(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024138849
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】動力伝達機構
(51)【国際特許分類】
H02P 5/46 20060101AFI20241002BHJP
【FI】
H02P5/46 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023049559
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000005463
【氏名又は名称】日野自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日下部 誠
(72)【発明者】
【氏名】中澤 輝彦
(72)【発明者】
【氏名】長田 育充
(72)【発明者】
【氏名】服部 治博
(72)【発明者】
【氏名】平野 覚
【テーマコード(参考)】
5H572
【Fターム(参考)】
5H572AA03
5H572BB02
5H572CC04
5H572DD05
5H572EE04
5H572GG02
5H572HC01
5H572HC04
5H572HC07
5H572JJ04
5H572LL01
5H572LL32
5H572LL36
5H572MM06
5H572MM09
5H572PP01
(57)【要約】
【課題】2つのモータのトルクを統合して出力し、ロータの磁石の劣化を抑制できると共にモータ損失も抑制できる動力伝達機構を提供すること。
【解決手段】動力伝達機構10が、第1モータM1及び第2モータM2の回転速度差の目標値と、第1モータM1及び第2モータM2における現実の回転速度差である実値との差の時間積分を行って積分値を算出する積分器33を有して、積分値に基づいて目標値を実値に一致させるように第1モータM1及び第2モータM2を制御するモータ制御部25と、積分値に基づいて冷却装置75を制御する冷却装置制御部24と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1磁石を含む第1ロータを有する第1モータと、
第2磁石を含む第2ロータを有する第2モータと、
前記第1モータが連結される第1入力軸、前記第2モータが連結される第2入力軸、及び出力軸を有して、前記第1モータが生成する第1入力トルクと前記第2モータが生成する第2入力トルクを統合して前記出力軸から出力トルクを出力する動力統合機構と、
前記第1ロータと前記第2ロータを互いに独立に冷却できる冷却装置と、
前記第1モータ及び前記第2モータの回転速度差の目標値と、前記第1モータ及び前記第2モータにおける現実の回転速度差である実値との差の時間積分を行って積分値を算出する積分器を有して、前記積分値に基づいて前記目標値を前記実値に一致させるように前記第1モータ及び前記第2モータを制御するモータ制御部と、
前記積分値に基づいて前記冷却装置を制御する冷却装置制御部と、
を備える、動力伝達機構。
【請求項2】
前記冷却装置制御部が、前記第1モータと前記第2モータを交互に冷却する交互冷却制御を行い、
前記第1ロータ及び前記第2ロータのうちの一方の冷却制御中に、前記第1ロータ及び前記第2ロータのうちの他方の温度を前記積分値に基づいて推定するロータ温度推定部を備える、請求項1に記載の動力伝達機構。
【請求項3】
前記交互冷却制御が、前記第1ロータ及び前記第2ロータを、間隔をおいて交互に冷却する第1制御と、前記第1ロータ及び前記第2ロータを、連続的に交互に冷却する第2制御とを含み、
前記第2制御における前記一方から前記他方への冷却の切り替えが、前記ロータ温度推定部が推定した前記他方の推定温度が閾値に到達すると行われる、請求項2に記載の動力伝達機構。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達機構に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、動力伝達機構としては、特許文献1に記載されているものがある。この動力伝達機構は、車両に搭載され、二つのモータ、遊星歯車機構、及び冷却装置を備える。第1モータは、遊星歯車機構を介して第2モータに接続されている。各モータは、三相交流タイプの交流同期モータであり、ロータが磁石を含んでいる。冷却装置は、冷却オイルを第1及び第2モータに互いに独立に供給できるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
