
下記の原材料を用い、表1の配合割合で秤量し乾式粉末混合してPTFE樹脂組成物を得た。得られたPTFE樹脂組成物を用い、圧縮成形(フリーシンター,圧縮50MPa,焼成370℃×4時間(空気中))でφ30×100mmの成形体Aを製造した後、リングオンディスク試験1に付するリング試験片A(φ17×φ21×t3mm)を作製した。なお、リング試験片Aに加工する前に、成形体Aの外観を目視で観察し、色相変化の有無を確認した。
別途、圧縮成形(フリーシンター,圧縮50MPa,焼成370℃×4時間(空気中))でφ14×φ25×100mmの成形体Bを製造した後、リングオンディスク試験2に付するリング試験片B(φ17×φ21×t4mm)を作製した。なお、リング試験片Bに加工する前に、成形体Bの外観を目視で観察し、色相変化の有無を確認した。
また別途、圧縮成形(フリーシンター,圧縮50MPa,焼成370℃×4時間(空気中))でφ40×φ76×100mmの成形体を製造した後、機械加工により得た厚さ1mmの中空円盤状ワッシャを絞り加工して、図2に示すような形状のカップシール(φ44×φ61×t6.5mm)を作製した。また、カップシールの外観を目視で観察し、色ムラの有無を確認し、結果を表1に示した。
【0062】
(1)PTFE樹脂
三井・ケマーズフロロプロダクツ株式会社:テフロン(登録商標)7-J
(2)金属亜鉛粉末(Zn100%)
富士フィルム和光純薬株式会社:平均粒子径6μm~9μm
(3)銅亜鉛合金1(Zn20%+Cu80%):不規則形状(水アトマイズ粉)
福田金属箔粉工業株式会社:Bra-At(Zn20)-100:平均粒子径35μm~55μm
(4)銅亜鉛合金2(Zn30%+Cu70%):不規則形状(水アトマイズ粉)
日本アトマイズ加工株式会社:BRASSPOWER BS7030:平均粒子径45μm~63μm
(5)銅亜鉛合金3(Zn40%+Cu60%):不規則形状(水アトマイズ粉)
日本アトマイズ加工株式会社:BRASSPOWER BS6040:平均粒子径45μm~63μm
(6)銅錫合金1(Sn9%+Cu91%):不規則形状(水アトマイズ粉)
日本アトマイズ加工株式会社:BRONZEPOWER S91-120:平均粒子径35μm~55μm
(7)銅錫合金2(Sn10%+Cu90%):球状(ガスアトマイズ粉)
福田金属箔粉工業株式会社:Bro-At-100:平均粒子径35μm~55μm
(8)炭素繊維1(PAN系)
東レ株式会社:ミルドファイバー MLD-30
(9)炭素繊維2(ピッチ系)
クレハ株式会社:M-101S
(10)二硫化モリブデン
デュポン・東レ・スペシャルティ・マテリアル株式会社:MOLYKOTE(登録商標) Z Powder
【0063】
<リングオンディスク試験1>
得られたリング試験片Aについて、図5に示すリングオンディスク方式の摩耗試験を行った。試験機の回転ディスクA22の表面にリング試験片A21を回転不能に固定して所定面圧で押し付けた状態で、回転ディスクA22を回転させた。試験条件は以下のとおりである。回転ディスクA22(相手材)には、アルマイト被膜23が形成されたアルミニウム合金製ディスクを用いた。
(試験条件)
速度 :112m/min
面圧 :1MPa
潤滑 :無潤滑(ドライ)
温度 :80℃
時間 :50時間
【0064】
試験終了後に、リング試験片Aの高さを測定し、初期寸法との差を摩耗量として記録した。また、回転ディスクAの摺動面の損傷深さを、接触型表面粗さ測定機を用いて測定した。さらに回転ディスクAの摺動面の確認をSEM/EDXにて行った。SEMは日本電子製、EDXは堀場製作所製の設備を使用した。摺動面に焦点を充て、測定倍率は200倍とした。結果を表1に示す。
【0065】
<実機試験>
