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  • 特開-表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024138692
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20241002BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
C23C16/36
C23C16/40
C23C16/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023049294
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】浅利 翔太
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF23
3C046FF24
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA13
4K030AA14
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030BB03
4K030BB12
4K030CA03
4K030CA11
4K030FA10
4K030LA22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】耐摩耗性、耐熱亀裂性を有する表面被覆切削工具の提供。
【解決手段】a)被覆層は上部層、中間層、下部層を有し、b)上部層は1.0~10.0μmの平均厚さで、α-Al層を含み、c)α-Al層の前記基体に平行な断面においてクラックが存在し、クラックの密度が0.4~6.5本/mmであり、d)中間層は、1.5~5.0μmの平均厚さで、TiCN層を含み、e)下部層は、3.0~10.0μmの平均厚さで、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、f)TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、被覆層の縦断面においてNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、その平均組成は(Ti1-XavgAlXavg)(CYavg1-Yavg)(0.70≦Xavg≦0.90、0.000≦Yavg≦0.050)である表面被覆切削工具。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と該基体の表面に被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)該被覆層は上部層、中間層、下部層の少なくとも3層を有し、
(b)前記上部層は1.0~10.0μmの平均厚さであって、α-Al層を含み、
(c)前記α-Al層の前記基体に平行な断面においてクラックが存在し、該クラックの密度が0.4~6.5本/mmであり、
(d)前記中間層は、1.5~5.0μmの平均厚さであって、TiCN層を含み、
(e)前記下部層は、3.0~10.0μmの平均厚さであって、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、
(f)前記TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、前記被覆層の縦断面においてNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、その平均組成は(Ti1-XavgAlXavg)(CYavg1-Yavg)(0.70≦Xavg≦0.90、0.000≦Yavg≦0.050)である
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記α-Al層の配向性指数TC(0 0 12)が、6.0以上であり、構成原子共有格子点グラフにおいて前記α-Al層のΣN+1全体に占めるΣ3の分布割合が40%以上、100%以下であること。
ここで、
TC(0 0 12)=[I(0 0 12)/I0(0 0 12)]
×[(1/7)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(0 0 12):(0 0 12)面におけるX線回折ピーク強度の測定値
I0(0 0 12):ICDDカード00-042-1468に記載のAlの結晶面の(0 0 12)面における標準X線回折ピーク強度の平均値
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):(0 1 2)、(1 0 4)、(1 1 3)、(1 1 6)、(3 0 0)、(2 1 4)および(0 0 12)の7面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、Alの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値
であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記α-Al層は、残留応力が0~+300MPaの結晶を有することを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記α-Al層において、ρα=[S]/([Al]+[O]+[S])([Q]は、元素Qの原子数を表す)が0.00001~0.00050であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記TiCN層の配向性指数TC(422)が、2.0以上であること。
