(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139192
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】紫外線照射によるタンパク質溶液中の病原体不活化方法
(51)【国際特許分類】
A61L 2/10 20060101AFI20241002BHJP
C07K 2/00 20060101ALN20241002BHJP
【FI】
A61L2/10
C07K2/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050023
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】512153256
【氏名又は名称】一般社団法人日本血液製剤機構
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 和也
(72)【発明者】
【氏名】井上 隆昌
【テーマコード(参考)】
4C058
4H045
【Fターム(参考)】
4C058AA22
4C058AA28
4C058AA30
4C058BB06
4C058DD11
4C058KK02
4C058KK12
4C058KK46
4C058KK50
4H045AA50
(57)【要約】
【課題】生物学的液体の生物学的活性を維持しながら、混入病原体を不活化する方法を提供する。
【解決手段】生物学的液体中の病原体を不活化する方法であり、積算照射量に相当する1%ヨウ化カリウム水溶液により換算されるΔA352が0.2~0.7となるように紫外線を生物学的液体に10分以上照射する工程を含む方法。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物学的液体中の病原体を不活化する方法であり、積算照射量に相当する1%ヨウ化カリウム水溶液により換算されるΔA352が0.2~0.7となるように紫外線を生物学的液体に10分以上照射する工程を含む方法。
【請求項2】
前記紫外線が、その中心波長が200~260 nmに存在することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記紫外線がLED光源により照射されることを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記生物学的液体がタンパク質溶液である、請求項1又は2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の量の紫外線照射により生物学的液体中の生物学的活性を維持しながら、混入病原体を不活化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
全血や血漿等の血液由来のタンパク質成分を含む血液製剤は医療上必要不可欠な製剤ながら、ウイルスおよび細菌等の病原体が混入した製剤が患者に投与され、深刻な感染症が発生しているケースが報告されている。また、タンパク質成分から構成されるバイオ医薬品では、患者が感染症を発生した報告はないものの、細胞培養中や製造途中にウイルスが混入したケースが報告されている。
【0003】
核酸増幅検査(Nucleic Acid Test)や抗原検査により病原体に汚染された血液は排除されているものの、検査で検出できないほど微量に存在する場合、あるいは検査対象としてない病原体の存在を否定できないことから、検査に加え、病原体の除去・不活化処理の導入が検討されてきた。
【0004】
例えば、血液由来成分中の因子は、未分画の場合、ウイルス除去膜処理は適用できず、さらには加熱により活性を失うことから、これらの除去・不活化処理は血漿を含め得た輸血用血液製剤に導入されていない。また、有機溶媒・界面活性剤処理(S/D処理)は血漿に導入可能であるものの、S/D処理では不活化されないノンエンベロープウイルスによる感染事例が報告されている。
【0005】
紫外線照射は病原体のゲノムを損傷して不活化を達成する方法であり、ノンエンベロープウイルスを含め様々な病原体に有効な滅菌法である。しかしながら、血漿を含めた血液由来成分の多くは紫外線に対して高い吸光度を有しており、深部まで紫外線が到達しないことから、病原体の十分な不活化を達成できない、さらには紫外線の過照射および副次的に発生するラジカルにより生物活性が低下してしまうことが問題となっていた。
【0006】
フリーラジカル捕捉剤を添加した極微量の血漿を薄層状にして、水銀ランプを光源とする波長253.7 nmの紫外線を照射する方法が開発され、血漿中の凝固活性を維持しながら、十分な病原体の不活化が達成された(特許文献1及び非特許文献1)。しかしながら、医薬品としての安全性と簡便な製造法の観点からフリーラジカル捕捉剤を使用せず、かつスケールアップに対応できる方法が希求されていた。
