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特開2024-13843三相三脚巻鉄心およびこれを用いた三相三脚巻鉄心変圧器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013843
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】三相三脚巻鉄心およびこれを用いた三相三脚巻鉄心変圧器
(51)【国際特許分類】
   H01F 30/12 20060101AFI20240125BHJP
   H01F 27/245 20060101ALI20240125BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20240125BHJP
   H01F 27/24 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
H01F30/12 A
H01F27/245 155
C21D8/12 B
H01F27/24 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116230
(22)【出願日】2022-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】清水 建樹
(72)【発明者】
【氏名】井上 博貴
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
【テーマコード(参考)】
4K033
【Fターム(参考)】
4K033PA07
4K033PA08
4K033TA06
(57)【要約】
【課題】熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板を鉄心素材として用いた三相三脚巻鉄心であって、鉄損の低減効果及び騒音の低減効果に優れる三相三脚巻鉄心を提供する。
【解決手段】方向性電磁鋼板を素材として構成された隣接する2つの内側鉄心10と前記2つの内側鉄心10を囲む1つの外側鉄心12からなる三相三脚巻鉄心であって、前記三相三脚巻鉄心は、熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板により形成された領域と、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域を有し、側面視において、脚と脚の間の、外側鉄心12と内側鉄心10間の磁束渡りが生じる領域4に、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域5を有する、三相三脚巻鉄心。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板を素材として構成された隣接する2つの内側鉄心と前記2つの内側鉄心を囲む1つの外側鉄心からなる三相三脚巻鉄心であって、
前記三相三脚巻鉄心は、
熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板により形成された領域と、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域を有し、
巻回方向と垂直な方向からの側面視において、脚と脚の間の、前記外側鉄心と前記内側鉄心間の磁束渡りが生じる領域に、前記熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域を有する、三相三脚巻鉄心。
【請求項2】
巻回方向と垂直な方向からの側面視において、前記熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域が、脚と脚の間、かつ、前記外側鉄心と前記内側鉄心の隣接部から外側方向に前記外側鉄心の厚さの20~100%の領域と、前記隣接部から内側方向に前記内側鉄心の厚さの20~100%の領域である、請求項1に記載の三相三脚巻鉄心。
【請求項3】
前記熱歪み導入による磁区細分化処理が、鋼板の板幅の全部または一部に施された、請求項1または2に記載の三相三脚巻鉄心。
【請求項4】