得られたカップシールを、図1に示すようなレシプロ式エアーコンプレッサ(実機試験機)に取り付け、摩耗試験を行った。実機試験機は1次圧縮と2次圧縮の2段式であるが、カップシール(試験片)は1次圧縮側のピストンに取り付け、1次圧縮の吐出口を開放した状態で通常運転を行った。なお、この実機試験機は、圧力制御範囲が約2.5MPa~約4.4MPaで、エアタンク容量が8Lであり、建設現場での釘打ちなどで使用される市販の建設工具用エアーコンプレッサである。試験条件は以下のとおりである。面圧は1次圧縮と2次圧縮を繋ぐ配管に圧力計を差し込み、測定した。なお、相手材はアルマイト処理が施されたシリンダであり、各試験片とともに新品と交換して試験を実施した。
(試験条件)
回転数:2450rpm
速度:68.6m/min
ストローク:±14mm
面圧:0.13MPa
潤滑:無潤滑
時間:336時間(連続稼働)
【0066】
試験終了後に、カップシールのリップ部厚みを棒球面マイクロメータにて測定し、初期寸法との差を摩耗量として記録した。また、シリンダの摺動面の損傷深さを、接触型表面粗さ測定機を用いて測定した。結果を表1に併記した。
【0067】
<リングオンディスク試験2>
得られたリング試験片Bについて、図6に示すリングオンディスク方式の摩耗試験を行った。スクロール型圧縮機の実機運動を模擬するために、アルマイト被膜26が形成されたアルミニウム合金製の回転ディスクB25(相手材)の中心に対し、リング試験片B24の中心を意図的に偏心させた状態で取り付けた。回転ディスクB25の表面にリング試験片B24を固定せずに回転可能に所定面圧(1MPa)で押し付けた状態で、回転ディスクB25を2.6m/secの速度で回転させた。その他の試験条件は以下の通りである。
(試験条件)
潤滑 :無潤滑(ドライ)
温度 :120℃
時間 :50時間
【0068】
試験終了後に、上記リングオンディスク試験1と同様に、リング試験片Bの高さを測定し、初期寸法との差を摩耗量として記録した。また、回転ディスクBの摺動面の損傷深さを測定した。結果を表1に併記した。
【0069】
【表1】
【0070】
表1に示すように、亜鉛系粉末を含む実施例1~実施例7、比較例1のPTFE樹脂組成物からなるいずれの成形体(成形体A、成形体B、カップシール)は、色相の変化および色ムラが認められなかった。比較例2~比較例5の成形体(成形体A、成形体B、カップシール)は、銅錫合金の影響により、黒っぽく変色し、また部分的に濃い部分があり、色ムラ(濃淡)が認められた。
【0071】
リングオンディスク試験1では、実施例1~実施例7のPTFE樹脂組成物からなるリング試験片Aの50時間後の摩耗量は35μm以下であり、回転ディスクAの摺動表面の損傷は、実施例1~実施例6では認められなかった。なお、実施例7では、回転ディスクAに、深さ3μmの軽微な損傷が認められた。
【0072】
これに対して、比較例1、2、4、6のPTFE樹脂組成物からなるリング試験片Aの摩耗量は60μmを超えており、実施例との明確な摩耗量の差が認められた。比較例1の回転ディスクAは、摺動表面の損傷が顕著に認められた。比較例2および比較例4も同様に、回転ディスクAの摺動表面の損傷が顕著であった。比較例2および比較例4は、従来、充填材として用いられている青銅粉末を配合しているが、自己摩耗量についても亜鉛系粉末を用いた場合に比べて劣るものであった。
【0073】
SEM/EDXによる摺動表面の確認では、実施例1~実施例7の回転ディスクAには、摺動表面に亜鉛成分被膜が形成されていることが分かった。なお、実施例7の亜鉛成分被膜は実施例1~実施例6と比較して僅かであった。比較例1は摺動表面に亜鉛成分被膜は検出されなかった。比較例2および比較例4は、青銅成分の回転ディスクA表面への移着は認められなかった。
【0074】