【0007】
数百mLのスケールの照射に対応する方法としては、紫外線を透過するバッグに約4 mmの厚さとなるように血漿を加え、バッグを撹拌しながら表・裏の両面から水銀ランプを光源とする波長253.7 nmの紫外線を照射する方法が開発された(特許文献2及び非特許文献2)。この方法では、フリーラジカル捕捉剤を添加することなく、十分な凝固因子活性を維持した高い病原体の不活化が達成された。しかしながら、2017年に水銀に関する水俣条約が発効され、水銀ランプが規制の対象となったことから、環境負荷の小さい光源を用いた代替法が希求されている。
【0008】
2010年代後半から、紫外線LEDの開発は著しく、水銀ランプから紫外線LEDによる代替が急速に進んだ。この紫外線LEDは飲料水の殺菌に応用されているものの、飲料水と血漿等の血液由来成分の紫外線透過率は大きく異なっており、紫外線LEDによる飲料水の殺菌技術を血液由来成分に適用することはできない。また、紫外線LEDの波長特性は水銀ランプと大きく異なっていることから、既存の水銀ランプを紫外線光源とするタンパク質溶液中の病原体の不活化法において、水銀ランプと紫外線LEDを単純に置換することは困難と考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO 87/333629
【特許文献2】特許第5335781号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Blood, Vol 86, No. 11(December 1), 1995: pp 4331-4336
【非特許文献2】TRANSFUSION Volume 49, October 2009: pp 2144-2151
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、光源として水銀ランプに加えて紫外線LEDも適用可能な、簡便かつスケールアップに対応する生物学的液体の生物学的活性を維持しながら紫外線照射による病原体の不活化方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、LEDから照射される波長特性に着目し、LEDから照射される紫外線が、より詳細には中心波長255nmのLED紫外線照射が、水銀灯に由来する紫外線よりも優れた病原体の不活化能を有していること、同一積算照射量では、低い照度で照射時間を長くすることで病原体の不活化が増大し、さらには生物学的液体中のタンパク質因子の活性維持と病原体の不活化を両立し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]生物学的液体中の病原体を不活化する方法であり、積算照射量に相当する1%ヨウ化カリウム水溶液により換算されるΔA352が0.2~0.7となるように紫外線を生物学的液体に10分以上照射する工程を含む方法。
[2]前記紫外線は、その中心波長が200~260 nmに存在することを特徴とする、[1]に記載の方法。
[3]前記紫外線はLED光源により照射されることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記生物学的液体がタンパク質溶液である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記タンパク質溶液が血液由来成分である、[4]に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、生物学的液体中の生物学的活性を維持したまま病原体を不活化する方法を提供できる。
また、照射面積の拡大、および液厚の増加により簡便なスケールアップが可能である。
さらに、病原体の不活化を増強するための増感剤、および生物学的液体中の生物学的活性を維持するための保護剤の添加は不要であることから、病原体の不活化工程を簡素化できる。
紫外線の光源として水銀ランプだけではなくLEDも使用可能であることから簡便かつスケールアップに対応する既存の紫外線照射による病原体の不活化法と比較して環境負荷を低減することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】紫外線の中心波長の違いによる紫外線照射前後の新鮮凍結血漿(FFP)中のブタパルボウイルス(PPV)の不活化を示す。LRVはウイルスに対する対数減少率(Log Reduction Value)を意味する。
【
