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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139029
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】成形体の曲げ性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/20 20060101AFI20241002BHJP
   G01N 3/42 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
G01N3/20
G01N3/42 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023049802
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】藤中 真吾
(72)【発明者】
【氏名】大野 敦史
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA07
2G061AB01
2G061BA02
2G061CA02
2G061CB01
2G061EC02
(57)【要約】
【課題】本発明は、より簡便に行うことができる成形体の曲げ性の評価方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の一実施形態に係る成形体の曲げ性の評価方法は、鋼板をプレス加工して得られる成形体の曲げ性の評価方法であって成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して面硬度を測定する測定ステップと、表面硬度と、判定用閾値と、に基づいて前記成形体の曲げ性を評価する評価ステップと、を含む。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板をプレス加工して得られる成形体の曲げ性の評価方法であって、
前記成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して前記成形体の表面硬度を測定する測定ステップと、
前記表面硬度と、判定用閾値と、に基づいて前記成形体の曲げ性を評価する評価ステップと、
を含む、成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項2】
前記判定用閾値は、前記成形体を構成する評価対象鋼板の強度に対応する強度を有する複数の試験鋼板のそれぞれについての、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定される最大曲げ角と、前記複数の試験鋼板の表面に前記測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定されるビッカース硬さとが示す関係に基づいて決定される、請求項1に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項3】
前記複数の試験鋼板のうちの少なくとも2つは、互いに異なる脱炭指標値を有する、請求項2に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項4】
前記成形体を構成する鋼板の1/4深さ位置における金属組織、及び、前記複数の試験鋼板のうち少なくとも2つの試験鋼板の1/4深さ位置における金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上である、請求項2に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項5】
前記成形体を構成する鋼板の表層部における金属組織、及び、前記複数の試験鋼板のうち少なくとも2つの試験鋼板の表層部における金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が75%以上である、請求項4に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項6】
前記複数の試験鋼板の全ては、互いに同じ板厚であり、
前記成形体を構成する鋼板の板厚は、前記複数の試験鋼板の板厚と同じである、請求項2に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項7】
前記複数の試験鋼板の全ては、互いに異なる脱炭指標値を有し、1/4深さ位置における金属組織のマルテンサイト分率が85%以上であり、かつ、互いに同じ板厚であり、
前記成形体を構成する鋼板は、1/4深さ位置における金属組織のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であり、かつ、前記複数の試験鋼板の板厚と同じである、請求項2に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項8】
前記成形体は、表面から板厚方向に特定軟化層が設けられ、前記特定軟化層が設けられた部分における板厚方向の中心部の硬度は400Hv以上であり、前記特定軟化層は、前記特定軟化層が設けられた部分における前記板厚方向の中心部の硬度よりも少なくとも10Hv低い硬度を有する領域であり、前記特定軟化層の厚さは、前記特定軟化層が設けられた部分における板厚の2%以上20%未満であり、前記表面における前記特定軟化層の硬度が、前記特定軟化層が設けられた部分における前記板厚方向の中心部の硬度の0.5倍以上0.9倍未満であり、前記特定軟化層は、前記板厚方向において、前記表面から前記特定軟化層の厚さの40%までの領域である第一の硬さ変化領域と、前記特定軟化層のうち前記第一の硬さ変化領域ではない領域である第二の硬さ変化領域とを有し、前記第一の硬さ変化領域における板厚方向の硬さ変化の絶対値ΔHv1は、前記第二の硬さ変化領域における板厚方向の硬さ変化の絶対値ΔHv2よりも大きい鋼板が成形された成形体である、請求項1又は2に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【請求項9】