請求項1または2に記載の三相三脚巻鉄心を用いた三相三脚巻鉄心変圧器。
【請求項5】
請求項3に記載の三相三脚巻鉄心を用いた三相三脚巻鉄心変圧器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三相三脚巻鉄心およびこれを用いた三相三脚巻鉄心変圧器に関し、特に方向性電磁鋼板を用いて製造される変圧器用の三相三脚巻鉄心および前記巻鉄心を用いた三相三脚巻鉄心変圧器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄の磁化容易軸である<001>方位が鋼板の圧延方向に高度にそろった結晶組織を有する方向性電磁鋼板は、特に電力用変圧器の鉄心材料として用いられている。方向性電磁鋼板に求められる第一の特性としては、励磁された際の損失である鉄損が小さいことである。鉄損を低減する技術として、磁区細分化がある。磁区細分化は、レーザーやプラズマジェット、電子ビームなどを鋼板表面に照射することで、鋼板の表面に還流磁区と呼ばれる磁区を発生させ、鉄損を低減する技術である。還流磁区は、電磁鋼板の磁化容易方向に沿って生じる。通常<001>方位は圧延方向に集積しているが、その方位と等価で、直交している<100>、<010>方位も磁化容易方向である。これら2つの方位は圧延直交方向及び板厚方向の合成成分となっている。還流磁区はこれらの方位に沿って発生するため、還流磁区は、圧延直交方向及び板厚方向の成分を持った磁区となっている。
【0003】
変圧器は、その鉄心構造から巻鉄心変圧器と積鉄心変圧器に大別される。巻鉄心変圧器とは、鋼板を巻き重ねて鉄心を形成するものである。一方、積鉄心変圧器とは、所定の形状に切断した鋼板を積層することで鉄心を形成するものである。変圧器鉄心として要求される特性は種々あるが、特に重要なことは鉄損が小さいことと、騒音が小さいことである。
【0004】
変圧器鉄損を小さくするためには、一般には、鉄心素材である方向性電磁鋼板の鉄損(素材鉄損)を小さくすればよいと考えられる。磁区細分化が施された電磁鋼板を鉄心素材に用いることで、変圧器鉄損も小さくなる。しかし、変圧器鉄心、特に電磁鋼板を三脚及び五脚有する三相励磁の巻鉄心変圧器では、素材鉄損と比べて変圧器における鉄損が大きくなることが知られている。変圧器の鉄心として電磁鋼板が使用された場合の鉄損値(変圧器鉄損)を、エプスタイン試験あるいは単板磁気測定試験(SST試験)で得られる素材の鉄損値で除した値を、一般に、ビルディングファクター(BF)と呼ぶ。つまり、三脚または五脚を有する三相励磁の巻鉄心変圧器では、BFが1を超えるのが一般的である。
【0005】
一般的な知見として、巻鉄心変圧器における変圧器鉄損が素材鉄損に比べて増加する要因として、主に磁路長の違いにより生じる内側鉄心への磁束の集中が指摘されている。図1に、三脚巻鉄心変圧器を三相励磁し、左の脚と中央の脚のみが励磁された瞬間の磁束の流れの模式図を示す。内側鉄心1と外側鉄心2が、ともに励磁されている時、外側鉄心2に比べて内側鉄心1の磁路が短いため、内側鉄心1に磁束が集中する。励磁磁束密度が比較的大きくなると、内側鉄心1だけでは励磁を担えなくなり、外側鉄心2にも多くの磁束が通るようになり、磁束の集中は緩和する。但し、図1に示すように、外側鉄心2を通る磁束は、励磁されていない右の脚に向けて流れ、励磁されている中央の脚に戻ろうとする際に、内側鉄心1に磁束が渡るようになり、内側鉄心1と外側鉄心2の間に、層間の磁束渡り3が生じるようになる。面直方向に磁化が生じることにより、面内渦電流損が生じることとなり、変圧器鉄損が増加する。
【0006】
変圧器の騒音の由来として、一般的には電磁鋼板を磁化した際の歪みである磁歪、鉄心の固有振動、磁化された鋼板による電磁振動が挙げられる。このうち、磁化された鋼板による電磁振動とは、交流励磁の場合、時間変化とともに磁化が変化し、積層された鋼板間の吸引力も時間とともに変化することで発生する微小振動のことである。内側鉄心1と外側鉄心2の間に生じる層間の磁束渡り3のような面内方向の磁化によっても鋼板間の吸引力が変化し、電磁振動が生じ、変圧器の騒音の原因の一つとなっている。
【0007】
こういった変圧器鉄損、変圧器騒音の増加要因に対する定性的な理解をもとに、変圧器鉄損、変圧器騒音を低減させる方策として、例えば以下のような提案がされている。
