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▶ ベクトン・ディキンソン・アンド・カンパニーの特許一覧

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024138639
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】腸管出血性大腸菌検出用キット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20241002BHJP
【FI】
C12Q1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023049228
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】595117091
【氏名又は名称】ベクトン・ディキンソン・アンド・カンパニー
【氏名又は名称原語表記】BECTON, DICKINSON AND COMPANY
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寺村 哉
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ06
4B063QR41
4B063QS28
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】EHECの血清型および亜テルル酸塩感受性の有無にかかわらず、EHECを検出することができる分離培地が必要とされている。さらに、β-グルクロニダーゼに依存しない検出法によりEHEC O157を検出することのできる分離培地も必要とされている。
【解決手段】セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第1の培地と、セフィキシム、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第2の培地と、を含む、腸管出血性大腸菌検出用のキット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸管出血性大腸菌検出用のキットであって、
セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第1の培地と、
セフィキシム、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第2の培地と、
を含む、キット。
【請求項2】
前記第1の培地および前記第2の培地のうちの少なくとも1つが、β-ガラクトシダーゼ誘導因子をさらに含む、請求項1に記載のキット。
【請求項3】
前記β-ガラクトシダーゼ誘導因子が、ラクトース、イソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される、請求項2に記載のキット。
【請求項4】
前記第1の培地および前記第2の培地のうちの少なくとも一方が、pH指示薬をさらに含む、請求項1に記載のキット。
【請求項5】
前記pH指示薬が、ニュートラルレッドである、請求項4に記載のキット。
【請求項6】
前記第1の培地および前記第2の培地のうちの少なくとも一方が、胆汁酸またはその塩をさらに含む、請求項1に記載のキット。
【請求項7】
前記β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質が、β-ガラクトピラノシドである、請求項1に記載のキット。
【請求項8】
前記β-ガラクトピラノシドが、発色性のインドキシル誘導体を遊離するβ-ガラクトピラノシドである、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
2分画の平板培地の形態である、請求項1に記載のキット。
【請求項10】
亜テルル酸塩感受性腸管出血性大腸菌の検出方法であって、
検体に含まれる細菌を培養するための培養工程を含み、前記培養工程が、
セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第1の培地と、
セフィキシム、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第2の培地と、
において培養を行う工程である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸管出血性大腸菌の検出のためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
腸管出血性大腸菌(以下、「EHEC」ともいう)はベロ毒素を産生する一連の大腸菌であり、食中毒の原因菌として知られている。EHEC感染症は重篤化することもあるため、食中毒患者においてその原因菌がEHECであるか否かを判断することは極めて重要である。
【0003】
