IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社タンガロイの特許一覧

<>
  • 特開-被覆切削工具 図1
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139281
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20241002BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20241002BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/14 B
B23B27/20
C23C16/32
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/40
C23C16/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050153
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】範 滄宇
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF05
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF17
3C046FF22
3C046FF25
3C046FF35
3C046HH04
4K030AA01
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA14
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA18
4K030BA35
4K030BA36
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA43
4K030CA03
4K030DA02
4K030DA03
4K030JA01
4K030JA06
4K030JA09
4K030JA10
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材と基材の表面に形成された被覆層とを含む被覆切削工具であって、被覆層が基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と下部α型Al23層と中間層と上部α型Al23層とをこの順で含み、下部層が、TiとC、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含み、下部層の平均厚さが特定範囲内であり、下部α型Al23層は、平均厚さT1が特定範囲内であり、特定の式1及び式2で表される条件を満たし、中間層は、TiとC、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、平均厚さが特定範囲内であり、上部α型Al23層は、平均厚さT2が特定範囲内であり、特定の式3で表される条件を満たす被覆切削工具。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面に向かって、下部層と、下部α型Al23層と、中間層と、上部α型Al23層と、をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記下部層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下であり、
前記下部α型Al23層の平均厚さT1が、2.00μm以上15.00μm以下であり、
前記下部α型Al23層において、下記式(1)で表される条件を満たし、
60≦RSA<100 (1)
(式(1)中、RSAは、前記基材の表面と垂直な方向の前記下部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線と前記下部α型Al23層の粒子の(001)面の法線とがなす角度である方位差Aが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
前記下部α型Al23層において、下記式(2)で表される条件を満たし、
15≦平均角度β≦45 (2)
(式(2)中、平均角度β(度)は、下記式(2-1)で表される。)
【数1】
(式(2-1)中、Lnは、前記基材の表面と垂直な方向の前記下部α型Al23層の断面を含む観察視野において、前記下部α型Al23層の前記基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点及び凸部の最高点を特定し、特定された個々の凹部の最低点と、該凹部の最低点に隣接する凸部の最高点とを直線で結んで作成される線分のうち、前記観察視野の左からn番目の線分の長さ(μm)を表し、βnは、作成された前記各線分と、前記基材表面に平行な直線とがなす各角度のうち、前記観察視野の左からn番目の角度(度)を表す。だだし、前記観察視野の領域は、前記基材表面に平行な方向において、各(Ln×cosβn)の長さの合計が50μm以上となる領域とする。)
前記中間層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記中間層の平均厚さが、0.05μm以上1.00μm以下であり、
前記上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.50μm以上5.00μm以下であり、
前記上部α型Al23層において、下記式(3)で表される条件を満たす、
50<RSB<100 (3)
(式(3)中、RSBは、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記平均角度β(度)を求める際に作成された線分の法線と、前記上部α型Al23層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差Bが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。ただし、前記方位差Bは、前記平均角度β(度)を求めるための観察視野において、前記上部α型Al23層を、前記特定した凹部の各最低点及び凸部の各最高点を通る、前記基材表面の各法線によって区切り、区切られた領域ごとに求める。)
被覆切削工具。
【請求項2】
前記下部α型Al23層において、前記平均角度β(度)を求めるための観察視野における前記下部α型Al23層の前記基材と反対側の表面上の個々の前記凹部の前記最低点のうち、最も前記基材側に位置する前記最低点から前記基材側に向かって0.2μmの位置の前記基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径が、0.3μm以上2.0μm以下である、
請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記上部α型Al23層の平均厚さT2に対する前記下部α型Al23層の平均厚さT1の比(T1/T2)が、1.0以上12.0以下である、
請求項1又は請求項2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層の平均厚さが、8.00μm以上25.00μm以下である、
請求項1又は請求項2に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体である、
請求項1又は請求項2に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金などからなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウム(Al23)からなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1では、基材と該基材上に形成された被膜とを備えた表面被覆切削工具であって、被膜は、複数のα-Al23の結晶粒を含んだα-Al23層を含み、α-Al23層は、基材側に配置された下層部と、該下層部上に配置された中間部と、該中間部上に配置された上層部とを含み、下層部は、α-Al23層の断面研磨面に対する電子線後方散乱回折装置を用いた結晶方位マッピングにおいて、(001)配向したα-Al23の結晶粒の面積比率が35%未満となり、中間部は、結晶方位マッピングにおいて、(001)配向したα-Al23の結晶粒の面積比率が35%以上となり、上層部は、結晶方位マッピングにおいて、(001)配向したα-Al23の結晶粒の面積比率が35%未満となり、α-Al23層の厚みは、4~18μmであり、中間部の厚みは、α-Al23層の厚みの50%以上を占め、下層部および上層部の厚みはいずれも1μm以上である、表面被覆切削工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2017/061058号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切込み化がより顕著となり、また、被削材の高強度化により、従来よりも工具の耐欠損性及び耐摩耗性を向上させることが求められている。特に、近年、鋼の高速切削等、被覆切削工具に負荷が作用するような切削加工が増えている。特許文献1に記載の被覆切削工具は、上層部のα型Al23層の(110)配向の割合が低く、耐熱衝撃性が不十分であり、耐欠損性に改善の余地がある。また、特許文献1に記載の被覆切削工具は、(001)配向した中間部のα型Al23層に対する、上層部のα型Al23層の(110)配向の方向が制御されておらず、切削中の亀裂の発生及び進展を抑制する効果が不十分であり、耐欠損性に改善の余地がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者が研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐欠損性及び耐摩耗性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、前記基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面に向かって、下部層と、下部α型Al23層と、中間層と、上部α型Al23層と、をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記下部層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下であり、