モータの発熱部位は、コイル、ステータコア、及びロータの磁石を含む。コイル、及びステータコアは、固定側なので直接温度を計測でき、発熱に応じて冷却量を調整することが容易である。一方、ロータの磁石は、高速回転体であるので、直接温度を計測することが難しい。上記特許文献1の動力伝達機構では、ロータの磁石温度を、モータの運転条件や、コイルの温度等の周囲温度から推定している。
【0005】
当該ロータの磁石温度の推定方法では、磁石の推定温度と磁石の実温度との誤差が大きくなり易く、磁石を確実に冷却するために、冷却量が過大になり易い。一方、冷却量が大きくなると、冷却に用いるオイルの攪拌や、ロータとステータ間のギャップ部(1mm程度の隙間)にオイルが入ることによるせん断抵抗が増えるため、冷却に伴うモータ損失が大きくなる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る動力伝達機構は、第1磁石を含む第1ロータを有する第1モータと、第2磁石を含む第2ロータを有する第2モータと、前記第1モータが連結される第1入力軸、前記第2モータが連結される第2入力軸、及び出力軸を有して、前記第1モータが生成する第1入力トルクと前記第2モータが生成する第2入力トルクを統合して前記出力軸から出力トルクを出力する動力統合機構と、前記第1ロータと前記第2ロータを互いに独立に冷却できる冷却装置と、前記第1モータ及び前記第2モータの回転速度差の目標値と、前記第1モータ及び前記第2モータにおける現実の回転速度差である実値との差の時間積分を行って積分値を算出する積分器を有して、前記積分値に基づいて前記目標値を前記実値に一致させるように前記第1モータ及び前記第2モータを制御するモータ制御部と、前記積分値に基づいて前記冷却装置を制御する冷却装置制御部と、を備える。
【0007】
また、前記冷却装置制御部が、前記第1モータと前記第2モータを交互に冷却する交互冷却制御を行い、前記第1ロータ及び前記第2ロータのうちの一方の冷却制御中に、前記第1ロータ及び前記第2ロータのうちの他方の温度を前記積分値に基づいて推定するロータ温度推定部を備えてもよい。
【0008】
また、前記交互冷却制御が、前記第1ロータ及び前記第2ロータを、間隔をおいて交互に冷却する第1制御と、前記第1ロータ及び前記第2ロータを、連続的に交互に冷却する第2制御とを含み、前記第2制御における前記一方から前記他方への冷却の切り替えが、前記ロータ温度推定部が推定した前記他方の推定温度が閾値に到達すると行われてもよい。
【発明の効果】
【0009】
本件発明者は、上記積分値が、ロータの温度と高精度で対応関係にあることを見出した。本発明に係る動力伝達機構によれば、冷却装置制御部が、積分値に基づいて冷却装置を制御する。したがって、第1及び第2モータに関し、ロータの磁石の劣化を確実に抑制できると共に、不必要な冷却も抑制でき、モータ損失も抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態における動力伝達機構の概略構成図である。
【
図2】動力統合機構を備えた車両の動力伝達を説明するスケルトン図である。
【
図4】電動駆動の車両に多く使われている永久磁石型同期モータ(PMモータ)を例にモータの劣化について説明する図である。
【
図5A】片側モータの温度上昇と冷却動作の原理について説明する共線図である。
【
図5B】片側モータの温度上昇と冷却動作の原理について説明する共線図である。
【
図5C】片側モータの温度上昇と冷却動作の原理について説明する共線図である。
【
図5D】片側モータの温度上昇と冷却動作の原理について説明する共線図である。
【
図6】回転速度差の目標値から回転速度差の実値を引いた値と、積分値との関係を説明する図であり、一方のモータが劣化して正常な共線図におけるバランス状態を維持しようとしている状態における積分値の挙動を説明する図である。
【
図7】2つのモータのロータの磁石温度差と、積分項の値との関係を説明する図である。
【
図8】2つのモータの夫々の冷却タイミングと、積分項の値との関係を示す図である。
【
