IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社リケンの特許一覧

特開2024-138821芳香族ポリエーテルケトン成形体、及びその製造方法
<>
  • 特開-芳香族ポリエーテルケトン成形体、及びその製造方法 図1
  • 特開-芳香族ポリエーテルケトン成形体、及びその製造方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024138821
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】芳香族ポリエーテルケトン成形体、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08J 7/00 20060101AFI20241002BHJP
   C08J 5/00 20060101ALI20241002BHJP
   B29C 45/00 20060101ALI20241002BHJP
   C08L 71/10 20060101ALI20241002BHJP
   C08K 3/04 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
C08J7/00 305
C08J5/00 CEZ
B29C45/00
C08L71/10
C08K3/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023049520
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】眞壁 岳史
(72)【発明者】
【氏名】池田 愼
(72)【発明者】
【氏名】赤岡 太一
【テーマコード(参考)】
4F071
4F073
4F206
4J002
【Fターム(参考)】
4F071AA51X
4F071AA81X
4F071AB03
4F071AD01
4F071AE11
4F071AE17
4F071AF14
4F071AF15
4F071AF21
4F071AG14
4F071AG28
4F071AH17
4F071AH18
4F071BB05
4F071BC03
4F071EA01
4F073AA07
4F073AA32
4F073BA27
4F073BA47
4F073BA52
4F073BB02
4F073CA42
4F073HA05
4F073HA11
4F206AA32
4F206AB18
4F206AH12
4F206AR12
4F206JA07
4F206JL02
4F206JW34
4J002CH091
4J002DA016
4J002DA036
4J002FA066
4J002FD206
4J002GM00
4J002GM02
4J002GM05
(57)【要約】
【課題】表層部における高い機械的強度と大きい伸びとを兼ね備える芳香族ポリエーテルケトン成形体を提供する。
【解決手段】芳香族ポリエーテルケトン成形体は、マトリックス相と、上記マトリックス相に分散された分散相と、を含む。上記マトリックス相は、芳香族ポリエーテルケトンで構成される。上記分散相は、カーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方で構成される。上記芳香族ポリエーテルケトン成形体は、表層部と、内側部と、から構成される。上記表層部における上記マトリックス相の結晶子サイズが63Åより大きい。上記内側部は、上記表層部の内側を構成し、上記マトリックス相の結晶子サイズが上記表層部よりも小さい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ポリエーテルケトンで構成されたマトリックス相と、
カーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方で構成され、前記マトリックス相に分散された分散相と、
を含み、
前記マトリックス相の結晶子サイズが63Åより大きい表層部と、
前記表層部の内側を構成し、前記マトリックス相の結晶子サイズが前記表層部よりも小さい内側部と、
から構成される
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項2】
請求項1に記載の芳香族ポリエーテルケトン成形体であって、
前記マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンは最大ピーク分子量が5万以上の範囲に存在する分子量分布を有する
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項3】
請求項1に記載の芳香族ポリエーテルケトン成形体であって、
前記分散相がカーボンブラックで構成され、
前記表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率が0.6%以上である
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項4】
請求項1に記載の芳香族ポリエーテルケトン成形体であって、
前記分散相がカーボンナノチューブで構成され、
前記表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率が1.9%以上である
