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特開2024-139344四重極マスフィルターの駆動方法及び四重極型質量分析装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139344
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】四重極マスフィルターの駆動方法及び四重極型質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/42 20060101AFI20241002BHJP
   H01J 49/02 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
H01J49/42 150
H01J49/02 200
【審査請求】未請求
【請求項の数】23
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050237
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 学
(72)【発明者】
【氏名】藤田 真
(72)【発明者】
【氏名】谷口 純一
(72)【発明者】
【氏名】藤田 慎二郎
(72)【発明者】
【氏名】水谷 司朗
(57)【要約】      (修正有)
【課題】四重極マスフィルターにおけるイオン透過効率を改善する。
【解決手段】中心軸Cを取り囲むように配置されたロッド電極を含むメインロッド部(500)と、その前方に配置されたロッド電極を含む第1プレロッド部(501)と、から成る四重極マスフィルター(50)と、イオンのm/zに応じたDC電圧とRF電圧とを重畳した電圧を該メインロッド部に印加する主電圧印加部(7)と、前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧とメインロッド部に印加されるDC電圧とは異なるDC電圧とを重畳した電圧を第1プレロッド部に印加する補助電圧印加部(7)と、を備え、中心軸Cに直交する面内で対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、X、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するパラメータが特定の条件を実質的に満たすように、補助電圧印加部における電圧が設定される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前記中心軸の延伸方向で前記メインロッド部よりもイオン流の上流側である位置に配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターを動作させる四重極マスフィルターの駆動方法であって、
前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってβx、βyと次の(1)式及び(2)式の関係となるa値及びq値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすような直流電圧Up及びRF電圧の振幅Vp(但し、Up、Vpとa、qとの関係は次の(3)式及び(4)式で定義される)を求める電圧算定ステップと、
分析実行時に、目的のイオンのm/zに応じた直流電圧と該m/zに応じたRF電圧とを重畳した電圧を前記メインロッド部の各ロッド電極に印加する一方、前記メインロッド部に印加されるRF電圧と同じ周波数であって振幅がVpであるRF電圧±Vp・cosωtと前記メインロッド部に印加される直流電圧とは電圧値が異なる直流電圧±Upとを重畳した電圧を、前記第1プレロッド部の各ロッド電極に印加する電圧印加ステップと、
を有する四重極マスフィルターの駆動方法。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
但し、eはイオンの電荷、mはイオンの質量、r0は中心軸から第1プレロッド部の各ロッド電極までの距離、ωはRF電圧の角周波数である。
【請求項2】
Nは3以上20以下の範囲である、請求項1に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項3】
Nは4以上10以下の範囲である、請求項2に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項4】
Nは6である、請求項3に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項5】
n及びmはそれぞれ1又は2である、請求項1に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項6】
nとmは同一である、請求項5に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項7】
βx、βyはβx+βy=1の関係である、請求項1に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項8】
前記電圧設定ステップでは、βx=3/4、βy=1/4を実質的に満たすa値及びq値となるようにUp、Vpが決定される、請求項7に記載の四重極マスフィルターの駆動方法。
【請求項9】
中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前記中心軸に沿って前記メインロッド部よりもイオン流の上流側である位置に該中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターと、
前記メインロッド部に四重極電場を形成するべく、イオンのm/zに応じた直流電圧と該m/zに応じたRF電圧とを重畳した電圧を該メインロッド部の各ロッド電極に印加する主電圧印加部と、
前記第1プレロッド部に四重極電場を形成するべく、前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧±Vp・cosωtと前記メインロッド部に印加される直流電圧とは電圧値が異なる直流電圧±Upとを重畳した電圧を、該第1プレロッド部の各ロッド電極に印加する補助電圧印加部と、
を備え、前記補助電圧印加部に印加される直流電圧値Up及びRF電圧の振幅値Vpは、前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってUp、Vpと次の(3)、(4)式の関係を有し、且つβx、βyとは次の(1)式及び(2)式の関係であるa及びqの値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすように決められている四重極型質量分析装置。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
但し、eはイオンの電荷、mはイオンの質量、r0は中心軸から第1プレロッド部の各ロッド電極までの距離、ωはRF電圧の角周波数である。
【請求項10】
Nは3以上20以下の範囲である、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項11】
Nは4以上10以下の範囲である、請求項10に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項12】
Nは6である、請求項11に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項13】
n及びmはそれぞれ1又は2である、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項14】
nとmは同一である、請求項13に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項15】
βx、βyはβx+βy=1の関係である、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項16】
βx=3/4、βy=1/4を実質的に満たすa値及びq値となるように、前記補助電圧印加部における電圧が設定されてなる、請求項15に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項17】
前記四重極マスフィルターは、前記第1プレロッド部のさらに前段に4本のロッド電極を含む第2プレロッド部、を有し、
