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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024139656
(43)【公開日】2024-10-09
(54)【発明の名称】ダイヤモンド砥粒の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/28 20170101AFI20241002BHJP
   B24D 3/00 20060101ALI20241002BHJP
【FI】
C01B32/28
B24D3/00 320B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023139721
(22)【出願日】2023-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2023050140
(32)【優先日】2023-03-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004293
【氏名又は名称】ノリタケ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100121186
【弁理士】
【氏名又は名称】山根 広昭
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 慶樹
【テーマコード(参考)】
3C063
4G146
【Fターム(参考)】
3C063BB02
4G146AA04
4G146AB01
4G146AC16A
4G146AC16B
4G146AC27A
4G146AD26
4G146BA01
4G146CB07
(57)【要約】
【課題】ダイヤモンド砥粒の形状変化や粉砕を抑制しつつ、当該ダイヤモンド砥粒に安定的にクラックを導入する。
【解決手段】ここに開示される製造方法は、ダイヤモンド砥粒を加熱する熱処理工程と、加熱後のダイヤモンド砥粒に超音波を印加する超音波印加工程とを含む。かかる構成の製造方法では、熱処理工程においてダイヤモンド砥粒に強い内部応力を導入し、当該内部応力を超音波印加工程で開放する。これによって、ダイヤモンド砥粒に安定的にクラックを導入できる。また、この製造方法は、ダイヤモンド砥粒に大きな外力を加えるものではないため、ダイヤモンド砥粒の形状変化や粉砕を抑制することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド砥粒を加熱する熱処理工程と、
加熱後の前記ダイヤモンド砥粒に超音波を印加する超音波印加工程と
を含む、ダイヤモンド砥粒の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理工程は、前記ダイヤモンド砥粒に内部応力を導入する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記内部応力は、引張応力である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記超音波印加工程は、前記ダイヤモンド砥粒に導入された内部応力を開放する、請求項2に記載の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程後の前記ダイヤモンド砥粒は、ラマン分光法に基づいたラマンスペクトルの1325cm-1から1334cm-1の範囲にラマンピーク位置が存在するラマンピークのピーク位置の平均値が1329cm-1以下である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記ダイヤモンド砥粒の総重量に対する不純物の含有量は、0.1wt%以上である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項7】
前記不純物の熱膨張率は、前記ダイヤモンド砥粒の熱膨張率よりも高い、請求項6に記載の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示される技術は、ダイヤモンド砥粒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ダイヤモンド砥粒は、様々な材料の研削・研磨に広く使用されている。このダイヤモンド砥粒には、加工対象に応じた適切な微小破砕性が要求される。例えば、加工中に微小なスケールで高頻度に破砕する(微小破砕性が高い)ダイヤモンド砥粒は、切れ刃が鋭い状態を維持できるため、優れた加工効率を有している。