図9】ロータの磁石の劣化を抑制すると共にモータ損失も抑制するために上位制御部が行うことが可能な処理手続の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明に係る実施の形態について添付図面を参照しながら詳細に説明する。なお、以下において複数の実施形態や変形例などが含まれる場合、それらの特徴部分を適宜に組み合わせて新たな実施形態を構築することは当初から想定されている。また、本明細書では、モータは、電気エネルギーを力学的エネルギーに変換できるだけでなく、力学的エネルギーを電気エネルギーに変換できてもよい。また、以下の実施例では、図面において同一構成に同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、以下で説明される構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素であり、必須の構成要素ではない。また、本発明は、下記実施形態およびその変形例に限定されるものではなく、本願の特許請求の範囲に記載された事項およびその均等な範囲において種々の改良や変更が可能である。
【0012】
図1は、本発明の一実施形態における動力伝達機構10の概略構成図である。この動力伝達機構10は、車両に搭載される。
図1に示すように、動力伝達機構10は、制御装置15と、統合システム70と、冷却装置75とを備える。統合システム70は、第1モータM1、第2モータM2、及び動力統合機構80を備える。第1モータM1と第2モータM2は、制御装置15から指令されたトルク指令値(T
M1ハット),(T
M2ハット)で駆動される。また、動力統合機構80は、第1モータM1と第2モータM2から得られる動力(トルク)を統合して駆動力(駆動トルク)を出力する。
【0013】
冷却装置75は、制御装置15からの制御信号によって第1モータM1の第1ロータと第2モータM2の第2ロータを互いに独立に冷却できるようになっている。例えば、第1モータM1の第1ロータには、冷却剤(例えば、冷却オイル)を流動させるための内部通路が設けられ、第2モータM2のロータには、冷却剤(例えば、冷却オイル)を流動させるための内部通路が設けられている。
【0014】
冷却装置75は、例えば、冷却剤を圧送するための冷却ポンプ(図示せず)と、冷却ポンプと内部通路を接続する冷却剤通路と、冷却剤を内部通路に選択的に流動させることができる複数のバルブ75a,75bとを有する。制御装置15が複数のバルブ75a,75bの開閉を制御することで、第1モータM1の第1ロータと第2モータM2の第2ロータが互いに独立に冷却されることができるようになっている。なお、冷却装置75は、制御装置15からの制御信号によって第1モータM1の第1ロータと第2モータM2の第2ロータを互いに独立に冷却できる構成であれば如何なる構成でもよい。
【0015】
図1に示すように、制御装置15は、上位制御部20と、モータ制御部25とを備える。制御装置15は、例えばCPUやプロセッサ等のハードウェアを利用して実現することができる。また、制御装置15の実現において、必要に応じてメモリ等のデバイスや電気電子回路を利用してもよい。上位制御部20は、目標速度差特定部21と、目標出力トルク特定部22と、ロータ温度推定部23と、冷却装置制御部24とを含む。目標速度差特定部21は、例えばモータ効率や車両の走行条件等に基づいて第1モータM1と第2モータM2の回転速度差の目標値を特定する。また、目標出力トルク特定部22は、例えば車両の運転者により操作されるアクセルの開度等に基づいて出力トルクの目標値を特定する。ロータ温度推定部23と、冷却装置制御部24の動作については、後で詳述する。
【0016】
モータ制御部25は、第1モータM1及び第2モータM2の回転速度差の目標値と、第1モータM1及び第2モータM2における現実の回転速度差である実値との差の時間積分を行って積分値を算出する積分器33を有して、積分値に基づいて目標値を実値に一致させるように第1モータM1及び第2モータM2を制御する。
【0017】