前記下部α型Al23層の平均厚さT1が、2.00μm以上15.00μm以下であり、
前記下部α型Al23層において、下記式(1)で表される条件を満たし、
60≦RSA<100 (1)
(式(1)中、RSAは、前記基材の表面と垂直な方向の前記下部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記基材の表面の法線と前記下部α型Al23層の粒子の(001)面の法線とがなす角度である方位差Aが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
前記下部α型Al23層において、下記式(2)で表される条件を満たし、
15≦平均角度β≦45 (2)
(式(2)中、平均角度β(度)は、下記式(2-1)で表される。)
【0009】
【数1】
【0010】
(式(2-1)中、Lnは、前記基材の表面と垂直な方向の前記下部α型Al23層の断面を含む観察視野において、前記下部α型Al23層の前記基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点及び凸部の最高点を特定し、特定された個々の凹部の最低点と、該凹部の最低点に隣接する凸部の最高点とを直線で結んで作成される線分のうち、前記観察視野の左からn番目の線分の長さ(μm)を表し、βnは、作成された前記各線分と、前記基材表面に平行な直線とがなす各角度のうち、前記観察視野の左からn番目の角度(度)を表す。だだし、前記観察視野の領域は、前記基材表面に平行な方向において、各(Ln×cosβn)の長さの合計が50μm以上となる領域とする。)
前記中間層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記中間層の平均厚さが、0.05μm以上1.00μm以下であり、
前記上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.50μm以上5.00μm以下であり、
前記上部α型Al23層において、下記式(3)で表される条件を満たす、
50<RSB<100 (3)
(式(3)中、RSBは、前記基材の表面と垂直な方向の前記上部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、前記平均角度β(度)を求める際に作成された線分の法線と、前記上部α型Al23層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差Bが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。ただし、前記方位差Bは、前記平均角度β(度)を求めるための観察視野において、前記上部α型Al23層を、前記特定した凹部の各最低点及び凸部の各最高点を通る、前記基材表面の各法線によって区切り、区切られた領域ごとに求める。)
被覆切削工具。
[2]
前記下部α型Al23層において、前記平均角度β(度)を求めるための観察視野における前記下部α型Al23層の前記基材と反対側の表面上の個々の前記凹部の前記最低点のうち、最も前記基材側に位置する前記最低点から前記基材側に向かって0.2μmの位置の前記基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径が、0.3μm以上2.0μm以下である、
[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記上部α型Al23層の平均厚さT2に対する前記下部α型Al23層の平均厚さT1の比(T1/T2)が、1.0以上12.0以下である、
[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記被覆層の平均厚さが、8.00μm以上25.00μm以下である、
[1]~[3]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
[5]
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体である、
[1]~[4]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0014】
[被覆切削工具]
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、被覆層が、基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、下部α型Al23層と、中間層と、上部α型Al23層と、をこの順で含み、下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、下部層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下であり、下部α型Al23層の平均厚さT1が、2.00μm以上15.00μm以下であり、
下部α型Al23層において、下記式(1)で表される条件を満たし、
60≦RSA<100 (1)
(式(1)中、RSAは、基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線と下部α型Al23層の粒子の(001)面の法線とがなす角度である方位差Aが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
下部α型Al23層において、下記式(2)で表される条件を満たし、
15≦平均角度β≦45 (2)
(式(2)中、平均角度β(度)は、下記式(2-1)で表される。)
【0015】
【数2】
【0016】
(式(2-1)中、Lnは、基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面を含む観察視野において、下部α型Al23層の基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点及び凸部の最高点を特定し、特定された個々の凹部の最低点と、該凹部の最低点に隣接する凸部の最高点とを直線で結んで作成される線分のうち、観察視野の左からn番目の線分の長さ(μm)を表し、βnは、作成された各線分と、基材表面に平行な直線とがなす各角度のうち、観察視野の左からn番目の角度(度)を表す。だだし、観察視野の領域は、基材表面に平行な方向において、各(Ln×cosβn)の長さの合計が50μm以上となる領域とする。)
中間層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、中間層の平均厚さが、0.05μm以上1.00μm以下であり、上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.50μm以上5.00μm以下であり、
上部α型Al23層において、下記式(3)で表される条件を満たす。
50<RSB<100 (3)
(式(3)中、RSBは、基材の表面と垂直な方向の上部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、平均角度β(度)を求める際に作成された線分の法線と、上部α型Al23層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差Bが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。ただし、方位差Bは、平均角度β(度)を求めるための観察視野において、上部α型Al23層を、特定した凹部の各最低点及び凸部の各最高点を通る、基材表面の各法線によって区切り、区切られた領域ごとに求める。)
【0017】
本実施形態の被覆切削工具は、上記のような構成にすることにより、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させることが可能となり、その結果、工具寿命を延長することができる。