【0003】
ダイヤモンド砥粒は、内部応力(引張応力)が大きくなるにつれて破砕しやすくなることが知られている。ここで、ダイヤモンド砥粒の内部応力は、ラマン分光法に基づいて評価できる。具体的には、ダイヤモンド砥粒のラマンスペクトルを取得すると、ダイヤモンド結晶の格子振動に由来するピークが1333cm-1付近に確認される。そして、このダイヤモンド砥粒は、内部応力の導入や結晶中への不純物の混入などによって、上記ラマンピーク位置が低波数側にシフトする。非特許文献1では、加熱処理によって内部応力が導入されたダイヤモンド砥粒では、ラマンピーク位置が低波数側にシフトして微小破砕性が向上することが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】角谷均,他5名,”切削工具用各種単結晶ダイヤモンドの内部歪み分布と微小破壊挙動”,精密工学会春季大会学術講演会講演論文集,2019年,P644-P645
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、ダイヤモンド砥粒の微小破砕性を向上させるには、微小なクラックを砥粒中に導入することが有効である。これによって、クラックを起点とした破砕が適宜生じるため、ダイヤモンド砥粒の切れ刃を鋭い状態に維持できる。この種のクラック導入方法の一例として、加圧機器を用いてダイヤモンド砥粒に大きな外力を加えるという方法が考えられる。しかし、この加圧法では、砥粒の形状変化や粉砕が生じる可能性があるため、クラックのみを安定的に導入することが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、種々の実験と検討を行った結果、ダイヤモンド砥粒に超音波を印加すると、驚くべきことに、当該ダイヤモンド砥粒の内部応力が変化することを発見した。例えば、強い内部応力が導入されたダイヤモンド砥粒に超音波を印加すると、内部応力が開放されてラマンピーク位置が高波数側にシフトする。一方、内部応力が弱いダイヤモンド砥粒に超音波を印加すると、内部応力が導入されてピーク位置が低波数側にシフトする。そして、本発明者は、さらに検討を重ねた結果、熱処理後のダイヤモンド砥粒に超音波を印加すると、熱処理で導入された非常に強い内部応力が開放されることによって、クラックが導入されることを発見した。
【0007】
ここに開示される製造方法は、上述の知見に基づいてなされたものである。このダイヤモンド砥粒の製造方法は、ダイヤモンド砥粒を加熱する熱処理工程と、加熱後のダイヤモンド砥粒に超音波を印加する超音波印加工程とを含む。上述した通り、かかる構成の製造方法によると、クラックが導入されたダイヤモンド砥粒を安定的に製造することができる。また、ここに開示される製造方法は、ダイヤモンド砥粒に大きな外力を加えるものではないため、製造中の砥粒に形状変化や粉砕が生じることを抑制できる。
【0008】
ここに開示される製造方法の一態様では、熱処理工程は、ダイヤモンド砥粒に内部応力を導入する。これによって、超音波印加工程において、ダイヤモンド砥粒にクラックを適切に導入できる。なお、砥粒に導入される内部応力は、引張応力であることが好ましい。
【0009】
ここに開示される製造方法の一態様では、超音波印加工程は、ダイヤモンド砥粒に導入された内部応力を開放する。これによって、ダイヤモンド砥粒にクラックを適切に導入できる。
【0010】
ここに開示される製造方法の一態様では、熱処理工程後のダイヤモンド砥粒は、ラマン分光法に基づいたラマンスペクトルの1325cm-1から1334cm-1の範囲にラマンピーク位置が存在するラマンピークのピーク位置の平均値が1329cm-1以下である。これによって、超音波印加工程において、ダイヤモンド砥粒にクラックを容易に導入できる。
【0011】
ここに開示される製造方法の一態様では、ダイヤモンド砥粒の総重量に対する不純物の含有量は、0.1wt%以上である。これによって、熱処理工程において、ダイヤモンド砥粒に強い内部応力を容易に導入することができる。なお、この不純物の熱膨張率は、ダイヤモンド砥粒の熱膨張率よりも高いことが好ましい。これによって、さらに容易に内部応力を導入できる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、ここに開示される技術の一実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって、ここに開示される技術の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。ここに開示される技術は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、本明細書において数値範囲を示す「A~B」との表記は、特にことわりの無い限り「A以上B以下」を意味する。なお、図面は模式的に描かれており、図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は、実際の寸法関係を反映するものではない。
