(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139606
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】口腔内モデル、吸啜再現装置および搾乳器
(51)【国際特許分類】
A61M 1/06 20060101AFI20241002BHJP
【FI】
A61M1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023050629
(22)【出願日】2023-03-27
(71)【出願人】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】西 恵理
【テーマコード(参考)】
4C077
【Fターム(参考)】
4C077AA22
4C077DD11
4C077DD19
(57)【要約】 (修正有)
【課題】乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現でき、かつ多様な乳児の吸啜動作を容易に再現可能な口腔内モデル、吸啜再現装置および搾乳器を提供する。
【解決手段】乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を模して動作させるモデルであって、力点部2及び回転軸部3から成る。シリコンから成る力点部2は、回転軸の軸方向に固定された弾性体である。回転軸部3は、力点部2の一端に設けられ、モータに接続され回転軸が回転する回転駆動部として機能する。力点部2は、略円柱状の一部が切欠き状に形成され、側周面は、曲面部7aと、平面部7b及び平面部7cで構成される。平面部7b及び平面部7cは、略円柱状の円の中心部を外して直径と平行するように形成される。また、回転軸部3は、中心部より平面部7b及び平面部7c側に偏心状態で回転するように設けられる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳児の吸啜動作時における舌の蠕動運動を模して動作させるモデルであって、
モータに接続され回転軸が回転する回転駆動部と、
前記回転軸の軸方向に固定された弾性体であり、軸方向側周面上に位置する評価対象の乳首に対して略正弦曲線又は略余弦曲線に沿った力を加える力点部、を備えることを特徴とする口腔内モデル。
【請求項2】
前記力点部は、略円柱状の断面の中心を外して直径と略平行する平面で切った形状を有し、前記回転軸が円の中心から平面側に偏心状態で回転することを特徴とする請求項1に記載の口腔内モデル。
【請求項3】
前記力点部は、略円柱状の断面形状の半径を、前記回転軸の回転角をθとしたときに、Asin(θ)+B、又は、Acos(θ)+B(但し、A>0、B>0)とすることを特徴とする請求項2に記載の口腔内モデル。
【請求項4】
前記回転軸の軸方向は、前記乳首の中心方向に対して直交する方向であり、
前記力点部の側周面が、乳首根元側から乳首先端側に向かって回転することを特徴とする請求項3に記載の口腔内モデル。
【請求項5】
前記力点部は、前記弾性体の内部に剛体が内包されていることを特徴とする請求項1に記載の口腔内モデル。
【請求項6】
前記回転軸の軸方向は、前記乳首の中心方向に沿った方向であり、
前記力点部は、乳首根元側から乳首先端側に向かって複数配列され、
複数の前記力点部が、それぞれ異なる位相で回転するように前記回転軸に固定されたことを特徴とする請求項3に記載の口腔内モデル。
【請求項7】
請求項1~6の何れかの口腔内モデルと、前記回転駆動部が接続されるモータと、
前記モータの回転駆動を制御する制御部、を備えることを特徴とする吸啜再現装置。
【請求項8】
乳首に配置された請求項1~6の何れかの口腔内モデルと、
前記口腔内モデルに設けられ、前記回転駆動部が接続されるモータと、
乳房に負圧を与える吸引手段と、
前記モータの回転駆動及び吸引手段を制御する制御部、
を備えることを特徴とする搾乳器。
【請求項9】
前記口腔内モデルを、前記乳首の軸の周りに複数配置したことを特徴とする請求項8に記載の搾乳器。
【請求項10】
