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特開2024-139168木材の接着方法、接合品及び接着可能な木材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139168
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】木材の接着方法、接合品及び接着可能な木材
(51)【国際特許分類】
   B27D 1/04 20060101AFI20241002BHJP
   C09J 5/00 20060101ALI20241002BHJP
   B27M 1/08 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
B27D1/04 A
C09J5/00
B27M1/08 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023049988
(22)【出願日】2023-03-27
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】500460690
【氏名又は名称】銘建工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】310010575
【氏名又は名称】地方独立行政法人北海道立総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】弁理士法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 昇
(72)【発明者】
【氏名】中島 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】中村 神衣
(72)【発明者】
【氏名】古田 直之
(72)【発明者】
【氏名】宮内(宮崎) 淳子
【テーマコード(参考)】
2B200
2B250
4J040
【Fターム(参考)】
2B200BA01
2B200BB01
2B200CA13
2B200CA15
2B200CA20
2B200DA04
2B200DA11
2B200DA14
2B200DA15
2B200EA04
2B200EE15
2B200EF11
2B200FA04
2B200FA24
2B200FA31
2B200FA33
2B250AA01
2B250BA04
2B250BA05
2B250CA11
2B250DA04
2B250EA02
2B250EA13
2B250FA21
2B250FA23
2B250FA25
2B250FA28
2B250FA31
2B250GA05
4J040MB05
4J040MB09
4J040NA05
4J040NA13
4J040PA04
(57)【要約】
【課題】
木材の元々の物性や風合いを維持しながら、接着剤なしで木材同士を強く接着する方法を提供する。
【解決手段】接着剤を用いることなく木材同士を接着する接着方法であって、酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液を用いて両方の木材の表面のリグニンを除去することによって、リグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を形成する表面処理工程、前記脱リグニン層同士を対向させて両方の木材を押圧し、当該脱リグニン層のセルロース同士を湿潤状態で接触させる湿潤押圧工程、及び押圧したままで乾燥させる乾燥工程を有し、表面処理工程前のリグニン残存部の密度(d1)に対する乾燥工程後のリグニン残存部の密度(d2)の比(d2/d1)が1.5以下である接着方法とする。
【選択図】図5

【特許請求の範囲】
【請求項1】
接着剤を用いることなく木材同士を接着する接着方法であって、
酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液を用いて両方の木材の表面のリグニンを除去することによって、リグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を形成する表面処理工程、
前記脱リグニン層同士を対向させて両方の木材を押圧し、当該脱リグニン層のセルロース同士を湿潤状態で接触させる湿潤押圧工程、及び
押圧したままで乾燥させる乾燥工程を有し、
表面処理工程前のリグニン残存部の密度(d1)に対する乾燥工程後のリグニン残存部の密度(d2)の比(d2/d1)が1.5以下である、接着方法。
【請求項2】
前記表面処理工程において形成される脱リグニン層の平均厚さが0.1~3mmである請求項1に記載の接着方法。
【請求項3】
前記水溶液が次亜塩素酸塩を含む請求項1又は2に記載の接着方法。
【請求項4】
前記表面処理工程において、リグニンを除去するとともに木材表面を擦ることによってフィブリル化させたセルロースを露出させる、請求項1又は2に記載の接着方法。
【請求項5】
前記表面処理工程の後に一旦乾燥させてから、水を用いて前記脱リグニン層のセルロースを湿潤状態とし、その後湿潤押圧工程に供する、請求項1又は2に記載の接着方法。
【請求項6】
木材同士が接着されてなる接合品であって、接合部に脱リグニン層を有し、リグニン残存部の密度(d2)が0.8g/cm以下であり、該脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合が0.5質量%以下である、接合品。
【請求項7】
前記接合部の脱リグニン層の平均厚さが0.05~1.5mmである請求項6に記載の接合品。
【請求項8】
表面のリグニンが除去されてリグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を有する乾燥した木材であって、該脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合が0.5質量%以下であり、接着剤なしで水を用いて接着することの可能な木材。
【請求項9】