【0013】
ここに開示される製造方法は、熱処理工程と超音波印加工程とを含む。以下、ここに開示される製造方法に用いられるダイヤモンド砥粒を説明した後に、各々の工程の詳細を説明する。
【0014】
(1)ダイヤモンド砥粒
ダイヤモンド砥粒は、所定の硬度を有するダイヤモンド粒子である。なお、ダイヤモンド砥粒は、天然ダイヤモンドでもよいし、人工ダイヤモンドでもよい。また、ここに開示される技術では、不純物を含むダイヤモンド砥粒を使用することが好ましい。これによって、後述する熱処理工程において砥粒に内部応力が導入されやすくなる。なお、ここでの不純物とは、炭素(C)以外の元素のことをいう。この不純物の一例としては、Fe、Ni、Co、Mn、Al、Ti、Cr、Zr、Vなどの金属元素が挙げられる。また、ダイヤモンド砥粒は、金属元素以外の不純物を含んでいてもよい。金属元素以外の不純物の一例として、N、B、Si、Pなどが挙げられる。なお、これらの不純物は、製造工程中に不可避的に混入したものでもよいし、意図的に砥粒中に導入されたものでもよい。また、不純物は、ダイヤモンドよりも熱膨張率が高いものが好ましい。これによって、熱処理工程における内部応力の導入をより容易に実施できる。なお、不純物の好適例は、金属(典型的には金属粒子)であり、その構成元素としては、上述の金属元素が挙げられる。また、ダイヤモンド砥粒の総重量(100wt%)に対する金属元素の含有量は、0.1wt%以上が好ましく、0.2wt%以上がより好ましく、0.3wt%以上がさらに好ましく、0.5wt%以上が特に好ましい。これによって、熱処理工程における内部応力の導入がさらに容易になる。一方、金属元素の含有量の上限は、特に限定されず、3wt%以下でもよく、2wt%以下でもよく、1wt%以下でもよい。なお、ダイヤモンド砥粒中の金属元素の含有量は、蛍光X線分析(XRF:X-Ray Fluorescence)に基づいて測定することができる。
【0015】
また、熱処理前のダイヤモンド砥粒は、ラマン分光法に基づいたラマンスペクトルの1325cm-1から1334cm-1の範囲にラマンピーク位置が存在するラマンピークのピーク位置の平均値が1331cm-1以下(好適には1330.5cm-1以下、より好適には1330cm-1以下)であることが好ましい。ここに開示される製造方法では、不純物の混入や製造中の応力導入によってラマンピーク位置がある程度低波数側にシフトしたダイヤモンド砥粒を予め準備し、当該ダイヤモンド砥粒に熱処理工程を実施することが好ましい。これによって、熱処理工程における内部応力の導入がさらに容易になる。
【0016】
なお、本明細書における「ラマンピーク位置」は、以下の条件で測定したものである。まず、測定装置としては、市販の顕微ラマン分光光度計を使用できる。また、測定条件は、例えば、測定温度を24℃、校正試料をSi、励起レーザ波長を532nmに設定した上で、明確な測定結果が得られるように他の条件を適宜調節するよい。上記の条件でダイヤモンド砥粒のラマン分光分析を行うと、ダイヤモンド結晶の格子振動に由来するピークがラマンシフトの1333cm-1付近に存在するラマンスペクトルが検出される。そして、このラマンスペクトルに対して、所定の波形解析ソフト(Labspec6など)を用いて、ベースライン補正とピーク検索とフィッティングを行い、ピークトップの位置(ラマンシフト)を「ラマンピーク位置」とみなす。そして、本明細書では、ダイヤモンド砥粒の内部応力を評価する際に「ラマンピーク位置の平均値」を採用する。この「ラマンピーク位置の平均値」は、無作為に選んだ100個以上のダイヤ砥粒について、少なくとも500点の測定点(同一粒子内での測定点数は一定)にて得られたラマンピーク位置の算術平均である。
【0017】
