(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024013944
(43)【公開日】2024-02-01
(54)【発明の名称】分析方法および分析システム
(51)【国際特許分類】
G01N 23/085 20180101AFI20240125BHJP
【FI】
G01N23/085
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022116415
(22)【出願日】2022-07-21
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【弁理士】
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】高橋 美郷
(72)【発明者】
【氏名】後藤 和宏
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA13
2G001CA01
2G001FA08
2G001FA18
2G001MA02
2G001NA13
(57)【要約】
【課題】元素の価数変化の進行を分析することができる方法を提供する。
【解決手段】同一の元素であって異なる価数の前記元素を含む試料を準備する工程と、前記試料に所定のエネルギー範囲のX線を照射する工程と、前記X線が前記試料を透過した透過X線の強度、または前記X線により前記試料から生じる蛍光X線の強度を検出することで前記試料のX線吸収スペクトルを測定する工程と、前記X線吸収スペクトルから前記元素の前記価数の価数比率を求める工程と、を含む分析方法とした。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一の元素であって異なる価数の前記元素を含む試料を準備する工程と、
前記試料に所定のエネルギー範囲のX線を照射する工程と、
前記X線が前記試料を透過した透過X線の強度、または前記X線により前記試料から生じる蛍光X線の強度を検出することで前記試料のX線吸収スペクトルを測定する工程と、
前記X線吸収スペクトルから前記元素の前記価数の価数比率を求める工程と、を含む
分析方法。
【請求項2】
前記X線吸収スペクトルを測定する工程は、バックグラウンド処理と規格化処理により前記所定のエネルギー範囲に含まれるエネルギーに対する規格化された吸収値を求める工程を含み、
前記価数比率を求める工程は、前記価数が異なる前記元素のそれぞれについて予め取得された基準スペクトルに基づくフィッティングにより行われる、
請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
前記元素は金属元素であり、前記試料は前記金属元素のめっき液を含む、
請求項1または請求項2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記元素は銅であり、
前記X線の前記所定のエネルギー範囲は8900eV以上9110eV以下である、
請求項1または請求項2に記載の分析方法。
【請求項5】
前記元素は銅であり、
前記X線の前記所定のエネルギー範囲は8900eV以上9110eV以下であり、
前記X線吸収スペクトルにおける8980.5eV、8981.leVおよび8984.8eVの吸収値についてのフィッティングによって、金属銅、1価の銅イオン、および2価の銅イオンの比率を求める、
請求項1または請求項2に記載の分析方法。
【請求項6】
1種以上の銅イオンを含むめっき液とめっき対象物とを試料として収容する容器と、
前記めっき液と前記めっき対象物とを透過するようにX線を照射するX線源と、
前記めっき対象物を透過した前記X線を受光し、受光した前記X線の強度からX線吸収スペクトルを求める検出器と、
前記X線吸収スペクトルから前記試料に含まれる銅の価数比率を求める演算器と、
を備え、
前記X線は、エネルギーが8900eV以上9110eV以下の範囲を連続的または離散的に変化するX線であり、
前記演算器は、予め取得された前記銅イオンおよび金属銅についての基準スペクトルに基づくフィッティングにより、前記めっき液に含まれる前記銅イオンおよび前記めっき対象物に付着した前記金属銅の存在比率を演算する、
分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析方法および分析システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1には、種々のめっき液の分析方法が解説されている。キレート液等の試薬により金属イオンとキレート液の反応を生じさせる方法や、吸光分析法による方法などが紹介されている。