前記成形体を構成する前記鋼板の脱炭指標値が0.085以上である、請求項1又は2に記載の成形体の曲げ性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形体の曲げ性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板は、用途に応じて様々な形状に成形される。成形体の曲げ性を評価する技術として、例えば、特許文献1には、VDA規格238-100に規定される曲げ試験に準拠して金属板の曲げ試験を行い、該金属板の荷重と曲げ角度との関係を示す荷重-曲げ角度曲線を求めるステップ(1)と、前記荷重-曲げ角度曲線における限界曲げ角度αを超える領域での荷重と曲げ角度との関係に基づいて、前記金属板の耐割れ性を評価するステップ(2)と、を有することを特徴とする金属板の耐割れ性評価方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-080464号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
鋼板は、例えば、ホットスタンプ等の熱間加工や冷間加工により成形されるが、ホットスタンプ時の熱履歴や冷間成形時のひずみの導入等により、成形の前後で鋼板の機械特性が変化することがある。そのため、特許文献1に記載されたような、プレス前の鋼板の機械特性の評価結果に基づいて成形体の曲げ性を予測する方法では、成形体の機械特性に関する品質を適切に評価できないことがある。
【0005】
また、成形体を用いてVDA規格238-100に規定される曲げ試験(VDA曲げ試験)を行おうとしても、VDA曲げ試験の試験片として必要な60mm角の平板を準備することができない場合が多い。特に、自動車部材は複雑な形状をしているものが多く、自動車部材から上記試験片を準備することは難しい。そのため、自動車部材を含む成形体にVDA曲げ試験をそのまま採用することができない場合がほとんどである。
【0006】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであって、より簡便に行うことができる成形体の曲げ性の評価方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1] 本発明の一態様に係る成形体の曲げ性の評価方法は、鋼板をプレス加工して得られる成形体の曲げ性の評価方法であって、上記成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して上記成形体の表面硬度を測定する測定ステップと、上記表面硬度と、判定用閾値と、に基づいて上記成形体の曲げ性を評価する評価ステップと、を含む。
[2] 上記[1]に記載の曲げ性の評価方法では、上記判定用閾値は、上記成形体を構成する評価対象鋼板の強度に対応する強度を有する複数の試験鋼板のそれぞれについての、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定される最大曲げ角と、上記複数の試験鋼板の表面に上記測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定されるビッカース硬さとが示す関係に基づいて決定されてもよい。
[3] 上記[2]に記載の成形体の曲げ性の評価方法では、上記複数の試験鋼板のうちの少なくとも2つは、互いに異なる脱炭指標値を有していてもよい。
[4] 上記[2]又は[3]に記載の曲げ性の評価方法では、上記成形体を構成する鋼板の1/4深さ位置における金属組織、及び、上記複数の試験鋼板のうち少なくとも2つの試験鋼板の1/4深さ位置における金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であってもよい。
[5] 上記[4]に記載の曲げ性の評価方法では、上記成形体を構成する鋼板の表層部における金属組織、及び、上記複数の試験鋼板のうち少なくとも2つの試験鋼板の表層部における金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が75%以上であってもよい。
[6] 上記[2]~[5]のいずれかに記載の曲げ性の評価方法では、上記複数の試験鋼板の全ては、互いに同じ板厚であり、上記成形体を構成する鋼板の板厚は、上記複数の試験鋼板の板厚と同じであってもよい。
[7] 上記[2]に記載の曲げ性の評価方法では、上記複数の試験鋼板の全ては、互いに異なる脱炭指標値を有し、1/4深さ位置における金属組織のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であり、かつ、互いに同じ板厚であり、上記成形体を構成する鋼板は、1/4深さ位置における金属組織のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であり、かつ、上記複数の試験鋼板の板厚と同じであってもよい。
[8] 上記[2]~[7]のいずれかに記載の曲げ性の評価方法では、上記成形体は、表面から板厚方向に特定軟化層が設けられ、上記特定軟化層が設けられた部分における板厚方向の中心部の硬度は400Hv以上であり、上記特定軟化層は、上記特定軟化層が設けられた部分における上記板厚方向の中心部の硬度よりも少なくとも10Hv低い硬度を有する領域であり、上記特定軟化層の厚さは、上記軟化層が設けられた部分における上記板厚の2%以上20%未満であり、上記表面における上記特定軟化層の硬度が、上記特定軟化層が設けられた部分における上記板厚方向の中心部の硬度の0.5倍以上0.9倍未満であり、上記特定軟化層は、上記板厚方向において、上記表面から上記特定軟化層の厚さの40%までの領域である第一の硬さ変化領域と、上記特定軟化層のうち上記第一の硬さ変化領域ではない領域である第二の硬さ変化領域とを有し、上記第一の硬さ変化領域における板厚方向の硬さ変化の絶対値ΔHv1は、上記第二の硬さ変化領域における板厚方向の硬さ変化の絶対値ΔHv2よりも大きい鋼板が成形された成形体であってもよい。