前記補助電圧印加部は、四重極電場形成用の直流電圧を重畳しない、前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を、前記第2プレロッド部の各ロッド電極に印加する、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項18】
前記第2プレロッド部の各ロッド電極に印加されるRF電圧は、βx=1/2、βy=1/2を満たすq値(但し、このq値を定義する式に含まれるr0は中心軸から第2プレロッド部の各ロッド電極までの距離である)となるように設定される、請求項17に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項19】
前記補助電圧印加部はさらに、前記第1プレロッド部と前記第2プレロッド部とに互いに相違する電圧値の直流バイアス電圧を印加する、請求項17に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項20】
前記第1プレロッド部の各ロッド電極に印加される直流バイアス電圧VB1と、前記第2プレロッド部の各ロッド電極に印加される直流バイアス電圧をVB2との関係は、前記第1プレロッド部のロッド電極の長さをL1、前記第2プレロッド部のロッド電極の長さをL2、前記第1プレロッド部をイオンが通過する時間に相当するRF電圧の周期数をN1、前記第2プレロッド部をイオンが通過する時間に相当するRF電圧の周期数をN2としたとき、VB2/VB1={(L2×N1)/(L1×N2)}2に設定される、請求項19に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項21】
直流バイアス電圧VB1、VB2の関係をVB2/VB1={(L2×N1)/(L1×N2)}2に固定した状態で各直流バイアス電圧VB1、VB2を変化させることでパラメーターの最適化調整を行うパラメーター調整部、をさらに備える請求項20に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項22】
前記四重極マスフィルターにおいて最も前に配置されたプレロッド部の前方に、中心軸周りのイオンの広がりを絞るイオン注入レンズを備える、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【請求項23】
検出器で得られるイオン強度信号に基いて、前記電圧印加部から前記プレロッド部の各ロッド電極に印加する、四重極電場形成用のRF電圧若しくは直流電圧、又は直流バイアス電圧の少なくとも一つを設定値の近傍で調整する制御部、をさらに備える、請求項9に記載の四重極型質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分離器として四重極マスフィルターを用いた四重極型質量分析装置、及び四重極マスフィルターの駆動方法に関する。本明細書において「四重極型質量分析装置」とは、シングルタイプの四重極型質量分析装置のみならず、コリジョンセルを挟んで前後に四重極マスフィルターを配置したトリプル四重極型質量分析装置、コリジョンセルの前段に四重極マスフィルターを、後段に飛行時間型質量分析器を配置した四重極-飛行時間型質量分析装置、などを含む。
【背景技術】
【0002】
シングルタイプの四重極型質量分析装置では、試料に含まれる成分(化合物)に由来するイオンを四重極マスフィルターで質量電荷比(厳密には、斜体字の「m/z」であるが、本明細書では「質量電荷比」又は「m/z」という)に応じて分離し、その分離されたイオンをイオン検出器で検出する。四重極マスフィルターにおいて所定のm/z範囲に亘る質量走査を繰り返すことで、m/zとイオン強度との関係を示すマススペトルを繰り返し取得することができる。
【0003】
四重極マスフィルターは一般に、外形円筒状である4本のロッド電極が、直線状の軸を中心とする所定の半径の内接円の外側に接するように互いに平行に、且つ周方向に等角度間隔(90°)離して配置された構成を有する。イオン光軸でもある中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極には、直流電圧Uに高周波電圧(RF電圧)Vcosωtを重畳した+(U+Vcosωt)なる電圧が印加され、他の2本のロッド電極には、極性が反転した直流電圧-Uに位相が反転したRF電圧-Vcosωtを重畳した-(U+Vcosωt)なる電圧が印加される。この直流電圧の電圧値UとRF電圧の振幅値Vとを、所定の関係を維持しつつそれぞれm/zに応じた値とすることによって、該m/zを有するイオンを選択的に通過させることができる。
【0004】
ロッド電極の端部付近では電場の乱れが生じ、その電場の乱れがイオンの透過率を低下させる一因となる。そこで、こうした縁端電場の乱れを軽減するために、イオン選択作用を有するロッド電極からなるメインロッド部の前方にプレロッド部を設けることがしばしばある。一般に、プレロッド部を構成するプレロッド電極はメインロッド電極と同じ径を有し、イオン光軸方向に短い外径円筒状のロッド電極である。プレロッド部には幅広いm/zを有するイオンを収束する作用が必要であるため、一般に、プレロッド電極には直流電圧Uは印加されず、メインロッド電極に印加されるRF電圧と周波数が同一で振幅が小さいRF電圧が印加される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第8207495号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Shin Fujita、「Elucidation of ion motion in quadrupole mass spectrometer by Bloch function」、International Journal of Modern Physics A、Vol. 34、No. 36、2019年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
四重極型質量分析装置において、イオン透過率をより一層向上させるために、特許文献1に記載の装置では、プレロッド電極に、メインロッド電極と同じ周波数のRF電圧に加えて直流バイアス電圧を印加し、その電圧値をイオンのm/zに応じて変化させることでプレロッド電極を通過するイオンの振動回数を制御することが行われている。この技術によれば、イオンのm/zに依らず、直流バイアス電圧を一定にした場合に比べてイオンの通過効率が改善され、検出感度が向上する。
【0008】
一方、本発明者の一人は、非特許文献1により、四重極マスフィルターを通過するイオンの挙動を、複素振幅等を利用して理論的に解析する試みについて報告している。ここでは、RF電圧のみが印加されたプレロッド部により形成される補助電場からメインロッド部により形成される主電場にイオンを受け渡す際に、補助電場に受け容れられたイオンのうちの一部のみが次の主電場に適切に受け渡せることが示されている。これは、言い換えれば、プレロッド部からメインロッド部へイオンを受け渡す際に多くのイオンの損失が生じることを意味している。従って、四重極マスフィルターにおけるイオン透過効率を改善するには、プレロッド部からメインロッド部へのイオンの受け渡しの効率を改善することが重要である。しかしながら、非特許文献1では、プレロッド部からメインロッド部へのイオンの受け渡しの効率を改善するための具体的な手法は提案されていない。
【0009】
上述した特許文献1に記載の方法もイオン透過効率を改善する一つの方法ではあるものの、本発明者の検討によれば、その改善の効果は必ずしも満足できるものではなく、より一層の改善が望まれる。
【0010】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、四重極型質量分析装置において、四重極マスフィルターにおける総合的なイオン透過効率をさらに改善することによって分析感度を向上させることを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る四重極マスフィルターの駆動方法の一態様は、中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前記中心軸の延伸方向で前記メインロッド部よりもイオン流の上流側である位置に配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターを動作させる四重極マスフィルターの駆動方法であって、