このような被覆切削工具が、耐欠損性及び耐摩耗性に優れる要因は、詳細には明らかではないが、下記のように推定される。ただし、要因は下記に限定されない。
本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが3.00μm以上であることにより、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、また、下部層の平均厚さが15.00μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部α型Al23層の平均厚さT1が2.00μm以上であることにより、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、また、下部α型Al23層の平均厚さT1が15.00μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部α型Al23層において、RSAが60面積%以上であることにより、クレータ摩耗の進展が抑制されるため、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、また、RSAが100面積%未満であることにより、下部α型Al23層の形成が容易になる。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部α型Al23層において、平均角度βが15度以上であることにより、中間層を介した下部α型Al23層と、上部α型Al23層との間の密着性が向上するため、耐チッピング性及び耐欠損性に優れ、また、平均角度βが45度以下であることにより、被覆層の表面の凹凸が小さくなり、切削抵抗が低減されるため、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部α型Al23層において、平均角度βを15度以上45度以下の範囲とすることで、切削中の亀裂の進展が抑制されるため、耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、中間層の平均厚さが0.05μm以上1.00μm以下であることにより、容易にRSBの値を所定範囲内とすることができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部α型Al23層の平均厚さT2が0.50μm以上であることにより、耐熱衝撃性が向上するため耐欠損性が向上し、また、上部α型Al23層の平均厚さT2が5.00μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部α型Al23層において、RSBが50面積%超であることにより、耐熱衝撃性が向上するため耐欠損性が向上し、また、RSBが100面積%未満であることにより、上部α型Al23層の形成が容易になる。
上述した効果が相俟って、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性及び耐摩耗性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0018】
一般的に従来技術では、例えば、特許文献1のように、1層からなるα型Al23層において、下部側を(001)面に配向させて上部側を(110)面に配向させる構成(この構成を、以下「構成A」とも呼称する。)とすることがある。この場合、下部側及び上部側のいずれか一方又は双方の配向の割合を高くすることが困難となる傾向にある。
本実施形態では、このような状況に鑑み、上述したとおりRSAが特定の範囲となるように(001)面に配向した下部α型Al23層と、RSBが特定の範囲となるように(110)面に配向した上部α型Al23層とを同時に備えるために、下部側のα型Al23層と上部側のα型Al23層との間に、Ti化合物層を含む中間層を形成する構成(この構成を、以下「構成B」とも呼称する。)としている。
本実施形態の被覆切削工具は、このように中間層を形成することにより、耐摩耗性に優れる(001)面に配向したα型Al23層と、耐欠損性に優れる(110)面に配向したα型Al23層との、双方の効果を備えることができると推定している。
さらに、本発明者は、構成Bにおいて、下部側のα型Al23層の表面の凹凸を制御することにより、α型Al23層の下部側と上部側との密着性が向上することを見出した。すなわち、構成Bにおいて、さらに下部α型Al23層における「平均角度β(度)」を15度以上45度以下の範囲に制御した構成(この構成を、以下「構成C」とも呼称する。)とすることにより、耐欠損性に一層優れるという知見を得て本発明を完成するに至った。
【0019】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を部分的に示す断面模式図である。被覆切削工具7は、基材1と、基材1の表面に形成された被覆層6とを有する。被覆層6では、基材1側から、下部層2、下部α型Al23層3、中間層4、上部α型Al23層5がこの順で上方向に積層されている。
【0020】
本実施形態における基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体が挙げられる。これらの中でも、基材が、超硬合金であると好ましい。このような基材を用いることで被覆切削工具が耐欠損性及び耐摩耗性に優れる傾向にある。
【0021】
本実施形態において、被覆層は、基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、下部α型Al23層と、中間層と、上部α型Al23層と、をこの順で含み、必要に応じて外部層を含んでもよい。
被覆層の平均厚さは、特に限定されないが、8.00μm以上25.00μm以下であると好ましい。被覆層の平均厚さが8.00μm以上であると耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れる傾向にあり、25.00μm以下であると被覆層の密着性が向上し、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、被覆層の平均厚さは、8.50μm以上24.60μm以下であるとより好ましく、15.40μm以上21.30μm以下であると更に好ましい。
【0022】
[下部層]
本実施形態において、下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む。被覆切削工具が、基材と下部α型Al23層との間に上記下部層を備えることにより、密着性及び耐摩耗性が向上する。
【0023】
下部層におけるTi化合物層としては、特に限定されないが、例えば、TiCからなるTiC層(以下、単に「TiC層」ともいう。)、TiNからなるTiN層(以下、単に「TiN層」ともいう。)、TiCNからなるTiCN層(以下、単に「TiCN層」ともいう。)、TiCOからなるTiCO層(以下、単に「TiCO層」ともいう。)、TiCNOからなるTiCNO層(以下、単に「TiCNO層」ともいう。)、TiONからなるTiON層(以下、単に「TiON層」ともいう。)、及びTiB2からなるTiB2層(以下、単に「TiB2層」ともいう。)が挙げられる。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点から、下部層のTi化合物層としては、TiN層、TiCN層、TiCO層、及び/又はTiCNO層を含むことが好ましい。
【0024】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されていてもよい。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点から、複層で構成されることが好ましく、2層以上で構成されることがより好ましく、3層以上で構成されることが更に好ましく、3層で構成されることがより更に好ましい。下部層が3層で構成されている場合は、基材の表面上にTiC層又はTiN層を第1層として有し、第1層の表面上に、TiCN層を第2層として有し、第2層の表面上に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として有してもよい。これらの中では、下部層が基材の表面上にTiN層を第1層として有し、第1層の表面上に、TiCN層を第2層として有し、第2層の表面上に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として有すると好ましい。
【0025】
本実施形態において、下部層の平均厚さは、3.00μm以上15.00μm以下である。下部層の平均厚さが、3.00μm以上であると耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、15.00μm以下であると被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。同様の観点から、下部層の平均厚さは3.20μm以上14.80μm以下であると好ましく、4.50μm以上14.30μm以下であるとより好ましい。
【0026】
下部層の平均厚さは、下記の方法により測定する。