ここで、
TC(422)=[I(422)/I0(422)]
×[(1/8)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(422):(422)面におけるX線回折ピーク強度の測定値
I0(422):ICDDカード00-042-1489に記載のTiCNの結晶面の(422)面における標準X線回折ピーク強度の平均値
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):(111)、(200)、(420)および(422)の8面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、TiCNの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値
であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、切削工具を高寿命とすべく、炭化タングステン(以下、WCということがある)基超硬合金等の基体の表面に、被覆層を被覆した被覆工具があり、この被覆工具は耐摩耗性等が向上している。
そして、被覆工具のより一層の切削性能を向上させるために、被覆層の組成や構造について、種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、被覆層がTi1-xAlN層および/またはTi1-xAlC層および/またはTi1-xAlCN層(式中、xは0.65~0.95である)の上にAl層を有する被覆工具が記載され、該被覆工具は前記被覆層が断熱性を有するため耐久性に優れるとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、被覆層の平均厚さ4~14μmのTi1-xAlNの内層、同0.05~1μmのTiCNの中間層、および同1~9μmのα-Alの少なくとも1つの外層を含み、
前記α-Al層のテクスチャー係数TC(hkl)が、
TC(hkl)=[I(hkl)/I0(hkl)]
×[(1/n)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
[式中、計算に使用される(hkl)反射は(0 2 4)、(1 1 6)、(3 0 0)、および(0 0 12)であり、
I(hkl)=(hkl)反射の測定される強度(ピーク強度)、
I0(hkl)=ICDDのPDFカードNo.00-042-1468による標準強度
n=反射の数]、
であって、3<TC(0 0 12)<4である被覆工具が記載され、該被覆工具は耐摩耗性及び耐櫛状クラック性が改善されているとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011-516722号公報
【特許文献2】特開2020-506811号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたもので、高速断続切削加工を含む切削加工において優れた耐チッピング性を有する表面被覆切削工具を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
基体と該基体の表面に被覆層を有し、該被覆層は上部層、中間層、下部層の少なくとも3層を有し、
(a)前記上部層は1.0~10.0μmの平均厚さであって、α-Al層を含み、
(b)前記α-Al層の前記基体に平行な断面においてクラックが存在し、該クラックの密度が0.4~6.5本/mmであり、
(c)前記中間層は、1.5~5.0μmの平均厚さであって、TiCN層を含み、
(d)前記下部層は、3.0~10.0μmの平均厚さであって、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層を含み、
(e)前記TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層は、前記被覆層の縦断面においてNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、その平均組成は(Ti1-XavgAlXavg)(CYavg1-Yavg)(0.70≦Xavg≦0.90、0.000≦Yavg≦0.050)である。
【0008】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、次の(1)~(4)の少なくとも1つを満足してもよい。
【0009】
(1)前記α-Al層の配向性指数TC(0 0 12)が、6.0以上、7.0以下であり、構成原子共有格子点分布グラフにおいて前記α-Al層のΣN+1全体に占めるΣ3の分布割合が40%以上、100%以下であること。
ここで、
TC(0 0 12)=[I(0 0 12)/I0(0 0 12)]
×[(1/7)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(0 0 12):(0 0 12)面におけるX線回折ピーク強度の測定値
I0(0 0 12):ICDDカード00-042-1468に記載のAlの結晶面の(0 0 12)面における標準X線回折ピーク強度の平均値