図2】紫外線の中心波長の違いによる紫外線照射前後のFFP中のフィブリノゲン(Fib)の活性を示す。
【
図3】紫外線の中心波長の違いによる紫外線照射前後のFFP中の血液凝固第8因子(Factor VIII)の凝固活性を示す。
【
図4】紫外線の中心波長の違いによるPPVの不活化とフィブリノゲン活性の関係を示す。
【
図5】紫外線の中心波長の違いによるPPVの不活化とFactor VIIIの活性の関係を示す。
【
図6】照度の違いによるFFP中のマウス微小筋炎ウイルス(EMC)の不活化を示す。
【
図7】照度の違いによるFFP中のフィブリノゲンの活性を示す。
【
図8】照度の違いによるFFP中のEMCの不活化とフィブリノゲン活性の関係を示す。
【
図9】照度の違いによる、不溶性微粒子の少ない血漿中のEMCの不活化を示す。
【
図10】照度の違いによる不溶性微粒子の少ない血漿中のフィブリノゲンの活性を示す。
【
図11】照度の違いによる不溶性微粒子の少ない血漿中のFactor VIIIの凝固活性を示す。
【
図12】照度の違いによる不溶性微粒子の少ない血漿のEMCの不活化とフィブリノゲン活性の関係を示す。
【
図13】照度の違いによる不溶性微粒子の少ない血漿のEMCの不活化とFactor VIIIの活性の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、生物学的液体中の病原体を不活化する方法であり、積算照射量に相当する1%ヨウ化カリウム水溶液により換算されるΔA352が0.2~0.7となるように紫外線を生物学的液体に10分以上照射する工程を含む方法に関する(本発明の方法とも称する)。
【0017】
本発明の方法において、生物学的液体中の病原体を不活化するとは、当該生物学的液体中に存在する病原体の活性を健康被害が発生しない程度にすること、及び当該生物学的液体中に存在する感染性を有する病原体について、感染性を有しない状態にすることを意味する。具体的には、病原体に対する対数減少率(LRV)が所定の数値以上、通常LRVが1以下であると病原体の不活化効果は無いとみなされるため、例えば1.00を超える、望ましくは2.00以上、より望ましくは3.00以上、さらに望ましくは4.00以上になることを意味する。
【0018】
本明細書中において、LRVは、特にウイルス対数減少値を表し、照射前のTCID50法で算出した感染価の指数値から照射後の感染価の指数値を減じた値である対数減少率を示す。LRVは、以下の計算式によっても求められる。
LRV=Log[(V1×T1))]/[(V2×T2))]
V1: ウイルス不活化処理工程前の試料の容量
T1: ウイルス不活化処理工程前のウイルス量(力価)
V2: ウイルス不活化処理工程後の試料の容量
T2: ウイルス不活化処理工程後のウイルス量(力価)
【0019】
生物学的液体中のウイルス量は、感染価やウイルス核酸量で測定し得る。感染価はウイルスを指標細胞に接種した後、一定期間培養して培養後の細胞の変性やウイルス抗原や核酸を測定することによって得られる(TCID50法やプラーク法など)。核酸量を測定する定量PCR法(Quantitative polymerase chain reaction:Q-PCR)は、自体公知の方法によって行うことができる。
【0020】
生物学的液体に含まれ得る病原体は、原生動物、細菌、ウイルスなどをいい、例えばウイルスは、エンベロープタイプ又はノンエンベロープタイプでもよく特に限定されないが、ブタパルボウイルス(PPV)、ウシパルボウイルス(BPV)、イヌパルボウイルス(CPV)、ヒトパルボウイルスB19、マウス微小筋炎ウイルス(EMC)、マウス微小ウイルス(MVM)、ポリオウイルス、ブタサーコウイルス(PCV)、A型肝炎ウイルス(HAV)、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)、E型肝炎ウイルス(HEV)、ヒト免疫不全ウイルス-1(HIV-1)、ヒトT細胞リンパ球向性ウイルス1型(HTLV-1)、ウシウイルス性下痢症ウイルス(BVDV)、アデノウイルス、ベシウイルス2117等が挙げられる。なかでも本発明は、S/D処理に対して耐性を示すノンエンベロープウイルスに対しても効果のある不活化方法を提供する観点から、PPV、EMC等の一般的に不活化の困難なノンエンベロープウイルスに好ましく適用される。
【0021】
本発明の方法において、生物学的液体は、病原体を含む可能性のある液体であれば特に限定されないが、タンパク質溶液が好ましい。
タンパク質溶液としては、ヒトや動物等の血液や体液、バイオ医薬品の原料を含む溶液などが挙げられる。
【0022】