平均角度βの測定方法において特定した、下部α型Al23層の基材と反対側の表面の凹部の最低点及び凸部の最高点のうち、基材表面との最短距離が小である凹部の最低点を最短距離が小である側から順に3点、基材表面との最短距離が大である凸部の最高点を最短距離が大である側から順に3点特定する。特定した6点を通る、基材表面の法線を引き、これらの法線が下部層を横断する長さの相加平均を、下部層の平均厚さとする。 本実施形態における各層の平均厚さは、上記の方法のように、基材表面との最短距離が小である凹部の最低点を最短距離が小である側から順に3点、基材表面との最短距離が大である凸部の最高点を最短距離が大である側から順に3点特定して、特定した合計6点を用いる。つまり、特定した合計6点を通る、基材表面の法線を引き、これらの法線が各層を横断する長さの相加平均を、各層の平均厚さとする。
なお、上記「基材表面の法線」とは、より正確には、平均角度βの測定方法における基材表面に略平行な直線の法線を指す。
【0027】
下部層が上述のとおり第1~3層で形成される場合、基材の表面上に形成される第1層の平均厚さは、耐欠損性及び/又は耐摩耗性を一層向上させる観点から、0.10μm以上1.00μm以下であると好ましい。同様の観点から、第1層の平均厚さは、0.20μm以上0.50μm以下であるとより好ましい。
【0028】
下部層が上述のとおり第1~3層で形成される場合、第1層の表面上に形成される第2層の平均厚さは、耐欠損性及び/又は耐摩耗性を一層向上させる観点から、3.00μm以上14.00μm以下であると好ましい。同様の観点から、第2層の平均厚さは、3.80μm以上13.50μm以下であるとより好ましく、4.30μm以上12.50μm以下であると更に好ましい。
【0029】
下部層が上述のとおり第1~3層で形成される場合、第2層の表面上に形成される第3層の平均厚さは、耐欠損性及び/又は耐摩耗性を一層向上させる観点から、0.10μm以上1.00μm以下であると好ましい。同様の観点から、第3層の平均厚さは、0.10μm以上0.80μm以下であるとより好ましく、0.10μm以上0.50μm以下であると更に好ましい。
【0030】
Ti化合物層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0031】
[下部α型Al23層]
本実施形態において、下部α型Al23層は、α型Al23からなるα型Al23層を含む。
下部α型Al23層は、平均厚さT1が、2.00μm以上15.00μm以下であり、上述の式(1)で表される条件を満たし、上述の式(2)で表される条件を満たす。
【0032】
下部α型Al23層の平均厚さT1は、2.00μm以上15.00μm以下である。下部α型Al23層の平均厚さT1が2.00μm以上であることにより、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れ、また、下部α型Al23層の平均厚さT1が15.00μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。同様の観点から、下部α型Al23層の平均厚さT1は、2.80μm以上14.80μm以下であると好ましく、4.00μm以上14.00μm以下であるとより好ましい。
【0033】
下部α型Al23層の平均厚さT1は、下記の方法により測定する。
平均角度βの測定方法において特定した、下部α型Al23層の基材と反対側の表面の凹部の最低点及び凸部の最高点のうち、基材表面との最短距離が小である凹部の最低点を最短距離が小である側から順に3点、基材表面との最短距離が大である凸部の最高点を最短距離が大である側から順に3点特定する。特定した6点を通る、基材表面の法線を引き、これらの法線が下部α型Al23層を横断する長さの相加平均を、下部α型Al23層の平均厚さとする。
【0034】
下部α型Al23層は、下記式(1)で表される条件を満たす。
60≦RSA<100 (1)
(式(1)中、RSAは、基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線と下部α型Al23層の粒子の(001)面の法線とがなす角度である方位差Aが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。)
【0035】
下部α型Al23層において、RSAが60面積%以上であると、クレータ摩耗の進展が抑制されるため、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れる。また、RSAが100面積%未満であると下部α型Al23層の形成が容易になる。同様の観点から、RSAが、63面積%以上96面積%以下であると好ましく、70面積%以上90面積%以下であるとより好ましい。
【0036】
下部α型Al23層は、下記式(2)で表される条件を満たす。
15≦平均角度β≦45 (2)
(式(2)中、平均角度β(度)は、下記式(2-1)で表される。)
【0037】
【数3】
【0038】
(式(2-1)中、Lnは、基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面を含む観察視野において、下部α型Al23の基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点及び凸部の最高点を特定し、特定された個々の凹部の最低点と、該凹部の最低点に隣接する凸部の最高点とを直線で結んで作成される線分のうち、観察視野の左からn番目の線分の長さ(μm)を表し、βnは、作成された各線分と、基材表面に平行な直線とがなす各角度のうち、観察視野の左からn番目の角度(度)を表す。だだし、観察視野の領域は、基材表面に平行な方向において、各(Ln×cosβn)の長さの合計が50μm以上となる領域とする。)
【0039】
下部α型Al23層において、平均角度βが15度以上であると、中間層を介した下部α型Al23層と、上部α型Al23層との間の密着性が向上するため、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。また、下部α型Al23層において、平均角度βが45度以下であると、被覆層の表面の凹凸が小さくなり、切削抵抗が低減されるため、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる。また、下部α型Al23層において、平均角度βを15度以上45度以下の範囲とすることで、切削中の亀裂の進展が抑制されるため、耐欠損性が向上する。
【0040】
また、本実施形態の被覆切削工具は、下部α型Al23層における平均角度βを15度以上45度以下の範囲に制御した構成(この構成を、以下「構成C」とも呼称する。)のうち、平均角度βをさらに22度以上38度以下の範囲に制御した構成(この構成を、構成Dとも呼称する。)の場合には、耐欠損性に特に優れる。
構成Cにおいて、下部α型Al23層における平均角度βが大きいほど、基材表面の法線に対する上部α型Al23層の(110)面への配向の割合は低下する傾向にある。そのため、一般的に、上部α型Al23層における平均角度βが大きいほど密着性が向上する一方で、耐チッピング性が低下して、耐欠損性が向上し難いとの予測もし得るが、実際には、構成Cのうち構成Dが特に耐欠損性に優れるという知見を得た。この点に関し、構成Cのうち、特に構成Dとすることで、密着性以外の耐欠損性を向上させる効果が得られている推定される。
この要因は明らかではないが以下のように推定している。
一般的に、α型の結晶構造を有するAl23におけるへき開面として(012)面が知られており、亀裂による破壊が生じやすい傾向にある。RSAが特定の範囲となるように(001)面に配向した下部α型Al23層において、(012)面は基材表面に対して約58度(基材表面の法線に対しては32度)傾いて存在する。
また、一般的に、α型の結晶構造を有するAl23の(110)面は他の面に比して熱膨張係数が小さい。このため、(110)面への配向は、熱衝撃による(110)面に対して垂直な方向への亀裂の発生及び進展を抑制する効果があると考えられる。
以上2つの点より、構成Dは、切削中の上部α型Al23層において、熱衝撃により基材表面に対して22度以上38度以下の範囲の方向の亀裂が発生しにくくなり、下部α型Al23層のへき開面に沿った方向に進展する確率が低減される。そのため、熱衝撃のかかる切削中の耐チッピング性も向上し、耐欠損性に優れると考えられる。
【0041】
平均角度βは、下記の方法により測定する。
基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面をFE-SEMを用いて観察し、下部α型Al23層の断面の観察像を得る。この際、基材表面に略平行な方向が、観察像の左右方向に平行となるように観察像を得る。
より詳細には、「基材表面に略平行な方向が、観察像の左右方向に平行となるように観察像を得る。」とは、観察像の左側の端から右側の端に向かって、被覆層と基材との界面が横断し、左側の端における被覆層及び基材の界面と、右側の端における被覆層及び基材の界面とを結んだ直線が、観察像の左右方向に平行となるように観察像を得ることを意味する。上記直線は基材表面に略平行な直線を指す。