EHECとしてはO157、O26、O111、といった特定の血清型がよく知られており、これらの血清型はそれぞれソルビトール、ラムノース、ソルボースの利用能を欠損している。そこで、これらの血清型のEHECを検出するために、それぞれの糖を添加した培地を使用し、糖利用反応を認めないコロニーを分離するという方法が利用されてきた。しかし、このような方法では血清型に応じた培地をそれぞれ用いる必要があり、操作が煩雑となることから、発色酵素基質を添加することでこれら3血清型の識別を可能にした培地が開発されている(特許文献1)。
【0004】
しかし、近年ではEHECの血清型が多岐にわたり、これら3血清型のみを識別する意味が薄れてきている。そこで、血清型に関係なくEHECを発色コロニーとして検出できるEHEC分離培地が開発されている(特許文献2)。
【0005】
ここで、EHECの多くは抗生物質のセフィキシムおよび亜テルル酸塩に対して抵抗性であることから、現在一般的に使用されているEHEC選択分離培地のほぼ全てにおいて、選択剤としてセフィキシムおよび亜テルル酸カリウムが添加されている。しかし近年、亜テルル酸塩に感受性のEHECの存在が報告されるようになり、既存のEHEC選択分離培地において検出できないことが問題となっている(非特許文献1)。
【0006】
例えば、亜テルル酸塩感受性EHECが存在する検体を従来のEHEC選択分離培地を用いて分離を試みた場合、亜テルル酸塩感受性EHECは従来のEHEC選択分離培地上で発育できないため、結果は陰性となる。この場合、原因菌がEHECであるか否かを確認するためには、亜テルル酸塩を含まない別の分離培地で再度培養し、そこから分離された菌が大腸菌であることが確認された場合に、さらにベロ毒素産生能を確認するという手順を踏む必要がある。
【0007】
しかしこのような方法では、EHECが疑われる検体においてEHECの存否を確認するには時間がかかりすぎるため、確実かつ迅速な診断が必要なEHEC検査においては望ましくない。
【0008】
さらに、ほぼすべての大腸菌はβ-グルクロニダーゼを特異的に発現することから、既存の大腸菌選択分離培地では、大腸菌検出のための発色酵素基質として、β-グルクロニダーゼに特異的な発色酵素基質が広く採用されている(特許文献3)。しかし、EHECの中でO157は特異的にβ-グルクロニダーゼを欠損しているため、既存の大腸菌選択分離培地ではコロニーが呈色せず、検出することができない。したがって、O157を検出するための別の培地を併用する必要があるという問題を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第5751658号公報
【特許文献2】特許第5826005号公報
【特許文献3】特表平9-501314号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Seto, Kazuko, et al. "Biochemical and molecular characterization of minor serogroups of Shiga toxin-producing Escherichia coli isolated from humans in Osaka prefecture." Journal of Veterinary Medical Science 69.12 (2007): 1215-1222.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、EHECの血清型および亜テルル酸塩への抵抗性の有無にかかわらず、EHECを検出することができる分離培地が必要とされている。
【0012】
さらに、β-グルクロニダーゼに依存しない大腸菌の検出方法により、他のEHECと同様にO157を検出することのできる分離培地も必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、セフィキシムおよびノボビオシンを含む第1の培地と、亜テルル酸塩を含む第2の培地とを組み合わせることにより、亜テルル酸塩に対する感受性の有無にかかわらず、すべてのEHECがいずれかの培地で発育できることを見出した。さらに、大腸菌分離培地において、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質とセロビオースとを組み合わせることにより、血清型に関わらず大腸菌のコロニーを呈色させることができることを見出した。
【0014】
したがって、本発明の第1の態様は、
セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第1の培地と、
セフィキシム、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第2の培地と、
を含む、腸管出血性大腸菌検出用のキットである。
【0015】
本発明の第2の態様は、亜テルル酸塩感受性腸管出血性大腸菌の検出方法であって、
検体に含まれる細菌を培養するための培養工程を含み、前記培養工程は、
セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第1の培地と、
セフィキシム、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第2の培地と、
において培養を行う工程である。
【発明の効果】
【0016】