[9] 上記[2]~[8]のいずれかに記載の曲げ性の評価方法では、上記成形体を構成する上記鋼板の脱炭指標値が0.085以上であってもよい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の上記態様によれば、成形体の曲げ性の評価をより簡便に行うことでき、信頼性に優れた曲げ性の評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】特定軟化層の硬さ変化の一例を示す図である。
図2】実施例における、ビッカース硬さ測定における負荷荷重毎の、各試験鋼板の表面硬度及び最大曲げ角をプロットしたグラフである。
図3】実施例における成形体の模式図である。
図4図2に表されたグラフに試験片の表面硬度及び最大曲げ角をプロットしたグラフである。
図5】実施例における試験鋼板の表面硬度(ビッカース硬さ)と最大曲げ角とをプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、図面を参照して、本発明の実施形態である成形体の曲げ性の評価方法を説明する。しかしながら、本発明は以下で説明する例に限定されない。また、図中の各構成要素の寸法、比率は、実際の各構成要素の寸法、比率を表すものではない。
【0011】
<成形体の曲げ性の評価方法>
本発明の一実施形態に係る成形体の曲げ性の評価方法は、鋼板をプレス加工して得られる成形体の曲げ性の評価方法であって、成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して成形体の表面硬度を測定する測定ステップと、表面硬度と、判定用閾値と、に基づいて成形体の曲げ性を評価する評価ステップと、を含む。以下に詳細に説明する。
【0012】
(測定ステップ)
測定ステップでは、成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して成形体の表面硬度を測定する。
【0013】
成形体は、鋼板をプレス加工して得られるものである。成形体を構成する鋼板(プレス加工されて成形体となった鋼板)は、特段制限されず、公知の化学組成及び金属組織を有する鋼板であってよい。成形体が自動車部材に使用される場合、鋼板としては、例えば、引張強度で1470MPa以上(例えば1.5GPa級、1.8GPa級、2.0GPa級、2.5GPa級又はそれ以上)の鋼板が挙げられる。
【0014】
成形体を構成する鋼板の1/4深さ位置における金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であることが好ましい。マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であれば、高強度が求められる用途の成形体に適用可能な鋼板として当該鋼板を評価することができる。また、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトは、他の相との界面で割れを生じることがある。マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であれば、他の相の割合が小さいためマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイト相と他の相との界面での割れが生じにくい。そのため、後述する評価ステップにおいて、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定される最大曲げ角と、測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定されるビッカース硬さと、の関係に基づいて曲げ性を評価する場合に、より正確な評価をすることができる。ここで、他の相とは、フェライト、パーライト、セメンタイト、残留オーステナイトの1種又は2種以上である。
【0015】
さらに、成形体を構成する鋼板の表層部の金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が75%以上であることが好ましい。表層部のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計75%以上であれば、他の相の割合が小さいため、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトと他の相との界面での割れが生じにくい。そのため、試験片の表面に荷重を負荷したとき、上記界面での割れが抑制され、より正確に曲げ性を評価することができる。ここで、他の相とは、フェライト、パーライト、セメンタイト、残留オーステナイトの1種又は2種以上である。ここでいう表層部は、表面から板厚方向に50μmまでの範囲を言う。
【0016】
金属組織は、以下の方法で特定される。すなわち、成形体の金属組織については、成形体の端面から50mm以上離れた任意の位置から、圧延方向に平行かつ板厚方向に平行な断面において、表層部及び1/4深さ位置における金属組織が観察できるように試験片を採取する。ただし、成形体の端面から50mm以上離れた任意の位置からサンプルを採取できない場合は、端部を避けた位置から、上記の試験片を採取する。試験鋼板の金属組織についても同様である。なお、成形体の端面とは、成形体の長手方向あるいは短手方向の最外周であり、その部分に切断部を有する面を言う。
上記試験片の断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。研磨後の試験片の断面の長手方向(圧延方向)の任意の位置において、表面から板厚の1/4の位置が中心となるように、長手方向に200μm、表面から板厚の1/8の位置~表面から板厚の3/8位置に亘る領域を、0.1μmの測定間隔で、電子後方散乱回折法により測定して当該領域の結晶方位情報を得る。得られた結晶方位情報により特定された組織を1/4深さ位置における金属組織とする。また、表面から板厚方向に50μmの深さ及び長手方向に200μmの領域を0.1μmの測定間隔で、電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。得られた結晶方位情報により特定された組織を表層部における金属組織とする。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。また、測定の際には、Phaseとして、「iron-α」、「iron-γ」を設定し、測定を行う。また、EBSD測定領域と同領域を、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)を用いて1000倍以上の倍率で観察する。