観察像において、基材表面に略平行な直線を、下部α型Al23層の基材とは反対側の表面より基材側の位置に引く。観察像において下部α型Al23層の基材とは反対側の表面は、左端から右端に向かって該表面と基材表面に略平行な直線との最短距離が小となる部分と、大となる部分とが連続する形態として観察される。観察像の左端から右端に向かって、下部α型Al23層の基材とは反対側の表面と前記直線との最短距離が、大となる部分から小となる部分へと転換する点を全て特定し、個々の凹部の最低点とする。観察像の左端から右端に向かって、下部α型Al23層の基材とは反対側の表面と上記直線との最短距離が、小となる部分から大となる部分へと転換する点を全て特定し、個々の凹部の最低点とする。特定された個々の凹部の最低点と、該凹部の最低点と隣接する凸部の最高点とを結ぶ線分を引く。全ての線分の長さと、該線分と基材表面に略平行な直線とがなす角度を個々に求める。この際、観察視野の左からn番目の線分の長さをLnと表し、n番目の線分と基材表面に略平行な直線とがなす角度をβnと表す。
得られた値を式(2-1)に代入し、算出された値を平均角度βとする。
【0042】
なお、本実施形態において、下部α型Al23層は、α型Al23からなるα型Al23層を含んでいるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型Al23以外の成分を含んでもよい。
【0043】
下部α型Al23層において、平均角度β(度)を求めるための観察視野における下部α型Al23層の基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点のうち、最も基材側に位置する最低点から基材側に向かって0.2μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径が、0.3μm以上2.0μm以下であると好ましい。
下部α型Al23層において、当該平均粒径が0.3μm以上であると、RSBの値を、所定範囲内に制御することが容易となる傾向にある。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部α型Al23層において、当該平均粒径が2.0μm以下であると、中間層を介した下部α型Al23層と、上部α型Al23層との間の密着性が向上するため、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる傾向にある。同様の観点から、下部α型Al23層において、当該平均粒径が、0.4μm以上1.9μm以下であるとより好ましく、0.7μm以上1.6μm以下であるとさらに好ましい。
【0044】
[中間層]
本実施形態において、中間層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、平均厚さが、0.05μm以上1.00μm以下である。
上述したとおり、一般的に、1層からなるα型Al23層において、下部側を(001)面に配向させて上部側を(110)面に配向させる構成(この構成を、以下「構成A」とも呼称する。)とすることがある。この場合、下部側及び上部側のいずれか一方又は双方の配向の割合を高くすることが困難となる傾向にある。
本実施形態では、被覆層において、下部α型Al23層と上部α型Al23層との間にTi化合物層を含む中間層を形成する構成(この構成を、以下「構成B」とも呼称する。)とすることで、上述したとおりRSAが特定の範囲となるように(001)面に配向した下部α型Al23層と、RSBが特定の範囲となるように(110)面に配向した上部α型Al23層とを同時に配置することができ、双方の効果を備えることができると推定している。
【0045】
中間層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、好ましくはTiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む。
【0046】
中間層におけるTi化合物層としては、特に限定されないが、例えば、TiCからなるTiC層(以下、単に「TiC層」ともいう。)、TiNからなるTiN層(以下、単に「TiN層」ともいう。)、TiCNからなるTiCN層(以下、単に「TiCN層」ともいう。)、TiCOからなるTiCO層(以下、単に「TiCO層」ともいう。)、TiCNOからなるTiCNO層(以下、単に「TiCNO層」ともいう。)、TiONからなるTiON層(以下、単に「TiON層」ともいう。)、及びTiB2からなるTiB2層(以下、単に「TiB2層」ともいう。)が挙げられる。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点から、中間層のTi化合物層としては、TiCO層、及び/又はTiCNO層を含むことが好ましい。
【0047】
中間層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されていてもよい。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点から、中間層は、1層で構成されていることが好ましい。
【0048】
中間層の平均厚さは、0.05μm以上1.00μm以下である。これによって、耐欠損性に優れる。同様の観点から、中間層の平均厚さは、0.05μm以上0.90μm以下であると好ましく、0.20μm以上0.80μm以下であるとより好ましい。
また、中間層の平均厚さを上記の範囲内とすることで、上部α型Al23層におけるRSB(面積%)を、容易に所定範囲内に調整することができる。
【0049】
中間層の平均厚さは、下記の方法により測定する。
平均角度βの測定方法において特定した、下部α型Al23層の基材と反対側の表面の凹部の最低点及び凸部の最高点のうち、基材表面との最短距離が小である凹部の最低点を最短距離が小である側から順に3点、基材表面との最短距離が大である凸部の最高点を最短距離が大である側から順に3点特定する。特定した6点を通る、基材表面の法線を引き、これらの法線が中間層を横断する長さの相加平均を、中間層の平均厚さとする。
【0050】
[上部α型Al23層]
本実施形態において、上部α型Al23層は、平均厚さT2が、0.50μm以上5.00μm以下であり、上部α型Al23層において、上述の式(3)で表される条件を満たす。
【0051】
本実施形態において、上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.50μm以上5.00μm以下である。
本実施形態の被覆切削工具は、上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.50μm以上であることで、耐熱衝撃性が向上し、耐欠損性が向上し、また、上部α型Al23層の平均厚さT2が、5.00μm以下であることで、被覆層の剥離が抑制され、耐チッピング性及び耐欠損性に優れる。同様の観点から、上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.60μm以上4.50μm以下であると好ましく、0.80μm以上2.20μm以下であるとより好ましい。
【0052】
上部α型Al23層の平均厚さT2は、下記の方法により測定する。
平均角度βの測定方法において特定した、下部α型Al23層の基材と反対側の表面の凹部の最低点及び凸部の最高点のうち、基材表面との最短距離が小である凹部の最低点を最短距離が小である側から順に3点、基材表面との最短距離が大である凸部の最高点を最短距離が大である側から順に3点特定する。特定した6点を通る、基材表面の法線を引き、これらの法線が上部α型Al23層を横断する長さの相加平均を、上部α型Al23層の平均厚さとする。
【0053】
本実施形態において、上部α型Al23層は、下記式(3)で表される条件を満たす。
50<RSB<100 (3)
(式(3)中、RSBは、基材の表面と垂直な方向の上部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、平均角度β(度)を求める際に作成された線分の法線と、上部α型Al23層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差Bが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合(単位:面積%)である。ただし、方位差Bは、平均角度β(度)を求めるための観察視野において、上部α型Al23層を、特定した凹部の各最低点及び凸部の各最高点を通る、基材表面の各法線によって区切り、区切られた領域ごとに求める。)
【0054】
本実施形態の被覆切削工具は、上部α型Al23層において、RSBが50面積%超であると、耐熱衝撃性が向上するため、耐欠損性が向上する。また、RSBが100面積%未満であると上部α型Al23層の形成が容易になる。同様の観点から、RSBが、52面積%以上91面積%以下であると好ましく、54面積%以上82面積%以下であるとより好ましい。
【0055】
なお、本実施形態において、上部α型Al23層は、α型Al23からなるα型Al23層を含んでいるが、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型Al23以外の成分を含んでもよい。
【0056】