前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってβx、βyと以下の(1)式及び(2)式の関係となるa値及びq値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすような直流電圧Up及びRF電圧の振幅Vp(但し、Up、Vpとa、qとの関係は次の(3)式及び(4)式で定義される)を求める電圧算定ステップと、
分析実行時に、目的のイオンのm/zに応じた直流電圧と該m/zに応じたRF電圧とを重畳した電圧を前記メインロッド部の各ロッド電極に印加する一方、前記メインロッド部に印加されるRF電圧と同じ周波数であって振幅がVpであるRF電圧±Vp・cosωtと前記メインロッド部に印加される直流電圧とは電圧値が異なる直流電圧±Upとを重畳した電圧を、前記第1プレロッド部の各ロッド電極に印加する電圧印加ステップと、
を有する。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
但し、eはイオンの電荷、mはイオンの質量、r0は中心軸から第1プレロッド部の各ロッド電極までの距離、ωはRF電圧の角周波数である。
【0012】
また本発明に係る四重極型質量分析装置の一態様は、
中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前記中心軸に沿って前記メインロッド部よりもイオン流の上流側である位置に該中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターと、
前記メインロッド部に四重極電場を形成するべく、イオンのm/zに応じた直流電圧と該m/zに応じたRF電圧とを重畳した電圧を該メインロッド部の各ロッド電極に印加する主電圧印加部と、
前記第1プレロッド部に四重極電場を形成するべく、前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧と前記メインロッド部に印加される直流電圧とは電圧値が異なる直流電圧とを重畳した電圧を、該第1プレロッド部の各ロッド電極に印加する補助電圧印加部と、
を備え、前記補助電圧印加部に印加される直流電圧値Up及びRF電圧の振幅値Vpは、前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってUp、Vpと上記(3)、(4)式の関係を有し、且つβx、βyとは上記(1)式及び(2)式の関係であるa及びqの値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすように決められている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の上記態様によれば、プレロッド部を通過したイオンがメインロッド部へ入射する際のイオンの損失を従来よりも軽減することで、四重極マスフィルターにおける総合的なイオン透過効率を改善することができる。それにより、イオン検出器やコリジョンセルなどの、四重極マスフィルターの後段のデバイスに送るイオンの量を増加させ、分析感度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一実施形態である質量分析装置の概略全体構成図。
図2】本実施形態の質量分析装置における前段四重極マスフィルターの構成図。
図3図2に示した前段四重極マスフィルターの中心軸に直交する面での概略断面図。
図4】本実施形態の質量分析装置における前段四重極マスフィルターの一変形例の構成図。
図5】四重極マスフィルターの電場の適宜の位置におけるイオンの位置(x)及び速度(dx/dξ)のRF電圧周期依存性の一例を示すアクセプタンス図。
図6】マシュー線図上において良好なイオン透過率を与えるa、qの位置を示す図。
図7】イオン注入レンズを設けた場合の各部のイオンのエミッタンスを示す図。
図8】シミュレーションによるイオン透過率(A)及びピーク形状(B)についての評価結果を示す図。
図9】実験による感度比較の結果を示す図。
図10】実験によるピーク形状の比較結果を示す図。
図11】本実施形態の質量分析装置におけるメインロッド部入口におけるX軸方向、Y軸方向それぞれのイオンの位置及び速度のRF電圧周期依存性を示すアクセプタンス図。
図12】従来の質量分析装置におけるメインロッド部入口におけるX軸方向、Y軸方向それぞれのイオンの位置及び速度のRF電圧周期依存性を示すアクセプタンス図。
図13】a値を0にしてRF電圧の周期毎の複素回転角を制御した場合の、メインロッド部入口におけるX軸方向、Y軸方向それぞれのイオンの位置及び速度のRF電圧周期依存性を示すアクセプタンス図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る四重極型質量分析装置は、質量分離器として四重極マスフィルターを用いた質量分析装置全般に適用され得る。従って、本発明に係る四重極型質量分析装置は、シングルタイプの四重極型質量分析装置、トリプル四重極型質量分析装置、四重極-飛行時間型質量分析装置などを含む。
【0016】
[一実施形態の質量分析装置の概略構成及び動作]
本発明の一実施形態であるトリプル四重極型質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態の質量分析装置の概略全体構成図である。この質量分析装置は、大気圧イオン源を用いたトリプル四重極型質量分析装置であって、一般的には、液体クロマトグラフと組み合わせて液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)として使用される。説明の都合上、図1中に示すように、互いに直交するX、Y、Zの3軸を定める。
【0017】
この質量分析装置は、その内部にイオン化室60が設けられたイオン化部6を真空チャンバー1の前方(イオンの飛行経路の上流側)に備える。真空チャンバー1内は、第1中間真空室2、第2中間真空室3、第3中間真空室4、及び分析室5、の4室に区画されている。イオン化室60は略大気圧であり、第1中間真空室2以降の各室は、図示しないロータリーポンプとターボ分子ポンプとにより真空排気される。それによって、この質量分析装置は、イオン化室60から、第1中間真空室2、第2中間真空室3、第3中間真空室4、及び分析室5と順に段階的に真空度が高くなる多段差動排気系の構成である。
【0018】
イオン化室60内にはエレクトロスプレーイオン化(ESI)プローブ61が配置され、イオン化室60と第1中間真空室2とは高温に加熱される脱溶媒管62を通して連通している。第1中間真空室2内にはQアレイ(Q-Array)と呼ばれるイオンガイド20が配置され、第1中間真空室2と第2中間真空室3とはスキマー21の頂部に設けられた小孔を通して連通している。第2中間真空室3及び第3中間真空室4にはそれぞれ、Z軸方向に延伸するイオン光軸(イオンの飛行経路の中心軸)Cを取り囲むように配置された複数本のロッド電極から成る多重極型のイオンガイド30、40が配置されている。
【0019】
分析室5には、イオン光軸Cに沿って、前段四重極マスフィルター50、イオンを収束させつつ輸送するイオンガイド52を内部に備えたコリジョンセル51、後段四重極マスフィルター53、及び、入射したイオンの量に応じたイオン強度を検出信号として出力するイオン検出器54、が配置されている。
【0020】
ESIプローブ61、脱溶媒管62、イオンガイド20、30、40、52、四重極マスフィルター50、53などには、制御部8による制御の下で、電源部7からそれぞれ所定の電圧が印加される。
なお、図面が煩雑になるため、電圧を印加するための配線の一部の記載は省略している。イオン検出器54による検出信号は、図示しないアナログ-デジタル変換器でデジタルデータに変換され、図示しないデータ処理部に入力される。一般に、このデータ処理部及び制御部8は、汎用のパーソナルコンピューターをハードウエア資源とし、該コンピューターにインストールされたソフトウエア(コンピュータープログラム)を該コンピューターで実行することによって、その少なくとも一部の機能が達成されるものである。
【0021】
本実施形態の質量分析装置における、典型的な分析動作を概略的に説明する。