【0017】
同領域を観察するに際し、観察位置が特定できるように、EBSD測定領域の4隅の内3点に対して、EBSD測定領域の4隅から100μm以内の範囲にそれぞれビッカース圧痕を打刻する。その後、観察面の組織を残して、表層の汚染を研磨除去し、ナイタールエッチングする。ビッカース圧痕を目印とすれば、EBSD観察面と同じ領域を観察することができる。汚染の除去については、粒子径0.1μm以下のアルミナ粒子を用いたバフ研磨、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いた研磨、あるいはArイオンスパッタリング等の手法を用いればよい。
【0018】
続いて、EBSD測定で得られた結晶方位情報を、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIMAnalysis(登録商標)」に搭載された「PhaseMap」機能を用いて、残留オーステナイトの面積率を算出する。面積率の算出に際し、結晶構造がfccであるものを残留オーステナイトと判断する。
【0019】
また、結晶構造がbccである領域について、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIMAnalysis(登録商標)」に搭載された「GrainAverageMisorientation」機能を用いて、セメンタイト、パーライト、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト、焼き戻しマルテンサイトのいずれであるかを判断し、面積率を測定する。
具体的には、結晶方位差が15°以上である境界を結晶粒界(15°粒界)であると定義とした条件下で、GrainAverageMisorientation値(GAM値)が3.0°以下の領域をフェライトであると判断する。
また、GAM値が3.0°超の領域をマルテンサイト、ベイナイト又は焼き戻しマルテンサイトと判定する。さらに、EBSD測定結果とFE-SEM観察によって得られた組織画像とをビッカース圧痕を目印に重ね合わせ、FE-SEM観察の組織画像からセメンタイト、及びパーライトと判断された領域について、「PhaseMap」機能、及び「GrainAverageMisorientation」機能で判定された、残留オーステナイト及び残留オーステナイト以外の組織の領域を、セメンタイト、及びパーライトとして判断する。この際、15°粒界を用いた粒界MAPとビッカース圧痕の位置との比較からセメンタイト、及びパーライトの位置を特定してもよい。
【0020】
本実施形態に係る成形体では、面積率と体積率とは等しいとして、上記で得られた面積率を体積率であるとみなす。
【0021】
成形体を構成する鋼板には、その少なくとも一部に、表面から板厚方向に特定軟化層が設けられていることが好ましい。特定軟化層は、当該鋼板における特定軟化層よりも板厚方向の中心側の領域(鋼板における特定軟化層を除いた板厚方向の領域。以下では、当該領域を板厚方向の中心部と呼称することがある。)の硬度よりも少なくとも10Hv低い硬度を有する領域である。
【0022】
特定軟化層の厚さは、特定軟化層が設けられた部分における板厚の2%以上20%未満であることが好ましい。特定軟化層の厚さが、鋼板の板厚の20%以下であれば、鋼板における特定軟化層の占める割合が小さいため、製造された成形体に求められる耐荷重を維持することができる。特定軟化層の厚さは、鋼板の板厚の17%以下であることが好ましく、14%以下であることが更に好ましい。一方、特定軟化層が鋼板の全域に亘る表面に設けられている場合、特定軟化層の厚さが鋼板の板厚の2%以上であれば、特定軟化層による変形能を十分に発揮することができる。特定軟化層の厚さは、鋼板の板厚の5%以上であることが好ましく、8%以上であることが更に好ましい。
【0023】
特定軟化層の硬度は、特定軟化層が設けられた部分における板厚方向の中心部の硬度の0.5倍以上0.9倍未満であることが好ましい。鋼板の表面の硬度は、鋼板の板厚方向に沿って切断して得られる断面に対して、JIS Z 2244-1:2020に記載のビッカース硬さ試験により測定される。その際、測定点は鋼板表面から深さ20μm以内とし、かつ、圧痕が10μm以下となるように測定する。表面の硬度が板厚方向の中心部の硬度に対して0.5倍以上であれば、衝突時の、特に、ストローク後期における耐荷重を向上させることができる。特定軟化層は、鋼板の表面において、板厚方向の中心部の硬度に対して、0.6倍以上の硬度を有していることがより好ましい。一方、表面の硬度が板厚方向の中心部の硬度に対して0.9倍未満であれば、変形能を十分に向上させることできる。特定軟化層は、鋼板の表面において、板厚方向の中心部の硬度に対して、0.8倍未満の硬度を有していることがより好ましい。
【0024】
板厚方向の中心部の硬度の測定方法は以下の通りである。試料の板面に垂直な断面を採取し、測定面の試料調製を行い、硬さ試験に供する。測定面の調製方法は、JIS Z 2244:2020に準じて実施する。#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して測定面を研磨した後、粒度1μmから6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。硬さ試験は、JIS Z 2244:2020に記載の方法で実施する。マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、試料の板厚の1/2位置に、荷重1kgfで、圧痕の3倍以上の間隔で10点測定し、その平均値を板厚方向の中心部の硬度とする。
【0025】