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):(0 1 2)、(1 0 4)、(1 1 3)、(1 1 6)、(3 0 0)、(2 1 4)および(0 0 12)の7面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、Alの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値
【0010】
(2)前記α-Al層は、残留応力が0~+300MPaの結晶を有すること。
(3)前記α-Al層において、ρα=[S]/([Al]+[O]+[S])([Q]は、元素Qの原子数を表す)が0.00001~0.00050であること。
【0011】
(4)前記TiCN層の配向性指数TC(422)が、2.0以上、4.0以下であること。
ここで、
TC(422)=[I(422)/I0(422)]
×[(1/4)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(422):(422)面におけるX線回折ピーク強度の測定値
I0(422):ICDDカード00-042-1489に記載のTiCNの結晶面の(422)面における標準X線回折ピーク強度の平均値
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):(111)、(200)、(420)および(422)の4面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、TiCNの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値
である。
【発明の効果】
【0012】
前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、優れた耐チッピング性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る表面被覆切削工具の縦断面模式図である。
図2】クラック密度を測定する測定線の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、前述の先行技術文献に記載されているような被覆層の上層にα-Al層を有する被覆工具において、より優れた耐チッピング性を有するための方策について鋭意検討した。
その結果、特許文献1では存在しない方が好ましいとされているクラックについて、α-Al層の基体表面に平行な断面において所定の密度で存在すれば、被覆工具が優れた耐チッピング性を発揮するとの知見を得た。
【0015】
以下では、本発明の実施形態の被覆工具について詳細に説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、「L以上、M以下」と同義であって、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値のみに単位が記載されているときは、下限値の単位も同じである。
【0016】
図1に、本発明の一実施形態に係る被覆工具の縦断面(基体の表面の微小な凹凸をないものとして扱って基体の表面を水平面と扱いこの面に垂直方向の断面)を模式的に示す。この図1から明らかなように、この実施形態に係る被覆工具は、基体(1)の表面に下部層(2)が接し、該下部層(2)の工具表面側で該下部層(2)と接する中間層(3)と、さらに該中間層(3)の工具表面側で該中間層(3)と接する上部層(4)を有している。そして、下部層(2)、中間層(3)および上部層(4)は被覆層(5)を構成する。
以下、順に各層を説明する。
【0017】
1.下部層
下部層は、TiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物((TiAl)(CN)ということがある)層を含んでいる。
【0018】
(1)平均厚さ
下部層の平均厚さは、3.0~10.0μmであることが好ましい。その理由は、平均厚さが3.0μm未満であると、長期の使用にわたって優れた耐摩耗性を発揮することができず、一方、平均厚さが10.0μmを超えると、高速断続切削ではチッピング等の異常損傷を生じやすくなるためである。下部層の平均厚さは、5.0~8.0μmがより好ましい。
【0019】
(2)NaCl型面心立方構造の結晶粒の含有割合
NaCl型面心立方構造の結晶粒の含有割合は、縦断面において80面積%以上が好ましい。その理由は80面積%未満の場合には、下部層中に(TiAl)(CN)の本来の安定相であり軟質なウルツ鉱型の六方晶構造の割合が増加し、十分な被覆工具の耐久性を得られないためであり、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒の割合は、90面積%以上がより好ましく100面積%であってもよい。
【0020】
(3)平均組成
TiとAlの複合窒化物層もしくは炭窒化物層の平均組成は、(Ti1-XavgAlXavg)(CYavg1-Yavg)(0.70≦Xavg≦0.90、0.000≦Yavg≦0.050)であることが好ましい。その理由は、Xavgが0.70未満であると、(AlTi)CNが有する高い耐酸化特性が十分に得られず、一方、0.90を上回ると、十分な耐摩耗性が得られないためである。Xavgは、0.75~0.85であることがより好ましい。
【0021】
また、(AlTi)(CN)におけるC成分には、硬さを向上させる作用があるためCを含有してもよい。しかし、Yavgが0.050を超えると、耐チッピング性が低下するため、0.000≦Yavg≦0.050とすることが好ましい。
【0022】
なお、(AlTi)と(CN)の原子比は、1:1となるように成膜されるが、1:0.8~1:1.2の範囲にあればよい。
【0023】
2.中間層