本発明のキットを使用することにより、1度の培養で、亜テルル酸塩に抵抗性のEHECだけでなく、亜テルル酸塩感受性EHECも検出することができる。これにより、確実かつ迅速な診断が必要なEHEC検査において、速やかな診断が可能となる。
【0017】
さらに、本発明のキットは、β-ガラクトシダーゼおよびセロビオースの利用能の欠損に由来した大腸菌の識別方法を採用しており、β-グルクロニダーゼに依存していないため、EHEC O157も他の大腸菌と同様に検出することができる。
【0018】
また、本発明の亜テルル酸塩感受性腸管出血性大腸菌の検出方法により、亜テルル酸塩感受性EHECの分離にかかる時間を大幅に削減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。なお、同一の構成要素に関しては重複する説明を割愛する場合がある。
【0020】
1.キット
本発明の第1の態様は、第1の培地および第2の培地を含む、腸管出血性大腸菌検出用のキットである。
【0021】
本発明の腸管出血性大腸菌検出用のキットにおいて、第1の培地は、セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む。第1の培地をこのような構成とすることにより、亜テルル酸塩に対する感受性および血清型にかかわらず、あらゆる大腸菌を検出することができる。
【0022】
本発明の腸管出血性大腸菌検出用のキットにおいて、第2の培地は、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む。第2の培地をこのような構成とすることにより、亜テルル酸塩に抵抗性の腸管出血性大腸菌を、血清型にかかわらず検出することができる。
【0023】
なお、本明細書において「大腸菌」とは、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli、E.coli)に分類される菌を指す。本明細書において「大腸菌群」とは、グラム陰性の無芽胞性の桿菌で乳糖を分解してガスを発生するすべての好気性および通性嫌気性の細菌を指す。
【0024】
a.第1の培地
本開示のキットにおいて、第1の培地は、セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む。
【0025】
(セフィキシム)
第1の培地は、セフィキシムを含む。セフィキシムは、グラム陽性菌およびグラム陰性桿菌に広く抗菌作用を示すセフェム系抗生物質の1つである。第1の培地がセフィキシムを含むことにより、大腸菌以外の細菌(夾雑菌)の発育が抑制され、大腸菌に対する選択性を向上させることができる。
【0026】
第1の培地において、セフィキシムの含有量は、大腸菌の発育を抑制せず、かつ夾雑菌の発育を抑制することができる量であればよく、例えば、第1の培地の総量に対して、0.01~0.10mg/L、好ましくは0.03~0.07mg/Lとすることができる。
【0027】
(ノボビオシンまたはその塩)
第1の培地は、ノボビオシンまたはその塩を含む。ノボビオシンは、広い抗菌スペクトルを有する抗生物質の1つである。第1の培地がノボビオシンまたはその塩を含むことにより、大腸菌以外の腸内細菌等の発育が抑制され、第1の培地における大腸菌に対する選択性を向上させることができる。ノボビオシンの塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などが挙げられ、好ましくはナトリウム塩である。
【0028】
第1の培地において、ノボビオシンまたはその塩の含有量は、大腸菌の発育を抑制せず、かつ大腸菌以外の腸内細菌等の発育を抑制することができる量であればよく、例えば、第1の培地の総量に対して、1~10mg/L、好ましくは3~8mg/Lとすることができる。
【0029】
本発明のキットの第1の培地においてセフィキシムおよびノボビオシンまたはその塩を組み合わせることにより、夾雑菌の発育を抑制し、大腸菌に対する選択性を向上させることができる。
【0030】
(β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質)
第1の培地は、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を含む。本明細書において、「β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質」とは、酵素の一種であるβ-ガラクトシダーゼによって分解されて呈色する基質を指す。大腸菌を含む大腸菌群はβ-ガラクトシダーゼを発現するため、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を含む培地では、大腸菌以外の大腸菌群のコロニーも呈色する。しかし本発明者は、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を、後述するセロビオースと組み合わせることにより、色調によって大腸菌のコロニーのみを区別できることを見出した。これにより、第1の培地において、大腸菌のコロニーの識別が可能となる。
【0031】
さらに、腸管出血性大腸菌の血清型の1つであるO157は、β-グルクロニダーゼは欠損しているがβ-ガラクトシダーゼは発現する。したがって、発色酵素基質としてβ-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を採用することにより、O157の検出も可能になる。