また、ダイヤモンド砥粒の大きさは、ここに開示される技術を限定するものではなく、使用目的や使用態様に応じて適宜変更できる。例えば、ダイヤモンド砥粒のD50粒子径は、0.1μm以上でもよく、0.5μm以上でもよく、1μm以上でもよく、5μm以上でもよく、10μm以上でもよい。一方、ダイヤモンド砥粒のD50粒子径は、1000μm以下でもよく、500μm以下でもよく、250μm以下でもよく、100μm以下でもよい。なお、本明細書における「D50粒子径」は、一般的なレーザ回折・光散乱法(分散媒:水)に基づく体積基準の粒度分布において、粒径が小さい微粒子側からの累積頻度50体積%に相当する粒径である。
【0018】
また、ダイヤモンド砥粒の形状も、特に限定されず、従来公知の形状から適宜選択できる。例えば、ダイヤモンド砥粒は、球状、板状、不定形状(金平糖形状など)等であってもよい。また、ダイヤモンド砥粒の平均アスペクト比は、1以上2以下でもよく、1.1以上1.8以下でもよい。なお、本明細書における「アスペクト比」は、電子顕微鏡画像において砥粒に外接する矩形を描き、当該矩形の短辺の長さ(a)と長辺の長さ(b)との比率(b/a)を計算することによって求めることができる。そして、「平均アスペクト比」は、100個以上の粒子のアスペクト比の算術平均値である。
【0019】
(2)熱処理工程
本工程では、ダイヤモンド砥粒を加熱する。これによって、ダイヤモンド砥粒に内部応力を導入することができる。なお、本工程で導入される応力は、引張応力であることが好ましい。引張応力が導入された砥粒は、当該砥粒が膨張する方向への力が掛かっているため、応力開放の過程において収縮してクラックが生じやすいという効果を有している。例えば、ダイヤモンドよりも熱膨張率が高い不純物が砥粒に含まれていると、このような引張応力を砥粒に導入しやすくなる。
【0020】
なお、熱処理工程における詳細な加熱条件(加熱温度、加熱時間等)は、ダイヤモンド砥粒の粒度分布、処理量、成分(不純物の種類や量)などに応じて適宜変動し得る。このため、熱処理工程における詳細な加熱条件は、ここに開示される技術を限定するものではなく、次工程(超音波印加工程)においてダイヤモンド砥粒に適切なクラックを導入するという観点で適宜調節することが好ましい。例えば、熱処理工程は、加熱後のダイヤモンド砥粒のピーク位置の平均値が1329cm-1以下(より好適には1328.9cm-1以下、さらに好適には1328.8cm-1以下、特に好適には1328.7cm-1以下)になるように、種々の条件を調節することが好ましい。このようにダイヤモンド砥粒に大きな内部応力を導入することによって、後述の超音波印加工程において内部応力の開放によるクラックの導入が生じやすくなる。なお、加熱後のダイヤモンド砥粒のピーク位置の平均値の下限値は、特に限定されず、1326.0cm-1以上でもよく、1327.0cm-1以上でもよく、1328.0cm-1以上でもよく、1328.4cm-1以上でもよい。
【0021】
また、本工程の加熱温度は、例えば、300℃以上が好ましく、500℃以上がより好ましく、700℃以上がさらに好ましく、900℃以上が特に好ましい。加熱温度が高くなるにつれて、加熱後のダイヤモンド砥粒の内部応力が大きくなる傾向がある。一方、加熱温度の上限値は、1600℃以下が好ましく、1400℃以下がより好ましく、1200℃以下が特に好ましい。加熱温度が低くなるにつれて、ダイヤの損耗や意図しないダイヤ物性(例えば表面性状)の変化を抑制しやすくなる。なお、ここでの「加熱温度」とは、加熱処理における最高温度のことをいう。また、加熱温度を500℃以上に設定した場合には、加熱雰囲気を非酸化雰囲気(Nガス雰囲気、Arガス雰囲気など)にすることが好ましい。これによって、ダイヤモンド砥粒の酸化を防止できる。
【0022】
また、加熱時間は、例えば、0.1時間以上でもよく、0.5時間以上が好ましく、1時間以上がより好ましく、1.5時間以上がさらに好ましく、2時間以上が特に好ましい。これによって、ダイヤモンド砥粒に十分な内部応力を導入することができる。一方、加熱時間の上限は、24時間以下が好ましく、12時間以下がより好ましく、6時間以下がさらに好ましく、4時間以下が特に好ましい。これによって、熱処理工程を短縮して製造効率を向上できる。なお、ここでの「加熱時間」とは、上述した加熱温度(最高温度)を維持する時間のことをいう。
【0023】