ESIプローブ61に試料液が導入されると、ESIプローブ61の先端から帯電した試料液滴がイオン化室60内に噴霧される。帯電液滴が周囲のガスに衝突して微細化されると共に該液滴中の溶媒が気化する過程で、試料液に含まれる成分分子はイオン化される。生成されたイオンは、溶媒が十分に気化していない帯電液滴とともに脱溶媒管62に吸い込まれ、第1中間真空室2へ送られる。脱溶媒管62中で液滴中の溶媒の気化は一層促進され、それによって試料成分由来のイオンの生成は促進される。
【0022】
第1中間真空室2に導入されたイオンは、イオンガイド20により形成される電場の作用でスキマー21の小孔付近に収束され、該小孔を通過して第2中間真空室3に入る。そのイオンはイオンガイド30、40により形成される電場の作用で収束されつつ順次輸送され分析室5に入る。
【0023】
分析室5において、試料成分由来のイオンは前段四重極マスフィルター50に入射し、前段四重極マスフィルター50を構成するロッド電極に印加されている電圧に応じたm/zを有するイオンのみが前段四重極マスフィルター50を通り抜ける。前段四重極マスフィルター50を通り抜けたイオン(プリカーサーイオン)は、コリジョンセル51に入射し、コリジョンセル51内に導入されているコリジョンガスに衝突して衝突誘起解離(CID)を生じる。このCIDによって生成された各種のプロダクトイオンは、イオンガイド52で収束されつつ輸送され、後段四重極マスフィルター53に入射する。入射したプロダクトイオンのうち、後段四重極マスフィルター53を構成するロッド電極に印加されている電圧に応じたm/zを有するイオンのみが該マスフィルター53を通り抜け、イオン検出器54に入射する。イオン検出器54は、入射したイオンの量に応じた大きさのイオン強度信号を出力する。
【0024】
上記質量分析装置では、前段四重極マスフィルター50及び後段四重極マスフィルター53においてそれぞれ所定のm/zを有するイオンを選択的に通過させることで、試料中の特定の成分分子に由来する特定のプロダクトイオンを検出することができる。
【0025】
図1に示すように、前段四重極マスフィルター50は、イオン光軸Cに沿って互いに分離された三つの部分から成る。即ち、該マスフィルター50は、中央のメインロッド部500と、その前方(イオンが入射してくる方向)に配置されたプレロッド部501と、その後方(イオンが出射してゆく方向)に配置されたポストロッド部502と、を含む。一方、後段四重極マスフィルター53は、メインロッド部530と、該メインロッド部530の前方に配置されたプレロッド部531と、を含む。各四重極マスフィルター50、53におけるメインロッド部500、530は、m/zに応じてイオンを選択する機能を有し、プレロッド部501、531、及びポストロッド部502は主として、メインロッド部500、503の縁端電場の乱れを軽減する機能を有する。
【0026】
[四重極マスフィルターの構成]
以下、前段四重極マスフィルター50を例示して説明するが、後段四重極マスフィルター53についても同様である。
四重極マスフィルター50の特徴的な構成及び動作を図2図3を参照して説明する。図2図3は、前段四重極マスフィルター50の概ね前半部の構成を示す図であり、図2はイオン光軸Cを含むX-Z平面での端面図、図3はイオン光軸Cに直交するX-Y平面での端面図である。
【0027】
メインロッド部500は外形が円筒形状である4本のロッド電極5001、5002、5003、5004を含み、その4本のロッド電極5001~5004は、イオン光軸Cを中心とする所定半径の内接円に接するように互いに平行に、且つイオン光軸Cの周りの周方向に等角度(90°)間隔で配置されている。4本のロッド電極5001~5004のうち、X軸方向にイオン光軸Cを挟んで対向する2本のロッド電極5001、5003には、制御部8の制御の下で電源部7から電圧+(Um+V・cosωt)が印加され、Y軸方向にイオン光軸Cを挟んで対向する2本のロッド電極5002、5004には電源部7から電圧-(Um+V・cosωt)が印加される。ここで、Umはイオン選択のための直流電圧であり、Vcosωtはイオン選択のためのRF電圧であり、Um、Vは一定の関係を有してm/zに応じて変化する。なお、各ロッド電極には直流バイアス電圧が共通に印加されるが、それについては後述する。また、単に「直流電圧」と記す場合は、イオン選択用の、つまり周方向に隣接するロッド電極間で極性が相違する直流電圧のことをいい、直流バイアス電圧とは区別するものとする。
【0028】
プレロッド部(第1プレロッド部)501もメインロッド部500と同様に、外形が円筒形状である4本のプレロッド電極5011、5012、5013、5014を含む。4本のプレロッド電極5011~5014の軸方向の長さが短いことを除き、その形状と配置はメインロッド部500のメインロッド電極5001~5004と同じである。プレロッド部501及びメインロッド部500のロッド電極の形状や配置は、従来の質量分析装置における四重極マスフィルターと同様である。
【0029】
プレロッド部501の各プレロッド電極5011~5014には、制御部8の制御の下で電源部7から、RF電圧±V・cosωtに所定定数(この例では0.8であるがこれは一例である)を乗じたRF電圧(±Vp・cosωt=±0.8V・cosωt)と、直流電圧±Umとは異なる電圧値である直流電圧±Upとを重畳した電圧±(Up+0.8V・cosωt)が印加される。即ち、従来一般的には、プレロッド部のプレロッド電極には、V・cosωtに対応するRF電圧は印加されるものの、Umに対応する直流電圧は印加されないのに対し、この実施形態の質量分析装置では、プレロッド電極5011~5014に、V・cosωtに対応するRF電圧Vp・cosωtに加えて、Umに対応する直流電圧Upも印加される。この直流電圧Upの電圧値(絶対値)を適切に設定することで、プレロッド部501から出たイオンがメインロッド部500に入る際のイオンの効率を改善し、つまりイオンの損失を軽減し、総合的なイオン透過率を向上させることができる。
【0030】
直流電圧Upのほか、直流電圧Um、RF電圧の振幅V(及びVp)などの値は、実質的に制御部8を構成するコンピューターにより算出されるものとすることができるが、コンピューター(つまりはプログラムを実行することで達成される機能)ではなく、演算用のデジタルシグナルプロセッサーなどによって算出されるものとしてもよい。或いは、質量分析装置を制御するために該装置に接続されたコンピューターではなく、質量分析装置とは接続されていない独立したコンピューターで算出された適切な値が制御部8のメモリーに保存され、制御部8はその値を適宜選択して電源部7を制御する構成としてもよい。直流電圧Upの電圧値の決め方及び具体例については後述する。
【0031】
[四重極マスフィルターの変形例の構成]
図2に示した構成では、プレロッド部501は1段であるが、図4に示すように、プレロッド部501をイオン光軸Cに沿う方向に分離した2段の構成とすることもできる。この構成では、メインロッド部500の直前に配置した第2プレロッド部501Bの各プレロッド電極5011B~5014Bには、電源部7から、RF電圧±V・cosωtに所定定数(この例では0.95であるがこれは一例である)を乗じたRF電圧と、直流電圧±Umとは異なる電圧値である直流電圧±Upとを重畳した電圧±(Up+0.95V・cosωt)が印加される。一方、第2プレロッド部501Aの直前に配置された第1プレロッド部501Aの各プレロッド電極5011A~5014Aには、直流電圧±Upは印加されず、電源部7から、RF電圧±V・cosωtに所定定数(この例では0.8)を乗じたRF電圧が印加される。
【0032】
また、メインロッド部500に含まれるロッド電極には所定の直流バイアス電圧VBmが、第2プレロッド部501Bに含まれるロッド電極には所定の直流バイアス電圧VB2が、第1プレロッド部501Aに含まれるロッド電極には所定の直流バイアス電圧VB1がそれぞれ印加される。後述するように、直流バイアス電圧VB1の電圧値と直流バイアス電圧VB2の電圧値とは所定の関係を保ちつつ、目的とするm/zを有するイオンに対するイオン強度ができるだけ高くなるように適宜に調整され得る。
【0033】
[プレロッド電極への印加電圧の設定]
一般に、四重極マスフィルターの電場中でイオンが安定して振動する条件は、図6に示したような、横軸をq値、縦軸をa値としたマシュー線図における安定領域で示される。図6では、太線で示される略三角形の範囲が安定領域であり、この安定領域に含まれる(a,q)がイオンが安定に存在し得る電圧条件に対応する。
なお、よく知られていることではあるが、四重極マスフィルターにおけるa値、q値の定義を次の(5)式に再掲する。