詳しくは、モータ制御部25は、加速度目標値取得部30と、トルク指令値導出部50とを有する。特開2019-103344号公報に記載されているので、詳述しないが、トルク指令値導出部50は、目標出力トルク特定部22から受けた出力トルクの目標値の情報と、加速度目標値取得部30から受けた回転加速度差の目標値の情報とに基づいて、統合システム70に対応した運動モデルの逆モデルを利用することにより、回転加速度差の目標値と出力トルクの目標値を両立させる第1モータM1のトルク指令値(TM1ハット)と第2モータM2のトルク指令値(TM2ハット)を導出し、それらのトルク指令値(TM1ハット),(TM2ハット)の情報を第1及び第2モータM1,M2に出力する。
【0018】
加速度目標値取得部30は、フィードバック制御を行って回転加速度差の目標値を算出する。詳しくは、第1モータM1に取り付けられたセンサSと第2モータM2に取り付けられたセンサSから得られる2つの回転速度(実測値)の差である回転速度差(実測値)が加速度目標値取得部30にフィードバックされる。そして、加速度目標値取得部30が、回転速度差の目標値と実値の差eに対して、比例ゲインkpと積分ゲインkiによるPI(Proportional-Integral)演算を実行する。詳しくは、加速度目標値取得部30は、次の式(1)を用いて回転加速度差の目標値におけるフィードバック制御による寄与を算出する。
【0019】
(Δθfbツードットハット)=kpe+(1/s)kie・・・(1)
ここで、(e/s)は、加速度目標値取得部30の積分器33によって算出された積分値である。
【0020】
フィードバック制御を用いれば、目標値と実値との差を0に近づける制御を実行できる。加速度目標値取得部30は、上記式(1)の(Δθfbツードットハット)に基づいて回転加速度差の目標値を算出する。kpとkiの値は、統合システム70に対応した運動モデルの逆モデルを利用することにより、回転加速度差の目標値と出力トルクの目標値を両立させる第1モータM1のトルク指令値(TM1ハット)と第2モータM2のトルク指令値(TM2ハット)を導出する際に適切な値に決定される。
【0021】
なお、加速度目標値取得部30は、目標速度差特定部21から取得した回転速度差の目標値を微分器で微分することで回転加速度差の目標値におけるフィードフォワード制御による寄与((Δθffツードットハット)=(d/dt)(Δθドットハット))を算出してもよく、この寄与を、(1)式で求められる(Δθfbツードットハット)に合算してもよい。ここで、(d/dt)(Δθドットハット)は、目標速度差特定部21から受けた回転速度差の目標値を時間微分した値である。
【0022】
そして、加速度目標値取得部30が、合算した値に基づいて回転加速度差の目標値を算出してもよい。フィードフォワード制御は、時間を横軸として回転速度差の目標値を縦軸としたときの関数において、その関数の接線における時間に対する目標値の変化分を即座に補正し、後から検出される実際の回転速度差の変化率に無関係に実行される。よって、フィードフォワード制御による寄与部分を追加すれば、目標値を実値(実際に検出される値)に近づけるときの応答性が良くなる。
【0023】
制御装置15は、Δθドットを一定に近づける制御を行ってもよい。この制御を行うと、例えば、車両が加速したときに、2つのモータM1,M2の回転数が同時に上がることになる。この制御を行うと、負荷によって、一方のモータM1,M2のみの回転数が急激に上昇することを防止できて、一方のモータM1,M2に吹き上げが生じることを防止できるので好ましい。
【0024】
統合システム70に対応した運動モデルは、動力統合機構80の構造に応じて決まる。
図1に示す具体例では、様々な構造(タイプ)の動力統合機構80を利用することができる。次に、遊星機構を用いた動力統合機構80の一具体例について説明する。なお、動力統合機構80は、3つの軸を有して、2つの入力軸を用いて2つの入力トルクを統合し、1つの出力軸から出力トルクを出力できる機構であればよく、以下に説明する具体例に限定されない。
【0025】
図2は、動力統合機構80を備えた車両1の動力伝達を説明するスケルトン図である。
図1に示すように、車両1は、動力伝達機構10と、車軸2とを備える。動力が、動力伝達機構10の出力軸から車軸2に伝達され、車軸2に固定されたタイヤ3が回転する。動力伝達機構10は、第1モータM1、第2モータM2、及び動力統合機構80を備える。また、動力統合機構80は、第1サンギヤS1、第2サンギヤS2、内側プラネタリギヤP1、外側プラネタリギヤP2、及びキャリヤCaを有する。
【0026】