下部層の表面に接しその工具表面側に設ける中間層は、TiCN層を含み、下部層と上部層を密着させる層として働くものである。
【0024】
(1)平均厚さ
中間層の平均厚さは、1.5~5.0μmであることが好ましい。その理由は、平均厚さが1.5μm未満であると、下部層と上部層の密着性を十分に確保することができず、後述する上部層に含まれるα-Al層に存在するクラックが中間層中へさらに進展して、中間層中のクラックを起点としたチッピングが発生しやすくなり、一方、5.0μmを超えると、高速断続切削等の加工ではTiCN層が破断しチッピングが生じやすくなるためである。中間層の平均厚さは、2.5~4.0μmがより好ましい。
【0025】
(2)組成
中間層に含まれるTiCN層の組成は化学量論的組成に限定されない。
【0026】
(3)配向性指数
中間層に含まれるTiCN層の配向性指数TC(422)が、2.0以上、4.0以下であることがより好ましい。
ここで、
TC(422)=[I(422)/I0(422)]
×[(1/4)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(422):(422)面におけるX線回折ピーク強度の測定値
I0(422):ICDDカード00-042-1489に記載のTiCNの結晶面の(422)面における標準X線回折ピーク強度の平均値
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):(111)、(200)、(420)および(422)の4面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、TiCNの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値
である。
【0027】
TC(422)が2.0以上となることがより好ましい理由は、2.0未満であると、後述する上部層に含まれるα-Al層に存在するクラックがTiCN層中へさらに進展して、TiCN層中のクラックを起点としたチッピングが発生しやすくなることがあるためである。なお、TC(422)は、4.0が理論上の最大値である。
【0028】
3.上部層
中間層の表面に接し工具表面側に設ける上部層は、α-Al層を含み、優れた高温硬さと耐高温酸化性を発揮させる層として働くものである。
【0029】
(1)平均厚さ
上部層の平均厚さは、1.0~10.0μmであることが好ましい。その理由は、1.0μm未満では、長期にわたる優れた耐摩耗性を発揮することができず、さらに後述する上部層に含まれるα-Al層中のクラック密度が低くなりやすく却って切削時にチッピングが発生しやすくなり、一方、10.0μmを超えると、切削時にチッピングを発生しやすくなるためである。上部層の平均厚さは、3.0~8.0μmであることがより好ましい。
【0030】
(2)組成
上部層に含まれるα-Al層の組成は化学量論的組成に限定されない。
【0031】
(3)クラック密度
上部層に含まれるα-Al層は、基体に平行な断面(工具基体表面の微小は凹凸をないものとして基体表面を平面と扱ったとき、この平面に平行な断面)においてクラックが存在し、該クラックの密度が0.4~6.5本/mmであることが好ましい。この範囲のクラック密度が好ましい理由は、0.4本/mm未満であれば、クラック密度が小さいため切削時に上部層にかかる応力が局所に集中しチッピングが発生しやすくなり、一方、6.5本/mmを超えると、クラックの密度が高いことにより、切削時にチッピングが発生しやすくなるためである。クラック密度はより好ましくは0.8~3.6本/mmである。
【0032】
クラック密度は、次のようにして測定する。
上部層をその厚さがほぼ半分になるまで研磨し、基体表面に平行な断面を得る。そして、この断面において一辺の長さが1mm正方形の視野を光学顕微鏡で観察する。
次に、図2に示すように、この正方形の観察領域に対し、縦方向を11等分する間隔で横方向に観察領域を横切るように長さ1mm以上の線を計10本引き、この線を分析線として、10本の分析線のそれぞれに対して当該分析線と交差するクラックの数を数える。そして、それぞれのクラック数を平均した値をクラック密度とする。
【0033】
(4)配向性指数TC(0 0 12)とΣN+1全体に占めるΣ3の割合
上部層の配向性指数TC(0 0 12)が6.0以上、7.0以下であり、前記α-Al層のΣN+1全体に占めるΣ3の割合が40%以上、100%以下であることがより好ましい。
ここで、
TC(0 0 12)=[I(0 0 12)/I0(0 0 12)]
×[(1/7)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(0 0 12):(0 0 12)面におけるX線回折ピーク強度の測定値、
I0(0 0 12):ICDDカード00-042-1468に記載のα-Alの結晶面の(0 0 12)面における標準X線回折ピーク強度の平均値、
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):(0 1 2)、(1 0 4)、(1 1 3)、(1 1 6)、(3 0 0)、(2 1 4)および(0 0 12)の7面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、Alの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値、
である。
【0034】
