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特開2024-139228水電解の酸素発生電極用触媒及びその製造方法並びに水の電気分解方法
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  • 特開-水電解の酸素発生電極用触媒及びその製造方法並びに水の電気分解方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139228
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】水電解の酸素発生電極用触媒及びその製造方法並びに水の電気分解方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/073 20210101AFI20241002BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20241002BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20241002BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20241002BHJP
【FI】
C25B11/073
C25B11/052
C25B1/04
C25B9/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050075
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】301029388
【氏名又は名称】時空化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】521493765
【氏名又は名称】株式会社関兵
(71)【出願人】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】馮 長瑞
(72)【発明者】
【氏名】官 国清
(72)【発明者】
【氏名】陳 萌
(72)【発明者】
【氏名】周 奕帆
(72)【発明者】
【氏名】関 和治
(72)【発明者】
【氏名】阿布 里提
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA04
4K011AA10
4K011AA11
4K011AA21
4K011AA22
4K011AA23
4K011AA29
4K011BA06
4K011DA01
4K021AA01
4K021BA02
4K021CA06
4K021DB11
4K021DC01
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】電解時における過電圧上昇を抑制することができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができる水電解の酸素発生電極用触媒を提供する。
【解決手段】本発明の水電解の酸素発生電極用触媒は、電極基材上に触媒を備え、前記触媒は、複合酸化物を含有し、前記複合酸化物は、Al又はCrと、Feと、Coと、Niと、Mnとを含む酸化物である。本発明の水電解の酸素発生電極用触媒は、電解時における過電圧上昇を抑制することができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極基材上に触媒を備え、
前記触媒は、複合酸化物を含有し、
前記複合酸化物は、
Al、Cr又はZnと、
Feと、
Coと、
Niと、
Mnと
を含む酸化物である、水電解の酸素発生電極用触媒。
【請求項2】
前記複合酸化物は、ミクロスフィア粒子である、請求項1に記載の水電解の酸素発生電極用触媒。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の水電解の酸素発生電極用触媒を製造する方法であって、
前駆体を焼成することで酸素発生電極用触媒を得る工程を備え、
前記前駆体は、
Al、Cr又はZnと、
Feと、
Coと、
Niと、
Mnと