モータM1の回転動力は、ギヤG1を介して第1サンギヤS1に伝達され、更に、第1サンギヤS1及び複数の外側プラネタリギヤP2と噛合する複数の内側プラネタリギヤP1に伝達される。また、モータM2の回転動力は、ギヤG2を介して第2サンギヤS2に伝達され、更に、第2サンギヤS2と噛合する複数の外側プラネタリギヤP2に伝達され、外側プラネタリギヤP2に噛合する内側プラネタリギヤP1に伝達される。その結果、内側プラネタリギヤP1には、モータM1の回転動力とモータM2の回転動力とが統合された統合動力が伝達される。車両1は、内側プラネタリギヤP1で伝達された統合動力を、キャリヤCaを介して車軸2に伝達することでタイヤ3を回動させるようになっている。
【0027】
図3は、
図2に示す具体例における共線図である。共線図上では、第2モータM2のトルクT
M2をギヤG2を介して受ける第2サンギヤS2の回転速度と、車軸2に出力トルクT
cを伝達するキャリヤCaの回転数と、第1モータM1のトルクT
M1をギヤG1を介して受ける第1サンギヤS1の回転速度とが直線で結ばれる関係となっている。また、左の線と中央の線との距離aと、右の線と中央の線との距離bとの比は、第1サンギヤS1の歯数と、第2サンギヤS2の歯数とで決定される。第1サンギヤS1の回転速度は、第1モータM1のトルクTM1と相関があり、第2サンギヤS2の回転速度は、第2モータM2のトルクTM2と相関がある。また、キャリヤCaの出力トルクTcに相関があるキャリヤCaの回転速度は、第1サンギヤS1の回転速度と第2サンギヤS2の回転速度とで決定される。T
M1+T
M2=Tcが成立し、bT
M1-aT
M2=0が成立する。
【0028】
次に、モータM1,M2の劣化、第1モータM1と第2モータM2の一方が劣化したときの問題点、及び第1モータM1と第2モータM2の一方が劣化したときの動作について説明する。先ず、
図4を用いて、電動駆動の車両に多く使われている永久磁石型同期モータ(PMモータ)を例にモータの劣化について説明する。
【0029】
永久磁石型同期モータは、ロータに永久磁石がはめ込まれた構造を有し、内部の磁石が高温になると磁石磁束が低下する特性がある。ここで、通常の温度範囲であれば、
図4(a)に示すように、高温になって低下した磁石磁束は、温度が下がったときに元の磁石磁束に回復する。
【0030】
しかし、永久磁石型同期モータを更に温度が高い領域まで使用すると、
図4(b)に示すように温度が下がっても磁石磁束が戻らない現象が起きる。詳しくは、永久磁石型同期モータを高温度領域で使用している最中に外部コイルから強い磁束が永久磁石に作用すると、永久磁石が持っている磁束の方向が変化し、温度が下がっても永久磁石の磁束方向が元の磁束方向に戻らなくなる。そして、このような現象が発生するとモータの出力特性が永久的に低下することになる。このような背景において、モータの劣化を特定できずに、モータを更に過酷な条件で使用し続けると、モータ内部の永久磁石が大きな不可逆減磁を起こしてモータ性能が著しく低下する虞がある。
【0031】
次に、
図5A~
図5Dに示す共線図を用いて、片側モータの温度上昇と冷却動作の原理について説明する。第1モータM1と第1モータM2を備える動力伝達機構10において、第1モータM1のみが発熱して温度上昇したとする。この場合、
図4(a)に示すように、第1モータM1に対して出力されたトルク指令値に対して第1モータM1の実値のトルクが小さくなる。
【0032】
よって、
図5Aに示す第1及び第2モータM1,M2が正常なときの共線図との比較において、第1サンギヤS1のトルクと第2サンギヤS2のトルクのバランスが取れなくなり、第1サンギヤS1は、減速しようとする一方、第2サンギヤS2は加速しようとする。そして、
図5Bに矢印Aで示すように、共線図が右下がりになろうとするモーメント力が動力統合機構80に働く。
【0033】
しかし、実際の動きは、回転速度差の加速度目標値取得部30が行うフィードバック制御に積分項((1/s)k
ie)が入っているので、積分項の値の絶対値が大きくなって、それに起因して、第1モータM1のトルク指令値(T
M1ハット)が大きくなる一方、第2モータM2のトルク指令値(T
M2ハット)が小さくなり、
図5Cに矢印Bで示すモーメント力が動力統合機構80に作用する。そして、このモーメント力が、
図5Bに矢印Aで示すモーメント力と相殺するように働く。
【0034】
この積分項の値の変化から、第1モータM1の発熱を特定でき、