TC(0 0 12)が6.0以上、7.0以下(7.0は理論上の上限値)であればより耐摩耗性が得られ、被削材の溶着が生じにくくなり、また、α-Al層におけるΣN+1全体に占めるΣ3の割合が40%以上であればより耐摩耗性が得られ、α-Al層の粒界強度が低下しなくなって、α-Al層中のクラックを起点としたチッピングの発生がより確実に抑制されるためである。このΣ3の割合は100%であってもよい。
【0035】
(5)残留応力
α-Al層の残留応力が0~+300MPaであることがより一層好ましい。この範囲の残留応力がより一層好ましい理由は、0MPa未満(圧縮残留応力が存在する)であれば、α-Al層とTiCN層の付着強度が低下しα-Al層が剥離することによりチッピングが発生しやすくなり、一方、300MPaを超えると、α-Al層中のクラックを起点としたチッピングが発生しやすくなるためである。
【0036】
(6)S(硫黄)の原子数割合
α-Al層において、ρα=[S]/([Al]+[O]+[S])([Q]は、元素Qの原子数を表す)が0.00001~0.00050であることがより一層好ましい。その理由は、ραが0.00001未満であると、基体の塑性変形に対しα-Al層が追従できずチッピング等の異常損傷が発生しやすくなることがあり、一方、0.00050を超えると、α-Al層の粒界強度が低下することによりα-Al層中のクラックを起点としたチッピングが生じやすくなることがあるためである。
【0037】
4.その他の層
その他の層は、意図的に設ける層と意図的に設けない(意図しない)層の2種に大別される。以下、順に説明する。
【0038】
4-1.意図的に設ける層
以下の層は、意図的に設ける層である。
【0039】
(1)下地層
基体と下部層との間に下地層を設けてもよい。下地層は、下部層とは組成の異なるTiとAlの複合窒化物層または複合炭窒化物層、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちから選ばれる1層または2層以上であってよい。これらの層の組成は化学量論的組成に限定されない。
【0040】
(2)下部密着層
下部層と中間層の間に、下部密着層を設けてもよい。下部密着層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層のうちから選ばれる1層または2層以上であってよい。これらの層の組成は化学量論的組成に限定されない。
【0041】
(3)上部密着層
中間層と上部層との間に、上部密着層を設けてもよい。上部密着層は、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちから選ばれる1層または2層以上であってよい。これらの層の組成は化学量論的組成に限定されない。
【0042】
4-2.意図しない層
成膜ガスの切り換え時に、意図せずに、下部層としてのTiとAlの複合窒化物層もしくは炭窒化物層、中間層のとしてTiCN層、上部層としてのα-Al層、下地層、下部密着層、上部密着層とは違う層がごくわずかであるが製造されることがある。
【0043】
5.基体
(1)組成
本実施形態において、基体は、例えば、WC基超硬合金(WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭化物または炭窒化物を添加したものも含むもの)、サーメット(例えば、TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、セラミックス(例えば、窒化珪素、サイアロン、酸化アルミニウム)、または、cBN焼結体を用いることができるが、これらに限定されない。
【0044】
(2)形状
基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0045】
6.平均厚さの測定
被覆層を構成する各層の平均厚さは、例えば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)等を用いて、被覆層を任意の位置の縦断面の観察用の試料を作製し、その縦断面を走査型電子顕微鏡(SEM)またはTEM、走査型透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscope)、あるいはSEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X-ray spectrometer)を用いて複数箇所(例えば、5箇所)で観察して、厚さを求めこれらを平均することにより得ることができる。
【0046】
7.組成の測定
各層に含まれる原子の含有量は、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)を用い断面を研磨した試料において、電子線を縦断面に照射し、被覆層の厚さ方向に5本以上の線分析を行い、測定結果を平均したものである。
【0047】
8.NaCl型面心立方構造の結晶粒の割合の測定
次のようにして、(TiAl)CN層を構成する結晶粒の結晶粒界を求め、結晶粒を特定する。すなわち、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)に付属する結晶方位解析装置を用いて、研磨された縦断面において、表面研磨面の法線方向に対して、例えば、0.5~1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動)照射しながら、電子線を任意のビーム径および間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込み、個々の測定点の結晶方位を解析する。観察視野としては、基体表面に平行な方向(横方向)に幅50μm、縦方向は被覆層の厚さ(平均厚さ)分が例示できる。