【0003】
特許文献1は、XAFS(X-ray Absorption Fine Structure:X線吸収微細構造)法を用いて、チタンめっき用電解質の良否を判断する手法が開示されている。特許文献1の方法は、4968eV以上4969eV以下の範囲におけるX線吸収の平均強度Ia及び4983eV以上4984eV以下の範囲におけるX線吸収の平均強度Ibの比Ia/Ibを、基準強度比と比較するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「めっき液の代表的な組成とその分析・管理」、表面技術、2012年、vol.63、No.8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
例えばめっき液中の銅イオンは+1と+2の2通りの価数を取ることが知られている。めっき液に含まれている価数が異なる銅の比率を直接調べることは難しい。識別方法の一つに、1価の銅と化合して変色する試薬を滴下して調べる方法がある。しかし、その試薬を使うことによって価数が変化している可能性もある。製品へのめっき製造プロセスにおいては、めっき液に含まれる金属イオンの価数が品質に影響すると考えられている。しかし製造プロセスにおける価数の変化を調べる方法が限られているため、プロセス条件の最適化が難しいという問題がある。現状は、めっき液のサンプリングにより定期的な分析管理が行われている。種々のめっき液において、めっきの進行状態に伴うめっき液中の元素の価数変化を分析する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の分析方法は、同一の元素であって異なる価数の前記元素を含む試料を準備する工程と、前記試料に所定のエネルギー範囲のX線を照射する工程と、前記X線が前記試料を透過した透過X線の強度、または前記X線により前記試料から生じる蛍光X線の強度を検出することで前記試料のX線吸収スペクトルを測定する工程と、前記X線吸収スペクトルから前記元素の前記価数の価数比率を求める工程と、を含む。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、元素の価数変化の進行を分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施形態における分析方法に用いる分析システムの構成を説明する図である。
【
図2】
図2は、各価数の銅における基準スペクトルを示す図である。
【
図3】
図3は、
図2の基準スペクトルの8971eVから8990eVの範囲を拡大した図である。
【
図4】
図4は、
図2の基準スペクトルの8989eVから9006eVの範囲を拡大した図である。
【
図5】
図5は、スペクトルのフィッティングについて説明する図である。
【
図6】
図6は、分析結果である価数比率の時間変化を示すグラフである。
【
図7】
図7は、分析結果である
図6の価数比率から2価の銅イオン濃度を求めたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
【0011】
(1)本開示の実施形態に係る分析方法は、同一の元素であって異なる価数の前記元素を含む試料を準備する工程と、前記試料に所定のエネルギー範囲のX線を照射する工程と、前記X線が前記試料を透過した透過X線の強度、または前記X線により前記試料から生じる蛍光X線の強度を検出することで前記試料のX線吸収スペクトルを測定する工程と、前記X線吸収スペクトルから前記元素の前記価数の価数比率を求める工程と、を含む。
【0012】
本分析方法によれば、試料に含まれる元素の価数変化の進行を分析することができる。ここで、試料が含む異なる価数の元素は、それぞれが固体または液体である。試料中での価数が定常状態の場合は試料に含まれる価数比率が求められる。試料中で反応が進むことで価数が変化する場合は、時間を追って上記分析を行うことで、価数変化の進行を把握することができる。
【0013】
(2)上記(1)の分析方法において、前記X線吸収スペクトルを測定する工程は、バックグラウンド処理と規格化処理により前記所定のエネルギー範囲に含まれるエネルギーに対する規格化された吸収値を求める工程を含み、前記価数比率を求める工程は、前記価数が異なる前記元素のそれぞれについて予め取得された基準スペクトルに基づくフィッティングにより行われてもよい。
【0014】
本分析方法によれば、試料に含まれる元素の価数変化の進行を分析することができる。ここでフィッティングとは、予め取得された個別の価数についての基準スペクトルをどのように組み合わせると測定されたスペクトルに一致するかを演算により求めることを言う。