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項5】
請求項1に記載の芳香族ポリエーテルケトン成形体であって、
前記マトリックス相が、ポリエーテルエーテルケトンで構成される
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項6】
請求項1に記載の芳香族ポリエーテルケトン成形体であって、
摺動部材として構成される
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項7】
請求項6に記載の芳香族ポリエーテルケトン成形体であって、
ギヤ部材として構成される
芳香族ポリエーテルケトン成形体。
【請求項8】
射出成形法によって、芳香族ポリエーテルケトンで構成されたマトリックス相に、カーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方で構成された分散相が分散された成形体を作製し、
前記成形体の表面に電子線を照射する
芳香族ポリエーテルケトン成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種部品に利用可能な芳香族ポリエーテルケトン成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
産業機械分野では、軽量化の観点などから金属部品から樹脂成形体への代替が求められている。特許文献1には、樹脂成形体の機械的強度を向上させるための技術が開示されている。この技術では、樹脂成分の結晶化度を向上させて分子運動の自由度を拘束することで、樹脂成形体の機械的強度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2015-150984号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
金属部品から樹脂成形体への代替が求められる部品として、ギヤ部材などの摺動部材が挙げられる。摺動部材では、耐久性の向上のために、機械的強度が高いことに加え、伸びが大きいことが有利である。ところが、樹脂成形体において、高い機械的強度と大きい伸びとを両立させることが可能な技術はあまり知られていない。
【0005】
以上のような事情に鑑み、本発明は、表層部における高い機械的強度と大きい伸びとを兼ね備える芳香族ポリエーテルケトン成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係る芳香族ポリエーテルケトン成形体は、マトリックス相と、上記マトリックス相に分散された分散相と、を含む。
上記マトリックス相は、芳香族ポリエーテルケトンで構成される。
上記分散相は、カーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方で構成される。
上記芳香族ポリエーテルケトン成形体は、表層部と、内側部と、から構成される。
上記表層部における上記マトリックス相の結晶子サイズが63Åより大きい。
上記内側部は、上記表層部の内側を構成し、上記マトリックス相の結晶子サイズが上記表層部よりも小さい。
【0007】
この芳香族ポリエーテルケトン成形体では、表面を構成する表層部において、表層部の内側の内側部よりも、結晶子サイズが大きい。これにより、この芳香族ポリエーテルケトン成形体では、芳香族ポリエーテルケトン本来の高い機械的強度に加え、より外力が加わりやすい表層部において大きい伸びが得られる。
この一方で、この芳香族ポリエーテルケトン成形体では、結晶子サイズが小さい内側部において高い衝撃吸収性が得られるため、表層部に加わる衝撃が内側部に吸収される。これにより、この芳香族ポリエーテルケトン成形体では、表層部に局所的に大きい応力が加わりにくくなるため、更に高い耐久性が得られる。
【0008】
上記マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンは最大ピーク分子量が5万以上の範囲に存在する分子量分布を有してもよい。
上記分散相がカーボンブラックで構成され、上記表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率が0.6%以上であってもよい。
上記分散相がカーボンナノチューブで構成され、上記表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率が1.9%以上であってもよい。
上記マトリックス相が、ポリエーテルエーテルケトンで構成されていてもよい。
上記芳香族ポリエーテルケトン成形体は、摺動部材として構成されていてもよい。
上記芳香族ポリエーテルケトン成形体は、ギヤ部材として構成されていてもよい。
【0009】
本発明の一形態に係る芳香族ポリエーテルケトン成形体の製造方法では、射出成形法によって、芳香族ポリエーテルケトンで構成されたマトリックス相に、カーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方で構成された分散相が分散された成形体が作製される。
上記成形体の表面に電子線が照射される。
【0010】