前記脱リグニン層の平均厚さが0.1~3mmである請求項8に記載の木材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着剤を用いることなく木材同士を接着する接着方法に関する。また、木材同士が接着されてなる接合品に関する。さらに、接着剤なしで水を用いて接着することの可能な木材に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、木材は主に接着剤を用いて接合されてきた。木材工業で用いられる接着剤には、天然接着剤と合成接着剤があるが、近年では合成接着剤が主流になっている。合成接着剤としては、フェノール樹脂系接着剤、レゾルシノール系接着剤、水性高分子イソシアネート系接着剤などが主なものとして挙げられる。このような木材用合成接着剤は、石油化学由来の合成化学製品がほとんどであるが、近年では、脱化石資源への機運が高まっている。また、多くの合成接着剤はホルムアルデヒドをはじめとする揮発性化学物質を周辺環境に放出するおそれがあり、消費者によっては、そのような化学物質の揮散を望まない場合もある。
【0003】
これに対し、合成接着剤を使わない自己接着技術も古くから研究されている。例えば、木材の表面同士の摩擦によって発生する熱によってリグニンを軟化させて接合する方法などが報告されている(例えば非特許文献1)。
【0004】
非特許文献2及び特許文献1には、水酸化ナトリウムと亜硫酸ナトリウムを含む沸騰水溶液中に木材を浸漬して木材中のリグニン及びヘミセルロースの一部を除去し、引き続きホットプレスすることによって、天然木材よりもはるかに強度の高い圧縮木材が得られることが記載されている。当該圧縮木材の密度は1g/cmを超え、その引張強度は未処理木材の10倍を超え、比強度は軽量チタン合金を超えるとされている。そしてホットプレスする際に複数の木材を重ねることによって、木材同士が接着されることも記載されている。
【0005】
非特許文献3には、2枚のスギ板材の片面を1規定のNaOH水溶液に1日浸し、水洗後浸した表面をメラミンスポンジの角で柔らかく擦った後、当該2枚のスギを合わせて荷重をかけて乾燥させたところ両板材は接着したことが記載されている。また、水溶液を1規定の次亜塩素酸水溶液に変更して同様に行って両木材が接着したことも記載されている。そして非特許文献3には、これらの水溶液を脱リグニンのために用いたことも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2020-516497号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Ajith K. A. Gedara et al., “Adhesiveless Bonding of Wood - A Review with a Focus on Wood Welding”, BioResources 16(3), 6448-6470 (2021)
【非特許文献2】Jianwei Song et al., “Processing bulk natural wood into a high-performance structural material”, Nature, vol 554, 224-228 (2018)
【非特許文献3】中村昇、「ソリッドな木材のフィブリル化による水素結合を用いた接合法の可能性」第70回日本木材学会大会(鳥取)研究発表要旨集、H16-06-1500 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1記載のようにリグニンを軟化させて接合する方法では、接合面が高温になってしまうし、特殊な装置も必要である。また、非特許文献2及び特許文献1に記載された方法で製造される圧縮木材は、木材同士を接合できるものの、もはや木材とは物性や風合いが大きく異なるものになってしまう。さらに非特許文献3に記載された方法で木材同士を接着した場合の強度は不十分であった。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、木材の元々の物性や風合いを維持しながら、接着剤なしで木材同士を強く接着する方法を提供することを目的とするものである。また、そのようにして接着された接合品を提供することを目的とするものである。さらに、そのような接着方法に用いられる木材を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は、接着剤を用いることなく木材同士を接着する接着方法であって、
酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液を用いて両方の木材の表面のリグニンを除去することによって、リグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を形成する表面処理工程、
前記脱リグニン層同士を対向させて両方の木材を押圧し、当該脱リグニン層のセルロース同士を湿潤状態で接触させる湿潤押圧工程、及び
押圧したままで乾燥させる乾燥工程を有し、
表面処理工程前のリグニン残存部の密度(d1)に対する乾燥工程後のリグニン残存部の密度(d2)の比(d2/d1)が1.5以下である、接着方法を提供することによって解決される。
【0011】
このとき、前記表面処理工程において形成される脱リグニン層の平均厚さが0.1~3mmであることが好ましい。また、前記水溶液が次亜塩素酸塩を含むことも好ましい。前記表面処理工程において、リグニンを除去するとともに木材表面を擦ることによってフィブリル化させたセルロースを露出させることもできる。前記表面処理工程の後に一旦乾燥させてから、水を用いて前記脱リグニン層のセルロースを湿潤状態とし、その後湿潤押圧工程に供することもできる。
【0012】
上記課題は、木材同士が接着されてなる接合品であって、接合部に脱リグニン層を有し、リグニン残存部の密度(d2)が0.8g/cm以下であり、該脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合が0.5質量%以下である接合品を提供することによっても解決される。このとき、前記接合部の脱リグニン層の平均厚さが0.05~1.5mmであることが好ましい。
【0013】
また上記課題は、表面のリグニンが除去されてリグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を有する乾燥した木材であって、該脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合が0.5質量%以下であり、接着剤なしで水を用いて接着することの可能な木材を提供することによっても解決される。このとき、前記脱リグニン層の平均厚さが0.1~3mmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の接着方法によれば、木材の元々の物性や風合いを維持しながら、接着剤なしで木材同士を強く接着することができる。そして、そのようにして接着された接合品は接着剤なしで強固に接着されている。また、接着剤なしで水を用いて接着することの可能な木材を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例2において、例2-1~例2-8(フィブリル化あり)で得られた接合品のせん断強さを示したグラフである。