また、ダイヤモンド砥粒の加熱は、軟化ガラスや溶融ガラスがダイヤモンド砥粒の表面に存在しない状態で実施するとよい。このようなガラス(典型的にはビトリファイドボンド)と共にダイヤモンド砥粒を加熱すると、微小破砕性を付与し得る程度の内部応力が砥粒に導入されなくなる場合がある。そのメカニズムは、ダイヤモンド砥粒の加熱過程において、圧縮方向の力がかかり、内部応力(典型的には引張応力)が導入されにくくなる傾向があるためと考えられる。すなわち、ここに開示される製造方法では、圧縮方向の外力をダイヤモンド砥粒に加えずに熱処理工程を実施することが好ましい。これによって、ダイヤモンド砥粒の微小破砕性をより効率良く向上することができる。なお、ここでの「圧縮方向の外力をダイヤモンド砥粒に加えない」とは、上述のガラスがダイヤモンド砥粒表面に存在しない様態だけではなく、ダイヤモンド砥粒より加熱温度域における熱膨張率が小さい材料がダイヤモンド砥粒表面に存在する様態や、加圧装置等による外力印加を行わない態様を含む。
【0024】
(3)超音波印加工程
本工程では、加熱後のダイヤモンド砥粒に超音波を印加する。これによって、ダイヤモンド砥粒にクラックが導入することができる。この超音波を利用したクラックの導入では、ダイヤモンド砥粒に大きな外力を加える必要がないため、砥粒の形状変化や粉砕を抑制することができる。すなわち、ここに開示される製造方法によると、砥粒の形状変化や粉砕を抑制しつつ、クラックを砥粒に安定的に導入できるため、微小破砕性が高いダイヤモンド砥粒を効率良く製造できる。なお、ここに開示される技術を限定することを意図したものではないが、このような効果が得られる理由は、以下のようなものと推測される。まず、熱処理が加えられたダイヤモンド砥粒には、非常に強い内部応力が導入されている。そして、ダイヤモンド砥粒に超音波を印加すると、当該超音波印加によって加えられた圧力変動が内部応力を開放する力として作用する。このとき、非常に強い内部応力が急激に開放されることによって、ダイヤモンド砥粒にクラックが導入されると解される。そして、このようなダイヤモンド砥粒が高い微小破砕性を有することが実験によって確認されている。
【0025】
なお、本工程で使用される超音波印加装置の一例として、超音波分散装置や超音波洗浄装置などの液体用の超音波印加装置が挙げられる。この液体用の超音波印加装置を使用する場合には、所定の分散媒にダイヤモンド砥粒を分散させた砥粒分散液を調製するとよい。これによって、砥粒分散液中のダイヤモンド砥粒に超音波を均一に印加することができる。なお、このときの分散媒は、低粘度の液状媒体であることが好ましい。これによって、砥粒分散液中のダイヤモンド砥粒に超音波が印加されやすくなる。具体的には、分散媒の常温(20℃)の粘度は、100mPa・s以下でもよく、10mPa・s以下が好ましく、7mPa・s以下がより好ましく、5mPa・s以下がさらに好ましく、3mPa・s以下が特に好ましい。一方、分散媒の粘度の下限値は、特に限定されず、0.05mPa・s以上でもよく、0.1mPa・s以上でもよく、0.3mPa・s以上でもよい。このような粘度を有する分散媒の一例として、水、エタノール、2-プロパノール、1-プロパノール、エチレングリコールなどが挙げられる。なお、本工程で使用される超音波印加装置は、上述した液体用の装置に限定されず、従来公知の超音波発生機器を特に制限なく使用できる。例えば、本工程では、粉体材料に超音波を直接印加する装置(超音波篩分機など)を使用することもできる。
【0026】
なお、超音波印加工程は、熱処理工程で導入された内部応力の一部を開放できればよく、当該内部応力の全てを開放する態様に限定されない。この場合でも、ダイヤモンド砥粒に適切なクラックを導入できる。このときの超音波印加時間は、砥粒に適切なクラックを導入するという観点で、処理対象(ダイヤモンド砥粒)の量に応じて適宜設定することが好ましい。一例として、印加時間は、1分以上が好ましく、2分以上がより好ましい。これによって、ダイヤモンド砥粒にクラックを導入できる程度に内部応力を開放できる。一方、印加時間の上限は、60分以下が好ましく、30分以下がより好ましく、10分以下が特に好ましい。これによって、製造効率の低下や過度の温度上昇を抑制できる。なお、超音波は、継続して印加し続けてもよいし、所定の間隔を空けて間欠的に印加してもよい。例えば、印加時間が1分の超音波印加処理を複数回(例えば2回~10回)実施してもよい。これによって、超音波を継続して印加し続けることによる温度上昇を抑制できる。なお、超音波印加処理は、適宜冷却しながら継続して実施してもよい。
【0027】
また、超音波発生機器の出力も、適切なクラックを導入するという観点でダイヤモンド砥粒の処理量に応じて適宜設定することが好ましい。この出力を大きくするにつれて、内部応力の開放に要する時間を短縮できる傾向がある。一例として、超音波発生機器の出力は、100W以上が好ましく、200W以上がより好ましく、300W以上がさらに好ましく、400W以上が特に好ましい。一方、超音波発生機器の最大出力を用いる場合、当該出力は、1200W以下が好ましく、1000W以下がより好ましく、800W以下が特に好ましい。これによって、短時間で効率的に処理しつつ、分散媒や砥粒の過熱を抑制できる。