上記の構成では、マトリックス相にカーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方を分散させ、かつ射出成形法によって得られた成形体に対して電子線の照射を行う。電子線の照射によって成形体の表層部に大きいエネルギが加わることで、表層部に存在する芳香族ポリエーテルケトンの分子運動が活発となる。成形体の表層部では、分子運動が活発となったマトリックス相において分散相を構成するカーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方が結晶子の核となることで、結晶子の粒成長が促進される。これにより、表層部において結晶子サイズの大きいマトリックス相を有する芳香族ポリエーテルケトン成形体が得られる。
【発明の効果】
【0011】
以上のように、本発明では、表層部における高い機械的強度と大きい伸びとを兼ね備える芳香族ポリエーテルケトン成形体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係る樹脂成形体の製造方法を示すフローチャートである。
図2】上記樹脂成形体をギヤ部材として構成した例を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[樹脂成形体の説明]
本発明は、芳香族ポリエーテルケトンを主成分として形成された樹脂成形体である芳香族ポリエーテルケトン成形体に関する。より詳細に、本実施形態に係る樹脂成形体は、芳香族ポリエーテルケトンで構成されたマトリックス相と、カーボン粉末で構成され、マトリックス相に分散された分散相と、を含む。分散相を構成するカーボン粉末は、カーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも一方で構成される。
【0014】
マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンは、ベンゼン環、エーテル、及びケトンにより構成された樹脂である。本実施形態に係る樹脂成形体では、マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンとして、優れた耐熱性及び機械的強度を有するポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を用いることが好ましい。
【0015】
本実施形態に係る樹脂成形体では、マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンの分子量が大きく、具体的に、最大ピーク分子量が5万以上の範囲に存在する分子量分布を有することが好ましい。これにより、本実施形態に係る樹脂成形体では、長い分子鎖同士が相互に拘束し合うことで高い機械的強度が得られる。
【0016】
本実施形態に係る樹脂成形体は、マトリックス相の結晶子サイズが大きい表層部と、表層部の内側を構成し、表層部よりもマトリックス相の結晶子サイズが小さい内側部と、から構成される。具体的に、本実施形態に係る樹脂成形体では、表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズが63Åより大きい。
【0017】
これにより、本実施形態に係る樹脂成形体の表層部では、大きい引張応力が加わっても各結晶子を構成する分子鎖が切断しにくくなることで、大きい伸びが得られる。したがって、本実施形態に係る樹脂成形体では、外部から大きい応力が加わりやすい表面近傍を構成する表層部において選択的に大きい伸びが得られる。
【0018】
つまり、本実施形態に係る樹脂成形体では、マトリックス相を長い分子鎖で構成し、かつ表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズを大きくすることで、表層部における高い機械的強度と大きい伸びとを両立することができる。これにより、本実施形態に係る樹脂成形体では、摺動部材などの用途で利用される場合に高い耐久性が得られる。
【0019】
マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンの分子量分布の測定には、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィーを用いることができる。また、最大ピーク分子量とは、分子量測定により得られた分子量分布曲線においてピーク値となる分子数(頻度)に対応する分子量を指すものとする。
【0020】
マトリックス相の結晶子サイズの測定には、X線回折(XRD)法で得られた回折パターンを用いることができる。つまり、マトリックス相の結晶子サイズは、回折パターンにおける芳香族ポリエーテルケトンに対応する最大ピークの半値幅を測定することで、Scherrerの式に基づいて算出することができる。
【0021】
なお、表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズは63Åより大きければよく、大きすぎることによるデメリットは現段階では確認されていないが、結晶子サイズを大きくすることによる機械的強度の向上には限界があるものと考えられる。この観点から、表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズの上限値としては、例えば、250Åが想定される。
【0022】
また、本実施形態に係る樹脂成形体では、マトリックス相における結晶子サイズが表層部よりも小さい内側部において高い衝撃吸収性が得られるため、表層部に加わる衝撃が良好に吸収される。これにより、本実施形態に係る樹脂成形体では、表層部に局所的に大きい応力が加わりにくくなるため、更に高い耐久性が得られる。