【0008】
特許文献1では、磁路長が短く磁気抵抗が小さい内周側に、外周側よりも磁気特性の劣る電磁鋼板を、磁路長が長く磁気抵抗が大きい外周側には、内周側よりも磁気特性の優れた電磁鋼板を配置することで、変圧器鉄損が効果的に低減することが開示されている。特許文献2では、方向性けい素鋼板を巻回した巻鉄心を内側部分に配置し、この巻鉄心の外側に該方向性けい素鋼板より低磁歪の磁性材料を巻回して組合せ鉄心とすることで、変圧器騒音を効果的に低減できることが開示されている。特許文献3では、ラップ部を設けて積層及び巻回した変圧器鉄心のラップ部にのみ磁区細分化処理を施すことで、鉄損を低減できる技術について開示されている。また、特許文献4では、鉄心材料を個別に折り曲げ、組み付けることで鉄心の歪を軽減し、鉄心形成後に行う歪取り焼鈍を不要とすることで、鉄心素材として熱歪を導入し低鉄損化した磁区細分化材を用いることができるユニコアと呼ばれる巻鉄心に関する技術について開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010-87536号公報
【特許文献2】特開平3-268311号公報
【特許文献3】国際公開第2020/121691号
【特許文献4】特開2021-163943号公報
【特許文献5】特開2011-75297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1、2に開示されているように、内側鉄心へ磁束が集中することを利用し、内側鉄心と外側鉄心に異なる素材を適用することで、効率的に変圧器特性を改善することができる。しかし、特許文献3に開示されているように、励磁磁束密度が大きくなると、損失が大きい鉄心の外側にも磁束が流れるようになり、変圧器特性の改善効果は小さくなる。また、この時に、外側鉄心を通る磁束は、内側鉄心へ渡るようになり、この層間の磁束渡りによって層間磁束渡り部の渦電流損のみならず、素材である鋼板間の電磁振動により騒音も増加し、変圧器特性が著しく劣化する。特許文献4のように鉄心素材に低鉄損な磁区細分化材を用いたとしても、三相三脚の巻鉄心になると前記した層間の磁束渡りによって鉄心の鉄損は大きくなる。
【0011】
そこで、本発明は、熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板を鉄心素材として用いた三相三脚巻鉄心であって、鉄損の低減効果及び騒音の低減効果に優れる三相三脚巻鉄心を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
三相三脚巻鉄心変圧器では、鉄心素材として磁区細分化処理が施された低鉄損材料を用いることで変圧器鉄損が低減できるが、磁束渡りの発生に代表される鉄心内の複雑な磁化状態によって、変圧器鉄損は劣化し、磁区細分化による鉄心素材の鉄損の改善よりも変圧器鉄損の改善は小さくなる。外側鉄心から内側鉄心への磁束渡りを抑え、渦電流損の発生を抑制することで、この改善代の差を小さくし、変圧器鉄損をさらに低下でき、さらに変圧器騒音を抑えることができる可能性があり、その方法について検討した。
【0013】
磁束渡りは、三相三脚巻鉄心変圧器の外側鉄心から内側鉄心への板厚方向への磁束の渡りであるので、磁束渡りが生じる部分に流れる板厚方向の磁束量を減らすことで、磁束渡りが抑えることができるのではないかと考えた。そこで本発明者らは、変圧器鉄心の外側鉄心から内側鉄心へ渡る磁束を減らすことを試みた。
【0014】
熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板では、前記したように、熱歪み導入部に、圧延直交方向及び板厚方向の成分を持つ還流磁区が形成される。還流磁区によって鋼板全体としては低鉄損化がなされているが、変圧器用の鉄心素材として考えると、板厚方向への磁化である磁束渡りを還流磁区が促進しており、局所的に変圧器鉄損を増加させているという問題がある。そこで、還流磁区の磁束渡りへの影響を調査するために、変圧器鉄心において磁束渡りが発生する層間磁束渡り部にのみ、熱歪み導入による磁区細分化処理を施していない素材を用いて三相三脚巻鉄心を作製し、磁束渡り部の鉄損、及び、変圧器鉄損、変圧器騒音について実験を行い調査した。以下に実験の詳細を説明する。