【0028】
また、超音波の周波数は、15kHz以上が好ましく、20kHz以上がより好ましく、22kHz以上がさらに好ましく、25kHz以上が特に好ましい。これによって、様々な粒子径の砥粒を短時間で効率的に処理しつつ、分散媒や砥粒の過熱を抑制できる。一方、超音波の周波数は、1000kHz以下でもよく、500kHz以下が好ましく、120kHz以下がより好ましく、80kHz以下がさらに好ましく、40kHz以下が特に好ましい。これによって、超音波処理を短時間で効率的に実施できる。
【0029】
また、本発明者が実施した実験において、熱処理工程で減少したダイヤモンド砥粒の結晶性が、超音波印加工程を実施することによって増加することが確認されている。具体的には、熱処理工程後では、ダイヤモンド砥粒のラマン分光法に基づいたラマンスペクトルの1325cm-1から1334cm-1の範囲にピーク位置が存在するラマンピークの半値幅の平均値が増大する(結晶性が減少する)。そして、超音波印加工程を実施すると、上記ラマンピークの半値幅の平均値が減少する(結晶性が増加する)。これによって、熱処理を実施しているにもかかわらず、優れた結晶性を有し、硬度が非常に高いダイヤモンド砥粒を実現できる。なお、超音波印加工程は、ラマンピークの半値幅の平均値の減少量が0.05cm-1以上(好適には0.10cm-1以上、より好適には0.15cm-1以上、さらに好適には0.20cm-1以上、特に好適には0.30cm-1以上、例えば040cm-1以上)になるように超音波の印加条件を調節するとよい。これによって、ダイヤモンド砥粒の結晶性を好適に向上できる。より好適には、超音波印加後のダイヤモンド砥粒のラマンピークの半値幅が4.8cm-1以下(好適には4.75cm-1以下、より好適には4.7cm-1以下、特に好適には4.65cm-1以下)になるように、種々の条件(超音波の出力、印加時間など)を調節することが好ましい。これによって、特に優れた結晶性を有する砥粒を製造できる。なお、本明細書における「ラマンピーク半値幅」は、上述の手順で取得したラマンスペクトルのピークトップの半分の強度におけるピークの波数幅のことをいう。また、「ラマンピーク半値幅の平均値」は、無作為に選んだ100個以上のダイヤ砥粒について、少なくとも500点の測定点(同一粒子内での測定点数は一定)にて得られたラマンピーク半値幅の算術平均である。
【0030】
以上、ここに開示される技術の一実施形態について説明した。但し、上述の実施形態は、ここに開示される技術を限定することを意図したものではない。すなわち、ここに開示される技術は、上述した実施形態に対して種々の変更を行ったものを包含し得る。
【0031】
例えば、ここに開示される製造方法では、熱処理工程後、かつ、超音波印加工程前に、ダイヤモンド砥粒の内部応力を検査する検査工程を実施してもよい。この検査工程において熱処理工程後の内部応力を認識すれば、超音波印加工程においてダイヤモンド砥粒に適切なクラックを導入できるか否かを判断できる。また、検査工程を実施した後に、所望の内部応力(ラマンピーク位置)を示すダイヤモンド砥粒を選別する選別工程を実施し、選別後のダイヤモンド砥粒を超音波印加工程に供してもよい。これによって、優れた微小破砕性を有するダイヤモンド砥粒をより安定的に製造できる。また、選別工程において除外されたダイヤモンド砥粒は、再度熱処理工程に供してもよい。これによって、製造工程における歩留まり低下を防止できる。なお、検査工程では、上述した手順に従って、ラマン分光法に基づいたラマンスペクトルのラマンピーク位置を測定するとよい。これによって、ダイヤモンド砥粒の内部応力を正確に検査できる。また、この検査工程は、熱処理工程後のダイヤモンド砥粒の全てに対して実施する必要はない。例えば、検査工程は、熱処理工程に供給されるダイヤモンド砥粒のロットが変わった際や、熱処理工程の条件を変化させた際などに実施するとよい。これによって、製造効率を大きく低下させることなく、適切な内部応力が導入されたダイヤモンド砥粒を超音波印加工程に供給できる。
【0032】
[試験例]
次に、ここに開示される技術に関する試験例を説明する。なお、ここに開示される技術は、以下の試験例に限定されるものではない。
【0033】
1.サンプルの準備
(1)比較例1