ヒトや動物等の血液や体液としては、生物学的液体に含まれる生物学的活性を維持したまま病原体を不活化するという観点から、血液、血漿及び血清などの血液由来成分、唾液、汗、尿、リンパ液、酵素及び組織液などの体液成分、あるいはこれらを原料として得られた液体、例えば、血漿から精製して得られる、免疫グロブリン製剤、アルブミン製剤、血液凝固因子製剤などの血漿分画製剤の原料も含まれる。好ましくは、ヒトや動物等の血液由来成分であり、より好ましくは、全血、血漿、血清、赤血球、血小板である。
【0023】
バイオ医薬品の原料を含む溶液としては、遺伝子工学等のバイオテクノロジーにより確立され、有効成分としてのタンパク質を生産する細胞基材に由来する培養上清、及び細胞破壊・溶解物、あるいはそのタンパク質を含む中間工程品、及び最終精製品が含まれる。
【0024】
本発明の方法に供するタンパク質溶液は、具体的には以下の活性を有するタンパク質を含みうる:血液凝固に関わる因子(線溶系因子(組織型プラスミノゲン アクチベータ、プロウロキナーゼ、トロンボモジュリン等)、血液凝固因子(アンチトロンビン、プロテインC、血液凝固因子VII、血液凝固因子VIII、血液凝固因子IX、血液凝固因子X、血液凝固因子XI、血液凝固因子XII、プロトロンビン複合体、トロンビン、フィブリノゲン等))、血漿タンパク質(アルブミン、グロブリン等)、造血因子(エリスロポエチン、トロンボポエチン等)、抗体(例:ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体(例:IgG、IgM、IgA、IgD、IgE)等)、ホルモン(性腺刺激ホルモン、甲状腺刺激ホルモン等)、増殖因子(上皮増殖因子(EGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、ケラチノサイト増殖因子、アクチビン、骨形成因子等)、幹細胞因子(SCF)(G-CSF、M-CSF等)、サイトカイン(インターフェロンα、インターフェロンβ、インターフェロンγ、インターロイキン2、インターロイキン4、インターロイキン5、インターロイキン6、インターロイキン10、インターロイキン11、可溶性インターロイキン4受容体、腫瘍壊死因子α等)、核酸分解酵素(Dnasel等)、酵素(ガラクトシダーゼ、α-グルコシダーゼ、グルコセレブロシダーゼ等)、ヘモグロビン、トランスフェリン等のタンパク質、及びこれらタンパク質の部分断片、生物活性を有する不安定なタンパク質等が挙げられる。なかでも、病原体の不活化と生物学的活性を維持できるという観点から、血液凝固に関わる因子、血漿タンパク質、抗体等が好ましく、血液凝固因子、フィブリノゲン、IgG等がより好ましい。
【0025】
本発明の方法に供する生物学的液体は、例えば、用時調製されたものでもよく、凍結保存されたものを融解したものでもよく、あるいは凍結乾燥されたものを再度所望する溶液に溶解したものでもよい。
【0026】
本発明の方法において、積算照射量とは、積算照度や積算光量ともいい、積算照射量(mJ/cm2)=紫外線照度(mW/cm2)x照射時間(秒)と計算される、病原体の不活化や生物学的活性低下を推定する際の目安となる光量である。
紫外線照度は、光源から出ている紫外線の強さを意味し、一定の面積にどれだけの強さの紫外線が照射されているかを示し、照度分布が一定である前提のもと、特定の波長を受光する半球状の素子(受光素子)を備えた照度計により測定する。しかしながら、受光素子の違い、測定条件の違い、及び光源による紫外線特性の違いから標準化は一般的に困難である。
【0027】
本発明においては、照度一定のもと30秒間照射した時の化学的アクチノメータである1%ヨウ化カリウム水溶液(1%KI)の352 nmの吸光度変化(ΔA352 30 sec)を紫外線照度相当量として、設定された照射時間に対する1%KIの352 nmの吸光度変化(ΔA352)を積算照射量相当量として、それぞれ換算した数値で表し、病原体の不活化や生物学的活性低下を推定する際の目安として用いる。
【0028】
具体的には、積算照射量相当量ΔA352の測定方法は以下の通りである。
(1)1%ヨウ化カリウム水溶液を調製する。
(2)実際にサンプルを測定するのと同じ条件(同じ容器に同じ厚さ)で、該水溶液を容器に入れ、紫外線照射器を用いて一定の照度で30秒照射する。
(3)照射前と照射後の該水溶液の352 nmの吸光度を分光光度計で測定する。
(4)照射前後の変化の絶対値をΔA352 30 secとして紫外線照度に相当する量として決定する。
(5)新たに1%ヨウ化カリウム水溶液を先の水溶液と同じ容器に同じ厚さで入れて、一定の照度で所望の時間紫外線を照射する。
(6)照射前と照射後の352 nmの吸光度を分光光度計で測定する。
(7)照射前後の変化の絶対値をΔA352として積算照射量に相当する量として決定する。