【0023】
つまり、本実施形態に係る樹脂成形体では、表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズを大きくする一方で、内側部においては敢えてマトリックス相の結晶子サイズを小さく留めている。このような構成によって、本実施形態に係る樹脂成形体では、表層部と内側部との相乗作用でより効果的に耐久性を向上させることができる。
【0024】
本実施形態に係る樹脂成形体における表層部の厚みは、用途などに応じて適宜決定可能である。例えば、表層部による上記の作用をより確実に得る観点から、表層部の厚みを50μm以上とすることが好ましい。一方、内側部による衝撃吸収性をより有効に得る観点から、表層部の厚みを700μm以下に留めることが好ましい。
【0025】
図1は、本実施形態に係る樹脂成形体の製造方法を示すフローチャートである。まず、ステップS01では、原料を用意する。ステップS01で用意する原料は、例えば、マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンと、分散相を構成するカーボン粉末と、が混練された混練物として用意される。
【0026】
ステップS01では、芳香族ポリエーテルケトンとして、最大ピーク分子量が5万以上の範囲に存在する分子量分布を有するものを用いることが好ましい。また、ステップS01では、カーボン粉末として、後述のステップS03において説明する作用を得るために適切な粒度分布を有するものを用いることができる。
【0027】
原料としての混練物は、例えば、芳香族ポリエーテルケトンとカーボン粉末とを単軸押出機や二軸押出機などによって混練することで得られる。また、ステップS01では、原料としての混練物を、予め芳香族ポリエーテルケトンとカーボン粉末とが混練された市販品として用意することもできる。
【0028】
次に、ステップS02では、ステップS01で用意した原料を用途に応じた形状に成形する。原料の成形には、射出成形法を利用することができる。ステップS02で得られる原料成形体では、芳香族ポリエーテルケトンで構成されたマトリックス相にカーボン粉末で構成された分散相が分散している。
【0029】
ステップS02で得られる原料成形体では、マトリックス相の結晶子サイズが実質的に均一となっており、マトリックス相の結晶子サイズが相互に異なる表層部と内側部とが形成されていない。本実施形態では、マトリックス相の結晶子サイズが大きい表層部を形成するためにステップS03を行う。
【0030】
ステップS03では、ステップS02で得られた原料成形体の表面に電子線を照射する。これにより、原料成形体には表面近傍を構成する表層部に選択的に大きいエネルギが加わる。ステップS03では、原料成形体の表層部に加わるエネルギを充分に大きくするために、電子線の照射線量を50kGy以上とすることが好ましい。
【0031】
原料成形体のマトリックス相では、電子線の照射によって大きいエネルギが加わった表層部において分子運動が活発となり、分散相を構成するカーボン粉末を核とする結晶子の粒成長が進行する。更に、分散相を構成するカーボンナノチューブは、マトリックス相を含む原料成形体全体としての熱伝導性を向上させる作用も有する。このため、分散相がカーボンナノチューブで構成された原料成形体では、電子線の照射によって表層部におけるマトリックス相の分子運動が更に活発になることで結晶子の粒成長が更に促進される。一方、電子線の照射の影響を受けない内側部において結晶子サイズが維持されることで、表層部と内側部とでマトリックス相の結晶子サイズの差が形成される。
【0032】
特に、本実施形態に係る樹脂成形体では、カーボン粉末の分散と電子線の照射との相乗作用によって、結晶子の粒成長が進行しにくい分子量の大きいマトリックス相においても結晶子の粒成長を進行させることができる。これにより、表層部における高い機械的強度と大きい伸びとを兼ね備える樹脂成形体が得られる。
【0033】
分散相における結晶子の核となって粒成長を促進させる作用は、分散相の大きさに関わらずに得られるものと考えられるが、分散相をある程度大きくすることでより効果的に得られる。この点、本実施形態に係る樹脂成形体では、分散相がカーボンブラックで構成される場合、表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率が0.6%以上であることが好ましい。また、分散相がカーボンナノチューブで構成される場合、表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率が1.9%以上であることが好ましい。
【0034】
一方、本実施形態に係る樹脂成形体では、成形性の観点から、表層部における粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率を、20%以下とすることが好ましく、10%以下とすることが更に好ましい。樹脂成形体の分散相の面積率は、樹脂成形体を蛍光顕微鏡で撮像した写真から求めることができる。
【0035】
また、本実施形態に係る樹脂成形体では、電子線の照射によって結晶子を粒成長させる部分を表層部のみに限定し、その大部分を占める内側部の結晶子サイズを変化させない。このため、この樹脂成形体では、原料成形体からの結晶子サイズの変化に伴う寸法変化を小さく抑えることができる。