3つの前記口腔内モデルが、前記乳首の軸の周りをn回(nは2以上の整数)の回転対称の位置に設けられたことを特徴とする請求項9に記載の搾乳器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を再現する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、我が国では母乳育児が推進され、UNICEF/WHOの「母乳育児成功のための10カ条」に基づき様々な現場で積極的な指導がなされている。その中に「人工乳首を咥えさせない」といった指導項目がある。これは乳児が人工乳首の方を好むようになり母親の乳首から直接摂取する(以下「直接母乳摂取」という)ことを嫌がり、ひどい場合には乳頭混乱を引き起こす可能性があるからである。そのため、母乳育児を成功させるために、母親は乳児と片ときも離れることなく2~3時間おきの授乳を行う。この負担は3~6か月にもおよび、育児ストレスや産後うつ、ひいてはネグレクトを引き起こす可能性がある。
【0003】
この問題を解消するために人工乳首の改良は必要不可欠である。現在市販されている人工乳首は、形状や材質が一定のものが多く、直接母乳摂取をするために必要な舌運動がなくても、乳児が容易に乳汁を摂取できる構造となっている。この摂取方法の違いが乳児の乳頭混乱を引き起こし、直接母乳を拒否することで母乳育児の実現に障害となっている。
その理由としては、人工乳首の開発において、哺乳時における舌の隆起部の複雑な動きに関する力学的データを取得しておらず、十分な科学的根拠が示されていないことが挙げられる。人工乳首作製後の試験においても、モニターとなる乳児が乳汁摂取する際の様子の観察、あるいは飲んでいる量や速さの検討に留まっているという問題があった。
【0004】
そこで本発明者らは、乳児の吸啜動作時における舌運動モニタリング装置及び方法を既に提案している(特許文献1を参照)。特許文献1の舌運動モニタリング装置は、乳児の口腔内において、乳児の吸啜動作時における舌運動を行ったときの舌から受ける圧力を検知するセンサを備え、センサは、乳児の口腔内に配置された状態において、乳児の舌の根尖方向に複数個並べられて配置されるものである。これによれば、乳児の哺乳時における舌の力を複数ポイントで計測し、舌運動を把捉できる。
【0005】
さらに、本発明者らは、特許文献1の舌運動モニタリング装置及び方法を用いて得られた舌の力の計測結果に基づき、作製された舌運動モデルを既に提案している(特許文献2を参照)。これは、蠕動様運動機構と、舌部と、口蓋部と、を備え、人工乳首は舌部と口蓋部との間に挟持され、蠕動様運動機構が作動し、舌部の下側から押圧することで、舌部の上側が隆起するとともに、舌部が前方に移動することで、舌部の表面が後側から前側に徐々に隆起しながら人工乳首を押圧するものであり、これによれば、乳児の吸啜動作時における舌運動及び口腔内の状態を再現可能である。
【0006】
乳児の舌部の蠕動様運動機構を再現する技術としては、モータと、舌部分を蠕動運動させるために、このモータにより回転されるカムを備える運動手段により、舌部分を蠕動運動させる哺乳運動シミュレーターが知られている(特許文献3を参照)。特許文献3の哺乳運動シミュレーターによれば、駆動カムが、モータ軸を中心として回転することにより、舌模型の哺乳運動を近似的に行うことができるとする。ここでの回転方向は、舌部の左右を軸方向として乳首との当接部が舌尖から舌根へと移動する方向である。
特許文献3では、哺乳運動シミュレーターの作製に当たり、口腔内撮影すなわち超音波断層撮影により解明された哺乳運動のメカニズムに基づき、ほぼ楕円形状の駆動カムが用いられている。しかしながら、特許文献3の駆動カムは、乳児の哺乳時における舌の力を複数ポイントで計測し舌運動を把捉できる特許文献1のような装置による計測結果に基づき作製されたものでないため、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現できないという問題があった。
【0007】
また、搾乳器としては、乳房を収容可能な搾乳開口と、乳房から搾乳された母乳を収容可能な収容部と、乳房の乳輪近傍を押圧可能な舌部を有する搾乳部を有し、搾乳部の舌部の高まりが、搾乳開口側から離れる方向に連続的に移動可能とされており、搾乳開口側から奥側にかけて、複数の区画された変形手段によって、それぞれ独立した動きで舌部の高さを変動する搾乳器が知られている(特許文献4を参照)。これは、5枚以上の板状部材、モータ及びローラを備え、板状部材が上下させることにより、蠕動様運動を再現するものであり、これによれば、この搾乳器を用いて搾乳を行う場合に、乳輪近傍への乳幼児の舌による押圧刺激の影響を再現して、適切に搾乳することができるとする。
しかしながら、特許文献4の搾乳器についても、特許文献3と同様に、乳幼児が哺乳運動を行っている口腔内の状態を、超音波断層撮影装置を用いて撮影した連続画像に基づいて蠕動様運動を再現したものであるため、乳児の舌の力を直接計測して、その出力波形をもとに力を再現し、実際に力の大きさ、位相差等において乳児の出力波形を再現したものではない。