【0048】
なお、本測定に用いた電子線回折パターンの取得条件は、例えば、加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは5.0nmである。このとき、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、これら測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として、正六角形状のものを例示できる。
【0049】
このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造またはウルツ鉱型の六方晶構造を示す場合は、これらピクセルの接する前記領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた部分を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0050】
さらに、結晶方位解析により前記α-Al層について構成原子共有格子点分布グラフをそれぞれ作成し、ΣN+1全体に占めるΣ3の分布割合を求める。
構成原子共有格子点分布グラフは、研磨された縦断面において、この研磨面の法線方向に対して、例えば、0.5~1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動)照射しながら、電子線を任意のビーム径および間隔でスキャンし、研磨面の法線に対して、結晶粒の結晶面である(0001)面および(10-10)面の法線がなす傾斜角を測定し、得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(ただし、Nはコランダム型六方最密晶の結晶構造上2以上の偶数となるが、分布頻度の点からNの上限を28とした場合、4、8、14、24、および26の偶数は存在せず)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で現した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体に占める分布割合を求めることにより作成する。
【0051】
この結果得られる前記α-Al層の構成原子共有格子点分布グラフにおいて、ΣN+1全体(上記の結果からΣ3、Σ7、Σ11、Σ13、Σ17、Σ19、Σ21、Σ23、およびΣ29のそれぞれの分布割合の合計)に占めるΣ3の分布割合を求める。
【0052】
10.TC(hkl)の測定
中間層のみ、上部層のみのX線回折結果を得ることはできず、下部層、中間層、上部層のX線回折結果が一体となって(総括されて)示される。すなわち、被覆層のX線回折結果が示される。
【0053】
α-Al層の配向性指数TC(0 0 12)は次のとおり求められる。
TC(0 0 12)=[I(0 0 12)/I0(0 0 12)]
×[(1/7)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(0 0 12):α-Al層の(0 0 12)面におけるX線回折ピーク強度の測定値、
I0(0 0 12):ICDDカード00-042-1468に記載のα-Alの結晶面の(0 0 12)面における標準X線回折ピーク強度の平均値、
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):α-Al層における(0 1 2)、(1 0 4)、(1 1 3)、(1 1 6)、(3 0 0)、(2 1 4)および(0 0 12)の7面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、Alの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値、
である。
【0054】
TiCN層の配向性指数TC(422)は次のとおり求められる。
TC(422)=[I(422)/I0(422)]
×[(1/4)×Σ(I(hkl)/I0(hkl)]?1
ただし、
I(422):TiCN層の(422)面におけるX線回折ピーク強度の測定値
I0(422):ICDDカード00-042-1489に記載のTiCNの結晶面の(422)面における標準X線回折ピーク強度の平均値
Σ(I(hkl)/I0(hkl)):TiCN層における(111)、(200)、(420)および(422)の4面のそれぞれの面の([X線回折ピーク強度の測定値]/[ICDDカードに掲載されている、TiCNの標準回折ピーク強度の平均値])の値の合計値
である。
【0055】
なお、TiCN層における(111)、(200)、(420)および(422)の4面のそれぞれの面の回折線、およびα-Al層における(0 1 2)、(1 0 4)、(1 1 3)、(1 1 6)、(3 0 0)、(2 1 4)および(0 0 12)の7面のそれぞれの面の回折線は、被覆層、すなわち、前記上部層、中間層および下部層に対してX線回折を行ったときに、上部層、中間層および下部層のそれぞれの層のピークに対して分離して観察される。
また、X線回折は、Cu-Kα線を線源として、測定範囲(2θ):15.0~135.0度、スキャンステップ:0.013度、1ステップ辺り測定時間:0.48sec/stepという条件で測定する。
【0056】
