(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013888
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】慢性腎臓病進行抑制剤
(51)【国際特許分類】
C07C 57/30 20060101AFI20240125BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20240125BHJP
A61K 31/192 20060101ALI20240125BHJP
A61K 47/40 20060101ALI20240125BHJP
【FI】
C07C57/30 CSP
A61P13/12
A61K31/192
A61K47/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116299
(22)【出願日】2022-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】594158150
【氏名又は名称】学校法人君が淵学園
(74)【代理人】
【識別番号】100174791
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 敬義
(72)【発明者】
【氏名】山崎 啓之
(72)【発明者】
【氏名】西 弘二
(72)【発明者】
【氏名】小田切 優樹
(72)【発明者】
【氏名】月川 健士
(72)【発明者】
【氏名】コメイ カインドネス
(72)【発明者】
【氏名】浴野 圭輔
【テーマコード(参考)】
4C076
4C206
4H006
【Fターム(参考)】
4C076BB01
4C076EE39
4C076EE39E
4C076FF04
4C076FF33
4C206AA01
4C206AA02
4C206AA03
4C206DA21
4C206KA01
4C206MA02
4C206MA05
4C206MA28
4C206MA72
4C206NA02
4C206NA14
4C206ZA81
4H006AA01
4H006AB20
(57)【要約】 (修正有)
【課題】フェニルカルボン酸誘導体を有効成分とするCKDのための薬剤の提供。
【解決手段】下記式で表されることを特徴とする化合物。下記式の化合物は,TILを阻害することにより,尿毒症物質であるISの生成を抑制する。これにより下記式の化合物は,血中のIS濃度の低下を引き起こすとともに,血漿クレアチニンの低下や血液尿素窒素の低下などをメカニズムとして腎保護効果を発揮し,CKDの進行を抑制するものである。
(式中,nは4から6のいずれかの整数で表される)
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化1で表されることを特徴とする化合物。
【化1】
(式中,nは3から10のいずれかの整数で表される)
【請求項2】
nが,4または6のいずれかの整数で表される請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
請求項1の化合物と,シクロデキストリン類とを少なくとも含む組成物。
【請求項4】
シクロデキストリン類が,α-シクロデキストリン,β-シクロデキストリン,γ-シクロデキストリン,2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,3-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,2,3-ジヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,ヒドロキシイソブチル-β-シクロデキストリン,グルコシル-β-シクロデキストリン,マルトシル-β-シクロデキストリン,γ-シクロデキストリン,2ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン,3-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン,2,3-ジヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリンのいずれか又は複数から選択される請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
化1の化合物を有効成分とする,請求項1から4のいずれかに記載の慢性腎臓病の進行を抑制するための薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,フェニルカルボン酸誘導体に関する。さらに詳しくいうと本発明は,フェニルカルボン酸誘導体,ならびにこれを有効成分とする慢性腎臓病進行抑制のための薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性腎臓病(CKD)とは,「腎臓の障害」もしくは「腎機能低下」が少なくとも3か月以上持続している状態をいう。
すなわち,CKDでは,尿たんぱくや腎形態異常などの腎障害や,糸球体濾過量の低下などの腎機能低下が起こり,この状態が継続していく。CKDとなる要因は様々であり,基本的には根治しないことから,CKDの進行を抑制することが重要となってくる。
【0003】
一方,発明者らは,フェニルカルボン酸誘導体である4-フェニル酪酸(Phenylbutyrate; PB)に関する報告を行っている(非特許文献1)。
PBは,尿素サイクル異常症の治療薬として用いられる他(非特許文献2),ヒストン脱アセチル酵素阻害作用や小胞体ストレス抑制作用(非特許文献3)を有することが報告されている。また,最近,PBが終末糖化産物生成抑制作用を有することや(特許文献1),マウスの急性腎障害を抑制することが報告されている(非特許文献4)。
このようにPBに関する様々な報告があるものの,PBのCKDに対する効果を実証した報告は未だない。また,PBが有する尿毒症物質の生成抑制効果が,腎に対してどのような影響を及ぼすかをメカニズムとして検討した報告も未だない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Enokida T, Yamasaki K, Okamoto Y, Taguchi K, Ishiguro T, Maruyama T, Seo H, Otagiri M. Tyrosine411 and Arginine410 of Human Serum Albumin Play an Important Role in the Binding of Sodium 4-Phenylbutyrate to Site II. J Pharm Sci. 105:1987-1994 (2016).