図2】実施例2において、例2-9~例2-16(フィブリル化なし)で得られた接合品のせん断強さを示したグラフである。
図3】実施例2において、例2-17~例2-22(濃度依存性評価)で得られた接合品のせん断強さを示したグラフである。
図4】実施例3における接合前試験片の染色後の断面写真である。
図5】実施例3における接合品の染色後の断面写真である。
図6】分析試験において、浸漬時間に対する残渣収率を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、接着剤を用いることなく木材同士を接着する接着方法に関する。本発明で用いられる木材は特に限定されず、針葉樹であっても広葉樹であっても構わない。針葉樹としては、スギ、ヒノキ、カラマツ、トドマツ、ベイマツ、アカマツ、アカエゾマツ、エゾマツ、オウシュウアカマツ、ヒバ、トウヒなどが例示され、広葉樹としてはカンバ類、ナラ、タモ、ケヤキ、イタヤカエデなどが例示される。同種の木材同士ではなく、異種の木材同士を接着してもよい。接合される木材の形態も特に限定されない。板材や角材の平面同士を接着してもよいし、曲面同士を接着してもよい。表面処理された面同士が接触することができるのであれば形態は特に限定されない。
【0017】
本発明の接着方法は、表面処理工程、湿潤押圧工程及び乾燥工程を有する。後の実施例にも示されるように、これらの工程を経て接着させることによって、接着剤なしで接合したにもかかわらず合成接着剤と同等の接着強度が得られており、驚くべき高強度が達成された。これらの各工程について、以下、詳細に説明する。
【0018】
[表面処理工程]
まず、表面処理工程では、酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液を用いて両方の木材の表面のリグニンを除去することによって、リグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を形成する。
【0019】
ここで用いられる水溶液は、酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液である。この水溶液に木材の表面を接触させることによって、当該表面のリグニン及びヘミセルロースが除去されてセルロースが露出する。このとき、木材表面に存在するリグニンとヘミセルロースの全量が除去される必要はなく、それらの一部が残存していても構わない。酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液を用いることによって、リグニンとヘミセルロースが除去されるが、セルロースは残存する。後の[分析試験]に示されるように、酸化剤を含有するアルカリ性の水溶液を用いた場合には、ヘミセルロースの除去率が高く、セルロースの残存率が高いことがわかった。このことによって、セルロースが損傷されることが少なくなるとともにセルロース同士が水素結合しやすくなり、結果として高い接着力を発現しているものと考えられる。
【0020】
本発明で用いられる水溶液が含有する酸化剤は特に限定されないが、次亜塩素酸塩、亜塩素酸塩、塩素酸塩など、塩素のオキソ酸塩が好ましい。酸化力を考慮すれば、これらのうちでも次亜塩素酸塩又は亜塩素酸塩がより好ましく、次亜塩素酸塩がさらに好ましい。当該塩素のオキソ酸の対カチオンとしては、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどのカチオンが好ましく、これらのうちでもアルカリ金属のカチオンが好ましい。したがって本発明で用いられる酸化剤としては、塩素のオキソ酸のアルカリ金属塩が好ましい。なかでも好ましく用いられるのは次亜塩素酸のアルカリ金属塩であり、特に好ましいのは次亜塩素酸ナトリウムである。なおこれらの塩は、水溶液中では陽イオンと陰イオンに解離している。例えば、次亜塩素酸水溶液に水酸化ナトリウムを加えて調製された水溶液には、次亜塩素酸ナトリウムが含まれているとする。
【0021】
水溶液中の酸化剤の含有量は1質量%以上であることが好ましく、2質量%以上であることがより好ましく、3質量%以上であることがさらに好ましく、4質量%以上であることがさらに好ましい。一方、酸化剤の含有量は15質量%以下であることが好ましく、12質量%以下であることがより好ましく、10質量%以下であることがさらに好ましい。
【0022】
水溶液をアルカリ性に保って次亜塩素酸塩などの酸化剤の安定性を向上させるために、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物をさらに含んでいてもよい。水溶液のpHは11以上であることが好ましく、12以上であることがより好ましく、13以上であることがさらに好ましい。
【0023】
水溶液が界面活性剤を含んでいてもよい。後の実施例に示されるように、表面のフィブリル化を行わない場合には、水溶液に界面活性剤を添加することによって接着強度が高くなることが多い。一方、水溶液に長時間接触させてからフィブリル化も行うような場合には、むしろ界面活性剤を含まない方が高い接着強度が得られることが多い。したがって、接着時の操作や条件などを考慮して界面活性剤の使用の適否を判断することが好ましい。界面活性剤としては、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤のいずれを用いてもよく、適宜選択される。
【0024】
水溶液を木材に接触させる方法は特に限定されない。水溶液に浸漬してもよいし、水溶液を塗布してもよいし、水溶液を吹き付けてもよい。板材を水溶液に浸漬する場合には、接着面を下にして浮かせて接着面側に脱リグニン層を形成することもできるし、水溶液に沈めて表面全体に脱リグニン層を形成することもできるし、位置決めをして所望の深さまで浸漬することもできる。また、塗布や吹き付けを連続工程によって行うこともできる。また、マスキングすることによって、必要な部分だけに脱リグニン層を形成することもできる。