を含む、水電解の酸素発生電極用触媒の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の酸素発生触媒を使用して電解処理を行う工程を含む、水の電気分解方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水電解の水素発生電極用触媒、水電解の酸素発生電極用触媒及び水電解用触媒の製造方法並びに水の電気分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は燃焼時にCO排出がゼロであり、化石燃料に代わるクリーンなエネルギー源として期待されている。特に、太陽光、風力、水力等の再生可能なエネルギーを電力とする水の電気分解法(水電解)による水素製造方法は一切COを排出しないことから、クリーンな水素の製造方法として大きな期待が寄せられている。
【0003】
水の電気分解用の電極としては、炭素基材等の電極基材上に白金粒子触媒を固定したものが知られている。しかしながら、白金は価格が高く、資源量にも限りがあるため、白金の使用量を低減する技術や白金代替触媒及び/又は電極の開発が求められている。
【0004】
この観点から、水の電気分解用の電極として、ナノサイズの微細化構造を有する遷移金属(例えば、Co、Ni、Mn等)の硫化物又は酸化物等の新規な材料が注目されており、盛んにその研究が進められている(例えば、特許文献1)。これらの材料は良好な活性を示す反面、繰り返し使用によってナノ構造が崩壊していくことも多いため、電極の長期安定性という点に改善の余地が残されている。
【0005】
また、最近では、独自の物理的および化学的特性を活かして、遷移金属カルコゲナイド、遷移金属の炭化物、リン化物、リン硫化物、窒化物、ホウ化物、セレン化物等の非貴金属系電極触媒が水電解用電極触媒として研究されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000-000470号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、近年、水電解においては、電気分解の効率を高めるべく、電極触媒性能の更なる向上が強く求められている。この観点から、過電圧を低くすることができ、長期間にわたって安定に使用することが可能な水電解用触媒の開発が急務となっている。
【0008】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、電解時における過電圧上昇を抑制することができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができる水電解の酸素発生電極用触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の5種の金属を有するハイエントロピー複合酸化物を触媒として用いることにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
項1
電極基材上に触媒を備え、
前記触媒は、複合酸化物を含有し、
前記複合酸化物は、
Al、Cr又はZnと、
Feと、
Coと、
Niと、
Mnと
を含む酸化物である、水電解の酸素発生電極用触媒。
項2
前記複合酸化物は、ミクロスフィア粒子である、項1に記載の水電解の酸素発生電極用触媒。
項3
項1又は2に記載の水電解の酸素発生電極用触媒を製造する方法であって、
前駆体を焼成することで酸素発生電極用触媒を得る工程を備え、
前記前駆体は、
Al、Cr又はZnと、
Feと、
Coと、
Niと、
Mnと
を含む、水電解の酸素発生電極用触媒の製造方法。
項4
項1又は2に記載の酸素発生触媒を使用して電解処理を行う工程を含む、水の電気分解方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の水電解の酸素発生電極用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】(a)、(b)及び(c)は、実施例で得られた酸素発生電極用触媒における触媒部分のSEM画像であり、(d)はTEM画像である。
図2】(a)は、実施例1及び比較例1~3で得られた酸素発生電極用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果、(b)は(a)に示すリニアスイープボルタンメトリー曲線から算出したターフェル勾配を示す。
図3】(a)は、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果、(b)は、(a)の測定で計測された過電圧の棒グラフである。
図4】実施例1で得られた酸素発生電極用触媒を電極として使用したクロノポテンシオメトリ測定の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0014】