図5Dに示すように、第1モータM1のみを冷却することで、第1モータM1の磁石が冷却されると第1モータM1の実トルクが回復し、
図5Aに示す通常運転状態に戻る。
【0035】
図6は、回転速度差の目標値から回転速度差の実値を引いた値と、積分値(e/s)の値との関係を説明する図であり、一方のモータが劣化して正常な共線図におけるバランス状態を維持しようとしている状態における積分値(e/s)の値の挙動を説明する図である。
【0036】
図6において、ある時刻t1に、車両のセルモータが駆動して回転速度差の目標値がc[rpm](c>0)に指定されたとする、すると実際に実測される回転速度差の実値fは、時刻t1よりも遅れて立ち上がり、時間の経過と共に回転速度差の目標値c[rpm]を境として上下に変動する。ここで、回転速度差の目標値c[rpm]よりも回転速度差の実値fの値が小さい領域の面積S1(回転速度差の目標値c[rpm]から回転速度差の実値fを引いた値の時間積分)は、正の積分値として算出され、回転速度差の実値fの値が回転速度差の目標値c[rpm]よりも大きい領域の面積S2(回転速度差の目標値c[rpm]から回転速度差の実値fを引いた値の時間積分)は、負の積分値として算出される。よって、
図6において、時刻t1からt2までは、積分値が単調に増加し、時刻t2からt3までは、積分値が単調に減少する。
【0037】
そのような背景において、一方のモータが発熱すると、回転速度差の目標値に対して実際に再現される回転速度差の実値fが、回転速度差の目標値に対して予測される回転速度差の値よりも小さくなり、その結果、回転速度差の目標値から回転速度差の実値を引いた値を時間積分して算出される積分値の絶対値が大きくなる。そして、この絶対値の増大は、一方のモータの劣化の程度が大きくなって、回転速度差の目標値cと回転速度差の実値fの乖離が大きくなるにしたがって大きくなる。
【0038】
このように、積分値(e/s)には、回転速度差の目標値と回転速度差の実値との差が顕著に表れ、積分値(e/s)の絶対値は、一方のモータの劣化が進むにしたがって大きくなる。よって、積分値(e/s)は、一方のモータの劣化の指標(尺度)として利用することができる。本発明の制御は、この原理を巧みに用いるものである。
【0039】
なお、回転速度差は、一方のモータの回転速度から他方のモータの回転速度を引いたものであるので、積分項の値が正か負かを特定することで、相対的に大きな熱を放出しているモータを特定できる。以下では、積分値が正である場合に、第1モータM1が第2モータM2よりも相対的に大きな熱を放出している場合を例に説明を行う。
【0040】
図7は、2つのモータのロータの磁石温度差と、積分項の値((1/s)k
ie)の関係を説明する図である。
図7に示す例では、第1モータM1の発熱により第1モータM1の実トルクが低下し、上述の共線図におけるバランスが崩れて、積分項の値が上昇し、第1モータM1のトルク指令値を上げ、第2モータM2トルク指令値を下げる制御が行われている。
【0041】
そして、
図7に示すように、第1モータM1の温度(磁石温度差)の増大に伴って積分項の値が上昇し、積分項の値がM1冷却閾値a1に到達した時刻t1で第1モータM1の冷却が開始されている。この冷却で、第1モータM1の温度が低下して、磁石温度差が小さくなり、それに伴って、積分項の値が減少している。
図7に示す例では、磁石温度差が、時刻t2で略0となり、それに伴って、積分項の値が略0となっている。第1モータM1の冷却は、時刻t2で停止されている。
【0042】
図7で示す例では、第1モータM1の温度が第2モータM2の温度よりも高くなった場合について説明したが、第2モータM2の温度が第1モータM1の温度よりも高くなった場合、積分項の値は0未満になる。積分項の値が負の領域においても積分項の値がM2冷却閾値(-a2(a2は正の定数))まで低下すると、第2モータM2の冷却が開始される。
【0043】
積分項の値、モータのトルク減少率、及びロータの磁石温度は、互いに相関関係がある。冷却閾値a1,a2は、モータのトルク減少率、及びロータの磁石温度の関係を実験的に計測することで設定されることができる。
【0044】
第1ロータの磁石に