【0029】
化学的アクチノメータ(化学光量測定用の溶液)としては、アルカリ金属、アルカリ土類金属やアンモニアのヨウ化物が使用される。ヨウ化物は紫外線照射によりヨウ素に転換され、その呈色反応が352 nmで分光光度的に測定され得る。本発明においては、アルカリ金属のヨウ化物が望ましく、ヨウ化カリウム、またはヨウ化ナトリウムがより望ましい。
【0030】
本発明の方法において、所望の効果を奏するように積算照射量相当量ΔA352を所望の範囲に調整する方法としては、紫外線照度ΔA352 30 secを調節することや照射時間を調節することがあげられる。例えば、ΔA352を増加させる場合には、ΔA352 30 secまたは照射時間または両方を増やすことにより調整でき、反対も同様である。一方、紫外線照度と照射時間を調整することにより積算照射量を変えずに紫外線照射もできる。
【0031】
紫外線照度の調整方法としては、光源の種類、光源素子数、出力、測定サンプルまでの距離を調節することにより調整することができる。例えば、LED光源装置の紫外線照度を下げる場合には、装置の電源出力を下げることおよび測定サンプルまでの距離を延ばすことにより調節できる。
本発明の方法において、例えば、紫外線照度相当量ΔA352 30 secは、照射時間によって変更されるが、通常0.010~1、好ましくは0.030~0.148、より好ましくは 0.037~0.050である。
【0032】
本発明の方法は、積算照射量に相当する1%ヨウ化カリウム水溶液により換算されるΔA352が0.2~0.7となるように紫外線を生物学的液体に10分以上照射する工程を含む。
本発明において積算照射量に相当するΔA352は、病原体の不活化の観点から、通常0.2以上、好ましくは0.4以上である。また生物学的活性維持の観点からは、通常0.7以下、好ましくは0.6以下、より好ましくは0.5以下である。
例えば、病原体を不活化し、血液凝固活性を維持しうるΔA352は、通常0.2~0.7、好ましくは0.2~0.6、より好ましくは0.4~0.5である。
【0033】
本発明の方法において、生物学的液体に紫外線を照射する時間は、タンパク質因子の活性維持と病原体の不活化の両立の観点から、通常10分以上、好ましくは15分以上である。またプロセス効率の観点から通常1時間以下、好ましくは43分以下、より好ましくは20分以下である。
例えば、紫外線照度を調整し、ΔA352が0.2~0.7となるように、紫外線を生物学的液体に対して、通常10分~1時間、好ましくは10分~43分、より好ましくは15~20分照射することにより、病原体の不活化及び生物学的活性が維持された生物学的液体を得ることができる。
一例としては、紫外線照度800μW/cm2(トプコン社製紫外線照度計、品番UVR-300, UD-250を用いて測定)で15分程度の積算照射量720mJ/cm2は、約0.442のΔA352に相当する。
【0034】
紫外線には、UVC(200~280nm)、UVB(280~320nm)及びUVA(320~400nm)が含まれるが、本明細書においては、紫外線は通常UVCを指す。
紫外線の中心波長は、タンパク質因子の活性維持と病原体の不活化の両立の観点から、通常265nm以下、好ましくは260nm未満、より好ましくは258nm以下であり、下限は200nm以上、245nm以上、より好ましくは252nm以上である。
具体的には、全波長スペクトルの70%以上が245~265nmに存在し、紫外線の中心波長は、252~258nmに存在する。
【0035】
本発明の方法において、紫外線照射源としては、LED光源や低圧水銀ランプ光源があげられるが、タンパク質因子の活性維持と病原体の不活化の両立と環境負荷軽減の観点からLED光源が好ましい。
LED光源を有する紫外線LED照射器は、UVLED素子が配置され、その総量が照射器の紫外線照度を表す。
光源から照射対象である生物学的液体までの距離は、UVLED素子の間隔や対象の面積によっても異なるが、均一照射、照射対象との接触防止などの観点から一定の距離をとったほうが好ましく、例えば0.5~10cmが挙げられ、3~5cmが好ましい。
【0036】
本発明の生物学的液体には、本発明の効果を損なわない範囲で他の成分を含んでもよい。例えば、アミノ酸、無機塩、緩衝液成分、有機溶媒、界面活性剤、糖類、ビタミン類などが挙げられる。
【0037】
本発明の方法において、生物学的液体の温度は、本発明の方法の全工程を通して、例えば、1℃~40℃、好ましくは4℃~35℃の範囲であってもよい。
【0038】
本発明の方法において、生物学的液体のpHは、特に限定されないが、例えば、pH 3~pH 8である。
【0039】