1.酸素発生電極用触媒
本発明は、ハイエントロピー複合酸化物を含有する水電解用の酸素発生電極用触媒に関する。本発明の水電解用の酸素発生電極用触媒は、電極基材上に触媒を備え、前記触媒は、複合酸化物を含有する。特に、前記複合酸化物は、
Al、Cr又はZnと、
Feと、
Coと、
Niと、
Mnと
を含む酸化物である。
【0015】
すなわち、前記複合酸化物は、下記のいずれかのハイエントロピー酸化物である。
Alと、Feと、Coと、Niと、Mnと、を含むハイエントロピー酸化物。
Crと、Feと、Coと、Niと、Mnと、を含むハイエントロピー酸化物。
Znと、Feと、Coと、Niと、Mnと、を含むハイエントロピー酸化物。
【0016】
前記複合酸化物は、5種の金属を含むハイエントロピー触媒である。以下、本明細書において、Al、Cr又はZnと、Feと、Coと、Niと、Mnとを含む酸化物を「ハイエントロピー複合酸化物」と表記することがある。
【0017】
本発明の水電解の酸素発生電極用触媒(以下、単に「酸素発生電極用触媒」という)は、水の電気分解に使用することができ、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができる。
【0018】
酸素発生電極用触媒はいずれも、電極基材を備える。斯かる電極基材の種類は特に限定されず、例えば、水の電気分解の電極として使用され得る種々に基材を挙げることができる。電極基材の具体例として、金属基材、炭素基材、ガラス基材等の各種基材を挙げることができる。
【0019】
金属基材としては、ニッケル、チタン、鉄、銅等の金属単体の基材、あるいは、ニッケル-リン合金、ニッケル-タングステン合金、ステンレス合金等の基材又は各種金属フォーム(例えば、ニッケルフォーム、銅フォーム)等が例示される。中でも金属基材としては、ニッケルフォームであることが好ましい。
【0020】
炭素基材としては、カーボンペーパー、カーボンファイバーペーパー、炭素棒等が例示される。ガラス基材としては、導電ガラス等が例示される。電極基材は、例えば、フォーム等の多孔質体であってもよい。
【0021】
電極基材は、金属基材であることがより好ましく、ニッケル基材であることがより好ましく、ニッケルフォームであることが特に好ましい。
【0022】
電極基材は、例えば、公知の製造方法で得ることができ、あるいは、市販品等から入手することもできる。電極基材の形状及び大きさは特に制限されず、使用目的や要求される性能により適宜選択することができる。例えば、電極基材の形状は、フォーム状、シート状、板状、棒状、メッシュ状等とすることができ、フォーム状であることが好ましい。
【0023】
酸素発生電極用触媒は、前記電極基材上に触媒が形成されている。斯かる触媒は前記ハイエントロピー複合酸化物を含有する。ハイエントロピー複合酸化物は、前述のとおり、Al、Cr又はZnと、Feと、Coと、Niと、Mnとを含む酸化物である。すなわち、複合酸化物は、Al、Fe、Co、Ni及びMnを含む酸化物、Cr、Fe、Co、Ni及びMnを含む酸化物、又は、Zn、Fe、Co、Ni及びMnを含む酸化物である。
【0024】
ハイエントロピー複合酸化物に含まれる金属元素はAl、Fe、Co、Ni及びMnのみからなるものであってもよい。また、ハイエントロピー複合酸化物に含まれる金属元素はCr、Fe、Co、Ni及びMnのみからなるものであってもよい。また、ハイエントロピー複合酸化物に含まれる金属元素はZn、Fe、Co、Ni及びMnのみからなるものであってもよい。ただし、これらの場合において、前記ハイエントロピー複合酸化物に不可避的に含まれ得る他の金属元素の含有を排除するものではなく、例えば、触媒の製造工程において不可避的に含まれる他の金属元素の含有は許容される。
【0025】
ハイエントロピー複合酸化物は、Al、Fe、Co、Ni及びMnの酸化物であることが特に好ましい。この場合、酸素発生電極用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇を特に抑制することができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができる。
【0026】
ハイエントロピー複合酸化物に含まれる各金属元素の含有割合は特に限定されない。例えば、ハイエントロピー複合酸化物中のAlを基準として、すなわち、Alのモル数を1として、以下のように各金属元素を含有することができる。すなわち、
Al:Fe=1:1~1:4とすることができ、
Al:Co=1:1~1:5とすることができ、