図1に示すように、特定軟化層は、板厚方向において、表面から特定軟化層の厚さの40%までの領域である第一の硬さ変化領域と、特定軟化層のうち第一の硬さ変化領域ではない領域である第二の硬さ変化領域とを有することが好ましい。第一の硬さ変化領域における板厚方向の硬さ変化の絶対値ΔHv1は、第二の硬さ変化領域における板厚方向の硬さ変化の絶対値ΔHv2よりも大きいことが好ましい。ΔHv1がΔHv2よりも大きければ、十分な荷重特性を得ることができる。
【0026】
第一の硬さ変化領域における硬さ変化の絶対値ΔHv1は、100Hv以上200Hv未満であることが好ましい。ΔHv1が100Hv以上であれば、曲げ変形時の応力集中をより緩和でき、曲げ特性をさらに向上させることができる。また、ΔHv1が、200Hv未満であれば、曲げ変形時の応力集中を緩和する効果がさらに高められ、より良好な曲げ特性が得られる。従って、ΔHv1が100Hv以上200Hv未満となる場合に、良好な曲げ特性が得られ、成形体の変形能を向上できる。具体的には、衝突時のストローク後期において、荷重ピーク直後からの荷重の落下を緩やかにすることができる。そこで、上記の通り、第一の硬さ変化領域における硬さ変化の絶対値ΔHv1は、100Hv以上200Hv未満とすることが好ましい。
【0027】
次に、第一の硬さ変化領域及び第二の硬さ変化領域の硬さの測定方法ついて説明する。試料の板面に垂直な断面が採取されて、測定面の試料調製が行われた後、硬さ試験に供される。測定面の調製は、試料の表面近傍の硬さを正確に測定するために、極力凹凸が小さく、表面近傍にだれが生じないように実施する。ここでは、日本電子製のクロスセクションポリッシャを用いて、アルゴンイオンビームにより測定面がスパッタリングされる。この際、測定面に筋状の凹凸が発生することを抑制する目的で、日本電子製の試料回転ホルダを用いて、360度方向から測定面にアルゴンイオンビームを照射する。
【0028】
測定面が調製された試料に対し、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、硬さの測定が実施される。試料の表面から当該試料の特定軟化層に相当する領域を、板面と直角な方向(板厚方向)に、荷重50gfで、圧痕の3倍以上の間隔で測定する。この際、試料の板厚に依存して測定点の合計が異なるが、後述のΔHv1及びΔHv2を算出するための測定点数については、JIS Z 2244:2020の記載に基づき、圧痕による影響がない程度の間隔を確保しつつ、可能な限り多くの測定点を設定する。試料の最も表面側における測定位置は、表面(めっき層が存在する場合は、めっき層の直下又はめっき層と母材との間の合金層の直下)から20μm以内までの領域で行うこととする。母材表面の最表面部分は、軟質相の組織が多いためである。
【0029】
板厚方向の中心部の両側に特定軟化層が配置された試料の場合は、同様の測定を試料の第一の表面側から行い、さらに第一の表面と反対側の第二の表面側からも行う。
【0030】
ΔHv1は以下の手順で算出される。すなわち、試料の表面から特定軟化層全体の厚さ40%までの領域(第一の硬さ変化領域)に含まれる全ての測定点から、式(1)により第一の硬さ変化領域の硬さ勾配Δaを算出する。ここで、aは、i番目の測定点における表面からの距離が特定軟化層全体の厚さに占める割合(%)、cはaにおけるビッカース硬さ(Hv)、nは表面から特定軟化層全体の厚さ40%までの領域(第一の硬さ変化領域)に含まれる全ての測定点の合計である。
【0031】
【数1】
【0032】
ここで、
Δa:第一の硬さ変化領域における板厚方向の硬さの変化の勾配(Hv/%)
:i番目の測定点における表面からの距離が特定軟化層全体の厚さに占める割合(%)
:aにおけるビッカース硬さ(Hv)
n:第一の表面側第一の硬さ変化領域に含まれる全ての測定点の合計
である。
【0033】
板厚方向の中心部の両側に特定軟化層が配置された試料の場合は、第一の表面側からの硬さ測定結果を基に、第一の表面側のΔa1を算出し、さらに、第二の表面側からの硬さ測定結果を基に、第二の表面側のΔa2を算出する。Δa1とΔa2の算術平均をΔaとすることができる。
【0034】
式(1)により求めたΔaに特定軟化層全体の厚さに占める第一の硬さ変化領域の板厚方向厚さの割合を乗算してΔHv1を求めることができる。
【0035】
ΔHv2は以下の手順で算出される。すなわち、試料の表面側における特定軟化層全体の厚さ40%から100%までの領域(第二の硬さ変化領域)に含まれる全ての測定点から、式(2)により第二の硬さ変化領域の硬さ勾配ΔAを算出する。ここで、Aは、i番目の測定点における表面からの距離が特定軟化層全体の厚さに占める割合(%)、CiはAiにおけるビッカース硬さ(Hv)、Nは表面側における特定軟化層全体の厚さ40%から100%までの領域(第二の硬さ変化領域)に含まれる全ての測定点の合計である。
【0036】
【数2】
【0037】
ここで、
ΔA:第二の硬さ変化領域における板厚方向の硬さの変化の勾配(Hv/%)
:i番目の測定点における表面からの距離が特定軟化層全体の厚さに占める割合(%)
:Aにおけるビッカース硬さ(Hv)
N:第一の表面側第二の硬さ変化領域に含まれる全ての測定点の合計
である。
【0038】
板厚方向の中心部の両側に特定軟化層が配置された試料の場合は、第一の表面側からの硬さ測定結果を基に、第一の表面側のΔA1を算出し、さらに、第二の表面側からの硬さ測定結果を基に、第二の表面側のΔA2を算出する。ΔA1とΔA2の算術平均をΔAとすることができる。
【0039】
式(2)により求めたΔAに特定軟化層全体の厚さに占める第二の硬さ変化領域の板厚方向厚さの割合を乗算してΔHv2を求めることができる。
【0040】
特定軟化層が設けられた部分における板厚方向の中心部の硬度は400Hv以上であることが好ましい。板厚方向の中心部のビッカース硬さが400Hv以上である鋼板が成形された成形体は、特定軟化層による変形能の向上の効果が顕著となる。鋼板の板厚方向の中心部のビッカース硬さが500Hv以上であることが好ましく、600Hv以上であることが更に好ましい。板厚方向の中心部の硬度の上限は特段制限されないが、成形性等を鑑みれば、板厚方向の中心部の硬度は、900Hv以下であることが好ましく、800Hv以下であることが更に好ましい。
【0041】