図4(b)に示す減磁が発生する温度をT1とすると、M1冷却閾値a1は、T2(T1>T2)に対応する積分項の値に設定する。このようにM1冷却閾値a1を設定することで、第1ロータの磁石の劣化を防止できる。M1冷却閾値a1は、第1ロータの磁石温度の減磁が発生する温度(例えば、140℃)よりも10℃以上低い温度(例えば、120℃)に対応する積分項の値に設定すると好ましい。
【0045】
同様に、第2ロータの磁石温度の減磁が発生する温度をT3とすると、M2冷却閾値(-a2)は、T4(T3>T4)に対応する積分項の値に設定する。このようにM2冷却閾値(-a2)を設定することで、第2ロータの磁石の劣化を防止できる。M2冷却閾値(-a2)は、第2ロータの磁石に減磁が発生する温度(例えば、140℃)よりも10℃以上低い温度(例えば、120℃)に対応する積分項の値に設定すると好ましい。
【0046】
本発明の第1及び第2ロータの冷却によれば、積分項の値を監視することで、第1及び第2ロータの冷却状態を高精度に特定できる。よって、第1ロータの磁石と第2ロータの磁石の劣化を抑制できるだけでなく、第1及び第2ロータを過度に冷却することも抑制できるので、冷却に伴う損失も低減できる。
【0047】
次に、動力伝達機構10で採用できる2つのモータM1,M2の温度上昇検出及び冷却動作の一例について説明する。
図8は、2つのモータM1,M2の夫々の冷却タイミングと、積分項の値の関係を示す図である。
【0048】
2つのモータM1,M2が同時に発熱し、発熱量が等しいと、実トルクの低下率も等しいので、上記した積分項の値の変化はおこらない。そこで、モータM1,M2の発熱状態を確認するために、モータM1、モータM2を交互に冷却し、冷却された側のモータM1(orモータM2)磁石温度が下がることによる実トルクの回復を、積分項の値の変化から確認する。
【0049】
この実トルクの回復は、例えば、冷却装置制御部24が、第1ロータ及び第2ロータを間隔をおいて交互に冷却する第1制御と、第1ロータ及び第2ロータを連続的に交互に冷却する第2制御を行うことで確認できる。
【0050】
以下、
図8を用いて、第1及び第2制御を用いて、モータM1,M2が発熱していることを検出し、2つのモータM1,M2が、共に確実に冷却するまでの動作を説明する。
【0051】
図8に示す例では、時刻0からt1の期間において、第1制御における第1ロータ及び第2ロータの冷却(以下、第1冷却という)で、積分項の値が変化していないので、2つのモータM1,M2が共に発熱していなくて、十分に冷えていることが分かる。
【0052】
時刻t1からt2の期間においては、第2モータM2の冷却で積分項の値が増大している。よって、積分項の値の増大で、時刻t1において、2つのモータM1,M2が共に発熱したことを確認できるので、時刻t1以降、第1冷却を第2制御における第1ロータ及び第2ロータの冷却(以下、第2冷却という)に切り替える。
【0053】
図8に示す例では、時刻t2において積分項の値がM1冷却閾値に到達したので、モータM1の第1ロータの磁石が減磁しないように、第2ロータの冷却を第1ロータの冷却に切り替える。すると、積分項の値が単調減少し、時刻t3で0となり、時刻t4でM2冷却閾値に到達している。このことから、時刻t3で低下している第1ロータの温度と上昇している第2ロータの温度が一致したことが分かり、時刻t4でモータM2の第2ロータの磁石が減磁しないように、第1ロータの冷却を第2ロータの冷却に切り替える。
【0054】
第2冷却における第1ロータ及び第2ロータの冷却の連続的な切替は、積分項の値が第1ロータの冷却又は第2ロータの冷却を継続しても0から変動しなくなった時刻t5まで繰り返される。積分項の値が第1ロータの冷却又は第2ロータの冷却を継続しても0から変動しなくなったことを確認することで、第1ロータ及び第2ロータの両方が共に発熱していなくて、十分に冷えていることが分かる。時刻t5で第2冷却は、第1冷却に切り替えられる。以上説明した制御は、動力伝達機構10の駆動中、継続され、動力伝達機構10の駆動が終了するとエンドになる。
【0055】
図8に示す例では、第1冷却において、第1ロータ及び第2ロータを間隔をおいて交互に冷却するので、第1冷却における動力伝達機構10の運転コストを低減できる。第1冷却における第1ロータ又は第2ロータの1回当りの冷却時間(t6は、第1ロータの1回当りの冷却時間を示す)は、発熱状態のロータが冷却され、積分項の値の変化として確実に検出可能な時間に設定される。なお、第1冷却における第1ロータの1回当りの冷却時間は、第1冷却における第2ロータの1回当りの冷却時間と同一でもよく、異なっていてもよい。