本実施形態において、上部α型Al23層の平均厚さT2に対する下部α型Al23層の平均厚さT1の比(T1/T2)は、1.0以上12.0以下であると好ましい。
本実施形態の被覆切削工具は、T1/T2が1.0以上であると、クレータ摩耗の進展が抑制されるため、耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れる傾向にあり、T1/T2が12.0以下であると、耐熱衝撃性が向上するため耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、T1/T2が1.3以上10.7以下であるとより好ましく、3.5以上9.3以下であるとさらに好ましい。
【0057】
[外部層]
本実施形態において、被覆層は、上部α型Al23層の基材とは反対側の界面(すなわち、上部α型Al23層の表面)上に外部層を含んでいてもよい。被覆層が外部層を含むことで、耐摩耗性を向上させることができる。また、使用したコーナを容易に識別することもできる。
外部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはC元素及び/又はN元素)とからなる化合物の層であると、耐摩耗性に優れる傾向にあり好ましい。同様の観点から、外部層は、Ti、Nb、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の層であることがより好ましく、Ti、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の層であることが更に好ましい。中でも、外部層の具体例としては、TiNからなるTiN層、TiCNOからなるTiCNO層、TiCNからなるTiCN層であることが好ましい。
【0058】
外部層の平均厚さは、特に限定されず、例えば、0.1μm以上5.0μm以下であってもよい。本発明による効果を一層有効かつ確実に奏する観点からは、外部層の平均厚さが、0.15μm以上3.0μm以下であると好ましく、0.2μm以上3.0μm以下であるとより好ましい。
【0059】
外部層の平均厚さは、下記の方法により測定する。
平均角度βの測定方法において特定した、下部α型Al23層の基材と反対側の表面の凹部の最低点及び凸部の最高点のうち、基材表面との最短距離が小である凹部の最低点を最短距離が小である側から順に3点、基材表面との最短距離が大である凸部の最高点を最短距離が大である側から順に3点特定する。特定した6点を通る、基材表面の法線を引き、これらの法線が外部層を横断する長さの相加平均を、外部層の平均厚さとする。
【0060】
[RSA及びRSBの測定方法]
本実施形態において、RSA及びRSBを測定する方法としては、例えば、測定する断面を電解放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で観察し、FE-SEMに付属した電子後方散乱解析像装置(EBSD)を用いて特定の方位差を有する粒子の断面積を測定することができる。RSA及びRSBは、それぞれ測定する結晶面が異なる点以外は、同様にして方位差を測定し粒子の断面積を算出してもよい。より具体的には、例えば、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0061】
[被覆層の形成方法]
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の形成方法は、特に限定されるものではないが、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0062】
例えば、下部層のTi化合物層は、以下の方法により形成される。
Tiの窒化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0063】
Tiの炭化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0064】
Tiの炭窒化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~7.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0065】
Tiの炭窒酸化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0066】
Tiの炭酸化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0067】
下部層の形成後、その表面に下部α型Al23層のα型Al23層を形成する。その形成方法としては、例えば、以下の方法により形成される。
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、それらの層のうち、基材から最も離れた層(基材ではない層)の表面を酸化する。その後、核形成工程を経て基材から最も離れた層の表面に下部α型Al23層を形成する。
【0068】
より具体的には、上記基材から最も離れた層の表面の酸化は、原料組成をCO2:0.3~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~60hPaとする条件により行われてもよい(酸化工程1)。その際の酸化処理時間は、1~5分であると好ましい。
【0069】
その後、上記基材から最も離れた層の表面に核を形成する核形成工程を行う。核形成工程は、原料組成をAlCl3:1.0~5.0mol%、CO2:0.5~2.5mol%、CO:0.5~2.5mol%、HCl:1.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする条件の化学蒸着法により行われてもよい(核形成工程1)。この際、核形成工程1の処理時間は1~10分であると好ましい。
【0070】
その後、下部層の表面に下部α型Al23層を形成する。以下、下部α型Al23層を3段階に分けて形成する場合について説明する。
下部α型Al23層のα型Al23層の第1段階の形成は、原料組成をAlCl3:1.5~2.5mol%、CO2:1.0~2.5mol%、HCl:3.0~6.0mol%、H2S:0.05~0.10mol%、H2:残部とし、温度を970~1030℃、圧力を60~80hPaとする条件の化学蒸着法により行われてもよい(成膜工程1)。この際、成膜工程1の処理時間は、成膜工程1によって形成される膜の厚さが、目的とする下部α型Al23層の平均厚さの5%~15%の厚さとなる時間であることが好ましく、10%の厚さとなる時間であることがより好ましい。
【0071】
また、成膜工程1の後、下部α型Al23層のα型Al23層の第2段階の形成は、原料組成をAlCl3:2.0~4.0mol%、CO2:1.0~2.5mol%、HCl:2.0~4.0mol%、H2S:0.6~1.0mol%、H2:残部とし、温度を970~1030℃、圧力を60~80hPaとする条件の化学蒸着法により行われてもよい(成膜工程2)。この際、成膜工程2の処理時間は、成膜工程2によって形成される膜の厚さが、目的とする下部α型Al23層の平均厚さの50%~70%の厚さとなる時間であることが好ましく、60%の厚さとなる時間であることがより好ましい。
【0072】
また、成膜工程2の後、下部α型Al23層のα型Al23層の第3段階の形成は、原料組成をAlCl3:4.0~7.0mol%、CO2:1.5~3.0mol%、HCl:0.3~0.8mol%、H2S:0.6~1.0mol%、H2:残部とし、温度を930~970℃、圧力を100~140hPaとする条件の化学蒸着法により行われてもよい(成膜工程3)。この際、成膜工程3の処理時間は、成膜工程3によって形成される膜の厚さが、目的とする下部α型Al23層の平均厚さの25%~35%の厚さとなる時間であることが好ましく、30%の厚さとなる時間であることがより好ましい。
【0073】
RSA(面積%)を所定範囲内とするためには、成膜工程1及び/又は成膜工程2において、原料組成中のH2Sの割合を制御したりすればよい。具体的には、例えば、成膜工程1及び/又は成膜工程2の原料組成において、H2Sの割合を大きくすることにより、RSAが高くなる傾向にある。
【0074】
下部α型Al23層において、平均角度β(度)を求めるための観察視野における下部α型Al23層の基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点のうち、最も基材側に位置する最低点から基材側に向かって0.2μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を所定範囲内とするためには、成膜工程1において、原料組成中のCO2、及び/又はHClの割合を制御したりすればよい。具体的には、例えば、成膜工程1の原料組成において、CO2の割合を小さくしたり、HClの割合を大きくしたりすることにより、上記平均粒径が大きくなる傾向にある。
【0075】
平均角度βを所定範囲内とするためには、成膜工程3において、原料組成中のAlCl3及び/又はHClの割合を制御したりすればよい。具体的には、例えば、成膜工程3の原料組成において、AlCl3の割合を大きくしたり、HClの割合を小さくしたりすることにより、平均角度βが大きくなる傾向にある。
【0076】