そのため、特許文献4の搾乳器では、複数段のそれぞれのカム機構ではそれぞれの位置で所定距離の上下動をさせるに過ぎず、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2019-83865号公報
【特許文献2】特開2022-145170号公報
【特許文献3】特開平8-173507号公報
【特許文献4】特開2005-279043号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
実際の乳児の吸啜動作時における舌運動は、乳児の発達状況によっても異なるとともに吸啜能力にも差が生じ、吸啜動作をうまく行えない乳児も存在する。そのため、例えば、哺乳瓶等に装着される人工乳首の開発においては、吸啜動作をうまく行えない乳児から吸啜動作をうまく行える乳児までを広く考慮しながら哺乳瓶等に装着される人工乳首を評価していくことが重要な課題となっている。
かかる状況に鑑みて、本発明は、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現でき、かつ多様な乳児の吸啜動作を容易に再現可能な口腔内モデル、吸啜再現装置および搾乳器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、鋭意検討の結果、健常児を対象にした舌運動の計測によって蠕動様運動しているときの出力波形が、オフセット成分を加えた正弦波に類似していることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明の口腔内モデルは、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動運動を模して動作させるモデルであって、モータに接続され回転軸が回転する回転駆動部と、回転軸の軸方向に固定された弾性体であり、軸方向側周面上に位置する評価対象の乳首に対して略正弦曲線又は略余弦曲線に沿った力を加える力点部、を備える。人工乳首の場合には、力点部が、乳首根元側から乳首先端側に対して略正弦曲線又は略余弦曲線に沿った力を加えることにより、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現できる。
【0012】
本発明の口腔内モデルにおいて、力点部は、略円柱状の断面(円)の中心を外して直径と略平行する平面で切った形状を有し、回転軸が円の中心から平面側に偏心状態で回転することが好ましい。かかる形状とされ、かつ偏心状態で回転することにより、乳児の舌の蠕動様運動をよりリアルに再現できる。平面で切った形状における平面とは、1つの面に限られず、2つ以上の平面でもよい。
【0013】
本発明の口腔内モデルにおいて、力点部の略円柱状の断面形状は、円の半径を、回転軸の回転角をθ(=0~360°)としたときに、Asin(θ)+B、又は、Acos(θ)+B(但し、A>0、B>0)とすることが好ましい。パラメータA,Bの関係は、1.5×B≦A≦2×Bとし、具体的な大きさとしては、Aは10mm以下である。
かかる条件を満たすことにより、乳児の舌の蠕動様運動をより正確に再現することができる。本発明の口腔内モデルでは、健常な乳児の舌の力を直接計測した結果から、時間方向にオフセット成分を加えた正弦波形に類似した力であることを見出し、そのような正弦波形を再現するための力点部の形状を工夫するものである。
【0014】
本発明の口腔内モデルにおいて、回転軸の軸方向は、乳首の中心方向に対して直交する方向であり、力点部の側周面が、乳首根元側から乳首先端側に向かって回転することが好ましい。乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動においては、最初に乳児の舌尖が隆起し、次第に舌根に向けて隆起してゆくため、かかる構成とされることにより、舌の蠕動様運動を正確に再現できる。
【0015】
本発明の口腔内モデルにおいて、力点部は、弾性体の内部に剛体が内包されていることでもよい。剛体には、剛性の高い素材から成る部材が幅広く用いられ、例えば、真鍮製のパイプ部材などが用いられる。
剛体が内包されることで、力点部が軸心長手にたわみ、乳首に対して力印加が不均一になることを抑制できる。また、弾性体と回転軸との接合性を高める目的も有する。更には、剛体配置等により発生させる正弦波形状を制御することもできる。