α-Al層の残留応力はsin2Ψ法を用い、Cu-Kα線を用いたX線回折装置を用い、測定範囲(2θ):125.7~130.1度、スキャンステップ:0.013度、1ステップ辺り測定時間:359.3sec/stepという条件で測定する。測定は(13_10)面の回折ピークを用い、ヤング率として386GPa、ポアソン比として0.27(出典:B.Eigenmann,B.Scholtes,E.Macherauch,“Grundlagen und Anwendung der rontgenographischen Spannungsermittlung an Keramiken und Metall-Keramik-Verbundwerkstofften,Materialwissenschaft und Werkstofftechnik,vol.20,pp.314-325,1989.)を使用して計算を実施する。
【0057】
14.製造方法
本実施形態の被覆工具の被覆層は、化学蒸着法によって、例えば、以下のような製造条件によって製造することができる。
【0058】
すなわち、上部層に含まれるα-Al層の成膜ガスであるHCl量、HS量の成膜ガスに占める割合を所定値とし、全ての層の成膜後の冷却過程における400~800℃の冷却速度を所定値とすることにより、α-Al層中のクラック密度を制御することができる。
各層の成膜条件として、以下のものが例示できる。
【0059】
(1)下部層((TiAl)(CN)層)の成膜
反応ガス組成(容量%):
ガス群A:NH:0.1~0.8%、H:25.0~35.0%、
ガス群B:AlCl:0.02~0.09%、TiCl:0.01~0.03%、N:0.0~10.0%、C:0.0~0.5%、H:残
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス群Aとガス群Bの供給周期:1~5秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aの供給とガス群Bの供給の位相差:0.10~0.20秒
【0060】
(2)中間層(TiCN層)の成膜
反応ガス組成(容量%):CHCN:0.5~1.0%、TiCl:1.5~5.0%、
:8.0~25.0%、H:残、
反応雰囲気温度:800~900℃
反応雰囲気圧力:4.0~10.0kPa
【0061】
(3)上部層(α-Al層)の成膜
<初期核生成条件>
反応ガス組成(容量%):AlCl:1.0~5.0%、CO:0.5~2.0%、HCl:0.3~3.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.0~10.0kPa
反応雰囲気温度:800~900℃
【0062】
<核成長条件>
反応ガス組成(容量%):AlCl:1.0~5.0%、CO:3.0~7.0%、HCl:0.3~3.0%、HS:1.0~2.0%、H:残
反応雰囲気圧力:4.0~10.0kPa
反応雰囲気温度:800~900℃
【0063】
(4)冷却工程
400~800℃の温度範囲の冷却速度:0.9~1.6℃/分
【実施例0064】
次に、実施例について説明する。
ここでは、実施例として、基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、基体として、前記したものを用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0065】
原料粉末として、WC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示されるとおりに配合した。ワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1420℃に1時間保持の条件で真空焼結し、ISO規格のSEEN1203AFSN形状をもったWC基超硬合金製の基体A~Cをそれぞれ製造した。なお、各原料粉末には微量の不可避不純物が含まれていた。
【0066】
次に、これら基体A~Cの表面に、下部層、中間層および上部層を、それぞれ、表2~4に示す製造条件に従って順に成膜し、表5に示す実施例の被覆工具1~8(以下、実施例1~8)を得た。
【0067】
一方、比較のために、基体A~Cの表面に、下部層、中間層および上部層を、それぞれ、表2~4に示す製造条件に従って順に成膜し、表5に示す比較例の被覆工具1~8(以下、比較例1~8)を得た。
【0068】
【表1】
【0069】
【表2】
【0070】
【表3】
【0071】
【表4】
【0072】
【表5】
【0073】
続いて、前記本発明被覆工具1~8および比較被覆工具1~8について、前記各種の工具基体A~C(ISO規格SEEN1203AFSN形状)をいずれもカッタ径125mmの合金鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下に示す、ダクタイル鋳鉄の乾式高速正面フライス、センターカット切削試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表7に、切削試験の結果を示す。なお、比較被覆工具1~8は、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0074】
切削試験:乾式高速正面フライス、センターカット切削試験
カッタ径:125mm
被削材:JIS・FCD700のブロック材
切削速度:300m/min
切り込み:2.0mm
送り:0.2mm/刃
切削時間:12分
【0075】
【表6】
【0076】
表6において、比較例の寿命に至る切削時間(分)とはチッピング発生が原因で寿命に至るまでの切削時間(分)を示している。
【0077】
表6から明らかなように、実施例はいずれも刃先が欠損に至るまでの加工時間である最大加工時間が長く、優れた耐久性を有していた。
【符号の説明】
【0078】
1 基体
2 下部層
3 中間層
4 上部層
5 被覆層
図1
図2