実機試験では、実施例1~実施例7のPTFE樹脂組成物からなるカップシールの摩耗量は0.1mm以下であり、相手材の損傷は認められなかった。一方、比較例1、2、4、6のPTFE樹脂組成物からなるカップシールの摩耗量は0.1mmを超えており、実施例との摩耗量の差が認められた。比較例1のシリンダは、摺動表面の損傷が認められ、比較例2および比較例4では、比較例1よりもシリンダ摺動表面の損傷が顕著であった。
【0075】
また、リングオンディスク試験2では、実施例1~実施例7のPTFE樹脂組成物からなるリング試験片Bの50時間後の摩耗量は45μm以下であり、回転ディスクBの摺動表面の損傷は、実施例1~実施例5では認められなかった。なお、実施例6では回転ディスクBに深さ3μm、実施例7では回転ディスクBに深さ4μmの軽微な損傷が認められた。
【0076】
これに対して、比較例1~比較例6のPTFE樹脂組成物からなるリング試験片Bの摩耗量は80μmを超えており、実施例との明確な摩耗量の差が認められた。特に、亜鉛成分を含まない比較例2~比較例6では、リング試験片Bの摩耗量は90μmを超え、実施例との差異は顕著であった。
【0077】
回転ディスクBの摺動表面の損傷は、実施例1~実施例5では認められなかった。
【0078】
比較例1の回転ディスクBは実施例よりも摺動面の損傷が大きく認められた。比較例2~比較例6も同様に、回転ディスクBの摺動面の損傷が顕著であった。
【0079】
上記試験結果より、実施例1~実施例7のリング試験片A、Bおよびカップシールの摩耗が軽微である理由としては、相手材(回転ディスクA、Bおよびシリンダ)の摺動表面に形成された亜鉛成分被膜がその相手材の保護膜となり、相手材の表面が損傷しにくくなり、摺動時のアブレシブ摩耗が発生しにくくなったためと推測される。比較例1~比較例6の相手材の摺動表面は、亜鉛成分または青銅成分等の移着膜が形成されず、また損傷が顕著であり、損傷深さも実施例に比べると大きいことから、アブレシブ摩耗が促進され、リング試験片A、Bおよびカップシールの摩耗が大きくなったと推測される。また、実施例1のPTFE樹脂組成物は、亜鉛成分が多く配合されているにもかかわらず、その摩耗量は実施例2~実施例5より大きな値であったが、これは、金属亜鉛粉末のPTFE樹脂組成物に対する補強効果および摺動発熱の放熱効果が、銅亜鉛合金粉末よりも低いためと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明のPTFE樹脂組成物からなるシール材は、シール部材などに汎用的に使用でき、耐摩耗性および相手材への非攻撃性に優れるので、例えば、気体や冷媒などを圧縮・膨張させる圧縮機などの無潤滑シール部材に好適に広く用いることができる。また、本発明の往復動圧縮機用カップシールは、例えば建設機械用コンプレッサや工場エアー供給用コンプレッサ、医療用酸素濃縮器に用いられるカップシールに使用でき、シール性の維持、シール材を使用する装置の寿命向上に繋がり、メンテナンス頻度の削減に貢献する。また、本発明のスクロール型圧縮機用チップシールは、スクロール旋回条件が高速・高負荷条件であっても耐摩耗性および相手材への非攻撃性が少なく、かつ、色ムラの無いスクロール型圧縮機用チップシールとなる。また、エアーシールとして大気環境で効果を発揮するが、窒素ガスや、炭化水素系ガス、水素ガス環境下でも効果が期待される。
【符号の説明】
【0081】
1 カップシール(シール部材)
2 往復動圧縮機
3 シリンダ
4 ピストン
5 吸入弁
6 吐出弁
7 圧縮室
8 コネクティングロッド
9 リテーナ
10 結合具
11 チップシール(シール部材)
11a 渦巻の巻き始め端部
11b 渦巻の巻き終わり端部
11c 摺動面
12 圧縮室
13 シール溝
14 固定スクロール
15 可動スクロール
21 リング試験片A
22 回転ディスクA
23 アルマイト被膜
24 リング試験片B
25 回転ディスクB
26 アルマイト被膜
図1
図2
図3
図4
図5
図6