【0016】
本発明の口腔内モデルにおいて、回転軸の軸方向は、乳首の中心方向に沿った方向であり、力点部は、乳首根元側から乳首先端側に向かって複数配列され、複数の力点部が、それぞれ異なる位相で回転するように回転軸に固定されたことでもよい。複数の力点部で構成されることにより、舌の蠕動様運動をより正確に再現できる。
【0017】
本発明の吸啜再現装置は、上記の何れかの口腔内モデルと、回転駆動部が接続されるモータと、モータの回転駆動を制御する制御部、を備える。かかる構成とされることにより、比較的シンプルな構造で、乳児の舌の蠕動様運動を正確に再現できる。
【0018】
本発明の搾乳器は、乳首に配置された上記の何れかの口腔内モデルと、口腔内モデルに設けられ、回転駆動部が接続されるモータと、乳房に負圧を与える吸引手段と、モータの回転駆動及び吸引手段を制御する制御部、を備える。かかる構成とされることにより、乳首に対して、より自然な刺激を与えることができ、乳房や乳首に対して負担が少なく、かつ効果的に搾乳できる。
【0019】
本発明の搾乳器は、口腔内モデルを、乳首の軸の周りに複数配置したことでもよい。一般に、乳児が乳房に対して吸啜した際は、乳房の上方の母乳は、十分に吸い出されず、残ってしまうことが多いといわれる。そこで、乳首の軸の周りに口腔内モデルを複数配置することで、乳房の上方の母乳を効果的に搾乳でき、古い母乳が乳房内に蓄積することを防止できる。
【0020】
本発明の搾乳器は、口腔内モデルが、乳首の軸の周りをn回(nは2以上の整数)の回転対称の位置に設けられたことでもよい。かかる位置に口腔内モデルが設けられることにより、乳房内の母乳を効果的に搾乳できる。n回(nは2以上の整数)の回転対称とは、軸の周りを360/n度回転させると重なることをいい、例えば、2つの口腔内モデルが、乳首の軸の周りに360/2=180°の回転対称の位置に設けられたものは、乳首の中心を点対称とする配置であり、3つの口腔内モデルが、乳首の軸の周りに360/3=120°の回転対称の位置に設けられたものは、乳首の中心として120°毎に配置される。
【発明の効果】
【0021】
本発明の口腔内モデル及び吸啜再現装置によれば、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現でき、かつ多様な乳児の吸啜動作を容易に再現できるといった効果がある。特に、乳児の異常な飲み方や正常な飲み方を任意に再現でき、人工乳首の開発手段として使用可能である。
また、本発明の搾乳器によれば、母乳採取の際に母親への負荷のない搾乳を実現できるといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図27】A群およびB群における力の時系列波形の一例
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例0024】
図1、
図2は、本発明の口腔内モデルの外観図の一例であり、
図1は外観斜視図、
図2は正面図を示している。また、
図3、
図4は、口腔内モデルにおける力点部の説明図を示している。口腔内モデル1は、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を模して動作させるモデルであって、
図1に示すように、力点部2及び回転軸部3から構成される。
力点部2は、回転軸の軸方向に固定された弾性体であり、素材はシリコン樹脂を用いることができる。なお、弾性体の素材は、シリコン樹脂以外でも構わないが、シリコン樹脂の方が、耐熱性、絶縁性に優れている。本実施例では、シリコン樹脂として、歯科複模型用のゴム質弾性印象材料である「エリートダブル8」(Zhermack(セルマック)製)を使用している。ゴム質弾性印象材料は、ベースとキャタリストの2液の混合比を調整することで、シリコン樹脂の弾力性を調整できる。
図23は、シリコン樹脂の混合比の比較グラフであり、具体的には、弾性体を作製する際にベースとキャタリストの混合比を変化させた場合における容器に流し込んだシリコン混合物(硬化後)の硬度を比較したグラフである。比較試験においては、デジタルフォースゲージ「ZTS-50N」(株式会社イマダ製)を用いて硬度を測定した。上述の印象材料のベースとキャタリストを練和した上で、直方体(縦32mm×横32mm×高さ18mm)の容器内にシリコン混合物を流し込み、硬化直後(練和後1時間以内)の状態とした。上述のデジタルフォースゲージの測定部に直径13mmの円形の平型アタッチメントを取り付け、容器の上方からアタッチメントの平面部を硬化後の混合物の上面に当接させて鉛直下方向に4mm押圧した。かかる状態での応力を計測した。計測に当たってはベースとキャタリストの混合比を、1:1、1:2、1:3と調整したものの弾力性を比較した。なお、「エリートダブル8」の仕様上のショアA硬度(24時間、室温23℃)は8である。