【非特許文献2】Brusilow SW et al. Adv Pediatr. 1996;43:127-170
【非特許文献3】Iannitti T et al. Drugs R D. 2011;11:227-249
【非特許文献4】Carlisle RE et al. Plos One 2014;9:e84663
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者らは,PBがCKDに対し,どのような影響を及ぼすかについて研究に着手したものである。
すなわち,発明者らは,PBをはじめとするフェニルカルボン酸誘導体の開発を行い,フェニルカルボン酸誘導体の尿毒症物質生成抑制効果を調べることとした。加えて,この尿毒症物質生成抑制効果が,CKDに対して有用な効果をもたらす可能性があると考え,研究を開始したものである。
上記事情を背景として,本発明では,フェニルカルボン酸誘導体を有効成分とするCKDのための薬剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは,鋭意研究の結果,PBなどのフェニルカルボン酸誘導体が,尿毒症物質であるインドキシル硫酸の生成を抑制するとともに,CKDモデルマウスにおいて血漿クレアチニンならびに血液尿素窒素を濃度依存的に抑制することを明らかとした。
さらに発明者らは,フェニルカルボン酸誘導体が,CKDモデルマウスに対して腎保護効果をもたらすことを見出し,フェニルカルボン酸誘導体を有効成分とするCKDのための薬剤に関する発明を完成させたものである。
【0008】
本発明は,以下の構成からなる。
[1]下記化1で表されることを特徴とする化合物。
【化1】
(式中,nは3から10のいずれかの整数で表される)
【0009】
[2]nが,4又は6のいずれかから選択される整数で表される[1]に記載の化合物。
[3][1]の化合物と,シクロデキストリン類とを少なくとも含む組成物。
[4]シクロデキストリン類が,α-シクロデキストリン,β-シクロデキストリン,γ-シクロデキストリン,2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,3-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,2,3-ジヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,ヒドロキシイソブチル-β-シクロデキストリン,グルコシル-β-シクロデキストリン,マルトシル-β-シクロデキストリン,γ-シクロデキストリン,2ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン,3-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン,2,3-ジヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリンのいずれか又は複数から選択される[3]に記載の組成物。
[5]化1の化合物を有効成分とする,[1]から[4]のいずれかに記載の慢性腎臓病の進行を抑制するための薬剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明により,フェニルカルボン酸誘導体を有効成分とするCKDのための薬剤の提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】各フェニルカルボン酸誘導体の構造を示した図。
【
図2】各フェニルカルボン酸誘導体を用いて,トリプトファンインドールリアーゼ(TIL)活性を測定した結果を示した図。
【
図3】PH(7-Phenylheptanoic acid)の水単独と,HP-βCD(2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン)存在下での溶解性の比較を示した図。
【
図4】PH単独の外観であって,黄色オイル状の外観を示した図(左)。PHとHP-βCDとを水に溶解させ,凍結乾燥後の白色結晶の外観を示した図(右)。
【
図5】CKDモデルにおいて,各パラメーターの比較を示した図。
【
図7】マッソントリクローム染色における線維化領域の面積比率を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明について,説明を行う。
【0013】
本発明の化合物,組成物,慢性腎臓病進行抑制のための薬剤は,発明者らにより得られた下記知見に基づくものである。