Al:Ni=1:1~1:5とすることができ、
Al:Mn=1:3~1:14とすることができる。
なお、AlがCr又はZnに置き換わった場合であっても、上記比率と同じである。
【0027】
前記ハイエントロピー複合酸化物において、酸素(O)の含有割合は特に限定されない。例えば、前記ハイエントロピー複合酸化物の全量に対し、Oの含有割合は20~40モル%であることが好ましい。
【0028】
前記複合酸化物において、Al、Cr、Zn、Fe、Co、Ni並びにMnの価数は特に限定されず、いずれも2価又は3価とすることができる。
【0029】
酸素発生電極用触媒において、電極基材上に形成されている触媒は、前記ハイエントロピー複合酸化物のみからなるものであってもよいし、本発明の効果が阻害されない限り、前記ハイエントロピー複合酸化物以外の成分を含有することもできる。酸素発生電極用触媒において、前記触媒は、前記ハイエントロピー複合酸化物を80質量%以上含むことが好ましく、90質量%以上含むことがより好ましく、95質量%以上含むことがさらに好ましく、99質量%以上含むことが特に好ましい。
【0030】
前記ハイエントロピー複合酸化物の形状は特に限定されず、例えば、膜状、粒子状、ワイヤー状、繊維状、針状、棒状、鱗片状等の種々の形状を挙げることができ、中でも、前記ハイエントロピー複合酸化物は、ミクロスフィア粒子であることが好ましい。この場合、酸素発生電極用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇をより抑制することができ、かつ、より長期間にわたって安定に使用することができる。
【0031】
ハイエントロピー複合酸化物のミクロスフィア粒子は、マイクロオーダーの粒子であって、その平均粒子径は特に限定されない。過電圧の上昇をより抑制することができ、かつ、より長期間にわたって安定に使用することができる点で、ハイエントロピー複合酸化物のミクロスフィア粒子の平均粒子径は、1~10μmであることが好ましく、2~8μmであることがより好ましい。ここでいう平均粒子径は、走査型電子顕微鏡による直接観察によって無作為に50個の粒子を選択し、これらの円相当径を計測して算術平均した値をいう。
【0032】
ハイエントロピー複合酸化物のミクロスフィア粒子は、球状であってもよいし、異形状であってもよい。また、複合酸化物のミクロスフィア粒子は、多孔質粒子であってもよい。この場合、物質移動及びガス放出が起こりやすく、触媒活性が高まりやすい。
【0033】
多孔質粒子は、例えば、表面がひだ状(あるいは花びら状ともいう)の粒子であってもよい。この場合、ハイエントロピー複合酸化物は表面積が大きくなるので、触媒活性が高まり、水の電気分解効率を高めることができる。ハイエントロピー複合酸化物のミクロスフィア粒子表面がひだ状である場合、例えば、ひだ状部分の厚みは、100nm以下であることが好ましい。従って、ミクロスフィア粒子は、いわゆるナノフラワー状であってもよく、これにより、内表面を反応場として使用することができ、これにより触媒活性がさらに高まり、水の電気分解効率をさらに高めることができる。
【0034】
酸素発生電極用触媒において、電極基材上に形成されている触媒は、電極基材の一部又は全部を被覆することができる。また、触媒は、電極基材上に直接(他の層等を介さずに)触媒が形成され得る。触媒は電極基材の最外層に配置していることが好ましい。
【0035】
本発明の酸素発生電極用触媒は、水の電気分解用の電極として使用することで優れた酸素発生効率をもたらすことができ、具体的にはアノードとして使用することができる。
【0036】
本発明の酸素発生電極用触媒をアノードとして使用して水の電気分解をすることで、過電圧の上昇をより抑制することができ、ターフェル勾配も低くすることができ、また、より長期間安定に電気分解することを可能とする。
【0037】
本発明の酸素発生電極用触媒は、海水の電気分解用の電極としても適用することもできる。海水は天然の海水であっても良いし、あるいは、模倣海水(例えば、1MのKOH及び0.5MNaClを含む水溶液)であってもよい。
【0038】
2.酸素発生電極用触媒の製造方法
本発明の酸素発生電極用触媒の製造方法は特に限定されず、例えば、公知の製造方法を広く採用することができる。例えば、本発明の酸素発生電極用触媒は、前駆体が形成された電極基材を用いて製造することができる。具体的には、電極基材上の前駆体を焼成する方法によって、本発明の酸素発生電極用触媒を製造することができる。
前記前駆体は、
Al、Cr又はZnと、