本試験の比較例1は、市販のダイヤモンド砥粒(株式会社グローバルダイヤモンド製、FRM-DN 40-60)である。なお、レーザ回折分析を行った結果、このダイヤモンド砥粒のD50粒子径は、40μmであった。また、XRFに基づいた成分分析の結果、このダイヤモンド砥粒は、不純物として、0.176wt%のNiと、0.389wt%のMnを含んでいた。
【0034】
(2)比較例2
比較例2では、ダイヤモンド砥粒に対して熱処理を実施した。具体的には、比較例1と同じダイヤモンド砥粒を、還元雰囲気(3%H含有Nガス)中で加熱した。この熱処理における昇温速度は100℃/hに設定し、最高温度は1000℃に設定した。そして、加熱時間(最高温度での保持時間)を3時間に設定した。これによって、大きな内部応力が導入されたダイヤモンド砥粒(比較例2)を作製した。
【0035】
(3)実施例1
実施例1では、熱処理後のダイヤモンド砥粒に対して超音波印加処理を実施した。具体的には、比較例2と同じ条件で加熱したダイヤモンド砥粒を3g秤量し、100mlの純水とを混合して砥粒分散液を調製した。次に、超音波分散機(株式会社エスエムテー製、型式:UH-600S)を用いて、分散液中のダイヤモンド砥粒に超音波を印加した。なお、この超音波分散機は、出力600W、発振周波数20kHz、振動子照射部の直径36mmである。そして、超音波分散機のOUTPUTを10(最大)に設定し、1分間の超音波処理と1分間のインターバルを含む処理サイクルを5回繰り返した。その後、ろ過処理によって分散液からダイヤモンド砥粒を分離し、エタノールで洗浄した後に室温で乾燥した。これによって、実施例1のダイヤモンド砥粒を得た。
【0036】
(4)比較例3
比較例3では、熱処理を行っていないダイヤモンド砥粒に対して超音波印加処理を実施した。具体的には、比較例1と同じダイヤモンド砥粒に対して、実施例1と同じ手順に従って超音波印加処理を実施した。
【0037】
2.評価試験
(1)結晶性評価
本試験では、各例で500個のラマンスペクトルを取得した。そして、各々のラマンスペクトルから1325cm-1~1334cm-1にピーク位置を有するラマンピークの位置と半値幅を測定した。結果を表1に示す。
【0038】
なお、本試験では、以下の手順に従ってラマンピークの位置と半値幅を測定した。まず、測定装置としては、顕微ラマン分光光度計(株式会社堀場製作所製のLabRAM HR Evolution)を使用した。なお、測定条件は、例えば、測定温度を24℃、校正試料をSi、励起レーザ波長を532nm、グレーティングを1800gr/mmに設定した上で、露光時間を8秒、積算回数を2回に設定した。そして、得られたラマンスペクトルに対して、波形解析ソフト(Labspec6)を用いて、ベースライン補正とピーク検索とフィッティングを行った。そして、ピークトップの位置を「ラマンピークの位置」とみなし、ピークトップの半分の強度におけるピークの波数幅を「ラマンピークの半値幅」とみなした。そして、無作為に選択した100個のダイヤモンド砥粒の各々に対して、重ならない5点の測定点におけるピーク位置と半値幅を測定し、各々の平均値(ラマンピーク位置の平均値およびラマンピーク半値幅の平均値)を求めた。すなわち、表1中の「ラマンピーク位置」と「ラマンピーク半値幅」は、500点の測定位置における測定結果の平均値である。なお、本評価において選択した全てのダイヤモンド砥粒は、円相当径が25μm~75μmの範囲内であった。
【0039】
【表1】
【0040】
まず、比較例1のラマンピーク位置は、1329.64cm-1であった。このことから、本試験で使用したダイヤモンド砥粒は、不純物の混入や製造中の応力導入によって、ダイヤモンド結晶の基準ピーク位置(1333cm-1)から低波数側にシフトしていることが分かった。
【0041】
次に、比較例2のラマンピーク位置は、1328.66cm-1であった。このことから、熱処理が行われたダイヤモンド砥粒は、大きな内部応力が導入されるため、ラマンピーク位置が低波数側にシフトすることが分かった。
【0042】
そして、実施例1では、超音波の印加によって、ラマンピーク位置が1329.10cm-1に増加していた。このことから、熱処理によって強い内部応力が導入されたダイヤモンド砥粒に超音波を印加すると、当該内部応力が開放されることが分かった。そして、この内部応力の開放は、内部応力の少なくとも一部がクラックに変換されたことを示す。一方、比較例3では、熱処理をせずに超音波を印加した結果、超音波印加後にラマンピーク位置が低波数側へシフトしていた。このことから、比較例3では、超音波の印加によってダイヤモンド砥粒に引張応力が導入されたと解される。