【0036】
樹脂成形体における表層部の厚みは、電子線の照射条件を変化させることによって様々にコントロール可能である。また、ステップS03では、原料成形体を加熱しながら電子線を照射することで、表層部におけるマトリックス相の結晶子の粒成長をより効果的に促進することができる。
【0037】
本実施形態に係る樹脂成形体は、表面に応力が集中しやすい部品への応用に特に適している。このような部品としては、例えば、ギヤ部材やシールリングやスラストワッシャーや軸受けなどの摺動部材が挙げられる。摺動部材として構成された本実施形態に係る樹脂成形体では、高い耐久性が得られる。
【0038】
図2には、本実施形態に係る樹脂成形体の摺動部材としての応用例としてギヤ部材が示されている。ギヤ部材では、外周に沿って連設された複数の歯Tの歯元部に応力が集中しやすいが、本実施形態に係る樹脂成形体として構成することで歯Tの欠けの発生を効果的に抑制することができる。
【0039】
[実施例及び比較例]
上記実施形態の実施例及び比較例について説明する。
【0040】
(実施例1~3及び比較例1,2)
実施例1~3及び比較例1,2では、樹脂成形体のサンプルを作製し、各サンプルについて評価を行った。実施例1~3及び比較例2ではいずれも、分散相を構成するカーボン粉末としてカーボンブラックを用いた。比較例1は、分散相を用いず、また電子線の照射を行わない点で上記実施形態とは異なる。比較例2は、電子線の照射を行わない点で上記実施形態とは異なる。
【0041】
実施例1~3及び比較例1,2ではいずれも、共通の芳香族ポリエーテルケトンを用いた。具体的に、実施例1~3及び比較例1,2ではいずれも、芳香族ポリエーテルケトンとしてポリプラ・エボニック社製のポリエーテルエーテルケトン「ベスタキープ(登録商標) 5000G」を用いた。
【0042】
また、実施例1~3及び比較例2ではいずれも、共通のカーボンブラックを用いた。具体的に、実施例1~3及び比較例2ではいずれも、三菱ケミカル社製のカーボンブラック「#750B」を用いた。なお、比較例1では、カーボンブラックを用いず、つまり芳香族ポリエーテルケトンのみを用いた。
【0043】
表1には、実施例1~3における電子線の照射温度及び照射線量が示されている。実施例1,3では室温のサンプルに電子線を照射し、実施例2では250℃まで加熱したサンプルに電子線を照射している。また、表1には、実施例1~3及び比較例1,2における、サンプルの粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率、及びサンプルのマトリックス相の結晶子サイズも示されている。
【0044】
各サンプルの分散相の面積率は、オリンパス社製の蛍光顕微鏡「BX53M」で各サンプルを撮像した写真から求めた。また、各サンプルのマトリックス相の結晶子サイズは、Rigaku社製のX線回折装置「Samartlab」による測定で得られた各サンプルの回折パターンから求めた。
【0045】
なお、実施例1~3に係るサンプルではいずれも、分散相の面積率及びマトリックス相の結晶子サイズを表層部において求めた。つまり、表1に示される分散相の面積率及びマトリックス相の結晶子サイズはいずれも、サンプルの表層部について得られた結果が示されている。
【0046】
表1に示すとおり、実施例1~3ではいずれも、マトリックス相の結晶子サイズが比較例1よりも大きかった。これに対し、比較例2では、マトリックス相の結晶子サイズが比較例1と同等であった。これにより、表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズを大きくするために電子線の照射が有効であることが確認された。特に、実施例2において結晶子サイズが最も大きく、結晶子サイズを大きくするために電子線の照射の際にサンプルを加熱することが更に有効であることが確認された。
【0047】
【表1】
【0048】
実施例1~3及び比較例1,2に係る各サンプルについて、破壊特性の評価のために、引張試験を行った。引張試験には、島津製作所製の「AGX」を用いた。引張試験では、各サンプルをJIS K7139(2009)に準拠したA12型のダンベル形状とし、引張速度を10mm/minとし、その他の条件も共通とした。
【0049】
その結果として、表2には、実施例1~3及び比較例1,2について、降伏点強度、降伏点ストローク、及び抗張積が、比較例1に対する変化率(%)として示されている。降伏点強度及び降伏点ストロークは引張試験で得られた応力ひずみ曲線から求め、抗張積は降伏点強度及び降伏点ストロークから算出した。
【0050】
実施例1~3ではいずれも、比較例1に対し、特に降伏点ストロークが大きく向上することで、抗張積として15%以上高い値が得られている。一方、比較例2では、実施例1~3よりも降伏点ストロークが小さかった。これにより、表層部におけるマトリックス相の結晶子サイズを大きくすることで大きい伸びが得られることが確認された。
【0051】
次に、実施例1~3及び比較例1,2に係る各サンプルについて、ギヤ部材としての製品特性を評価するために、歯車耐久試験を行った。歯車耐久試験では、各サンプルの形状をギヤ形状とした。各サンプルの歯車耐久試験では、相手材としてギヤ部材(S45C製)を用い、相手材と噛み合った状態で回転駆動させた。
【0052】