図23のグラフに示すように、ベースとキャタリストの混合比が1:1の場合は17.05N、1:2の場合は4.77N、1:3の場合は0.88Nであった。ベースとキャタリストの混合比が1:2の場合が、適切な弾力性を有する力点部2が得られることがわかった。
回転軸部3は、力点部2の一端に設けられており、モータ4(
図6参照)に接続され回転軸が回転する回転駆動部として機能する。
【0025】
口腔内モデルの力点部2は、
図2に示すように、略円柱状の断面の中心を外して直径と略平行する平面で切った形状に形成されており、側周面は、1つの曲面部7aと、2つの平面部(7b,7c)で構成される。平面部(7b,7c)は、略円柱状の円の中心部20を外して直径と平行するように形成される。
図3は、口腔内モデルにおける力点部2の説明図であり、(1)は平面部7b、(2)は平面部7cの説明図をそれぞれ示している。
図3(1)では、略円柱状の断面の直径を破線L
1で表し、平面部7bを延伸したものを破線L
2で表している。また、
図3(2)では、略円柱状の断面の直径を破線L
3で表し、平面部7cを延伸したものを破線L
4で表している。
図3(1)に示すように、平面部7bは力点部2の中心部20を外して直径L
1と略平行する平面で切った形状を有する。また
図3(2)に示すように、平面部7cは力点部2の中心部20を外して直径L
3と略平行する平面で切った形状を有する。
【0026】
また、回転軸部3は、中心部20より平面部(7b,7c)側に偏心状態で回転するように設けられている。
力点部2は、軸方向側周面上に位置する評価対象の人工乳首9(
図6参照)に対して略正弦曲線又は略余弦曲線に沿った力を加える。具体的には、力点部2の略円柱状の断面形状は、円の半径を、回転軸の回転角をθ(=0~360°)としたときに、Asin(θ)+B(但し、A>0、B>0)として設定され、AとBの関係を、1.5×B≦A≦2×Bとし、Aは10mm以下に設定する。本実施例における力点部2の略円柱状の断面形状の算出式は、7.95sin(θ)+4.0である。
【0027】
図4は、口腔内モデルにおける力点部の機能説明図を示している。
図4(1)ではθ=0°の場合であり、sin(θ)=0となるため、力点部2の略円柱状の断面形状の半径は“B”となる。
図4(2)ではθ=90°の場合であり、sin(θ)=1となるため、力点部2の略円柱状の断面形状の半径は“A+B”となる。
図4(3)ではθ=180°であり、sin(θ)=0となるため、力点部2の略円柱状の断面形状の半径は“B”となる。
図4(4)ではθ=270°であり、sin(θ)=-1となるため、力点部2の略円柱状の断面形状の半径は“B-A”となる。このように、力点部2が、乳首根元側から乳首先端側に対してオフセット成分を加えた正弦曲線に沿った力を加えることにより、乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動を正確に再現できる。
なお、力点部2の側周面上には、別途の舌部材などは設けられず、力点部2自体が舌部となる構造である。
【0028】
図5は、本発明の吸啜再現装置の機能ブロック図を示している。また、
図6~9は、本発明の吸啜再現装置の外観図であり、
図6は外観斜視図、
図7は正面図、
図8は平面図、
図9は右側面図を示している。
図5に示すように、吸啜再現装置10は、口腔内モデル1、モータ4及び制御部5を備える。
図6に示すように、口腔内モデル1は、回転軸部3(
図1~4参照)においてモータ4と接続される。また、モータ4と制御部5は接続固定されており、制御部5によりモータ4の回転駆動が制御される。制御部5が設けられることにより、回転周期を容易に変更できる。
また、口腔内モデル1では、舌部となる力点部2の外形状・大きさ、構成材料のシリコンの硬度、力点部2の位置、
図9に示す人工乳首9の当接角度r、人工乳首9を配置する位置(高さh,奥行D)などを変更することで、蠕動様運動を模した略正弦波状の運動波形の力、半値幅、および時間差などを変更することが可能である。その為、様々な乳児の吸啜現象の波形を再現することができる。なお、本実施例では、角度rは0°、高さhは15mm、奥行Dは10mmとし、吸啜現象の波形の再現を試みた。