Feと、
Coと、
Niと、
Mnとを含有する。
【0039】
本発明の製造方法は、一態様として、Al、Cr又はZnと、Feと、Coと、Niと、Mnとを含む前駆体を焼成することで酸素発生電極用触媒を得る工程を備えることができる。
【0040】
電極基材上に前駆体を形成する方法は特に限定されず、例えば、水熱合成法で電極基材上に前駆体を形成することができる。斯かる水熱合成では、例えば、Fe源、Co源、Ni源、Mn源、並びに、Al源(又はCr源又はZn源)を含有する水溶液中で電極基材を加熱処理が行われ、これにより、電極基材上に前駆体が形成される。ここで使用する電極基材は、前述の電極触媒で使用する電極基材と同様であり、従って、金属基材、炭素基材、ガラス基材等を挙げることができ、好ましくは金属基材であり、より好ましくはニッケル基材であり、中でもニッケルフォームであることが特に好ましい。
【0041】
Fe源、Co源、Ni源、Mn源、並びに、Al源(又はCr源又はZn源)としては、例えば、それぞれの金属化合物を挙げることができ、具体的には、各金属を含む無機酸塩、有機酸塩、水酸化物及びハロゲン化物等を挙げることができる。より詳しくは各金属の硝酸塩が例示される。すなわち、Fe源、Co源、Ni源、Mn源、並びに、Al源の一態様としてはそれぞれ、Fe(NO、Co(NO、Ni(NO、Mn(NO及びAl(NO等を挙げることができる。Cr源は、Cr(NO、Zn源は、Zn(NOCr等を挙げることができる。
【0042】
Fe源、Co源、Ni源、Mn源及びAl源(又はCr源かZn源)を含有する水溶液の濃度は特に限定されず、溶媒1Lあたり、各金属の濃度をそれぞれ1~100mMとすることができ、2~80mMがより好ましく、3~70mMがさらに好ましく、5~65mMが特に好ましい。前記水溶液において、Fe源、Co源、Ni源、Mn源及びAl源(又はCr源かZn源)の濃度はいずれも等濃度であってもよいし、異なっていてもよい。水溶液中の各金属のモル比は、生成する前駆体(水酸化物)中の各金属のモル比に一致するものとみなすことができる。
【0043】
前記水溶液は、その他の添加剤を含むことができる。他の添加剤としては、例えば、pH調整剤を挙げることができる。pH調整剤としては、尿素(CO(NH)、NHF、水酸化アンモニウム等を挙げることができる。pH調整剤は1種のみ又は2種以上を組み合わせて使用することができる。pH調整剤を含む場合、pH調整剤の濃度は、例えば、100~500mMとすることもできる。
【0044】
水熱合成において、水溶液に電極基材を浸漬する方法は特に限定されず、通常は、電極基材の全体が水溶液に浸されるように行うことができる。電極基材の浸漬は、例えば、耐圧式のオートクレーブで行うことができる。オートクレーブの内面は、例えば、テフロン(登録商標)等のフッ素樹脂でコーティングすることができる。
【0045】
水熱合成では、電極基材を溶液に浸漬した状態で加熱処理を行う。加熱処理の温度は、前駆体が形成される条件である限りは特に制限されず、例えば、80~200℃とすることができ、100~150℃であることが好ましい。加熱処理の時間も特に限定されず、例えば、2~24時間とすることができる。水熱合成における容器内の圧力も適宜設定することができる。
【0046】
上記水熱合成により、電極基材上に前駆体が形成される。斯かる前駆体は、例えば、Fe、Co、Ni、Mn及びAlを有する複合水酸化物である(AlはCr又はZnに置き換えられ得る)。この電極基材上に前駆体を焼成することで前述の複合酸化物が生成する。
【0047】
焼成の方法は特に限定されず、例えば、公知の焼成方法を広く採用することができる。焼成は、例えば、市販の加熱炉等の公知の加熱装置を使用することができる。
【0048】
焼成温度は、例えば、150~500℃とすることができ、200~450℃とすることが好ましく、250~400℃とすることがより好ましい。焼成時間は特に限定されず、焼成温度に応じて適宜設定することができる。例えば、焼成時間は、1.5~5時間とすることができる。
【0049】
焼成は、空気中及び不活性ガス雰囲気中のいずれで行ってもよい。好ましくは、不活性ガス雰囲気中で焼成を行うことであり、この場合、得られる電極触媒は過電圧を抑制しやすい。不活性ガスの種類は特に限定されず、例えば、アルゴン、窒素等である。
【0050】
上記の焼成処理によって、電極基材上の前駆体が複合酸化物へと変化し、電極基材上にFe、Co、Ni、Mn及びAl含むハイエントロピー複合酸化物が形成され得る。これを本発明の酸素発生電極用触媒として得ることができる。