また、各サンプルの歯車耐久試験ではいずれも、回転速度を1000rpmとし、トルクを10N・mとし、その他の条件も共通とした。回転駆動時の各サンプルと相手材との間の潤滑剤としてグリスを用いた。各サンプルについて、110万回回転させた後の歯の欠けの有無によって「OK」及び「NG」を判定した。
【0053】
表2には、実施例1~3及び比較例1,2について歯車耐久試験の結果が示されている。実施例1~3に係るサンプルではいずれも歯の欠けが発生しなかったのに対し、比較例1,2に係るサンプルではいずれも歯の欠けが発生した。これにより、実施例1~3では、ギヤ部材としての高い製品特性が得られることがわかる。
【0054】
【表2】
【0055】
(実施例4,5)
実施例4,5では、樹脂成形体のサンプルを作製し、各サンプルについて評価を行った。実施例4,5ではいずれも、分散相を構成するカーボン粉末としてカーボンナノチューブを用いた。実施例4,5ではいずれも、実施例1~3及び比較例1,2と共通の芳香族ポリエーテルケトンを用いた。
【0056】
また、実施例4,5ではいずれも、共通のカーボンナノチューブを用いた。具体的に、実施例4,5ではいずれも、Nanocyl社製のカーボンナノチューブ「NC7000」を用いた。
【0057】
表3には、実施例4,5における電子線の照射温度及び照射線量が示されている。実施例4では250℃まで加熱したサンプルに電子線を照射し、実施例5では室温のサンプルに電子線を照射している。また、表3には、実施例4,5及び比較例1における、サンプルの粒径が0.1μm以上の分散相が占める領域の面積率、及びサンプルのマトリックス相の結晶子サイズも示されている。各サンプルにおける分散相の面積率及びマトリックス相の結晶子サイズは、実施例1~3及び比較例1,2と同様の手法で求めた。
【0058】
なお、実施例4,5に係るサンプルではいずれも、分散相の面積率及びマトリックス相の結晶子サイズを表層部において求めた。つまり、表3に示される分散相の面積率及びマトリックス相の結晶子サイズはいずれも、サンプルの表層部について得られた結果が示されている。
【0059】
表3に示すとおり、実施例4,5ではいずれも、マトリックス相の結晶子サイズが比較例1よりも大きかった。特に、分散相の面積率が大きい実施例4では、大幅に大きい結晶子サイズが得られた。これにより、熱伝導率の高いカーボンナノチューブが多いことで結晶子の粒成長が促進される効果が得られることが確認された。
【0060】
【表3】
【0061】
実施例4,5に係る各サンプルについて、破壊特性の評価のために、実施例1~3及び比較例1,2と同様の手法で引張試験を行った。その結果として、表4には、実施例4,5及び比較例1について、降伏点強度、降伏点ストローク、及び抗張積が、比較例1に対する変化率(%)として示されている。
【0062】
実施例4,5ではいずれも、比較例1に対し、降伏点強度及び降伏点ストロークがいずれも向上することで、抗張積として35%以上高い値が得られている。特に、分散相の面積率が大きい実施例4では、降伏点強度及び降伏点ストロークがいずれも大幅に大きかった。これにより、マトリックス相の結晶子サイズを大きくすることで大きい抗張積が得られることが確認された。
【0063】
次に、実施例4,5及び比較例1に係る各サンプルについて、ギヤ部材としての製品特性を評価するために、実施例1~3及び比較例1,2と同様の手法で歯車耐久試験を行った。表4には、実施例4,5及び比較例1について歯車耐久試験の結果が示されている。実施例4,5に係るサンプルではいずれも歯の欠けが発生しなかった。これにより、実施例4,5では、ギヤ部材としての高い製品特性が得られることがわかる。
【0064】
【表4】
【0065】
[その他の実施形態]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく種々変更を加え得ることは勿論である。
【0066】
例えば、本発明の樹脂成形体では、用途などに応じて充分な機械的強度が得られればよく、マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンの分子量は特に限定されない。つまり、マトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンは、分子量分布において最大ピーク分子量がどの範囲に存在していてもよい。
【0067】
また、本発明の樹脂成形体のマトリックス相を構成する芳香族ポリエーテルケトンは、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)以外であってもよく、例えば、ポリエーテルケトン(PEK)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)、ポリエーテルエーテルケトンケトン(PEEKK)、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)などであってもよい。また、本発明の樹脂成形体のマトリックス相は、複数種類の芳香族ポリエーテルケトンがブレンドされた構成であってもよい。
【0068】
更に、本発明では、芳香族ポリエーテルケトン成形体の表層部の結晶子サイズを大きくするための手法が電子線の照射に限定されない。表層部の結晶子サイズを大きくするための他の手法としては、例えば、レーザー照射、UV照射、エキシマ照射、プラズマ照射、コロナ照射、フレーム処理、薬品処理などが挙げられる。
図1
図2