【0056】
一方、第1冷却において第1及び第2ロータが冷却されていない時間(t7は、第1冷却において第1ロータが冷却されていない時間を示す)は、モータM1,M2の運転条件等から推定される最大発熱時でも、磁石の耐熱温度(減磁温度)に到達しない時間内に設定される。なお、第1冷却における第1ロータが冷却されない時間は、第1冷却における第2ロータが冷却されない冷却時間と同一でもよく、異なっていてもよい。また、上記複数の設定時間の夫々は、動力伝達機構10の仕様、運転条件、外気温等の環境条件で適宜変更されることができる。
【0057】
図9は、ロータの磁石の劣化を抑制すると共にモータ損失も抑制するために上位制御部20が行うことが可能な処理手続の一例を示すフローチャートである。
【0058】
図9を参照して、車両の運転が開始されて、動力伝達機構10が駆動すると、制御がスタートして、ステップS1で、冷却装置制御部24が、冷却装置75を制御することで第1冷却を行う。続く、ステップS2では、ロータ温度推定部23が、第1及び第2ロータのうちの少なくとも一方が、所定以上の温度となっているか否かを判定する。この判定は、ロータ温度推定部23が、積分項の値Sが、S≧a3及び-a4≧S(a3,a4は、正の定数)のうちの一方を満たすか否かを判定することで行う。
【0059】
ステップS2で否定判定されると、制御がリターンとなって、ステップS1以下が繰り返される。他方、ステップS2で肯定判定されると、ステップS3に移行して、冷却装置制御部24が、冷却装置75を制御することで第2冷却を行う。なお、第2冷却におけるM1冷却閾値a1は、a1>a3を満たし、第2冷却におけるM2冷却閾値(-a2)は、-a2<-a4を満たす。
【0060】
続く、ステップS4では、第2冷却において、第1ロータ又は第2ロータの冷却を所定時間以上、連続的に行ったときに、ロータ温度推定部23が、積分項の値が、その所定時間の全てで、-a4<S<a3の範囲に収まったか否かを判定する。ステップS4で否定判定されると、ステップS3以下が繰り替えされる。他方、ステップS4で肯定判定されると、制御がリターンとなって、ステップS1以下が繰り返される。上位制御部20の制御は、車両1の運転が終了して、動力伝達機構10の駆動が終了するとエンドになる。
【0061】
動力伝達機構10によれば、冷却装置制御部24が、モータM1,M2のロータの温度と高い精度で相関を示す積分項の値に基づいてモータM1,M2のロータを冷却する冷却装置75を制御する。したがって、モータM1,M2のロータの温度を高精度に特定できるので、第1及び第2モータM1,M2に関し、ロータの温度が磁石の耐熱温度まで上がらないように管理しつつ、不必要な冷却を行うことも抑制できる。よって、ロータの磁石の劣化を確実に抑制できると共に、冷却に伴うモータ損失も抑制できる。
【0062】
また、冷却装置制御部が、第1モータM1と第2モータM2を交互に冷却する交互冷却制御を行い、ロータ温度推定部23が、第1ロータ及び第2ロータのうちの一方の冷却制御中に、第1ロータ及び第2ロータのうちの他方の温度を積分項の値に基づいて推定する。よって、単純な制御でロータの温度を高精度に推定できる。
【0063】
また、冷却装置制御部24が、第1ロータ及び第2ロータを、間隔をおいて交互に冷却する第1制御と、第1ロータ及び第2ロータを、連続的に交互に冷却する第2制御とを含んでもよい。そして、第1ロータ及び第2ロータのうちの一方から他方への冷却の切り替えが、ロータ温度推定部23が推定した他方の推定温度が閾値に到達すると行われてもよい。本構成によれば、ロータの温度が磁石の耐熱温度まで上がらないように管理しつつ、不必要な冷却を行わずに、2つのロータを十分に冷却できる。
【符号の説明】
【0064】
1 車両、 2 車軸、 3 タイヤ、 10 動力伝達機構、 15 制御装置、 20 上位制御部、 21 目標速度差特定部、 22 目標出力トルク特定部、 23 ロータ温度推定部、 24 冷却装置制御部、 25 モータ制御部、 30 加速度目標値取得部、 33 積分器、 50 トルク指令値導出部、 70 統合システム、 75 冷却装置、 80 動力統合機構、 M1 第1モータ、 M2 第2モータ、 a1 M1冷却閾値、 -a2 M2冷却閾値。