【0051】
3.水の電気分解方法
本発明の水の電気分解方法は、酸素発生電極用触媒を電極として使用して電解処理を行う工程を含む。
【0052】
本発明の水の電気分解方法では、酸素発生電極用触媒はアノードとして使用することができ、すなわち、酸素を発生させることができる。
【0053】
本発明の水の電気分解方法において、カソードとしては、一般に水の電気分解においてカソードとして用いられる電極を使用することができる。例えば、カソードとしては、一般に水の電気分解においてカソードとして用いられる電極を広く使用することができ、例えば、カーボンロッドや、白金ワイヤーが挙げられる。
【0054】
本発明の水の電気分解で使用する水溶液としては、アルカリ水や海水を使用することができる。海水は天然の海水であっても良いし、あるいは、模倣海水(例えば、1MのKOH及び0.5MNaClを含む水溶液)を海水として用いることもできる。
【0055】
本発明の水の電気分解の具体的な例を挙げると、酸素発生電極用触媒をアノード、白金板をカソードとして模倣海水を電解液として、電圧を印加する。これにより、アノードにおいて酸素、カソードに水素を生成させることができる。また、印加電圧を増加させることにより、水素の生成速度を上昇させることができる。製造された水素は、燃料電池や水素エンジンなどの燃料として好ましく使用することができる。
【0056】
本発明の水の電気分解では、酸素発生電極用触媒を電極(アノード)として使用することから、過電圧の上昇が起こりにくく、ターフェル勾配を低くすることができ、また、電極触媒の耐久性に優れることから、長時間使用しても性能の低下が起こりにくい。
【実施例0057】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0058】
(調製例1)
まず、大きさが2×2cmである発泡ニッケル(ニッケルフォーム)を3M塩酸で30分処理した後、エタノール及び脱イオン水の順に数回洗浄した後、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させて、ニッケルフォームの前処理を行った。一方、Fe(NO、Co(NO、Ni(NO、Mn(NO、及び、Al(NOが溶解した水溶液を調製し、この水溶液に尿素およびNHFを加えて、磁気攪拌下で混合して均一な溶液を得た。斯かる溶液は、Fe(NOが10mM、Co(NOが20mM、Ni(NOが20mM、Mn(NOが60mM、Al(NOが10mMであり、また、尿素が200mM、NHFが400mMの濃度とした。この溶液を、テフロン(登録商標)で裏打ちされた50mL容量のオートクレーブに全量移し、そこで前述の前処理したニッケルフォームを浸漬させ、容器を密閉した。その後、容器内を140℃で16時間加熱(水熱合成)した。その後、自然冷却させてから、ニッケルフォームを取り出し、エタノールと脱イオン水で洗浄し、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させた。これにより、電極基材上に複合水酸化物からなる前駆体(以下、前駆体被覆電極基材と表記する)を形成した。
【0059】
(調製例2)
まず、大きさが2×2cmである発泡ニッケル(ニッケルフォーム)を3M塩酸で30分処理した後、エタノール及び脱イオン水の順に数回洗浄した後、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させて、ニッケルフォームの前処理を行った。一方、Fe(NO、Co(NO、及び、Ni(NOが溶解した水溶液を調製し、この水溶液に尿素およびNHFを加えて、磁気攪拌下で混合して均一な溶液を得た。斯かる溶液は、Fe(NOが10mM、Co(NOが20mM、Ni(NOが20mMであり、また、尿素が200mM、NHFが400mMの濃度とした。この溶液を、テフロン(登録商標)で裏打ちされた50mL容量のオートクレーブに全量移し、そこで前述の前処理したニッケルフォームを浸漬させ、容器を密閉した。その後、容器内を140℃で16時間加熱(水熱合成)した。その後、自然冷却させてから、ニッケルフォームを取り出し、エタノールと脱イオン水で洗浄し、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させた。これにより、電極基材上に複合水酸化物からなる前駆体(前駆体被覆電極基材)を形成した。
【0060】
(調製例3)