本発明の方法において、紫外線を生物学的液体に照射する方法は、本発明の効果が損なわれない範囲で特に限定されないが、均一に生物学的液体に照射されることが好ましい。例えば、振とう、あるいは撹拌子を用いて撹拌しながら照射してもよい。
【0040】
照射される生物学的液体は、例えば、そのままで容器にいれるまたは紫外線透過型バック等に入れて照射することが挙げられる。紫外線を生物学的液体に均一かつ深部までに照射するという観点から、その厚みは通常100 mm以下であり、20 mm以下が好ましく、5 mm以下がより好ましい。厚みの下限は特に限定されないが、効率を考慮すると通常 1 mm以上、好ましくは3 mm以上である。
また照射される生物学的液体の面積は、照射器の照射部の光源の面積によっても異なるが、例えば、1~148 cm2、好ましくは9~148 cm2である。
【0041】
照射される生物学的液体は、由来および調製法に応じて特性・特質が異なる。紫外線を生物学的液体に均一かつ深部にまで照射するという観点から、液体中に存在する不溶性微粒子数は少ないことが好ましく、具体的には、生物学的液体1 mLあたり、粒径10 μm以上の不溶性微粒子であれば、通常10,000個以下であり、5,000個以下が好ましく、1,000個以下がより好ましい。
本発明において、不溶性微粒子とは、生物学的液体中に意図することなく混入した、気泡ではない容易に動く外来性、不溶性の微粒子を指す。
【0042】
本発明において、不溶性微粒子数は日本薬局方(JP)一般試験法6.07に記載の「注射剤の不溶性微粒子試験法第1法(光遮蔽粒子計数法)」を用いて測定する。
(測定条件)
装置:液中パーティクルカウンター HIAC System 9703+(Beckman Courter)
センサーモデル:HRLD150
サンプラー設定:シリンジサイズ 1mL、プローブサイズ2.75、1/16O.D.
パラメーター:サンプル量0.2mL
計測回数:3,希釈倍率:1
チャンネルサイズ(μm):2、3、5、10、15、20、25、30、40、50、99
【0043】
さらに、本発明の方法には、生物学的液体の振とうや撹拌工程、ウイルス除去膜処理工程、クロマトグラフィー処理工程、濃縮処理及び濃縮/緩衝液交換処理工程等を必要に応じて含んでもよい。
【0044】
本発明の方法で得られた生物学的液体は、そのままの液組成で製剤化してもよく、あるいは、例えば、他の組成の溶媒と緩衝液交換を行った後に製剤化してもよい。
【0045】
以下に、本発明を実施例により説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0046】
実施例1:紫外線LEDの紫外線波長の最適化
中心波長255、260および265 nmの異なる3種の紫外線LEDを光源として紫外線を新鮮凍結血漿(FFP)に対して照射し、ウイルス不活化効果と凝固因子の損傷度合いを比較した。シャーレに厚さ3 mmとなるようにFFPを加え、振とうしながら各紫外線LEDから紫外線を照射した。紫外線照度は、光路長10 mmのキュベットセルを用いて、照度一定のもと30秒間照射した時の化学的アクチノメータである1%KIの352 nmの吸光度をサーモフィッシャーサイエンティフィック社製分光光度計NanoDrop 2000cで測定し、吸光度変化(ΔA352 30 sec)により、積算照射量は設定された照射時間に対する1%KIの352 nmの吸光度変化(ΔA352)により、それぞれ評価した。積算照射量が次の2条件(条件1; ΔA352=約0.33、及び条件2; ΔA352=約0.62)となるよう照射時間を調整した(表1)。
【0047】
【0048】
ウイルス不活化効果は、FFPにブタパルボウイルス(PPV)を添加し、紫外線照射による感染性の変化を評価した。感染性の評価は、感染価をTCID
50法で算出し、紫外線照射前後の感染性の変化から評価した。図の縦軸は、照射前の感染価の指数値から照射後の感染価の指数値を減じた値である対数減少率(LRV)を示す。いずれの中心波長であっても、積算照射量に応じてPPVのLRVは上昇し、中心波長の違いがウイルス不活化効果に与える影響はわずかであった(
図1)。
【0049】
凝固因子の損傷度合いは、紫外線照射前後のFFP中のフィブリノゲン(Fib)と血液凝固第8因子(Factor VIII)の凝固活性を測定し、紫外線照射前の活性を100%として、照射後の残存活性と失活率から評価した。積算照射量に応じてFib活性とFactor VIII活性は低下したが、活性低下の程度は紫外線の中心波長により大きく異なっていた。265 nmでは、Fib活性とFactor VIII活性は大きく低下した。これと比較して、260 nmでは損傷が抑制され、255nmではさらに損傷が抑制された(