a=(8eU)/(mr0 2ω2),q=(4eV)/(mr0 2ω2) …(5)
ここで、mはイオンの質量、eはイオンの電荷、ωはRF電圧の角周波数、Uは直流電圧の電圧値、VはRF電圧の振幅値、である。この式から、a値は直流電圧の電圧値、q値はRF電圧の振幅値に対応していることが分かる。
【0034】
プレロッド電極にRF電圧のみを印加する従来の一般的な四重極型質量分析装置では、プレロッド部における電圧条件は安定領域内のa=0、つまり図6における略三角形の安定領域の底辺上に位置する。非特許文献1のFig.3によれば、a=0のとき、イオン透過率は非常に高い。つまり、従来の装置では、プレロッド部はイオンが効率良く通過する電圧条件で駆動されている。それにも拘わらず、プレロッド部により輸送されたイオンの一部しかメインロッド部に入射し得ない。
【0035】
非特許文献1では、イオンの振動の理論的な解析手法として、四重極マスフィルターの電場を通過する際のイオンの位相空間における運動を、ブロッホ(Bloch)関数における複素係数の展開で表現する試みが行われている。ここでは詳しく説明しないが、これによって、四重極マスフィルターにおけるイオンのアクセプタンス(又はエミッタンス)は、図5(及び後述する図11図12図13)に例示するような、横軸を位相空間におけるイオンの位置x、縦軸を同じく位相空間におけるイオンの速度dx/dξ(但し、ξは規格化時間。ξ=(ω/2)・t)にとった平面上に描かれる。ここでは、この図をアクセプタンス図という。但し、ここでいうアクセプタンスはエミッタンスと実質的に同義である。
【0036】
アクセプタンス図において、中心点(x=0、dx/dξ=0の点)を囲む一つの楕円で示される位相空間は、RF電圧の1周期内でのイオンの軌道に対応している。アクセプタンス(又はエミッタンス)は規格化時間ξの関数であり、この規格化時間ξが進むに従って楕円で示される位相空間は図5中に矢印で示すように右方向に回転する。また、この楕円で示される位相空間は、イオンがRF電圧の1周期期間だけ進む毎に右方向へ回転する。従って、RF電圧の1周期期間毎にイオンは位相空間内で異なる位置に存在することになる。このように、RF電圧の位相に依存するアクセプタンスの顕著な変化が、四重極マスフィルターへのイオンの効率的な注入を難しくしている一つの要因である。
【0037】
非特許文献1では、プレロッド部で形成される補助電場によるイオンのエミッタンス変換についてシミュレーションによる解析が行われ、イオンがRF電圧の特定の周期数だけ補助電場に存在したときに補助電場におけるイオンの位相空間エミッタンスが中心部に集中することが示されている。このイオンの位相空間エミッタンスの中心化は、アクセプタンス図における楕円の位相空間が特定の方向に向いたとき、具体的には、横軸を実数、縦軸を虚数としてイオンの周期複素振幅を示した基本複素振幅図上で、位相空間アクセプタンスに対応する複素振幅を示す楕円が垂直方向(虚数軸方向)に向いたときに起こることが示されている。
【0038】
イオンがプレロッド部からメインロッド部へ移行するときに、上述したようにイオンの位相空間エミッタンスが中心部に収集した状態であれば、イオンはより効率良くメインロッド部へ受け容れられ得る。そこで、本発明者は、プレロッド部により形成される補助電場における位相空間アクセプタンスに対応する複素振幅を示す楕円が、所定のRF電圧周期数において垂直方向(虚数軸方向)に向くように、RF電圧の周期毎の複素回転角を調整するべく補助電場の条件を定めることを検討した。
【0039】
本発明者の検討によれば、プレロッド電極に直流電圧を印加することなくRF電圧の振幅値Vpを調整することによって、つまりはマシュー方程式のパラメーターであるa値を0に保ったまま、RF電圧の周期毎の複素回転角を制御することは可能である。しかしながら、イオンの透過率を決める上で最も重要であるのは「エミッタンス変換の様子」である。プレロッド部の前に位置するデバイス(例えば、真空隔壁レンズや注入レンズ)のエミッタンスとプレロッド部のアクセプタンスを整合させるには、どういう(q,a)が最適であるかをエミッタンスによって確認する必要がある。複素回転角が同じでも(q,a)が異なるとエミッタンス変換の様子が異なるため、イオンの透過率に差が生じる。
【0040】
a値を0にしてRF電圧の周期毎の複素回転角を制御した場合、図13に(q,a)=(0,0.560)である一例を示すように、x軸方向におけるエミッタンスの変換が十分でない。そこで、プレロッド電極にRF電圧のみならず直流電圧を印加し、その直流電圧の電圧値を調整することによって、つまりはプレロッド部におけるq値及びa値(a≠0)を適切に定めることによって、RF電圧の周期毎の複素回転角を制御し、複素振幅を示す楕円が所定のRF電圧周期数において垂直方向(虚数軸方向)に向くようにした。a≠0とする(即ちU電圧を重畳する)ことにより、図11に(q,a)=(0.672,0.166)である一例を示すように、x軸方向とy軸方向の両方において効果的にエミッタンスを変換し、イオンの透過率を高めることができる。
【0041】
ここで注意を要するのは、実空間におけるX軸方向、Y軸方向で共にプレロッド部からメインロッド部へ移行する際にイオンが中心部に集中するように制御する必要があることである。このような制御は、特許文献1に記載のように、プレロッド電極に印加する直流バイアス電圧の電圧値によってプレロッド部を通過するイオンの振動回数を制御する方法では困難である。図12(A)、(B)は、特許文献1に記載の方法による、プレロッド部の出口端におけるX軸方向及びY軸方向のイオンのエミッタンスを示すアクセプタンス図である。ここでは、Y軸方向におけるエミッタンスが中心部に集中するように直流バイアス電圧が調整されている。図から分かるように、この場合、いずれの位相においても、Y軸方向ではイオンは中心部に集まるものの、X軸方向ではイオンは中心部に集まらない。そのため、プレロッド部から出たイオンの一部はメインロッド部に受け容れられず、イオンの透過率の低下の大きな要因となる。
【0042】
RF周期回転角θを調整することで、X軸方向、Y軸方向の両方で同時に、複素振幅の分布軸方向(楕円の方向)を虚数軸の方向に一致させるような条件は、次の(6)式で表すことができる。ここで、θxはX軸方向のRF周期回転角、θyはY軸方向のRF周期回転角である。これらRF周期回転角は、イオンの運動に立ち戻ればイオンの振動数に対応し、マシュー線図におけるβ値として知られている。即ち、θx、θyは、X軸方向、Y軸方向におけるイオンの振動の永年振動数βx、βyにπを乗じた値に相当する。
(π-θx)・N={(1/2)+m}π, θy・N={(1/2)+n}π …(6)
但し、m、n、Nはいずれも自然数である。このうちNは、イオンが補助電場に存在する時間をRF電圧の周期数で表したものである。
【0043】
上記(6)式は、次の(7)式に書き換えられる。
θx={1-[(1/2)+m]/N}π, θy=[(1/2)+n]・π/N …(7)
(7)式から求まる(θx,θy)は、最も簡単なm=n=1の場合を考えると、((4/5)π,(1/5)π)、((3/4)π,(1/4)π)、((2/3)π,(1/3)π)、((1/2)π,(1/2)π)、などである。
【0044】
図11(A)、(B))は、θx=(3/4)π,θy=(1/4)πである場合の、メインロッド部500入口におけるアクセプタンス図である。図12に示したアクセプタンス図と比較して、X軸方向、Y軸方向共に、イオンが中心部に集中していることが分かる。
【0045】
上記(2)式又は(3)式の条件を満たすようなq値及びa値に対応する電圧をプレロッド電極に印加することで、イオン透過効率の改善が期待できる。
【0046】
上記理論に基いて、m=n=1を含めて幅広く、シミュレーション及び実験により、実際にイオン透過効率が改善されてイオン強度が増加するか否かを確認した。
シミュレーションによって、プレロッド部の印加電圧が(q,a)=(0.5648,0)に設定されている従来装置に対して信号強度の増加が確認できたのが、図6に示すマシュー線図上で黒丸印、四角印、及び星印で示されている(q,a)の条件である。また、四角印、星印で示されている(q,a)の条件については、実機を用いた検証も行い、従来装置に対して信号強度が増加することを確認した。星印は(m,n,N)=(1,1,6)、四角印は(m,n,N)=(2,2,6)に相当する。