まず、大きさが2×2cmである発泡ニッケル(ニッケルフォーム)を3M塩酸で30分処理した後、エタノール及び脱イオン水の順に数回洗浄した後、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させて、ニッケルフォームの前処理を行った。一方、Fe(NO、Co(NO、Ni(NO、及び、Mn(NOが溶解した水溶液を調製し、この水溶液に尿素およびNHFを加えて、磁気攪拌下で混合して均一な溶液を得た。斯かる溶液は、Fe(NOが10mM、Co(NOが20mM、Ni(NOが20mM、Mn(NOが60mMであり、また、尿素が200mM、NHFが400mMの濃度とした。この溶液を、テフロン(登録商標)で裏打ちされた50mL容量のオートクレーブに全量移し、そこで前述の前処理したニッケルフォームを浸漬させ、容器を密閉した。その後、容器内を140℃で16時間加熱(水熱合成)した。その後、自然冷却させてから、ニッケルフォームを取り出し、エタノールと脱イオン水で洗浄し、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させた。これにより、電極基材上に複合水酸化物からなる前駆体(前駆体被覆電極基材)を形成した。
【0061】
(調製例4)
まず、大きさが2×2cmである発泡ニッケル(ニッケルフォーム)を3M塩酸で30分処理した後、エタノール及び脱イオン水の順に数回洗浄した後、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させて、ニッケルフォームの前処理を行った。一方、Fe(NO、Co(NO、Ni(NO、及び、Al(NOが溶解した水溶液を調製し、この水溶液に尿素およびNHFを加えて、磁気攪拌下で混合して均一な溶液を得た。斯かる溶液は、Fe(NOが10mM、Co(NOが20mM、Ni(NOが20mM、Al(NOが10mMであり、また、尿素が200mM、NHFが400mMの濃度とした。この溶液を、テフロン(登録商標)で裏打ちされた50mL容量のオートクレーブに全量移し、そこで前述の前処理したニッケルフォームを浸漬させ、容器を密閉した。その後、容器内を140℃で16時間加熱(水熱合成)した。その後、自然冷却させてから、ニッケルフォームを取り出し、エタノールと脱イオン水で洗浄し、60℃の真空オーブンで12時間乾燥させた。これにより、電極基材上に複合水酸化物からなる前駆体(前駆体被覆電極基材)を形成した。
【0062】
(実施例1;複合酸化物の合成)
調製例1で得られた前駆体被覆電極基材を、マッフル炉にて350℃で2時間にわたり空気中にて焼成した。この焼成処理により、前駆体が酸化されて、電極基材(ニッケルフォーム)上にFe、Co、Ni、Mn及びAl含むハイエントロピー複合酸化物が触媒として形成され、これを水電解用酸素発生電極用触媒として得た。この水電解用触媒を「FeCoNiMnAlO/NF」と表記した。
【0063】
(比較例1)
調製例1で得られた前駆体被覆電極基材の代わりに調製例2で得られた前駆体被覆電極基材に変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、Fe、Co及びNi含む複合酸化物が触媒として形成された水電解用触媒を得た。この水電解用触媒を「FeCoNiO/NF」と表記した。
【0064】
(比較例2)
調製例1で得られた前駆体被覆電極基材の代わりに調製例3で得られた前駆体被覆電極基材に変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、Fe、Co、Ni及びMn含む複合酸化物が触媒として形成された水電解用触媒を得た。この水電解用触媒を「FeCoNiMnO/NF」と表記した。
【0065】
(比較例3)
調製例1で得られた前駆体被覆電極基材の代わりに調製例4で得られた前駆体被覆電極基材に変更したこと以外は実施例1と同様の方法により、Fe、Co、Ni及びAl含む複合酸化物が触媒として形成された水電解用触媒を得た。この水電解用触媒を「FeCoNiAlO/NF」と表記した。
【0066】
(評価結果)
図1(a)、(b)及び(c)は、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒における触媒部分のSEM画像であり、(d)はTEM画像である。
【0067】