【0015】
(3)上記(1)または(2)の分析方法において、前記元素は金属元素であり、前記試料は前記金属元素のめっき液を含んでもよい。
【0016】
本分析方法によれば、めっきの進行状態に伴うめっき液中の元素の価数変化を分析することができる。めっき液に含まれる特定の価数の金属イオンと共に、めっきされた結果としての固体である金属すなわち0価の金属をも同時に測定することが可能である。試料中でのめっきの進行を、時間を追って分析することにより、めっきの進行に伴う価数変化を知ることができる。
【0017】
(4)上記(1)から(3)の分析方法において、前記元素は銅であり、前記X線の前記所定のエネルギー範囲は8900eV以上9110eV以下であってもよい。
【0018】
上記のエネルギー範囲のX線は、分析対象とする元素が銅の場合に価数が異なる銅の比率を求める場合に適している。上記エネルギー範囲は銅のX線吸収端として知られている。分析対象とする元素にあわせて特徴的なスペクトルを呈するエネルギー範囲が分析対象とされればよい。
【0019】
(5)上記(1)から(3)の分析方法において、前記元素は銅であり、前記X線の前記所定のエネルギー範囲は8900eV以上9110eV以下であり、前記X線吸収スペクトルにおける8980.5eV、8981.leVおよび8984.8eVの吸収値についてのフィッティングによって、金属銅、1価の銅イオン、および2価の銅イオンの比率を求めてもよい。
【0020】
上記のエネルギー値は、各価数の銅のX線吸収において特徴的なエネルギーとして定めた値である。当該エネルギーのX線を分析することにより、金属銅すなわち0価の固体銅、1価の銅イオン、および2価の銅イオンの変化を捉えることができ、その比率を求めることが可能となる。フィッティングは一例として線形計算であってもよい。
【0021】
(6)本開示の実施形態に係る分析システムは、1種以上の銅イオンを含むめっき液とめっき対象物とを試料として収容する容器と、前記めっき液と前記めっき対象物とを透過するようにX線を照射するX線源と、前記めっき対象物を透過した前記X線を受光し、受光した前記X線の強度からX線吸収スペクトルを求める検出器と、前記X線吸収スペクトルから前記試料に含まれる銅の価数比率を求める演算器と、を備え、前記X線は、エネルギーが8900eV以上9110eV以下の範囲を連続的または離散的に変化するX線であり、前記演算器は、予め取得された前記銅イオンおよび金属銅についての基準スペクトルに基づくフィッティングにより、前記めっき液に含まれる前記銅イオンおよび前記めっき対象物に付着した前記金属銅の存在比率を演算する。
【0022】
この分析システムを用いることにより、試料に含まれる元素の価数の含有比率である価数比率を分析することができる。また、価数比率を、時間を追って測定することにより、めっきの進行に伴うめっき液およびめっき対象物の状態変化を把握することが可能である。特に上記エネルギー範囲のX線を用いることで、銅めっき液中の銅イオンおよびめっきされた結果としての金属銅の存在比率を求めることができる。本分析システムはめっきの進行状態を分析することに適しており、特に銅めっきの進行状態を分析することができる。
【0023】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の実施形態(以下、「本実施形態」と記す。)に係る分析方法および分析システムについて説明する。本実施形態においては代表的なめっき液として銅めっき液を例として分析方法を説明する。本実施形態において銅めっき液とは、銅めっきを行う際にめっき浴として用いる液体を意味する。本開示は以下の説明に限定されるものではなく、他のめっき液についても元素の置き換え、および当該元素によるX線吸収の生じるX線エネルギーへの置き換えによって実現することができる。
【0024】
<分析システムの構成>
本実施形態で用いられる分析システムはXAFS法を用いて試料を透過したX線、あるいは試料から生じる蛍光X線の強度を測定するシステムである。透過法のXAFS法では、X線を試料に入射させて、試料を透過した後のX線の強度を測定する。蛍光法のXAFS法では、試料表面から放出される蛍光X線の強度を測定する。
【0025】
図1は本実施形態における分析方法に用いる分析システム1の構成を説明する図である。