こうして、(6)式又は(7)式を満たすa値及びq値となるようにプレロッド電極へ印加する直流電圧の電圧値を調整することにより、イオン透過率が改善されることがシミュレーション、実験の両方で確認された。
なお、より詳細なシミュレーション及び実験の結果は後述する。
【0047】
原理的には、n、m、及びNの値に制約はないものの、実用的には様々な要素による制約がある。
例えば、NはRF電圧の周期数であり、理論的にはN=1も可能であるものの、イオンのエミッタンスはRF電圧の1周期毎に少しずつ修正(変換)されるため、周期数が少ないと実際上、複素振幅の分布軸方向のずれを十分に調整することが難しい。一方で、Nを大きくし過ぎると、プレロッド部へイオンが入射する際の角度のばらつきに対してイオンの挙動を十分に制御することが困難である。こうしたことから、Nの好ましい範囲は3~20、より好ましくは4~10、検討した中で最も好ましいのはN=6である。また、X軸方向とY軸方向とのバランスを良好にするためにn、mはできるだけ同じ又は近い値である方が好ましく、また、それらの値は小さい方がよい。従って、例えば(n,m)=(1,1)、(1,2)、(2,1)、(2,2)などとするとよい。
【0048】
[2段構成のプレロッド部における直流バイアス電圧の調整]
図2に示した例では、プレロッド部501は1段の構成であるが、プレロッド電極に直流電圧を印加した場合、直流電圧を印加していない場合と比較すると、前段からのイオンの入射の効率が低下するおそれがある。これを回避するために、図4に示すようにプレロッド部501を2段構成とすることができる。図4に示す例では、メインロッド部500の直前の第1プレロッド部501Aを構成するプレロッド電極5011A~5014AにRF電圧(この例では±0.95V・cosωt)と共に直流電圧(±Up)を印加し、さらにその前方の第2プレロッド部501Bを構成するプレロッド電極5011B~5014Bには直流電圧を印加せずにRF電圧(この例では±0.8V・cosωt)を印加している。
【0049】
また、この場合、各プレロッド部501B、501Aのロッド電極の長さ、RF電圧、直流電圧、及び直流バイアス電圧をそれぞれ適切な値にすることで、第2プレロッド部501Bの出口と第1プレロッド部501Aの入口との間、及び、第1プレロッド部501Aの出口とメインロッド部500の入口との間の両方について、効率的なイオン輸送の条件を同時に達成することができる。
【0050】
上述した(6)式は、X軸方向、Y軸方向の両方で同時に、複素振幅の分布軸方向を虚数軸の方向に一致させて、イオンの透過率やイオンの分離能を高めるという技術的思想に基いて理論的に導出したものである。しかしながら、実際の装置では、装置毎にロッド電極の長さや中心軸周りの互いの位置関係などのばらつき(機械的な誤差)があるため、たとえ質量分析装置の設計値に基く規定の電圧を各ロッド電極に印加したとしても、上述した(6)式の条件が完全に満たされるとは限らない。本願明細書において特定の条件を「実質的に満たす」とは、こうした場合に、上記理論式に基いて電圧値を初期値とし、機械的な誤差等を相殺して本来の効果を得るために、装置毎に、さらには同一装置でも適宜のタイミングで、例えばイオン強度が最大になる等の実性能に基くパラメーター調整を実施する場合が含まれることを意味する。
【0051】
2段構成のプレロッド部501を有する装置では、例えば各プレロッド部501B、501Aに印加するRF電圧と直流電圧を設計値に設定したうえで、直流バイアス電圧を調整することでパラメーター調整を行うことができる。しかしながら、第2プレロット部501Bと第1プレロッド部501Aとにそれぞれ印加する直流バイアス電圧を個別に調整して最適化を行おうとすると、調整に手間が掛かり、調整に要する時間が長くなる。これに対し、次に述べるような調整方法を採用することで、直流バイアス電圧の最適化に要する時間を短縮することができる。
【0052】
即ち、この調整方法では、第2プレロッド部501Bへ印加する直流バイアス電圧と第1プレロッド部501Aへ印加する直流バイアス電圧との電圧値の比を一定に保った状態で、両方の直流バイアス電圧を同時に走査しつつ、例えばイオン強度が最大となる電圧を探索する。具体的には、第2プレロッド部501Bへ印加する直流バイアス電圧をVB2、第1プレロッド部501Aへ印加する直流バイアス電圧をVB1としたとき、その電圧値の比VB2/VB1を、次の(8)式で決まる値に固定する。
VB2/VB1={(L2・N1)/(L1・N2)}2 …(8)
ここで、L2、L1は第2、第1プレロッド部501B、501Aのロッド電極の長さ、N2、N1は第2、第1プレロッド部501B、501Aにおけるイオンが滞在するRF電圧の周期数である。そのうえで、第2、第1プレロッド部501B、501A共に上記(6)式の条件を満たすようにすればよい。なお、第2プレロッド部501Bと第1プレロッド部501Aとでn、m、N(N1、N2)の値は同じである必要はない。
【0053】
上記(8)式は次のように求まる。いま、第2、第1プレロッド部501B、501Aでのイオンの速さをv2、v1、RF電圧の1周期に対応する時間をT、電荷素量をe、イオンの質量をmとしたとき、
L=(N・T)・v
v=√(2・e・VB/m)
である。従って、
VB2/VB1=(v2/v1)2={(L2/N2・T)/(L1/N1・T)}2={(L2・N1)/(L1・N2)}2
である。
【0054】
例えば、L1=L2、N1=6、N2=3、m1=n1=m2=n2=1とすると、VB2/VB1=4である。この場合には、θx1=0.75π、θy1=0.25π、θx2=θy2=0.5πである。従って、この場合には、制御部8は、VB2/VB1=4である条件の下で第2プレロッド部501Bの各ロッド電極へ印加する直流バイアス電圧VB2と、第1プレロッド部501Aの各ロッド電極へ印加する直流バイアス電圧VB1とを同時に走査して、例えばイオン強度やSN比が最良又はそれに近いような電圧の最適値を探索すればよい。
なお、直流バイアス電圧の最適値はm/z毎に異なるから、制御部8は、複数のm/zについてそれぞれ最適値を求めておき、実際の質量分析の際には、分析目的であるイオンのm/zに応じて直流バイアス電圧を変化させるものとすることができる。
【0055】
また、ここでは調整を簡易にするために、直流バイアス電圧を調整することで理論的に(6)式が満たされる条件からのずれを修正して実性能が最良になるようにしたが、当然、RF電圧の振幅値や直流電圧の電圧値を調整することで同様の調整を行うことができる。即ち、プレロッド部501に含まれる各ロッド電極に印加される、RF電圧、直流電圧、直流バイアス電圧のいずれか一つ又は複数を調整することで、(6)式が満たされる条件からのずれを修正して実性能が最良(そのときの(2)式が満たされる条件における最良値)になるようにすることができる。
【0056】
[注入レンズの採用]
図2に示した例のように、プレロッド部501に直流電圧を印加することで、その電場においてイオンのエミッタンスを変換する場合、プレロッド部501へのイオンの入射効率を改善するために、プレロッド部501の入口に、該プレロッド部501の入口におけるイオンのエミッタンスの形状に適合するようにイオン流の断面形状を整形し得る注入レンズを設けるようにすることができる。図7は、注入レンズ55を設けた場合の構成とその場合における各部のイオンのエミッタンスの一例を示す図である。注入レンズ55は例えば、イオン光軸Cに沿って配置された複数の環状の電極で構成することができる。
【0057】
[効果検証のためのシミュレーション及び実験]
次に、本発明の一態様による質量分析装置の効果を検証するために実施したシミュレーション及び実験について説明する。
【0058】
図8は、シミュレーションを利用して、本発明の一態様による質量分析装置と従来の四重極マスフィルターを用いた質量分析装置とのイオン透過率及びピーク形状について比較した結果を示すグラフである。シミュレーションには、米国サイエンティフィック・インスツルメント・サービシズ(Scientific Instrument Services)社製のイオン光学設計ソフトウェアであるSIMION(登録商標)を使用した。従来装置では、プレロッド部に直流電圧を印加しない。一方、本装置では、プレロッド部501を図4に示したような2段構成とし、第2プレロッド部501Bのロッド電極には±(0.8cosωt)のRF電圧を印加し、第1プレロッド部501Aのロッド電極には、±(0.95cosωt)のRF電圧と±0.7Uの直流電圧を印加している。
【0059】