(1) フェニルカルボン酸誘導体として検討を行った化合物は,トリプトファンインドールリアーゼ(TIL)活性を低下させた。TILは,トリプトファンを基質としてインドキシル硫酸(IS)の前駆物質であるインドールを生成する酵素である。また,ISは,尿毒症を引き起こす物質として知られている。
(2) フェニルカルボン酸誘導体の一つであるPH(7-Phenylheptanoic acid)は,CKDモデルマウスにおいて,血漿中のISを,濃度依存的に低下させた。
(3) PHはさらに,腎障害の指標である血漿クレアチニンや血液尿素窒素を,濃度依存的に低下せた。
(4) PHは,腎組織の線維化を抑制した。
(5) PHは,水に難溶性であるが,HP-β-シクロデキストリンを用いることで,水に速やかに溶解することが分かった。
これらの知見により発明者らは,PBをはじめとするアルキル鎖の異なるフェニルカルボン酸誘導体が,TILを阻害することでインドールやISの生成を抑制し,CKDの進行を抑制することを明らかとしたものである。
【0014】
本発明の化合物は,下記化1で表されることを特徴とする。
【化1】
(式中,nは3から10のいずれかの整数で表される)
すなわち,化1の化合物は,TILを阻害することで,尿毒症物質であるISの生成を抑制する。これにより化1の化合物は,腎保護効果を発揮し,血漿クレアチニンや血液尿素窒素の低下などを通じてCKDの進行を抑制するものである。
【0015】
本発明の化合物において,nは,フェニル基とカルボン酸をつなぐためのメチレン鎖長を決定するための整数として設定される。
すなわち,フェニルカルボン酸誘導体は,メチレン鎖が長ければ長いほど,かつ,メチレン鎖が偶数の場合にTIL阻害効果が向上する傾向にある。これらより,nは,適度な長さを有することが好ましく,典型的には3から10,好ましくは3から9,より好ましくは3から8,特に好ましくは3から6,最も好ましくは4又は6とすることができる。
【0016】
本発明の化合物は,慢性腎臓病を抑制するための薬剤における有効成分として用いることができる。
すなわち,本発明の化合物を摂取することで,血中のIS濃度の低下を引き起こす。これにより腎保護効果を発揮し,血漿クレアチニンや血液尿素窒素の低下などを通じてCKDの進行を抑制するものである。また,本発明の化合物は,腸内細菌由来のトリプトファンインドールリアーゼ阻害をメカニズムとすることから,経口的に摂取することが好ましい。
【0017】
本発明の化合物を有効成分として用いる際は,そのままの化学形で用いてもよいし,塩として用いてもよい。塩として用いる場合,例えば,ナトリウム塩とすることができる。
さらに,本発明の化合物を有効成分として用いる際は,種々の添加物を含む組成物とすることができる。このような添加物として,例えば,例えば,賦形剤,安定化剤,酸化防止剤,pH調整剤,溶解補助剤などが挙げられる。
【0018】
本発明において,化1の化合物と,シクロデキストリン類とを合わせた組成物とすることが好ましい。これにより,脂溶性が高く水に難溶な化1の化合物を,比較的速やかに水に溶解させることが可能となり,水への溶解安定性を向上させる効果を有する。また,シクロデキストリン類がかかる溶解補助として機能するとともに,賦形剤としての役割を果たし,経口剤としての製剤化を容易とする効果を有する。
シクロデキストリン類としては,フェニルカルボン酸誘導体のアルキル鎖長に応じた水への溶解度を考慮して選択することができ,例えば,α-シクロデキストリン,β-シクロデキストリン,γ-シクロデキストリン,2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,3-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,2,3-ジヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン,ヒドロキシイソブチル-β-シクロデキストリン,グルコシル-β-シクロデキストリン,マルトシル-β-シクロデキストリン,γ-シクロデキストリン,2ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン,3-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン,2,3-ジヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリンなどを用いることができ,好ましくは2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリンを用いることができる。
【実施例0019】
<<実験1,フェニルカルボン酸誘導体のIS生成への影響の検討>>