【0015】
鋼帯幅150mmでレーザーを鋼板表面に照射することで熱歪み導入による磁区細分化処理を施した800A/mにおける磁束密度B8が1.92Tの方向性電磁鋼板を鉄心素材として用いて、図2に示す巻鉄心形状にて三相三脚巻鉄心を作製した。この三相三脚巻鉄心は、前記鉄心素材を用いて構成された隣接する2つの内側鉄心10と前記2つの内側鉄心10を囲む1つの外側鉄心12とからなる。また、各コーナー部に折り曲げ部(屈曲部)を有するユニコアである。なお、前記熱歪み導入による磁区細分化処理は、鋼板の板幅の全部(全幅)に施した。また、前記鉄心素材のうち、巻鉄心に組み上げた際に、脚と脚の間の、外側鉄心と内側鉄心間の磁束渡りが生じる領域(層間磁束渡り部)4において、後述する非処理部5を形成する領域には、熱歪み導入による磁区細分化処理を施さなかった。図2に示すように、本発明において、層間磁束渡り部4は、巻鉄心を側面視した場合に、隣接する脚6と脚6の間(隣接する脚6間)の領域である。より具体的には、層間磁束渡り部4の長さfは、隣接する脚6間の長さと定義する。また、層間磁束渡り部4の厚さgは、隣接する脚6間の中心位置(脚間中心位置)7上で内側鉄心10と外側鉄心12が接する箇所である隣接部8から外側方向への外側鉄心の厚さeと、前記隣接部8から内側方向への内側鉄心の厚さe’との合計と、同じ厚さと定義する。なお、本明細書において、側面視とは、巻鉄心を方向性電磁鋼板の巻回方向と垂直な方向、すなわち、巻鉄心を構成する長尺状の方向性電磁鋼板の幅方向に視ることをいう。
【0016】
そして、層間磁束渡り部4中に、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域(本明細書において「非処理部」ともいう)5を形成した。具体的には、前記非処理部5は、外側鉄心と内側鉄心の隣接部8から外側方向にLの厚さとなる領域と、前記隣接部8から内側方向にMの厚さとなる領域(図2中、ハッチングで示された領域)である。非処理部5のLの厚さとMの厚さは、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない領域を有する鉄心素材の巻鉄心厚さ方向への積み重ね数を変更することで調整した。そして、非処理部5のLの厚さとMの厚さを変更した三相三脚巻鉄心変圧器を作製し、50Hz、1.7Tの三相励磁を行い、それぞれの三脚巻鉄心変圧器について、鉄損測定、騒音測定を行った。鉄損測定と同時に、特許文献5に開示されているように、赤外線カメラにより励磁中の鉄心端面のうち、層間磁束渡り部4の平均温度上昇量を測定し、実際にこの層間磁束渡り部4で局所的に鉄損が増加していることを確認し、そのうえで層間磁束渡り部4の局所鉄損を測定した。
【0017】
変圧器騒音については、作製したそれぞれの巻鉄心変圧器に対し、励磁中に、鉄心高さdの1/2の位置で、巻鉄心変圧器の表面から30cmの距離で、巻鉄心変圧器を囲むようにした8点の位置で測定し、その平均値を変圧器騒音とした。
【0018】
変圧器鉄損は、作製したそれぞれの三相三脚巻鉄心の各脚に1次側、2次側共に50ターンの巻き線を施し、励磁最大磁束密度が1.7T、周波数50Hzの条件で三相励磁を行い、1次電流と2次電圧を電力計にて測定し、無負荷損失を計算し、鉄心重量で除することで算出した。表1に、非処理部5のLの厚さとMの厚さを変更して作製した各巻鉄心変圧器における変圧器鉄損、変圧器騒音、及び、層間磁束渡り部4の鉄損(層間磁束渡り部4の鉄損平均)の値を示す。
【0019】
【表1】
【0020】
層間磁束渡り部4に熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域(非処理部)5を設けることで、鉄心全体を熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板で構成した巻鉄心変圧器(表1のNo.1)と比べ、変圧器鉄損、変圧器騒音、および層間磁束渡り部鉄損が顕著に減少することが分かった。特に、非処理部5の厚さが、外側鉄心及び内側鉄心の厚さに対して、ともに20%以上となる場合、層間磁束渡りを抑えたことによる効果がより高められ、変圧器鉄損、変圧器騒音の低減効果が、ともにより高められることが分かった。層間磁束渡り部4の鉄損の低下は、層間磁束渡り部4での磁束渡り量の減少を反映した結果であると推察している。