【0025】
木材に接触させる際の水溶液の温度は特に限定されず、室温であってもよいし、適宜加温しても構わない。水溶液に接触させる時間も特に限定されない。接着性を考慮すれば、木材と水溶液との接触時間は長い方がよく、1時間以上であることが好ましく、2時間以上であることがより好ましく、5時間以上であることがさらに好ましく、10時間以上であることが特に好ましい。一方、木材と水溶液との接触時間が長すぎると、セルロースが損傷して接着力が低下するおそれがある。また、木材の吸水量が多くなりすぎて、乾燥エネルギーが余分に必要になったり、木材が変形したりするおそれもある。木材と水溶液との接触時間は200時間以下であることが好ましく、100時間以下であることがより好ましく、60時間以下であることがさらに好ましい。
【0026】
以上のようにして水溶液を木材に接触させて、木材表面のリグニンとヘミセルロースを除去してから、洗浄し、その後に湿潤押圧工程に供することが好ましい。洗浄方法は特に限定されないが、水で洗うことが好ましい。このとき、洗浄水に浸漬してもよいし、流水で洗浄してもよいし、洗浄水を吹き付けてもよい。また、洗浄しながら、表面を軽く擦ったり、超音波振動を印加したりして、洗浄効率を向上させてもよい。
【0027】
表面処理工程において、リグニンを除去するとともに木材表面を擦ることによってフィブリル化させたセルロースを露出させることが好ましい。これにより、木材表面のセルロース繊維がフィブリル化して表面積が増加し、接着時に生成する水素結合の数が増えて接着力が向上する。特に、木材と水溶液を接触させる時間が短い場合や水溶液が界面活性剤を含まない場合に有効である。フィブリル化のために木材の表面を擦るタイミングは、前記洗浄の前であっても後であっても構わないし、同時に行っても構わないが、湿潤状態のままで擦ることが好ましい。木材表面を擦る方法は特に限定されず、面ファスナーのループ面やタワシなどで擦ることができる。
【0028】
表面処理工程を経ることによって、脱リグニン層が形成される。形成された脱リグニン層はリグニンに由来する褐色が消失して白色となる。図4に、実施例3の例3-6における接合前試験片の染色後の断面写真を示す。当該試験片は、表面処理工程を経た後、湿潤押圧工程に供する前に乾燥し、フロログルシン1g、エタノール50mL及び濃塩酸25mLを含む水溶液を一様に垂らし、リグニンを赤紫色に呈色させたものである。この呈色反応は、フロログルシン塩酸反応として、リグニンの呈色に広く用いられているものである。この呈色反応では、リグニン中の末端を構成するコニフェリルアルデヒドのアルデヒド基に反応して呈色するので、当該アルデヒド基が消失していれば呈色しない。したがって、呈色しないからと言ってリグニンの全量が除去されているわけではない。図4のリグニン残存部1の部分が濃い赤紫色に染色されており、染色されず白いままの脱リグニン層2との境界は明確であり、厚さ約1mmの脱リグニン層が形成されていることが分かる。本発明における脱リグニン層の厚さは上記方法によって染色した際に、染色されずに残る部分を計測して得られる厚さのことをいい、湿潤押圧工程の前にフィブリル化される場合には、フィブリル化前の厚さのことをいう。
【0029】
脱リグニン層の平均厚さは、接着する木材の形態や求められる接着力によって適宜調整されるが、0.1~3mmであることが好ましい。平均厚さが薄すぎるとセルロース同士の接触が不十分になって接着力が低下するおそれがある。平均厚さは、より好ましくは0.2mm以上であり、さらに好ましくは0.5mm以上である。一方、平均厚さが厚すぎても、脱リグニン層中のセルロース繊維が損傷して、やはり接着力が低下するおそれがあるし、生産性も低下する。平均厚さは、より好ましくは2.5mm以下であり、さらに好ましくは2mm以下である。
【0030】
本発明の表面処理工程においては、脱リグニン層に含まれるヘミセルロースが分解されやすく、特にその中に含まれるアラビノースやキシロースが分解除去されやすい一方で、グルコースの残存率が高い。その結果、セルロース同士が水素結合しやすくなり、結果として高い接着力が発現していると考えられる。この点は、実施例の[分析試験]の(中性糖の分析)において、粒子サイズ355~212μmの木粉を室温下で「キッチンハイター」に24時間浸漬させた試料に含まれる中性糖の分析結果から裏付けられている。前述のように、室温下で木材を「キッチンハイター」に16時間浸漬させることによって約1mmの厚さの脱リグニン層が形成されるのであるから、粒子サイズ355~212μmの前記木粉については、その全体が脱リグニン層と同様の組成を有しているものと考えればよく、脱リグニン層のモデルであるといえる。
【0031】
本発明の表面処理工程において形成される脱リグニン層に含まれる中性糖のうち、アラビノースの含有割合が0.5質量%以下であることが好ましい。アラビノースの含有割合が少ないことによって高い接着力が得られる。アラビノースの含有割合は、0.3質量%以下であることがより好ましく、0.2質量%以下であることがさらに好ましく、0.1質量%以下であることが特に好ましい。また、同様の理由から、脱リグニン層に含まれる中性糖のうち、キシロースの含有割合が6.5質量%以下であることも好ましく、6質量%以下であることがより好ましく、5.5質量%以下であることがさらに好ましい。なお、キシロースの含有割合は、通常2質量%以上である。さらに、同様の理由から、脱リグニン層に含まれる中性糖のうちグルコースの含有割合が77質量%以上であることが好ましく、78質量%以上であることがより好ましく、79質量%以上であることがさらに好ましい。なおここで、分析対象とした中性糖は、セルロース及びヘミセルロースの主たる構成成分であるアラビノース、キシロース、マンノース、グルコース及びガラクトースの5種類であり、これらの含有割合の合計を100質量%としたときの、各中性糖の含有割合を質量%で表示した。
【0032】
[湿潤押圧工程]
前記表面処理工程に続く湿潤押圧工程では、前記脱リグニン層同士を対向させて両方の木材を押圧し、当該脱リグニン層のセルロース同士を湿潤状態で接触させる。
【0033】
このとき、脱リグニン層のセルロース同士を湿潤状態で接触させることが重要である。これにより、一方の木材の脱リグニン層に存在するセルロース分子と、他方の木材の脱リグニン層に存在するセルロース分子とが水分子を介して接近することができる。押圧方法は、脱リグニン層同士が密着できる方法であればよく、特に限定されない。例えば、プレス機を用いて押圧することができる。押圧したまま次の乾燥工程に供することを考慮すれば、押圧と加熱を同時に施すことのできる装置を用いることが好ましい。