図2及び3)。
【0050】
縦軸にPPVの不活化効果、横軸に凝固因子の失活率を示した(
図4と5)。本実施例から、紫外線LED を使用して、FFP中の凝固因子の活性を維持しながら、ウイルスを不活化するために、中心波長255nmの紫外線LEDが有用であることが示された。
【0051】
実施例2:中心波長255nmの紫外線LEDによる新鮮凍結血漿中のウイルス不活化検討
中心波長255nmの紫外線LEDを光源とした紫外線を新鮮凍結血漿(FFP)に対して照射し、FFP中のウイルス不活化効果とFibの損傷度合いを評価した。シャーレに厚さ3 mmとなるようにFFPを加え、照度を変え(弱照度;ΔA352 30 sec=0.040、及び強照度;ΔA352 30 sec=0.062)、それぞれ5~30分間、振とうしながら紫外線を照射した(表2)。
【0052】
【0053】
ウイルス不活化効果は、FFPにマウス微小筋炎ウイルス(EMC)を添加し、実施例1と同様に評価した。ウイルス不活化に必要となる積算照射量相当量は照度により異なり、弱照度で20分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.409であり、EMCのLRVは2.7に達した。一方、強照度で10分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.468であるが、EMCのLRVは1.2であった(
図6)。つまり、同じ積算照射量相当量であっても弱い照度で長時間照射すると、ウイルス不活化効果は高くなった。LRVが1以下であるとき、ウイルス不活化効果は無いと一般的にみなされることから、積算照射量相当量ΔA352は0.277以上となるよう、10分以上かけて紫外線を照射する必要があることが示された。
【0054】
Fibの損傷度合いは、実施例1と同様に評価された。積算照射量に応じてFibの活性は低下した。積算照射量相当量ΔA352が0.4程度までは、照度の違いが、Fib活性に与える影響はわずかであったが、0.4以上ではその影響は大きくなった。弱照度で30分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.481であり、Fib活性は65.3%まで低下した。一方、強照度で10分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.468であり、Fib活性は77.1%であった(
図7)。また、Fib活性を照射前の60%以上に維持するためには、積算照射量相当量ΔA352は0.653以下となるよう紫外線を照射する必要があることが示された。
【0055】
積算照射量が同一であっても、凝固因子の活性を維持しながら、ウイルスを不活化する条件を見出すため、縦軸にウイルス不活化、横軸にFibの失活率を表した(
図8)。失活率が30%程度までは、弱い照度で長時間照射したほうが、失活率に対するウイルス不活化効果は高かった。本実施例から、FFP中の凝固因子の活性を維持しながら、ウイルスを不活化するためには積算照射量相当量ΔA352が0.277以上0.653以下となるよう10分以上かけて紫外線を照射することが有用であることが示された。
【0056】
実施例3:中心波長255nmの紫外線LEDによる不溶性微粒子の少ない血漿中のウイルス不活化検討
粒径10μm以上の不溶性微粒子の1mLあたりの平均数が表3に示す量の血漿に対して、実施例2と同様に紫外線を10~30分間照射し(表4)、ウイルス不活化効果と凝固因子の損傷度合いを評価した。
【0057】
【0058】
【0059】
ウイルス不活化効果は、実施例2と同様に評価した。同じ積算照射量であっても弱い照度で長時間照射したほうが、ウイルス不活化効果が高く、弱照度で20分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.409であり、EMCは検出限界未満まで不活化され、EMCのLRVは≧4に達した。一方、強照度で10分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.468であるが、EMCのLRVは2.5であった(
図9)。また、実施例2との比較により、不溶性微粒子が少ない場合に、紫外線照射による血漿中のウイルス不活化が増強された。
【0060】
凝固因子の損傷度合いについて、実施例1と同様にFib活性とFactor VIII活性を評価した。弱照度で25分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.451であり、Fib活性とFactor VIII活性はそれぞれ73.8%と75.1%まで低下した。一方、強照度で10分間照射時の積算照射量相当量ΔA352は0.468であり、Fib活性とFactor VIII活性はそれぞれ82.6%と80.3%であった(