【0032】
本発明のキットの第1の培地において使用することのできるβ-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質は、好ましくはβ-ガラクトピラノシドであり、より好ましくは発色性のインドキシル誘導体を遊離するβ-ガラクトピラノシドである。発色性のインドキシル誘導体を遊離するβ-ガラクトピラノシドとしては、これらに限定されるものではないが、例えば、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクロピラノシド(X-β-GAL)、5-ブロモ-6-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(Magenta-GAL)、5-ブロモ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(Blue-GAL)、および6-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(Salmon-GAL)などが挙げられ、好ましくは5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド(X-β-GAL)である。また、Aldol(登録商標)の商品名で市販されているβ-ガラクトピラノシドも使用することができる。
【0033】
第1の培地において、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質の含有量は、大腸菌のコロニーを発色させることができる量であればよく、例えば、第1の培地の総量に対して、0.01~1g/L、好ましくは0.05~0.5g/Lとすることができる。
【0034】
(セロビオース)
第1の培地は、セロビオースを含む。セロビオースは、大腸菌以外の大腸菌群は利用し得るが、大腸菌は利用できない糖である。β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を含む培地ではすべての大腸菌群のコロニーが呈色すると考えられるが、十分量のセロビオースを加えることにより、大腸菌以外の大腸菌群は発色酵素基質ではなくセロビオースを優先的に利用するため、コロニーの色調の違いにより大腸菌と大腸菌以外の大腸菌群を区別することができる。さらに、セロビオースは分解されると最終的に酸性物質を生じるため、この酸性物質を利用したさらなる識別方法により、大腸菌と大腸菌以外の大腸菌群とをより明確に区別することも可能となる。
【0035】
第1の培地において、セロビオースの含有量は、第1の培地の総量に対して、1~30g/L、好ましくは5~20g/Lとすることができる。セロビオースの含有量をこの範囲とすることにより、第1の培地において、大腸菌と大腸菌以外の大腸菌群との区別が容易となる。
【0036】
(β-ガラクトシダーゼ誘導因子)
第1の培地は、β-ガラクトシダーゼ誘導因子をさらに含んでもよい。本明細書において、「β-ガラクトシダーゼ誘導因子」とは、大腸菌におけるβ-ガラクトシダーゼの発現を誘導することのできる物質を意味する。本発明において、β-ガラクトシダーゼ誘導因子は、大腸菌のβ-ガラクトシダーゼ発現を誘導することができる物質であればよく、例えば、これらに限定されるものではないが、ラクトースおよびイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)などが挙げられ、好ましくはラクトースである。第1の培地がβ-ガラクトシダーゼ誘導因子を含むことにより、大腸菌においてβ-ガラクトシダーゼの発現が促進され、大腸菌のコロニーの呈色が明瞭になり、大腸菌の識別が容易となる。
【0037】
第1の培地において、β-ガラクトシダーゼ誘導因子の含有量は、例えば、第1の培地の総量に対して、0.1~20g/L、より好ましくは1~10g/L、さらにより好ましくは2~5g/Lとすることができる。β-ガラクトシダーゼ誘導因子の含有量をこのような範囲とすることにより、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質によるコロニーの呈色が明瞭となり、大腸菌のコロニーの識別が容易となる。
【0038】
(胆汁酸またはその塩)
第1の培地は、胆汁酸またはその塩をさらに含んでもよい。胆汁酸またはその塩は、グラム陽性菌の発育を抑制する効果を有するため、大腸菌に対する選択性を向上させることができる。さらに、胆汁酸又はその塩をセロビオースおよび後述するpH指示薬と組み合わせることにより、大腸菌以外の大腸菌群のコロニーを呈色させることができるため、大腸菌のコロニーの識別が容易となる。
【0039】
胆汁酸としては、胆汁抹、バイルソルトNo.3、コール酸、デオキシコール酸およびタウロコール酸などが挙げられる。胆汁酸塩としては、胆汁酸のナトリウム塩およびカリウム塩などが挙げられる。胆汁酸またはその塩は2つ以上を組み合わせて用いてもよい。胆汁酸およびその塩は、好ましくは、コール酸もしくはその塩、デオキシコール酸もしくはその塩、またはそれらの組み合わせであり、さらに好ましくは、コール酸ナトリウムおよびデオキシコール酸ナトリウムである。