図8(A)に示すように、イオン透過率は明確に本装置の方が優れている。イオン透過率が向上する理由は、上述したように、プレロッド部501におけるエミッタンスの適切な変換によるものであると推測される。図8(B)に示すように、ピーク形状はイオン透過率ほどではないものの、本装置の方が優れている。ピーク形状が改善する理由は、メインロッド部500の長さが有限であることと関係すると推測される。従来装置では、メインロッド部が無限長であるとの理論的な前提の下では透過しない条件であるイオンも、メインロッド部の長さが有限であるが故に透過してしまい、マススペクトル上のピークがブロードになっている。これに対し本装置では、プレロッド部501のエミッタンスとメインロッド部500のアクセプタンスとの整合性が良好になり、マスフィルターとしての性能が向上した結果、従来装置で生じる現象が緩和されたものと想定される。
【0060】
図9は、本装置と従来装置とについて、試料導入にフローインジェクション分析法を用い、レセルピンを対象として分析を行った実験結果の比較を示すグラフである。図9の縦軸は従来装置の信号強度の最大値を1として規格化した信号強度比、横軸は時間である。図9によれば、信号強度は本装置の方が従来装置に比べて明確に優れている。これにより、イオン透過率の向上によって検出感度が改善されることが、実験結果からも確認できた。
【0061】
図10は、本装置と従来装置とについて、試料導入にインフュージョン分析法を用い、ポリエチレングリコール(PEG)を対象として分析を行ったピーク形状の比較を示すグラフである。図10の縦軸は、それぞれの場合の最大信号強度で規格化した相対信号強度である。従来装置に比べて本装置の方がピーク形状がシャープになることが実験結果からも確認できた。
【0062】
なお、上記実施形態及び変形例はいずれも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0063】
例えば、上記実施形態及び変形例はいずれも、プレロッド部を備える四重極マスフィルターを用いたトリプル四重極型質量分析装置であるが、シングルタイプの四重極型質量分析装置や四重極-飛行時間型質量分析装置にも本発明を適用可能であることは明らかである。また、四重極マスフィルター以外の構成要素、例えばイオン源等の構成要素については、上記記載のものに限らず適宜変更可能であることは当然である。
【0064】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0065】
(第1項)本発明に係る四重極マスフィルターの駆動方法の一態様は、中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前記中心軸の延伸方向で前記メインロッド部よりもイオン流の上流側である位置に配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターを動作させる四重極マスフィルターの駆動方法であって、
前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってβx、βyと上記(1)式及び(2)式の関係となるa値及びq値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすような直流電圧Up及びRF電圧の振幅Vp(但し、Up、Vpとa、qとの関係は上記(3)式及び(4)式で定義される)を求める電圧算定ステップと、
分析実行時に、目的のイオンのm/zに応じた直流電圧と該m/zに応じたRF電圧とを重畳した電圧を前記メインロッド部の各ロッド電極に印加する一方、前記メインロッド部に印加されるRF電圧と同じ周波数であって振幅がVpであるRF電圧±Vp・cosωtと前記メインロッド部に印加される直流電圧とは電圧値が異なる直流電圧±Upとを重畳した電圧を、前記第1プレロッド部の各ロッド電極に印加する電圧印加ステップと、
を有する。
【0066】
(第9項)本発明に係る四重極型質量分析装置の一態様は、
中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前中心軸に沿って前記メインロッド部よりもイオン流の上流側である位置に該中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターと、
前記メインロッド部に四重極電場を形成するべく、イオンのm/zに応じた直流電圧と該m/zに応じたRF電圧とを重畳した電圧を該メインロッド部の各ロッド電極に印加する主電圧印加部と、
前記第1プレロッド部に四重極電場を形成するべく、前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧±Vp・cosωtと前記メインロッド部に印加される直流電圧とは電圧値が異なる直流電圧±Upとを重畳した電圧を、該第1プレロッド部の各ロッド電極に印加する補助電圧印加部と、
を備え、前記補助電圧印加部に印加される直流電圧値Up及びRF電圧の振幅値Vpは、前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってUp、Vpと上記(3)、(4)式の関係を有し、且つβx、βyとは上記(1)式及び(2)式の関係であるa及びqの値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすように決められている。
【0067】
第1項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第9項に記載の四重極型質量分析装置では、プレロッド部をイオンが通過する際にそのプレロッド部において形成される電場の作用でイオンのエミッタンスの断面形状がX軸方向、Y軸方向共に適切に変換され、位相空間の中心部に集中した状態でメインロッド部へ受け渡される。そのため、プレロッド部を通過したイオンがメインロッド部へ入射する際のイオンの損失が従来よりも軽減され、四重極マスフィルターにおける総合的なイオン透過効率を改善することができる。従って、第1項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第9項に記載の四重極型質量分析装置によれば、イオン検出器やコリジョンセルなどの、四重極マスフィルターの後段のデバイスに送るイオンの量を増加させ、分析感度を向上させることができる。
【0068】
(第2項、第10項)第1項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第9項に記載の四重極型質量分析装置において、Nは3以上20以下の範囲であるものとすることができる。
【0069】
(第3項、第11項)第2項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第10項に記載の四重極型質量分析装置において、Nは4以上10以下の範囲であるものとすることができる。
【0070】
(第4項、第12項)第3項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第11項に記載の四重極型質量分析装置において、Nは6であるものとすることができる。
【0071】
Nはプレロッド部にイオンが存在する時間をRF電圧の周期数で表したものであり、理論的にはその値に制約はない。但し、Nが小さすぎるとイオンのエミッタンスを中心部に集中させるのに十分なエミッタンス変換が困難であり、逆にNが大きすぎるとプレロッド部へイオンが入射する際の角度のばらつきに対してイオンの挙動を十分に制御することが困難である。従って、実用的にNが採り得る値の範囲には制約があり、Nは3~20の範囲とするとよく、より好ましくは4~10の範囲とするとよく、最も好ましくは6とするとよい。
【0072】
(第5項、第13項)第1項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第9項に記載の四重極型質量分析装置において、n及びmはそれぞれ1又は2であるものとすることができる。
【0073】
(第6項、第14項)第5項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第13項に記載の四重極型質量分析装置において、nとmは同一であるものとすることができる。
【0074】
即ち、n、mの組合せは、n=m=1、n=1でm=2、n=2でm=1、n=m=2、のいずれかである。
また、n、mの値も理論的には制約はないが、実用的にはn、mは小さい値の方がよく、できれば同じ値の方がよい。