【0034】
湿潤押圧工程における圧力は、脱リグニン層同士が密着できる圧力であればよく、特に限定されない。プレス機などで機械的に圧力をかけてもよいし、ゴムベルトなどで縛って押圧しても構わない。木材の種類、寸法、形状などを考慮しながら密着性を維持できるようにする。再現性良く接着強度を得るためには、圧力が高い方が好ましい。当該圧力は0.1MPa以上であることが好ましく、0.3MPa以上であることがより好ましく、0.5MPa以上であることがさらに好ましく、0.7MPa以上であることが特に好ましい。一方、圧力が高すぎると、木材全体が圧縮されてしまい、木材としての物性や風合いが変化してしまう。したがって、当該圧力は3MPa以下であることが好ましく、2MPa以下であることがより好ましく、1.5MPa以下であることがさらに好ましい。
【0035】
[乾燥工程]
前記湿潤押圧工程に続く乾燥工程では、押圧したままで両方の木材を乾燥させる。このとき、相互に接近しているセルロース分子の間に存在する水分子が除去され、セルロースの水酸基同士が水素結合で結合して、木材同士の接着強度が発現するものと考えられる。したがって、乾燥工程中にも圧力をかけ続けることが重要であり、前記湿潤押圧工程での圧力を維持することが好ましい。プレス機であれば、押圧中の木材の収縮による圧力低下を防いで一定の圧力をかけ続けることのできる自動圧力制御式熱圧プレス機が好適に用いられる。また、クランプのような装置を用いるのであれば、木材の収縮に追随して適宜増し締めすることが好ましい。こうして押圧したままで乾燥することによって、木材同士が接着された接合品が得られる。
【0036】
乾燥させる温度は、水を除去できる温度であればよく、特に限定されない。室温で乾燥させても構わないが、乾燥時間を短くしたいのであれば加熱すればよい。加熱する場合の加熱温度は、30℃以上であることが好ましく、40℃以上であることがより好ましく、50℃以上であることがさらに好ましい。一方、加熱温度が高すぎると、木材が変形したり変性したりするおそれがある。加熱温度は90℃以下であることが好ましく、80℃以下であることがより好ましく、70℃以下であることがさらに好ましい。
【0037】
押圧したままで乾燥する時間は、乾燥時間、木材の種類、寸法、形状などを考慮して適宜設定される。室温で押圧しながら自然乾燥させるのであれば、長時間乾燥する方がよいし、熱プレス機中高温下で乾燥するのであれば、比較的短時間乾燥する方がよい。押圧したままで乾燥する時間は、通常、1時間から1ヶ月程度である。押圧を解除した後で、適当な温度・湿度下で養生してから各種の用途に用いることも好ましい。
【0038】
乾燥工程によって得られた接合品は、接着剤を用いることなく木材同士が接着されたものである。ここで、表面処理工程前のリグニン残存部の密度(d1)に対する乾燥工程後のリグニン残存部の密度(d2)の比(d2/d1)は1.5以下である。比(d2/d1)が1.5以下であることによって、原料の木材の元々の物性や風合いを維持しながら、接着剤なしで木材同士を接着することができる。比(d2/d1)は、好適には1.4以下であり、より好適には1.3以下であり、さらに好適には1.25以下であり、特に好適には1.2以下である。一方、比(d2/d1)の下限値については、リグニン残存部の密度変化がなければ1であるが、実際には含水率が増加する場合や測定場所によるバラツキが生じる場合があるので、1を少し下回ることもある。
【0039】
[接合品]
本発明の接合品は、木材同士が接着されてなる接合品であって、接合部に脱リグニン層を有し、リグニン残存部の密度(d2)が0.8g/cm以下であり、該脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合が0.5質量%以下である接合品である。好適には、前記表面処理工程、湿潤押圧工程及び乾燥工程を経て接合された接合品である。後の実施例に示されるように、汎用の合成接着剤で得られるのと同等の接着強度を有する接合品も得られており、接着剤なしで接合したにもかかわらず驚くべき高強度で接着された接合品である。
【0040】
リグニン残存部の密度(d2)は0.8g/cm以下である。本発明の接合品は、原料の木材の元々の物性や風合いを維持しながら、接着剤なしで木材同士を接着したものなので、リグニン残存部の密度(d2)が原料の木材から大きく上昇せず、木材としての軽量性を保つことができる。密度(d2)は、好適には0.7g/cm以下であり、より好適には0.65以下である。木材の種類によっては、0.6g/cm以下、0.55g/cm以下、あるいは0.5g/cm以下であることもある。密度(d2)の下限値は、木材の種類にもよるが、通常0.3g/cm以上である。
【0041】
接合部の脱リグニン層は、原料の2つの木材表面に形成された2つの脱リグニン層が圧縮され接着されて形成されたものである。前述のように、表面処理工程において形成される脱リグニン層の平均厚さは0.1~3mmであることが好ましいが、接合品での脱リグニン層は、約1/4の厚さに圧縮されている。したがって、2つの脱リグニン層が圧縮されて形成された接合部の脱リグニン層の平均厚さは0.05~1.5mmであることが好ましい。平均厚さが薄すぎると接着力が不十分になることがある。平均厚さは、より好ましくは0.1mm以上であり、さらに好ましくは0.25mm以上である。一方、平均厚さが厚すぎても、やはり接着力が不十分となる場合があるし、生産性の面からも好ましくない場合がある。平均厚さは、より好ましくは1.25mm以下であり、さらに好ましくは1mm以下である。接合部の脱リグニン層の厚さについても、前述のようにフロログルシン塩酸反応による呈色を利用して測定することができる。
【0042】
また、本発明の接合部を形成する脱リグニン層に含まれる中性糖の含有割合については、前述の、表面処理工程において形成される脱リグニン層に含まれる中性糖の含有割合と同じである。すなわち、本発明の接合部を形成する脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合は、0.5質量%以下であることが好ましく、0.3質量%以下であることがより好ましく、0.2質量%以下であることがさらに好ましく、0.1質量%以下であることが特に好ましい。また、脱リグニン層に含まれる中性糖のうち、キシロースの割合とグルコースの割合についても、前述の、表面処理工程において形成される脱リグニン層に含まれる中性糖の含有割合と同じである。