成形体を構成する鋼板の板厚は、例えば、0.5mm以上又は1.0mm以上である。また、鋼板の板厚は、例えば、3.5mm以下又は2.9mm以下である。
【0042】
プレス加工には、特段制限されず、公知の技術である種々の加工技術が適用されてよく、熱間プレス加工又は冷間プレス加工のいずれの加工であってもよい。
【0043】
曲げ性の評価の対象である成形体は、特段制限されず、種々の成形体を曲げ性の評価の対象とすることができる。成形体としては、例えば、キャビン骨格又は衝撃吸収骨格として自動車骨格を構成し得る骨格部材が挙げられる。キャビン骨格としては、ルーフセンタリーンフォース、ルーフサイドレール、Bピラー、サイドシル、トンネル、Aピラーロア、Aピラーアッパー、キックリーンフォース、フロアクロスメンバ、アンダーリーンフォース、及びフロントヘッダ等が挙げられる。また、衝撃吸収骨格としては、リアサイドメンバー、エプロンアッパメンバ、バンパリーンフォース、クラッシュボックス、及びフロントサイドメンバー等が挙げられる。
【0044】
また、成形体を構成する鋼板は、その脱炭指標値が0.085以上であることが好ましい。脱炭指標値が0.085以上であれば、表層部の変形能が向上することから優れた曲げ性を維持しながら耐荷重も向上させることができる。したがって、鋼板の脱炭指標値は0.085以上であることが好ましい。より好ましくは、鋼板の脱炭指標値は0.140以上、又は0.180以上である。脱炭指標値の上限は、脱炭指標値の算出方法から1.000となるが、優れた曲げ性を維持しながら耐荷重も向上させるためには、脱炭指標値は、更に好ましくは0.60以下、又は0.50以下、0.40以下である。
【0045】
脱炭指標値は以下の方法で求めることができる。
グロー放電発光分析装置(Glow Discharge Optical Emission Spectrometry、GD-OES)を用いて成形体における板厚方向の元素濃度分布を測定する。ここで、測定範囲は成形体の表面~表面から200μmの位置(200μm深さ位置)の範囲とし、測定間隔は0.02μm以下とする。測定は成形体に含まれる全ての元素について実施する。
【0046】
成形体が表面に被覆を有する場合、ここでいう表面は被覆と母材部との界面である。表面に被覆等を有する場合については、母材部の表面(母材部と被覆等との界面)から200μm深さ位置までの測定が可能となるように、機械研磨又は化学研磨により被覆等を一部又は全てを除去してからGD-OES測定に供する。GD-OES測定においてFe濃度(Fe含有量)が90質量%以上である領域を母材部とみなし、Fe濃度が表面から最初に90質量%となる測定点を母材部の表面とみなす。
次に、成形体の表面から180μmの位置(180μm深さ位置)~200μm深さ位置までにおけるC濃度(C含有量)の測定値(1000点以上)について平均値を算出し、この平均値を脱炭の影響がない部分のC濃度とみなす。
ただし、母材の平均C含有量(脱炭の影響がない部分)と同等のC含有量に達したと判定できる深さまで測定できた場合は、測定範囲を200μm深さ位置よりも表面側までとしてもよい(ただし表面から50μm以上は測定する)。その場合、分析した最深部~その最深部から表層側に20μmまでの領域におけるC濃度の測定値が、最深部から表層側に20μmまでの領域におけるC濃度の平均値と、最深部から表層側に20μmの領域におけるC濃度の測定値の最大値との差の絶対値が0.05質量%以下であり、かつ最深部から表層側に20μmの領域におけるC濃度の平均値と、最深部から表層側に20μmの領域におけるC濃度の測定値の最小値との差の絶対値が0.05質量%以下である場合は、最深部から表層側に20μmの領域におけるC濃度の平均値を脱炭の影響がない部分のC濃度としてもよい。最深部が120μmである場合、「最深部から表層側に20μmまでの領域におけるC濃度の測定値」とは100μm位置から120μm位置に含まれるC濃度という意味である。
【0047】
成形体の表面から脱炭が生じていない位置のC濃度に到達するまでの領域において、単位深さあたりのC濃度の減少量(脱炭が生じていない位置でのC濃度から各測定点におけるC濃度を差し引いた値)を算出し、単位深さとC濃度の減少量との積の積分値を求めてCの欠乏領域の面積とする(面積A)。ここで単位深さとは、GD-OESの測定間隔を意味する。次に、脱炭が生じていない位置でのC濃度と、200(μm)との積を基準面積(面積B)とし、Cの欠乏面積(面積A)を基準面積(面積B)で除した値(面積A/面積B)を脱炭指標値とする。
【0048】
試験片は、成形体における所望の位置から切り出されればよい。試験片の表面には、圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重が負荷されるため、試験片のサイズは、当該荷重が負荷可能なサイズであればよい。
【0049】
表面硬度を測定するための荷重は、JIS Z 2244-1:2020に記載のビッカース硬さ試験に記載された方法で負荷される。圧痕深さが15μm超100μm以下であれば、評価ステップにおいて、成形体の曲げ性を正確に評価することができる。
【0050】
(評価ステップ)
評価ステップでは、測定ステップで測定された成形体の表面硬度と、判定用閾値と、に基づいて成形体の曲げ性を評価する。
【0051】
判定用閾値は、成形体の表面硬度との相関に基づく値であればよい。以下に、判定用閾値の一例を説明する。判定用閾値は、成形体を構成する鋼板である評価対象鋼板の強度に対応する強度を有する複数の試験鋼板のそれぞれについての、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定される最大曲げ角と、複数の試験鋼板の表面に、測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定されるビッカース硬さとが示す関係に基づいて決定される。VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定される最大曲げ角とは、VDA曲げ試験における最大荷重-60Nの大きさの荷重が負荷されたときの曲げ角を言う。なお、以下では、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定される最大曲げ角を単に最大曲げ角と呼称することがある。また、試験鋼板の表面に測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定されるビッカース硬さを単にビッカース硬さと呼称することがある。