【0040】
第1の培地において、胆汁酸またはその塩の含有量は、第1の培地の総量に対して、0.01~10g/L、より好ましくは0.1~5g/Lとすることができる。
【0041】
(pH指示薬)
第1の培地は、pH指示薬をさらに含んでもよい。第1の培地がpH指示薬を含むことにより、外観で培地のpHを確認することができる。さらに、一部のpH指示薬は、セロビオースおよび胆汁酸またはその塩と組み合わせることにより大腸菌以外大腸菌群のコロニーを呈色させることができるため、大腸菌のコロニーの識別を容易にすることができる。
【0042】
pH指示薬としては、これらに限定されるものではないが、例えば、フェノールレッド、ニュートラルレッド、ブロモチモールブルー、ブロモクレゾールパープルなどが挙げられる。この中でも、セロビオースおよび胆汁酸またはその塩と組み合わせることにより大腸菌以外の大腸菌群のコロニーを呈色させることができることから、pH指示薬は、ニュートラルレッドが好ましい。
【0043】
第1の培地において、pH指示薬の含有量は、第1の培地の総量に対して、0.0001~0.05g/L、より好ましくは0.001~0.01g/Lとすることができる。
【0044】
(その他の成分)
第1の培地はさらに、通常の微生物用培地において一般的に使用される成分を任意に含んでもよい。そのような成分としては、例えば、これらに限定されるものではないが、栄養成分、無機塩類、pH調節剤、ゲル化剤、追加の抗菌剤などが挙げられる。
【0045】
栄養成分としては、例えば、ペプトン、獣肉エキス、酵母エキス、魚肉エキスなどが挙げられる。
【0046】
無機塩としては、無機酸金属塩および有機酸金属塩などが挙げられる。無機酸金属塩としては、例えば、塩化ナトリウムおよび塩化カリウムなどが挙げられる。有機酸金属塩としては、例えば、クエン酸ナトリウムおよびピルビン酸ナトリウムなどが挙げられる。
【0047】
ゲル化剤としては、寒天、ゲランガム、カラギーナン、グアーガム、キサンタンガム、ポリビニルアルコールなどが挙げられる。第1の培地において、ゲル化剤の含有量は、第1の培地を固体培地として使用できる量であればよく、例えば、1~50g/L、好ましくは5~30g/Lとすることができる。
【0048】
第1の培地はさらに、夾雑菌の発育を抑制する目的で、大腸菌の発育を抑制しない量の追加の抗菌剤を含んでもよい。追加の抗菌剤としては、これらに限定されるものではないが、例えば、亜テルル酸塩(後述)、クエン酸およびポリリジンなどが挙げられる。追加の抗菌剤の含有量としては、例えば、第1の培地の総量に対して、0.01~100mg/Lとすることができる。第1の培地は、追加の抗菌剤を低濃度で含むことにより、夾雑菌の発育を抑制し、大腸菌に対する選択性を向上させることができる。
【0049】
(pH)
第1の培地のpHは、大腸菌の発育およびコロニーの呈色のしやすさなどの観点から、6.0~9.0、好ましくは7.0~8.0であることが好ましい。培地のpHは、微生物用培地の分野において既知の任意の方法により調節することができる。
【0050】
b.第2の培地
本開示のキットにおいて、第2の培地は、セフィキシム、亜テルル酸塩、およびβ-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を含む。第2の培地をこのような構成とすることにより、亜テルル酸塩に抵抗性の腸管出血性大腸菌を選択的に検出することができる。
【0051】
(セフィキシム)
セフィキシムについては、「a.第1の培地」の項で説明したとおりである。第2の培地において、セフィキシムの含有量は、大腸菌以外の細菌の発育を抑制することができる量であればよく、例えば、第2の培地の総量に対して、0.01~0.10mg/L、好ましくは0.03~0.07mg/Lとすることができる。第2の培地におけるセフィキシムの含有量は、第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。
【0052】
(亜テルル酸塩)
第2の培地は、亜テルル酸塩を含む。亜テルル酸塩は抗菌作用を有する化合物であり、EHECでない大腸菌は亜テルル酸塩により発育が抑制されるが、多くのEHECは亜テルル酸塩に対して抵抗性であることから、EHECに対する有用な選択剤である。本発明のキットにおいて、第2の培地は、亜テルル酸塩を含むことにより、EHEC以外の大腸菌およびその他の夾雑菌の発育を抑制することができるため、腸管出血性大腸菌に対する選択性を向上させることができる。
【0053】
本発明のキットにおいて、亜テルル酸塩としては、例えば、亜テルル酸ナトリウム、亜テルル酸カリウム、および亜テルル酸バリウムなどを挙げることができ、好ましくは亜テルル酸ナトリウムまたは亜テルル酸カリウムであり、より好ましくは亜テルル酸カリウムである。
【0054】
第2の培地において、亜テルル酸塩の含有量は、第2の培地の総量に対して、0.5~10mg/L、好ましくは1~5mg/L、より好ましくは1~3mg/Lとすることができる。第2の培地における亜テルル酸塩の含有量をこの範囲とすることにより、EHEC以外の大腸菌およびその他の夾雑菌の発育を抑制し、EHECに対する選択性を高めることができる。
【0055】