【0075】
(第7項、第15項)第1項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法及び第9項に記載の四重極型質量分析装置において、βx、βyはβx+βy=1の関係であるものとすることができる。
【0076】
(第8項)第7項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法において、前記電圧設定ステップでは、βx=3/4、βy=1/4を実質的に満たすa値及びq値となるようにUp、Vpが決定されるものとすることができる。
【0077】
(第16項)同様に第15項に記載の四重極型質量分析装置は、βx=3/4、βy=1/4を実質的に満たすa値及びq値となるように、前記補助電圧印加部における電圧が設定されてなるものとすることができる。
【0078】
第7項及び第8項に記載の四重極マスフィルターの駆動方法、並びに第15項及び第16項に記載の四重極型質量分析装置によれば、従来装置に比べてイオン透過効率を大きく改善し、検出感度を十分に高めることができる。
【0079】
(第17項)第9項に記載の四重極型質量分析装置において、
前記四重極マスフィルターは、前記第1プレロッド部のさらに前段に4本のロッド電極を含む第2プレロッド部、を有し、
前記補助電圧印加部は、四重極電場形成用の直流電圧を重畳しない、前記RF電圧と同じ周波数であるRF電圧を、前記第2プレロッド部の各ロッド電極に印加するものとすることができる。
【0080】
(第18項)第17項に記載の四重極型質量分析装置において、前記第2プレロッド部の各ロッド電極に印加されるRF電圧は、βx=1/2、βy=1/2を満たすq値(但し、このq値を定義する式に含まれるr0は中心軸から第2プレロッド部の各ロッド電極までの距離である)となるように設定されるものとすることができる。
【0081】
第17項及び第18項に記載の四重極型質量分析装置によれば、前段から送られて来るイオンのプレロッド部への入射効率を従来装置と同程度に維持したままメインロッド部へと効率良くイオンを送り込むことができるため、より一層、イオンの透過効率を向上させることができる。
【0082】
(第19項)第17項に記載の四重極型質量分析装置において、前記補助電圧印加部はさらに、前記第1プレロッド部と前記第2プレロッド部とに互いに相違する電圧値の直流バイアス電圧を印加するものとすることができる。
【0083】
(第20項)第19項に記載の四重極型質量分析装置において、前記第1プレロッド部の各ロッド電極に印加される直流バイアス電圧VB1と、前記第2プレロッド部の各ロッド電極に印加される直流バイアス電圧をVB2との関係は、前記第1プレロッド部のロッド電極の長さをL1、前記第2プレロッド部のロッド電極の長さをL2、前記第1プレロッド部をイオンが通過する時間に相当するRF電圧の周期数をN1、前記第2プレロッド部をイオンが通過する時間に相当するRF電圧の周期数をN2としたとき、VB2/VB1={(L2×N1)/(L1×N2)}2に設定されるものとすることができる。
【0084】
(第21項)第20項に記載の四重極型質量分析装置は、直流バイアス電圧VB1、VB2の関係をVB2/VB1={(L2×N1)/(L1×N2)}2に固定した状態で各直流バイアス電圧VB2、VB1を変化させることでパラメーターの最適化調整を行うパラメーター調整部、をさらに備えるものとすることができる。
【0085】
第19項乃至第21項に記載の四重極型質量分析装置によれば、複数段のプレロッド部において個別にパラメーターの最適化調整を行う場合に比べて、最適化調整を簡便にすることができる、最適化調整に要する時間を短縮することができる。
【0086】
(第22項)第9項に記載の四重極型質量分析装置は、さらに、前記四重極マスフィルターにおいて最も前に配置されたプレロッド部の前方に、中心軸周りのイオンの広がりを絞るイオン注入レンズ、を備えるものとすることができる。
【0087】
第22項に記載の四重極型質量分析装置によれば、プレロッド部へのイオンの入射効率を改善し、より一層イオンの透過効率を高めることができる。
【0088】
(第23項)第9項に記載の四重極型質量分析装置では、検出器で得られるイオン強度信号に基いて、前記電圧印加部から前記プレロッド部の各ロッド電極に印加する、四重極電場形成用のRF電圧若しくは直流電圧、又は直流バイアス電圧の少なくとも一つを設定値の近傍で調整する制御部、をさらに備えるものとすることができる。
【0089】
第23項に記載の四重極型質量分析装置によれば、電圧値等のパラメーターを決定した時点から例えばロッド電極の長さ等のばらつきや装置状態の変化等があった場合でも、より理想的な状態に近くなるようにパラメーターを適切に調整し、検出感度を確実に高めることができる。
【0090】
さらにまた、本発明に関連する四重極型質量分析装置の調整方法の一態様は、中心軸を取り囲むように配置された4本のロッド電極を含むメインロッド部と、前記中心軸に沿って前記メインロッド部の前方に配置された4本のロッド電極を含む第1プレロッド部と、から成る四重極マスフィルターと、前記メインロッド部の各ロッド電極及び前記プレロッド部の各ロッド電極にそれぞれ電圧を印加する電圧印加部と、を備える四重極型質量分析装置の調整方法であって、
イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであるa値、q値が、マシュー線図の安定領域の条件を満たし且つa≠0である範囲で、イオンの検出結果に基いて、前記電圧印加部から前記プレロッド部の各ロッド電極に印加する、四重極電場形成用のRF電圧若しくは直流電圧、又は直流バイアス電圧の少なくとも一つを調整するものである。
【0091】
この四重極型質量分析装置の調整方法によれば、プレロッド部を通過したイオンがメインロッド部へ入射する際のイオンの損失を従来よりも軽減し、四重極マスフィルターにおける総合的なイオン透過効率を改善することができる。従って、これによれば、イオン検出器やコリジョンセルなどの、四重極マスフィルターの後段のデバイスに送るイオンの量を増加させ、分析感度を向上させることができる。
【0092】
また上記四重極型質量分析装置の調整方法において、前記プレロッド部の各ロッド電極に印加される電圧のうちの四重極電場形成用のRF電圧及び直流電圧は設計値であり、該設計値の下でのイオンの検出結果に基いて直流バイアス電圧を調整するものとすることができる。
【0093】
さらにまた、上記四重極型質量分析装置の調整方法において、前記プレロッド部の各ロッド電極に印加される直流電圧値Up及びRF電圧の振幅値Vpは、前記中心軸に直交する面内で該中心軸を挟んで対向する一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をX軸方向、他の一対のロッド電極の中心を結ぶ方向をY軸方向とし、そのX、Yの各方向におけるイオンの永年振動に関連するβ値(0<β<1)をβx、βyとしたとき、イオンの運動を表すマシュー方程式のパラメーターであってUp、Vpと上記(3)、(4)式の関係を有し、且つβx、βyとは上記(1)式及び(2)式の関係であるa及びqの値が、a≠0であって、(π-βx・π)N={(1/2)+m}π、且つ、βy・π・N={(1/2)+n}π、(但し、m、n、Nはそれぞれ自然数)である条件を実質的に満たすように決められているものとすることができる。
【0094】
これらの四重極型質量分析装置の調整方法によれば、例えばロッド電極の長さ等のばらつきや装置状態の変化等があった場合でも、設計時に想定したのと近い状態にパラメーターを適切に調整し、検出感度を確実に高めることができる。
【符号の説明】
【0095】
1…真空チャンバー
2…第1中間真空室
20…イオンガイド
21…スキマー
3…第2中間真空室
30…イオンガイド
4…第3中間真空室
40…イオンガイド
5…分析室
50…前段四重極マスフィルター
500…メインロッド部
5001、5002、5003、5004…ロッド電極
501…プレロッド部
5011、5012、5013、5014…プレロッド電極
502…ポストロッド部
51…コリジョンセル
52…イオンガイド
53…後段四重極マスフィルター
530…メインロッド部
531…プレロッド部
54…イオン検出器
6…イオン化部
60…イオン化室
61…ESIプローブ
62…脱溶媒管
7…電源部
8…制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13