【0043】
[接着可能な木材]
本発明の実施態様の一つが、表面のリグニンが除去されてリグニン残存部の表面にセルロースが露出した脱リグニン層を有する乾燥した木材であって、該脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合が0.5質量%以下であり、接着剤なしで水を用いて接着することの可能な木材である。
【0044】
前記表面処理工程の後に一旦乾燥させてから、水を用いて前記脱リグニン層のセルロースを湿潤状態とし、その後湿潤押圧工程に供することによっても、木材同士を接着することができる。したがって、表面処理工程、湿潤押圧工程及び乾燥工程を連続して施すことなく、表面処理工程を施した後に乾燥させた状態で流通させることが可能である。薬剤を使用する表面処理工程を切り離すことによって、誰でも簡単に水だけで木材を接着することが可能になる。したがって、工業的な用途のみならず、DIY用途などにも適用可能である。なおこのとき、一旦乾燥させて得られる木材は、表面処理工程直後に含まれていた遊離水を含まない木材ということである。
【0045】
この時の脱リグニン層に含まれる中性糖の含有割合についても、前述の、表面処理工程において形成される脱リグニン層に含まれる中性糖の含有割合と同じである。すなわち、本発明の接合部を形成する脱リグニン層に含まれる中性糖のうちアラビノースの割合は、0.5質量%以下であることが好ましく、0.3質量%以下であることがより好ましく、0.2質量%以下であることがさらに好ましく、0.1質量%以下であることが特に好ましい。また、脱リグニン層に含まれる中性糖のうち、キシロースの割合とグルコースの割合についても、前述の、表面処理工程において形成される脱リグニン層に含まれる中性糖の含有割合と同じである。また、脱リグニン層の厚みは前記表面処理工程で説明したのと同じである。
【0046】
[用途]
本発明の木材の接着方法は、各種用途に適用可能である。石油などの化石燃料由来の接着剤を用いないことから、環境への負荷の低減を志向するユーザーに受け入れられると考えられる。また、ホルムアルデヒドに代表される揮発性の有機化合物を揮散しないので、住環境を改善できる建築材料、内装材、家具などにも適用される。
【実施例0047】
[実施例1]
(木材)
本実施例で使用した樹種は、カラマツ、スギ、ベイマツ、ヒノキ及びトウヒであり、試験に用いた原料の板の幅は60mm(例1-6のみ65mm)、厚さは10mm、長さは320mmであった。
【0048】
(リグニンの除去)
市販の台所用漂白剤(花王株式会社製「キッチンハイター」)に、室温で、木材の板を浸漬した。浸漬時間は表1に示すとおりである。当該漂白剤は、次亜塩素酸ナトリウム(酸化剤、6質量%)、水酸化ナトリウム(アルカリ剤)、及びアルキルエーテル硫酸ナトリウム(界面活性剤)を含む、pHが13~13.5の水溶液である。このとき、木材は水に浮くので、下面のみが漂白剤に浸されて、その表面のリグニンが除去されて白化し、脱リグニン層が形成された。漂白剤から取り出した試料を水洗いしてから下記の要領でフィブリル化させた。
【0049】
(フィブリル化)
ハンディタイプのサンディングマシンを用い、サンドペーパーを貼り付けずに、ベース表面の面ファスナーのナイロン製フック面で、脱リグニン層の表面をこすった。処理時間は適宜調整した。
【0050】
(プレス)
フィブリル化を終えて水分を含んだ状態で、脱リグニン層同士が対向するように試験片を重ね合わせ、熱プレス機でプレスした。プレス圧力を表1に示す。プレス機の上側の温度は50℃、60℃又は80℃に設定したが、下側は加熱していない。木材中の水分は、温度の高い方から低い方へ移動する。試験片をプレス機で24時間プレスして乾燥させた。こうして得られた接合品の寸法(厚さ及び幅)を測定した。
【0051】
(曲げ試験)
プレス後数ヶ月間放置し、十分に乾燥した接合品を曲げ試験に供した。3等分点4点荷重による曲げ試験(スパン300mm、クロスヘッド速度2mm/min)を行った。得られた曲げ強度と曲げ弾性率を、試験に供した接合品の寸法(厚さ及び幅)及び破壊形態とともに表1にまとめて示す。
【0052】
(接着剤)
例1-24、1-25では、漂白剤水溶液を使用せず、構造材料として木材を接着する際に広く用いられている水性接着剤を用いて接着した。当該接着剤は、ポリビニルアルコール水溶液とイソシアネートを混合して反応させるものである。
【0053】
【表1】
【0054】
表1に示されるように、木材を次亜塩素酸ナトリウム、水酸化ナトリウム及び界面活性剤を含む漂白剤に浸漬することによって、脱リグニン層が形成されセルロースが露出した。そして、当該脱リグニン層同士を対向させて、セルロース同士を湿潤状態で接触させて押圧したままで乾燥させることによって、木材同士を強固に接着させることができた。漂白剤への浸漬時間が長く、プレス圧力が大きいほど接着力が大きくなることがわかった。しかしながら、プレス圧力が大きくなりすぎると厚みが小さくなってしまい密度が上昇するので、木材本来の物性が変化する。
【0055】
カラマツを用い、接着剤なしで曲げ破壊した接合体(例1-2、3、5、6)においては、接着剤を用いた接合体(例1-24、25)と同様に、せん断破壊するのではなく曲げ破壊しており、接着剤を用いた場合と比べて遜色のない曲げ強度及び曲げ弾性率を得ることができた。
【0056】
[実施例2]
実施例2で用いた木材は、厚さ13mm、幅100mm、長さ60mmのトドマツの板目材であり、その密度は0.369g/cmであった。木材を浸漬した水溶液の組成は表2に示すとおりである。ここで用いたアニオン界面活性剤は、東邦化学工業株式会社製の「アルスコープ NS-230」であった。この水溶液は、市販の台所用漂白剤(花王株式会社製「キッチンハイター」)をモデル化したものである。当該水溶液の温度を20±5℃とし、浸漬時間を表2に示すとおりとした。浸漬を終えて水溶液から取り出した試料を水洗した。脱リグニン層のフィブリル化を行う場合には、流水下で面ファスナーのナイロン製フック面でこすって水洗と同時にフィブリル化した。
【0057】