(β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質)
第2の培地は、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質を含む。β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質については、「a.第1の培地」の項で説明したとおりである。第2の培地におけるβ-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質は第1の培地に含まれるものと同じでもよく、異なっていてもよいが、第1の培地に含まれるものと同じであることが好ましい。
【0056】
第2の培地において、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質の含有量は、EHECのコロニーを呈色させることができる量であればよく、例えば、第2の培地の総量に対して、0.01~1g/L、好ましくは0.05~0.5g/Lとすることができる。第2の培地におけるβ-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質の含有量は、第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。
【0057】
(セロビオース)
第2の培地は、セロビオースを含む。セロビオースについては、「a.第1の培地」の項で説明したとおりである。第2の培地において、1~30g/L、好ましくは5~20g/Lとすることができる。セロビオースの含有量をこの範囲とすることにより、第1の培地において、大腸菌と大腸菌以外の大腸菌群との区別が容易となる。第2の培地におけるセロビオースの含有量は、第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。
【0058】
(β-ガラクトシダーゼ誘導因子)
第2の培地は、β-ガラクトシダーゼ誘導因子をさらに含んでもよい。β-ガラクトシダーゼ誘導因子については、「a.第1の培地」において説明したとおりである。第2の培地におけるβ-ガラクトシダーゼ誘導因子は、第1の培地におけるβ-ガラクトシダーゼ誘導因子と同じものでもよく、異なっていてもよい。
【0059】
第2の培地において、β-ガラクトシダーゼ誘導因子の含有量は、例えば、0.1~20g/L、より好ましくは1~10g/L、さらにより好ましくは2~5g/Lとすることができる。β-ガラクトシダーゼ誘導因子の含有量をこのような範囲とすることにより、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質によるコロニーの呈色が明瞭となり、大腸菌のコロニーの識別を容易にすることができる。第2の培地におけるβ-ガラクトシダーゼ誘導因子の含有量は、第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。
【0060】
(胆汁酸またはその塩)
第2の培地は、胆汁酸またはその塩をさらに含んでもよい。胆汁酸またはその塩については、「a.第1の培地」の項で説明したとおりである。第2の培地において、胆汁酸またはその塩の含有量は、第2の培地の総量に対して、0.01~10g/L、より好ましくは0.1~5g/Lとすることができる。第2の培地における胆汁酸またはその塩の含有量は、第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。
【0061】
(pH指示薬)
第2の培地は、pH指示薬をさらに含んでもよい。pH指示薬については、「a.第1の培地」の項で説明したとおりである。第2の培地において、pH指示薬の含有量は、第1の培地の総量に対して、0.0001~0.05g/L、より好ましくは0.001~0.01g/Lとすることができる。第2の培地における胆汁酸またはその塩の含有量は、第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。しかし、第1の培地および第2の培地を目視で識別可能にするという観点から、pH指示薬の含有量は第1の培地と第2の培地とで異なっていることが好ましい。例えば、第1の培地よりも第2の培地の含有量を高くすることにより、第2の培地の色が第1の培地の色よりも濃くなるため、2つの培地を目視で容易に判別することが可能となる。当然のことながら、pH指示薬は、第1の培地の含有量を高くしてもよい。
【0062】
(その他の成分)
第2の培地はさらに、通常の微生物用培地において一般的に使用される成分を任意に含んでもよい。そのような成分については、「a.第1の培地」の項で説明したとおりである。
【0063】
(pH)
第2の培地のpHは、大腸菌の発育およびコロニーの呈色のしやすさなどの観点から、6.0~9.0、好ましくは7.0~8.0であることが好ましい。第2の培地のpHは第1の培地と同じでもよく、異なっていてもよい。培地のpHは、微生物用培地の分野において既知の任意の方法により調節することができる。
【0064】
c.キットの形態