フェニルカルボン酸誘導体が,インドキシル硫酸(IS)の前駆物質であるインドールの生成に対し,どのような影響を及ぼすかを調べることを目的に検討を行った。
【0020】
<方法と結果>
1.ウシ血清アルブミン(0.005%),還元型グルタチオン(1 mM),ピロドキサルリン酸(100 μM),ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(100 μM),乳酸脱水素酵素(3 U/mL),アポトリプトファナーゼ(10 U/mL)を含む0.15Mリン酸カリウム緩衝液(pH 8.0,37℃)に,
図1に示す各フェニルカルボン酸誘導体を添加した。
2.1の溶液に,L-トリプトファンを300 μMとなるように加え,340 nmの吸光度を5分間測定し,反応速度を算出した。
3.また,フェニル酪酸誘導体を添加しない実験を行い,コントロール群とした。
【0021】
4.結果を
図2に示す。
(1) コントロールと比較して,PP以外のフェニルカルボン酸誘導体において,TIL活性の有意な低下が確認された。
(2) 全体的に,フェニルカルボン酸誘導体のアルキル鎖が長くなれば長くなるほど,TIL活性が低下する傾向にあった。また,この傾向は,アルキル鎖が偶数と奇数とで異なり,偶数の場合の方が,TIL活性低下が大きい傾向にあった。
(3) なお,各フェニルカルボン酸誘導体に相当するカルボン酸でも同様の検討を行ったが,TIL活性の低下は認められなかった(不図示)。
5.以降の検討においては,最も大きなTIL活性の低下がみられた,PHについて検討を行った。
【0022】
<<実験2>>
実験1において最も高いTIL活性低下能を有したPHは,常温において脂溶性が高く水に難溶なオイル状の物質であったことから,PHを取り扱いのしやすく経口可能な組成物とするために検討を行った。
【0023】
<方法と結果>
1.PHは,PH単独で水に添加したところ,難溶であり溶けにくかった。これに対し,PH(0.1 mmol)と2-ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(0.1 mmol)を超純水20 mLに添加し攪拌させたところ,速やかに溶解し,液体を得ることができた。これらの溶解性を比較した結果を,
図3に示す。
2.1で得られた液体を凍結乾燥することで,白色結晶を得ることができた(
図4)。得られた白色結晶はPH製剤として実験3において用いた。
【0024】
<<実験3,CKDモデルマウスを用いた検討>>
CKDモデルマウスを用いて,PHがどのような影響・効果を及ぼすかを調べることを目的として検討を行った。
【0025】
<方法と結果>
1.ケージにて飼育されたCR57BL/6JJmsマウス(18.4g,オス,各群n=4)に粉末飼料を給餌し,1週間の馴化期間を経て,実験に用いた。
2.馴化後,3週間にわたって,0.2 w/w%のアデニンならびにPH製剤を含む粉末飼料を給餌した(PH投与群)。PH製剤は,PHの服用量が1,5,10mg/kg/dayになるように調整した。
3.また,粉末飼料のみを給餌したマウスを健常群,0.2 w/w%のアデニンのみを含む粉末飼料を給餌したマウスをCKDモデル群とし,3週間の給餌を行った。
4.3週間の給餌期間終了後に採血を行い,血漿中インドキシル硫酸濃度,血漿クレアチニン濃度,血液尿素窒素の測定を行った。
5.採血後,腎を摘出し,腎組織切片をマッソントリクローム染色した。
【0026】
6.血液検査の結果を
図5に示す。
(1) CKDモデル群では,健常群と比較して,血漿中のIS,CRE,BUN,いずれもが有意に高い値となっていた。
(2) 一方,PH投与群では,IS,CRE,BUN,いずれにおいても濃度依存的に低下する傾向にあった。また,PH投与群の10mg/kg/dayは,いずれのパラメーターもCKDモデル群と比較して有意な低下を示していた。
(3) なお,HP-β-シクロデキストリンを給餌したマウスについても検討を行ったが,各パラメーターの抑制効果はみられなかった(不図示)。
【0027】
7.マッソントリクローム染色の結果を
図6に示す。
(1) CKDモデルにおいて腎線維化を示す青い染色が確認された。
(2) これに対し,PH投与群(5mg/kg/day)では,CKDモデル群と比較して,青い染色の範囲が減少していた。
8.マッソントリクローム染色の定量分析の結果を
図7に示す。PH投与群では,CKDモデル群と比較して,線維化面積が減少していることが確認された。
9.なお,HP-β-シクロデキストリンを給餌したマウスについても同様の検討を行ったが,線維化の減少効果はみられなかった(不図示)。