試料の脱リグニン層同士を対向させて重ねて、表面に付着した水分を拭ってから、自動圧力制御式熱圧プレス機を用いて、60℃で1MPaの圧力を24時間かけ、乾燥させた。このとき、上下にそれぞれゴムシートとテフロンシートを重ねて、テフロンシートが試料に接触するようにした。プレス終了後に、20℃、65%RHの環境下に1週間程度保管して養生し、温湿度調整を行ってから、得られた接合品の板厚、密度、含水率を測定するとともに、JIS K6852に基づいてブロックせん断試験を行った。その結果を表2に示す。各条件の試料数は9個であり(n=9)、例2-23のみn=42であった。
【0058】
【表2】
【0059】
例2-1~例2-8で得られた接合品のせん断強さを示したグラフを図1に、例2-9~例2-16で得られた接合品のせん断強さを示したグラフを図2に、それぞれ示す。水溶液への浸漬時間を長くするほどせん断強さが大きくなる傾向が認められた。また、脱リグニン層をフィブリル化した場合には、界面活性剤を添加しなくても比較的短時間の浸漬によって十分な強度が得られた。一方、脱リグニン層をフィブリル化しなかった場合には、界面活性剤を添加した方が高いせん断強度が得られた。
【0060】
例2-17~例2-22で得られた接合品のせん断強さを示したグラフを図3に示す。水溶液中の次亜塩素酸ナトリウム濃度が高くなるほどせん断強度が高くなる傾向が示された。このとき、界面活性剤を含むことで、次亜塩素酸ナトリウム濃度が低い場合であってもせん断強度を高くすることができることがわかった。
【0061】
[実施例3]
表3に示す木材を使用して、実施例2と概ね同様の試験を行った。トドマツの密度は0.386g/cmであり、カラマツの密度は0.532g/cmであった。本実施例では、表3に示すように、木材を各種の市販水溶液に所定の時間浸漬し、必要に応じて面ファスナーのナイロン製フック面又はたわしを用いてフィブリル化した。
台所用漂白剤としては、実施例1でも用いた花王株式会社製の「キッチンハイター」を用いた。
除菌漂白剤としては、花王株式会社製の「病院用ハイター」を用いた。これは、6質量%の次亜塩素酸ナトリウムと水酸化ナトリウムを含む、pHが13の水溶液である。
酸素系漂白剤としては、花王株式会社製の「ワイドハイターexパワー」を用いた。これは、過酸化水素及び界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)を主成分とする、pHが2.75の水溶液である。
強酸性電解水は、塩化ナトリウム水溶液を電気分解して陽極側に生成する強酸性の電解水であり、次亜塩素酸を主成分とする水溶液である。
酸性洗浄剤としては、大日本除虫菊株式会社(KINCHO)製の「サンポール」を用いた。これは、9.5質量%の塩酸、界面活性剤(アルキルトリメチルアンモニウム塩)、洗浄助剤などを含む水溶液である。
【0062】
プレス方法としては、実施例2と同様に自動圧力制御式熱圧プレス機を用いた例と、ネジ式のクランプを用いて加圧した例があった。プレス条件は、例3-11(常温)を除き、60℃、24時間とした。プレス終了後に、20℃、65%RHの環境下に1週間程度保管して養生し、温湿度調整を行ってから、接合品の厚さ、密度、含水率を測定するとともに、JIS K6852に基づいてブロックせん断試験を行った。また、例3-8及び例3-12では、水溶液に浸漬せず、構造材料として木材を接着する際に広く用いられている水性接着剤を用いて接着した。当該接着剤は、ポリビニルアルコール水溶液とイソシアネートを混合して反応させるものである。以上の結果をまとめて表3に示す。各条件の試料数は6~9個(n=6~9)であった。
【0063】
また、例3-16~例3-19では、水溶液に浸漬して、必要に応じてフィブリル化して水洗してから、20℃、65%RHの環境下で6日間保管し、一旦乾燥させた。こうして乾燥させた試料を20℃の水に3時間又は24時間浸漬してからプレスを行った。その評価結果を表3に示す。各条件の試料数は9個(n=9)であった。
【0064】
【表3】
【0065】
表3に示されるように、過酸化水素や塩酸などでは木材を接着させることができなかった(例3-13~例3-15)。また、脱リグニン層を形成してから一旦乾燥させ、再度水に浸漬することによっても接着が可能であることがわかった(例3-16~例3-19)。
【0066】
(脱リグニン層の観察)
例3-6と同じ条件で、「キッチンハイター」を用いてトドマツの試験片に脱リグニン層を形成した。この試験片を20℃、65%RHの条件で十分に養生して乾燥させて試料(接合前試験片)を得た。また、脱リグニン層を形成した後に湿潤状態で例3-6と同じ条件でプレス成形して接合してから、20℃、65%RHの条件で十分に養生して乾燥させて試料(接合品)を得た。こうして得られた結合前試験片と接合品の断面に、フロログルシン1g、エタノール50mL及び濃塩酸25mLを含む水溶液を一様に垂らし、呈色反応させた後、表面を軽くふき、染色試料を作成した。これを、顕微鏡(株式会社キーエンス製、ハイスピードマイクロスコープ「VW-9000」)を用いて観察を行うとともに、画面上の二点間の長さを測定する機能を用いて、脱リグニン層の厚さを測定した。接合前試験片の染色後の断面写真を図4に、接合品の染色後の断面写真を図5に示す。リグニンは赤紫色に呈色するので、リグニン残存部1が濃い赤紫色に呈色し、脱リグニン層2は白く観察された。接合前試験片では6か所、接合品では4か所の脱リグニン層2を観察、計測した。その結果、接合前試験片のリグニン層2の厚さは平均1.03mm、標準偏差0.26mmであった。また接合品のリグニン層2の厚さは平均0.58mm、標準偏差0.03mmであった。接合前試験片の2つのリグニン層が接着面3で接着され、圧縮されて接合品のリグニン層2になっていることから、接合によって約1/4に圧縮されていることがわかる。
【0067】
(リグニン残存部の密度変化)
例3-6と同じ条件で、「キッチンハイター」を用いてトドマツの接合品を得た。このとき原料の木材は、トドマツの板目材であり、厚さ13mm、幅100mm、長さ60mmであった。原料木材を20℃65%RHの条件で十分に養生したときの密度は、下側に配置した板が0.311g/cmであり、上側に配置した板が0.367g/cmであった。また、得られた接合品の厚さは21mmであり、20℃65%RHの条件で十分に養生したときの接合品全体の平均密度は0.416g/cmであった。接合品から厚さ21mm、幅10mm、長さ10mmの小試験片を12片切り出して採取した。これらの小試験片を厚み方向に5分割して、厚さ4mm、幅10mm、長さ10mmの小試験片をそれぞれ5個得て、上から順に番号を1~5とした。小試験片1、2は上側の板に由来し、小試験片4、5は下側の板に由来する。また小試験片3は、接合された脱リグニン層を含む。これらの小試験片の平均密度とその偏差値を表4に示す。また、各小試験片の接合前後での密度比を以下の式にしたがって算出した結果も表4に示す。