【0021】
三相三脚巻鉄心においては、磁路が長い外側鉄心の内側から、磁路が短い内側鉄心の外側に向けて磁束渡りが生じる。方向性電磁鋼板は、圧延方向の透磁率を高め、圧延方向の磁化にのみ特化した材料であるので、板厚方向への磁化である磁束渡りは、方向性電磁鋼板において透磁率が低い方向への磁化であるため鉄損は増加する。また、方向性電磁鋼板の圧延面に渦電流が流れることで渦電流損の増加にもつながる。磁区細分化により形成される還流磁区は、方向性電磁鋼板の板厚方向成分を持つため、板厚方向の透磁率を高める働きがあり、層間磁束渡りを促進する。外側鉄心から内側鉄心へ流れ込もうとする磁束量は、外側鉄心の磁束渡り部の板厚方向の透磁率が高いと増加し、内側鉄心の板厚方向の透磁率が高ければ、内側鉄心が受け入れられる渡り磁束の量が増える。そこで、外側鉄心において磁束渡りが生じる領域に、熱歪み導入による磁区細分化処理を施していない素材を適用することで、透磁率の増加を抑制し、内側鉄心へ流れ込もうとする磁束を抑え、また内側鉄心において磁束渡りが生じる領域に、熱歪み導入による磁区細分化処理を施していない素材を適用することで、同様に、内側鉄心が受け入れられる磁束量が減少し、これら両方の効果によって層間磁束渡りを抑えることができたと考えられる。従って、変圧器鉄損の低下は、層間磁束渡り部の鉄損が、層間磁束渡りが抑えられることで低下し、その影響で変圧器鉄損が低下したと推察される。また、非処理部の厚さが、内側鉄心中および外側鉄心中で、それぞれの鉄心の厚さの20%以上である条件では、変圧器鉄損がより改善された。これは、非処理部の厚さが大きくなることで、磁束渡りを抑える効果がより高められ、磁束渡り抑制による鉄損の低下が、鉄心素材に熱歪み導入による磁区細分化処理を施さないことによる鉄損増加を大きく上回ることができたためだと推察される。
【0022】
変圧器騒音は、非処理部を有する全ての巻鉄心変圧器で低下が認められた。特に非処理部のLの厚さが外側鉄心の厚さに対して20%以上で、かつ、非処理部のMの厚さが内側鉄心の厚さの20%以上の条件で、顕著に変圧器騒音の改善が認められた。通常、磁区細分化材を用いて巻鉄心変圧器を作製した場合、その変圧器騒音は、磁区細分化処理を施していない鉄心素材を用いて作製した巻鉄心変圧器に比べて大きくなることが知られている。そのため、巻鉄心変圧器中の非処理部領域の増加により、変圧器の騒音は低下する。しかし、その領域が、外側鉄心および内側鉄心それぞれの厚さの20%以上で変圧器騒音が顕著に減少したことは、前述した理由に加えて、層間磁束渡りが減少することによる面内方向の磁化による電磁振動の抑制によるものが大きいと推察される。
【0023】
上記の実験事実及び推定をもとに、三相三脚巻鉄心変圧器における変圧器鉄損及び変圧器騒音を小さくするためには、層間磁束渡り部の磁束渡りを小さくすることが肝要であると知見した。さらに、層間磁束渡り部の磁束渡りを小さくするためには、層間磁束渡りが生じる領域に、熱歪み導入による磁区細分化処理を施していない方向性電磁鋼板で形成された領域(非処理部)を設け、それ以外の領域を、熱歪み導入による磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板で形成することが有効であることも知見した。さらに、非処理部の領域が内側鉄心および外側鉄心それぞれの厚さの20%以上である場合、層間磁束渡りの抑制効果が大きくなり、変圧器鉄損、変圧器騒音ともにより大きな改善を示すため、非処理部の領域は、内側鉄心、外側鉄心、それぞれの厚さの20%以上(20~100%)にすることが特に好適であることを知見した。
【0024】
以上の知見を基に、本発明の完成に至った。すなわち、本発明は以下の構成を備える。
[1]方向性電磁鋼板を素材として構成された隣接する2つの内側鉄心と前記2つの内側鉄心を囲む1つの外側鉄心からなる三相三脚巻鉄心であって、
前記三相三脚巻鉄心は、
熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板により形成された領域と、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域を有し、