図1は透過法のXAFS法による分析システム1を表している。X線源10は連続したエネルギー範囲のX線11を放出することができる線源である。このようなX線11を利用できる放射光施設としては、例えば、大型放射光施設SPring-8(ビームラインBL01B1、BL14B2、BL16B2)、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター(ビームラインBL11、BL16)が挙げられる。X線11は容器20に保持された試料30を透過する。本例では試料30はめっき液31とめっき対象物32である。X線11は試料30であるめっき液31とめっき対象物32を透過する。
【0026】
検出器40は試料30を透過したX線11を受光し、X線強度を測定する。検出器40は一定のエネルギー間隔毎にエネルギーを積算することで、所定のエネルギー範囲のX線強度をX線強度分布として求めることができる。エネルギー間隔は例えば0.5eVや1eVである。積算時間は例えば0.1秒以上10秒以下である。検出器40は、予め試料30が無い状態でのX線強度分布を測定して記憶装置に記憶している。試料30を透過して得られたX線強度分布と、予め記憶されていた試料30が無い状態でのX線強度分布から、検出器40は試料30のX線吸収スペクトルを求めることができる。
【0027】
演算器50は検出器40で得られた所定のエネルギー範囲のX線吸収スペクトルを受け取り、目的とする元素の価数比率あるいはその変化を演算する。演算器50は代表的には汎用のコンピュータおよび既知のソフトウエアにより構成されるが、専用の装置として構成されていてもよい。
図1に示す分析システム1において、演算器50は試料30に含まれる固体あるいは液体の元素の価数を、時間を追って測定する。この測定によって、試料中で進行する反応にともなう元素の価数変化を定量的に求めることができる。
【0028】
容器20は、X線11を透過する素材で構成された透過窓を有する。または容器20全体がX線11を透過する素材で構成されていてもよい。このような素材はX線の透過率が高く、かつ分析対象とする元素のX線吸収スペクトルと重複するX線吸収スペクトルを呈しない材料であればよい。容器20の形状は例えば直方体状の自立型の分析セルでもよく、袋状のフィルムであってもよい。X線11を透過する素材としてポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン等を用いることができる。
【0029】
<測定例>
以下、測定例を示しつつ、本実施形態の分析方法を詳しく説明する。
【0030】
(試料と容器)
めっき液31は、酒石酸を13g/L、硫酸銅を7.0g/L、水酸化カリウムを5.0g/L、ホルムアルデヒド10%のホルマリンを100mL/Lの分量で混合し、水酸化ナトリウム水溶液を用いて、pH12.5に調整した液である。当該めっき液31をポリスチレン製の容器20に入れた。容器20内にはめっき液31と共にめっき対象物32となるパラジウム箔を配置した。めっき対象物32の厚さは8μmである。容器20は、X線11の透過方向に平行に向かい合うポリスチレン板材を有し、容器20の上部は大気中に開放されている。当該ポリスチレン板材は厚さ1mm、間隔は内寸4mmである。めっき液31中の2価の銅イオン(Cu2+)がめっき対象物32の表面において金属銅、すなわち固体の0価の銅(Cu)として析出することで無電解めっきが進行する。めっき液31中には1価の銅がCu2Oとして含まれる。
【0031】
(X線吸収スペクトルの取得)
広範囲のエネルギーでX線11を照射できる設備として本測定例では佐賀県立九州シンクロトロン光研究センターBL16を用いた。また、SPring-8のBL16B2においても同様のデータ取得が可能であることを確認している。X線源10からのX線11は、8900eV以上9110eV以下の範囲にX線エネルギーを走査しながら試料30に照射される。
【0032】
試料30を透過したX線11の強度は検出器40により測定される。検出器40により8965eV以上9045eV以下までの区間を、所定のエネルギー間隔毎に一定時間の積算によりデータを取得した。所定のエネルギー間隔は、8965eV以上8970eV以下では1eV刻み、8970eV以上9045eV以下では0.5eV刻みとした。各エネルギーにおける積算時間は1秒間とした。エネルギー間隔および積算時間はこれに限定されるものではなく、測定対象に応じて選択することができる。検出器41が試料30の前に配置される。検出器41はX線11の強度を測定すると共にX線11を透過させる。検出器41により検出されたX線11の強度と、検出器40により検出されたX線11の強度との差分から、試料30によるX線11の吸収値を求めた。なお、蛍光法の場合は試料30に照射する前のX線11の強度と、試料30の表面から放出される蛍光X線の強度とを測定する。このようなエネルギー毎のX線強度から、横軸にエネルギーの値、縦軸に測定強度値から求められるX線吸収値を表したX線吸収スペクトルを取得することができる。