【0043】
なお、比較例2と実施例1とを比較した結果、ラマンピーク半値幅は、熱処理によって増加する一方で、超音波印加処理によって減少することが確認された。このことから、超音波印加処理は、熱処理によって減少したダイヤモンド砥粒の結晶性を増加させる作用を有していることが分かった。一般的にダイヤモンド砥粒は、結晶性が高い方が高硬度であるため、超音波処理で結晶性を増加させることによって、より高品質の砥粒を製造できると解される。
【0044】
(2)微小破砕性評価
本試験では、各例のダイヤモンド砥粒の微小破砕性を調べるために圧縮破壊試験を実施した。具体的には、比較例1~2と実施例1の砥粒に対して、以下の条件の圧縮破壊試験を実施して試験力-変位線図を取得し、圧縮破壊点変位率を算出した。
【0045】
[圧縮破壊試験条件]
試験装置:マイクロオートグラフMST-I HR
ロードセル容量:500N(50Nレンジ)
負荷速度:2μm/sec
ストローク原点試験力:0.02N
圧縮治具:平面φ200μmのダイヤモンド圧子
下部加圧台:硬度700の加圧板
測定方法:試料1粒を下部加圧台に載せ,1粒子ずつ圧縮
測定数n:5個
【0046】
[圧縮破壊点変位率の測定手順]
まず、試験装置の圧子と下部加圧台との間に試料(砥粒)を配置した。そして、圧子が砥粒に接触した時の圧縮治具のストローク位置から下部加圧台までの距離を変位センサーで測定したものを「試料初期高さ」とした。そして、圧縮治具を下降させて、破壊が生じた際の砥粒の変位量(変形量)を「破壊点変位量」として測定した。なお、ここでの「破壊」とは、試料が破片化し、試験による圧縮負荷が試料にかからなくなった状態のことをいう。そして、以下の式(1)に破壊点変位量と試料初期高さを代入することによって「圧縮破壊点変位率」を計算した。結果を表2に示す。なお、表2中の圧縮破壊点変位率は、5個の試料(n=5)の平均値である。
圧縮破壊点変位率=破壊点変位量/試料初期高さ (1)
【0047】
【表2】
【0048】
まず、通常のダイヤモンドは、約1000GPaという高いヤング率を有しているため、加圧された際に殆ど歪まずに破壊される。しかし、クラックの導入などによって微小破砕性が向上したダイヤモンド砥粒の場合には、圧縮過程で細かい破砕やひび割れが発生するため、連続的に圧縮負荷を受けながら変位(変形)する。この結果、微小破砕性に優れたダイヤモンド砥粒では、見かけ上の圧縮破壊点変位率の値が大きくなる。ここで、上記表2に示すように、実施例1は、比較例1~2に比べて圧縮破壊点変位率が大きいことが確認された。このことから、実施例1のように熱処理と超音波処理を実施すると、加圧時に細かい破砕等が生じやすい(すなわち、微小破砕性が高い)ダイヤモンド砥粒を製造できることが分かった。これは、熱処理によって砥粒内に導入された内部応力の少なくとも一部が超音波処理によってクラックに変換されたためと考えられる。
【0049】
以上、ここに開示される技術を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。すなわち、ここに開示される技術は、以下の項目1~項目7に記載の形態を包含する。
【0050】
<項目1>
ダイヤモンド砥粒を加熱する熱処理工程と、
加熱後の前記ダイヤモンド砥粒に超音波を印加する超音波印加工程と
を含む、ダイヤモンド砥粒の製造方法。
【0051】
<項目2>
前記熱処理工程は、前記ダイヤモンド砥粒に内部応力を導入する、項目1に記載の製造方法。
【0052】
<項目3>
前記内部応力は、引張応力である、項目2に記載の製造方法。
【0053】
<項目4>
前記超音波印加工程は、前記ダイヤモンド砥粒に導入された内部応力を開放する、項目2または3に記載の製造方法。
【0054】
<項目5>
前記熱処理工程後の前記ダイヤモンド砥粒は、ラマン分光法に基づいたラマンスペクトルの1325cm-1から1334cm-1の範囲にラマンピーク位置が存在するラマンピークのピーク位置の平均値が1329cm-1以下である、項目1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【0055】
<項目6>
前記ダイヤモンド砥粒の総重量に対する不純物の含有量は、0.1wt%以上である、項目1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【0056】
<項目7>
前記不純物の熱膨張率は、前記ダイヤモンド砥粒の熱膨張率よりも高い、項目6に記載の製造方法。