【0029】
評価対象となる哺乳瓶90の人工乳首9を口腔内モデル1に当接させて使用する。具体的には、
図6~9に示すように、口腔内モデル1上に人工乳首9を載置し、力点部2を回転させて使用する。本実施例では、口腔内モデル1の評価を行うため、人工乳首9の内部には、剛体により形成されたセンサユニット94が設けられるが、人工乳首9の性能評価に口腔内モデル1を用いることも可能であり、かかる場合は人工乳首9の内部にセンサユニット94が設けられる必要はない。なお、人工乳首9の評価の際には、乳児の上顎部を模した押さえ部などを力点部2に対向する位置に配置してもよい。
図10は、本発明の口腔内モデルの回転イメージ図を示している。
図10に示すように、力点部2は、評価対象の人工乳首9に対向する側周面が、乳首根元側から乳首先端側に向かって回転方向R1の方向に回転する。具体的には、力点部2の状態から、力点部2a、力点部2b、力点部2cの順に回転し、再度、力点部2の状態に戻る。
乳児の吸啜動作時における舌の蠕動様運動においては、最初に乳児の舌尖が盛り上がり、次第に舌根に向けて盛り上がってゆくため、力点部2の側周面の形状と、偏心状態で回転することと相俟って、舌の蠕動様運動を正確に再現できる。
【0030】
(性能評価試験)
本発明の口腔内モデルにつき性能試験を行った。まず、本発明の口腔内モデルの性能試験に用いたセンサユニットについて説明する。
図24は、センサユニット94を構成する力センサ91の外観図であり、(1)は底面図、(2)は正面図を示している。
図24(2)に示すように、力センサ91はステンレス板97を梁とした片持ち梁構造となっている。伝達ブロック95に力が加わると、
図24(1)に示す梁の表面に貼付した汎用箔歪みゲージ96(共和電業製、KFG-1N-120-C1)の抵抗値が変化する。抵抗値の変化はブリッジ回路および増幅器を介し、A/D変換され、USBを経由してPCに取り込まれる(図示せず)。サンプリング周波数は100Hz、参照電圧は5V、量子化分解能は12bitである。
【0031】
図25は、センサユニットの構造説明図であり、(1)は正面図、(2)は底面図を示している。
図25(2)に示すように、力センサ(91a,91b)は、ステンレス板97に
図25に示す力センサ91を等間隔で2個配置したものである。エラストマー製の人工乳首9(ジェクス(株)製、チュチュベビー)を、哺乳瓶90に装着する時と同様にセンサデバイスの柄92に装着し、計測時に固定されていることを確認した。人工乳首9は、同位置に配置された力センサ(91a,91b)からの出力を計測するため、すべての被験児において同サイズのものを使用した。また、センサユニット94の回転を防ぐため、歯科用ゴム質弾性印象材(ジーシーデンタルプロダクツ社製、「エクザファイン」)を用いて硬口蓋に沿うように作製した安定子93を乳首内部の先端に装着した。本センサユニット94を口腔内に挿入した際のイメージ図を
図26に示す。力センサ(91a,91b)はそれぞれ力センサ91aをchannel 1(以下、「ch.1」とする。)とし、センサ91bをchannel 2(以下、「ch.2」とする。)とした。ch.1は乳首先端部に、ch.2は乳首根元部に配置したためch.1は舌根側に、ch.2は舌尖側に接触することとなる。
【0032】
かかる条件の下、本発明の口腔内モデルの性能試験を行うに当たり、前提として、上述のセンサユニット付きの人工乳首を用いて、実際の乳児の舌と人工乳首の接触力を計測することで、乳児の吸啜時における蠕動様運動の力学的特徴を定義した。
まず、計測方法について説明する。被験児は、直接母乳摂取が可能な乳児10名(以下、A群とする。)およびそれ以外の乳児10名(以下、B群とする。)である。A群は母親の乳首から直接母乳を摂取している乳児、および哺乳瓶を併用しているが直接母乳摂取の回数が多い乳児である。B群は哺乳瓶を用いている乳児および経管栄養摂取している乳児である。A群は在胎週数39.0±1.7週(mean±S.D.)、出生体重2949.9±365.2g(mean±S.D.)、生後1~71日、B群は在胎週数29.9±3.6週(mean±S.D.)、出生体重1262.6±440.6g(mean±S.D.)、生後5~112日である。吸啜反射は生後4ヶ月以降に消失することが知られているため、計測は生後4ヶ月以内の乳児を対象とした。計測においては、乳児を通常の授乳時と同様の体勢にし、本センサユニット94を口腔内に挿入する。中空のエラストマー製人工乳首9の装着時に力センサ(91a,91b)の伝達ブロック95と接触するため、正のオフセット成分が出力される。そこで、口腔内にセンサユニット94を挿入する直前にすべての信号に対してオフセット除去を行う。なお、被験児の親に対し、研究の目的および方法を説明し、実験に関する同意書へ署名ののち、計測を行った。