本発明のキットはいかなる形態でもよいが、好ましくは平板培地の形態である。具体的には、第1の培地および第2の培地をそれぞれ別個の平板培地とした形態でもよく、第1の培地および第2の培地を1つの平板培地に形成した2分画の平板培地の形態でもよい。しかし、EHEC検査を簡便に行うという観点から、本発明のキットは、好ましくは、2分画の平板培地の形態である。本発明のキットを2分画の平板培地の形態とすることで、1度の画線塗抹で2種類の培地に検体を接種することができるため、EHEC検査の操作を簡略化することができる。
【0065】
本発明のキットは、第1の培地において亜テルル酸塩への抵抗性にかかわらずすべての大腸菌が検出されるため、検体に亜テルル酸塩感受性EHECが含まれていても見落とすことがない。例えば、実際の検査において第2の培地においてコロニーが認められた場合は、亜テルル酸塩抵抗性EHECであることが明らかである。また、検体に亜テルル酸塩感受性EHECが含まれていた場合、第2の培地においてコロニーが認められなかったとしても、第1の培地ではコロニーを形成するため、第1の培地から釣菌して更なる試験を行うことができる。したがって、本発明のキットを使用することにより、亜テルル酸塩への感受性の有無にかかわらず、1度の培養ですべてのEHECを検出することができる。
【0066】
さらに、本発明のキットでは、大腸菌の識別方法として、β-グルクロニダーゼに依存せず、β-ガラクトシダーゼおよびセロビオース利用能に由来する方法を採用しているため、血清型にかかわらずすべての大腸菌を識別することができる。したがって、O157の検出のための培地が個別に必要であった従来の方法と比べて、EHEC検査を簡便にすることができる。
【0067】
2.亜テルル酸塩感受性腸管出血性大腸菌の検出方法
本発明の第2の態様は、亜テルル酸塩感受性腸管出血性大腸菌の検出方法である。本発明の方法は、検体に含まれる細菌を培養するための培養工程を含み、当該培養工程は、セフィキシム、ノボビオシンまたはその塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質、およびセロビオースを含む、第1の培地と、セフィキシム、亜テルル酸塩、β-ガラクトシダーゼに特異的な発色酵素基質およびセロビオースを含む、第2の培地と、において培養を行う工程である。
【0068】
本発明の方法において、第1の培地および第2の培地については、「a.第1の培地」および「b.第2の培地」の項において説明したとおりである。
【0069】
本発明の方法において、培養工程は、大腸菌が発育できる条件であればいかなる条件で行ってもよい。例えば、培養工程の温度は、10~50℃、好ましくは20~40℃とすることができる。また、培養工程の培養時間は、12~48時間、好ましくは12~36時間とすることができる。
【0070】
本発明の方法では、亜テルル酸塩感受性EHECは他の大腸菌と共に第1の培地においてコロニーを形成するため、たとえ第2の培地においてEHECのコロニーが検出されなかったとしても、第1の培地から大腸菌を釣菌して更なる試験を行い、EHECであるか否かを判断することができる。したがって、従来の方法では時間を要していた亜テルル酸塩感受性EHECの検出を短時間で行うことができる。
【実施例0071】
1.培地の調製
表1にしたがってそれぞれの成分を混合し、第1の培地および第2の培地のベース培地を調製した。このベース培地をそれぞれ高圧蒸気滅菌(121℃15分間)した後、表2に従いセフィキシム、亜テルル酸カリウム、ノボビオシンナトリウムを加え、第1の培地および第2の培地を調製した。調製した培地を低仕切の2分画シャーレにそれぞれ分注し、固化させて2分画培地とした。
【0072】
【表1】
【0073】
【表2】
【0074】
2.菌の接種
表3に記載の菌株を供試菌株として使用した。各菌株をヒツジ血液寒天培地(ベクトン・ディッキンソン株式会社)で35℃、24時間培養した。培養後、各発育コロニーを、上で調製した2分画培地に、両培地を横切るように画線塗抹し、35℃、24時間培養後に各菌株の発育および呈色を確認した。結果を表4に示す。
【0075】
【表3】
【0076】
【表4】
【0077】
表4の結果から、第1の培地においては、血清型および亜テルル酸塩への感受性の有無にかかわらず、すべての大腸菌が発育し、青に呈色することが確認された。また、第2の培地において、亜テルル酸塩感受性株を除くすべての血清型のEHECが発育し、濃い青に呈色することが確認された。一方、大腸菌以外の菌は第1および第2の培地の両方において、発育しないか、発育しても大腸菌とは異なる呈色を示すことが認められた。これらの結果から、本発明のキットにおいて、EHECの血清型および亜テルル酸塩への感受性にかかわらず、すべてのEHECを検出できることが示された。
【0078】
このように、本発明のキットによれば、亜テルル酸塩抵抗性EHECは、O157を含め、第2の培地で検出することができる。また、亜テルル酸塩感受性EHECは、第2の培地では発育できないが、少なくとも第1の培地において発育できるため、第2の培地においてコロニーが認められなかったとしても、EHEC感染症が疑われる場合は第1の培地から大腸菌を釣菌してベロ毒素産生能の有無などを確認することで、EHECであるか否かの確認をすることができる。したがって、本発明のキットを用いることにより、従来の方法よりも迅速にEHEC検査を行うことができる。