【0052】
試験鋼板は、最大曲げ角とビッカース硬さとが示す関係を得るための鋼板である。試験鋼板には、成形体を構成する評価対象鋼板の強度に対応する強度を有する鋼板が用いられる。
【0053】
ビッカース硬さは、試験鋼板の表面に、測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定される。ビッカース硬さは、JIS Z 2244-1:2020に準拠した方法で測定される。
【0054】
図2は、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定された最大曲げ角と、複数の試験鋼板の表面に測定ステップにおいて負荷される荷重と等しい荷重を負荷して測定されるビッカース硬さとが示す関係を表すグラフの一例であり、図2(A)は、圧痕深さが55~73μmとなる条件(荷重50kgf)で得られた表面硬度と最大曲げ角のプロットを示すグラフであり、(B)は圧痕深さが42~54μmとなる条件(荷重30kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフであり、(C)は圧痕深さが25~41μmとなる条件(荷重10kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフであり、(D)は圧痕深さが8~13μmとなる条件(荷重1kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフである。図2(A)~(D)における同種のプロットは、強度が等しく、板厚、金属組織、及び脱炭指標値のうちの少なくともいずれかが異なる鋼板についてのプロットである。図2に示すように、等しい強度の鋼板間では、最大曲げ角と表面硬度(ビッカース硬さ)との間に相関がみられる。したがって、所望の最大曲げ角となるときのビッカース硬さを判定用閾値とすることができる。例えば、成形体を構成する鋼板の強度が2.5GPaである場合、図2に示す、強度が2.5GPaの鋼板について得られたプロットから得られる近似直線を用いることができる。詳細には、当該直線に基づけば、測定ステップで測定された成形体を構成する鋼板のビッカース硬さが所望の判定用閾値よりも小さい場合、成形体の曲げ性が良好であると判断することができる。このように、成形体を構成する鋼板の強度に応じて近似直線を選択すれば、当該成形体の曲げ性を評価することができる。
【0055】
最大曲げ角とビッカース硬さとの相関を得るために、強度が等しく、最大曲げに影響を及ぼす因子が異なる2つ以上の試験鋼板について、最大曲げ角及びビッカース硬さが測定される。最大曲げに影響を及ぼす因子としては、例えば、板厚、金属組織及び脱炭指標値等が挙げられる。複数のうちの試験鋼板のうちの少なくとも2つは、互いに異なる脱炭指標値を有することが好ましい。
【0056】
成形体の曲げ性をより正確に評価するために、試験鋼板は、成形体を構成する鋼板の金属組織に応じた金属組織を有することが好ましい。したがって、成形体を構成する鋼板の1/4深さ位置における金属組織において、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの合計の体積率が85%以上である場合、複数の試験鋼板のうち少なくとも2つの試験鋼板の金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの合計の体積率が85%以上であることが好ましい。さらに、成形体を構成する鋼板の表層部における金属組織のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの合計の体積率が75%以上である場合、複数の試験鋼板のうち少なくとも2つの試験鋼板の表層部における金属組織は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの合計の体積率が75%以上であることが好ましい。
試験鋼板の金属組織は、上述した成形体の金属組織の特定方法と同様の方法で特定する。
【0057】
板厚は最大曲げ角に影響を及ぼすため、最大曲げ角とビッカース硬さとの関係に基づいて成形体の曲げ性を評価する場合は、試験片と試験鋼板との板厚は同じであることが好ましい。さらに、判定用閾値を決定するために用いられる複数の試験鋼板は、それらの板厚が全て同じであることが好ましい。したがって、複数の試験鋼板の全ては、互いに同じ板厚であり、かつ、成形体を構成する鋼板の板厚は、複数の試験鋼板の板厚と同じであることがより好ましい。これにより、成形体の曲げ性をより正確に評価することができる。
【0058】
より一層正確に曲げ性を評価するために、複数の試験鋼板の全ては、互いに異なる脱炭指標値を有し、1/4深さ位置における金属組織のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの合計の体積率が85%以上であり、かつ、互いに同じ板厚であり、成形体を構成する鋼板は、1/4深さ位置における金属組織のマルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの合計の体積率が85%以上であり、かつ、複数の試験鋼板の板厚と同じであることがより好ましい。
試験鋼板の脱炭指標値は、上述した方法で求める。
【0059】
本実施形態によれば、VDA曲げ試験をそのまま採用することができない形状の成形体を用いて曲げ性を評価することができる。したがって、成形体の曲げ性をより簡便に評価することができる。
【0060】
以上、本発明の実施形態を説明した。上述した実施形態はあくまでも例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【0061】
例えば、上記実施形態では、線形に近似した近似直線を使用して、曲げ性を評価しているが、直線以外に、適宜プロットに応じて近似した近似曲線を使用してもよい。