【0033】
図27にA群およびB群における力の時系列波形の一例(被験児AおよびB)を示す。すべての出力波形において、力センサch.1、ch.2の両方から周期的な信号が観測された。被験児Aおよび被験児Bにおいて、各周期の0から最大までの値を最大値(以下、ch.1の最大値を「P1」、ch.2の最大値を「P2」とする。)とすると、P2よりP1が大きいことが共通していた。これは他の被験児においても共通していた。しかし、
図27(2)に示すように、B群の被験児の中には、P1はA群と同様の値であったが、P2が小さい例がいくつかあった。つまり、ch.1に対するch.2の力の割合が小さいといえる。また、最大値に達する時刻(以下、ch.1が最大値に達する時刻を「T1」、ch.2が最大値に達する時刻を「T2」とする。)に着目すると、両者ともに力センサch.2に次いでch.1の順で力が加えられていることがわかる。しかし、その時刻差(以下、時刻差「T1-T2」とする。)は、被験児Aの方が大きく、舌の蠕動様運動を示す結果と考えられる。一方、被験児Bは、時刻差「T1-T2」が小さく、舌尖部および舌根部においてほぼ同時に力センサに接触していると考えられる。
【0034】
舌-人工乳首接触力の計測結果からB群の乳児において、大別して2つの力学的特徴がみられた。1つ目は、P1に対するP2がA群と比較して小さいことである。2つ目は、時刻差T1-T2が非常に小さいことである。前者は、舌尖部に加える力が小さく乳汁を送り出すために十分作用していないと考えられる。後者は、蠕動様運動ができず舌尖部と舌根部がほぼ同時に接触しているために、乳首をしごく動作ができていないと考えられる。この2つの要因に対して検討を行うため、出力波形から、ch.1(乳首先端部)に対するch.2(乳首根元部)の最大値の割合[%]:P2/P1、ch.2(乳首根元部)とch.1(乳首先端部)の最大値に達する時刻の差[s]:T1-T2、の2つを算出した。
【0035】
全ての被験児を対象に、x軸にP2/P1を、y軸にT1-T2をプロットした結果を
図28に示す。A群の多くは右側、B群の多くは左側と、両群が分かれてプロットされている。A群の最大値の割合は34%~80%であり、B群は10%~50%でありA群に対してB群の方が概ね小さい。50%付近については両群ともに存在しているが、A群は最大値が小さくても時刻差が大きく、時刻差が小さくても最大値が大きいことが分かる。一方、B群はどちらも小さい。つまり、力と時刻差の協調が重要であることが示された。
【0036】
以上から、下記式1に示すように、舌尖部に配置した力センサ91b(ch.2)で得られる最大値P2が、舌根部に配置した力センサ91a(ch.1)で得られる最大値P1に対して30~50%以上の割合である場合には、吸啜のための蠕動様運動が正常と判断し、それ以外では異常と判断してもよい。
【0037】
(数1)
P2
/ P1 ≧ 0.3~0.5 ・・・(式1)
【0038】
下記式2に示すように、力センサ91a(ch.1)において検出される力が最大値である場合の時刻T1と、力センサ91b(ch.2)において検出される力が最大値である場合の時刻T2の差が、0.02sec以上である場合には、吸啜のための蠕動様運動が正常と判断し、それ以外では異常と判断してもよい。
【0039】
(数2)
T1-T2
≧ 0.02 ・・・(式2)
【0040】
図11は、本発明の吸啜再現装置の波形計測結果の一例を示している。
図11に示すように、本発明の吸啜再現装置10を使用した場合、舌尖部に配置した力センサ91b(ch.2)で得られる最大値P2が、舌根部に配置した力センサ91a(ch.1)で得られる最大値P1に対して、49.9%であり、力センサ91a(ch.1)において検出される力が最大値である場合の時刻T1と、力センサ91b(ch.2)において検出される力が最大値である場合の時刻T2の差が、0.02secであった。
このように、本発明の吸啜再現装置10は、乳首に正弦波状の力を印加できるため、人工乳首の評価あるいは搾乳器として多様に利用できる。また、力点部2に弾性体を用いること、あるいは力点部2の形状を変化させることにより、任意の印加波形を実現することで、種々の吸啜現象を実現でき、汎用性の高い装置であるといえる。