【0033】
得られた吸収スペクトルを、演算器50によって分析した。演算器50には、汎用のコンピュータおよび解析ソフト(Athena(Demeterパッケージ))を用いた。まず、得られたX線吸収スペクトルについて8870eV以上8950eV以下の範囲(pre-edge領域と呼ぶ)におけるX線吸収が0となるようにバックグラウンドを差し引いた。次に9135eV以上9700eV以下の範囲(post-edge領域と呼ぶ)におけるX線吸収が1となるように規格化処理を行った。こうして得られたX線吸収スペクトルを以下の説明において測定スペクトルXSと呼ぶ。
【0034】
(基準スペクトルの取得)
分析に先立ち、0価、1価、2価のそれぞれの銅のX線吸収スペクトルを取得した。
図1の測定システムにおいて、試料30として単一の価数のみの銅を含む試料を準備して、透過法によりX線吸収スペクトルを測定した。0価の銅としては、厚さ5μmの金属銅の箔を用いた。1価の銅としては、酸化銅(Cu
2O)の固体を用いた。2価の銅としては、使用するめっき液を用いた。測定するエネルギー範囲、バックグラウンド処理、規格化処理の方法は測定スペクトルXSの場合と同じである。それぞれについて求めたX線吸収スペクトルを各価数の基準スペクトルと呼ぶ。以下、0価の銅についての基準スペクトルをS0、1価の銅についての基準スペクトルをS1、2価の銅についての基準スペクトルをS2、とそれぞれ表す。
【0035】
図2は各価数の基準スペクトルを示す図である。
図2は、8965eV以上9065eV以下の範囲で求められた基準スペクトルを示す。0価の銅についての基準スペクトルS0、1価の銅についての基準スペクトルS1、2価の銅についての基準スペクトルS2が1枚のグラフに描かれている。縦軸は規格化されたX線吸収値(normalized)、横軸はエネルギー値(Energy(eV))を表す。縦軸および横軸は、他のX線吸収スペクトルの図において同様である。
図3は、
図2の各基準スペクトルS0、S1、S2の8971eVから8990eVの範囲を拡大した図である。
図4は、
図2の各基準スペクトルS0、S1、S2の8989eVから9006eVの範囲を拡大した図である。これらの図からは、0価、1価、2価の銅が示す特徴的なピークのエネルギー値を読み取ることができる。例えば、0価の銅は、8980.5eVと8993.0eVにピークを持つ。1価の銅は、8981.1eVと8995.2eVにピークを持つ。2価の銅は、8984.8eVと8997.1eVにピークを持つ。
【0036】
(フィッティングによる分析1)
図5は、スペクトルのフィッティングを説明する図である。
図5には、測定スペクトルXSが示されている。
図2に示された各価数の基準スペクトルS0、S1、S2のX線吸収値に係数を掛け合わせて足し合わせる計算を行い、最も測定スペクトルXSに一致する比率を求めることがフィッティングによる分析1の方法である。すなわち、解析ソフトによる線形結合フィッティングにより、XS=a×S0+b×S1+c×S2となる係数a、b、cが求められる。線形結合フィッティングは一般的な最小二乗法に基づくものである。各係数の合計は1、各係数a、b、cはそれぞれが0以上1以下の値として比率が求められる。本実施形態でのフィッティング範囲は8965eV以上9040eV以下とした。フィッティングの結果得られた各基準スペクトルS0、S1、S2の比率は次の通りであった。
0価(S0):a=0.40
1価(S1):b=0.03
2価(S2):c=0.57
【0037】
図5には、フィッティング結果としての解析結果スペクトルFSが破線により描かれている。また、各価数の基準スペクトルS0、S1、S2は、求められた係数a、b、cをかけた値として示されている。
図5において測定スペクトルXSと解析結果スペクトルFSとは概ね重なって描かれている。すなわち測定スペクトルXSと解析結果スペクトルFSとが非常に精度良く一致していることが確認できた。
【0038】
上記の結果は、試料30に含まれる各価数の銅の比率を示す。この分析を、時間を追って行うことで、0価の銅である金属銅の比率の変化、すなわち銅めっきの進行状態を時間的に把握することが可能である。
【0039】
(フィッティングによる分析2)