【0062】
また、最大曲げ角とビッカース硬さとが示す関係に基づいて判定用閾値を決定しているが、判定用閾値は、最大曲げ角と、例えば、ロックウェル硬さなどのビッカース硬さ以外の硬さを示す物性値とが示す関係に基づいて決定されてもよい。また、判定用閾値は破断ストロークと硬さを示す物性値とが示す関係に基づいて決定されてもよい。
【実施例0063】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、以下に説明する実施例は、あくまでも本発明の一例であって、本発明を限定するものではない。
【0064】
(実施例1)
表1に示すとおり、強度が1.5GPa、1.8GPa、2.0GPa、又は2.5GPaであり、厚さが0.8mm、1.2mm、又は1.6mmであり、表層軟化を行った鋼板又は表層軟化を行っていない鋼板を準備した。表層軟化は、窒素及び水素、残部酸素からなる雰囲気又は都市ガス雰囲気下で、800℃で10分又は20分間の加熱後、室温まで空冷する熱処理を行った後、900℃で4分間の加熱後、金型冷却による熱処理を行い、試験鋼板を得た。表1における、脱炭指標値、金属組織、板厚方向の中心部の硬度、軟化層の硬度、軟化層の厚み、ΔHv1、及びΔHv2は、上述した方法で測定された値である。
【0065】
【表1】
【0066】
図2に、ビッカース硬さ測定における負荷荷重毎の、各試験鋼板のビッカース硬さ及び最大曲げ角をプロットしたグラフを示す。最大曲げ角は、VDA規格238-100:2017に規定される曲げ試験に準拠して測定した。図2中、(A)は圧痕深さが55~73μmとなる条件(荷重50kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフであり、(B)は圧痕深さが42~54μmとなる条件(荷重30kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフであり、(C)は圧痕深さが25~41μmとなる条件(荷重10kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフであり、(D)は圧痕深さが8~13μmとなる条件(荷重1kgf)で得られたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットを示すグラフである。
【0067】
また、強度が1.8GPa、又は2.0GPaであり、板厚が1.6mmの鋼板を用い、ホットスタンプにより、図3に示す形状の成形体を製造した。加熱条件は、窒素雰囲気下で、870℃、900℃、930℃、又は950℃の温度に4分又は10分間加熱した。得られた成形体の天板部から試験片を切り出し、各試験片をVDA曲げ試験及びビッカース硬さ試験に供した。ビッカース硬さ試験においては、圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を試験片に負荷した。当該ビッカース硬さ試験により試験片の表面硬度を測定した。
【0068】
また、図4に、図2(A)~(D)の各グラフに試験片の表面硬度及び最大曲げ角をプロットしたグラフを示す。図4中、(A)~(D)は、図2の(A)~(D)と同様である。図4に示すように、成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して測定されたビッカース硬さと最大曲げ角のプロットは、強度ごとに同一の近似直線で近似することができるものであった。したがって、求められる最大曲げ角に応じてビッカース硬さに閾値を定め、成形体から切り出した試験片の表面に圧痕深さが15μm超100μm以下となる荷重を負荷して測定された表面硬度と閾値を比較することで成形体の曲げ性を評価することができることが分かった。
【0069】
(実施例2)
図5に、強度が2.5GPaであり、厚さが0.8mm、1.2mm、又は1.6mmであり、表層軟化を行った鋼板又は表層軟化を行っていない試験鋼板の表面硬度(ビッカース硬さ)とVDA最大曲げ角とをプロットしたグラフを示す。図5に示す表層軟化1は、都市ガス雰囲気下で、800℃で10分間の熱処理を行った後、900℃で4分間の加熱を行った試験鋼板についてのプロットである。図5に示す表層軟化2は、都市ガス雰囲気下で、800℃で20分間の熱処理を行った後、900℃で4分間の加熱を行った試験鋼板についてのプロットである。図5に示す表層軟化なしは、900℃で4分間の熱処理のみを行った試験鋼板についてのプロットである。表面硬度の測定においては、圧痕深さが60μm程度となる条件(荷重50kgf)とした。また、各試験鋼板の表層部の金属組織及び1/4深さ位置の金属組織を上述した方法で観察した。
【0070】
図5に示すように、都市ガス雰囲気下で、800℃で20分間の熱処理を行った後、900℃で4分間の加熱を行った試験鋼板では、表面硬度が同程度であっても、他の条件と比較して、最大曲げ角にばらつきが生じていた。また、表層軟化1、2の試験鋼板の1/4深さ位置では、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であった。また、表層軟化1の試験鋼板の表層部では、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が85%以上であった。また、表層軟化2の試験鋼板の表層部では、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトならびにフェライトが生成しており、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの体積率の合計が70%であった。このことから、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトとフェライトとの界面で割れが生じやすく、この割れに起因して最大曲げ角が小さくなることがあることが分かった。試験鋼板の表層部におけるマルテンサイト分率が75%以上であれば、この割れの影響を抑制することができ、成形体の曲げ性をより正確に評価することができることが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5