・小試験片1、2:小試験片平均密度/上側原料密度
・小試験片4、5:小試験片平均密度/下側原料密度
・小試験片3:小試験片平均密度/[(上側原料密度+下側原料密度)/2]
【0068】
【表4】
【0069】
表4に示されるように、圧縮されて接合された脱リグニン層部分を含む小試験片3の密度は約1.5倍に上昇していた。一方、それ以外の部分の密度は、平均で1.16倍上昇するにとどまり、木材の密度を大きく変化させることなく接合できたことがわかった。
【0070】
[分析試験]
(木粉の調製)
木材として、スギ(心材及び辺材)、カラマツ及びヒノキを使用した。これらの木材をロータリーミルで5mmの穴を通過するように粉砕した。粉砕した木材を篩分けし、粒子サイズ355~212μmの木粉を得た。得られた木粉を105℃で乾燥させ、含水率を測定した。
【0071】
(台所用漂白剤による脱リグニン速度)
木粉約0.5gを精密に秤量し、含水率を考慮した乾燥木粉の重量A(g)を算出した。木粉を「キッチンハイター」40mLに室温下で6、12、18、24時間浸漬させた。その後、木粉をグラスフィルターでろ過し、105℃で一晩乾燥させた後、残渣の重量B(g)を測定した。残渣収率(質量%)は(B/A)×100として算出した。図6に、浸漬時間に対する残渣収率を示したグラフを示す。
【0072】
(台所用漂白剤による脱リグニン処理)
スギ心材、スギ辺材、カラマツ及びヒノキの木粉約2gを精密に秤量し、含水率を考慮した乾燥木粉の重量A(g)を算出した。木粉を「キッチンハイター」40mLに室温下で24時間浸漬させた。その後、木粉をグラスフィルターでろ過し、105℃で一晩乾燥させた後、残渣の重量B(g)を測定した。分解率(質量%)は(1-B/A)×100として算出した。同じ分析を各樹種について3回行い、平均値を算出した。結果を表5に示す。
【0073】
(亜塩素酸塩による脱リグニン処理)
スギ心材、スギ辺材、カラマツ及びヒノキの木粉約2gを精密に秤量し、含水率を考慮した乾燥木粉の重量C(g)を算出した。木粉を0.2M酢酸緩衝液(pH3.5)64mLに浸漬し、酢酸0.2mLと亜塩素酸ナトリウム0.6gを添加した後、70~75℃で1時間加熱した。その後、同量の酢酸と亜塩素酸ナトリウムを追加し、再び1時間加熱した。この処理を、さらに2回繰り返した。処理後の木粉をグラスフィルターでろ過し、イオン交換水で洗浄し、105℃で一晩乾燥させた後、残渣の重量D(g)を測定した。上記操作中、処理液のpHは3.5付近の酸性を保っていた。分解率(質量%)は(1-D/C)×100として算出した。同じ分析を各樹種について3回行い、平均値を算出した。結果を表5に示す。
【0074】
(リグニンの定量化)
Klason法により、「キッチンハイター」及び亜塩素酸塩で処理した木粉試料について、リグニンを定量した。約1g(これをE(g)とする)の木粉を精密に秤量し、50mLビーカーに入れた。これに72質量%硫酸10mLを加え、ガラス棒で時々攪拌しながら3時間室温に保った。その後、イオン交換水375mLを加えて硫酸濃度を3質量%に下げ、オートクレーブで約120℃、30分間加熱した。一晩冷却した後、ガラスフィルターを用いて濾過した。濾過により得られたリグニン残渣を120℃のオーブンで乾燥し、重量F(g)を測定した。リグニン残存率(質量%)は、(F/E)×100で算出した。結果を表5に示す。
【0075】
(中性糖の分析)
中性糖の分析には、アルジトール-アセテート法を用いた。木粉約2gを「キッチンハイター」及び亜塩素酸塩で処理し、105℃で一晩乾燥させた。約0.5gを精秤し、30mLビーカーに入れ、72質量%硫酸5mLを加え、時々攪拌しながら4時間室温に保った。その後、イオン交換水140mLを用いて300mLフラスコに移し、オートクレーブで121℃、1時間処理した。一晩冷却後、ガラスフィルターを用いて濾過し、濾液を500mLに希釈した。希釈した試料10mLに内部標準物質(イノシトール溶液)を添加し、水酸化バリウムで中和(pH5.5~6.5)した。遠心分離により硫酸バリウムを除去した後、上澄みに水素化ホウ素ナトリウム(NaBH)を加えた。さらに酢酸を加えて過剰の水素化ホウ素ナトリウムを分解し、上澄みをエバポレータで除去した。メタノールの添加を数回繰り返してホウ酸塩を洗浄除去し、概ね乾燥させた試料をさらに105℃のオーブンで乾燥させた。その後、無水酢酸(3mL)を加え、120℃で3時間反応させ、反応後の試料をガスクロマトグラムで分析した。カラムはGL Science,Inc.のTC-17、装置は島津製作所のGC-2014を使用した。同じ分析を1種につき3回行い、アラビノース、キシロース、マンノース、グルコース及びガラクトースの含有割合(質量%)の平均値を算出した。このとき、これら5種の中性糖の合計を100質量%となるようにした。結果を表5に示す。
【0076】
図6に示されるように、「キッチンハイター」への24時間浸漬後のスギ木粉の残存率は約72質量%であり、約28質量%の成分が分解されたことがわかる。また、各種の木粉の「キッチンハイター」と亜塩素酸塩による、室温24時間での処理による、それぞれの分解率を表5に示す。また、それぞれの処理後のリグニン残存率と中性糖含有率も表5に示す。さらに、そうして得られた各中性糖の割合も表5に示す。
【0077】
【表5】
【0078】
表5に示されるように、「キッチンハイター」よりも亜塩素酸塩を用いた方が高い分解率を示すとともに、リグニン残存率も低いことから、亜塩素酸塩の方が「キッチンハイター」よりもリグニンに対する高い分解能力を有することがわかる。また、中性糖の含有率は亜塩素酸塩で処理した木粉の方が高いことから、亜塩素酸塩の方が「キッチンハイター」よりもリグニンを選択的に除去できることもわかった。一方、グルコース以外の中性糖に対しては、「キッチンハイター」の方が亜塩素酸塩よりも分解能力が高く、特にアラビノース及びキシロースの分解能力には顕著な差がある。また、セルロースの残存率は、「キッチンハイター」の方が亜塩素酸塩よりも高かった。したがって、ヘミセルロースの分解能力に関しては、「キッチンハイター」の方が亜塩素酸塩よりも分解能力が高く、このことがセルロース間の強固な水素結合に寄与している可能性がある。
【符号の説明】
【0079】
1 リグニン残存部
2 脱リグニン層
3 接着面

図1
図2
図3
図4
図5
図6