次に、下部α型Al23層の表面上に、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む中間層を形成する。中間層の形成は、例えば、以下の方法により行うことができる。
【0077】
例えば、中間層としてのTiの炭窒酸化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:4.0~7.0mol%、CO:2.0~4.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を930~970℃、圧力を80~120hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0078】
中間層としてのTiの炭酸化物層からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:4.0~7.0mol%、CO:2.0~4.0mol%、H2:残部とし、温度を930~970℃、圧力を80~120hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0079】
中間層の形成後、その表面に上部α型Al23層のα型Al23層を形成する。その形成方法としては、例えば、以下の方法により形成される。
まず、中間層の表面を酸化する。その後、核形成工程を経て中間層の表面に上部α型Al23層を形成する。
【0080】
より具体的には、中間層の表面の酸化は、原料組成をCO2:0.3~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~60hPaとする条件により行われてもよい(酸化工程2)。その際の酸化処理時間は、1~5分であると好ましい。
【0081】
その後、中間層の表面に核を形成する核形成工程を行う。核形成工程は、原料組成をAlCl3:3.0~7.0mol%、CO2:2.0~5.0mol%、HCl:3.0~5.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~90hPaとする条件の化学蒸着法により行われてもよい(核形成工程2)。この際、核形成工程2の処理時間は1~10分であると好ましい。
【0082】
その後、上部α型Al23層のα型Al23層の形成は、原料組成をAlCl3:2.0~4.0mol%、CO2:4.0~7.0mol%、HCl:1.0~2.5mol%、H2S:0.05~0.10mol%、H2:残部とし、温度を930~970℃、圧力を100~140hPaとする条件の化学蒸着法により行われてもよい(成膜工程4)。
【0083】
RSB(面積%)を所定範囲内とするためには、中間層の形成工程における原料組成中のCOの割合、成膜工程4における原料組成中のCO2の割合を制御すればよい。具体的には、中間層の形成工程の原料組成においてCOの割合を大きくしたり、成膜工程4の原料組成においてCO2の割合を大きくしたりすると、RSBが高くなる傾向にある。
また、中間層の平均厚さを所定の範囲内とすると、RSBが高くなる傾向にある。
【0084】
上部α型Al23層の表面上に、必要に応じて、例えば、TiCNO層、TiN層、TiCN層などの外部層を形成してもよい。外部層の形成は、例えば、以下の方法により行うことができる。
【0085】
外部層としてのTiN層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0086】
外部層としてのTiCN層は、原料組成をTiCl4:4.0~8.0mol%、CH3CN:0.5~2.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0087】
外部層としてのTiCNO層は、原料組成をTiCl4:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を80~120hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0088】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐欠損性及び耐摩耗性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる(ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない)。本実施形態の被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【実施例0089】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0090】
[発明品1~27、及び比較品1~17]
基材として、CNMG120408のインサート形状に加工した、88.5%WC-6.7%Co-1.4%TiC-0.6%TiN-0.5%TaC-2.0%NbC-0.2%ZrC-0.1%Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0091】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を該熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表14及び表15に記載の組成を示す第1層を、表14及び表15に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表1に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表14及び表15に示す第2層を、表14及び表15に示す平均厚さになるよう、第1層の表面に形成した。次に、表1に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表14及び表15に示す第3層を、表14及び表15に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。これにより、3層から構成された下部層を形成した。その後、表2に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表2に示す時間で第3層の表面に酸化処理を施した。
【0092】
次いで、酸化処理を施した第3層の表面に、表2に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表2に示す時間で下部α型Al23層の核形成工程を実施した。
その後、第3層の表面に、表4及び表5に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下で成膜工程1を、その後、表6及び表7に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下で成膜工程2を、その後、表8及び表9に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下で成膜工程3を、下部α型Al23層の平均厚さT1が表14及び表15に示す平均厚さになるよう、それぞれ実施した。なお、成膜工程1で形成される層は、厚さが下部α型Al23層の所望の平均厚さT1の10%となるように形成し、成膜工程2で形成される層は、厚さが下部α型Al23層の所望の平均厚さT1の60%となるように形成し、成膜工程3で形成される層は、厚さが下部α型Al23層の所望の平均厚さT1の30%となるように形成した。ただし、例外的に比較品12は、成膜工程1で形成される層は、厚さが下部α型Al23層の所望の平均厚さT1の10%となるように形成し、成膜工程2で形成される層は、厚さが下部α型Al23層の所望の平均厚さT1の90%となるように形成した。
【0093】
次いで、下部α型Al23層の表面に、表10及び表11に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、中間層を、全体の平均厚さが表16及び表17に示すとおりになるように形成した。その後、表3に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表3に示す時間で中間層の表面に酸化処理を施した。
【0094】
次いで、酸化処理を施した中間層の表面に、表3に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表3に示す時間で上部α型Al23層の核形成工程を実施した。
その後、中間層の表面に、表12及び表13に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下で、上部α型Al23層を、上部α型Al23層の平均厚さT2が表16及び表17に示す平均厚さになるように蒸着時間を調整して形成した。
ただし、比較品11及び比較品12については、中間層及び上部α型Al23層を形成しなかった。
【0095】
さらに、発明品24~発明品26、比較品11及び比較品12については、表1に示す原料組成、温度、及び圧力の条件の下、表16及び表17に記載の組成を示す外部層を、表16及び17に記載の平均厚さになるよう、上部α型Al23層の表面に形成した。
こうして、発明品1~27、及び比較品1~17の被覆切削工具を得た。
【0096】