図10及び11)。また実施例2との比較により、不溶性微粒子数は紫外線照射による血漿中の凝固活性の損傷に影響を与えないことが明らかとなった。
【0061】
積算照射量が同一であっても、不溶性微粒子の少ない血漿に対して凝固因子活性を維持しながら、ウイルスを不活化する条件を見出すため、縦軸にウイルス不活化、横軸に凝固因子の失活率を表した(
図12及び13)。失活率が30%程度までは、弱い照度で長時間照射したほうが、より高いウイルス不活化効果が得られ、照度ΔA352
30 sec=0.040で20分間照射(積算照射量相当量ΔA352の0.409に相当)したとき、FibとFactor VIIIの失活率を20%程度に抑制しながら、4以上のLRVでEMCを不活化した。本実施例より、不溶性微粒子の少ない血漿において凝固因子の活性を維持しながら、ウイルスを不活化するためには、FFPと同様に積算照射量相当量ΔA352が0.277以上0.653以下となるよう10分以上かけて紫外線を照射することが有用であることが示された。
【0062】
実施例4:血漿中のウイルス不活化効果における中心波長255nmの紫外線LEDと水銀ランプの比較
不溶性微粒子の少ない血漿に対して、中心波長255nmの紫外線LEDを光源とする紫外線と紫外線ランプを光源とする紫外線を照射し、ウイルス不活化効果と凝固因子の損傷度合いを比較した。
水銀ランプを光源とする紫外線について照度ΔA352 30 sec=0.037により、紫外線255nmのLEDを光源とする紫外線について照度ΔA352 30 sec=0.040により、9 cm2のシャーレに厚さ3 mmとなるように加えた不溶性微粒子の少ない血漿を振とうしながら、積算照射量相当量ΔA352が0.40となるよう、それぞれ紫外線を照射し、また、紫外線255nmのLEDを光源とする紫外線について照度ΔA352 30 sec=0.050により、148 cm2のシャーレに厚さ5 mmとなるように加えた不溶性微粒子の少ない血漿を振とうしながら、積算照射量相当量ΔA352が0.40となるよう、紫外線を照射した(表5)。
【0063】
【0064】
ウイルス不活化効果は実施例2と同様に評価した。中心波長255nmの紫外線LEDは水銀ランプより優れた不活化効果を発揮し、水銀ランプにより紫外線を照射した時のEMCのLRVは2.6であり、中心波長255nmの紫外線LEDにより紫外線を照射した時、EMCは検出限界未満まで不活化され、LRVは≧3.8であった(表6)。
【0065】
【0066】
凝固因子の損傷度合いについて、実施例1と同様にFib活性、Factor VIII活性、加えて紫外線照射により活性が大きく低下することが報告されている血液凝固第11因子(Factor XI)活性を評価した。Fib活性とFactor VIII活性はいずれの光源でも80%以上保持されており、その差はわずかであった。Factor XI活性は水銀ランプでは62.4%まで低下し、一方中心波長255nmの紫外線LEDでは77.7%であり、損傷が抑制されていた(表6)。
【0067】
本実施例より、凝固因子の活性を維持しながら、ウイルス不活化を達成するためには、紫外線255nmのLEDを光源とする紫外線は水銀ランプより有用であることが明らかとなった。
【0068】
実施例5:検体の厚みが紫外線照射によるウイルス不活化効果に与える影響の検討
検体の厚みがウイルス不活化程度と凝固因子の損傷度合いに与える影響を検討した。
条件1;シャーレに厚さ3 mm、条件2;シャーレに厚さ5 mm、条件3;ステンレス製円筒容器に厚さ20 mm、となるように、不溶性微粒子の少ない血漿を添加し、照度ΔA352 30 secを0.037~0.050の範囲で、積算照射量相当量ΔA352が0.409~0.445の範囲となるよう、条件1と2では浸とうしながら、条件3では撹拌しながら、中心波長255nmの紫外線LEDから紫外線を照射した(表7)。
【0069】
【0070】
ウイルス不活化効果は、実施例2と同様に評価した。条件1と2では、EMCは検出限界未満まで不活化され、LRVはそれぞれ≧4.0と≧3.8となった。条件3では、EMCは検出されたもののLRVは3であり十分に高い値が維持されていた。
【0071】
凝固因子の損傷度合いについて、実施例1と同様にFib活性、Factor VIII活性を評価した。いずれの条件であっても80%以上の活性が維持されていた。
【0072】
本実施例より、一例ではあるが、検体の厚みを20 mmまで増すことで、容易にスケールアップできることが明らかとなった。