巻回方向と垂直な方向からの側面視において、脚と脚の間の、前記外側鉄心と前記内側鉄心間の磁束渡りが生じる領域に、前記熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域を有する、三相三脚巻鉄心。
[2]巻回方向と垂直な方向からの側面視において、前記熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない方向性電磁鋼板により形成された領域が、脚と脚の間、かつ、前記外側鉄心と前記内側鉄心の隣接部から外側方向に前記外側鉄心の厚さの20~100%の領域と、前記隣接部から内側方向に前記内側鉄心の厚さの20~100%の領域である、[1]に記載の三相三脚巻鉄心。
[3]前記熱歪み導入による磁区細分化処理が、鋼板の板幅の全部または一部に施された、[1]または[2]に記載の三相三脚巻鉄心。
[4]前記[1]または[2]に記載の三相三脚巻鉄心を用いた三相三脚巻鉄心変圧器。
[5]前記[3]に記載の三相三脚巻鉄心を用いた三相三脚巻鉄心変圧器。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板を鉄心素材として用いた三相三脚巻鉄心であって、鉄損の低減効果及び騒音の低減効果に優れる三相三脚巻鉄心を提供することができる。
【0026】
本発明によれば、熱歪み導入による磁区細分化処理が施された方向性電磁鋼板(非耐熱型磁区細分化材)を適用した三相三脚巻鉄心の内側鉄心と外側鉄心が接する磁束渡り部に、非耐熱型の磁区細分化処理を施さない領域を形成することで、変圧器鉄損と変圧器騒音が低減された三相三脚巻鉄心および三相三脚巻鉄心変圧器を提供することができる。
本発明によれば、特に非耐熱型磁区細分化材を適用したユニコアにおいて、励磁磁束密度が比較的高い状態でも、層間磁束渡りを抑制できることで、優れた鉄損低減効果と騒音低減効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1図1は、三相三脚巻鉄心において、外側鉄心から内側鉄心へ生じる層間の磁束渡りを模式的に示す図(側面図)である。
図2図2は、実験で作製した三相三脚巻鉄心の構成を示す側面図である。
図3図3は、実施例で作製した三相三脚巻鉄心の構成を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0029】
図2を用いて本発明の一実施形態に係る三相三脚巻鉄心の製造方法について説明する。
【0030】
材料となる方向性電磁鋼板の表面に、レーザーやプラズマジェット、電子ビームなどを照射することで、前記鋼板に、熱歪みが導入され磁区細分化処理が施されて、前記鋼板が低鉄損化される。このレーザー等の照射による磁区細分化処理は、鉄心素材となる方向性電磁鋼板の全長に施すのではなく、巻鉄心に組み上げた際に、脚と脚の間の鉄心の接合部(磁束渡りが生じる領域)となる鋼板の領域には前記照射を施さないようにする。前記方法で作製した鉄心素材を用いて巻鉄心を組み上げるが、本発明を適用できる巻鉄心として好適なものとして、鉄心を組み上げた際に鉄心に入る歪みが少ない鉄心であるユニコアが挙げられる。
【0031】
ユニコアは、鉄心素材である方向性電磁鋼板を鉄心の各層の長さになるように切り出した後、折り曲げ巻回することで作製される。上記方法で作製した鉄心素材では、鉄心を組み上げた際に脚と脚の間に当たる部分には熱歪みが導入されていないため、図2のような非処理部5を持つ三相三脚巻鉄心を作製することができる。この熱歪みについては材料である方向性電磁鋼板の板幅(鋼帯幅)の全部(全幅)に導入することが低鉄損化の観点で最も好ましいが、板幅(鋼帯幅)の一部のみに熱歪みを導入した鉄心素材であっても、本発明の効果は発揮され、鉄損が低減された鉄心を提供できる。また、本発明は、ユニコアに適用することが好適であるが、ユニコアに限定されず、他の鉄心においても好適に適用できる。例えば鋼帯を巻回したトランコと呼ばれる鉄心においても好適に適用できる。
【0032】
次に、本発明における各構成の限定理由について説明する。
【0033】