試料の各層の厚さは、上述の方法により求めた。その測定結果を表14~表17に示す。
【0097】
【表1】
【0098】
【表2】
【0099】
【表3】
【0100】
【表4】
【0101】
【表5】
【0102】
【表6】
【0103】
【表7】
【0104】
【表8】
【0105】
【表9】
【0106】
【表10】
【0107】
【表11】
【0108】
【表12】
【0109】
【表13】
【0110】
【表14】
【0111】
【表15】
【0112】
【表16】
【0113】
【表17】
【0114】
[平均角度βの測定]
平均角度βについては、上述の方法により測定した。
【0115】
[RSA及びRSBの測定及び計算]
RSA及びRSBについて下記の条件で、それぞれ下記の測定断面を電解放射型走査電子顕微鏡(以下、「FE-SEM」ともいう)で観察し、FE-SEMに付属した電子後方散乱解析像装置(以下、「EBSD」ともいう)を用いて後述の「(特定の方位差を有する粒子の断面積の測定方法)」により、方位差Aが0度以上15度以下である粒子の断面積の合計、及び方位差Bが0度以上15度以下である粒子の断面積の合計を測定した。
得られた値から、基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、基材の表面の法線と下部α型Al23層の粒子の(001)面の法線とがなす角度である方位差Aが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合をRSAとして、算出した。
基材の表面と垂直な方向の上部α型Al23層の断面において、該断面全体の面積の合計を100面積%とした場合、上述の平均角度β(度)を求める際に作成された線分の法線と、上部α型Al23層の粒子の(110)面の法線とがなす角度である方位差Bが0度以上15度以下である粒子の断面積の割合をRSBとして、算出した。ただし、方位差Bは、平均角度β(度)を求めるための観察視野において、上部α型Al23層を、特定した凹部の各最低点及び凸部の各最高点を通る、基材表面の各法線によって区切り、区切られた領域ごとに求めた。
以上の測定結果を表18及び表19に示す。
(条件)
・測定断面の削り出し方法
RSA及びRSB:ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨し、基材の表面と垂直な方向の断面組織を得た。その後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、断面組織の鏡面研磨面を得た。
・測定断面
RSA:基材の表面と垂直な方向の下部α型Al23層の断面
RSB:基材の表面と垂直な方向の上部α型Al23層の断面
・方位差
RSA:方位差A(基材の表面の法線と下部α型Al23層の粒子の(001)面の法線とがなす角度(単位:度))
RSB:方位差B(平均角度β(度)を求める際に作成された線分の法線と上部α型Al23層の粒子の(110)面の法線とがなす角度(単位:度))
【0116】
(特定の方位差を有する粒子の断面積の測定方法)
試料をFE-SEMにセットした。試料に70度の入射角度で、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。測定範囲30μm×50μmにて、0.05μmのステップサイズというEBSDの設定で、各粒子の方位差及び断面積の測定を行った。測定範囲内における粒子の断面積は、その断面積に対応するピクセルの総和とした。すなわち、各層において、方位差A又は方位差Bに基づいた0度以上15度以下の範囲における粒子の断面積の合計は、各範囲に該当する粒子断面が占めるピクセルを集計し、面積に換算して求めた。
【0117】
[下部α型Al23層のα型Al23粒子の平均粒径]
得られた発明品1~27及び比較品1~17について、下部α型Al23層を構成するα型Al23粒子の平均粒径は、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。具体的には、ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨し、基材の表面と平行な方向の断面組織を得た。その後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、断面組織の鏡面研磨面を得た。断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。測定範囲30μm×50μmにて、0.05μmのステップサイズというEBSDの設定で測定を行った。EBSDにより被覆切削工具の下部α型Al23層において、平均角度β(度)を求めるための観察視野における下部α型Al23層の基材と反対側の表面上の個々の凹部の最低点のうち、最も基材側に位置する最低点から基材側に向かって0.2μmの位置の基材の表面と平行な方向における粒子の平均粒径を測定した。
より具体的には、まず、隣接する測定点の間で5度以上の方位差がある場合はそこを粒界と定義した。粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義して平均粒径を求めた。上記最も基材側に位置する最低点から基材側に向かって0.2μmの位置において、基材の表面と平行な方向の直線を引いた。次に、直線の範囲に含まれる結晶粒の数をそれぞれ求めた。直線の長さをそれぞれの結晶粒の数で除した値を、下部α型Al23層におけるα型Al23の平均粒径とした。このとき、直線の長さは、40μmとした。得られた平均粒径の結果を、表18及び表19に示す。
【0118】
【表18】
【0119】
【表19】
【0120】
得られた試料を用いて、以下の切削試験を行い、評価した。
【0121】
[切削試験1]
・インサート:CNMG120408(ISO規格)、
・基材の組成:88.5%WC-6.7%Co-1.4%TiC-0.6%TiN-0.5%TaC-2.0%NbC-0.2%ZrC-0.1%Cr32(質量%)、
・被削材:S45C、
・被削材形状:丸棒、
・切削速度:350m/min、
・切り込み深さ:2.0mm、
・送り:0.3mm/rev、
・クーラント:水溶性クーラント、
・評価項目:試料の最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至るまでの加工時間(分)を工具寿命とした。耐摩耗性及び耐塑性変形性に優れるほど、本切削試験における工具寿命(加工時間)が長くなる。
【0122】
[切削試験2]
・インサート:CNMG120408(ISO規格)、
・基材の組成:88.5%WC-6.7%Co-1.4%TiC-0.6%TiN-0.5%TaC-2.0%NbC-0.2%ZrC-0.1%Cr32(質量%)、
・被削材:S45C、
・被削材形状:外周面に等間隔で4本の溝が入っている丸棒、
・切削速度:240m/min、
・切り込み深さ:1.5mm、
・送り:0.15mm/rev、
・クーラント:水溶性クーラント、
・評価項目:試料が欠損に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの衝撃回数を測定した。耐欠損性に優れるほど、本切削試験における工具寿命が長く(衝撃回数が多く)なる。
【0123】
得られた評価の結果を表20及び表21に示す。なお、切削試験1における加工時間について、28分以上を「A」、20分以上28分未満を「B」、20分未満を「C」と評価し、切削試験2における衝撃回数について、10000回以上を「A」、7000回以上10000未満を「B」、7000回未満を「C」と評価した。
【0124】
【表20】
【0125】
【表21】
【0126】
表20及び表21に示されている通り、発明品は、切削試験1及び切削試験2の評価がどちらもB以上であった。このような結果から、被覆切削工具が基材と、基材の表面に形成された被覆層と、を備える被覆切削工具であって、被覆層が、基材側から被覆層の表面に向かって、下部層と、下部α型Al23層と、中間層と、上部α型Al23層と、をこの順で含み、下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、下部層の平均厚さが、3.00μm以上15.00μm以下であり、下部α型Al23層の平均厚さT1が、2.00μm以上15.00μm以下であり、下部α型Al23層において、式(1)で表される条件を満たし、下部α型Al23層において、式(2)で表される条件を満たし、中間層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、中間層の平均厚さが、0.05μm以上1.00μm以下であり、上部α型Al23層の平均厚さT2が、0.50μm以上5.00μm以下であり、上部α型Al23層において、式(3)で表される条件を満たす発明品は、耐欠損性及び耐摩耗性に優れ、長い工具寿命を有することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明の被覆切削工具は、耐欠損性及び耐摩耗性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0128】
1…基材、2…下部層、3…下部α型Al23層、4…中間層、5…上部α型Al23層、6…被覆層、7…被覆切削工具
図1