図1のSEM画像から、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒における触媒は、電極基材上でミクロスフィア粒子として形成されており、具体的には、多孔質粒子、より詳しくはナノフラワー状の形態を有し、スタッキングを形成していることが確認された(図1(a)、(b))。ミクロスフィア粒子は、平均粒子径が約4.8μmであった(図1(c))。また、図2(d)のTEM画像から、ミクロスフィア粒子はナノホールを有することもわかり、ナノフラワーが触媒反応により多くの電気活性部位を提供し、物質移動を加速させることが期待された。
【0068】
以上より、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒は、Fe、Co、Ni、Mn及びAlの複合酸化物からなるミクロスフィア粒子が形成されていることがわかった。
【0069】
図2(a)は、実施例1及び比較例1~3で得られた酸素発生電極用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果を示す。この測定では、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒をアノードに使用し、また、参照電極としてAg/AgCl電極を使用した。測定に使用した電解液は1MのKOH水溶液とした。スキャン速度は2mV/sとし、電流密度は50又は100mAcm-2とした。なお、リニアスイープボルタンメトリー曲線等の電気特性の評価は、標準3電極セルと共に米国VersaSTAT4 ポテンションスタットガルバノスタット電気化学ワークステーションを用いた。
【0070】
図2(b)は、(a)に示すリニアスイープボルタンメトリー曲線から算出したターフェル勾配を示している。
【0071】
表1は、図2の結果をまとめた表であり、各電極の50mAcm-2及び100mAcm-2における過電圧、並びにターフェル勾配の値を示している。
【0072】
【表1】
【0073】
図2及び表1から、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒は、水の電気分解において、過電圧の上昇を抑制することができ、ターフェル勾配を低くすることができることがわかった。
【0074】
図3(a)は、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒を電極として使用したリニアスイープボルタンメトリーの測定結果を示す。測定に使用した電解液は1MのKOH水溶液、アルカリ性模擬海水(1MKOHと0.5MNaCl水溶液の混合液)及びアルカリ天然海水(1MKOHと海水の混合液)の3種類とした。そのほかの測定条件は図2(a)と同様とした。
【0075】
図3(b)は、図3(a)の測定で計測された各電解液における過電圧の棒グラフである。各電解液において、左側棒グラフ及び右側棒グラフはそれぞれ50mAcm-2及び100mAcm-2における過電圧を示す。
【0076】
図3(a)及び(b)から、1MのKOH水溶液、アルカリ性模擬海水及びアルカリ天然海水のいずれの電解液を用いても過電圧の上昇が抑制されていることがわかった。従って、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒は各種電解液に対して優れた触媒性能を有するといえる。
【0077】
図4は、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒を電極として使用したクロノポテンシオメトリ測定の結果である。この測定では電流密度を500mA/cmとし、電解液は前述の1MのKOH水溶液、アルカリ性模擬海水及びアルカリ天然海水の3種類とした(順に図4の上段、中段、下段)。測定装置は、2電極セルと共に米国VersaSTAT4 ポテンションスタットガルバノスタット電気化学ワークステーションを用いて測定を行った。
【0078】
図4の結果から、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒は、50時間以上にわたって卓越した安定性を示した。従って、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒は、高電流密度であっても長期間安定に運転することができるものであることが示された。
【0079】
以上の結果から、実施例1で得られた酸素発生電極用触媒は、電解時における過電圧上昇を抑制することができ、また、ターフェル勾配を低くすることができ、かつ、長期間にわたって安定に使用することができるものであった。また、アルカリ溶液のみならず、アルカリ性模擬海水及びアルカリ天然海水でも効率よく水分解することができ、工業用海水電解への応用にも有望である。
図1
図2
図3
図4