図6は、上述の方法を用いて求めた0価の銅と2価の銅の存在量をグラフに示したものである。縦軸は価数別の銅の比率、横軸は経過時間を表す。0価の銅はめっき対象物32に析出した金属銅であり、2価の銅はめっき液31中の銅イオンである。試料30および容器20は上述の内容と同じである。測定開始から1分毎にX線吸収スペクトルを取得して上述のフィッティングを行った。経過時間19分から23分は実験の都合によりデータが欠落している。時間と共に0価の銅の比率が増加して、2価の銅の比率が減少していることがわかる。1価の銅については比率が小さいため、この図では省略している。当該2価の銅イオンの比率から、めっき液31中の2価の銅イオンの濃度を算出したものが
図7である。
図7の縦軸は2価の銅イオンの濃度、横軸は経過時間を表す。時間の経過と共に、めっき液31中の銅イオンの濃度の現象が明らかに分析できている。本実施形態の分析システムおよび分析方法を用いることにより、元素の価数変化を測定することができ、めっきの進行状況を定量的に把握できることが理解できる。
【0040】
(フィッティングによる分析3)
上述の解析ソフトによる線形結合フィッティングに代えて、簡便な計算によるフィッティングによる分析方法を説明する。
図2のX線吸収スペクトルの立ち上がり部分、いわゆる吸収端部分を拡大した
図3に着目する。
図3において、各価数のスペクトルは固有のピークを持つことが確認できる。すなわち、0価の銅は8980.5eVに、1価の銅は8981.1eVに、2価の銅は8984.8eVにピークを呈している。これら3つのピークに相当する各価数のX線吸収値を予め求めておき、それらの連立方程式を解くことによって、測定スペクトルXSに含まれる各価数の比率を求めることができる。
【0041】
図3のデータから、各価数の基準スペクトルS0、S1、S2における各ピークエネルギーでの値を表1に示す。また、
図5に示される測定スペクトルXSの各エネルギー値の値を表1に示す。各エネルギー値において、XS=a×S0+b×S1+c×S2が成立する係数a、b、cを求めることで、測定スペクトルXSを構成する各基準スペクトルS0、S1、S2の比率が求められる。すなわち、aは試料30に含まれる0価の銅の割合、bは1価の銅の割合、cは2価の銅の割合である。表1に示される測定値について、連立方程式を解くことで求まる係数の値は、a=0.40、b=0.03、c=0.57であった。
【0042】
【0043】
なお、フィッティングに用いるエネルギー値は上述の3つのピーク値に限られない。吸収端は、X線エネルギーの吸収がゼロから急に増加する部分であるため、スペクトル形状の比較が容易である場合が多い。また、吸収端となるエネルギーは価数によって変化することが知られているため、銅以外の多くの元素にも適用しやすい。上記の分析例は無電解めっきを示した。本分析方法は電解めっきにも同様に適用できる。金属の電極を分析容器内に配置して、電極とめっき対象物との間にポテンショスタット等の電気化学測定装置を接続することで分析が可能である。
【0044】
[他の元素への適用例]
以上、銅めっきの進行状態の分析方法について、試料を銅めっき液とする場合について説明した。本実施形態に係る分析方法および分析システムは他の元素の価数変化の分析にも適用可能である。例えばめっき液としてニッケルめっき液、金めっき液などが対象としてあげられる。
【0045】
ニッケルめっき液においては、X線のエネルギー範囲として8000eV以上9000eV以下を用いることができる。X線吸収スペクトルにおける8100eV以上8300eV以下のエネルギー範囲をpre-edge領域、8400eV以上9000eV以下のエネルギー範囲をpost-edge領域として規格化されたX線吸収スペクトルを取得する。8300eV以上8400eV以下の範囲でフィッティングを行うことで0価の固体ニッケル、2価のニッケルイオンの分析が可能となる。
【0046】
金めっき液においては、X線のエネルギー範囲として11600eV以上13000eVを用いることができる。X線吸収スペクトルにおける11600eV以上11870eV以下のエネルギー範囲をpre-edge領域、12000eV以上13000eV以下のエネルギー範囲をpost-edge領域として規格化されたX線吸収スペクトルを取得する。11870eV以上12000eV以下の範囲でフィッティングを行うことで0価の固体金、1価の金イオンの分析が可能となる。
【0047】
なお、今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0048】
1 分析システム
10 X線源
11 X線
20 容器
30 試料
31 めっき液
32 めっき対象物
40 検出器
41 検出器
50 演算器
XS 測定スペクトル
FS 解析結果スペクトル
S0、S1、S2 基準スペクトル