三相三脚巻鉄心変圧器の変圧器鉄損には、励磁されていない脚から励磁されている脚に戻ろうとする磁束の流れが生じ、これが外側鉄心から内側鉄心への磁束渡りとなり、また磁束渡りが変圧器鉄損を増加させる一因となっていることが明らかとなった。
【0034】
そこで、磁束渡りは、外側鉄心と内側鉄心が接している部分を介して発生する現象であり、板厚方向への磁化であることから、磁束渡りが生じる領域に対し、磁束渡りを抑えることを目的として、熱歪み導入による磁区細分化処理を施さない方向性電磁鋼板により形成された領域(非処理部)を設けることで、鉄心全体を熱歪み導入による磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板で構成した変圧器鉄心に比べて低鉄損化が達成された。なお、鉄心に対し、鉄心形成後に歪み取り焼鈍を行うと、鉄心全体から熱歪み導入による磁区細分化効果が除かれるため、本発明は、鉄心形成後に歪み取り焼鈍を実施しない変圧器および鉄心に対して適用可能である。このときの非処理部の厚さは、前記した実験結果より、外側鉄心および内側鉄心の厚さに対しそれぞれ20%以上とすることが、特に優れた鉄損低減効果を得る点から好ましい。熱歪み導入による磁区細分化処理を施すことで、レーザー等の照射部直下に鋼板の板厚方向を向いた還流磁区と呼ばれる磁区が形成される。前記還流磁区は、板厚方向を向いているため、この磁区が磁束渡り部にあることで磁束渡りが促進されて変圧器鉄損の増加を招く。本発明では、鉄心中に非処理部を設け、還流磁区を局所的に除くことで磁束渡りを抑えているため、磁束渡り部以外の箇所に導入される磁区細分化の手法は、熱歪みによって還流磁区が導入される方法であれば特に限定されない。
【0035】
また、本明細書中では特定の形状の三相三脚型の巻鉄心における特性について記述しているが、その他の三相巻鉄心変圧器で磁束渡りが発生するすべての三相巻鉄心に対して本発明は好適であり、その形状、寸法は限定されない。
【0036】
また、本発明に適用する鉄心素材としては、特に限定されず、例えば耐熱型磁区細分化処理材に熱歪みを導入した材料を用いることもできる。また、母材のゴス粒の配向性の大小の影響も受けず、任意の方向性電磁鋼板を材料として用いることができる。
【0037】
本発明の三相三脚巻鉄心を用いた三相三脚巻鉄心変圧器とすることで、変圧器鉄損、変圧器騒音が低下する。この変圧器の形状や特性は限定されず、任意の巻鉄心変圧器に対し本発明を適用することができる。
【実施例0038】
[実施例1]
表2に示す800A/mにおける磁束密度B8が異なる方向性電磁鋼板を材料とし、これにレーザー照射(熱歪み導入による磁区細分化処理)を施して鉄心素材とした。そして、前記鉄心素材を用いて、図3に示す鉄心形状のユニコアを作製し、1次、2次ともに50ターンの巻き線コイルを取り付けて、三相三脚巻鉄心変圧器を作製した。励磁磁束密度1.7T、周波数50Hzの条件で励磁し、変圧器鉄損及び変圧器騒音を上述の方法で測定した。なお、前記レーザー照射は、鋼板の板幅の全部(全幅)に施した。また、前記鉄心素材のうち、巻鉄心に組み上げた際に、脚と脚の間の、外側鉄心と内側鉄心間の磁束渡りが生じる領域(層間磁束渡り部)に対応する領域には、レーザー照射を施さないようにして、前記磁束渡りが生じる領域に非処理部を設けた。さらに、レーザー照射を施していない領域を有する鉄心素材の巻鉄心厚さ方向への積み重ね数を変更することで、非処理部のLの厚さとMの厚さを変更した巻鉄心を作製した。ただし、一部の巻鉄心については、巻鉄心全体を、熱歪み導入による磁区細分化処理が施されていない領域を有する鉄心素材を用いずに、すなわち、熱歪み導入による磁区細分化処理が施された鉄心素材のみで構成し、巻鉄心中に非処理部を設けなかった(表2中、Lの厚さとMの厚さが共に0%の巻鉄心)。
【0039】
変圧器鉄損及び変圧器騒音の測定結果を表2中に示す。本発明の適合例(発明例)では、層間磁束渡り部に非処理部を設けることで、非処理部を有さない変圧器巻鉄心に比べて、変圧器鉄損、変圧器騒音が共に良好であり、優れた変圧器特性を示すことが判明した。
【0040】
【表2】
【符号の説明】
【0041】
1、10 内側鉄心
2、12 外側鉄心
3 層間の磁束渡り
4 層間磁束渡り部
5 非処理部
6 脚
7 脚間中心位置
8 隣接部
図1
図2
図3